説明

三次元組織の製造方法およびそれに用いる細胞外マトリックスの製造方法。

【課題】細胞の積層を容易に行うことができる、新たな三次元組織の製造方法を提供する。
【解決手段】 (A)基材上に細胞層を形成し、(B)前記基材上の細胞層を、第1物質の含有液および第2物質の含有液に交互に接触させ、前記細胞層上に、第1物質と第2物質とが交互に積層された細胞外マトリックスを形成し、(C)前記細胞外マトリックス上で細胞を培養して、細胞層を形成することによって、細胞外マトリックスを介して細胞層が積層された三次元組織を製造する。本発明において、前記第1物質と第2物質との組合せは、RGD配列を有するタンパク質またはRGD配列を有する高分子と、前記RGD配列を有するタンパク質または前記RGD配列を有する高分子と相互作用するタンパク質もしくは高分子との組合せ、または、正の電荷を有するタンパク質もしくは高分子と、負の電荷を有するタンパク質もしくは高分子との組合せである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞層が積層された三次元組織の製造方法およびそれに用いる細胞外マトリックスの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、新たな医療として再生医療が注目されており、実際に、骨や軟骨、皮膚等の構造が比較的単純な組織については、実用化され臨床応用の段階にまで進んでいる。しかしながら、腎臓や肝臓等の組織は、複雑な三次元構造を有し、多種細胞が組織化されているため、皮膚等とは異なり、細胞を培養することのみで組織化することが困難であり、未だ基礎研究の段階である。特に、人工的に細胞を培養する場合、細胞は二次元(すなわち、平面方向)に増殖するものの、三次元(すなわち、高さ方向)には増殖し難いため、単に細胞を培養するのみで三次元的な組織化を実現することは困難である。
【0003】
そこで、現在、細胞を組織化する方法として、例えば、二次元に増殖したシート状の細胞を重ね合わせ、三次元化する方法等が報告されている(特許文献1〜3)。例えば、特許文献1の方法は、まず、温度応答性高分子により表面を被覆した支持体上で細胞を培養し、細胞を二次元に増殖させることによって単層の細胞層を調製する。続いて、この細胞層をキャリアに密着させ、前記細胞層を前記キャリアと共に前記支持体から剥離することによって細胞シートを準備する。そして、得られた複数の細胞シートを重ねあわせることにより、三次元化を行う。また、特許文献2および3の方法は、支持体上にフィブリンゲル層を形成し、前記フィブリンゲル層上で細胞を二次元に増殖させた後、前記支持体から前記フィブリンゲル層と細胞層との積層体を剥離することによって細胞シートを準備し、得られた複数の細胞シートを重ね合わせて三次元化する方法である。
【0004】
しかしながら、細胞層は、それ自体の機械的強度が極めて弱いため、支持体上において培養された状態を保ったまま、前記キャリアやフィブリンゲル層と共に前記支持体から剥離することは困難である。そこで、後者の方法では、機械的強度のあるフィブリンゲル層を使用することによって、細胞層が形成されたフィブリンゲル層の剥離を容易にしている。しかしながら、層厚を厚くすることによってフィブリンゲル層の機械的強度を向上させた場合、重ね合わせた細胞層と細胞層との間に、厚いフィブリン層が介在するという問題がある。このように厚いフィブリン層が介在すると、例えば、液性因子の透過にゲル内の拡散が加わり、各層におけるシグナル伝達にタイムラグやばらつきが生じるおそれがある。また、厚いフィブリンゲル層の介在は、例えば、生体内に移植後、内部細胞への栄養や酵素の供給にきわめて重要な血管の侵入を妨げ、内部細胞層の懐死を招く危険性も考えられる。
【0005】
また、前述のような細胞シートの剥離や、細胞シートの重ね合わせを必須とする方法では、複雑な形状の組織化が困難という問題もある。すなわち、所望の組織の形状が複雑であれば、使用する細胞シートの平面形状も複雑となるが、そのような複雑な平面形状を維持したまま、再現性良く細胞シートを剥離すること自体が極めて困難である。また、細胞シートを積層した後に所望の形状に切断するとしても、切断できる形状も限られてしまう。また、具体例として、血管のような中空形状組織の場合、例えば、細胞シートを重ね合わせてから、さらにこの積層体を捲回し、端部と端部とを何らかの手段で接着して管状化する手段が考えられるが、極めて複雑な手法であり、現実的ではない。また、この他にも三次元組織の構築が試みられているが、例えば、異種細胞での組織化や任意の大きさへの構築等が困難という問題がある(特許文献4、非特許文献1〜3)。
【特許文献1】特開2004−261532号公報
【特許文献2】特開2004−261533号公報
【特許文献3】特開2005−608号公報
【特許文献4】特開2005−278608号公報
【非特許文献1】Yamada N, Okano Y, Sakai H, Karikusa F, Sawasaki Y, Sakurai Y, Macromol Chem Rapid Commun. 11, 571-576, 1990
【非特許文献2】Takei, R.; Suzuki, D.; Hoshiba, T.; Nagaoka, M.; Seo, S. J.; Cho, C. S.; Akaike, T. Role of E-cadherin Molecules in Spheroid Formation of Hepatocytes Adhered on Galactose-Carrying Polymer as an Artificial Asialoglycoprotein Model. Biotechnology Letters (2005), 27(16), 1149-1156.
