説明

マグネシウム製構造体の腐食抑制システム

【課題】例えば自動車のボデー系部品等にマグネシウム製構造体を採用したときに、そこに生じるマグネシウムの腐食を抑制する腐食抑制システムを提供する。
【解決手段】例えば自動車のボデー系部品であるマグネシウム製構造体1に温度センサー3を取り付ける。マグネシウム製構造体1にはパイプ2が備えてあり、該パイプ2内をエンジン本体10のオイルパン11からのエンジンオイルが循環する。温度センサー3の温度信号は制御装置20に送られる。水滴等が付着した腐食環境にありかつ検出温度が設定温度より低いときに、制御装置20は循環路に取り付けたオイルポンプ14を作動してエンジンオイルをマグネシウム製構造体1に送り込む。マグネシウム製構造体1の温度が向上し、水滴等を気化させる。それにより、マグネシウム製構造体1は腐食環境から脱出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はマグネシウム製構造体、限定されないが、特に自動車を構成する一部のマグネシウム製構造体の腐食抑制システムに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の軽量化のために、アルミニウムやマグネシウムのような軽量非鉄金属材料を用いることが注目されており、特許文献1にはアルミニウム合金やマグネシウム合金等の軽金属で自動車のモノコック構造体を作ることが記載されている。また、実際の自動車において、キーシリンダーハウジング、シートフレームといった室内部品や、シリンダーヘッドカバーといったエンジン部品にマグネシウム部品が使われている。
【0003】
しかし、降水、降雪のように腐食環境下にさらされるボデー系部品には、マグネシウム部品はほとんど使われていない。その理由は、マグネシウムは電気化学的にきわめて卑な金属であり、他の金属、例えば鉄、アルミニウム、亜鉛、銅、チタン等に比べると、腐食環境下においては、耐食性に劣っていることによる。このことは、他の金属部材との接触部において、特に顕著である。
【特許文献1】特開平6−286646号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
マグネシウム製構造体を自動車における腐食環境下にさらされるボデー系部品などに用いることができれば、自動車の軽量化にとってさらに有利となる。そのためには、マグネシウム製構造体に生じる腐食を何らかの手段で阻止することが求められる。
【0005】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、マグネシウム製構造体が腐食し易い環境下にあっても、マグネシウム製構造体に腐食が生じるのを効果的に抑制することのできる腐食抑制システムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によるマグネシウム製構造体の腐食抑制システムは、マグネシウム製構造体と、該マグネシウム製構造体を加温する加温手段と、該マグネシウム製構造体の温度を検出する温度検出手段と、該温度検出手段の検出値を制御値として前記加温手段の作動および非作動を制御する作動制御手段と、を少なくとも備えることを特徴とする。
【0007】
上記の腐食制御システムでは、マグネシウム製構造体が水滴の付着というような腐食環境下にさらされており、かつ当該マグネシウム製構造体の温度が短時間で水滴を気化して腐食環境から脱出できる温度(所定温度)よりも低い温度環境に置かれているときに、作動制御手段は、温度検出手段からの温度情報に基づき、加温手段を作動してマグネシウム製構造体を加温する。それにより、マグネシウム製構造体の温度が上昇し、水滴は気化して消失するので、当該マグネシウム製構造体は腐食環境下から脱出することができる。その状態となった後、作動制御手段は加温手段の作動を停止する信号を出し、加温手段を非作動とする。
【0008】
水滴の付着というような腐食環境下にないときでも、マグネシウム製構造体が所定温度以下となったときには、加温手段を作動して加温を行い、常時、マグネシウム製構造体を所定温度以上の温度に加温しておくこともできる。それにより、マグネシウム製構造体が腐食環境下にさらされるのを予防的に阻止することができる。
【0009】
