説明

ミシン糸

【課題】従来のポリエステルフィラメントミシン糸では得られなかった、高級感のある光沢を有し、色目が綺麗でかつ縫製時の糸切れや外観品位低下がなく、且つ寸法安定性に優れたポリエステルフィラメントミシン糸を提供する。
【解決手段】互いに伸度の異なる繊維糸Aと繊維糸Bからなる混繊糸から構成されるミシン糸であって、下記要件を満足するポリエステルミシン糸とする。
a)伸度の小なる繊維糸Aが固有粘度が0.7〜0.9の範囲にあって、全繰り返し単位中の少なくとも90モル%がエチレンテレフタレート単位であるポリエステルから形成されること。
b)伸度の大なる繊維糸Bが、重量平均分子量10万〜20万のポリL−乳酸(a成分)、重量平均分子量10万〜20万のポリD−乳酸(b成分)およびa成分とb成分との合計100重量部当たり0.01〜5重量部の燐酸エステル金属塩を含有する組成物からなること。
c)繊維糸Aと繊維糸Bの伸度差が25%以上であること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリ乳酸を含むポリエステルフィラメントからなるミシン糸に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、ミシン糸には、染色性、光沢などの良さから絹やレーヨンが用いられてきた。しかし、絹は高価であると共に耐光堅牢度や強度の弱さから和装などの用途に限定されている一方、レーヨンは染色性及び発色性の良さ、加工品の外観品位の良さから多く利用されているが、強度が低いため撚糸工程や縫製時の糸切れが多いという欠点がある。更には縫製された刺繍製品は家庭洗濯や工業洗濯で腑化しやすいという欠点がある。かかる欠点を解決するためポリエステルフィラメントを用いたミシン糸が提案されている。
【0003】
例えば、結晶性を規制したポリマーを用いて、強度、モジュラスを想定したミシン糸が提案されている(特許文献1参照)。しかしながら、このポリエステルミシン糸を用いて刺繍したものは縫目にループ状のいわゆるタオル目を形成しやすく外観品位を著しく損なうという欠点がある。また、アミン処理による手切れ性の良いミシン糸が提案されているが、光沢に欠けるなどの問題がある(特許文献2参照)。また、単繊維繊度、全繊度、フィラメント数及び撚係数を規制して摩擦抵抗を減らしタオル目を形成しにくくしたミシン糸が提案されているが、刺繍用ミシン糸において重要な評価項目である光沢について定性的評価のみであり、また繊維長手方向の染め斑も発生する欠点のあるものであった(特許文献3参照)。
【0004】
また、異型断面とすることにより優れた光沢を有するものが提案されている(特許文献4参照)。ここでは光沢は大幅に改善されるものの、異型であるために繊維強度の低下、製糸での工程通過性の低下が起こってしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭59−199831号公報
【特許文献2】特開昭63−315633号公報
【特許文献3】特開昭62−125033号公報
【特許文献4】特開2004−277908号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、かかる問題点を解消し、高級感のある光沢を有し、色目が綺麗でかつ縫製時の糸切れや外観品位低下がなく、且つ寸法安定性に優れたポリエステルフィラメントからなるミシン糸を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は上記課題を解決するために次の構成を有する。即ち、
伸度の異なる2本の繊維糸、繊維糸Aと繊維糸Bからなる混繊糸から構成されるミシン糸であって、下記要件を満足するポリエステルミシン糸により解決される。
a)伸度の小なる繊維糸Aが固有粘度が0.7〜0.9の範囲にあって、全繰り返し単位中の少なくとも90モル%がエチレンテレフタレート単位であるポリエステルから形成されること。
b)伸度の大なる繊維糸Bが、重量平均分子量10万〜20万のポリL−乳酸(a成分)、重量平均分子量10万〜20万のポリD−乳酸(b成分)およびa成分とb成分との合計100重量部当たり0.01〜5重量部の燐酸エステル金属塩を含有する組成物からなること。
