説明

リッツ線の電気特性解析方法および電気特性解析プログラムならびに電気特性解析装置

【課題】集合撚りされたリッツ線について計算機のメモリ容量の制約を受けずに特性を計算可能なリッツ線の電気特性解析方法を提供する。
【解決手段】リッツ線のある位置の断面構造の複数の素線の1つに相当する素線モデルを作成する素線モデル作成ステップS21と、リッツ線全体の単線モデルについて前記断面の磁束密度分布を算出する磁束密度算出ステップS10と、複数の素線のそれぞれについて該当する素線1本の通電電流と前記磁束密度算出ステップで得られる素線位置の磁束密度と前記素線モデルとに基づき所望の周波数における電流密度および電気的損失量を算出する素線特性算出ステップS24と、各素線の電気的損失量に基づいて前記リッツ線の全体の電気的特性を算出するステップS30とを有する。複数の素線モデルを生成する必要がなくメモリ容量が少なくても計算可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リッツ線の電気特性解析方法および電気特性解析プログラムならびに電気特性解析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電気信号の伝送や電流を流すために用いる電線については、周波数が高くなるにつれて電線の導体を通る電流が導体の表面に近い領域に偏って流れるようになる。この現象は表皮効果と呼ばれている。そのため、電線に高周波電流を流す場合には、周波数が低い場合と比べて電流が流れにくくなる。つまり、高周波領域では導線内の電流密度分布の偏りによって実質的に電気抵抗が増大するため、電力損失や発熱が増大する。
【0003】
リッツ線は、このような高周波電流を流すのに適した構造を有している。リッツ線は、それぞれの表面が絶縁層で覆われた細い導線(例えばエナメル線のようなマグネットワイヤ)を多数撚り合わせて構成した電線である。各々の導線は素線と呼ばれる。互いに隣接する素線同士が絶縁されているので、リッツ線を構成する導体全体の表面積は断面積が同じ一般的な導線と比べると非常に大きくなる。従って、リッツ線を流れる高周波電流が各素線の表面近傍に偏って流れる場合でも、比較的小さい抵抗で電流を流すことができる。つまり、高周波領域でも電力損失や発熱の増大を抑制できる。
【0004】
このようなリッツ線の構造や製造方法に関する技術は、例えば特許文献1に開示されている。特許文献1にも示されているように、リッツ線については素線群の撚り方の違いなどにより様々な構造の電線を作成することができる。構造の異なるリッツ線は、電気的特性も互いに異なる。すなわち、高周波領域における導線内の電流密度分布や電気抵抗が構造の違いによって変化する。
【0005】
従って、所望の電気的特性を有するリッツ線を設計しようとする場合には、コンピュータを用いたシミュレーション装置を用いて、リッツ線の構造を模擬したモデルについて電気特性の解析(シミュレーション)を行い、所望の電気的特性が得られるか否かを確認する必要がある。
【0006】
リッツ線は撚り線であるため、立体的かつ複雑な形状を有している。このような立体的な構造物を解析する場合には、一般的には3次元形状モデルを作成し、このモデルに基づいてシミュレーションを実施することになる。
【0007】
例えば、複数の素線で構成した撚り線ワイヤについて機械的特性(変形や成形条件)をコンピュータシミュレーションにより解析するための技術が特許文献2、特許文献3に開示されている。特許文献2や特許文献3においては、撚り線ワイヤに相当する3次元要素モデルを作成し、このモデルについてシミュレーションを実施している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−262712号公報
【特許文献2】特開2008−77414号公報
【特許文献3】特開2008−146286号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
リッツ線の導線内の電流密度分布等の電気特性に関しては、各素線内部の渦電流と複数の素線間に生じる誘導電流の影響を受ける。従って、リッツ線の電気特性を解析する場合には電磁界解析を行う必要がある。このような解析は、既存の電磁界解析ソフトウェアと汎用のコンピュータとを用いることにより実施できる。
【0010】
しかしながら、立体的な形状を有するリッツ線の特性を解析するために、3次元形状モデルを作成し、このモデルに基づいてシミュレーションを実施する場合には、3次元形状モデルを構成する要素(計算対象の要素)の数が膨大になり、計算の所要時間が膨大になる。従って、パーソナルコンピュータのような一般的な計算機で処理するには無理があり、高性能な特別なコンピュータを使用する必要があった。
【0011】
そこで、本発明者らは、新たな技術としてリッツ線の撚りによる電流分布を考慮した2次元モデルを用いてリッツ線の特性を計算する方法を開発し、既に出願している。この新しい技術によれば、計算対象の要素数が少なくなるため計算の所要時間を短縮でき、メモリ使用量も抑制できる。
【0012】
ところで、より高い周波数で大電流を流すことが可能な高性能のリッツ線を構成するためには、表皮厚さの1/2以下の直径をもつ多数の素線を集合撚りする必要がある。すなわち、周波数が高いほど素線径は小さくなり、電流が大きいほど断面積は大きくせざるを得ない。
【0013】
一方、従来の3次元形状モデルを用いる場合はもちろん、上述の2次元モデルを用いる新しい計算方法を用いる場合であっても、リッツ線の断面にある素線全てをモデル化する必要があるので、素線の数が増えると必要とされるメモリ使用量も大幅に増大する。
【0014】
つまり、対応する周波数が高くなり、流す電流が大きくなると、リッツ線を構成する素線の数が膨大になるため、モデル化すべき素線の数が増え、計算のために膨大なメモリ使用量が必要になる。しかし、一般に市販されている計算機のメモリ容量は限られているため、2次元モデルを用いる計算方法を採用する場合であっても、メモリ容量の限界によりシミュレーションの計算を実行できないという問題があった。
【0015】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、集合撚りされたリッツ線について、計算機のメモリ容量の制約を受けずに特性を計算可能なリッツ線の電気特性解析方法および電気特性解析プログラムならびに電気特性解析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
前述した目的を達成するために、本発明に係るリッツ線の電気特性解析方法は、下記(1)〜(6)を特徴としている。
(1) それぞれの表面が電気絶縁された導体で構成される複数の素線を撚り合わせて立体的に構成したリッツ線の高周波領域における電気特性を解析するためのリッツ線の電気特性解析方法であって、
解析対象のリッツ線について、その長さ方向と直交する方向のある位置の断面構造のうち、前記リッツ線を構成する複数の素線の1つに相当する素線モデルを作成する素線モデル作成ステップと、
