説明

ポリヒドロキシアルカノエートの製造方法

【課題】 微生物を用いてポリヒドロキシアルカノエート(PHA)を効率よく合成することが出来る製造方法を提供する。
【解決手段】 下記式(1)
【化1】


(1)
(式中、R1は、フェニル構造を有する残基、チエニル構造を有する残基、シクロヘキシル構造を有する残基、ビニル基、ブロモ基からなる群より選ばれる少なくとも一つの残基を表す。式中、nは、1〜8から選ばれた整数である。ただし、R1がシクロヘキシル構造を有する残基である場合、nは0でもよい。複数のユニットが存在する場合、ユニット毎に独立して上記の意味を表す。)
で示される2−アルケン酸の少なくとも何れか一つを原料として、シュードモナス(Pseudomonas)属に属する微生物に、該PHAを生合成せしめる工程を含むPHAの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエステルの一種であるポリヒドロキシアルカノエートを、微生物を用いて製造する製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物等の作用により分解可能な樹脂、即ち、生分解性樹脂の開発が進められており、例えば、ポリエステル構造を有する生分解性樹脂(ポリヒドロキシアルカノエート:以下略記する場合はPHAと記載する)が多くの微生物により生産され、菌体内に蓄積されることが報告されている。
【0003】
PHAは、従来のプラスチックと同様に、溶融加工等により各種製品の生産に利用することが出来る上に、自然界で微生物により完全分解されるという利点を有しており、従来の多くの合成高分子化合物のように自然環境に残留して汚染を引き起こすことがない。また 、生体適合性にも優れている。このような生分解性樹脂の利用については、医用材料の分野では既に実績がある。農業分野でも、マルチファイル、園芸資材、徐放性農薬、肥料等に実用化されている。さらに、レジャー分野においても、釣り糸、釣り用品、ゴルフ用品等に生分解性樹脂が用いられている。その他、日用品の包装材料として、生活用品の容器等で実用化されている。
【0004】
PHAは、その生産に用いる微生物の種類や培地組成、培養条件等により、様々な組成や構造のものとなり得ることが知られている。これまで主に、物性の改良という観点から、産生されるPHAの組成や構造の制御に関する研究が行われてきた。
【0005】
3−ヒドロキシ酪酸モノマーをはじめとする、比較的簡単な構造のモノマーを重合させたPHAの生合成例として、特公平6−15604号公報(特許文献1)には、アルカリゲネス・ユウトロファス・H16株(Alcaligenes eutropus H16、ATCC No.17699)及びその変異株が、その培養時の炭素源を変化させることによって、3−ヒドロキシ酪酸と3−ヒドロキシ吉草酸との共重合体を様々なユニット組成比で生産することが報告されている。
【0006】
また、近年、炭素数が12程度までの中鎖長(medium−chain−length:mclと略記)の3−ヒドロキシアルカン酸をモノマーとして用いたPHAについての研究が精力的に行なわれている。例えば、特許公報第2642937号明細書(特許文献2)には、シュードモナス・オレオボランス・ATCC29347株(Pseudomonas oleovorans ATCC 29347)に、炭素源として非環状脂肪族炭化水素を与えることにより、炭素数が6から12までの3−ヒドロキシアルカン酸のユニットを有するPHAが生産されることが開示されている。
【0007】
ところで、上記各例で合成されているPHAは、いずれも側鎖にアルキル基を有するユニットからなるPHA、即ち、「usual PHA」である。しかし、PHAのより広範囲な応用、例えば機能性ポリマーとしての応用を考慮した場合、アルキル基以外の置換基を側鎖に導入したPHA、即ち、「unusual PHA」が極めて有用であると期待される。置換基の例としては、芳香環を含むもの(フェニル基、フェノキシ基、ベンゾイル基等)や、不飽和炭化水素、エステル基、アリル基、シアノ基、ハロゲン化炭化水素、エポキシド等が挙げられる。これらの中でも、特に、芳香環を有するPHAの研究が盛んになされている。
【0008】
芳香環を有するPHAとしては、特許第2989175号明細書(特許文献3)に、3−ヒドロキシ−5−(モノフルオロフェノキシ)吉草酸ユニット或いは3−ヒドロキシ−5−(ジフルオロフェノキシ)吉草酸ユニットを含むPHAに関する発明が開示されている。この特許文献には、発明の効果について、置換基をもつ中鎖脂肪酸を資化して、側鎖末端が1から2個のフッ素原子で置換されたフェノキシ基を有するポリマーを合成することができ、融点が高く良い加工性を保ちながら、立体規則性、撥水性を与えることが出来る旨が開示されている。この特許文献では、シュードモナス・オレオボランスを、ノナン酸とシクロヘキシル酪酸或いはシクロヘキシル吉草酸の共存する培地中で培養すると、シクロヘキシル基を含むユニットと、ノナン酸由来のユニットを含むPHAが得られている。
【0009】
これら置換基を側鎖に有したPHAは、導入した置換基の特性に起因する、極めて有用な機能、特性を具備した「機能性ポリマー」としての展開が期待出来る。生分解性に加えて、このような機能性を兼ね備えた優れたポリマーと、そのようなポリマーを生産し菌体内に蓄積し得る微生物、並びに、そのような微生物を用いた当該ポリマーの効率的な生産方法の開発は、極めて有用かつ重要であると考えられる。
【0010】
ところで、様々な置換基を側鎖に導入したPHAは、先に挙げたシュードモナス・オレオボランスの報告例に示される通り、導入しようとする置換基を有したアルカン酸、例えば、フェニル基を有したアルカン酸である5−フェニル吉草酸を化学合成したのち、これを微生物に与えて培養し、生産されたPHAを抽出する方法により製造することが出来る。
【特許文献1】特公平6−15604号公報
【特許文献2】特許公報第2642937号
【特許文献3】特許公報第2989175号
【非特許文献1】生分解性プラスチック研究会編「生分解性プラスチックハンドブック」(株)エヌ・ティー・エス、1995年、p.178−197
【非特許文献2】Chirality,3号,1991年、p.492−494
【非特許文献3】Macromolecules,30号,1997、p.1611−1615
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、アルカン酸を化学合成して微生物に与えることからなるPHAの製造方法に於いては、導入しようとする置換基の種類や数、位置等によっては、アルカン酸を化学合成する上で大きな制約を受ける場合が数多くある。或いは、その化学合成における工程が数段階にも渡る化学反応を要する場合が多い。そのため、工業生産レベルでの合成が困難であったり、合成に多大な時間、手間及び費用を要したりすることなどの問題があった。
【0012】
本発明は、この様な従来技術の問題点に鑑みてなされたものであり、微生物を用いて芳香環等の種々の置換基が導入されたPHAを効率良く合成することが出来る方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者等は、置換脂肪酸と比較して合成或いは入手の容易な原料を用いた、PHAの製造方法を開発すべく、鋭意研究を重ねてきた結果、以下の発明に至った。
【0014】
即ち、本発明のポリヒドロキシアルカノエートの製造方法は、
下記式(1):
【0015】
【化1】

