説明

中枢神経系の損傷の治療

【課題】コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの抑制性を軽減する物質を哺乳動物のCNSに投与することを含んでなる、該哺乳動物のCNSにおけるニューロン可塑性を促進するための方法を提供する。
【解決手段】コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの抑制性を軽減する物質であるコンドロイチナーゼおよびスルファターゼ、例えばコンドロイチナーゼABCのCNSへの投与。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中枢神経系(CNS)に対する損傷を治療するための物質および方法、特に、ニューロン可塑性を促進するための方法および物質に関する。
【背景技術】
【0002】
「可塑性」は、多くの場合には感覚刺激もしくは行動刺激または損傷に応答して、脳または脊髄の機能を改変するよう神経系がニューロン間の連結を変化させる能力を意味する用語である。この用語は、構造上は存在していたが不活性であったシナプスの活性化、シナプスの強化および弱体化、ならびにシナプスの生成および破壊を含む。新たなシナプスは神経終末の出芽により形成されて、新たな終末枝を新たなシナプス部位に送る。シナプスは、終末とその標的ニューロンとの接触の喪失、そして通常はそれに続く終末枝の退縮により退散(withdraw)する。
【0003】
卒中、頭部損傷、手術または脳への他の発作の後、失われた神経機能のいくつかの部分的回復が生じる期間が存在する。これは、ほとんどは、脳の皮質領域と皮質下領域における連結の再配置によると考えられている。したがって、失われた脳部分により行われていた機能は生存脳部分により部分的に引き継がれうる。連結および機能のこの再配置は可塑性の一例である。脳損傷、卒中、神経変性疾患、多発性硬化症、またはニューロンもしくはニューロン連結の喪失を引き起こす他の疾患の後で可塑性を増強しうる治療は、一般には理学療法および他の形態のトレーニングと組合わされて、おそらく、患者の機能回復を増進するであろう。
【0004】
CNSの軸索切断後の軸索再生に関する研究が本発明者らにより行われた。後記に詳細に記載されているこれらの研究は、主として脊髄に焦点を合わせたものであるが、脳の黒質線条体路に関しても行われている。これらの研究は、ニューロン可塑性ではなく軸索再生の促進に関するものではあるが、本発明に対して有用な背景を提供している。
【0005】
脳または脊髄が損傷されたいずれの部位においても、神経膠瘢痕と称される構造体が生じる。この反応性瘢痕化過程には、神経膠細胞型である星状膠細胞、小膠細胞、稀突起膠細胞前駆体および髄膜細胞が関わっている。CNS内の損傷の結果として切断された軸索は再生できず、該非再生軸索の先端が神経膠瘢痕内に見出される。長年にわたる種々の実験は、神経膠瘢痕が軸索再生に対して抑制性であることを示している(FawcettおよびAsher, 1999)。
【0006】
神経膠瘢痕内の神経膠細胞により産生されるどの分子が軸索再生を阻止するのかを確認するための一連のin vitro実験が行われた。主要抑制性分子はコンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)であることが示された(Smith-Thomasら, 1994; FawcettおよびAsher, 1999)。
【0007】
コンドロイチン硫酸プロテオグリカンは、1以上の長い硫酸化糖鎖が結合したタンパク質コアから構成される分子である。グリコサミノグリカン鎖として公知の糖鎖は、主としてN-アセチルガラクトサミンとグルクロン酸とよりなる反復二糖から構成される。それらは種々の位置で硫酸化されている。
【0008】
組織培養実験において、コンドロイチナーゼ(これは糖鎖を消化除去する)、塩素酸ナトリウム(これは糖鎖の硫酸化を抑制する)およびβ-D-キシロシド(これはタンパク質コアへの糖鎖の結合を妨げる)はすべて、CNS神経膠をあまり抑制させないことが示された(Smith-Thomasら, 1995およびその他)。
【0009】
また、コンドロイチン硫酸プロテオグリカンはCNS損傷部位においてアップレギュレーションされることが示された(DeWittら, 1994)。それ以来、個々のプロテオグリカン型およびそれを産生する細胞型の多くが同定された。NG2、ベルシカン(versican)、ニューロカン(neurocan)、ブレビカン(brevican)、ホスファカン(phosphacan)およびアグリカンは、CNS損傷において見出される抑制性コンドロイチン硫酸プロテオグリカンである(FawcettおよびAsher, 1999; Fidlerら, 1999; Asherら, 1999; Asherら, 2000)。
【0010】
コンドロイチナーゼでのグリコサミノグリカン鎖の除去がコンドロイチン硫酸プロテオグリカンの抑制性を低下させるという組織培養の証拠に基づき、また、CNS損傷部位周辺の神経膠瘢痕内にプロテオグリカンが高濃度で存在することから、黒質線条体路の軸索を切断する脳損傷にコンドロイチナーゼが応用された。コンドロイチナーゼ処理は、切断軸索の一部をその標的へと再生するのを可能にした(Moonら, 2001)。同様に、シトシンアラビノシド(有糸分裂阻害剤)を使用したCSPG産生性稀突起膠細胞前駆体の枯渇も軸索再生を促進した(Rhodesら, 2000)。また、実験的に誘発された脊髄損傷後の動物において、コンドロイチナーゼを使用してin vivoで軸索再生が示された(Bradburyら, 2000a, 2002)。
【0011】
脳における軸索再生の促進に成功した後、該黒質線条体路実験で用いたのと同じプロトコールを用いて、軸索損傷部位にコンドロイチナーゼを投与するin vivo実験(本明細書中の実施例において報告されている)を行った。該処理は感覚軸索および運動軸索の両方の再生を促し、前肢機能の感覚-運動試験における行動機能の回復をもたらした(Bradburyら, 2002)。未処理ラットにおいては、これらの前肢行動試験における回復は非常に遅々たるものである。
【0012】
しかし、本発明者らは、コンドロイチナーゼ処理動物における行動回復が非常に速く且つ非常に完全なものであったため、この回復が、少なくとも部分的には、索内の未損傷軸索の連結の再配置(すなわち、可塑性)によるものであろうと仮定した。
【0013】
特に、本発明者らは、C4脊柱損傷後の脊髄のコンドロイチナーゼ処理後の梁歩行および格子歩行の課題において見られた大きな行動回復が、軸索再生によるのと同じ位に可塑性の増強によるものであると仮定した。この仮定の根拠は以下のとおりであった:(1)コンドロイチナーゼ処理後の軸索再生の量は、大きな機能回復を単独で媒介するには不十分であると思われた;(2)行動の改善は或る程度は自発的(すなわち、コンドロイチナーゼ処理無し)に生じるが、コンドロイチナーゼ処理動物の場合より非常に長い時間を要する;および(3)脊髄灰白質は特にCSPGに富み、運動ニューロンおよび他のニューロン周囲網様構造(perineuronal net)により包囲されている(ニューロンの細胞体および樹状突起の周囲のCSPGおよびテナシンの濃度)。
【0014】
この仮定を更に試験するために、本発明者らは、ニューロン可塑性に関する公知動物モデル(眼優位変化モデル)におけるコンドロイチナーゼ処理の効果を確認するための共同研究(実施例中にも報告されている)を計画した。このモデルは、眼から視皮質への連結における可塑性に関連したものである。
【0015】
通常、ラット視皮質の一部におけるニューロンは両眼からの連結を受ける。該ニューロンのほとんどは両眼により同等に強く発動(drive)される(すなわち、両眼に対する、強さが等しいシナプス連結を有する)。しかし、35日齢未満の動物においては、一方の眼瞼を縫合して閉じて該動物から視覚体験を奪うと、皮質のこの領域内のニューロンが、奪われた眼によりそれほど強く発動されるのが途絶え、奪われていない眼により遥かに強く発動されるようになる。すなわち、縫合眼へのシナプス連結が弱まり、未縫合眼へのシナプス連結が強化される。この効果は眼優位変化(ocular dominance shift)として公知であり、皮質内の可塑性の一例である(Lodovichiら, 2000)。ラットにおいて50日後には、眼瞼縫合後、眼優位変化は、もはや生じない。これは臨界期の終了として公知である(Maffeiら, 1992)。
【0016】
本発明者らは、ラット視皮質内のコンドロイチン硫酸プロテオグリカンのグリコサミノグリカン鎖をコンドロイチナーゼで処理すると、成体動物における眼優位可塑性が回復する(すなわち、それが、未処理動物においてはそのような可塑性が見られない齢において、臨界期の終了時を越えて生じる)であろうと提示した。Moonら, 2001の黒質線条体路実験で用いたのと同じプロトコールを用いて、成体ラットの視皮質に酵素が運搬された。成体ラットにおける視皮質へのコンドロイチナーゼ処理は、臨界期中の若い動物で見られるのと同様の大きさの眼優位変化を可能にすることが判明した。
【0017】
本発明者らは、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(特に、CSPGのグリコサミノグリカン鎖)を除去し、消化し、それに結合し及びそれを遮断し、またはその合成を妨げる、コンドロイチナーゼのような物質が、軸索再生を促進する(既に提示されている)のみならず、CNS損傷全般の後のニューロン可塑性をも促進すると結論づけた。そのような物質の投与はCNSに対する損傷後の機能的改善を可能にすると予想される。このことは、そのような物質により治療可能でありうるCNS損傷のタイプと広く関連している。
【0018】
軸索再生は単独では、ほとんどの形態のCNS損傷の後の有意な機能回復にはつながらないことが予想されるであろう。これとは対照的に、同じ物質がニューロン可塑性を促進するという本発明の教示は、CNS損傷全般を治療するためにこれらの物質を使用しうるという予想につながる。
【0019】
可塑性に対するそのような効果は軸索再生に対する既に公知の効果からは予測され得ないであろう。なぜなら、軸索再生を促進するが可塑性を抑制する他の因子が公知だからである。Maffeiら, 1992は、多数の経路で軸索再生を刺激する神経成長因子が前記のニューロン可塑性モデルのラット視皮質における眼優位変化を妨げることを示している。同様に、脳由来神経栄養因子は臨界期の終了を早めるが(Lodovichiら, 2000)、軸索再生を促進しうる。しかし、本発明に照らして見ると、これまでの幾つかの実験観察はニューロン可塑性の抑制におけるCSPGのこの役割を支持しているものとして解釈されうる。
【0020】
成熟CNSにおけるCSPGはこの細胞外マトリックスの多くで見出され、また、ニューロン周囲網様構造中に凝縮されている。ニューロン周囲網様構造は、CNS全体に及ぶ多数のニューロンの細胞体および樹状突起ならびに脊髄内のほとんどすべてのニューロンを包囲する細胞外マトリックス(ほとんどは、テナシン-RおよびGSPGニューロカンおよびアグリカン)の稠密な鞘である(Koppeら, 1997)。ニューロン周囲網様構造は発生後期までは出現せず、多数の系においては、その沈着の時点は可塑性の減少と相関する。
【0021】
ネコ視皮質においては、ニューロン周囲網様構造の出現の時点は臨界期の終了と厳密に相関しており、臨界期の時点を改変する治療はニューロン周囲網様構造の沈着の時点を改変する(Landerら, 1997)。例えば、真暗闇での動物の飼育は臨界期の終了を遅延させ、ニューロン周囲網様構造中へのニューロカンおよびアグリカン(共にCSPG)の取り込みをも遅延させる。
【0022】
したがって、ニューロン周囲網様構造中のCSPGは、まばらに分布するCSPGと同様に、成体CNSにおける可塑性の制限を引き起こしている可能性があると考えられる。
【0023】
ニューロン周囲網様構造は、コンドロイチン硫酸グリコサミノグリカン鎖に結合するフジ(wisteria floribunda)レクチンで可視化されうる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0024】
【特許文献1】特表平6−502840号公報(原出願での引用文献6)
【特許文献2】特開平9−194502号公報(原出願での引用文献9)
【特許文献3】特表2005−500375号公報(原出願での引用文献10)
【非特許文献】
【0025】
【非特許文献1】Fawcett JW, Asher RA (1999) The glial scar and CNS repair. Brain Res Bull 49: 377-391.
