説明

マイクロパターニング培養基板、マイクロパターニング培養構築物及びこれらの作成方法

【課題】 簡便な方法で細胞のマイクロパターニングが可能なマイクロパターニング培養基板及びその作成方法を提供する。
【解決手段】 細胞培養基材2と、細胞培養基材2上にパターニングされた水溶性光硬化性ポリマー3とを備えた。細胞培養基材2上に水溶性光硬化性ポリマー3を塗布し、水溶性光硬化性ポリマー3へマスクパターン4を介して光照射して細胞培養基材2上に水溶性光硬化性ポリマー3をパターニングすることで作成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞のマイクロパターニングに用いられるマイクロパターニング培養基板と、このマイクロパターニング培養基板を用いて構築されたマイクロパターニング培養構築物及びこれらの作成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、DNAチップ等に代表される各種マイクロアレイを用いた解析手法が脚光を浴びている。この手法によれば、微小空間内に各種のプローブを高密度かつ高精度に固定化し、これらプローブに対して検体を反応させることで、微小サンプルから大量の情報を効率よく取り出すことができる。プローブとしては、DNAのほか、最近ではタンパク質や糖鎖、細胞を用いることが試みられている。
【0003】
特に、細胞をプローブとする細胞センサー(CBB:Cell-based Biosensor)は、外部刺激に対する生物体の応答をトータルに評価するためのツールの1つであって、各種外部刺激に対する細胞の一連の反応を効率的に解析可能であると考えられることから、再生医療における新規な分化誘導因子の探索や創薬における薬物候補物質の探索など、マイクロチップなどと組み合わせた形での種々のスクリーニングシステムへの応用が期待されている。
【0004】
細胞をセンサー素子として有効かつ効率的に利用するためには、マイクロチップ上での細胞の接着位置や形態を適切にコントロールし、生体内における各種細胞が有する機能を培養環境下で長期間にわたって維持することが必要となる。そして、細胞を培養基板上でマイクロパターニングすることは、細胞センサーの実用化において非常に重要な課題である。
【0005】
しかし、これまでの技術では、簡便な手法で細胞をマイクロパターニングするための基板を作成することは困難であった。
【0006】
発明者らはこれまでに、非特異的な吸着を抑制するポリエチレングリコール(PEG)修飾基板上にプラズマ微細加工技術を用いることで、マイクロオーダーでパターン化した細胞接着部位を作製し、この基板上で内皮細胞をフィーダーとして肝細胞を培養することで、肝細胞を三次元凝集魂であるスフェロイドとして極めて高密度に培養することに成功し、マイクロパターン化した内皮細胞と肝細胞の組み合わせにより、従来は困難であった肝細胞スフェロイドの基板上高密度培養が可能であることを示した(肝細胞スフェロイドアレイ)(特許文献1、非特許文献1)。固定化された肝細胞スフェロイドは肝細胞特異的機能を生体外において少なくとも1ヶ月にわたって維持することが確認され、構築した肝細胞アレイは薬物スクリーニングへの応用が可能と考えられる。
【特許文献1】国際公開第03/010302号パンフレット
【非特許文献1】H.Otsuka, A.Hirano, Y.Nagasaki, T.Okano, Y.Horiike and K.Kataoka, ChemBioChem 5 (2004) 850-855.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記の方法は、高真空の装置を必要とするプラズマ微細加工技術を用いる方法であるために高い設備コストを要するほか、高真空を必要とすることからチップの生産工程が煩雑となって時間あたりのチップの生産性が低くなるという問題があった。
【0008】
