説明

リアノジン受容体を用いた皮膚バリアー機能回復促進物質のスクリーニング方法

【課題】皮膚バリアー機能回復効果物質をスクリーニングする新規手段の提供。
【解決手段】本発明は、候補化合物がリアノジン受容体の活性を有意に阻害する場合に、当該候補化合物は皮膚バリアー機能の回復を促進させると評価する、皮膚バリアー機能回復促進物質のスクリーニング方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リアノジン受容体の阻害活性を指標とする皮膚バリアー機能回復促進物質のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
種々の皮膚疾患、例えば、アトピー性皮膚炎、乾癬、接触性皮膚炎等に見られる肌荒れ症状においては、皮膚からの水分の消失が、健常な皮膚に比べて盛んであることが知られている。このいわゆる経皮水分蒸散量(TEWL)の増加には、皮膚内において水分の保持やバリアーとしての機能を担っていると考えられる成分の減少が関与しているものと考えられてきた。
【0003】
これまでに、皮膚バリアー機能の低下に伴い皮膚の皮膚機能が低下し、その結果皮膚増殖性異常等が起こることが報告されている。特に高齢者の場合、低下した皮膚バリアー機能の回復には長い時間がかかるため、加齢に伴う皮膚の皮膚機能の低下による皮膚増殖性異常等を防止するのに有効な、新たな皮膚バリアー機能回復剤が要望されている。
【0004】
皮膚バリアー機能回復促進製剤等の化粧料に含めることが検討される物質は、動物実験においてその効果が確認される必要がある。しかしながら、近年化粧品開発の現場においては、倫理上の観点から動物実験が制限される傾向にあり、動物に適用することなく候補物質をスクリーニングする方法についての要求も高まっている。
【0005】
本発明者らは以前、特定のイオンチャネル型受容体、例えばグルタミン酸受容体、GABA受容体を介した表皮ケラチノサイト内へのカルシウムイオンの流入が皮膚バリアー機能回復促進を阻害することを明らかにしている(Denda M, et al., "Influx of Calcium and Chloride Ions into Epidermal Keratinocytes Regulates Exocytosis of Epidermal Lamellar Bodies and Skin Permeability Barrier Homeostasis", The Journal of Investigative Dermatology, (2003) 121, pp. 362-367)。例えば、興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸は皮膚バリアー機能の回復を遅らせるが、グルタミン酸受容体のアゴニストとして知られているMK−801(ジゾシルピン)は、当該回復を促進させる。グルタミン酸受容体を始めとして、皮膚バリアー機能回復に関与することが知られているイオンチャネル型受容体はいずれも皮膚細胞に存在していることが知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Denda M, et al., "Influx of Calcium and Chloride Ions into Epidermal Keratinocytes Regulates Exocytosis of Epidermal Lamellar Bodies and Skin Permeability Barrier Homeostasis", The Journal of Investigative Dermatology, (2003) 121, pp. 362-367
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
リアノジン受容体(RyR)は、横紋筋小胞体に存在するタンパク質であり、カルシウムチャネルとして作用する。しかしながら、リアノジン受容体が皮膚に存在することは従来知られていなかった。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、免疫組織化学的方法によりリアノジン受容体が皮膚に存在すること、そしてそのアンタゴニストが皮膚バリアー機能の回復を促進させることを見出し、本願発明を完成させるに至った。
【0009】
即ち、本願発明は以下の発明を包含する:
[1]候補化合物がリアノジン受容体の活性を有意に阻害する場合に、当該候補化合物は皮膚バリアー機能の回復を促進させると評価する、皮膚バリアー機能回復促進物質のスクリーニング方法。
[2]候補化合物とリアノジン受容体とを接触させる工程、リアノジン受容体の活性を阻害する候補化合物を皮膚バリアー機能回復促進物質として選定する工程を含んで成る、[1]に記載の方法。