【非特許文献3】J. M. Jessup 1 , T. J. Goodwin 2, G. Spaulding, Prospects for use of microgravity-based bioreactors to study three-dimensional host - tumor interactions in human neoplasia. Journal of Cellular Biochemistry (1993), 51, 290-300.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明は、細胞の積層を容易に行うことができる、新たな三次元組織の製造方法、ならびに、それに用いる細胞外マトリックスの製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するため、本発明は、細胞を積層して三次元組織を製造する方法であって、
A. 基材上に細胞層を形成する工程、
B. 前記基材上の細胞層を、第1物質の含有液および第2物質の含有液に交互に接触させ、前記細胞層上に、第1物質と第2物質とが交互に積層された細胞外マトリックス(以下、「ECM」という)を形成する工程、および、
C. 前記ECM上で細胞を培養して、細胞層を形成する工程
を含み、
前記第1物質と第2物質との組合せが、RGD配列を有するタンパク質またはRGD配列を有する高分子と、前記RGD配列を有するタンパク質または前記RGD配列を有する高分子と相互作用するタンパク質もしくは高分子との組合せ、または、正の電荷を有するタンパク質もしくは高分子と、負の電荷を有するタンパク質もしくは高分子との組合せであることを特徴とする。
【0008】
また、本発明は、細胞層と細胞層とを接着するECMの製造方法であって、細胞層を、第1物質の含有液および第2物質の含有液に交互に接触させ、前記細胞層上に、ECMとして、第1物質と前記第2物質とが交互に積層された薄膜を形成する工程を有し、前記第1物質と第2物質との組合せが、RGD配列を有するタンパク質またはRGD配列を有する高分子と、前記RGD配列を有するタンパク質または前記RGD配列を有する高分子と相互作用するタンパク質もしくは高分子との組合せ、または、正の電荷を有するタンパク質もしくは高分子と、負の電荷を有するタンパク質もしくは高分子との組合せであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明のECMの製造方法によれば、細胞層を第1物質含有液と第2物質含有液とに交互に接触させるのみで、細胞層と細胞層とを接着するナノメートルサイズの厚みのECMを製造することができる。このため、これを用いた本発明の三次元組織の製造方法によれば、細胞層の形成と、前記細胞層を第1物質含有液と第2物質含有液とに交互に接触させる工程とを繰り返し行うのみで、ナノメートルサイズの厚みのECMを介して連続的に細胞層を積層できる。このように、本発明の方法は、従来法とは異なり、単層の細胞シートの剥離や剥離した細胞シートの重ね合わせ等が不要であるため、優れた再現性・効率で、極めて簡便に三次元組織を製造できる。したがって、本発明の方法は、特に、複雑な三次元構造を有する組織の再構築に適しており、再生医療の分野において極めて有用な技術といえる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の三次元組織の製造方法およびECMの製造方法において、前記第1物質および第2物質の組合せとしては、前述のように、RGD配列を有するタンパク質またはRGD配列を有する高分子と、前記RGD配列を有するタンパク質または前記RGD配列を有する高分子と相互作用するタンパク質もしくは高分子との組合せ、または、正の電荷を有するタンパク質もしくは高分子と、負の電荷を有するタンパク質もしくは高分子との組合せがあげられる。本発明において、第2物質の「相互作用する」とは、例えば、静電的相互作用、疎水性相互作用、水素結合、電荷移動相互作用、共有結合形成、タンパク質間の特異的相互作用、ファンデアワールス力等により、化学的、物理的に、前記第1物質と結合、接着、吸着、または電子の授受が可能な程度に近接することを意味する。
【0011】
RGD配列を有する第1物質
前記RGD配列とは、一般に知られている「Arg−Gly−Asp」配列である。本発明において「RGD配列を有する」とは、元来、RGD配列を有するものでもよいし、また、RGD配列が化学的に結合されたものであってもよい。また、第1物質は、生分解性であることが好ましい。
【0012】
RGD配列を有するタンパク質としては、例えば、従来公知の接着性タンパク質があげられ、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、カドヘリン、コラーゲン等が使用できる。また、RGD配列を有する水溶性タンパク質も使用でき、例えば、RGDを結合させたコラーゲン、ゼラチン、アルブミン、グロブリン、プロテオグリカン、酵素、抗体等があげられる。
【0013】
前記RGD配列を有する高分子は、例えば、天然由来高分子でもよいし合成高分子であってもよい。前記天然由来高分子としては、RGD配列を有していれば特に制限されないが、例えば、水溶性ポリペプチド、低分子ペプチド、ポリリジン等のポリアミノ酸、ポリエステル、キチンやキトサン等の糖、ポリウレタン、ポリカーボネート、ポリアミド、これらの共重合体等があげられる。また、他の具体例を下記表に示すがこれらには限定されない。
【0014】
【表1】

【0015】
前記合成高分子としては、RGD配列を有していればよく、特に制限されない。前記合成高分子は、例えば、ポリマーでも共重合体でもよく、重合の形態も特に制限されず、例えば、直鎖型、グラフト型、くし型、樹状型、星型等があげられる。具体例として、例えば、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリエチレングリコール−グラフト−ポリアクリル酸、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド−co−ポリアクリル酸)、ポリアミドアミンデンドリマー、ポリエチレンオキサイド、ポリε−カプロラクタム、ポリアクリルアミド、ポリ(メタクリル酸メチル−γ−ポリメタクリル酸オキシエチレン)等があげられる。
【0016】
RGD配列を有する第1物質と相互作用する第2物質
第2物質としては、前記第1物質との相互作用により、両物質が、例えば、結合、接着、吸着、電子の授受が可能な程度近接できる物質であれば特に制限されないが、前述のように、前記第1物質と相互作用するタンパク質があげられる。前記タンパク質としては、特に制限されないが、例えば、水溶性タンパク質があげられ、具体例として、コラーゲン、ゼラチン、プロテオグリカン、インテグリン、酵素、抗体等が使用できる。また、第2物質は、生分解性であることが好ましい。
【0017】
前記第2物質としては、前述のように、前記第1物質と相互作用できる天然由来高分子や合成高分子も使用できる。前記天然由来高分子としては、特に制限されないが、例えば、水溶性ポリペプチド、低分子ペプチド、ポリアミノ酸、ポリエステル、ヘパリンやヘパラン硫酸等の糖、ポリウレタン、ポリアミド、ポリカーボネート、およびこれらの共重合体等があげられる。また、他の具体例を下記表に示すがこれらには限定されない。