そこで、本発明は上記問題点に鑑み、簡便な方法で細胞のマイクロパターニングが可能なマイクロパターニング培養基板及びその作成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の請求項1記載のマイクロパターニング培養基板は、細胞培養基材と、この細胞培養基材上にパターニングされた水溶性光硬化性ポリマーとを備えたことを特徴とする。
【0010】
本発明の請求項2記載のマイクロパターニング培養基板は、請求項1において、前記細胞培養基材は生理活性物質からなることを特徴とする。
【0011】
本発明の請求項3記載のマイクロパターニング培養基板は、請求項2において、前記生理活性物質は細胞外マトリックス構成成分からなることを特徴とする。
【0012】
本発明の請求項4記載のマイクロパターニング培養基板は、請求項3において、前記細胞外マトリックス構成成分は細胞接着性タンパク質であることを特徴とする。
【0013】
本発明の請求項5記載のマイクロパターニング培養基板は、請求項1〜4のいずれか1項において、前記水溶性光硬化性ポリマーはフェニルアジド基を有することを特徴とする。
【0014】
本発明の請求項6記載のマイクロパターニング培養基板の作成方法は、細胞培養基材上に水溶性光硬化性ポリマーを塗布する水溶性光硬化性ポリマー塗布工程と、この水溶性光硬化性ポリマー塗布工程において塗布された水溶性光硬化性ポリマーへマスクパターンを介して光照射して細胞培養基材上に水溶性光硬化性ポリマーをパターニングするパターニング工程とを備えたことを特徴とする。
【0015】
本発明の請求項7記載のマイクロパターニング培養基板の作成方法は、請求項6において、前記細胞培養基材は細胞接着性タンパク質からなることを特徴とする。
【0016】
本発明の請求項8記載のマイクロパターニング培養基板の作成方法は、請求項6又は7において、前記水溶性光硬化性ポリマーはフェニルアジド基を有することを特徴とする。
【0017】
本発明の請求項9記載のマイクロパターニング培養構築物は、水溶性光硬化性ポリマーがパターニングされた細胞培養基材上に培養された細胞を備えたことを特徴とする。
【0018】
本発明の請求項10記載のマイクロパターニング培養構築物は、請求項9において、前記細胞培養基材は細胞接着性タンパク質からなることを特徴とする。
【0019】
本発明の請求項11記載のマイクロパターニング培養構築物は、請求項9又は10において、前記水溶性光硬化性ポリマーはフェニルアジド基を有することを特徴とする。
【0020】
本発明の請求項12記載のマイクロパターニング培養構築物は、請求項9〜11のいずれか1項において、前記細胞は第1の細胞と、この第1の細胞上に培養されスフェロイドを形成した第2の細胞とからなることを特徴とする。
【0021】
本発明の請求項13記載のマイクロパターニング培養構築物は、請求項12において、前記第1の細胞は内皮細胞であって、前記第2の細胞は肝細胞であることを特徴とする。
【0022】
本発明の請求項14記載のマイクロパターニング培養構築物の作成方法は、水溶性光硬化性ポリマーがパターニングされた細胞培養基材上に細胞を培養する培養工程を備えたことを特徴とする。
【0023】
本発明の請求項15記載のマイクロパターニング培養構築物の作成方法は、請求項14において、前記細胞培養基材は細胞接着性タンパク質からなることを特徴とする。
【0024】
本発明の請求項16記載のマイクロパターニング培養構築物の作成方法は、請求項14又は15において、前記水溶性光硬化性ポリマーはフェニルアジド基を有することを特徴とする。
【0025】
本発明の請求項17記載のマイクロパターニング培養構築物の作成方法は、請求項14〜16のいずれか1項において、前記培養工程は、水溶性光硬化性ポリマーがパターニングされた細胞培養基材上に第1の細胞を培養する第1の培養工程と、この第1の培養工程において培養された第1の細胞上にスフェロイドを形成する第2の細胞を培養する第2の培養工程とを備えたことを特徴とする。
【0026】
