説明

マグネトロン

【課題】 マグネトロンに使用される陰極体では、大電力化するためには不都合な点が多い。
【解決手段】電子放射材料を内部に含んだ高融点金属を母材とし、表面に希土類のホウ化物がコーティングされたマグネトロン用陰極体が得られる。電子放射材料及び高融点金属としては、それぞれLa及びWが望ましく、且つ、希土類のホウ化物としては、LaBが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子レンジや工業用プラズマ発生装置に用いられるマイクロ波発振装置であるマグネトロンにかかり、特に、信頼性と長寿命化を図ったマグネトロンに関する。
【背景技術】
【0002】
図1を参照すると、従来のマグネトロンの構造が部分的に示されている。101は陰極体、102はアノードを形成するアノードベイン、103はアノードを冷却するための冷却水コイル、104は陰極体から熱電子を放出されるために陰極体を加熱するための電流導入端子である。通常、アノードはグランドに接地されている。一方、陰極体はフィラメント構造となっており、アノードに対して数kVから10kV程度の負の直流の高電圧が印加され、さらに絶縁トランスを介して数10Aから100A程度の大きな交流電流をフィラメントに流すことでフィラメントの加熱を行い、熱電子を放射する。
【0003】
電磁石105により、フィラメントとアノードの間の相互作用空間106に所定の直流垂直磁場が印加されているために、放出された電子はフィラメント−アノード間の電界でアノード方向に加速され、直流垂直磁場によるローレンツ力が働くことにより、相互作用空間を旋回運動することとなる。アノードベインは複数軸対称に設置され、隣接するアノードベインにより形成された空間の共振周波数が、取り出すマイクロ波の周波数に設定されている。旋回する電子流がアノードベイン端部周辺を通過する際にこの共振空洞の共振周波数、すなわち取り出すマイクロ波の周波数で強力に発振する。発振した高周波電力をループやスリット等のアンテナにより管球の外に備えた導波管等に出力させる。
【0004】
【特許文献1】特開平11−283516号公報
【特許文献2】特開2008−53129号公報
【特許文献3】特開2003−100224号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記従来技術においては、フィラメントは通常ThO等の電子放射材料を内部に含んだWにより形成されるのが普通である。電子放射材料のThOの仕事関数は比較的低いが、Wの仕事関数が4.6eVと高いために、十分な電子を放出させるためにフィラメントを高温にしなくてはならない。このため、フィラメントの蒸発や脆化等の問題より、フィラメント寿命が短いという問題点があった。
【0006】
また、フィラメントを十分加熱するためには通電する交流電流も非常に大きくせざるを得ない。特に、数十〜100kWの大電力が得られる工業用マグネトロンとしては、2.45GHzの発振周波数のマグネトロンよりも、915MHzの発振周波数のマグネトロンが用いられることが多く、このように、工業用マグネトロンとして使用される100kW出力の大電力マグネトロンにおいては100Aもの電流が必要となる。100Aもの大電流がフィラメントに流れると、大電力マグネトロン特有の種々の問題点が生じる。
【0007】
例えば、大電流によるフィラメントでの電圧降下は10V程度と、カソードに電界発生用に印加する高電圧に比べて十分小さいために、アノード−フィラメント間に印加される電界への影響は無視できるが、このような大電流がフィラメントに流れることにより相互作用空間に発生する交流磁界が外部から印加された垂直磁場と比べて無視できないものとなり、出力電力や発振周波数にリップルが生じてしまうという問題点があった。さらに、アノード冷却を行う冷却水チューブは内径10mm程度以下であるが、マグネトロンに発生する熱を取るために、典型的には10L/分程度の大流量の水が必要となり、冷却水ポンプの負荷が大きく、内径10mm程度以下のチューブに大流量の水が流れることにより、水の流速が大きく、効率よく熱が取れず、制御性の良いアノード冷却ができないという問題点があった。
