説明

ホルミル基置換芳香族化合物の製造方法

【課題】
トリフルオロメチル基が置換したジハロメチル基置換芳香族化合物のジハロメチル基を短時間で加水分解する方法を提供する。
【解決手段】
一般式(1)
【化】


(式中、Arは芳香環を表し、Xはハロゲン原子を表し、Rはそれぞれ独立に異なってもよい一価の有機基を表す。lは1〜3、mは1〜5、nは0〜5の整数を表し、1≦l+m+n≦6である。)で表されるジハロメチル基置換芳香族化合物を鉄塩の存在下に加水分解して対応するホルミル基置換芳香族化合物を製造する方法において、加水分解反応が生じる前にアルデヒド化合物と鉄塩が前記ジハロメチル基置換芳香族化合物に溶解されており、加水分解反応が起こるのに十分な反応温度に達した後に水をその消失速度を超えない速度で反応系内へ添加する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、染料、香料、医薬、農薬、その他の有機化合物の合成原料として有用なトリフルオロメチル基を有するホルミル基置換芳香族化合物(「芳香族アルデヒド」ということがある。)を製造する方法に関し、更に詳しくは環水素原子がトリフルオロメチル基で置換されたジハロメチル基置換芳香族化合物を加水分解して対応する芳香族アルデヒドを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、ジハロメチル基置換芳香族化合物であるベンザルクロライド類は単に水と混合して加熱するだけではベンズアルデヒド類への加水分解速度が遅いため、従来から種々の触媒を用いてベンザルクロライド類を加水分解するベンズアルデヒド類の製造方法が知られている。
【0003】
例えば、(1)酸又はアルカリ水溶液を用いてベンザルクロライド類を加水分解し、ベンズアルデヒド類を製造する方法(非特許文献1)、(2)塩化第一銅又は塩化第二銅の存在下、ベンザルクロライド類を加水分解し、ベンズアルデヒドを製造する方法(特許文献1、特許文献2)、(3)ベンザルクロライド類に鉄塩の水溶液を添加し、加水分解してベンズアルデヒド類を製造する方法(特許文献3)、(4)無水塩化亜鉛の存在下、ベンザルクロライド類を加水分解し、ベンズアルデヒド類を製造する方法(特許文献4)、(5)酸化亜鉛の存在下、べンザルクロライド類を加水分解し、ベンズアルデヒド類を製造する方法(特許文献5)、等の方法がある。
【0004】
これらの文献においては、芳香環上にトリフルオロメチル基が置換していない基質が取り上げられており、(3)の方法では、2−クロロベンザルクロリド58.5gを約10分の反応時間で加水分解し、96.7%の収率で2−クロロベンズアルデヒドを得ている。
【0005】
また、ベンゼン環上の水素原子がトリフルオロメチル基で置換したベンザルクロライドの加水分解としては、液相反応では(6)80%以上の硫酸による加水分解方法(特許文献6)や(7)塩化第二鉄触媒を用いた加水分解反応(特許文献7)が知られ、気相反応では(8)硫酸を担持した触媒(特許文献8)や金属塩化物や金属硫酸塩を活性炭に担持した触媒(特許文献9)を用いた加水分解方法が知られている。(6)の方法では、廃硫酸の処理の問題、気相反応では比較的高温であるため装置の耐食性、エネルギーコストなどに問題がある。さらに、(7)の塩化第二鉄触媒を用いた場合、2−トリフルオロメチル−5−フルオロメチルベンザルクロリドの加水分解に約30時間の反応時間を要している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公昭46−7927号
【特許文献2】特公昭51−6129号
【特許文献3】特公昭48−693号
【特許文献4】特公昭58−766号
【特許文献5】特開昭52−25733号
【特許文献6】特開昭59−21637号
【特許文献7】特開2006−160635号
【特許文献8】特開昭58−15935号
【特許文献9】特開昭58−29735号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】オーガニツクシンセシス ( Organic Synthesis )コレクテイブ第II巻 133頁、アナリチカ・ケミカ・アクタ( Analytica Chimica Acta )vol.10,P43
