説明

不定胚形成能のないあるいは低い細胞/細胞塊の生成抑制方法

【課題】不定胚形成能のないあるいは低い細胞/細胞塊の生成を抑制する方法を提供する。
【解決手段】不定胚を経由する植物再生のための、植物組織からの不定胚形成能を有する細胞/細胞塊の誘導および増殖工程、あるいは該不定胚形成能を有する細胞/細胞塊からの不定胚の誘導工程において、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を含む培地で植物細胞/細胞塊を培養することを含むことを特徴とする、不定胚形成能のないあるいは低い細胞/細胞塊の生成を抑制する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、不定胚形成能のないあるいは低い細胞/細胞塊の生成を抑制することによって、従来法に比してより効率的に細胞/細胞塊から植物苗を生産する方法を提供する。
【背景技術】
【0002】
植物の栄養体は、挿し木、株分け、塊茎、りん茎などを利用し増殖されるが、近年植物種によってはインビトロ培養による増殖法が利用されている。現在用いられているインビトロ培養法は、主に人工環境下での挿し木、株分け、塊茎誘導、りん茎誘導のほか、植物体再生能を有する細胞から不定芽や不定胚を経由し植物体を再生する方法などである(非特許文献1および2)。インビトロ培養法による増殖は、無菌環境下での操作が必要であることおよび人工的な環境を提供する必要があることから投入コストが大きく、コストに見合う増殖率を達成する必要がある。しかし、効率の高い不定芽や不定胚を経由する植物体再生法を利用してもコストに見合う増殖率が達成される植物種は限られており、インビトロ培養技術の産業化の限定要因となっている。
【0003】
細胞/細胞塊から不定胚を経由する植物体再生法は増殖率が高いので期待される手法であるが、すべての細胞/細胞塊から植物体が再生するわけではない。すなわち、不定胚形成能が高い細胞/細胞塊とないあるいは低い細胞が同時に存在する状態で細胞/細胞塊増殖を行っており、これらを簡便に分別する手法もない。不定胚形成能が高い細胞/細胞塊を形態等から経験的に選別することはある程度可能ではあるが、選別された細胞/細胞塊から再度不定胚形成能がないあるいは低い細胞が生じてしまうことがある。このように植物体再生が期待されない細胞が存在する状態で細胞を増殖することは、増殖時に無駄が生じるとともに、よりコストのかかる植物体再生時の効率を大きく減じる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Biotechnology and Bioengeneering (1996) 50:65-72
【非特許文献2】Pramodら, Scale-up and automation in plant propagation : 76-93, 1991, Academic Press, Inc.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述のとおり、簡便に不定胚形成能のないあるいは低い細胞/細胞塊の生成を抑制し植物体再生能が高い細胞/細胞塊のみを増殖することが可能となれば植物体再生の効率を向上することが可能となる。本発明は、不定胚形成能のないあるいは低い細胞/細胞塊の生成を抑制することによって、不定胚形成能が高い細胞/細胞塊の割合を高め、従来法に比してより効率的に植物苗を生産する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
真核生物の染色体DNAはヒストンタンパク質に取り巻かれクロマチン構造を形作っている。ヒストンタンパク質は、主にそのN末端部分にアセチル化、メチル化、リン酸化などの修飾を受けることが知られている。これらの修飾は遺伝子の発現と大きく関わっており、動物、植物を問わず発生分化におけるヒストンタンパク質の修飾に関する研究がなされている。植物では主に天然の種子胚発生とクロマチン構造に関する研究が近年着目されつつある(Plant Physiology (2008) 146:149-161)。
【0007】
一般に、種子胚から発芽を経て植物体へ成長する過程でヒストンの脱アセチル化による遺伝子発現の抑制がおこり植物体再生能を失っていくと考えられている。植物細胞培養では懸濁培養細胞においてヒストン修飾の変化を経時的に調査した研究や、分化程度の異なる細胞ラインによりヒストン修飾の相違を調査した研究はあるものの、これらの知見を植物の細胞増殖に応用した例はない(Plant Physiol Biochem. (2005) 43:527-534;Planta (2006) 224:812-827)。
