説明

リチウムイオン二次電池のリチウム析出判別装置,その方法,およびその装置を搭載する車両

【課題】定電圧制御を用いずに実施でき,金属リチウムの析出の有無に絞り込んだ判定ができるリチウムイオン二次電池のリチウム析出判別装置,その方法,およびその装置を搭載する車両を提供すること。
【解決手段】判定対象のリチウムイオン二次電池を定電流放電させる。これにより,あらかじめ定めた放電停止電圧VQまで電池電圧が下がったところでその定電流放電を中止する(時刻C)。そして,定電流放電を中止した後の当該リチウムイオン二次電池の電圧の電圧回復量VRを取得し,取得した電圧回復量VRをあらかじめ定めた閾値と比較する。電圧回復量VRが閾値以上である場合に金属リチウムの析出が発生していないと判定し,電圧回復量VRが閾値未満である場合に金属リチウムの析出が発生していると判定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,リチウムイオン二次電池における金属リチウムの析出の有無を判定する装置およびその方法,およびその装置を搭載する車両に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から,リチウムイオン二次電池について,その内部状態を検査することが行われている。検査で知ろうとするリチウムイオン二次電池の内部状態の1つとして,金属リチウムの析出の有無がある。例えば特許文献1で「デンドライト析出」と呼ばれている現象も金属リチウムの析出である。リチウムイオン二次電池は本来,金属リチウムを含まないものであるが,使用状況によっては,負極の表面に金属リチウムが析出してくる場合がある。そのような状態に至ったリチウムイオン二次電池は,性能の低下が著しいので交換の必要がある。そのため,リチウムイオン二次電池における金属リチウムの析出の有無を知る必要がある。
【0003】
リチウムイオン二次電池の内部状態の検知方法としては例えば,特許文献2に記載されたものが挙げられる。この文献の手法では,リチウムイオン二次電池に対しまず定電流充電を行い,次いで定電圧充電を行うこととしている。そして,充電された電池の蓄電容量や内部抵抗などの指標について,標準の電池との差異を求めることとしている。この差異により,検査対象の電池の内部状態を知ろうとするのである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8−190934号公報
【特許文献2】特開2003−59544号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら,前記した従来の技術には,次のような問題点があった。まず,検査対象電池を充電するための電源として,定電流充電と定電圧充電との両方が可能なものが必要である。このために複雑な電源系が必要であった。特に,例えば自動車積載用途の場合には,車両自体の電気系統によって必要な充電を行うことができなかった。一般的に車両の電気系統は,定電圧制御を前提としない構成になっているからである。
【0006】
また,検査の結果として,容量低下や内部抵抗増大等の情報は取得できるものの,それがいかなる要因によるものかの判別まではできなかった。すなわち,金属リチウムの析出の場合でも,金属リチウムの析出を伴わない通常の使用劣化(以下,「サイクル劣化」という)の場合でもともに,容量低下や内部抵抗増大の傾向は見られる。このため,金属リチウムの析出を伴っているかいないかの区別はできなかったのである。
【0007】
