説明

ミスト供給装置及びミスト供給方法

【課題】環境汚染の恐れを低減できる共に、消費エネルギーを削減して、潤滑効果及び冷却効果に優れる切削液のミストを工作機械の加工部に供給することができ、且つ、構成が簡易なミスト供給装置、及びミスト供給方法を提供する。
【解決手段】供給装置1は、水が導入される第一槽11と、第一槽の内側に設けられ、油が導入される第二槽12と、第二槽12に挿し込まれ、物理的に水に油を分散させる超音波振動子18及び超音波ホーン19と、第一槽と接続されたノズル32と、ノズル32に圧縮空気を送入する圧縮空気送入部31とを具備する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミスト供給装置及びミスト供給方法に関するものであり、特に、工作機械の加工部に切削液を供給するミスト供給装置及びミスト供給方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
工作機械によって工作物を切断、切削、研削する等の加工を行う際、工具による工作物の加工を潤滑なものとすると共に、加工に伴う発熱で高温となる加工部を冷却する目的で、工作機械の加工部に切削液を供給することが行われている。この切削液としては、従来より、界面活性剤や乳化剤を用いて水の中に油を分散させたエマルション系の切削液が多用され、これを流し掛けるように加工部に供給するのが一般的である。また、近年では、切削油を霧化したオイルミストを加工部に噴霧する方法(MQL)も知られている。
【0003】
更に、水滴の表面に油膜を形成させた油膜付き水滴を、加工部に噴霧することも提案されている(例えば、特許文献1参照)。これは、油膜付き水滴混合器において、まず、外部から供給された油を油霧化室で霧化してオイルミストを生成させ、それより下流側に設けられた水滴化室で水滴化される水滴の表面に、このオイルミストを吹き付けて付着させることにより油膜付き水滴を形成させ、供給通路を経由してトップノズルから油膜付き水滴を放出するものである。
【0004】
【特許文献1】特開2004−136419号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、エマルション系の切削液を加工部に流し掛ける場合は、大量の切削液を噴射し循環させるために、パワーの大きなポンプが必要であり、そのための消費電力が機械工作のための全消費電力の30〜40%という大きな割合を占めるという問題があった。特に、加工部の潤滑及び冷却のために必要な量に対して、過剰な切削液が流し掛けられるため、いわば無駄なものに大きなエネルギーを消費している点で、大きな問題であった。また、噴射される切削液の飛散による作業環境の悪化、循環して使用される切削液の腐敗による悪臭、劣化した切削液の大量の廃液の処理や廃液タンクの清掃のための手間やコストの問題もあった。加えて、切粉が工場から搬出され一時的に切粉ヤードに堆積されている間に、切粉に付着した切削液が滲出することがあり、切削液に含まれる界面活性剤や乳化剤による環境汚染の恐れも懸念されるものであった。
【0006】
また、オイルミストを噴霧する場合は、使用される油がごく微量で循環させないため、廃棄処理の手間やコストを削減でき、オイルによる潤滑効果が得られる利点があるものの、加工部を冷却するという作用がほとんどないため、工具や工作物に大きな負荷がかかる重加工には適さないという問題があった。更に、オイルミストの直径は数μmと小さく空気中に拡散し易いため、加工部に到達する割合が小さく、使用される油の無駄が大きいという問題があった。加えて、拡散したオイルミストにより作業環境が汚染され、作業者の健康が害される恐れがあると共に、機器類に不具合を生じる恐れや引火の恐れがあった。また、これを防止するためにオイルミストを回収する装置を設ける場合は、その設備投資が必要であり、新たなエネルギー消費も生じるという問題があった。
【0007】