【0018】
【表2】

【0019】
前記合成高分子としては、特に制限されず、例えば、ポリマーでも共重合体でもよく、重合の形態も、例えば、直鎖型、グラフト型、くし型、樹状型、星型等があげられる。具体例として、例えば、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリエチレングリコール−グラフト−ポリアクリル酸、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド−coポリアクリル酸)、ポリアミドアミンデンドリマー、ポリエチレンオキサイド、ポリε−カプロラクタム、ポリアクリルアミド、ポリ(メタクリル酸メチル−γ−ポリメタクリル酸オキシエチレン)等があげられる。
【0020】
前述のような第1物質と第2物質との組合せとしては、特に制限されず相互作用する異なる物質の組合せであればよく、例えば、フィブロネクチンとゼラチン、ラミニンとゼラチン、ビトロネクチンとゼラチン、フィブロネクチンとデキストラン硫酸、フィブロネクチンとへパリン、エラスチンとポリリジン、フィブロネクチンとコラーゲン、ラミニンとコラーゲン、ビトロネクチンとコラーゲン、RGD結合コラーゲンまたはRGD結合ゼラチンとコラーゲンまたはゼラチン等の組合せがあげられ、中でもフィブロネクチンとゼラチン、ラミニンとゼラチンの組合せが好ましく、より好ましくはフィブロネクチンとゼラチンとの組合せである。なお、第1物質と第2物質は、それぞれ一種類ずつでもよいし、相互作用を示す範囲で二種類以上をそれぞれ併用してもよい。
【0021】
正の電荷を有する第1物質
正の電荷を有するタンパク質としては、例えば、水溶性タンパク質が好ましく、例えば、塩基性コラーゲン、塩基性ゼラチン、リゾチーム、シトクロムc、ペルオキシダーゼ、ミオグロビン等があげられる。
【0022】
また、正の電荷を有する高分子としては、正の電荷を有していれば、例えば、天然由来高分子でも合成高分子でもよい。天然由来高分子としては、特に制限されないが、例えば、水溶性ポリペプチド、低分子ペプチド、ポリリジン等のポリアミノ酸、ポリエステル、糖、ポリウレタン、ポリアミド、ポリカーボネートおよびその共重合体等があげられる。
【0023】
前記合成高分子としては、特に制限されず、例えば、ポリマーでも共重合体でもよく、重合の形態も、例えば、直鎖型、グラフト型、くし型、樹状型、星型等があげられる。具体例として、例えば、キチン、キトサン、ポリ(α−リジン)、ポリ(ε−リジン)、ポリアルギニン、ポリヒスチジン、ポリジアリルジメチルアンモニウムクロライド、ポリアリルアミンハイドロクロライド、ポリエチレンイミン、ポリビニルアミン、ポリアミドアミンデンドリマー等があげられる。
【0024】
負の電荷を有する第2物質
負の電荷を有するタンパク質としては、例えば、水溶性タンパク質が好ましく、例えば、酸性コラーゲン、酸性ゼラチン、アルブミン、グロブリン、カタラーゼ、β−ラクトグロブリン、チログロブリン、α−ラクトアルブミン、卵白アルブミン等があげられる。
【0025】
また、負の電荷を有する高分子としては、負の電荷を有していれば、例えば、天然由来高分子でも合成高分子でもよい。天然由来高分子としては、特に制限されないが、例えば、水溶性ポリペプチド、低分子ペプチド、ポリリジン等のポリアミノ酸、ポリエステル、糖、ポリウレタン、ポリアミド、ポリカーボネートおよびその共重合体等があげられる。
【0026】
前記合成高分子としては、特に制限されず、例えば、ポリマーでも共重合体でもよく、重合の形態も、例えば、直鎖型、グラフト型、くし型、樹状型、星型等があげられる。具体例として、例えば、ポリエステル、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリルアミドメチルプロパンスルホン酸、末端カルボキシ化ポリエチレングリコール等があげられる。
【0027】
正の電荷を有する第1物質と負の電荷を有する第2物質との組合せとしては、例えば、キトサンとデキストラン硫酸との組合せ、ポリアリルアミンハイドロクロライドとポリスチレンスルホン酸との組合せ、ポリジアリルジメチルアンモニウムクロライドとポリスチレンスルホン酸との組合せ等があげられ、好ましくはキトサンとデキストラン硫酸との組合せである。なお、第1物質と第2物質は、それぞれ一種類ずつでもよいし、相互作用を示す範囲で二種類以上をそれぞれ併用してもよい。
【0028】
本発明の三次元組織の製造方法およびECMの製造方法の一例を、図1を用いて説明する。図1は、本発明の三次元組織の製造方法の概略を示す模式図である。なお、本発明の製造方法は、以下の方法には制限されない。
【0029】
基材へのECM形成
まず、基材1(図1(I))を第1物質含有液と第2物質含有液とに交互に接触させて、前記基材1上に、第1物質と第2物質とが交互に積層されたECM21を形成する(図1(II))。このように二種類以上の溶液に交互に接触させて重層する方法を、以下、交互積層(Layer-by-Layer:LBL)法ともいう。なお、基材上に形成したECMは、以下、「第1ナノECM」という。
【0030】
前記基材に初めに接触させる含有液は、第1物質含有液および第2物質含有液のいずれでもよく、前記基材をいずれか一方の含有液に接触させてから、他方の含有液に接触させ、これを繰り返せばよい。このような交互積層法によれば、後述するようなナノメートルサイズの厚みのECMを形成することができる。
【0031】
また、基材上でのECMの形成において、前記基材に最後に接触させる含有液は、第1物質含有液と第2物質含有液のいずれであってもよいが、フィブロネクチンやラミニン等は、細胞との接着性に優れることから、第1物質含有液であることが好ましい。この場合、前記基材上に形成されたナノECMの最上層は、第1物質層(例えば、フィブロネクチン層、ラミニン層等)となる。
【0032】
前記両含有液の接触回数は、特に制限されず、形成するナノECMの厚みに応じて適宜決定できる。すなわち、所望の厚みのナノECMが形成されるまで、前記両含有液への接触を繰り返し行えばよい。前記ナノECMの厚みは、例えば、後述するように、前記含有液における第1物質濃度や第2物質濃度、前記含有液の塩濃度等によっても調整できるが、前記両含有液への接触回数によって調整することが容易である。すなわち、例えば、前記両含有液への接触回数を相対的に増加させれば、形成されるナノECMの厚みを相対的に厚くでき、前記接触回数を相対的に減少させれば、前記ナノECMの厚みを相対的に薄くできる。
【0033】
