説明

リチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体およびその製造方法

【課題】放電サイクルにおいて高い平均放電電圧を示し、かつ良好な放電容量を有する材料であって、資源的な制約が少なく、かつ安価な原料を使用して得ることができ、更に、公知の低価格の正極材料と比較して、より優れた充放電特性を発揮できる新規なリチウムイオン二次電池用正極材料を提供する。
【解決手段】組成式:Li1+x(Mn1-yTiy)1-xO2(但し、-1/3<x<1/3, 0.4≦y≦0.6)で表されるリチウムマンガン系複合酸化物が炭素を介して接合した複合体であって、該リチウムマンガン系複合酸化物におけるマンガン元素の平均価数が3.8以下であり、該リチウムマンガン系複合酸化物が立方晶岩塩型構造の結晶相を含むものである、リチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、次世代低コストリチウムイオン二次電池の正極材料として有用なリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体、その製造方法、及び該複合体を正極材料とするリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の多様な機器やシステムの発展により、動力源としての蓄電池の高性能化の要求がますます高くなってきている。中でもリチウムイオン二次電池は、携帯通信機器、ノート型パソコン等の電子機器の電源を担う二次電池として広く普及が進んでおり、また環境負荷低減の観点から自動車のモーター駆動用バッテリーとしても期待されている。このため、リチウムイオン二次電池は今後一層の需要増加が予想され、またこれら機器の高性能化に対応した高エネルギー密度のリチウムイオン二次電池の開発が求められている。
【0003】
現行のリチウムイオン二次電池においては、正極材料として主にリチウムコバルト酸化物(LiCoO2)が用いられているが、希少金属であるコバルトを多量に含むため、リチウムイオン二次電池の素材コストを上昇させる要因の一つになっている。今後、車載用等への用途拡大や電池の大型化に伴う需要増加に対して、LiCoO2から成る正極材料のみでは対応することは困難であると考えられる。
【0004】
LiCoO2に代替しうる正極材料としては、より安価で資源的に制約の少ない元素から成る材料としてリチウムニッケル酸化物(LiNiO2)、リチウムマンガン酸化物(LiMn2O4)等が研究開発され、一部代替材料として実用化されている。しかしながら、LiNiO2は充電時に電池の安全性を低下させるという問題があり、LiMn2O4は高温(約60℃)充放電時に3価のマンガンが電解液中に溶出し、それが電池性能を著しく劣化させるという問題があるため、これら材料への代替はあまり進んでいない。
【0005】
一方、リチウムマンガン酸化物の中では、Li2MnO3という正極材料も提案されており、高容量を示すことから近年盛んに研究開発が行われている。本発明者らは、資源的に豊富で安価な鉄やチタンを含有するリチウムマンガン酸化物(鉄含有Li2MnO3およびチタン含有Li2MnO3)が高容量を示し、特に特定の化学組成、遷移金属イオン分布を持つ場合、室温において高電流密度下で優れた放電特性を示すことや低温で優れた放電特性を示すことを見出している(下記特許文献1−6参照)。
【0006】
このように、リチウムコバルト系正極材料に代替しうるリチウムマンガン系正極材料が種々報告されているが、これら材料は初期充電平坦電位が約4.5Vと高いなどのため、初期効率などの特性改善のためには、Ni、Co等の3価以下の添加元素が活性化元素として必須となっている(下記非特許文献1参照)。一方、Li2MnO3中の4価のMnを還元させて3価の状態にすれば、同様の特性改善を示す正極材料が得られることが期待される。しかしながら、単純な還元反応では斜方晶LiMnO2が副成し、この斜方晶LiMnO2はサイクルを経ると充放電曲線を徐々に変化させるなどの悪影響を及ぼすため、これが出現しないような還元反応が必要となる。
【0007】
また、Li2MnO3は電子伝導性が低いため、比較的低い電流密度での充放電しか行えないという問題もあった。この問題に対しては、活物質粒子の微粒子化や、導電材である炭素との複合化などの方法が試みられているが、いずれもタップ密度が低下し、そのため電極密度が低下して、電池の体積エネルギー密度が低下することが指摘されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−68748号公報
【特許文献2】特開2002−121026号公報
【特許文献3】特開2005−154256号公報
【特許文献4】特開2008−63211号公報
【特許文献5】特開2009−179501号公報
【特許文献6】特開2009−274940号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】田渕光春ら、第50回電池討論会講演要旨集、1A11、2009年11月(京都)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記した従来技術の現状に鑑みてなされたものであり、その主な目的は、充放電サイクルにおいて高い平均放電電圧を示し、かつ良好な放電容量を有する材料であって、資源的な制約が少なく、かつ安価な原料を使用して得ることができ、更に、公知の低価格の正極材料と比較して、より優れた充放電特性を発揮できる新規なリチウムイオン二次電池用正極材料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記した目的を達成すべく鋭意研究を重ねてきた。その結果、特定の組成を有するリチウムマンガン系複合酸化物を原料として用い、これを炭素粉末と共に電子伝導性容器内に充填し、非酸化性雰囲気下において、直流パルス電流を通電して加熱反応させる方法によれば、該複合酸化物中のマンガンイオンが還元されて平均価数が3.8以下という低い値となり、且つ導電材である炭素粉末と複合化した状態となることを見出した。このようにして得られる複合体は、従来の方法で得られるMn価数が高い複合酸化物と比較して優れた放電特性を有し、しかも、複合酸化物と炭素が密接に接合して、高密度で電子伝導性が向上した状態となることを見出した。特に、リチウムマンガン系複合酸化物が、特定比率の立方晶岩塩型構造の結晶相を含む場合には、更に、初期放電容量が大きく向上し、初期充放電効率も高くなることを見出した。そして、この様な特徴を有するリチウムマンガン系複合酸化物と炭素の複合体をリチウムイオン電池用の正極活物質として用いることによって、優れた性能のリチウムイオン二次電池を作製できることを見出し、ここに本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち、本発明は、下記のチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体、その製造方法及び該複合体を含むリチウムイオン二次電池を提供するものである。
