リン脂質膜を有する高分子基材及びその製造方法
【課題】リン脂質の親水部分を表面側に容易に配向させることができると共に、リン脂質の安定性及び流動性を発揮することができるリン脂質膜を有する高分子基材及びその製造方法を提供する。
【解決手段】リン脂質膜を有する高分子基材は、疎水性高分子基材11の表面に疎水基よりなるグラフト鎖12が形成され、該グラフト鎖12にリン脂質14が親和して吸着されリン脂質膜17が形成されているものである。グラフト鎖12の疎水基は、炭素数6〜12のアルキレン基であることが好ましい。このリン脂質膜17を有する高分子基材は、疎水性高分子基材11の表面にアルキレン基よりなるグラフト鎖12を形成し、該疎水性高分子基材11をリン脂質14が分散されている懸濁液中に浸漬した後、引き上げて乾燥させることにより得られる。
【解決手段】リン脂質膜を有する高分子基材は、疎水性高分子基材11の表面に疎水基よりなるグラフト鎖12が形成され、該グラフト鎖12にリン脂質14が親和して吸着されリン脂質膜17が形成されているものである。グラフト鎖12の疎水基は、炭素数6〜12のアルキレン基であることが好ましい。このリン脂質膜17を有する高分子基材は、疎水性高分子基材11の表面にアルキレン基よりなるグラフト鎖12を形成し、該疎水性高分子基材11をリン脂質14が分散されている懸濁液中に浸漬した後、引き上げて乾燥させることにより得られる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば生体高分子の固定化基材、バイオチップ、バイオリアクターなどとして利用することができるリン脂質膜を有する高分子基材及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
有機高分子は成形性や加工性に優れ、焼却処分が可能であるなどの利点を有していることから、生体高分子を固定化したバイオチップやバイオリアクターの基材として有用である。その反面、有機高分子はその表面に生体高分子を固定化するための官能基を有していないか、又は固定化された生体高分子が有機高分子表面との相互作用により変性(失活)するという欠点があった。
【0003】
この種のリン脂質固相化方法として、次に示すような方法が知られている(例えば、特許文献1を参照)。すなわち、このリン脂質固相化方法は、親水性モノマーをグラフトした疎水性ポリマーで形成された基材表面に、リン脂質などを非特異的に吸着させるものである。具体的には、ポリスチレンプレートにアクリル酸をグラフト化して得られたアクリル酸グラフト化ポリスチレンプレートを、リン脂質としてジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC)のエタノール溶液に浸漬した後、乾燥することによりポリスチレンプレート表面にリン脂質が固相化される。
【特許文献1】特開2002−311032号公報(第2頁及び第4頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に記載されているリン脂質固相化方法では、グラフト鎖が親水性モノマー具体的にはアクリル酸の重合体により形成され、親水基であるカルボキシル基が存在していることから、そのグラフト鎖にはリン脂質の親水部分(リン酸部分)が配向して水素結合するものと考えられる。この場合、リン脂質はその疎水部分が表面側に配向するため、表面に親水部分を存在させるためには前記リン脂質の疎水部分に対して別のリン脂質の疎水部分を親和させ、親水部分が表面側に配向するように操作する必要がある。さらに、グラフト鎖を形成するアクリル酸の重合体はその鎖長が長いため、複数のリン脂質が交互に層を形成して表面に親水部分を配向させる必要がある。そのため、リン脂質の親水部分を表面側へ配向させるための構成が複雑になるという欠点があった。
【0005】
しかも、リン脂質はグラフト鎖が存在する部分に結合して存在し、ブロックを形成しているものと考えられることから、ブロック間では相互作用がなく、全体としてはリン脂質の移動が十分ではなく、リン脂質の流動性に欠けるという問題があった。加えて、前述のようにリン脂質は複数層を形成しているものと考えられることから、基材に対して垂直に配向することが難しく、安定性に欠けるという問題があった。
【0006】
本発明は、このような従来技術に存在する問題点に着目してなされたものであり、その目的とするところは、リン脂質の親水部分を表面側に容易に配向させることができると共に、リン脂質の安定性及び流動性を発揮することができるリン脂質膜を有する高分子基材及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するために、請求項1に係る発明のリン脂質膜を有する高分子基材では、疎水性高分子基材の表面に疎水基よりなるグラフト鎖が形成され、該グラフト鎖にリン脂質が親和して吸着されリン脂質膜が形成されていることを特徴とする。
【0008】
請求項2のリン脂質膜を有する高分子基材では、請求項1に係る発明において、前記グラフト鎖の疎水基は、炭素数6〜12のアルキレン基であることを特徴とする。
請求項3のリン脂質膜を有する高分子基材では、請求項1又は請求項2に係る発明において、前記グラフト鎖にはリン脂質に加えて脂肪酸が親和して吸着されリン脂質膜が形成されていることを特徴とする。
【0009】
請求項4のリン脂質膜を有する高分子基材では、請求項1から請求項3のいずれか1項に係る発明において、前記リン脂質膜は流動性を有していることを特徴とする。
請求項5のリン脂質膜を有する高分子基材の製造方法では、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のリン脂質膜を有する高分子基材の製造方法である。そして、疎水性高分子基材の表面に疎水基よりなるグラフト鎖を形成し、該疎水性高分子基材をリン脂質が分散されている懸濁液中に浸漬した後、引き上げて乾燥させることを特徴とする。
【0010】
請求項6のリン脂質膜を有する高分子基材の製造方法では、請求項5に係る発明において、前記グラフト鎖は、疎水性高分子基材にカルボキシル基を導入した後、アミン化合物及び縮合試薬を作用させてカルボキシル基とアミノ基とを反応させることにより得られるものであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、次のような効果を発揮することができる。
請求項1に係る発明のリン脂質膜を有する高分子基材では、疎水性高分子基材の表面に疎水基よりなるグラフト鎖が形成され、該グラフト鎖にリン脂質が親和して吸着されリン脂質膜が形成されている。このため、グラフト鎖の疎水基が疎水性を示し、その疎水基にリン脂質の疎水部分が親和し、リン脂質の親水部分が表面側に配向する。このように、リン脂質の疎水部分がグラフト鎖の疎水基に親和力により緩く結合され、位置の移動が容易になっている。従って、リン脂質の親水部分を表面側に容易に配向させることができると共に、リン脂質の安定性及び流動性を発揮することができる。
【0012】
請求項2に係る発明のリン脂質膜を有する高分子基材では、グラフト鎖の疎水基は炭素数6〜12のアルキレン基である。このため、請求項1に係る発明の効果に加えて、グラフト鎖に対してリン脂質の疎水部分の親和力を安定して発揮させることができる。
【0013】
請求項3に係る発明のリン脂質膜を有する高分子基材では、グラフト鎖にはリン脂質に加えて脂肪酸が親和して吸着されリン脂質膜が形成されている。このため、請求項1又は請求項2に係る発明の効果に加えて、脂肪酸の官能基を利用して酵素等の生体高分子の固定化を行うことができる。
【0014】
請求項4に係る発明のリン脂質膜を有する高分子基材では、リン脂質膜は流動性を有している。このため、請求項1から請求項3のいずれかに係る発明の効果に加えて、リン脂質が固定化されず流動性を有することから、例えば加熱によって容易にリン脂質が外れるようにすることができる。
【0015】
請求項5に係る発明のリン脂質膜を有する高分子基材の製造方法では、疎水性高分子基材の表面に疎水基よりなるグラフト鎖を形成し、該疎水性高分子基材をリン脂質が分散されている懸濁液中に浸漬した後、引き上げて乾燥させるものである。このため、請求項1から請求項4のいずれかに係る発明の効果を有するリン脂質膜を有する高分子基材を簡単な操作で効率良く製造することができる。
【0016】
請求項6に係る発明のリン脂質膜を有する高分子基材の製造方法では、グラフト鎖が、疎水性高分子基材にカルボキシル基を導入した後、アミン化合物及び縮合試薬を作用させてカルボキシル基とアミノ基とを反応させることにより得られるものである。このため、請求項5に係る発明の効果に加えて、疎水性高分子基材に対するグラフト鎖の結合力が高く、安定性に優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の最良と思われる実施形態について詳細に説明する。
本実施形態におけるリン脂質膜を有する高分子基材は、疎水性高分子基材の表面に疎水基よりなるグラフト鎖が形成され、該グラフト鎖にリン脂質が親和して吸着されリン脂質膜(いわゆる自己組織化膜)が形成されているものである。係る高分子基材ではグラフト鎖の疎水基が疎水性を示し、その部分にリン脂質の疎水部分が親和し、リン脂質の親水部分が表面側に配向する。従って、表面に配向したリン脂質の親水部分に蛋白質や酵素などの生体高分子を固定化することができる。
【0018】
なお、リン脂質は通常上記のような単層構造を形成するものと考えられるが、グラフト鎖に配向したリン脂質の親水部分にさらに他のリン脂質の親水部分が配向し、その疎水部分に別のリン脂質の疎水部分が配向し、最表面に親水部分が配向する3層構造を形成する場合もある。
【0019】
グラフト鎖の厚さ(高さ)は、グラフト鎖が短鎖のアルキレン基により構成されているため0.5〜1nm程度である。一方、リン脂質膜の疎水部分の厚さは1〜2nm程度である。従って、リン脂質膜はグラフト鎖と同等の厚さであり、グラフト鎖に良好に保持されると共に、その親水部分を表面に有効に配向させることができる。
【0020】
疎水性高分子基材としては、疎水性を示す有機高分子より形成される基材であり、有機高分子としてはポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)等のポリオレフィン、ポリスチレン等の芳香族重合体などが好適に用いられる。ポリエチレンとしては、低密度ポリエチレン(LDPE)等が用いられる。
【0021】
疎水性高分子基材の表面にグラフト鎖を形成する方法としては通常グラフト重合法が採用されるが、疎水性高分子基材の表面に金をコーティングした後、アルキルチオール等を反応させる方法なども採用される。グラフト重合法について説明すると、例えば疎水性高分子基材として前記LDPEを用い、その表面にビニルエーテル/無水マレイン酸共重合体(VEMAC)を作用させてプラズマ照射を例えば30秒間行い、LDPE表面に架橋反応によってカルボキシル基を導入する。