前記第1物質含有液における第1物質濃度は、特に制限されないが、例えば、0.0001〜1質量%であり、好ましくは0.01〜0.5質量%であり、より好ましくは0.02〜0.1質量%である。具体例として、フィブロネクチンの場合、例えば、0.0001〜1質量%であり、好ましくは0.01〜0.5質量%、より好ましくは0.02〜0.1質量%であり、ラミニンの場合、例えば、0.0001〜1質量%であり、好ましくは0.01〜0.5質量%、より好ましくは0.02〜0.1質量%である。また、第2物質含有液における第2物質濃度も、特に制限されず、例えば、0.0001〜1質量%であり、好ましくは0.01〜0.5質量%であり、より好ましくは0.02〜0.1質量%である。具体例として、ゼラチンの場合、例えば、0.0001〜1質量%であり、好ましくは0.01〜0.5質量%、より好ましくは0.02〜0.1質量%である。
【0034】
各種含有液の溶媒は、特に制限されないが、水や緩衝液等の水性溶媒があげられ、前記緩衝液としては、例えば、Tris−HCl緩衝液等のTris緩衝液、リン酸緩衝液、HEPES緩衝液、クエン酸−リン酸緩衝液、グリシルグリシン−水酸化ナトリウム緩衝液、Britton-Robinson緩衝液、GTA緩衝液等が使用でき、そのpHも、特に制限されないが、例えば、3〜11であり、好ましくは6〜8であり、より好ましくは7.2〜7.4である。前記含有液は、例えば、第1物質または第2物質を溶媒に溶解もしくは分散させることによって調製できる。
【0035】
前述のように、前記各含有液における第1物質濃度や第2物質濃度によって、形成されるナノECMの厚みを調整することもできる。すなわち、前記第1物質濃度や第2物質濃度によって、第1物質含有液または第2物質含有液に基材を1回接触した際に形成される層の厚みを調整することができる。具体的には、前記含有液における第1物質濃度や第2物質濃度を相対的に高くすることによって、1回の接触により形成される層の厚みを相対的に厚くでき、また、前記濃度を相対的に低くすることによって、1回の接触により形成される層の厚みを相対的に薄くできる。
【0036】
また、前記各含有液は、さらに、塩化ナトリウム、塩化カルシウム、炭酸水素ナトリウム、酢酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、塩化カリウム、リン酸水素ナトリウム、硫酸マグネシウム、コハク酸ナトリウム等の塩を含有してもよい。いずれか一方の含有液のみでもよいし、両含有液が前記塩を含有してもよい。前記含有液における塩濃度は、特に制限されないが、例えば、1×10-6〜2Mであり、好ましくは1×10-4〜1Mであり、より好ましくは1×10-4〜0.05Mである。塩は、一種類でもよいし二種類以上を併用してもよい。
【0037】
形成されるナノECMの厚みは、例えば、前記含有液における塩の含有量によっても調整できる。すなわち、前記塩濃度によって、第1物質含有液または第2物質含有液に基材を1回接触した際に形成される層の厚みを調整することができる。具体的には、前記含有液における塩濃度を相対的に高くすることによって、1回の接触により形成される層の厚みを相対的に厚くでき、また、前記濃度を相対的に低くすることによって、1回の接触により形成される層の厚みを相対的に薄くできる。
【0038】
前記第1物質含有液および第2物質含有液は、さらに、細胞成長因子、サイトカイン、ケモカイン、ホルモン、生理活性ペプチド等を含んでもよい。このように成長因子等を含有することによって、細胞層の形成の際に、例えば、細胞の増殖速度や増殖程度を調節することも可能となる。
【0039】
また、前記第1物質含有液および第2物質含有液は、さらに、疾患の治療剤、予防剤、抑制剤、抗菌剤、抗炎症剤等の医薬組成物を含有してもよい。このような含有液を用いて製造した三次元組織は、前述のような医薬組成物を含むことから、例えば、ヒトやヒトを除く哺乳類、その他の動物の体内等に移植することによって、疾患の治療や予防を行うこともできる。
【0040】
前記基材と各含有液との接触方法としては、特に制限されず、例えば、前記各含有液に前記基材を浸漬する方法、前記基材に前記含有液を滴下または噴霧する方法等があげられるが、操作が容易であることから浸漬方法が好ましい。前記接触の条件は、特に制限されず、接触方法や使用する含有液の濃度等によって適宜決定できる。具体的には、接触時間は、特に制限されないが、例えば、1〜1440分であり、好ましくは5〜60分、より好ましくは10〜15分であり、接触温度は、特に制限されないが、例えば、4〜60℃であり、好ましくは20〜40℃、より好ましくは30〜37℃である。
【0041】
また、前記基材といずれかの含有液とを接触させた後、そのまま他方の含有液と接触させてもよいが、例えば、風乾等により乾燥させた後に他方の含有液と接触させてもよい。また、いずれかの含有液と接触させた後、前記基材表面を洗浄してから他方の含有液と接触させてもよい。前記洗浄用の溶媒としては、特に制限されず、水や前述のような緩衝液等の水性溶媒があげられる。
【0042】
前記基材の種類は何ら制限されず、例えば、その形状、形態、材質等についても特に制限されず、従来公知のものが使用できる。基材の材質としては、特に制限されないが、例えば、ガラス、各種ポリマー、ろ紙、金属、ハイドロゲル等があげられる。その形態も、特に制限されず、例えば、非孔質基材、多孔質基材、ファイバー、織布や不織布等の布等があげられる。また、本発明におけるECMは、例えば、ハイドロゲル表面、医療用材料表面、人工臓器表面、細胞膜のようなリン脂質膜等の上にも形成できる。
【0043】
以上のようにして、基材表面に、第1物質と第2物質とが交互に積層されたナノメートルサイズの厚みのECMが形成される。形成するナノECMの厚みは、特に制限されず、ナノメートルサイズであればよく、例えば、1〜1000nmであり、好ましくは1〜300nm、より好ましくは5〜100nmである。
【0044】
細胞層の形成:A工程
続いて、基材1上に形成したナノECM21の表面において、細胞を培養し、細胞層31を形成する(図1(III))。このようにナノECM上で細胞を培養すると、細胞は二次元(平面方向)に増殖して単層の細胞層を形成し、細胞はナノECM表面と接着した状態となる。なお、基材上に一層目の細胞層を形成する際には、前述のナノECMの形成を行わずに、基材上に細胞層を形成してもよい。
【0045】
前記細胞としては、特に制限されず、肝細胞、血管内皮細胞、線維芽細胞、表皮細胞、上皮細胞、乳腺細胞、筋細胞、神経細胞、組織幹細胞、胚性幹細胞、骨細胞および免疫細胞等の接着性細胞があげられる。細胞は、一種類でもよいし、二種類以上を用いて共培養を行ってもよい。二種類以上の細胞を使用する場合は、例えば、同一細胞の細胞層に、ECMを介して、異なる種類の細胞層を積層してもよいし、複数の細胞が混合された細胞層を形成してもよい。
【0046】
細胞の培養条件は、特に制限されず、培養する細胞に応じて適宜決定できる。一般的な条件としては、培養温度が、例えば、4〜60℃であり、好ましくは20〜40℃、より好ましくは30〜37℃である。であり、培養時間は、例えば、1〜168時間であり、好ましくは3〜24時間、より好ましくは3〜12時間である。また、細胞培養に使用する培地も特に制限されず、細胞に応じて適宜使用でき、例えば、Eagle’s MEM培地、Dulbecco’s Modified Eagle培地 (DMEM)、Modified Eagle培地(MEM)、Minimum Essential培地、RDMI、GlutaMax培地、無血清培地等が使用できる。播種する細胞の密度は、特に制限されないが、例えば、0.01×104〜100×104cells/cm2であり、好ましくは1×104〜10×104cells/cm2である。
