説明

ホログラム記録素子

【課題】実時間ホログラム記録と長期安定ホログラム記録とを選択可能なホログラム記録素子を提供する。
【解決手段】ホログラム記録素子1は、一対の透明電極基板2a,2bの間に、フォトリフラクティブ材料を含んだ少なくとも一つの層3と、電子・イオン混合伝導体を含んだ少なくとも一つの層4と、が透明電極基板2a,2bの厚さ方向に積層されていることを特徴とする。フォトリフラクティブ材料が少なくとも一種類のメソゲンを有する分子によって構成され、かつ、透明電極基板間には絶対値が0.1〜100Vである外部電界が印加されることが好ましい。また、電子・イオン混合伝導体は硫化銀であることが好ましい。外部電界の極性を選択することによって、実時間ホログラム記録と安定ホログラム記録との選択が可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホログラム記録素子に関し、電子・イオン混合伝導現象を応用し、実時間ホログラム記録と書き換え可能な長期安定ホログラム記録とを選択可能にしたホログラム記録素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
情報社会の進展に伴い、大量の情報を高速に記録・再生できる記録媒体が求められている。CD、DVD等を使用した通常の光ディスク記録方式は、多層化により記憶容量を増大させているが、記録速度の点では限界に達しつつある。これは、一つのレーザーヘッドにより時系列に変換した一連の記録情報を回転中のディスクに記録・再生する原理に起因している。
【0003】
また、ページデータと呼ばれるデータの塊を一括記録できるホログラム記録・再生方式が既に存在する(非特許文献1及び2を参照)。この記録・再生方式は、具体的には、情報の二次元分布をレンズで集光してフーリエ変換像として微小領域に一括記録され、再生時も記録時と同様に二次元分布として情報が一括再生される技術である。すなわち、一度に並列的な記録・再生が可能であるため、高速・大容量の情報処理に対応可能な次世代の記録媒体として有望視されている。このホログラム記録・再生方式に利用される記録素子も、記録媒体である以上、通常の光ディスク記録方式に利用される媒体と同様に長期的に安定した情報記録特性が要求される。
【0004】
このホログラム記録材料においては、銀塩乳剤、重クロム酸ゼラチン、フォトレジスト、フォトポリマー等が知られており、その記録原理に基づき、安定して情報を保持することを主たる目的としている。
【0005】
ところで、光コンピューティングやホログラムディスプレイといった分野では、高い応答性によって情報を順次書き換え再生することが要求されており、具体的には、リアルタイムに情報を再生する特性、いわゆる実時間ホログラム特性、を備えた記録媒体も必要性が増している。
【0006】
従来までに提案されてきたホログラム記録素子は、上記実時間記録あるいは上記安定記録のいずれか一方の特性を向上させる技術に特化したものであった(特許文献1及び2を参照)。
【0007】
例えば、特許文献1に開示の技術においては、時間応答性の高いホログラム記録材料が提案されているが、記録光を遮断するとホログラムは消失する。よって、動的な情報再生素子としてのみ利用可能なものである。
【0008】
また、特許文献2に開示の技術においては、書き換え可能な長期間安定ホログラム記録を保持できる材料が提案されているが、その書き換えには、より強度が高い光の照射が必要であり、高速で連続的な処理には不向きであり、静的なメモリー用途に特化した応用が適している。なお、著しく高い強度の光照射の必要性は、消費電力の増大や機器構成の複雑化・大型化を招くため、望ましくない。
【0009】
このようにホログラムにおいては、実時間記録と長期的な安定記録とは相反する特性であり、一つの記録材料や素子において両方の特性を満たすことは難しい。しかしながら、実際の光情報処理システムにおいては両方の機能が必要であるため、結果として、長期・安定的に情報の記録を行う素子と実時間で情報処理を行う素子とをそれぞれ組み込む必要があり、装置構成が複雑かつ大型になるという大きな問題点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2001−255566号公報
【特許文献2】特開2005−227311号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】辻内 順平 監修、「ホログラフィー材料・応用便覧」、株式会社エヌ・ティー・エス、2007年6月11日
【非特許文献2】Pochi Yeh 著、富田康生・北山研一訳、「フォトリフラクティブ非線形光学」、丸善株式会社、平成7年2月28日