【0022】
続いて、得られたLDPE表面に対して縮合試薬の存在下にアルキルジアミンを作用させ、LDPE表面のカルボキシル基とアルキルジアミンのアミノ基とを反応させ、疎水基よりなるグラフト鎖を形成する。この場合、疎水基の導入率(グラフト率)は約65%である。縮合試薬としては、例えば1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミドハイドロクロライド(EDC)が用いられる。アルキルジアミンとしては、分子鎖長の異なるトリメチレンジアミン(TMDA)、ヘキサメチレンジアミン(HMDA)、ドデカメチレンジアミン(DMDA)等が用いられる。
【0023】
グラフト鎖を形成する疎水基は、グラフト鎖に対してリン脂質の疎水部分の親和力を良好に発現させるために、炭素数6〜12のアルキレン基又はアルキル基であることが好ましい。アルキレン基又はアルキル基の炭素数が6未満の場合にはアルキレン基又はアルキル基の疎水性が不足する傾向を示し、12を超える場合にはグラフト鎖に親和するリン脂質の流動性が低下して好ましくない。
【0024】
前記疎水性高分子基材のグラフト鎖にリン脂質膜を親和させて吸着させる場合には、グラフト鎖を有する疎水性高分子基材をリン脂質の懸濁液に浸漬した後、乾燥させることによって疎水性高分子基材表面にリン脂質によるリン脂質膜が形成される。リン脂質としては、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルイノシトール等を用いることができる。リン脂質の表面密度は、例えば3.21〜4.28μg/cm2である。
【0025】
高分子基材のリン脂質膜は、従来のように基材に化学的に結合して固定化されておらず、親和力によって物理的に吸着されていることから移動可能な流動性を有している。このため、例えばリン脂質膜を有する高分子基材を加熱することにより、リン脂質膜が移動して高分子基材から容易に外れるようにすることができる。
【0026】
疎水性高分子基材のグラフト鎖には、前記リン脂質に加えて脂肪酸が親和して吸着されリン脂質膜が形成されていることが好ましい。この場合、吸着された脂肪酸の官能基(カルボキシル基)を利用し、酵素等の生体高分子の固定化を行うことができる。脂肪酸としては、生体内に最も多く存在し、立体構造的にほぼ直鎖型で立体障害を比較的受けないステアリン酸〔CH3(CH2)16COOH〕が最も好ましい。
【0027】
次に、リン脂質膜を有する高分子基材の製造方法について、模式的に示す図1〜図3を参酌して説明する。
まず、図1(b)に示すように、疎水性高分子基材11の表面に疎水基よりなるグラフト鎖12を形成する。この場合、図1(a)及び(b)に示すように、グラフト鎖12は、疎水性高分子基材11にカルボキシル基13を結合した後、アミン化合物及び縮合試薬を作用させてカルボキシル基13とアミノ基とを反応させることにより得られるものであることが好ましい。グラフト鎖12をこのように形成すれば、疎水性高分子基材11に対するグラフト鎖12の結合力が高く、安定性に優れている。
【0028】
次に、該疎水性高分子基材11をリン脂質14が分散されている懸濁液中に浸漬した後、引き上げて乾燥させる。このようにして、図1(c)に示すように、リン脂質14の疎水部分15がグラフト鎖12側に配向し、親水部分16が表面側に配向したリン脂質膜17が形成される。係る製造方法により、前記効果を奏するリン脂質膜17を有する高分子基材を簡単な操作で効率良く製造することができる。
【0029】
具体的には、疎水性高分子基材11として低密度ポリエチレン(LDPE)フィルム、カルボキシル基13を導入するためにビニルエーテル/無水マレイン酸共重合体(VEMAC)及びグラフト鎖を導入するためにヘキサメチレンジアミン(HMDA)が用いられる。さらに、リン脂質14としては、ホスファチジルコリン(PC)が用いられる。LDPEフィルムの表面にカルボキシル基を導入し、そこにグラフト鎖を形成し、さらにそのグラフト鎖にリン脂質膜を形成する過程は、赤外線吸収スペクトル分析によって確認することができる。
【0030】
すなわち、図2の赤外線吸収スペクトル図に示すように、例えばLDPEフィルム単独の場合(図2の実線)に比べて、VEMACによってカルボキシル基13を導入した場合(図2の一点鎖線)にはVEMACのカルボニル基に基づく吸収(1720cm−1)が認められる。VEMACに基づく重合体単位を下記の化学構造式(1)に示す。
【0031】
【化1】
さらに、HMDAによってグラフト鎖が形成された場合(図2の二点鎖線)にはアミド基に基づく吸収(1580cm−1及び1635cm−1)が認められる。HMDAに基づくグラフト鎖12を形成したときの重合体単位を下記の化学構造式(2)に示す。
【0032】
【化2】
また、ホスファチジルコリン(PC)を下記の化学構造式(3)に示す。
【0033】
【化3】
図3の赤外線吸収スペクトル図に示すように、HMDAに基づくグラフト鎖12を形成した場合(図3の実線)に比べて、PCによってリン脂質膜17を形成した場合(図3の一点鎖線)にはPCリン酸基に基づく吸収(1077cm−1)が認められる。
【0034】
以上詳述した本実施形態によれば、次のような作用及び効果が発揮される。
・ 本実施形態におけるリン脂質膜を有する高分子基材では、疎水性高分子基材の表面に疎水基としてアルキレン基よりなるグラフト鎖が形成され、該グラフト鎖にリン脂質が親和して吸着されリン脂質膜が形成されている。このため、グラフト鎖の疎水基が疎水性を有し、その疎水基にリン脂質の疎水部分が親和し、リン脂質の親水部分が表面側に配向する。このように、リン脂質の疎水部分がグラフト鎖の疎水基に親和力により緩く結合され、位置の移動が容易になっている。従って、リン脂質の親水部分を表面側に容易に配向させることができると共に、リン脂質の安定性及び流動性を発揮することができる。
【0035】
・ 前記グラフト鎖の疎水基が炭素数6〜12のアルキレン基であることにより、グラフト鎖に対してリン脂質の疎水部分の親和力を安定して発揮させることができる。
・ 前記グラフト鎖にはリン脂質に加えて脂肪酸が親和して吸着されリン脂質膜が形成されていることにより、脂肪酸の官能基(カルボキシル基)を利用して酵素等の生体高分子の固定化を行うことができる。
【0036】
・ 前記リン脂質膜が流動性を有していることにより、リン脂質が固定化されず流動性を有することから、例えば加熱によって容易にリン脂質が外れるようにすることができる。
【0037】
・ リン脂質膜を有する高分子基材の製造方法では、疎水性高分子基材の表面に疎水基よりなるグラフト鎖を形成し、該疎水性高分子基材をリン脂質が分散されている懸濁液中に浸漬した後、引き上げて乾燥させるものである。このため、前記効果を奏するリン脂質膜を有する高分子基材を簡単な操作で効率良く製造することができる。
【0038】
・ 上記製造方法において、グラフト鎖が疎水性高分子基材にカルボキシル基を導入した後、アミン化合物及び縮合試薬を作用させてカルボキシル基とアミノ基とを反応させることにより得られるものであることにより、疎水性高分子基材に対するグラフト鎖の結合力が高く、安定性に優れている。
【実施例】
【0039】
以下、参考例及び実施例を挙げて前記実施形態をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例の範囲に限定されるものではない。
〔参考例1、グラフト鎖を有するLDPEフィルムの調製〕
原材料として次に示すものを用意した。
【0040】
疎水性高分子基材:LDPEフィルム〔厚さ0.08mm、生産日本(株)製、ユニパックI−8〕
ビニルメチルエーテル/無水マレイン酸共重合体(VEMA):GAF社製、GANTREZ−AN139、Mn=41000で、200メッシュの篩を通過するものを用いた。
【0041】
アルキルジアミンとして次の3種類のものを使用した。
トリメチレンジアミン(TMDA、NH2(CH2)3NH2)
ヘキサメチレンジアミン(HMDA、NH2(CH2)6NH2)
ドデカメチレンジアミン(DMDA、NH2(CH2)12NH2)
そして、LDPEフィルムを0.2%(w/v)のVEMA及び5%(v/v)のp−キシレンを含むシクロヘキサノン溶液に60℃において浸漬した後、1時間程度空気乾燥した。さらに、一晩減圧乾燥した。その後、表面の過剰なVEMAを取り除くために、テトラヒドロフランで10秒間軽く表面を洗浄し、15分程度空気乾燥した。その後、一晩減圧乾燥し、VEMA含有LDPEフィルムを調製した。該フィルムに、プラズマ照射装置でアルゴンプラズマを出力20Wにて30秒間照射し、フィルムを取り出した後、0.1N水酸化ナトリウム水溶液、1N塩酸水溶液、精製水の順にそれぞれ10分間反応させ、VEMAの無水マレイン酸部位を加水分解することにより、LDPE表面にカルボキシル基を有するLDPE−VEMACフィルムを調製した。
(LDPEフィルム表面のカルボキシル基密度)
係るLDPE−VEMACフィルム表面のカルボキシル基密度を次のようにして測定した。
【0042】
検量線の作成:50%酢酸水溶液50mL中に15.3mgのトルイジンブルー(Toluidine Blue O)を入れ、完全に溶解させ1000nmol/mLの濃度とした。これを順次希釈し、2.5、1.25、0.625、0.313及び0.156nmol/mLの検量線作成用標準溶液を調製した。これらについて光の波長633nmにおける吸光度を紫外吸光光度計にて測定した。そして、縦軸に吸光度及び横軸にトルイジンブルー溶液の濃度をとることにより検量線を作成した。
【0043】
カルボキシル基密度の測定:LDPE−VEMACフィルムを1×10−4Nの水酸化ナトリウム水溶液(pH10)に15分間浸漬させ、カルボキシル基をアニオン化させた。LDPE−VEMACフィルム表面の液滴を濾紙で軽く拭き取った後、5×10−4Mトルイジンブルー水酸化ナトリウム水溶液(1×10−4N水酸化ナトリウム水溶液を使用して調製)5mLと共に試験管に入れ、30℃において12時間反応させた。この操作により、LDPE−VEMACフィルム表面のカルボキシル基とトルイジンブルーとが反応して錯体を形成した。
【0044】
反応後、1×10−4N水酸化ナトリウム水溶液でLDPE−VEMACフィルム表面を3回洗浄し、未反応トルイジンブルーを取り除いた。洗浄したLDPE−VEMACフィルムを50%(v/v)酢酸水溶液5mLに入れ、室温にて24時間反応させ、LDPE−VEMACフィルム表面のカルボキシル基とトルイジンブルーとの錯体を脱離させた。さらに、光の波長633nmにおける吸光度を紫外吸光光度計にて測定し、前記検量線に基づいてカルボキシル基密度を求めた。なお、ブランクとして未処理のLDPEフィルムにおけるカルボキシル基量も同様に求め、サンプルのLDPE−VEMACフィルムにおけるカルボキシル基量からブランクのカルボキシル基量を差し引き、フィルム表面積18cm2で除した値をLDPE−VEMACフィルム表面のカルボキシル基密度とした。