【0008】
植物のインビトロ培養法による増殖のうち特に不定胚を経由して植物体を再生する場合、不定胚形成能を有する細胞/細胞塊は未分化であるべきことに着目し鋭意検討したところ、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を含む培地で細胞/細胞塊を培養することによる不定胚形成能のないあるいは低い細胞の生成を抑制する方法を見出し、本発明を完成した。一般には、カルスと呼ばれる細胞分裂を繰り返す細胞は未分化と考えられており、「脱分化によりカルスを誘導する」といった記載が散見される。しかし、本発明者らはカルスを形成する細胞/細胞塊の中でも不定胚形成能を有する細胞/細胞塊こそが未分化な細胞/細胞塊であり、細胞分裂に特化し不定胚形成能のないあるいは低い細胞/細胞塊は分化していると考えた。この考えに基づけば、ヒストンの脱アセチル化による分化の進行を抑制することで、不定胚形成能のないあるいは低い細胞/細胞塊の生成を抑えることが可能である。上述の通り、実際に、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤により、分化の進んだ不定胚形成能のないあるいは低い細胞/細胞塊の生成を抑制することが可能であることを見出し本発明を完成した。
【0009】
本発明は以下の特徴を有する。
本発明は、その態様において、不定胚を経由する植物再生のための、植物組織からの不定胚形成能を有する細胞/細胞塊の誘導および増殖工程、あるいは該不定胚形成能を有する細胞/細胞塊からの不定胚の誘導工程において、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を含む培地で植物細胞/細胞塊を培養することを含むことを特徴とする、不定胚形成能のないあるいは低い細胞/細胞塊の生成を抑制する方法を提供する。
【0010】
上記発明の実施形態において、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤がトリコスタチンAであることを特徴とする上記方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、不定胚形成能のないあるいは低い細胞/細胞塊の生成を抑制することによって、不定胚形成能が高い細胞/細胞塊の割合を高め、従来法に比してより効率的に植物苗を生産する方法を提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】この図は、本発明に用いる材料の一例として、実施例1に記載の方法により固体培地上で継代し維持、増殖したニンジンの細胞/細胞塊を示す。右側の図は、ニンジンの細胞/細胞塊の拡大図である。
【図2】この図は、本発明の方法により、5回液体培地で継代し維持、増殖した後のニンジンの細胞/細胞塊の形態を示す。図2Aは、5代とも液体培地に0.1ppmトリコスタチンAを添加したときに得られたニンジンの細胞/細胞塊の形態を示し、一方、図2Bは、トリコスタチンAを添加しないときに得られたニンジンの細胞/細胞塊の形態を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本発明をさらに具体的に説明する。
本発明によれば、植物のインビトロ培養において、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を含む培地で培養することにより不定胚形成能のないあるいは低い細胞/細胞塊の生成を抑制することが可能である。用いられるヒストン脱アセチル化酵素阻害剤として、トリコスタチンA、バルプロ酸、ブチラート、トラポキシン、ピロキサミド、MS-275、NVP-LAQ824、スベロイルアニリドヒドロキサメート(SAHA)、CI-994、M344、MC1293、シルチノール、スプリトマイシン、それらの塩、それらの誘導体などが知られるが、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤としての機能を有する限りこれらの物質に限定されるものではない。本発明で使用可能なヒストン脱アセチル化酵素阻害剤は、市販されているか、あるいは文献記載の公知の方法によって調製または合成可能である。また、本発明方法で好適に使用しうるヒストン脱アセチル化酵素阻害剤は、トリコスタチンAであり、この物質は市販されており容易に入手可能である。
【0014】