【0008】
一方、通常のマグネトロンでは、陰極の電子放出を改善する電子放射部材として、特許文献1等に示されるように、ThO以外の材料、例えば、酸化ハフニウム、酸化ジルコニウム、酸化ランタン、酸化セリウム等を単体又は複数、タングステンと組み合わせて用いることが知られているが、それでも電子放出特性は不十分であった。特に、100kWの大電力が必要な工業用マグネトロンにおいて、上記した電子放射部材が十分な寿命を維持できるか否かについて十分に検討されていない。
【0009】
また、アノード放熱のためには、アノードに多数のフィンを設けて空冷にする方法や、特許文献2や3に示されるように液冷構造を改善することが知られているが、工業用マグネトロンでは、十分な冷却ができない虞があった。したがって、本発明の目的は、長い時間に渡って優れた電子放出特性をもつマグネトロンを提供することにある。
【0010】
また、本発明の別の目的は、効率の良いアノード冷却構造を有するマグネトロンを提供することにある。
【0011】
さらに本発明の別の目的は、出力電力や発振周波数のリップルを防止したマグネトロンを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者等は、先に、特願2007−99778号等において、ターゲット上のリング状プラズマ領域を時間的に移動させることにより、ターゲットの局所的な磨耗を防止すると共に、プラズマ密度を上昇させ、成膜速度を向上させることができるスパッタ装置を提案した。当該スパッタ装置は、被処理基板と対向してターゲットを配置すると共に、ターゲットに対して被処理基板とは反対側に磁石部材を設けた構成を備えている。
【0013】
具体的に説明すると、上記したスパッタ装置の磁石部材は、回転軸の表面に複数の板磁石を螺旋状に貼り付けた回転磁石群と、回転磁石群の周辺にターゲット面と平行に、且つ、ターゲットに対して垂直に磁化された固定外周板磁石とを有している。この構成によれば、回転磁石群を回転させることにより、回転磁石群と固定外周板磁石とによってターゲット上に形成される磁場パターンを回転軸方向に連続的に移動させ、これによって、ターゲット上のプラズマ領域を時間と共に回転軸方向に連続的に移動させることができる。
【0014】
当該回転マグネット式スパッタ装置を使用することにより、ターゲットを長期間に亘って均一に使用できると共に、成膜速度を向上させることができる。
【0015】
本発明の第1の態様によれば、電子放射材料を内部に含んだ高融点金属を母材とし、表面に希土類のホウ化物がコーティングされた陰極体を有することを特徴とするマグネトロンが得られる。
【0016】
本発明の第2の態様によれば、前記電子放射材料がLaであり、前記希土類のホウ化物がLaBであることを特徴とするマグネトロンが得られる。
【0017】
本発明の第3の態様によれば、タングステン又はモリブデンを主成分としLaを含む電極部材と、当該電極部材の表面にスパッタによって形成された希土類元素のホウ化物の膜とを有する電極を陰極体として含むことを特徴とするマグネトロンが得られる。
【0018】
本発明の第4の態様によれば、第3の態様において、前記希土類元素のホウ化物は、LaB、LaB、YbB、GaB、CeBからなる群から選択された少なくとも一つのホウ化物を含むことを特徴とするマグネトロンが得られる。
【0019】
本発明の第5の態様によれば、前記陰極体は体積比で4〜6%のLaを含むことを特徴とするマグネトロンが得られる。
【0020】
本発明の第6の態様によれば、タングステンまたはモリブデンを主成分とする陰極体表面にプラズマスパッタ装置によってLaB膜をスパッタ形成することを特徴とするマグネトロン用陰極体の製造方法が得られる。
【0021】
本発明の第7の態様によれば、スパッタ形成された前記LaB膜を不活性ガス雰囲気中でアニールする工程を有することを特徴とする第6の態様に係るマグネトロン用陰極体の製造方法が得られる。
【0022】
本発明の第8の態様によれば、前記アニール工程において、アニール温度を400℃〜1000℃とすることを特徴とする第7の態様に係るマグネトロン用陰極体の製造方法が得られる。