本発明の請求項18記載のマイクロパターニング培養構築物の作成方法は、請求項17において、前記第1の細胞は内皮細胞であって、前記第2の細胞は肝細胞であることを特徴とする。
【0027】
本発明の請求項19記載のバイオセンサーは、請求項9〜13のいずれか1項記載のマイクロパターニング培養構築物を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0028】
本発明のマイクロパターニング培養基板、マイクロパターニング培養構築物及びこれらの作成方法によれば、光リソグラフィという簡便な方法を用いて細胞培養基材上に水溶性光硬化性ポリマーをパターニングすることによって、常温、常圧の環境下において、簡便かつ高精度、低コストにて細胞のマイクロパターニングが可能となる。
【0029】
また、水溶性光硬化性ポリマーを用いることによって、光照射後の洗浄に水を用いることができ、細胞培養基材の構造、機能に悪影響を与えることなく、細胞のマイクロパターニングが可能となる。
【0030】
また、細胞培養基材として細胞接着性タンパク質を用いることにより、細胞培養基材上に確実に細胞を接着させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
はじめに、本発明のマイクロパターニング培養基板について説明する。本発明のマイクロパターニング培養基板は、細胞培養基材と、この細胞培養基材上にパターニングされた水溶性光硬化性ポリマーとを備えたものである。
【0032】
ここで用いられる水溶性光硬化性ポリマーは、細胞をパターニングするための基板修飾用材料として用いられ、紫外光を照射すると架橋反応が起こって硬化する高分子材料である。この水溶性光硬化性ポリマーはネガ型レジストと呼ばれ、マスクパターンを介して光照射し、光照射せず硬化していない部分を水で洗浄して除去することによって、光照射した部分を残したパターニングを行うことができる。このパターニングは光リソグラフィと呼ばれる半導体プロセスなどに幅広く用いられている手法であり、マイクロパターンを簡便に作成するための手法として、極めて有効である。なお、本発明で用いる光硬化性ポリマーは水溶性であるため、光照射後の洗浄に有機溶剤ではなく水を用いることができるので、基板上に塗布された細胞培養基材の構造、機能に悪影響を与えることがない。
【0033】
また、通常、半導体プロセスにおける光リソグラフィでは洗浄で除去しきれないポリマーをプラズマアッシングで除去する必要があるが、水溶性光硬化ポリマーの硬化していない部分は細胞培養基材として後述するコラーゲンなどの細胞接着性タンパク質に対する剥離性が極めて良好であって、水で洗浄するだけで十分に除去できるので、プラズマアッシングが不要となる。したがって、細胞培養基材がプラズマによるダメージを受けることもない。
【0034】
また、水溶性光硬化性ポリマーとしては、細胞非接着性を有するものが好適に用いられる。水溶性光硬化性ポリマー上に細胞が接着することを防止し、細胞培養基材上にのみ細胞を接着させて培養するためである。
【0035】
水溶性光硬化性ポリマーとしては、ポリビニルアルコール又はポリエチレングリコールを主骨格として含むものなどが好適に用いられ、化1に示すポリビニルアルコールを主骨格、及びその側鎖に光反応性部位としてフェニルアジド基、水溶性を向上させる官能基としてピリジン基を導入した化合物、化2に示すポリエチレングリコールを主骨格とし、その両末端にそれぞれフェニルアジド基とピリジン基を導入した化合物などを好適に用いることができる。
【0036】
【化1】

【0037】
【化2】

【0038】
なお、化1の構造を有する化合物、化2の構造を有する化合物の両者とも細胞のパターニング能を有するが、特に、化2の構造を有する化合物の方がより幅広い細胞種に対して利用可能であり、極めて高い細胞非接着性を示すので、より好適に用いられる。
【0039】
細胞培養基材としては、細胞を培養することのできる基材であれば特定のものに限定されないが、より確実に細胞を培養するためには、生理活性物質からなるものが好ましく用いられる。
