説明

リチウムイオン二次電池用正極およびそれを用いたリチウムイオン二次電池

【課題】耐表面吸湿性を有する正極およびサイクル特性の良好な非水電解質二次電池を提供する。
【解決手段】集電体と、前記集電体上に正極活物質として遷移金属含有複合酸化物を含む合剤層とを備えたリチウム二次電池用正極であって、前記合剤層はRa値が0.1μm以上0.5μm以下の表面粗さを有し、前記合剤層はその表面にカップリング剤による表面処理層を有するリチウムイオン二次電池用正極を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、改良されたリチウムイオン二次電池用正極およびそれを用いたリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は、起電力が高く、高エネルギー密度であるという特徴を有することから、近年、パーソナルコンピュータ、携帯電話などのポータブル機器の電源として、その需要が増大している。上記のような用途に用いられる電池には、常温使用が求められると同時に、高いエネルギー密度と優れたサイクル特性が要求される。この要求に応えるため、正極および負極のそれぞれにおいて、高容量の活物質が新たに開発されている。正極においては、高い容量が得られる正極活物質としてニッケル酸リチウム系の材料が検討されている。
【0003】
しかし、ニッケル酸リチウム系材料には、吸湿により水酸化リチウムや炭酸リチウムなどを生成し、それにより表層が変質しやすいという問題がある。吸湿により、表面に水酸化リチウムや炭酸リチウムなどが生成したニッケル酸リチウム系正極活物質は、その充放電サイクル時や高温保存時に、電池内部で水酸化リチウムや炭酸リチウムなどの分解によるガス発生が起こり、電池性能の低下が起こる場合がある。
【0004】
このような問題に対し、シランカップリング剤でコーティングした活物質粉末を用いることにより、サイクル寿命や不可逆容量などの電池特性を改善することが提案されている。例えば、特許文献1では、正極活物質粉末にカップリング剤をコーティング処理した後に集電体上に塗工し、これを正極板として用いることにより不可逆容量の低減を図ることが提案されている。また、例えば特許文献2によれば、活物質表面にカップリング剤を処理することにより、不可逆容量が小さく、より高い充放電効率とより優れた充放電サイクル特性とを有するリチウムイオン二次電池が得られることが開示されている。
【0005】
特許文献1および2ではいずれも、活物質粉末にカップリング剤処理を施した後に、これを加えた合剤ペーストを作製し、この合剤ペーストを集電体に塗布し圧着後乾燥し、極板とすることが提案されている。
【特許文献1】特開平08−111243号公報
【特許文献2】特開平11−354104号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1および2で提案されているような、活物質粉末粒子をコーティングした後にこれを含む合剤層に圧力を加えて加工(圧延)する従来の方法では、ニッケル酸リチウム系の活物質は極板の圧延により活物質粒子のクラックや変形が容易に生じるため、コーティングしたカップリング剤の存在しない界面が新たに生成しやすく、コーティングによる吸湿抑制効果を十分に得ることはできなかった。
【0007】
また、本発明者等の検討によれば、合剤層の圧延後にコーティングを行う場合でも、表面粗さの大きい合剤層を有する極板にカップリング剤処理を行った場合には、カップリング剤が持つ撥水効果が弱められ、満足し得る吸湿抑制効果を極板に付与することはできなかった。
【0008】
本発明は、上記課題を鑑みてなされたものであり、集電体上に正極活物質としてリチウム複合酸化物を含む合剤層を形成したリチウム二次電池用正極において、吸湿による合剤層表面の変質の抑制に優れたリチウム二次電池用正極、およびそれを用いることにより、充放電サイクル時や高温保存時にガス発生が起こらず、性能低下や電池厚みの増加が起こりにくいリチウム二次電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決した本発明とは、集電体と、前記集電体上に正極活物質として遷移金属含有複合酸化物を含む合剤層とを備えたリチウム二次電池用正極であって、前記合剤層はRa値が0.1μm以上0.5μm以下の表面粗さを有し、前記合剤層はその表面にカップリング剤による表面処理層を有することを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極である。
【0010】
上記構成によれば、合剤層表面は均一に小さな凹凸性を有するため、その表面にカップリング剤による表面処理を行うことで、カップリング剤分子中の撥水性を有する有機官能基が、表面処理層の表層側に向けて合剤層面に対して垂直方向に配向しやすくなり、活物質のカップリング剤処理をした後にこれを含有する合剤層を形成する場合に比べて、カップリング剤による撥水効果が促進される。
【0011】
また、正極活物質は、一般式Li1−y(但し、xおよびyは0.85≦x≦1.25および0≦y≦0.50を満たし、Mは、NiおよびCoよりなる群から選択される少なくとも1種の金属であり、Lは、アルカリ土類元素、NiおよびCoを除く遷移元素、希土類元素、IIIb族元素、およびIVb族元素よりなる群から選択される少なくとも1種の元素である)で表される遷移金属含有複合酸化物であることが好ましい。
【0012】
上記構成によれば、これらの遷移金属含有複合酸化物は高容量の正極活物質を提供するだけでなく、正極活物質を含む合剤層表面のカップリング剤処理により、正極活物質の吸湿による表層変質は効果的に抑制される。
【0013】
さらに、上記一般式中、元素Lは、Al、Mn、Ti、Mg、Zr、Nb、Mo、W、およびYよりなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましい。
【0014】
これらの元素Lは、合剤層に含まれる遷移金属含有複合酸化物とカップリング剤との結合力を高める作用を有するため、カップリング剤による撥水効果がより大きくなる。
【0015】
また、カップリング剤は、シランカップリング剤、アルミネート系カップリング剤、およびチタネート系カップリング剤よりなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましい。
【0016】
これらのカップリング剤は、正極活物質としての遷移金属含有複合酸化物の表面に存在する水酸基等と結合する反応性が高いため、カップリング剤が持つ撥水効果が高められる。
【0017】
さらに、カップリング剤は、分子内に2つ以上の加水分解基と少なくとも1つの未置換または置換炭化水素基とを有することが好ましい。
【0018】
上記構成によれば、カップリング剤分子内の加水分解基は加水分解されて、カップリング剤同士を結合させるとともに正極活物質表面の水酸基等と結合し、同時に、撥水性を有する炭化水素基が表面処理層の表層側に向けて配向することができるため、より確実な撥水効果が発揮される。
【0019】
そのようなカップリング剤としては、一般式(RO)SiX、および(RO)SiX(Y)(但し、ROは加水分解基としてのアルコキシ基であり、XおよびYは未置換または置換炭化水素基である)で表されるシランカップリング剤から選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。
【0020】
上記構成によれば、複数のアルコキシ基が加水分解されてシラノール基となり、シラノール基同士の脱水縮合による架橋反応と正極活物質表面の水酸基等との結合反応とが同時に進行するため、合剤層表面の全体を覆うようにシランカップリング剤による撥水効果が発揮される。
【0021】
さらに、シランカップリング剤は、加水分解基としてアルコキシ基を有し、炭化水素基としてアルキル基、メルカプトアルキル基、およびフルオロアルキル基よりなる群から選択される少なくとも1種を有することが好ましい。
【0022】
上記構成によれば、これらの炭化水素基が表面処理層の表層側に向けて配向することにより、シランカップリング剤処理による吸湿抑制効果はさらに効果的となるだけでなく、電解液との副反応を抑制することができる。
【0023】
また、合剤層表面にある表面処理層は、カップリング剤の加水分解基と正極活物質表面の水酸基等との結合を合剤層側に有し、表層側にカップリング剤の炭化水素基が配向することが好ましい。
【0024】
上記構成によれば、撥水性を有する炭化水素基が、表面処理層の表層側に向けて合剤層面に対して垂直方向に配向しやすくなるため、より確実な撥水効果がもたらされる。
【0025】
表面処理層は、遷移金属含有複合酸化物100質量部に対して、2質量部以下のカップリング剤を含むことが好ましい。
【0026】
上記構成によれば、正極活物質量に適したカップリング剤量で合剤層を表面処理することにより、電池特性を阻害することなく、好適な撥水効果を得ることができる。
【0027】
そして、このように吸湿抑制効果に優れる上記リチウムイオン二次電池用正極と、負極と、非水電解質とを備えるリチウムイオン二次電池は、充放電サイクル時や高温保存時に表面変質に起因するガス発生が抑えられ、その結果、電池性能低下や電池厚みの増加が起こりにくくなる。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、吸湿による表面変質が抑制されたリチウムイオン二次電池用正極、およびそれを用いることにより、充放電サイクル時や高温保存時にガス発生量が抑えられ、サイクル特性が改善され、電池厚みの増加(ふくれ)が抑制されたリチウムイオン二次電池が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0030】
