説明

乳化物の製造方法

【課題】長時間の処理や膨大なエネルギーを要せずに、高効率で乳化物の製造できる新たな方法を提供する。
【解決手段】(1)水の気/液臨界点近傍の温度及び圧力条件下で、乳化対象の水不溶性物質と水とを相溶させる工程、
(2)前記水不溶性物質と水からなる相溶物を界面活性剤の存在下で冷却して、前記水不溶性物質が水に分散した液、または水が前記水不溶性物質に分散した液を得る工程
を含む、乳化物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳化物の製造方法に関する。より詳しくは、本発明は、水の気/液臨界点近傍の高温・高圧条件下で得られる水と様々な水不溶性物質の均一溶液を利用する乳化物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エマルション(乳化物)は、医薬品、化粧品、食品、インキや塗料など、日常生活に密着した様々な分野で幅広く利用されている。水と油は混じり合わず、静置するとひとつの“液−液”界面ができ、これを激しく振り混ぜると油滴が水に分散し、または水滴が油に分散し、たくさんの“液−液”界面ができ、エマルションを形成する。水と油とで形成されるエマルションには、水中に油滴が分散した水中油(O/W)型エマルションと、油中に水滴が分散した油中水(W/O)型エマルションとがある。O/W型エマルションの例としては主に、牛乳、マヨネーズ、化粧品乳液などが挙げられ、W/O型エマルションにはバターやマーガリンなどがある。
【0003】
一般的な乳化方法としては機械乳化法、転相乳化法、液相乳化法、D乳化法などが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−95953号公報
【特許文献2】特開2003−264750号公報
【特許文献3】特開2000−301194号公報
【特許文献4】特開2000−279794号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記従来の乳化方法では、いずれの方法でも長時間の処理や膨大なエネルギーを必要とし、効率良く分散・乳化を行うことは困難である。
【0006】
本発明は、従来の方法とは全く異なる、長時間の処理や膨大なエネルギーを必要としない、高効率の新たな乳化物の製造方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、水の気/液臨界点近傍の高温・高圧条件で、水と様々な水不溶性物質が相溶することを利用し、従来の方法に比べて、低エネルギーで、かつ短時間の処理で乳化を行う方法について研究し、本発明を完成させた。
【0008】
本発明は、以下のとおりである。
[1](1)水の気/液臨界点近傍の温度及び圧力条件下で、乳化対象の水不溶性物質と水とを相溶させる工程、
(2)前記水不溶性物質と水からなる相溶物を界面活性剤の存在下で冷却して、前記水不溶性物質が水に分散した液、または水が前記水不溶性物質に分散した液を得る工程
を含む、乳化物の製造方法。
[2]水の気/液臨界点近傍の温度条件は、300℃以上の温度であり、かつ圧力条件は、20 MPa以上の圧力である、[1]に記載の製造方法。
[3]乳化対象の水不溶性物質と水とを相溶させる工程は、水と水不溶性物質とを両者が相溶する温度及び圧力条件下で混合し、次いで水と水不溶性物質とが相溶する温度及び圧力条件で保持することで実施する、[1]または[2]に記載の製造方法。
[4]保持時間は、0.01〜90秒間の範囲である[3]に記載の製造方法。
[5]界面活性剤は、水不溶性物質と水からなる相溶物に混合することで、前記水不溶性物質と水からなる相溶物に存在させる、[1]〜[4]のいずれかに記載の製造方法。
