説明

不斉マイケル付加反応用固体触媒

【課題】生成物との分離が容易で且つ光学純度の高く、且つ工業的に安価に調製可能な不斉マイケル付加反応用固体触媒、及びこの不斉マイケル付加反応用固体触媒を用いた1,3−ジカルボニル化合物とエノン化合物との不斉マイケル付加反応による光学活性なマイケル付加生成物の製造方法を提供する。
【解決手段】それぞれ予め不斉カルボン酸で処理された、一般式(I):Ca10-Z(HPO4)Z(PO4)6-Z(OH)2-Z・nH2O (I)のヒドロキシアパタイトおよび/または一般式(II):Ca10-y(HPO4)y(PO4)6-yF2-y・nH2O (II)のフルオロアパタイトからなる担体に、ランタニドおよび不斉カルボン酸が固定化されたことを特徴とする不斉マイケル付加反応用固体触媒;ランタニドの塩及び不斉カルボン酸を溶媒に溶解させ、得られた溶液に、予め不斉カルボン酸で処理した上記一般式(I)のヒドロキシアパタイトおよび/または上記一般式(II)のフルオロアパタイトを添加し、攪拌することにより、前記ランタニドを前記ヒドロキシアパタイトおよび/またはフルオロアパタイトのカルシウムとイオン交換してリン酸の酸素と結合させることを特徴とする、不斉マイケル付加反応用固体触媒の製造方法;及び1,3−ジカルボニル化合物とエノン化合物とを、前記不斉マイケル付加反応用固体触媒の存在下で反応させることを特徴とする、光学活性なマイケル付加生成物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は不斉マイケル付加による付加生成物の製造方法、及びそれに有用な不斉マイケル付加反応用固体触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
マイケル付加は有機合成において広く用いられているC-C結合生成反応である。マイケル付加に不斉を導入した不斉マイケル付加反応は既に知られている(非特許文献1〜2)。しかしながら、これらは均一系触媒を用いた例であり、触媒と生成物との分離が困難であるという問題を伴っている。
【0003】
一方、触媒と生成物との分離が容易な不斉マイケル付加反応の固体触媒は知られている。例えば、スカンジウムカチオン(Sc3+)を固定化したモンモリロナイトを含有する触媒も同様にマイケル付加用固体触媒として作用することが知られている(特許文献1)。しかし、この固体触媒では、触媒と生成物との分離はろ過によって容易に実施できるが、エナンチオ選択性がなく、生成物は全てアキラルであるか又はラセミ体である。また高分子ポリマーを担体として不斉化合物を固定化した触媒が不斉マイケル付加反応用固体触媒として知られている(非特許文献3〜4)。しかし、この固体触媒では、触媒と生成物の分離はろ過によって容易に実施できるが、触媒調製工程が非常に長く、また担体が非常に高いという問題点がある。さらに最近になりランタンカチオン(La3+)および不斉カルボン酸を固定化したフルオロアパタイトを触媒として用いることでエナンチオ選択性を発現することが報告されている(非特許文献5〜6)。しかしながら反応生成物の光学純度がやや低いという問題点がある。
【0004】
そこで、不斉マイケル付加反応触媒として、生成物との分離が容易で光学純度の高い固体触媒で且つ工業的に安価に調製可能な固体触媒の開発が望まれていた。
【0005】
【特許文献1】特開2004−113859号公報
【非特許文献1】M. Shibasaki, H. Sasai and T. Arai, Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 1997, 36, 1236
【非特許文献2】M. P. Sibi, S. Manyem, Tetrahedron, 2000, 56, 8033
【非特許文献3】S. Matsunaga, T. Ohshima and M. Shibasaki, Tetrahedron Lett., 2000, 41, 8473
【非特許文献4】T. Sekiguti, et al, Org. Lett., 2003, 5, 2647
【非特許文献5】K. Mori, M. Oshiba, T. Hara, T.Mizugaki, K. Ebitani and K. Kaneda, Tetrahedron Lett., 2005, 46, 4283