[3]候補化合物がリアノジン受容体を発現する細胞と接触され、その細胞内のカルシウム濃度の低下がリアノジン受容体活性の阻害として評価される、[2]に記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、新たに皮膚に存在することが明らかとなったリアノジン受容体を指標とすることで、皮膚に存在する公知のイオンチャネル型チャネルを介してスクリーニングすることができなかった物質を皮膚バリアー機能回復促進物質として選定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、リアノジン受容体の1型(RyR1)及び3型(RyR3)が皮膚に存在することを示す免疫染色写真である。
【図2】図2は、リアノジン受容体のアゴニストである4−クロロ−3−メチルフェノール、当該受容体のアンタゴニストであるダントロレン(DA)、1,1’−ジヘプチル−4,4’−ビピリジニウムジブロミド(DHBP)が皮膚に適用された後(1、3、6、24時間後)の皮膚バリアー機能の回復率(%)を示すグラフである。白抜きの棒は無処置群の皮膚バリアー機能の回復率を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、候補化合物がリアノジン受容体の活性を有意に阻害する場合に、当該候補化合物は皮膚バリアー機能の回復を促進させると評価する、皮膚バリアー機能回復促進物質のスクリーニング方法する。
【0013】
リアノジン受容体は、植物アルカロイドの一種であるリアノジンが特異的に結合する受容体である。リアノジン受容体には、主に骨格筋に存在する1型,主に心筋に存在する2型、そして脳組織に存在する3型のサブタイプが存在している。本発明以前、リアノジン受容体が皮膚に存在しているとの報告はない。今回、リアノジン受容体抗体を用いた皮膚の免疫染色の結果、1型及び3型リアノジン受容体は皮膚に存在することが明らかとなった(図1)。
【0014】
リアノジン受容体は、小胞体上のカルシウム放出チャネルとしての役割を果たす。リアノジン受容体のアゴニストである4−クロロ−3−メチルフェノールは、リアノジン受容体と結合すると小胞体内のカルシウムを細胞質内に放出し、細胞質内のカルシウム濃度を増大させる。一方、細胞質内のカルシウム濃度増大を阻害するリアノジン受容体のアンタゴニストとしては、ダントロレン(DA)、1,1’−ジヘプチル−4,4’−ビピリジニウムジブロミド(DHBP)(British Journal of Pharmacology (1994) 112:1216-1222) 、リアノジン、ルテニウムレッド、プロカイン、テトラカイン(Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics (1994) 268:1476-1484)、マグネシウムイオン等がある。
【0015】
本発明のスクリーニング方法において、リアノジン受容体の活性を有意に阻害する候補化合物は、皮膚バリアー機能の回復を促進させると評価される。本発明のスクリーニング方法は、皮膚バリアー機能回復促進物質の候補化合物とリアノジン受容体とを接触させ、リアノジン受容体の活性が阻害された場合に、当該候補化合物を皮膚バリアー機能回復促進物質として選定する工程を含んで成る。前記候補化合物としては、リアノジン受容体の競合的又は非競合的なアンタゴニストや抗体などが考えられる。当該候補化合物は、リアノジン受容体を発現している細胞自体又は細胞画分と混合することでリアノジン受容体と接触されうる。リアノジン受容体活性の阻害とは、小胞体からのカルシウム放出が抑制される状態を意味する。従って、細胞内のカルシウムイオン濃度の低下を測定することでリアノジン受容体活性の阻害を評価することができる。
【0016】
細胞内のカルシウムイオンの濃度は慣用の方法で測定することができる。例えば、特開2002−372530においては、上皮系細胞表面上のカルシウムイオン濃度を評価することで、受容体のアゴニストをスクリーニングする方法が記載されている。詳しくは、この出願明細書においては、上皮系細胞表面上の刺激受容体であるVR1受容体(バニロイド受容体サブタイプ1)やP2X受容体のアゴニストが細胞内のカルシウムイオン濃度を上昇させることから、被験物質の作用による上皮系細胞内のカルシウムイオン濃度の上昇を評価することで、上記受容体のアゴニストをスクリーニングする方法が開示されている。
【0017】
限定することを意図するものではないが、皮膚バリアー機能回復促進物質のスクリーニングは、下記の通りにして、細胞内のカルシウムイオン濃度を評価することで行なうことができる。
1)被験物質による細胞の刺激
