説明

リチウム−遷移金属複合酸化物粉末及びその製造方法並びに該粉末を用いた全固体リチウム電池用正極活物質

【課題】被覆層の厚さの均一性が従来より良好な正極活物質および、その製造方法を提供することを課題とする。
【解決手段】リチウムと遷移金属との複合酸化物、リチウム化合物、溶媒及びシリコンアルコキシドを含む原料混合液にアルカリ溶液を2分間以上に亘って添加し、固液分離して得られる固形分を乾燥し次いで熱処理する、ケイ素酸化物を含有する被覆層で表面が被覆されたリチウム−遷移金属複合酸化物粉末の製造方法である。好ましくは、原料混合液に対して、リチウム化合物、また、溶媒の30質量%以下の水を添加する。これによって、リチウムと遷移金属との複合酸化物の表面が厚さが均一な非晶質酸化物層で被覆されてなる粉末粒子からなる全固体リチウム電池用正極活物質を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウム−遷移金属複合酸化物粉末及びその製造方法並びに該粉末を用いた全固体リチウム電池用正極活物質に関するものである。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は、エネルギー密度が高く、高電圧での動作が可能という特徴があり、小型軽量化を図りやすい二次電池として携帯電話等の情報機器に使用されている。また、近年、ハイブリッド自動車用等、大型の動力用としての需要が高まりつつある。
リチウムイオン二次電池は一般的に電解質として有機溶媒に塩を溶解させた非水溶媒電解質が用いられており、この電解質が可燃性のものであることから、安全性に対する問題を解決する必要がある。 安全性を確保するために、安全装置を組み込む等の対策が実施されているが、抜本的な解決法としては、電解質として不燃性の電解質、すなわちリチウムイオン伝導性の固体電解質を用いる方法が提案されている。
【0003】
電池の電極反応は、電極活物質と電解質の界面で生じる。液体電解質を用いた場合には、電極活物質を含有する電極を電解質に浸漬することにより、電解質が活物質粒子間に浸透し反応界面が形成されるが、固体電解質の場合には、このような浸透機構はなく、あらかじめ電極活物質と固体電解質の粉末を混合する必要があり、全固体リチウム電池の正極は、通常、正極活物質と固体電解質の混合物である。
【0004】
全固体リチウム電池では、正極活物質と固体電解質との界面をリチウムイオンが移動する際の抵抗(以下、「界面抵抗」ということがある。)が増大しやすい。これは、正極活物質と固体電解質とが反応し、正極活物質の表面に高抵抗部位が形成されることが原因とする報告がある(非特許文献1)。界面抵抗が高い場合、全固体リチウム電池の電池容量等の性能が低下することになるため、界面抵抗を低減することにより全固体リチウム電池の性能を向上させる技術が、非特許文献1および特許文献1に開示されている。これは、正極活物質をコバルト酸リチウムの表面がニオブ酸リチウムによって被覆された形態とすることにより、界面抵抗を低減させる技術である。
【0005】
特許文献2には、コバルト酸リチウム等のリチウムの複合酸化物の表面が、Li2O・ySiO2(yは0.5〜3)で記述される非晶質酸化物であるガラス相の被覆層質で被覆された正極活物質が開示されている。
非特許文献2、3には、コバルト酸リチウムの表面が、SiO2またはLi2SiO3により被覆された正極活物質が開示されている。この正極活物質は、エタノールとテトラエトキシシランと塩酸を含む液とコバルト酸リチウム粉末を混合した後に、室温で乾燥し、350℃で30分間加熱する方法で得られること、および得られた正極活物質は界面抵抗を低減できることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−129190号公報
【特許文献2】特表2004−519082号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Electrochemistry Communications , 9 (2007) , p1486-1490
【非特許文献2】Journal of The Electrochemical Society , 156 (1) A27-A32 (2009)
【非特許文献3】Journal of Powder Sources , 189 (2009) 527-530