【非特許文献3】大鉢(OHACHI)、他4名、「混合伝導体α−Ag2Sの半導体及び原子特性(Semiconducting and atomic properties of the mixed conductor α−Ag2S)」、ソリッド ステート イオニクス(Solid State Ionics)、1988年、第28−30巻、p.1160−1166)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、以上の状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、実時間ホログラム記録と長期安定ホログラム記録とを選択可能なホログラム記録素子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本願の発明者らは、実時間ホログラム記録が可能な材料(例えば、フォトリフラクティブ材料)を含んだ層を用意し、その層に隣接するように、電子・イオン混合伝導体を含んだ層を形成したホログラム記録素子構造を着想し、さらに電子・イオン混合伝導体における電子伝導現象とイオン伝導現象とが印加電圧の極性により選択可能であること、及び、イオン伝導現象が優勢であるときには、光照射されたフォトリフラクティブ材料中に生じる内部空間電界と電子・イオン混合伝導体中のイオンとの間に酸化・還元反応が促進され、両層の界面に内部空間電界に対応した原子及び分子の物理的な析出が起こる(つまりホログラム情報の安定的な記録が可能である)ことを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0014】
すなわち、本発明の一形態におけるホログラム記録素子は、一対の透明電極基板の間に、フォトリフラクティブ材料を含んだ少なくとも一つの層と、電子・イオン混合伝導体を含んだ少なくとも一つの層と、が透明電極基板の厚さ方向に積層されることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明のホログラム記録素子において、透明電極基板から供給される電界によって、電子・イオン混合伝導体層が負に帯電している場合には、光照射によって生じる電荷との間でやり取りは無く、この電荷による空間電界による実時間ホログラム記録が可能となる。
【0016】
本発明のホログラム記録素子において、透明電極基板から供給される電界によって、電子・イオン混合伝導体層が正に帯電している場合には、光照射によって生じる電荷と、電子・イオン混合伝導体層中でのイオンにおける酸化・還元反応により、ホログラム情報の安定記録を可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明のホログラム記録素子の構造を示した図である。
【図2】本発明のホログラム記録を行うための光学系の配置を示した図である。
【図3】実施例1のホログラム記録素子に実時間ホログラム記録を実施した結果(スクリーン上の投影画像)を示した図である。
【図4】実施例1のホログラム記録素子に安定ホログラム記録を実施し、その後、記録されたホログラム情報を消去した結果(スクリーン上の投影画像)を示した図である。
【図5】安定ホログラム記録を行った後の電子・イオン混合伝導体層の表面を観測したレーザー共焦点顕微鏡画像である。
【図6】従来のホログラム記録素子の構造を示した図である。
【図7】実時間ホログラム記録の発生メカニズム(発生過程)を示した図である。
【図8】本発明のホログラム記録素子の構造の変形例を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を図面に示す実施の形態に基づき説明するが、本発明は、下記の具体的な実施形態に何等限定されるものではない。
【0019】
まず、本発明のホログラム記録素子の特徴を明確にするために、実時間ホログラム記録のみが実現可能な従来のホログラム記録素子の構造及び機能を、図6及び図7を参照しながら説明する。
【0020】
従来のホログラム記録素子は、図6に示すように、一対の透明電極基板20a,20b(例えば、ガラス基板)の間に、フォトリフラクティブ材料30を図示しないスペーサー(例えば、球形のガラスビーズ)とともに挟み込んだ構造を成している。ここで、フォトリフラクティブ材料30とは、照射した光の強度パターンに応じてその物質の屈折率が変化する効果(これを「フォトリフラクティブ効果」と呼ぶ)を有する材料であり、例えば、ニオブ酸リチウム(LiNbO)やチタン酸バリウム(BaTiO)、珪酸ビスマス(Bi12SiO20)などの無機結晶が挙げられる。
【0021】
