説明

ポリマースルホン酸エステルの製造方法

【課題】
簡便で効率のよいポリマースルホン酸エステルの製造方法を提供すること。
【解決手段】
ポリマースルホン酸と、下記式で示されるオルトカルボン酸トリエステルと、を反応させるポリマースルホン酸エステルの製造方法。
【化1】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はポリマースルホン酸エステルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
固相合成は数多くの化合物を同時に合成できることから、新薬、機能性分子の創生などに盛んに利用されており、近年有機合成化学における重要性が増大している。
【0003】
特に、固相合成においては、用いる固相合成試薬により固相に化学反応剤や触媒を担持させ分離生成過程を簡略化することができるという利点、繰り返し使用することが可能であり環境に与える負荷が少ないという利点も有しているため、様々な種類の固相合成試薬が意欲的に開発されている。
【0004】
一方、ポリマースルホン酸エステルもこうした固相合成試薬の一つであり、カルボン酸、アミン、アルコール等に対して反応性に富むことから、アルキル化剤として注目されている。
【0005】
ポリマースルホン酸エステルについてはこれまでにいくつかの合成方法が報告されており、例えば、ポリスチレンスルホニルクロリドとアルコールの反応からポリスチレンスルホン酸エステルを得る方法が下記非特許文献1に記載されている。
【0006】
また、モノマーのp−スチレンスルホン酸エステル等に光照射を行うことにより対応するポリマーのスルホン酸エステルを得る方法が下記非特許文献2に記載されている。
【0007】
【非特許文献1】M.Shiraiら、“Sulfonic Acid Ester Unit−containing polymers for Surface Modification Resist”、Journal of Photopolymer Science and Technology、1998年、11巻、641〜644頁
【非特許文献2】J.K.Rueterら、“Arylsulfonate Esters in Solid Phase Organic Synthesis.I. Cleavage with Amines, Thiolate, and Imidazole”、Tetrahedron Letters、1998年、39巻、975〜978頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記非特許文献1に記載の方法では、ポリマースルホン酸エステルをその都度モノマーから合成しており、反応が複雑であるだけでなくポリマースルホン酸エステルをカルボン酸などとの反応に用いた後回収したとしても、その再利用をすることはできない。
【0009】
また、上記非特許文献1、2に記載の方法では、メタノール、エタノール等を用いたエステル化の事例についての記載は無く、しかも低級アルコールとのエステル化率が低く、未反応スルホン酸クロリドも残ってしまうという課題を残し、また、スルホン酸エステルを得ることができた場合であっても更にアルコール/塩基と反応し、エーテルやアルケン等を副生してしまうことにより、エステル化率がさらに低下してしまうという課題を残している。
【0010】
従って、本発明は上述の課題を解決し、簡便で効率のよいポリマースルホン酸エステルの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明は、具体的には以下の手段を採用する。
まず、第一の手段として、ポリマースルホン酸と、下記式で示されるオルトカルボン酸トリエステルと、を反応させるポリマースルホン酸エステルの製造方法とする。
【化1】

【0012】
上記の方法では下記式で示されるような反応が進むと考えられ、この方法によれば一段階の反応が実現でき、アルコール/塩基と反応してエーテルやアルケン等を副生してしまうことがなく、エステル化率の向上を図ることができる。また本方法は簡便であり、反応後の操作も殆どろ過による処理のみでよい。なお下記式中の丸で表現される部分はポリマーのスルホ基以外の部分を簡略化して示したものである。
【0013】
【化2】

【0014】
ここで、ポリマースルホン酸は、スルホ基を有するポリマーであって、例えばポリスチレンスルホン酸、ポリエチレンスルホン酸等種々のポリマースルホン酸を用いることができる。ポリマースルホン酸には、直鎖状のポリマー、この直鎖状のポリマーを架橋したポリマーなども含まれる。本発明では、ポリマースルホン酸を用いることでカルボン酸等との反応後に顆粒状又は粉末状等の固体として回収することができ、再利用することができるようになる。固体として回収することができるという観点からは、数平均分子量として10,000以上であることが望ましく、50,000以上であることがより望ましい。
【0015】
また上記したオルトカルボン酸トリエステルにおけるXとしては様々なものが考えられるが例えば水素、アルキル基、ハロアルキル基、アルケニル基、アルキニル基等が適宜選択可能であり、Rとしては、例えばアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、脂環、芳香環、複素環等が適宜選択可能である。特に、Rにおける炭素数が1〜6の場合は、従来の方法では極めて収率が低く工業的に大量に生産することはできないものであったが、本方法によると高い収率でしかも簡便に得ることができるようになる。なお、本明細書でいうアルキル基、アルケニル基、アルキニル基等については、直鎖状のものであってもよく、分岐したものであっても良い。なお本明細書でいうハロアルキル基とは、一部若しくは全部の水素がハロゲンで置換されているものをいう。
【発明の効果】
【0016】
以上により、簡便で効率のよいポリマースルホン酸エステルの製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0018】
(実施形態1)
本実施形態では、ポリマースルホン酸とオルト酢酸トリメチルとを反応させポリマースルホン酸エステルを得る形態について説明する。なお本実施形態に係る反応は下記式(2)に示されるよう進むと考えられる。
【0019】
【化3】

