説明

メチル=ヘキサデカ−8−イノアートの製造方法

【課題】安価な出発物質を使用することにより工業的製造を可能にし、既知の合成法より短工程でメチル=ヘキサデカ−8−イノアートを製造することが可能となり、イチモンジカメムシのフェロモンを工業的に供給することができるようにする。
【解決手段】1,5−ジブロモペンタンを1−ノニルリチウムと反応させて1−ブロモテトラデカ−6−インを得る第1工程、1−ブロモテトラデカ−6−インを塩基存在下、マロン酸ジメチルと反応させて2−(テトラデカ−6−イニル)マロン酸ジメチルを得る第2工程及び、2−(テトラデカ−6−イニル)マロン酸ジメチルを塩化リチウム存在下、加熱処理してメチル=ヘキサデカ−8−イノアートを得る第3工程の全3工程で製造することを特徴とするメチル=ヘキサデカ−8−イノアートの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イチモンジカメムシのフェロモンの1成分である(Z)−メチル=ヘキサデカ−8−エノアート[CH3(CH26C=C(CH26CO2CH3]の合成中間体であるメチル=ヘキサデカ−8−イノアートの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イチモンジカメムシ(Piezodorus hybneri)の成虫は、日本をはじめとする東アジア、オーストラリア及びアフリカでダイズやアズキを食害する重要害虫として知られている。近年、イチモンジカメムシの防除法として環境に優しいフェロモンを利用した防除法が望まれるようになってきている。
【0003】
イチモンジカメムシのフェロモンは、特開平11−49607号公報に記載のように、(Z)−メチル=ヘキサデカ−8−エノアート、β−セスキフェランドレン、(R)−15−ヘキサデカノリドの3成分で構成されていることが知られている。
【0004】
また、(Z)−メチル=ヘキサデカ−8−エノアートの合成法としては、1998年発行のJournal of Chemical Ecology, 第24巻, 第11号, 1817−1829頁に記載のように、出発原料に1−ブロモ−5−クロロペンタンを用いて5工程で合成する方法が知られている。この合成法では、(Z)−メチル=ヘキサデカ−8−エノアートの重要中間体であるメチル=ヘキサデカ−8−イノアートを4工程で合成している。
【特許文献1】特開平11−49607号公報
【非特許文献1】Journal of Chemical Ecology, 第24巻, 第11号, 1817−1829頁, 1998年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記合成法は、出発原料に高価な1−ブロモ−5−クロロペンタンを使用しており、工業的な製造には適さないという問題点があった。
【0006】
また、イチモンジカメムシのフェロモンである(Z)−メチル=ヘキサデカ−8−エノアートは、5工程で合成され、合成中間体であるメチル=ヘキサデカ−8−イノアートまでは4工程で合成されており、工程数が長いという問題点があった。
【0007】
以上の理由から上記合成法は工業的な製造法としては不十分あった。
【0008】
したがって、本発明の目的は、メチル=ヘキサデカ−8−イノアートを安価に短工程で製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、1,5−ジブロモペンタン[BrCH2(CH23CH2Br]を1−ノニン[CH3(CH26C≡CH]とn−ブチルリチウムから調製される1−ノニルリチウムと反応させて1−ブロモテトラデカ−6−イン[CH3(CH26C≡C(CH24CH2Br]を得る第1工程、該第1工程で得られた1−ブロモテトラデカ−6−インを塩基存在下、マロン酸ジメチルと反応させて2−(テトラデカ−6−イニル)マロン酸ジメチル[CH3(CH26C≡C(CH25CH(CO2CH32]を得る第2工程及び、該第2工程で得られた2−(テトラデカ−6−イニル)マロン酸ジメチルを塩化リチウム存在下、加熱処理してメチル=ヘキサデカ−8−イノアート[CH3(CH26C≡C(CH26CO2CH3]を得る第3工程の全3工程でメチル=ヘキサデカ−8−イノアートを製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
以下、本発明にかかるメチル=ヘキサデカ−8−イノアートの製造方法について詳細に説明する。
【0011】
第1工程は、1,5−ジブロモペンタンを1−ノニンとn−ブチルリチウムから調製される1−ノニルリチウムと反応させて1−ブロモテトラデカ−6−インを合成する。出発原料として使用した1,5−ジブロモペンタンは安価に入手可能である。
【0012】
この反応で使用する溶媒は、反応を妨害するもの以外の溶媒であればいずれの溶媒でも使用することができる。具体的には、テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル、ヘキサン、トルエン等を使用することができる。
【0013】
また、反応を促進させる添加剤として、ヘキサメチルリン酸トリアミド、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン等を使用できる。溶媒に対する添加剤の使用比率は、容量比で0.1〜1.0程度で反応の促進効果が得られる。
【0014】