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献1および特許文献1に記載のニオブ酸リチウムで被覆されたコバルト酸リチウムからなる正極活物質は、被覆材の原料として、価格の高いニオブのアルコキシド(Nb(OC255)を使用しており、正極活物質の製造コストが高くなる課題があった。
本発明者は、正極活物質表面にSiO2やLi2SiO3等を形成することにより、全固体リチウム電池における正極活物質の界面抵抗を低減しようとする場合、正極活物質表面のSiO2やLi2SiO3等の被覆厚さの均一性が重要であると考えた。被覆厚さが不均一である場合には、被覆厚さが薄い部分では、高抵抗部位の生成が十分抑制できず、かつ固体電解質と正極活物質との反応により正極活物質が劣化してしまう可能性がある。被覆厚さが厚い部分では、SiO2やLi2SiO3等自体が抵抗体として作用し、結果として、界面抵抗の低減効果が限定的になると考えた。
【0009】
特許文献2に記載のコバルト酸リチウム等のリチウムの複合酸化物の表面が、Li2O・ySiO2(yは0.5〜3)で記述される非晶質酸化物であるガラス相の被覆層質で被覆された正極活物質について、本発明者が調べたところ、被覆層の厚さが不均一であることがわかった。
【0010】
非特許文献2、3に記載のコバルト酸リチウムの表面がSiO2またはLi2SiO3により被覆された正極活物質について、本発明者が調べたところ、被覆層の厚さが不均一であることがわかった。また、塩酸を含む液とコバルト酸リチウム粉末を混合する工程を用いる製造方法の場合、コバルト酸リチウム粉末からリチウムとコバルトが酸により溶出するため、活物質の組成(リチウムと遷移金属)バランスが変わることがわかった。
本発明は、ケイ素酸化物またはリチウムとケイ素の複合酸化物である被覆層が被覆したリチウム-遷移金属酸化物粉末であるリチウム電池用正極活物質であって、被覆層の厚さの均一性が従来より良好な正極活物質および、その製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、特許文献2に記載のコバルト酸リチウム等のリチウムの複合酸化物の表面が、Li2O・ySiO2(yは0.5〜3)で記述される非晶質酸化物であるガラス相の被覆層で被覆された正極活物質について、被覆層の被覆状態が不均一である理由について検討した。この正極活物質は、テトラエトキシシランとリチウムの複合酸化物とを有機溶媒中で攪拌したのち、有機溶媒を蒸発させて被覆を形成しているが、被覆層の原料となるリチウム化合物は有機溶媒中への溶解度は低く、またテトラエトキシシランの加水分解に必要な水がほとんど存在しないため、有機溶媒中ではほとんど被覆が進行せず、その後の溶媒の加熱・蒸発工程により急速に被覆層が形成され、被覆層の厚さが不均一になりやすいことに原因がある可能性が高いと考えた。
【0012】
更に非特許文献2、3に記載のコバルト酸リチウムの表面が、SiO2またはLi2SiO3により被覆された正極活物質の被覆層厚さが不均一である理由について検討した。この正極活物質は、テトラエトキシシランまたは、リチウムエトキシドとテトラエトキシシランに塩酸を添加することによってシリカゲルを生成させた後、シリカゲルをコバルト酸リチウム表面に被着させた後、乾燥・熱処理する方法により得ている。この製造方法では、生成したシリカゲルの凝集等によって、被覆層の厚さの均一性を高めることは困難であり、被覆層の厚さの均一性向上については考慮されていない。また、塩酸を含む液とコバルト酸リチウム粉末を混合する工程を用いる製造方法の場合、コバルト酸リチウム粉末からリチウムとコバルトが酸により溶出するため、活物質の組成バランスが変わることがある。
【0013】
本発明者が、鋭意検討した結果、被覆層の厚さの均一性が従来より高い被覆層の形成は、リチウムの複合酸化物表面に被覆層を形成させる湿式工程で、エトキシシランの加水分解を発生させることと、および、加水分解の速度を制御することが重要であり、加水分解を促進する水・アルカリについて、水の添加量や、アルカリの添加時間を一定の範囲内にすることが好ましいことがわかった。非特許文献2、3では、これらの条件について検討がされておらず、被覆層厚さが不均一となっていると考えた。
【0014】
