説明

マンガン含有三ホウ酸リチウム熱蛍光体およびその製造方法

【課題】取扱性、生体組織等価性、および精度に優れた生体組織が吸収した線量を測定するための二次元および三次元線量計を与える熱蛍光体を提供する。
【解決手段】四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素と二酸化マンガンとを混合する工程A1、前記混合物を770〜840℃で焼成する工程A2、および前記焼成物にさらに四ホウ酸リチウムを加えて混合し770〜840℃で焼成して、母体としての三ホウ酸リチウムと当該母体内に存在する発光中心としてのマンガンとを含む熱蛍光体を得る工程A3を含み、前記工程A1における四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素とのモル比が1:X(1<X≦4)であり、二酸化マンガンの量が工程A1およびA3で添加する四ホウ酸リチウム総量と酸化ホウ素との合計質量に対して0.02〜1.0質量%であり、工程A3における四ホウ酸リチウムの量が、前記酸化ホウ素1モルに対し、(X−1)モルである、前記熱蛍光体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はマンガン含有三ホウ酸リチウム熱蛍光体およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、がんの放射線治療は各種照射法をめぐって急速に発展しており、これに伴い3次元吸収線量の測定の重要性が増している。生体の放射線吸収を評価するためには、生体組織の実効原子番号と同じ実効原子番号を持つ線量計センサーを用いる必要がある。実効原子番号が異なるセンサーによって測定された線量は、生体組織が吸収した線量を正確に測定できない。
【0003】
現在、2次元線量分布の取得はガフクロミックフィルムやイメージングプレート(IP)感光体で行われている。しかし、ガフクロミックフィルムは一回しか使用できないため面内感度係数の取得ができず感光体の塗斑を原因とする画像の乱れを補正することができない。よって、定量性に問題があり、さらにはダイナミックレンジも小さいので使用に際して多くの制限がある。またIPは生体組織等価性を持たないので3次元測定に適用することは事実上不可能である。生体組織等価性を有する蛍光体物質をポリマーゲル中に分散させた成形体を用いて3次元線量分布を測定する方法も検討されているが、設備および労力の点での負担が大きく実用的ではない。
【0004】
熱蛍光体物質として銅含有三ホウ酸リチウム(非特許文献1)が知られている。当該文献にはマンガン含有三ホウ酸リチウムが熱蛍光物質として作用するということが記載されているが、具体的な合成法や性質に関する記載はなく、当該文献からマンガン含有三ホウ酸リチウムを製造することはできない。さらに添加物を含まない純粋な三ホウ酸リチウム結晶が熱蛍光を示すことも報告されているが(非特許文献2)、マンガン含有三ホウ酸リチウムに関する記載はない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Zeynep Ozdemir, Jemir, Gulhan Ozbayoglu, and Aysen Yilmaz, J. Mater Sci (2007) 42, 8501-8508
【非特許文献2】I. N. Ogorodnikov, A. U. Kuznetsov, A. V. Kruzhalov and V. A. Maslov, Radiation Measurements, Vol. 24, No. 4, pp.423-426 (1995)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前記のとおり、取扱性、生体組織等価性、および精度に優れた生体組織が吸収した線量を測定するための二次元および三次元線量計を与える熱蛍光体が望まれているが、未だ満足のゆくものはなかった。発明者らは予備的に前記文献に記載の技術を検討したところ、非特許文献1に記載の銅含有三ホウ酸リチウムは熱蛍光の発光強度が低いという問題があることが明らかとなった。また、非特許文献1にはマンガン含有三ホウ酸リチウムの具体的な合成法は記載されていないので当該文献に基づいてマンガン含有三ホウ酸リチウムを試作、検討することはできなかった。さらに、非特許文献2に記載の純粋な三ホウ酸リチウム結晶の発光特性は、満足の行くものではなかった。
【0007】