[6]界面活性剤は、水不溶性物質を水と相溶させる際に、水不溶性物質とともに水に添加することで、前記水不溶性物質と水からなる相溶物に存在させる、[1]〜[4]のいずれかに記載の製造方法。
[7]界面活性剤の存在下での前記水不溶性物質と水からなる相溶物の冷却は100℃/秒以上の冷却速度にて、少なくとも100℃の温度まで行う、請求項[1]〜[6]のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、長時間の処理や膨大なエネルギーを要せずに、高効率で乳化物の製造できる新たな方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1−1】水の相図を示す。
【図1−2】水と炭化水素(デカン(C10)、ドデカン(C12)、テトラデカン(C14)、ヘキサデカン(C16))混合物の相図を示す。
【図1−3】水と炭化水素(炭素鎖長が1から20の範囲で、代表的な炭素鎖長1、6、12、20の炭化水素)混合物の相図を示す。
【図2】本発明の製造方法に用いる装置の一例の概略図を示す。
【図3】流速、界面活性剤濃度に対する油滴のサイズ変化を示す。
【図4】流速、界面活性剤に対する多分散度変化を示す。
【図5】最適条件下で得られた油滴のサイズ分布を示す。
【図6−1】処理温度(T1、T2、T3)に対するサイズ変化を示す。
【図6−2】処理温度(T2)に対するサイズ変化を示す。
【図7−1】処理温度(T1、T2、T3)に対する多分散度変化を示す。
【図7−2】処理温度(T2)に対する多分散度変化を示す。
【図8】処理温度に対する油滴のサイズ分布を示す。
【図9】経過時間に対する油滴サイズの変化率を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、乳化物の製造方法であり、本発明の製造方法は以下の工程を含む。
(1)水の気/液臨界点近傍の温度及び圧力条件下で、乳化対象の水不溶性物質と水とを相溶させる工程、
(2)前記水不溶性物質と水からなる相溶物を界面活性剤の存在下で冷却して、前記水不溶性物質が水に分散した液、または水が前記水不溶性物質に分散した液を得る工程。
【0012】
工程(1)
<超臨界水>
水は通常の状態では液体と気体に分かれており、その境界は飽和蒸気圧曲線である。しかし、温度と圧力を上昇していくとある点以上で液体と気体の区別がつかなくなる。この点のことを臨界点といい、この点以上の領域の水を超臨界水という。水の臨界温度は374℃、臨界圧力は22.1 MPaであり(図1−1)、温度が374℃以上であり、かつ圧力が22.1 MPa以上である水が超臨界水である。
【0013】
超臨界水の密度は液体の約1/5〜液体程度で、気体の数百倍の大きさである。一般に溶媒の密度が大きいほど物質を溶かす能力は大きく、そのため超臨界水は液体並の溶解力をもつことになる。また、粘度は気体並で、拡散係数は気体と液体の中間に位置している。これは超臨界水が低粘性で拡散性に優れていることを示す。つまり、超臨界水は液体のように物質を容易に溶解し、気体のように大きな拡散速度を示す、気体と液体の両方の性質を併せ持っている。そして、超臨界水は有機物をよく溶かすが、無機物はほとんど溶かさないという通常の水とは逆の性質を示す。これは、水の温度を上昇していくと誘電率が低下し、室温では約80だった誘電率が極性の小さい有機溶媒に近い値となることに起因する。
【0014】
超臨界水はその優れた溶解力から、排水中の汚染物質やダイオキシンやPCBなどの有害物質の分解、石炭及び重質原油の分解処理、廃プラスティックの分解・再利用などに利用されている(例えば、特許文献1〜3参照)。また、乳化装置が付随する超臨界水反応装置が知られている(特許文献4)。しかし、特許文献4に記載の超臨界水反応装置に付随する乳化装置は、超臨界水により乳化物を作製するものではなく、被処理液を通常の方法で乳化する装置である。乳化装置において乳化した液は酸化剤とともに超臨界水反応装置に供給され、超臨界水反応に供される。特許文献4にも、超臨界水を利用して乳化物を製造する方法は記載されていない。