【非特許文献6】K. Mori, M. Oshiba, T. Hara, T.Mizugaki, K. Ebitani and K. Kaneda, New J. Chem., 2006, 30, 44
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、生成物との分離が容易で且つ光学純度の高い不斉マイケル付加反応用固体触媒で且つ工業的に安価に調製可能な固体触媒を提供することを目的とする。また、本発明は、この不斉マイケル付加反応用固体触媒を用いた、1,3−ジカルボニル化合物とエノン化合物との不斉マイケル付加反応による、光学活性なマイケル付加生成物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、アパタイト系固体触媒を鋭意検討した結果、予備処理したヒドロキシアパタイトおよび/またはフルオロアパタイトにランタニド及び不斉カルボン酸を固定化した触媒を用いると、上記一般式(IV)で表される1,3−ジカルボニル化合物と上記一般式(V)で表されるエノン化合物との不斉マイケル付加反応が進行することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は第一に、それぞれ予め不斉カルボン酸で処理された、下記一般式(I):
Ca10-Z(HPO4)Z(PO4)6-Z(OH)2-Z・nH2O (I)
(式中、Zは0≦Z≦1の数であり、nは0〜2.5の数である。)
で表されるヒドロキシアパタイトおよび/または下記一般式(II):
Ca10-y(HPO4)y(PO4)6-yF2-y・nH2O (II)
(式中、yは0<y≦1の数であり、nは0〜2.5の数である。)
で表されるフルオロアパタイトからなる担体と、該担体に固定化されたランタニドおよび不斉カルボン酸を有することを特徴とする、不斉マイケル付加反応用固体触媒を提供する。
【0009】
本発明は第二に、ランタニドの塩及び不斉カルボン酸を溶媒に溶解させ、得られた溶液に、予め不斉カルボン酸で処理した上記一般式(I)で表されるヒドロキシアパタイトおよび/または上記一般式(II)で表されるフルオロアパタイトを添加し、攪拌することにより、前記ランタニドを前記ヒドロキシアパタイトおよび/または前記フルオロアパタイトのカルシウムとイオン交換してリン酸の酸素と結合させることを特徴とする、不斉マイケル付加反応用固体触媒の製造方法を提供する。
【0010】
本発明は第三に、下記一般式(IV):
【0011】
【化1】

(式中、R5およびR6は、独立に、水素原子、アルキル基、アルケニル基またはアリール基を表し、あるいはR5およびR6が結合してアルキレン基、アルケニレン基またはベンゾアルケニレン基を形成してもよく、R7はアルキル基、アルケニル基、アリール基またはアルコキシ基を表し、但し、R5とR7は同一でない。)
で表される1,3−ジカルボニル化合物と、下記一般式(V):
【0012】
【化2】

(式中、R8は、水素原子、アルキル基、アルケニル基またはアリール基を表し、R9およびR10は、独立に、水素原子、アルキル基、アルケニル基またはアリール基を表し、あるいはR9およびR10は結合してアルキレン基、アルケニレン基またはベンゾアルケニレン基を形成してもよい。)
で表されるエノン化合物とを、前記不斉マイケル付加反応用固体触媒の存在下で反応させることを特徴とする、下記一般式(VI):
【0013】
【化3】

(式中、R5、R6、R7、R8、R9およびR10は、前記一般式(IV)および(V)と同じ意味を表す。)
で表される光学活性なマイケル付加生成物の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明の触媒は、不斉マイケル付加反応に優れた不斉触媒活性を示す固体触媒である。この触媒は、特に、1,3−ジカルボニル化合物とエノン化合物との不斉マイケル付加反応による光学活性な付加生成物の製造に有用である。また、この触媒は固体触媒であり、付加生成物と触媒を容易に分離することができるので、反応工程、装置、反応管理等を容易にすることができる。さらに、この触媒は、反応後に分離し回収した後でも触媒活性がほとんど低下せず、繰り返しの再使用が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明について更に詳細に説明する。
<不斉マイケル付加反応用固体触媒>