本発明において、加温手段は任意であり、当該マグネシウム製構造体が置かれている環境に応じて適宜の加温手段を選択して用いればよい。マグネシウム製構造体を適宜の蓄熱媒体と接触させるような手段であってもよい。
【0010】
上記の腐食制御システムにおいて、対象となるマグネシウム製構造体に特に制限はないが、前記マグネシウム製構造体が自動車のボデー系部品またはその一部であることは、より実際的な態様であり、その際に、前記加温手段には、当該自動車のエンジンオイルまたはエンジン冷却水の持つ熱で前記マグネシウム製構造体を加温する手段が好適に用いられる。
【0011】
すなわち、ボデー系部品にマグネシウム製構造体を用いることにより自動車の軽量化がさらに促進でき、かつ自動車のエンジンオイルまたはエンジン冷却水を当該マグネシウム製構造体と熱交換できるようにして循環させることにより、該マグネシウム製構造体を前記所定温度以上に容易に加温することができる。この態様に腐食制御システムを採用することにより、自動車のボデー系部品にマグネシウム製構造体を用いることが実現可能となる。
【0012】
本発明によるマグネシウム製構造体の腐食抑制システムのさらに好ましい態様では、前記マグネシウム製構造体の周囲の環境湿度を検出する湿度検出手段と、該湿度検出手段の検出値を制御値として前記加温手段の作動および非作動を制御する第2の作動制御手段をさらに備える。
【0013】
環境温度が前記所定温度より低くても、環境湿度が低い場合には、マグネシウム製構造体に腐食が進行する可能性は低い。そのような環境下において、加温手段を作動させることはエネルギー消費の無駄を招く。上記態様の腐食抑制システムでは、環境湿度を検出する湿度検出手段を備えているので、該温度検出手段で検出される温度が所定温度を下回ったときでも、湿度検出手段が検出する湿度が所定湿度を下回っているときには、加温手段を作動させないように作動制御手段を制御する。それにより、エネルギー消費の無駄を無くすことができる。
【0014】
なお、本発明において、前記加温手段を作動させるときの所定温度は一定でなく、当該マグネシウム製構造体が置かれる地域での平均的温度や平均的湿度を考慮して、実験的に適正温度を設定する。高湿度の地域では所定温度を比較的高い温度に設定することが望ましく、低湿度の地域では所定温度を比較的低い温度に設定することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によるマグネシウム製構造体の腐食抑制システムを採用することにより、マグネシウム製構造体の腐食を抑制することができるので、例えば自動車のボデー系部品等にマグネシウム製構造体を採用することが現実化する。それにより、自動車の一層の軽量化を図ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明を実施の形態に基づき説明する。図1は、本発明によるマグネシウム製構造体の腐食抑制システムを自動車に適用した場合での一例を示している。
【0017】
図1において、1はマグネシウム製構造体であり、例えばドアパネル等のボデー系部品である。マグネシウム製構造体1にはアルミのような熱伝導性の高い材料からなるパイプ2が組み付けられており、パイプ2内をエンジンオイルが通過する。すなわち、エンジン本体10の下部に取り付けてあるオイルパン11から分岐する流入側配管12の端部がマグネシウム製構造体1に組み付けられた前記パイプ2の一端に接続し、パイプ2の他端側は戻り配管13を介してエンジン本体10の上部に繋がっている。また、流入側配管12の途中にはオイルポンプ14が取り付けてある。
【0018】
従って、オイルポンプ14が作動することにより、オイルパン11内のエンジンオイルは、流入側配管12→マグネシウム製構造体1に組み付けられたパイプ2→戻り配管13→エンジン本体10→オイルパン11、というオイル循環系を循環する。
【0019】
マグネシウム製構造体1には、マグネシウム製構造体1の温度を検出するための第1の温度センサー3が温度検出手段として取り付けてあり、該第1の温度センサー3からの温度信号は信号線21を通して制御装置20に送られる。必須の構成ではないが、マグネシウム製構造体1の近傍には、環境湿度を検出する湿度センサー4が湿度検出手段として取り付けてあり、該湿度センサー4からの湿度信号は信号線22を通して制御装置20に送られる。
【0020】
制御装置20からの出力信号は信号線23を通してオイルポンプ14に送られ、オイルポンプ14の作動と非作動を制御する。