本発明者が鋭意検討した結果、溶媒とリチウム−遷移金属酸化物粉体とシリコンアルコキシドを含む原料混合液に、アルカリ溶液を2分間以上かけて添加し、攪拌することにより、反応済み混合液を得、前記反応済み混合液を固液分離して得たケーキを乾燥・熱処理することにより、被覆層の厚さの均一性が従来より良好なケイ素酸化物の被覆層が被覆したリチウム-遷移金属酸化物粉末であるリチウム電池用正極活物質を得ることができることがわかり、本発明を完成するに至った。前記原料混合液を得る際に、リチウム化合物を添加することにより、前記被覆層をリチウムとケイ素の複合酸化物である被覆層とすることができる。また、使用した有機溶媒は固液分離で容易に回収できるため、精製した後再利用できる利点がある。
すなわち本発明は、第1に、厚さが2〜25nm、(Siの組成原子%)/((Siの組成原子%)+(遷移金属元素の組成原子%))で表されるSi・遷移金属表面組成比が80%以上である被覆層で表面が被覆されてなるリチウム−遷移金属複合酸化物粉末であり、第2に、前記被覆層がケイ素酸化物またはリチウムとケイ素との複合酸化物である第1記載のリチウム−遷移金属複合酸化物粉末であり、第3に、前記Si・遷移金属表面組成比が90%以上である第1または第2に記載のリチウム−遷移金属複合酸化物粉末であり、第4に、前記厚さが5〜20nmである第1〜3のいずれかに記載のリチウム−遷移金属複合酸化物粉末であり、第5に、平均粒径が0.01〜50μmである第1〜4のいずれかに記載のリチウム−遷移金属複合酸化物粉末であり、第6に、第1〜5のいずれかに記載のリチウム−遷移金属複合酸化物粉末からなる全固体リチウム電池用正極活物質であり、第7に、リチウムと遷移金属との複合酸化物、溶媒及びシリコンアルコキシドを含む原料混合液にアルカリ溶液を2分間以上に亘って添加し、固液分離して得られる固形分を乾燥し次いで熱処理する、被覆されてなるリチウム−遷移金属複合酸化物粉末の製造方法であり、第8に、リチウムと遷移金属との複合酸化物、リチウム化合物、溶媒及びシリコンアルコキシドを含む原料混合液にアルカリ溶液を2分間以上に亘って添加し、固液分離して得られる固形分を乾燥し次いで熱処理する、被覆されてなるリチウム−遷移金属複合酸化物粉末の製造方法であり、第9に、前記原料混合液に対して、前記溶媒の30質量%以下の水を添加する第7または第8に記載の製造方法であり、第10に、前記アルカリ溶液の添加時間が20分間以上である第7〜9のいずれかに記載の製造方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、全固体リチウム電池用正極活物質として好適に用いることができる、ケイ素酸化物またはリチウムとケイ素の複合酸化物である被覆層が被覆したリチウム-遷移金属酸化物粉末である正極活物質であって、被覆層の厚さの均一性が良好な正極活物質を効率的に製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のケイ素酸化物を含有する被覆層が表面の少なくとも一部に形成されたリチウム-遷移金属酸化物粉末は、溶媒とリチウム−遷移金属酸化物粉体とシリコンアルコキシドを含む原料混合液に、アルカリ溶液を2分間以上かけて添加し、攪拌することにより、反応済み混合液を得、前記反応済み混合液を固液分離して得たケーキを乾燥・熱処理することにより得ることができる。
【0017】
本願では、ケイ素酸化物を含有する物質で表面の少なくとも一部が被覆されることを、表面がケイ素酸化物を含有する物質で被覆された、または、表面がケイ素酸化物を含有する被覆層で被覆された、と表現することがある。また、ケイ素酸化物を含有する被覆層で表面が被覆されたリチウム-遷移金属酸化物粉末とは、ケイ素酸化物を含有する物質で表面の少なくとも一部が被覆されたリチウム-遷移金属酸化物粉末をいう。
【0018】
(リチウム-遷移金属酸化物粉末)
リチウム-遷移金属酸化物は、リチウム二次電池用正極活物質として使用できる化合物であれば種類は問わない。遷移金属の例としては、Co、Mn、Ni、Fe等があげられ、リチウム-遷移金属酸化物としては、コバルト酸リチウム(LiCoO2)、ニッケル酸リチウム(LiNiO2、Li(Ni1-x-yCoxAly)O2)、マンガン酸リチウム(LiMn24)、複合化合物系(Li(Co1-x-yNixMny)O2、Li(Ni1-x-yMnxAly)O2)、オリビン酸系(Li(Fe1-xMnx)PO4)等(ただし、0≦x≦1、0≦y≦1、0≦x+y≦1)が挙げられる。電池容量と安全性のバランスを考慮した場合には、好適なリチウム-遷移金属酸化物の例として、コバルト酸リチウムが挙げられる。