前記リッツ線の全体に相当する単線モデルについて、前記断面における磁束密度分布を算出する磁束密度算出ステップと、
前記リッツ線を構成する複数の素線のそれぞれについて、該当する素線1本の通電電流と、前記磁束密度算出ステップの結果として得られる該当する素線位置の磁束密度と、前記素線モデルとに基づいて、電磁界解析の計算を適用し、所望の周波数における電流密度および電気的損失量を算出する素線特性算出ステップと、
前記素線特性算出ステップで得られる各素線の電気的損失量に基づいて、前記リッツ線の全体の電気的特性を算出する全体特性算出ステップと
を有すること。
(2) 上記(1)に記載のリッツ線の電気特性解析方法であって、
前記磁束密度算出ステップでは、各々の素線の位置における磁束密度を算出する際に、前記リッツ線の全体から該当する1本の素線を抜き取った状態に相当する条件を適用して計算を実施すること。
(3) 上記(1)に記載のリッツ線の電気特性解析方法であって、
前記磁束密度算出ステップでは、各々の素線の位置における磁束密度を算出する際に、前記リッツ線に含まれる全ての素線が存在する状態に相当する条件を適用して計算を実施すること。
(4) 上記(1)に記載のリッツ線の電気特性解析方法であって、
前記磁束密度算出ステップでは、各々の素線の位置における磁束密度を算出する際に、前記リッツ線に直流電流を流す状態に相当する条件を適用して計算を実施し、
前記素線特性算出ステップでは、前記磁束密度算出ステップの結果として得られる直流条件下の磁束密度に応じた振幅の交流磁場を適用して計算すること。
(5) それぞれの表面が電気絶縁された導体で構成される複数の素線を撚り合わせて立体的に構成したリッツ線を所定のコイル軸の周りを周回するようにコイル状に巻いて形成した電気部品の高周波領域における電気特性を解析するためのリッツ線の電気特性解析方法であって、
解析対象の電気部品の前記コイル軸と平行な方向の断面構造について、前記リッツ線を構成する複数の素線の1つに相当する素線モデルを作成する素線モデル作成ステップと、
前記リッツ線の全体を含む単線モデルについて、前記断面における磁束密度分布を算出する磁束密度算出ステップと、
前記リッツ線を構成する複数の素線のそれぞれについて、該当する素線1本の通電電流と、前記磁束密度算出ステップの結果として得られる該当する素線位置の磁束密度と、前記素線モデルとに基づいて、電磁界解析の計算を適用し、所望の周波数における電流密度および電気的損失量を算出する素線特性算出ステップと、
前記素線特性算出ステップで得られる各素線の電気的損失量に基づいて、前記リッツ線のコイル1周回毎の電気的特性を算出する周回特性算出ステップと、
前記周回特性算出ステップの結果に基づいて、コイル全体の特性を算出するコイル特性算出ステップと
を有すること。
(6) 上記(5)に記載のリッツ線の電気特性解析方法であって、
前記磁束密度算出ステップでは、リッツ線の周回毎の位置の変化を反映するように、前記断面における磁束密度分布を算出すること。
【0017】
上記(1)の構成のリッツ線の電気特性解析方法によれば、多数の素線で構成されるリッツ線の特性を解析する場合であっても、単一の素線モデルだけに基づいて計算結果を得ることができる。従って、計算機を用いて解析を行う場合には大量のメモリを使用する必要がなく、計算機のメモリ容量の制約を受けずに処理できる。
上記(2)の構成のリッツ線の電気特性解析方法によれば、より正確な磁束密度を算出することができ、リッツ線を構成する素線の数が比較的少ない場合であっても比較的精度の高い計算結果が得られる。
上記(3)の構成のリッツ線の電気特性解析方法によれば、リッツ線を構成する素線の数が比較的多く、素線1本の影響が比較的小さい場合に、より単純な処理により計算を実行することが可能になる。
上記(4)の構成のリッツ線の電気特性解析方法によれば、直流の条件下で磁束密度を算出するので、表皮効果の影響を考慮する必要がない。そのため、リッツ線の断面全体の領域をメッシュ状の微小区画毎に区分して、微小区画毎に計算を行う場合には、メッシュの区画数を大幅に減らすことができ、計算の所要時間を大幅に短縮できる。
上記(5)の構成のリッツ線の電気特性解析方法によれば、リッツ線により構成されるコイル状の電気部品の電気特性を解析できる。また、リッツ線が多数の素線で構成される場合であっても、単一の素線モデルだけに基づいて計算結果を得ることができる。従って、計算機を用いて解析を行う場合には大量のメモリを使用する必要がなく、計算機のメモリ容量の制約を受けずに処理できる。
上記(6)の構成のリッツ線の電気特性解析方法によれば、コイルの巻数が多い場合や、周回毎にコイル軸から素線までの距離が変化する場合であっても、比較的精度の高い計算結果を得ることができる。
【0018】
前述した目的を達成するために、本発明に係る電気特性解析プログラムは、下記(7)及び(8)を特徴としている。
(7) それぞれの表面が電気絶縁された導体で構成される複数の素線を撚り合わせて立体的に構成したリッツ線の高周波領域における電気特性を解析するための、所定のコンピュータが実行可能な電気特性解析プログラムであって、
解析対象のリッツ線について、その長さ方向と直交する方向のある位置の断面構造のうち、前記リッツ線を構成する複数の素線の1つに相当する素線モデルを作成する素線モデル作成ステップと、
前記リッツ線の全体に相当する単線モデルについて、前記断面における磁束密度分布を算出する磁束密度算出ステップと、
前記リッツ線を構成する複数の素線のそれぞれについて、該当する素線1本の通電電流と、前記磁束密度算出ステップの結果として得られる該当する素線位置の磁束密度と、前記素線モデルとに基づいて、電磁界解析の計算を適用し、所望の周波数における電流密度および電気的損失量を算出する素線特性算出ステップと、
前記素線特性算出ステップで得られる各素線の電気的損失量に基づいて、前記リッツ線の全体の電気的特性を算出する全体特性算出ステップと
を有すること。
(8) それぞれの表面が電気絶縁された導体で構成される複数の素線を撚り合わせて立体的に構成したリッツ線を所定のコイル軸の周りを周回するようにコイル状に巻いて形成した電気部品の高周波領域における電気特性を解析するための、所定のコンピュータが実行可能な電気特性解析プログラムであって、
解析対象の電気部品の前記コイル軸と平行な方向の断面構造について、前記リッツ線を構成する複数の素線の1つに相当する素線モデルを作成する素線モデル作成ステップと、
前記リッツ線の全体を含む単線モデルについて、前記断面における磁束密度分布を算出する磁束密度算出ステップと、
前記リッツ線を構成する複数の素線のそれぞれについて、該当する素線1本の通電電流と、前記磁束密度算出ステップの結果として得られる該当する素線位置の磁束密度と、前記素線モデルとに基づいて、電磁界解析の計算を適用し、所望の周波数における電流密度および電気的損失量を算出する素線特性算出ステップと、
前記素線特性算出ステップで得られる各素線の電気的損失量に基づいて、前記リッツ線のコイル1周回毎の電気的特性を算出する周回特性算出ステップと、
前記周回特性算出ステップの結果に基づいて、コイル全体の特性を算出するコイル特性算出ステップと