1. 組成式:Li1+x(Mn1-yTiy)1-xO2(但し、-1/3<x<1/3, 0.4≦y≦0.6)で表されるリチウムマンガン系複合酸化物が炭素を介して接合した複合体であって、該リチウムマンガン系複合酸化物におけるマンガン元素の平均価数が3.8以下であり、該リチウムマンガン系複合酸化物が立方晶岩塩型構造の結晶相を含むものである、リチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体。
2. リチウムマンガン系複合酸化物における立方晶岩塩型構造結晶相と層状岩塩型構造結晶相の比率が、立方晶岩塩型構造結晶相:層状岩塩型構造結晶相=60:40〜85:15である上記項1に記載のリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体。
3. リチウムマンガン系複合酸化物と炭素の合計量を基準として、炭素の比率が0.001〜30重量%である上記項1又は2に記載のリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体。
4. 組成式:Li1+x(Mn1-yTiy)1-xO2(-1/3<x<1/3, 0.4≦y≦0.6)で表されるリチウムマンガン系複合酸化物と炭素粉末を導電性容器内に充填し、非酸化性雰囲気下において、直流パルス電流を通電して加熱反応させることを特徴とする、上記項1〜3のいずれかに記載のリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体の製造方法。
5. 加圧下に直流パルス電流を通電する上記項4に記載の方法。
6. 上記項1〜3のいずれかに記載のリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体からなるリチウムイオン二次電池用正極活物質。
7. 上記項6に記載の正極活物質を構成要素として含むリチウムイオン二次電池。
【0013】
以下、本発明のリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体およびその製造方法について具体的に説明する。
【0014】
(1)リチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体
本発明のリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体は、特定組成のリチウムマンガン系複合酸化物同士が導電材である炭素を介して強固に接合されて高密度化されたものであり、単に、リチウムマンガン系複合酸化物と炭素粉末が混合された状態ではなく、該複合酸化物の表面の一部又は全体に炭素が付着した状態において強固に接合した状態となっている。
【0015】
この際の複合体の接合状態は、100mlビーカーに該複合体0.5g及び水/エタノール混合溶液(体積比率 1:1)50mlを入れて、長さ3cm、中心部断面直径5mmの回転子を毎分600回転させて5分間撹拌しても炭素材料が分離しないことにより定義される。この点において、該複合酸化物と炭素粉末との混合物と明確に区別されるものである。
【0016】
該複合体では、リチウムマンガン系複合酸化物と炭素の比率は該複合体の全量を基準として、炭素の含有量が、0.001〜30重量%程度であり、好ましくは0.01〜20重量%程度である。
【0017】
該複合体におけるリチウムマンガン系複合酸化物は、組成式:Li1+x(Mn1-yTiy)1-xO2(但し、-1/3<x<1/3, 0.4≦y≦0.6)で表される化合物であって、酸化物の一般的な結晶構造である岩塩型構造を基本とし、公知物質であるa-LiFeO2に類似する立方晶岩塩型構造
【0018】
【化1】

【0019】
の結晶相を主要な結晶相として含むものであり、更に、陽イオン分布の異なる他の岩塩型構造の結晶相、例えば、公知物質であるLi2MnO3類似の単斜晶層状岩塩型構造
【0020】
【化2】

【0021】
の結晶相、公知物質であるLiCoO2やLiNiO2類似の六方晶層状岩塩型構造
【0022】
【化3】

【0023】
の結晶相等を含む混合相であってもよい。後述する製造方法によれば、得られるリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体におけるリチウムマンガン系複合酸化物は、通常、立方晶岩塩型構造の結晶相を主要な結晶相として、その他に単斜晶層状岩塩型構造、六方晶層状岩塩型構造等の層状岩塩型構造の結晶相を含む場合があり、両者の重量比は、立方晶岩塩型構造結晶相:層状岩塩型構造結晶相=50:50〜100:0程度の範囲となる。このようなリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体は、平均放電電圧が高く、高い放電容量を有し、エネルギー密度の高い正極材料となる。特に、立方晶岩塩型構造結晶相:層状岩塩型構造結晶相(重量比)=60:40〜85:15程度の範囲の場合には、更に、初期放電効率が向上し、放電容量も著しく高い値を示す。
【0024】
本発明のリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体におけるリチウムマンガン系複合酸化物は、上記した組成式で表されるものであって、マンガン元素の平均価数が3.8以下であることを特徴とするものである。
【0025】
尚、本発明において、マンガン元素の平均価数は、後述する実施例で示す通り、マンガンとチタンの平均価数をヨウ素滴定法によって測定し、別途測定したマンガン及びチタンの含有量とチタンの平均価数に基づいて、下記式により算出した値である。
マンガン元素の平均価数=(マンガン及びチタンの平均価数−チタンの平均価数×チタン含有量y値)/マンガン含有量(1−y)