リチウム-遷移金属酸化物粉末は公知の方法で製造することができ、市販品を使用してもよい。コバルト酸リチウム粉末は、以下の方法で製造することができる。
アンモニア水、または硫酸アンモニアなどのアンモニアイオンを添加した硫酸コバルト水溶液と、水酸化ナトリウム水溶液を同時に反応溶液がpH12.0となるように添加して、オキシ水酸化コバルトを生成させる。このとき反応温度は60℃以下で空気を吹き込みながら攪拌する。生成した球状のオキシ水酸化コバルトを含有する液に、コバルト1molに対して、リチウムが1.0〜1.05molとなるように炭酸リチウムを加えて混合したのち、ろ過・洗浄、乾燥して粉末を得る。得られた粉末を800℃以上の温度で、3時間以上大気中で焼成することにより、コバルト酸リチウム粉末を得ることができる。また、市販のコバルト酸リチウム等の粉末を用いてもよい。
【0019】
(溶媒)
原料混合液の溶媒としては、水と混合可能な有機溶媒を用いることができる。好適な例として、アルコールが挙げられる。前記アルコールの沸点が高い場合には、熱処理工程の前の乾燥工程で、溶媒が十分除去できない恐れがあり、沸点が140℃以下のアルコールが好適であり、沸点が100℃以下のアルコールが更に好適である。好適な溶媒の例として、イソプロパノール、エタノール、メタノール等が挙げられる。
【0020】
(シリコンアルコキシド)
原料混合液の材料となるシリコンアルコキシドとしては、一般式R14-aSi(OR2)aで表されるアルコキシシラン(但し、R1は1価の炭化水素基、R2は炭素数1から4の1価の炭化水素基、aは3から4の整数である。)が好ましく、テトラエトキシシラン、テトラメトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、プロピルトリメトキシシラン、プロピルトリエトキシシラン、オクチルトリメトキシシラン、オクチルトリエトキシシラン、オクタデシルトリメトキシシラン、オクタデシルトリエトキシシラン等の化合物を用いることができる。この中で、テトラエトキシシランは、安価で分子量も小さく容易に加水分解しやすいため、特に好適である。
【0021】
(原料混合液製造工程)
溶媒とリチウム−遷移金属酸化物粉体とシリコンアルコキシドと、有機溶媒を混合することにより、原料混合液を得る。リチウム−遷移金属酸化物粉体の量は溶媒に対して、1質量%〜50質量%とすることができる。粉体の量が少ないと生産性が低下し、多すぎると、溶媒中に粉体を均一に分散させることが難しくなり、被覆層の厚さばらつきが大きくなる恐れがある。更に好ましくは、10質量%〜30質量%の範囲である。シリコンアルコキシドの量は、リチウム−遷移金属酸化物粉体の比表面積と目標とする被覆層の厚さから計算して、添加量を決めることができる。
後述する被覆層形成工程で、シリコンアルコキシドの加水分解を促進させるために、原料混合液に水を添加することが好ましい。添加する水の量は、有機溶媒に対し、30質量%以下とすることができる。水の添加量が多いと、加水分解反応が速くなりすぎ均一な被覆層形成ができないおそれがあり、少ないと、十分な加水分解促進効果が得られない場合がある。添加する水の量は、有機溶媒に対し、0.5質量%〜20質量%が更に好ましく、1質量%〜10質量%が一層好ましい。
【0022】
(アルカリ溶液)
アルカリ溶液は、アルカリの種類は限定されないが、被覆層の不純物量を低減する観点から、アルカリの中でも、金属分を有しないアンモニア、炭酸アンモニウム等のアンモニア塩を使用することが好ましい。アルカリ金属等の水酸化物も使用することができるが、被覆層の不純物量が多くなるおそれがある。
アルカリ溶液の溶媒の種類は特に限定されないが、水を使用することができる。アルコール等の有機溶媒を使用する場合には、シリコンアルコキシドの加水分解を促進させるために、原料混合液に水を添加するか、アルカリ溶液添加の前または同時に水を添加することが好ましい。また、添加するアルカリの添加量は、シリコンアルコキシド1molに対して、1〜20molの範囲とすることが好ましい。1mol未満では、加水分解が十分に進行しない場合があり、20mol超では急速な加水分解の進行とともに、混合液のpHが高くなりすぎ、原料そのものを溶出してしまう恐れがある。
【0023】
(被覆層形成工程)