本発明のリチウムイオン二次電池用正極は、集電体と、前記集電体上に正極活物質として遷移金属含有複合酸化物を含む合剤層とを備え、前記合剤層はRa値が0.1μm以上0.5μm以下の表面粗さを有し、前記合剤層はその表面にカップリング剤による表面処理層を有することを特徴とする。
【0031】
本発明者等の検討によれば、Ra値が0.1μm以上0.5μm以下の範囲の表面粗さを有する合剤層の表面に、カップリング剤による表面処理層を形成することによって、Ra値が0.5μmを越える表面粗さを有する合剤層の表面にカップリング剤による表面処理層を形成する場合に比べて、カップリング剤による撥水効果が著しく促進されて、より大きな撥水効果が得られることが見出された。その理由は必ずしも明らかではないが、集電体上に形成される合剤層表面の上記特定範囲の表面粗さが、合剤層表面に形成される表面処理層においてカップリング剤分子を好ましく配列させるためであろうと考えられる。
【0032】
合剤層表面の表面粗さと、表面処理層におけるカップリング剤分子の配列との関係について、図を用いて説明する。なお、図1〜3は、本発明を分かりやすく説明するためにいずれも模式的に表されたものであり、その大きさ、形状などは実際のものを反映するものではない。
【0033】
図1は、本発明の実施形態におけるリチウムイオン二次電池用正極の一例を示す模式断面図である。正極1は、集電体2と、集電体2の上に正極活物質3を含む合剤層4とを備え、合剤層4の表面はRa値が0.1μm以上0.5μm以下の表面粗さを有する。合剤層4は、その表面に、カップリング剤5により処理された表面処理層6を有する。表面処理層6に含まれるカップリング剤5(図1ではシランカップリング剤)は、分子内に加水分解基5aおよび未置換または置換炭化水素基5bを有する。加水分解基5aは加水分解して、合剤層4に含まれる正極活物質3の表面にある水酸基等と結合し、炭化水素基5bは表面処理層6の表層側に向けて配向する。この時、合剤層4の表面粗さがRa値で0.1μm以上0.5μm以下の特定範囲にある場合、すなわち合剤層4の表面の凹凸性が均一で小さい場合には、炭化水素基5bは、表面処理層6の表層側に向けて合剤層面に対して垂直方向に配向することができる。撥水性を有する炭化水素基5bが合剤層面に対して垂直方向に配向しやすくなることにより、カップリング剤5により処理された表面処理層6の撥水効果が促進されると考えられる。
【0034】
これに対し、後述の比較試験例に示されるように、合剤層の表面がRa値で0.5μmを超える表面粗さを有する場合は、カップリング剤による撥水効果が低減することが確認された。その理由は、図2を用いて、以下のように説明することができる。図2は、合剤層の表面粗さがRa値で0.5μmを超える正極の一例を示す模式断面図であって、本発明の実施形態を示す図1と対比するために作成されたものである。図2の正極は、図1と同様に、集電体と、その上に正極活物質を含む合剤層とを備え、合剤層は、その表面に、分子内に加水分解基および炭化水素基を有するカップリング剤(図2ではシランカップリング剤)により処理された表面処理層を有する。カップリング剤の加水分解基は正極活物質の表面にある水酸基等と結合するため、炭化水素基は表面処理層の表層側に向けて配向することは可能である。しかし、図2は、合剤層の表面がRa値で0.5μmを超える表面粗さを有する点で、本発明の実施形態を示す図1とは異なる。合剤層表面におけるこのように大きな凹凸性は、炭化水素基が合剤層面に対して垂直方向に配向することを妨げる。そのため、撥水性を有する炭化水素基は、大部分が合剤層面に対して水平方向又は様々な角度をもって配向しやすくなる。その結果、カップリング剤による撥水効果は著しく損なわれることになると考えられる。
【0035】
また、合剤層の表面粗さがRa値で0.1μm未満の場合も、後述の比較試験例に示されるように、カップリング剤による撥水効果は低下することが確認された。そのような表面粗さの合剤層を作製するためには圧延の際の線圧を高めなければならず、その際、合剤層表面の正極活物質に微細なクラックが数多く生成する。生成した正極活物質の微細なクラックは、合剤層の吸水性を増加させ、その結果カップリング剤の表面処理による撥水効果が相殺されることになると考えられる。
【0036】
表面粗さのパラメーターであるRa(中心線平均粗さ)は、JIS規格B0601−1994により算出することができる。Ra値は、粗さ曲線を中心線から折り返し、その粗さ曲線と中心線によって得られた面積を長さLで割った値として求めることができる。
【0037】
合剤層の表面粗さは、集電体上に正極活物質を含む合剤層を形成した後に圧延処理を施すことによって、調節することができる。例えば、合剤層の圧延時に使用するローラーの表面粗さRaを所定の値に設定して圧延処理を施す。これにより、圧延ローラーの表面粗さが合剤層表面に転写され、例えば10点平均で、合剤層の表面粗さをRa値で0.1μm以上0.5μm以下の範囲にコントロールすることができる。
【0038】
本発明に係る合剤層は、正極活物質として遷移金属含有複合酸化物を含む。遷移金属含有複合酸化物の粒子の形態は特に限定されない。例えば、一次粒子の状態で活物質粒子を構成する場合であっても、二次粒子の状態で活物質粒子を構成する場合であってもよい。また、複数の活物質粒子が集まって、二次粒子を形成していてもよい。
【0039】
遷移金属含有複合酸化物粒子の平均粒子径(二次粒子となっていればその二次粒子径の平均)は、特に限定されないが、例えば3〜30μmが好ましく、特に10〜20μmが好ましい。平均粒径は、例えばマイクロトラック社製の湿式レーザ粒度分布測定装置等により測定することができる。この場合、体積基準における50%値(メディアン値:D50)を平均粒径と見なすことができる。
【0040】
正極活物質としては、一般式Li1−yで表される遷移金属含有複合酸化物を用いることが好ましい。金属Mは、NiおよびCoよりなる群から選択される少なくとも1種の金属であることが、高容量の活物質が得られる点で好ましい。特に、MとしてNiが主成分であるニッケル酸リチウム系複合酸化物が正極活物質である場合は、これを含む合剤層表面のカップリング剤処理により、吸湿により表層変質しやすいニッケル酸リチウム系複合酸化物に対して、本発明に係る撥水効果を効果的に発揮することができる。
【0041】
前記一般式において、元素Lは、アルカリ土類元素、NiおよびCoを除く遷移元素、希土類元素、IIIb族元素、およびIVb族元素よりなる群から選択される少なくとも1種の元素であることが好ましい。これらの元素は、遷移金属含有複合酸化物に熱安定性向上の効果等を与えるとともに、遷移金属含有複合酸化物の表面とカップリング剤との結合力を高める作用を有すると考えられる。従って、遷移金属含有複合酸化物において、元素Lは、正極活物質粒子の内部よりも、表層部側に多く分布することが好ましい。
【0042】
これらの元素の中で、元素Lが、Al、Mn、Ti、Mg、Zr、Nb、Mo、WおよびYよりなる群から選択される少なくとも1種である場合は、さらに好ましい。これらの元素は、遷移金属含有複合酸化物の表面とカップリング剤との結合力をより高めることができる。また、これらの元素Lは、遷移金属含有複合酸化物中に単独で含まれてもよく、2種以上が含まれてもよい。特にAlは、酸素との結合力が強いことから、元素Lとして好適である。また、Mn、TiおよびNbも好適である。元素Lが、Ca、Sr、Si、Sn、Bなどを含む場合には、Al、Mn、Ti、Nbなどと併用することが望ましい。
【0043】
Li含有量を表すxの範囲は、高容量化を図る観点から、完全放電状態もしくは電池組立直後の初期状態もしくはリチウム複合酸化物の合成直後において、0.85≦x≦1.25であることが好ましい。xの範囲は0.93≦x≦1.1であることがより好ましい。
【0044】
元素Lの含有量を表すyの範囲は、0≦y≦0.50であることが好ましい、容量、サイクル特性、熱安定性などのバランスを考慮すると、0<y≦0.50がより好ましく、0.001≦y≦0.35であることがさらに好ましい。
【0045】
元素LがAlを含む場合、NiとCoと元素Lとの合計量に対するAlの原子比をaとすれば、aは0.005≦a≦0.1が好ましく、0.01≦a≦0.05がさらに好ましい。
【0046】
元素LがMnを含む場合、NiとCoと元素Lとの合計量に対するMnの原子比をbとすれば、bは0.005≦b≦0.5が好ましく、0.01≦b≦0.35がさらに好ましい。
【0047】
元素LがTiおよびNbよりなる群から選択される少なくとも1種を含む場合、NiとCoと元素Lとの合計量に対するTiおよびNbの合計量の原子比をcとすれば、cは0.001≦c≦0.1が好ましく、0.002≦c≦0.05がさらに好ましい。
【0048】
正極活物質としての遷移金属含有複合酸化物は、所定の金属元素比を有する原料を酸化雰囲気中で焼成することにより合成することができる。例えば、上記一般式において金属MとしてNiが主成分であるニッケル酸リチウム系複合酸化物を合成する場合は、リチウム、ニッケル(およびコバルト)ならびに元素Lを所定の金属元素比で含む原料を用いればよい。原料としては、各金属元素の酸化物、水酸化物、オキシ水酸化物、炭酸塩、硝酸塩、有機錯塩などを用いることができる。これらは単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0049】
