説明

ボーラス、ボーラスの製造方法及び粒子線照射装置

【課題】被照射部よりも浅い位置にある組織に対するダメージを抑制して治療することができるボーラス、および粒子線照射装置を得ることを目的とする。
【解決手段】粒子線照射装置10に設置され、照射野内の粒子線Bのエネルギー分布を被照射部100TCに応じて変調するための変調部1cを備えたボーラス1であって、照射野内での変調部1cの粒子線Bの照射方向における水等価厚み分布が、被照射部100TCの粒子線Bの照射方向から見て浅部(Proximal)側の面(LP側のE1からE2までの部分)の形状または体表面からの深さ分布を補償するように設定されることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粒子線治療装置において照射ターゲット内の線量分布を形成するために用いられるボーラス、当該ボーラスの製造方法およびボーラスを用いた粒子線照射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
粒子線治療は、治療対象となる患部組織に体外から放射線を照射して、被照射部である患部組織を殺傷する放射線治療の一種であり、放射線として粒子線を使用する。放射線として、X線やγ線を使用する場合、体の表面近くで線量が最大となり、それ以降は深さとともに次第に減少していく。そのため、照射対象であるがん病巣のような患部組織の前後にある正常細胞にもダメージを与えてしまう。一方、粒子線治療では、照射エネルギーによって人体内に入る深さが定まり、その深さ前後でエネルギーを急激に放出して止まるブラッグピークと呼ばれる現象がある。そのため、粒子線のエネルギーを適切に調節すれば、粒子線の照射範囲であっても、所定深さ領域以外にある正常な細胞への影響を抑え、患部組織だけにダメージを与えることができる。
【0003】
このように粒子線の照射ターゲット内の線量分布を調節するために、患部形状にあわせて粒子線のエネルギー分布を変調(減衰)させるように厚み分布を設定したボーラスと呼ばれるエネルギー変調部材を備えた粒子線照射装置が提案されている(例えば、特許文献1ないし4参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−197258号公報(段落0029、0039、図9、図13)
【特許文献2】特開2000−292599号公報(段落0022、図2)
【特許文献3】特開2001−17557号公報(段落0003、図8)
【特許文献4】特開2002−102366号公報(段落0003、図10)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来は、照射装置側から見て患部組織より深い位置に隣接する臓器を保護できるか否かに注目され、患部組織の深部(Distal)形状のみを基準にボーラス厚み分布が設定されていた。そのため、患部組織より浅い位置にある、例えば皮膚への影響を抑制するための適切な方法がなかった。
【0006】
本発明は、上記のような課題を解決するためになされたもので、被照射部よりも浅い位置にある組織に対するダメージを抑制して治療することができるボーラス、および粒子線照射装置を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のボーラスは、粒子線照射装置に設置され、照射野内の粒子線のエネルギー分布を被照射部に応じて変調するための変調部を備えたボーラスであって、前記変調部の前記粒子線の照射方向における厚み分布が、前記被照射部の前記粒子線の照射方向から見て浅部(Proximal)側の面の形状または深さ分布を補償するように設定される、ことを特徴とする。
【0008】
本発明のボーラスの製造方法は、被照射部の粒子線の照射方向における体表面からの深さ分布データを取得する工程と、前記深さ分布データから前記被照射部の浅部側の面の深さ分布を抽出し、抽出した浅部側の面の深さ分布を補償するように、変調部の厚み分布を設定する工程と、前記設定した厚み分布に基づいて、前記ボーラスを形成する工程と、を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明のボーラス、ボーラスの製造方法および粒子線照射装置によれば、ボーラスの厚み分布を被照射部である患部組織のProximal側形状に応じて設定するようにしたので、患部組織の表面から奥側にかけての領域で粒子線がエネルギー放出できるようになるので、患部組織よりも浅い位置にある正常組織のダメージを抑制して治療することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の実施の形態1に係るボーラスの構成を説明するための図である。
【図2】本発明の実施の形態1に係るボーラスを用いた粒子線照射装置の構成を説明するための図である。
【図3】本発明の実施の形態1に係るボーラスの製造方法を説明するためのフローチャートである。
【図4】本発明の実施の形態1に係るボーラスの必要厚みについて説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
実施の形態1.