このような構成の従来の記録素子10では、以下に説明する実時間ホログラム記録を行うことが可能である。すなわち、互いに位相及び波長が揃った光波B,B(つまり、コヒーレントな記録光)がフォトリフラクティブ材料30中に交差し(図7(a)参照)、干渉すると、ある方向に干渉光の明暗つまり強度分布が生じる(図7(b)参照)。この干渉光の強度分布に対応するようにフォトリフラクティブ材料30中の電荷も粗密が発生するため、図7(c)に示すような、干渉光の強度分布に沿った電荷密度分布が生じる(この現象は光導電性と呼ばれる)。そして、この電荷密度分布により材料30内部に、干渉光強度分布から位相がずれた空間電界が図7(d)に示すように形成されることが知られている(非特許文献2を参照)。この内部空間電界が電気光学的効果を介して、図7(e)に示すようにフォトリフラクティブ材料30の屈折率変化を誘起しホログラムを形成するのである。また、上述の電荷密度の分布形成を促すために、外部電源50等を用いて、外部から媒質(材料30)に一様な電界(以下、外部印加電界と呼ぶ)を印加してもよい。
【0022】
さらに、干渉光の照射自体あるいは外部電源50からの上記電界印加のいずれかを遮断すると、形成されたホログラムは消失する。このホログラムの形成と消失との時間応答性が高いものが、実時間ホログラム記録となる。
【0023】
しかしながら、このような従来のホログラム記録素子10を用いた光情報処理システムでは、リアルタイムな情報の記録や更新が可能であるが、情報を長期的に安定して記録できるものではない。従って、後者の機能を付加しようとすると、当該システム内にメモリーデバイス等を別途、組み込む必要があり、当該システムはより複雑化・大型化してしまうことになろう。
【0024】
このような課題は、下記のように構成された本発明のホログラム記録素子1を利用することによって解決される。
【0025】
(本発明に係るホログラム記録素子の構造)
図1は本発明に係るホログラム記録素子1の構造を示した図である。このホログラム記録素子1は、図示のように、一対の透明電極基板2a,2b(例えば、ガラス基板)の間に、フォトリフラクティブ材料を含んだ層3(以下、「フォトリフラクティブ材料層」とも呼ぶ)及び電子・イオン混合伝導体を含んだ層4(以下、「電子・イオン混合伝導体層」とも呼ぶ)を、図示しないスペーサー(例えば、球形のガラスビーズ)とともに挟み込んだ構造を成している。すなわち、上述の従来の素子10の構造(図6を参照)と比較すると、本発明に係るホログラム記録素子1においては、一対の透明電極基板2a,2b間は単一の層で構成されておらず、フォトリフラクティブ材料層3に、さらに電子・イオン混合伝導体層4が追加された積層構造となっている。
【0026】
また、これらの透明電極基板2a,2bは、外部電源5によって電気的に接続されていることが好ましく、これにより、透明電極基板2a,2bの一方は正の電極として働き、他方は負の電極として働き、ホログラム記録素子1の外部から上記基板2a,2b間の積層体に一様な外部電界が印加可能である。
【0027】
(本発明における実時間ホログラム記録の選択)
以上のような構成の本実施形態のホログラム記録素子1は、図7で示したような実時間ホログラム記録を実現可能である。具体的には、図7で示したような干渉光をフォトリフラクティブ材料層3に照射しつつ、外部電源5によって電子・イオン混合伝導体層4が負に帯電するように外部印加電界を与えると、この電子・イオン混合伝導体層4はフォトリフラクティブ材料層3に対して電子を供給することになるため、通常の電極と同様に電子伝導体として振る舞い、上述のような実時間ホログラム記録が実行される。言い換えれば、電気工学的な見地から本発明のホログラム記録素子1をみると、電子・イオン混合伝導体層4はこれに接続された透明電極基板2bと同じように機能し、基板2a,2b間にはあたかもフォトリフラクティブ材料層3のみが存在するかのように機能することになる。
【0028】
(本発明における安定ホログラム記録の選択)
一方、上記のように干渉光をフォトリフラクティブ材料層3に照射しつつ、外部電源5によって電子・イオン混合伝導体層4が正に帯電するように外部印加電界を与えると、電子・イオン混合伝導体層4はフォトリフラクティブ材料層3に対してイオンを供給することになるため、今度は反対にイオン伝導体として振る舞う。具体的には、積層体を構成する両層3,4の界面において、外部印加電界により電子・イオン混合伝導体層4にて析出したイオンと、干渉光の照射によりフォトリフラクティブ材料層3にて発生した電荷と、の間で酸化・還元反応が誘起される。この酸化・還元反応によって、上記界面付近では、フォトリフラクティブ材料層3の電荷密度分布に応じて原子及び分子が析出されることになる。すなわち、酸化・還元反応による生成物は、干渉光の情報(ホログラムパターン)が転写(記録保持)された記録保持層として働くことになる。従って、この反応生成物が解離・拡散しない限りは、ホログラム情報を長期安定的に記録可能となる。
【0029】