従来知られているリチウムマンガン系複合酸化物では、マンガン元素は基本的には4価の元素として、単斜晶層状岩塩型構造を有するLi2MnO3を構成する成分として存在する。Li2MnO3に関しては、参考文献1(C. S. Johnson, J. S. Kim, C. Lefief, J. T. Vaughey, and M. M. Thackeray, Electrochemistry Communication, vol. 6, p.1085-1091 (2004).)において、初期充電時に4.5V付近にLi2O脱離に伴う電位平坦部が出現するが、5.0Vまでの充電容量が383mAh/gであるのに対し、4.5Vに達するまでの容量は20mAh/gであると報告されている。更に、参考文献1には、Li2MnO3の放電容量は208mAh/gであり、初期充放電効率は54%と低い値であることが記載されている。
【0026】
これに対して、本発明のリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体は、後述した製造方法によって作製できるものであり、該複合体におけるリチウムマンガン系複合酸化物のマンガンが平均価数3.8以下という低い価数を有し、且つ、立方晶岩塩型構造を主要な結晶相として含む新規な化合物である。このような特徴を有する本発明のリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体は、従来知られている4価のマンガンを含み、単斜晶層状岩塩型構造を主要な結晶相とするLi2MnO3で表わされるリチウムマンガン系酸化物の複合電極と比較して優れた充放電特性を有するものであり、平均放電電圧が高く、高い放電容量を有するものとなる。特に、特定範囲の立方晶岩塩型構造結晶相を含む場合には、更に、初期放電効率が高い値となり、初期放電容量も著しく増大する。この理由については明確ではないが、平均価数3.8以下のマンガンを含むリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体は、4.5V以下の低い電圧でLi脱離が可能であり、これにより初期充放電効率及び放電容量が向上するものと考えられる。
【0027】
本発明では、組成式Li1+x(Mn1-yTiy)1-xO2(-1/3<x<1/3, 0.4≦y≦0.6)で表される化合物におけるマンガン元素の平均価数は3.8以下であることが必要であり、3.78以下であることが好ましい。また、マンガンの平均価数が低下するとともに、組成式中のLi含有量が低くなるので、十分な充放電容量を確保するためには、マンガン元素の平均価数は2.5以上であることが望ましく、2.7以上であることがより好ましい。
【0028】
本発明のリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体におけるリチウムマンガン系複合酸化物は、上記した組成式に示す通り、LiおよびMnを必須の元素として含む酸化物であって、更にTiを添加元素として固溶させたものである。
【0029】
固溶させるTi量(y値:Ti/(Ti+Mn))は、MnやLiを置換するかたちで岩塩型構造中に存在していると思われる。Tiは4価状態で存在しており、特許文献4で記述したようなLi欠損の抑制や粉体特性の変化に寄与しているものと思われる。本発明リチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体におけるリチウムマンガン系複合酸化物では、Mnに比べてさらに充放電に関与させることが困難なTiを多量に使用することは充放電容量の低下を招くので好ましくない。一方、Tiの固溶量が少なすぎる場合には、Li欠損抑制などの効果が十分に発揮されない。このため、該リチウムマンガン系複合酸化物におけるTi量は、Li以外の金属量の60モル%程度以下、40モル%以上(0.4≦y≦0.6)とする。
【0030】
本発明リチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体におけるリチウムマンガン系複合酸化物において、立方晶および層状岩塩型の結晶構造を保つことができる限り、Li1+x(Mn1-yTiy)1-xO2のx値は遷移金属の平均価数によって-1/3から1/3の間の値をとることができる。
【0031】
更に、本発明リチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体は、充放電特性に重大な影響を及ぼさない範囲(最大10重量%程度)の水酸化リチウム、炭酸リチウム、チタン化合物、鉄化合物、マンガン化合物(それらの水和物および複合酸化物も含む)などの不純物相を含んでいても良い。
【0032】
(2)リチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体の製造方法
本発明のリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体は、組成式:Li1+x(Mn1-yTiy)1-xO2(-1/3<x<1/3, 0.4≦y≦0.6)で表されるリチウムマンガン系複合酸化物と炭素粉末を導電性容器内に充填し、非酸化性雰囲気下において、直流パルス電流を通電して加熱反応させる方法によって得ることができる。以下、この方法について具体的に説明する。
【0033】
(i)リチウムマンガン系複合酸化物
原料として用いるリチウムマンガン系複合酸化物は、目的とするリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体におけるリチウムマンガン系複合酸化物と同一の組成を有する酸化物、即ち、組成式:Li1+x(Mn1-yTiy)1-xO2(-1/3<x<1/3, 0.4≦y≦0.6)で表されるリチウムマンガン系複合酸化物を用いる。但し、原料として用いるリチウムマンガン系複合酸化物におけるマンガンの平均価数は4価である。また、該複合酸化物の結晶構造については、特に限定はなく、立方晶岩塩型構造の結晶相、単斜晶層状岩塩型構造の結晶相などを任意の比率で含む複合酸化物を用いることができる。特に、複合体を構成するリチウムマンガン系複合酸化物における立方晶岩塩型構造結晶相の比率が60〜85重量%程度の範囲にある複合体を形成する場合には、原料として用いるリチウムマンガン系複合酸化物における立方晶岩塩型構造結晶相の比率が10重量%程度以下のものを用いることが好ましい。
【0034】
該リチウムマンガン系複合酸化物の粒径については、特に限定はないが、通常、平均粒径1〜50μm程度の粉末状のものを用いることが好ましい。尚、本願明細書では、平均粒径とは、乾式のレーザー回折・散乱式による粒度分布測定で、累積度数分布が50%となる粒径である。