以下、本発明の実施の形態1にかかるボーラスの構成、当該ボーラスを備えた粒子線照射装置、およびボーラスの製造方法について説明する。図1〜図4は本発明の実施の形態1にかかるボーラスと粒子線照射装置の構成およびボーラスの製造方法について説明するためのものである。図1は患部形状(深さ分布)とボーラスの厚み分布を説明するためのもので、図1(a)はボーラス厚み分布と患部形状との関係を示す断面図、図1(b)はボーラスの平面図である。図2は粒子線照射装置の構成を示す図、図3はボーラスの製造方法を説明するためのフローチャート、図4はボーラスを製造するために必要な患部形状の照射方向における深さデータを説明するための断面図である。
【0012】
はじめに、本発明の実施の形態1にかかるボーラスについて図1を用いて説明する。
図において、ボーラス1は、透過した粒子線のエネルギーを透過距離に応じて減衰させることにより、入射した粒子線のエネルギー分布を変調させる変調部1cと、変調部1cを支持し、後述する粒子線照射装置に装着するための枠体となる周縁部1fとで構成されている。構成材料としては、少なくとも、変調部1cには、水と同様に粒子線のエネルギー減衰をもたらす、例えばポリエチレン樹脂などの材料を用いている。そして、変調部1cの粒子線の照射方向に垂直な面内での厚み分布、つまり粒子線が透過する経路長の分布(厳密には水等価厚み分布)は、患部100TCの浅部形状(Proximal側に)に合わせて設定している。
【0013】
この厚み分布の設定について図1(a)を用いて詳細に説明する。
人体100中に、腫瘍細胞などの粒子線治療の照射ターゲットである患部100TCが生じている場合、従来は、患部100TCのうち、粒子線Bの照射方向(照射装置側)から見て遠い側の形状r(LD側のE1〜E2部分)を基準にボーラスの厚み分布を設定していた。なお、図中、E1とE2は、深部と浅部との境目を示す。これは、粒子線治療においては、患部に照射線を照射する際、患部の手前に重要臓器が位置しないように照射角度を設定するために、保護すべき重要臓器が患部の後ろ側に位置してしまうことが多かったためである。したがって、背景技術で述べたように、従来は、患部組織へ効率よくダメージを与えるととともに、患部の後ろ側に近接する重要臓器の保護に注目され、その反面、患部組織より浅い位置にある、例えば皮膚への影響を抑制するための解決方法がなかった。
【0014】
上記のような考え方は、患部が体内の奥深くに存在する場合には、有効であった。しかし、粒子線治療の普及に伴い、多くの症例が蓄積されるにつれ、例えば、乳がんのように体表面近くに患部が存在する場合には、患部の後部よりもむしろ患部の手前にある皮膚組織のダメージを考慮する必要がある。つまり、粒子線治療において、症例によっては、患部の手前側の組織へのダメージを抑制することが解決すべき課題となる。
【0015】
そこで、上記課題を克服するため、本発明の実施の形態1にかかるボーラス1においては、患部100TCのうち、照射装置側から、つまり粒子線Bの照射方向において浅い側の面(太い1点鎖線:LP側のE1〜E2部分(Proximal側))の形状(厳密には体表面100fからの深さ分布)を補償するように変調部1cの厚み分布(Dc(x,y))を設定するようにした。さらに、具体的に説明すると、患部100TCの粒子線Bの照射方向(中心)に垂直な面内、つまり照射野内のある位置(x,y)に粒子線Bが照射される場合、その位置(x,y)における患部100TCの浅部側表面の体表面100fからの深さをr(x,y)、その粒子線Bが透過する変調部1cの厚み分布Dc(x,y)に対応する粒子線の飛程の減衰量(水等価厚み)分布をr(x,y)とすると、式(1)が成立するように、変調部1cの厚み分布Dc(x,y)を設定する。
R=r(x,y)+r(x,y)+SOBP・・・(1)
ただし、「R」は、ボーラス1に入射する粒子線Bの残余飛程、「SOBP」は、患部の粒子線照射方向における最大厚みTMAXに応じて拡大されたブラッグピークの幅(Spread-Out Bragg Peak)とする。
【0016】