一般に、不定胚を経由する植物体再生の工程は、(1)植物組織(外植片)から不定胚形成能を有する細胞/細胞塊を誘導、維持および増殖する工程、(2)不定胚形成能を有する細胞/細胞塊から不定胚を誘導する工程、(3)適宜、不定胚の脱水工程、(4)不定胚からの植物体再生工程、(5)温室への移植工程、からなる。これらの工程の中で、不定胚形成能を有する細胞/細胞塊の誘導、維持および増殖が必要と考えられる工程で利用する培地に、上記ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤のうち1種あるいは複数種を添加し植物細胞/細胞塊を培養する。それぞれのヒストン脱アセチル化酵素阻害剤の添加濃度は、ヒストン脱アセチル効果が認められる濃度範囲であればよい。例えば本発明の実施例で用いているトリコスタチンAの場合、0.001〜10ppmで用いることができる。また、添加時期および回数については、植物の種類、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤の種類や濃度、細胞/細胞塊の継代状況等により適宜調整のうえ設定することが可能である。ただし、実施例3で示すようにヒストン脱アセチル化酵素阻害剤は細胞/細胞塊の不定胚への分化も阻害しうることを考慮して添加時期および回数を設定することが望ましい。具体的には、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤の添加に好適と考えられる工程としては、上述の(1)の工程があげられるが、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤の経時的な阻害活性の失活を考えれば、上述(2)不定胚の誘導工程に利用することでも効果が期待される。後者の(上述(2)でヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を用いる)場合は、培養期間の前半で植物体再生能を有する細胞/細胞塊を維持および増殖し、後半でヒストン脱アセチル化酵素阻害剤の効力が低下することにより不定胚誘導への阻害効果が減じることを期待する手法である。また、各種のヒストン脱アセチル化酵素阻害剤のうち1種あるいは複数種を添加する工程内において、連続的に施用するのみではなく、必要な期間のみ施用することでもよい。例えば、(1)不定胚形成能を有する細胞/細胞塊を誘導、維持および増殖する工程で、複数回継代培養を繰り返す中で、(i)いずれか1回の継代時のみ施用する、(ii)次工程(上記工程(2))直前の1〜3回の継代時のみ施用する、(iii)次工程(上記工程(2))直前の1〜3回の継代時のみ施用しない、(iv)施用・非施用を継代ごとに繰り返す、などの処方が可能である。
【0015】
以下、上述したヒストン脱アセチル化酵素阻害剤の施用に用い得る植物、用い得る培養工程を例示する。
【0016】
<植物>
本発明は、不定胚を提供するあらゆる植物に適用可能である。植物としては、以下のものに限定されないが、好ましくはマンサク科、ヒノキ科、マツ科、マメ科、フトモモ科、ヤナギ科、クワ科、セリ科、サトイモ科、イネ科、ユリ科及びヒルガオ科に属する植物が挙げられる。
【0017】
上記植物の例は以下のとおりである。マンサク科(スイートガム等)、ヒノキ科(ヒノキ等)、マツ科(マツ等)、マメ科(アルファルファやアカシア等)、フトモモ科(ユーカリ等)、ヤナギ科(ポプラ等)、クワ科(ゴムノキ等)、セリ科(ニンジン、セロリ等)、サトイモ科(スパティフィラム等)、イネ科(イネ等)、ユリ科(アスパラガス等)、ヒルガオ科(サツマイモ等)。
【0018】
<植物組織(外植片)から不定胚形成能を有する細胞/細胞塊を誘導・維持・増殖する工程>
本発明に用いる各種植物における未熟胚、葉、葉柄、根等の各種植物組織(外植片)からの細胞/細胞塊の誘導、維持および増殖条件は特に限定はなく、公知の情報を使用することができる。例えば、農林水産研究文献解題No.17 植物バイオテクノロジー 平成3年、国際公開WO2007/064028等に記載されている条件を用いることができる。具体的には、そのような一例として、サトイモ科の植物の葉鞘を材料にショ糖1〜6%(w/v%)、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)1〜8ppm、6-ベンジルアデニン0.05〜2ppmを含み、pHを5〜7に調整したMurashige-Skoog(MS)培地(寒天0.8〜1.2%による固体培地)で、暗所、20〜30℃で培養するという条件を挙げることができる。本明細書で使用される用語「細胞/細胞塊」とは、少なくとも不定胚形成能を有する細胞および/または細胞塊(エンブリオジェニック・カルス)を含む細胞および/または細胞塊を指し、他に不定胚形成能を有しない細胞および/または細胞塊(ノンエンブリオジェニック・カルス)も適宜含み得る。両者の割合は植物種別、外植片種別、培養条件等の要因によって変化し得るが、エンブリオジェニック・カルスの割合が多い方が、その後工程である不定胚の誘導にとって好ましい。