【0047】
細胞層上へのナノECMの形成:B工程
前記基材上の細胞層を、フィブロネクチン含有液およびゼラチン含有液に交互に接触させ、前記細胞層上に、フィブロネクチン含有液とゼラチンとが交互に積層されたナノECM(以下、「第2ナノECM」ともいう)を形成する。なお、特に示さない限りは、前述と同様にナノECMを形成すればよい。
【0048】
初めに接触させる含有液は、第1物質含有液と第2物質含有液のいずれでもよいが、フィブロネクチンやラミニン等は、細胞との接着性に優れることから、第1物質含有液であることが好ましい。この場合、前記細胞層上に形成されたナノECMの最下層は、第1物質層(例えば、フィブロネクチン層、ラミニン層等)となる。また、最後に接触させる含有液も、第1物質含有液と第2物質含有液のいずれでもよいが、前述と同様に、細胞との接着性に優れることから、第1物質含有液であることが好ましい。この場合、前記細胞層上に形成されたナノECMの最上層は、第1物質層となる。
【0049】
前記両含有液の接触回数は、前述と同様に特に制限されず、形成するナノECMの厚みに応じて適宜決定できる。形成するナノECMの厚みは、特に制限されず、ナノメートルサイズであればよく、例えば、1〜1000nmであり、好ましくは1〜100nm、より好ましくは5〜100nmである。
【0050】
ナノECM上への細胞層の形成:C工程
そして、さらに、前記ナノECM上で細胞を培養して、前記細胞層を形成する。これにより、ナノECMを介して2層の細胞層が積層された三次元組織が形成できる。なお、細胞の培養方法は、前述と同様である。
【0051】
ナノECMと細胞層の交互積層
細胞層を3層以上積層する場合には、前記B工程と前記C工程とを繰り返すことにより、前記細胞層の上に、さらにナノECMと細胞層とを交互に積層すればよい。
【0052】
前記B工程と前記C工程の繰り返し回数は、特に制限されず、所望の三次元組織の大きさ(厚み)や、細胞層の所望の層数等に応じて適宜決定すればよい。具体的には、n層(2以上の整数)の細胞層を積層する場合には、前記B工程およびC工程を、それぞれn−1回として交互に行えばよい。なお、三次元組織の最上層が細胞層となる場合、前述と同様にしてナノECMをさらに形成してもよい。
【0053】
図1(IV)の模式図に、3層の細胞層を積層した三次元組織の一例を示す。図示のように、この三次元組織は、基材1上において、第1ナノECM21、第1細胞層31、第2ナノECM22、第2細胞層32、第3ECM23および第3細胞層33がこの順で積層された構造である。この三次元組織は、例えば、前述のように、A工程に加えて、B工程およびC工程をそれぞれ交互に2回繰り返すことによって得られる。この三次元組織の構造を、図1(IV’)においてさらに模式的に示す。図示のように、三次元組織は、第1物質と第2物質との積層体(21、22、23)上に、細胞3が二次的に増殖した単層の細胞層(31、32、33)が積層されている。
【0054】
このように、本発明の三次元組織の製造方法によれば、前述のように、単層の細胞層を形成する工程と、前記細胞層を第1物質含有液と第2物質含有液とに交互に接触させる工程とを繰り返し行うのみで、ナノメートルサイズの厚みであるECMを介して連続的に細胞層を高さ方向(z軸方向)に積層できる。このため、単層の細胞シートの剥離や、剥離した細胞シートの重ね合わせが不要であり、優れた再現性・効率で、極めて簡便に三次元組織を製造できる。また、本発明の製造方法は、以上のように工程が単純であり、所望の領域にECMと細胞層の形成ができることから、例えば、どのような形状の表面においてもECMを形成して細胞を接着でき、複雑な形状の三次元組織も製造可能である。例えば、血管のように中空形状の三次元組織の場合には、リング状の基材表面に、細胞層の形成とECMの形成とを交互に繰り返すことで、中心軸方向に細胞層を連続的に積層できるため、従来のように細胞層の貼り合せ等を行うことなく、円筒状(中空形状)の三次元組織を得ることも可能である。つまり、ECMや細胞層を形成する平面領域を設定することで、どのような断面形状(X-Y平面)の組織でも形成可能である。また、例えば、人工血管の内表面へ、第1物質含有液と第2物質含有液とを交互に流すことで、前記内表面へ細胞外マトリックスを形成し、さらに、細胞溶液を流しながら人工血管を回転させることで、細胞を接着させることができる。この工程を繰り返すことで、人工血管等の管状構造の内表面に細胞層を幾重にも形成できる。
【0055】
以下、実施例および比較例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0056】
フィブロネクチンとゼラチンとが交互に積層された厚みがナノメートルサイズのナノECMを作製した。なお、ナノECM形成用基材として水晶発振子マイクロバランス(QCM)基材を使用し、振動数シフトを測定することによって、形成過程におけるマトリックスの膜厚を求めた。
【0057】
まず、QCM基材をピランハ溶液で1分間洗浄してから、0.2mg/ml(0.02wt%)フィブロネクチンを含有する0.5Mトリス緩衝液(pH7.4、以下同様)に37℃で15分間浸漬した。これを1mMトリス緩衝液(pH7.4)で洗浄して風乾した後、振動数シフトを測定した。次に、1mg/ml(0.1wt%)ゼラチンを含有する0.05Mトリス緩衝液(pH7.4、以下同様)に37℃で15分間浸漬し、同様に1.0mMトリス緩衝液(pH7.4)で洗浄して風乾した後、振動数シフトを測定した。これらのステップを交互に繰り返すことで、QCM基材上にナノECMを形成した(n=3)。ステップ毎に測定した振動数変化を図2に示す。なお、同図において、●は、フィブロネクチン含有緩衝液に浸漬した後の結果であり、○は、ゼラチン含有緩衝液に浸漬した後の結果である。また、同図に各ステップ後のナノECMの厚みをあわせて示す。
【0058】
同図に示すように、ステップを繰り返すことによって、振動数シフトが減少しており、QCM基材上にナノレベルの層が連続的に形成されていることがわかる。また、振動数の減少が、ステップ数と相関関係を示していることから、ステップ数の増加によって形成するナノECMの膜厚を増加させ、ステップ数の減少によって形成するナノECMの膜厚を低減できることがわかる。
【実施例2】
【0059】
ゼラチンとフィブロネクチンとからなるナノECMを作製し、マウス線維芽細胞(L929)の三次元組織化を行った。
【0060】
スライドガラス(幅1.5cm×長さ2cm)上に、以下に示すようにして第1のナノECMを形成した。
【0061】
第1ナノECMの形成は、まず、前記スライドガラスの前記フィブロネクチン含有緩衝液への浸漬から開始し、前記フィブロネクチン含有緩衝液と前記ゼラチン含有緩衝液への浸漬を交互に合計7ステップ行った。なお、各緩衝液に浸漬した後には、前記スライドガラスを50mM Tris緩衝液(pH7.4)に1分間浸漬して洗浄を行った。その結果、スライドガラス上に、最下層および最上層がフィブロネクチン層である、厚み約10nmのナノECMが形成された。なお、前記スライドガラスをいずれかの緩衝液へ37℃で15分浸漬する処理を1ステップとした。また、前記スライドガラスは、端部(幅1.5cm×長さ2.0cm)のみを前記緩衝液に浸漬させ、前記浸漬領域にのみナノECMを形成した。