なお、本実施の形態においては、後述するように、ボーラス1に入射する粒子線の状態を、照射装置に供給された時点のエネルギーと、照射装置内のリッジフィルタとレンジシフタの特性に応じて設定するようにした。そのため、患部100TCの浅部形状に基づいて厚み分布を設定するときに、上記式(1)のように、SOBPを考慮に入れた。しかし、ボーラス1の形状は、患部100TCの浅部の深さ分布を補償するように設定すればよく、例えば、Rの代わりに浅部までの飛程を定義できるのであれば、SOBPを考慮に入れなくとも、浅部の深さ分布に基づいて(水等価)厚み分布を設定することができる。
【0017】
なお、変調部1cにおける粒子線の減衰が水と等価である場合は、以下の式(2)が成立する。つまり、ボーラスの物理的な厚み分布Dc(x,y)を患部の浅部側の面の体表面100fからの深さに応じて設定すればよいことになる。
(x,y)≒Dc(x,y)・・・(2)
【0018】
ここで、ボーラス厚みをボーラスの構成材料に基づいて水等価厚みに換算するのは、基本的に照射対象である人体の組織を構成する大部分が水であり、人体における粒子線の減衰あるいは飛程の変化といった挙動が水中での挙動と同等とみなせるためである。したがって、後述する厚み分布の算出においては説明を簡単にするため、「水等価」として説明する。一方、例えば骨組織のように水との挙動の差が無視できない組織やこれら組織が入り込んだ不均質な状態を考慮すべき場合は、後述する体表面からの深さについては組織の特性に応じて適宜修正(換算)すればよい。また、必ずしも水等価にこだわる必要はなく、他の材料と等価な厚みに換算したり、あるいはボーラス材料の特性である例えば比重から計算できるエネルギー減衰量から直接厚みを計算したりしてもよいことはいうまでもない。
【0019】
なお、本実施の形態1にかかるボーラス1では、患部100TCの浅部形状として、体表面100fの形状を考慮して、体表面100fからの深さを基準に厚み分布を設定したが、体表面100fが平坦とみなしても支障がない場合は、浅部の形状そのものを基準にしてもよい。また、ビームBを平行とみなせる場合は、平行な深さあるいは形状を基準とし、点線源からの広がりを考慮すべき場合には、ビームの広がり(角度)を考慮して深さあるいは形状を換算する必要がある。また、厚み分布を設定するための患部の位置をビームBに垂直な平面における位置(x、y)で示したが、これに限られることもない。例えば、ビームが点から広がっているとみなせる場合は、ビームの偏向角θと方位角φで位置を特定するようにしてもよい。
【0020】
患部100TCの最大厚みTMAXおよび患部100TCの最も深い位置に応じてSOBPと残余飛程Rが規定された粒子線Bが本実施の形態1にかかるボーラス1の変調部1cを透過すると、患部100TCに対して、患部100TCの浅部表面(LP側E1〜E2部分)からSOBPに対応した深さの照射範囲RI(患部100TC部分+正常組織100NC中の縦ストライプ部分)において、粒子線Bからエネルギーが放出され、照射範囲RIに存在する組織にダメージを与えることができる。このとき、患部100TCより手前にある皮膚(体表面100f近傍)は、粒子線Bがエネルギーを放出する範囲から外れるので、皮膚組織のダメージを抑制するとともに、患部100TCに十分なダメージを与えることができる。
【0021】
このような照射を従来のように深部形状を基準に厚み分布を設定したボーラスを用いて行った場合、図1(a)で示す照射範囲中に生じる角状の部分HSが患部100TCの手前側に生ずることになるので、角度を変えて照射、つまり多門照射を行った場合に、角状の部分HSが重なってしまうことがある。そのため、正常組織へのダメージを低減するための多門照射によって、逆に皮膚にダメージが大きくなる領域が現れることがあった。しかし、本実施の形態1にかかるボーラスを使用すれば、角状部分HSが患部100TCよりも奥側に生じるので、皮膚に大きなダメージを与える領域が現れることが無く、多門照射によって、体表面100f側の正常組織へのダメージを抑制しつつ、患部100TC組織に効果的にダメージを与えることができる。