【0023】
本発明の第9の態様によれば、前記LaB膜を、RF−DC結合放電により、規格化イオン照射量を5〜17としてスパッタ形成することを特徴とする第6または7の態様に係るマグネトロン用陰極体の製造方法が得られる。
【0024】
本発明の第10の態様によれば、第1〜5の態様のいずれかに係るマグネトロンであり、冷却水を流すチューブを複数並列にアノードに接触させてアノードを冷却することを特徴とするマグネトロンが得られる。
【0025】
本発明の第11の態様によれば、第1〜5の態様のいずれかに係るマグネトロンであり、アノードの外側に円筒状のジャケットが設けられ、そのジャケットに冷却水を流すことによりアノードを冷却することを特徴とするマグネトロンが得られる。
【0026】
本発明の第12の態様によれば、第10または11の態様に係るマグネトロンであり、冷却水が通過する流路のうちアノードに接触する部分において、通過冷却水のレイノルズ数が1000から5000の範囲内に設定されていることを特徴とするマグネトロンが得られる。
【0027】
本発明の第13の態様によれば、第12の態様に係るマグネトロンであり、冷却水をマグネトロンまで供給する冷却水チューブにおいて、通過冷却水のレイノルズ数が1000以下に設定されていることを特徴とするマグネトロンが得られる。
【0028】
本発明の第14の態様によれば、前記陰極体を加熱して熱電子を放出するために、前記陰極体に直流電流を流して加熱することを特徴とする第1〜5の態様および第10〜13の態様のいずれかに記載のマグネトロンが得られる。
【発明の効果】
【0029】
本発明では、電子放射材料を内部に含んだ高融点金属を母材とし、表面に希土類のホウ化物をコーティングすることにより、100Aの大電流が流されたときにも、長寿命を維持できる陰極体が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、本発明の実施例について図面を参照して説明する。
【実施例1】
【0031】
本発明の実施例1を、図2を用いて説明する。201はフィラメント、203は下部エンドシール、204はセンターリード、205はサイドリード、206は上部エンドシール、207はゲッター材、208は、エンドシールとリード、及びエンドシールとフィラメントを接続するためのロウ材である。本発明者は、フィラメントの母材に、Laを体積比で4〜6%、好ましくは、2〜3%導入したWとし、その表面にLaB薄膜を100nm程度、マグネトロンスパッタリングにおいて成膜することで、従来のThO入りWに比べ、安定かつ1400℃程度の低温で、マイクロ波発振させるための十分な放射電流を得られることを見出した。
【0032】
図3に、ThO入りWとLa入りWの熱電子放射特性を、直径1.6mmで先端が双曲線形状をした放電電極に加工して多数回熱電子放出をさせ、そのアーク放電電圧の変化を調査した結果である。放電電圧が上昇することは、先端が磨耗し、放電性能が劣化したことを表している。図3から分かるように、ThO入りWの場合は100回放電することで放電性能が劣化してしまうのに対し、La入りWの場合は、600回まで放電電圧が安定、すなわち安定な熱電子放出が実現していることが分かる。アーク放電時の電極先端温度を放射温度計により測定したところ、ThO入りWの場合は3700℃であったのに対し、La入りWの電極は3000℃であったことが確認されている。発生する放電の形状や、熱伝導性の違いにより、これだけの温度差が発生したと考えられる。図示されたにおいては、3%Laを導入したWをフィラメントとして用いている。
【0033】
次に、表面にLaBを成膜する効果について述べる。LaB結晶は、化学的に安定な低仕事関数材料(仕事関数2.7eV程度)であり、高い熱電子放出電流密度が得られることが知られている。しかしながら、現在まで高品質なLaB薄膜を形成技術が確立していなかった。
【0034】
