説明

リポソームおよびその製造方法

【課題】巨大なリポソームと、それを電場中、電極以外の担体上で、大量に製造できる簡便な方法とを、提供する。
【解決手段】リポソームは、水中で電極対の間または電極の近傍の担体上に形成された球状の脂質膜である。このリポソームは、脂質層を付した担体を水中の対の電極間または電極の近傍に配置し、脂質層を水で膨潤させた後、電極に交流電圧または直流電圧を印加して形成される電場に曝すことによって、担体上に形成させる方法で製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬物内包剤や膜センサーや生体分子機能評価のモデル膜として用いられる巨大なリポソームおよびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
リポソームは、薬物を脂質膜に内包させる薬物輸送剤や、基質感応性の分子センサーを脂質膜に組み込み、信号分子を内包させた微小センサー、膜タンパク質等の生体分子を脂質膜に組み込んだ生体分子機能解析モデルとして用いられる。特にミクロンオーダーの巨大リポソームは、分子センサーや信号分子等を比較的多量に保持させ易く、また機能解析の際に観察し易い。
【0003】
リポソームは一般的に、脂質等に物理的処理をしたり、化学的処理をしたりして調製される。このような処理として、超音波を照射する方法、エタノール溶液を注入する方法、エクストルージョン法、エーテル溶液を注入する法、コール酸を用いる方法、カルシウムイオンにより融合する方法、凍結融解する方法、逆相蒸発する方法等が知られている。これらの方法では、直径1μm未満、特にナノオーダーのリポソームを容易に調製できるが、1μm以上特に10μm以上の巨大リポソームを調製できない。
【0004】
一方、巨大リポソームは、脂質薄膜を静置しながら水和する方法、脂質を凍結溶解させてから透析する方法等により調製できる。また、特許文献1のように重合性脂質を凍結溶解させ、透析してから熟成させた後、重合させる方法によっても調製できる。しかし、これらの方法は、リポソームの形成が不確実であるか長時間を要する、または工程が煩雑であり、工業的な大量生産に向かない。
【0005】
非特許文献1に、1対の白金線電極またはインジウム錫酸化物(ITO)ガラス電極の表面に、脂質を付して膨潤させ、電極に交流電圧を印加し、電極上に巨大リポソームを形成させる方法が記載されている。しかしこの方法は、導電性である電極上にしか巨大リポソームが形成されないものであるから、生産性が悪く、工業的大量生産に向かない。
【0006】
【特許文献1】特開平6−6710号公報
【非特許文献1】エム アイ アンゲロバ(M.I. Angelova)ら、「プログレスイン コロイド & ポリマー サイエンス(Progress in Colloid & Polymer Science)」,第89巻 p.127−131
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は前記の課題を解決するためになされたものであり、巨大リポソームと、それを電場中の電極以外の担体上に大量に製造できる簡便な方法とを、提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の目的を達成するためになされた特許請求の範囲の請求項1に記載のリポソームは、担体表面上に付された脂質層が、水中で膨潤し、電極対間または電極近傍の電場の作用で該担体上に形成した球状の脂質膜であることを特徴とする。
【0009】
請求項2に記載のリポソームの製造方法は、表面上に脂質層を付した担体を水中の電極対間または電極近傍に配置し、該脂質層を水で膨潤させ、該電極に交流電圧又は直流電圧を印加して形成される電場に、膨潤した該脂質層を曝すことによって、該担体の表面上に球状の脂質膜を形成させることを特徴とする。
【0010】
請求項3に記載のリポソームの製造方法は、請求項2に記載されたもので、前記担体が、導電性物質または非導電性物質でできていることを特徴とする。
【0011】
請求項4に記載のリポソームの製造方法は、請求項2に記載されたもので、前記担体が、金属製、ガラス製、セラミックス製、プラスチック製、高分子ゲル等の固体またはゲルであって、その形状が、線、棒、管、網、粒子、球または板であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明のリポソームは、直径1μm以上、主として20μm以上のマイクロオーダーの球状の巨大なリポソームである。この巨大リポソームは、従来のナノオーダーのリポソームよりも遥かに大きい。