【0015】
<乳化対象の水不溶性物質>
本発明の製造方法において、乳化対象の水不溶性物質は、特に制限はない。水に不溶性を示す物質であればよい。水に不溶性とは、常温常圧の水に対して100%不溶性である場合の他に、常温常圧の水に対して多少は溶解するが、ほとんど溶解しない難溶解性も、本発明においては、不溶性に含まれる。乳化対象の水不溶性物質の例としては、例えば、炭化水素、シリコン油、フッ素油、高級アルコール、脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、乳脂肪、植物性油脂、動物性油脂、鉱物油およびそれらの混合物などを挙げることができる。但し、乳化対象の水不溶性物質は、これら例示された物質に限定される意図ではない。
【0016】
乳化対象の水不溶性物質を水に溶解する方法は、例えば、(1)水と水不溶性物質を、両者が相溶する温度および圧力条件で混合し、保持する方法、(2)水と水不溶性物質と混合し、得られた混合物を両者が相溶する温度・圧力条件に供する方法などを挙げることができる。水と水不溶性物質とが均一に溶け合う、即ち相溶する条件は、水が超臨界状態を示す条件であることができる。水が超臨界状態を示す最低の条件は、水の臨界温度374℃、及び臨界圧力22.1 MPaであるので、臨界温度以上の及び臨界圧力以上の温度及び圧力条件にすれば、水と水不溶性物質とは相溶する。但し、水が超臨界状態を示す条件に満たない、即ち、臨界温度未満及び/又は臨界圧力未満の温度及び圧力条件であっても、水の気/液臨界点近傍の温度及び圧力条件には、水と水不溶性物質とが相溶する条件が存在する。この条件は、水不溶性物質の種類、特に水との親和性の程度等により変化し、水の気/液臨界点近傍の温度及び圧力条件において予備的な相溶性に関する実験をすることで、容易に確認することができる。図1−2に、水と炭化水素(デカン、ドデカン、テトラデカン、ヘキサデカン)混合物の相図を示す。図1−3に、水と炭化水素(炭素鎖長が1から20の範囲で、代表的なもの)混合物の相図を示す。図中、大きめの白丸また黒丸が水の臨界点であり、この水の臨界点から伸びたカーブの左側が相分離領域であり、右側が相溶領域となる。従って本発明の方法においては、このような相図に示されるカーブの右側になる条件が、水と水不溶性物質とが相溶する条件である。従って、乳化対象とする水不溶性物質について、事前にこのような相図を作成しておくことで、水と相溶する条件を把握することができる。
【0017】
熱または圧力に弱い水不溶性物質を用いる場合には、予め水の気/液臨界点近傍の水と水不溶性物質とが相溶する温度及び圧力条件に調製した水に水不溶性物質を混合し、かつ水と水不溶性物質とが相溶する温度及び圧力に保持する(1)の方法が好ましい。予め水の気/液臨界点近傍の水と水不溶性物質とが相溶する温度及び圧力条件に調製した水に水不溶性物質を混合し、水と水不溶性物質とが相溶する温度及び圧力に保持する方法は、例えば、図2に概略図を示す装置を用いて実施できる。
【0018】
図2に概略図を示す装置では、水中油(O/W)型エマルションを作成する場合には、加熱コイルを有する加熱装置に水が連続的または断続的に加圧供給される。加熱温度は、水と様々な水不溶性物質が相溶する、例えば、300℃以上の温度が望ましく、加圧の圧力は、水と様々な水不溶性物質が相溶する、例えば、20MPa以上の圧力が望ましい。但し、水と水不溶性物質が均一に溶け合う温度及び圧力は、上述のように、水不溶性物質の種類によって異なる。加熱には、例えば、抵抗加熱ヒータ、油浴、溶融塩浴、赤外線ヒータ等を用いることができ、加圧には、例えば、プランジャーポンプ、ダイアフラム式ポンプ、シリンジポンプなどを用いることができる。