1,5−ジブロモペンタンに対して1−ノニルリチウムの使用量は、等量あるいは若干過少であることが望ましく、モル比で0.6〜1.0程度使用する。1−ノニルリチウムを過剰に使用すると1,5−ジブロモペンタンに1−ノニルリチウムが2度反応した化合物が生成しやすくなるため好ましくない。
【0015】
1−ノニルリチウムの調製は、1−ノニンに対してn−ブチルリチウムをモル比で0.8〜1.2程度使用し、−10℃〜10℃の範囲で、15分〜1時間程度攪拌する。
【0016】
反応終了後、飽和塩化アンモニウム水溶液を加え、エーテル、ヘキサン、酢酸エチル等の揮発性有機溶媒で抽出した後に、有機層を水、飽和塩化ナトリウム水溶液等を使って洗浄後、減圧濃縮し、蒸留あるいはカラムクロマトグラフィー等の精製により、1−ブロモテトラデカ−6−インを得ることができる。
【0017】
第2工程は、1−ブロモテトラデカ−6−インを塩基存在下、マロン酸ジメチルと反応させて2−(テトラデカ−6−イニル)マロン酸ジメチルを合成する。
【0018】
塩基としては、炭酸カリウム、t−ブトキシカリウム、水素化ナトリウム、ナトリウムメトキシド、ナトリウムエトキシド、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、リチウムジイソプロピルアミド等が使用できるが、反応性と取扱いの容易さから炭酸カリウム、t−ブトキシカリウム、水素化ナトリウムのいずれか一つを使用することが望ましい。
【0019】
使用する溶媒は、反応を妨害するもの以外の溶媒であればいずれの溶媒でも使用することができる。具体的には、テトラヒドロフラン、トルエン、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等を使用できる。
【0020】
また、反応を促進させる添加剤として、ヘキサメチルリン酸トリアミド、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン等を使用できる。溶媒に対する添加剤の使用比率は、容量比で0.1〜1.0程度で反応の促進効果が得られる。
【0021】
マロン酸ジメチルに対する塩基の使用比率は、モル比で0.8〜1.2程度が望ましい。
【0022】
また、1−ブロモテトラデカ−6−インに対するマロン酸ジメチルの使用量は、若干過剰であることが好ましく、モル比で1.1〜1.3程度使用する。反応温度は0℃〜80℃の範囲が望ましい。
【0023】
反応終了後、飽和塩化アンモニウム水溶液を加え、エーテル、ヘキサン、酢酸エチル等の揮発性有機溶媒で抽出した後に、有機層を水、飽和塩化ナトリウム水溶液等を使って洗浄後、減圧濃縮し、蒸留あるいはカラムクロマトグラフィー等の精製により、2−(テトラデカ−6−イニル)マロン酸ジメチルを得ることができる。
【0024】
第3工程は、2−(テトラデカ−6−イニル)マロン酸ジメチルを塩化リチウム存在下、加熱処理してメチル=ヘキサデカ−8−イノアートを合成する。
【0025】
溶媒としては、高沸点の極性溶媒であればいずれの溶媒でも使用することができるが、ジメチルスルホキシドと水の混合溶媒が望ましい。ジメチルスルホキシドに対する水の容量比は0.05〜0.2程度であることが望ましい。
【0026】
2−(テトラデカ−6−イニル)マロン酸ジメチルに対する塩化リチウムの使用量は、等量以上であれば過剰であっても問題ないが、モル比で1.0〜1.5程度であることが望ましい。反応温度は170℃〜200℃の範囲である。温度が170℃以下であると反応が著しく遅くなる傾向がある。
【0027】
反応終了後、水を加え、エーテル、ヘキサン、酢酸エチル等の揮発性有機溶媒で抽出した後に、有機層を飽和炭酸水素ナトリウム水溶液、飽和塩化ナトリウム水溶液等を使って洗浄後、減圧濃縮し、蒸留あるいはカラムクロマトグラフィー等の精製により、メチル=ヘキサデカ−8−イノアートを得ることがきる。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、安価な出発物質1,5−ジブロモペンタンを使用することにより工業的製造を可能にし、既知の合成法より短工程でメチル=ヘキサデカ−8−イノアートを製造することが可能となり、イチモンジカメムシのフェロモンを工業的に供給することができるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下に実施例を用いて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【実施例】
【0030】
(第1工程)
1−ノニン(7.6g)のテトラヒドロフラン(40ml)溶液に0℃でn−ブチルリチウム(1.6Mヘキサン溶液)(42ml)を滴下した。滴下後、30分間0℃で攪拌し、反応溶液に1,5−ジブロモペンタン(19g)とヘキサメチルリン酸トリアミド(20ml)を滴下した。滴下後、反応溶液を室温まで徐々に昇温させ、5時間攪拌した。飽和塩化アンモニウム水溶液を加え、ジエチルエーテルで抽出し、有機層を水、飽和塩化ナトリウム水溶液で洗浄後、減圧濃縮した。残渣を蒸留(b.p.=116℃〜120℃/2Torr)して1−ブロモテトラデカ−6−イン(10g)を得た。
【0031】
(第2工程)
(塩基として炭酸カリウムを使用した場合)