ニッケル酸リチウム系複合酸化物の合成を容易にする観点からは、原料が複数の金属元素を含有する固溶体を含むことが好ましい。複数の金属元素を含む固溶体は、酸化物、水酸化物、オキシ水酸化物、炭酸塩、硝酸塩、有機錯塩などの何れにおいても形成可能である。例えば、NiとCoを含む固溶体、Niと元素Lを含む固溶体、Coと元素Lを含む固溶体、NiとCoと元素Lを含む固溶体などを用いることが好ましい。
【0050】
原料の焼成温度と酸化雰囲気の酸素分圧は、原料の組成、量、合成装置などに依存するが、当業者であれば適宜適切な条件を選択可能である。また、Li、Ni、Coおよび元素L以外の元素が、工業原料に通常に含まれる範囲の量で不純物として混入する場合もあるが、本発明の効果を損なわない範囲であれば、混入しても差し支えない。
【0051】
本発明においては、上記の表面粗さを有する合剤層の表面にカップリング剤による表面処理が施されて、表面処理層が形成される。
【0052】
カップリング剤としては、例えば、シランカップリング剤、アルミネート系カップリング剤、およびチタネート系カップリング剤を好ましく用いることができる。これらのカップリング剤は、分子内に、それぞれケイ素、アルミニウムおよびチタンに結合する加水分解基と有機官能基を持っているため、加水分解基は無機物の表面に化学的に結合し、有機官能基は有機質の皮膜を形成することができる。特に、これらのカップリング剤は、正極活物質としての遷移金属含有複合酸化物の表面に存在する水酸基等と結合する反応性が高いため、合剤層表面に表面処理を施すことによりカップリング剤が持つ撥水効果を高めることができる。これらは1種を単独で用いてもよく、複数種を組み合わせて用いてもよい。これらのうちでは、シロキサン結合を骨格とする無機ポリマーで正極活物質表面を被覆でき、副反応を抑制できるという観点から、シランカップリング剤を用いることが好ましい。例えば、シランカップリング剤による表面処理によれば、正極活物質粒子の表面をシリコーンポリマーで被覆することができる。
【0053】
カップリング剤としては、分子内に、2つ以上の加水分解基と少なくとも1つの未置換または置換炭化水素基とを有するカップリング剤を好ましく用いることができる。加水分解基としては、例えば、メトキシ基、エトキシ基等のアルコキシ基、クロル基等のハロゲン基、およびイソシアネート基等が挙げられる。例えば、アルコキシ基は、加水分解されて、カップリング剤分子内でSi、Ti、Al等の原子に直接結合した水酸基(例えばSi−OH、Ti−OH、Al−OH)を生成する。2つ以上のアルコキシ基から2つ以上の水酸基が生成するため、それぞれが脱水縮合することにより、その少なくとも1つはカップリング剤同士を結合させて無機ポリマーを形成し、他の少なくとも1つは正極活物質表面の水酸基と結合することができる。正極活物質表面の水酸基との結合においては、加水分解基がアルコキシ基である場合には、アルコキシ基と水酸基との間で脱アルカノール反応が進行する。また、加水分解基がハロゲン基である場合には、ハロゲン基と水酸基との間で脱ハロゲン化水素反応が進行する。加水分解基としては、正極活物質表面の水酸基との反応性を考慮すると、炭素数が1〜3のアルコキシ基が好ましい。
【0054】
カップリング剤分子内の未置換炭化水素基としては、好ましくは、炭素数が12以下の、直鎖または分岐した、飽和または不飽和の、脂肪族または脂環式の炭化水素基が挙げられる。特に好ましい未置換炭化水素基は、炭素数が6以下の直鎖飽和脂肪族炭化水素基である。また、置換炭化水素基における置換基としては、例えば、ハロゲン基、メルカプト基、アルキル基、エーテル基、シアノ基、ビニル基、フェニル基等が挙げられる。好ましい置換基としては、炭化水素基の撥水性を高めるハロゲン基、メルカプト基、およびアルキル基が挙げられる。カップリング剤分子内の少なくとも1つの炭化水素基は、カップリング剤の表面処理によって形成される表面処理層の表層側に向けて配向するため、これら炭化水素基の撥水性が表面処理層に確実な撥水効果を付与することができる。
【0055】
例えば、カップリング剤がシランカップリング剤である場合には、一般式(RO)SiX、および(RO)SiX(Y)(但し、ROは加水分解基としてのアルコキシ基であり、XおよびYはそれぞれ独立して未置換または置換炭化水素基である)で表されるシランカップリング剤から選ばれる少なくとも1種を好ましく用いることができる。複数のアルコキシ基は加水分解されてシラノール基となり、シラノール基同士の脱水縮合による架橋反応と正極活物質表面の水酸基等との結合反応とが同時に進行する。架橋反応はシロキサン結合(−Si−O−)を骨格とするポリマーを形成し、このポリマーが合剤層表面を被覆する。特に、一般式(RO)SiXで表されるシランカップリング剤は、加水分解されて3つのシラノール基を生成する。そのためシラノール基同士による架橋反応が起こりやすくなり、架橋ポリマーが合剤層表面の全体を覆うため、シランカップリング剤による表面処理層の全体にわたって炭化水素基による撥水効果が発揮される。
【0056】
加水分解基としてアルコキシ基を有する上記のシランカップリング剤において、炭化水素基は、アルキル基、メルカプトアルキル基、およびフルオロアルキル基よりなる群から選択される少なくとも1種の炭化水素基であることが好ましい。特にこれらの炭化水素基は撥水性に優れるだけでなく、電解液との副反応を抑制することができる。そのため、これらの炭化水素基が表面処理層の表層側に向けて配向することにより、シランカップリング剤処理による撥水効果はさらに効果的となり、同時に電解液との副反応が抑制される。
【0057】
本発明においては、合剤層表面をカップリング剤により表面処理することにより、合剤層上に表面処理層が形成される。表面処理層におけるカップリング剤の結合状態について、図3を用いて説明する。図3は、本発明の実施形態に係る表面処理層におけるカップリング剤の結合状態の一例を示す模式図である。表面処理層6の合剤層側では、カップリング剤5(図3ではシランカップリング剤)の2つ以上の加水分解基5aは加水分解されて、生成する少なくとも1つの水酸基は合剤層4に含まれる正極活物質3の表面7にある水酸基またはオキシ水酸基と結合する。他の少なくとも1つの水酸基はカップリング剤同士を互いに結合させて架橋し、合剤層面に対して水平方向に無機ポリマー8を形成し、この架橋したポリマーが合剤層表面を覆う。一方、表面処理層6の表層側では、カップリング剤5の撥水性を有する未置換または置換炭化水素基5bが合剤層面に対して垂直方向に配向する。その結果、生成した正極活物質表面との強固な結合および水平方向に合剤層表面を覆う無機ポリマーは、相補的に正極活物質に対する確実な吸湿抑制効果をもたらし、合剤層面に垂直方向に配向した炭化水素基は、優れた撥水効果を付与することができる。
【0058】
カップリング剤による表面処理層の有無は、カップリング剤と正極活物質の表面にある水酸基等との結合を検出することにより確認することができる。例えば、正極活物質がニッケル酸リチウム系複合酸化物である場合は、その表面における、酸化物表面−O−Si結合、酸化物表面−O−Ti結合、酸化物表面−O−Al結合などの検出によって確認することができる。なお、ニッケル酸リチウム系複合酸化物が元素LとしてSi、Ti、Alなどを含む場合であっても、ニッケル酸リチウム系複合酸化物中のSi、TiおよびAlは、カップリング剤に由来するSi、TiおよびAlとは、結合構造が相違するため、区別することができる。
【0059】
カップリング剤と正極活物質の表面にある水酸基またはオキシ水酸基との結合を強固にするために、カップリング剤による表面処理をする前に、正極活物質を含む合剤層を、温度10〜40℃および湿度40〜70%の環境下で、大気中に所定の時間、例えば0.5〜2時間、暴露することが好ましい。この処理により、例えば正極活物質がニッケル酸リチウム系複合酸化物である場合は、ニッケル酸リチウム系複合酸化物の表面に、LiOHおよび/またはNiOOHが生成する。ニッケル酸リチウム系複合酸化物の表面に生成したLiOHおよびNiOOHは、XRD(粉末X線回折)、XPS(X線光電子分光)、SIMS(二次イオン質量分析)等により、確認することができる。このようにして生成した水酸化物およびオキシ水酸化物は、合剤層をカップリング剤により表面処理することにより、カップリング剤の加水分解基と反応して強固な結合を生むことができる。
【0060】
カップリング剤による表面処理の方法は、特に限定されない。例えば、集電体上に正極活物質として遷移金属含有複合酸化物を含む合剤層を形成し、圧延処理を施した後に、得られた正極板を常温、例えば20〜30℃のカップリング剤液に浸漬させるだけでよい。ただし、合剤層の全体にカップリング剤を表面処理する観点から、カップリング剤同士の結合を促進するため、浸漬させた後に引き上げ、直ちに乾燥機に入れて、例えば100℃程度で加熱処理することが好ましい。加熱処理は、圧延処理後の正極板を、加温したカップリング剤液に浸漬させる方法で行ってもよいが、その場合はカップリング剤液の温度は、正極活物質の表面がカップリング剤で過剰に被覆されることを回避するため、50℃程度以下であることが好ましい。
【0061】
カップリング剤は、合剤層表面に直接塗布してもよいが、適当な有機溶媒、例えば、ジオキサン、テトラヒドロフラン(THF)などのエーテル類、アセトン、メチルエチルケトン(MEK)などのケトン類、エタノール等のアルコール類、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、シリコーンオイル等を用いて希釈して使用してもよい。
【0062】