加熱及び加圧された水は加熱装置内で超臨界水となり、合流器Bに供給される。合流器Bは、複数の液供給口から供給された液体を混合し、1つの液出口から排出する装置である。また高温での混合が可能であるように、加熱機構を備えている。合流器Bには、水不溶性物質(図中では「油」と記載)も連続的または断続的に加圧供給され、高温・高圧水と合流される。合流器Bに供給される水不溶性物質は、室温であっても、冷却されたものであっても、あるいは加熱されたものであってもよい。合流器Bで合流した水と水不溶性物質とは、連続的に混合器Cに流入し、混合器C内で水不溶性物質は水に溶解する。混合器Cの出口での温度T2は、水と水不溶性物質が均一に溶け合った相溶状態を維持できる温度及び圧力に設定する。そのためには、水不溶性物質が合流器Bにおいて合流しても、合流器Bにおける温度が、少なくとも水と水不溶性物質が均一に相溶する温度を下回らないようにすることが適当である。そのためには、合流器Bに供給される水が、水と水不溶性物質が均一に相溶する温度および圧力より高い温度及び圧力を示すように、加熱装置の温度及び圧力を設定することが適当である。さらに、混合器C内で水不溶性物質が水に均一に溶解するという観点から、混合器C内は水と水不溶性物質が均一に相溶する温度および圧力より高い温度及び圧力であることが適当である。
【0019】
合流器Bから混合器Cの出口までの滞留時間は、混合器Cの容量並びに水及び水不溶性物質の流量により変化する。熱または圧力に弱い水不溶性物質を超臨界水に溶解する場合には、水と水不溶性物質とを混合した後、短時間の内に次の冷却操作に付すことが好ましいことから、例えば、0.01〜90秒間の範囲となるように設定することか適当である。
【0020】
図2に概略図を示す装置では、油中水(W/O)型エマルションを作成する場合には、加熱コイルを有する加熱装置に水不溶性物質を、合流器Bに水を供給する方法が望ましい。水と水不溶性物質との混合割合は特に制限はなく、目的とする乳化物に応じて適宜決定することができる。乳化物として水中油(O/W)型エマルションを形成する場合には、例えば、体積比で水100に対して水不溶性物質を0.1〜50の範囲とすることかでき、また、乳化物として油中水(W/O)型エマルションを形成する場合には、例えば、体積比で水不溶性物質100に対して水0.1〜50の範囲とすることかできる。但し、上記範囲は例示であってそれらに限定する意図ではない。また、形成されるエマルションの型は、工程(2)で使用する界面活性剤の種類によっても変化する。
【0021】
工程(2)
工程(2)では、工程(1)で調製した水不溶性物質と水の相溶物を界面活性剤の存在下で冷却(急冷)して、前記水不溶性物質が分散した液または水が前記水不溶性物質に分散した液を得る。具体的には、(A)工程(1)で調製した水不溶性物質と水からなる相溶物と界面活性剤とを混合し、その上で、冷却するか、(B)工程(1)で調製した水不溶性物質と水からなる相溶物を冷却しつつ界面活性剤を混合し、さらに冷却する。あるいは、(C)工程(1)において、水不溶性物質と界面活性剤とを別々にまたは一緒に水に添加して、水不溶性物質と界面活性剤と水からなる相溶物を作製し、工程(2)において冷却することもできる。(C)の場合、界面活性剤は、図2に示す装置においては、合流器Bにおいて供給することができる。(A)及び(B)の場合は、混合器Cの出口付近に設けた合流器Dにおいて界面活性剤または界面活性剤の水溶液は供給される。但し、(B)の場合は、混合器Cと合流器Dの間に冷却器(図示せず)を有する。界面活性剤の存在下での冷却は急冷であることが、微細な液滴を含む乳化物を形成させるという観点からは、適当である。(A)及び(B)の場合、界面活性剤を混合した時点での温度が低くなりすぎると、急冷の効果が得られにくく、そのため微細な液滴を含む乳化物を得ることが難しくなる傾向がある。