【0035】
このようなリチウムマンガン系複合酸化物の製造方法については特に限定はなく、通常の複合酸化物合成法である水熱反応法、固相反応法などにより製造することが可能である。特に、優れた充放電性能を有する複合酸化物を容易に形成可能である点から、水熱反応を利用した製造方法が好ましい。
【0036】
水熱反応を使用した製造方法の一例を示すと、まず、マンガンイオン及びチタンイオンの生成源となる金属化合物を水、水/アルコール混合物などに溶解させた混合溶液をアルカリ性として沈殿物を形成する。次いで、これに酸化剤と水溶性リチウム化合物を添加してアルカリ性条件下で水熱処理を行うことによってリチウムマンガン系複合酸化物を得ることができる。次いで、得られたリチウムマンガン系複合酸化物にリチウム化合物を添加して焼成する。この際、リチウム化合物の添加量や焼成条件を調整することによって、粒径などの粉体特性やLi含有量等を制御して目的とするリチウムマンガン系複合酸化物を得ることができる。以下、この製造方法について、具体的に説明する。
【0037】
マンガン化合物及びチタン化合物としては、これらの化合物を含む混合水溶液を形成できる成分であれば特に限定なく使用できる。通常、水溶性の化合物を用いればよい。この様な水溶性化合物の具体例としては、塩化物、硝酸塩、硫酸塩、シュウ酸塩、酢酸塩などの水溶性塩、水酸化物などを挙げることができる。これらの水溶性化合物は、無水物および水和物のいずれであってもよい。また、酸化物などの非水溶性化合物であっても、例えば、塩酸などの酸を用いて溶解させて水溶液として用いることが可能である。 これらの各原料化合物は、各金属源について、それぞれ単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0038】
該混合水溶液におけるマンガン化合物及びチタン化合物の混合割合は、目的とする複合酸化物における各元素比と同様の元素比となるようにすればよい。
【0039】
混合水溶液中の各化合物の濃度については、特に限定的ではなく、均一な混合水溶液を形成でき、且つ円滑に共沈物を形成できるように適宜決めればよい。通常、マンガン化合物及びチタン化合物の合計濃度を、0.01〜5mol/l程度、好ましくは0.1〜2mol/l程度とすればよい。
【0040】
該混合水溶液の溶媒としては、水を単独で用いる他、メタノール、エタノールなどの水溶性アルコールを含む水−アルコール混合溶媒を用いても良い。特に、水−アルコール混合溶媒を用いることにより、0℃を下回る温度での沈殿生成が可能となる。アルコールの使用量は、目的とする沈殿生成温度などに応じて適宜決めればよいが、通常、水100重量部に対して、50重量部程度以下の使用量とすることが適当である。
【0041】
該混合水溶液から沈殿物(共沈物)を生成させるには、該混合水溶液をアルカリ性とすればよい。良好な沈殿物を形成する条件は、混合水溶液に含まれる各化合物の種類、濃度などによって異なるので一概に規定出来ないが、通常、pH8程度以上とすることが好ましく、pH11程度以上とすることがより好ましい。
【0042】
該混合水溶液をアルカリ性にする方法については、特に限定はなく、通常は、該混合水溶液にアルカリ又はアルカリを含む水溶液を添加すればよい。また、アルカリを含む水溶液に該混合水溶液を添加する方法によっても共沈物を形成することができる。
【0043】
該混合水溶液をアルカリ性にするために用いるアルカリとしては、例えば、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化リチウムなどのアルカリ金属水酸化物、アンモニアなどを用いることができる。これらのアルカリを水溶液として用いる場合には、例えば、0.1〜20mol/l程度、好ましくは0.3〜10mol/l程度の濃度の水溶液として用いることができる。また、アルカリは、上記した金属化合物の混合水溶液と同様に、水溶性アルコールを含む水−アルコール混合溶媒に溶解しても良い。
【0044】
沈殿生成の際には、混合水溶液の温度を-50℃から+15℃程度、好ましくは-40℃から+10℃程度にすることにより、反応時の中和熱発生が抑制され均質な共沈物が形成されやすくなる。
【0045】
該混合水溶液をアルカリ性とした後、更に、0〜150℃程度(好ましくは10〜100℃程度)で、1〜7日間程度(好ましくは2〜4日間程度)にわたり、反応溶液に空気を吹き込みながら、沈殿物の酸化・熟成処理を行うことが好ましい。
【0046】
得られた沈殿を蒸留水等で洗浄して、過剰のアルカリ成分、残留原料等を除去し、濾別することによって、沈殿を精製することができる。
【0047】
上記で得られた沈殿をリチウム化合物とともに焼成することによって、原料として用いるリチウムマンガン系複合酸化物を得ることができる。
【0048】
リチウム化合物としては、リチウム元素を含む化合物であれば特に限定なく使用でき、具体例として、塩化リチウム、硝酸リチウム、酢酸リチウム等のリチウム塩、水酸化リチウム、これらの水和物等を挙げることができる。リチウム化合物の使用量は、水熱法で得られたリチウムマンガン系複合酸化物1モルに対して0.01〜2モル程度とすればよい。
【0049】
通常、反応性を向上させるために、水熱法で得られたリチウムマンガン系複合酸化物にリチウム化合物を加えて粉砕混合した後、焼成することが好ましい。粉砕の程度については、粗大粒子が含まれず、混合物が均一な色調となっていればよい。
【0050】
リチウム化合物は、粉末形態、水溶液形態等として用いることができるが、反応の均一性を確保するために、水溶液の形態で使用することが好ましい。この場合、水溶液の濃度については、通常、0.1〜10mol/l程度とすればよい。
【0051】
焼成雰囲気については、特に限定はなく、大気中、酸化性雰囲気中、不活性雰囲気中、還元雰囲気中等任意の雰囲気を選択できる。焼成温度は、200〜1000℃程度とすることが好ましく、300〜900℃程度とすることがより好ましい。焼成時間は、焼成温度まで達する時間を含めて0.1〜100時間程度とすることが好ましく、0.5〜60時間程度とすることがより好ましい。
【0052】
焼成終了後、通常、過剰のリチウム化合物を除去するために、焼成物を水洗処理、溶媒洗浄処理等に供する。その後、濾過を行い、例えば、80℃以上の温度、好ましくは100℃程度の温度で加熱乾燥してもよい。
【0053】
更に、必要に応じて、この加熱乾燥物を粉砕し、リチウム化合物を加えて、焼成し、洗浄し、乾燥するという一連の操作を繰り返し行ってもよい。