他方、本発明者は、新規に開発したプラズマダメージを発生させない回転マグネットスパッタ装置(以下に説明する)において規格化イオン照射量(LaBが成膜されている際に、成膜表面に照射されるLaBに対する入射Arイオンの数(Ar/LaBであらわされる))とイオン照射エネルギーを制御することで、結晶性に優れ、仕事関数が2.8eVという薄膜を形成できることを見出した。
【0035】
本実施例においては、La入りWのフィラメント表面に膜厚100nmのLaB薄膜を、回転マグネットスパッタ装置を用いて成膜している。本フィラメントを用いることで、1400℃程度の低温で安定な電子放出電流が得られ、長寿命マグネトロンが実現した。
【0036】
図7は、本発明に使用される回転マグネットスパッタ装置の一例を示す図である。図7に示された回転マグネットスパッタ装置は、ターゲット1、多角形形状(例えば、正16角形形状)の柱状回転軸2、柱状回転軸2の表面に螺旋状に貼り付けた複数の螺旋状板磁石群を含む回転磁石群3、回転磁石群3を囲むように、当該回転磁石群3の外周に配置した固定外周板磁石4、固定外周板磁石4に対して、ターゲット1とは反対側に設けられた外周常磁性体5を備えている。更に、ターゲット1には、バッキングプレート6が接着され、柱状回転軸2及び螺旋状板磁石群3のターゲット1側以外の部分は常磁性体15によって覆われ、更に、常磁性体15はハウジング7によって覆われている。
【0037】
固定外周板磁石4は、ターゲット1から見ると、螺旋状板磁石群によって構成された回転磁石群3を囲んだ構造をなし、ここでは、ターゲット2の側がS極となるように磁化されている。固定外周板磁石4と、螺旋状板磁石群の各板磁石はNd−Fe−B系焼結磁石によって形成されている。
【0038】
更に、図示された処理室内の空間11には、プラズマ遮蔽部材16が設けられ、陰極体製造用治具19が設置され、減圧されてプラズマガスが導入される。
【0039】
図示されたプラズマ遮蔽部材16は柱状回転軸2の軸方向に延在し、ターゲット1を陰極製造用治具19に対して開口するスリット18を規定している。プラズマ遮蔽部材16によって遮蔽されていない領域(即ち、スリット18によってターゲット1に対して開口された領域)は、磁場強度が強く高密度で低電子温度のプラズマが生成され、陰極製造用治具19に設けられた陰極体部材にチャージアップダメージやイオン照射ダメージが入らない領域であり、且つ、同時に成膜レートが速い領域である。この領域以外の領域をプラズマ遮蔽部材16によって遮蔽することで、成膜レートを実質的に落とすことなくダメージの入らない成膜が可能である。
【0040】
また、バッキングプレート6には冷媒を通す冷媒通路8が形成されており、ハウジング7と処理室を形成する外壁14との間には、絶縁材9が設けられている。ハウジング7に接続されたフィーダ線12は、カバー13を介して外部に引き出されている。フィーダ線12には、DC電源、RF電源、及び、整合器(図示せず)が接続されている。
【0041】
この構成では、DC電源およびRF電源から、整合器、フィーダ線12及びハウジングを介してバッキングプレート6及びターゲット1へプラズマ励起電力が供給され、ターゲット表面にプラズマが励起される。DC電力のみ、若しくは、RF電力のみでもプラズマの励起は可能であるが、膜質制御性や成膜速度制御性から、両方印加することが望ましい。また、RF電力の周波数は、通常数100kHzから数100MHzの間から選ばれるが、プラズマの高密度低電子温度化という点から高い周波数が望ましく、本実施の形態においては13.56MHzの周波数を使用している。
【0042】
図7に示すように、処理室内の空間11内に設置された陰極体製造用治具19には、陰極体を形成するフィラメント201が複数個取り付けられている。
【0043】