【0022】
界面活性剤の存在下で冷却装置に送液された液は、例えば、10℃/秒以上の冷却速度、好ましくは100〜1000℃/秒の冷却速度で少なくとも100℃の温度まで冷却することが、微細な液滴を含む乳化物を得るという観点から適当である。上記速度で冷却することで、水不溶性物質が水に微細に分散した乳化物、あるいは水が水不溶性物質に微細に分散した乳化物を得ることができる。
【0023】
界面活性剤の種類や混合割合は特に制限はなく、通常の乳化に用いられる種類の界面活性剤を適宜使用することができ、かつ混合割合も、所望の乳化状態を維持するに十分な量に適宜設定することができる。界面活性剤としては、非イオン性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤、陰イオン性界面活性剤、水溶性高分子等を所望の乳化物の種類に応じて適宜、使用することができる。また、界面活性剤の混合割合は、実施例に示す結果に基づけば、所定の値以上であれば、得られる乳化物中の液滴の粒子径には変化がないことから、使用する界面活性剤の臨界ミセル濃度などを参考にして、適宜決定できる。
【0024】
本発明の方法によれば、超臨界水への混合から乳化物の調製まで十秒〜数十秒の時間で、乳化物を製造することかできる。製造される乳化物が含有する液滴の平均粒子径は、条件によって異なるが、例えば、40〜500nmの範囲とすることができ、好ましくは40〜400nmの範囲、より好ましくは40〜300nmの範囲、さらに好ましくは40〜200nmの範囲である。得られる乳化物は、成分に応じて、医薬品、化粧品、食品、インキや塗料として使用することができる。
【実施例】
【0025】
本発明を実施例によって更に詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例中で「%」は特に異なる注記をしない限り体積基準である。
【0026】
試料
炭化水素としてデカン、ドデカンまたはテトラデカン(いずれも和光純薬工業株式会社製)を用いた。
界面活性剤としては非イオン性界面活性剤であるBrij97(Sigma−Aldrich製)を用いた。Brij97の化学式を以下に示す。
【0027】
【化1】

【0028】
実験装置(超臨界水供給装置)
高温・高圧下で水と炭化水素の均一溶液を作った後、界面活性剤の水溶液と混合・急冷することで、微小油滴を析出させると同時に安定化する流通型装置を開発し、実験を行った。装置の概略図を図2に示す。炭化水素や界面活性剤は高温で処理すると熱分解してしまうが、この装置での加熱時間は数十秒以内であるため、高温下での熱分解を防ぐことができる。図2に示す装置の各部分の体積は、以下のとおりである。
T1-T2:0.7 mL
T2-T3:0.2 mL
T3-T4:0.2 mL
【0029】
実験操作
図2に概略図を示した装置を用い、予熱コイルによって超臨界状態まで加熱された水に炭化水素を流し込み均一溶液を作った後、界面活性剤と混合し、その後冷却装置によって急冷した。急冷することにより微小油滴が析出し、エマルションが形成される。このとき圧力は、予熱コイルから圧力バルブまでの間で25MPaに保たれている。また、T1、T2、T3はそれぞれ温度計を示している。本装置では、1.処理温度、2.水、炭化水素、界面活性剤の流速、3.水と炭化水素の割合、4.炭化水素の種類、5.界面活性剤の種類・濃度など数多くのパラメータを制御できる。以下では、主に流速、処理温度、界面活性剤の濃度を変えて実験を行った。その変更条件を表1に示した。界面活性剤の濃度とは、T3で添加した界面活性剤水溶液中での濃度である。最終乳化物中での界面活性剤濃度は、表中の値の1/2となる。
【0030】
〈変更条件について〉