【0045】
その結果、LDPE−VEMACフィルム表面のカルボキシル基濃度は0.5nmol/cm2であった。
次に、試験管にLDPE−VEMACフィルム、水5mL及び縮合試薬として0.25MのEDC水溶液1mLを加え、30℃にて2時間反応させた。その後、0.25Mのアルキルジアミン(TMDA、HMDA又はDMDA)水溶液1mL(DMDAについては溶解度の関係から濃度を0.0025Mとした)を加え、30℃にて24時間反応させた。反応後、LDPE−VEMACフィルムを蒸留水中にて1時間撹拌、洗浄し、その後一晩減圧乾燥することによってグラフト鎖を有するLDPEフィルムを得た。
(LDPEフィルム表面におけるアルキルジアミンの固定化密度)
アルキルジアミン固定化LDPEフィルムにおける表面カルボキシル基の残存密度を、前述のトルイジンブルーに従って定量し、アルキルジアミン固定化前のLDPE−VEMACフィルム表面のカルボキシル基密度から差し引くことにより算出した。その結果、アルキルジアミンの固定化密度は、アルキルジアミンがトリメチレンジアミン(TMDA)の場合には3.8nmol/cm2、ヘキサメチレンジアミン(HMDA)の場合には3.5nmol/cm2及びドデカメチレンジアミン(DMDA)の場合には3.9nmol/cm2であった。
〔実施例1、リン脂質膜を有するLDPEフィルムの調製〕
リン脂質として、ホスファチジルコリン〔PC、和光純薬(株)製、質量平均分子量787〕を用意した。
【0046】
試験管に1mM(0.8mg/mL)のPC懸濁液10mL及び参考例1のグラフト鎖を有するLDPEフィルムを入れ、30℃にて24時間保持してLDPEフィルム表面にリン脂質膜を形成した。その後、蒸留水により1時間撹拌、洗浄し、次いで一晩乾燥し、リン脂質膜を有するLDPEを得た。
(リン脂質膜を有するLDPE表面のPC密度の測定)
試験管に1mMのPC懸濁液5mL及びグラフト鎖を有するLDPEフィルムを入れ、30℃で24時間保持してリン脂質膜を有するLDPEを形成した。その後上澄を分取し、光の波長230nmにおける吸光度を紫外吸光光度計にて測定した。また、ブランクとして、試験管に1mMのPC懸濁液のみを入れ、同様に30℃にて24時間保持し、光の波長230nmにおける吸光度を測定した。そして、予め作成しておいた検量線により、懸濁液濃度を求め、ブランクとサンプルの濃度差に相当する値をリン脂質膜を有するLDPEの形成に使用されたPC量と判断し、サンプルフィルムの表面積12cm2で除した値をLDPEフィルム表面のPC密度と見積もった。また、未処理のLDPEフィルム及びLDPE−VEMACフィルムについても同様に検討を行った。その結果を図5に示した。
【0047】
図5に示したように、LDPEフィルム表面に導入されたアルキルジアミンの固定化密度の増加に伴い、LDPEフィルム表面に吸着されたリン脂質の表面密度も増加する傾向を示した。また、未処理のLDPEフィルム及びLDPE−VEMACフィルムを使用した場合には、リン脂質の表面密度は、それぞれ3.21μg/cm2及び4.28μg/cm2であった。従って、アルキルジアミンを最大密度導入したLDPEフィルム表面に吸着したリン脂質密度は、LDPEフィルム及びLDPE−VEMACフィルムに比べて十分に高いことが示された。これは、LDPEフィルム表面への高密度のアルキルジアミンの導入により、リン脂質膜の安定性が高められたことに基づくものと考えられる。一方、アルキルジアミンの分子鎖長の相違によるリン脂質の表面密度の相違については、有意な差は認められなかった。
(リン脂質膜を有するLDPEフィルムの段階的温度変化に対する熱安定性試験)
石英セルに精製水4mL及びリン脂質膜を有するLDPEフィルム(プラズマ照射時間30秒)を入れ、紫外吸光光度計内に設置した。この場合、LDPEフィルムはセル壁に固定した。付属の電子冷熱式セル温度コントローラを用い、予めセットしておいたプログラムに従い、測定しようとする温度で所定時間経過後、光の波長205nmにおける吸光度を測定した。プログラムについては、測定しようとする温度までに達する時間を1分間とし、その後その温度において20分間一定に保つようセットした。測定時間は、一定温度を維持してから10分後及び20分後とした。
【0048】
測定の際には、LDPEフィルムをセル壁から外し、セル内において軽く撹拌後再びセル壁に固定し、吸光度を測定した。そして、予め作成しておいた光の波長205nmにおける検量線を用い、LDPEフィルムから脱離したPC量を求めた。このとき、ブランクとして、リン脂質膜を有しないLDPEフィルムについても同様に評価し、サンプルフィルムとの差に相当する値をLDPE表面からのPC脱離量として算出した。その結果を図6に示した。
【0049】
この図6に示したように、未処理LDPEフィルム及びLDPE−VEMACフィルムの場合には、30℃付近から段階的にリン脂質の脱離が検出されており、リン脂質膜の安定性は低いことが示された。その一方、ヘキサメチレンジアミン(HMDA)のグラフト鎖を有するLDPEフィルムの場合には、80℃までリン脂質の脱離は認められず、安定なリン脂質膜が形成されていることが明らかになった。
【0050】
また、アルキルジアミンの分子鎖長がLDPEフィルム(プラズマ照射時間30秒)表面からのリン脂質の脱離に与える影響を図7に示した。この図7に示したように、分子鎖長の短いトリメチレンジアミン(TMDA)を用いた場合、40℃付近においてリン脂質の脱離が認められ、それより高い温度においてリン脂質の脱離率が高くなる傾向が認められた。その一方、ヘキサメチレンジアミン(HMDA)及びドデカメチレンジアミン(DMDA)を用いた場合には、80℃までリン脂質の脱離は認められず、80℃より高い温度で脱離が認められた。HMDA及びDMDAの場合に80℃より高温でリン脂質が脱離するのは、グラフト鎖(アルキレン基、アンカー部位)の脱離に起因するものと考えられる。従って、アルキルジアミンとしてHMDA及びDMDAを用いた場合には、グラフト鎖の脱離が起こるまではリン脂質膜の安定性は非常に高いことが明らかになった。
【0051】
加えて、90℃において、HMDAを用いた場合にはリン脂質の脱離率が約15%であるのに対し、DMDAを用いた場合にはリン脂質の脱離率が約10%であったことから、アルキルジアミンの分子鎖長がリン脂質膜の安定性に強く影響することが示された。
【0052】
次に、アルキルジアミンの表面密度の変化がリン脂質の安定性に与える影響について評価した。すなわち、プラズマ照射時間の相違により異なるHMDA固定化密度(nmol/cm2)を有するLDPEフィルム表面に吸着されたリン脂質について段階的温度変化に対するリン脂質の脱離率を測定し、その結果を図8に示した。図8に示したように、HMDAの固定化密度の増加に伴い、リン脂質の脱離率が抑制される傾向が認められ、HMDAを最大密度で導入した場合にリン脂質が最も安定するという結果であった。
(リン脂質膜を有するLDPEフィルムのリン脂質抽出溶液に対する膜安定性)
検量線の作成:0、0.008、0.08、0.1及び0.2mg/mLの濃度となるように、リン脂質をクロロホルム/メタノール混合溶液(2/1v/v)に溶かし、検量線作成用標準溶液を調製した。そして、各種濃度の検量線作成用標準溶液について光の波長255nmにおける吸光度を紫外吸光光度計にて測定し、濃度に対する吸光度の検量線を作成した。
【0053】
リン脂質抽出溶液に対する膜安定性試験:試験管に、クロロホルム/メタノール混合溶液(2/1v/v)5mL及びリン脂質膜を有するLDPEフィルムを入れ、20℃にて5時間保持し、LDPEフィルム表面のリン脂質を混合溶液中に抽出した。その抽出溶液について光の波長255nmにおける吸光度を測定し、検量線から抽出溶液中のリン脂質量を求めた。得られたリン脂質量を、リン脂質抽出溶液に対するLDPEフィルム表面からのリン脂質脱離量とした。その結果を図9及び図10に示した。
【0054】
図9では、15〜180秒間プラズマ照射して得られたHMDAによるグラフト鎖を有するLDPE表面に吸着されたリン脂質について、リン脂質抽出溶液に対するLDPEフィルム表面での残存率を示した。比較対照として、未処理LDPE及び表面にカルボキシル基を有するLDPE−VEMACを用いた場合についても同様の試験を行った。この図9に示したように、表面にカルボキシル基を有するLDPEを用いた場合、プラズマ照射条件に拘わらず20%前後のリン脂質の残存が認められた。一方、未処理LDPEを用いた場合、リン脂質の残存率はほぼ0%であった。従って、表面にカルボキシル基を有するLDPEとHMDAによるグラフト鎖を有するLDPEとでは有意な差は認められなかったが、未処理のLDPEと比べて、HMDAの導入によりリン脂質膜の安定性が有意に向上することが明らかになった。
【0055】
図10では、分子鎖長の異なるアルキルジアミンを導入したLDPEフィルム表面に吸着されたリン脂質のリン脂質抽出溶液に対するLDPE表面の残存率(%)を示したものである。この図10に示した結果より、いずれのアルキルジアミンを用いた場合においても、リン脂質の残存率は約20%であり、有意な差は認められなかった。
(長期水中保存に対するリン脂質膜の安定性試験)
水中に所定のLDPEフィルムを浸漬し、所定時間経過後上澄みを採取し、紫外吸光光度計によりLDPEフィルム表面からのリン脂質の脱離を検出することにより、リン脂質膜の安定性を評価した。すなわち、LDPEとして未処理LDPE、カルボキシル基を有するLDPE及びHMDAに基づくグラフト鎖を有するLDPEを使用した場合について、リン脂質の長期水中保存試験を実施し、LDPE表面におけるリン脂質の残存率(%)を測定し、その結果を図11に示した。図11に示したように、LDPE表面にHMDAのグラフト鎖を導入したことにより、30日経過後においてもLDPE表面に約95%のリン脂質が残存していた。一方、未処理のLDPE及びカルボキシル基を有するLDPEの場合には、リン脂質の残存率はそれぞれ約65%及び約80%であった。従って、LDPE表面にHMDAのグラフト鎖を導入することにより、長期的な水中保存に対してもリン脂質の高い安定性が保持された。
〔実施例2、リン脂質膜を有するLDPEフィルムの調製〕
リン脂質として、ホスファチジルエタノールアミン(PEA)を用意した。
【0056】
試験管に1mMのPEA懸濁液5mL及びHMDAに基づくグラフト鎖を有するLDPEフィルムを入れ、30℃にて24時間保持してLDPEフィルム表面にリン脂質膜を形成した。この反応後の液中におけるPEA量を光の波長230nmにおける紫外線吸収測定により求め、吸着されたPEA量を算出した。その結果、約0.9mg/cm2のPEAを吸着させることができた。
【0057】