を有すること。
【0019】
上記(7)の構成の電気特性解析プログラムを実行することにより、多数の素線で構成されるリッツ線の特性を解析する場合であっても、単一の素線モデルだけに基づいて計算結果を得ることができる。従って、大量のメモリを使用する必要がなく、計算機のメモリ容量の制約を受けずに処理できる。
上記(8)の構成の電気特性解析プログラムを実行することにより、リッツ線により構成されるコイル状の電気部品の電気特性を解析できる。また、リッツ線が多数の素線で構成される場合であっても、単一の素線モデルだけに基づいて計算結果を得ることができる。従って、大量のメモリを使用する必要がなく、計算機のメモリ容量の制約を受けずに処理できる。
【0020】
前述した目的を達成するために、本発明に係る電気特性解析装置は、下記(9)及び(10)を特徴としている。
(9) それぞれの表面が電気絶縁された導体で構成される複数の素線を撚り合わせて立体的に構成したリッツ線の高周波領域における電気特性を解析するための電気特性解析装置であって、
解析対象のリッツ線に関する所定の物理的特性パラメータを特定する情報を入力する情報入力部と、
前記物理的特性パラメータに基づき、前記リッツ線の長さ方向と直交する方向のある位置の断面構造のうち、前記リッツ線を構成する複数の素線の1つに相当する素線モデルを作成する素線モデル作成部と、
前記物理的特性パラメータに基づき、前記リッツ線の全体に相当する単線モデルについて、前記断面における磁束密度分布を算出する磁束密度算出部と、
前記リッツ線を構成する複数の素線のそれぞれについて、該当する素線1本の通電電流と、前記磁束密度算出部の計算結果として得られる該当する素線位置の磁束密度と、前記素線モデルとに基づいて、電磁界解析の計算を適用し、所望の周波数における電流密度および電気的損失量を算出する素線特性算出部と、
前記素線特性算出部で得られる各素線の電気的損失量に基づいて、前記リッツ線の全体の電気的特性を算出する全体特性算出部と
を備えること。
(10) それぞれの表面が電気絶縁された導体で構成される複数の素線を撚り合わせて立体的に構成したリッツ線を所定のコイル軸の周りを周回するようにコイル状に巻いて形成した電気部品の高周波領域における電気特性を解析するための電気特性解析装置であって、
解析対象の電気部品に関する所定の物理的特性パラメータを特定する情報を入力する情報入力部と、
前記物理的特性パラメータに基づき、前記電気部品の前記コイル軸と平行な方向の断面構造について、前記リッツ線を構成する複数の素線の1つに相当する素線モデルを作成する素線モデル作成部と、
前記物理的特性パラメータに基づき、前記リッツ線の全体を含む単線モデルについて、前記断面における磁束密度分布を算出する磁束密度算出部と、
前記リッツ線を構成する複数の素線のそれぞれについて、該当する素線1本の通電電流と、前記磁束密度算出部の計算結果として得られる該当する素線位置の磁束密度と、前記素線モデルとに基づいて、電磁界解析の計算を適用し、所望の周波数における電流密度および電気的損失量を算出する素線特性算出部と、
前記素線特性算出部で得られる各素線の電気的損失量に基づいて、前記リッツ線のコイル1周回毎の電気的特性を算出する周回特性算出部と、
前記周回特性算出部の計算結果に基づいて、コイル全体の特性を算出するコイル特性算出部と
を備えること。
【0021】
上記(9)の構成の電気特性解析装置によれば、設計者等のユーザが必要とされる物理的特性パラメータの情報を入力するだけで計算結果を得ることができ、ユーザの負担を軽減し利便性を高めることができる。また、多数の素線で構成されるリッツ線の特性を解析する場合であっても、単一の素線モデルだけに基づいて計算結果を得ることができる。従って、大量のメモリを使用する必要がなく、計算機のメモリ容量の制約を受けずに処理できる。
上記(10)の構成の電気特性解析装置によれば、設計者等のユーザが必要とされる物理的特性パラメータの情報を入力するだけでリッツ線により構成されるコイル状の電気部品の電気特性を解析でき、ユーザの負担を軽減し利便性を高めることができる。また、リッツ線が多数の素線で構成される場合であっても、単一の素線モデルだけに基づいて計算結果を得ることができる。従って、大量のメモリを使用する必要がなく、計算機のメモリ容量の制約を受けずに処理できる。
【発明の効果】
【0022】
本発明のリッツ線の電気特性解析方法および電気特性解析プログラムならびに電気特性解析装置によれば、集合撚りされたリッツ線について、計算機のメモリ容量の制約を受けずに特性を計算可能になる。
【0023】
以上、本発明について簡潔に説明した。更に、以下に説明される発明を実施するための形態を添付の図面を参照して通読することにより、本発明の詳細は更に明確化されるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1は、電気特性解析装置の構成例を示すブロック図である。
【図2】図2は、リッツ線の電気特性を解析するための処理手順を表すフローチャートである。
【図3】図3は、リッツ線を構成する複数の素線の配置例を示す斜視図である。
【図4】図4は、図3に示した各素線の結線状態を表す斜視図である。
【図5】図5は、図3に示したリッツ線の断面における電流の分布状態を表す模式図である。
【図6】図6は、リッツ線の断面における各素線の電流及び磁束密度を表す模式図である。
【図7】図7は、リッツ線に含まれる素線aとそれに影響を与えるモデルM1を表す模式図である。
【図8】図8は、リッツ線に含まれる素線aとそれに影響を与えるモデルM2を表す模式図である。
【図9】図9は、各位置の素線に影響を与えるリッツ線の単線モデルM3を表す模式図である。
【図10】図10は、図9の単線モデルM3における中心からの距離と磁束密度との関係を表すグラフである。
【図11】図11は、リッツ線の高周波特性のシミュレーションで用いる電流及び磁束密度の交流波形の例を示す波形図である。
【図12】図12は、リッツ線全体を模擬した筒状導体を表す模式図である。
【図13】図13は、リッツ線を用いて構成したコイル状電気部品の断面構造を表す縦断面図である。
【図14】図14は、図13のコイル状電気部品の電気特性を解析するための処理手順を表すフローチャートである。
【図15】図15は、電気特性解析装置の動作例を表すフローチャートである。
【図16】図16は、解析対象のリッツ線の断面構成例を示す模式図である。
【図17】図17は、リッツ線の物理的特性パラメータを表す情報を入力するために用いる画面の構成例を示す正面図である。
【図18】図18は、シミュレーションの結果と実測値とを対比して示すグラフである。
【図19】図19は、リッツ線を用いて構成したコイルの断面構造を示す縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明のリッツ線の電気特性解析方法および電気特性解析プログラムならびに電気特性解析装置に関する具体的な実施形態について、各図を参照しながら以下に説明する。
【0026】
<基本原理の説明>
<リッツ線の構造>