上述した2種類の記録特性は、本発明のホログラム記録素子1に付与する外部印加電界の方向を制御することのみによって、極めて容易に選択・切り替え可能であることから、このホログラム記録素子1の光情報処理システムへの適用は現実的であり実用的である。これにより、例えば、前者の実時間ホログラム機能により情報をディスプレイ上に投影し、投影中の情報の所望な部分を後者の安定ホログラム機能により抽出・保存するといった利用も期待できる。
【0030】
さらに、上記手順にて安定に記録されたホログラム情報は上述のとおり反応生成物であるため、安定記録のための電界方向と逆方向(つまり、負の帯電)に再度、外部印加電界をホログラム記録素子1に付与することにより、ホログラム情報を保持している反応生成物は解離・拡散する。従って、必要に応じて、安定記録されたホログラム情報を消去し、書き換えることも可能である。
【0031】
本発明のホログラム記録素子1を構成する積層体には、通常のフォトリフラクティブ材料や通常の電子・イオン混合伝導体を採用可能である。
【0032】
上記ホログラム記録特性の選択・切り替えを制御するための外部印加電界については、素子1内の積層構造、フォトリフラクティブ材料の特性、析出するイオン、および混合伝導体の特性によって適切な印加量は異なるが、外部印加電界を適切に設定すれば、本発明の素子1を構成する層を幅広い材料から選択し、本発明の作用効果を奏することが可能である。
【0033】
本発明のホログラム記録素子1を構成するフォトリフラクティブ材料層3には、ニオブリチウム酸(LiNbO)やチタン酸バリウム(BaTiO)等が挙げられる。また、有機結晶、高分子材料、アモルファス材料、又は液晶材料もフォトリフラクティブ効果を発現させることができるため、これらの材料をフォトリフラクティブ材料に使用してもよい。
【0034】
ここで、液晶材料とは、少なくとも一種類以上のメソゲンを有する分子から構成される材料のことをいう。液晶分子材料を用いた場合には、分子再配列型フォトリフラクティブ材料と呼ばれ、外部電源5により透明基板電極2a,2bに印加する外部電界は0.1〜100V(絶対値)に設定することが好ましい。本発明のホログラム記録素子1は、この外部電界の設定範囲内で好適に動作な可能であることから、現在の多くのエレクトロニクス関連機器からの信号電圧(例えば、5Vや12V)に対して、適応可能である。
【0035】
また、複屈折が0.2程度の一般的なネマチック液晶材料を上記フォトリフラクティブ材料として用いる場合には、液晶材料層の厚さは、3〜100マイクロメートル(μm)が好ましく、更に好ましくは、3〜20マイクロメートル(μm)である。これは、可視光に対する位相差、素子1の時間応答特性、必要とされる外部印加電界、分子配向処理の容易性等に基づいて定まるものであるが、市販の液晶ディスプレイや空間光素子等における液晶層の厚さの条件にほぼ等しいため、上記好適な厚さを有した液晶材料の入手は容易である。
【0036】
本発明のホログラム記録素子1を構成する電子・イオン混合伝導体層4には、硫化銀(AgS)を利用することが好ましく(非特許文献3を参照)、また、硫化銅(CuS)、セレン化銀(AgSe)、セレン化銅(CuSe)等も利用可能である。なお、硫化銀は、硫黄と銀とが結合しやすいため作製が容易であり、また、本発明の素子1における銀イオンの酸化・還元反応を容易に発現できることから電子・イオン混合伝導体として好適である。
【実施例1】
【0037】
以下、本発明の具体的な実施例について、実験結果に基づいて説明する。
本実施例に係るホログラム記録素子1の作製にあたって、電子・イオン混合伝導体層4として、厚さ20nmの硫化銀(AgS)の層を用意し、フォトリフラクティブ材料層3として、低分子液晶(5CB,メルクジャパン株式会社製)にフラーレンC60を0.05wt%添加した組成物の層(厚さ10μm)を用意して、図1に示すように、電子・イオン混合伝導体層4に積層した。これらの積層体をスペーサーとともに一対の透明電極基板2a,2bで両側から挟み込むことで板状のホログラム記録素子1を作製した。
【0038】
なお、硫化銀は、他の媒質のとの積層構造において、そのイオン伝導と酸化還元反応が印加した電界の方向によって大きく異なるため、固体電子・イオン混合伝導体として好ましい。低分子液晶にフラーレンC60を添加した組成物は、実時間ホログラム記録可能なフォトリフラクティブ材料として公知である。
【0039】
本実施例のホログラム記録素子1は、図2に示すように配置された光学系(ホログラム干渉計)を用いて、ホログラム記録を実施した。記録光B,B,Bは、波長488nmのレーザーであり、レーザー光源SOLにより出射させ、光路上に設けられたミラーM,M,MとビームスプリッタBSと半波長板(HWP、HWP)とにより、等しい強度及び偏光状態となるよう2分割し、記録素子1内で交差するようにした。この交差角(2θ)は1.4度とした。このように記録光B,Bを交差し、干渉させると、フォトリフラクティブ材料層3内に光導電性による内部空間電界が発生し、実時間ホログラム記録が可能となる。
