説明

メチルリチウム溶液およびその製造方法

【課題】 保存安定性に優れ、かつ取り扱いの容易なメチルリチウム溶液を提供する。
【解決手段】 メチルリチウムが、一般式(1)
−O−R (1)
(式中、Rは炭素原子3〜10個である2級ないし3級のアルキル基、あるいはシクロアルキル基であり、RはRと同一ではない炭素原子1〜10個のアルキル基である)で表される非対称エーテル溶媒で希釈されていることを特徴とするメチルリチウム溶液。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は保存安定性に優れるメチルリチウム溶液およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メチルリチウムは有機合成反応におけるメチル化剤として広く用いられている。
【0003】
メチルリチウムは炭化水素溶媒には難溶であり、エーテル系溶媒で希釈された溶液として市販されている。しかしながらジエチルエーテルやTHFといった通常のエーテル系溶媒で希釈したメチルリチウムは、保存安定性が良くないものであった(非特許文献1)。
【0004】
メチルリチウムは一般にリチウムとハロゲン化メチルとの反応によって調製されるが、臭化メチルあるいはヨウ化メチルから調製したメチルリチウムは、溶媒中にて臭化リチウムあるいはヨウ化リチウムと配位し存在する。このように臭化リチウムを含むメチルリチウムは保存安定性に優れ、エーテル溶液として市販されている。
【0005】
しかしながら、溶媒のエーテルは揮発性が高く、引火点および沸点が低いことから、工業的なスケールでの取り扱いは困難であった。
【0006】
一方で、メチルリチウムを用いる反応の種類によっては、臭化リチウムのような無機塩が多量存在すると、反応性および選択性に影響を及ぼすことがあり、無機塩の少ないメチルリチウム溶液が望まれていた。
【0007】
エーテル溶媒中、塩化メチルとリチウムとを反応させることで、ハロゲン含量の少ないメチルリチウムを得られることが知られている(非特許文献2)。しかしながら、このようにして得られたメチルリチウム溶液は、上記と同様に、溶媒としてエーテルを用いていることに加えて、自然発火性液体であることから、取り扱いはさらに困難なものであった。
【0008】
エーテル以外の溶媒として、芳香族炭化水素溶媒およびTHFのようなルイス塩基を溶媒として用い、塩化メチルとリチウムとを反応させて調製したメチルリチウムが保存安定性に優れるメチルリチウム溶液として提案されている(特許文献1、2)。実際、溶媒にクメンおよびTHFを用いたメチルリチウムが市販されている。ただし、クメンのような高沸点の芳香族炭化水素を溶媒として用いた場合、その分離、除去が困難となる場合があった。
【特許文献1】特開平5-32673号公報
【特許文献2】米国特許第6,861,011号明細書
【非特許文献1】Organometallics in Synthesis A Manual,Second Edition, WILEY, 2002,p.290
【非特許文献2】Organic Synthesis, CV7, 346
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、保存安定性に優れ、かつ取り扱いの容易なメチルリチウム溶液を提供することにある。さらにはハロゲン量の少ないメチルリチウム溶液を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題はメチルリチウムの希釈溶媒として非対称エーテルを使用することで達成された。
【0011】
本発明の要旨は、以下のとおりである。
1. メチルリチウムが、一般式(1)
−O−R (1)
(式中、Rは炭素原子3〜10個である2級ないし3級のアルキル基、あるいはシクロアルキル基であり、RはRと同一ではない炭素原子1〜10個のアルキル基である)で表される非対称エーテル溶媒で希釈されていることを特徴とするメチルリチウム溶液。
【0012】
2. メチルリチウムに対して20モル%以下のマグネシウムを含有することを特徴とする1項に記載のメチルリチウム溶液。
【0013】
3. 非対称エーテル溶媒がシクロペンチルメチルエーテルであることを特徴とする1項又は2項に記載のメチルリチウム溶液。
【0014】
4. ハロゲン含量がメチルリチウムに対して10モル%以下であることを特徴とする1〜3項のいずれか1項に記載のメチルリチウム溶液。
【0015】
5. 一般式(1)
−O−R (1)
(式中、Rは炭素原子3〜10個である2級ないし3級のアルキル基、あるいはシクロアルキル基であり、RはRと同一ではない炭素原子1〜10個のアルキル基である)で表される非対称エーテル溶媒中にリチウムを分散させ、これにハロゲン化メチルを加え反応させた後、濾過により不溶物をとり除くことを特徴とするメチルリチウム溶液の製造方法。
【0016】
6. 一般式(1)
−O−R (1)
(式中、Rは炭素原子3〜10個である2級ないし3級のアルキル基、あるいはシクロアルキル基であり、RはRと同一ではない炭素原子1〜10個のアルキル基である)で表される非対称エーテル溶媒中にリチウムおよびマグネシウムを分散させ、これにハロゲン化メチルを加え反応させた後、濾過により不溶物をとり除くことを特徴とするメチルリチウム溶液の製造方法。
