説明

一時的人工角膜、及び、一時的人工角膜に装着されるリング状装着物

【課題】手術用コンタクトレンズの滑りによるずれや脱落を防止できるようにした一時的人工角膜を提供する。
【解決手段】一時的人工角膜本体11の前面11aの外周部に、一時的人工角膜本体11の前面11aに乗せられる手術用コンタクトレンズ80の滑り移動を規制する規制壁15を設けた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、角膜移植と硝子体の同時手術を行う際に、眼内を観察する目的で混濁角膜を打ち抜いた開口部に一時的に装着される人工角膜であって、自身の前面に更に眼内を詳しく観察するための硝子体手術用コンタクトレンズが乗せられる一時的人工角膜、及び、一時的人工角膜に装着されるリング状装着物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
強い角膜混濁のある眼に硝子体手術が必要となった場合、まず、混濁角膜を打ち抜き、透明プラスチック製の一時的人工角膜を角膜開口部へ装着した後、外周部に開けられた複数の縫着用小孔を利用して、一時的人工角膜を眼球の強膜に縫着し、それにより眼内への透見性を確保する(例えば、非特許文献1参照)。ここで、水晶体混濁が認められる場合には、眼底の透見性を確保するために、混濁水晶体を除去する白内障手術を行った後に、IOL(眼内レンズ)の挿入術を実施する。
【0003】
その後、術者は、一時的人工角膜の上(前面)に眼科用粘弾性物質を滴下し、その上に硝子体手術用コンタクトレンズを乗せて、眼内の所望の部位を観察しながら、強膜に作成した3ポートから処置器具を挿入して、硝子体手術を進めていく。硝子体手術を終えた後は、一時的人工角膜を角膜開口部から外し、代わりに、角膜開口部に人眼球から採取された正常角膜を縫い付けて移植する。
【0004】
図7は従来の一時的人工角膜の構成例を示している。この一時的人工角膜10Aでは、前面11aが凸球面状に形成された円板状の一時的人工角膜本体11の外周部に、前面11aから後面11bに貫通した複数の縫着用小孔13が形成されると共に、後面11bの中央部に、打ち抜かれた角膜中央の開口部に嵌め込むための円柱状の嵌合凸部12が形成されており、縦断面がキノコ形をなしている。
【0005】
図8は角膜移植と硝子体手術を同時に行う場合の様子を断面で示している。図において、100は眼球、101は強膜、103は角膜、104は虹彩、105は水晶体、106は硝子体である。角膜103の中央に開口部103aを形成し、その開口部103aに嵌合凸部12を嵌合させて、一時的人工角膜10Aを角膜103の開口部103aに装着したら、その状態で、一時的人工角膜10Aを縫着糸60により強膜101に縫着する。次いで、一時的人工角膜10Aの前面11aに眼科用粘弾性物質を滴下し、その上に硝子体手術用コンタクトレンズ80を乗せる。眼内処置の間、眼球100が動かない場合は、硝子体手術用コンタクトレンズ80は、一時的人工角膜10A上に正しく乗っている。
【0006】
【非特許文献1】あたらしい眼科 Vol.22、No.9、2005、1289〜1293頁、「人工角膜を用いた網膜硝子体手術6症例」古城美奈、外5名
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、硝子体手術用コンタクトレンズ80は、前面11aが凸球面形状となった一時的人工角膜10Aの上(前面)に、眼科用粘弾性物質の粘性抵抗及び摩擦抵抗により単に乗っているだけであるから、図9に示すように、術者が所望する眼内部位を見ようと眼球100を傾けた場合などに、一時的人工角膜10Aから手術用コンタクトレンズ80が矢印Aのように滑ってずれてしまい、脱落するおそれがあった。手術用コンタクトレンズ80が一時的人工角膜10A上からずれて脱落した場合、安全な手術の妨げとなると共に、手術の中断が余儀なくされるため、そのことが術者及び手術スタッフの疲労の原因とな
っていた。
【0008】