本発明は,前記した従来の技術が有する問題点を解決するためになされたものである。すなわちその課題とするところは,定電圧制御を用いずに実施でき,金属リチウムの析出の有無に絞り込んだ判定ができるリチウムイオン二次電池のリチウム析出判別装置,その方法,およびその装置を搭載する車両を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この課題の解決を目的としてなされた本発明に係るリチウムイオン二次電池における金属リチウムの析出の有無の判定装置は,判定対象のリチウムイオン二次電池の電圧があらかじめ定めた低充電状態に相当する電圧になるまで当該電池を定電流放電させる放電部と,定電流放電の終了後における当該電池の電圧の自然上昇量を取得する自然上昇量取得部と,取得した自然上昇量をあらかじめ定めた閾値と比較し,自然上昇量が閾値以上である場合に金属リチウムの析出が発生していないと判定し,自然上昇量が閾値未満である場合に金属リチウムの析出が発生していると判定する析出判定部とを有している。
【0009】
また,本発明に係るリチウムイオン二次電池における金属リチウムの析出の有無の判定方法においては,判定対象のリチウムイオン二次電池を定電流放電させるとともに,あらかじめ定めた低充電状態になったところでその定電流放電を中止し,中止した後の当該リチウムイオン二次電池の電圧の自然上昇量を取得し,取得した自然上昇量をあらかじめ定めた閾値と比較し,自然上昇量が閾値以上である場合に金属リチウムの析出が発生していないと判定し,自然上昇量が閾値未満である場合に金属リチウムの析出が発生していると判定する。
【0010】
金属リチウムの析出が発生している電池では,SOC低下時における負極の分極が著しく,正極の分極がそれほど大きくならないうちに負極の分極が大きくなってしまう。このため,SOC低下時の内部抵抗の増大には負極の分極のみが寄与する。このため,金属リチウムの析出が発生していない電池と比較して,SOC低下時の内部抵抗が小さい。このことを,電池を定電流放電させたあとの電池電圧の自然上昇量の大小により判定するのが本発明である。
【0011】
ここにおいて,判定対象のリチウムイオン二次電池の温度に応じて,当該温度が低いほど前記自然上昇量との比較のための閾値を大きくし,当該温度が高いほど前記自然上昇量との比較のための閾値を小さくすることとするとよりよい。あるいは,当該温度が低いほど取得した自然上昇量を小さい値に補正し,当該温度が高いほど取得した自然上昇量を大きい値に補正し,補正後の自然上昇量を閾値と比較することとしてもよい。リチウムイオン二次電池は,低温下では高温下と比較して内部抵抗が大きくなる傾向を有するからである。
【0012】
また,定電流放電させるに先立ち,判定対象のリチウムイオン二次電池の電圧が,あらかじめ定めた判定開始可能電圧以上であるか否かを判定し,判定開始可能電圧以上であった場合には直ちに定電流放電を開始し,判定開始可能電圧未満であった場合には,あらかじめ定めた充電目標電圧になるまで当該電池を充電してから定電流放電を開始することとするのもよい。定電流放電を十分に行うことで判定精度を確保するためである。
【0013】
本発明はまた,リチウムイオン二次電池と,前述のいずれかに記載のリチウムイオン二次電池における金属リチウムの析出の有無の判定装置とを搭載する車両をも対象とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば,定電圧制御を用いずに実施でき,金属リチウムの析出の有無に絞り込んだ判定ができるリチウムイオン二次電池のリチウム析出判別装置,その方法,およびその装置を搭載する車両を提供することにある。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施の形態に係るリチウム析出判別装置のブロック図である。
【図2】実施の形態に係るリチウム析出判別装置における判別手順のフローチャートである。
【図3】実施の形態おける判別手順での電池の両端電圧の変化を示すグラフである。
【図4】リチウムイオン二次電池におけるSOC(充電状態)と正極および負極電位との関係を示すグラフである。
【図5】図1のリチウム析出判別装置を内蔵したハイブリッド自動車を示す透視図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下,本発明を具体化した実施の形態について,添付図面を参照しつつ詳細に説明する。本形態に係るリチウムイオン二次電池のリチウム析出判別装置1は,図1に示すように構成されている。図1のリチウムイオン二次電池のリチウム析出判別装置1は,電池群5における金属リチウムの析出の有無の判定方法を実施する装置である。電池群5は,複数のリチウムイオン二次電池を直列に接続した組電池である。