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
トリフルオロメチル基が置換したジハロメチル基置換芳香族化合物のジハロメチル基を短時間で加水分解して対応する芳香族アルデヒドを製造する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、トリフルオロメチル基が置換したジハロメチル基置換芳香族化合物のジハロメチル基を鉄塩を触媒して加水分解する方法について検討したところ、原料のトリフルオロメチル基が置換したジハロメチル基置換芳香族化合物中に予めアルデヒド化合物と鉄塩を併せ存在させておくことで、目的とする芳香族アルデヒドの選択率が高くかつ著しく短時間で反応が完結することを見出し本発明を完成させた。
【0010】
芳香環に置換するトリフルオロメチル基は強力な電子吸引基であるためにトリフルオロメチル基が置換したジハロメチル基置換芳香族化合物のジハロメチル基の加水分解は、トリフルオロメチル基が置換しないジハロメチル基置換芳香族化合物と比べて反応速度の遅いことが予測され、鉄塩を触媒とした場合での反応時間の著しい違いは前記の特公昭48−693号と特開2006−160635号の各実施例の比較からも容易に見て取れる。
【0011】
また、トリフルオロメチル基を有しないベンザルクロライドに鉄塩の無水物を添加すると直ちに樹脂化することが特公昭48−693号公報に記載されている。
【0012】
しかしながら、反応開始前に反応原料中にアルデヒド化合物を混入しておくと、そこへ投入した鉄塩は容易に溶解して、通常は鮮やかな赤褐色に着色し、その後昇温してから水を調節しながら添加することにより極めて短時間でトリフルオロメチル基の置換した芳香族アルデヒドが得られることを見出した。
【0013】
すなわち、本発明は次の通りである。
【0014】
[発明1]
一般式(1)
【0015】
【化1】

【0016】
(式中、Arは芳香環を表し、Xはハロゲン原子を表し、Rはそれぞれ独立に異なってよい一価の有機基を表す。lは1〜3、mは1〜5、nは0〜5の整数を表し、1≦l+m+n≦6である。)で表されるジハロメチル基置換芳香族化合物を鉄塩の存在下に加水分解して一般式(2)
【0017】
【化2】

【0018】
(式中、Ar、R、l、m、nは一般式(1)と同じ。)で表されるホルミル基置換芳香族化合物を製造する方法であって、加水分解反応が生じる前にアルデヒド化合物と鉄塩が前記ジハロメチル基置換芳香族化合物に溶解されており、加水分解反応が起こるのに十分な反応温度に達した後に水をその消失速度を超えない速度で反応系内へ添加することからなる前記ホルミル基置換芳香族化合物の製造方法。
【0019】
[発明2]
アルデヒド化合物が、該製造方法で得ようとするホルミル基置換芳香族化合物である発明1の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明の方法は、トリフルオロメチル基が置換したジハロメチル基置換芳香族化合物から目的とする芳香族アルデヒドを高い選択率で得ることができ、かつ著しく短時間で反応を完結させることができ、さらに触媒を繰り返し使用できるため、工業的に適した方法である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明は、トリフルオロメチル基を有するジハロメチル基置換芳香族化合物を鉄塩の存在下に加水分解して対応するホルミル基置換芳香族化合物を製造する方法に関する。この製造方法では、加水分解反応が生じる前にアルデヒド化合物と鉄塩が前記ジハロメチル基置換芳香族化合物に溶解されており、加水分解反応が起こるのに十分な反応温度に達した後に水をその消失速度を超えない速度で反応系内へ添加する。
【0022】
一般式(1)
【0023】
【化3】

【0024】
で表されるジハロメチル基置換芳香族化合物において、式中、Arは芳香環を表し、Xはハロゲン原子を表し、Rはハロゲン原子、ヒドロキシル基、シアノ基、または一価の有機基を表す。また、lは1〜3、mは1〜5、nは0〜5の整数を表し、1≦l+m+n≦6である。
【0025】