【非特許文献2】Smith-Thomas L, Fok-Seang J, Stevens J, Du J-S, Muir E, Faissner A, Geller HM, Rogers JH, Fawcett JW (1994) An inhibitor of neurite outgrowth produced by astrocytes. J Cell Sci 107: 1687-1695.
【非特許文献3】Smith-Thomas L, Stevens J, Fok-Seang J, Muir E, Faissner A, Rogers JH, Fawcett JW (1995) Increased axon regeneration in astrocytes grown in the presence of proteoglycan synthesis inhibitors. J Cell Sci 108: 1307-1315(原出願での引用文献7)
【非特許文献4】DeWitt DA, Richey PL, Praprotnik D, Silver J, Perry G (1994) Chondroitin sulfate proteoglycans are a common component of neuronal inclusions and astrocytic reaction in neurodegenerative diseases. Brain Res 656: 205-209.
【非特許文献5】Fawcett JW, Asher RA (1999) The glial scar and CNS repair. Brain Res Bull 49: 377-391.
【非特許文献6】Fidler PS, Schuette K, Asher RA, Dobbertin A, Thornton SR, Calle-Patino Y, Muir E, Levine JM, Geller HM, Rogers JH, Faissner A, Fawcett JW (1999) Comparing astocytic cells lines that are inhibitory or permissive for axon growth: the major axon -inhibitory proteoglycan is NG2. J Neurosci 19: 8778-8788.
【非特許文献7】Asher RA, Morgenstern DA, Adcock KH, Rogers JH, Fawcett JW (1999) Versican is up-regulated in CNS injury and is a product of O-2A lineage cells. Soc Neurosci Abstr 25: 750.
【非特許文献8】Asher RA, Fidler PS, Morgenstern DA, Adcock KH, Oohira A, Rogers JH, Fawcett JW (2000) Neurocan is upregulated in injured brain and in cytokine-treated astrocytes. J Neurosci 20: 2427-2438.
【非特許文献9】Moon LDF, Asher RA, Rhodes KE, Fawcett JW (2001) Regeneration of CNS axons back to their original target following treatment of adult rat brain with chondroitinase ABC. Nat Neurosci 4: 465-466(原出願での引用文献3)
【非特許文献10】Rhodes,K.E., Moon,L.D.F., and Fawcett,J.W. (2000) Inhibiting cell proliferation in glial scar formation: effects on axon regeneration in the CNS. Soc. Neurosci. Abstr., 26 854.
【非特許文献11】Bradbury,E.J., Bennett,G.S., Moon,L.D.F., Patel,P.N., Fawcett,J.W., and McMahon,S.B. (2000a) Chondroitinase ABC delivered to the site of a spinal cord injury upregulates GAP-43 expression in dorsal root ganglion neurons, Soc. Neurosci. Abstr., 26: 860.
【非特許文献12】Bradbury, E. J., Moon, L. D. F., Popat, R. J., King, V. R., Bennett, G. S., Patel, P. N., Fawcett, J. W., and McMahon, S. B. (2002) Chondroitinase ABC promotes functional recovery following spinal cord injury. Nature, 416: 636-640.
【非特許文献13】Lodovichi C, Berardi N, Pizzorusso T, Maffei L (2000) Effects of neurotrophins on cortical plasticity: Same or different Journal Of Neuroscience 20: 2155-2165.
【非特許文献14】Maffei L, Berardi N, Domenici L, Parisi V, Pizzoruso T (1992) Nerve growth factor (NGF) prevents the shift in ocular dominance distribution of visual cortical neurons in monocularly deprived rats. J.Neurosci. 12 (12):4651-4662
【非特許文献15】Koppe G, Bruckner G, Brauer K, Hartig W, and Bigl V (1997) Developmental patterns of proteoglycan-containing extracellular matrix in perineuronal nets and neuropil of the postnatal rat brain, Cell Tissue Res., 288 33-41.
【非特許文献16】Lander,C., Kind,P., Maleski,M., and Hockfield,S., A family of activity-dependent neuronal cell-surface chondroitin sulfate proteoglycans in cat visual cortex, J. Neurosci., 17, 1928-1939 (1997).
【非特許文献17】E.J. Bradbury et al., Society for Neuroscience ABSTRACTS, 2001年, Vol.27. no.part2, 1835, abstract nr. 698.14(原出願での引用文献1)
【非特許文献18】J. Neurosci., 2002年 2月, Vol.22, pp.842-53(原出願での引用文献1)
【非特許文献19】Zuo,J., Neubauer,D., Dyess,K., Ferguson, T.A. & Muir,D. Degradation of chondroitin sulfate proteoglycan enhances the neurite-promoting potential of spinal cord tissue. Exp. Neurol. 154,654-662 (1998) (原出願での引用文献4)
【非特許文献20】J. Neurosci., 2001年, Vol.21 pp.6206-13(原出願での引用文献5)
【非特許文献21】K.E. Rhodes et al., Society for Neuroscience ABSTRACTS, 2000年, Vol26, no.part1-2, 856, abstract nr. 323.1(原出願での引用文献8)
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0026】
第1の態様において、本発明は、コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの抑制性を軽減する物質を哺乳動物のCNSに投与することを含んでなる、該哺乳動物のCNSにおけるニューロン可塑性を促進するための方法を提供する。
【0027】
第2の態様において、本発明は、哺乳動物におけるニューロン可塑性を促進するための方法における使用のための、コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの抑制性を軽減する物質を提供する。
【0028】
第3の態様において、本発明は、哺乳動物におけるニューロン可塑性を促進するための医薬の製造における、コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの抑制性を軽減する物質の使用を提供する。
【0029】
広く言えば、別の態様において、本発明は、コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの抑制性を軽減する更なる物質の同定に関わる方法を提供する。それらの同定の後、本発明の前記態様に従い、そのような物質を使用することができる。
【0030】
コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの抑制性は、一般には、ニューロン可塑性を抑制する特性である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
前記のとおり、本発明によるニューロン可塑性の促進はCNS損傷全般の治療と広く関連している。疑義を避けるために説明すると、「CNS」は、脳、脊髄、およびニューロン(その細胞体は脳もしくは脊髄内に位置するか又は脳もしくは脊髄内に一次シナプスを有する)を包含する意である。そのようなニューロンの具体例としては、脳神経のニューロン(それに対する損傷は例えばベル麻痺を引き起こしうる)、および筋組織を神経支配する運動ニューロン、ならびに脊髄前角に存在する全細胞体が挙げられる。
【0032】
脊髄におけるおよび/または脊髄損傷、特に不完全な脊髄損傷(すなわち、いくつかの無傷軸索が損傷部位を介して投射している脊髄損傷)の後のニューロン可塑性の促進に特に関心が持たれる。前記で報告されている研究は、コンドロイチナーゼが実験動物における実験的誘発性脊髄損傷後の軸索再生を促進しうることを示唆している。一方、本発明者らは、コンドロイチナーゼがニューロン可塑性をも促進するという驚くべき知見を報告する。これは、軸索再生のみによって治療可能であるとはこれまでにみなされていなかった脊髄損傷が、コンドロイチナーゼおよび本明細書中で言及されているその他の物質を使用するニューロン可塑性の促進により今や治療可能とみなされうることを示唆している。