尚、LaB膜のスパッタリングによる成膜条件としては、まず成膜前にプラズマで電極材表面をクリーニングするのが好ましい。たとえばArプラズマで90mTorr(12Pa)、RF300Wが適当である。スパッタ時のチャンバーの圧力は20mTorr(2.7Pa)付近(Arプラズマで電子温度1.9eV程度、イオン照射エネルギー10eV程度)で比抵抗が最小となる(アニール前で200μΩcm程度)。このとき、成膜レートは90nm/分であるが、圧力を10mTorr(1.3Pa)にすれば成膜レートはさらに100nm/分以上に上がり、比抵抗は若干しか増えない。よって、圧力は5〜35mTorr(0.67Pa〜4.7Pa)が好ましい。基板温度(ステージ温度)を上げると比抵抗は更に下がり、Ar20mTorr(2.7Pa)で基板温度を300℃で、175μΩcm程度になる。さらに成膜後アニールすることによって比抵抗は更に下がり、高純度Ar中で800℃の温度でアニールすることにより、100μΩcm程度になる。アニール温度は400℃〜1000℃が好ましい。アニール時間は30分以上であればよい。例えば、3時間以下で充分である。アニールの雰囲気は不活性ガスがよい。
【0044】
次に、スパッタリングによるLaB成膜の最適条件を検証するため、次のような実験を行った。Si基板上に熱酸化によりSiO膜を90nm設け、その上に図7の回転マグネットスパッタ装置を用いてLaB膜を80nmの厚さに成膜した。その際に次のパラメーターを変化させて、配向性(XRD測定)および抵抗率を測定した。
【0045】
・成膜圧力(5mTorr〜90mTorr、SI単位では0.67Pa〜12Pa)
・イオン照射エネルギー(9eV〜80eV)
・規格化イオン照射量(Ar/LaB=1〜20程度)
【0046】
XRD測定の結果は、回転マグネットスパッタ装置によってスパッタ成膜されたLaB膜は、結晶面が(210)、(200)、(110)の強度は極めて小さい一方で、(100)結晶面の強度が極めて大きく、膜質が優れていることが判明した。従来のスパッタリング成膜では(100)強度が弱いのに比べると、これが本発明の特徴の一つといえる。
【0047】
図8には、本発明によるLaB膜におけるこのような(100)のピーク強度およびシート抵抗の圧力依存性が示されている。これは、Arガスを用いDC900Wを印加してプラズマを形成した場合のデータである。図8に示されるように、Ar20mTorr(2.7Pa)程度以下のDC放電では、シート抵抗は極めて低い(比抵抗値で、200μΩcm程度)が、(100)ピーク強度が小さく、結晶性が悪いことがわかる。一方、Ar50mTorr(6.7Pa)付近のDC放電では、ほぼ(100)配向のLaB膜が得られるが、抵抗が高くなる(比抵抗値で、1000μΩcm程度)。
【0048】
これに対して、規格化イオン照射量を1程度から20程度まで変化させたときの(100)ピーク強度とシート抵抗の変化を示す図9を参照する。
【0049】
図9において、RF−DC結合放電により、イオン照射エネルギーを10eV程度以下に抑えて、規格化イオン照射量を5〜17程度まで増加させると、抵抗は下がり(比抵抗値で、300〜400μΩcm)、結晶性も向上することが分かった。図9の結果は、圧力がAr50mTorr(6.7Pa)、イオン照射エネルギーは全てほぼ9.0eV、ターゲット電力密度は全てほぼ2W/cmである。なお、図9において、DC放電は900Wで行われ、その際の規格化イオン照射量(Ar/LaB)は1.3である。一方、RF−DC放電ではRF周波数は13.56MHz、RF電力は600Wである。
【0050】
規格化イオン照射量(Ar/LaB)が8.3の際のDCは−270V、10.1では−240V、16.5では−180Vである。
【実施例2】
【0051】
本発明の実施例2を、図4を用いて説明する。406は30kW出力のマグネトロンであり、401はマグネトロンのアノード冷却用の冷却水をマグネトロンまで導入する入口チューブ、404は、冷却水の出口チューブである。402、403、403はそれぞれ、第1、第2、第3の冷却チューブであり、アノードに巻きつけるように、入口チューブ401と出口チューブ404との間に並列に接続されている。また、冷却水は図示しないポンプにより導入される。
【0052】
従来技術においては、図1に示すように、例えば内径6mmの1本のチューブを単純に複数回アノードに巻きつけているだけである。
【0053】