【0013】
本発明のリポソームを製造する方法によれば、簡便な製造容器内で、電極以外の担体上に、大量に巨大リポソームを生成させることができる。巨大リポソームは電極上に直接形成されないから、電極等を設置し直すことなく担体を順次入れ替えるだけで、継続的に巨大リポソームを得ることができる。担体が導電性であっても非導電性であっても、巨大リポソームを得ることができるから、汎用性がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施の形態に限定されるものではない。
【0015】
本発明のリポソームは、図1を参照して説明すると、以下のようにして製造される。
【0016】
図1にリポソーム製造装置の平面図、縦側面図および横側面図を示した。縦(6)が35mm、横35mm、高さ(7)が10mmのプラスチック製水槽(1)に純水を満たし、支持材(2)に対の白金電極(3)を4mmの間隔(8)で固定する。白金線担体(4)に脂質溶液を付し、それを乾燥させて脂質層を形成する。この担体(4)を電極間の略中央の位置になるように支持材(2)に固定する。また、白金電極(3)および担体(4)は水槽(1)の底から高さ(9)が2mmの位置の水中に、浸されている。水槽(1)の底に、顕微鏡観察が可能な透明ガラス製の15mm角(10)の観察窓(5)が備えられている。担体(4)上の脂質層は、水で膨潤する。その後、電極に交流電圧を印加すると担体表面の脂質層に、水を内水相として含む脂質2分子膜小胞の巨大リポソームが形成される。
【0017】
また、本発明のリポソームは、図2を参照して説明すると、以下のようにして製造される。
【0018】
図2にITOガラス電極(13)を用いたリポソーム製造装置の平面図および側面図を示した。縦(15)が20mm、横36mm、高さ(16)が1.0mmのプラスチック製の側壁(11)と、縦(17)が30mm、横(18)が15mmの透明なITOガラス電極(13)を、底部および蓋部として用いた容器の中に純水を満たす。ポリエステル製の網を担体(14)とし、これに脂質溶液を付し、乾燥させて網前面に脂質層を形成する。この担体(14)は縦(21)が8mm、横(23)が10mmであり、この担体(14)を、電極間の略中央であって、担体と両電極との間隔(19)が0.5mmとなるように、支持材(12)に固定する。容器の底部および蓋部の電極(13)は水に浸されている。また、担体(14)も水に浸されている。ITOガラス電極(13)は透明であり、容器底部の縦(22)が10mm、横(20)が8mmの観察窓から脂質層の顕微鏡観察が可能である。また、蓋部にも縦(22)が10mm、横(23)が10mmの観察可能な窓がある。担体(14)上の脂質層は水で膨潤する。その後、電極(13)に交流電圧を印加すると、担体表面の脂質層に水を内水相として含む脂質2分子膜小胞の巨大リポソームが形成される。
【0019】
巨大リポソームが形成される詳細は必ずしも明らかでないが、水で膨潤した脂質層が、電場の作用によって微細振動を誘起し、脂質層に球状の脂質二重層膜小胞の形成が促進されるためと推察される。
【0020】
脂質は、天然あるいは人工の物質であって、単一または混合物として脂質2分子膜を形成するものであればよいが、ホスファチジルコリンであることが好ましい。脂質層の厚さは、膨潤時に30〜100μmの層厚であることが好ましい。
【0021】
水槽中の水の温度は25℃が好ましく、水の純度は清浄度A4レベルであることが好ましい。水が、非イオン性物質または僅かに水溶性塩を含んでいてもよい。電極への印加電圧は正弦波交流2〜5Vpp、その周波数は2Hzが好ましい。
【0022】
担体の材質は、導電性物質または非導電性物質であってもよいが、特に金属製、ガラス製、セラミックス製、プラスチック製、高分子ゲル等の固体またはゲルであることが好ましい。担体の形状は、電極間の電場を遮蔽しないものであれば限定されないが、形状が線、棒、管、網、粒子、球または板であることが好ましい。
【0023】
電極の材質は、水に安定な導電性のものであれば限定されないが、白金線またはITOガラス電極であることが好ましい。
【実施例】
【0024】
本発明を適用するリポソームの試作例を実施例1〜3に示し、本発明を適用外の試作例を比較例1〜3に示す。