原料混合液製造工程で得られた原料混合液に、前記アルカリ溶液を添加することにより、リチウム−遷移金属酸化物粉体の表面にケイ素化合物を含有する被覆層が形成された粒子を含む反応済み混合液を得ることができる。この際、原料混合液の温度は、20℃〜80℃とすることが好ましい。20℃未満の場合、被覆層形成に必要なシリコンアルコキシドの加水分解反応が十分に進まない場合がある。80℃を超える場合には、有機溶媒の蒸発が起こると共に、加水分解反応が急速に進み、粒子間同士の凝集や被覆層の厚さむらが大きくなるおそれがある。原料混合液の温度は、30℃〜60℃にすることが更に好ましい。
加水分解反応およびこれに続く縮合反応は、アルカリ溶液を添加したあと、熟成させることによって進行させるのが望ましい。アルカリ溶液の添加は、2分間以上かけておこなうことが好ましく、短時間でアルカリ溶液を添加した場合には、加水分解反応が急速に進み、被覆層の厚さむらが大きくなる。アルカリ溶液をゆっくり添加することで、pHが一気に上昇することを回避し、粒子表面に被覆膜の構造が粗になってしまうことを回避できる。アルカリ溶液の添加は、5分間以上かけておこなうことが更に好ましく、20分間以上かけておこなうことが一層好ましくい。また、アルカリ溶液添加中は、原料混合液を攪拌することが好ましい。
アルカリ溶液の添加は、原料混合液のpHが、8.0〜12.0の範囲となるまでおこなう。pHが8.0未満までしかアルカリ溶液を添加しない場合には、被覆層が十分生成しないことがあり、pHが12.0を超えるまでアルカリ溶液を添加した場合には、遷移金属酸化物が溶出するおそれがある。また、アルカリ溶液添加完了後の、熟成時の液温は特に限定されないが、10℃〜70℃が好ましく、30℃〜50℃が更に好ましい。液温が10℃〜70℃さらには、30℃〜50℃であるとコーティング膜が粗になるのを回避することができる。熟成時間は、特に限定されないが、0.5hr〜5hrが好ましい。
【0024】
(リチウム化合物の添加)
原料混合液に、リチウム化合物を添加することにより、リチウムとケイ素の複合酸化物である被覆層が被覆したリチウム-遷移金属酸化物粉末を得ることができる。添加するリチウム化合物は、原料混合液に溶解するものであれば、特に限定されないが、水酸化リチウム、硝酸リチウム、硫酸リチウム、炭酸リチウムを使用することができる。水への溶解度とアルカリ性であることを考慮すると、水酸化リチウムが特に好適である。リチウム化合物は、前記アルカリ水溶液に混合した状態で、原料混合液に添加することができる。リチウム化合物の添加量は、得ようとする被覆層のリチウムとケイ素のモル比に応じて決めることができる。
【0025】
(固液分離・洗浄・乾燥)
前記反応済み混合液を固液分離することにより、ケイ素化合物を含有する被覆層で表面が被覆されたリチウム-遷移金属酸化物粉末のケーキを得ることができる。必要に応じて、前記の反応済み混合液またはケーキを水等の溶媒で洗浄してもよい。このケーキを乾燥することにより粉末を得ることができる。乾燥は、加熱乾燥や真空乾燥等の公知の方法でおこなうことができる。
さらに、前記粉末を熱処理することにより、ケイ素酸化物を含有する被覆層で表面が被覆されたリチウム-遷移金属酸化物粉末を得ることができる。熱処理の温度は、200℃〜500℃とすることが好ましい。200℃未満では、ケイ素化合物の脱水反応およびリチウム塩の分解が不十分になることがあり、500℃を超える場合には、ケイ素酸化物の溶融が起こり、粒子間同士の焼結のおそれがある。
熱処理時間は、10分間以上とすることが好ましい。10分間未満の場合には、ケイ素化合物の脱水反応が不十分になることがある。
熱処理の雰囲気は、空気とすることができる。このほか、窒素や、アルゴンなどの不活性ガスを用いてもよい。
【0026】
(ケイ素酸化物を含有する被覆層で表面が被覆されたリチウム-遷移金属酸化物粉末)
本発明のケイ素酸化物を含有する被覆層で表面が被覆されたリチウム-遷移金属酸化物粉末の平均粒径は、0.01μm〜50μmの範囲であることが好ましい。0.01μm未満の場合には、粒子全体を被覆すると全体重量に占める被覆層の割合が多くなり、電池としてのエネルギー密度が低下するおそれがあり、50μmを超える場合には、粒子内部から外部までのリチウムの移動距離が長くなるため、高レートでの充放電特性が低下するおそれがある。
本願では、本発明のケイ素酸化物を含有する被覆層で表面が被覆されたリチウム-遷移金属酸化物粉末のケイ素酸化物被覆層厚さは、下式により算出する。
(原料のリチウム-遷移金属酸化物粉末1gに被覆するケイ素酸化物の体積)/(原料のリチウム-遷移金属酸化物粉末の比表面積)