【0054】
(ii)炭素粉末
本発明のリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体の製造に用いる炭素粉末は、特に限定されず、例えば、アセチレンを高温で熱分解させて得られる粉末、いわゆる爆発法によって得られる粉末など公知のアセチレンブラック粉末、ケッチェンブラックなどを用いることができる。
【0055】
炭素粉末の平均粒子径は特に限定的ではないが、通常0.005〜10μm程度、好ましくは0.01〜1μm程度である。
【0056】
(iii)複合体の製造方法
本発明のリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体の製造方法では、まず、組成式:Li1+x(Mn1-yTiy)1-xO2(-1/3<x<1/3, 0.4≦y≦0.6)で表されるリチウムマンガン系複合酸化物と炭素粉末からなる出発原料を十分に混合した後、電子伝導性を有する容器に充填し、非酸化性雰囲気下において、該混合物を加圧した状態で、放電プラズマ焼結法、パルス通電焼結法、プラズマ活性化焼結法等と呼ばれる直流パルス電流を通電する通電焼結法によって原料混合物を焼結させる。これによって、目的とするリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体を得ることができる。
【0057】
具体的には、電子伝導性を有する容器に原料とする複合酸化物と炭素材料の混合物を充填し、非酸化性雰囲気下において加圧しながらパルス状のON−OFF直流電流を通電することによって、通電焼結を行うことができる。
【0058】
通電焼結は、非酸化性雰囲気下、例えば、Ar、Nなどの不活性ガス雰囲気下、Hなどの還元性雰囲気下等で行う。また、酸素濃度が十分に低い減圧状態、例えば、酸素分圧が、20Pa程度以下の減圧状態としてもよい。
【0059】
電子伝導性を有する容器として十分な密閉状態を確保できる容器を用いる場合には、該容器内を非酸化性雰囲気とすればよい。また、電子伝導性を有する容器は完全な密閉状態でなくてもよく、不完全な密閉状態の容器を用いる場合には、該容器を反応室内に収容して、該反応室内を不活性ガス雰囲気、還元性雰囲気などの非酸化性雰囲気とすればよい。これにより、リチウムマンガン系複合酸化物と炭素粉末との反応を非酸化性雰囲気下で行うことが可能となる。この場合、例えば、反応室内を0.1MPa程度以上の不活性ガス雰囲気、還元性ガス雰囲気などとすることが好ましい。
【0060】
リチウムマンガン系複合酸化物と炭素粉末の混合比は、両者の合計量を基準として、炭素粉末の量を0.001〜30重量%程度とすればよく、特に0.01〜20重量%程度とすることが好ましい。炭素粉末の量が0.001重量%未満では、通電焼結時の還元反応が不十分でマンガン価数が所望の値まで低下せず、またリチウムマンガン系複合酸化物の電子伝導性の向上が不十分となり、良好な充放電特性が得られないおそれがある。一方、30重量%以上では、形成される複合体中に占める複合酸化物の重量比率及び体積比率の低下に伴って、正極活物質として用いた場合に電池の重量出力密度及び体積出力密度が低下するため好ましくない。
【0061】
電子伝導性を有する容器としては、電子伝導性を有するものであれば特に限定されず、炭素、鉄、酸化鉄、銅、アルミニウム、タングステンカーバイド、炭素及び/又は酸化鉄に窒化珪素を混合した混合物等から形成されているものを好適に使用できる。
【0062】
このような電子伝導性容器に上記複合酸化物と炭素材料の混合粉末を充填した状態で直流パルス電流を印加することにより、充填された混合粉末の粒子間隙に生じる放電現象を利用して、放電プラズマ、放電衝撃圧力等による粒子表面の浄化活性化作用、電場により生じる電界拡散効果、ジュール熱による熱拡散効果、加圧による塑性変形圧力等が粒子接合の駆動力となって複合酸化物同士が炭素材料を介して接合される。同時に、印加された直流パルス電流によってリチウムマンガン系複合酸化物には電場勾配がかかり、これによりLiの一部が酸化物から脱離してマンガンが還元され、これらが並行して起こることによって、マンガン価数の低下したリチウムマンガン系複合酸化物が炭素粉末を介して強固に接合されると考えられる。この際、通電焼結時の加熱によって、立方晶岩塩型構造を主要な結晶相として含むリチウムマンガン系複合酸化物が形成される。
【0063】
通電焼結を行う装置としては、リチウムマンガン系複合酸化物および炭素粉末の混合粉末を加熱、冷却、加圧等することが可能であり、放電に必要な電流を印加できるものであれば特に限定されない。例えば、市販の通電焼結装置(放電プラズマ焼結装置)を使用できる。このような通電焼結装置及びその原理は、例えば、特開平10−251070号公報等に開示されている。
【0064】
以下に通電焼結装置の模式図を示した図1を参考にしながら、本発明のリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体の製造方法の具体例を説明する。
【0065】
通電焼結装置1は、試料2が装填されるダイ(電子伝導性容器)3と上下一対のパンチ4および5とを有する。パンチ4および5は、それぞれパンチ電極6および7に支持されており、このパンチ電極6および7を介して、ダイ3に装填された試料2に必要に応じて加圧しながらパルス電流を供給することができる。ダイ3の素材は限定されず、例えば、黒鉛等の炭素材料が挙げられる。
【0066】
図1に示す装置では、上記した電子伝導性を有する容器3、通電用パンチ4,5、パンチ電極6,7を含む通電部は、水冷真空チャンバー8に収容されており、チャンバー内は、雰囲気制御機構15による所定の雰囲気に調整できる。従って、雰囲気制御機構15を利用して、チャンバー内を非酸化性雰囲気に調整すればよい。
【0067】
制御装置12は、加圧機構13、パルス電源11、雰囲気制御機構15、水冷却機構16、10、及び温度計測装置17を駆動制御するものである。制御装置12は加圧機構13を駆動し、パンチ電極6、7が所定の圧力で原料混合物を加圧するよう構成されている。
【0068】