また、赤外線吸収スペクトル分析により、PEAに由来するエステル基(1730cm−1における吸収)の増加によってLDPEフィルム表面にPEAが存在することを確認した。すなわち、図4の赤外線吸収スペクトル図に示すように、HMDAに基づくグラフト鎖12を形成した場合(図4の実線)と同様に、PEAによってリン脂質膜17を形成した場合(図4の一点鎖線)にはPEAに由来するエステル基に基づく吸収(1730cm−1)が認められた。
〔実施例3、金コーティングによるリン脂質膜を有するLDPEフィルムの調製〕
未処理のLDPEの片面に金(Au)を真空蒸着した。その後、LDPEフィルムの金未蒸着表面を粘着テープで覆い、エタノール及び水にそれぞれ10分間ずつ浸漬し、LDPEフィルムの表面を洗浄した。続いて、一晩減圧乾燥を行い、金コーティングLDPEを得た。
【0058】
次いで、試験管に金コーティングLDPE、エタノール4.5mL及び1−ヘキサンチオール/エタノール混合溶液(4×10−6mol/L)500μLを加え、室温下、5時間保持することにより、LDPEフィルムの表面に1−ヘキサンチオールの自己組織化単分子膜(グラフト鎖を有するLDPEフィルム)を形成した。反応液中の1−ヘキサンチオール濃度は4×10−7mol/Lであり、その全てがLDPE表面の金と結合した。この反応は数分〜数十分程度と速く、短時間で反応が終了する。その後、グラフト鎖を有するLDPEフィルムをエタノール、水の順にそれぞれ10分間浸漬し、表面を洗浄した。さらに、一晩減圧乾燥し、グラフト鎖を有するLDPEフィルムを得た。
【0059】
次に、試験管に上記グラフト鎖を有するLDPE及び1mM(0.8mg/mL)のPC懸濁液10mLを入れ、実施例1と同様に操作し、LDPE表面にリン脂質膜を形成した。
(リン脂質膜を有するLDPEフィルムの段階的温度変化に対する熱安定性試験)
実施例1で説明した熱安定性試験に準じて実施し、段階的温度変化に対する熱安定性を評価した。すなわち、LDPE、金が結合されたLDPE、SH基が結合されたLDPE及びHMDAに基づくグラフト鎖が形成されたLDPEについて、温度とリン脂質の脱離率(%)との関係を測定し、その結果を図12に示した。係る図12に示した結果より、HMDAに基づくグラフト鎖が形成されたLDPEを使用した場合には、80℃までリン脂質の脱離は認められなかった。その一方、SH基が結合されたLDPEを使用した場合には50℃付近からリン脂質の脱離が認められ、金が結合されたLDPE及びLDPEの場合にはいずれも30℃付近からリン脂質の脱離が認められた。
〔実施例4、ステアリン酸を含むリン脂質膜を有するLDPEフィルムの調製〕
試験管にエタノール4mL及びステアリン酸(StA)174mgを入れ、ボルテックスミキサーを用いて完全に溶解させた。さらに、ホスファチジルエタノールアミン(PC)80mgを加えて懸濁溶液を調製した。このとき、PCに対するStAのモル比(StA/PC)は6である。この懸濁溶液に水を加えて100mLとし、1時間程度撹拌し、反応液を調製した。続いて、別の試験管に、ヘキサメチレンジアミンに基づくグラフト鎖を有するLDPE及び上記反応液10mLを入れ、30℃にて24時間反応させた。反応後、蒸留水にて30分程度撹拌、洗浄し、次いで一晩減圧乾燥した。このようにして、ステアリン酸を含むリン脂質膜を有するLDPEフィルムを調製した。
(リン脂質膜を有するLDPEフィルムの段階的温度変化に対する熱安定性試験)
実施例1で説明した熱安定性試験に準じて実施し、段階的温度変化に対する熱安定性を評価した。すなわち、HMDAに基づくグラフト鎖を有するLDPEを用い、ステアリン酸を導入したLDPEフィルム、コレステロール(Cholesterol)を導入したLDPE及びステアリン酸とコレステロールを導入したLDPEについて、温度変化に対するリン脂質の脱離率を紫外吸光光度計により検出し、評価を行い、その結果を図13に示した。この図13に示したように、いずれのLDPEフィルムにおいても80℃付近までリン脂質の脱離は認められなかった。また、いずれのLDPEフィルムについても90℃におけるリン脂質の脱離率は約15%程度であり、有意な差は認められなかった。つまり、ステアリン酸及びコレステロールによる熱安定性の変化は認められないことが明らかとなった。
〔実施例5、ステアリン酸を含むリン脂質膜を有するLDPEフィルムの流動性試験〕
実施例4と同様にしてLDPEフィルム表面に、ステアリン酸(StA)を含有するリン脂質膜を有するLDPEフィルムを得た。このLDPEフィルム表面のステアリン酸量は、0.3nmol/cm2であった。このLDPEフィルムに10mMリン酸緩衝液(pH4.0)5mL及び縮合試薬としてEDC48mgを加え、室温にて2時間反応させた。このLDPEフィルムを蒸留水で洗浄した後、濃度が1mg/10mLのアルブミン−リン酸緩衝生理食塩水(pH7.4)10mLに浸し、4℃で48時間反応させた。その後、リン酸緩衝生理食塩水で十分に洗浄し、アルブミンを固定化したLDPEフィルムを得た。
【0060】
このLDPEフィルムの半分の領域をリン酸緩衝生理食塩水5mLに浸し、この溶液に濃度1mg/mLのフルオレセン−4−イソチオシアネート(FITC)を含むジメチルスルホキサイド溶液50μLを加えて1時間反応させた後、リン酸緩衝生理食塩水で洗浄することにより蛍光標識を行った。この半面を蛍光標識したLDPEフィルムをリン酸緩衝生理食塩水に浸し、共焦点レーザ顕微鏡によりLDPEフィルム表面の蛍光を観測した。
【0061】
その結果、FITC標識直後においては、蛍光標識した半面のみに強い蛍光が観測されたのに対し、蛍光標識を行わなかった部位については蛍光が認められなかった。1時間後においては、蛍光標識を行わなかった半面の中央付近で蛍光が観測されたが、蛍光標識を行わなかった半面の端部では蛍光が観測されなかった。別途、LDPEフィルムを浸したリン酸緩衝生理食塩水中のFITC量を測定したが、検出範囲内においてFITCは認められなかった。従って、蛍光標識されたアルブミンが液中に移行した後、LDPEフィルム表面に再吸着されたのではないことが示唆された。
【0062】
以上の結果より、リン脂質膜の中を蛍光標識されたアルブミンが拡散移行していることが確認され、リン脂質膜が流動性を有することが明らかとなった。
なお、前記実施形態を次のように変更して具体化することも可能である。
【0063】
・ 前記疎水性高分子基材として、シート状、板状、塊状等のものを用いることも可能である。
・ 前記グラフト鎖を形成する疎水基であるアルキル基を形成するアミン化合物として、ヘキシルアミン、オクチルアミン等の1級アミンなどを使用することもできる。
【0064】
・ 前記グラフト鎖には、リン脂質に加えて脂肪族アルコール等が親和して吸着されリン脂質膜が形成されていてもよい。
さらに、前記実施形態から把握される技術的思想について以下に記載する。
【0065】
〇 前記疎水性高分子基材は、ポリオレフィンにより形成されたフィルムであることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のリン脂質膜を有する高分子基材。このように構成した場合には、ポリオレフィンにより高分子基材の疎水性を十分に発揮することができる。
【0066】
〇 前記リン脂質は、ホスファチジルコリン又はホスファチジルエタノールアミンであることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のリン脂質膜を有する高分子基材。このように構成した場合には、リン脂質を疎水性高分子基材表面のグラフト鎖に十分に親和、吸着させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】(a)は疎水性高分子基材表面にカルボキシル基を結合させた状態を模式的に示す斜視図、(b)は疎水性高分子基材表面にグラフト鎖を形成した状態を模式的に示す斜視図及び(c)は疎水性高分子基材表面にリン脂質膜を形成した状態を模式的に示す斜視図。
【図2】疎水性高分子基材単独の場合、その表面にカルボキシル基を結合した場合及びグラフト鎖を形成した場合についての赤外線吸収スペクトル図。
【図3】疎水性高分子基材表面にグラフト鎖を形成した場合とさらにリン脂質膜を形成した場合についての赤外線吸収スペクトル図。
【図4】実施例2における疎水性高分子基材表面にグラフト鎖を形成した場合とさらにリン脂質膜を形成した場合についての赤外線吸収スペクトル図。
【図5】実施例1におけるアルキルジアミンの固定化密度とリン脂質の表面密度との関係を示すグラフ。
【図6】実施例1におけるLDPEフィルム表面の状態を変化させた場合について、温度とリン脂質(PC)の脱離率との関係を示すグラフ。
【図7】実施例1におけるグラフト鎖を形成するアルキルジアミンの種類を変化させた場合について、温度とリン脂質(PC)の脱離率との関係を示すグラフ。
【図8】実施例1におけるアルキルジアミンの表面密度を変化させた場合について、温度とリン脂質(PC)の脱離率との関係を示すグラフ。
【図9】実施例1における疎水性高分子基材の種類及びプラズマ照射時間とリン脂質(PC)の残存率との関係を示すグラフ。
【図10】実施例1におけるアルキルジアミンの種類とリン脂質(PC)の残存率との関係を示すグラフ。
【図11】実施例1における水中保存期間とリン脂質(PC)の残存率との関係を示すグラフ。
【図12】実施例3における温度とリン脂質(PC)の脱離率との関係を示すグラフ。
【図13】実施例4における温度とリン脂質(PC)の脱離率との関係を示すグラフ。
【符号の説明】
【0068】
11…疎水性高分子基材、12…グラフト鎖、13…カルボキシル基、14…リン脂質、17…リン脂質膜。
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば生体高分子の固定化基材、バイオチップ、バイオリアクターなどとして利用することができるリン脂質膜を有する高分子基材及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
有機高分子は成形性や加工性に優れ、焼却処分が可能であるなどの利点を有していることから、生体高分子を固定化したバイオチップやバイオリアクターの基材として有用である。その反面、有機高分子はその表面に生体高分子を固定化するための官能基を有していないか、又は固定化された生体高分子が有機高分子表面との相互作用により変性(失活)するという欠点があった。
【0003】
この種のリン脂質固相化方法として、次に示すような方法が知られている(例えば、特許文献1を参照)。すなわち、このリン脂質固相化方法は、親水性モノマーをグラフトした疎水性ポリマーで形成された基材表面に、リン脂質などを非特異的に吸着させるものである。具体的には、ポリスチレンプレートにアクリル酸をグラフト化して得られたアクリル酸グラフト化ポリスチレンプレートを、リン脂質としてジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC)のエタノール溶液に浸漬した後、乾燥することによりポリスチレンプレート表面にリン脂質が固相化される。
