説明

ラセミ体薄膜の形成方法

【発明の詳細な説明】
(産業上の利用分野)
この発明は、ラセミ体の有機薄膜の形成方法に関する。
(従来の技術)
これまで、ラセミの固体はお互いに対称体の関係にある2種類あるいは多種類の光学活性物質を溶液から対称体の形成する分子化合物として取り出すことにより得られていた。
(発明が解決しようとする問題点)
この分子化合物は、光学活性体と結晶状態(結晶水、結晶形等)、融点、溶解度などが異なる化合物であるが、固体の状態のみで安定で、溶液あるいは気相あるいは気相状態では一般に各成分に解離してしまう。従って、これまで液相法並びに気相法で基板上に有機ラセミ化合物薄膜として得ることは非常に困難であった。
本発明の目的は、高真空の分子線蒸着装置を用いて基板上にラセミの薄膜を容易に形成する方法を提供することにある。
(問題点を解決するための手段)
本発明によれば、高真空中のもとで、蒸着対象基板へ光学活性において対称体の関係にある2種類あるいは多種類の光学活性物質を分子線として、そのフラックス量を精密に制御しながら蒸着基板へ輸送してラセミ化合物体の有機薄膜を基板上に形成するラセミ体薄膜の形成方法が得られる。
(作用)
ラセミ化合物の薄膜結晶の作製が極めて困難であるのは、固体状態で分子性ラセミ化合物を形成する光学活性物質であっても液相あるいは気相では各成分に分離しているほうが安定であるため、基板上ではそれぞれの対称体に分離してしまうためである。
発明者は、このような困難を克服することを種々試みた結果、高真空(10-6torr以上)で分子線として各々の対称体を非常にゆっくりとした速度(1オングストローム/秒以下)でフラックスとして基板に輸送して薄膜を形成すれば、極めて簡単にラセミ化合物薄膜が形成できることを見い出し本発明をなすに至った。
一般に、有機物は熱により分解し易いが、高真空(10-7torr以上)で蒸着すると有機物を低温で蒸発させることができ分解を防ぐことができる。更には、高真空で分子をゆっくりと分子線として蒸発させることができるため極めて精度よく各々の対称体のフラックス量を制御することができ基板で等量の対称体化合物によるラセミ化合物を形成することができる。蒸着は、非常にゆっくりとした速度(1オングストローム/秒以下)で行うことができるため、ラセミ化合物を形成し難い光学活性物質であっても人工的にラセミ化合物薄膜を形成することができる。
このラセミ化合物薄膜を形成する際、真空度は10-7torr以上が望ましい。真空度が悪いとラセミ体は分子性化合物ではなく混合物となるからである。また、蒸着速度は、1オングストローム/秒より遅いことが望ましい。蒸着速度が早いと、ラセミ薄膜は分子性化合物ではなく混合物になるからである。しかし、混合物ラセミ薄膜で良い場合は、低真空度および早い蒸着速度を用いてもよい。
(実施例)
以下、実施例により本発明を説明する。
(実施例1)
2種類の1、3−ジナフチル−1、3−ジフェニルアレン光学対称体(比旋光度+437度および−438度)をそれぞれK−セルにいれ、K−セルの温度を極めて正確に制御(±0.1度)しながら高真空(10-7torr)下で石英基板に蒸着した。蒸着速度は0.8オングストローム/秒であった。フラックスはそれぞれの光学対称体で等しくなるように設定した。得られた薄膜は、5000オングストロームであった。この得られた薄膜の光学旋光性を測定すると0度でありラセミ体であった。また熱量測定から、この得られた薄膜は、単なるラセミ混合物ではなく分子性ラセミ化合物であることがわかった。
(比較例1)
2種類の1、3−ジナフチル−1、3−ジフェニルアレン光学対称体(比旋光度+437度および−438度)をそれぞれルツボに入れ10-4torr下で石英基板に蒸着した。蒸着速度は80オングストローム/秒であった。フラックスはそれぞれの光学対称体で等しくなるように設定した。得られた薄膜は、5000オングストロームであった。この得られた薄膜の光学旋光性を測定すると0度でりラセミ体であった。しかし、熱量測定によりこの得られた薄膜は、単なるラセミ混合物で分子性ラセミ化合物でない事がわかった。
(実施例2)
2種類の1、1′−2−ビナフトール光学対称体(比旋光度+38度および−37度)をそれぞれK−セルにいれ、K−セルの温度を極めて正確に制御(±0.1度)しながら125℃高真空(10-7torr)下で石英基板に蒸着した。蒸着速度は0.5オングストローム/秒であった。フラックスはそれぞれの光学対称体で等しくなるように設定した。得られた薄膜は、5000オングストロームであった。この得られた薄膜の光学旋光性を測定すると0度でりラセミ体であった。また熱量測定から、この得られた薄膜は、単なるラセミ混合物ではなく分子性ラセミ化合物であることがわかった。
(比較例2)
2種類の11′−2−ビナフトール光学対称体(比旋光度+38度および−37度)をそれぞれK−セルにいれ、K−セルの温度を極めて正確に制御(±0.1度)しながら125℃高真空(10-7torr)下で石英基板に蒸着した。蒸着速度は30オングストローム/秒に設定した。フラックスはそれぞれの光学対称体で等しくなるように設定した。得られた薄膜は、5000オングストロームであった。この得られた薄膜の光学旋光性を測定すると0度でりラセミ体であった。しかし熱量測定から、この得られた薄膜は、単なるラセミ混合物であり分子性ラセミ化合物でないことがわかった。
(発明の効果)
実施例で説明したように、本発明は、種々の光学活性対称体をもちいて、基板上に極めて容易に有機物のラセミ薄膜を形成することができる効果を有し、いろいろなラセミ体の応用分野に寄与するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】高真空中のもとで、蒸着対象基板へ光学活性において対称体の関係にある2種類あるいは多種類の光学活性物質を分子線として、そのフラックス量を精密に制御しながら前記蒸着基板へ輸送してラセミ化合物体の有機薄膜を基板上に形成するラセミ体薄膜の形成方法。

【特許番号】第2600179号
【登録日】平成9年(1997)1月29日
【発行日】平成9年(1997)4月16日
【国際特許分類】
【出願番号】特願昭62−165706
【出願日】昭和62年(1987)7月1日
【公開番号】特開平1−11962
【公開日】平成1年(1989)1月17日
【出願人】(999999999)日本電気株式会社
【参考文献】
【文献】特開 昭62−96584(JP,A)
【文献】実開 昭60−185657(JP,U)