なお、表面処理による結合反応後に残存するカップリング剤の活性基は十分に不活性化することが好ましい。その場合には、表面処理後の正極板を水酸基含有塩、配位性化合物もしくはシリル化剤を溶解した溶液中に浸漬することにより、残存する活性基を十分に不活性化することができる。また、表面処理を上記のように加熱下で行う場合には、この不活性化処理は省略してもよい。
【0063】
表面処理層に含まれるカップリング剤の量は、合剤層に含まれる遷移金属含有複合酸化物100質量部に対して、2質量部以下であることが好ましく、0.05〜1.5質量部であることがさらに好ましい。遷移金属含有複合酸化物100質量部に対してカップリング剤の量が2質量部を超えると、正極活物質粒子の表面が、表面処理による結合反応に寄与しないカップリング剤で過剰に被覆され、電池特性を阻害することがある。なお、表面処理層に含まれるカップリング剤の量は、ICP発光分析により定量することができる。
【0064】
本発明の正極は、例えば、以下の方法によって製造することができる。
【0065】
まず、正極活物質として上記の遷移金属含有複合酸化物を調製する。調製方法は特に限定されない。例えば、上記のように、所定の金属元素比を有する原料を酸化雰囲気中で焼成することにより、調製することができる。焼成温度、酸化雰囲気における酸素分圧などは、原料の組成、量、合成装置などに応じて適宜選択される。
【0066】
次に、得られた正極活物質粒子を導電剤と結着剤とともに液状に分散させて正極合剤のペーストを調製する。正極合剤に含ませる結着剤には、熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂の何れを用いてもよいが、熱可塑性樹脂が好ましい。結着剤として使用可能な熱可塑性樹脂としては、例えばポリエチレン、ポリプロピレン、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、スチレンブタジエンゴム、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、フッ化ビニリデン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、フッ化ビニリデン−クロロトリフルオロエチレン共重合体、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)、フッ化ビニリデン−ペンタフルオロプロピレン共重合体、プロピレン−テトラフルオロエチレン共重合体、エチレン−クロロトリフルオロエチレン共重合体(ECTFE)、フッ化ビニリデン−ヘキサフルオロプロピレン−テトラフルオロエチレン共重合体、フッ化ビニリデン−パーフルオロメチルビニルエーテル−テトラフルオロエチレン共重合体、エチレン−アクリル酸共重合体、エチレン−メタクリル酸共重合体、エチレン−アクリル酸メチル共重合体、エチレン−メタクリル酸メチル共重合体などが挙げられる。これらは単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。また、これらはNaイオンなどによる架橋体であってもよい。
【0067】
正極合剤に含ませる導電材は、電池内で化学的に安定な電子伝導性材料であればよい。例えば、天然黒鉛(鱗片状黒鉛など)、人造黒鉛などの黒鉛類、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、チャンネルブラック、ファーネスブラック、ランプブラック、サーマルブラック等のカーボンブラック類、炭素繊維、金属繊維などの導電性繊維類、アルミニウム等の金属粉末類、酸化亜鉛、チタン酸カリウムなどの導電性ウィスカー類、酸化チタンなどの導電性金属酸化物、ポリフェニレン誘導体などの有機導電性材料、フッ化カーボンなどを用いることができる。これらは単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。導電材の添加量は、特に限定されないが、正極合剤に含まれる活物質粒子に対して、1〜50質量%が好ましく、1〜30質量%が更に好ましく、2〜15質量%が特に好ましい。
【0068】
次に、得られた合剤ペーストを集電体に塗布する。集電体は、電池内で化学的に安定な電子伝導体であればよい。例えば、アルミニウム、ステンレス鋼、ニッケル、チタン、炭素、導電性樹脂などからなる箔もしくはシートを用いることができ、アルミニウム箔、アルミニウム合金箔等が好ましい。箔もしくはシートの表面には、カーボンやチタンの層を付与したり、酸化物層を形成したりすることもできる。また、箔もしくはシートの表面に凹凸を付与することもでき、ネット、パンチングシート、ラス体、多孔質体、発泡体、繊維群成形体などを用いることもできる。集電体の厚みは、特に限定されないが、例えば1〜500μmの範囲内である。集電体に合剤ペーストを塗布した後、乾燥させる。乾燥温度と時間は、特に限定されないが、例えば100〜150℃の温度で10分ほど乾燥させれば十分である。
【0069】
次に、集電体上に塗布、乾燥させて得られた合剤層に、高密度化と同時に平坦化する圧延処理を施す。圧延処理は、合剤層をローラー圧延などの方法により、所定の厚さまで圧延し、正極活物質の密度を高め空間容積に対する正極活物質の充填性を高めるためにおこなう。ここで、例えば、圧延時に使用するローラーの表面粗さRaを所定の値に設定して圧延処理を施すことで、圧延ローラーの表面粗さが合剤層表面に転写され、Ra値が0.1μm以上0.5μm以下の表面粗さを有する合剤層を得ることができる。
【0070】
次に、好ましくは上記のように、得られた合剤層を大気中に所定の時間暴露する。これにより、正極活物質の表面に、水酸基および/またはオキシ水酸基を生成させる。
【0071】
最後に、上記のように、合剤層表面にカップリング剤により表面処理を施すことにより、合剤層上に表面処理層を形成することができる。
【0072】
このようにして、所定の表面粗さを有し、かつカップリング剤による表面処理層を有する合剤層を備えた本発明の正極が得られる。
【0073】
本発明のリチウムイオン二次電池は、上記のようにして得られた正極と、負極と、非水電解質とを用いて作製することができる。
【0074】
負極には、例えば、負極活物質と結着剤とを含み、任意成分として導電剤や増粘剤を含む負極合剤層を負極集電体上に備えたものを用いることができる。このような負極は、正極と同様の方法で作製することができる。
【0075】
負極活物質は、リチウムを電気化学的に充放電し得る材料であればよい。例えば、黒鉛類、難黒鉛化性炭素材料、リチウム合金、金属酸化物などを用いることができる。リチウム合金は、特にケイ素、スズ、アルミニウム、亜鉛およびマグネシウムよりなる群から選ばれる少なくとも1種を含む合金が好ましい。また、金属酸化物としては、珪素を含有する酸化物、錫を含有する酸化物が好ましく、炭素材料とハイブリッド化すると更に好ましい。負極活物質の平均粒径は、特に限定されないが、1〜30μmであることが好ましい。
【0076】
負極合剤に含ませる結着剤には、熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂の何れを用いてもよいが、熱可塑性樹脂が好ましい。結着剤として使用可能な熱可塑性樹脂としては、例えば正極合剤に含ませる結着剤として使用可能な熱可塑性樹脂と同じものを用いることができる。これらは単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。また、これらはNaイオンなどによる架橋体であってもよい。
【0077】
負極合剤に含ませる導電剤は、電池内で化学的に安定な電子伝導性材料であればよい。例えば、天然黒鉛(鱗片状黒鉛など)、人造黒鉛などの黒鉛類、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、チャンネルブラック、ファーネスブラック、ランプブラック、サーマルブラック等のカーボンブラック類、炭素繊維、金属繊維などの導電性繊維類、銅、ニッケル等の金属粉末類、ポリフェニレン誘導体などの有機導電性材料などを用いることができる。これらは単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。導電材の添加量は、特に限定されないが、負極合剤に含まれる活物質粒子に対して、1〜30質量%が好ましく、1〜10質量%が更に好ましい。
【0078】
負極集電体は、電池内で化学的に安定な電子伝導体であればよい。例えば、ステンレス鋼、ニッケル、銅、チタン、炭素、導電性樹脂などからなる箔もしくはシートを用いることができ、銅や銅合金が好ましい。箔もしくはシートの表面には、カーボン、チタン、ニッケルなどの層を付与したり、酸化物層を形成したりすることもできる。また、箔もしくはシートの表面に凹凸を付与することもでき、ネット、パンチングシート、ラス体、多孔質体、発泡体、繊維群成形体などを用いることもできる。負極集電体の厚みは、特に限定されないが、例えば1〜500μmの範囲内である。
【0079】