以上を鑑み、本発明は、取扱性、生体組織等価性、および精度に優れた生体組織が吸収した線量を測定するための二次元および三次元線量計を与える熱蛍光体を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは検討の結果、特定の製造方法でマンガン含有三ホウ酸リチウムを製造することで、前記課題が解決できることを見出し、本発明を完成させた。すなわち、前記課題は以下の本発明により解決される。
四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素と二酸化マンガンとを混合する工程A1、前記混合物を770〜840℃で焼成する工程A2、および前記焼成物にさらに四ホウ酸リチウムを加えて混合し770〜840℃で焼成して、母体としての三ホウ酸リチウムと当該母体内に存在する発光中心としてのマンガンとを含む熱蛍光体を得る工程A3を含み、
前記工程A1における四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素とのモル比が1:X(1<X≦4)であり、二酸化マンガンの量が工程A1およびA3で添加する四ホウ酸リチウム総量と酸化ホウ素との合計質量に対して0.02〜1.0質量%であり、
工程A3における四ホウ酸リチウムの量が、前記酸化ホウ素1モルに対し、(X−1)モルである、前記熱蛍光体の製造方法;または
四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素と二酸化マンガンとを混合する工程B1、前記混合物を850℃以上で焼成する工程B2、および前記焼成物を840℃から1.0℃/h以下の冷却速度で820℃まで冷却し、前記焼成物を転移させて、母体としての三ホウ酸リチウムと当該母体内に存在する発光中心としてのマンガンとを含む熱蛍光体を得る工程B3を含み、
前記工程B1における四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素とのモル比が1:(0.5〜1.5)であり、二酸化マンガンの量が四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素の合計質量に対して0.02〜1.0質量%である、前記熱蛍光体の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、取扱性、生体組織等価性、および精度に優れた二次元および三次元線量計を与える熱蛍光体を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】分光グロー曲線を示す図
【図2】照射線量と発光強度の関係を示す図
【図3】照射線量と発光強度の関係を示す図
【図4】参考例1、実施例1、および比較例1で得た物質の発光強度を示す図
【図5】参考例1で得た物質の光学顕微鏡写真を示す。
【図6】実施例2および比較例2で得られた物質の発光強度を示す図
【図7】実施例2および比較例2で得られた物質の光学顕微鏡写真
【図8】他の熱蛍光体との比較を示す図
【図9】実施例4で得たマンガン含有三ホウ酸リチウムの発光強度を示す図
【図10】粉末X線回折結果を示す図
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。本明細書において「〜」はその両端の値を含む。
【0012】
1.製造方法
本発明の第一の製造方法は、四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素と二酸化マンガンとを混合する工程A1、前記混合物を770〜840℃で焼成する工程A2、および前記焼成物にさらに四ホウ酸リチウムを加えて混合し770〜840℃で焼成して、母体としての三ホウ酸リチウムと当該母体内に存在する発光中心としてのマンガンとを含む熱蛍光体を得る工程A3を含む。ただし、前記工程A1における四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素とのモル比は1:X(1<X≦4)であり、二酸化マンガンの量は工程A1およびA3で添加する四ホウ酸リチウム総量と酸化ホウ素との合計質量に対して0.02〜1.0質量%であり、工程A3における四ホウ酸リチウムの量は前記酸化ホウ素1モルに対し、(X−1)モルである。
【0013】
本発明の第二の製造方法は、四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素と二酸化マンガンとを混合する工程B1、前記混合物を850℃以上で焼成する工程B2、および前記焼成物を840℃から1.0℃/h以下の冷却速度で820℃まで冷却し、前記焼成物を転移させて、母体としての三ホウ酸リチウムと当該母体内に存在する発光中心としてのマンガンとを含む熱蛍光体を得る工程B3を含む。ただし、前記工程B1における四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素とのモル比は1:(0.5〜1.5)であり、二酸化マンガンの量は四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素の合計質量に対して0.02〜1.0質量%である、