通電処理の条件については、目的とする複合体における複合酸化物中にマンガンの平均価数が3.8以下であって、該複合酸化物と炭素材材料が密接に接合された複合体が形成される条件とすればよい。具体的な通電処理時のダイ(電子伝導性容器)3の温度(加熱温度)は、リチウムマンガン系複合酸化物および炭素粉末の種類およびその粒径等に応じて適宜選択することができるが、通常200〜1000℃程度とすればよく、好ましくは300〜800℃程度とすればよい。加熱温度が200℃未満ではリチウムマンガン系複合酸化物の還元反応が不十分でマンガン価数が所望の値に低下せず、また炭素粉末との接合が不十分となる場合がある。一方、加熱温度が1000℃を上回ると、炭素粉末または電子伝導性容器の還元効果によるリチウムマンガン系複合酸化物の還元が進行しすぎて分解等が起こるため好ましくない。従って、300〜800℃程度の加熱温度が好適である。
【0069】
加熱のために印加するパルス電流は、例えばパルス幅2〜3ミリ秒程度で、周期は3Hz〜300kHz程度のパルス状ON−OFF直流電流を用いることができる。具体的な電流値は電子伝導性容器の種類、大きさ等により異なるが、上記した温度範囲となるように、具体的な電流値を決めればよい。例えば内径15mmの黒鉛型材を用いた場合には200〜1000A程度、内径100mmの型材を用いた場合には1000〜8000A程度が好適である。処理時は、型材温度をモニターしながら電流値を増減させ、所定の温度を管理できるように電流値を制御すればよい。
【0070】
通電焼結は、リチウムマンガン系複合酸化物および炭素粉末からなる原料粉末を加圧した状態で行うことが好ましい。具体的な方法としては、例えば、上記した電子伝導性容器3に充填した原料粉末をパンチ電極6,7を介して加圧すればよい。原料粉末を加圧する際の圧力としては、例えば、5〜60MPa程度、好ましくは10〜50MPa程度とすればよい。5MPa未満の加圧力ではリチウムマンガン系複合酸化物と炭素粉末の接合が不十分となり、60MPaを超える圧力ではリチウムマンガン系複合酸化物の分解等が促進されるために好ましくない。通常、10〜50MPa程度の圧力が好適である。
【0071】
通電焼結による焼結時間については、使用する原料の量、焼結温度などによって異なるので、一概に規定できないが、通常、上記した加熱温度範囲に到達するまで加熱すれば良く、上記した温度範囲に到達すれば直ちに放冷しても良く、或いは、例えば2時間程度までこの温度範囲に保持してもよい。
【0072】
上記した方法で所定の温度で通電焼結処理を行った後、電子伝導性容器を冷却し、形成された複合体を容器から取り出し、必要に応じて乳鉢等で軽く粉砕することにより、目的とするリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体を回収することができる。多量の通電焼結処理を行う場合には、大きな型材を用い、上記のプロセスをスケールアップすればよい。
【0073】
(3)リチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体の用途
上記した方法で得られるリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体では、該複合体を構成する複合酸化物は、平均価数3.8以下という価数の低いMn元素を含み、立方晶岩塩型構造を主要な結晶相として含むものとなる。これは、従来の方法で得られるMn価数が高く、単斜晶層状岩塩型構造を主要な結晶相とする複合酸化物と比較して優れた放電特性を有するものであり、特に、平均放電電圧が高い値を示す。更に、該複合体は、複合酸化物と炭素が密接に接合したものであり、密度が高く電子伝導性が向上した状態となる。このため該複合体をリチウムイオン二次電池用の正極材料として用いることによって、高い放電容量と高エネルギー密度を有するリチウムイオン二次電池を得ることができる。特に、該複合体を構成するリチウムマンガン系複合酸化物が立方晶岩塩型構造結晶相を60〜85重量%程度含む場合には、更に、初期放電容量及び初期放電効率が著しく高い値となる。この様な特徴を有するリチウムマンガン系複合酸化物と炭素の複合体をリチウムイオン二次電池用の正極活物質として用いることによって、初期充電のために必要とする負極材料の量を減少させることができ、しかもエネルギー密度の高い電池を作製できることができる。
【0074】
該複合体を正極活物質として用いるリチウムイオン二次電池は、公知の手法により製造することができる。すなわち、正極活物質として、本発明方法で得られた複合体を使用する他は、負極材料として、公知の金属リチウム、炭素系材料(活性炭、黒鉛)などを使用し、電解液として、公知のエチレンカーボネート、ジメチルカーボネートなどの溶媒に過塩素酸リチウム、LiPF6などのリチウム塩を溶解させた溶液を使用し、さらにその他の公知の電池構成要素を使用して、常法に従って、リチウムイオン二次電池を組立てればよい。
【発明の効果】
【0075】
本発明のリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体は、リチウムマンガン系複合酸化物と炭素材料が強固に高密度に接合された複合体であり、良好な電子伝導性と高容量を有する正極活物質として有効に利用できる。更に、該複合体は、リチウムイオン二次電池用正極材料として用いた場合に、初期放電効率が高く、初期放電容量も著しく高い値を示す。
【0076】
このため、本発明のリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体は、リチウムイオン二次電池の正極活物質として有用性の高い物質である。
【0077】
また、本発明の製造方法によれば、この様な優れた性能を有する複合体を、比較的容易に製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】通電焼結装置の一例の概略図。
【図2】実施例1及び比較例1で得られた試料のX線回折図である。
【図3】実施例1及び比較例1で得られた試料のTiのXANESスペクトルである。
【図4】実施例1及び比較例1で得られた試料を正極活物質とするリチウムイオン二次電池の充放電特性を示すグラフである。
【図5】実施例2及び比較例2で得られた試料のX線回折図である。
【図6】実施例2及び比較例2で得られた試料のTiのXANESスペクトルである。
【図7】実施例2及び比較例2で得られた試料を正極活物質とするリチウムイオン二次電池の充放電特性を示すグラフである。
【符号の説明】
【0079】
1 通電焼結装置
2 試料
3 ダイ(導電性容器)
4、5 パンチ
6,7 パンチ電極
8 水冷真空チャンバー
9 冷却水路
10、16 水冷却機構
11 焼結用電源
12 制御装置
13 加圧機構
14 位置計測機構
15 雰囲気制御機構
17 温度計測装置
【発明を実施するための形態】
【0080】