Arは、環炭素数4〜8の芳香環もしくはそれらの2〜10個が縮合した縮合環であって、その任意の炭素原子は酸素原子、窒素原子、硫黄原子で置換した複素環である。具体的には、ベンゼン環、ナフタレン環、アントラセン環、ピレン環、フェナントレン環、ペリレン環、コロネン環、ピリジン環、キノリン環、チオフェン環、ピロール環、フラン環などが挙げられるが、ベンゼン環、ナフタレン環、ピリジン環が好ましく、ベンゼン環がより好ましい。
【0026】
Xのハロゲン原子は、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子であり、塩素原子または臭素原子が好ましく、塩素がより好ましい。
【0027】
lは1〜3であり、1であるのが好ましい。置換するトリフルオロメチル基の数mは1〜5であり、1または2が好ましく、1がより好ましく、トリフルオロメチル基以外の置換基Rの数nは1〜5であり、0〜2が好ましく、0または1がより好ましい。また、1≦l+m+n≦3であるのが好ましい。したがって、l、mが共に1であるのが好ましく、nは0または1であるのがより好ましい。ジハロメチル基を有する芳香族化合物としては、トリフルオロメチル基とジハロメチル基が隣接する環炭素に置換している芳香族化合物が好ましく、また、塩素原子またはフッ素原子が環炭素にさらに置換している芳香族化合物が好ましく、ここで芳香族としては、ベンゼン環、ナフタレン環またはピリジン環が好ましく、ベンゼン環が特に好ましい。
【0028】
本発明は、電子吸引性のトリフルオロメチル基と同一の芳香環に結合したホルミル基の加水分解反応性を向上させることを課題とすることから、トリフルオロメチル基以外のRで表される一価の有機基としては、特に限定されずに適用される。したがって、本来電子供与性である置換基ではより容易に反応は進行する。あえて本発明に適用されるRで表される有機基を例示するならば、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子)、ヒドロキシル基、シアノ基、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アルコキシ基、アリール基、アラルキル基、アリールオキシ基、カルボアルコキシ基、ニトロ基、スルホクロリド基、アルキルスルホニル基、スルホン酸アルキルエステル基、スルホン酸アリールエステル基、置換または非置換のスルホン酸アミド基、メチレンジオキシ基である。これらのRで表される有機基において、構造中に含まれるアルキル基、アルケニル基、アルキニル基は、それぞれ炭素数1〜20の直鎖状、分岐状または環状のアルキル基、アルケニル基、アルキニル基をいい、アリール基は、芳香族化合物から1個の水素原子が脱離したいわゆる広義のアリール基であって炭素数4〜20のアリール基をいう。また、これらのアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基はさらに置換基を有することができる。この置換基としては、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子)、ヒドロキシル基、シアノ基、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アルコキシ基、アリール基、アラルキル基、アリールオキシ基、カルボアルコキシ基、ニトロ基、スルホクロリド基、アルキルスルホニル基、スルホン酸アルキルエステル基、スルホン酸アリールエステル基、置換または非置換のスルホン酸アミド基、メチレンジオキシ基が挙げられる。また、構造上含まれる任意の炭素原子は、酸素原子、硫黄原子、窒素原子、カルボニル基で置換することもできる。Rとしては、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、シアノ基、メチル基、エチル基、n−プロピル基、iso−プロピル基、フェニル基、ペンタフルオロエチル基、2,2,2−トリフルオロエチル基などが好ましく、ハロゲン原子としてはフッ素原子、塩素原子がより好ましい。
【0029】