ここで、30kW出力のマグネトロンであれば、6kW程度の熱流を水で取り去る必要がある。水の入り口及び出口の温度をそれぞれ25℃、60℃とすれば、2.5L/分の冷却水量が必要である。これを内径6mmのチューブ一本で導入した場合、チューブ内の水流速は1.5m/秒、レイノルズ数は8000程度となる。レイノルズ数は乱流の程度を表す無次元数であり、1000程度以上であれば乱流となり、それ以下では層流である。レイノルズ数が1000以下の層流では、水の圧力損失が少なくポンプ負荷は少ないが、冷却効率が悪い。
【0054】
一方、乱流にすれば冷却効率は上昇し、5000程度以上になると、ほぼ冷却効率は飽和する。しかしながら、ポンプ負荷はレイノルズ数の上昇とともに上昇し、ポンプ電力が増大してしまう。結局、レイノルズ数が1000から5000程度、望ましくは2000から3000程度の範囲内が、冷却効率も良く、ポンプ負荷が少ない。
【0055】
本実施例においては、内径6mmのチューブを入口チューブ401及び出口チューブ405に対して3本並列接続しているため、各々のチューブにおいては水流量が1/3となるため、流速も1/3となり、レイノルズ数も3000程度となった。また、入口チューブ401と出口チューブ405は、内径を55mmとし、そこでのレイノルズ数は900程度となり、層流を実現できた。これにより、ポンプ負荷が少なく、かつ冷却効率に優れたアノード冷却が実現できた。
【実施例3】
【0056】
本発明の実施例3を、図5を用いて説明する。501、502はそれぞれマグネトロンのアノード冷却用の冷却水をマグネトロンまで導入する入口チューブ、冷却水の出口チューブである。503は、アノードの外側に円筒状のジャケットであり、このジャケット内に冷却水を流すことによりアノードを冷却する。また、504はジャケット出入り口に設けられたバッフル板であり、ジャケット内の流量分布を均一化させるために設置している。チューブ501、チューブ502は内径を55mmとし、レイノルズ数は900程度としている。一方、ジャケット内はレイノルズ数が2500となるように流路間隔が設定されている。これにより、ポンプ負荷が少なく、かつ冷却効率に優れたアノード冷却が実現できた。
【実施例4】
【0057】
本発明の実施例4を、図6を用いて説明する。601は外部より印加している直流磁場、602はフィラメントを加熱するためのフィラメント電流を流すための直流電源、604はフィラメント、603はフィラメント電流により発生する直流磁場である。605はアノードベイン、606は相互作用空間である。従来技術においては、フィラメントに交流電流を流すことでフィラメントを加熱していたが、フィラメント電流が大きいために、交流磁界が発生することにより相互作用空間の磁場が変動してしまい、旋回電子の軌道に揺らぎが誘起されてしまっていた。このことにより、マグネトロン出力電力や周波数にリップルを生じる原因となっていた。例えば、フィラメント径5mm、巻き数10、フィラメント電流が100Aの場合、フィラメントから1mm離れた相互作用空間での、フィラメント電流により発生する磁場強度は91ガウスとなり、外部磁界に対して無視できない値となる。
【0058】
本実施例においては、直流電源を用いるために、磁場変動が発生せず、さらにフィラメントにより発生する磁界の向きと外部磁界の向きを同じとすることで、磁場強度の減少も防いでいる。このことにより、出力電力や発振周波数にリップルの無い、安定したマグネトロン発振が実現した。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明は大電力の工業用マグネトロン、発振周波数が915MHzの大型マグネトロンだけでなく、発振周波数2.45GHzの家庭用マグネトロンにも適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】従来のマグネトロンの一部を示す概略図である。
【図2】本発明の実施例1に係るフィラメント部分を示す概略図である。
【図3】ThO入りWの熱電子放射特性と、La入りWの熱電子放射特性を比較して説明するグラフである。
【図4】本発明の実施例2に係るマグネトロンを説明するための概略図である。
【図5】本発明の実施例3に係るマグネトロンを説明するための概略図である.