【0016】
(式中、R1は、フェニル構造を有する残基、チエニル構造を有する残基、シクロヘキシル構造を有する残基、ビニル基及びブロモ基からなる群より選ばれる少なくとも一つの残基を表す。式中、nは、1〜8から選ばれた整数である。ただし、R1がシクロヘキシル構造を有する残基である場合、nは0でもよい。R1及びnは、複数のユニットが存在する場合、ユニット毎に独立して上記の意味を表す。)
で表わされるモノマーユニットを分子中に含んでなるポリヒドロキシアルカノエートの製造方法において、
(A)下記式(2):
【0017】
【化2】

【0018】
(式中、R1及びnは式(1)と同じ意味を表す。)
で表される2−アルケン酸を該2−アルケン酸をモノマーとしてポリヒドロキシアルカノエートを合成し得る微生物に作用させて該微生物内で前記式(1)で示されるモノマーユニットを有するポリヒドロキシアルカノエートを合成させる工程と、
(B)前記生産されたポリヒドロキシアルカノエートを有する微生物から、該ポリヒドロキシアルカノエートを分離する工程と、
を含むことを特徴とするポリヒドロキシアルカノエートの製造方法である。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、ポリヒドロキシアルカノエートを効率よく合成することが可能となった。とりわけ、機能性ポリマー等として有用な、フェニル構造、チエニル構造、シクロヘキシル構造を有する残基を含むモノマーユニットを分子中に含んでなるポリヒドロキシアルカノエートを効率良く合成することが可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0021】
(2−アルケン酸)
本発明に於いては、PHAを製造する為の原料として、式(2)で表わされる2−アルケン酸の1種以上を少なくとも用いる。
【0022】
式(2)のR1のフェニル構造を有する残基としては、以下の式(3)〜(8)からなる群から選ばれた1種が好ましい。
【0023】
【化3】

【0024】
(式中、R2は芳香環への置換基を示し、R2はH原子、ハロゲン原子、CN基、NO2基、COOR'(R'はH、Na、およびKのいずれかを表す)、CH3基、C25基、C37基、CH=CH2基、CF3基、C25基またはC37基である。)
【0025】
【化4】

【0026】
(式中、R3は芳香環への置換基を示し、R3はH原子、ハロゲン原子、CN基、NO2基、CH3基、C25基、C37基、SCH3基、CF3基、C25基またはC37基である。)
【0027】
【化5】

【0028】
(式中、R4は芳香環への置換基を示し、R4はH原子、ハロゲン原子、CN基、NO2基、CH3基、C25基、C37基、CF3基、C25基またはC37基である。)
【0029】
【化6】

【0030】
(式中、R5は芳香環への置換基を示し、R5はH原子、ハロゲン原子、CN基、NO2基、COOR'、SO2R"(R':H、Na、K、CH3、およびC25のいずれかを表し、R"はOH、ONa、OK、ハロゲン原子、OCH3、およびOC25のいずれかを表す)、CH3基、C25基、C37基、(CH3)2-CH基または(CH3)3-C基である。)
【0031】
【化7】

【0032】
(式中、R6は芳香環への置換基を示し、R6はH原子、ハロゲン原子、CN基、NO2基、COOR'、SO2R"(R'はH、Na、K、CH3、およびC25のいずれかを表し、R"はOH、ONa、OK、ハロゲン原子、OCH3、およびOC25のいずれかを表す)、CH3基、C25基、C37基、(CH3)2-CH基または(CH3)3-C基である。)
【0033】
【化8】

【0034】
式(2)のR1のチエニル構造を有する残基としては、以下の式(9)〜(11)からなる群から選ばれた1種が好ましい。
【0035】
【化9】

【0036】
【化10】

【0037】
【化11】

【0038】
式(2)のR1のシクロヘキシル構造を有する残基としては、以下の式(12)または(13)が好ましい。
【0039】
【化12】

【0040】
(式中、R7はシクロヘキサン環への置換基を示し、R7はH原子、CN基、NO2基、ハロゲン原子、CH3基、C25基、C37基、CF3基、C25基またはC37基である。)
【0041】
【化13】

【0042】
(式中、R8 はシクロヘキサン環への置換基を示し、R8 はH原子、CN基、NO2 基、ハロゲン原子、CH3 基、C25 基、C37 基、CF3 基、C25 基またはC37 基である。)
本発明で原料として用いる2−アルケン酸は一般に、通常PHA製造の原料に用いられるアルカン酸と比較して、容易に化学合成することが可能である。例えば、下記化学式(14)
【0043】
【化14】

【0044】
で示されるモノマーユニットを分子中に含んでなるPHAを、微生物を用いて製造する場合、下記化学式(15)
【0045】
【化15】

【0046】
で示される5−フェニル−2−ペンテン酸を原料として用いることが出来る。5−フェニル−2−ペンテン酸は、通常PHAの製造用原料として用いられる、下記化学式(16)
【0047】
【化16】