【0033】
特に、CNS損傷(例えば、脊髄損傷)後、瘢痕組織が進行的に発生し、2週間後には、瘢痕組織を介した軸索の再生は困難となりうる。これとは対照的に、可塑性の促進により脊髄損傷を治療することは、損傷後のいずれの時点においても可能なはずである。したがって、本発明は特に、少なくとも2週間を経た脊髄損傷、特に、少なくとも3週間または少なくとも4週間を経た損傷の治療に適用可能である。
【0034】
さらに、脊髄損傷後、軸索が切断された損傷ニューロンは萎縮する。これは、稠密瘢痕組織の存在と共に、軸索再生の促進による機能回復を妨げると予想されるであろう。これとは対照的に、ニューロン可塑性の促進は、脊髄損傷後の任意の時点における機能回復につながるはずである。したがって、本発明は特に、軸索が切断されたニューロンの萎縮により特徴づけられる脊髄損傷の治療に適用可能である。
【0035】
ニューロン可塑性の促進は、脊髄内および/または脳内、特に皮質内のニューロン可塑性の促進でありうる。該物質の投与部位については後記で説明する。
【0036】
脊髄損傷は、暴行、事故、腫瘍、椎間円板もしくは骨の異常、または手術、例えば脊髄の問題に対する手術および/または腫瘍摘出手術により引き起こされる損傷(これらに限定されるものではない)でありうる。
【0037】
しかし、本発明は、脊髄損傷以外のCNS損傷、特に、以下の種類のCNS損傷の治療にも拡張される:卒中;脳損傷、例えば暴行、事故、腫瘍(例えば、脳腫瘍または脳を冒す非脳腫瘍、例えば、脳に影響を及ぼす頭蓋の骨腫瘍)または手術、例えば腫瘍を摘出するための又はてんかんを治療するための手術により引き起こされる損傷(これらに限定されるものではない);多発性硬化症;ならびに皮質を冒す神経変性疾患、例えばアルツハイマー病。本発明は、より詳しくは、皮質を冒すCNS損傷に適用可能である。なぜなら、可塑性の促進は皮質に対する損傷後の機能回復につながると広く考えられているからである。しかし、皮質を冒すCNS損傷に対する言及は、脳の皮質下領域への損傷の不存在を示唆するものではない。
【0038】
多発性硬化症は脳および脊髄内にランダムに分布する小さな病変を引き起こす。軸索再生の促進は多発性硬化症の治療に有効であるとは考えられていないが、可塑性の促進は何らかの機能回復につながるであろう。
【0039】
アルツハイマー病および皮質を冒す他の神経変性疾患においては、該損傷は皮質の大部分にわたって散在する傾向にある。この場合もまた、可塑性の促進は何らかの機能回復につながりうると考えられる。「皮質を冒す神経変性疾患」なる語は、脳の他の構造体への損傷の不存在を示唆するものではない。
【0040】
本発明からは、Moonら (2001)において報告されている黒質線条体軸索切断の治療は除外されると意図される。この手法は、非実験的に加えられた損傷、特に、脳損傷(例えば、事故、暴行または手術により加えられた損傷)には相当しない。好ましくは、本発明からは、非ヒト哺乳動物全般の実験的に加えられたCNS損傷、特に、軸索再生の促進による脊髄損傷に対する治療法を開発する目的で加えられたそのような損傷は除外される。
【0041】
哺乳動物は、最も好ましくはヒトである。他の好ましい哺乳動物は家畜哺乳動物、例えばウマ、ウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、イヌおよびネコである。しかし、本発明はどのような哺乳動物にも概ね適用可能である。
【0042】
コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの抑制性を軽減する物質は、コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの神経突起伸長抑制性を軽減する物質でありうる。しかし、神経突起伸長は、必ずしも、可塑性の前提条件ではない。したがって、該物質は、コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの可塑性抑制性を、その神経突起伸長抑制性を軽減することなく軽減するものでありうる。
【0043】
コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの抑制性を軽減する物質は、1以上のコンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)と、それらの抑制性を抑制するように相互作用する物質、または1以上のCSPGを(部分的または完全に)排除する物質、または1以上のCSPGの産生を軽減する物質でありうる。
【0044】
好ましくは、コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの抑制性を軽減する物質は、1以上のコンドロイチン硫酸プロテオグリカンを除去し、消化し、それらに結合し、それらを遮断し、またはそれらの合成を妨げる物質である。
【0045】
より好ましくは、コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの抑制性を軽減する物質は、1以上のコンドロイチン硫酸プロテオグリカンのグリコサミノグリカン鎖を除去し、消化し、それに結合し、遮断し、またはその合成を妨げる物質である。グリコサミノグリカン鎖は(CSPGによって或る程度は異なるものの)全てのCSPGに共通しており、その抑制作用に必要であるらしいため、それは、CSPGの抑制性を軽減する物質の特に好ましい標的である。なぜなら、異なる全ての抑制性CSPGにわたって物質の活性が得られると予想されるからである。
【0046】
1以上のコンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)と、それらの抑制性を抑制するように相互作用する物質は、1以上のCSPGに(特に、CSPGのグリコサミノグリカン鎖を介して)結合しうる抗体でありうる。NogoAは、脊髄損傷後の軸索再生を抑制する、ミエリン中に存在する分子である。抗NogoA抗体はNogoAのこの抑制性を阻止して、ラットにおいて有意な機能回復を可能にすることが、BandtlowおよびSchwab, 2000に示されている。阻止抗体に関する同様の効果がCSPGについても予想される。
【0047】
種々のCSPGおよび/またはそのグリコサミノグリカン鎖の成分に対する抗体が公知である。例えば、CS56モノクローナル抗体(Sigma)は、CNS損傷後にアップレギュレーションされるCSPGのグリコサミノグリカン鎖中のモチーフに結合し、抗体CAT301、315および316はアグリカンに結合すると考えられている(Landerら, 1997)。さらに、CSPGおよび/またはそのグリコサミノグリカン側鎖の成分に対する更なる抗体(特にモノクローナル抗体)を製造することは常套的なことである。そのような公知または新規抗体を、例えば、実施例に記載されている技術(特に行動技術、特に梁および格子歩行試験ならびに足跡分析)を用いて、CSPGの抑制性をそれらが軽減する能力に関して、および/または例えば、眼優位変化モデル(例えば、実施例に記載されているもの)において、ニューロン可塑性を促進する能力に関して試験することが可能である。
【0048】
精製CSPGはSigma ChemicalsおよびChemiconから混合物として入手可能である。精製アグリカンも入手可能である。さらに、十分に確立された技術を用いて、単一のCSPGまたはCSPG混合物を脳または脊髄から精製することが可能である。すべてが抗体の産生に適しているであろう。
【0049】
「抗体」なる語は広義に用いられており、モノクローナル抗体およびポリクローナル抗体、ならびに抗体フラグメントまたは部分、例えばFv、Fab、Fab'およびF(ab')2フラグメントを包含する。該抗体はキメラおよび/またはヒト化抗体でありうる。
【0050】
免疫化物質(例えば、この場合はCSPG)からポリクローナル抗体を産生させるための方法はよく知られている。これは、キーホールリンペットヘモシアニン、血清アルブミン、ウシチログロブリンおよびダイズトリプシンインヒビターのような免疫原性ポリペプチドに免疫化物質を結合させ、および/またはフロイント完全アジュバントおよびMPL TDMアジュバント(モノホスホリル リピドA、合成トレハロース ジコリノミコラート)のようなアジュバントと共にそれを投与することを含む。
【0051】
同様に、モノクローナル抗体の製造方法はよく知られている。例えば、Goding, Monoclonal Antibodies: Principles and Practice, Academic Press, 1986, pp. 59-103, およびKozbor, J Immunol, 133:3001 (1984); Brodeurら, Monoclonal Antibody Production Techniques and Applications, Marcel Dekker, Inc., New York, 1987, pp. 51-63を参照されたい。モノクローナル抗体は、米国特許第4,816,567号に記載されているような組換えDNA法によっても製造することが可能であり、それは、キメラおよび/またはヒト化抗体を製造するためにも使用することが可能である。例えば、Jonesら, Nature, 321:522-525 (1986); Riechmann et al., Nature. 332:323-327 (1988); Verhoeyenら, Science. 239:1534-1536 (1988)を参照されたい。
【0052】
ヒト抗体は、ファージディスプレイライブラリーを含む当技術分野で公知の種々の技術を用いて製造することができる。例えば、HoogenboomおよびWinter, J. Mol. Biol, 227:381 (1991); Marksら, J Mol Biol 222:581 (1991)を参照されたい。ColeらおよびBoernerらの技術は、ヒトモノクローナル抗体の製造にも利用することができる(Coleら, Monoclonal Antibodies and Cancer Therapy, Alan R Liss, p 77, 1985 およびBoernerら J. Immunol. 147(1):86-95 (1991))。同様に、ヒト抗体は、トランスジェニック動物(例えば、マウス)にヒト免疫グロブリン遺伝子座を導入することにより製造することができる。例えば、米国特許第5,545,807号、第5,545,806号、第5,569,825号、第5,625,126号、第5,633,425号および第5,661,016号、ならびにMarksら, Bio/Technology 10: 779-783 (1992); Lonbergら, Nature 368: 856-859 (1994); Morrison, Nature 368:812-13 (1994); Fishwildら, Nature Biotechnology 14:845-51 (1996); Neuberger, Nature Biotechnology 14:826 (1996); Lonberg and Huszar, Intern Rev Immunol 13:65-93 (1995)を参照されたい。