【0040】
生理活性物質としては、細胞等に代表される生命体の活動に影響を与えるものであれば特定のものに限定されないが、細胞接着性を有するものが好適に用いられ、特に細胞外マトリックス構成成分の1つである細胞接着性タンパク質からなるものが好適に用いられる。なお、細胞接着性タンパク質とは、細胞が接着しやすいタンパク質の総称であり、限定されるものではないが好適にはコラーゲン、ビトロネクチン、フィブロネクチン、ラミニンなどが挙げられる。これらの中でも安価で入手しやすく高い細胞接着性を有するという理由から、特にコラーゲンが好適に用いられる。
【0041】
また、細胞培養基材は1層構造であっても多層構造であってもよい。多層構造の場合には、細胞が接着する少なくとも1つの層を生理活性物質から構成するのが好ましい。
【0042】
また、細胞培養基材は基板上に塗布されたものであってもよく、この場合、基板としては、細胞培養基材を均一に塗布することができるものであれば特定のものに限定させず、例えば、アクリル基板、ガラス基板、アミノ基導入ガラスなどを用いることができる。なお、基板は平面構造を有するものに限られず、必要に応じて種々の形状のものを用いることができる。
【0043】
水溶性光硬化性ポリマーのパターニングによって外部に露出した細胞培養基材の領域の形状や大きさは、特定の形状や大きさに限定されるものではないが、この領域で細胞を培養してスフェロイドを形成させるために、面積が1000〜200000μm、好ましくは1500〜50000μmの円形、多角形、楕円形などの小領域とする。形状としては円形が最も好ましいが、この場合、小領域の直径は40〜500μmとするのが好ましく、さらに好ましくは50〜200μmとする。例えば、この小領域を多数形成し、かつ等間隔に規則正しく配列させるように水溶性光硬化性ポリマーをパターニングすれば、細胞センサー作成用の基板として有効に用いることができる。この場合、隣り合った小領域の距離は10〜1000μmとするのが好ましく、さらには50〜200μmとするのが好ましい。小領域の配列パターンとしては、特定のパターンに限定されるものではないが、方陣状、もしくは各々が三角形の頂点に配置された等間隔格子状であることが望ましい。このように配列した小領域内で細胞を培養することによって、細胞アレイを構築することができる。
【0044】
ここで、図1に、本発明のマイクロパターニング培養基板の一実施例として、左に断面模式図、右に上面模式図を示す。1は基板であり、基板1上には細胞培養基材2の層が形成され、細胞培養基材2上には水溶性光硬化性ポリマー3がパターニングされている。本実施例では、水溶性光硬化性ポリマー3のパターニングによって、細胞培養基材2が外部に露出した直径100μmの円形の領域が100μmの間隔をおいて上下左右方向に規則正しく配列している。
【0045】
つぎに、本発明のマイクロパターニング培養基板の作成方法について説明する。本発明のマイクロパターニング培養基板の作成方法は、光リソグラフィを利用するものであって、細胞培養基材上に水溶性光硬化性ポリマーを塗布する水溶性光硬化性ポリマー塗布工程と、この水溶性光硬化性ポリマー塗布工程において塗布された水溶性光硬化性ポリマーへマスクパターンを介して光照射して細胞培養基材上に水溶性光硬化性ポリマーをパターニングするパターニング工程とを備えている。
【0046】
マスクパターンとしては、光リソグラフィにおいて通常用いられるものを用いることができ、例えば、石英マスクが好適に用いられる。
【0047】
なお、例えば、細胞培養基材が基板上に塗布されたものである場合には、基板上に細胞培養基材を塗布する細胞培養基材塗布工程を備えていてもよい。この細胞培養基材塗布工程を備えている場合、水溶性光硬化性ポリマー塗布工程において、細胞培養基材塗布工程において塗布された細胞培養基材上に水溶性光硬化性ポリマーを塗布する。
【0048】