【0025】
(実施例1)
卵黄から抽出し精製した脂質であるホスファチジルコリンのメタノール溶液(10mg/ml)の2μlを直径0.5mmの白金線担体上に塗布して乾燥し、白金線担体表面に脂質層を形成した。底が透明ガラスの観察窓を備えたプラスチック製水槽内に、1対の白金線電極を4mm間隔で支持材に固定した。脂質層が形成されている白金線担体を、その電極間の略中央で、両電極に接触しないように支持材に固定した。水槽に超純水を注ぎ込んで満たした。ファンクションジェネレータで、2Hzの交流を電圧5Vで電極に印加した。
【0026】
観察窓を通して脂質層を、デジタル画像処理装置が装着された倒立顕微鏡IX−50(オリンパス株式会社製;商品名)で観察した。交流電圧の印加初期に、両電極側に向く白金線担体上の脂質層に振動が観察され、その後、徐々にリポソームが脂質層上に形成されるのが観察された。90分後に、殆どのリポソームは直径10〜80μmの略球状の巨大リポソームとなり、一部のリポソームは80μmを超える巨大なリポソームとなることが観察された。それを撮影した写真を図3に示す。写真の下方の黒い部分は白金線担体表面(31)であり、担体表面上の約100μmの高さの脂質層に直径約30μmの巨大リポソーム(32)が観察され、担体表面上の約150μmの高さの脂質層に直径約50μmの巨大リポソーム(32)が観察され、さらに類似のリポソームが多数観察された。両電極側に向く白金線担体上の脂質層で、リポソームの外観に相違は認められなかった。なお、底向き及び液面向きの白金線担体表面上の脂質層は、白金線が光を透過しないため観察をすることができなかった。
【0027】
(比較例1)
担体を用いる代わりに、電極に直接脂質層を形成させたこと以外は、実施例1と同様にしてリポソームを形成させた。
【0028】
実施例1と比較例1とのリポソームは、外観上何ら相違が認められない。この実施例1と比較例1との対比から明らかなように、脂質層が電極に直接接していなくても、担体上に巨大リポソームが効率的に生成する。
【0029】
(比較例2)
交流電圧または直流電圧を印加しないこと以外は、実施例1と同様にしたところ、制御されない脂質膨潤によりミエリン様または不定形の脂質膜に変形したが、リポソームは形成されなかった。
【0030】
実施例1と比較例2との対比から明らかなように、電場の作用を受けて、電極から離れた位置に設置した担体上に球状の巨大なリポソームが形成される。
【0031】
(実施例2)
担体として、両端を開放した外径0.3mmのホウケイ酸ガラス管を用い、水がガラス管内に浸入したこと以外は、実施例1と同様にして、リポソームを得た。実施例1と同様に観察したところ、ガラス管に水が浸入しているため、両電極側に向くガラス管上の脂質層のみならず、底向きのガラス管上の脂質層も遍く観察できた。交流電圧の印加初期に、ガラス管上の脂質層の振動が観察された。両電極側に向くガラス管表面上の脂質層は比較的薄く、底向きのガラス管表面上の脂質層は厚くなり、巨大なリポソームは底向きのガラス管表面上の厚い脂質層から高密度に形成された。それを撮影した写真を、図4に示す。写真の上部の線状白色部分(33)は担体であるガラス管の底部であり、底部から50〜100μm離れた位置の脂質層に巨大リポソーム(34)が多数観察された。そのリポソームと実施例1のものとの外観の相違は認められなかった。なお、ガラス管の両端を封止した担体を用いても、同様である。
【0032】
実施例1と実施例2との対比から明らかなように、担体が導電性物質であるか非導電性物質であるかに関わらず、担体上に球状の巨大なリポソームが形成される。
【0033】
(比較例3)
交流電圧または直流電圧を印加しないこと以外は、実施例2と同様にしたところ、制御されない脂質膨潤によりミエリン様または不定形の脂質膜に変形したが、リポソームは形成されなかった。
【0034】
実施例2と比較例3との対比から明らかなように、電場の作用を受けて、電極から離れた位置に設置した非導電性の担体上に球状の巨大なリポソームが形成される。
【0035】
(実施例3)
卵黄から抽出し精製した脂質であるホスファチジルコリンのメタノール溶液(10mg/ml)の1μlを6mm四方の範囲にポリエステル網(200メッシュ)担体上に塗布して乾燥し、網の骨格部および開口部の全表面に脂質層を形成した。蓋板および底板として1mm間隔でITOガラス電極対を設置したプラスチック製容器内に、その電極間の略中間に、脂質層が形成されているポリエステル網担体を、両電極に接触しないように、支持材に固定した。容器に超純水を注ぎ込んで満たした。ファンクションジェネレータで、2Hzの交流を電圧3Vで電極に印加した。