【0053】
あるいは、1以上のコンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)と、それらの抑制性を抑制するように相互作用する物質は、1以上のCSPGに(特に、グリコサミノグリカン鎖を介して)結合しうるレクチンでありうる。レクチンは、特異的タンパク質および炭水化物に対して結合または凝集する、植物において見出される糖タンパク質である。レクチンはin vivoで使用されている。1以上のCSPGに結合しうるレクチンの一例はフジ(wisteria floribunda)レクチンである。落花生レクチンは幾つかのCSPGに結合する。
【0054】
1以上のCSPGを除去する物質は、例えば、CSPGを消化しうる酵素、特に、CSPGのグリコサミノグリカン鎖を消化しうる酵素、例えばコンドロイチナーゼ、特にコンドロイチナーゼABC(EC 4.2.2.4)でありうる。コンドロイチナーゼABCは、CSPGのグリコサミノグリカン鎖の3つの主要形態に対する活性を有する3つの酵素の混合物であり、他の形態のコンドロイチナーゼと同様に例えばSeikagaku, Japanから商業的に入手可能である。Moonら(2001) およびBradburyら (2002)は、それがin vivoで哺乳動物のCNSに投与可能であるという原理の証拠を提供している。
【0055】
他のコンドロイチナーゼ酵素には、コンドロイチナーゼABC I型およびII型を含む、コンドロイチナーゼABCの単離された成分が含まれる。それらの分離は例えば米国特許第5498536号に開示されている。更に他のコンドロイチナーゼ酵素としては、SeikagakuおよびIbex Technologies Inc.(Montreal, Quebec, Canada)から商業的に入手可能であるコンドロイチナーゼAC(EC 4.2.2.5)、および同様にSeikagakuから商業的に入手可能であるコンドロイチナーゼBが挙げられる。
【0056】
CSPGのグリコサミノグリカン鎖を消化しうるもう1つの酵素として、ヒアルロニダーゼ(EC 3.2.1.35)が挙げられ、これはSeikagakuから、そして製薬上許容される形態としては、Worthington Biochemical Corporation(Lakewood, NJ, USA)またはWyeth-Ayerst(Philadelphia, Pa, USA)から商業的に入手可能である。PH 20、ヒアルロニダーゼ1およびヒアルロニダーゼ4のような他のヒアルロニダーゼも、本発明における使用に適している可能性があり、それらの具体例は、例えば、それぞれアクセッション番号S40465(gi 631383)、NP_009296(gi 6224976)およびXP_231540(gi 27709188)において開示されている。
【0057】
米国特許第5741692号、第5498536号、第5763205号、第5773277号、第5496718号、第6093563号、第6054569号および第5997863号は、コンドロイチナーゼ活性を有する多数の酵素の精製およびクローニングを記載している。例えば、GenBank / EMBLアクセッション番号: AAC83383.1(gi 1002525)およびAAC83384.1(gi 1002527)ならびに関連文献であるTkalecら (2000) Appl. Environ. Microbiol. 66 (1), 29-35;ならびにQ59288(gi 3913237)およびBrookhaven Protein Data Bankアクセッション番号1CB8および1DBGも参照されたい。
【0058】
CSPGのグリコサミノグリカン鎖を消化する酵素の能力は、CSPGと共にインキュベートする場合には、一般にはコアタンパク質のみについて予想される分子量にまでその分子量(例えば、SDS-PAGEにより測定されるもの)を該酵素が減少させる能力をアッセイすることにより評価することができる。それは(追加的または代替的に)、CSPGから二糖を遊離させる該酵素の能力をアッセイすることにより評価することができる。
【0059】
また、CSPGの硫酸基を除去しうる酵素、例えば、スルファターゼ活性を有する酵素も、本発明での使用に適している。EC 3.1.6.4、EC 3.1.6.12、EC 3.1.6.9、EC 3.1.6.10、EC 3.1.6.13、EC 3.1.6.14、EC 3.1.6.15およびEC 3.1.6.18のような、この能力を有する多数の酵素が同定されている。コンドロ-4-スルファターゼ(EC 3.1.6.9)およびコンドロ-6-スルファターゼ(EC 3.1.6.10)はSeikagakuから商業的に入手可能である。
【0060】
同様に本発明での使用に適している可能性がある、CSPGのGAG鎖を消化しうる他の酵素としては、以下の活性を有する酵素が挙げられる:スルファターゼ(例えば、前記のもの)、エンドグリコシダーゼ、エキソグリコシダーゼ、ヘキソサミニダーゼ、ガラクトシダーゼ(例えば、Seikagakuから商業的に入手可能なエンド-β-N-ガラクトシダーゼ)、グルクロニダーゼ、イズロニダーゼ、キシロシダーゼおよびリソソーム酵素。
【0061】
CSPGを消化しうる更に他の酵素としては、以下の酵素ファミリー(それらのそれぞれは数個のメンバーを有する)の酵素が挙げられる:
アグリカナーゼ、
ADAMs (ディスインテグリンおよびメタロプロテアーゼ)、
ADAMTs (ディスインテグリンおよびメタロプロテアーゼ (トロンボスポンジンモチーフを有するもの))、例えば、
ADAMTS 1 (アクセッション番号 NP_008919, gi 11038654)、
ADAMTS 4 (アクセッション番号 O75173, gi 12643637)(アグリカナーゼ-1としても公知である)、および
ADAMTS 5 (アクセッション番号 NP_008969, gi 5901888)、
(これらはすべて、アグリカンを切断する)、
カテプシン、例えば、
カテプシンD (アクセッション番号 BAC57431, gi 28436104)、
カテプシンL (アクセッション番号 AAO33585, gi 28194647)、および
カテプシンB (アクセッション番号 NP_776456, gi 27806671)、
MMPs (マトリックスメタロプロテアーゼ)、例えば、
MMP1 (アクセッション番号 P21692, gi 116854)、
MMP2 (アクセッション番号 P08253, gi 116856)、
MMP3 (アクセッション番号 P08254, gi 116857)、
MMP7 (アクセッション番号 P09237, gi 116861)、
MMP8 (アクセッション番号 P22894, gi 116862)、
MMP9 (アクセッション番号 P14780, gi 116863)、
MMP10 (アクセッション番号 O55123, gi 13124340)、
MMP13 (アクセッション番号 O62806, gi 5921829)、および
ケラタナーゼ (例えば、Seikagakuから商業的に入手可能なケラタナーゼ)。
【0062】
1以上のCSPGの産生を減少させる物質は、CSPG合成に関与する段階の1以上のインヒビター、例えば、CSPG合成をもたらす酵素の1以上のインヒビター、好ましくは、CSPGのグリコサミノグリカン鎖の産生および/またはCSPGタンパク質部分へのその結合に関与する酵素の1以上のインヒビター、例えば、1以上のコンドロイチンスルホトランスフェラーゼのインヒビターでありうる。
【0063】
CSPG合成に関与する酵素は生化学のテキストから詳しく理解される。酵素キシロシルトランスフェラーゼ、ガラクトシルトランスフェラーゼIおよびIIならびにグルクロノシルトランスフェラーゼIは、コアタンパク質への4個の糖アダプター短突出部の結合に関与する。N-アセチルガラクトサミニルトランスフェラーゼおよびグルクロノシルトランスフェラーゼIIは、反復二糖単位の付加による糖鎖の伸長に関与する。ついで該鎖は種々のコンドロイチン硫酸スルホトランスフェラーゼ(それらのうち、少なくとも5個は、異なる位置で硫酸化する)によるO-およびN-硫酸化により修飾される。該鎖は、エピマー化(C5ウロノシルエピメラーゼによる、ウロノシルエピマー化段階におけるグルクロナートからイズロナートへの変換)およびリン酸化(おそらく、キシロシドキナーゼによる)によっても修飾される。
【0064】
いくつかのコンドロイチンスルホトランスフェラーゼが単離され及び/又はクローニングされており、それらには、例えば、コンドロイチン 6-O-スルホトランスフェラーゼ-1、コンドロイチン 6-O-スルホトランスフェラーゼ-2 コンドロイチン 4-O-スルホトランスフェラーゼ、コンドロイチンのグルクロニル残基を硫酸化するヒトウロニル 2-スルホトランスフェラーゼ、N-アセチルグルコサミン-6-O-スルホトランスフェラーゼおよびGalNAc 4-スルホトランスフェラーゼが挙げられる(例えば、Kitagawaら (2000) J Biol Chem 275(28): 21075-80; Yamauchiら (2000) J Biol Chem 275(12): 8975-81; Liら (1999) Genomics 55(3): 345-7; Kobayashiら (1999) J Biol Chem 274(15): 10474-80; Nastukら (1998) J Neurosci 18(18): 7167-77; Uchimuraら (1998) J Biol Chem 273(35): 22577-83; Fukutaら (1998) Biochim Biophys Acta 1399(1): 57-61; Uchimuraら (1998) Glycobiology 8(5) 489-96; Mazanyら (1998) Biochim Biophys Acta 1407(1): 92-7; Tsutsumiら (1998) FEBS Lett 441(2): 235-41; Fukutaら (1997) J Biol Chem 272(51): 32321-8; Fukutaら (1995) J Biol Chem 270(31): 18575-80; Okudaら (2000) J Biochem (Tokyo) 128(5): 763-70; Okudaら (2000) J Biol Chem 275(51): 40605-13を参照されたい)。特に好ましいのは、CNS損傷後にアップレギュレーションされるらしいコンドロイチン 6-O-スルホトランスフェラーゼ(すなわち、コンドロイチン 6-O-スルホトランスフェラーゼ-1およびコンドロイチン 6-O-スルホトランスフェラーゼ-2)である。また、既に生じた6-硫酸化の後で別の位置でコンドロイチン硫酸鎖を硫酸化するウロニル-2-スルホトランスフェラーゼ(Kobayashiら (1999) J Biol Chem 274(15):10474-80)も好ましい。この二重硫酸化コンドロイチン硫酸(コンドロイチン硫酸Dとして公知である)は特に抑制性でありうる。それは、成体においては、未熟CNSと比較して特に増加する。また、損傷後に該酵素がアップレギュレーションされるという証拠がある。
【0065】