本発明に使用するジハロメチル基置換芳香族化合物としては、特開昭59−21637号公報に例示される化合物などを挙げることができ、具体的には、例えば、1−トリフルオロメチル−2−ジハロメチルベンゼン、1−トリフルオロメチル−3−ジハロメチルベンゼン、1−トリフルオロメチル−4−ジハロメチルベンゼン、3−ジハロメチル−4−トリフルオロメチルハロベンゼン、2−トリフルオロメチル−3−ジハロメチルハロベンゼン、3−トリフルオロメチル−4−ジハロメチルハロベンゼン、2−トリフルオロメチル−6−ジハロメチルハロベンゼン、2−ジハロメチル−4−トリフルオロメチルハロベンセン、3−トリフルオロメチル−5−ジハロメチルハロベンゼン、2−トリフルオロメチル−4−ジハロメチルハロベンゼン、2−トリフルオロメチル−5−ジハロメチルハロベンゼン、2−ジハロメチル−5−トリフルオロメチルハロベンセン、1,2−ビス(トリフルオロメチル)−4−ジハロメチルベンゼン、1,4−ビス(トリフルオロメチル)−2−ジハロメチルベンゼン、1,3−ビス(トリフルオロメチル)−5−ジハロメチルベンゼン、1,3−ビス(ジハロメチル)−4−トリフルオロメチルベンゼン、1,3−ビス(ジハロメチル)−5−トリフルオロメチルベンゼン、1,3−ビス(ジハロメチル)−2−トリフルオロメチルベンゼン、1,4−ビス(トリフルオロメチル)−2,5−ビス(ジハロメチル)ベンゼン、1,5−ビス(トリフルオロメチル)−2,4−ビス(ジハロメチル)ベンゼン、1,3,4−トリス(ジハロメチル)−6−トリフルオロメチルベンゼン、2−トリフルオロメチル−4−ジハロメチルビフェニル、3−トリフルオロメチル−4−ジハロメチルビフェニル、2−トリフルオロメチル−3−ジハロメチルビフェニル、3−ハロメチル−4−トリフルオロメチルビフェニル、3−ハロメチル−5−トリフルオロメチルビフェニル、3−ハロメチル−6−トリフルオロメチルビフェニル、1−トリフルオロメチル−3−ジハロメチルナフタレン、1−ジハロメチル−3−トリフルオロメチルナフタレン、1−トリフルオロメチル−2−ジハロメチルナフタレン、1−ジハロメチルー2−トリフルオロメチルナフタレン、1−トリフルオロメナル−4−ジハロメチルナフタレン、1−トリフルオロメチル−5−ジハロメチルナフタレン、2−トリフルオロメチル−3−ジハロメチルナフタレン、2−トリフルオロメチル−6−ジハロメチルナフタレン、2,5−ビス(トリフルオロメチル)−3−ジハロメチルナフタレン、2,8−ビス(トリフルオロメチル)−5−ジハロメチルナフタレン、2,5−ビス(ジハロメチル)−3−トリフルオロメチルナフタレン、2,8−ビス(ジハロメナル)−5−トリフルオロメチルナフタレン、1,3−ビス(ジハロメチル)−5−トリフルオロメチルナフタレン、9−トリフルオメチル−10−ジハロメチルアントラセン、9−ジハロメチル−10−トリフルオロメチルアントラセン、2−ジハロメチル−3−ハロ−5−トリフルオロメチルピリジン、2−ジハロメチル−3−トリフルオロメチルピリジン、2−ジハロメチル−4−トリフルオロメチルピリジン、2−トリフルオロメチル−4−ジハロメチルピリジン、2−トリフルオロメチル−5−ジハロメチルピリジン、2−ジハロメチル−5−トリフルオロメチルピリジン、2−トリフルオロメチル−6−ジハロメチルピリジン、3−ジハロメチル−4−トリフルオロメチルピリジン、3−トリフルオロメチル−4−ジハロメチルピリジン、3−トリフルオロメチル−5−ジハロメチルビリジン、2−トリフルオロメチル−4−ジハロメチルキノリン、2−ジハロメチル−4−トリフルオロメチルキノリン、2−トリフルオロメチル−6−ジハロメチルキノリン、2−ジハロメチル−6−トリフルオロメチルキノリン等が挙げられるがこれらに限られない。ここでジハロメチル基の「ハロ」は「クロロ」または「ブロモ」と読み、ハロ基(芳香環へ置換するハロゲン原子)の「ハロ」は「クロロ」および「フルオロ」と読む。ジハロメチル基はジクロロメチル基であるのが好ましい。
【0030】
これらのジハロメチル基を有する芳香族化合物は、公知の方法で対応する化合物のメチル基をハロゲン化剤でハロゲン化することで得られる。例えば、三塩化リンなどの塩素化剤により塩素化することで、トリクロロメチル基を有する化合物、ジクロロメチル基を有する化合物とともに得ることができる。
【0031】
本発明の方法で得られる一般式(2)で表されるホルミル基置換芳香族化合物は、原料として使用した一般式(1)で表されるジハロメチル基置換芳香族化合物のジハロメチル基がホルミル基に変換された化合物であり他の部分構造に変化は起こらない。