本発明の不斉マイケル付加反応用固体触媒は、それぞれ予め不斉カルボン酸で処理された、上記一般式(I)で表されるヒドロキシアパタイトおよび/または上記一般式(II)で表されるフルオロアパタイトからなる担体と、該担体に固定化されたランタニドおよび不斉カルボン酸を含むものである。
【0016】
−担体−
本発明の不斉マイケル付加反応用固体触媒の担体は、ヒドロキシアパタイトまたはフルオロアパタイト、あるいはこれらの組み合わせからなるものである。
【0017】
・ヒドロキシアパタイト
ヒドロキシアパタイトは骨や歯の主成分であり、その優れたイオン交換能や吸着能により、広い分野で注目されている材料である。上記式(I)で表されるヒドロキシアパタイトは、蒸発乾固法、固相反応法、水熱合成法、沈殿生成法、加水分解法等の公知の方法、好ましくは沈殿生成法で製造することができる。なお、本願で使用するヒドロキシアパタイトの物性は限定されるものではない。
【0018】
ヒドロキシアパタイトの製造方法としては、例えば、以下のような製造方法が挙げられる。まず始めに、リン酸水素アンモニウム水溶液にアンモニア水を添加してpHを11に調整する。この溶液にアンモニア水でpHを予め11に調整した1.00〜2.00モル当量、好ましくは1.30〜1.80モル当量、より好ましくは1.50モル当量〜1.67モル当量の硝酸カルシウムを含む硝酸カルシウム水溶液を添加し、通常0〜100℃、好ましくは20〜95℃、より好ましくは70〜90℃で、通常10〜600分間、好ましくは10〜200分間、より好ましくは10〜60分間、その状態を保持した後、生じた沈殿を濾過、洗浄、乾燥することによりヒドロキシアパタイトが得られる。例えば、硝酸カルシウムを1.67モル当量用いた場合、上記一般式(I)においてZ=0のヒドロキシアパタイト:Ca10(PO4)6(OH)2・nH2Oが、また、硝酸カルシウムを1.50モル当量用いた場合、Z=1のヒドロキシアパタイト:Ca9(HPO4)(PO4)5(OH)・nH2Oが得られる。
【0019】
本願で使用するヒドロキシアパタイトは、上記一般式(I)中、Zが0〜1の数であることが必要であり、好ましくは0〜0.1の数、より好ましくは0〜0.01の数である。Zが1を超えると、Ca欠損型の結晶構造となり好ましくない。
【0020】
上記一般式(I)中、nは0〜2.5の数であることが必要であり、好ましくは0〜2、より好ましくは0〜1の数である。nが2.5を超えると、取り扱い中に脱水による結晶構造の変化が起こり好ましくない。
【0021】
本願で使用するヒドロキシアパタイトは、好ましくはBET比表面積が10〜150m2/g、より好ましくは20〜100m2/g、特に好ましくは30〜80m2/gのものである。
【0022】
・フルオロアパタイト
上記式(II)で表されるフルオロアパタイトは、蒸発乾固法、固相反応法、水熱合成法、沈殿生成法、加水分解法等の公知の方法、好ましくは沈殿生成法で製造することができる。なお、本願で使用するフルオロアパタイトの物性は限定されるものではない。
【0023】
フルオロアパタイトの製造方法としては、例えば、以下のような製造方法が挙げられる。まず始めに、リン酸水素アンモニウムおよびフッ化アンモニウム水溶液にアンモニア水を添加してpHを12に調整する。この溶液にアンモニア水でpHを予め12に調整した1.00〜2.00モル当量、好ましくは1.30〜1.80モル当量、より好ましくは1.50モル当量〜1.67モル当量の硝酸カルシウムを含む硝酸カルシウム水溶液を添加し、通常0〜100℃、好ましくは20〜95℃、より好ましくは70〜90℃で、通常10〜600分間、好ましくは10〜200分間、より好ましくは10〜60分間、その状態を保持した後、生じた沈殿を濾過、洗浄、乾燥することによりフルオロアパタイトが得られる。
【0024】
上記一般式(II)中、nは上記一般式(I)について説明したものと同様である。また、yは、0<y≦1を満たす数であることが必要であり、好ましくは0<y≦0.1を満たす数、より好ましくは0<y≦0.01を満たす数である。
【0025】
上記フルオロアパタイトのBET比表面積は、ヒドロキシアパタイトについて説明したものと同様である。
【0026】
−ランタニド−
前記担体に固定化されるランタニドとしては、特に限定されず、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、プロメチウム(Pm)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)およびルテチウム(Lu)が挙げられ、好ましくはランタン、ネオジム、ユウロピウム、ガドリニウム、より好ましくはランタンである。