【0022】
つぎに、本実施の形態1にかかるボーラスを備えた粒子線照射装置について図2を用いて説明する。図において、粒子線照射装置10は、図示しない線源から供給されたいわゆるペンシル状のビームBを図示しない治療計画装置によって規定された形状(x,y方向)と深さ(エネルギー分布)に調整して患部100TCに向けて照射するものである。そのため、粒子線照射装置10には、線源側から順に、x方向の走査電磁石12aとy方向の走査電磁石12bで構成され、ビームBを円周方向に拡散するためのワブラ電磁石12と、円周方向に拡散されたビームBを平坦に散乱させる散乱体13と、ビームBの奥行き方向の有効範囲(ブラッグピークと呼ぶ)となるエネルギー分布の幅(拡大ブラッグピーク:SOBP)を規定するリッジフィルタ14と、ビームBの体組織100内での体表面100fからの到達距離、つまり残余飛程Rを決めるレンジシフタ15と、広がった照射野を円周方向に遮断するリングコリメータ16と、患部100TCの形状に合わせてリーフの位置によって生じた透過形状(または、外側の遮蔽部分の形状)により、照射野を所定形状に成型するマルチリーフコリメータ17と、上述した患部の浅部形状に応じてビームをエネルギー変調させるボーラス1と、を備えている。
【0023】
つまり、本実施の形態1にかかる粒子線照射装置10は、照射野を拡大するための照射野拡大部として機能するワブラ電磁石12および散乱体13と、透過範囲を制限する事で拡大された照射野を所定の形状に成型する照射野成型部として機能するリングコリメータ16およびマルチリーフコリメータとを備えることで、ビームに垂直な面内における照射形状を調整することができる。そして、リッジフィルタ14とレンジシフタ15とボーラス1を備えることでビームのエネルギー分布を調整する機能を備えることができる。この照射形状とエネルギー分布を調整する機能を組み合わせることで、患部平面形状に応じた照射野(ビームに垂直な面(xy)方向)で、患部のProximal形状に応じてエネルギー変調した(ビーム照射(z)方向)ビームを照射し、患部の手前側の組織へのダメージを抑えて、患部組織に効率的にダメージを与える粒子線治療を実現する事ができる。
【0024】
また、例えば、回転ガントリのように、粒子線照射装置10全体をアイソセンタを中心に移動させるように構成すれば、上述した多門照射を行うことができる。なお、本実施の形態1にかかる粒子線照射装置10では、いわゆるワブラ照射法に適した構成を示しているが、本発明の患部の浅部形状に応じてボーラス形状を規定する技術思想は、ワブラ照射法だけに適用されるものではなく、二重散乱体法などのように、他の拡大照射法や各種の積層原体照射法、あるいはそれを組み合わせたものにおいても適用できることは言うまでもない。
【0025】
つぎに、本実施の形態1にかかるボーラスの製造方法について図3と図4を用いて説明する。
図3のフローチャートに示すように、はじめに照射ターゲットである患部100TCの体表面からの深さ分布データを取得する(ステップS10)。このとき、取得したデータが、図4における患部100TCの形状データzTC(x,y)と体表面100fの形状データz(x、y)の場合、
(x,y)が一定とみなせる、つまり体表面100fが平坦とみなせる場合は、式(3)により深さデータr(x,y)に換算する。
r(x,y)=zTC(x,y)+k ・・・(3)
ただし、kは定数。
一方、z(x,y)が一定とみなせない、つまり体表面100fの凹凸形状を考慮すべき場合は、式(4)により深さデータr(x,y)に換算する。
r(x,y)=z(x、y)−zTC(x,y) ・・・(4)
【0026】