非水電解質には、非水溶媒にリチウム塩を溶解した非水電解液を好ましく用いることができる。非水溶媒としては、例えばエチレンカーボネ−ト(EC)、プロピレンカーボネート(PC)、ブチレンカーボネート(BC)などの環状カーボネート類、ジメチルカーボネート(DMC)、ジエチルカーボネート(DEC)、エチルメチルカーボネート(EMC)、ジプロピルカーボネート(DPC)などの鎖状カーボネート類、ギ酸メチル、酢酸メチル、プロピオン酸メチル、プロピオン酸エチルなどの脂肪族カルボン酸エステル類、γ−ブチロラクトン、γ−バレロラクトン等のラクトン類、1,2−ジメトキシエタン(DME)、1,2−ジエトキシエタン(DEE)、エトキシメトキシエタン(EME)等の鎖状エーテル類、テトラヒドロフラン、2−メチルテトラヒドロフラン等の環状エーテル類、ジメチルスルホキシド、1,3−ジオキソラン、ホルムアミド、アセトアミド、ジメチルホルムアミド、ジオキソラン、アセトニトリル、プロピルニトリル、ニトロメタン、エチルモノグライム、リン酸トリエステル、トリメトキシメタン、ジオキソラン誘導体、スルホラン、メチルスルホラン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、3−メチル−2−オキサゾリジノン、プロピレンカーボネート誘導体、テトラヒドロフラン誘導体、エチルエーテル、1,3−プロパンサルトン、アニソール、ジメチルスルホキシド、N−メチル−2−ピロリドンを用いることができる。これらは単独で用いてもよいが、2種以上を混合して用いることが好ましい。なかでも環状カーボネートと鎖状カーボネートとの混合溶媒または環状カーボネートと鎖状カーボネートと脂肪族カルボン酸エステルとの混合溶媒が好ましい。
【0080】
非水溶媒に溶解するリチウム塩としては、例えばLiClO、LiBF、LiPF、LiAlCl、LiSbF、LiSCN、LiCl、LiCFSO、LiCFCO、Li(CFSO、LiAsF、LiN(CFSO、LiB10Cl10、低級脂肪族カルボン酸リチウム、LiCl、LiBr、LiI、クロロボランリチウム、四フェニルホウ酸リチウム、リチウムイミド塩等を挙げることができる。これらは単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。なお、少なくともLiPFを用いることが好ましい。リチウム塩の非水溶媒に対する溶解量は、特に限定されないが、リチウム塩濃度は0.2〜2mol/Lが好ましく、0.5〜1.5mol/Lが更に好ましい。
【0081】
非水電解液には、電池の充放電特性を改良する目的で、種々の添加剤を添加することができる。添加剤としては、例えばトリエチルフォスファイト、トリエタノールアミン、環状エーテル、エチレンジアミン、n−グライム、ピリジン、ヘキサリン酸トリアミド、ニトロベンゼン誘導体、クラウンエーテル類、第四級アンモニウム塩、エチレングリコールジアルキルエーテル等を挙げることができる。
【0082】
また、間欠サイクル特性を向上させる観点からは、非水電解液に、ビニレンカーボネート、ビニルエチレンカーボネート、フォスファゼンおよびフルオロベンゼンよりなる群から選択される少なくとも1種を添加することが好ましい。これらの添加剤の含有量は、非水電解液の0.5〜10質量%が適量である。
【0083】
正極と負極との間には、セパレータを介在させることができる。セパレータは、大きなイオン透過度を持ち、所定の機械的強度を持ち、絶縁性である微多孔性薄膜が好ましく用いられる。微多孔性薄膜は、一定温度以上で孔を閉塞し、抵抗を上昇させる機能を持つことが好ましい。微多孔性薄膜の材質は、耐有機溶剤性に優れ、疎水性を有するポリプロピレン、ポリエチレンなどのポリオレフィンが好ましく用いられる。また、ガラス繊維などから作製されたシート、不織布、織布なども用いられる。セパレータの孔径は、例えば0.01〜1μmである。セパレータの厚みは、一般的には10〜300μmである。また、セパレータの空孔率は、一般的には30〜80%である。
【0084】
非水電解液およびこれを保持するポリマー材料からなるポリマー電解質を、セパレータとして正極もしくは負極と一体化させて用いることもできる。ポリマー材料は、非水電解液を保持できるものであればよいが、特にフッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンとの共重合体が好ましい。
【0085】
次に、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0086】
(実施例1)
<正極活物質の合成>
Ni原子とCo原子とAl原子とのモル比が80:15:5になるように混合した硫酸ニッケルと硫酸コバルトと硫酸アルミニウムとの混合物3kgを、10Lの水に溶解させて、原料溶液を得た。原料溶液に、水酸化ナトリウムを400g加えて、沈殿を生成させた。沈殿を十分に水洗し、乾燥させ、共沈水酸化物を得た。
【0087】
得られたNi−Co−Al共沈水酸化物3kgに、所定量の水酸化リチウムを混合し、酸素分圧が0.5気圧である雰囲気中で、750℃の合成温度で10時間焼成して、遷移金属含有複合酸化物の元素LとしてAlを含むNi/Co系Li複合酸化物(LiNi0.8Co0.15Al0.05)を得た。
【0088】
<正極の作製>
得られた正極活物質粒子(平均粒径12μm)1kgを、呉羽化学(株)製のPVDF#1320(固形分12重量%のN−メチル−2−ピロリドン(NMP)溶液)0.5kg、アセチレンブラック40g、および適量のNMPとともに双腕式練合機にて攪拌し、正極合剤ペーストを調製した。このペーストを厚さ20μmのアルミニウム箔(正極集電体)の両面に塗布し、乾燥させた後、総厚を160μmとすると同時に、表面粗さRaをいくつか変化させて正極板を作製した。具体的には、圧延時に使用する超硬ローラーの表面粗さRaを0.10μm、0.20μm、および0.40μmとし、圧延処理を施した。これにより、圧延ローラーの表面粗さが極板表面に転写され、それぞれ合剤層の表面粗さが、Raの値の10点平均で0.11μm、0.23μm、および0.45μmの正極板が得られた。この正極板を適当な幅に切断し、Ra値の異なる3種の正極板を得た。
【0089】
<合剤層の表面処理>
得られたニッケル酸リチウム系活物質を含む正極板を、温度25℃、湿度55%の環境下に、1時間放置し、合剤層中の活物質の表面にLiOHを生成させた。次に、表面にLiOHを生成させたニッケル酸リチウム系活物質を含む正極板をシランカップリング剤で表面処理した。具体的には、メチルトリメトキシシラン(信越化学(株)製KBM−13)を入れた槽に極板を常温で浸漬させた後、引き上げ、直ちに120℃で30分乾燥機に入れ加熱処理した。
【0090】
このような表面処理により形成された表面処理層においては、用いたシランカップリング剤の加水分解基(メトキシ基)は、ニッケル酸リチウム系複合酸化物の表面に生成させたLiOHとの反応やカップリング剤同士の反応に使用されるため、不活性化すべき未反応の加水分解基は残存していないものと考えられる。
【0091】
表面処理層中のカップリング剤の量は、ICP発光分析を用いてSi量を定量することにより、正極活物質としてのニッケル酸リチウム系複合酸化物100質量部に対して1質量部であることを確認した。
【0092】
<負極の作製>
人造黒鉛3kgを、日本ゼオン(株)製のBM−400B(固形分40重量%の変性スチレン−ブタジエンゴムの分散液)200g、カルボキシメチルセルロース(CMC)50g、および適量の水とともに双腕式練合機にて攪拌し、負極合剤ペーストを調製した。このペーストを厚さ12μmの銅箔(負極集電体)の両面に塗布し、乾燥し、総厚が160μmとなるように圧延した。その後、得られた極板を円筒型18650の電池ケースに挿入可能な幅にスリットし、負極を得た。
【0093】
<電池の組立>
図4は、本発明の実施形態におけるリチウムイオン二次電池の一例を示す概略断面図である。図4に示すように、正極1と負極9とを、セパレータ10を介して折り畳み、極板群を構成した。セパレータ10には、ポリエチレンとポリプロピレンとの複合フィルム(セルガード(株)製の2300、厚さ25μm)を用いた。
【0094】
その後、周囲に絶縁ガスケットを配した封口板14と負極リード12とを導通させ、一方、電池ケース15と正極リード11とを導通させ、さらに5gの非水電解液を電池ケース15内に注液し、ケース15の開口部を封口板14で封口し、電池を組み立てた。
【0095】
非水電解液は、エチレンカーボネートとメチルエチルカーボネートとの体積比10:30の混合溶媒に、ビニレンカーボネート2重量%、ビニルエチレンカーボネート2重量%、フルオロベンゼン5重量%、およびフォスファゼン5重量%を添加し、その混合液にLiPF6を1.5mol/Lの濃度で溶解させたものを用いた。
【0096】
正極合剤層のRa値が異なる3種の正極板を用いて得られた電池を、それぞれ電池A1、A2、およびA3とした。
【0097】
<電池の評価>
これらの非水電解質二次電池について、以下のようにして放電特性を評価した。25℃環境において、4.2Vで定電圧(最大電流1A、最小電流100mA)充電し、30分後に200mAの定電流で終止電圧3.0Vまで放電して初期容量を求めた。また、上記と同じ条件で充放電を500回繰り返し、充放電サイクル特性の指標として初期容量に対する容量維持率を求めた。また、500回の充放電の前後での電池厚みの変化を求めた。
【0098】
(比較例1)
圧延ローラーの表面粗さRaを0.05μmおよび0.50μmと変えて、合剤層の表面粗さの異なる2種の正極板を作製した。得られた合剤層のRa値は、10点平均で0.06μmおよび0.57μmであった。これらの正極板を用いた以外は、実施例1と同様にして、カップリング剤(メチルトリメトキシシラン)による表面処理を行って、電池a1およびa2を作製した。
【0099】
さらに、カップリング剤による表面処理を行わなかったこと以外は、実施例1の電池A1〜A3と同様にして、Ra値が異なる3種の正極板を用いて、それぞれ電池a3、a4およびa5を作製した。
【0100】
電池A1〜A3および電池a1〜a5について、評価した結果を表1に示す。
【0101】
【表1】

