説明

ポリヒドロキシブチレート生産菌

【課題】 生分解性プラスチックとしての性能を高めるため、平均分子量の高いPHBを生産する微生物を提供する。
【解決手段】 16S rRNA遺伝子(16S rDNA)に配列番号1に記載の配列を含み、平均分子量300万以上のポリヒドロキシブチレートを蓄積可能なメチロシスティス(Methylocystis)属のポリヒドロキシブチレート生産菌。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なポリヒドロキシブチレート生産菌に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、プラスチックは化石資源である石油から製造され、化学的に非常に安定した化合物である。そのため、本来の利用が行われている限りは分解する等して環境に悪影響を及ぼすことは殆どないと考えられる。
一方、前記プラスチックは、その化学的安定性ゆえに、微生物により速やかな分解を受け難いとされている。そのため、プラスチック製品を使用後、環境中にそのまま廃棄すると、景観を汚す、野生動物を傷つける等の弊害を引き起こす。また、プラスチック製品をごみ焼却炉で焼却すると有毒ガスを発生する、あるいは、高温を発生して焼却炉を傷める等、様々な問題点がある。
【0003】
生分解性プラスチックは、使用中は、前記プラスチックと同様な利用が可能であり、さらに、使用後は自然界の微生物によって水と二酸化炭素等の無機物に分解され得る。従って、上述したプラスチックを廃棄処分する際の問題点を解決できるものと期待されている。
【0004】
そのため、生分解性プラスチックの実用化に向けた研究が進められている。生分解性プラスチックには、大別して、澱粉などの天然物を原料とするもの、微生物合成によるもの、及び、化学合成によるものがある。
【0005】
脂肪族ポリエステル系生分解性プラスチックは、各種の微生物により産生されるとともに、化学合成によっても種々のものが得られ、また、汎用樹脂(前記プラスチック)に近い物性を持つために多方面での応用が考えられている。
この脂肪族ポリエステル系生分解性プラスチックの1つに、ポリヒドロキシブチレート(以下、「PHB」と称する。)があり、微生物により産生される。
【0006】
PHBを産生する微生物として、メタン資化細菌、メタノール資化細菌、及び、アルカリゲネス(Alcaligenes)属細菌が知られている。これら細菌は、それぞれ、メタン、メタノール、糖を炭素源としてPHBを菌体内に蓄積する。
【0007】
メタノール資化細菌の場合、平均分子量が20万程度のPHBを生産可能であり、生分解プラスチックとして実用化されている。しかしながら、この程度の分子量のPHBでは伸び率が低く脆いので、用途が限られてしまうという問題点があった(例えば、非特許文献1参照。)。
【0008】
一般に、プラスチックの伸び率は平均分子量が高いほど高くなる傾向にあるので、更に高分子のPHBを蓄積可能な微生物が求められている。メタン資化菌の一種であるMethylocystis(メチロシスティス) sp. GB 25 DSMZ 7674では、分子量250万のPHBを体内に蓄積することが知られている(例えば、非特許文献2参照。)。
【0009】
【非特許文献1】井上義夫監修、「グリーンプラスチック最新技術」、シーエムシー出版、2002年6月、p271−290
【0010】
【非特許文献2】K.D.ウェンドラント(K.D.Wendlandt)、M.ジェコレック(M.Jechorek)、J.ヘルム(J.Helm)、及び、U.ストットメイスター(U.Stottmeister)、「メタンからの高分子量ポリ−3−ヒドロキシブチレート生産」(“Producing poly-3-hydroxybutyrate with a high molecular mass from methane.”)、Journal of Biotechnology 86 (2001) p127-p133
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、上記問題点に鑑み、更に生分解性プラスチックとしての性能を高めるため、平均分子量の高いPHBを生産する微生物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この目的を達成するための本発明のPHB生産菌の特徴構成は、請求項1に記載されているように、16S rRNA遺伝子(16S rDNA)に配列番号1に記載の配列を含み、平均分子量300万以上のPHBを蓄積可能なメチロシスティス(Methylocystis)属の細菌である点にある。
【0013】
上記特徴構成において、請求項2に記載されているように、前記PHB生産菌が、メチロシスティス(Methylocystis) sp. I431−029II−4A菌株(FERM AP−20425)であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
発明者らは、上記課題を解決すべく、日本国内の温泉水を対象としてスクリーニングを行なった。この結果、従来知られているより高い平均分子量を有するPHBを蓄積する新規微生物を分離することに成功し、本発明を完成させた。
【0015】
即ち、本発明は、平均分子量300万以上のPHBを蓄積可能なメタン資化細菌であるPHB生産菌に関する。具体的には、前記PHB生産菌は、メチロシスティス(Methylocystis)属の細菌であり、16S rRNA遺伝子(16S rDNA)に配列番号1に記載の配列を含むメチロシスティス(Methylocystis) sp. I431−029II−4A菌株(FERM AP−20425)である。
前記メチロシスティス sp. I431−029II−4A菌株を例に、本発明に係るPHB生産菌の入手方法及び性質を以下に示す。
【0016】
日本各地の土壌及び温泉水から、高分子量のPHBの生産可能な微生物の探索を行った。具体的には、土壌及び温泉水を試料とし、気相をメタン:空気=1:1とした無機塩液体培地(表1を参照。)を用いて集積培養を行った。前記無機塩液体培地に1(重量)%になるように寒天を加えて作成した寒天培地を用意し、ここに増殖が観察された集積培養液を接種し、気相をメタン:空気=1:1として固体培養を行った。尚、集積培養、固体培養とも30℃で行った。
【0017】
【表1】