母体としての三ホウ酸リチウムと当該母体内に存在する発光中心としてのマンガンとを含む熱蛍光体を以下、「マンガン含有三ホウ酸リチウム」または「LiB:Mn」ともいう。熱蛍光体とは、加熱することにより発光する物質である。
【0014】
以下、第一の製造方法と第二の製造方法に分けて説明する。
【0015】
1−1.第一の製造方法
(1)工程A1
本工程では、四ホウ酸リチウム(Li)と酸化ホウ素(B)と二酸化マンガン(MnO)とを混合する。四ホウ酸リチウムとしては一般に市販されているものを使用できるが、平均粒径が10μm以下であることが好ましい。酸化ホウ素としては一般に市販されているものを使用できるが、平均粒径が20μm以下であることが好ましい。二酸化マンガン(MnO)としては一般に市販されているものを使用できるが、平均粒径が1μm以下であることが好ましい。
【0016】
本工程における四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素とのモル比は、1:X(1<X≦4)である。すなわち、工程A1では過剰量の酸化ホウ素を用いる。酸化ホウ素の四ホウ酸リチウム1モルに対するモル比(X)は、1を超えかつ4以下であり、2〜3が好ましい。Xがこの範囲であると、高い発光強度を有する熱蛍光体が得られる。
【0017】
二酸化マンガンは、四ホウ酸リチウム総量と酸化ホウ素との合計質量に対して0.02〜1.0質量%であり、0.05〜0.2質量%が好ましい。四ホウ酸リチウム総量とは、工程A1で使用される四ホウ酸リチウムと工程A3で追加される四ホウ酸リチウムの合計量である。二酸化マンガンは、母体としての三ホウ酸リチウムにおける発光中心となる。よって、二酸化マンガンの量が前記範囲にあると高い発光強度を有する熱蛍光体が得られる。これらの成分の混合は、例えばボールミル等の公知の手段を用いて行ってよい。
【0018】
(2)工程A2
本工程では、工程A1で得た混合物を770〜840℃で焼成する。この温度で焼成することで高い発光強度を有する熱蛍光体が得られる。焼成温度は820〜840℃が好ましく、820〜830℃がより好ましい。焼成時間は0.5時間以上が好ましく4時間以上が好ましい。また焼成時間が過度に長いと焼成物が劣化する恐れがあるので、焼成時間は16時間以下が好ましい。
【0019】
本工程では原料を焼成するが原料は完全に溶融しない。よって、得られる焼成物は焼成に用いた容器に固着しにくいので、薄い白金板上等に原料を載せて焼成できる。このため作業性が良好である。焼成は、不活性雰囲気下で行なうことが好ましい。
【0020】
(3)工程A3
本工程では、工程A2で得た焼成物にさらに四ホウ酸リチウムを加えて混合し770〜840℃で焼成する。ここで使用する四ホウ酸リチウムのモル比は、酸化ホウ素1モルに対して、(X−1)モル(ただし1<X≦4)である。すなわち、本工程で使用する四ホウ酸リチウムと工程A1で使用した四ホウ酸リチウムとの合計のモル数はXモルであり酸化ホウ素のモル数と等しい。焼成物を一旦冷却して粉砕してから、追加の四ホウ酸リチウムと混合することが好ましい。混合は、工程A1と同様に行なってよい。また、焼成も工程A2と同様に行なえばよい。本工程により、マンガン含有三ホウ酸リチウムを製造できる。本工程においても焼成物は焼成に用いた容器に固着しにくい。このため、本工程の作業性は良好であり、かつ高純度な熱蛍光体を得ることができる。
【0021】
(4)機序
第一の製造方法は、二段階で焼成を行ない、かつ第一焼成において過剰の酸化ホウ素を用いる点に特徴がある。後述するとおり、このような方法で得られたLiB:Mnは、高い発光輝度を有する。
【0022】
後述の参考例に示すとおり、三ホウ酸リチウムと二酸化マンガンとを混合して焼成反応しても反応はほとんど起こらない。そこで発明者らは、二酸化マンガン存在下で、等モルの四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素と直接高温で反応させることを試みた。その結果、三ホウ酸リチウムが合成された。しかしながら等モルの四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素ととを反応させると、直ちに三ホウ酸リチウムが生成してしまい、二酸化マンガンを三ホウ酸リチウム内に取り込むことが困難であることを見出した。そこで発明者らは、第一焼成において過剰の酸化ホウ素を用いる二段階焼成により、高い発光輝度を有するLiB:Mnを製造可能とした。当該製造方法により高い発光輝度を有するLiB:Mnが得られる理由は限定されないが、第一焼成において酸化ホウ素を過剰に用いると、反応物の中に三ホウ酸リチウム以外の液相が生成し、この液相の存在により三ホウ酸リチウムと二酸化マンガンが効率よく反応するためと推察される。