【0062】
次に、前記第1ナノECMの表面(1.5cm×2.0cm)に、細胞密度が約3.3×104cells/cm2となるようにL929細胞(約1×105個)を播種し、さらに、10重量%ウシ胎仔血清(FAB)を含むEagle’s MEM培地を添加してから、37℃で6時間インキュベートした。これによって、第1ナノECM上で細胞が二次元的に増殖した単層の細胞層が形成され、前記増殖細胞が前記第1ナノECMに接着された。
【0063】
そして、前記スライドガラスを50mM Tris緩衝液(pH7.4)に1分間浸漬して洗浄した後、前記第1ナノECM上で増殖した細胞の上に、さらに、第2のナノECMを形成した。第2ナノECMの形成は、前記スライドガラスの前記フィブロネクチン含有緩衝液への浸漬から開始し、前記フィブロネクチン含有緩衝液と前記ゼラチン含有緩衝液への浸漬を交互に合計9ステップ行った以外は、前記第1ナノECMの形成方法と同様とした。その結果、前述の増殖細胞の表面に厚み約13nmの第2ナノECMが形成された。
【0064】
続いて、前述と同様にして、細胞層形成とナノECM形成とを繰り返し行い、前記スライドガラス上に、第1ナノECM/第1の細胞層/第2ナノECM/第2の細胞層/第3ナノECM/第3の細胞層/第4ナノECM/第4の細胞層という構成の三次元組織を形成した。前記第3ナノECMおよび第4ナノECMは、前記第2ナノECMと同じ形成方法であり、その厚みは約13nmとした。なお、比較例1として、ナノECMを形成しなかった以外は、前記実施例2と同様にして細胞の培養を行った。
【0065】
得られた実施例2の三次元組織の表面を、走査型電子顕微鏡(SEM)により確認した。この結果を図3の写真に示す。同図に示すように、高さ方向(z軸方向)において細胞が積層化されていることがわかる。
【0066】
また、得られた三次元組織を、位相差顕微鏡および共焦点蛍光顕微鏡により評価した。共焦点蛍光顕微鏡による観察は、前記三次元組織をDAPI(4',6-diamidino-2-phenylindole, dihydrochloride)で核染色した後に行った。また、比較例1についても同様の観察を行った。これらの結果を図4に示す。同図において、(A)は比較例1、(B)は実施例2の結果であり、(1)は位相差顕微鏡の画像であり、(2)は共焦点蛍光顕微鏡の画像である。その結果、比較例1では、ナノECMを形成していないため、細胞は二次元で増殖するのみであり、高さ方向(z軸方向)には積層されなかった。このため、増殖細胞は、前記スライドガラス表面のみに接着し、二次元における細胞密度が向上するにとどまった。これに対して、実施例2では、同図(B)(1)の位相差顕微鏡画像に示すように、細胞の重なりが確認された。特に(B)(2)の共焦点顕微鏡画像において、高さ方向(z軸方向)において染色された核の重なりが確認されており、z軸方向の焦点距離が約5μm程度異なっていることがわかった。
【0067】
以上の点から、実施例2では、ナノECMの形成によって高さ方向に細胞を積層でき、三次元組織が得られることがわかった。
【実施例3】
【0068】
フィブロネクチンとゼラチンとからなるナノECMを作製し、マウス線維芽細胞(L929)の三次元積層化を行い、共焦点レーザー顕微鏡により評価を行った。
【0069】
前記実施例2と同様にして、スライドガラス上でナノECMと細胞層との積層を行い、第1ナノECM/第1の細胞層/第2ナノECM/第2の細胞層という構成の三次元組織を得た。なお、前記実施例2と同様に、第1ナノECMの厚みは、約13nm、第2ナノECMの厚みは、約13nmとした。
【0070】
得られた三次元組織について、共焦点レーザー顕微鏡により三次元構造の観察を行った。この結果を図5および図6に示す。図5において、(A)は前記三次元組織のX-Y平面の画像、(B)は、前記三次元組織のX-Z平面の画像、(C)は、前記三次元組織のY-Z平面の画像であり、図6(D)は前記三次元組織の3D画像である。
【0071】
同図5および6に示すように、1層目の細胞と、その上に積層された2層目の細胞が確認されたことから、実施例3では、ナノECMの形成によって、細胞を高さ方向に積層できることが明らかとなった。
【実施例4】
【0072】
ゼラチンとフィブロネクチンとからなるナノECMを作製し、ヒト臍帯動脈平滑筋細胞(UASMC)の三次元積層化を行った。
【0073】
前記実施例2と同様にして、スライドガラスに第1ナノECM(厚み約13nm)を形成した。
【0074】
次に、前記第1ナノECMの表面に、細胞密度が約3.3×104cells/cm2となるようにUASMC(約1×105個)を播種し、10重量%FBSを含むEagle’s MEM培地中、37℃で6時間インキュベートした。これによって、第1ナノECM上で細胞が二次元的に増殖した単層の細胞層が形成され、前記増殖細胞が前記第1ナノECMに接着された。
【0075】
そして、前記第1ナノECM上で増殖した細胞の上に、さらに、前記実施例2と同様にして、第2のナノECM(厚み約13nm)を形成した。
【0076】
続いて、前述と同様の細胞増殖と、ナノECMの形成とを繰り返し行い、前記スライドガラス上に、第1ナノECM/第1の細胞層/第2ナノECM/第2の細胞層/第3ナノECM/第3の細胞層という構成の三次元組織を形成した。前記第3ナノECMは、前記第2ナノECMと同じ形成方法であり、その厚みは、約13nmとした。
【0077】
得られた三次元組織の表面を、SEMにより確認した。この結果を図7の写真に示す。同図(A)は、前記三次元組織の表面のSEM画像であり、同図(B)は、前記三次元組織の断面のSEM画像である。
【0078】
また、ファロイジン−ローダミンを用いて前記三次元組織のアクチン染色を行い、共焦点蛍光顕微鏡により観察した。この結果を、図8の写真に示す。
【0079】
図7に示すように、実施例4によれば、ナノECMを介在させることによって、UASMCが高さ方向に積層された。また、アクチン染色の結果、実施例では、図8(A)に示すように、細胞の高さ方向における重なりが確認され、図8(B)に示すように、面内の同方向への細胞の重なりも確認された。
【実施例5】
【0080】
実施例4と同様にして、スライドガラス上に、ナノECMの形成とヒト臍帯動脈平滑筋細胞(UASMC)の培養とを交互に行い、第1ナノECM/第1の細胞層/第2ナノECM/第2の細胞層/第3ナノECM/第3の細胞層/第4ナノECM/第4の細胞層という構成の三次元組織を形成した。なお、第4ナノECMの形成および第4の細胞層の培養方法は、それぞれ第3ナノECMおよび第3の細胞層の培養方法と同様とした。
【0081】
そして、各細胞層について、続くナノECMの形成前に、位相差顕微鏡により観察を行った。その結果を図9に示す。同図において、(A)は、第1の細胞層の画像、(B)は、第2の細胞層の画像、(C)は、第3の細胞層の画像、(D)は、第4の細胞層の画像をそれぞれ示す。なお、各画像には、細胞の積層状態を示す模式図をあわせて示す。