【特許文献1】特開2002−311032号公報(第2頁及び第4頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に記載されているリン脂質固相化方法では、グラフト鎖が親水性モノマー具体的にはアクリル酸の重合体により形成され、親水基であるカルボキシル基が存在していることから、そのグラフト鎖にはリン脂質の親水部分(リン酸部分)が配向して水素結合するものと考えられる。この場合、リン脂質はその疎水部分が表面側に配向するため、表面に親水部分を存在させるためには前記リン脂質の疎水部分に対して別のリン脂質の疎水部分を親和させ、親水部分が表面側に配向するように操作する必要がある。さらに、グラフト鎖を形成するアクリル酸の重合体はその鎖長が長いため、複数のリン脂質が交互に層を形成して表面に親水部分を配向させる必要がある。そのため、リン脂質の親水部分を表面側へ配向させるための構成が複雑になるという欠点があった。
【0005】
しかも、リン脂質はグラフト鎖が存在する部分に結合して存在し、ブロックを形成しているものと考えられることから、ブロック間では相互作用がなく、全体としてはリン脂質の移動が十分ではなく、リン脂質の流動性に欠けるという問題があった。加えて、前述のようにリン脂質は複数層を形成しているものと考えられることから、基材に対して垂直に配向することが難しく、安定性に欠けるという問題があった。
【0006】
本発明は、このような従来技術に存在する問題点に着目してなされたものであり、その目的とするところは、リン脂質の親水部分を表面側に容易に配向させることができると共に、リン脂質の安定性及び流動性を発揮することができるリン脂質膜を有する高分子基材及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するために、請求項1に係る発明のリン脂質膜を有する高分子基材では、疎水性高分子基材の表面に疎水基よりなるグラフト鎖が形成され、該グラフト鎖にリン脂質が親和して吸着されリン脂質膜が形成されていることを特徴とする。
【0008】
請求項2のリン脂質膜を有する高分子基材では、請求項1に係る発明において、前記グラフト鎖の疎水基は、炭素数6〜12のアルキレン基であることを特徴とする。
請求項3のリン脂質膜を有する高分子基材では、請求項1又は請求項2に係る発明において、前記グラフト鎖にはリン脂質に加えて脂肪酸が親和して吸着されリン脂質膜が形成されていることを特徴とする。
【0009】
請求項4のリン脂質膜を有する高分子基材では、請求項1から請求項3のいずれか1項に係る発明において、前記リン脂質膜は流動性を有していることを特徴とする。
請求項5のリン脂質膜を有する高分子基材の製造方法では、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のリン脂質膜を有する高分子基材の製造方法である。そして、疎水性高分子基材の表面に疎水基よりなるグラフト鎖を形成し、該疎水性高分子基材をリン脂質が分散されている懸濁液中に浸漬した後、引き上げて乾燥させることを特徴とする。
【0010】
請求項6のリン脂質膜を有する高分子基材の製造方法では、請求項5に係る発明において、前記グラフト鎖は、疎水性高分子基材にカルボキシル基を導入した後、アミン化合物及び縮合試薬を作用させてカルボキシル基とアミノ基とを反応させることにより得られるものであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、次のような効果を発揮することができる。
請求項1に係る発明のリン脂質膜を有する高分子基材では、疎水性高分子基材の表面に疎水基よりなるグラフト鎖が形成され、該グラフト鎖にリン脂質が親和して吸着されリン脂質膜が形成されている。このため、グラフト鎖の疎水基が疎水性を示し、その疎水基にリン脂質の疎水部分が親和し、リン脂質の親水部分が表面側に配向する。このように、リン脂質の疎水部分がグラフト鎖の疎水基に親和力により緩く結合され、位置の移動が容易になっている。従って、リン脂質の親水部分を表面側に容易に配向させることができると共に、リン脂質の安定性及び流動性を発揮することができる。
【0012】
請求項2に係る発明のリン脂質膜を有する高分子基材では、グラフト鎖の疎水基は炭素数6〜12のアルキレン基である。このため、請求項1に係る発明の効果に加えて、グラフト鎖に対してリン脂質の疎水部分の親和力を安定して発揮させることができる。
【0013】
請求項3に係る発明のリン脂質膜を有する高分子基材では、グラフト鎖にはリン脂質に加えて脂肪酸が親和して吸着されリン脂質膜が形成されている。このため、請求項1又は請求項2に係る発明の効果に加えて、脂肪酸の官能基を利用して酵素等の生体高分子の固定化を行うことができる。
【0014】
請求項4に係る発明のリン脂質膜を有する高分子基材では、リン脂質膜は流動性を有している。このため、請求項1から請求項3のいずれかに係る発明の効果に加えて、リン脂質が固定化されず流動性を有することから、例えば加熱によって容易にリン脂質が外れるようにすることができる。
【0015】
請求項5に係る発明のリン脂質膜を有する高分子基材の製造方法では、疎水性高分子基材の表面に疎水基よりなるグラフト鎖を形成し、該疎水性高分子基材をリン脂質が分散されている懸濁液中に浸漬した後、引き上げて乾燥させるものである。このため、請求項1から請求項4のいずれかに係る発明の効果を有するリン脂質膜を有する高分子基材を簡単な操作で効率良く製造することができる。
【0016】
請求項6に係る発明のリン脂質膜を有する高分子基材の製造方法では、グラフト鎖が、疎水性高分子基材にカルボキシル基を導入した後、アミン化合物及び縮合試薬を作用させてカルボキシル基とアミノ基とを反応させることにより得られるものである。このため、請求項5に係る発明の効果に加えて、疎水性高分子基材に対するグラフト鎖の結合力が高く、安定性に優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の最良と思われる実施形態について詳細に説明する。
本実施形態におけるリン脂質膜を有する高分子基材は、疎水性高分子基材の表面に疎水基よりなるグラフト鎖が形成され、該グラフト鎖にリン脂質が親和して吸着されリン脂質膜(いわゆる自己組織化膜)が形成されているものである。係る高分子基材ではグラフト鎖の疎水基が疎水性を示し、その部分にリン脂質の疎水部分が親和し、リン脂質の親水部分が表面側に配向する。従って、表面に配向したリン脂質の親水部分に蛋白質や酵素などの生体高分子を固定化することができる。
【0018】
なお、リン脂質は通常上記のような単層構造を形成するものと考えられるが、グラフト鎖に配向したリン脂質の親水部分にさらに他のリン脂質の親水部分が配向し、その疎水部分に別のリン脂質の疎水部分が配向し、最表面に親水部分が配向する3層構造を形成する場合もある。
【0019】
グラフト鎖の厚さ(高さ)は、グラフト鎖が短鎖のアルキレン基により構成されているため0.5〜1nm程度である。一方、リン脂質膜の疎水部分の厚さは1〜2nm程度である。従って、リン脂質膜はグラフト鎖と同等の厚さであり、グラフト鎖に良好に保持されると共に、その親水部分を表面に有効に配向させることができる。
【0020】
疎水性高分子基材としては、疎水性を示す有機高分子より形成される基材であり、有機高分子としてはポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)等のポリオレフィン、ポリスチレン等の芳香族重合体などが好適に用いられる。ポリエチレンとしては、低密度ポリエチレン(LDPE)等が用いられる。
【0021】
疎水性高分子基材の表面にグラフト鎖を形成する方法としては通常グラフト重合法が採用されるが、疎水性高分子基材の表面に金をコーティングした後、アルキルチオール等を反応させる方法なども採用される。グラフト重合法について説明すると、例えば疎水性高分子基材として前記LDPEを用い、その表面にビニルエーテル/無水マレイン酸共重合体(VEMAC)を作用させてプラズマ照射を例えば30秒間行い、LDPE表面に架橋反応によってカルボキシル基を導入する。
【0022】
続いて、得られたLDPE表面に対して縮合試薬の存在下にアルキルジアミンを作用させ、LDPE表面のカルボキシル基とアルキルジアミンのアミノ基とを反応させ、疎水基よりなるグラフト鎖を形成する。この場合、疎水基の導入率(グラフト率)は約65%である。縮合試薬としては、例えば1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミドハイドロクロライド(EDC)が用いられる。アルキルジアミンとしては、分子鎖長の異なるトリメチレンジアミン(TMDA)、ヘキサメチレンジアミン(HMDA)、ドデカメチレンジアミン(DMDA)等が用いられる。
【0023】
グラフト鎖を形成する疎水基は、グラフト鎖に対してリン脂質の疎水部分の親和力を良好に発現させるために、炭素数6〜12のアルキレン基又はアルキル基であることが好ましい。アルキレン基又はアルキル基の炭素数が6未満の場合にはアルキレン基又はアルキル基の疎水性が不足する傾向を示し、12を超える場合にはグラフト鎖に親和するリン脂質の流動性が低下して好ましくない。
【0024】
前記疎水性高分子基材のグラフト鎖にリン脂質膜を親和させて吸着させる場合には、グラフト鎖を有する疎水性高分子基材をリン脂質の懸濁液に浸漬した後、乾燥させることによって疎水性高分子基材表面にリン脂質によるリン脂質膜が形成される。リン脂質としては、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルイノシトール等を用いることができる。リン脂質の表面密度は、例えば3.21〜4.28μg/cm2である。
【0025】
高分子基材のリン脂質膜は、従来のように基材に化学的に結合して固定化されておらず、親和力によって物理的に吸着されていることから移動可能な流動性を有している。このため、例えばリン脂質膜を有する高分子基材を加熱することにより、リン脂質膜が移動して高分子基材から容易に外れるようにすることができる。
【0026】
疎水性高分子基材のグラフト鎖には、前記リン脂質に加えて脂肪酸が親和して吸着されリン脂質膜が形成されていることが好ましい。この場合、吸着された脂肪酸の官能基(カルボキシル基)を利用し、酵素等の生体高分子の固定化を行うことができる。脂肪酸としては、生体内に最も多く存在し、立体構造的にほぼ直鎖型で立体障害を比較的受けないステアリン酸〔CH3(CH2)16COOH〕が最も好ましい。
【0027】
次に、リン脂質膜を有する高分子基材の製造方法について、模式的に示す図1〜図3を参酌して説明する。
まず、図1(b)に示すように、疎水性高分子基材11の表面に疎水基よりなるグラフト鎖12を形成する。この場合、図1(a)及び(b)に示すように、グラフト鎖12は、疎水性高分子基材11にカルボキシル基13を結合した後、アミン化合物及び縮合試薬を作用させてカルボキシル基13とアミノ基とを反応させることにより得られるものであることが好ましい。グラフト鎖12をこのように形成すれば、疎水性高分子基材11に対するグラフト鎖12の結合力が高く、安定性に優れている。