ここで、ケイ素酸化物の体積は、ケイ素酸化物を含有する被覆層で表面が被覆されたリチウム-遷移金属酸化物粉末中のケイ素含有量をICP発光分光分析により分析し、その分析値から計算により求める。
このケイ素酸化物被覆層厚さは、2nm〜25nmの範囲であることが好ましい。2nm未満の場合には、正極活物質は界面抵抗低減効果が十分得られない場合があり、25nmを超える場合には、被覆層事態の存在により、正極活物質は界面抵抗が上昇してしまう場合がある。
ケイ素酸化物被覆層厚さは、5nm〜20nmの範囲であることが更に好ましい。
【0027】
ケイ素酸化物を含有する被覆層が表面の少なくとも一部に形成されたリチウム-遷移金属酸化物粉末について、本願では、被覆層の厚さの均一性の評価をESCA(X線光電子分光分析)用いておこなった。
ケイ素酸化物を含有する被覆層が表面の少なくとも一部に形成されたリチウム-遷移金属酸化物粉末について、ESCAにより、リチウム-遷移金属酸化物粉末の構成元素およびSiの表面組成比率(原子%)を測定し、下式により、Si・遷移金属表面組成比を下式により求める。
Si・遷移金属表面組成比 = (Siの表面組成比率)/((Siの表面組成比率)+(遷移金属の表面組成比率))
ここで、遷移金属元素が複数ある場合には、前記遷移金属の表面組成比率は、各遷移金属元素の表面組成比率の和とする。
ケイ素酸化物被覆層厚さが同一の場合、被覆層の厚さの均一性が低い場合には、均一性が高い場合と比較して、Si・遷移金属表面組成比が低くなる。これは、被覆層の厚さ均一性が悪いことに生じる被覆層厚さの薄い部分(極端な場合には、被覆層がない部分)では、Si・遷移金属表面組成比が大きく低下することになり、測定部位全体のSi・遷移金属表面組成比を低下させる結果となることによる。
Si・遷移金属表面組成比は、80%以上であることが好ましく、90%以上であることが更に好ましい。
【0028】
ケイ素酸化物を含有する被覆層が表面の少なくとも一部に形成されたリチウム-遷移金属酸化物粉末を正極活物質として全固体リチウム電池に適用した場合、当該粉末と固体電解質とが反応してしまうことにより、正極活物質の表面に高抵抗部位が形成されることは抑制できる場合でも、正極活物質自体の電気抵抗値が増大してしまう場合には、得られる電池の特性にとって好ましくない。正極活物質自体の電気抵抗値を評価するために、当該粉末の圧粉体の電気抵抗測定を行った。
圧粉体の抵抗測定は、三菱化学製の粉体測定システムCP-PD51を用い、φ20mmの金型に粉体1gを入れ、12kNの圧力を掛けながら、体積抵抗率を測定した。圧粉体の抵抗値は、1×107Ω・cm以下であることが好ましく、5×106Ω・cm以下であることが更に好ましい。
【実施例】
【0029】
[実施例1]
(コバルト酸リチウム粉末の製造方法)
リチウム-遷移金属酸化物粉末として、以下の方法で製造したコバルト酸リチウム(LiCoO2)粉末を準備した。
アンモニア水を添加した硫酸コバルト水溶液と、水酸化ナトリウム水溶液をpH12.0となるように混合し、オキシ水酸化コバルト溶液を作製する。このとき液温度は60℃以下を維持して空気を吹き込みながら攪拌した。生成した球状のオキシ水酸化コバルトにコバルト1molに対して、リチウムが1molとなるように炭酸リチウムを前記の液に加えてに攪拌混合し、固液分離して得られたケーキを洗浄・乾燥後、800℃の温度で、5時間大気中で焼成し、球状のリチウム酸コバルト粉末を得た。
このリチウム酸コバルト粉末は、平均粒径11.9μm 、比表面積0.238m2/gであった。
リチウム酸コバルトの平均粒径は、ベックマン・コールター社製のレーザー散乱・回折式粒度分布測定装置により測定した。比表面積は、カンタクロム社製のMONOSORBを用い、B.E.T式1点法により求めた。
なお、上記製法に係わらず、市販のリチウム-遷移金属酸化物粉末を用いてもよい。
【0030】
純水10.0gとイソプロピルアルコール150gの混合溶媒に、前記リチウム酸コバルト粉末50gを加えて攪拌し、液の温度を40℃に昇温したのち、テトラエトキシシラン(Si(C25) 4)0.869gを添加し、原料混合液を得た。
純水6.5gにLiOH・H2O 0.42gを溶解し、水酸化リチウム水溶液を作製した。 この溶液に、28.0質量%アンモニア水溶液2.40gを加え、アルカリ溶液を準備した。
液温を40℃に維持した状態で、前記原料混合液に、前記アルカリ溶液全量を45分間かけて滴下した。適下終了時のpHは10.5であった。滴下後、液温を40℃に維持した状態で1時間、そのまま攪拌を継続した後、濾過し、ケーキを得た。