【0048】
で示される5−フェニル吉草酸を化学合成する際の前駆物質である。本発明は、式(15)に示すような2−アルケン酸を原料として直接用いた場合での微生物において対応するモノマーユニットを含むPHAが生産、蓄積される点を新たに見出したものである。従って、5−フェニル−2−ペンテン酸は5−フェニル吉草酸よりも簡便でかつ反応工程数の少ない方法で取得することが可能であり、より低いコストで取得することが可能である。
【0049】
(PHA)
本発明においては、上記式(2)の2−アルケン酸を原料として用いることによって、PHA生産能を有する微生物によって上記式(1)で示されるPHAが効率的に製造される。上記式(2)の2−アルケン酸におけるR1及びnを適宜選択することで、対応したR1及びnを有する式(1)のモノマーユニットが導入されたPHAを得ることができる。
【0050】
式(1)のR1がフェニル構造を有する残基であるPHAとしては、R1 が前記の式(3)から式(8)のいずれかで示される基であるモノマーユニットを含むPHAが好ましい。式(1)のR1がチエニル構造を有する残基であるPHAとしては、R1が前記の式(9)から式(11)で示される基のいずれかであるモノマーユニットを含むPHAが好ましい。式(1)のR1がシクロアルキル構造を有する残基であるPHAとしては、R1が前記式(12)または(13)で示される基であるモノマーユニットを含むPHAが好ましい。
【0051】
(PHAの製造方法)
本発明のPHAの製造方法に用いる微生物は、前記式(2)の2−アルケン酸の少なくとも1種を含む培地中で培養した際、前記した対応するモノマーユニットを含むPHAを生産し、その細胞内に蓄積する微生物であれば、如何なる微生物であっても良い。例えば、PHA産生能を有するシュードモナス属に属する微生物が挙げられる。好適なシュードモナス属に属する微生物の一例としては、シュードモナス・チコリアイ・YN2株(Pseudomonas cichorii YN2;FERM BP−7375)、シュードモナス・チコリアイ・H45株(Pseudomonas cichorii H45;FERM BP−7374)、シュードモナス・ジェッセニイ・P161株(Pseudomonas jessenii P161;FERM BP−7376)、シュードモナス プチダ P91株(Pseudomonas putida P91、FERM BP−7373)が挙げられる。
【0052】
これらの微生物は、寄託者として本願出願人を名義として、先に国内寄託され、その後、その原寄託よりブタペスト条約に基づく寄託へと移管され、国際寄託機関としての経済産業省産業技術総合研究所生命工学工業技術研究所よりそれぞれ、前記の受託番号を付与され、現在の、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託されている。また、PHA産生能を有する菌株として、既に、特開2002−80571号公報に記載されている微生物である。
【0053】
また、シュードモナス属に属する微生物に加えて、例えば、アエロモナス属(Aeromonas sp.)、コマモナス属(Comamonas sp.)、バークホルデリア属(Burkholderia sp.)等に属し、前記の2−アルケン酸を原料として、前記した対応するモノマーユニットを含むPHAを生産する微生物を用いることも可能である。
【0054】
本発明にかかるPHAの製造方法は、原料の前記式(2)の2−アルケン酸を含む培地中で、前記したPHA産生能を有する微生物を培養することで、対応するモノマーユニットを含むPHAを生産させ、細胞内に蓄積させる。
【0055】