【0082】
同図に示すように、工程を繰り返すにしたがって、細胞が高さ方向において積層していることが確認できた。
【実施例6】
【0083】
ゼラチンとフィブロネクチンとからなるナノECM、および、ゼラチンとラミニンとからなるナノECMをそれぞれ作製した。なお、ナノECM形成用基材としてQCM基材を使用し、振動数シフトを測定することによって、形成過程におけるマトリックスの膜厚を求めた。

(1)ゼラチン−フィブロネクチンからなるナノECM
ゼラチン含有緩衝液として、1mg/ml(0.1wt%)ゼラチンおよび0.15M NaClを含有する0.05Mトリス緩衝液(pH7.4)を使用し、フィブロネクチン含有緩衝液として、0.2mg/ml(0.02wt%)フィブロネクチンおよび0.15M NaClを含有する0.05Mトリス緩衝液(pH7.4)を使用した以外は、前記実施例1と同様にして、QCM基材上に、ゼラチンとフィブロネクチンとが交互に積層されたナノECMを形成した。ナノECMの形成において、ステップ毎に測定した振動数シフトを図10(A)の表に示す。同図において、○が、ゼラチン含有緩衝液に浸漬した後の結果であり、●が、フィブロネクチン含有緩衝液に浸漬した後の結果である(同図においてa)。なお、ナノECMの厚みは、2ステップの処理後で約10nm、8ステップの処理後で約13nmであった。
【0084】
(2)ゼラチン−ラミニンからなるナノECM
前記フィブロネクチン緩衝液に代えて、0.1wt%ラミニンおよび0.15M NaClを含有する0.05Mトリス緩衝液(pH7.4)を使用した以外は、前述と同様にしてQCM基材の浸漬を行い、QCM基材上に、ゼラチンとラミニンとが交互に積層されたナノECMを形成した。ナノECMの形成において、ステップ毎に測定した振動数シフトを図10(A)に併せて示す。同図において、□が、ゼラチン含有緩衝液に浸漬した後の結果であり、■が、ラミニン含有緩衝液に浸漬した後の結果である(同図においてb)。
【0085】
同図(A)および(B)に示すように、ステップを繰り返すことによって、振動数シフトが減少しており、QCM基材上にナノレベルの層が連続的に形成されていることがわかる。また、振動数の減少が、ステップ数と相関関係を示していることから、ステップ数を増加することによって形成するナノECMの膜厚を増加させ、ステップ数を減少することによって形成するナノECMの膜厚を低減できることがわかる。
【0086】
(3)NaClの影響
前記(1)において、ゼラチン含有緩衝液およびフィブロネクチン含有緩衝液中のNaCl濃度を、所定の濃度(0M、0.15M、1.0M)に設定した以外は、同様にしてゼラチンおよびフィブロネクチンが交互に積層されたナノECMを形成した。ナノECMの形成において、ステップ毎に測定した振動数シフトを図10(B)に示す。同図において、□および■が、NaCl濃度0Mの結果(a)、△および▲が、NaCl濃度0.15Mの結果(b)、○および●が、NaCl濃度1.0Mの結果であり、白抜きのシンボル(□、△、○)が、ゼラチン含有緩衝液に浸漬した後の結果、黒塗りのシンボル(■、▲、●)が、フィブロネクチン含有緩衝液に浸漬した後の結果である。
【0087】
同図に示すように、緩衝液中におけるNaCl濃度の増加に伴い、振動数の減少しており、形成されるナノECMの厚みが増加していることがわかった。このことから、NaCl等の塩濃度によっても、形成される膜厚の調整が可能であると言える。
【0088】
(4)ナノECMの安定性
前記(3)と同様にして、ゼラチン含有緩衝液とフィブロネクチン含有緩衝液への浸漬を合計10ステップ行い、QCM基材上にナノECMを形成した。そして、ナノECMが形成されたQCM基材を、10重量%FBSを含むEagle’s MEM培地に浸漬させ、培地におけるナノECMの安定性を確認した。安定性は、経時的にQCM基材の振動数を測定し、ナノECMの残存量(残存重量:%)を算出することによって行った。なお、残存量(%)は、培地への浸漬前の振動数(100%)に対する相対的な割合として算出した。この結果を図11に示す。同図において、■が、NaCl濃度0Mの結果、▲が、NaCl濃度0.15Mの結果、●が、NaCl濃度1.0Mの結果である。
【0089】
同図に示すように、ナノECMを培地に浸漬しても、その重量にほとんど変化は見られなかった。また、異なる厚みのナノECMについて同様の実験を行っているが、いずれも安定であり、培地中での安定性に膜厚は影響しないことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0090】
以上のように、本発明のECMの製造方法によれば、細胞層を第1物質含有液と第2物質含有液とに交互に接触させるのみで、細胞層と細胞層とを接着するナノメートルサイズの厚みのECMを製造することができる。このため、これを用いた本発明の三次元組織の製造方法によれば、細胞層の形成と、前記細胞層を第1物質含有液と第2物質含有液とに交互に接触させる工程とを繰り返し行うのみで、ナノメートルオーダーの厚みのECMを介して連続的に細胞層を積層できる。このように、本発明の方法は、従来法とは異なり、単層の細胞シートの剥離や、剥離した細胞シートの重ね合わせ等が不要であるため、優れた再現性・効率で、極めて簡便に三次元組織を製造できる。したがって、本発明の方法は、特に複雑な三次元構造を有する組織の再構築に有用であり、再生医療の分野において極めて有用な技術といえる。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】本発明の三次元組織の製造方法における工程の一例を示す模式図である。
【図2】本発明の一実施例における振動数変化と浸漬ステップ数との関係を示すグラフである。
【図3】本発明の他の実施例における三次元組織のSEM写真である。
【図4】前記実施例における三次元組織の顕微鏡写真であり、(A)は比較例1、(B)は実施例2の結果であり、(1)は位相差顕微鏡写真、(2)は共焦点蛍光顕微鏡写真である。
【図5】本発明のさらにその他の実施例における三次元組織の共焦点レーザー顕微鏡写真であり、(A)はX-Y平面の写真、(B)はX-Z平面の写真、(C)はY-Z平面の写真である。
【図6】前記実施例における三次元組織の共焦点レーザー顕微鏡の3D写真である。
【図7】本発明のさらにその他の実施例における三次元組織のSEM写真であり、(A)は表面の写真、(B)は断面の写真である。
【図8】本発明のさらにその他の実施例における三次元組織の共焦点顕微鏡写真であり、(A)および(B)は共に実施例4の結果である。
【図9】本発明のさらにその他の実施例における三次元組織の位相差顕微鏡写真であり、(A)は、第1の細胞層の画像、(B)は、第2の細胞層の画像、(C)は、第3の細胞層の画像、(D)は、第4の細胞層の画像である。
【図10】本発明のさらにその他の実施例における振動数変化と浸漬ステップ数との関係を示すグラフである。
【図11】本発明のさらにその他の実施例におけるECMの残存量の経時的変化を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞を積層して三次元組織を製造する方法であって、