【0017】
リチウム析出判別装置1は,電流計2と,電圧計3と,演算部4と,負荷7と,温度計11とを有している。電流計2は,電池群5に流れる電流の大きさを測定するものである。電圧計3は,電池群5の両端電圧を測定するものである。演算部4は,電圧計3等の測定結果を取得して,その測定結果に基づき前述の判定やそのために必要な演算を行うものである。演算部4はまた,負荷7の制御等も行うようになっている。温度計11は,電池群5の温度を取得するものである。
【0018】
負荷7は,充電部8と放電部9とDC/DCコンバータ10とを有している。充電部8は,電池群5への充電電流を供給する機能を有する機器であり,例えば発電機である。放電部9は,電池群5から放電電流を受けて何らかの動作をする機器であり,例えばモータである。1つの機器で充電部8と放電部9とを兼ねることもできる。DC/DCコンバータ10は,放電部8による放電を,後述する定電流放電として行うためのものである。また,負荷7と電池群5との間にはリレー6が配置されている。リレー6も,演算部4により操作されるようになっている。
【0019】
図1のリチウム析出判別装置1による判定は,図2のフローチャートに示す手順により行われる。最初に,定電流放電を開始する(#1)。すなわち,リレー6を接続状態とし,電池群5からの放電電流により放電部9を動作させる。その際,放電電流が定電流となるように,電流計2をモニタしつつ放電部9の動作状況を制御する。
【0020】
この定電流放電の電流値は,電池群5の各電池を劣化させない程度の範囲内とする。電池群5の電池容量をAh(アンペアアワー)単位で表した場合の数値の3倍以内のアンペア値がよい。例えば,電池群5の電池容量が5Ahである場合,15A以下がよい。この程度であれば電池の寿命への悪影響はほとんどない。また,その10分の1以上がよい。あまりにも低電流だと判定に時間が掛かってしまうからである。
【0021】
なお,#1の定電流放電開始の前における電池群5の両端電圧があまりに低い場合には,定電流放電に先立ち電池群5を予備的にある程度充電することとしてもよい。その場合には,電池群の事前の両端電圧について,予備的な充電を行うか否かの閾値を設定しておくことになる。そのための閾値としては例えば,SOC(充電状態)にして60〜70%の範囲内に相当する電圧が考えられる。この閾値が低すぎると,定電流放電が十分できず測定精度が得られない可能性がある。一方閾値が高すぎると,不必要な処理を行ってしまい判定に余分な時間が掛かってしまう。
【0022】
また,予備的充電の充電目標電圧は,前の段落中の閾値と同じか,SOCにしてそれより10%以内の範囲内で高い状態に相当する電圧とすればよい。充電目標電圧が低すぎると,定電流放電開始時の電池電圧が不十分で測定精度が悪くなってしまうからである。また,充電目標電圧が高すぎると,充電自体やその後の定電流放電に時間が掛かってしまうからである。充電はむろん,負荷7中の充電部8を用いて行われる。
【0023】
#1で開始された定電流放電を行っている間,電池群5の両端電圧を常時モニタする。これにより,両端電圧が,あらかじめ定めた放電停止電圧VQまで低下したか否かを監視する(#2)。このときの放電停止電圧VQは,SOCにして10〜20%の低い範囲内の値に相当する電圧であることが望ましい。これが高すぎると,後述するように適切な判定ができない。逆に低すぎると,電池群5を過放電状態にしてしまう。つまり判定のための処理自体が電池群5を劣化させてしまう。
【0024】