c)繊維糸Aと繊維糸Bの伸度差が25%以上であること。
好ましくは繊維糸Aと繊維糸Bとの混合割合が70:30〜90:10であり、繊維強度が3〜8cN/dtex、沸水収縮が2.0〜8.0%であるミシン糸である。
【0008】
別の発明の態様として、
上記ミシン糸を構成する混繊糸の製造方法であって、紡糸混繊後、予熱ローラ、延伸セットローラー表面温度を100℃以下とし、二次セットローラーの表面温度を150〜200℃で延伸することを特徴とするミシン糸を構成する混繊糸の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、高級感のある光沢を有し、色目が綺麗でかつ縫製時の糸切れや外観品位低下がなく、且つ寸法安定性に優れたポリエステルフィラメントミシン糸とすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明のミシン糸は、伸度の異なる2本の繊維糸Aと繊維糸Bからなる混繊糸から構成されるミシン糸であって、下記要件を満足するポリエステルミシン糸である。
a)伸度の小なる繊維糸Aが固有粘度が0.7〜0.9の範囲にあって、全繰り返し単位中の少なくとも90モル%がエチレンテレフタレート単位であるポリエステルから形成されること。
b)伸度の大なる繊維糸Bが、重量平均分子量10万〜20万のポリL−乳酸(a成分)、重量平均分子量10万〜20万のポリD−乳酸(b成分)およびa成分とb成分との合計100重量部当たり0.01〜5重量部の燐酸エステル金属塩を含有する組成物からなること。
【0011】
伸度の小なる繊維糸Aに用いるポリエステルは、ポリエチレンテレフタレートを主たる対象とするが、そのテレフタル酸成分の一部、通常10モル%以下、好ましくは5モル%以下を他の二官能性カルボン酸成分、例えばイソフタル酸、フタル酸、ナフタレンジカルボン酸、セバチン酸、アジピン酸、コハク酸、シュウ酸、マロン酸、ヒドロキシエトキシ安息香酸、ヒドロキシ安息香酸、ジフェニルメタンジカルボン酸等の二官能性ジカルボン酸成分で置き換えてもよく、またエチレングリコール成分の一部、通常10モル%以下、好ましくは5モル%以下を他のジオール成分、例えばジエチレングリコール、トリメチレングリコール、テトラメチレングリコール、ヘキサメチレングリコール、シクロヘキサンジメタノール等のジオール成分で置き換えてもよい。更にまたかかるポリエステルには、必要に応じて、任意の添加剤、例えば安定剤、着色剤、帯電防止剤、防炎剤等の添加剤を加えてもよい。
【0012】
上記の繊維糸Aを構成するポリエステルは、耐熱性、耐摩耗性、強度の点から極限粘度の大きい事が必要であり、紡糸フィラメント糸の固有粘度が0.7〜0.9の範囲にある必要がある。固有粘度が0.9を越える場合は、重合に大掛かりな装置が必要となり、コストアップになる。0.7未満であると十分な強度が得られない。
伸度の小なる繊維糸Aの伸度としては25%以下であることが好ましい。好ましくは1〜20%である。25%を超える場合はミシン糸の光沢が低下し好ましくない。
【0013】
また、繊維糸Bを構成するポリエステルとしては、重量平均分子量10万〜20万のポリL−乳酸(a成分)、重量平均分子量10万〜20万のポリD−乳酸(b成分)およびa成分とb成分との合計100重量部当たり0.01〜5重量部の燐酸エステル金属塩を含有する組成物であることが必要である。この組成物からなるポリ乳酸はステレオコンプレックスポリ乳酸を形成し、その分子構造から屈折率が低く、優れた光沢をしめす。通常のポリ乳酸では熱セットでの強度低下や工程通過性の悪化や更には得られたミシン糸の寸法安定性が不十分となる。
【0014】
上記ポリ乳酸繊維の伸度は45%以上が好ましく、さらに好ましくは55%〜100%である。ここで45%未満であればミシン糸の光沢が得られにくく、また染色斑が発生しやすく好ましくない。
【0015】
繊維糸Aと繊維糸Bの伸度差は25%以上あることが好ましい。好ましくは30〜100%である。25%未満であればミシン糸の光沢が低下し、またミシン糸としてのふくらみ感が不足し好ましくない。