まず、表皮細胞、例えば表皮角化細胞を適当な細胞培養培地、例えばKGM培地で常法に従い培養する。カルシウムイオンの測定を行なう前日に、この培養細胞を96穴ウェルプレートに適当な細胞濃度(例えば2×105cell/well個程度)において播種する。翌日、細胞が剥がれないようにして、上記の培養液を静かにピペットで吸い取る。次に、適当な緩衝液、例えば、BBS(Balanced salt solution)及びカルシウム感受性蛍光色素、例えばFluo3−AM(大日本製薬製)を、上記培養表皮角化細胞に添加し(例えば、ウェル内に5μMとなるように添加)、適当な条件下でインキュベーション(例えば37℃で60分)を行い、この蛍光色素を上記培養表皮角化細胞内への取込みを行なう。色素としては、他にQuin2、Quin2−AM、Fura−2、Fura−2−AM、Indo−1、Fluo−3、Rhod−2等のカルシウム感受性蛍光色素、エクオリン等のカルシウム感受性発光タンパク質、5−FBAPTA等の19Fによる核磁気共鳴法に用いる試薬等を使用してよい。取込み終了後、細胞を洗浄し、新鮮な同緩衝液(BBS)を加え、放置する(例えば15分)。その後、緩衝液を上記培養表皮角化細胞から取り除き、同緩衝液に溶解した候補化合物を細胞に添加し、細胞を候補化合物で刺激する。コントロールとして、候補化合物の溶解していない同緩衝液を細胞に添加する。
【0018】
2)細胞内のカルシウムイオン濃度の測定
蛍光測定は、常法に従い、蛍光マイクロプレートリーダーで、色素に応じた励起及び発光波長において、例えば経時的に測定することで行なう。
細胞内のカルシウムイオン濃度は下記の式に従って算出できる。
Ca2+(nM)=(ΔF−Fmin/Fmax−ΔF)Kd
min:EDTAを加え、Ca2+をブロックしたときの色素の蛍光値(最小蛍光強度)
max:Ca2+の過剰存在下での色素の蛍光値(界面活性剤により細胞膜を破壊)(最大蛍光強度)
Kd:色素とCa2+の解離定数(例えば色素がFluo3−AMの場合、390nM)
これにより、細胞内のカルシウムイオン濃度を有意に減少させれば、候補化合物は皮膚バリアー機能回復促進物質であると評価される。例えば、コントロールを細胞に添加した場合の細胞内カルシウム濃度と比較して、候補化合物がカルシウム濃度を20%以上、好ましくは40%以上低下させた場合、当該候補化合物を皮膚バリアー機能回復促進物質とみなすことができる。
【0019】
本発明の方法は、IC50値を測定し、よりIC50値が低い化合物を皮膚バリアー機能回復促進効果が高いと評価する工程を更に含んでもよい。これにより、より有効な皮膚バリアー機能回復促進物質を選定することができる。
【0020】
本明細書で使用する用語「皮膚バリアー機能」とは、皮膚のなかでも表皮による体内の水分保持及びウイルス、細菌等の進入阻止、などを意味する。ここで、当該機能は、発汗しない条件下で経皮水分蒸散量(TEWL)(単位:g/m2・h)を測定することにより評価することができる。
【0021】
また、本発明において、「皮膚バリアー機能の回復を促進する」とは、皮膚のテープストリッピング直後のTEWLの値を0%、テープストリッピング前の値を100%として、各測定時間におけるTEWLの値が、コントロールと比較した場合に明らかに有意差が認められ、TEWL回復率を促進させる効果を有することを意味し、Andrewらの方法(J Invest Dermatol,86;598,1986)に従って、4%のドデシル硫酸ナトリウム(SDS)水溶液をしみ込ませたCotton ballにより皮膚を処理して判定を行ういわゆる肌荒れ改善防止効果とは異なる。
【0022】
皮膚バリアー機能の回復が必要な皮膚としては、皮膚疾患、種々のストレス、そして肌荒れ等により皮膚バリアー機能が低下した肌、移植皮膚で皮膚バリアー層の形成が充分でないため皮膚バリアー機能が低い肌、あるいは移植によって皮膚バリアー機能が低下した肌等が挙げられる。従って、本発明のスクリーニング方法は、低下した皮膚バリアー機能の回復だけでなく、皮膚バリアー機能が低い肌に対してその機能を向上させる物質のスクリーニングも意図する。このように、本発明によりスクリーニングされた皮膚バリアー機能回復促進物質を適用する対象者としては、哺乳類が考えられ、特にヒトの皮膚に対して適用される。
【0023】
更に、上述の加齢に伴う皮膚機能の低下による皮膚増殖性異常等を防止する観点から、皮膚バリアー機能回復促進物質は、高齢者の皮膚に適用されることが考えられる。当該物質はまた、人工皮膚にも適用することができる。これは、生体より単離された皮膚細胞等を培養することによって得られる人工皮膚は、皮膚バリアー層の形成が不完全なことがあり、その皮膚バリアー機能は概して低いためである。
【0024】
別の態様において、本発明は、リアノジン受容体の活性を阻害する物質を含んで成る皮膚バリアー機能回復促進製剤を提供する。本発明の製剤の形態には、本発明の製剤は、化粧水、クリーム、乳液、ローション、ファンデーション、パック、浴用剤、軟膏、ヘアーローション、ヘアートニック、ヘアーリキッド、シャンプー、リンス、養毛・育毛剤等を包含するものである。