【0018】
前記固体倍地上で単一株に分離された菌株(10株)について、16S rRNAに対応するDNAの塩基配列を調べることで菌種の同定を行うとともに、生育最適温度、生育速度、PHB蓄積率、蓄積PHBの平均分子量の測定を行った。
【0019】
上記のスクリーニング操作により得られた菌株の中で、蓄積したPHBの平均分子量が最も大きかったI431−029II−4A菌株の菌学的性質を以下に示す。また、この菌株の16S rDNAの塩基配列を決定し、公知の微生物の16S rDNAの塩基配列との比較を行った。結果は以下の通りである。
【0020】
(a)形態的性質
1.細胞の形状 :球菌(無機塩液体培地)・桿菌状(無機塩液体培地)
2.細胞の大きさ :0.2〜0.4μm×0.6〜0.8μm
3.細胞の多形性 :あり
4.運動性 :なし
5.胞子形成 :なし
【0021】
(b)培養的性質
1.使用培地 :NMS−VCR培地(表2を参照。)
2.培養条件 :25℃、空気:メタン=4:1(容積)、25日目
3.直径 :1mm
4.色調 :薄いピンク
5.形 :円状
6.隆起形状 :半レンズ状
7.周縁 :全縁
8.表面の形状等 :スムーズ
9.透明度 :不透明
10.粘稠度 :バター様
【0022】
【表2】