【0102】
(実施例2)
カップリング剤として、メチルトリメトキシシランの代わりに、トリフルオロプロピルトリメトキシシラン(信越化学(株)製KBM−7103)を用いたこと以外は、実施例1の電池A1〜A3と同様にして、それぞれ電池B1〜B3を作製した。さらに、上記カップリング剤を用いたこと以外は、比較例1の電池a1〜a2と同様にして、電池b1〜b2を作製した。これらの電池について、実施例1と同様に評価した結果を表2に示す。
【0103】
【表2】

【0104】
(実施例3)
カップリング剤として、メチルトリメトキシシランの代わりに、ジメチルジメトキシシラン(信越化学(株)製KBM−22)を用いたこと以外は、実施例1の電池A1〜A3と同様にして、および比較例1の電池a1〜a2と同様にして、それぞれ電池C1〜C3および電池c1〜c2を作製し、実施例1と同様に評価した。結果を表3に示す。
【0105】
【表3】

【0106】
(実施例4)
カップリング剤として、メチルトリメトキシシランの代わりに、メチルトリエトキシシラン(信越化学(株)製KBE−13)を用いたこと以外は、実施例1の電池A1〜A3および比較例1の電池a1〜a2と同様にして、それぞれ電池D1〜D3および電池d1〜d2を作製し、実施例1と同様に評価した。結果を表4に示す。
【0107】
【表4】

【0108】
(実施例5)
カップリング剤として、メチルトリメトキシシランの代わりに、デシルトリメトキシシラン(信越化学(株)製KBM−3103)を用いたこと以外は、実施例1の電池A1〜A3および比較例1の電池a1〜a2と同様にして、それぞれ電池E1〜E3および電池e1〜e2を作製し、実施例1と同様に評価した。結果を表5に示す。
【0109】
【表5】

【0110】
(実施例6)
カップリング剤として、メチルトリメトキシシランの代わりに、ヘキシルトリメトキシシラン(信越化学(株)製KBM−3063)を用いたこと以外は、実施例1の電池A1〜A3および比較例1の電池a1〜a2と同様にして、それぞれ電池F1〜F3および電池f1〜f2を作製し、実施例1と同様に評価した。結果を表6に示す。
【0111】
【表6】