【0019】
<不定胚形成能を有する細胞/細胞塊から不定胚を誘導する工程>
本発明に用いる上記で得られた細胞/細胞塊からの不定胚の誘導条件は特に限定はなく、公知の情報を使用することができる。例えば、農林水産研究文献解題No.17 植物バイオテクノロジー 平成3年、国際公開WO2007/064028等に記載されている条件を用いることができる。具体的には、そのような一例として、サトイモ科の植物から誘導されたカルスを用い、グルタミン酸及び/又はプロリンを各々1〜10mM、ショ糖0.5〜4%(w/v%)添加し、pHを5〜7に調整したMS培地に、0.05〜5g/lとなるようカルスを置床し、明所、20〜30℃で培養するという条件を挙げることができる。なお、固体培地と液体培地の何れの条件も適用可能であるが、液体培地の方が不定胚の回収作業は容易である。また、光条件にも特に限定はない。本発明の上記方法の工程における細胞/細胞塊とは、少なくとも不定胚形成能を有する細胞/細胞塊(エンブリオジェニック・カルス)を含む細胞/細胞塊を指し、他に不定胚形成能を有しない細胞/細胞塊(ノンエンブリオジェニック・カルス)も適宜含み得る。両者の割合は植物種別、外植片種別、培養条件等の要因によって変化し得るが、エンブリオジェニック・カルスの割合が多い方が、本工程における不定胚の誘導にとって好ましく、結果として植物体再生の効率が上昇する。
【0020】
<不定胚の脱水工程>
不定胚はそのまま発芽工程に供試することができる。ただし、不定胚を脱水することによりその後の植物体再生率が向上する場合があることが知られている。また、保存が必要な場合は、不定胚に脱水処理を施すことで一定期間の保存が可能となる。脱水を行う容器は特に限定されないが、少量を処理する場合はシャーレ(直径9cm、高さ1.5cm、など)、多量の場合は透明なプラスティック製の箱型容器(例えば22cm×17cm×7cm程度のサイズ)を用いる。何れの場合も底部にペーパータオルを敷いて不定胚を適量入れる(9cmシャーレの場合は1〜20g程度、上記箱型容器の場合は30〜100g程度)。光環境は12〜16時間日長、光合成光量子束密度1〜80μmole/m2/sec、の明条件がよいが、暗条件でも可能である。温度は20℃〜30℃、好ましくは23℃〜27℃とする。期間は1日〜20日、好ましくは2日〜10日とする。脱水を終えた不定胚は、ペーパータオルを敷いた9cmシャーレに入れた状態にて、4℃程度の低温、暗所にて保存することが可能であり、植物種別にもよるが1〜3ヶ月程度であれば保存後の不定胚の発芽に障害を及ぼすことはない。
【0021】
<不定胚からの幼植物体再生工程>
上記のようにして得られた不定胚又は脱水不定胚は固体培地上でも液体培地中でも高効率で発芽する。発芽に用いる培地はMS培地などを基本培地とし、糖源としてショ糖を1〜6%、好ましくは2〜4%添加する。発根などが激しい場合は、その他の糖類としてソルビトール又はマンニトールを1〜6%、好ましくは2〜4%を添加し、根の伸長を抑制することも可能である。植物生長調節物質は特に添加する必要はないが、ジベレリン類、オーキシン類やサイトカイニン類を添加して発芽を促進させてもよい。培地のpHは5〜7とする。光環境は明条件、12〜16時間日長、光合成光量子束密度1〜80μmole/m2/secとする。温度は20℃〜35℃、好ましくは25℃〜30℃とする。固体培地の場合は寒天(0.8〜1.2 w/v%)またはゲルライト(0.1〜0.5 w/v%)を用いて培地を固形化する。容器は植物組織培養に用いられるものであれば特に限定されるものではない。発芽した不定胚は発根も伴い、そのまま幼植物体へと生育する。
【0022】
<温室への移植工程>
不定胚から発芽し再分化した幼植物体は、培養容器から取出し温室にて正常に生育する。移植に用いる培養土は特に限定されるものではなく、育苗用に市販されている培養土でよい。幼植物体を移植した後、1〜3週間程度、適度の加湿と遮光を行うことが好ましい。
【0023】
(実施例)