・処理温度…処理温度とは、図2の概略図に示したA、B、Cの設定加熱温度のことである。
(A:予熱コイル、B:水と炭化水素が混合する点、C:炭化水素を混合する点と界面活性剤を混合する点の間)
・流速…水、炭化水素、界面活性剤の流速をそれぞれ変えた。
【0031】
【表1】

【0032】
平均直径の測定
乳化物中の炭化水素液滴の平均直径及び多分散度は、動的光散乱法によって求めた。動的光散乱法による平均直径の測定は、乳化物を水で10,000倍希釈した後、大塚電子株式会社製のFDLS−1200を用いて、25℃で行った。測定を始めるまでの放置時間は全て15分で統一した。
【0033】
各実験結果を図3〜9に示す。
【0034】
流速、界面活性剤濃度の影響
図3は、水、炭化水素、界面活性剤の流速と、界面活性剤の濃度を変えていった場合の油滴のサイズ変化を示したものである。青線は水8ml/min、炭化水素2ml/min、界面活性剤10ml/min、赤線は水4ml/min、炭化水素1ml/min、界面活性剤5ml/min、黄線は水2.4ml/min、炭化水素0.6ml/min、界面活性剤3ml/minにした時の結果である。このとき圧力は25MPa、処理温度は、予熱コイルを440℃、水と炭化水素が混合する点を440℃、水と炭化水素が混合する点と界面活性剤が混合する点の間を445℃で統一した。この結果から、界面活性剤の濃度を上げていくと油滴サイズは小さくなるが、20mM以上の濃度ではほとんど変化がなく、また流速は油滴サイズにはほとんど影響しないということがわかった。油滴サイズは最小で159 nmとなり、その条件は流速20mL、界面活性剤濃度60mMであった。
【0035】
図4は、水、炭化水素、界面活性剤の流速と、界面活性剤の濃度を変えていった場合の多分散度を示したものである。条件は図3の場合と同じである。この結果から、界面活性剤濃度が高くなるほど多分散度は小さくなる傾向にあることがわかった。しかし、流速20ml/minと10mi/minにおいて、70mM以上では多分散度が徐々に大きくなっているのは、界面活性剤が濃すぎたためにスムーズに流れず、均一に混合されなかったことが原因だと考えられる。
【0036】
流速が20mL、界面活性剤濃度が30mMの条件下では、多分散度が最も小さく、平均粒子径が181 nmで、サイズの揃った安定なエマルションが得られた(図5)。
【0037】
処理温度の影響
表2に各処理温度における粒径、多分散度、そして温度計T1、T2、T3で測定された温度を示した。
【0038】
図6−1は、処理温度(T1、T2、T3)を変えた場合に対する油滴のサイズ変化を示したものである。四角(■)は界面活性剤を混合する点の温度T3、△(▲)は界面活性剤を混合する点と炭化水素を混合する点の中間の温度T2、丸(〇)は炭化水素を混合する点の温度T1の結果である。このとき、圧力は25 MPa、流速は水8ml/min、炭化水素2ml/min、界面活性剤10ml/minに設定した。また、界面活性剤の濃度(T3で添加した界面活性剤水溶液中での濃度)はすべて30mMで統一した。図6−2に示すように、温度T2を下げていったとき、ある温度を境に急激に粒子サイズが大きくなったことから、粒径には水と炭化水素が溶解する温度、特に温度T2が関係していると考えられる。
【0039】
図7−1は、処理温度(T1、T2、T3)を変えた場合に対する多分散度の変化を示したものである。条件はすべて図6の場合と同じである。これらの結果から、粒径が小さくなるにつれて粒子のサイズが揃うことがわかった。これは、ある特定の温度以上で水と炭化水素が溶解し、均一に核形成が起こっているためだと考えられる。この結果から、処理温度が高くなるほど平均粒子径は小さくなり、単分散になることがわかった。また、図7−2に示すように、温度T2が、特定の温度以下になると炭化水素の溶解度が低下し、均一に混合しなくなるため、粒子サイズは大きくなり多分散になる。粒子サイズと温度との関係でも、温度T2が、重要と考えられる。