両端電圧が放電停止電圧VQまで低下したら(#2:YES),定電流放電を停止してリレー6を開放状態とする(#3)。するとその後,電池群5の両端電圧は自然にある程度上昇する。そこでその電圧の上昇量,すなわち電圧回復量VRを取得する(#4)。その詳細は後述する。そして,取得した電圧回復量VRを,そのためにあらかじめ定めた閾値と比較する(#5)。取得した電圧回復量VRが閾値以下であれば(#5:YES),電池群5に金属リチウム析出が発生していると判定する(#6)。取得した電圧回復量VRが閾値より大きければ(#5:NO),電池群5に金属リチウム析出が発生していないと判定する(#7)。以上が本形態における判定の基本的な手順である。
【0025】
続いて,図2のフローチャートに示した処理を,図3を用いてさらに詳細に説明する。図3のグラフは,図2の処理を実施する過程における電池群5の電圧の変化を示すグラフであり,縦軸がセル電圧(電池1個当たりの両端電圧)[V]を,横軸が時間[秒]を表している。図3のグラフでは,カーブAとカーブBとを示している。カーブAは,電池群5に金属リチウム析出が発生していない場合に得られる電圧変化の一例である。カーブBは,電池群5に金属リチウム析出が発生している場合に得られる電圧変化の一例である。図3において,電圧が最も低下している時刻Cが,図2中の#3の定電流放電終了時に相当する。図3ではカーブAとカーブBとを,この定電流放電終了時が横軸に対して一致するように重ね合わせて表示している。そして,横軸のゼロ点を便宜上,カーブAにおける定電流放電開始時(図2中の#1に相当)に置いている。
【0026】
図3では,時刻Cより前(左側)の部分が,図2中の#1から#3までの定電流放電を行っている期間である。図3では,定電流放電開始時のセル電圧を3.6Vとしており,放電停止電圧VQをセル電圧にして2.3Vとしている。定電流放電期間には,セル電圧が徐々に低下している。定電流放電期間中におけるグラフの形状は,カーブAとカーブBとでやや異なっているが,これは個体差の範囲内のことであり,特段に意味があるほどの違いではない。
【0027】
時刻Cで定電流放電が終了すると,その後にセル電圧は急上昇する。ただし際限なく上昇するのではなく,カーブAで3.3〜3.4V程度,カーブBで2.7〜2.8V程度に収束している。この収束後のセル電圧と,放電終了時のセル電圧VQである2.3Vとの差が,図2中の#4で取得される電圧回復量VRである。すなわち電圧回復量VRは,カーブAについては1.0〜1.1V程度であり,カーブBについては0.4〜0.5V程度である。図3中における電圧回復量VRの具体的な定め方については後述する。
【0028】
ここで得られた電圧回復量VRが,閾値と比較される。図3では,この閾値を0.8V(セル電圧にして3.1V)として示しているが,これは一例である。カーブAでは,電圧回復量VRが閾値より大きいので,電池群5に金属リチウム析出が発生していないと判定できる。カーブBでは,電圧回復量VRが閾値以下なので,電池群5に金属リチウム析出が発生していると判定できる。こうして,電池群5に金属リチウム析出が発生しているか否かの判定をすることができる。
【0029】
なお,ここで金属リチウム析出が発生しているというのは,前述の定電流放電を行ったことにより金属リチウムが析出した,という意味ではなく,定電流放電(もしくはその前の予備充電)開始前に既に金属リチウムが析出していた,ということを意味する。また,図3から分かるように,本形態での金属リチウム析出の判定は,定電流放電開始から,おおむね30分程度あれば十分に実施できる。
【0030】
続いて,上記のような手順で金属リチウム析出を判定できる理由について,図4のグラフにより説明する。図4のグラフは,リチウムイオン二次電池におけるSOC(充電状態)と正極および負極電位との関係を示すグラフである。図4のグラフでは,縦軸が電極電位を表し,横軸が電池のSOCを表している。図4のグラフには,カーブDとカーブEとカーブFとが示されている。カーブDは正極電位のカーブである。カーブEは金属リチウム析出が起こっていない負極における負極電位のカーブである。カーブFは金属リチウム析出が起こっている負極における負極電位のカーブである。なお,正極電位については,金属リチウム析出の有無による区別はない。前述のように金属リチウム析出は負極に起こるものだからである。