硫酸化の抑制は、CSPG産生細胞(例えば、稀突起膠細胞前駆体)を、CSPG産生に適した条件下、放射性硫酸と共にインキュベートし、該細胞から得られたCSPG画分(例えば、イオン交換カラム上で生化学的に、または例えばコアタンパク質に対する抗体を使用してアフィニティーカラム上で免疫学的に分離されたCSPG含有画分)内への放射性硫酸の取り込みをアッセイすることにより評価することができる。
【0066】
いくつかの潜在的に関連した4つの糖アダプター短突出部結合酵素および糖鎖伸長酵素が単離されており、および/またはそれらのmRNAが同定され、寄託されている。表1を参照されたい。
【0067】
推定C5ウロノシルエピメラーゼのmRNAも同定され、アクセッション番号XM 035390(gi番号14749930)として寄託されている。
【0068】
本明細書中で用いる全てのアクセッションおよびgi番号はGenBank/EMBLデータベースに関連したものである。
【表1】

【0069】
CSPG合成を引き起こす酵素の1以上のインヒビターは、例えば、前記で同定された合成酵素の1つに対する阻止抗体、またはそのような酵素の基質に対する阻止抗体でありうる。他の物質には、CSPGの合成を阻止しうる、CSPG合成酵素の基質上でモデル化された物質が含まれる。そのような物質には、CSPGのタンパク質部分へのグリコサミノグリカン鎖の結合を妨げる、およびin vivoで投与されうるβ-D-キシロシド(Zuoら, 1998)が含まれる。
【0070】
1以上のCSPGの産生を減少させる物質は、CSPGコアタンパク質の翻訳を阻止しうるアンチセンス核酸分子、またはCSPGコアタンパク質の発現をRNAiにより抑制しうるdsRNAもしくはsiRNA分子でありうる。いくつかのCSPGコアタンパク質の核酸配列が公知である。例えば、ニューロカン(neurocan)に関してはアクセッション番号XM 009327およびNM 004386(gi番号14766861および4758083)、アグリカンに関してはアクセッション番号XM 031288およびNM 013227(gi番号14753428および6695993)、ブレビカン(brevican)に関してはアクセッション番号BC 022938およびXM 044090(gi番号18605563および18549315)、ならびにベルシカン(versican)に関してはアクセッション番号NM 004385およびX 15998(gi番号4758081および37662)を参照されたい。
【0071】
アンチセンス技術は、発展した段階に到達しており、細胞への運搬は、例えば、ウイルスベクター内への取り込み、細胞透過成分(例えばペプチド)への連結により、またはモルホリノアンチセンス分子の使用により達成されうる。
【0072】
短いアンチセンスオリゴヌクレオチドは細胞内に移入されうる。細胞膜によるその制限された取り込みにより生じるその低い細胞内濃度にもかかわらず、それは細胞内でインヒビターとして作用する(Zamecnikら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 83, 4143-4146 [1986])。該オリゴヌクレオチドは、その負荷電ホスホジエステル基を無荷電基で置換することにより、その取り込みを増強するように修飾されうる。in vivo遺伝子導入技術には、ウイルス(典型的にはレトロウイルス)ベクターでのトランスフェクション、およびウイルスコートタンパク質-リポソーム媒介性トランスフェクション(Dzauら, Trends in Biotechnology 11, 205-210 [1993])が含まれる。いくつかの場合には、標的細胞を標的化する物質、例えば、細胞表面膜タンパク質または標的細胞に特異的な抗体、標的細胞上の受容体に対するリガンドなどを使用して、核酸源を得るのが望ましい。リポソームを使用する場合には、エンドサイトーシスに関連した細胞表面膜タンパク質に結合するタンパク質、例えば、特定の細胞型に対して指向性であるカプシドタンパク質またはその断片、サイクリングにおいてインターナリゼーションを受けるタンパク質に対する抗体、細胞内局在化をもたらす及び細胞内半減期を延長させるタンパク質を、標的化および/または取り込み促進のために使用することが可能である。受容体媒介性エンドサイトーシスの技術は、例えば、Wuら, J Biol Chem 262, 4429-4432 (1987); およびWagnerら, Proc. Natl Acad. Sci USA 87, 3410-3414 (1990)に記載されている。遺伝子標識および遺伝子治療プロトコールの総説としては、例えば、Andersonら, Science 256 808-813 (1992)を参照されたい。
【0073】
アンチセンスに代わる手段は、標的遺伝子の発現の軽減を共抑制により達成するために、標的遺伝子と同じ配向である、センスで挿入される標的遺伝子の全部または一部のコピーを使用することである(Angell & Baulcombe (1997) The EMBO Journal 16,12:3675-3684; およびVoinnet & Baulcombe (1997) Nature 389: pg 553)。二本鎖RNA(dsRNA)は、遺伝子サイレンシングにおいて、センスまたはアンチセンス両鎖の単独の場合より一層有効であることが判明している(Fire A.ら Nature, Vol 391, (1998))。dsRNA媒介性サイレンシングは遺伝子特異的であり、しばしば、RNA干渉(RNAi)と称される。RNA干渉は2段階の過程である。第1に、dsRNAが細胞内で切断されて、5'末端リン酸および3'短突出部(〜2nt)を伴う約21〜23nt長の短い干渉性RNA(siRNA)を与える。siRNAは対応mRNA配列を特異的に標的化して破壊する(Zamore P.D. Nature Structural Biology, 8, 9, 746-750, (2001))。
【0074】
RNAiは、3'突出末端を伴う同じ構造の化学合成siRNA二本鎖を使用することによっても効率的に誘導されうる(Zamore PDら Cell, 101, 25-33, (2000))。合成siRNA二本鎖は広範な哺乳類細胞系内で内因性および異種遺伝子の発現を特異的に抑制することが示されている(Elbashir SM.ら Nature, 411, 494-498, (2001))。
【0075】
また、Fire (1999) Trends Genet. 15: 358-363, Sharp (2001) Genes Dev. 15: 485-490, Hammondら (2001) Nature Rev. Genes 2: 1110-1119 and Tuschl (2001) Chem. Biochem. 2: 239-245も参照されたい。
【0076】
そのようなアンチセンスまたはRNAi阻害は、CSPGグリコサミノグリカン鎖の合成に関与する酵素に対しても行うことが可能である。
【0077】
1以上のCSPGの産生を減少させる物質は、稀突起膠細胞前駆体のような、CSPGを産生する非ニューロン細胞型の1以上を殺す物質でありうる。これは、有糸分裂阻害剤であるシトシンアラビノシドを使用して、稀突起膠細胞前駆体に関して達成されている(Rhodesら, 2000)。
【0078】
CSPGなどの脳および脊髄内のプロテオグリカンは、それと他のマトリックス分子(特にヒアルロナン)との相互作用により適所に保持される。したがって、ヒアルロナンの産生の遮断、排除または軽減は、該組織へのCSPGの結合を除去して、その拡散を可能にして、その抑制作用を除去するであろう。
【0079】
したがって、コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの抑制性を軽減する物質は、ヒアルロナンと、CSPGへのその結合能を抑制するように相互作用する物質、またはヒアルロナンを(部分的または完全に)排除する物質、またはヒアルロナンの産生を軽減する物質、またはヒアルロナン(したがってCSPG)をCNS内の細胞の表面に繋ぎ止める受容体の合成を遮断、破壊または軽減する物質でありうる。
【0080】
CSPGの産生の遮断、排除および減少の前記の説明は、必要に応じて変更を加えて、ヒアルロナンの産生の遮断、排除および減少ならびにヒアルロナン受容体の産生の遮断、排除および減少に適用される。この場合、ヒアルロナンを排除するために、ヒアルロニダーゼ(これはヒアルロナンを消化する)を使用することができる。ヒアルロナンシンターゼ1、2および3(これらはヒアルロナンの合成に関与している)は、ヒアルロナンの産生を減少させるための標的となりうる。ヒアルロナン受容体CD44(Bosworthら (1991) Mol Immunol 28(10):1131-5)、Lyve 1(Banerjiら (1999) J Cell Biol 144(4):789-801)、RHAMM(Wangら (1996) Gene 174(2):299-306; Spicerら (1995) Genomics 30(1) 115-7)、レイリン(layilin)(Bonoら (2001) Mol Biol Cell 12(4):891-900)およびICAM-1は、CSPGをCNS細胞に繋ぎとめるヒアルロナンの能力を軽減するための標的となりうる。
【0081】
また、リンクタンパク質(例えば、軟骨リンクタンパク質(Dudhiaら (1994) Biochem J 303(Pt 1):329-33)およびBRAL-1(Hirakawaら (2000) Biochem Biophys Rec Commun 276(3):982-9)は、細胞表面へのCSPGの結合に関与している可能性があると考えられる。CSPGの産生の遮断、排除および減少の前記の説明は、必要に応じて変更を加えて、リンクタンパク質の産生の遮断、排除および減少ならびにヒアルロナン受容体の産生の遮断、排除および減少に適用される。
【0082】
CSPGの抑制性を軽減する物質は、1以上のCSPGのGAG鎖に結合する糖分子、より好ましくは、1以上のCSPGおよび/またはヒアルロナンのGAG鎖を模擬して競合的アンタゴニストとして作用する糖分子でありうる。CSPGおよびヒアルロナンのGAG鎖の構造はよく知られている。特に好ましい糖分子は、グルクロン酸およびN-アセチルガラクトサミンの硫酸化反復二糖を含む。
【0083】
さらに、CSPG、そのグリコサミノグリカン鎖、CSPG合成酵素および/またはそれらの酵素の基質(すなわち、CSPGの合成における中間体)を使用して、コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの抑制性を軽減する更なる物質の開発のためのリード体を同定することが可能である。特に、標準的な技術を用いて、CSPG、CSPG合成酵素またはCSPG合成酵素基質への結合に関して候補リード化合物を試験することができる。CSPGの抑制性を軽減する及び/又はニューロン可塑性を促進する特性に関して、例えば、実施例に記載されている技術(特に、行動的技術および/または眼優位変化モデル)を用いて、結合する化合物を試験することができる。
【0084】
特にin vivo試験の前に、例えば、脊髄損傷についての研究に関する実施例および前記の研究で用いられているin vitroモデルにおいて、結合する化合物を、CNS損傷後の神経突起伸長抑制を軽減する特性に関して試験することができる。