【0040】
図8は、各処理温度に対する油滴のサイズ分布を示したものである。図9は経過時間に対する油滴サイズの変化率を示したものである。いずれも21℃、272℃及び323℃の結果のみを図示する。図8、図9に示した温度は、界面活性剤が混ざる点の温度T3(表2中の界面活性剤Mixing Ptの温度)を記録したものである。どちらも条件は図6の場合と同じであり、表2に示すとおりである。また、表2から、図8、図9に示した結果のT2の温度も分かる。即ち、T3が21℃の場合、T2は22℃であり、T3が272℃の場合、T2は382℃であり、T3が323℃の場合、T2は406℃であった。
【0041】
図8から、処理温度(T2及びT3)が高くなるほど油滴サイズは小さくなり、分布も狭くなることがわかった。また、図9から、低い温度(T2及びT3)で処理した場合は時間が経過するにつれて油滴のサイズが小さくなっていくのに対し、高い温度(T2及びT3)で処理した場合は時間の経過とともにサイズが大きくなっていくことがわかる。これは、高い温度で処理した場合、均一な大きさの油滴どうしが互いに合一することによってサイズが大きくなっていったと考えられる。一方低い温度で処理した場合、サイズの大きな油滴と小さな油滴が混ざっており、時間が経つにつれて大きな油滴が浮いていき、レーザーの当たる底の方に小さな油滴が集まっていたためにこのような結果になったと考えられる。これらのことから、小さな粒子サイズと多分散度には水と炭化水素が溶解(相溶)する温度(T2)が特に関係していると考えられる。即ち、本例の装置においては、界面活性剤を混合する点と炭化水素を混合する点の中間の温度T2が、水と炭化水素が相溶する温度以上の温度であることが、粒子サイズが小さい乳化物を調製する上で重要であることが分かる。
【0042】
【表2】


・処理温度…図2の概略図に示したA、B、Cの設定加熱温度のことである。
設定温度はA、B、Cともに同一である。
(A:予熱コイル、B:水と炭化水素が混合する点、C:炭化水素を混合する点と界面活性剤を混合する点の間)
・界面活性剤 Mixing Pt…図2の概略図に示したT3の温度計が示した温度である。
・中間…図2の概略図に示したT2の温度計が示した温度である。
後続の冷却工程の影響でT1より低めの温度を示す。
水と炭化水素 Mixing Pt…図2の概略図に示したT1の温度計が示した温度である。
【0043】
実施例1:デカン/水乳化物の調製
市販のデカンと水を1:4の割合で、444℃、25MPaで混合した後、444〜406℃の温度で約4.5秒間加熱した。圧力を保ったまま、混合物と30mMのBrij97を含む水を、1:1の割合で混合し、混合物を約1.6秒間で42℃(図2中の温度T4、以下同様)にまで冷却した。さらに冷却後、脱圧し、ドデカン10%、Brij97 15mMを含む乳化物を得た。
この乳化物の動的光散乱の測定により、デカンが平均直径181nmの油滴として分散されていることが分かった。
【0044】
実施例2:デカン/水乳化物の調製
実施例1と同様にしてデカンと水を1:4の割合で、400℃、25MPaで混合した後、400〜374℃の温度で約4.5秒間加熱した。圧力を保ったままで、混合物と30mMのBrij97を含む水を、1:1の割合で混合し、混合物を約1.6秒間で44℃にまで冷却した。さらに室温まで冷却後、脱圧し、ドデカン10%、Brij97 15mMを含む乳化物を得た。
この乳化物の動的光散乱の測定により、デカンが平均直径231nmの油滴として分散されていることが分かった。
【0045】
実施例3:デカン/水乳化物の調製