【0027】
このランタニドは、前記担体に、通常、ヒドロキシアパタイトあるいはフルオロアパタイトのカルシウムとイオン交換されリン酸の酸素と結合した状態で固定化されている。
【0028】
−不斉カルボン酸−
前記担体の予備処理に使用され、また前記担体に固定化される不斉カルボン酸は、固定化に使用する後述の溶媒に可溶性であれば特に制限されないが、例えば、下記一般式(III):
【0029】
【化4】

(式中、R1、R2、R3およびR4は、独立に、水素原子、アルキル基、アリール基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、ベンゾイルオキシ基またはアミノ基を表し、あるいはR1もしくはR2と、R3もしくはR4とが結合してアルキレン基を形成してもよく、但し、R1、R2、R3およびR4の全てが同一ではない。)
で表されるものが挙げられる。
【0030】
上記一般式(III)において、R1、R2、R3およびR4は、好ましくは、水素原子;メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基等の炭素原子数1〜6のアルキル基;フェニル基等の炭素原子数6〜30のアリール基;ヒドロキシ基;メトキシ基、エトキシ基、n−プロポキシ基、イソプロポキシ基等の炭素原子数1〜3のアルコキシ基;ベンゾイルオキシ基またはアミノ基である。
【0031】
これらのR1、R2、R3およびR4のうち、R1もしくはR2と、R3もしくはR4とが結合してアルキレン基を形成する場合には、炭素原子数2〜10のものが好ましい。このアルキレン基としては、例えば、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基等が挙げられる。
【0032】
不斉カルボン酸としては、アスパラギン酸、アラニン、トレオニン、グルタミン酸、セリン等のアミノ酸、りんご酸、酒石酸、ジベンゾイル酒石酸等が使用できる。特にジカルボン酸であるアスパラギン酸、りんご酸、酒石酸、又はジベンゾイル酒石酸が好適である。
【0033】
この不斉カルボン酸は、前記ヒドロキシアパタイトあるいはフルオロアパタイトに固定化されたランタニドに、不斉カルボン酸のカルボキシル基が配位した状態で固定化されている。
【0034】
−触媒の調製方法(ランタニドと不斉カルボン酸の固定化)−
ヒドロキシアパタイトおよび/またはフルオロアパタイトからなる担体にランタニドおよび不斉カルボン酸を固定化する前に、該担体の活性点を潰す目的で、該担体を予め不斉カルボン酸で処理する。この目的に使用する不斉カルボン酸は固定化に使用する不斉カルボン酸と同じものでも異なってもよいが、同じものを使用するのが好ましい。予備処理に使用する不斉カルボン酸の量は通常担体1g当り0.5μmol〜2mmolであるのが好ましい。予備処理は、該担体を不斉カルボン酸の溶液、好ましくは水溶液、に添加し、室温で0.5〜24時間攪拌し、次いで固液分離・乾燥することにより行い得る。かかる予備処理により担体の活性点は潰され、同時に該担体に該不斉カルボン酸が固定される。
【0035】
予備処理したヒドロキシアパタイトおよび/またはフルオロアパタイトからなる担体へのランタニドおよび更なる不斉カルボン酸の固定化は、該担体にランタニドおよび不斉カルボン酸を接触させることにより行うことができる。
具体的には、本発明の不斉マイケル付加反応用固体触媒は、例えば、ランタニドの塩及び不斉カルボン酸を溶媒に溶解させ、得られる溶液に予め不斉カルボン酸で処理したヒドロキシアパタイトおよび/またはフルオロアパタイトを添加し、攪拌して、ランタニド及び不斉カルボン酸をヒドロキシアパタイトおよび/またはフルオロアパタイトに固定化した後、固液分離・乾燥して得ることができる。この固定化反応は、典型的には20〜60℃の温度条件下、0.5〜16時間で行われる。
【0036】
こうして、通常、ランタニドがヒドロキシアパタイトあるいはフルオロアパタイトのカルシウムとイオン交換されリン酸の酸素と結合した状態で、また不斉カルボン酸が、ヒドロキシアパタイトあるいはフルオロアパタイトに固定化したランタニドに不斉カルボン酸のカルボキシル基が配位した状態で、ヒドロキシアパタイトおよび/またはフルオロアパタイトに固定化された不斉マイケル付加反応用固体触媒が得られる。