前記ケーキを140℃で2時間乾燥後、さらに大気中300℃で3時間熱処理し、珪酸リチウムで表面が被覆されたコバルト酸リチウム粉末を得た。
熱処理後の粉末は凝集しておらず。粉末状のままであった。熱処理後の粉末について、前記のリチウム酸コバルトの平均粒径測定方法と同様の方法で平均粒径を測定した結果、11.8μmであった。
なお、添加したLiOH量は、表面を被覆する珪酸リチウムが組成式でLi2SiO3となるように テトラエトキシシラン1molに対しLiOHは2molになる様に添加した。
【0031】
珪酸リチウムで表面が被覆されたコバルト酸リチウム粉末のSi含有量をICP発光分光分析法により測定したところ、Si含有量は、0.22質量%であった。
以下の値から計算した珪酸リチウムで表面が被覆されたコバルト酸リチウム粉末の被覆層の平均厚さは、10nmであった。
平均厚さの計算は、以下の数値から計算した。コバルト酸リチウム粉末比表面積:0.234m2/g、コバルト酸リチウム粉末1g当りのSiO2換算の被覆量:0.0047g、SiO2密度:2.0g/cm3
使用したテトラエトキシシランのほぼ全量が、粒子表面を被覆した珪酸リチウムの生成に使用されたことになる。
【0032】
(Si・遷移金属表面組成比の測定)
珪酸リチウムで表面が被覆されたコバルト酸リチウム粉末をESCAを用いて、表面組成比を測定した。測定は、以下の条件でおこなった。
測定装置 : アルバック−ファイ社製 型番PHI5800
測定光電子スペクトル : Li1s、O1s、Si2s、Co2p
分析径: φ0.8mm
試料表面に対する測定光電子の出射角度 : 45°
Li,O,Si,Coの表面原子組成比を測定し、下式により、Si・遷移金属表面組成比を求めた。
なお、表面組成比の測定は、試料表面を深さ0.2nmのArスパッタエッチングを実施後におこなった。(0.2nmの深さは、はSiO2基板をエッチングした場合のエッチング速度とエッチング時間から計算した値を使用した。)
Si・遷移金属表面組成比は、90.3%であった。
Si・遷移金属表面組成比 = (Siの表面組成比率)/((Siの表面組成比率)+(遷移金属の表面組成比率))
【0033】
(表面が被覆されたコバルト酸リチウム粉末の圧粉体の抵抗測定方法)
珪酸リチウムで表面が被覆されたコバルト酸リチウム粉末の圧粉体の抵抗測定は、三菱化学製 粉体測定システムCP-PD51 を用い、φ20mmの金型に粉体1gを入れ、12kNの圧力を掛けながら、体積抵抗率を測定した。
上記の方法で測定した圧粉体の体積抵抗率は、5.1×105Ω・cmであった。
【0034】
[実施例2]
使用した水酸化リチウム水溶液、テトラエトキシシラン、アンモニア水の量を実施例1の1/2にした以外は、実施例1と同様にして、珪酸リチウムで表面が被覆されたコバルト酸リチウム粉末を製造して、評価した。結果を表1に示す。圧粉体の体積抵抗率は2.5×104Ω・cmであった。
【0035】
【表1】

【0036】
[実施例3]
アルカリ溶液全量の滴下時間を45分間から180分間にした以外は、実施例1と同様にして、珪酸リチウムで表面が被覆されたコバルト酸リチウム粉末を製造して、評価した。結果を表1に示す。圧粉体の体積抵抗率は2.1×106Ω・cmであった。
【0037】
[実施例4]
使用した水酸化リチウム水溶液、テトラエトキシシラン、アンモニア水の量を実施例1の2倍にした以外は、実施例1と同様にして、珪酸リチウムで表面が被覆されたコバルト酸リチウム粉末を製造して、評価した。結果を表1に示す。圧粉体の体積抵抗率は3.0×106Ω・cmであった。
【0038】
[実施例5]
水酸化リチウム水溶液を添加しなかった以外は、実施例2と同様にして、珪素酸化物で表面が被覆されたコバルト酸リチウム粉末を製造して、評価した。結果を表1に示す。被覆層が薄くなるため圧粉体抵抗は低くなり、体積抵抗率は1.3×104Ω・cmであった。
【0039】
[比較例1]
使用した水酸化リチウム水溶液、テトラエトキシシラン、アンモニア水の量を実施例1の3倍にした以外は、実施例1と同様にして、珪酸リチウムで表面が被覆されたコバルト酸リチウム粉末を製造して、評価した。結果を表1に示す。被覆層が厚くなり、圧粉体抵抗が、1×107Ω・cm以上と高い値となった。
【0040】
[比較例2]