【0040】
また、この光学系には、記録光B,Bを照射する上記装置に加えて、記録素子1の背後に設けられたスクリーンS上で記録光B,Bによって生じた回折光パターン(再生されたホログラム情報)を観察するための光B(以下、再生光と呼ぶ)を、記録素子1を通してスクリーンS上に投影させる装置を有している。具体的には、再生光Bは波長633nmのHe−Neレーザーであり、レーザー光源SOLによって出射し、ミラーMと半波長板HWPとを通過してホログラム記録素子1に照射されるように構成されている。この記録素子1の法線と記録光B,Bの交差角2θの中心との成す角αは45度とした。
【0041】
図3は、実施例1のホログラム記録素子1に実時間ホログラム記録を実施した結果(スクリーンS上で観測された画像)を示す図である。図3(a)は、記録前(記録光照射前)の状態であり、再生光Bのみがスクリーン中心部に到達していることが確認できる。上述の光学系を用いて記録光B,Bを照射し、透明電極基板2a、2b間に外部電界を電子・イオン混合伝導体層4が負に帯電する方向に7V印加すると、回折光(図3(b)の点線に囲まれた部分を参照)が生じ、ホログラムが形成されていることが観測された。その後、外部印加電界を遮断すると、図3(c)のように直ちにホログラムは消失した。すなわち、本実施例において、実時間ホログラム記録が可能であることが示された。
【0042】
次に、本実施例のホログラム記録素子1に安定ホログラム記録及び消去を実施した結果(スクリーンS上で観測された画像)を図4に示す。図4(a)は記録前の状態であり、図3(a)と同様に再生光BのみがスクリーンS中心部に到達していることが確認できる。記録光B,Bを照射しつつ、外部電界を電子・イオン混合伝導体層4が正に帯電する方向に印加すると、図4(b)の点線に囲まれた部分に回折光が生じ、ホログラムが形成されていることが観測された。しかしながら、外部印加電界を遮断して暫くした後も、図4(c)のように点線内の回折光は保持されていることが観測された。つまり、本実施例の記録素子1を用いて長期安定的にホログラム記録が可能であることと、外部電界の印加方向(外部電界の極性)を制御することによって、実時間ホログラム記録と安定ホログラム記録とが選択できることが示された。
【0043】
なお、図4の各画像は安定ホログラム記録の様子をスクリーンS上で示したものであるが、実施例1の記録素子1内でホログラム情報が保持されている層つまり電子・イオン混合伝導体層4の状態を示した画像を図5に示す。この画像は、具体的には、記録素子1の積層構造を分解し(透明電極基板2a,2bを取り外し)、フォトリフラクティブ材料層3を構成する液晶分子とフラーレンとを有機溶媒で洗い流して電子・イオン混合伝導体層4の表面をレーザー共焦点顕微鏡(株式会社キーエンス製、VK9700)で観察した結果である。図5から明らかなように、層4の表面上に無数の縦縞(反応生成物である銀化合物の析出構造)が形成されていること、つまり、ホログラム情報が恒常的に保持されていることが確認された。従って、長時間経過した後に再生光を照射してもホログラム情報に対応した回折光が観測されることになる。
【0044】
更に、図4(c)に示された安定ホログラム記録を実行した後に、図2に示す光学系を用いて記録光B,Bを照射しつつ、外部電界を電子・イオン混合伝導体層4が負に帯電する方向に再度印加した(印加量は7V、図4(d)参照)。つまり、図3(b)に示した実時間ホログラム記録のための外部電界と同じ方向で印加した。その後、外部印加電界を遮断すると、図4(e)のように回折光が消失したことを確認した。これらの結果より、一旦、安定ホログラム記録を行った後でも、その後に逆方向(反対の極性)の外部電界を印加すれば、電子・イオン混合伝導体層4に保持された反応生成物は解離されると考えられる。従って、本発明のホログラム記録素子1に安定ホログラム記録を施した後でもホログラム記録情報を消去し、書き換えることができることが示された。
【0045】
以上説明した実施例の結果より、本発明のホログラム記録素子1は、実時間ホログラムと安定ホログラム記録とを容易に選択して実行でき、安定ホログラム記録後もホログラム記録情報の書き換えができることが示された。
【0046】
なお、上記実施例では、一対の透明電極基板2a,2bの間に、フォトリフラクティブ材料を含んだ層3と、電子・イオン混合伝導体を含んだ層4と、が各々1層ずつ積層された構成のホログラム記録素子1を用いて本発明を説明したが、各層3,4は二以上の層を有する形態であってもよい。これにより、下記に示すような記録特性の高機能化や、応答特性の最適化が可能になるといった効果が期待できる。