本発明は、上記事情を考慮し、手術用コンタクトレンズの滑りによるずれや脱落を防止できるようにした一時的人工角膜、及び、一時的人工角膜に装着することで手術用コンタクトレンズの滑りによるずれや脱落を防止できるリング状装着物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1の発明の一時的人工角膜は、一時的人工角膜本体の前面の外周部に、該一時的人工角膜本体の前面に乗せられる手術用コンタクトレンズの滑り移動を規制する凸部または凹部が設けられていることを特徴とする。
【0010】
請求項2の発明は、請求項1に記載の一時的人工角膜であって、前記凸部として、周方向に連続した環状の規制壁もしくは不連続の規制壁が突設されていることを特徴とする。
【0011】
請求項3の発明は、請求項1または2に記載の一時的人工角膜であって、前記一時的人工角膜本体の後面に、打ち抜いた角膜の開口部に嵌まる嵌合凸部を有していることを特徴とする。
【0012】
請求項4の発明の一時的人工角膜に装着されるリング状装着物は、一時的人工角膜の外周部に嵌合する嵌合部と、該嵌合部を前記一時的人工角膜の外周部に嵌合させた状態で該一時的人工角膜の前面に乗せられた手術用コンタクトレンズの滑り移動を規制する規制凸部と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
請求項1の発明の一時的人工角膜によれば、その前面に乗せた手術用コンタクトレンズの滑り移動を防止することができるので、手術者の疲労の軽減と時間の浪費を抑えることができる。請求項2の発明によれば、外周部に突設した規制壁により、手術用コンタクトレンズの滑り移動を規制することができる。請求項3の発明によれば、後面に設けた嵌合凸部を、角膜に打ち抜いた開口部に嵌め込むことにより、一時的人工角膜を角膜の開口部に動かないように装着できるので、縫着作業がやりやすくなる。
【0014】
請求項4の発明のリング状装着物によれば、該装着物の嵌合部を、角膜の開口部に装着した一時的人工角膜の外周部に嵌合させることにより、装着物の規制凸部によって、一時的人工角膜の前面に載せた手術用コンタクトレンズの滑り移動を防止することができるので、手術者の疲労の軽減と時間の浪費を抑えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態について詳述する。
図1は本発明の実施形態の一時的人工角膜の構成図、図2はその一時的人工角膜を実際に使用している状態を示す断面図である。
【0016】
この一時的人工角膜10は、前面11aが凸球面状に形成された円板状の一時的人工角膜本体11の前面11aの外周部に、一時的人工角膜本体11の前面11aに乗せられる手術用コンタクトレンズ80の滑り移動を規制するための環状の規制壁(凸部)15を、周方向にほぼ連続して突設したものであり、全体が透明なプラスチックで構成されている。材料としては、プラスチックの他に、ガラスやゴム状弾性材などを使用することもできる。
【0017】
一時的人工角膜本体11は、直径が10.0〜20.0mmほどのものであり、その外
周部に、前面11aから後面11bに貫通した複数の縫着用小孔13が形成されている。そして、前記の環状の規制壁15には、各小孔13に対応した位置に切欠16が設けられいる。これらの切欠16は、前記の小孔13を利用して一時的人工角膜10を眼球100に縫着糸60で縫着する際に、縫着糸60を通す部分として利用する。また、この一時的人工角膜10では、一時的人工角膜本体11の後面11bの中心部に、打ち抜かれた角膜中央の開口部103aに嵌め込むための円柱状の嵌合凸部12が形成されている。
【0018】
この一時的人工角膜10を利用して角膜移植と硝子体手術を同時に行う場合は、まず、角膜103の中央に開口部103aを形成し、その開口部103aに嵌合凸部12を嵌合させて、一時的人工角膜10を角膜103の開口部103aに装着する。そして、その状態で、一時的人工角膜10を、縫着糸60により眼球100の強膜101に縫着する。この際、後面に設けた嵌合凸部12を角膜103の開口部103aに嵌め込むことで、一時的人工角膜10が動かなくなっているので、縫着作業がやりやすい。