【0028】
次に、該疎水性高分子基材11をリン脂質14が分散されている懸濁液中に浸漬した後、引き上げて乾燥させる。このようにして、図1(c)に示すように、リン脂質14の疎水部分15がグラフト鎖12側に配向し、親水部分16が表面側に配向したリン脂質膜17が形成される。係る製造方法により、前記効果を奏するリン脂質膜17を有する高分子基材を簡単な操作で効率良く製造することができる。
【0029】
具体的には、疎水性高分子基材11として低密度ポリエチレン(LDPE)フィルム、カルボキシル基13を導入するためにビニルエーテル/無水マレイン酸共重合体(VEMAC)及びグラフト鎖を導入するためにヘキサメチレンジアミン(HMDA)が用いられる。さらに、リン脂質14としては、ホスファチジルコリン(PC)が用いられる。LDPEフィルムの表面にカルボキシル基を導入し、そこにグラフト鎖を形成し、さらにそのグラフト鎖にリン脂質膜を形成する過程は、赤外線吸収スペクトル分析によって確認することができる。
【0030】
すなわち、図2の赤外線吸収スペクトル図に示すように、例えばLDPEフィルム単独の場合(図2の実線)に比べて、VEMACによってカルボキシル基13を導入した場合(図2の一点鎖線)にはVEMACのカルボニル基に基づく吸収(1720cm−1)が認められる。VEMACに基づく重合体単位を下記の化学構造式(1)に示す。
【0031】
【化1】
さらに、HMDAによってグラフト鎖が形成された場合(図2の二点鎖線)にはアミド基に基づく吸収(1580cm−1及び1635cm−1)が認められる。HMDAに基づくグラフト鎖12を形成したときの重合体単位を下記の化学構造式(2)に示す。
【0032】
【化2】
また、ホスファチジルコリン(PC)を下記の化学構造式(3)に示す。
【0033】
【化3】
図3の赤外線吸収スペクトル図に示すように、HMDAに基づくグラフト鎖12を形成した場合(図3の実線)に比べて、PCによってリン脂質膜17を形成した場合(図3の一点鎖線)にはPCリン酸基に基づく吸収(1077cm−1)が認められる。
【0034】
以上詳述した本実施形態によれば、次のような作用及び効果が発揮される。
・ 本実施形態におけるリン脂質膜を有する高分子基材では、疎水性高分子基材の表面に疎水基としてアルキレン基よりなるグラフト鎖が形成され、該グラフト鎖にリン脂質が親和して吸着されリン脂質膜が形成されている。このため、グラフト鎖の疎水基が疎水性を有し、その疎水基にリン脂質の疎水部分が親和し、リン脂質の親水部分が表面側に配向する。このように、リン脂質の疎水部分がグラフト鎖の疎水基に親和力により緩く結合され、位置の移動が容易になっている。従って、リン脂質の親水部分を表面側に容易に配向させることができると共に、リン脂質の安定性及び流動性を発揮することができる。
【0035】
・ 前記グラフト鎖の疎水基が炭素数6〜12のアルキレン基であることにより、グラフト鎖に対してリン脂質の疎水部分の親和力を安定して発揮させることができる。
・ 前記グラフト鎖にはリン脂質に加えて脂肪酸が親和して吸着されリン脂質膜が形成されていることにより、脂肪酸の官能基(カルボキシル基)を利用して酵素等の生体高分子の固定化を行うことができる。
【0036】
・ 前記リン脂質膜が流動性を有していることにより、リン脂質が固定化されず流動性を有することから、例えば加熱によって容易にリン脂質が外れるようにすることができる。
【0037】
・ リン脂質膜を有する高分子基材の製造方法では、疎水性高分子基材の表面に疎水基よりなるグラフト鎖を形成し、該疎水性高分子基材をリン脂質が分散されている懸濁液中に浸漬した後、引き上げて乾燥させるものである。このため、前記効果を奏するリン脂質膜を有する高分子基材を簡単な操作で効率良く製造することができる。
【0038】
・ 上記製造方法において、グラフト鎖が疎水性高分子基材にカルボキシル基を導入した後、アミン化合物及び縮合試薬を作用させてカルボキシル基とアミノ基とを反応させることにより得られるものであることにより、疎水性高分子基材に対するグラフト鎖の結合力が高く、安定性に優れている。
【実施例】
【0039】
以下、参考例及び実施例を挙げて前記実施形態をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例の範囲に限定されるものではない。
〔参考例1、グラフト鎖を有するLDPEフィルムの調製〕
原材料として次に示すものを用意した。
【0040】
疎水性高分子基材:LDPEフィルム〔厚さ0.08mm、生産日本(株)製、ユニパックI−8〕
ビニルメチルエーテル/無水マレイン酸共重合体(VEMA):GAF社製、GANTREZ−AN139、Mn=41000で、200メッシュの篩を通過するものを用いた。
【0041】
アルキルジアミンとして次の3種類のものを使用した。
トリメチレンジアミン(TMDA、NH2(CH2)3NH2)
ヘキサメチレンジアミン(HMDA、NH2(CH2)6NH2)
ドデカメチレンジアミン(DMDA、NH2(CH2)12NH2)
そして、LDPEフィルムを0.2%(w/v)のVEMA及び5%(v/v)のp−キシレンを含むシクロヘキサノン溶液に60℃において浸漬した後、1時間程度空気乾燥した。さらに、一晩減圧乾燥した。その後、表面の過剰なVEMAを取り除くために、テトラヒドロフランで10秒間軽く表面を洗浄し、15分程度空気乾燥した。その後、一晩減圧乾燥し、VEMA含有LDPEフィルムを調製した。該フィルムに、プラズマ照射装置でアルゴンプラズマを出力20Wにて30秒間照射し、フィルムを取り出した後、0.1N水酸化ナトリウム水溶液、1N塩酸水溶液、精製水の順にそれぞれ10分間反応させ、VEMAの無水マレイン酸部位を加水分解することにより、LDPE表面にカルボキシル基を有するLDPE−VEMACフィルムを調製した。
(LDPEフィルム表面のカルボキシル基密度)
係るLDPE−VEMACフィルム表面のカルボキシル基密度を次のようにして測定した。
【0042】
検量線の作成:50%酢酸水溶液50mL中に15.3mgのトルイジンブルー(Toluidine Blue O)を入れ、完全に溶解させ1000nmol/mLの濃度とした。これを順次希釈し、2.5、1.25、0.625、0.313及び0.156nmol/mLの検量線作成用標準溶液を調製した。これらについて光の波長633nmにおける吸光度を紫外吸光光度計にて測定した。そして、縦軸に吸光度及び横軸にトルイジンブルー溶液の濃度をとることにより検量線を作成した。
【0043】
カルボキシル基密度の測定:LDPE−VEMACフィルムを1×10−4Nの水酸化ナトリウム水溶液(pH10)に15分間浸漬させ、カルボキシル基をアニオン化させた。LDPE−VEMACフィルム表面の液滴を濾紙で軽く拭き取った後、5×10−4Mトルイジンブルー水酸化ナトリウム水溶液(1×10−4N水酸化ナトリウム水溶液を使用して調製)5mLと共に試験管に入れ、30℃において12時間反応させた。この操作により、LDPE−VEMACフィルム表面のカルボキシル基とトルイジンブルーとが反応して錯体を形成した。
【0044】
反応後、1×10−4N水酸化ナトリウム水溶液でLDPE−VEMACフィルム表面を3回洗浄し、未反応トルイジンブルーを取り除いた。洗浄したLDPE−VEMACフィルムを50%(v/v)酢酸水溶液5mLに入れ、室温にて24時間反応させ、LDPE−VEMACフィルム表面のカルボキシル基とトルイジンブルーとの錯体を脱離させた。さらに、光の波長633nmにおける吸光度を紫外吸光光度計にて測定し、前記検量線に基づいてカルボキシル基密度を求めた。なお、ブランクとして未処理のLDPEフィルムにおけるカルボキシル基量も同様に求め、サンプルのLDPE−VEMACフィルムにおけるカルボキシル基量からブランクのカルボキシル基量を差し引き、フィルム表面積18cm2で除した値をLDPE−VEMACフィルム表面のカルボキシル基密度とした。
【0045】
その結果、LDPE−VEMACフィルム表面のカルボキシル基濃度は0.5nmol/cm2であった。
次に、試験管にLDPE−VEMACフィルム、水5mL及び縮合試薬として0.25MのEDC水溶液1mLを加え、30℃にて2時間反応させた。その後、0.25Mのアルキルジアミン(TMDA、HMDA又はDMDA)水溶液1mL(DMDAについては溶解度の関係から濃度を0.0025Mとした)を加え、30℃にて24時間反応させた。反応後、LDPE−VEMACフィルムを蒸留水中にて1時間撹拌、洗浄し、その後一晩減圧乾燥することによってグラフト鎖を有するLDPEフィルムを得た。
(LDPEフィルム表面におけるアルキルジアミンの固定化密度)
アルキルジアミン固定化LDPEフィルムにおける表面カルボキシル基の残存密度を、前述のトルイジンブルーに従って定量し、アルキルジアミン固定化前のLDPE−VEMACフィルム表面のカルボキシル基密度から差し引くことにより算出した。その結果、アルキルジアミンの固定化密度は、アルキルジアミンがトリメチレンジアミン(TMDA)の場合には3.8nmol/cm2、ヘキサメチレンジアミン(HMDA)の場合には3.5nmol/cm2及びドデカメチレンジアミン(DMDA)の場合には3.9nmol/cm2であった。
〔実施例1、リン脂質膜を有するLDPEフィルムの調製〕
リン脂質として、ホスファチジルコリン〔PC、和光純薬(株)製、質量平均分子量787〕を用意した。
【0046】
試験管に1mM(0.8mg/mL)のPC懸濁液10mL及び参考例1のグラフト鎖を有するLDPEフィルムを入れ、30℃にて24時間保持してLDPEフィルム表面にリン脂質膜を形成した。その後、蒸留水により1時間撹拌、洗浄し、次いで一晩乾燥し、リン脂質膜を有するLDPEを得た。
(リン脂質膜を有するLDPE表面のPC密度の測定)
試験管に1mMのPC懸濁液5mL及びグラフト鎖を有するLDPEフィルムを入れ、30℃で24時間保持してリン脂質膜を有するLDPEを形成した。その後上澄を分取し、光の波長230nmにおける吸光度を紫外吸光光度計にて測定した。また、ブランクとして、試験管に1mMのPC懸濁液のみを入れ、同様に30℃にて24時間保持し、光の波長230nmにおける吸光度を測定した。そして、予め作成しておいた検量線により、懸濁液濃度を求め、ブランクとサンプルの濃度差に相当する値をリン脂質膜を有するLDPEの形成に使用されたPC量と判断し、サンプルフィルムの表面積12cm2で除した値をLDPEフィルム表面のPC密度と見積もった。また、未処理のLDPEフィルム及びLDPE−VEMACフィルムについても同様に検討を行った。その結果を図5に示した。
【0047】