【0112】
(実施例7)
カップリング剤として、メチルトリメトキシシランの代わりに、ヘキシルトリエトキシシラン(信越化学(株)製KBE−3063)を用いたこと以外は、実施例1の電池A1〜A3および比較例1の電池a1〜a2と同様にして、それぞれ電池G1〜G3および電池g1〜g2を作製し、実施例1と同様に評価した。結果を表7に示す。
【0113】
【表7】

【0114】
(実施例8)
カップリング剤として、メチルトリメトキシシランの代わりに、3−メルカプトプロピルトリメトキシシラン(信越化学(株)製KBM−803)を用いたこと以外は、実施例1の電池A1〜A3および比較例1の電池a1〜a2と同様にして、それぞれ電池H1〜H3および電池h1〜h2を作製し、実施例1と同様に評価した。結果を表8に示す。
【0115】
【表8】

【0116】
(実施例9)
カップリング剤による表面処理の前処理として、得られたニッケル酸リチウム系活物質を含む正極板を、温度25℃、湿度55%の環境下に放置しなかったこと以外は、実施例1の電池A1〜A3および比較例1の電池a1〜a5と同様にして、それぞれ電池I1〜I3および電池i1〜i5を作製し、実施例1と同様に評価した。結果を表9に示す。
【0117】
なお、これらの電池では、カップリング剤による表面処理の前処理として、正極板を温度25℃、湿度55%の環境下に放置しなかったため、活物質表面にLiOHやNiOOHの生成が確認できなかった。
【0118】
【表9】

【0119】
(実施例10)
カップリング剤による表面処理の方法として、メチルトリメトキシシラン(信越化学(株)製KBM−13)を入れた槽を45℃に加温して正極板を浸漬させたこと以外は、実施例1の電池A1〜A3および比較例1の電池a1〜a2と同様にして、それぞれ電池J1〜J3および電池j1〜j2を作製し、実施例1と同様に評価した。結果を表10に示す。
【0120】
【表10】

【0121】
(実施例11)
カップリング剤による表面処理の方法として、メチルトリメトキシシラン(信越化学(株)製KBM−13)を入れた槽を110℃に加温して正極板を浸漬させたこと以外は、実施例1の電池A1〜A3および比較例1の電池a1〜a2と同様にして、それぞれ電池K1〜K3および電池k1〜k2を作製し、実施例1と同様に評価した。結果を表11に示す。
【0122】
表11から分かるように、正極板を110℃に加温したカップリング剤液に浸漬させて表面処理を行った場合には、表面処理層中のカップリング剤量は、ニッケル酸リチウム系複合酸化物100質量部に対して2質量部を超えていた。
【0123】
【表11】

【0124】
(実施例12)
カップリング剤として、アルミネート系カップリング剤である、アルキルアセトアセテートアルミニウムジイソプロピレート(味の素(株)製プレンアクトAL−M)を使用したこと以外は、実施例1の電池A1〜A3および比較例1の電池a1〜a2と同様にして、それぞれ電池L1〜L3および電池l1〜l2を作製し、実施例1と同様に評価した。結果を表12に示す。
【0125】
【表12】

【0126】
(実施例13)
カップリング剤として、チタネート系カップリング剤である、イソプロピルトリドデシルベンゼンスルホニルチタネート(味の素(株)製プレンアクトKR 9SA)を使用したこと以外は、実施例1の電池A1〜A3および比較例1の電池a1〜a2と同様にして、それぞれ電池M1〜M3および電池m1〜m2を作製し、実施例1と同様に評価した。結果を表13に示す。
【0127】
【表13】

【0128】
(実施例14)
シランカップリング剤として、エポキシ基を有する、2‐(3, 4‐エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン(信越化学(株)製KBM−303)を使用したこと以外は、実施例1の電池A1〜A3および比較例1の電池a1〜a2と同様にして、それぞれ電池N1〜N3および電池n1〜n2を作製し、実施例1と同様に評価した。結果を表14に示す。
【0129】
【表14】

【0130】
(実施例15)
シランカップリング剤として、Si−N結合(シラザン)を含有する、ヘキサメチルジシラザン(信越化学(株)製HMDS3)を使用したこと以外は、実施例1の電池A1〜A3および比較例1の電池a1〜a2と同様にして、それぞれ電池O1〜O3および電池o1〜o2を作製し、実施例1と同様に評価した。結果を表15に示す。
【0131】
【表15】

【0132】
(実施例16)
遷移金属含有複合酸化物の元素LとしてMgを含むNi/Co系Li複合酸化物(LiNi0.8Co0.15Mg0.05)を、以下のようにして合成した。
【0133】
Ni原子とCo原子とMg原子とのモル比が80:15:5になるように混合した硫酸ニッケルと硫酸コバルトと硫酸マグネシウムとの混合物3kgを、10Lの水に溶解させて、原料溶液を得た。原料溶液に、水酸化ナトリウムを400g加えて、沈殿を生成させた。沈殿を十分に水洗し、乾燥させ、共沈水酸化物を得た。
【0134】
得られたNi−Co−Mg共沈水酸化物3kgに、所定量の水酸化リチウムを混合し、酸素分圧が0.5気圧である雰囲気中で、750℃の合成温度で10時間焼成して、元素LとしてMgを含むNi/Co系Li複合酸化物(LiNi0.8Co0.15Mg0.05)を得た。
【0135】
これを正極活物質として用いたこと以外は、実施例1の電池A1〜A3および比較例1の電池a1〜a5と同様にして、それぞれ電池P1〜P3および電池p1〜p5を作製し、実施例1と同様に評価した。結果を表16に示す。
【0136】
【表16】

【0137】
(実施例17)
遷移金属含有複合酸化物の元素LとしてMnを含むNi/Co系Li複合酸化物(LiNi0.34Co0.33Mn0.33)を、以下のようにして合成した。
【0138】
Ni原子とCo原子とMn原子とのモル比が34:33:33になるように混合した硫酸ニッケルと硫酸コバルトと硫酸マンガンとの混合物3kgを、10Lの水に溶解させて、原料溶液を得た。原料溶液に、水酸化ナトリウムを400g加えて、沈殿を生成させた。沈殿を十分に水洗し、乾燥させ、共沈水酸化物を得た。
【0139】
得られたNi−Co−Mn共沈水酸化物3kgに、所定量の水酸化リチウムを混合し、酸素分圧が0.5気圧である雰囲気中で、1000℃の合成温度で10時間焼成して、元素LとしてMnを含むNi/Co系Li複合酸化物(LiNi0.34Co0.33Mn0.33)を得た。
【0140】
これを正極活物質として用いたこと以外は、実施例1の電池A1〜A3および比較例1の電池a1〜a5と同様にして、それぞれ電池Q1〜Q3および電池q1〜q5を作製し、実施例1と同様に評価した。結果を表17に示す。
【0141】
【表17】

【0142】
(実施例18)
遷移金属含有複合酸化物において元素Lを含まないNi/Co系Li複合酸化物(LiNi0.5Co0.5)を、以下のようにして合成した。
【0143】
Ni原子とCo原子とのモル比が50:50になるように混合した硫酸ニッケルと硫酸コバルトとの混合物3kgを、10Lの水に溶解させて、原料溶液を得た。原料溶液に、水酸化ナトリウムを400g加えて、沈殿を生成させた。沈殿を十分に水洗し、乾燥させ、共沈水酸化物を得た。
【0144】
得られたNi−Co共沈水酸化物3kgに、所定量の水酸化リチウムを混合し、酸素分圧が0.5気圧である雰囲気中で、1000℃の合成温度で10時間焼成して、元素Lを含まないNi/Co系Li複合酸化物(LiNi0.5Co0.5)を得た。
【0145】
これを正極活物質として用いたこと以外は、実施例1の電池A1〜A3および比較例1の電池a1〜a5と同様にして、それぞれ電池R1〜R3および電池r1〜r5を作製し、実施例1と同様に評価した。結果を表18に示す。
【0146】
【表18】