リッツ線の電気特性解析方法について説明する前に、まず解析対象となるリッツ線の具体例について説明する。集合撚り(均一撚り)と呼ばれる構造のリッツ線10の構成例が図3〜図5及び図16に示されている。なお、図3〜図5において各リッツ線の外側を覆う外皮については図示が省略されている。
【0027】
図16に示す構成例では、リッツ線10は、7本の素線11を撚り合わせて構成されている。各々の素線11は、例えばエナメル線のようなマグネットワイヤである。すなわち、素線11は細長い線状の導体12とその表面を覆う絶縁皮膜13とで構成されている。従って、互いに隣接する素線11同士はそれらの外周面で電気的に接触することはなく、電気絶縁されている。勿論、リッツ線10の長さ方向の両端部(コネクタの箇所で)では、図4に示すように全ての素線11が互いに電気的に接続された状態で使用される。
【0028】
図3〜図5に示したリッツ線10については、複数の素線11が均等にあるいはランダムに撚られている。つまり、図16に示すような断面で見ると、各素線11の位置は、中心位置と外周位置との間の範囲内で周期的に位置が変化する。すなわち同じ1つの素線11であっても、長さ方向(Z方向)のある位置では中央付近に配置され、別のある位置では外周に近い位置に配置された状態になる。これを集合撚り(均一撚り)と呼ぶ。
【0029】
いずれにしても、図3に示すようなリッツ線10は立体的な複雑な形状を有している。そのため、このようなリッツ線の高周波領域における電気特性を解析するのは容易ではない。特に、高周波領域では、各素線の内部を流れる渦電流の分布状態や、隣接する複数の素線同士の間を流れる誘導電流の影響を考慮する必要があるため、電磁界解析が必要になる。
【0030】
<集合撚りのリッツ線に生じる磁界現象>
図3〜図5に示したリッツ線10のように、このリッツ線に流す高周波の電流Iによって磁束密度Bが生じる。この磁束は時間変化するため、各素線11内に渦電流I’が生じ、素線11同士の間には誘導電流Iが生じる。
【0031】
ここで、集合撚りの場合には、各素線11が内外を回るように撚られているため、素線間の誘導電流Iについては、内側の位置で生じる電流と、外側の位置で生じる電流とが互いに打ち消し合う。従って、このようなリッツ線10の場合は渦電流I’の影響が支配的になる。そこで、集合撚りのリッツ線10の特性を計算する場合には、誘導電流を無視し、渦電流I’のみに注目しても大きな誤差は生じないと考えられる。
【0032】
リッツ線10の断面における各素線11の電流及び磁束密度が図6に示されている。図6に示すように、各素線11の渦電流I’は、この素線自身を流れる電流によって生じる磁束密度B’と、この素線以外の周囲の他の素線から受ける磁束密度B”との両方の影響で生じる。なお、n本の素線11で構成されるリッツ線10にI[A]の電流を流す場合には、図6のように各々の素線11に(I/n)[A]の電流が流れることになる。
【0033】
<特性計算の方法>
そこで、各々の素線11に生じる渦電流I’を把握するために、素線自身を流れる電流によって生じる磁束密度B’と、この素線以外の周囲の他の素線から受ける磁束密度B”とを個別に算出する必要がある。
【0034】
<磁束密度B”の算出>
この磁束密度B”を算出する場合には、例えば図7に示したモデルM1、図8に示したモデルM2、図9に示した単線モデルM3のいずれかを用いて計算することができる。
【0035】
図7に示したモデルM1の場合には、リッツ線10の全体を構成するn本の素線11から、注目している1本の「素線a」を取り除いた残りの要素全てを想定している。すなわち、モデルM1を使用する場合は、「素線a」の周囲にある(n−1)本の素線11の影響として磁束密度B”を算出する。
【0036】
一方、リッツ線10を構成する素線11の数(n)が多くなると、素線1本あたりの影響は非常に小さくなる。従って、その場合には図8に示すモデルM2を利用しても大きな誤差は生じない。
【0037】
図8に示したモデルM2の場合には、リッツ線10の全体を構成するn本の素線11全てを想定している。すなわち、モデルM2を使用する場合は、近似的に「素線a」の周囲にn本の素線11が存在するものとみなして磁束密度B”を算出する。
【0038】
更に簡略化したのが、図9の単線モデルM3である。この単線モデルM3は、多数の素線の集合体ではなく、解析対象のリッツ線と同じ外形の単線を想定しているので、モデルの構造が非常に単純化されている。
【0039】
図9の単線モデルM3の場合には、図10に示すように単線の中心から該当する素線位置までの距離に応じて直線的に磁束密度B”,B”,B”,B”が変化する計算結果が得られる。
【0040】
なお、「素線a」がそれ以外の周囲の素線から受ける磁束密度B”を求める際には、上述のモデルM1、モデルM2、単線モデルM3のいずれを採用する場合であっても、直流(DC)の条件下で計算を行う。
【0041】
コンピュータを用いたシミュレーションにより実際に解析を行う場合には、該当するモデルを含む範囲全体をメッシュ状に区切り、区切られた多数の微小領域毎に独立した計算を行うことになる。高周波の条件で計算する場合には表皮効果の影響を考慮する必要があるため細かいメッシュを用いる必要があり、区切られる微小領域の数が増えて計算の負荷が増大する。しかし、直流の条件下で計算する場合には、メッシュを細かくする必要がなく、計算処理の負荷が小さくなる。
【0042】
<高周波領域の特性の計算>
リッツ線10の高周波領域における電気的特性を解析するためには、高周波電流を流した状態について、素線11毎に電磁界の解析を行う必要がある。但し、各々の素線11が他の素線から受ける磁束密度B”については、上述の計算結果を利用できるので、単一の素線モデルを全ての素線の各々に適用して計算を行うことが可能になる。つまり、リッツ線10の断面構造を模擬した2次元モデルを用意しなくても、素線モデルだけでリッツ線10全体の特性を解析できる。素線モデルは、1つの素線11に対応するモデルであり、全ての素線11の計算に利用される。
【0043】
<素線モデルを用いた計算>
リッツ線10の高周波領域における電気的特性を解析する際には、各々の素線11について、事前に作成した素線モデルを適用して計算する。n本の素線11で構成されるリッツ線10に図11に示すようにピーク値がI[A]の交流電流を流す場合には、各々の素線11に相当する素線モデルに対して、(I/n)[A]をピーク値(又は振幅)とする交流電流が流れる状態を適用して計算する。
【0044】
また、図11に示すように、ピーク値(又は振幅)が前述の計算で得られるB”に相当する交流磁界が外部から印加される状態を適用して計算する。すなわち、各々の素線11について、(I/n)[A]の交流電流を通電すると同時に、B”の交流磁界が外部から印加される状態を表す条件で電磁界の解析を実行する。
【0045】
<リッツ線10全体の計算>
上述の解析により得られるn本の素線11のそれぞれの特性について、それらの総和を算出する。これにより、n本の素線11で構成される集合撚りされたリッツ線10全体の高周波特性が得られる。
【0046】