【0031】
図4中の正極電位のカーブDは,全体として右上がりに傾斜している。中でも低SOC領域では特に傾斜がきつくなっている。この傾斜の大小がリチウムイオン二次電池の正極における分極の大小に相当する。つまり,リチウムイオン二次電池の正極における分極は,低SOC領域以外の領域ではほぼ一定で,低SOC領域ではそれより大きくなっている。
【0032】
一方,負極電位(金属リチウム析出なし)のカーブEは,全体として右下がりの傾斜となっている。カーブEにおいても低SOC領域では特に傾斜がきつくなっている。この傾斜の絶対値の大小がリチウムイオン二次電池の負極における分極の大小に相当する。つまり,リチウムイオン二次電池の負極における分極は,低SOC領域以外の領域ではほぼ一定で,低SOC領域ではそれより大きくなっている。また,カーブDが分極大である領域ではカーブEも分極大である。つまり,金属リチウム析出が起こっていないリチウムイオン二次電池では,正極の分極が大きければ負極の分極も大きい。さらに,図4中のカーブEは全体として,カーブDより下方にある。すなわち,図4中左端の最低のSOCの箇所においても,カーブEはカーブDより下方にある。
【0033】
金属リチウム析出ありの場合のカーブFは,おおむね,カーブEを全体として少し右向きに平行移動したものと考えてよい。したがって,カーブFにおける分極大の領域では,カーブDの分極は小さい。また,カーブFは,その分極大の領域を除いて,図4中ではカーブEとほぼ重なっている。
【0034】
図2,図3で説明した本形態での電圧測定を,図4に当てはめると次のようになる。まずリチウムイオン二次電池のセル電圧は図4中では,同一のSOCにおける正極電位と負極電位の差に相当する。例えばG−G’がその一例である。ここで,G−G’を定電流放電開始時(図2の#1)の電圧(図3では3.6V)とする。すると,定電流放電終了時(図2の#3)の電圧VQ(図3では時刻Cの2.3V)に相当するのは,金属リチウム析出なしの場合にはH−H’であり,金属リチウム析出ありの場合にはJ−J’である。H−H’の長さとJ−J’の長さとは等しく,G−G’の長さはこれらより長い。また,G点,G’点,J点の3点はそれぞれのカーブにおける分極小の領域内にあるが,H点,H’点,J’点の3点はそれぞれのカーブにおける分極大の領域内にある。
【0035】
ここで,金属リチウム析出なしの場合の定電流放電終了時に着目すると,上記よりH点,H’点はいずれも分極大の領域内にある。つまり,正極と負極とがいずれも大きく分極している状態にある。分極が大きいということはリチウムイオン二次電池の内部抵抗が大きいということである。このように内部抵抗が大きい状態で放電が終了されるので,そ
の後の電圧回復量VRが大きいのである。電圧回復量VRは,放電終了時のリチウムイオン二次電池の内部抵抗[Ω]と,放電終了直前における電流値[A]との積にほぼ比例するからである。
【0036】
一方,金属リチウム析出ありの場合には上記より,J’点は分極大の領域内にあるもののJ点は分極小の領域内にある。つまり,負極は大きく分極しているが正極はそれほど分極していない状態にある。このため,放電終了時におけるリチウムイオン二次電池の内部抵抗が,金属リチウム析出なしの場合と比べて小さいのである。したがって,放電終了後の電圧回復量VRがその分小さいのである。これが,電圧回復量VRの大小により金属リチウム析出の有無を判別できる理由である。
【0037】
ここにおいて,電圧回復量VRを取得する前の定電流放電の役割は,対象のリチウムイオン二次電池を判定可能な状態にすることである。すなわち,リチウムイオン二次電池のSOCが高い状態(図4中のG点,G’点の辺り)にあれば,金属リチウム析出の有無による分極状態の差はほとんどない。この領域では図4中のカーブEとカーブFとがほとんど重なっているからである。このためこのままでは判定ができない。
【0038】