更に、油膜付き水滴を噴霧する場合は、水滴表面の油が潤滑効果を、内部の水滴が冷却効果を有する利点があるものの、下記の点で改善の余地のあるものであった。すなわち、油膜付き水滴は、まず油滴を形成しておいてから、別途水を噴霧して水滴を形成し、これに油滴を吹き付けることによって、油滴と水滴とを合体させて形成されるため、直径が100〜200μmと大きい。そのため、直進性が高く加工部まで到達させられる反面、加工部が工作物や押え金具などの陰になる場合には、加工部に効果的に作用させることが困難であった。また、大径のために、油膜付き水滴混合器から噴霧口までの供給用の管路を通過させにくく、特に、管路が屈曲・湾曲している場合は慣性力で路壁に衝突し、油膜が壊れてしまうことがあった。そして、いったん油膜が壊れてしまうと、トップノズルからは水だけが噴霧されることが多く、表面に油膜が形成されていない水滴では、充分な潤滑効果が得られなかった。加えて、油膜付き水滴の形成には、特殊な形状のノズル(油膜付き水滴混合器)を必要とし、新たな設備投資も必要であった。
【0008】
そこで、本発明は、上記の実情に鑑み、環境汚染の恐れを低減できる共に、消費エネルギーを削減して、潤滑効果及び冷却効果に優れる切削液のミストを工作機械の加工部に供給することができ、且つ、構成が簡易なミスト供給装置、及びミスト供給方法の提供を課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するため、本発明にかかるミスト供給装置は、「界面活性剤または乳化剤を用いることなく、物理的に水に油を分散させて切削液とする物理的分散手段と、前記切削液を霧化し、水に油が分散したエマルション滴の表面に油膜が形成されたミストを生成させる霧化手段と、該霧化手段に前記切削液を導入する切削液導入手段と、前記ミストを工作機械の加工部に供給する供給手段とを」具備して構成されている。
【0010】
「物理的分散手段」の構成は特に限定されず、「水と油を混合した液体に超音波振動を作用させる」構成、「水と油を混合した液体を回転子やスタティックミキサにより混合撹拌する」構成、「水と油を混合した液体に高圧をかけて細孔を通過させる」構成を例示することができる。なお、「水に油が分散した」状態において、油の粒子径は均一なものであっても、不均一なものであっても良い。また、物理的分散手段によって水に油が分散させられて得られる切削液は、そのまますぐに後述の霧化手段に導入されても、所定量をつくり置き、保存されたものが霧化手段に導入されるものであっても良い。
【0011】
「水」は、通常の水道水、井戸水、蒸留水などを使用することができる。また、「油」としては、植物性油、鉱物油、合成油脂を用いることができるが、生分解性に優れる植物性油や合成エステル系油脂が望ましい。
【0012】
「霧化手段」の構成は特に限定されず、「切削液をノズルに導入し圧縮気体で噴霧する」構成、「切削液に超音波を作用させて霧化する」構成を例示することができる。
【0013】
「供給手段」の構成は特に限定されず、例えば、「生成されたミストを加圧気体で送出・搬送する」構成とすることができる。また、「ノズルから切削液を噴霧し、ミスト化しつつ加工部に供給する」構成とする場合のように、供給手段が霧化手段を兼ねるものであっても良い。
【0014】
「切削液導入手段」の構成は特に限定されず、「ポンプで切削液を汲み上げ、パイプ等を介して送る」構成、「水に油を分散させる槽を容量が一定の閉鎖系とし、その槽に水や油が導入される分だけ切削液が押し出されて送られる」構成、「水に油が分散させられる槽と霧化手段への切削液の導入部とに高低差をつけ、切削液を自然流下させる」構成を例示することができる。また、「霧化手段または供給手段で高圧の気体を送入・送出する際に発生する負圧を利用して、切削液を吸引する」構成のように、霧化手段または供給手段、或いはその両方が切削液導入手段を兼ねるものであっても良い。
【0015】
生成される「ミスト」は、径が小さければ空気中に拡散し易く、加工部に到達する割合が小さくなり、使用される切削液の無駄が大きくなることに加え、作業環境の汚染により、作業者の健康が害されたり、機器類に不具合を生じたりする恐れがある。一方、ミストの径が大きい場合は、直進性が高く加工部まで到達させられる反面、加工部が工作物や押え金具などの陰になる場合には、加工部に効果的に作用させることが困難となる。更に、工具の回転数によっても、ミストの大きさを考慮する必要もある。すなわち、ミストの径が小さければ、工具の回転によって生じる風に流され易く、逆に、ミストの径が大きければ重量も増すため、回転する工具に付着した瞬間に大きな遠心力が働いて飛ばされてしまい、工具への付着効率が低下する。以上を考量すると、小さ過ぎず大き過ぎないミストの径として、直径10〜20μm程度が望ましい。