【0032】
本発明に使用する鉄塩は、鉄のハロゲン化物であり、塩化第二鉄、塩化第一鉄、臭化第二鉄、臭化第一鉄が挙げられ、塩化第二鉄が最も好ましい。これらの鉄塩の水和物を使用することもできる。また、鉄塩は予め錯体に調製して使用できる。鉄塩の使用量は、原料の一般式(1)で表されるジハロメチル基置換芳香族化合物の0.1〜30質量%であり、0.5〜20質量%が好ましく、1〜10質量%がより好ましい。0.1質量%未満では十分な活性が得られず、30質量%を超えるのは反応の面では問題ないが後処理が煩雑になるのでそれぞれ好ましくない。
【0033】
本発明において、加水分解反応が生じる前に原料となる一般式(1)で表されるジハロメチル基置換芳香族化合物に添加しておくアルデヒド化合物としては、ホルミル基が環に結合したアルデヒド化合物であれば特に限定されないが、目的とする一般式(2)で表されるホルミル基置換芳香族化合物と沸点差の大きいものが好ましい。このようなアルデヒド化合物としては、一般式(3)
【0034】
【化4】

【0035】
(式中、Ar’は芳香環を表し、R’はそれぞれ独立にハロゲン原子、ヒドロキシル基、シアノ基などの一価の有機基を表す。pは1〜5を表す。)で表されるアルデヒド化合物が挙げられる。Ar’で表される芳香環は前記Arと同様の芳香環であればよい。R’における一価の有機基は、前記Rと同様の一価の有機基またはトリフルオロメチル基である。このアルデヒド化合物は、本発明にかかるジハロメチル基置換芳香族化合物に溶解することが必要であるので、ベンゼン環を有することと、鉄塩を溶解するためにホルミル基を有することが必要である。具体的には、ベンゾアルデヒド、2−クロロベンゾアルデヒド、3−クロロベンゾアルデヒド、4−クロロベンゾアルデヒド、2−ブロモベンゾアルデヒド、3−ブロモベンゾアルデヒド、4−ブロモベンゾアルデヒド、2−メチルベンゾアルデヒド、3−メチルベンゾアルデヒド、4−メチルベンゾアルデヒド、2−エチルベンゾアルデヒド、3−エチルベンゾアルデヒド、4−エチルベンゾアルデヒド、2−t−ブチルベンゾアルデヒド、3−t−ブチルメチルベンゾアルデヒド、4−t−ブチルメチルベンゾアルデヒド、2−メトキシベンゾアルデヒド、3−メトキシベンゾアルデヒド、4−メトキシベンゾアルデヒド、2−シアノベンゾアルデヒド、3−シアノベンゾアルデヒド、4−シアノベンゾアルデヒドなど、また、前記一般式(1)で表されるジハロメチル基置換芳香族化合物として例示した化合物のそれぞれに対応する生成物である一般式(2)で表されるホルミル基置換芳香族化合物を挙げることができる。これらのアルデヒド化合物は当該反応の目的生成物であるのが、蒸留などによる精製操作が容易であり最も好ましい。
【0036】
アルデヒド化合物の添加量は、原料の一般式(1)で表されるトリフルオロメチル基含有芳香族化合物1質量部に対し、0.001〜100質量部であり、0.005〜1質量部が好ましく、0.01〜0.1質量部がより好ましい。
【0037】
一般式(1)で表されるジハロメチル基置換芳香族化合物またはそれから得られる生成物が固体または粘稠な液体などの場合は、反応系中に適切な溶媒を添加してもよい。使用する溶媒は、本発明の反応条件において不活性な液体であり、例えば、テトラクロロエチレン、1,2−ジクロロエタンなどのハロゲン化炭化水素類、トルエン、キシレン、メシチレンなどの芳香族炭化水素、クロロベンゼンなどのハロゲン化芳香族化合物などが例示できる。
【0038】
本発明の方法においては、水は反応系に徐々に添加することが必要である。すなわち、水の添加速度は反応系に液体の水が滞留することのないように、加水分解反応で消費されるよりも遅い速度を保つ。したがって、反応基質の種類、触媒としての鉄塩の量、反応温度によって水の添加速度は決定される。水の添加量の総量は、加水分解反応で副生するハロゲン化水素に水蒸気が同伴して系外に持ち出されることがあるために、反応の原料である一般式(1)で表されるジハロメチル基置換芳香族化合物1モルに対し1モルよりも若干多めに使用するが、1〜2モルでよく、通常1.1モル程度の量とする。1モル未満では加水分解が完結せず、過剰に用いた水は水の層を形成して反応に寄与せず、しかも加水分解速度が著しく低下するため好ましくない。