図5に示したように、LDPEフィルム表面に導入されたアルキルジアミンの固定化密度の増加に伴い、LDPEフィルム表面に吸着されたリン脂質の表面密度も増加する傾向を示した。また、未処理のLDPEフィルム及びLDPE−VEMACフィルムを使用した場合には、リン脂質の表面密度は、それぞれ3.21μg/cm2及び4.28μg/cm2であった。従って、アルキルジアミンを最大密度導入したLDPEフィルム表面に吸着したリン脂質密度は、LDPEフィルム及びLDPE−VEMACフィルムに比べて十分に高いことが示された。これは、LDPEフィルム表面への高密度のアルキルジアミンの導入により、リン脂質膜の安定性が高められたことに基づくものと考えられる。一方、アルキルジアミンの分子鎖長の相違によるリン脂質の表面密度の相違については、有意な差は認められなかった。
(リン脂質膜を有するLDPEフィルムの段階的温度変化に対する熱安定性試験)
石英セルに精製水4mL及びリン脂質膜を有するLDPEフィルム(プラズマ照射時間30秒)を入れ、紫外吸光光度計内に設置した。この場合、LDPEフィルムはセル壁に固定した。付属の電子冷熱式セル温度コントローラを用い、予めセットしておいたプログラムに従い、測定しようとする温度で所定時間経過後、光の波長205nmにおける吸光度を測定した。プログラムについては、測定しようとする温度までに達する時間を1分間とし、その後その温度において20分間一定に保つようセットした。測定時間は、一定温度を維持してから10分後及び20分後とした。
【0048】
測定の際には、LDPEフィルムをセル壁から外し、セル内において軽く撹拌後再びセル壁に固定し、吸光度を測定した。そして、予め作成しておいた光の波長205nmにおける検量線を用い、LDPEフィルムから脱離したPC量を求めた。このとき、ブランクとして、リン脂質膜を有しないLDPEフィルムについても同様に評価し、サンプルフィルムとの差に相当する値をLDPE表面からのPC脱離量として算出した。その結果を図6に示した。
【0049】
この図6に示したように、未処理LDPEフィルム及びLDPE−VEMACフィルムの場合には、30℃付近から段階的にリン脂質の脱離が検出されており、リン脂質膜の安定性は低いことが示された。その一方、ヘキサメチレンジアミン(HMDA)のグラフト鎖を有するLDPEフィルムの場合には、80℃までリン脂質の脱離は認められず、安定なリン脂質膜が形成されていることが明らかになった。
【0050】
また、アルキルジアミンの分子鎖長がLDPEフィルム(プラズマ照射時間30秒)表面からのリン脂質の脱離に与える影響を図7に示した。この図7に示したように、分子鎖長の短いトリメチレンジアミン(TMDA)を用いた場合、40℃付近においてリン脂質の脱離が認められ、それより高い温度においてリン脂質の脱離率が高くなる傾向が認められた。その一方、ヘキサメチレンジアミン(HMDA)及びドデカメチレンジアミン(DMDA)を用いた場合には、80℃までリン脂質の脱離は認められず、80℃より高い温度で脱離が認められた。HMDA及びDMDAの場合に80℃より高温でリン脂質が脱離するのは、グラフト鎖(アルキレン基、アンカー部位)の脱離に起因するものと考えられる。従って、アルキルジアミンとしてHMDA及びDMDAを用いた場合には、グラフト鎖の脱離が起こるまではリン脂質膜の安定性は非常に高いことが明らかになった。
【0051】
加えて、90℃において、HMDAを用いた場合にはリン脂質の脱離率が約15%であるのに対し、DMDAを用いた場合にはリン脂質の脱離率が約10%であったことから、アルキルジアミンの分子鎖長がリン脂質膜の安定性に強く影響することが示された。
【0052】
次に、アルキルジアミンの表面密度の変化がリン脂質の安定性に与える影響について評価した。すなわち、プラズマ照射時間の相違により異なるHMDA固定化密度(nmol/cm2)を有するLDPEフィルム表面に吸着されたリン脂質について段階的温度変化に対するリン脂質の脱離率を測定し、その結果を図8に示した。図8に示したように、HMDAの固定化密度の増加に伴い、リン脂質の脱離率が抑制される傾向が認められ、HMDAを最大密度で導入した場合にリン脂質が最も安定するという結果であった。
(リン脂質膜を有するLDPEフィルムのリン脂質抽出溶液に対する膜安定性)
検量線の作成:0、0.008、0.08、0.1及び0.2mg/mLの濃度となるように、リン脂質をクロロホルム/メタノール混合溶液(2/1v/v)に溶かし、検量線作成用標準溶液を調製した。そして、各種濃度の検量線作成用標準溶液について光の波長255nmにおける吸光度を紫外吸光光度計にて測定し、濃度に対する吸光度の検量線を作成した。
【0053】
リン脂質抽出溶液に対する膜安定性試験:試験管に、クロロホルム/メタノール混合溶液(2/1v/v)5mL及びリン脂質膜を有するLDPEフィルムを入れ、20℃にて5時間保持し、LDPEフィルム表面のリン脂質を混合溶液中に抽出した。その抽出溶液について光の波長255nmにおける吸光度を測定し、検量線から抽出溶液中のリン脂質量を求めた。得られたリン脂質量を、リン脂質抽出溶液に対するLDPEフィルム表面からのリン脂質脱離量とした。その結果を図9及び図10に示した。
【0054】
図9では、15〜180秒間プラズマ照射して得られたHMDAによるグラフト鎖を有するLDPE表面に吸着されたリン脂質について、リン脂質抽出溶液に対するLDPEフィルム表面での残存率を示した。比較対照として、未処理LDPE及び表面にカルボキシル基を有するLDPE−VEMACを用いた場合についても同様の試験を行った。この図9に示したように、表面にカルボキシル基を有するLDPEを用いた場合、プラズマ照射条件に拘わらず20%前後のリン脂質の残存が認められた。一方、未処理LDPEを用いた場合、リン脂質の残存率はほぼ0%であった。従って、表面にカルボキシル基を有するLDPEとHMDAによるグラフト鎖を有するLDPEとでは有意な差は認められなかったが、未処理のLDPEと比べて、HMDAの導入によりリン脂質膜の安定性が有意に向上することが明らかになった。
【0055】
図10では、分子鎖長の異なるアルキルジアミンを導入したLDPEフィルム表面に吸着されたリン脂質のリン脂質抽出溶液に対するLDPE表面の残存率(%)を示したものである。この図10に示した結果より、いずれのアルキルジアミンを用いた場合においても、リン脂質の残存率は約20%であり、有意な差は認められなかった。
(長期水中保存に対するリン脂質膜の安定性試験)
水中に所定のLDPEフィルムを浸漬し、所定時間経過後上澄みを採取し、紫外吸光光度計によりLDPEフィルム表面からのリン脂質の脱離を検出することにより、リン脂質膜の安定性を評価した。すなわち、LDPEとして未処理LDPE、カルボキシル基を有するLDPE及びHMDAに基づくグラフト鎖を有するLDPEを使用した場合について、リン脂質の長期水中保存試験を実施し、LDPE表面におけるリン脂質の残存率(%)を測定し、その結果を図11に示した。図11に示したように、LDPE表面にHMDAのグラフト鎖を導入したことにより、30日経過後においてもLDPE表面に約95%のリン脂質が残存していた。一方、未処理のLDPE及びカルボキシル基を有するLDPEの場合には、リン脂質の残存率はそれぞれ約65%及び約80%であった。従って、LDPE表面にHMDAのグラフト鎖を導入することにより、長期的な水中保存に対してもリン脂質の高い安定性が保持された。
〔実施例2、リン脂質膜を有するLDPEフィルムの調製〕
リン脂質として、ホスファチジルエタノールアミン(PEA)を用意した。
【0056】
試験管に1mMのPEA懸濁液5mL及びHMDAに基づくグラフト鎖を有するLDPEフィルムを入れ、30℃にて24時間保持してLDPEフィルム表面にリン脂質膜を形成した。この反応後の液中におけるPEA量を光の波長230nmにおける紫外線吸収測定により求め、吸着されたPEA量を算出した。その結果、約0.9mg/cm2のPEAを吸着させることができた。
【0057】
また、赤外線吸収スペクトル分析により、PEAに由来するエステル基(1730cm−1における吸収)の増加によってLDPEフィルム表面にPEAが存在することを確認した。すなわち、図4の赤外線吸収スペクトル図に示すように、HMDAに基づくグラフト鎖12を形成した場合(図4の実線)と同様に、PEAによってリン脂質膜17を形成した場合(図4の一点鎖線)にはPEAに由来するエステル基に基づく吸収(1730cm−1)が認められた。
〔実施例3、金コーティングによるリン脂質膜を有するLDPEフィルムの調製〕
未処理のLDPEの片面に金(Au)を真空蒸着した。その後、LDPEフィルムの金未蒸着表面を粘着テープで覆い、エタノール及び水にそれぞれ10分間ずつ浸漬し、LDPEフィルムの表面を洗浄した。続いて、一晩減圧乾燥を行い、金コーティングLDPEを得た。
【0058】
次いで、試験管に金コーティングLDPE、エタノール4.5mL及び1−ヘキサンチオール/エタノール混合溶液(4×10−6mol/L)500μLを加え、室温下、5時間保持することにより、LDPEフィルムの表面に1−ヘキサンチオールの自己組織化単分子膜(グラフト鎖を有するLDPEフィルム)を形成した。反応液中の1−ヘキサンチオール濃度は4×10−7mol/Lであり、その全てがLDPE表面の金と結合した。この反応は数分〜数十分程度と速く、短時間で反応が終了する。その後、グラフト鎖を有するLDPEフィルムをエタノール、水の順にそれぞれ10分間浸漬し、表面を洗浄した。さらに、一晩減圧乾燥し、グラフト鎖を有するLDPEフィルムを得た。
【0059】
次に、試験管に上記グラフト鎖を有するLDPE及び1mM(0.8mg/mL)のPC懸濁液10mLを入れ、実施例1と同様に操作し、LDPE表面にリン脂質膜を形成した。
(リン脂質膜を有するLDPEフィルムの段階的温度変化に対する熱安定性試験)
実施例1で説明した熱安定性試験に準じて実施し、段階的温度変化に対する熱安定性を評価した。すなわち、LDPE、金が結合されたLDPE、SH基が結合されたLDPE及びHMDAに基づくグラフト鎖が形成されたLDPEについて、温度とリン脂質の脱離率(%)との関係を測定し、その結果を図12に示した。係る図12に示した結果より、HMDAに基づくグラフト鎖が形成されたLDPEを使用した場合には、80℃までリン脂質の脱離は認められなかった。その一方、SH基が結合されたLDPEを使用した場合には50℃付近からリン脂質の脱離が認められ、金が結合されたLDPE及びLDPEの場合にはいずれも30℃付近からリン脂質の脱離が認められた。
〔実施例4、ステアリン酸を含むリン脂質膜を有するLDPEフィルムの調製〕
試験管にエタノール4mL及びステアリン酸(StA)174mgを入れ、ボルテックスミキサーを用いて完全に溶解させた。さらに、ホスファチジルエタノールアミン(PC)80mgを加えて懸濁溶液を調製した。このとき、PCに対するStAのモル比(StA/PC)は6である。この懸濁溶液に水を加えて100mLとし、1時間程度撹拌し、反応液を調製した。続いて、別の試験管に、ヘキサメチレンジアミンに基づくグラフト鎖を有するLDPE及び上記反応液10mLを入れ、30℃にて24時間反応させた。反応後、蒸留水にて30分程度撹拌、洗浄し、次いで一晩減圧乾燥した。このようにして、ステアリン酸を含むリン脂質膜を有するLDPEフィルムを調製した。