【0037】
固定化反応に用いる溶媒は、ランタニドの塩と不斉カルボン酸とを溶解するものであれば特に制限されないが、エタノール、メタノール、水、或いはこれらの混合物が好適である。
【0038】
ランタニドの塩としては、固定化に使用する溶媒に可溶性であれば特に限定されないが、前記ランタニドの塩化物、臭化物、硝酸塩、硫酸塩、過塩素酸塩、メタンスルホン酸塩、トリフルオロメタンスルホン酸塩等が使用でき、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸が好ましい。ランタニドの塩の具体例としては、例えば、塩化ランタン、臭化ランタン、硝酸ランタン、硫酸ランタン、過塩素酸ランタン、トリフルオロメタンスルホン酸ランタン等が挙げられ、好ましくはトリフルオロメタンスルホン酸ランタンである。
【0039】
前記担体1g当たりのランタニドの固定化量は、特に制限されないが、ランタニド元素に換算して、通常、1.0μmol〜2mmol、好ましくは100μmol〜2mmolである。
【0040】
前記担体1g当たりの不斉カルボン酸の固定化量は、特に制限されないが、予備処理により固定化された不斉カルボン酸の量を含めて、通常、1.0μmol〜2mmol、好ましくは50μmol〜2mmolである。
【0041】
これらの固定化量を達成するために、予備処理及び固定化反応に用いられる、ランタニドの塩(ランタニド元素換算):不斉カルボン酸のモル比は、好ましくは2:1〜1:10、より好ましくは1:1〜1:5である。
【0042】
−不斉マイケル付加反応−
不斉マイケル付加反応用固体触媒の存在下で、例えば、1,3−ジカルボニル化合物とエノン化合物とを反応させることにより、光学活性なマイケル付加生成物を製造することができる。
【0043】
特に、不斉マイケル付加反応用固体触媒の存在下で、上記一般式(IV)で表される1,3−ジカルボニル化合物と、上記一般式(V)で表されるエノン化合物とを反応させることにより、上記一般式(VI)で表される光学活性なマイケル付加生成物を製造することができる。不斉マイケル付加反応は、通常、溶媒中で行われる。
【0044】
例えば、1−オキソインダン−2−カルボン酸メチルと3−ブテン−2−オンとの反応では、ランタン−(L)−酒石酸固定化フルオロアパタイト触媒を用いることにより、光学活性な(S)−1−オキソ−2−(3’−オキソブチル)−2−インダンカルボン酸メチルを71%e.e.で得ることができる。
【0045】
上記一般式(IV)及び(VI)において、R5およびR6は、好ましくは水素原子;メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基等の炭素原子数1〜6のアルキル基;ビニル基、アリル基等の炭素原子数2〜6のアルケニル基;フェニル基等の炭素原子数6〜30のアリール基である。
【0046】
これらR5およびR6が結合してアルキレン基、アルケニレン基またはベンゾアルケニレン基を形成する場合には、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基等の炭素原子数2〜10のアルキレン基;ビニレン基、プロペニレン基、ブタジエニレン基等の炭素原子数2〜10のアルケニレン基;炭素原子数7〜10のベンゾアルケニレン基が好ましい。
【0047】
ベンゾアルケニレン基とは、下記一般式:
【0048】
【化5】

(式中、R11はメチレン基またはアルキレン基である。)
で表される基を意味する。
【0049】
上記一般式において、R11で表されるアルキレン基としては、例えば、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基等の炭素原子数2〜4のものが好ましい。R11としては、メチレン基が好ましい。
【0050】
上記一般式(IV)及び(VI)において、R7は、好ましくはメチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基等の炭素原子数1〜6のアルキル基;ビニル基、アリル基等の炭素原子数2〜6のアルケニル基;フェニル基等の炭素原子数6〜30のアリール基;メトキシ基、エトキシ基等の炭素原子数1〜6のアルコキシ基である。
【0051】
上記一般式(IV)で表される1,3−ジカルボニル化合物としては、下記構造式(IV-1):
【0052】
【化6】

で表される化合物(1−オキソインダン−2−カルボン酸メチル)が特に好ましい。