【0020】
上記反応の種々の条件はポリマースルホン酸の種類や分子量等に依存し適宜調整可能であるが、例えば反応温度としては0℃〜70℃の間で適宜選択でき、より好ましくは室温から40℃の範囲で選択できる。また反応時間としては更にオルト酢酸トリメチルの使用量により異なるが5時間〜48時間が適宜選択でき、より好ましくは20時間〜30時間が選択できる。
【0021】
また反応に用いるオルト酢酸トリメチルの量は反応するポリマースルホン酸に含まれるスルホ基の量等に依存するが、1当量〜5当量であることが望ましく、また固体と液体との反応における効率の観点を考慮すると3当量〜4当量であることがより望ましい。
【0022】
以上により簡便で効率のよいポリマースルホン酸エステルの製造方法を提供することができる。
【0023】
なお本実施形態の反応の種々の条件についてはオルト酢酸トリメチルの場合について説明したが、他のオルトカルボン酸トリエステルについても適宜条件を選択することが可能であり(他の一例としてオルト酢酸トリエチルを用いた場合を実施例2として記載する。)、オルトカルボン酸トリエステルの当量についてもポリマースルホン酸におけるスルホ基を基準に適宜選択することができる。
【0024】
なお、本実施形態で得られるポリマースルホン酸メチルエステルは、カルボン酸と下記反応式に従って反応を起こし、カルボン酸エステルを得ることができる。
【化4】

以下、本実施形態のより具体的な例について実施例を用いて説明する。
【0025】
(実施例1)
本実施例では、ポリマースルホン酸として、ポリスチレンスルホン酸(2.0g、3.79mmol/g)と、上記一般式で示される化合物の例としてオルト酢酸トリメチル(4.2ml、4.2当量)を用いた。
【0026】
反応はポリスチレンスルホン酸とオルト酢酸トリメチルをアルゴン雰囲気下、室温で1日攪拌することにより行った。反応後、ろ過を行い、アセトンで3回、エーテルで1回洗浄した後、真空ポンプで乾燥して目的のポリスチレンスルホン酸メチルエステル2.1gを得ることができた。なおこのポリスチレンスルホン酸メチルエステルはポリスチレンスルホン酸を基に計算したところ約100%の収率であった。
【0027】
図1にこの方法で得られたポリスチレンスルホン酸メチルエステルの赤外吸収スペクトル(IRスペクトル)を示す。図1に示されるとおり、本方法により得られる物質には1360cm−1近傍に現れるS=O逆対称伸縮振動に対応するピーク、1180cm−1近傍に現れるS=Oの対称伸縮振動に対応するピークが鋭く現れていた。
【0028】
また、元素分析を行ったところ、Cが56.4%、Hが5.6%、Sが14.4%であった。よって、得られた物質が目的とするポリスチレンスルホン酸メチルエステルであることが確認できた。
【0029】
以上、本実施形態によると、攪拌とろ過という非常に簡便な方法だけでしかも極めて高い収率でポリスチレンスルホン酸エステルを得ることができる。
【0030】
(実施例2)
本実施形態で用いたオルト酢酸トリメチルの他の例としてオルト酢酸トリエチルについても確かめた。
【0031】
本実施例では、オルト酢酸トリメチルの実施形態に変わりオルト酢酸トリエチルを用いた以外はほぼ実施例1と同様の方法とし、その結果としてポリスチレンスルホン酸メチルエステルを得た。
【0032】
具体的には、ポリスチレンスルホン酸(2.0g、3.79mmol/g)と、オルト酢酸トリエチル(4.2ml、3.04当量)と、をアルゴン雰囲気下の室温で1日撹拌することにより行った。反応後、ろ過を行い、アセトンで3回、エーテルで1回洗浄した後、真空ポンプで乾燥して目的のポリスチレンスルホン酸エチルエステル(2.17g)を得ることができた。なおこのポリスチレンスルホン酸エチルエステルはポリスチレンスルホン酸を基に計算したところ約100%の収率であった。なお、本得られた物質に対しても同様に赤外吸収スペクトル、元素分析を参照することにより、目的の化合物が得られていることを確認した。図2にこのIRスペクトルを示す。また元素分析によると、Cが58.4%、Hが5.9%、Sが13.6%であった。よって、得られた物質が目的とするポリスチレンスルホン酸エチルエステルであることが確認できた。
【0033】
(参考例1)
本参考例では、実施例1にて得られたポリスチレン酸メチルエステルを用いてカルボン酸エステルを得て有用性を確認した。この参考例について以下説明する。
【0034】
本参考例では、実施例1で得られたポリスチレンスルホン酸メチルエステル0.45gを30mlの2口ナスフラスコに入れ、その中にアセトニトリル3mlを加えた。その後2,4,6−トリメチル安息香酸0.146g(1.0mmol)、炭酸カリウム0.138g(1.0mmol)を加えて、アルゴン雰囲気下で4時間還流させた。その後、ポリマーをろ過して取り除き、アセトンで3回、エーテルで1回ポリマーを洗浄してろ液を乾固して目的の2,4,6−トリメチル安息香酸メチルエステル0.178gを得た。なお収率は2,4,6−トリメチル安息香酸を基にして約99%であった。
【0035】
図3にここで得られた物質2,4,6−トリメチル安息香酸メチルエステルのIRスペクトルについて示す。図3で示されるとおり、2930cm−1近傍に現れるC−H伸縮振動に対応するピーク、1730cm−1近傍に現れるC=Oの伸縮振動に対応するピーク、1270cm−1近傍に現れるC−Oの伸縮振動に対応するピークが確認できた。
【0036】
また、得られた物質のNMRスペクトル(CDCl溶媒、TMS基準、400MHz)についても得て評価した。図4に示す。この物質は図4に示すとおり、2.30ppm(9H、s)、3.90ppm(3H、s)、6.85ppm(2H、d、J=0.4Hz)にそれぞれシグナルを示し、得られた物質が2,4,6−トリメチル安息香酸メチルエステルであることを確認した。なお、沸点は70℃/1mHgであった。
【0037】
以上、本発明で得られるポリマースルホン酸エステルの有用性を確認することができた。
【0038】
(参考例2)
更に、参考例1の方法において使用し回収したポリマーをポリスチレンスルホン酸メチルエステルに再生した。以下説明する。
【0039】
まず、回収したポリマーを蒸留水で中性になるまで洗浄し、1N硫酸水溶液でイオン交換を行い、再びポリマーを蒸留水で中性になるまで洗浄した。そしてメタノールでポリマーを洗浄及び乾燥し、ポリマースルホン酸にした。そして再び上記実施例と同様の方法でオルト酢酸トリメチルによりメチル化することでポリスルホン酸メチルエステル2.09gを再生した。この再生により得られたポリマースルホン酸メチルエステルは最初に用いたポリスルホン酸メチルエステルに対して85%の再生率であり、非常に高い再生率であった。
【0040】
(参考例3)
上記参考例1と同様な条件及び方法を用い、ポリスチレンスルホン酸メチルエステルと2,4,6−トリメチル安息香酸を反応させてエステルを得、更に参考例2と同様な条件及び方法を用いてこの反応で生じるポリマーを回収し、ポリスチレンスルホン酸メチルエステルへ再生するという操作を繰返し、カルボン酸エステルの収率が変化するか否かについて検討した。下記表1に本参考例の結果を示す。この結果、複数回回収しても収率は非常に高いことが確認できた。
【表1】