【0016】
繊維糸Aと繊維糸Bとの重量混合割合(%)は、70:30〜90:10程度が好ましい。繊維糸Aの混合割合が70%未満ではミシン糸として必要な応力が不足し、一方、繊維糸Aの混合割合が90%を越えると、繊維糸Bの熱セット性が不足してミシン糸のトルク発生を抑えることが難しくなることがある。
【0017】
さらに、繊維糸Aと繊維糸Bとが充分混ざり合うためには、繊維糸Aのフィラメント数は8本以上、繊維糸Bのフィラメント数は3本以上が好ましく、これ以下の組合せ本数では混ざりの偏りが生じ、不均一な縫目となることがある。好ましくは、繊維糸Aと繊維糸Bとのフィラメント数の合計が15本〜48本の範囲であり、15本未満であればミシン糸の強度が低下し好ましくなく、48本を越えるとミシン糸が太くなり好ましくなく、さらに光沢の面からもダル化の方向に向かうので好ましくない。
【0018】
本発明のミシン糸は、繊維強度が3〜8cN/dtex、沸水収縮が2.0〜8.0%とすることが好ましい。繊維強度が3cN/dtex未満の場合では強度が低すぎて、使用時の糸切れなどが発生してしまい、8cN/dtexよりも高くする場合にはポリマーの固有粘度を上げる方法が考えられるが、この場合にはポリマー粘度が高くなりすぎて製糸での工程通過性が悪化してしまう。また沸水収縮率はミシン糸の寸法安定性を示す指標であり、8.0%を超える場合には収縮が大きくなりすぎてしまう。沸水収縮を低くするためには製糸段階での熱セット温度を高くする必要があるが、2.0%未満とする場合には熱セットでのポリマー融着などによる繊維強度の低下や工程通過性が悪化するなどの問題がある。
【0019】
本発明における混繊糸の製糸方法は、紡糸混繊後、予熱ローラ、延伸セットローラー表面温度を100℃以下とし、二次セットローラーの表面温度を150〜200℃で延伸することを特徴とするものである。例えば、繊維糸Aと繊維糸Bとを半分割型の口金から同時に紡糸した後、引き揃えて空気交絡処理に付されその後非接触ヒーターで延伸仮撚加工する工程を経ることにより得られる。空気交絡としては、公知のインターレース、タスラン加工の何れであってもよい。
【0020】
ここで、交絡付与後にオーバーフィードをかけながら予熱ローラ、延伸セットローラー表面温度を100℃以下とし、二次セットローラーの表面温度を150〜200℃で延伸することにより、繊維糸Aと繊維糸Bとの間に糸足差が生じ、繊維糸Aは繊維糸Bに覆われやすくなりミシン糸にしたときの高級感のある光沢やふくらみ感、スパンライク性に繋がる。予熱ローラ、延伸セットローラー表面温度を100℃以下とし、二次セットローラーの表面温度を150〜200℃で延伸することが重要で、この範囲を外れる場合はミシン糸にしたときの高級感のある光沢やふくらみ感が低下し好ましくない。
【0021】
上記延伸糸をミシン糸として用いることができるが、通常延伸後に例えば1000T/MのS撚りを施した後、数本あわせて、700T/M等のZ撚りを施し、チーズに巻き取り、染色処理をおこない、乾燥後シリコーン系油剤を塗布してミシン糸とすることが好ましい。
【実施例】
【0022】
以下実施例により本発明を詳細に説明する。尚、実施例中の物性は下記の方法により測定した。
(1)固有粘度
ポリエステル組成物を100℃、60分間でオルトクロロフェノールに溶解した希薄溶液を、35℃でウベローデ粘度計を用いて測定した値から求めた。
(2)繊維強度
JIS L1070記載の方法に準拠して測定を行った。
【0023】
[実施例1]
(原糸の製造)
繊維糸A用ポリマーとして固有粘度0.84のポリエチレンテレフタレートを用い、繊維糸B用ポリマーとしてポリ−L乳酸とポリ−D乳酸を50/50(重量比)の割合で溶融物100重量部に、燐酸2,2−メチレンビス(4,6−ジ−tert−ブチルフェノール)ナトリウム塩(アデカスタブNA−11)(平均粒径5μm)0.5重量部を加えたポリ乳酸を用いて、それぞれ290℃、240℃で溶融した後、半分割型の口金より繊維糸A用ポリマーを15ホール、繊維糸B用ポリマーを5ホールから紡糸温度290℃にて吐出させ、紡糸下方に設けた横吹き紡糸筒内で室温の空気で冷却固化せしめて、両糸が混繊された状態で油剤を付与した後、1200m/分で引き取って180dtex/20フイラメントの未延伸糸を得た。該未延伸糸は144dtexの繊維糸Aと36dtexの繊維糸Bとで構成されたものであった。