ここで、照射対象の部位によっては、体表面を球面や円筒面、円錐面あるいは平面のように初等関数で表現できる場合がある。例えば、乳房の場合は球面、楕円球面あるいは円錐に、脚部なら円筒形(の曲面部分)とみなすことができる。この場合、式(4)において、体表面100fの形状として、複雑な形状データzTC(x,y)の実測値の代わりに、みなした面形状に応じた関数に置き換えるようにしてもよい。この場合、とくに粒子線を平行光として扱えない場合に体表面の位置と患部組織の位置との対応づけが容易にでき、粒子線の通過する経路(深さ)の計算が容易となる。また、呼吸等により体表面の形態も複雑に変化する場合、実際の形状データよりもむしろ単純化した面で深さを換算した方が、線量分布等の評価を正確に行うことができる場合もある。一方、患部組織が体表面から一定の深さの部分に生じている場合、患部組織の浅部形状を平坦とみなし平坦な形状に対応してボーラスの厚み分布を例えば均一に設定するようにしてもよい。
【0027】
つづいて、ボーラスに入射する粒子線のエネルギーについての仕様である残余飛程RとSOBPを設定する(ステップS20)。SOBPは、図4に示すように患部100TCの深さデータから、厚み分布中の最大厚みTMAXを算出し、算出した最大厚みTMAXに対応してSOBPを設定する。このとき、リッジフィルタ14によるSOBPの調節が非連続の場合、各段階の中からTMAXに近く、TMAX以上のSOBPを設定する。なお、患部厚みの最大厚みTMAXは、浅部形状データと深部形状データが得られている場合は、MAX(r(x,y)−r(x,y))として得ることができる。残余飛程Rは、患部100TCの深さデータから、患部100TC中の体表面から最も深い最大深さMAX(r(x,y))を算出し、算出した最大深さ最大深さMAX(r(x,y))と、変調部1cでの最低厚み等を考慮して設定する。ここでもレンジシフタ15の調節が非連続の場合、各段階の中から上記条件に合う残余飛程を決定する。
【0028】
そして、患部100TCの深さデータから、浅部側(LP側のE1〜E2の範囲)の深さ分布r(x,y)を抽出(ステップS30)し、上記各工程により、照射ターゲットである患部100TCの形状と入射する粒子線のエネルギーのデータが揃ったら、式(1)に基づいて、変調部1cにおける水等価厚み分布r(x,y)を設定(ステップS40)する。
【0029】
設定された水等価厚み分布r(x,y)に基づいて、ボーラスを形成するための加工(ステップS50)を行う。加工においては、ボーラスの加工データを生成する。本実施の形態においては、板材から切削加工することを前提として、加工データの生成ステップを説明する。はじめに、浅部形状の最大値と最小値との差(MAX(r(x,y))−min(r(x,y))からボーラス必要厚みと呼ばれる変調部1cでの必要高低差D(最小深さと最大深さの差)を算出し、式(5)に示すように予め定めたボーラスの最低厚みDminとの和より水等価厚Tが厚い切削用板材(例えば、ポリエチレン樹脂板)を選定する。
+Dmin <T・・・(5)
そして、選定した板材に対して、計算した水等価厚み分布r(x,y)になるように、切削深さデータを生成する。
【0030】
なお、これらの計算処理において、上述したように、ビームBを平行とみなせる場合は、平行な深さあるいは形状を基準とし、点線源からの広がりを考慮すべき場合には、ビームの広がり(角度)を考慮して深さあるいは形状を換算する必要がある。また、厚み分布を設定するための患部の位置もビームBに垂直な平面における位置(x、y)に限らず、ビームの偏向角θと方位角φで位置を特定するようにしてもよいことは言うまでもない。
【0031】
こうして生成したデータに基づき、切削用板材を加工することで、患部の浅部形状に応じて厚み分布を設定した変調部1cが得られる。得られた変調部1cを別途形成した周縁部1fにはめ込むことでボーラス1が得られる。あるいは、周縁部1fも含めて切削加工してもよい。また、ボーラスは切削に限ることなく、成型によって加工してもよい。
【0032】