微生物の通常の培養、例えば、保存菌株の作製、PHAの生産に必要とされる菌数や活性状態を確保するための増殖等には、用いる微生物の増殖に必要な成分を含有する培地を適宜選択して用いる。例えば、微生物の生育や生存に悪影響を及ぼすものでない限り、一般的な天然培地(肉汁培地、酵母エキス等)や、栄養源を添加した合成培地等、如何なる種類の培地をも用いることが出来る。温度、通気、攪拌等の培養条件は、用いる微生物に応じて適宜選択する。
【0056】
一方、前記したPHA生産微生物を用いて、目的とするモノマーユニットを含むPHAを製造する際には、培地として、PHA生産用の原料として、このモノマーユニットに対応する前記式(2)の2−アルケン酸に加えて、微生物の増殖用炭素源を少なくとも含んだ無機培地等を用いることが出来る。原料の前記2−アルケン酸は、培地当たり0.01%〜1%(重量基準)の範囲、より好ましくは、0.02%〜0.2%(重量基準)の範囲に初期の含有率を選択することが望ましい。後述するとおり、前記式(2)の2−アルケン酸は、その1種を単独で、あるいは必要に応じて2種以上を組み合わせて培地に添加することができる。複数の2−アルケン酸を用いる場合は、これらの合計量が上記の範囲とすることが好ましい。
【0057】
培地には、微生物が増殖に利用する増殖基質を別途添加することが好ましい。この増殖基質は、酵母エキスやポリペプトン、肉エキス、コーンスチープリカーといった栄養素を用いることが可能である。更に、糖類等から、用いる菌株に応じて、増殖基質としての有用性を考慮して、適宜選択することが出来る。
【0058】
これら種々の増殖基質のうち、糖類としては、グリセロアルデヒド、エリトロース、アラビノース、キシロース、グルコース、ガラクトース、マンノース、フルクトースといったアルドース、グリセロール、エリトリトール、キシリトール等のアルジトール、グルコン酸等のアルドン酸、グルクロン酸、ガラクツロン酸等のウロン酸、マルトース、スクロース、ラクトースといった二糖等から選ばれる1つ以上の化合物が好適に利用出来る。
【0059】
原料化合物と共存させる、これらの増殖基質は、通常、培地あたり0.1%〜5%(重量基準)の範囲、より好ましくは、0.2%〜2%(重量基準)の範囲にその含有率を選択することが望ましい。
【0060】
また、複数種類のモノマーユニットをポリマー分子中に含むPHAを生産させる場合、前記の培地中に、所望のモノマーユニットに対応する複数種類の2−アルケン酸を添加して培養する方法を採用することが可能であり、また、通常のPHA生産の原料として用いられるアルカン酸と2−アルケン酸とを組み合わせて使用することも可能である。
【0061】
微生物にPHAを生産・蓄積させる培養方法としては、微生物を一旦十分に増殖させた後に、塩化アンモニウムのような窒素源を制限した培地へ菌体を移し、目的ユニットの基質となる化合物を加えた状態でさらに培養すると生産性が向上する場合がある。例えば、異なる培養条件からなる工程を複数段接続した多段方式の採用が挙げられる。
【0062】
より具体的には、(培養工程1)として、原料の2−アルケン酸、並びに増殖基質となる糖類を含む培地中で微生物を培養する工程を対数増殖後期から定常期の時点まで続け、一旦菌体を遠心分離等で回収した後、これに続き、(培養工程2)として、原料の2−アルケン酸、並びに増殖基質となる糖類とを含む培地中(好ましくは窒素源を含まない)で、培養工程1で培養・増殖した微生物の菌体をさらに培養する工程を行う方法等である。
【0063】
培養温度は、上記の菌株が良好に増殖可能な温度であれば良く、例えば、15〜40℃、好ましくは20〜35℃の範囲、より好ましくは20℃〜30℃の範囲に選択することが適当である。
【0064】
また培養時のpHは、4.0〜10.0の範囲が好ましい。
【0065】