【0085】
CNS損傷後の神経突起伸長抑制を軽減する特性を有するリード化合物の同定の後、例えば、該リード化合物の模擬体の産生およびスクリーニングにより、該リード化合物を望ましい医薬特性に関する最適化に付すことができる。
【0086】
医薬として活性な公知化合物の模擬体の設計は、「リード」化合物に基づく創薬のための公知アプローチである。これは、活性化合物の合成が困難であるか又は高コストを要する場合、あるいはそれが特定の投与方法には不適当である場合(例えば、ペプチドは、消化管内のプロテアーゼにより急速に分解されるため、経口組成物には不適当な活性物質である)に望ましいであろう。標的の特性に関して多数の分子をランダムにスクリーニングするのを避けるために、一般には、模擬体の設計、合成および試験を用いる。
【0087】
ある与えられた標的特性を有する化合物からの模擬体の設計においては、いくつかの段階が採用される。まず、標的特性の決定において決定的および/または重要である該化合物の特定の部分を定める。ペプチドの場合には、これは、例えば、各残基を順次置換することにより、該ペプチド中のアミノ酸残基を系統的に変化させることにより行うことができる。該化合物の活性領域を構成するこれらの部分または残基は、その「ファーマコフォア(pharmacophore)」として公知である。
【0088】
ファーマコフォアが見出されたら、一連のデータ源(例えば、分光学的技術、X線回折データおよびNMR)からのデータを使用して、その物理的特性、例えば立体化学、結合、サイズおよび/または電荷に従い、その構造をモデル化することができる。このモデル化法においては、コンピューター解析、類似性マッピング(これは、原子間結合ではなくファーマコフォアの電荷および/または体積をモデル化する)および他の技術を用いることができる。
【0089】
このアプローチの変法においては、リガンドおよびその結合相手の三次元構造をモデル化する。これは、リガンドおよび/または結合相手が結合に際してコンホメーションを変化させて、該模擬体の設計において該モデルがこれを描写する場合に特に有用であろう。
【0090】
ついで、ファーマコフォアを模擬する化学基がグラフト(graft)されうる鋳型分子を選択する。該模擬体が容易に合成され、医薬上許容されると考えられ、in vivoで分解されないと同時にリード化合物の生物活性を保有するように、該鋳型分子およびそれにグラフトされる化学基を簡便に選択することが可能である。ついで、このアプローチにより見出された模擬体をスクリーニングして、それが標的特性を有するのかどうか又はそれが標的特性をどの程度示すのかを知ることが可能である。ついで、in vivoまたは臨床試験のための1以上の最終模擬体に到達するために、更なる最適化または修飾を行うことができる。
【0091】
したがって、本発明は、もう1つの態様において、
(a)(i)候補物質と、(ii)CSPG、CSPGグリコサミノグリカン鎖、CSPG合成酵素またはCSPG合成酵素基質とを接触させ、
(b)(i)と(ii)との結合を判定し、
(c)結合の陽性判定の後、ニューロン可塑性を促進する及び/又はCNS損傷後の機能回復を促進する能力に関して該候補物質をアッセイし、場合により、
(d)該候補物質の模擬体を作製し、工程(a)および(b)を繰返す及び/又は工程(c)を繰返すことを含む更なる工程により、該候補物質をin vivoでの使用のために最適化する、
各工程を含んでなる、ニューロン可塑性の促進および/または脊髄損傷以外のCNS損傷の治療に有用な物質を同定するための方法を提供する。
【0092】
本発明は更に、
(a)(i)候補物質と、(ii)CSPGまたはCSPGグリコサミノグリカン鎖とを接触させ、
(b)(i)が(ii)を消化する能力を判定し、
(c)消化の陽性判定の後、ニューロン可塑性を促進する及び/又はCNS損傷後の機能回復を促進する能力に関して該候補物質をアッセイし、場合により、
(d)該候補物質の模擬体を作製し並びに該候補物質として該模擬体を使用して工程(a)および(b)を繰返し及び/又は工程(c)を繰返すことを含む更なる工程により、該候補物質をin vivo使用のために最適化する、
各工程を含んでなる、ニューロン可塑性の促進に有用な物質を同定するための方法を提供する。
【0093】
これらの方法の好ましい特徴は前記のとおりである。
【0094】
該方法は、工程(c)の前に、CNS損傷後のCSPGの神経突起伸長および/または軸索再生抑制性を軽減する能力に関して候補物質をアッセイする工程を含みうる。
【0095】
更にもう1つの態様においては、本発明は、ニューロン可塑性の促進に有用な物質の同定における、CSPG、CSPGグリコサミノグリカン鎖、CSPG合成酵素またはCSPG合成酵素基質の使用を提供する。
【0096】
1つの好ましい実施形態においては、候補物質はβ-D-キシロシドの模擬体でありうる。β-D-キシロシドは、グリコサミノグリカン鎖の結合に関してCSPGタンパク質と競合することにより、CSPG合成を妨げることが知られており、したがって、更なる物質の同定のための特に適した出発点となる。
【0097】
ニューロン可塑性の促進に有用な物質の同定の後、該物質を、薬学または獣医学用途に許容される1以上の通常の賦形剤で製剤化することができる。そのような製剤は、哺乳動物におけるニューロン可塑性を促進するために投与することができる。
【0098】
投与は、任意の通常の経路、特に、血液脳関門を越えてCNSへ該物質を送達しうる任意の経路によるものでありうる。好ましい投与経路はCNSへの直接投与、例えば、カニューレを介した注入または注射である。そのような投与は損傷部位、隣接組織または脳脊髄液への直接的なものでありうる。例えば、Moonら (2001)およびBradburyら (2002)に記載されているラット脳へのコンドロイチナーゼABCの投与を参照されたい。
【0099】
特に関心が持たれるのは、脊髄損傷部位より上および/または下の部位における脊髄への投与である。脊髄損傷の3分の2は索の不完全な離断を伴い、いくつかの軸索は損傷後にも生存している。これらの不完全な場合の半数は、損傷より下部に、有用な神経機能が存在する。損傷より下部における可塑性の増強は、生存軸索が索内のニューロンを、より広範に神経支配するのを可能にするはずであり、したがって機能回復につながるはずである。同様に、損傷の高さより上部における可塑性の増強は、尚も生存しており損傷より下部へ投射する軸索を有するニューロンへの新たな連結を切断軸索が行って、損傷より下部の索へ何らかの機能を伝えると提示される。
【0100】
脊髄損傷の場合には、脳(特に皮質)への投与にも関心が持たれる。脳内の可塑性の増強は、索内の生存連結を患者がより良く利用するのを可能にするであろうと提示される。実際のところ、皮質内の可塑性は磁気的刺激の反復により一時的に誘導されることが可能であり、これが、不完全損傷を有する患者に役立ちうるという証拠が存在する。
【0101】
本発明のすべての態様に関連した好ましいCSPGは、NG2、ベルシカン(versican)(V0、V1およびV2形態)、ニューロカン(neurocan)、ブレビカン(brevican)、ホスファカン(phosphacan)およびアグリカンであり、それらのすべてはCNS損傷後に高レベルで存在し、それらのすべては軸索再生に対して抑制性であることが公知である。ニューロカン、アグリカン、ブレビカンおよびホスファカンは、ニューロン周囲網様構造において報告されており、ニューロン可塑性を促進するために抑制させる好ましい標的である。
【0102】
物質の同定についての前記の説明は、必要に応じて変更を加えて、ヒアルロナンおよびその受容体ならびにリンクタンパク質に適用される。
【0103】
前記において本発明は、明瞭化および理解を目的として例示および具体例により或る程度詳細に説明されているが、添付の特許請求の範囲の精神または範囲から逸脱することなく或る変更および修飾が施されうることが、本発明の教示を考慮すれば当業者に容易に理解されるであろう。引用されているすべての文書の全体を、すべての目的において、参照により本明細書に組み入れることとする。
【実施例】
【0104】
実施例1: コンドロイチナーゼABCは脊髄損傷後の軸索再生および機能回復を促進する
要旨
哺乳類中枢神経系における軸索再生の不能は脊髄損傷後の永久的な麻痺につながりうる。CNS損傷部位においては、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)を含む種々の細胞外マトリックス分子を含有する神経膠瘢痕が発生する(FawcettおよびAsher, 1999)。軸索の再生は、これらのCSPGに富む領域で停止し(Daviesら, 1999)、多数のCSPGはin vitroでの軸索成長に対して抑制性であることが示されている(McKeonら, 1991; Fidlerら, 1999; Niederostら, 1999)。CSPGのグリコサミノグリカン(GAG)鎖の除去はCSPGの抑制活性をin vitro(Smith-Thomasら, 1994; McKeonら, 1995; Zuoら, 1998)およびin vivo(Moonら, 2001)で弱める。脊髄損傷後にコンドロイチン硫酸GAG(CS-GAG)を分解する機能的効果を試験するために、コンドロイチナーゼABC(ChABC)を成体ラットの損傷後柱(dorsal column)に送達した。ChABCでの髄腔内処理は該損傷部位でCS-GAG鎖を分解し、損傷ニューロンにおいて再生関連タンパク質をアップレギュレーションし、上行性感覚投射および下行性皮質脊髄路軸索の再生を促進した。
【0105】
ChABC処理はまた、皮質脊髄ニューロンの電気的刺激の後の損傷より下部のシナプス後活性を回復させた。最後に、ChABC処理はいくつかの運動および固有受容行動の機能回復を促進した。
【0106】
結果および考察
成体ラットに対して頚部レベル4(C4)の後柱破砕損傷、および10日間にわたるプロテアーゼ不含ChABCまたは対照溶液のボーラス髄腔内注入を行った。
【0107】
まず、抗体2B6を使用して、脊髄損傷部位でのCS-GAG鎖の分解におけるこの処理の有効性を調べた。これは、ChABC消化後にCPSGコアタンパク質上に生じたエピトープを同定するが、インタクトなCS-GAGは認識しない(Moonら, 2001)。未損傷対照、および対照注入を受けた損傷動物においては、2B6免疫染色が全く認められなかった。しかし、ChABCと共に隣接損傷組織切片をin vitroでインキュベートすると、索切片全体にわたり、豊富な2B6免疫反応性が示され、このことは、後柱損傷後にCSPGが損傷部位またはその周囲に存在することを証明している。ChABCでin vivo処理された損傷ラットにおいては、損傷部位の周囲で、ならびに吻側および尾側に少なくとも4mm伸長する白質路で、2B6に関して強力な免疫反応性が認められた。したがって、ChABCのin vivo送達は、脊髄損傷部位およびその周囲において並びに後柱軸索が投射する白質路において、CSPGからCSGAG鎖を成功裏に除去した。
【0108】