【0023】
1−2.第二の製造方法
(1)工程B1
本工程では、四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素と二酸化マンガンとを混合する。四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素とのモル比は1:(0.5〜1.5)であり、1:1が好ましい。酸化ホウ素の量が上限を超えるまたは下限未満であると三酸化リチウムが十分量生成しないため、高い発光強度を有する熱蛍光体が得られない。
【0024】
二酸化マンガンは、四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素との合計質量に対して0.02〜1.0質量%であり、0.05〜0.2質量%が好ましい。二酸化マンガンは、母体としての三ホウ酸リチウムにおける発光中心となる。よって、二酸化マンガンの量が前記範囲にあると高い発光強度を有する熱蛍光体が得られる。これらを混合する手段は第一の製造方法で述べたとおりである。
【0025】
(2)工程B2
本工程では、工程B1で得た混合物を850℃以上で焼成する。本工程においては原料が溶融して反応が進行する。より反応を効率よく進めるために焼成温度は880℃以上が好ましい。ただし、温度が過度に高い原料が劣化するおそれがあるので、焼成温度は900℃以下が好ましい。焼成時間は1時間以上が好ましい。しかしながら焼成時間が過度に長いと焼成物が劣化する恐れがあるので、焼成時間は2時間以下が好ましい。
【0026】
本工程では、焼成の際に原料が溶融するので容器に付着しやすく、焼成物を容器から剥離するのに衝撃を与える必要がある。そのため、肉厚の容器を使用することが好ましい。
【0027】
(3)工程B3
本工程では、工程B2で得た焼成物を840℃から1.0℃/h以下の冷却速度で820℃まで冷却する。工程B2で得た高温状態にある焼成物は三ホウ酸リチウム以外の化合物であり、本工程において840℃から820℃の間をゆっくりと冷却することにより、三ホウ酸リチウムに転移させる。その結果、マンガン含有三ホウ酸リチウム(LiB:Mn)が得られる。冷却速度は1.0℃/h以下であり、0.8℃/h以下が好ましい。冷却速度が上限を超えると、転移が起こらず三ホウ酸リチウムを得ることができない。また、冷却速度が過度に遅いと生産性が低下する。よって、冷却速度は0.3℃/h以上が好ましい。
【0028】
第一および第二の製造方法で用いる原料は通常入手できる材料であるため、本発明により、優れた特性を有する熱蛍光体を安価に提供できる。
【0029】
2.マンガン含有三ホウ酸リチウム(LiB:Mn)熱蛍光体
本発明のマンガン含有三ホウ酸リチウム熱蛍光体は、三ホウ酸リチウムを母材とし発光中心としてのマンガンを含み、放射線を照射した後に加熱すると発光する。本発明のマンガン含有三ホウ酸リチウム熱蛍光体は、好ましくは前記製造方法で製造される。
【0030】
(1)一般特性
本発明のマンガン含有三ホウ酸リチウム熱蛍光体は、微赤色結晶であり、水に可溶、有機溶媒に不溶であり、かつ潮解性および風解性はなく安定である。
【0031】
(2)実効原子番号
本発明のマンガン含有三ホウ酸リチウムの実効原子番号は、マンガン含有量が1.0質量%の場合、7.3であり、人体軟組織の実効原子番号である7.4と極めて近い。よって、精度の高い放射線線量計素子を与えうる。
【0032】
(3)熱蛍光特性
本発明のマンガン含有三ホウ酸リチウムは、放射線を照射した後、加熱すると赤橙色の熱蛍光を発する。図1はマンガン含有三ホウ酸リチウムにCuKα線を照射した後、予備加熱(プレアニール)をすることなく昇温速度0.5℃/秒で昇温した際の分光グロー曲線である。図1中(1−1)は順方向、(1−2)は逆方向からの投影図である。70℃から320℃までの温度範囲で熱蛍光成分が観測され、2つの熱蛍光成分(極大値640nm:205℃および640nm:228℃)が観測される。また、本発明のマンガン含有三ホウ酸リチウムは、放射線照射後に260℃程度の加熱で蛍光を観測した後も何ら劣化することなく繰り返し使用できる。
【0033】