【0016】
ここで、本発明において、「水に油が分散したエマルション滴の表面に油膜が形成されたミスト」が生成される原理を説明する。例えば、界面活性剤を用いて水に油を分散させた従来のエマルション系の切削液を、仮に霧化した場合は、図2(b)に模式的に示すような過程でミストが形成されると考えられる。すなわち、(ホ)に示すように水Wに油Oが分散した切削液では、それぞれの油Oの粒Yは、(チ)に拡大して示すように、油Oが界面活性剤Sに取り囲まれた状態で水Wに分散している。そのため、霧化されて小さな液滴となる際、(ヘ)に示すように、表面張力の小さい油Oの粒Yが液滴の表面の存在し、液滴の表面に拡がろうとしても、界面活性剤Sに取り囲まれているために拡がることができない。その結果、形成されるミストは、(ト)に示すように、液滴の表面には油膜がないものとなる。
【0017】
これに対し、本発明では、図2(a)に模式的に示すような過程でミストが形成される。すなわち、本発明では、界面活性剤や乳化剤を用いずに物理的に水に油を分散させてエマルション系の切削液とするため、(イ)に示すように、油Oの粒はいわば裸の状態で水Wに分散している。そのため、霧化されて小さな液滴となる際、(ロ)に示すように、液滴の表面に存在する油Oが、水より表面張力が小さいために液滴の表面に拡がり、(ハ)に示すように、エマルションの液滴の表面に油膜が形成したミストMが形成される。なお、(ニ)は、(ハ)におけるミストMの一滴Xを拡大した模式図である。なお、切削液のエマルションにおいては、油Oの粒子が細かいほど長期間にわたって分散性が維持されるが、ある程度の割合で径の大きな油Oが混在していると、分散性を良好なものに維持しつつ、大きな径の油Oによって厚い油膜が形成されることとなり、より望ましい。
【0018】
従って、本発明によれば、切削液を霧化するのみで、表面に油膜が形成されたミストが生成され、このミストを工作機械の加工部に供給することにより、ミスト表面の油によって、工具による工作物の加工を潤滑なものとすることができると共に、ミスト内部のエマルション滴に含まれる水分によって、加工に伴う発熱で高温となる加工部を冷却することができる。
【0019】
また、切削液を霧化するのみで、表面に油膜が形成されたミストを生成することができるため、特殊な装置を用いることなく、汎用的な装置を使用して構成することができる、簡易な供給装置となる。
【0020】
また、工作機械の加工部に切削液を流し掛けるのではなくミストとして供給することから、作業環境内に切削液が飛散する問題を解消できる。加えて、切削液を噴射し循環させるための大パワーのポンプも不要であることから、エネルギー消費を大幅に削減することができる。更に、微量の水と油で形成されたミストを供給するため、加工部に水や油が過剰に供給されることがない。加えて、循環して使用しないため、切削液の腐敗による悪臭の問題や、廃液処理の問題を回避することができる。また、切粉に付着する切削液量も微量であり、仮に切粉から切削液が滲出しても、有害性の高い界面活性剤や乳化剤を使用していないため、環境汚染の恐れの小さいものとなる。
【0021】
また、図2(a)を用いて上述したように、予め水に油を分散させてエマルションとなった切削液を一回霧化するのみで、油膜が形成されたミストとなるため、別々に生成された油滴と水滴とを合体させて生成される油膜付き水滴(特許文献1)に比べ、ミストの径を小さくすることができる。これにより、工作物や押さえ金具の陰になった加工部にも、ミストが到達し易いものとなると共に、管路を経由させてミストを工作機械の加工部へ供給する場合でも、管路を通過させ易いものとなる。
【0022】
加えて、仮にミストが管路壁に衝突し、いったんは表面の油膜が壊れたとしても、切削液自体は界面活性剤等を用いることなく水と油が分散しているエマルションであるため、管の先端から押し出されて液滴となる際に、図2(a)に示す(ロ)から(ハ)の過程を経て、表面に存在する油が液滴の表面に拡がり、再び油膜が形成されたミストとなる。
【0023】
更に、本発明のミスト供給装置は、「前記物理的分散手段は、超音波振動子を具備する」ものとすることができる。超音波振動子としては、磁歪振動子や電歪振動子を使用することができ、超音波振動子の振動により発生する超音波を増幅させる超音波ホーンが接続される構成とすることもできる。
【0024】