定電流放電によりリチウムイオン二次電池のSOCを下げて図4中のH点,H’点,J点,J’点の辺りにすることで,金属リチウム析出の有無による分極状態の差が現れる。この領域では図4中のカーブEとカーブFとが重なっていないからである。この状態で電圧回復量VRを取得するので,金属リチウム析出の有無を判別できるのである。言い替えると,定電流放電の役割は,金属リチウム析出の有無により分極状態に違いが生じる程度まで,リチウムイオン二次電池を低充電状態にすることである。
【0039】
なお,リチウムイオン二次電池の内部抵抗は,温度依存性を持っている。すなわち,低温下では高温下と比較して内部抵抗が大きくなる傾向がある。このことは,前述の電圧回復量VRが低温下では高温下と比較して大きくなりやすいことを意味する。そのため,電圧回復量VRと比較するための閾値についても,温度依存性を持たせることが望ましい。すなわち,低温時には高温時と比較して大きな閾値を用いるのである。逆に高温時には低温時と比較して小さな閾値を用いる。そのためには,電池群5の温度ごとに,使用する閾値を定めたマップを演算部4に内蔵させておけばよい。むろんそのマップにおいては,高温時用に指定された閾値よりも,低温時用に指定された閾値の方が大きくなっていなければならない。そして,温度計11の取得温度により,マップ中の閾値から適切なものを選択して用いるのである。
【0040】
あるいは,電圧回復量VRとの比較のための閾値を電池温度に応じてマップから選ぶ代わりに,取得した電圧回復量VR自体を電池群5の温度に応じて補正しても同じことである。つまり,電池温度が低いほど電圧回復量VRを小さめに補正し,電池温度が高いほど電圧回復量VRを大きめに補正するのである。その上で補正後の電圧回復量VRを閾値と比較するのである。このようなやり方であっても,リチウムイオン二次電池の内部抵抗の温度依存性への対応ができる。
【0041】
次に,図3中での電圧回復量VRの決定方法について述べる。この決定方法はいくつか考えられるが,毎回同じ方法を用いるのであればどれでもよい。最も簡単なのは,固定待ち時間による方法である。すなわち,時刻Cの後,電圧回復量VRの取得のために電池群5の両端電圧をサンプリングするまでの待ち時間をあらかじめ定めておくのである。その待ち時間経過時のセル電圧からセル当たりの放電停止電圧VQを引くことで,電圧回復量VRを決定できる。図3では時刻Cの後に急峻に電圧が上昇する期間は100秒にやや満たない程度であるから,待ち時間を100秒以上の時間に設定しておけばよい。
【0042】
他の決定方法として,セル電圧の上昇幅に着目する方法がある。すなわち,時刻Cの後,電池群5の両端電圧を周期的に反復してサンプリングするのである。すると,両端電圧はサンプリングされるたびに上昇するが,図3中で時刻C後のカーブが水平に近くなると,その上昇幅がごく小さくなる。そこで,一定の時間間隔でサンプリングされた電圧値間の上昇幅について閾値を設定しておくのである。上昇幅が当該閾値以下となったときのセル電圧に基づいて,電圧回復量VRを決定することができる。
【0043】
他にも,時刻C後の電圧値の変化のカーブに対して,極限値に収束する関数を近似により当てはめてその極限値に基づいて決定する方法,などが考えられる。これら公知のいかなる方法であってもよい。
【0044】
本形態に係るリチウムイオン二次電池のリチウム析出判別方法の主たる適用対象として,車両に搭載されたリチウムイオン二次電池が考えられる。その車両としては,その動力源の全部あるいは一部にリチウムイオン二次電池による電気エネルギーを使用している車両であれば良く,例えば,電気自動車,ハイブリッド自動車,プラグインハイブリッド自動車,ハイブリッド鉄道車両,フォークリフト,電気車椅子,電動アシスト自転車,電動スクータ等が挙げられる。
【0045】
すなわち,車載のリチウムイオン二次電池に対し外部から図1のリチウム析出判別装置1を接続して判定を行うことができる。あるいは,車両のコントロールユニットに図1のリチウム析出判別装置1の機能を内蔵させておくことで,車両自身で判定を行うこともできる。
【0046】