本発明のマイクロパターニング培養基板の作成方法の一実施例を示す断面模式図としての図2を参照しながら説明すると、ステップ1において、基板1を準備し、ステップ2の細胞培養基材塗布工程において、基板1上に細胞培養基材2を塗布する。ステップ3の水溶性光硬化性ポリマー塗布工程において、細胞培養基材2上に水溶性光硬化性ポリマー3を塗布する。ステップ4とステップ5はパターニング工程であり、ステップ4において、水溶性光硬化性ポリマー3へマスクパターン4を介して光照射する。最後のステップ5において、水溶性光硬化性ポリマー3の光照射されずに硬化していない部分を水で洗浄して除去することで、細胞培養基材2上に水溶性光硬化性ポリマー3がパターニングされる。
【0049】
このように、光リソグラフィという簡便な方法を用いて細胞培養基材上に水溶性光硬化性ポリマーをパターニングすることによって、常温、常圧の環境下でも、簡便かつ高精度、低コストにてマイクロパターニング培養基板を作成することができる。
【0050】
また、水溶性光硬化性ポリマーを用いることによって、光照射後の洗浄に水を用いることができ、細胞培養基材の構造、機能に悪影響を与えることなく、マイクロパターニング培養基板を作成することができる。
【0051】
また、細胞培養基材として細胞接着性タンパク質を用いることにより、細胞培養基材上に確実に細胞を接着させることができる。
【0052】
さらに、細胞非接着性の水溶性光硬化性ポリマーを用いることにより、水溶性光硬化性ポリマー上には細胞を接着させず、細胞培養基材上にのみ選択的に細胞を接着させて、パターニングに合わせた形状の高精度な細胞のマイクロパターニングが可能となる。
【0053】
つぎに、本発明のマイクロパターニング培養構築物について説明する。本発明のマイクロパターニング培養構築物は、本発明のマイクロパターニング培養基板を用いて構築されたものであり、水溶性光硬化性ポリマーがパターニングされた細胞培養基材上に培養された細胞を備えたものである。すなわち、細胞は、光リソグラフィにより水溶性光硬化性ポリマーが除去されて外部に露出した細胞培養基材上において培養されている。また、この細胞は、単一種の細胞であってもよく、複数種の細胞から構成されるものであってもよい。
【0054】
あるいは、例えば、この細胞は、第1の細胞と、この第1の細胞上に培養されスフェロイドを形成した第2の細胞とからなるものであってもよい。
【0055】
ここで用いられる第2の細胞は、後述する第1の細胞との共培養によりスフェロイドを形成する細胞であれば特定の細胞に限定されないが、例えば、実質細胞としての肝細胞、膵ベータ細胞、心筋細胞、グリア細胞、皮膚上皮細胞、軟骨細胞、骨細胞、胚性または成体幹細胞などを挙げることができる。なお、実質細胞とは、組織または器官においてその機能を司る部分となる細胞のことをいう。
【0056】
また、第1の細胞は、上記第2の細胞と共培養したときに第2の細胞を生存及び機能させることができる細胞であれば特定の細胞に限定されないが、例えば、内皮細胞、上皮細胞、線維芽細胞などを挙げることができる。好ましくは、内皮細胞、さらに好ましくは血管内皮細胞、特に好ましくは臍帯静脈血管内皮細胞が用いられる。あるいは、上記第2の細胞の存在する臓器の形態形成に重要な役割を果たす線維芽細胞も好ましく用いられる。
【0057】
第1の細胞、第2の細胞は、どのような生物体由来のものでもよいが、好適には動物起源のものが望ましい。第1の細胞を細胞培養基材上で培養すると、足場依存性細胞またはフィーダー細胞として実質的に培養細胞の単層を形成する。つぎに、この第1の細胞上で第2の細胞を培養すると、第1の細胞と第2の細胞が異型相互作用を行い、第2の細胞に特異的な機能が長期にわたって安定に保持される。このように、第1の細胞により構築されたフィーダー層と、その上に共培養された第2の細胞からなるスフェロイドから、マイクロパターニング培養構築物が構築される。なお、スフェロイドとは、一種類以上の細胞が複数個集まることで形成される凝集魂をさし、限定されるものではないが実質細胞の凝集魂が主に用いられる。
【0058】