次に、この未延伸糸を延伸機に掛けて、以下の条件で延伸を行った。即ち、直径90mmの余熱ローラの表面温度を90℃とし、速度200m/分で6ターンさせ、続いて直径120mmの延伸セットローラの表面温度を100℃とし、速度600m/分で4ターンさせ、続いて直径120mmの二次セットローラの表面温度を180℃とし、速度595m/分で4ターンさせて、熱セットを加えた後巻き取った。得られた延伸糸の平均繊度は59dtexであった。
【0024】
(ミシン糸の製造)
上記延伸糸に1050T/MのS撚りを施した後、3本あわせて、700T/MのZ撚りを施しミシン糸とした後、チーズに巻き取り、130℃、40分の染色処理を行なった。染色方法としては、チーズを重ね合わせ、圧縮荷重を掛け延伸糸に張力が掛かった状態で処理した。乾燥後、シリコン系油剤を3%塗布してミシン糸とした。
得られた延伸糸及びミシン糸の性能を表1に示す。尚、延伸糸中の繊維糸Aと繊維糸Bの強伸度は、延伸糸中より単繊維を各5本ランダムに抜き取り、単繊維強伸測定機に掛けて測定した結果を平均値で表したものである。
【0025】
[実施例2]
二次セットローラの表面温度を200℃とした以外は実施例1と同様の方法で実施した。
【0026】
[比較例1]
二次セットローラの表面温度を140℃とした以外は実施例1と同様の方法で実施した。
【0027】
[比較例2]
二次セットローラの表面温度を220℃とした以外は実施例1と同様の方法で実施した。
【0028】
[比較例3]
繊維糸B用ポリマーとして重量平均分子量17万のポリ−L乳酸のみを用いた以外は実施例1と同様の方法で実施した。
【0029】
[比較例4]
繊維糸B用ポリマーとして重量平均分子量17万のポリ−L乳酸のみを用いたこと、二次セットローラの表面温度を140℃とした以外は実施例1と同様の方法で実施した。
【0030】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明によれば、既存のポリエステルフィラメントミシン糸にはない高級感のある光沢を持ち、寸法安定性に優れたミシン糸を得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに伸度の異なる繊維糸Aと繊維糸Bからなる混繊糸から構成されるミシン糸であって、下記要件を満足することを特徴とするポリエステルミシン糸。
a)伸度の小なる繊維糸Aが固有粘度が0.7〜0.9の範囲にあって、全繰り返し単位中の少なくとも90モル%がエチレンテレフタレート単位であるポリエステルから形成されること。
b)伸度の大なる繊維糸Bが、重量平均分子量10万〜20万のポリL−乳酸(a成分)、重量平均分子量10万〜20万のポリD−乳酸(b成分)およびa成分とb成分との合計100重量部当たり0.01〜5重量部の燐酸エステル金属塩を含有する組成物からなること。
c)繊維糸Aと繊維糸Bの伸度差が25%以上であること。
【請求項2】
繊維糸Aと繊維糸Bとの混合割合が70:30〜90:10である請求項1記載のミシン糸。
【請求項3】
繊維強度が3〜8cN/dtex、沸水収縮が2.0〜8.0%である請求項1〜2いずれかに記載のミシン糸。
【請求項4】
請求項1〜3記載のミシン糸を構成する混繊糸の製造方法であって、紡糸混繊後、予熱ローラ、延伸セットローラー表面温度を100℃以下とし、二次セットローラーの表面温度を150〜200℃で延伸することを特徴とするミシン糸を構成する混繊糸の製造方法。

【公開番号】特開2011−162891(P2011−162891A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−24320(P2010−24320)
【出願日】平成22年2月5日(2010.2.5)
【出願人】(302011711)帝人ファイバー株式会社 (1,101)
【Fターム(参考)】