培養は、液体培養、固体培養等、利用する微生物が増殖し、培地中に含有される原料の2−アルケン酸から、前記モノマーユニットを含むPHAを生産する培養方法ならば、如何なる培養方法をも用いることが出来る。さらには、原料、増殖基質、さらには酸素の供給が適正に行われるならば、バッチ培養、フェドバッチ培養、半連続培養、連続培養等の種類も問わない。例えば、液体バッチ培養の形態としては、振盪フラスコによって振盪させて酸素を供給する方法、ジャーファーメンターによる攪拌通気方式の酸素供給方法がある。
【0066】
上記の培養方法に用いる無機培地としては、リン源(リン酸塩等)、窒素源(アンモニウム塩、硝酸塩等)等、微生物の増殖に必要な成分を含んでいる培地であれば如何なるものでも良く、例えば、MSB培地、M9培地等を挙げることが出来る。
【0067】
例えば、後に述べる実施例において用いたM9培地の組成を以下に示す。
【0068】
[M9培地]
Na2HPO4:6.2g
KH2PO4:3.0g
NaCl:0.5g
NH4Cl:1.0g
(培地1リットル中、pH7.0)
更に、良好な増殖と、それに伴うPHAの生産の為には、上記の無機塩培地に、例えば、以下に示す微量成分溶液を0.3%(v/v)程度添加して、必須微量元素を補うことが出来る。
【0069】
[微量成分溶液]
ニトリロ三酢酸:1.5g
MgSO4:3.0g
MnSO4:0.5g
NaCl:1.0g
FeSO4:0.1g
CaCl2:0.1g
CoCl2:0.1g
ZnSO4:0.1g
CuSO4:0.1g
AlK(SO42 0.1g
3BO3:0.1g
Na2MoO4:0.1g
NiCl2:0.1g
(溶液1リットル中、pH7.0)
本発明に用いる微生物は、前記の培養方法により、前記モノマーユニットを含むPHAを産生し、その菌体内に蓄積する。従って、本発明のPHAの製造方法では、培養後、その培養菌体から、目的とするPHAを分離回収する工程を設ける。
【0070】
この微生物の培養菌体からのPHAの回収には、溶媒抽出法を利用して、可溶化したPHAを細胞由来の不溶成分と分離し、回収する手段を用いることが出来る。通常行われているクロロホルム抽出が最も簡便であるが、クロロホルム以外に、ジクロロメタン、ジオキサン、テトラヒドロフラン、アセトニトリル、アセトン等が用いられる場合もある。また、有機溶媒が使用しにくい環境中においては、SDS等の界面活性剤処理、リゾチーム等の酵素処理によって、PHA以外の菌体内成分を可溶化・除去することによって、不溶性画分として、PHAのみを回収する方法を採ることも出来る。さらには、超音波破砕法、ホモジナイザー法、圧力破砕法、ビーズ衝撃法、摩砕法、擂潰法、凍結融解法等の微生物細胞を破砕する処理を行って、細胞中に蓄積されたPHAのみを分離、回収する方法を採ることも出来る。
【0071】
なお、本発明のPHAの製造方法において、微生物の培養、その間における、培養される微生物におけるPHAの生産と菌体への蓄積を行う工程、並びに、培養後、その菌体からのPHA回収を行う工程は、上記の方法に限定されるものではない。
【実施例】
【0072】
以下に、実施例を挙げて、本発明をより具体的に説明する。これら実施例は、本発明の最良の実施形態の一例ではあるものの、本発明は、これら実施例により限定されるものではない。なお、以下における「%」は特に標記した以外は重量基準である。また、以下の配合における「部」は全て重量基準である。
【0073】
実施例1