【0036】
実施例1と同一の観察装置を使用し、観察窓を通して脂質層を観察した。ポリエステル網担体の開口部に巨大リポソームが形成された。それを撮影した写真を図5に示す。ポリエステル網の骨格部(35)に囲まれた写真中央の四角形部分(36)はポリエステル網の開口部であり、そこに多数の巨大リポソームが観察された。
【0037】
実施例3から明らかなように、平面型電極を使用した装置においても、電場の作用を受けて、電極から離れた位置に設置した非導電性の担体上に、球状の巨大リポソームが形成される。
【産業上の利用の可能性】
【0038】
本発明のリポソームは、大きさがミクロンオーダーであり、リポソームとしては巨大なものであるため、様々な化合物や物質を比較的多量に内包させるのに用いられる。
【0039】
この巨大リポソームは、水溶性の機能性物質を内包させた微小カプセルのような生体適合性に優れた機能性食品成分や健康食品成分や医薬品成分としての利用、分子センサーを保持させた診断薬や分析試薬としての利用、膜タンパク質のような生体分子を内包させた生体分子機能解析モデル膜や生化学試薬としての利用、人工細胞としての利用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明を適用するリポソームの製造に白金線電極と白金線担体を用いる方法の実施の概要を示す図である。
【図2】本発明を適用するリポソームの製造にITOガラス電極とポリエステル網担体を用いる方法の実施の概要を示す図である。
【図3】本発明を適用するリポソームが、担体である白金線側面に形成されているのを撮影した顕微鏡写真である。
【図4】本発明を適用する別なリポソームが、担体であるガラス管の底面に形成されているのを撮影した顕微鏡写真である。
【図5】本発明を適用する別なリポソームが、担体であるポリエステル網の開口部に形成されているのを撮影した顕微鏡写真である。
【符号の説明】
【0041】
1は水槽、2は支持材、3は電極、4は担体、5は観察窓、6は水槽の縦の長さ、7は水槽の高さ、8は電極の間隔、9は電極および担体と水槽の底との間隔、10は観察窓の大きさ、11は側壁、12は支持材、13はITOガラス電極、14はポリエステル製網状担体、15は側壁の縦の長さ、16は側壁の高さ、17は電極の縦の長さ、18は電極の横の長さ、19は担体と電極との間隔、20は底部の観察窓の横の長さ、21は担体の縦の長さ、22は蓋部および底部の観察窓の縦の長さ、23は蓋部の観察窓の横の長さおよび支持材の横の長さ、31は白金電極の表面、32は巨大リポソーム、33は担体であるガラス管の底部、34は巨大リポソーム、35はポリエステル製網状担体の骨格部、36はポリエステル製網の開口部である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
担体表面上に付された脂質層が、水中で膨潤し、電極対間または電極近傍の電場の作用で該担体上に形成した球状の脂質膜であることを特徴とするリポソーム。
【請求項2】
表面上に脂質層を付した担体を水中の電極対間または電極近傍に配置し、該脂質層を水で膨潤させ、該電極に交流電圧又は直流電圧を印加して形成される電場に、膨潤した該脂質層を曝すことによって、該担体の表面上に球状の脂質膜を形成させることを特徴とするリポソームの製造方法。
【請求項3】
前記担体が、導電性物質または非導電性物質でできていることを特徴とする請求項2に記載のリポソームの製造方法。
【請求項4】
前記担体が、金属製、ガラス製、セラミックス製、プラスチック製、高分子ゲル等の固体またはゲルであって、その形状が、線、棒、管、網、粒子、球または板であることを特徴とする請求項2に記載のリポソームの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−136967(P2008−136967A)
【公開日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−327100(P2006−327100)
【出願日】平成18年12月4日(2006.12.4)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】