また、前記リッツ線10をコイル状に巻いて構成した電気部品(コイル)について高周波特性を解析する場合にも、上述の計算により得られるリッツ線10の解析結果に基づいて計算することができる。
【0047】
<装置の構成>
本発明を実施する際に利用できる電気特性解析装置100の構成例が図1に示されている。図1に示すように、この電気特性解析装置100は、コンピュータ本体110、記憶装置120、入力装置130、表示装置140を備えている。
【0048】
コンピュータ本体110としては、一般的なパーソナルコンピュータの本体を利用できる。記憶装置120は、ハードディスクのような大容量記憶装置や、高速アクセスが可能な半導体メモリ(ROMやRAM)を備える。
【0049】
入力装置130は、データを入力するためのユーザの入力操作や、コンピュータ本体110もしくはそれが実行するプログラムに対して指示を与えるためのユーザの入力操作を受け付けるために用いられる。入力装置130としては、一般的なキーボードやマウスのような入力デバイスを利用できる。
【0050】
表示装置140は、解析の準備を行う際や、解析の結果が得られた時に、文字列や画像などの必要な情報をユーザに提示するために利用される。表示装置140としては、2次元画面上に様々な情報を表示できる一般的な液晶表示装置などを利用できる。
【0051】
記憶装置120上には、コンピュータ本体110の基本的な動作のために必要な基本プログラム(オペレーティングシステム)の他に、解析のために必要なシミュレーションプログラム121が予め用意されている。このシミュレーションプログラム121については、市販の有限要素法磁界解析ソフトと、本発明を実施するために付加される処理とを組み合わせることにより実現される。
【0052】
<リッツ線の電気特性解析方法の処理手順>
<概要の説明>
次に、リッツ線の電気特性解析方法について説明する。本実施形態におけるリッツ線の電気特性解析方法の処理手順が図2に示されている。
【0053】
図2に示すように、この処理手順は大きく分けて3つのステップで構成されている。最初のステップS10は、リッツ線10を構成する素線11の1つが他の素線から受ける磁束密度(前述のB”)を計算するための処理である。
【0054】
次のステップS20は、リッツ線10を構成する素線11の各々について、高周波領域の電気的特性を近似的な計算により算出するための処理である。最後のステップS30は、集合撚りされたリッツ線10の全体の特性を計算するための処理である。
【0055】
図2に示した各ステップS10、S20、S30の詳細について以下に説明する。なお、図2に示す処理手順を実施する際には、図1に示した電気特性解析装置100を利用することができる。
【0056】
<ステップS10(磁束密度算出ステップ)の説明>
図2のステップS11では、解析対象のリッツ線10の外径と同じ大きさの単線モデル(図9のM3に相当)を作成する。また、計算を行う前にモデルの全体を含む大きな領域をメッシュで区分して多数の微小領域に分割することになるが、メッシュの分割は磁束密度分布が適切に計算できる大きさであればよい。
【0057】
すなわち、ステップS10では直流の条件で計算するので、表皮効果の影響はなく、メッシュの分割数が少なくても適切な計算が可能である。この例では単線モデルM3を利用して計算する場合を想定しているが、前述の図7のモデルM1あるいは図8のモデルM2を用いて計算しても良い。
【0058】
ステップS12では、単線モデルM3の全体にI[A]の直流電流を通電する条件を与えて、単線モデルM3内の微小領域毎に、磁束密度B”を算出する。
【0059】
例えば、リッツ線10の断面形状(M3の外径)が円形の場合には、アンペールの法則により、次式を用いて磁束密度Bを算出できる。
H=I/2πr ・・・(1)
B=μH ・・・(2)
H:磁界の強さ[A/m]
I:電流[A]
r:中心からの距離[m]
μ:透磁率[H/m]
B:磁束密度[T]
【0060】
ステップS13では、ステップS12の結果を利用して、リッツ線10を構成するn本の素線11のそれぞれの素線中心位置における磁束密度B”を求める。
【0061】
<ステップS20の説明>
ステップS21(素線モデル作成ステップ)では、リッツ線10を構成するn本の素線11のそれぞれの計算に利用できる素線モデルを作成する。この素線モデルを計算する場合にも、モデルを含む領域をメッシュで区分して多数の微小領域に分割する必要がある。
【0062】
なお、ステップS20では高周波領域の計算を行う必要があるので、表皮効果の影響を受ける。従って、適切な計算を行うために、素線モデルをメッシュ分割する際には、要素(微小領域)の一辺の大きさが表皮厚さδより十分小さくなるように定める必要がある。
δ=√(2/(ωμσ)) ・・・(3)
δ:表皮厚さ[m]
ω:角周波数(=2πf)
μ:透磁率[H/m]
σ:電気伝導率[1/Ωm]
【0063】
また、ステップS21では、作成した素線モデルに対して、計算に必要な情報を入力する。すなわち、素線11を構成する材料の特性や、周波数(f)などの計算の条件を定める。
【0064】
ステップS22では、前記素線モデルに通電する電流を決定する。すなわち、リッツ線10をn本の素線11の集合により構成する場合に、このリッツ線10の全体にI[A]の電流を流すことを想定すると、1本の素線11に対応する素線モデルに通電する電流の大きさは、(I/n)[A]になる。
【0065】
また、ステップS20では高周波領域の特性を計算する必要があるので、素線モデルに通電する電流は、ピーク値又は振幅が(I/n)[A]の正弦波(図11の電流Iの波形と同じ波形)の交流電流とする。
【0066】
ステップS23では、素線モデルに与える外部磁場を決定する。図2の処理においては、各素線11に影響を及ぼすリッツ線の断面における外部磁場の分布状況がステップS13で既に計算されている。従って、ステップS13で得られた結果に基づき、計算対象の1つの素線11における素線中心位置の磁束密度B”の大きさを取得する。
【0067】
また、ステップS20では高周波領域の特性を計算する必要があるので、ステップS23で素線モデルに与える外部磁場は、上記の磁束密度B”の大きさをピーク値又は振幅とする正弦波状の交流磁場(図11の磁束密度B”と同じ波形)とする。
【0068】
ステップS24(素線特性算出ステップ)では、リッツ線10を構成するn本の素線11の1つについて、前述の素線モデルを用いて、所望の周波数における電流密度及び損失を求める。具体的には、ステップS22で決定した電流と、ステップS23で決定した外部磁場とを起磁力とし、マクスウェルの基礎方程式を用いて次に示すような計算処理を行う。
rot H=J+dD/dt ・・・(4)
rot E=−dB/dt ・・・(5)
div B=0 ・・・(6)
div D=ρ ・・・(7)
B:磁束密度[T]
E:電界の強さ[V/m]
H:磁界の強さ[A/m]
J:電流密度[A/m
D:電束密度[C/m
【0069】
また、磁束密度Bと下記の関係にあるベクトルポテンシャルを用いる。
B=rot A ・・・(8)