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、これらの実施例は本発明の範囲を何ら制限するものではない。
【実施例1】
【0024】
不定胚形成能を有する細胞/細胞塊の誘導工程
ニンジン(品種「新黒田五寸」)の種子を70%エタノールおよび1%次亜塩素酸ナトリウムでそれぞれ30秒、1分浸漬処理することで滅菌した後に、3%ショ糖を含むMurashige-Skoog(MS)寒天培地(pH5.8)に播種し、22℃、16時間明所(光合成光量子束密度30〜50μmole/m2/sec)の条件で発芽させた。発芽実生の子葉・胚軸・根を、1ppm 2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)、ショ糖2%、0.2%ゲルライトを含むMS固体培地(pH5.8)に置床した。22℃、暗所で1ヶ月ほど培養することにより細胞塊が誘導された。各外植片から誘導された細胞/細胞塊を混合し、0.1ppm 2,4-D、ショ糖2%、0.2%ゲルライトを含むMS固体培地(pH5.8)で3〜4週間ごとに継代し22℃、暗所で培養することにより維持した。維持した細胞/細胞塊の形態を図1に示す。
【実施例2】
【0025】
誘導された不定胚形成能を有する細胞/細胞塊の維持・増殖工程
上記実施例1のMS固体培地で3回継代維持した細胞/細胞塊(新鮮重0.01g)を0.1ppm 2.4-D、ショ糖2%を含むMS液体培地(pH5.8)を100ml入れた300mlフラスコに置床し、3週間ごとに継代を繰り返した。継代時には、150ミクロンステンレスメッシュで水分を除去し、細胞/細胞塊0.01gを置床した。一連の培養は、22℃、暗所、80回転/分で行った。継代を7回繰り返した後に、同組成の培地(pH5.8)に終濃度が0.1ppmとなるようにトリコスタチンA(Sigma-Aldrich社)を添加した上記MS液体培地(pH5.8)でさらに培養を繰り返した。このときの継代は、38ミクロンステンレスメッシュで水分を除去し、回収重量を測定した後に細胞0.01gを置床した。なお、以降の実験で用いるトリコスタチンAの添加濃度は0.1ppmとした。
【0026】
トリコスタチンAを添加してから継代するごとに7代にわたり計測した回収重量を表1に示す。n=2(1代のみn=3)とし、値は平均値±標準偏差で示した。トリコスタチンAを添加しない培地(pH5.8)で培養したものをコントロールとした。トリコスタチンA添加区では、コントロールに比べ増殖量が少ない傾向がみられた。また、細胞/細胞塊の形態はコントロールに比べ明らかに小さいものが少なかった(図2)。トリコスタチンAの添加により細胞分裂に特化した分化細胞/細胞塊が生成せず増殖量が少ないものと考えられた。
【0027】
また、トリコスタチンAを添加し4代にわたり継代培養を繰り返した後に、トリコスタチンA無添加で培養を継続すると、増殖が一旦悪くなったがその後回復した(表1)。
【0028】
【表1】

【実施例3】
【0029】
不定胚の誘導工程
トリコスタチンA添加を開始する前(0代目)および添加してから実施例2の「誘導された不定胚形成能を有する細胞/細胞塊の維持・増殖工程」で示した方法で継代するごとに、7代にわたり一部の細胞/細胞塊を用い不定胚生産を行い得られた魚雷型胚および子葉期胚の重量および数を測定した。詳細な方法を以下に示す。新鮮重0.01gの細胞/細胞塊を、ショ糖1%、マンニトール3%を含むMS液体培地(pH5.8)を100ml入れた300mlフラスコに置床し、22℃、16時間明所(光合成光量子束密度50〜80μmole/m2/sec)、80回転/分で4週間培養することにより不定胚を生産した。各処理5本のフラスコを用い培養を行った。
【0030】
誘導された不定胚は、850ミクロンのステンレスメッシュを用い水分を除去した後に新鮮重を測定した。これら不定胚をろ紙を敷いた9cmシャーレ2枚に重量を測定し各1g前後ずつ入れ22℃、16時間明所条件下に1週間おいた後に不定胚を計数した。不定胚数は測定した重量から1g当たりの不定胚数を算出し2枚のシャーレの平均値を算出した。各処理5本のフラスコそれぞれで得られた1g当たり不定胚数の平均値にそれぞれのフラスコで得られた新鮮重を乗じ、フラスコ当たり不定胚数を算出し、5本のフラスコの平均値を得た。コントロールとしてトリコスタチンAを添加しない培地(pH5.8)で継代するごとに同様の培養を実施し不定胚を計数した。
【0031】