【0019】
次いで、一時的人工角膜10の前面11aに眼科用粘弾性物質を滴下し、その上に硝子体手術用コンタクトレンズ80を乗せる。その結果、一時的人工角膜10の前面(上面)と硝子体手術用コンタクトレンズ80の下面との間が粘弾性物質で満たされることになり、液滴もしくは気泡によって眼内が見にくくなるといった現象を避けられる。
【0020】
このように硝子体手術用コンタクトレンズ80を一時的人工角膜10の前面11aに乗せた際に、その外周側が環状の規制壁15によって規制されるので、眼球100を傾けても、一時的人工角膜10と硝子体手術用コンタクトレンズ80の中心軸が大きくずれることはなく、また、硝子体手術用コンタクトレンズ80がずれて一時的人工角膜10上から脱落するというようなこともない。従って、手術者の疲労の軽減と時間の浪費を抑えることができる。
【0021】
その後、術者は、硝子体手術用コンタクトレンズ80を通して眼内の所望の部位を観察しながら、強膜101に作成した3ポート(図示略)から処置器具を挿入して、硝子体手術を進めていく。硝子体手術を終えた後は、一時的人工角膜10を角膜103の開口部103aから外し、代わりに、角膜103の開口部103aに人眼球から採取された正常角膜を縫い付けて移植する。以上にて全部の手術を終える。
【0022】
図3は、同じ目的、つまり硝子体手術用コンタクトレンズが一時的人工角膜の上で滑り移動しないようにする目的を達成するためのリング状装着物の構成を一時的人工角膜と共に示す斜視図、図4は一時的人工角膜にそのリング状装着物を装着した状態を示す斜視図である。
【0023】
このリング状装着物20は、図7の従来例で示した一時的人工角膜10Aに装着して使用するものであり、一時的人工角膜10Aの外周部に嵌合する嵌合部21と、該嵌合部21を一時的人工角膜10Aの外周部に嵌合させた状態で一時的人工角膜10Aの前面に乗せられた硝子体手術用コンタクトレンズ80の滑り移動を規制する規制壁部(規制凸部)23と、を段差22を介して一体に形成したものである。形成材料としては、透明である必要がないことから、プラスチックやガラスの外に、金属等の加工しやすいものを採用することができる。
【0024】
嵌合部21の内径は、一時的人工角膜10Aの外周に微小隙間をもって嵌まる大きさに設定され、規制壁部23の内径は、一時的人工角膜10Aの外径よりも小さく設定されている。従って、一時的人工角膜10Aの外周に嵌合部21を嵌めた際に、段差22の部分が、一時的人工角膜10Aの前面11aの外周縁に乗り、それによりリング状装着物20が高さ方向に位置決めされる。
【0025】
また、このリング状装着物20の下半部にも、前記の縫着糸60を通すための切欠25が、一時的人工角膜10A側の小孔13の位置に対応させて形成されている。
【0026】
このリング状装着物20を利用する場合は、図4、図5に示すように、リング状装着物20の嵌合部21を、予め角膜103の開口部103aに装着してある一時的人工角膜10Aの外周に嵌める。その上で、一時的人工角膜10Aの前面11aに眼科用粘弾性物質を滴下し、その上に硝子体手術用コンタクトレンズ80を乗せる。
【0027】
このように硝子体手術用コンタクトレンズ80を乗せた際に、その外周側がリング状装着物20の規制壁部23によって規制されるので、眼球100を傾けても、一時的人工角膜10Aと硝子体手術用コンタクトレンズ80の中心軸が大きくずれることはなく、また、硝子体手術用コンタクトレンズ80がずれて一時的人工角膜10A上から脱落するというようなこともない。従って、手術者の疲労の軽減と時間の浪費を抑えることができる。
【0028】
その後は、前記と同様に硝子体手術を進めていく。硝子体手術を終えた後は、硝子体手術用コンタクトレンズ80及びリング状装着物20を外すと共に、一時的人工角膜10Aを角膜103の開口部103aから外し、代わりに、角膜103の開口部103aに人眼球から採取された正常角膜を縫い付けて移植して、全部の手術を終える。