従って、本発明によれば、超音波による微細振動を用いて水に油を分散させることにより、回転子やスタティックミキサなどを用いた場合に比べ、効率良く水に油を分散させることができる。また、油の粒子が小さく、水と油とが分離しにくい分散状態の安定した切削液となるため、超音波の照射を間歇的なものとして、油の分散のためのコストを抑えることができる。また、水と油を混合した液体に高圧をかけて、強制的に細孔を通過させて分散させる場合のように、微細な孔を多数穿設した板材等を加工する必要や、液に高圧をかけるためのポンプなどを備える必要がなく、経費や消費エネルギーを抑えて、水に油を分散させることができる。
【0025】
更に、油の粒子を小さくできることにより、界面活性剤等を用いて分散させる従来のエマルション系切削液に比べ、より多くの油を水に分散させることができる。これにより、例えば、重加工の場合には切削液における油の割合を増やすなど、工作条件に応じて切削液の特性を変化させることが可能となる。
【0026】
次に、本発明にかかるミスト供給方法は、「界面活性剤または乳化剤を用いることなく水に油を物理的に分散させた切削液を、霧化することにより水に油が分散したエマルション滴の表面に油膜が形成されたミストを生成させ、該ミストを工作機械の加工部に供給する」ものである。
【0027】
従って、本発明によれば、予め水に油を物理的に分散させた切削液を、霧化するのみの極めて簡易な方法で、エマルションの液滴の表面に油膜が形成されたミストが生成され、これを工作機械の加工部に供給することにより、上記の種々の優れた作用効果を得ることができる。なお、本発明では、水に油を物理的に分散させて切削液としてから霧化しても、予め水に油が物理的に分散させられて切削液となっているものを使用して霧化しても良い。
【発明の効果】
【0028】
以上のように、本発明の効果として、環境汚染の恐れを低減できる共に、消費エネルギーを削減して、潤滑効果及び冷却効果に優れる切削液のミストを工作機械の加工部に供給することができ、且つ、構成が簡易なミスト供給装置、及びミスト供給方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明の最良の一実施形態であるミスト供給装置及びミスト供給方法について、図1乃至図5に基づいて説明する。ここで、図1は本実施形態のミスト供給装置の構成を示す説明図であり、図2は上述のように本発明におけるミストの生成過程を模式的に示す説明図であり、図3は図1のミスト供給装置によりミストを供給した場合の切削抵抗及び総消費電力を示すグラフであり、図4は本実施形態のミスト供給方法の工程を示すフローチャートであり、図5は本実施形態で生成されるミストの大きさを従来法によるミストと比較した模式図である。
【0030】
まず、本実施形態のミスト供給装置1(以下、単に「供給装置1」という)の構成について説明する。供給装置1は、図1(a)に示すように、物理的に水に油を分散させて切削液とする物理的分散手段10と、切削液を霧化手段30に導入する切削液導入手段20と、切削液を霧化し、水に油が分散したエマルション滴の表面に油膜が形成されたミストを生成させると共に工作機械の加工部にミストを供給する、供給手段40を兼ねた構成としての霧化手段30とを具備して構成されている。
【0031】
更に詳細に説明すると、物理的分散手段10は、超音波を発生させる超音波振動子18と、超音波振動子18に接続され、発生した超音波を増幅する超音波ホーン19とを具備して構成されている。この超音波ホーン19は、第二槽12に挿し込まれるように設けられ、この第二槽12は、小型の第一槽11の内側に設けられて、内部空間が第一槽11と連通孔13で連通している。また、第一槽11には、第一定量ポンプ16を介して水移送管61が接続され、第二槽12には、第二定量ポンプ17を介して油移送管62が接続されている。なお、超音波ホーン19の先端は、連通孔13付近に位置させられている。
【0032】
霧化手段30は、ノズル32と、圧縮空気移送管64によってノズル32と接続され、ノズル32に圧縮空気を送入する圧縮空気送入部31とを具備して構成されている。また、ノズル32は、切削液移送管63によって第一槽11と接続されている。
【0033】