以下に実施例及び比較例を示して本発明を具体的に説明する。
【0081】
実施例1
化学式:Li1+x(Mn0.5Ti0.5)1-xO2で表されるリチウムマンガン系複合酸化物(平均粒径0.63μm)とアセチレンブラック(平均粒径0.02μm)を重量比98:2で秤量し、これをジルコニア製ポットに入れ、遊星ボールミルにより200rpmで30分間混合した。これを内径15mmの黒鉛容器に充填し、通電焼結機SPS-515S(SPSシンテックス(株)製)のチャンバー内にセット後、チャンバー内を約20Pa程度まで減圧した。
【0082】
その後、チャンバー内を窒素ガスで大気圧まで充填し、黒鉛容器内に充填した原料粉末を約30MPaで加圧した。更に黒鉛治具に約650Aの直流のパルス電流(パルス幅2.5ミリ秒、周期30Hz)を印加し、試料近傍を約10℃/分で昇温させた。温度が650℃に到達後、その温度で5分間保持した後、印加電流および加圧を停止し、黒鉛容器を自然放冷させた。
【0083】
室温近傍に冷却後、黒鉛容器から試料を取り出し、乳鉢で粉砕した後、蒸留水中で約2時間程度撹拌し、濾過・乾燥してリチウムマンガン系複合酸化物とアセチレンブラックの複合体を得た。
【0084】
なお、原料として用いた化学式:Li1+x(Mn0.5Ti0.5)1-xO2で表されるリチウムマンガン系複合酸化物は、以下の通りに作製した。
【0085】
まず、塩化マンガン(II)と硫酸チタン(III)をそれぞれ完全に溶解させた混合水溶液を調製した。これと別途、水酸化リチウムのエタノール水溶液を調製し、これをチタン製ビーカーに入れて-10℃に冷却して攪拌した。この水酸化リチウムエタノール水溶液に、上記金属塩水溶液を数時間かけて徐々に滴下し、Ti-Mn沈澱物を形成させた。反応液が完全にアルカリ性(pH11以上)になっていることを確認し、攪拌下で共沈物を含む反応液に室温で1日間空気を吹き込んで湿式酸化処理して、沈澱を熟成させた。
【0086】
得られた沈澱物を蒸留水で洗浄して濾別し、この沈澱生成物に水酸化リチウムを加え、よく攪拌した。この溶液を100℃で乾燥し、得られた粉末を粉砕して後、大気中で850℃焼成を20時間行った。その後、焼成した粉末を蒸留水で洗浄して濾別し、100℃で乾燥処理を行うことにより化学式:Li1+x(Mn0.5Ti0.5)1-xO2で表されるリチウムマンガン系複合酸化物を得た。
【0087】
比較例1
実施例1で用いた化学式:Li1+x(Mn0.5Ti0.5)1-xO2で表されるリチウムマンガン系複合酸化物とアセチレンブラック(AB)を重量比98:2で秤量し、これをジルコニア製ポットに入れ、遊星ボールミルにより200rpmで30分間混合して試料を得た。
【0088】
結晶相比率および格子定数の測定
図2に、実施例1及び比較例1で得られた各試料のX線回折図を示す。比較例1で得られた試料は、単斜晶層状岩塩型構造を有するのに対して、実施例1で得られた試料は、20−30o付近に顕著に認められるLi-Mn混合層内規則配列に由来する超格子ピークが消失しており、また単斜晶層状岩塩型構造のみに由来するピークの強度が減少していた。
【0089】
これらのX線回折図に対して解析プログラムRIETAN-2000(F. Izumi and T. Ikeda, Mater. Sci. Forum, vol.321-324 p.198-203 (2000).)によるリートベルト解析を実施し、表1に示す結晶学パラメーターを算出した。実施例1の複合体では、格子定数が元のLi1+x(Mn0.5Ti0.5)1-xO2よりも増大しており、還元が進んでいることが示唆された。また比較例1では層状岩塩型Li2MnO3の結晶相が約98%存在していることが分かった。
【0090】
【表1】

【0091】
化学組成および遷移金属カチオンの価数の測定
ICP発光分析を用いて、試料の化学組成を求めた。また、ヨード滴定法によりMnとTiの平均価数を求め、XANESスペクトルの立ち上がりから、Tiの価数を求めた。更に、これらの結果からMnの平均価数を算出した。結果を表2および図3に示す。これらの結果から明らかな通り、実施例1の試料では、通電焼結処理により、Li量が減少し、Mnが還元されたことが分かる。またTi価数は+4のままほとんど変化していないことが分かる。
【0092】
【表2】

【0093】
充放電特性の測定
実施例1および比較例1で得られた各試料について充放電試験を実施した。電池構成および充放電試験条件は以下の通りである。
【0094】
実施例1又は比較例1で得られた試料5mgをアセチレンブラック5mg及びPTFE0.5mgと混合し、Alメッシュ上に圧着させたものを正極材料とした。負極材料としては金属リチウムを用い、電解液としては、LiPF6をEC+DMC溶媒中に溶解させたものを用いた。
【0095】
試験温度は30℃、電流密度(活物質あたり)は40mA/g、電位範囲は1.5-4.8Vとして、充電は定電流―定電圧充電(10mA/gに下がるまで)とした。
【0096】
結果を図4および表3に示す。この結果から明らかな通り、実施例1で得られた試料は、初期充電容量、初期放電容量、初期充放電効率、及び初期平均放電電圧がいずれも比較例1で得られた試料に比べて高く、充放電特性に優れたものであることが確認できた。
【0097】
【表3】

【0098】
上記した結果から明らかな通り、実施例1で得られた試料は、初期放電容量及び初期放電効率が高く、平均放電電圧も高い値を示すものであった。
【0099】
接合強度の測定
実施例1および比較例1で得られた各試料について炭素との接合状態を次の方法で調べた。まず、各試料粉末0.5gを、水/エタノール混合溶液(体積比率1:1)50mLとともに100mLビーカーに入れ、長さ3cm、中心部断面直径5mmの回転子を毎分600回転させて5分間攪拌し、その後静置させた。実施例1の試料については全て沈降し、浮遊物は認められず、強固に接合した複合体であることが分かった。一方、比較例1の試料については、黒色の浮遊物が認められ、炭素の接合が不十分であることが分かった。
【0100】
実施例2
実施例1において原料として用いた化学式:Li1+x(Mn0.5Ti0.5)1-xO2で表されるリチウムマンガン系複合酸化物の作製方法において、大気中での焼成を850℃、1分間とする以外は実施例1と全く同様にしてリチウムマンガン系複合酸化物を作製した(平均粒径22.3μm)。この複合酸化物を用いて、実施例1と同様の方法で通電焼結を行い、リチウムマンガン系複合酸化物とアセチレンブラックの複合体を得た。
【0101】
比較例2