以上のように、本発明の実施の形態1にかかるボーラス1によれば、粒子線照射装置10に設置され、照射野内の粒子線Bのエネルギー分布を被照射部である患部100TCに応じて変調するための変調部1cを備えたボーラス1であって、変調部1cの粒子線Bの照射方向における(水等価)厚み分布が、患部100TCの粒子線Bの照射方向から見て浅部(Proximal)側の面(LP側のE1からE2までの部分)の形状を補償するように設定される、ように構成したので、被照射部である患部組織100TCよりも浅い位置にある正常組織100NCのような保護すべき組織に対するダメージを抑制して治療することができる。とくに、体表面を単純な平面とみなせる場合は、体表面のデータ処理を省略してもボーラスの補償精度を高く保つことができる。
【0033】
あるいは、本発明の実施の形態1にかかるボーラス1によれば、粒子線照射装置10に設置され、照射野内の粒子線Bのエネルギー分布を被照射部である患部100TCに応じて変調するための変調部1cを備えたボーラス1であって、変調部1cの粒子線Bの照射方向における(水等価)厚み分布が、患部100TCの粒子線Bの照射方向から見て浅部(Proximal)側の面(LP側のE1からE2までの部分)の体表面100fからの深さ分布を補償するように設定される、ように構成したので、被照射部である患部組織100TCよりも浅い位置にある正常組織100NCのような保護すべき組織に対するダメージを抑制して治療することができる。
【0034】
あるいは、本発明の実施の形態1にかかるボーラス1によれば、上記深さ分布を、体表面100fの形状を球面、楕円球面、円錐面、円筒面、平面等の初等関数で近似した近似値と被照射部の粒子線の照射方向から見て浅部側の面の形状の測定値とから換算したので、データ量が少なくてもボーラスの補償精度を高く保つことができる。
【0035】
とくに、変調部1cの厚み分布D(x,y)を、変調部1cの構成材料である例えばポリエチレンやアクリル等の樹脂の特性に基づいて換算した水等価厚み分布が、浅部(Proximal)側の面(LP側のE1からE2までの部分)の形状と、変調部1cに入射する粒子線のブラッグピークの幅と残余飛程とに基づいて設定される、ように構成したので、粒子線照射装置の特性に対応して、被照射部である患部組織100TCよりも浅い位置にある正常組織100NCのような保護すべき組織に対するダメージを確実に抑制して治療することができる。
【0036】
また、換算した水等価厚み分布をr(x,y)、被照射部である患部100TCの浅部側の面の体表面100fからの深さ分布をr(x,y)、粒子線Bの残余飛程をR、粒子線Bの拡大ブラッグピークの幅をSOBP、とすると、R=r(x,y)+r(x,y)+SOBPの関係を満たすように、変調部1cの厚み分布D(x,y)が設定される、ように構成したので、被照射部である患部組織100TCに効率的にダメージを与えるとともに、患部組織100TCよりも浅い位置にある正常組織100NCに対するダメージを抑制して治療することができる。
【0037】
また、本発明の実施の形態1にかかる粒子線照射装置10によれば、加速器から供給された粒子線Bを、照射野を拡大するように照射する照射野拡大部として機能するワブラ電磁石12および散乱体13と、拡大された照射野の形状を被照射部である患部100TCの形状に応じて成型する照射野成型部として機能するリングコリメータ15およびマルチリーフコリメータ17と、粒子線のブラッグピークの幅SOBPを調整するブラッグピーク幅調整部として機能するリッジフィルタ14と、粒子線の残余飛程Rを調整する残余飛程調整部として機能するレンジシフタ15と、照射野内の粒子線のエネルギー分布を変調させる上記ボーラス1と、を備えるように構成したので、患部組織100TCに効率的にダメージを与えるとともに、患部組織100TCよりも浅い位置にある正常組織100NCに対するダメージを抑制して治療することができる。
【0038】