第一槽11及び第二槽12は閉鎖系となっており、第一定量ポンプ16及び第二定量ポンプ17を介して導入される水及び油の量に相当する切削液が、第一槽11から押し出され、切削液移送管63を介してノズル32に送られる。すなわち、本実施形態では、第一定量ポンプ16及び第二定量ポンプ17が、本発明の切削液導入手段20に相当する。
【0034】
次に、供給装置1を用いたミスト供給方法(以下、単に「供給方法」という)について、図1(a)及び図4を用いて説明する。まず、第一定量ポンプ16で水を第一槽11に導入し、第二定量ポンプ17で油を第二槽12に導入する。このとき、水と油の流量が一定の比率となるように、両定量ポンプ16,17により送られる液量が調整される。本実施形態では、水に対する油の割合を5〜10vol%に制御している。なお、本実施形態では、第二槽12に導入される油として、生分解性のある植物性油またはエステル系合成油脂を使用している。
【0035】
第一槽11及び第二槽12にそれぞれ導入された水と油は、連通孔13付近で接し、超音波振動子18によって発生させられ、連通孔13の近傍に先端を向けた超音波ホーン19によって増幅された超音波の照射を受け、超音波の微細動によりそれぞれの粒子が振動させられて、水に油が分散したエマルションとなる(工程S1)。本実施形態では、超音波振動子を20〜150kHzの周波数の組合せで振動させ、直径1〜2μmの油滴が水に分散したエマルションとしている。
【0036】
エマルション液(切削液)は、第一定量ポンプ16及び第二定量ポンプ17が第一槽11及び第二槽12へ、それぞれ水及び油を導入するのに伴い、第一槽11から押し出されて、切削液移送管63を介してノズル32に導入される(工程S2)。ノズル32に導入された切削液は、圧縮空気送入部31から圧縮空気移送管64を介して送入される圧縮空気により、ノズル32のノズル孔33から押し出されて霧化され、ミストMとなる(工程S3)。これと同時に、ミストMがノズル孔33から噴霧され、工作機械の工具T近傍の加工部に供給される(工程S4)。
【0037】
ここで、仮に、界面活性剤を用いて油を水に分散させた従来の切削液を、上記と同様の霧化手段30で霧化したとすると、図2(b)を用いて上述したように、形成されるミストは、表面に油膜が形成されないエマルション滴となる。このようなミストが工作機械の加工部に供給される場合、工具に最初に接触するのは水であり、冷却性は有するものの、油の有する潤滑性を工具に対して充分に作用させることはできない。これに対し、本実施形態にかかるミストMでは、図2(a)を用いて上述したように、水に油が分散したエマルションの液滴の表面に油膜が形成されている。これにより、工作機械の加工部にミストMが供給されると、工具にまずミストMの表面の油が接して潤滑効果が得られ、その後、エマルション液滴の中の水の気化熱によって工具及び工作物が冷却される効果が得られる。
【0038】
なお、本実施形態では、直径10〜20μm程度のミストMが噴霧されるノズル32を使用している。ここで、本実施形態で生成されるミストMと、一般的なオイルミスト及び油膜付き水滴(特許文献1)とを、実際の直径にほぼ即した比率で図示すると、図5のように表すことができる。ここで、(a)は油膜付き水滴であり、(b)はオイルミストであり、(c)は本実施形態のミストMである。
【0039】
また、本実施形態で生成されるミストMは、直径10〜20μm程度と、空気中に拡散しない程度に小さく形成されているため、管路を通過させ易く、切削液を霧化した後に管路を経由して加工部にミストMが供給される構成とすることもできる。この際、屈曲・湾曲した管路の路壁に、仮にミストMが衝突し、いったんは表面の油膜が壊れたとしても、管の先端から押し出される際には、上述のように、図2(a)における(ロ)から(ハ)の過程を経て、再び油膜が形成されたミストMとなる。
【0040】
次に、本実施形態の供給方法でミストMを加工部に供給した場合の、工具の切削抵抗を、従来の供給方法による場合と比較して図3(a)に示す。このグラフでは、界面活性剤を用いて油を水に分散させた切削液を、加工部に流し掛けるという従来の供給方法(A)、及び、近年行われているオイルミストを噴霧する供給方法(B)による場合を、本実施形態の供給方法(C)と対比している。このときの工作条件は、以下のようである。
<工作条件>
主軸回転数 5400rpm
切削工具 12mmφ,二枚刃超硬エンドミル
半径方向切込み 6mm
深さ方向切込み 9mm
一刃当たりの送り 0.1mm