【0053】
上記一般式(V)及び(VI)において、R8、R9およびR10は、好ましくは水素原子;メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基等の炭素原子数1〜6のアルキル基;ビニル基、アリル基等の炭素原子数3〜6のアルケニル基;フェニル基等の炭素原子数6〜30のアリール基である。
【0054】
これらR9およびR10が結合してアルキレン基、アルケニレン基またはベンゾアルケニレン基を形成する場合には、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基等の炭素原子数2〜10のアルキレン基;ビニレン基、プロペニレン基、ブタジエニレン基等の炭素原子数2〜10のアルケニレン基;炭素原子数7〜10のベンゾアルケニレン基が好ましい。
【0055】
上記一般式(V)で表されるエノン化合物としては、下記構造式(V-1):
【0056】
【化7】

で表される化合物(3−ブテン−2−オン)が特に好ましい。
【0057】
好ましい実施形態では、上記一般式(IV-1)で表される化合物と、上記一般式(V-1)で表される化合物とを、不斉マイケル付加反応させればよい。
【0058】
本発明の触媒は、式(IV)の1,3−ジカルボニル化合物に対してランタニド元素として、通常、0.01〜20モル%の間で用いられ、好ましくは0.1〜10モル%、より好ましくは0.5〜5モル%の範囲で用いられる。
【0059】
不斉マイケル付加反応に用いる溶媒は基質を溶解するものであれば特に制限はないが、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族溶媒が好適である。
【0060】
この不斉マイケル付加反応は、例えば、窒素、アルゴン等の不活性ガスの雰囲気中、通常、0〜60℃で1〜24時間程度で行われる。
【0061】
上記一般式(IV)で表される1,3−ジカルボニル化合物と上記一般式(V)で表されるエノン化合物との使用割合は、モル比で通常0.1:1〜5:1、更に0.5:1〜3:1であるのが好ましい。
【実施例】
【0062】
以下に本発明の実施例を示すが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
<合成例1>
(ヒドロキシアパタイトの合成)
リン酸水素アンモニウム(40mmol)水溶液(150ml)にアンモニア水を添加してpHを11に調整した。この溶液にアンモニア水で予めpHを11に調整した硝酸カルシウム四水和物(66.7mmol)水溶液(120ml)を添加し、90℃で10分間攪拌保持した後、生じた沈殿を濾過、水洗浄、110℃で乾燥することにより、組成式:Ca10(PO4)6(OH)2・H2Oのヒドロキシアパタイトを得た。
【0063】
<合成例2>
(フルオロアパタイトの合成)
リン酸水素アンモニウム(60mmol)およびフッ化アンモニウム(27mmol)水溶液(250ml)にアンモニア水を添加してpHを12に調整した。この溶液にアンモニア水で予めpHを12に調整した硝酸カルシウム四水和物(100mmol)水溶液(150ml)を添加し、90℃で4時間攪拌保持した後、生じた沈殿を濾過、水洗浄、110℃で乾燥することにより、組成式:Ca10(PO4)6F2・H2Oのフルオロアパタイトを得た。
【0064】
<実施例1>
(ランタン−(L)−酒石酸固定化フルオロアパタイト触媒の合成)
合成例2で合成したフルオロアパタイト2.0gを(L)−酒石酸1.0mmolの水溶液35mlに添加し24時間室温で攪拌した。その後、ろ別・乾燥して(L)−酒石酸固定化フルオロアパタイトを得た。次にトリフルオロメタンスルホン酸ランタン溶液0.4mmolと(L)−酒石酸0.4mmolを水25mlに溶解させ30℃で40分攪拌した。この溶液に先の(L)−酒石酸固定化フルオロアパタイト1.0gを添加し30℃で24時間攪拌した。その後、ろ別・乾燥してランタン−(L)−酒石酸固定化フルオロアパタイト触媒1.0gを得た。ランタン元素の固定化量は0.36mmol/1g(担体)、そして(L)−酒石酸の固定化量は0.72mmol/1g(担体)であった。
【0065】
<実施例2>
(ランタン−(L)−酒石酸固定化ヒドロキシアパタイト触媒の合成)