現在までに知られている生体組織等価性の熱蛍光物質の中には、この温度範囲と波長領域において複数の発光成分を有するものがあるが、当該発光成分は室温に近い低温度から300℃以上の高温度まで広い温度範囲に分布するものが多い。このうち低温成分は放射線照射後の保管温度や保管時間の差によって線量値に不安定性をもたらす原因となるので、熱蛍光物質を低温度で加熱(プレアニール)して低温成分を予め取り除く必要がある。また高温成分は、熱蛍光物質を再利用する際に、線量値に不安定性をもたらす原因となるので、使用後に熱蛍光物質を再度高温で加熱(アフターアニール)して高温成分を取り除く必要がある。しかしながら、本発明のマンガン含有三ホウ酸リチウムには2つの発光成分が存在し70〜320℃において熱蛍光成分が観測され、0℃以上70℃未満には熱蛍光成分を持たない。さらに前記2つの発光成分の発光温度は近接しており、140℃から240℃までの加熱によって2つの発光成分の合計値として発光量を計測できる。従って、プレアニールおよびアフターアニールの必要がなく、取扱性に優れる。
【0034】
さらに、本発明のマンガン含有三ホウ酸リチウムは、放射線照射後、60日間室温で保管した後も発光量の減少は5%以内であり、熱フェイディングが極めて小さい。この温度領域における最低温度発光成分のピークのスソが140℃以下には存在しないことは、熱フェイディングが小さいことと一致している。熱フェイディングが小さいため、本発明のマンガン含有三ホウ酸リチウムは長時間にわたる線量積算値の計測、たとえば種々の環境測定に用いることができる。また、本発明のマンガン含有三ホウ酸リチウムは光フェイディング特性も良好であり、放射線照射後、1昼夜室内灯下に曝した場合でも発光強度の低下は5%程度である。本発明のマンガン含有三ホウ酸リチウムは、放射線を照射した後、暗所に保管すれば、線量計測において何ら問題は生じない。
【0035】
図2および3は、本発明のマンガン含有三ホウ酸リチウムに放射線を照射した後、260℃で加熱した場合における照射線量と発光強度の関係を示す。X線および電子線に対する照射線量と発光量は、0〜20Gyの範囲で比較的簡単な曲線で関係づけられる。また、CuKα線による照射では500Gy以上にわたって発光量は飽和せず、検量線による定量が可能である。
【0036】
3.用途
本発明のマンガン含有三ホウ酸リチウムは、二次元および三次元線量計における素子として有用である。特に、本発明のマンガン含有三ホウ酸リチウムは、粉末であり、ポリマー等に混合することによって板状に成形できる。このため、当該板を積層した線量計測のための熱蛍光積層体としても有用である。
【実施例】
【0037】
[参考例1]
等モルの四ホウ酸リチウム(ナカライテスク株式会社製)と酸化ホウ素(小宗化学薬品株式会社製)を800℃で2時間焼成して三ホウ酸リチウムを準備した。当該三ホウ酸リチウムと二酸化マンガン(小宗化学薬品株式会社製)とを混合して、空気中で700℃、750℃、および800℃で加熱した。生成物にX線を20Gy照射した後、140℃から240℃まで0.5℃/秒の昇温速度で加熱し、発光強度を測定した。結果を図4に示す。図4におけるa、b、およびcは、加熱温度が700℃、750℃、および800℃である例を示す。
【0038】
図4に示すとおり、これらの例の生成物は発光強度が低い。図5は生成物の光学顕微鏡写真を示す。図5において観察された黒い粒子(図中矢印にて表示)は二酸化マンガンの微粒子であり、未反応の二酸化マンガンが残留していることが分かる。図4および5から、本例では二酸化マンガンが十分に反応していないため、生成物の発光強度が低かったと推察された。すなわち、単に三ホウ酸リチウムと二酸化マンガンとを加熱しても、所期の熱蛍光体は得られないことが明らかである。
【0039】
[実施例1]
工程A1:四ホウ酸リチウム(ナカライテスク株式会社製)と酸化ホウ素(小宗化学薬品株式会社製)と二酸化マンガン(小宗化学薬品株式会社製)を表1に示す組成で混合した。ただし、二酸化マンガンの量は、四ホウ酸リチウム総量と酸化ホウ素との合計量に対して0.4質量%とした。
【0040】
工程A2:前記混合物を白金板の上に載せ、電気炉中825℃で4時間焼成した。
【0041】
工程A3:前記焼成物と、表1に示す量の追加の四ホウ酸リチウムとを混合し、825℃で4時間焼成し、マンガン含有三ホウ酸リチウムを得た。
【0042】
こうして得たマンガン含有三ホウ酸リチウムにX線を20Gy照射した後、140℃から240℃まで0.5℃/秒の昇温速度で加熱し、発光強度を測定した。
【0043】
結果を図4および表1に示す。図4における数字は、表1における枝番号を示す。すなわち、図4の「5」は、表1における実施例「1−5」を示す。
【0044】
[比較例1]