7.ハロゲン化メチルが塩化メチルであることを特徴とする5項又は6項に記載のメチルリチウム溶液の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明のメチルリチウム溶液は、保存安定性に優れ、かつ取り扱いが容易である。
【0018】
またのメチルリチウム溶液は、ハロゲン量の少ないメチルリチウム溶液である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明においてメチルリチウムの希釈溶媒には、前記一般式(1)R−O−Rで表される非対称エーテルが用いられる。Rは炭素原子3〜10個である2級ないし3級のアルキル基、あるいはシクロアルキル基であり、具体的にはイソプロピル、s−ブチル、t−ブチル、t−アミル基、シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル基などが例示される。RはRと同一ではなく、炭素原子1〜10個のアルキル基であり、具体的にはメチル、エチル、n−プロピル基などが例示される。本発明における、非対称エーテルのとしては、具体的にはt−ブチルメチルエーテル、t−ブチルエチルエーテル、t−アミルメチルエーテル、s−ブチルメチルエーテル、シクロペンチルメチルエーテルなどが例示される。
【0020】
本発明におけるメチルリチウム溶液は、そのままでも常温において安定であるが、その溶液中にマグネシウムが含まれることによって、さらに保存安定性が向上することが明らかとなった。マグネシウムは、メチルリチウム溶液中ではジメチルマグネシウムとして溶解しているものと思われる。本発明のメチルリチウム溶液に含まれるマグネシウム量は、マグネシウム対メチルリチウムのモル比が0.2:1以下であることが好ましい。この量を超えてマグネシウムが多く存在する場合は、メチルリチウム溶液を使用してなる反応の反応性及び選択性が大きく変わることがある。
【0021】
本発明におけるメチルリチウムの製造方法としては、溶媒中にリチウムを分散させ、これにハロゲン化メチルを加え反応させた後、濾過により不溶物をとり除くことによって達成される。また、マグネシウムを含有するメチルリチウム溶液は、リチウムと共にマグネシウムを分散させた懸濁液に、ハロゲン化メチルを反応させ、濾過により不溶物をとり除くことによって製造することができる。
【0022】
メチルリチウム溶液の製造において用いられるリチウムの形状には塊状、粒状、ワイヤー、ディスパージョン等が挙げられ、いずれを用いても問題はないが、反応性の観点からはできるだけ比表面積の大きなリチウムを用いることが好ましい。また、ハロゲン化メチルとの反応性を高めるために、少量のナトリウムを含むリチウムを用いたり、ナフタレンや4、4’−ジ−t−ブチルビフェニルなどのアレーン化合物を当量もしくは触媒量加えたリチウムアレーニドを用いることもできる。
【0023】
ハロゲン化メチルとしては塩化メチル、臭化メチルおよびヨウ化メチルが用いられる。
特に、ハロゲン化メチルに塩化メチルを用いた場合には、リチウムとの反応により生成する塩化リチウムが、メチルリチウムとの配位化合物を生成し難いため、ハロゲン含量の少ないメチルリチウム溶液を得ることができる。塩化メチルを用いて合成されたメチルリチウム溶液中のハロゲン含量は、メチルリチウムに対して10モル%以下となり、メチルリチウムを用いた反応を行うに際して、無機塩の存在が、反応性あるいは選択性に悪影響を及ぼすような反応系において好適に用いることができる。
【0024】
メチルリチウム溶液の製造において用いられるハロゲン化メチルのリチウムに対する量は0.5当量以下であることが好ましい。これを超えてハロゲン化メチルを使用した場合、メチルリチウム溶液中に未反応のハロゲン化メチルが残存することがあり、メチルリチウム溶液の保存安定性が悪化する場合がある。
【0025】
マグネシウムを含有するメチルリチウム溶液を調整する場合に使用する場合のマグネシウム量は、使用するハロゲン化メチルに対して、0.2当量以下であることが好ましい。これを超えてマグネシウムを用いた場合、得られるメチルリチウム溶液中のマグネシウム対メチルリチウムのモル比が0.2:1以上となり、メチルリチウム溶液を使用してなる反応の反応性及び選択性が大きく変わることがある。
【0026】
リチウムとハロゲン化メチルとの反応温度は−20〜60℃の範囲にて行うことが好ましい。この範囲を超えて反応を行った場合、生成したメチルリチウムの分解が起こることがある。またこの範囲未満の温度では、メチルリチウム製造時の反応速度が低下する。
以下、本発明の実施例を示す。
【実施例1】
【0027】
攪拌機、温度計を備えたフラスコに、アルゴン雰囲気下、3%のナトリウムを含んでなるリチウム分散3.51g(0.51グラム原子)とシクロペンチルメチルエーテル130mLを加えた。これに、氷冷攪拌下、塩化メチル11.1g(0.22モル)を1時間かけて添加した。添加後、室温にて1時間攪拌し、不溶分をガラスフィルターにてとり除き、無色透明の4.27wt%メチルリチウムのシクロペンチルメチルエーテル溶液、105gを得た(収率92%)。溶液中の塩素含量は0.39wt%であり、メチルリチウムに対して5.4モル%に相当する。