アルカリ溶液全量の滴下時間を45分間から0.5分間にした以外は、実施例1と同様にして、珪酸リチウムで表面が被覆されたコバルト酸リチウム粉末を製造して、評価した。結果を表1に示す。アルカリ溶液を短時間で添加した場合には、圧粉体抵抗は1.1×104Ω・cmと低い値となったが、被覆層厚さが30nmの場合でも、Si・遷移金属表面組成比の値は、80%未満であった。
【0041】
[比較例3]
アルカリ溶液全量の滴下時間を45分間から0.5分間にした以外は、比較例1と同様にして、珪酸リチウムで表面が被覆されたコバルト酸リチウム粉末を製造して、評価した。結果を表1に示す。アルカリ溶液を短時間で添加した場合には、被覆層厚さが30nmの場合でも、Si・遷移金属表面組成比の値は、80%未満であった。
【0042】
[比較例4]
イソプロピルアルコール10gに、テトラエトキシシラン(Si(C25) 4)0.173gと、Liメトキシド(LiOCH3)の10質量%メタノール溶液0.601gを混合した有機溶液に、実施例1で使用したコバルト酸リチウム粉末10gを入れ、攪拌しながら、溶媒温度が70℃になるように加熱した。なお、前記で添加したテトラエトキシシランとLiメトキシドのモル比(Li/Si)は2であり、被覆層がLi2SiO3になる様にした。
加熱を継続し、有機溶媒が蒸発したのち、大気中140℃で2時間乾燥後、さらに大気中300℃で3時間熱処理し、珪酸リチウムで表面が被覆されたコバルト酸リチウム粉末を得た。乾燥後は粒子同士が凝集していたため、乳鉢を用いて粉砕し、珪酸リチウムで表面が被覆されたコバルト酸リチウム粉末を得た。得られた粉末を実施例1と同様にして評価した。評価結果を表1に示す。
【0043】
[比較例5]
使用したテトラエトキシシラン、アンモニア水の量を実施例5の4倍にし、アルカリ溶液全量の滴下時間を45分間から0.5分間にした以外は、実施例5と同様にして、珪素酸化物で表面が被覆されたコバルト酸リチウム粉末を製造して、評価した。結果を表1に示す。
【0044】
[参考例1]
実施例1で使用したコバルト酸リチウム粉末について、実施例1と同様にして、圧粉体抵抗を評価した。結果を表1に示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
厚さが2〜25nm、(Siの組成原子%)/((Siの組成原子%)+(遷移金属元素の組成原子%))で表されるSi・遷移金属表面組成比が80%以上である被覆層で表面が被覆されてなるリチウム−遷移金属複合酸化物粉末。
【請求項2】
前記被覆層がケイ素酸化物またはリチウムとケイ素との複合酸化物である、請求項1記載の被覆されてなるリチウム−遷移金属複合酸化物粉末。
【請求項3】
前記Si・遷移金属表面組成比が90%以上である、請求項1または2に記載の被覆されてなるリチウム−遷移金属複合酸化物粉末。
【請求項4】
前記厚さが5〜20nmである、請求項1〜3のいずれかに記載の被覆されてなるリチウム−遷移金属複合酸化物粉末。
【請求項5】
平均粒径が0.01〜50μmである、請求項1〜4のいずれかに記載の被覆されてなるリチウム−遷移金属複合酸化物粉末。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載のリチウム−遷移金属複合酸化物粉末からなる全固体リチウム電池用正極活物質。
【請求項7】
リチウムと遷移金属との複合酸化物、溶媒及びシリコンアルコキシドを含む原料混合液にアルカリ溶液を2分間以上に亘って添加し、固液分離して得られる固形分を乾燥し次いで熱処理する、被覆されてなるリチウム−遷移金属複合酸化物粉末の製造方法。
【請求項8】
リチウムと遷移金属との複合酸化物、リチウム化合物、溶媒及びシリコンアルコキシドを含む原料混合液にアルカリ溶液を2分間以上に亘って添加し、固液分離して得られる固形分を乾燥し次いで熱処理する、被覆されてなるリチウム−遷移金属複合酸化物粉末の製造方法。
【請求項9】
前記原料混合液に対して、前記溶媒の30質量%以下の水を添加する請求項7または8に記載の製造方法。
【請求項10】
前記アルカリ溶液の添加時間が20分間以上に亘る、請求項7〜9のいずれかに記載の製造方法。

【公開番号】特開2012−199101(P2012−199101A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−63060(P2011−63060)
【出願日】平成23年3月22日(2011.3.22)
【出願人】(000224798)DOWAホールディングス株式会社 (550)
【Fターム(参考)】