【0029】
なお、上記実施形態では、一時的人工角膜10の前面11aの外周部に凸部(規制壁15)を設けることで、硝子体手術用コンタクトレンズ80が外へ移動しないように規制したが、図6の実施形態の一時的人工角膜10Bのように、一時的人工角膜本体11の前面11aの外周部に環状の凹部17を設け、その環状の凹部17に嵌まるように硝子体手術用コンタクトレンズ80の下面の外周部に凸部81を設けることによっても、硝子体手術用コンタクトレンズ80の滑り移動を規制することができる。
【0030】
この場合、硝子体手術用コンタクトレンズ80の下面の凸部82としては、例えば、予めレンズ下面が凹球面81とされた場合の下向きに凸の外周縁部をそのまま利用できる。また、環状の凹部17内に縫着孔13を設ける場合は、凹部17の外側に縫着孔13に連続する溝18を設けて、その溝18に逢着糸を通すようにすれば、縫着時の安定性が良くなる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の実施形態の一時的人工角膜の構成図で、(a)は正面図、(b)は(a)のIb−Ib矢視断面図である。
【図2】その一時的人工角膜を実際に使用している状態を示す断面図である。
【図3】本発明の実施形態のリング状装着物を一時的人工角膜と共に示す斜視図である。
【図4】そのリング状装着物を一時的人工角膜に装着した状態を示す斜視図である。
【図5】リング状装着物を一時的人工角膜に装着した状態を示す断面図である。
【図6】本発明の他の実施形態の一時的人工角膜の構成図で、(a)は斜視図、(b)は硝子体手術用コンタクトレンズとの関係を示す断面図である。
【図7】従来の一時的人工角膜の構成図で、(a)は正面図、(b)は側面図である。
【図8】従来の一時的人工角膜の上に硝子体手術用コンタクトレンズが正しく乗っている状態を示す断面図である。
【図9】眼球の傾きにより、硝子体手術用コンタクトレンズがずれてしまった状態を示す断面図である。
【符号の説明】
【0032】
10,10A,10B 一時的人工角膜
11 一時的人工角膜本体
11a 前面
11b 後面
12 嵌合凸部
15 規制壁
17 凹部
20 リング状装着物
21 嵌合部
23 規制壁部(規制凸部)
80 硝子体手術用コンタクトレンズ
103 角膜
103a 開口部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一時的人工角膜本体の前面の外周部に、該一時的人工角膜本体の前面に乗せられる手術用コンタクトレンズの滑り移動を規制する凸部または凹部が設けられていることを特徴とする一時的人工角膜。
【請求項2】
請求項1に記載の一時的人工角膜であって、
前記凸部として、周方向に連続した環状の規制壁もしくは不連続の規制壁が突設されていることを特徴とする一時的人工角膜。
【請求項3】
請求項1または2に記載の一時的人工角膜であって、
前記一時的人工角膜本体の後面に、打ち抜いた角膜の開口部に嵌まる嵌合凸部を有していることを特徴とする一時的人工角膜。
【請求項4】
一時的人工角膜に装着されるリング状装着物であって、
前記一時的人工角膜の外周部に嵌合する嵌合部と、該嵌合部を前記一時的人工角膜の外周部に嵌合させた状態で該一時的人工角膜の前面に乗せられた手術用コンタクトレンズの滑り移動を規制する規制凸部と、を有することを特徴とする一時的人工角膜に装着されるリング状装着物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−119316(P2008−119316A)
【公開日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−307955(P2006−307955)
【出願日】平成18年11月14日(2006.11.14)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】