A. 基材上に細胞層を形成する工程、
B. 前記基材上の細胞層を、第1物質の含有液および第2物質の含有液に交互に接触させ、前記細胞層上に、第1物質と第2物質とが交互に積層された細胞外マトリックスを形成する工程、および、
C. 前記細胞外マトリックス上で細胞を培養して、細胞層を形成する工程、
を含み、
前記第1物質と第2物質との組合せが、RGD配列を有するタンパク質またはRGD配列を有する高分子と、前記RGD配列を有するタンパク質または前記RGD配列を有する高分子と相互作用するタンパク質もしくは高分子との組合せ、または、正の電荷を有するタンパク質もしくは高分子と、負の電荷を有するタンパク質もしくは高分子との組合せであることを特徴とする、三次元組織の製造方法。
【請求項2】
さらに、前記B工程と前記C工程とを繰り返す工程を含む、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記B工程において、厚み1nm以上の細胞外マトリックスを形成する、請求項1または2記載の製造方法。
【請求項4】
前記第1物質が、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、カドヘリン、コラーゲン、キチン、キトサンおよびポリリジンからなる群から選択された少なくとも一つであり、前記第2物質が、ゼラチン、アルブミン、グロブリン、ヘパリン、ヘパラン硫酸、デキストラン硫酸、ポリグルタミン酸、ポリアスパラギン酸およびエラスチンからなる群から選択された少なくとも一つである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記第1物質が、フィブロネクチンまたはラミニンである、請求項1〜4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記第1物質と第2物質との組合せが、フィブロネクチンとゼラチンとの組合せ、または、ラミニンとゼラチンとの組合せである、請求項5記載の製造方法。
【請求項7】
前記B工程において、前記細胞層を、最初に第1物質の含有液に接触させ、前記細胞外マトリックスの最下層として第1物質層を形成する、請求項1〜6のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項8】
前記B工程において、前記細胞層を、最後に第1物質の含有液に接触させ、前記細胞外マトリックスの最上層として第1物質層を形成する、請求項1〜7のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項9】
前記A工程に先だって、前記基材を、第1物質の含有液および第2物質の含有液に交互に接触させ、前記基材上に、第1物質と前記第2物質とが交互に積層された細胞外マトリックスを形成する工程を含み、
前記A工程において、前記基材上に形成された細胞外マトリックス上に細胞層を形成する、請求項1〜8のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項10】
前記基材上に、厚み1nm以上の細胞外マトリックスを形成する、請求項9記載の製造方法。
【請求項11】
前記基材を、最後に第1物質の含有液に接触させ、前記基材上の細胞外マトリックスの最上層として第1物質層を形成する、請求項9または10記載の製造方法。
【請求項12】
前記細胞が、肝細胞、血管内皮細胞、線維芽細胞、表皮細胞、上皮細胞、乳腺細胞、筋細胞、神経細胞、組織幹細胞、胚性幹細胞、骨細胞および免疫細胞からなる群から選択された少なくとも一つの細胞である、請求項1〜11のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項13】
第1物質の含有液および第2物質の含有液の少なくとも一方が、さらに、細胞成長因子、サイトカイン、ケモカイン、ホルモンおよび生理活性ペプチドからなる群から選択された少なくとも一つの物質を含む、請求項1〜12のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項14】
第1物質の含有液および第2物質の含有液の少なくとも一方が、さらに、疾患の治療剤、予防剤および抑制剤からなる群から選択された少なくとも一つの物質を含む、請求項1〜13のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項15】
請求項1〜14のいずれか一項に記載の製造方法により得られる三次元組織。
【請求項16】
細胞層と細胞層とを接着する細胞外マトリックスの製造方法であって、
細胞層を、第1物質の含有液および第2物質の含有液に交互に接触させ、前記細胞層上に、細胞外マトリックスとして、第1物質と前記第2物質とが交互に積層された薄膜を形成する工程を有し、
前記第1物質と第2物質との組合せが、RGD配列を有するタンパク質またはRGD配列を有する高分子と、前記RGD配列を有するタンパク質または前記RGD配列を有する高分子と相互作用するタンパク質もしくは高分子との組合せ、または、正の電荷を有するタンパク質もしくは高分子と、負の電荷を有するタンパク質もしくは高分子との組合せであることを特徴とする、細胞外マトリックスの製造方法。
【請求項17】
基材上で細胞を培養し、前記基材上に前記細胞層を形成する、請求項16記載の製造方法。
【請求項18】
前記薄膜の厚みが、1nm以上である、請求項16または17記載の製造方法。
【請求項19】
前記第1物質が、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、カドヘリン、コラーゲン、キチン、キトサンおよびポリリジンからなる群から選択された少なくとも一つであり、前記第2物質が、ゼラチン、アルブミン、グロブリン、ヘパリン、ヘパラン硫酸、デキストラン硫酸、ポリグルタミン酸、ポリアスパラギン酸およびエラスチンからなる群から選択された少なくとも一つである、請求項16〜18のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項20】
請求項16〜19のいずれか一項に記載の製造方法により得られる細胞外マトリックス。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2007−228921(P2007−228921A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−56836(P2006−56836)
【出願日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発表した刊行物:高分子学会予稿集54巻2号(2005) 発行:社団法人 高分子学会 発行日:平成17年3月5日 発表した研究集会:第54回高分子討論会 主催者:社団法人 高分子学会 開催日:平成17年9月22日
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(000002141)住友ベークライト株式会社 (2,927)
【Fターム(参考)】