【0025】
更に別の態様において、本発明は、皮膚バリアー機能の回復を促進させるための美容方法であって、リアノジン受容体の活性を阻害する物質を皮膚上に適用することを含んで成る方法を提供する。
【0026】
本発明の美容方法は、皮膚バリアー機能回復が必要とされる皮膚にリアノジン受容体の活性を阻害する物質を適用するものである。適用方法は特に限定されず、例えば、前記物質を含有するパック又はシートを皮膚上に載せ、あるいは貼り付けることで前記物質を皮膚に適用してもよい。その他、前記物質を有効成分として含む化粧料として皮膚に塗布されることもある。前記物質を皮膚に適用する回数、時間は、その皮膚の状態によって変化するが、セロテープ(登録商標)によるストリッピングで破壊された皮膚の場合、1時間あれば皮膚バリアー機能の回復を達成することができる。
【実施例】
【0027】
次に、本願発明を以下の実施例により更に具体的に説明する。
【0028】
皮膚バリアー機能回復促進効果試験
以下の実験において、リアノジン受容体のアンタゴニスト(ダントロレン、1,1’−ジヘプチル−4,4’−ビピリジニウムジブロミド)による皮膚バリアー機能回復促進効果をアゴニストを適用した場合と比較して評価した。皮膚バリアー機能回復促進効果は、ヘアレスマウス(Type HR−1, HOSHINO, Japan)の皮膚にテープストリッピングを施すことによって破壊された皮膚バリアー機能がもとの状態へ回復していく過程を経皮水分蒸散量(TEWL)を指標とし、以下の通り評価した。
【0029】
1.水分蒸散量測定装置MEECO(Meeco社製, Warrington, PA, USA)によりヘアレスマウス背部付近の経皮水分蒸散量(TEWL)を測定する。この際の値をTEWLの回復率100%とする。
2.皮膚のバリアーを、セロファンテープを使用し、ヘアレスマウスの表皮角層を剥がすことにより破壊する。このときTEWLの値が約800〜900となるまでこの作業を繰り返す。角層を剥がした後の測定値から角層を剥がす前の測定値を差し引いた値を、最もダメージの深い状態、即ち回復率0%とする。
3.角層を剥がしてから所定の時間(1,3,6又は24時間)経過後、各アンタゴニスト又はアゴニストを上記角層の上に塗布する(100〜250μM)。何も貼り付けていない皮膚をコントロールとする。
4.1時間経過後、MEECOによりTEWLを測定する。角層除去時と同様、各時間の測定値から角層除去前のTEWL値を差し引き、回復率をもとめる。
即ち、回復率は以下の式に従い算出する。
【数1】

【0030】
当該試験によって測定された皮膚バリアー機能の回復率(%)を図2に示す。図2から明らかなように、バリアー破壊後の皮膚は、いずれのアンタゴニストを適用した場合であっても、適用後1時間でバリアー機能が顕著に回復した。一方、アゴニストである4−クロロ−3−メチルフェノールは、無処置の皮膚と比較して皮膚バリアー機能回復を有意に遅らせた。
【産業上の利用可能性】
【0031】
以上の結果から、リアノジン受容体活性を阻害する物質と皮膚バリアー機能回復促進効果の間には相関関係が認められる。本発明によれば、皮膚バリアー機能回復促進物質をスクリーニングする際、候補化合物を動物等の皮膚に予め適用することなくその皮膚バリアー機能回復促進効果の有無を予測することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
候補化合物がリアノジン受容体の活性を有意に阻害する場合に、当該候補化合物は皮膚バリアー機能の回復を促進させると評価する、皮膚バリアー機能回復促進物質のスクリーニング方法。
【請求項2】
候補化合物とリアノジン受容体とを接触させる工程、リアノジン受容体の活性を阻害する候補化合物を皮膚バリアー機能回復促進物質として選定する工程を含んで成る、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
候補化合物がリアノジン受容体を発現する細胞と接触され、その細胞内のカルシウム濃度の低下がリアノジン受容体活性の阻害として評価される、請求項2に記載の方法。

【図2】
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【図1】
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【公開番号】特開2011−250728(P2011−250728A)
【公開日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−125822(P2010−125822)
【出願日】平成22年6月1日(2010.6.1)
【出願人】(000001959)株式会社 資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】