(リン脂質膜を有するLDPEフィルムの段階的温度変化に対する熱安定性試験)
実施例1で説明した熱安定性試験に準じて実施し、段階的温度変化に対する熱安定性を評価した。すなわち、HMDAに基づくグラフト鎖を有するLDPEを用い、ステアリン酸を導入したLDPEフィルム、コレステロール(Cholesterol)を導入したLDPE及びステアリン酸とコレステロールを導入したLDPEについて、温度変化に対するリン脂質の脱離率を紫外吸光光度計により検出し、評価を行い、その結果を図13に示した。この図13に示したように、いずれのLDPEフィルムにおいても80℃付近までリン脂質の脱離は認められなかった。また、いずれのLDPEフィルムについても90℃におけるリン脂質の脱離率は約15%程度であり、有意な差は認められなかった。つまり、ステアリン酸及びコレステロールによる熱安定性の変化は認められないことが明らかとなった。
〔実施例5、ステアリン酸を含むリン脂質膜を有するLDPEフィルムの流動性試験〕
実施例4と同様にしてLDPEフィルム表面に、ステアリン酸(StA)を含有するリン脂質膜を有するLDPEフィルムを得た。このLDPEフィルム表面のステアリン酸量は、0.3nmol/cm2であった。このLDPEフィルムに10mMリン酸緩衝液(pH4.0)5mL及び縮合試薬としてEDC48mgを加え、室温にて2時間反応させた。このLDPEフィルムを蒸留水で洗浄した後、濃度が1mg/10mLのアルブミン−リン酸緩衝生理食塩水(pH7.4)10mLに浸し、4℃で48時間反応させた。その後、リン酸緩衝生理食塩水で十分に洗浄し、アルブミンを固定化したLDPEフィルムを得た。
【0060】
このLDPEフィルムの半分の領域をリン酸緩衝生理食塩水5mLに浸し、この溶液に濃度1mg/mLのフルオレセン−4−イソチオシアネート(FITC)を含むジメチルスルホキサイド溶液50μLを加えて1時間反応させた後、リン酸緩衝生理食塩水で洗浄することにより蛍光標識を行った。この半面を蛍光標識したLDPEフィルムをリン酸緩衝生理食塩水に浸し、共焦点レーザ顕微鏡によりLDPEフィルム表面の蛍光を観測した。
【0061】
その結果、FITC標識直後においては、蛍光標識した半面のみに強い蛍光が観測されたのに対し、蛍光標識を行わなかった部位については蛍光が認められなかった。1時間後においては、蛍光標識を行わなかった半面の中央付近で蛍光が観測されたが、蛍光標識を行わなかった半面の端部では蛍光が観測されなかった。別途、LDPEフィルムを浸したリン酸緩衝生理食塩水中のFITC量を測定したが、検出範囲内においてFITCは認められなかった。従って、蛍光標識されたアルブミンが液中に移行した後、LDPEフィルム表面に再吸着されたのではないことが示唆された。
【0062】
以上の結果より、リン脂質膜の中を蛍光標識されたアルブミンが拡散移行していることが確認され、リン脂質膜が流動性を有することが明らかとなった。
なお、前記実施形態を次のように変更して具体化することも可能である。
【0063】
・ 前記疎水性高分子基材として、シート状、板状、塊状等のものを用いることも可能である。
・ 前記グラフト鎖を形成する疎水基であるアルキル基を形成するアミン化合物として、ヘキシルアミン、オクチルアミン等の1級アミンなどを使用することもできる。
【0064】
・ 前記グラフト鎖には、リン脂質に加えて脂肪族アルコール等が親和して吸着されリン脂質膜が形成されていてもよい。
さらに、前記実施形態から把握される技術的思想について以下に記載する。
【0065】
〇 前記疎水性高分子基材は、ポリオレフィンにより形成されたフィルムであることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のリン脂質膜を有する高分子基材。このように構成した場合には、ポリオレフィンにより高分子基材の疎水性を十分に発揮することができる。
【0066】
〇 前記リン脂質は、ホスファチジルコリン又はホスファチジルエタノールアミンであることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のリン脂質膜を有する高分子基材。このように構成した場合には、リン脂質を疎水性高分子基材表面のグラフト鎖に十分に親和、吸着させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】(a)は疎水性高分子基材表面にカルボキシル基を結合させた状態を模式的に示す斜視図、(b)は疎水性高分子基材表面にグラフト鎖を形成した状態を模式的に示す斜視図及び(c)は疎水性高分子基材表面にリン脂質膜を形成した状態を模式的に示す斜視図。
【図2】疎水性高分子基材単独の場合、その表面にカルボキシル基を結合した場合及びグラフト鎖を形成した場合についての赤外線吸収スペクトル図。
【図3】疎水性高分子基材表面にグラフト鎖を形成した場合とさらにリン脂質膜を形成した場合についての赤外線吸収スペクトル図。
【図4】実施例2における疎水性高分子基材表面にグラフト鎖を形成した場合とさらにリン脂質膜を形成した場合についての赤外線吸収スペクトル図。
【図5】実施例1におけるアルキルジアミンの固定化密度とリン脂質の表面密度との関係を示すグラフ。
【図6】実施例1におけるLDPEフィルム表面の状態を変化させた場合について、温度とリン脂質(PC)の脱離率との関係を示すグラフ。
【図7】実施例1におけるグラフト鎖を形成するアルキルジアミンの種類を変化させた場合について、温度とリン脂質(PC)の脱離率との関係を示すグラフ。
【図8】実施例1におけるアルキルジアミンの表面密度を変化させた場合について、温度とリン脂質(PC)の脱離率との関係を示すグラフ。
【図9】実施例1における疎水性高分子基材の種類及びプラズマ照射時間とリン脂質(PC)の残存率との関係を示すグラフ。
【図10】実施例1におけるアルキルジアミンの種類とリン脂質(PC)の残存率との関係を示すグラフ。
【図11】実施例1における水中保存期間とリン脂質(PC)の残存率との関係を示すグラフ。
【図12】実施例3における温度とリン脂質(PC)の脱離率との関係を示すグラフ。
【図13】実施例4における温度とリン脂質(PC)の脱離率との関係を示すグラフ。
【符号の説明】
【0068】
11…疎水性高分子基材、12…グラフト鎖、13…カルボキシル基、14…リン脂質、17…リン脂質膜。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
疎水性高分子基材の表面に疎水基よりなるグラフト鎖が形成され、該グラフト鎖にリン脂質が親和して吸着されリン脂質膜が形成されていることを特徴とするリン脂質膜を有する高分子基材。
【請求項2】
前記グラフト鎖の疎水基は、炭素数6〜12のアルキレン基であることを特徴とする請求項1に記載のリン脂質膜を有する高分子基材。
【請求項3】
前記グラフト鎖にはリン脂質に加えて脂肪酸が親和して吸着されリン脂質膜が形成されていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のリン脂質膜を有する高分子基材。
【請求項4】
前記リン脂質膜は流動性を有していることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のリン脂質膜を有する高分子基材。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のリン脂質膜を有する高分子基材の製造方法であって、
疎水性高分子基材の表面に疎水基よりなるグラフト鎖を形成し、該疎水性高分子基材をリン脂質が分散されている懸濁液中に浸漬した後、引き上げて乾燥させることを特徴とするリン脂質膜を有する高分子基材の製造方法。
【請求項6】
前記グラフト鎖は、疎水性高分子基材にカルボキシル基を導入した後、アミン化合物及び縮合試薬を作用させてカルボキシル基とアミノ基とを反応させることにより得られるものであることを特徴とする請求項5に記載のリン脂質膜を有する高分子基材の製造方法。
【請求項1】
疎水性高分子基材の表面に疎水基よりなるグラフト鎖が形成され、該グラフト鎖にリン脂質が親和して吸着されリン脂質膜が形成されていることを特徴とするリン脂質膜を有する高分子基材。
【請求項2】
前記グラフト鎖の疎水基は、炭素数6〜12のアルキレン基であることを特徴とする請求項1に記載のリン脂質膜を有する高分子基材。
【請求項3】
前記グラフト鎖にはリン脂質に加えて脂肪酸が親和して吸着されリン脂質膜が形成されていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のリン脂質膜を有する高分子基材。
【請求項4】
前記リン脂質膜は流動性を有していることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のリン脂質膜を有する高分子基材。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のリン脂質膜を有する高分子基材の製造方法であって、
疎水性高分子基材の表面に疎水基よりなるグラフト鎖を形成し、該疎水性高分子基材をリン脂質が分散されている懸濁液中に浸漬した後、引き上げて乾燥させることを特徴とするリン脂質膜を有する高分子基材の製造方法。
【請求項6】
前記グラフト鎖は、疎水性高分子基材にカルボキシル基を導入した後、アミン化合物及び縮合試薬を作用させてカルボキシル基とアミノ基とを反応させることにより得られるものであることを特徴とする請求項5に記載のリン脂質膜を有する高分子基材の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
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【図4】
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【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2010−31081(P2010−31081A)
【公開日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−192125(P2008−192125)
【出願日】平成20年7月25日(2008.7.25)
【出願人】(591060289)岐阜市 (15)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年7月25日(2008.7.25)
【出願人】(591060289)岐阜市 (15)
【Fターム(参考)】
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