【0021】
必須の構成ではないが、オイルパン11にも第2の温度センサー5が取り付けてあり、該第2の温度センサー5からの温度信号は信号線24を通して制御装置20に送られる。
【0022】
上記のマグネシウム製構造体の腐食抑制システムの作動を説明する。第1の温度センサー3はマグネシウム製構造体1の温度を常時検出し、温度信号を制御装置20に送っている。制御装置20には予め定めた設定温度T(例えば80℃)を記憶しており、温度センサー3からの温度検出値が設定温度Tよりも高いときには、制御装置20はオイルポンプ14を作動する信号を出さず、オイルポンプ14は非作動状態を維持する。
【0023】
マグネシウム製構造体1が雪や水滴が付着した等の腐食環境下にあり、かつ温度センサー3からの温度検出値が設定温度Tよりも低いときには、制御装置20はオイルポンプ14を作動する信号を出す。それによりオイルポンプ14は作動状態となり、オイルパン11内のエンジンオイルは前記したオイル循環系を循環する。オイルパン11内のエンジンオイルの温度は通常の運転状態では80℃よりも高い温度であり、エンジンオイルがマグネシウム製構造体1に組み付けたパイプ2を通ることにより、マグネシウム製構造体1の温度は上昇する。この温度の上昇により、マグネシウム製構造体1に付着している水滴等は気化して消失する。それにより、マグネシウム製構造体1は腐食環境から脱出する。
【0024】
マグネシウム製構造体1の温度が90℃程度を越えた場合は、これ以上エンジンオイルを流しても耐食性に対する効果は少ないので、制御装置20は温度センサー3からの温度情報に基づき、オイルポンプ14の作動を停止するようにしてもよい。その場合、停止後、マグネシウム製構造体1の温度が設定温度Tよりも低くなったときに、再びオイルポンプ14を作動する。
【0025】
第1の温度センサー3が検出する温度が、第2の温度センサー5が検出するオイルパン11内のエンジンオイルの温度よりも高い場合に、エンジンオイルを循環させるとマグネシウム製構造体1の温度は低下することとなり不都合を生じるので、制御装置20はオイルポンプ14に対する作動信号を出さないように制御するのが望ましい。
【0026】
また、自動車が乾燥路を走行中は、腐食の進行が進む可能性は非常に小さい。すなわち、自動車が走行する環境温度が前記所定温度Tより低くても、環境湿度が低い場合には、マグネシウム製構造体1に腐食が進行する可能性は低い。そのような環境下において、オイルポンプ14を作動させることはエネルギー消費の無駄を招く。前記湿度センサー4はこれを回避するために設けられる。温度センサー3で検出される温度が所定温度Tを下回ったときでも、湿度センサー4が検出する湿度が所定湿度を下回っているときには、オイルポンプ14を作動させないように制御装置20が制御することにより、エネルギー消費の無駄を無くすことができる。
【0027】
本発明による腐食抑制システムは、エンジンオイルが過昇温した場合のオイルクーラーとしても使用することができる。すなわち、オイルパン11に取り付けた第2の温度センサー5からの温度信号が、制御装置20が記憶している規定温度値よりも高くなったときに、制御装置20はオイルポンプ14を作動させる信号を出す。それにより、エンジンオイルは前記オイル循環系を循環するようになり、その過程でマグネシウム製構造体1に組み付けられたパイプ2を通過するときに、マグネシウム製構造体1は放熱板として機能して、エンジンオイルの冷却を助ける。
【0028】
図示しないが、エンジンオイルの循環に替えて、エンジン冷却水を循環させ、その熱でマグネシウム製構造体1を加温するようにしても同様な結果が得られることは説明を要しないであろう。
【0029】
[実験例]
次に、実験結果を示す。市販の125トンダイキャスト装置を用い、3×50×150mmの形状の試験片1Aを作成した。材料は、マグネシウム製構造体1に相当する試験片にはマグネシウム合金AM60B、比較用にはアルミ合金AC4CHを用いた。アルミ合金AC4CHは自動車のホイールとして実用されている。
【0030】
上記で作成した各試験片1Aの温度を上昇させるために、図2に示すように、直径10mmで厚さ0.5mmのA5053のパイプPを市販の高温用接着剤で密着させて試験形状体Tを作成した。このパイプPの中を市販の5W−30のエンジンオイルを、図示しない温調付きの循環装置を用い、市販のゴムチューブを試験形状体TのパイプPに接続し、試験片1Aの温度が40℃、50℃、60℃、70℃、80℃、90℃になるようにコントロールした。温度コントロールのレンジは±3〜5℃とした。