【0041】
(参考例4)
上記参考例1と同様な方法を用いて、ポリスチレンスルホン酸メチルエステルと他のカルボン酸、アミノ酸等との反応についても検討した。反応時間等の諸条件については適宜変更し、反応量はカルボン酸に対してポリスチレンスルホン酸メチルエステルを1当量、炭酸カリウムを1当量として反応させた。
【表2】

【0042】
以上の実施例及び参考例の結果から、回収再生したポリマースルホン酸を用いても収率が殆ど変化なく、また殆ど不純物を副生することなく簡便にカルボン酸エステルを得ることができることがわかり、本発明の有用性を確認した。また、アミン、エーテル、チオエーテルなどの合成にも適用できることを確認した。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】ポリスチレンスルホン酸メチルエステルの赤外吸収スペクトルを示す図。
【図2】ポリスチレンスルホン酸エチルエステルの赤外吸収スペクトルを示す図。
【図3】2,4,6−トリメチル安息香酸メチルエステルの赤外吸収スペクトルを示す図。
【図4】2,4,6−トリメチル安息香酸メチルエステルのNMRスペクトルを示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリマースルホン酸と、下記式で示されるオルトカルボン酸トリエステルと、を反応させるポリマースルホン酸エステルの製造方法。
【化1】

【請求項2】
前記オルトカルボン酸トリエステルにおけるRは炭素数1〜6のアルキル基又はアルキニル基であることを特徴とする請求項1記載のポリマースルホン酸エステルの製造方法。
【請求項3】
前記オルトカルボン酸トリエステルにおけるXは炭素数1〜6のアルキル基、又はハロアルキル基であることを特徴とする請求項1記載のポリマースルホン酸エステルの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−169400(P2006−169400A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−364688(P2004−364688)
【出願日】平成16年12月16日(2004.12.16)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】