ミスト(C)の組成 水:油=95:5(vol)
ミスト供給量(B)(C):50ml/min
【0041】
グラフから明らかなように、オイルミストの場合は、界面活性剤を用いたエマルション系の切削液を流し掛ける従来法(A)より、工具の切削抵抗が増大した。これに対し、本実施形態では、工具の切削抵抗が従来法(A)より小さく、供給される切削液の量がオイルミストの場合(B)と同様にごく微量でありながら、潤滑性及び冷却性に優れると考えられた。なお、切削抵抗は、界面活性剤を用いたエマルションの切削液を流し掛ける場合(A)に対して約16%、オイルミストを供給する場合(B)に比べて約35%低下した。
【0042】
更に、工作機械を所定時間稼働させた場合の総消費電力を、界面活性剤を用いたエマルションの切削液を流し掛ける従来法(A)と本実施形態の供給方法(C)について比較したグラフを図3(b)に示す。ここで、総消費電力は、工作機械及びポンプを稼働させるための電力の和であり、工作条件は、以下のようである。
<工作条件>
主軸回転数 20000rpm
切削工具 20mmφ,二枚刃超硬エンドミル
半径方向切込み 15mm
深さ方向切込み 2mm
一刃当たりの送り 0.15mm
ミスト(C)の組成 水:油=95:5(vol)
ミスト供給量(C) 12.5ml/min
【0043】
本実施形態の供給方法(C)によれば、従来法(A)のように切削液を大量に噴射させ循環させるための、パワーの大きなポンプが必要なく、分散のためのエネルギー効率の高い超音波振動子や、少量の水や油を送るための小型のポンプ等で供給装置1が構成されるため、グラフから明らかなように、消費エネルギーを従来法の3/4〜4/5に削減することができる。
【0044】
なお、上記では、霧化手段30が供給手段40を兼ねる構成とした供給装置1を例示したが、例えば、図1(b)に示すように、それぞれが別の構成である供給装置5とすることができる。この供給装置5は、物理的に水に油を分散させて切削液とする物理的分散手段50と、切削液を霧化し、水に油が分散したエマルション滴の表面に油膜が形成されたミストを生成させる霧化手段30と、霧化手段30に切削液を供給する切削液導入手段20と、ミストを噴霧する供給手段40とを具備して構成されている。
【0045】
更に詳細に説明すると、物理的分散手段50は、超音波を発生させる超音波振動子58と、超音波振動子58に接続され、発生した超音波を増幅する超音波ホーン59とを具備して構成されている。この超音波ホーン59の先端は分散槽53において、液面より僅かに下方に位置するように液中に浸漬されている。分散槽53は大容量であり、その両側には、水を収容した水槽51と、油を収容した油槽52がそれぞれ設けられている。ここで、分散槽53と水槽51とは、第一定量ポンプ56を介して水移送管61で接続され、分散槽53と油槽52とは、第二定量ポンプ57を介して油移送管62で接続されている。
【0046】
また、霧化手段30は超音波霧化器36で構成され、切削液導入手段20は分散槽53から切削液を汲み上げ、切削液移送管63を介して超音波霧化器36に切削液を送るポンプ21により構成されている。更に、供給手段40は、低圧空気移送管66を介して、低圧の空気を超音波霧化器36に送る低圧空気送入部41を有して構成されている。
【0047】
次に、供給装置5を用いた供給方法について、図1(b)及び図4を用いて説明する。まず、第一定量ポンプ56で水を水槽51から分散槽53へ導入し、第二定量ポンプ57で油を油槽52から分散槽53へ導入する。このとき、水と油の流量が一定の比率となるように、両定量ポンプ56,57が汲み上げる液量が調整される。また、分散槽53にはレベルスイッチ54が取付けられ、液量が一定に保たれるように、第一定量ポンプ56及び第二定量ポンプ57が制御される。なお、水に対する油の割合を5〜10vol%に制御し、油として生分解性のある植物性油またはエステル系合成油脂を使用している点は、上記と同様である。
【0048】