【0039】
本発明の方法では、反応温度は40℃以上で反応液の沸点以下で行うが、通常40〜200℃で行うことができ、80〜160℃が好ましく、90〜140℃がより好ましい。40℃以下では反応が遅く実用的でない。また、反応温度が200℃を超えると重合反応が起きることがあり好ましくない。反応圧力は特に限定されないが、0.05〜1MPaで行えばよい。
【0040】
反応に使用する容器は、ガラス容器、ガラスライニング容器、フッ素樹脂容器などで製作されたものが使用できる。反応は、バッチ式、半流通式、流通式などいずれの形式でも実施可能である。
【0041】
本発明の方法をバッチ式で行う場合を例示的に説明する。連続式で行う場合にはこの記載に基づいて当業者が当技術分野の常識に基づいて容易に変更を加えることができる。
【0042】
反応容器に原料としてジハロメチル基置換芳香族化合物と所定量のアルデヒド化合物を仕込み、そこへ鉄塩を添加する。一般式(1)で表されるジハロメチル基置換芳香族化合物は通常塩化第二鉄などの無機鉄塩をほとんど溶解しないので、アルデヒド化合物に予め溶解しておくことも好ましい。鉄塩は溶解して反応器の内容物は赤褐色に着色することが多い。この溶液を加熱して反応温度に達した時に、反応系内に水滴が滞留しないように加水分解速度に合わせて徐々に水を添加すると、塩化水素の発生が見られ加水分解反応の進行が分かる。所定量の水を添加するか、所定量の塩化水素の発生を確認するか、または反応液の色調の変化によっても反応の終了を知ることができる。また、高速液体クロマトグラフィ(HPLC)またはガスクロマトグラフィー(GC)で確認することもできる。水の添加を停止した後、反応容器内の生成物を加熱および/または減圧して蒸留等することで一般式(2)で表わされるホルミル基置換芳香族化合物を取得することができる。生成物を留去して反応器内に残存した鉄塩は実施例において示すように触媒活性を失わないので繰り返し同一の反応に使用することができる。このとき、生成物も次の反応に必要な所定量を残留させておくのが好ましい。
【実施例】
【0043】
以下に実施例をもって本発明を説明するが、本発明はこれらの実施態様に限られない。
【0044】
(実施例1)
ジムロート冷却管を取り付けた25ml三角フラスコに、純度99.8%のオルソ−トリフルオロメチルベンザルクロライド(1−トリフルオロメチル−2−ジクロロメチルベンゼン、「OTFBAC」と略す。):5g、純度99.5%のオルソ−トリフルオロメチルベンズアルデヒド(2−トリフルオロメチルベンズアルデヒド、「OTFBAD」と略す。):1g、無水・塩化第二鉄(粉状):0.045gを入れて、マグネチックスターラーで攪拌しながら加熱した。液温が約120℃に達した時点で、25μLシリンジで純水約0.47gを約10分間かけて順次滴下した。滴下後、122〜131℃で約10分間攪拌して反応を終えた。反応液をガスクロマトグラフィで分析した結果、99.8%がOTFBADであった。
【0045】
(実施例2)
ジムロート冷却管を取り付けた100ml三角フラスコに、純度99.2%のOTFBAC:50g、純度99.0%のOTFBAD:5g、無水・塩化第二鉄(粉状):0.25gを入れて、マグネチックスターラーで攪拌しながら加熱した。液温が約130℃に達した時点で、パスツールピペット(1ml)で純水4.2gを、約10分間かけて順次滴下した。滴下後、126〜134℃で約10分間攪拌して反応を終えた。反応液をガスクロマトグラフィで分析した結果、99.0%がOTFBADであった。
得られた生成物を単蒸留にかけて72〜75℃/20mmHgの留分として純度99.8%のOTFBAD(収率:94.8%)36.1gを得た。塩化鉄を含むOTFBAD残渣は、5.6gであった。
【0046】
(実施例3〜11)
実施例2で得られた塩化鉄を含むOTFBAD残渣に新たにOTFBACを50g仕込んで、実施例2と同じ試験を行った。反応温度、純水の添加時間、添加水量とOTFBADの収量を表1に示した(実施例3)。さらに、同じ試験を繰り返し(実施例4〜11)そのときの諸元を表1に示した。これらの試験中、無水・塩化第二鉄は追加しなかった。
【0047】