合成例1で合成したヒドロキシアパタイト2.0gを(L)−酒石酸1.0mmolの水溶液35mlに添加し24時間室温で攪拌した。その後、ろ別・乾燥して(L)−酒石酸固定化ヒドロキシアパタイトを得た。次にトリフルオロメタンスルホン酸ランタン溶液0.4mmolと(L)−酒石酸0.4mmolを水25mlに溶解させ30℃で40分攪拌した。この溶液に先の(L)−酒石酸固定化ヒドロキシアパタイト1.0gを添加し30℃で24時間攪拌した。その後、ろ別・乾燥してランタン−(L)−酒石酸固定化ヒドロキシアパタイト触媒1.0gを得た。ランタン元素の固定化量は0.36mmol/1g(担体)、そして(L)−酒石酸の固定化量は0.72mmol/1g(担体)であった。
【0066】
<実施例3>
(ランタン−(L)−酒石酸固定化フルオロアパタイト触媒を用いた、1−オキソインダン−2−カルボン酸メチルと3−ブテン−2−オンの反応)
1−オキソインダン−2−カルボン酸メチル0.25mmolと3−ブテン−2−オン0.1mmolとをアルゴン雰囲気下、溶媒のトルエン1mlに溶解させた。この溶液に実施例1で調製したランタン−(L)−酒石酸固定化フルオロアパタイト触媒8mg(即ち、1−オキソインダン−2−カルボン酸メチルに対して、ランタン元素として1.2mol%)を加え、アルゴン雰囲気下、室温で6時間静置条件下で保持した。次いで、触媒をろ過分離した後、ろ液をトルエンで希釈した。この希釈溶液を用いて、1−オキソ−2−(3’−オキソブチル)−2−インダンカルボン酸メチルの収率をガスクロマトグラフィー(以下、「GC」という)で、光学純度を高速液体クロマトグラフィー(以下、「HPLC」という)で測定した。収率は92%であり、(S)-体の光学純度は71%e.e.であった。
【0067】
<実施例4>
(ランタン−(L)−酒石酸固定化フルオロアパタイト触媒を用いた、1−オキソインダン−2−カルボン酸−tert−ブチルと3−ブテン−2−オンの反応)
実施例3において、実施例1で用いた1−オキソインダン−2−カルボン酸メチルの代わりに、1−オキソインダン−2−カルボン酸−tert−ブチルを用いた以外は実施例3と同様にして、1−オキソ−2−(3’−オキソブチル)−2−インダンカルボン酸−tert−ブチルを得た。収率は15%であり、(S)-体の光学純度は54%e.e.であった。
【0068】
<実施例5>
(ランタン−(L)−酒石酸固定化フルオロアパタイト触媒を用いた、1−オキソインダン−2−カルボン酸エチルと4−ペンテン−3−オンの反応)
実施例3において、実施例3で用いた3−ブテン−2−オンの代わりに、4−ペンテン−3−オンを用いた以外は実施例3と同様にして、1−オキソ−2−(3’−オキソブチル)−2−インダンカルボン酸エチルを得た。収率は80%であり、(S)-体の光学純度は33%e.e.であった。
【0069】
<実施例6>
(ランタン−(L)−酒石酸固定化ヒドロキシアパタイト触媒を用いた、1−オキソインダン−2−カルボン酸メチルと3−ブテン−2−オンの反応)
実施例3において、実施例1で調製したランタン−(L)−酒石酸固定化フルオロアパタイト触媒の代わりに、実施例2で調製したランタン−(L)−酒石酸固定化ヒドロキシアパタイト触媒を用いた以外は実施例3と同様にして、1−オキソ−2−(3’−オキソブチル)−2−インダンカルボン酸メチルを得た。収率は99%以上であり、(R)-体の光学純度は30%e.e.であった。
【0070】
<比較例1>
(ランタンと(L)−酒石酸を触媒として用いた、1−オキソインダン−2−カルボン酸メチルと3−ブテン−2−オンの反応)
1−オキソインダン−2−カルボン酸メチル0.5mmolと3−ブテン−2−オン0.75mmolをアルゴン雰囲気下、溶媒のトルエン2mlに溶解させた。この溶液にトリフルオロメタンスルホン酸ランタン3.4mg(即ち、1−オキソインダン−2−カルボン酸メチルに対して1.2mol%)および酒石酸0.86mg(即ち、1−オキソインダン−2−カルボン酸メチルに対して1.2mol%)を加え、アルゴン雰囲気下、室温で6時間攪拌した。反応液をトルエンで希釈し、1−オキソ−2−(3’−オキソブチル)−2−インダンカルボン酸メチルの収率をGCで、光学純度をHPLCで測定した。収率は29%であり、(S)-体の光学純度は1%e.e.以下であった。
【0071】
<比較例2>
(ランタン固定化ヒドロキシアパタイト触媒の合成)
トリフルオロメタンスルホン酸ランタン溶液を、トリフルオロメタンスルホン酸ランタン溶液0.4mmol相当を水300mlに溶解させた。ヒドロキシアパタイト1.0gを添加し9時間室温で攪拌した。ろ別・乾燥してランタン−固定化ヒドロキシアパタイト触媒1.0gを得た。