分散槽53に導入された水と油は、超音波振動子58により発生させられ、超音波ホーン59で増幅された超音波の照射を受け、超音波の微細動によりそれぞれの粒子が振動させられて、水に油が分散したエマルションとなる(工程S1)。ここで、超音波ホーン59の先端は、分散槽53の液面より僅かに下方に位置するように浸漬されているため、液面に向かって浮上する油は超音波振動子の振動を受け易く、小さな粒子となって水中に分散する。なお、上記の供給装置1と同様に、超音波振動子を20〜150kHzの周波数で振動させ、直径1〜2μmの油滴が水に分散したエマルションとしている。また、このエマルションの分散状態は、安定であるため、超音波振動子58による超音波照射を間歇的なものとすることができる。
【0049】
エマルション液(切削液)は、ポンプ21によって分散槽53から汲み上げられ、切削液移送管63を介して超音波霧化器36に導入される(工程S2)。超音波霧化器36に導入された切削液は、ここで超音波の照射を受けて霧化され、ミストMとなる(工程3)。なお、本実施形態の超音波霧化器36では、75〜150kHzの周波数の超音波によって切削液が霧化され、直径10〜20μm程度のミストMが生成される。このミストMは、低圧空気移送管66を介して低圧空気送入部41から送られる低圧の空気に搬送されて、工作機械の加工部に供給される(工程S4)。
【0050】
上記のように、本実施形態の供給装置及び供給方法によれば、界面活性剤や乳化剤を用いずに物理的に水に油を分散させているため、霧化されて小さな液滴となる際に、エマルションの表面に存在し水より表面張力の小さい油が液滴の表面に拡がり、表面に油膜が形成されたミストを生成させることができる。そして、ミストの表面の油によって工作機械の加工部における加工を潤滑なものとし、ミスト内部の水によって、加工に伴う発熱のために高温となる工具及び工作物を冷却することができる。
【0051】
加えてミストの内部のエマルション滴は、界面活性剤等を用いずに水に油が分散している状態であるため、仮にミストが管路壁に衝突するなどして、いったんミスト表面の油膜が壊れたとしても、管の先端から放出される際に、液滴の表面に存在する油が液滴の表面に拡がり、再び油膜が形成される。
【0052】
また、切削液を霧化するのみで、表面に油膜が形成されたミストを生成できるため、特殊な装置を要することなく、ノズル32や超音波霧化器36等の汎用的な構成を採用して、供給装置1,5を構成することができる。特に、供給装置1は、霧化手段30が供給手段40を兼ね、水に油を分散させる段階で使用される第一定量ポンプ16及び第二定量ポンプ17が切削液導入手段20として作用するという、極めて簡易な構成となっている。
【0053】
また、工作機械の加工部に切削液を流し掛けるのではなくミストとして供給することから、作業環境内に切削液が飛散する問題を解消できる。加えて、切削液を噴射し循環させるための大パワーのポンプも不要であることから、エネルギー消費を大幅に削減することができる。更に、微量の水と油で形成されたミストを供給するため、加工部に水や油が過剰に供給されることがない。特に、本実施形態のミストは、従来のオイルミストと同程度の量を供給したとしても、従来のオイルミストのように液滴全部が油ではなく、液滴に占める油の割合は小さいため、油の使用量を抑えることができ、例えば、一機の工作機械に対し毎時5〜10ml程度とすることができる。これにより、切削油を無駄に消費することが防止される。また、従来のように切削液が工作機械の下方に流下することがないため、切削液を回収するためのサンプタンクが不要となると共に、作業環境を清潔に保つことができる。
【0054】
加えて、切削液を従来のように循環して使用しないため、切削液の腐敗による悪臭の問題や、廃液処理の問題を回避することができる。また、切粉に付着する切削液量も微量であり、仮に切粉から切削液が滲出しても、有害性の高い界面活性剤や乳化剤を使用しておらず、油についても生分解性を有するものを使用しているため、環境汚染の恐れの小さいものとなる。
【0055】
更に、ミストは小さ過ぎず大き過ぎない直径10〜20μm程度に形成されているため、空気中に拡散しにくいと共に、管路を通過させ易いものとなる。これにより、生成されたミストを無駄なく工作機械の加工部に供給できると共に、空気中への拡散に起因する、作業者の健康に及ぼす悪影響、機器類に与える不具合等の恐れを減じることができる。
【0056】
また、生成されるミストの直径が10〜20μm程度であることから、ある程度直進性が高く加工部に到達させられると共に、工作物や押さえ金具の陰になった加工部にも、ミストが到達し易いものとなる。
【0057】