そのような車両の例を図5に示す。この車両400は,エンジン440,モータ420を併用して駆動するハイブリッド自動車である。この車両400は,車体490,エンジン440,これに取り付けられたモータ420,ケーブル450,コントロールユニット430及び複数のバッテリ100を自身の内部に有する組電池401を有している。コントロールユニット430には,モータ420の駆動のためのインバータ等の他に,図1のリチウム析出判別装置1の機能が内蔵されている。ただし,図1中の要素のうち充電部8および放電部9の役割を果たすのは,車両400ではモータ420である。
【0047】
車両400の場合には,図3中の電圧回復量VRが1[V]程度は欲しいところである。エンジン440の始動を確実に行うためである。しかしながら,金属リチウム析出により電池群5が劣化してくると,電圧回復量VRが0.5[V]程度しか得られない事態ともなりうる。本形態の判別手法によりそのような状態を検知すれば,ユーザに電池交換等の適切な対処を執るように促すことが可能となる。
【0048】
ここで車両400においては,通常,モータ420を定電圧制御により駆動することはあまり想定されていない。このため,コントロールユニット430は定電圧制御機能を有していないことが多い。しかしそのことによる不都合はない。本形態の手法では低電流制御を用いるが,定電圧制御を用いないからである。むろん,何らかの別の理由によりコントロールユニット430に定電圧制御機能を備えていたとしてもかまわない。
【0049】
また,車両以外にも,電池をエネルギー源の少なくとも1つとして利用する機器に搭載されているリチウムイオン二次電池を判定対象とすることもできる。そのような機器としては,例えば,パーソナルコンピュータ,携帯電話,電池駆動の電動工具,無停電電源装置など,電池で駆動される各種の家電製品,オフィス機器,産業機器が挙げられる。また,組電池状態としていない単電池を対象とすることもできる。
【0050】
以上詳細に説明したように本形態によれば,リチウムイオン二次電池を,電池電圧が放電停止電圧VQに下がるまで定電流放電させ,放電終了後の電圧回復量VRを取得する。電圧回復量VRは,前述のように放電終了時におけるリチウムイオン二次電池の内部抵抗に依存し,その内部抵抗は,リチウムイオン電池に金属リチウム析出が発生しているか否かにより異なる。このため,電圧回復量VRの大小により,リチウムイオン電池に金属リチウム析出が発生しているか否かを判別できるのである。こうして,リチウムイオン二次電池における金属リチウム析出の発生の有無を判定できる装置,方法,およびその装置を搭載する車両が実現されている。ここにおいて,電池の温度に応じた判定ができるようになっている。
【0051】
なお,本実施の形態は単なる例示にすぎず,本発明を何ら限定するものではない。したがって本発明は当然に,その要旨を逸脱しない範囲内で種々の改良,変形が可能である。
【符号の説明】
【0052】
1 リチウム析出判別装置
2 電流計
3 電圧計
4 演算部
5 電池群
6 リレー
7 負荷
8 充電部
9 放電部
10 DC/DCコンバータ
11 温度計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムイオン二次電池における金属リチウムの析出の有無の判定装置において,
判定対象のリチウムイオン二次電池の電圧があらかじめ定めた低充電状態に相当する電圧になるまで当該電池を定電流放電させる放電部と,
前記定電流放電の終了後における当該電池の電圧の自然上昇量を取得する自然上昇量取得部と,
取得した自然上昇量をあらかじめ定めた閾値と比較し,自然上昇量が閾値以上である場合に金属リチウムの析出が発生していないと判定し,自然上昇量が閾値未満である場合に金属リチウムの析出が発生していると判定する析出判定部とを有することを特徴とするリチウムイオン二次電池における金属リチウムの析出の有無の判定装置。
【請求項2】
請求項1に記載のリチウムイオン二次電池における金属リチウムの析出の有無の判定装置において,
判定対象のリチウムイオン二次電池の温度に応じて,
当該温度が低いほど前記析出判定部で用いる閾値を大きくし,