【0047】
例えば、図8(a)に示すように、透明電極基板2a,2bの間に、複数のフォトリフラクティブ材料層3a,3bと、複数の電子・イオン混合伝導体層4a,4bと、が複数の組(図示では2組)をなすように基板厚さ方向に順次積層されてもよい。なお、各層の個別の材質は異なってもよく、例えば、電子・イオン混合伝導体層4aが硫化銀から構成され、電子・イオン混合伝導体層4bが硫化銅から構成されてもよい。図8(a)の積層構造を採用することにより、安定ホログラム記憶の容量を増加させることができる。すなわち、記録光B,Bが干渉する位置を素子1の厚さ方向で調節することによって、いずれかの混合伝導体層4a,4bを安定ホログラム記録の記録保持層として選択することが可能となる。なお、混合伝導体層4aとフォトリフラクティブ材料層3b層との間に、電極として作用可能な導電性のある反射膜層(図示せず)をさらに追加するよう構成すれば、実施例1のホログラム記録素子1の構造が2つ搭載された状態に近くなり、当該反射膜層を境に両側で同時にホログラム記録を達成することも可能となる。
【0048】
また、図8(b)に示すように、フォトリフラクティブ材料層3を両側から2つの混合伝導体層4a,4bで挟んで積層させるように構成してもよく、この場合にも安定ホログラム記憶の記録容量を増加させることができる。すなわち、外部印加電界の極性によって、いずれかの混合伝導体層4a,4bを安定ホログラム記録の記録保持層として選択することが可能となる。本構成においては、交流の外部電源を適用して外部電界を印加すれば、実時間ホログラム記録も容易に実現できる。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明のホログラム記録素子は、実時間ホログラム記録と、書き換えが可能な安定ホログラム記録との相反する機能を、一つの素子構造で実現できるため次世代の光情報処理システムへの適用が大変期待される。しかも、外部印加電界の極性の選択のみによって上記機能を適宜実現できるため、実用化の観点からも望ましい技術である。
【0050】
本発明の記録素子を用いれば、例えば、ホログラムを利用したディスプレイや光コンピュータ及び記録装置において、一時的な情報処理と安定記録とを提供することができるため、産業上の利用価値は非常に高い。例えば、前者の実時間ホログラム機能により情報をディスプレイ上に投影し、投影中の情報の所望な部分を後者の安定ホログラム機能により抽出・保存するといった利用も期待できる。
【符号の説明】
【0051】
1 ホログラム記録素子
2a、2b 透明電極基板
3、3a、3b フォトリフラクティブ材料層
4、4a、4b 電子・イオン混合伝導体層
5 外部電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の透明電極基板の間に、フォトリフラクティブ材料を含んだ少なくとも一つの層と、電子・イオン混合伝導体を含んだ少なくとも一つの層と、が前記透明電極基板の厚さ方向に積層されることを特徴とするホログラム記録素子。
【請求項2】
前記フォトリフラクティブ材料が少なくとも一種類のメソゲンを有する分子によって構成される材料であり、かつ、前記透明電極基板間には絶対値が0.1〜100Vの範囲内にある外部電界が印加されることを特徴とする請求項1に記載のホログラム記録素子。
【請求項3】
前記電子・イオン混合伝導体が硫化銀であることを特徴とする請求項1又は2に記載のホログラム記録素子。
【請求項4】
前記外部電界の極性を選択することによって、実時間ホログラム記録と安定ホログラム記録とを選択できることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のホログラム記録素子。
【請求項5】
前記安定ホログラム記録を行うための前記外部電界の極性と反対の極性を選択することによって、前記安定ホログラム記録により保持されたホログラム記録情報を消去できることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のホログラム記録素子。

【図1】
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【図2】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−158721(P2011−158721A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−20518(P2010−20518)
【出願日】平成22年2月1日(2010.2.1)
【出願人】(304021288)国立大学法人長岡技術科学大学 (458)
【Fターム(参考)】