更に、超音波を用いて水に油を分散させていることにより、効率良く油を水に分散させることができると共に、油の粒子が小さく、水と油とが分離しにくい分散状態の安定な切削液となる。これにより、超音波の照射を間歇的なものとし、油の分散のためのコストを抑えることができる。また、超音波の照射条件により、エマルション中の油滴の大きさや量を変化させることができ、ミストの特性を機械加工に応じたものとすることができる。
【0058】
なお、上記の実施形態の供給装置1では、超音波によって水に油が分散させられつつ、小型の第一槽11から切削液が押し出されていくため、エマルション中の油滴の大きさはやや不揃いとなる。これにより、分散性をある程度良好なものに維持しつつ、大きな径の油滴によって、ミストの表面に厚い油膜が形成されることとなる。一方、供給装置5では、大容量の分散槽53において、油が水に充分に分散させられるため、径が均一で小さい油滴が分散した、長期的に分散状態が安定な切削液が得られる。
【0059】
以上、本発明について好適な実施形態を挙げて説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、以下に示すように、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々の改良及び設計の変更が可能である。
【0060】
例えば、本実施形態では、切削液導入手段としてポンプを採用した場合を例示したが、これに限定されず、霧化手段や供給手段における高圧気体の送入または送出に伴う負圧を利用して、切削液を吸引する構成とすることができる。
【0061】
また、本実施形態では、物理的分散手段として、超音波を作用させる構成を例示したが、これに限定されず、水と油の混合液に高圧をかけ、板材に穿設した直径1〜2μmの孔を強制的に通過させることによって、水に油を分散させる構成とすることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本実施形態のミスト供給装置の構成を示す説明図である。
【図2】本発明におけるミストの生成過程を模式的に示す説明図である。
【図3】図1のミスト供給装置によりミストを供給した場合の切削抵抗及び総消費電力を示すグラフである。
【図4】本実施形態のミスト供給方法の工程を示すフローチャートである。
【図5】本実施形態で生成されるミストの大きさを従来法によるミストと比較した模式図である。
【符号の説明】
【0063】
1,5 供給装置(ミスト供給装置)
10,50 物理的分散手段
18,58 超音波振動子(物理的分散手段)
19,59 超音波ホーン(物理的分散手段)
16 第一定量ポンプ(切削液導入手段)
17 第二定量ポンプ(切削液導入手段)
20 切削液導入手段
21 ポンプ(切削液導入手段)
30 霧化手段
31 圧縮空気送入部(霧化手段、供給手段)
32 ノズル(霧化手段、供給手段)
36 超音波霧化器(霧化手段)
40 供給手段
41 低圧空気送入部(供給手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
界面活性剤または乳化剤を用いることなく、物理的に水に油を分散させて切削液とする物理的分散手段と、
前記切削液を霧化し、水に油が分散したエマルション滴の表面に油膜が形成されたミストを生成させる霧化手段と、
該霧化手段に前記切削液を導入する切削液導入手段と、
前記ミストを工作機械の加工部に供給する供給手段と
を具備することを特徴とするミスト供給装置。
【請求項2】
前記物理的分散手段は、超音波振動子を具備することを特徴とする請求項1に記載のミスト供給装置。
【請求項3】
界面活性剤または乳化剤を用いることなく水に油を物理的に分散させた切削液を、霧化することにより水に油が分散したエマルション滴の表面に油膜が形成されたミストを生成させ、
該ミストを工作機械の加工部に供給する
ことを特徴とするミスト供給方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−229894(P2007−229894A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−57171(P2006−57171)
【出願日】平成18年3月3日(2006.3.3)
【出願人】(592213132)榎本ビーエー株式会社 (8)
【Fターム(参考)】