実施例2と同様にして作製した化学式:Li1+x(Mn0.5Ti0.5)1-xO2で表されるリチウムマンガン系複合酸化物とアセチレンブラック(平均粒径0.02μm)を重量比98:2で秤量し、これをジルコニア製ポットに入れ、遊星ボールミルにより200rpmで30分間混合して試料を得た。
【0102】
結晶相比率および格子定数
図5に実施例2及び比較例2で得られた各試料のX線回折図を示す。実施例2で得られた試料は、立方晶岩塩型α-LiFeO2の結晶相および炭素に由来するピークのみ認められ、立方晶岩塩結晶構造を有するリチウムマンガン系複合酸化物とアセチレンブラックの複合体が得られたことが分かる。一方、比較例1で得られた試料は、層状岩塩型Li2MnO3の結晶相のみに由来するピーク(▼) が認められ、立方晶岩塩型α-LiFeO2の結晶相と共存していることが明らかである。
【0103】
これらのX線回折図に対して解析プログラムRIETAN-2000(F. Izumi and T. Ikeda, Mater. Sci. Forum, vol.321-324 p.198-203 (2000).)によるリートベルト解析を実施し、表4に示す結晶学パラメーターを算出した。実施例2の試料では、格子定数が元のLi1+x(Mn0.5Ti0.5)1-xO2よりも増大しており、還元が進んでいることが示唆された。また比較例2の試料では、層状岩塩型の結晶相が約79%存在していることが分かった。
【0104】
【表4】

【0105】
化学組成および遷移金属カチオンの価数の測定
ICP発光分析を用いて、試料の化学組成を求めた。また、ヨード滴定法によりMnとTiの平均価数を求め、XANESスペクトルの立ち上がりから、Tiの価数を求めた。更に、これらの結果からMnの平均価数を算出した。結果を表5および図6に示す。これらの結果から明らかな通り、実施例2で得られた試料は、通電焼結処理により、Li量が減少し、Mnが還元されたことが分かる。またTi価数は+4のままほとんど変化していないことが分かる。
【0106】
【表5】

【0107】
充放電特性の測定
実施例2及び比較例2で得られた試料を用いて、実施例1及び比較例1と同様にして、充放電試験を行った。試験温度は30℃、電流密度(活物質あたり)は40mA/g、電位範囲は1.5-4.8Vとし、初期充電のみ5.0Vまでの定電流―定電圧充電(10mA/gに下がるまで)とし、それ以外は定電流充電とした。
【0108】
結果を図7および表6に示す。これらの結果から明らかな通り、実施例2で得られた試料は、初期平均放電電圧及び20サイクル後の平均放電電圧が、いずれも比較例2で得られた試料より高く、高い放電容量を有することが分かる。また、実施例2で得られた試料は、初期充放電容量については、比較例2で得られた試料より低いものの、初期放電効率は高く、20サイクル後の放電容量維持率、平均放電電圧については、いずれも比較例2で得られた試料より高い値であった。
【0109】
【表6】

【0110】
接合強度の測定
実施例2および比較例2で得られた各試料について炭素との接合状態を調べた。各試料粉末0.5gを、水/エタノール混合溶液(体積比率1:1)50mLとともに100mLビーカーに入れ、長さ3cm、中心部断面直径5mmの回転子を毎分600回転させて5分間攪拌し、その後静置させた。実施例2の試料については全て沈降し、浮遊物は認められず、強固に接合した複合体であることが分かった。一方、比較例2の試料については、黒色の浮遊物が認められ、炭素の接合が不十分であることが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成式:Li1+x(Mn1-yTiy)1-xO2(但し、-1/3<x<1/3, 0.4≦y≦0.6)で表されるリチウムマンガン系複合酸化物が炭素を介して接合した複合体であって、該リチウムマンガン系複合酸化物におけるマンガン元素の平均価数が3.8以下であり、該リチウムマンガン系複合酸化物が立方晶岩塩型構造の結晶相を含むものである、リチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体。
【請求項2】
リチウムマンガン系複合酸化物における立方晶岩塩型構造結晶相と層状岩塩型構造結晶相の比率が、立方晶岩塩型構造結晶相:層状岩塩型構造結晶相=60:40〜85:15である請求項1に記載のリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体。
【請求項3】
リチウムマンガン系複合酸化物と炭素の合計量を基準として、炭素の比率が0.001〜30重量%である請求項1又は2に記載のリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体。
【請求項4】
組成式:Li1+x(Mn1-yTiy)1-xO2(-1/3<x<1/3, 0.4≦y≦0.6)で表されるリチウムマンガン系複合酸化物と炭素粉末を導電性容器内に充填し、非酸化性雰囲気下において、直流パルス電流を通電して加熱反応させることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載のリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体の製造方法。
【請求項5】
加圧下に直流パルス電流を通電する請求項4に記載の方法。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれかに記載のリチウムマンガン系複合酸化物−炭素複合体からなるリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項7】
請求項6に記載の正極活物質を構成要素として含むリチウムイオン二次電池。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2012−96974(P2012−96974A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−248144(P2010−248144)
【出願日】平成22年11月5日(2010.11.5)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「次世代自動車用高性能蓄電システム技術開発/要素技術開発/高容量・低コスト新規酸化物正極材料の研究開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】