つぎに、本発明のマイクロパターニング培養構築物の作成方法について説明する。本発明のマイクロパターニング培養構築物の作成方法は、本発明のマイクロパターニング培養基板を用いるものであり、水溶性光硬化性ポリマーがパターニングされた細胞培養基材上に細胞を培養する培養工程を備えている。この培養工程は、水溶性光硬化性ポリマーがパターニングされた細胞培養基材上に第1の細胞を培養する第1の培養工程と、この第1の培養工程において培養された第1の細胞上にスフェロイドを形成する第2の細胞を培養する第2の培養工程とを備えたものであってもよい。
【0059】
ここで、細胞培養基材として細胞接着性タンパク質を用いることにより、細胞培養基材上に確実に細胞を接着させることができる。
【0060】
さらに、細胞非接着性の水溶性光硬化性ポリマーを用いることにより、水溶性光硬化性ポリマー上には細胞を接着させず、細胞培養基材上にのみ選択的に細胞を接着させて、パターニングに合わせた形状の高精度な細胞のマイクロパターニングを施したマイクロパターニング培養構築物を提供することができる。
【0061】
このようにして作成したマイクロパターニング培養構築物は、基板上からの細胞の脱落が抑制され、細胞を基板上で長期にわたり維持することができる。
【0062】
さらに、本発明のマイクロパターニング培養構築物を用いて、スフェロイドを形成する細胞の毒性を検査するためのバイオセンサー、スフェロイドを形成する細胞の機能を賦活化する物質をスクリーニングするためのバイオセンサー、スフェロイドを形成する細胞不全の医療サポート用のバイオセンサー、実質細胞の生理作用の模擬試験用のバイオセンサーなどを構成してもよい。
【0063】
なお、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の思想を逸脱しない範囲で種々の変形実施が可能である。
【0064】
以下、さらに具体的に本発明の実施例について説明する。
【実施例1】
【0065】
[基板の調整]
水溶性光硬化性ポリマーとして、細胞非接着性を有し、それぞれポリビニルアルコールとポリエチレングリコールを分子骨格として有する2種の水溶性ネガ型レジスト、化1の構造を有する化合物と化2の構造を有する化合物を用いた。直径21mm厚さ0.5mmの円形アクリル樹脂に対して、ブタI型コラーゲン溶液を塗布した後に1晩乾燥させることで、細胞培養基材としてのコラーゲン膜を作製した。続いて、コラーゲン膜上に化1の構造を有する化合物または化2の構造を有する化合物をスピンコートにより塗布し、60℃で10分間処理することで膜形成を行った。化1の構造を有する化合物または化2の構造を有する化合物を塗布した基板に対し、マスクパターンとして石英マスクを介して光照射を行い、水現像を経てパターンを形成させた。
【0066】
図3に水で現像を行った後の基板の位相差顕微鏡による観察結果を示す。化1の構造を有する化合物を用いた場合(a)と化2の構造を有する化合物を用いた場合(b)の両方とも、コラーゲン膜上に良好なパターン形成がされることが確認された。
【実施例2】
【0067】
[免疫蛍光染色法によるプレコートコラーゲンの検出]
抗ブタI型コラーゲン抗体(ウサギ由来)を0.1%ウシアルブミン/PBS溶液を用いて至適濃度に抗体溶液を調製した後、実験1で作製したコラーゲンを塗布した基板を前記抗体溶液に4℃で1晩放置することで1次抗体を結合させた。続いてFITCラベル化抗ウサギIgG抗体(ヤギ由来)を室温で2時間反応させた後、蛍光顕微鏡により観察を行い、染色パターンを確認した。
【0068】
図4に化1の構造を有する化合物をパターニングした基板における免疫染色法による結果(a)と化2の構造を有する化合物をパターニングした基板における免疫染色法による結果(b)を示す。化1の構造を有する化合物または化2の構造を有する化合物によって規定されたマイクロパターンと一致する形で2次抗体に由来する蛍光が確認された。
【0069】