【0147】
表1〜18に示すように、正極合剤層がRa値で0.1μm〜0.5μmの表面粗さを有し、その合剤層の表面がカップリング剤による表面処理層を有する電池A1〜A3、B1〜B3、C1〜C3、D1〜D3、E1〜E3、F1〜F3、G1〜G3、H1〜H3、I1〜I3、J1〜J3、K1〜K3、L1〜L3、M1〜M3、N1〜N3、O1〜O3、P1〜P3、Q1〜Q3、およびR1〜R3の各電池は、電池ふくれが抑制され、500サイクル後の特性劣化も抑制されることが認められる。
【0148】
それに対し、表面粗さがRa値で0.5μmを超えるか、または0.1μm未満の合剤層に、カップリング剤による表面処理を行った電池a1〜a2、b1〜b2、c1〜c2、d1〜d2、e1〜e2、f1〜f2、g1〜g2、h1〜h2、i1〜i2、j1〜j2、k1〜k2、l1〜l2、m1〜m2、n1〜n2、o1〜o2、p1〜p2、q1〜q2、およびr1〜r2の各電池、および合剤層の表面粗さはRa値で0.1μm〜0.5μmであっても、カップリング剤による表面処理が行われなかった電池a3〜a5、i3〜i5、p3〜p5、q3〜q5、およびr3〜r5の各電池では、電池厚みのふくれおよび電池特性の低下が大きいことがわかる。
【0149】
合剤層の表面粗さが0.1μm〜0.5μmになるよう圧延処理した正極板を、カップリング剤により表面処理した電池を用いた場合、カップリング剤のもつ撥水効果を効率よく機能させ、耐吸湿性に優れた合剤層を備えた正極板はその吸水性が抑制されたため、電解液の加水分解によるガス発生が抑制され、その結果、極板とセパレータ間に存在するガスが少なくなり抵抗増加によるサイクル劣化が抑制されたものと考えられる。
【0150】
また、電池A1〜A3、P1〜P3、およびQ1〜Q3と、電池R1〜R3とを比較すると、元素Lを含まない遷移金属含有複合酸化物を正極活物質として用いた電池R1〜R3の方が、電池厚みのふくれ、および電池特性の低下が大きいことがわかる。
【0151】
さらに、電池K1〜K3およびk1〜k2についての結果から、表面処理層中のカップリング剤量が、正極活物質100質量部に対して2質量部を超えると、電池特性が低下することがわかる。
【0152】
また、電池I1〜I3およびi1〜i5の結果から、正極板を温度25℃で湿度55%の環境下に放置しなかった場合は、上記のように正極活物質表面にLiOHやNiOOHの生成が確認できず、そのため表面処理層中のカップリング剤量が減少することがわかる。
【0153】
また、電池L1〜L3、l1〜l2、M1〜M3、m1〜m2、N1〜N3、n1〜n2、O1〜O3、およびo1〜o2の各電池の結果から分かるように、カップリング剤として、アルミネート系カップリング剤であるアルキルアセトアセテートアルミニウムジイソプロピレート、チタネート系カップリング剤であるイソプロピルトリドデシルベンゼンスルホニルチタネートを用いた場合や、シランカップリング剤ではあっても炭化水素基を有しない2‐(3, 4‐エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、加水分解基を有しないヘキサメチルジシラザンを用いた場合には、電池厚みのふくれおよび電池特性の低下を抑制する効果が薄れることがわかる。
【0154】
なお、上記実施例では、遷移金属含有複合酸化物として、ニッケル−コバルト−アルミ複合酸化物、ニッケル−コバルト−マグネシウム複合酸化物、ニッケル−コバルト−マンガン複合酸化物、およびニッケル−コバルト複合酸化物を用いた場合について説明したが、上記一般式Li1−yで表される遷移金属含有複合酸化物は、いずれもLiCoOやLiNiOと同様の結晶構造を有し、類似した性質を有することから、これらについても、本発明の実施形態により同様の作用効果が得られると考えられる。また、アルミニウム、マグネシウム、マンガンの代わりに、Ti、Zr、Nb、Mo、WまたはYを含む遷移金属含有複合酸化物を用いた場合についても、同様の結果が得られることが本発明者等により確認されている。
【産業上の利用可能性】
【0155】
本発明のリチウムイオン二次電池用正極によれば、吸湿の抑制に優れた正極を得ることができる。さらに、それを用いることにより、正極の表面変質を抑制することができ、その結果、充放電時にガス発生量が少なくなり、保存特性に優れた、電池ふくれの少ないリチウムイオン二次電池を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0156】
【図1】本発明の実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極の一例を示す模式断面図である。
【図2】合剤層の表面粗さがRa値で0.5μmを超える正極の一例を示す模式断面図である。
【図3】本発明の実施形態に係る表面処理層におけるカップリング剤の結合状態の一例を示す模式図である。
【図4】本発明の実施形態に係るリチウムイオン二次電池の一例を示す概略断面図である。
【符号の説明】
【0157】
1:正極
2:集電体
3:正極活物質
4:合剤層
5:カップリング剤
5a:加水分解基
5b:炭化水素基
6:表面処理層
7:正極活物質表面
8:無機ポリマー
9:負極
10:セパレータ
11:正極リード
12:負極リード
13:枠体
14:封口板
15:電池ケース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
集電体と、前記集電体上に正極活物質として遷移金属含有複合酸化物を含む合剤層とを備えたリチウム二次電池用正極であって、前記合剤層はRa値が0.1μm以上0.5μm以下の表面粗さを有し、前記合剤層はその表面にカップリング剤による表面処理層を有することを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極。
【請求項2】
前記遷移金属含有複合酸化物は、一般式Li1−y(但し、xおよびyは0.85≦x≦1.25および0≦y≦0.50を満たし、Mは、NiおよびCoよりなる群から選択される少なくとも1種の金属であり、Lは、アルカリ土類元素、NiおよびCoを除く遷移元素、希土類元素、IIIb族元素、およびIVb族元素よりなる群から選択される少なくとも1種の元素である)で表される請求項1に記載のリチウムイオン二次電池用正極。
【請求項3】
前記一般式中、元素Lは、Al、Mn、Ti、Mg、Zr、Nb、Mo、W、およびYよりなる群から選択される少なくとも1種である請求項2に記載のリチウムイオン二次電池用正極。
【請求項4】
前記カップリング剤は、シランカップリング剤、アルミネート系カップリング剤、およびチタネート系カップリング剤よりなる群から選択される少なくとも1種である請求項1〜3の何れか1項に記載のリチウムイオン二次電池用正極。
【請求項5】
前記カップリング剤は、分子内に2つ以上の加水分解基と、少なくとも1つの未置換または置換炭化水素基とを有する請求項1〜4の何れか1項に記載のリチウムイオン二次電池用正極。
【請求項6】
前記カップリング剤は、一般式(RO)SiX、および(RO)SiX(Y)(但し、ROは加水分解基としてのアルコキシ基であり、XおよびYは未置換または置換炭化水素基である)で表されるシランカップリング剤から選ばれる少なくとも1種である請求項5に記載のリチウムイオン二次電池用正極。
【請求項7】
前記シランカップリング剤は、加水分解基としてアルコキシ基を有し、炭化水素基としてアルキル基、メルカプトアルキル基、およびフルオロアルキル基よりなる群から選択される少なくとも1種を有する請求項6に記載のリチウムイオン二次電池用正極。
【請求項8】
前記表面処理層は、前記合剤層側に、前記カップリング剤の加水分解基と前記遷移金属含有複合酸化物表面の水酸基またはオキシ水酸基との結合を有し、表層側に、前記カップリング剤の炭化水素基が配向する請求項1〜7の何れか1項に記載のリチウムイオン二次電池用正極。
【請求項9】
前記表面処理層は、前記遷移金属含有複合酸化物100質量部に対して、2質量部以下の前記カップリング剤を含む請求項1〜8の何れか1項に記載のリチウムイオン二次電池用正極。
【請求項10】
請求項1〜9の何れか1項に記載のリチウムイオン二次電池用正極、負極、および非水電解質を備えるリチウムイオン二次電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−235090(P2008−235090A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−75125(P2007−75125)
【出願日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】