【0072】
<比較例3>
(ランタン−固定化ヒドロキシアパタイト触媒を用いた、1−オキソインダン−2−カルボン酸メチルと3−ブテン−2−オンの反応)
1−オキソインダン−2−カルボン酸メチル0.5mmolと3−ブテン−2−オン0.75mmolをアルゴン雰囲気下、溶媒のトルエン2mlに溶解させた。この溶液に比較例2で得たランタン固定化ヒドロキシアパタイト触媒16mg(即ち、1−オキソインダン−2−カルボン酸メチルに対して、ランタン元素として1.2mol%)を加え、アルゴン雰囲気下、室温で6時間攪拌した。触媒をろ過分離した後、ろ液をトルエンで希釈した。この希釈溶液を用いて、1−オキソ−2−(3’−オキソブチル)−2−インダンカルボン酸メチルの収率をGCで、光学純度をHPLCで測定した。収率は99%以上であり、光学純度は0%e.e.であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
それぞれ予め不斉カルボン酸で処理された、下記一般式(I)で表されるヒドロキシアパタイトおよび/または下記一般式(II)で表されるフルオロアパタイトからなる担体に、ランタニドおよび不斉カルボン酸が固定化されたことを特徴とする不斉マイケル付加反応用固体触媒。
Ca10-Z(HPO4)Z(PO4)6-Z(OH)2-Z・nH2O (I)
(式中、Zは0≦Z≦1の数であり、nは0〜2.5の数である。)
Ca10-y(HPO4)y(PO4)6-yF2-y・nH2O (II)
(式中、yは0<y≦1の数であり、nは0〜2.5の数である。)
【請求項2】
前記ランタニドがランタンである、請求項1記載の不斉マイケル付加反応用固体触媒。
【請求項3】
ランタニドの塩及び不斉カルボン酸を溶媒に溶解させ、得られた溶液に、予め不斉カルボン酸で処理した下記一般式(I)で表されるヒドロキシアパタイトおよび/または下記一般式(II)で表されるフルオロアパタイトを添加し、攪拌することにより、前記ランタニドを前記ヒドロキシアパタイトおよび/またはフルオロアパタイトのカルシウムとイオン交換してリン酸の酸素と結合させることを特徴とする、請求項1記載の不斉マイケル付加反応用固体触媒の製造方法。
Ca10-Z(HPO4)Z(PO4)6-Z(OH)2-Z・nH2O (I)
(式中、Zは0≦Z≦1の数であり、nは0〜2.5の数である。)
Ca10-y(HPO4)y(PO4)6-yF2-y・nH2O (II)
(式中、yは0<y≦1の数であり、nは0〜2.5の数である。)
【請求項4】
下記一般式(IV)で表される1,3−ジカルボニル化合物と、下記一般式(V)で表されるエノン化合物とを、請求項1記載の不斉マイケル付加反応用固体触媒の存在下で反応させることを特徴とする、下記一般式(VI)で表される光学活性なマイケル付加生成物の製造方法。
【化1】

(式中、R5およびR6は、独立に、水素原子、アルキル基、アルケニル基またはアリール基を表し、あるいはR5およびR6が結合してアルキレン基、アルケニレン基またはベンゾアルケニレン基を形成してもよく、R7はアルキル基、アルケニル基、アリール基またはアルコキシ基を表し、但し、R5とR7は同一でない。)
【化2】

(式中、R8は、水素原子、アルキル基、アルケニル基またはアリール基を表し、R9およびR10は、独立に、水素原子、アルキル基、アルケニル基またはアリール基を表し、あるいはR9およびR10が結合してアルキレン基、アルケニレン基またはベンゾアルケニレン基を形成してもよい。)
【化3】

(式中、R5、R6、R7、R8、R9およびR10は、前記一般式(IV)および(V)で定義した通りの意味を表す。)
【請求項5】
請求項3の製造方法で得られた下記一般式(VI)で表される光学活性なマイケル付加生成物。
【化4】

(式中、R5、R6、R7、R8、R9およびR10は、前記一般式(IV)および(V)で定義した通りの意味を表す。)

【公開番号】特開2008−246401(P2008−246401A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−92285(P2007−92285)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(000228198)エヌ・イーケムキャット株式会社 (87)
【Fターム(参考)】