【表1】

【0048】
(実施例12)
ジムロート冷却管を取り付けた100ml三角フラスコに、純度98.4%の2−トリフルオロメチルー5−フルオロベンザルクロライド(「2TF5FBAC」と略す。):50g、純度99.8%の2−トリフルオロメチル−5−フルオロベンズアルデヒド(「2TF5FBAD」と略す。):5g、無水・塩化第二鉄(粉状):0.25gを入れて、マグネチックスターラーで攪拌しながら加熱した。液温が約130℃に達した時点で、パスツールピペット(1ml)で純水4.5gを、約10分間かけて順次滴下した。滴下後、128〜136℃で約10分間攪拌して反応を終えた。反応液をガスクロマトグラフィで分析した結果、99.1%が2TF5FBADであった。得られた生成物を単蒸留にかけて65〜68℃/20mmHgの留分として純度99.8%の2TF5FBAD(収率:85.6%)37.0gを得た。塩化鉄を含む2TF5FBAD残渣は、6.9gであった。
【0049】
(実施例13〜21)
実施例12で得られた塩化鉄を含む2TF5FBAD残渣に、新たに2TF5FBACを50g仕込んで、実施例12と同じ試験を行った。反応温度、純水の添加時間、添加水量と2TF5FBADの収量を表2に示した。さらに、同じ試験を繰り返し(実施例14〜21)そのときの諸元を表2に示した。これらの試験中、無水・塩化第二鉄は追加しなかった。
【0050】
【表2】

【0051】
(実施例22)
ジムロート冷却管を取り付けた100ml三角フラスコに、純度99.1%の4−クロロー2−トリフルオロメチルベンザルクロライド(4C2TFBACと略す):50g、純度99.9%の4−クロロー2−トリフルオロメチルベンズアルデヒド(4C2TFBADと略す):5g、無水・塩化第二鉄(粉状):0.25gを入れて、マグネチックスターラーで攪拌しながら加熱した。液温が約135℃に達した時点で、パスツールピペット(1ml)で純水4.8gを、約10分間かけて順次滴下した。滴下後、130〜137℃で約10分間攪拌して反応を終えた。反応液をガスクロマトグラフィで分析した結果、99.3%が4C2TFBADであった。
得られた生成物を単蒸留にかけて65〜72℃/20mmHgの留分として純度99.8%の4C2TFBAD(収率:99.5%)38.8gを得た。塩化鉄を含む4C2TFBAD残渣は、4.9gであった。
【0052】
(実施例23〜31)
実施例22で得られた塩化鉄を含む4C2TFBAD残渣に新たに4C2TFBACを50g仕込んで、実施例22と同じ試験を行った。反応温度、純水の添加時間、添加水量と4C2TFBADの収量を表3に示した(実施例23)。さらに、同じ試験を繰り返し(実施例24〜31)そのときの諸元を表3に示した。これらの試験中、無水・塩化第二鉄は追加しなかった。
【0053】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)
【化1】

(式中、Arは芳香環を表し、Xはハロゲン原子を表し、Rはそれぞれ独立に異なってよい一価の有機基を表す。lは1〜3、mは1〜5、nは0〜5の整数を表し、1≦l+m+n≦6である。)で表されるジハロメチル基置換芳香族化合物を鉄塩の存在下に加水分解して一般式(2)
【化2】

(式中、Ar、R、l、m、nは一般式(1)と同じ。)で表されるホルミル基置換芳香族化合物を製造する方法であって、加水分解反応が生じる前にアルデヒド化合物と鉄塩が前記ジハロメチル基置換芳香族化合物に溶解されており、加水分解反応が起こるのに十分な反応温度に達した後に水をその消失速度を超えない速度で反応系内へ添加することからなる前記ホルミル基置換芳香族化合物の製造方法。
【請求項2】
アルデヒド化合物が、該製造方法で得ようとするホルミル基置換芳香族化合物である請求項1に記載のホルミル基置換芳香族化合物の製造方法。

【公開番号】特開2011−37803(P2011−37803A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−189346(P2009−189346)
【出願日】平成21年8月18日(2009.8.18)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】