ポリペプトン(日本製薬株式会社製)0.5%、先に挙げた式(15)で示される5−フェニル−2−ペンテン酸0.1%を含むM9培地200mlに、シュードモナス・チコリアイ・YN2株を植菌し、30℃、100ストローク/分で振盪培養した。38時間後、菌体を遠心分離により回収し、冷メタノールにて一度洗浄して真空乾燥した。この乾燥菌体ペレットを10mlクロロホルムに懸濁し、35℃で15時間攪拌してPHAを抽出した。抽出液を孔径0.45μmのメンブラン・フィルターで濾過した後、ロータリーエバポレーターで濃縮した。この濃縮液を冷メタノール中に加えて、PHAを再沈澱させ、沈澱物のみを回収し真空乾燥した。その結果、0.10gのPHAが得られた。
【0074】
得られたPHAの構造を特定するため、以下の条件でNMR分析を行った。
【0075】
<測定機器>
FT−NMR:Bruker DPX400
共鳴周波数: 1H=400MHz、13C=100MHz
<測定条件>
測定核種:1
使用溶媒:CDCl3
測定温度:室温
その結果、当該PHAは、先に挙げた式(14)で示される3−ヒドロキシ−5−フェニル吉草酸ユニット93.5モル%、その他のユニット(炭素数4〜12の直鎖3−ヒドロキシアルカン酸ユニット等)6.5モル%を含むPHAであることが確認された。
【0076】
実施例2
ポリペプトン(日本製薬株式会社製)0.5%、D−グルコース0.5%、先に挙げた式(15)で示される5−フェニル−2−ペンテン酸0.1%を含むM9培地200mlに、シュードモナス・チコリアイ・YN2株を植菌し、30℃、100ストローク/分で振盪培養した。38時間後、菌体を遠心分離により回収し、冷メタノールにて一度洗浄して真空乾燥した。
【0077】
この乾燥菌体ペレットを10mlクロロホルムに懸濁し、35℃で15時間攪拌してPHAを抽出した。抽出液を孔径0.45μmのメンブラン・フィルターで濾過した後、ロータリーエバポレーターで濃縮した。この濃縮液を冷メタノール中に加えて、PHAを再沈澱させ、沈澱物のみを回収し真空乾燥した。その結果、0.10gのPHAが得られた。
【0078】
得られたPHAの構造を特定するため、実施例1と同様にしてNMR分析を行った。その結果、当該PHAは、先に挙げた式(14)で示される3−ヒドロキシ−5−フェニル吉草酸ユニット89.8モル%、その他のユニット(炭素数4〜12の直鎖3−ヒドロキシアルカン酸ユニット等)10.2モル%を含むPHAであることが確認された。
【0079】
実施例3
5−フェニル−2−ペンテン酸の替わりに、5−(2−チエニル)−2−ペンテン酸を用いる以外は、実施例1と同様にして、3−ヒドロキシ−5−(2−チエニル)吉草酸ユニットを含むPHAが得られる。
【0080】
実施例4
5−フェニル−2−ペンテン酸の替わりに、4−シクロヘキシル−2−ブテン酸を用いる以外は、実施例1と同様にして、3−ヒドロキシ−4−シクロヘキシル酪酸ユニットを含むPHAが得られる。
【0081】
実施例5
5−フェニル−2−ペンテン酸の替わりに、6−ブロモ−2−ヘキセン酸を用いる以外は、実施例1と同様にして、3−ヒドロキシ−6−ブロモヘキサン酸ユニットを含むPHAが得られる。
【0082】
実施例6
シュードモナス・チコリアイ・YN2株の替わりに、シュードモナス・チコリアイ・H45株を用いる以外は、実施例1と同様にして、3−ヒドロキシ−5−フェニル吉草酸ユニットを含むPHAが得られる。
【0083】
実施例7
シュードモナス・チコリアイ・YN2株の替わりに、シュードモナス・ジェッセニイ・P161株を用いる以外は、実施例1と同様にして、3−ヒドロキシ−5−フェニル吉草酸ユニットを含むPHAが得られる。
【0084】
実施例8
シュードモナス・チコリアイ・YN2株の替わりに、シュードモナス・プチダ・P91株を用いる以外は、実施例1と同様にして、3−ヒドロキシ−5−フェニル吉草酸ユニットを含むPHAが得られる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1):
【化1】