1−ブロモテトラデカ−6−イン(3.9g)のテトラヒドロフラン(30ml)溶液に室温でヘキサメチルリン酸トリアミド(20ml)、マロン酸ジメチル(2.8g)及び炭酸カリウム(4.0g)を加えた。16時間、70℃で加熱攪拌した後に、反応液を室温まで冷却した。飽和塩化アンモニウム水溶液を加え、ジエチルエーテルで抽出し、有機層を水、飽和塩化ナトリウム水溶液で洗浄後、減圧濃縮した。残渣をカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:エーテル=10:1)で精製して2−(テトラデカ−6−イニル)マロン酸ジメチル(3.1g)を得た。
【0032】
(塩基としてt−ブトキシカリウムを使用した場合)
t−ブトキシカリウム(3.1g)のテトラヒドロフラン(30ml)懸濁液に室温でヘキサメチルリン酸トリアミド(10ml)とマロン酸ジメチル(3.6g)を加えた。30分間室温で攪拌した後に、1−ブロモテトラデカ−6−イン(5.0g)のテトラヒドロフラン(10ml)溶液を加えて、3時間60℃で加熱攪拌した。反応液を室温まで冷却した後に飽和塩化アンモニウム水溶液を加え、ジエチルエーテルで抽出し、有機層を水、飽和塩化ナトリウム水溶液で洗浄後、減圧濃縮した。残渣をカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:エーテル=10:1)で精製して2−(テトラデカ−6−イニル)マロン酸ジメチル(4.5g)を得た。
【0033】
(塩基として水素化ナトリウムを使用した場合)
水素化ナトリウム(60%純度)(0.88g)のテトラヒドロフラン(30ml)懸濁液にヘキサメチルリン酸トリアミド(20ml)を加え、0℃に冷却した。マロン酸ジメチル(3.0g)をゆっくりと滴下した後に、室温まで昇温させて30分間攪拌した。1−ブロモテトラデカ−6−イン(4.9g)のテトラヒドロフラン(10ml)溶液を加えて、3時間65℃で加熱攪拌した。反応液を室温まで冷却した後に飽和塩化アンモニウム水溶液を加え、ジエチルエーテルで抽出し、有機層を水、飽和塩化ナトリウム水溶液で洗浄後、減圧濃縮した。残渣をカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:エーテル=10:1)で精製して2−(テトラデカ−6−イニル)マロン酸ジメチル(4.7g)を得た。
【0034】
(第3工程)
2−(テトラデカ−6−イニル)マロン酸ジメチル(6.6g)のジメチルスルホキシド−水(10:1.22ml)溶液に塩化リチウム(0.86g)を加え、180℃〜190℃で3時間加熱攪拌した。室温まで冷却した後に、水で希釈し、ジエチルエーテルで抽出した。有機層を水、飽和塩化ナトリウム水溶液で洗浄後、減圧濃縮した。残渣を蒸留(b.p.=120℃〜125℃/2Torr)してメチル=ヘキサデカ−8−イノアート(3.8g)を得た。
【0035】
IR,1H−NMR,13C−NMRにより得られた化合物がメチル=ヘキサデカ−8−イノアートであることを確認した。
【0036】
(参考例)
((Z)−メチル=ヘキサデカ−8−エノアート(イチモンジカメムシのフェロモン)の合成)
リンドラー触媒(90mg)のメタノール(30ml)懸濁液にキノリン(300mg)とメチル=ヘキサデカ−8−イノアート(3.0g)を加えた。反応容器内を水素置換し、水素雰囲気下、3時間攪拌した。反応溶液をエーテルで希釈した後に、ろ過し、ろ液を希塩酸、水、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液で洗浄後、減圧濃縮した。残渣をカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:エーテル=20:1)で精製して(Z)−メチル=ヘキサデカ−8−エノアート(2.9g)を得た。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明により得られたメチル=ヘキサデカ−8−イノアートのIRスペクトル図である。
【図2】本発明により得られたメチル=ヘキサデカ−8−イノアートの1H−NMRスペクトル図である。
【図3】本発明により得られたメチル=ヘキサデカ−8−イノアートの13C−NMRスペクトル図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1,5−ジブロモペンタンを1−ノニンとn−ブチルリチウムから調製される1−ノニルリチウムと反応させて1−ブロモテトラデカ−6−インを得る第1工程、1−ブロモテトラデカ−6−インを塩基存在下、マロン酸ジメチルと反応させて2−(テトラデカ−6−イニル)マロン酸ジメチルを得る第2工程及び、2−(テトラデカ−6−イニル)マロン酸ジメチルを塩化リチウム存在下、加熱処理してメチル=ヘキサデカ−8−イノアートを得る第3工程からなることを特徴とするメチル=ヘキサデカ−8−イノアートの製造方法。
【請求項2】
前記塩基が炭酸カリウム、t−ブトキシカリウム、水素化ナトリウムのいずれかであることを特徴とする請求項1記載のメチル=ヘキサデカ−8−イノアートの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−59062(P2010−59062A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−223717(P2008−223717)
【出願日】平成20年9月1日(2008.9.1)
【出願人】(391020584)富士フレーバー株式会社 (16)
【Fターム(参考)】