ステップS24の解析では、磁束が時間的に変化することにより導体に渦電流が流れる。この場合、マクスウェルの基礎方程式には時間微分項(d/dt)が入る。
【0070】
渦電流問題の磁界の基礎方程式は次式で表される。
rot (ν rot A)=J+J=J−σ|(dA/dt)+grad Φ| (9)
=−σ|(dA/dt)+grad Φ| (10)
:強制電流密度[A/m
:渦電流密度[A/m
Φ:電気スカラポテンシャル[V]
【0071】
上記第(9)式、第(10)式の時間微分項については、リッツ線(銅)のように材料特性が線形の場合には、複素近似法を用いることができる。これは、交流磁界が時間的に正弦波状に変化すると仮定して、時間微分(d/dt)を(jω)で置換する方法である。
【0072】
この方法によるベクトルポテンシャルAは、次の第(11)式で表すことができる。また、これを複素数で表現すると次の第(12)式が得られる。
【数1】

【0073】
この方法では、時間的ステップを計算することなく、所望の周波数における渦電流問題を解くことができる。
以上の計算処理を経て、最終的に1つの素線11の断面における電流密度Jを求める。
J=J+J ・・・(13)
【0074】
また、便宜上、図12に示すように電流密度J(=σE)と同じ方向に軸を持つ筒状導体(dv=dldS)を考えると、この部分に発生するジュール損失dPは次式で表される。
dP=(E dl)(J dS)=J・E dv ・・・(14)
【0075】
また、単位体積あたりに発生するジュール損失pは次式で表される。
p=dP/dv=J・E=σE=ρJ [W/m] ・・・(15)
ρ:体積抵抗率[Ωm]
【0076】
従って、素線1本のジュール損失Pは、上記第(15)式を導体の体積vについて積分すれば求められる。すなわち、ジュール損失Pは、次式で表される。
P=∫ J・Edv=∫ σE dv=∫ρJ dv [W] ・・・(16)
【0077】
上述の計算処理をn本の素線11のそれぞれについて繰り返す。すなわち、図2に示したステップS22,S23,S24の処理をn回繰り返すことにより、n本の素線11のそれぞれについて、ジュール損失Pを個別に求めることができる。
【0078】
<ステップS30(全体特性算出ステップ)の説明>
図2のステップS31では、上述の処理の結果を利用して、集合撚りされたリッツ線10全体の特性を算出する。具体的には、ステップS24で求めた素線毎のジュール損失Pの総和に基づき抵抗値を算出する。すなわち、オームの法則より展開した次式に、ステップS24の結果である各素線の損失を代入することにより、リッツ線10の高周波領域の抵抗値を算出する。
【0079】
【数2】

R:リッツ線10の抵抗値[Ω]
Pi:i番目の素線11のジュール損失[W]
Ie:交流電流の実効値[A]
【0080】
<リッツ線をコイル状に巻いた電気部品(コイル)の特性解析>
リッツ線を用いて構成したコイル状電気部品20の断面構造の例が図13に示されている。図13においては、コイルの中心軸25に沿った方向のコイル断面が現れている。また、このコイル状電気部品20は、7本の素線11を集合撚りして構成したリッツ線10を、コイルの中心軸25を中心として周回するように巻いて構成してある。この例では、リッツ線10を軸の方向に3列に、円周方向に3重に巻いてあるので、コイルの巻数は9になっている。
【0081】
図13のコイル状電気部品20の電気特性を解析するための処理手順が図14に示されている。図14に示す処理の内容については、ステップS32が追加された以外は、既に説明した図2の処理と基本的には同じである。従って、同じ処理については説明を省略する。
【0082】
但し、リッツ線10の断面構造(図9の構造)とコイルの断面構造(図13の構造)とは異なるため、図13に示した各素線位置の磁束密度B”,B”,B”,B”,B”,B”,・・・を算出する際には適切な処理を行う必要がある。すなわち、1つの素線11が周囲の他の素線から受ける磁束密度B”は、コイル状に巻いたリッツ線10の周回位置(10(A),10(B),10(C),10(D),10(E),10(F),・・・)毎に異なる。
【0083】
従って、図14のステップS11でモデルを作成する際には、図13のようなコイル断面の各々の周回位置におけるリッツ線10相当の単線モデルを周回数分組み合わせてコイルの断面全体の構造を模擬したモデルを作成する。また、ステップS12,S13で磁束密度を計算する際にも、リッツ線10の周回位置毎に、磁束密度分布をそれぞれ個別に算出する。
【0084】
また、図14のステップS22,S23,S24についても、リッツ線10の周回位置毎に、リッツ線10を構成する複数の素線11のそれぞれの特性を個別に算出することになる。
【0085】
図14のステップS31(周回特性算出ステップ)では、上述の処理の結果を利用して、集合撚りされたリッツ線10全体の1周回分の特性を、周回位置毎に算出する。具体的には、ステップS24で求めた素線毎のジュール損失Pの総和に基づき抵抗値を算出する。すなわち、オームの法則より展開した次式に、ステップS24の結果である各素線の損失を代入することにより、リッツ線10の高周波領域の抵抗値を算出する。
【0086】
【数3】

r:リッツ線10の1周回分の抵抗[Ω]
Pi:i番目の素線11のジュール損失[W]
Ie:交流電流の実効値[A]
【0087】
図14のステップS32(コイル特性算出ステップ)では、ステップS31で求めた結果、すなわちリッツ線10の周回毎の抵抗(ri)を用い、それらの総和としてコイル全体の抵抗を次式により算出する。
【数4】

R:コイル状電気部品20の抵抗値[Ω]
ri:i番目の周回位置におけるリッツ線10の1周回あたりの抵抗[Ω]
【0088】
<電気特性解析装置100の動作例>
図1に示した電気特性解析装置100の動作例が図15に示されている。図15に示す動作は、図2に示した処理手順や、図14に示した処理手順を実行する際に、設計者等のユーザの負担を軽減し利便性を高めるため機能を含んでいる。
【0089】
すなわち、本実施形態の電気特性解析装置100は、解析対象のリッツ線やリッツ線を用いて構成したコイル状の電気部品に関する物理的特性パラメータに関する情報を入力する情報入力部を有し、更に自動化の機能を有している。
【0090】
例えば、図16に示すような断面構造のリッツ線10を解析対象とする場合には、図17に示すようなGUI(Graphical User Interface)画面30が前記情報入力部として予め用意される。
【0091】
図17に示したGUI画面30においては、リッツ線10の仕上がり外径、素線径、素線中心座標、コイルを構成するリッツ線10のX方向及びY方向の束数、解析する周波数、および電流値を入力するための項目が設けてある。
【0092】
図15に示した動作の詳細について以下に説明する。
ステップS41では、図1に示したコンピュータ本体110が図17に示したGUI画面30を表示してユーザからの情報の入力を受け付ける。すなわち、解析対象のリッツ線10の仕上がり外径、素線径、素線中心座標、周波数、電流値等の解析条件を表す情報を入力する。
【0093】