当該温度が高いほど前記析出判定部で用いる閾値を小さくする閾値決定部を有することを特徴とするリチウムイオン二次電池における金属リチウムの析出の有無の判定装置。
【請求項3】
請求項1に記載のリチウムイオン二次電池における金属リチウムの析出の有無の判定装置において,
判定対象のリチウムイオン二次電池の温度に応じて,
当該温度が低いほど取得した自然上昇量を小さい値に補正し,
当該温度が高いほど取得した自然上昇量を大きい値に補正する温度補正部を有し,
前記析出判定部は,前記温度補正部による補正後の自然上昇量を閾値と比較することを特徴とするリチウムイオン二次電池における金属リチウムの析出の有無の判定装置。
【請求項4】
請求項1から請求項3までのいずれか1つに記載のリチウムイオン二次電池における金属リチウムの析出の有無の判定装置において,
前記定電流放電させるに先立ち,判定対象のリチウムイオン二次電池の電圧が,あらかじめ定めた判定開始可能電圧以上であるか否かを判定する開始可能判定部と,
あらかじめ定めた充電目標電圧になるまで当該電池を充電する予備充電部とを有し,
前記開始可能判定部により判定開始可能電圧以上と判定された場合には直ちに前記定電流放電を開始し,
前記開始可能判定部により判定開始可能電圧未満と判定された場合には,前記予備充電部による充電を行ってから前記定電流放電を開始することを特徴とするリチウムイオン二次電池における金属リチウムの析出の有無の判定装置。
【請求項5】
リチウムイオン二次電池における金属リチウムの析出の有無の判定方法において,
判定対象のリチウムイオン二次電池を定電流放電させるとともに,あらかじめ定めた低充電状態になったところでその定電流放電を中止し,
中止した後の当該リチウムイオン二次電池の電圧の自然上昇量を取得し,
取得した自然上昇量をあらかじめ定めた閾値と比較し,自然上昇量が閾値以上である場合に金属リチウムの析出が発生していないと判定し,自然上昇量が閾値未満である場合に金属リチウムの析出が発生していると判定することを特徴とするリチウムイオン二次電池における金属リチウムの析出の有無の判定方法。
【請求項6】
請求項5に記載のリチウムイオン二次電池における金属リチウムの析出の有無の判定方法において,
判定対象のリチウムイオン二次電池の温度に応じて,
当該温度が低いほど前記自然上昇量との比較のための閾値を大きくし,
当該温度が高いほど前記自然上昇量との比較のための閾値を小さくすることを特徴とするリチウムイオン二次電池における金属リチウムの析出の有無の判定方法。
【請求項7】
請求項5に記載のリチウムイオン二次電池における金属リチウムの析出の有無の判定方法において,
判定対象のリチウムイオン二次電池の温度に応じて,
当該温度が低いほど取得した自然上昇量を小さい値に補正し,
当該温度が高いほど取得した自然上昇量を大きい値に補正し,
補正後の自然上昇量を閾値と比較することを特徴とするリチウムイオン二次電池における金属リチウムの析出の有無の判定方法。
【請求項8】
請求項5から請求項7までのいずれか1つに記載のリチウムイオン二次電池における金属リチウムの析出の有無の判定方法において,
前記定電流放電させるに先立ち,判定対象のリチウムイオン二次電池の電圧が,あらかじめ定めた判定開始可能電圧以上であるか否かを判定し,
判定開始可能電圧以上であった場合には直ちに前記定電流放電を開始し,
判定開始可能電圧未満であった場合には,あらかじめ定めた充電目標電圧になるまで当該電池を充電してから前記定電流放電を開始することを特徴とするリチウムイオン二次電池における金属リチウムの析出の有無の判定方法。
【請求項9】
リチウムイオン二次電池と,
請求項1から請求項4までのいずれか1つに記載のリチウムイオン二次電池における金属リチウムの析出の有無の判定装置とを搭載する車両。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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