上述のように算出したフラスコ当たり不定胚数平均値の継代に伴う変化を表2に示す。このように継代を繰り返すごとに、コントロール(トリコスタチンA無添加)では、フラスコ当たり不定胚数は減少した。一方細胞の維持・増殖工程で0.1ppm 2.4-D、ショ糖2%を含むMS液体培地(pH5.8)にトリコスタチンAを添加した区では、継代1代目でフラスコ当たり不定胚数が一旦上昇した後急激に減少した。継代1代目の結果から、トリコスタチンA添加により不定胚生産の効率を向上することが可能であったが、トリコスタチンAを添加し続けることにより後の工程である不定胚への分化をも抑制することが明らかとなった。このように、ニンジン(品種「新黒田五寸」)の増殖においては、トリコスタチンAを0.1ppmの濃度で施用した場合、3週間以内の施用(継代1代目まで)で効果が高かった。
【0032】
また、上述の細胞/細胞塊の維持・増殖工程において、トリコスタチンAを添加し4代にわたり継代培養を繰り返した後に、トリコスタチンA無添加で3代まで培養を継続した場合に得られた不定胚数も上述と同様の方法で計数した(表2)。その結果、無添加とした後得られた不定胚数は増加傾向に転じ、無添加での継代3代目(計7代目)までには対応するコントロール区と比較して不定胚数は大きく増加した。これは、トリコスタチンAの不定胚への分化抑制効果が無添加での継代により解除されることで、本来発揮していた不定胚形成能のないあるいは低い細胞/細胞塊の生成を抑制する効果が現出したものと考えられた。
【0033】
以上のように、細胞/細胞塊の維持・増殖工程における、0.1ppmトリコスタチンAの添加は、継代1代の添加で不定胚生産数の増加に効果的であった。そして、添加を継続することにより、トリコスタチンAは不定胚分化をも抑制してしまったが、トリコスタチンAの添加を止めさらに継代を行うことで、不定胚分化の抑制を解除することが可能であり、コントロールよりも多くの不定胚が誘導された。
【0034】
【表2】

【実施例4】
【0035】
不定胚からの植物体再生工程
上記実施例3において継代0代および1代目で得られた不定胚のうち新鮮重2gを、底部にペーパータオルを敷いた直径9cm、高さ1.5cmのシャーレ内に入れ、20℃、16時間明所(光合成光量子束密度10〜30μmole/m2/sec)条件下に3日〜7日置き乾燥不定胚を得た。
【0036】
乾燥不定胚の重量を測定した後、0.25g程度の乾燥不定胚をショ糖1%、0.8%寒天を含むMS寒天培地(pH5.8)で、22℃、16時間明所(光合成光量子束密度30〜50μmole/m2/sec)の条件で培養し、芽が出揃った5〜7週間後に本葉が現れた幼植物体数を計数した。計数した植物体数を培養した乾燥不定胚重量で除した後、計量した乾燥不定胚の総重量を乗じることにより、乾燥不定胚1シャーレ当たりの植物体数を算出した。1シャーレには新鮮重2gの不定胚を入れたので、得られた1シャーレ当たりの植物体数を2で除した後、不定胚の誘導工程で軽量した不定胚新鮮重量を乗じることにより不定胚を誘導したフラスコ当たりの植物体数を算出した。各処理5本のフラスコについてフラスコ当たりの植物体数を算出し表3に示す結果を得た。値は平均値±標準偏差で示した。このように増殖培地にトリコスタチンAを添加し培養した細胞/細胞塊から不定胚を誘導し植物体を再生すると継代に伴う効率の減少を抑制することが可能であった。
【0037】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、不定胚経由の植物体再生において、不定胚形成能が高い細胞/細胞塊の割合を高めることによって、従来法に比してより効率的に植物苗を生産する方法を提供することができるため、農業分野において有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
不定胚を経由する植物再生のための、植物組織からの不定胚形成能を有する細胞/細胞塊の誘導および増殖工程、あるいは該不定胚形成能を有する細胞/細胞塊からの不定胚の誘導工程において、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を含む培地で植物細胞/細胞塊を培養することを含むことを特徴とする、不定胚形成能のないあるいは低い細胞/細胞塊の生成を抑制する方法。
【請求項2】
ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤がトリコスタチンAである、請求項1に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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