【0023】
(c)生理学的性質
1.グラム染色性 :陰性
2.生育至適温度 :20〜37℃
3.生育至適pH :6.9
4.酸素に対する態度:好気性
【0024】
(d)化学的性質
1.16S rDNAの塩基配列:配列番号1に示す
2.系統的に最も近い菌:I431−029II−4A菌株の16S rDNAの部分塩基配列を決定した。DNA データベース(DDBJ)にアクセスし、BLASTプログラムを用い、決定した16S rDNAの塩基配列に基づいて相同性検索を行った。この結果、メチロシスティス・エキノイデス(Methylocystis echinoides)と本菌株の16S rDNAの相同性は98.9%、メチロシスティス・パルバス(Methylocystis parvus)と本菌株の16S rDNAの相同性は97.6%であった。他方、メチロシスティス属と近縁種であるメチロシナス(Methylosinus)属に分類される微生物の16S rDNAと本菌株の16S rDNAの相同性は、最大でも96.4%であった。従って、本菌株はメチロシスティス属に分類されるメタン資化菌であると判定した。
【0025】
更に、「バージェイズ・マニュアル・オブ・システマチック・バクテリオロジー 第1版」(Bergery´s Manual of Systematic Bacteriology 1st Edition (1984))」等を参照にしたが、公知のメチロシスティス属細菌で平均分子量300万以上のPHBを蓄積する菌株は公知ではなく、本菌株がメチロシスティス属に分類される新菌株であることが明らかになった。メチロシスティス sp.I431−029II−4Aと命名された本菌株は、平成17年2月22日に、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに、受領番号FERM AP−20425として受領された。
【0026】
尚、非特許文献2に開示されたPHBを蓄積するメチロシスティス属の細菌については、菌学的性質及び16S rDNAの塩基配列が開示された刊行物等を発見することができず、本発明に係るPHB生産菌を含めた他の菌との分類学的な比較はできなかった。しかし、生産するPHBの分子量が、非特許文献2に開示されたメチロシスティス属の細菌では250万が上限であるのに対して、本発明に係るPHB生産菌は平均分子量300万以上のPHBを生産可能である点で異なり、これらは少なくとも別の菌株であると判断した。
【0027】
ここで、JIS K7127に従って、平均分子量300万のPHBの弾性率と平均分子量250万のPHBの弾性率とを比較したところ、前者は弾性率が3790MPaであったのに対して、後者は3030MPaであった。このように、公知の微生物産生PHBに比べて、本発明に係る微生物が産生したPHBは弾性率が約25%向上した。PHBの耐久性を向上させたり用途を拡大したりするためには弾性率を向上させることが重要であり、本発明に係るPHB生産菌は生分解性プラスチックとして非常に優れたPHBを供給することができる。
【0028】
本発明に係る16S rRNA遺伝子(16S rDNA)に配列番号1に記載の配列を含み、平均分子量300万以上のPHBを蓄積可能なメチロシスティス(Methylocystis)属の他のPHB生産菌は、前記メチロシスティス sp.I431−029II−4A菌株と同様なスクリーニング方法によって入手することができる。又、上記微生物に公知の変異処理法(例えば、紫外線照射等)を施して得られ、平均分子量300万以上のPHBを蓄積可能なメチロシスティス(Methylocystis)属の変異体等も、本発明に係る微生物に含まれる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下に本発明の実施の形態を、上掲の新規PHB生産菌であるメチロシスティス sp.I431−029II−4A株を例に挙げて説明する。
【0030】
前掲のスクリーニング方法により分離されたメチロシスティス sp.I431−029II−4A株は、公知のメタン資化菌と同様に培養できる。即ち、炭素源、窒素源、無機塩類を含有する通常の水性培地であり、炭素源としてメタンを必須とする。前記菌株の培地としては前記NMS−VCR培地が好適であるが、これに限定されるものではない。例えば、窒素源としては、非限定的に、カゼイン水解物、酵母抽出物、酵母自己消化物、酵母加水分解物、大豆粉、コーンスティープリカー、肉エキス等が使用できる。無機塩類としては、非限定的に、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、アンモニウム、カルシウム、マンガン、亜鉛、鉄、コバルト、リン酸塩、硫酸塩、硝酸塩、塩化物、炭酸塩等のイオンを放出し得る通常の塩が使用できる。好ましくは、培地のpH6.5〜7.5、20〜37℃(34℃が至適)で、振とう又は通気培養する。
【0031】
培地雰囲気は、必須成分としてメタンを、例えば、1〜50容量%程度、好適には10〜50容量%程度含む。また、メタン資化菌は偏性好気菌であるため、酸素を1〜50容量%程度、好適には10〜50容量%程度、培地雰囲気に含ませなければならない。前記培地雰囲気は、前掲のメタン及び酸素の他、本発明のPHB生産菌の生育を妨げない範囲で、窒素、二酸化炭素等の他のガスが含まれることを許容する。例えば、空気:メタン=4:1(メタン 約20容積%、酸素 約16容積%)の雰囲気で本発明に係るPHB生産菌を培養することができる。
【実施例1】
【0032】
前記メチロシスティス sp.I431−029II−4A株の菌体内に蓄積されたPHBの平均分子量を測定するため、以下の実験を行った。以下に、本発明の実施例を説明する。
【0033】
〔PHBの産生〕
前記無機塩液体培地200mLに前記メチロシスティス sp.I431−029II−4A株を接種し、メタン:空気=1:4のガスを400mL/日の割合で供給しながら、72時間(振とう又は静置)培養した。次いで、前記培地を遠心分離して菌体のみ採取し、凍結乾燥させた。この凍結乾燥菌体5gを乳鉢でよくすりつぶした後、クロロホルム300mLを加え、60℃で5時間加熱した。ガラスフィルターに通して菌体残渣を除去した後、液体画分についてエバポレーター用いてクロロホルムを除去した。
その後、得られたフィルム状物質をメタノールで3回洗浄して脂肪等の不純物を除去したのち、エバポレーターを用いて残留メタノールを除去した。
【0034】
〔PHBの平均分子量〕
得られたフィルム状物質をクロロホルムに溶解し、ゲル浸透クロマトグラフィ(以下、GPCと称する)を用いて、表3に示す条件で平均分子量を測定した。
【0035】
【表3】

【0036】
ポリスチレンを分子量標準とし、GPCの結果得られたデータに基づいてPHBの平均分子量を算出したところ、少なくとも3x10であることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明に係るPHB生産菌は平均分子量300万以上の非常に分子量の高いPHBを生産することができる。前記PHB生産菌から得られたPHBは伸び率が高いので、強度や耐久性に優れたプラスチックを提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
16S rRNA遺伝子(16S rDNA)に配列番号1に記載の配列を含み、平均分子量300万以上のポリヒドロキシブチレートを蓄積可能なメチロシスティス(Methylocystis)属のポリヒドロキシブチレート生産菌。
【請求項2】
メチロシスティス(Methylocystis) sp. I431−029II−4A菌株(FERM AP−20425)である請求項1に記載のポリヒドロキシブチレート生産菌。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
16S rRNA遺伝子(16S rDNA)に配列番号1に記載の配列を含み、平均分子量300万以上のポリヒドロキシブチレートを蓄積可能なメチロシスティス(Methylocystis)属のポリヒドロキシブチレート生産菌。
【請求項2】
メチロシスティス(Methylocystis) sp. I431−029II−4A菌株(FERM−20425)である請求項1に記載のポリヒドロキシブチレート生産菌。

【公開番号】特開2006−320256(P2006−320256A)
【公開日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−146792(P2005−146792)
【出願日】平成17年5月19日(2005.5.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年2月18日 インターネットアドレス(http://www.osakagas.co.jp/Press/pr05/050218.htm)にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年(平成17年)2月19日 「毎日新聞」「朝日新聞」「読売新聞」「京都新聞」「日本経済新聞」「フジサンケイ ビジネスアイ」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年(平成17年)2月21日 「電氣新聞」「日刊工業新聞」「化學工業日報」「日経産業新聞」に発表
【出願人】(000000284)大阪瓦斯株式会社 (2,453)
【Fターム(参考)】