(式中、R1は、フェニル構造を有する残基、チエニル構造を有する残基、シクロヘキシル構造を有する残基、ビニル基及びブロモ基からなる群より選ばれる少なくとも一つの残基を表す。式中、nは、1〜8から選ばれた整数である。ただし、R1がシクロヘキシル構造を有する残基である場合、nは0でもよい。R1及びnは、複数のユニットが存在する場合、ユニット毎に独立して上記の意味を表す。)
で表わされるモノマーユニットを分子中に含んでなるポリヒドロキシアルカノエートの製造方法において、
(A)下記式(2):
【化2】

(式中、R1及びnは式(1)と同じ意味を表す。)
で表される2−アルケン酸を該2−アルケン酸をモノマーとしてポリヒドロキシアルカノエートを合成し得る微生物に作用させて該微生物内で前記式(1)で示されるモノマーユニットを有するポリヒドロキシアルカノエートを合成させる工程と、
(B)前記生産されたポリヒドロキシアルカノエートを有する微生物から、該ポリヒドロキシアルカノエートを分離する工程と、
を含むことを特徴とするポリヒドロキシアルカノエートの製造方法。
【請求項2】
前記R1が、下記式(3)〜(13)で表わされる残基のいずれかである請求項1に記載のポリヒドロキシアルカノエートの製造方法。
【化3】