このことから、化1の構造を有する化合物および化2の構造を有する化合物の両方とも、その塗布の際にコラーゲンの物性を変化させることなく、水の現像によって容易に取り除かれることが確認された。また、レジストが光硬化した部位では蛍光がまったく確認されないことから、レジストが存在する部位ではタンパク質の非特異的な吸着が効果的に抑制されていることが確認された。
【実施例3】
【0070】
[肝細胞スフェロイドアレイの形成および維持の評価]
コラーゲンを塗布して調製した基板上に内皮細胞を播種し、24時間の培養を行った。内皮細胞はマイクロパターンに規定された形状で基板に接着することが示された。
【0071】
パターン形成を確認した後、続いて内皮細胞マイクロパターン上に5週齢のウィスターラットより採取した肝実質細胞を播種し24時間の培養を行ったところ、内皮細胞の場合とは異なり、化1の構造を有する化合物と化2の構造を有する化合物で細胞接着抑制に差が見られ、化2の構造を有する化合物の方が高い細胞非接着性を有することが確認された。
【0072】
図5に化2の構造を有する化合物をパターニングした基板における肝実質細胞の接着を示す。肝実質細胞のレジスト光硬化部位への非特異的な吸着はほとんど確認されなかった。
【0073】
スフェロイド形成を確認した後、PBS(−)による3回の洗浄を行った後に新しい培地を加え、培養を継続した。以後の培地交換は一週間に2回、3または4日間隔で適宜行い、顕微鏡観察により経過観察を行った。
【0074】
また、パターン化された細胞の接着強度に及ぼすコラーゲンの影響を検討するため、ブタI型コラーゲン溶液を塗布した基板とブタI型コラーゲン溶液を塗布しない基板の細胞の接着を比較した。基板としては、化2の構造を有する化合物をパターニングした基板を用いた。
【0075】
図6にコラーゲンを塗布した基板、またはコラーゲンを塗布していない基板について、PBS(−)によって洗浄をした後の細胞の接着パターンを示す。コラーゲンをコートしていない場合、PBS(−)で洗浄を行うと半分以上の細胞が脱落してしまう(a)のに対し、コラーゲンが存在する場合には細胞の脱落はほとんど観察されなかった(b)。長期培養を行った場合この差は顕著に表れ、コラーゲンが存在しない場合はアレイの維持が極めて困難であった。
【0076】
以上の結果より、化2の構造を有する化合物とコラーゲンの組み合わせにより、長期にわたってスフェロイドを維持可能な基板を簡便に調製できることが確認された。
【0077】
肝細胞スフェロイドは肝細胞特異的機能を生体外において長期間維持することから、構築したアレイは薬物スクリーニングなどへ応用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】本発明のマイクロパターニング培養基板の一実施例を示す模式図である。
【図2】本発明のマイクロパターニング培養基板の作成方法の一実施例を示す模式図である。
【図3】化1の構造を有する化合物をパターニングした基板を水で現像した後の位相差顕微鏡写真(a)と化2の構造を有する化合物をパターニングした基板を水で現像した後の位相差顕微鏡写真(b)である。
【図4】化1の構造を有する化合物をパターニングした基板における免疫染色法による結果を示す顕微鏡写真(a)と化2の構造を有する化合物をパターニングした基板における免疫染色法による結果を示す顕微鏡写真(b)である。
【図5】化2の構造を有する化合物をパターニングした基板における肝実質細胞の接着を示す顕微鏡写真である。
【図6】コラーゲンを塗布しない基板を用いて肝実質細胞の脱落を調べた結果を示す顕微鏡写真(a)とコラーゲンを塗布した基板を用いて肝実質細胞の脱落を調べた結果を示す顕微鏡写真(b)である。
【符号の説明】
【0079】
1 基板
2 細胞培養基材
3 水溶性光硬化性ポリマー
4 マスクパターン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞培養基材と、この細胞培養基材上にパターニングされた水溶性光硬化性ポリマーとを備えたことを特徴とするマイクロパターニング培養基板。