感覚ニューロン内の軸索成長関連タンパク質GAP-43の発現を用いて、ChABC処理の効果を評価した。この集団において、GAP-43は、再生が生じる末梢神経損傷後にはアップレギュレーションされるが、通常は再生が生じない(Bradburyら 2000b)中枢損傷後にはアップレギュレーションされず(Chongら, 1994)、したがって再生状態に関連している。GAP-43の発現をC5およびC6背根神経節(DRG)において評価した。模擬操作対照において、GAP-43タンパク質は小径(< 40μm)ニューロンの約25%および大径(> 40μm)ニューロンの6%に存在し、レベルは対照注入では後柱損傷の8週間後に不変であった。しかし、ChABC処理損傷動物におけるGAP-43の発現は、損傷部位を通って投射する軸索を有する大径細胞においては、対照と比較して著しく増加した(5.9±1.4%から22.4±2.3%まで、データは平均±sem、p < 0.001、一元配置分散分析)。したがって、損傷部位における抑制性CSPGのCS-GAG成分の分解は軸索切断ニューロンにおけるGAP-43のアップレギュレーションを可能にし、このことは、これらの細胞の再生傾向を示している。
【0109】
ChABCが損傷の8週間後に損傷上行性後柱軸索の再生を促進したかどうかを確認するために、コレラ毒素βサブユニット(CTB)トレーシングを用いて前肢後柱投射を標識した。損傷および対照注入の後、CTB標識繊維束の退縮が生じ、この場合、損傷部位に接近している繊維はほとんど無く、損傷組織に侵入しているものも無かった。これとは対照的に、ChABCの注入を受けたすべての損傷動物においては、退縮はより軽度であり、太い繊維束が損傷部位に接近して認められた。際立っていたのは、ChABC処理ラットにおいては多数の軸索が損傷組織を横断し、再生軸索の束が腔周囲および損傷中心部内に成長しているのが観察されたことである。ChABCが注入されたラットにおいては、成長錐体様末端が軸索先端上で明らかに認められたが、このことは、それらが実際に再生していたことを示している。軸索の束が損傷組織中を2mmまで成長するのが観察され、損傷部位の4mm後方に多数の個々の線維が明らかであったが、このことは損傷上行性後柱軸索の活発な再生を示している。
【0110】
後柱内に伸びる主要下行性経路である皮質脊髄路(CST)の再生も調べた。CSTの完全な損傷を確認するために、腰索においてPKC-γ(CST系のマーカー, Moriら, 1990)免疫染色を行った。未損傷索においては、後角のII層において及び後柱の腹側部分に伸びるCSTにおいてPKC-y免疫反応性が観察された。しかし、すべての損傷動物においては、腰レベルでのCSTにおいてPKC-γ免疫反応性は観察されなかった。軸索再生を評価するために、運動皮質内に注射される前方(anterograde)トレーサービオチン化デキストランアミン(BDA)を使用して、CST軸索を標識した。未損傷動物においては、厚い線維束が頚部脊髄で観察された。損傷の10週間後、ビヒクルで処理された損傷ラットにおけるCST軸索は損傷に接近しておらず、このことは後柱損傷後のCSTの退縮を示しており(Hillら, 2001)、損傷部位を越えた位置にも線維が見られなかった。しかし、ChABC処理はCSTの退縮を妨げ、再生を促進し、ビヒクル処理動物におけるよりも、損傷まで及び損傷の下方に、非常に多くの線維が認められた(p < 0.001、二元配置分散分析)。データは損傷より上部および下部の線維カウント数であり、損傷の4mm上部でカウントした軸索に対する割合(%)(±sem)で表されている。ChABC処理動物におけるいくつかの再生線維は軸索側枝を白質から灰白質内に送っていたが、このことは再生軸索の終末分枝および可能なシナプス相互作用を示している。
【0111】
ついで、再生したCST軸索が何らかの機能的連結を確立したかどうかを確認するために、終末電気生理学的実験を行った。麻酔した対照動物において、運動皮質に加えられたA線維強度(100μA、200μs)の電気刺激は、既に記載されているとおり(WallおよびLidierth, 1997)、大きな背索電位を誘発し、平均潜伏時間はC4において3.9±0.4msであった。急性後柱損傷は、損傷の1mm下方までも、これらの記録された電位をほぼ破壊した。小さな残留応答は恐らく、後柱内には伸びていない下行性運動経路により誘導されたシナプス後活性を表しているのであろう。後柱損傷の13〜17日後に調べたビヒクル処理動物においては、損傷の上部には皮質誘発電位が存在したが、急性損傷の場合と同様に、損傷の下部ではほとんど破壊された(p < 0.05、二元配置分散分析)。これとは対照的に、ChABC処理動物は明らかな誘発応答を示し、それは損傷の7mm下方まで記録され、損傷の上部で記録されたサイズの平均約40%であり、これは模擬調製物における応答と有意には異ならなかった(p > 0.1、二元配置分散分析)。これらの応答は正常な形状を有していたが、対照と比べて遅延しており(平均潜伏時間は18.2±2.6ms、p < 0.005、一元配置分散分析)、これは、再生している軸索の再ミエリン化が乏しいことと符合する(Ramerら, 2000)。同様の応答がすべてのChABC処理動物において見られ、後柱の急性切除により消失した。このことは、それらが再生CST軸索の新たに形成された連結に相当するものであったという非常に強力な証拠である。
【0112】
後柱投射は微細識別触覚および固有感覚に重要であり、また、局所脊髄反射と一緒になって、移動および巧みな運動の機能に重要である。したがって、感覚・運動技術の統合を要する前肢機能の多数の行動課題に関して、ラットを評価した。接着テープ除去課題は感覚(テープの認識)および運動(テープを除去する能力)の両方の機能を評価した。未損傷模擬対照はテープの存在にすぐに気づき、それを除去した。ビヒクルまたはChABCで処理した損傷ラットは、模擬対照と比較してこの課題のどちらの態様においても著しく阻害された(損傷の6週間後の潜伏時間は、認識および除去についてそれぞれ7.4±1.4および3.8±0.5 [模擬]、54.9±3.1および48.0±4.4 [損傷 + ビヒクル]、41.7±8.3および40.5±11.1 [損傷 + ChABC]、p < 0.001、二元配置分散分析)。これらの阻害は試験の6週間の全体にわたり持続した。この課題において回復を促進するChABC処理の失敗は、感覚軸索が後脳知覚核まで遠くには再生しなかったことと符合する。
【0113】
2つの運動に関する課題においては、ラットが狭い梁および格子を横切った際の前肢の足取りの数が記録された。どちらの課題においても、未損傷模擬対照では、あるにしても、非常に少数の足取りであった。すべてのビヒクル処理損傷ラットは、時間経過に伴ういくらかの自発的回復にもかかわらず、全試験期間にわたり、両方の課題に関して重度かつ顕著に損なわれた(Murray 1997)(p < 0.001、二元配置分散分析;損傷の6週間後、模擬対照に比べて、梁および格子に関してそれぞれ0.0±0.0から21.1±4.2まで、および0.8±0.5から8.8±1.9まで、足取りが増加した)。ChABC処理は、どちらの課題についても、顕著な機能回復を引き起こし、梁では損傷の2週間後から、格子では損傷の1週間後から改善が見られ、全試験期間にわたり持続した(模擬対照との有意差はない、p > 0.1、二元配置分散分析;損傷の6週間後、足取りは梁および格子についてそれぞれ2.6±0.8および1.6±0.7であった)。
【0114】
連続運動中の足跡の間隔を分析することにより、ラットの歩行パターンも評価した。ビヒクルで処理された損傷ラットは、模擬対照より有意に短く広いストライドをとることが判明した(損傷の6週間後、対照に比べて長さは148.9±4.8から118.1±6.3まで減少し、幅は12.5±1.9から25.2±3.7mmまで増加した、p < 0.02、一元配置分散分析)。しかし、ChABC処理動物においては、これらの変化はほぼ妨げられ、ストライドの長さ及び幅は模擬対照と有意には異ならなかった(長さ及び幅はそれぞれ137.1±11.0および15.4±3.6mm、P > 0.1、一元配置分散分析)。
【0115】
これらの結果は、ChABCが脊髄損傷後に再生および機能回復を促進することを示している。これらの効果は、解剖学的、電気生理学的および行動的結果の測定値を用いて明らかに認められた。ニューロカン、ホスファカン、ブレビカンおよびNG2を含む種々の抑制性CSPGはCNS損傷部位でアップレギュレーションされる(Levine, 1994; Yamadaら, 1997; McKeonら, 1999; Asherら, 2000)。本発明者らは、CS-GAG鎖がそれらの抑制性の有意な部分の一因であることを示した。
【0116】
損傷軸索の部分的再生のみが誘導されたが、これは恐らく、損傷脊髄環境中の他の抑制メカニズムの存在によるものであろう(Bregmanら, 1995; Pasterkampら, 2001)。しかし、後柱軸索の再生が限られたものであっても、本発明者らは、ChABC処理後の非常に明らかな機能回復を観察しており、そのための可能な解剖学的基質がいくつか存在する。第1に、ここで見られた感覚およびCST運動軸索の限られた再成長は、新しい局所的分節連結により、行動回復を説明するものである。第2に、CSPGは、無傷経路が出芽するのを阻害するように成体において機能することが可能であり、ChABCによるこの阻害の除去は、IN-1処理後に観察されるもの(Thallmairら, 1998)に類似した有益な代償性出芽メカニズムつまり可塑性を引き起こしうる。
【0117】
方法
脊髄損傷およびChABC処理:
既に記載されているとおりに(Bradburyら, 1999)、成体雄Wistarラットの後柱に脊髄レベルC4において両側性損傷を与えた。同時に、シラスチックチューブを環椎後頭膜を経て髄腔内に挿入して、損傷部位の直ぐ吻側に配置した。該カテーテルの反対側は、高純度のプロテアーゼ不含コンドロイチナーゼABC(ChABC, Seikagaku Corporation)のボーラス注入送達のために外に出しておいた。損傷直後、6μlのChABC(0.1 U/ml)を、ついで6μlの食塩水フラッシュ(flush)(Les + ChABC、n=17)を注入した。もう1つの群(Les + ビヒクル、n=21)には脊髄損傷を与え、食塩水または対照酵素ペニシリナーゼ(Sigma、同じμgのタンパク質を送達)での処理を行った。ChABCまたは対照溶液を、損傷後に1日置きに10日間送達した。対照動物(n=20)には偽手術を行った。
【0118】
CS-GAGの除去における処理の有効性を調べるために、損傷の2週間後にラットに潅流を行い、あるいは上行性系の解剖学的分析のために、6週間にわたり行動試験を行い(n=5、9、8、それぞれChABC、ビヒクル、模擬)、ついで損傷の8週間後に潅流を行った(n=4/群)。CST再生の分析のために、損傷の10週間後に別のラットに潅流を行い(n=4/群)、あるいは損傷の14〜17日後に終末電気生理学実験に使用した(n=4/群)。
【0119】
CS-GAG消化を確認するための2B6免疫染色:
組織の処理は、既に記載されているとおりに行った(Bradburyら, 1999)。ChABC送達の有効性を確認するために、チラミドシグナル増幅(NEN)と共にモノクローナル抗体2B6(Seikagaku Corporation, 1:1000)を使用して、頚部脊髄の傍矢状(parasagittal)切片(20μm)を免疫染色した。過剰消化対照として、ビヒクルでin vivo処理された損傷索からの組織切片を、免疫染色前にChABC(1:50、2時間、37℃)と共にin vitroでインキュベートした。これは、ChABC処理で達成されうるCS-GAG鎖消化(および生じた2B6免疫染色)に対する最大効果の指標を与えた。平行して、すべての実験条件からの組織を処理した。