【図6】本発明の実施例4に係るマグネトロンを説明するための概略図である。
【図7】本発明に係るマグネトロン用陰極体を製造する際に使用される回転マグネットスパッタ装置を示す概略図である。
【図8】DC放電によるスパッタ成膜を行った場合の、LaB膜の(100)面のピーク強度およびシート抵抗の圧力依存性を示す図である。
【図9】LaB膜の(100)面のピーク強度およびシート抵抗の規格化イオン照射量依存性を示す図である。
【符号の説明】
【0061】
201 フィラメント
203 下部エンドシール
204 センターリード
205 サイドリード
206 上部エンドシール
207 ゲッター材
208 ロウ材
401 入口チューブ
402 第1の冷却チューブ
403 第2の冷却チューブ
404 第3の冷却チューブ
405 出口チューブ
406 マグネトロン
501 チューブ
502 チューブ
503 ジャケット
504 バッフル板
601 直流磁場
602 直流電源
603 直流磁場
604 フィラメント
605 アノードベイン
606 相互作用空間
1 ターゲット
2 柱状回転軸
3 回転磁石群
4 固定外周磁石
5 外周常磁性体
6 バッキングプレート
7 ハウジング
8 冷媒通路
9 絶縁材
11 処理室内の空間
12 フィーダ線
13 カバー
14 外壁
15 常磁性体
16 プラズマ遮蔽部材
18 スリット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子放射材料を内部に含んだ高融点金属を母材とし、表面に希土類のホウ化物がコーティングされた陰極体を有することを特徴とするマグネトロン。
【請求項2】
前記電子放射材料がLaであり、前記希土類のホウ化物がLaBであることを特徴とする請求項1に記載のマグネトロン。
【請求項3】
タングステン又はモリブデンを主成分としLaを含む電極部材と、当該電極部材の表面にスパッタによって形成された希土類元素のホウ化物の膜とを有する電極を陰極体として含むことを特徴とするマグネトロン。
【請求項4】
請求項3において、前記希土類元素のホウ化物は、LaB、LaB、YbB、GaB、CeBからなる群から選択された少なくとも一つのホウ化物を含むことを特徴とするマグネトロン。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載のマグネトロンにおいて、前記陰極体は体積比で4〜6%のLaを含むことを特徴とするマグネトロン。
【請求項6】
タングステンまたはモリブデンを主成分とする陰極体表面にプラズマスパッタ装置によってLaB膜をスパッタ形成することを特徴とするマグネトロン用陰極体の製造方法。
【請求項7】
スパッタ形成された前記LaB膜を不活性ガス雰囲気中でアニールする工程を有することを特徴とする請求項6に記載のマグネトロン用陰極体の製造方法。
【請求項8】
前記アニール工程において、アニール温度を400℃〜1000℃とすることを特徴とする請求項7に記載のマグネトロン用陰極体の製造方法。
【請求項9】
前記LaB膜を、RF−DC結合放電により、規格化イオン照射量を5〜17としてスパッタ形成することを特徴とする請求項6または7に記載のマグネトロン用陰極体の製造方法。
【請求項10】
請求項1から5のいずれかに記載のマグネトロンであり、冷却水を流すチューブを複数並列にアノードに接触させてアノードを冷却することを特徴とするマグネトロン。
【請求項11】
請求項1から5のいずれかに記載のマグネトロンであり、アノードの外側に円筒状のジャケットが設けられ、そのジャケットに冷却水を流すことによりアノードを冷却することを特徴とするマグネトロン。
【請求項12】
請求項10または11に記載のマグネトロンであり、冷却水が通過する流路のうちアノードに接触する部分において、通過冷却水のレイノルズ数が1000から5000の範囲内に設定されていることを特徴とするマグネトロン。
【請求項13】
請求項12に記載のマグネトロンであり、冷却水をマグネトロンまで供給する冷却水チューブにおいて、通過冷却水のレイノルズ数が1000以下に設定されていることを特徴とするマグネトロン。
【請求項14】
前記陰極体を加熱して熱電子を放出するために、前記陰極体に直流電流を流して加熱することを特徴とする請求項1から5および請求項10から13のいずれかに記載のマグネトロン。
【請求項15】
電子放射材料を内部に含んだ高融点金属を母材とし、表面に形成された希土類のホウ化物薄膜を備え、前記電子放射材料がLaであって、前記希土類のホウ化物がLaBであり、且つ、前記LaBによって形成された薄膜は、実質的に(100)結晶面を備え、400μΩcm以下の比抵抗値を有していることを特徴とする陰極体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−73456(P2010−73456A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−238887(P2008−238887)
【出願日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】