【0031】
腐食試験は、JISZ2371に規定されている中性塩水噴霧試験を96時間実施した。なお、市場の使い方を模擬するために、噴霧と噴霧停止を2時間毎に繰り返した。
【0032】
腐食試験後の腐食のレベル評価は、エンジンオイルの循環がないアルミ合金AC4CHを基準とし、目視観察を行った。目視観察は5人で行い、前記基準に対して優れている場合を「優」、基準に対して同等の場合を「同」、基準に対して劣っている場合を「劣」として判断した。また、観察部位は、試験片の全面とパイプとの接触部の2箇所とした。結果を表1に示す。
【0033】
【表1】

【0034】
表1に示すように、雰囲気温度にあるアルミ合金AC4CHである試験形状体8を基準としたときに、試験片の温度が60℃(試験形状体9)、80℃(試験形状体10)と高くなると、腐食試験後の評価判定は基準のものよりも優れた判定となっており、アルミ合金においても、温度の上昇とともに耐食性が向上している。
【0035】
マグネシウム合金AM60Bの場合は、雰囲気温度である試験形状体1において、基準よりも悪い判定となっており、マグネシウム合金AM60Bの耐腐食性がアルミ合金AC4CHよりも劣っていることがわかる。
【0036】
しかし、試験片の温度が雰囲気温度よりも高くなると、例えば試験形状体4〜6では、全体腐食状況において基準と同等の判定となっており、耐腐抑制効果が出ていることがわかる。試験片温度が80℃である試験形状体3、および試験片温度が90℃である試験形状体2では、全体腐食状況および接触部腐食状況の双方の判定において、基準と等しいか、基準よりも優れているとの判定が下されており、本発明による腐食抑制システムは、マグネシウム製構造体の腐食抑制に大きく寄与していることが示される。特に、前記のように、80℃以上の温度に加温したときに優れた抑制効果が発揮されており、本発明において加温手段の作動を開始する設定温度を80℃とすることにより、きわめて実用性に富んだシステム運用が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明によるマグネシウム製構造体の腐食抑制システムを自動車に適用した場合での一例を説明する概略図。
【図2】実験例で用いた試験形状体を説明するための図。
【符号の説明】
【0038】
1…マグネシウム製構造体、2…パイプ、3…第1の温度センサー、4…湿度センサー、5…第2の温度センサー、10…エンジン本体、11…オイルパン、12…流入側配管、13…戻り配管、14…オイルポンプ、20…制御装置、21、22、23、24…信号線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネシウム製構造体と、該マグネシウム製構造体を加温する加温手段と、該マグネシウム製構造体の温度を検出する温度検出手段と、該温度検出手段の検出値を制御値として前記加温手段の作動および非作動を制御する作動制御手段と、を少なくとも備えることを特徴とするマグネシウム製構造体の腐食抑制システム。
【請求項2】
前記マグネシウム製構造体が自動車のボデー系部品またはその一部であり、かつ前記加温手段が当該自動車のエンジンオイルまたはエンジン冷却水の持つ熱で前記マグネシウム製構造体を加温する手段であることを特徴とする請求項1に記載のマグネシウム製構造体の腐食抑制システム。
【請求項3】
前記マグネシウム製構造体の周囲の環境湿度を検出する湿度検出手段と、該湿度検出手段の検出値を制御値として前記加温手段の作動および非作動を制御する第2の作動制御手段をさらに備えることを特徴とする請求項1または2に記載のマグネシウム製構造体の腐食抑制システム。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−223125(P2008−223125A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−67518(P2007−67518)
【出願日】平成19年3月15日(2007.3.15)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】