【0120】
背根神経節ニューロンにおけるGAP-43分析:
AMCA-およびTRITC-コンジュゲート二次抗体を使用して、C5およびC6 DRGの切片(10μm)を、すべてのニューロンを同定するためにβIIIチューブリン(Promega、1:1000)に関して、そして成長関連タンパク質GAP-43(G. Wilkinからの贈呈物)に関して二重免疫染色した。各群について、4切片/動物で免疫染色のイメージを捕らえ、直径40μmより小さい及び大きい細胞について、GAP-43に関して陽性である細胞の割合(%)を求めた。
【0121】
脊髄内の軸索路トレーシング:
既に記載されているとおりに(Bradburyら, 1999)、前肢感覚求心性神経を標識するために左正中神経内に注入されるコレラ毒素βサブユニット(CTB)トレーサーを使用して、後柱内に投射する上行性軸索を標識した。縦方向の切片(20μm)を、損傷部位を同定するために神経膠原線維酸性タンパク質に関して、そして標識後柱軸索を同定するためにcmに関して免疫染色した(Bradburyら, 1999)。
【0122】
下行性CST軸索の分析のために、ラットをペントバルビタールナトリウム(40mg/kg)で麻酔し、定位固定装置内に配置した。左一次運動皮質上の頭蓋部分を除去し、硬膜を切開し、ビオチン化デキストランアミン(BDA, Molecular Probes Inc.)を左一次運動皮質内に注入した。各動物に、ハミルトン(Hamilton)シリンジにより脳の背面の1mm下方に1μl BDA(食塩水中の10%)の等間隔の4回の注入を行った。ついで、露出した脳上にジェルフォームを載せ、頭皮を縫合して閉じた。ラットを、潅流前に更に2週間放置した。FITCにコンジュゲートしたエキストラ(extra)アビジンで傍矢状(parasagittal)脊髄切片(20μm)においてBDA標識線維を可視化した。1平方mmの格子内に観察されたすべてのBDA標識線維が、損傷部位の4mm上方から5mm下方までの測定区間で、処理内容を知らない実験者により計数された。標識付けのばらつきのため、CSTがインタクトであった、損傷の4mm上方で見られた線維に対する割合(%)として、異なる点における軸索数を計算した。
【0123】
完全なCST損傷を確認するために、腰脊髄からの横断切片(20μm)を、TRITCで可視化されるプロテインキナーゼCのyサブユニット(PKCγ, Santa Cruz, 1:1000)に対する抗体で免疫染色した。PKCγは後角内部のII層内の求心性終末および細胞体により、ならびに後柱内に投射するCSTにより発現される(Moriら, 1990)。したがって、腰後角内のPKCγ発現は頚部後柱損傷によっては影響されないはずであり、一方、CST免疫反応性はCST離断後には存在しないはずである。
【0124】
電気生理学:
終末電気生理学的実験においては、予め13〜17日前に模擬または後柱損傷手術を受けたウレタン麻酔(1.5g/kg)ラット(ビヒクルまたはChABCで処理されたもの)において感覚運動皮質および頚部脊髄を露出させた。皮質内の深さ1mmに挿入される0.5mm同軸針電極を使用して、皮質誘発電位を左感覚-運動皮質の電気刺激(2秒ごとに送られる400Hz、100μA、200μsでの5方形波パルス)により惹起させた。各実験の開始時に、最適刺激部位を位置決定し、それはブレグマの1〜2mm外側で1mm吻側-尾側(rostro-caudal)に位置していた。皮質刺激により惹起されたシナプス後電位を、対側索表面上の内側に配置された銀球電極で記録した。各記録部位(C4における損傷の1分節上方および1〜7mm下方)において、64個の応答を平均し、応答規模(曲線下面積)および潜伏時間のオフライン分析のために保存した。データを吻側記録のサイズに対して正規化した。
【0125】
行動評価:
いずれの手術の前にも、ラットを種々の課題に十分に慣らした。ついで、ベースラインスコアを得るために手術前の2つの時点で、および損傷後の6週間にわたり週1回、各課題に関して動物を試験した。右および左前脚スコアにおける差異は観察されなかったため、それらの2つを平均した。実験者は処理内容については知らされていなかった。
【0126】
粘着テープ除去試験(Thallmairら, 1998を応用したもの)は、感覚行動および運動行動に関して別々のスコアを与えた。長方形の粘着テープ(0.3"×1")を前脚に配置し、テープの存在に気づく(脚振りにより示される)までにかかった時間を測定した。60秒のカットオフの前にテープに気づいた各動物については、テープを除去するのにかかった時間もスコアとして求めた。損傷後の各時点で、2つの試験のスコアを平均した。
【0127】
正確な行動に感覚・運動の統合(感覚フィードバックおよび運動協調)を要する2つの運動課題に関して、ラットを試験した(Kunkel-Bagdenら, 1993を応用したもの)。一方の端に暗い逃走箱を配置して、狭い金属梁(1.25"×36")および針金格子(12"×36"、格子面積1"×1")を横切るようにラットを訓練した。梁(脚を梁上に置き間違えて側面に滑らすことから判定される)および格子(踏み子(rung)をつかみ損ねて格子面の下に脚が落ちることから判定される)を渡り進む際の前脚の足取りの数を記録した。各時点における2回の走行に関する合計スコアを計算した。
【0128】
足跡分析(これもKunkel-Bagdenら, 1993を応用したもの)においては、白紙で覆われた木製走路(4"×36")をラットが横断する際の歩行パターンを記録するために、ラットの前脚にインクをつけた。
【0129】
暗い逃走箱を使用するラットの準備訓練は、連続運動中に生じる足跡の評価を可能にした。各ラットについて、各損傷後時点で前脚のストライドの長さ及びストライドの幅の測定値を6ストライド(左3つ及び右3つ)から求めた。
【0130】
実施例2: コンドロイチナーゼABC処理は成体ラットにおいて眼優位変化を招く
Pisaの研究者らとの共同研究において、Moonらにより開発されたコンドロイチナーゼ処理が成体皮質へと眼優位可塑性を回復させうるかどうかを試験するための実験を行った。
【0131】
ラット視皮質の両眼領域においては、ほとんどのニューロンは両方の眼により等しく刺激される。誕生から第35日までは、一方の眼を縫合して閉じると、ほとんどの皮質ニューロンは、開いた眼からそれらの最強の入力を受け、閉じた眼により発動されるニューロンはほとんどない。この変化は眼優位変化として公知である。第35日以降には、眼優位に対する眼縫合の効果は次第に減少し、第50日以降には眼縫合の効果は全く無くなる。
【0132】
本発明者らはこの過程中のCSPGおよびテナシンRの分布を調べた。ニューロン周囲網様構造へのニューロカンおよびテナシンRの凝縮は、臨界期が終了し始めると始まり、フジレクチンで可視化されるニューロン周囲網様構造の形成もこの時点で生じる。これまでの種々の研究は、この時点での脳の種々の部分におけるニューロン周囲網様構造の形成を示しており、特に、アグリカンに恐らく結合する3つの抗体(CAT301, 315, 316: Landerら 1997)が、臨界期の終了時と一致したネコ視皮質におけるニューロン周囲網様構造を表示することを示している。
【0133】
本発明者らは、皮質内のCSPGの沈着、特にニューロン周囲網様構造内のその濃縮が、皮質可塑性を制限する及び臨界期後に眼を閉じた後の眼優位変化を妨げる原因となりうると仮定した。したがって、コンドロイチナーゼABCを成体ラットの視皮質内に注入し、ついで一方の眼を縫合して閉じた。7日後、眼優位性を評価するために皮質からの記録をとった。眼皮質内のニューロンの眼優位性が、臨界期中に眼縫合に付された若い動物の場合と全く同様に、閉じられていない眼に移行していることが判明した。皮質内のプロテオグリカンの沈着が、臨界期の終了および皮質可塑性の制限をもたらすメカニズムであると結論づけられた。
【0134】
散在分布する及びニューロン周囲網様構造内のプロテオグリカンは皮質の全体にわたり見出されるため、また、皮質可塑性は一般に、新生動物に比べて制限されるようになるため、プロテオグリカンによる可塑性の制限は皮質、脳の他の部分および脊髄における一般的メカニズムである可能性がある。したがって、プロテオグリカンの抑制効果を除去する処理は中枢神経系のすべての部分の可塑性を刺激すると提示される。
【0135】
適用の用量および方法は、Moonら, 2001に記載されているとおりであった。ラットの取扱いのための他の方法は、Lodovichiら, 2000およびMaffeiら, 1992に記載されているとおりであった。
【0136】
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【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンドロイチナーゼを含む、哺乳動物の中枢神経系におけるニューロン可塑性を促進するための医薬。
【請求項2】
ニューロン可塑性の促進が、脊髄におけるニューロン可塑性の促進、または構成細胞体が脊髄内に位置するか若しくは脊髄内に一次シナプスを有する構造体におけるニューロン可塑性の促進である、請求項1に記載の医薬。
【請求項3】
ニューロン可塑性の促進が脊髄損傷後に行われる、請求項1または2に記載の医薬。
【請求項4】
脊髄損傷が、事故、暴行、腫瘍、手術、または椎間円板もしくは骨の異常により引き起こされた損傷である、請求項3に記載の医薬。
【請求項5】
ニューロン可塑性の促進が、脳におけるニューロン可塑性の促進、または構成細胞体が脳内に位置するか若しくは脳内に一次シナプスを有する構造体におけるニューロン可塑性の促進である、請求項1に記載の医薬。
【請求項6】
ニューロン可塑性の促進が皮質におけるニューロン可塑性の促進である、請求項5に記載の医薬。
【請求項7】
ニューロン可塑性の促進が、卒中、脳損傷、多発性硬化症または皮質を冒す神経変性疾患の後で行われる、請求項6に記載の医薬。
【請求項8】
脳損傷が、暴行、事故、腫瘍、または手術により引き起こされた損傷である、請求項7に記載の医薬。
【請求項9】
腫瘍が脳腫瘍、または脳を冒す非脳腫瘍である、請求項8に記載の医薬。
【請求項10】
皮質を冒す神経変性疾患がアルツハイマー病である、請求項9に記載の医薬。
【請求項11】
コンドロイチナーゼABC、コンドロイチナーゼBまたはコンドロイチナーゼACを含む、請求項1〜10のいずれか1項に記載の医薬。

【公開番号】特開2010−132682(P2010−132682A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−19061(P2010−19061)
【出願日】平成22年1月29日(2010.1.29)
【分割の表示】特願2003−572596(P2003−572596)の分割
【原出願日】平成15年3月4日(2003.3.4)
【出願人】(501484851)ケンブリッジ・エンタープライズ・リミテッド (40)
【氏名又は名称原語表記】CAMBRIDGE ENTERPRISE LIMITED
【出願人】(500545366)キングス カレッジ ロンドン (3)
【Fターム(参考)】