【請求項2】
前記細胞培養基材は生理活性物質からなることを特徴とする請求項1記載のマイクロパターニング培養基板。
【請求項3】
前記生理活性物質は細胞外マトリックス構成成分からなることを特徴とする請求項2記載のマイクロパターニング培養基板。
【請求項4】
前記細胞外マトリックス構成成分は細胞接着性タンパク質であることを特徴とする請求項3記載のマイクロパターニング培養基板。
【請求項5】
前記水溶性光硬化性ポリマーはフェニルアジド基を有することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載のマイクロパターニング培養基板。
【請求項6】
細胞培養基材上に水溶性光硬化性ポリマーを塗布する水溶性光硬化性ポリマー塗布工程と、この水溶性光硬化性ポリマー塗布工程において塗布された水溶性光硬化性ポリマーへマスクパターンを介して光照射して細胞培養基材上に水溶性光硬化性ポリマーをパターニングするパターニング工程とを備えたことを特徴とするマイクロパターニング培養基板の作成方法。
【請求項7】
前記細胞培養基材は細胞接着性タンパク質からなることを特徴とする請求項6記載のマイクロパターニング培養基板の作成方法。
【請求項8】
前記水溶性光硬化性ポリマーはフェニルアジド基を有することを特徴とする請求項6又は7記載のマイクロパターニング培養基板の作成方法。
【請求項9】
水溶性光硬化性ポリマーがパターニングされた細胞培養基材上に培養された細胞を備えたことを特徴とするマイクロパターニング培養構築物。
【請求項10】
前記細胞培養基材は細胞接着性タンパク質からなることを特徴とする請求項9記載のマイクロパターニング培養構築物。
【請求項11】
前記水溶性光硬化性ポリマーはフェニルアジド基を有することを特徴とする請求項9又は10記載のマイクロパターニング培養構築物。
【請求項12】
前記細胞は第1の細胞と、この第1の細胞上に培養されスフェロイドを形成した第2の細胞とからなることを特徴とする請求項9〜11のいずれか1項記載のマイクロパターニング培養構築物。
【請求項13】
前記第1の細胞は内皮細胞であって、前記第2の細胞は肝細胞であることを特徴とする請求項12記載のマイクロパターニング培養構築物。
【請求項14】
水溶性光硬化性ポリマーがパターニングされた細胞培養基材上に細胞を培養する培養工程を備えたことを特徴とするマイクロパターニング培養構築物の作成方法。
【請求項15】
前記細胞培養基材は細胞接着性タンパク質からなることを特徴とする請求項14記載のマイクロパターニング培養構築物の作成方法。
【請求項16】
前記水溶性光硬化性ポリマーはフェニルアジド基を有することを特徴とする請求項14又は15記載のマイクロパターニング培養構築物の作成方法。
【請求項17】
前記培養工程は、水溶性光硬化性ポリマーがパターニングされた細胞培養基材上に第1の細胞を培養する第1の培養工程と、この第1の培養工程において培養された第1の細胞上にスフェロイドを形成する第2の細胞を培養する第2の培養工程とを備えたことを特徴とする請求項14〜16のいずれか1項記載のマイクロパターニング培養構築物の作成方法。
【請求項18】
前記第1の細胞は内皮細胞であって、前記第2の細胞は肝細胞であることを特徴とする請求項17記載のマイクロパターニング培養構築物の作成方法。
【請求項19】
請求項9〜13のいずれか1項記載のマイクロパターニング培養構築物を備えたことを特徴とするバイオセンサー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−289362(P2008−289362A)
【公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−253782(P2005−253782)
【出願日】平成17年9月1日(2005.9.1)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】