ステップS42(素線モデル作成部)では、ステップS41で入力された情報に基づいて、コンピュータ本体110が解析の際に使用するモデルを自動的に作成する。すなわち、前記仕上がり外径の大きさのリッツ線10全体を模擬した前述の単線モデル(図9参照)や、リッツ線10を構成する複数の素線11の各々に対応付けられる前述の素線モデルを表す情報を自動的に生成する。
【0094】
ステップS43(磁束密度算出部)では、ステップS42で生成された単線モデルの情報を利用して、コンピュータ本体110が図2のステップS12と同様の処理を実行し、単線内の磁束密度分布を計算する。
【0095】
ステップS44では、ステップS43で得られた単線内の磁束密度分布に基づき、図2のステップS13と同様の処理をコンピュータ本体110が実行し、リッツ線10を構成する複数の素線11の各々の中心位置における磁束密度B”を自動的に算出する。
【0096】
ステップS45(素線特性算出部)では、ステップS42で生成された素線モデルを利用すると共に、ステップS41で入力された電流値およびステップS43で求められた磁束密度の値を利用し、図2のステップS22〜S24と同様の処理をコンピュータ本体110が実行する。すなわち、指定された周波数における素線11毎の抵抗値を算出する。
【0097】
ステップS46では、ステップS41でGUI画面30に入力された情報に基づき、解析対象が普通のリッツ線とコイルのいずれであるかをコンピュータ本体110が自動的に識別する。普通のリッツ線の場合はステップS47に進み、コイルの場合はステップS48に進む。
【0098】
ステップS47(全体特性算出部)では、図2のステップS31と同様の処理をコンピュータ本体110が実行する。すなわち、ステップS45で算出された素線毎の特性に基づき、リッツ線10全体の抵抗値を自動的に算出する。
【0099】
ステップS48(周回特性算出部)では、図14のステップS31と同様の処理をコンピュータ本体110が実行する。すなわち、ステップS45で得られる周回毎の各素線の特性に基づき、リッツ線の1周回毎の抵抗値を自動的に算出する。
【0100】
ステップS49(コイル特性算出部)では、図14のステップS32と同様の処理をコンピュータ本体110が実行する。すなわち、ステップS48の計算結果に基づき、コイル全体の抵抗値を自動的に算出する。
【0101】
<シミュレーションの精度に関する検証>
前述の電気特性解析方法を用いたリッツ線のコンピュータシミュレーションについて、計算結果の精度を検証するために実験を行った。その結果が図18のグラフに示されている。すなわち、リッツ線を用いて構成したある対象物の周波数−抵抗特性について、計測器を用いて実際に計測した結果と、シミュレーションで得られた計算値とを同じグラフ上に重ねた状態で図18に示してある。
【0102】
この実験においては、対象物として図19に示した断面構造のコイルを用いた。このコイルは、直径が0.37mmの素線を19本集合撚りして構成されるリッツ線を用い、コイル内径130mm、X方向に4重、Y方向に3列になるようにリッツ線を巻いて構成した。
【0103】
図18を参照すると、このシミュレーションの計算値と実測値とがほぼ一致していることが分かる。すなわち、本発明の電気特性解析方法を用いる場合には、十分に高い精度でリッツ線のシミュレーションができることを意味している。
【0104】
リッツ線の断面積と素線径との対応関係の一覧が次の表に示されている。
【表1】

【0105】
大電流を流すためには、リッツ線の断面積を大きくしなければならず、更に周波数の高い領域における損失を小さくするためには、リッツ線を構成する素線の径を小さくしなければならない。上記の表1を参照すると、例えば素線径が10[μm]の素線を用いて断面積が20[mm]のリッツ線を構成する場合には、25万本以上の素線を集合撚りすることになる。従って、リッツ線の特性をシミュレーションする際に、もしもそれぞれの素線について個別に素線モデルを作成しようとすると、素線モデルのデータを保持するために膨大な量のメモリが必要になると予想される。
【0106】
しかし、本発明の電気特性解析方法を利用する場合には、単一の素線モデルをリッツ線を構成する全ての素線に適用して計算を行うことができるので、素線モデルのデータを保持するために消費するメモリはわずかで済む。すなわち、搭載したメモリの容量が限られる一般的なコンピュータを使用する場合であっても、本発明を適用すれば、素線数が膨大なリッツ線の特性解析も可能になる。また、リッツ線を巻いて構成したコイル状電気部品の特性解析も可能になる。
【符号の説明】
【0107】
10 リッツ線
11 素線
12 導体
13 絶縁皮膜
20 コイル状電気部品
25 コイルの中心軸
30 GUI画面(情報入力部)
100 電気特性解析装置
110 コンピュータ本体
120 記憶装置
121 シミュレーションプログラム
130 入力装置
140 表示装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
それぞれの表面が電気絶縁された導体で構成される複数の素線を撚り合わせて立体的に構成したリッツ線の高周波領域における電気特性を解析するためのリッツ線の電気特性解析方法であって、
解析対象のリッツ線について、その長さ方向と直交する方向のある位置の断面構造のうち、前記リッツ線を構成する複数の素線の1つに相当する素線モデルを作成する素線モデル作成ステップと、
前記リッツ線の全体に相当する単線モデルについて、前記断面における磁束密度分布を算出する磁束密度算出ステップと、
前記リッツ線を構成する複数の素線のそれぞれについて、該当する素線1本の通電電流と、前記磁束密度算出ステップの結果として得られる該当する素線位置の磁束密度と、前記素線モデルとに基づいて、電磁界解析の計算を適用し、所望の周波数における電流密度および電気的損失量を算出する素線特性算出ステップと、
前記素線特性算出ステップで得られる各素線の電気的損失量に基づいて、前記リッツ線の全体の電気的特性を算出する全体特性算出ステップと
を有することを特徴とするリッツ線の電気特性解析方法。
【請求項2】
請求項1に記載のリッツ線の電気特性解析方法であって、
前記磁束密度算出ステップでは、各々の素線の位置における磁束密度を算出する際に、前記リッツ線の全体から該当する1本の素線を抜き取った状態に相当する条件を適用して計算を実施する
ことを特徴とするリッツ線の電気特性解析方法。
【請求項3】
請求項1に記載のリッツ線の電気特性解析方法であって、
前記磁束密度算出ステップでは、各々の素線の位置における磁束密度を算出する際に、前記リッツ線に含まれる全ての素線が存在する状態に相当する条件を適用して計算を実施する
ことを特徴とするリッツ線の電気特性解析方法。
【請求項4】
請求項1に記載のリッツ線の電気特性解析方法であって、
前記磁束密度算出ステップでは、各々の素線の位置における磁束密度を算出する際に、前記リッツ線に直流電流を流す状態に相当する条件を適用して計算を実施し、
前記素線特性算出ステップでは、前記磁束密度算出ステップの結果として得られる直流条件下の磁束密度に応じた振幅の交流磁場を適用して計算する