【0028】
得られたメチルリチウムを23℃にて窒素雰囲気下で保存したところ、1ヶ月後のメチルリチウムの濃度は4.13wt%、2ヶ月後の濃度は4.10wt%であり、分解速度は約0.07%−メチルリチウム/日であった。
【実施例2】
【0029】
攪拌機、温度計を備えたフラスコに、アルゴン雰囲気下、3%のナトリウムを含んでなるリチウム分散2.95g(0.43グラム原子)、マグネシウム片0.53g(0.02グラム原子)およびシクロペンチルメチルエーテル85mLを加えた。これに、氷冷攪拌下、塩化メチル10.6g(0.21モル)を1時間かけて添加した。添加後、室温にて1時間攪拌し、不溶分をガラスフィルターにてとり除き、無色透明の4.86wt%メチルリチウムのシクロペンチルメチルエーテル溶液、85gを得た(収率89%)。溶液中の塩素含量は0.20wt%であり、メチルリチウムに対して3.0モル%に相当する。
マグネシウムは0.57wt%であり、メチルリチウムに対して12.6モル%に相当する。
【0030】
得られたメチルリチウムを23℃にて窒素雰囲気下で保存したところ、2ヶ月後の濃度は4.74wt%であり、分解速度は約0.04%−メチルリチウム/日であった。
【実施例3】
【0031】
攪拌機、温度計を備えたフラスコに、アルゴン雰囲気下、3%のナトリウムを含んでなるリチウム分散2.70g(0.39グラム原子)、マグネシウム片0.47g(0.02グラム原子)およびシクロペンチルメチルエーテル140mLを加えた。これに、氷冷攪拌下、塩化メチル8.8g(0.17モル)を1時間かけて添加した。添加後、室温にて1時間攪拌し、不溶分をガラスフィルターにてとり除き、無色透明の2.87wt%メチルリチウムのシクロペンチルメチルエーテル溶液、116gを得た(収率93%)。溶液中の塩素含量は0.17wt%であり、メチルリチウムに対して4.0モル%に相当する。
マグネシウムは0.27wt%であり、メチルリチウムに対して9.2モル%に相当する。
【0032】
得られたメチルリチウムを23℃にて窒素雰囲気下で保存したところ、2ヶ月後も濃度の低下はみられなかった。
【比較例1】
【0033】
シクロペンチルメチルエーテルに変えてジブチルエーテルを溶媒に用いた以外は実施例1と同じ方法にてリチウムと塩化メチルとの反応を行った。
【0034】
濾過後得られた無色透明溶液中にはメチルリチウムは検出されなかった(収率0%)。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明のメチルリチウム溶液は、保存安定性に優れ、かつ取り扱いの容易であるので、
有機合成反応におけるメチル化剤として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
メチルリチウムが、一般式(1)
−O−R (1)
(式中、Rは炭素原子3〜10個である2級ないし3級のアルキル基、あるいはシクロアルキル基であり、RはRと同一ではない炭素原子1〜10個のアルキル基である)
で表される非対称エーテル溶媒で希釈されていることを特徴とするメチルリチウム溶液。
【請求項2】
メチルリチウムに対して20モル%以下のマグネシウムを含有することを特徴とする請求項1に記載のメチルリチウム溶液。
【請求項3】
非対称エーテル溶媒がシクロペンチルメチルエーテルであることを特徴とする請求項1又は2に記載のメチルリチウム溶液。
【請求項4】
ハロゲン含量がメチルリチウムに対して10モル%以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のメチルリチウム溶液。
【請求項5】
一般式(1)
−O−R (1)
(式中、Rは炭素原子3〜10個である2級ないし3級のアルキル基、あるいはシクロアルキル基であり、RはRと同一ではない炭素原子1〜10個のアルキル基である)
で表される非対称エーテル溶媒中にリチウムを分散させ、これにハロゲン化メチルを加え反応させた後、濾過により不溶物をとり除くことを特徴とするメチルリチウム溶液の製造方法。
【請求項6】
一般式(1)
−O−R (1)
(式中、Rは炭素原子3〜10個である2級ないし3級のアルキル基、あるいはシクロアルキル基であり、RはRと同一ではない炭素原子1〜10個のアルキル基である)
で表される非対称エーテル溶媒中にリチウムおよびマグネシウムを分散させ、これにハロゲン化メチルを加え反応させた後、濾過により不溶物をとり除くことを特徴とするメチルリチウム溶液の製造方法。
【請求項7】
ハロゲン化メチルが塩化メチルであることを特徴とする請求項5又は6に記載のメチルリチウム溶液の製造方法。

【公開番号】特開2007−22921(P2007−22921A)
【公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−202592(P2005−202592)
【出願日】平成17年7月12日(2005.7.12)
【出願人】(301005614)東ソー・ファインケム株式会社 (38)
【Fターム(参考)】