四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素のモル比を表1に示すように変更した以外は、実施例1と同様にしてマンガン含有三ホウ酸リチウムを得て評価した。結果を図4および表1に示す。
【0045】
【表1】

【0046】
図4および表1から、本発明で得たマンガン含有三ホウ酸リチウムは、高い発光強度を有することが明らかである。
【0047】
[実施例2]
工程A1および工程A3における焼成条件を、775〜850℃および0.5〜16時間の間で変更した以外は、実施例1−5と同様にしてマンガン含有三ホウ酸リチウムを得て評価した。結果を図6に示す。図6において、横方向は焼結時間、縦方向は焼結温度の違いを示す。右下の数字は相対発光強度である。
【0048】
[比較例2]
工程A1および工程A3における焼成条件を、700〜750℃および850℃、0.5〜16時間の間で変更した以外は、実施例1−5と同様にしてマンガン含有三ホウ酸リチウムを得て評価した。結果を図6に示す。
【0049】
図6から、実施例1−5の組成においては、825℃で4時間以上焼成を行なうことが最適であることが分かる。焼成時間が4時間未満では徐々に発光強度が低下し、30分とした場合の発光強度は、825℃で4時間以上焼成した場合の6割程度となる。また焼成温度800℃では、8時間以上の焼成で発光輝度が良好な物が得られるが、焼成時間が8時間未満であると徐々に発光強度は低下する。焼成時間を30分とした場合の発光強度は、825℃で4時間以上焼成した場合の約4割程度である。焼成温度が800℃以下では焼成時間を16時間としても発光強度はあまり高くならず、825℃で4時間以上焼成した場合の4割程度となる。また、焼成温度が850℃の場合は、発光強度は極めて弱い。
【0050】
図7は、実施例2および比較例2で得られた物質の光学顕微鏡写真を示す。焼成温度が825℃焼成の場合は、二酸化マンガン微粒子は観察されず、総ての二酸化マンガンが反応したことが確認された。これより低い温度では未反応の二酸化マンガン微粒子が多数認められた。
【0051】
[実施例3]
実施例1−5で得たマンガン含有三ホウ酸リチウムに、X線を2Gy照射した後、260℃で480秒間加熱して、その際の発光量をFINGER LAKE社MICROLINE電子冷却CCDカメラで積算撮影した。結果を図8に示す。図8中、数値は相対発光強度を示す。
【0052】
[比較例3]
本発明で得たマンガン含有三ホウ酸リチウム以外の組織等価熱蛍光物質を準備し、実施例3と同様に発光強度を評価した。結果を図8に示す。
【0053】
A:Li:Mn,Al (特許第443170号に記載の物質:アルミニウムおよびマンガン含有四ホウ酸リチウム)
B:Li14:Cu (非特許文献1に記載の物質)
C:Harshow TLD−100 (LiF)
D:Harshow TLD−800 (Li: Mn)
図8から、本発明で得たマンガン含有三ホウ酸リチウムは、他の組織等価熱蛍光物質と比較して極めて感度が高いことが分かる。本発明で得たマンガン含有三ホウ酸リチウムの発光強度は、Li:Mn,Alの2.4倍、Li14:Cuの6.8倍、TLD−100の9倍、TLD−800の24倍であった。
【0054】
[実施例4]
二酸化マンガンの添加量を0.02〜2.00質量%の間で変化させ、焼結温度を775℃とした以外は、実施例1−5と同様にしてマンガン含有三ホウ酸リチウムを得て評価した。結果を図9に示す。
【0055】
図9から、二酸化マンガン濃度が0.02〜0.80質量%の範囲で発光強度が高いマンガン含有三ホウ酸リチウムが得られるといえる。濃度の最適値は0.10質量%であることも分かる。
【0056】
[参考例2]
焼結温度を775〜900℃で変化させた以外は、比較例1−4(工程A3における四ホウ酸リチウムの追加なし)と同様にして生成物を得た。当該物質の粉末X線回折データを図10に示す。焼結温度を900℃として得た900℃焼結物のスペクトルは四ホウ酸リチウムのスペクトルと一致した。850℃焼成物のスペクトルは、七ホウ酸リチウムのスペクトルと一致した。また、775℃および825℃焼成物のスペクトルは三ホウ酸リチウムのスペクトルと一致した。また、実施例2および比較例2で得た、総ての700℃〜825℃焼成物のスペクトルは、三ホウ酸リチウムのスペクトルと一致することが分かった。以上から、三ホウ酸リチウムが熱蛍光物質として有効に機能していることが明らかである。
【0057】
[実施例5]
工程B1:四ホウ酸リチウム1モルと酸化ホウ素1モルと二酸化マンガンを混合した。ただし、二酸化マンガンの量は、四ホウ酸リチウム総量と酸化ホウ素との合計量に対して0.1質量%とした。