ことを特徴とするリッツ線の電気特性解析方法。
【請求項5】
それぞれの表面が電気絶縁された導体で構成される複数の素線を撚り合わせて立体的に構成したリッツ線を所定のコイル軸の周りを周回するようにコイル状に巻いて形成した電気部品の高周波領域における電気特性を解析するためのリッツ線の電気特性解析方法であって、
解析対象の電気部品の前記コイル軸と平行な方向の断面構造について、前記リッツ線を構成する複数の素線の1つに相当する素線モデルを作成する素線モデル作成ステップと、
前記リッツ線の全体を含む単線モデルについて、前記断面における磁束密度分布を算出する磁束密度算出ステップと、
前記リッツ線を構成する複数の素線のそれぞれについて、該当する素線1本の通電電流と、前記磁束密度算出ステップの結果として得られる該当する素線位置の磁束密度と、前記素線モデルとに基づいて、電磁界解析の計算を適用し、所望の周波数における電流密度および電気的損失量を算出する素線特性算出ステップと、
前記素線特性算出ステップで得られる各素線の電気的損失量に基づいて、前記リッツ線のコイル1周回毎の電気的特性を算出する周回特性算出ステップと、
前記周回特性算出ステップの結果に基づいて、コイル全体の特性を算出するコイル特性算出ステップと
を有することを特徴とするリッツ線の電気特性解析方法。
【請求項6】
請求項5に記載のリッツ線の電気特性解析方法であって、
前記磁束密度算出ステップでは、リッツ線の周回毎の位置の変化を反映するように、前記断面における磁束密度分布を算出する
ことを特徴とするリッツ線の電気特性解析方法。
【請求項7】
それぞれの表面が電気絶縁された導体で構成される複数の素線を撚り合わせて立体的に構成したリッツ線の高周波領域における電気特性を解析するための、所定のコンピュータが実行可能な電気特性解析プログラムであって、
解析対象のリッツ線について、その長さ方向と直交する方向のある位置の断面構造のうち、前記リッツ線を構成する複数の素線の1つに相当する素線モデルを作成する素線モデル作成ステップと、
前記リッツ線の全体に相当する単線モデルについて、前記断面における磁束密度分布を算出する磁束密度算出ステップと、
前記リッツ線を構成する複数の素線のそれぞれについて、該当する素線1本の通電電流と、前記磁束密度算出ステップの結果として得られる該当する素線位置の磁束密度と、前記素線モデルとに基づいて、電磁界解析の計算を適用し、所望の周波数における電流密度および電気的損失量を算出する素線特性算出ステップと、
前記素線特性算出ステップで得られる各素線の電気的損失量に基づいて、前記リッツ線の全体の電気的特性を算出する全体特性算出ステップと
を有することを特徴とする電気特性解析プログラム。
【請求項8】
それぞれの表面が電気絶縁された導体で構成される複数の素線を撚り合わせて立体的に構成したリッツ線を所定のコイル軸の周りを周回するようにコイル状に巻いて形成した電気部品の高周波領域における電気特性を解析するための、所定のコンピュータが実行可能な電気特性解析プログラムであって、
解析対象の電気部品の前記コイル軸と平行な方向の断面構造について、前記リッツ線を構成する複数の素線の1つに相当する素線モデルを作成する素線モデル作成ステップと、
前記リッツ線の全体を含む単線モデルについて、前記断面における磁束密度分布を算出する磁束密度算出ステップと、
前記リッツ線を構成する複数の素線のそれぞれについて、該当する素線1本の通電電流と、前記磁束密度算出ステップの結果として得られる該当する素線位置の磁束密度と、前記素線モデルとに基づいて、電磁界解析の計算を適用し、所望の周波数における電流密度および電気的損失量を算出する素線特性算出ステップと、
前記素線特性算出ステップで得られる各素線の電気的損失量に基づいて、前記リッツ線のコイル1周回毎の電気的特性を算出する周回特性算出ステップと、
前記周回特性算出ステップの結果に基づいて、コイル全体の特性を算出するコイル特性算出ステップと
を有することを特徴とする電気特性解析プログラム。
【請求項9】
それぞれの表面が電気絶縁された導体で構成される複数の素線を撚り合わせて立体的に構成したリッツ線の高周波領域における電気特性を解析するための電気特性解析装置であって、
解析対象のリッツ線に関する所定の物理的特性パラメータを特定する情報を入力する情報入力部と、
前記物理的特性パラメータに基づき、前記リッツ線の長さ方向と直交する方向のある位置の断面構造のうち、前記リッツ線を構成する複数の素線の1つに相当する素線モデルを作成する素線モデル作成部と、
前記物理的特性パラメータに基づき、前記リッツ線の全体に相当する単線モデルについて、前記断面における磁束密度分布を算出する磁束密度算出部と、
前記リッツ線を構成する複数の素線のそれぞれについて、該当する素線1本の通電電流と、前記磁束密度算出部の計算結果として得られる該当する素線位置の磁束密度と、前記素線モデルとに基づいて、電磁界解析の計算を適用し、所望の周波数における電流密度および電気的損失量を算出する素線特性算出部と、
前記素線特性算出部で得られる各素線の電気的損失量に基づいて、前記リッツ線の全体の電気的特性を算出する全体特性算出部と
を備えることを特徴とする電気特性解析装置。
【請求項10】
それぞれの表面が電気絶縁された導体で構成される複数の素線を撚り合わせて立体的に構成したリッツ線を所定のコイル軸の周りを周回するようにコイル状に巻いて形成した電気部品の高周波領域における電気特性を解析するための電気特性解析装置であって、
解析対象の電気部品に関する所定の物理的特性パラメータを特定する情報を入力する情報入力部と、
前記物理的特性パラメータに基づき、前記電気部品の前記コイル軸と平行な方向の断面構造について、前記リッツ線を構成する複数の素線の1つに相当する素線モデルを作成する素線モデル作成部と、
前記物理的特性パラメータに基づき、前記リッツ線の全体を含む単線モデルについて、前記断面における磁束密度分布を算出する磁束密度算出部と、
前記リッツ線を構成する複数の素線のそれぞれについて、該当する素線1本の通電電流と、前記磁束密度算出部の計算結果として得られる該当する素線位置の磁束密度と、前記素線モデルとに基づいて、電磁界解析の計算を適用し、所望の周波数における電流密度および電気的損失量を算出する素線特性算出部と、
前記素線特性算出部で得られる各素線の電気的損失量に基づいて、前記リッツ線のコイル1周回毎の電気的特性を算出する周回特性算出部と、
前記周回特性算出部の計算結果に基づいて、コイル全体の特性を算出するコイル特性算出部と
を備えることを特徴とする電気特性解析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【公開番号】特開2013−88977(P2013−88977A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−228166(P2011−228166)
【出願日】平成23年10月17日(2011.10.17)
【出願人】(000006895)矢崎総業株式会社 (7,019)
【Fターム(参考)】