また、本発明の実施の形態1にかかるボーラスの製造方法によれば、粒子線照射装置10に設置され、照射野内の粒子線Bのエネルギー分布を患部100TC(の形状)に応じて変調するための変調部1cを備えたボーラス1の製造方法であって、患部100TCの粒子線の照射方向における体表面100fからの深さ分布データzTC(x,y)を取得する工程(ステップS10)と、深さ分布データzTC(x,y)から患部100TCの浅部(Proximal)側の面の深さ分布(r(x,y))を抽出する工程(ステップS30)と、抽出した深さ分布(r(x,y))を補償するように、変調部1cの(水等価)厚み分布(D(x,y)またはr(x,y))を設定する工程(S40)と、設定した(水等価)厚み分布に基づいて、ボーラス1を形成する工程(S50)と、を備えるように構成したので、患部組織100TCに効率的にダメージを与えるとともに、患部組織100TCよりも浅い位置にある正常組織100NCに対するダメージを抑制して治療するためのボーラスを容易に得ることができる。
【符号の説明】
【0039】
1 ボーラス(1c:変調部、1f:周縁部)、
10 粒子線照射装置、 12 ワブラ電磁石(12a:x方向走査電磁石、12b:y方向走査電磁石)、 13 散乱体、 14 リッジフィルタ、 15 レンジシフタ、 16 リングコリメータ、 17 マルチリーフコリメータ、
100 患者(体組織)(100f:体表面、100NC:(正常)組織、100TC:患部(被照射部))、
B 粒子線、 D(x,y) 変調部厚み分布、 E1,E2 深部と浅部との境目、 LD 深部(Distal)側、 LP 浅部(Proximal)側、 R 残余飛程、 r(x,y) ボーラス水等価厚み分布、 r(x,y) 深部深さ分布、
(x,y) 浅部深さ分布、 RI 照射範囲、 SOBP 拡大ブラッグピークの幅、 T 患部厚み、

【特許請求の範囲】
【請求項1】
粒子線照射装置に設置され、照射野内の粒子線のエネルギー分布を被照射部に応じて変調するための変調部を備えたボーラスであって、
前記変調部の前記粒子線の照射方向における厚み分布が、前記被照射部の前記粒子線の照射方向から見て浅部側の面の形状を補償するように設定される、
ことを特徴とするボーラス。
【請求項2】
粒子線照射装置に設置され、照射野内の粒子線のエネルギー分布を被照射部に応じて変調するための変調部を備えたボーラスであって、
前記変調部の前記粒子線の照射方向における厚み分布が、前記被照射部の前記粒子線の照射方向から見て浅部側の面の体表面からの深さ分布を補償するように設定される、
ことを特徴とするボーラス。
【請求項3】
前記深さ分布は、前記体表面の形状を初等関数で近似した近似値と前記浅部側の面の形状の測定値とから換算したものである、
ことを特徴とする請求項2に記載のボーラス。
【請求項4】
前記変調部の厚み分布を、当該変調部の構成材料の特性に基づいて換算した水等価厚み分布をr(x,y)、
前記被照射部の浅部側の面の体表面からの深さ分布をr(x,y)、
前記粒子線の残余飛程をR、
前記粒子線の拡大ブラッグピークの幅をSOBP、とすると、
R=r(x,y)+r(x,y)+SOBPの関係を満たすように、前記厚み分布が設定される、
ことを特徴とする請求項2または3に記載のボーラス。
【請求項5】
加速器から供給された粒子線を、照射野を拡大するように照射する照射野拡大部と、
前記拡大された照射野の形状を前記被照射部の形状に応じて成型する照射野成型部と、
前記粒子線のブラッグピークの幅を調整するブラッグピーク幅調整部と、
前記粒子線の残余飛程を調整する残余飛程調整部と、
前記照射野内の粒子線のエネルギー分布を変調させる請求項1ないし4のいずれか1項に記載のボーラスと、
を備えたことを特徴とする粒子線照射装置。
【請求項6】
粒子線照射装置に設置され、照射野内の粒子線のエネルギー分布を被照射部に応じて変調するための変調部を備えたボーラスの製造方法であって、
前記被照射部の前記粒子線の照射方向における体表面からの深さ分布データを取得する工程と、
前記深さ分布データから前記被照射部の浅部側の面の深さ分布を抽出し、抽出した浅部側の面の深さ分布を補償するように、前記変調部の厚み分布を設定する工程と、
前記設定した厚み分布に基づいて、前記ボーラスを形成する工程と、
を備えたことを特徴とするボーラスの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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