【0058】
工程B2:前記混合物を白金製のるつぼに入れて電気炉中880℃で1時間加熱した。次いで炉内温度を840℃とし、これを56時間かけて820℃までゆっくりと冷却した。冷却速度は約0.3℃/hであった。焼成物を放冷した後、白金るつぼの底を裏側から叩いて内容物を取り出し、磁性乳鉢で細粉化し、マンガン含有三ホウ酸リチウムを得た。粉末X線回折分析を行ない、得られたマンガン含有三ホウ酸リチウムは、主成分が三ホウ酸リチウムであり、わずかに四ホウ酸リチウムおよび七ホウ酸リチウム結晶を含むことを確認した。
【0059】
実施例1と同様にして、マンガン含有三ホウ酸リチウムの熱蛍光特性を評価したところ、実施例1で得たものとほぼ同等の発光強度を得た。
【0060】
[実施例6]
工程B2における冷却時間を24h(冷却速度約0.8℃/h)とした以外は、実施例5と同様にしてマンガン含有三ホウ酸リチウムを得て評価した。その結果、主成分が三ホウ酸リチウムであることを確認した。また、熱蛍光特性は実施例5で得たものとほぼ同等であった。
【0061】
[比較例4]
工程B2における冷却時間を2h(冷却速度10℃/h)とした以外は、実施例5と同様にして物質を得て評価した。その結果、生成物の主成分は四ホウ酸リチウムであることを確認した。また、熱蛍光特性は実施例5で得たものと比べて著しく低かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素と二酸化マンガンとを混合する工程A1、
前記混合物を770〜840℃で焼成する工程A2、および
前記焼成物にさらに四ホウ酸リチウムを加えて混合し770〜840℃で焼成して、母体としての三ホウ酸リチウムと当該母体内に存在する発光中心としてのマンガンとを含む熱蛍光体を得る工程A3を含み、
前記工程A1における四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素とのモル比が1:X(ただし1<X≦4)であり、二酸化マンガンの量が工程A1およびA3で添加する四ホウ酸リチウム総量と酸化ホウ素との合計質量に対して0.02〜1.0質量%であり、
工程A3における四ホウ酸リチウムの量が、前記酸化ホウ素1モルに対し、(X−1)モルである、
前記熱蛍光体の製造方法。
【請求項2】
前記Xが2〜3である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記工程A2およびA3における焼成温度が820〜830℃であり、焼成時間が4時間以上である、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記二酸化マンガンの量が0.05〜0.2質量%である、請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素と二酸化マンガンとを混合する工程B1、
前記混合物を850℃以上で焼成する工程B2、および
前記焼成物を840℃から1.0℃/h以下の冷却速度で820℃まで冷却し、前記焼成物を転移させて、母体としての三ホウ酸リチウムと当該母体内に存在する発光中心としてのマンガンとを含む熱蛍光体を得る工程B3を含み、
前記工程B1における四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素とのモル比が1:(0.5〜1.5)であり、二酸化マンガンの量が四ホウ酸リチウムと酸化ホウ素の合計質量に対して0.02〜1.0質量%である、
前記熱蛍光体の製造方法。
【請求項6】
前記工程B2における焼成温度が880℃以上であり、焼成時間が1時間以上である、請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
前記二酸化マンガンの量が0.05〜0.2質量%である、請求項5または6に記載の製造方法。
【請求項8】
70〜320℃の範囲で熱蛍光成分を有し、0℃以上70℃未満の範囲で熱蛍光成分を有しない、母体としての三ホウ酸リチウムと当該母体内に存在する発光中心としてのマンガンとを含む熱蛍光体。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれかの方法により得られる、70〜320℃の範囲で熱蛍光成分を有し、0℃以上70℃未満の範囲で熱蛍光成分を有しない、母体としての三ホウ酸リチウムと当該母体内に存在する発光中心としてのマンガンとを含む熱蛍光体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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