(式中、R2は芳香環への置換基を示し、R2はH原子、ハロゲン原子、CN基、NO2基、COOR'(R'はH、Na、およびKのいずれかを表す)、CH3基、C25基、C37基、CH=CH2基、CF3基、C25基またはC37基である。)
【化4】

(式中、R3は芳香環への置換基を示し、R3はH原子、ハロゲン原子、CN基、NO2基、CH3基、C25基、C37基、SCH3基、CF3基、C25基またはC37基である。)
【化5】

(式中、R4は芳香環への置換基を示し、R4はH原子、ハロゲン原子、CN基、NO2基、CH3基、C25基、C37基、CF3基、C25基またはC37基である。)
【化6】

(式中、R5は芳香環への置換基を示し、R5はH原子、ハロゲン原子、CN基、NO2基、COOR'、SO2R"(R'はH、Na、K、CH3およびC25のいずれかを表し、R"はOH、ONa、OK、ハロゲン原子、OCH3、およびOC25のいずれかを表す)、CH3基、C25基、C37基、(CH3)2-CH基または(CH3)3-C基である。)
【化7】

(式中、R6は芳香環への置換基を示し、R6はH原子、ハロゲン原子、CN基、NO2基、COOR'、SO2R"(R'はH、Na、K、CH3およびC25のいずれかを表し、R"はOH、ONa、OK、ハロゲン原子、OCH3、およびOC25のいずれかを表す)、CH3基、C25基、C37基、(CH3)2-CH基または(CH3)3-C基である。)
【化8】

【化9】

【化10】

【化11】

【化12】

(式中、R7はシクロヘキサン環への置換基を示し、R7はH原子、CN基、NO2基、ハロゲン原子、CH3基、C25基、C37基、CF3基、C25基またはC37基である。)
【化13】

(式中、R8 はシクロヘキサン環への置換基を示し、R8 はH原子、CN基、NO2 基、ハロゲン原子、CH3基、C25基、C37基、CF3基、C25基またはC37基であり、複数のユニットが存在する場合ユニット毎に独立して上記の意味を表す)。
【請求項3】
ポリヒドロキシアルカノエートを微生物に合成させる工程は、前記式(2)で示される2−アルケン酸の少なくとも1種を含む培地中で該微生物を培養することにより行なわれる請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
前記微生物が、シュードモナス(Pseudomonas)属に属する微生物である請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記微生物が、シュードモナス チコリアイ YN2株(Pseudomonas cichorii YN2;FERM BP−7375)、シュードモナス チコリアイ H45株(Pseudomonas cichorii H45、FERM BP−7374)、シュードモナス ジェッセニイ P161株(Pseudomonas jessenii P161、FERM BP−7376)及びシュードモナス プチダ P91株(Pseudomonas putida P91、FERM BP−7373)の1つ以上である請求項4に記載の製造方法。

【公開番号】特開2007−14300(P2007−14300A)
【公開日】平成19年1月25日(2007.1.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−201410(P2005−201410)
【出願日】平成17年7月11日(2005.7.11)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】