実施例1と同様にしてデカンと水を1:4の割合で、348℃、25MPaで混合した後、348〜308℃の温度で約4.5秒間加熱した。圧力を保ったままで、混合物と30mMのBrij97を含む水を、1:1の割合で混合し、混合物を約1.6秒間で42℃にまで冷却した。さらに室温まで冷却後、脱圧し、ドデカン10%、Brij97 15mMを含む乳化物を得た。
この乳化物の動的光散乱の測定により、デカンが平均直径393nmの油滴として分散されていることが分かった。
【0046】
参考例1: デカン/水乳化物の調製
実施例1と同様にしてデカンと水を1:4の割合で、21℃、25MPaで混合した。次に圧力を保ったままで、混合物と30mMのBrij97を含む水を、1:1の割合で混合後、脱圧し、ドデカン10%、Brij97 15mMを含む乳化物を得た。
この乳化物の動的光散乱の測定により、デカン液滴の平均直径は538nmであった。
【0047】
参考例2:デカン/水乳化物の調製
実施例1と同様にしてデカンと水を1:4の割合で、246℃、25MPaで混合した後、246〜218℃の温度で約4.5秒間加熱した。圧力を保ったままで、混合物と30mMのBrij97を含む水を、1:1の割合で混合し、混合物を約1.6秒間で35℃にまで冷却した。さらに室温まで冷却後、脱圧し、ドデカン10%、Brij97 15mMを含む乳化物を得た。
この乳化物の動的光散乱の測定により、デカン液滴の平均直径は485nmであった。
【0048】
実施例4:ドデカン/水乳化物の調製
市販のドデカンと水を0.2:9.8の割合で、440℃、25MPaで混合した後、440〜403℃の温度で約4.5秒間加熱した。圧力を保ったまま、混合物と10mMのBrij97を含む水を、1:1の割合で混合し、混合物を約1.6秒間で57℃にまで冷却した。さらに冷却後、脱圧し、ドデカン1%、Brij97 5mMを含む乳化物を得た。
この乳化物の動的光散乱の測定により、ドデカンが平均直径79nmの油滴として分散されていることが分かった。
【0049】
参考例3:ドデカン/水乳化物の調製
実施例4と同様にしてドデカンと水を0.2:9.8の割合で、19℃、25MPaで混合した。次に圧力を保ったままで、混合物と10mMのBrij97を含む水を、1:1の割合で混合後、脱圧し、ドデカン1%、Brij97 5mMを含む乳化物を得た。
この乳化物の動的光散乱の測定により、ドデカン液滴の平均直径は651nmであった。
【0050】
参考例4:ドデカン/水乳化物の調製
実施例4と同様にしてドデカンと水を0.2:9.8の割合で、343℃、25MPaで混合した後、343〜321℃の温度で約4.5秒間加熱した。圧力を保ったままで、混合物と10mMのBrij97を含む水を、1:1の割合で混合し、混合物を約1.6秒間で50℃にまで冷却した。さらに室温まで冷却後、脱圧し、ドデカン1%、Brij97 5mMを含む乳化物を得た。
この乳化物の動的光散乱の測定により、ドデカン液滴の平均直径は436nmであった。
【0051】
参考例5:ドデカン/水乳化物の調製
実施例4と同様にしてドデカンと水を0.2:9.8の割合で、396℃、25MPaで混合した後、396〜377℃の温度で約4.5秒間加熱した。圧力を保ったままで、混合物と10mMのBrij97を含む水を、1:1の割合で混合し、混合物を約1.6秒間で56℃にまで冷却した。さらに室温まで冷却後、脱圧し、ドデカン1%、Brij97 5mMを含む乳化物を得た。
この乳化物の動的光散乱の測定により、ドデカン液滴の平均直径は355nmであった。
【0052】
実施例5:テトラデカン/水乳化物の調製
市販のテトラデカン(和光純薬工業株式会社製)と水と20mMのBrij97を含む水を0.2:5.0:5.0の割合で、438℃、25MPaで混合した後、438〜396℃の温度で約3.0秒間加熱した。圧力を保ったまま、混合物と水を、10.2:9.8の割合で混合し、混合物を約1.3秒間で62℃にまで冷却した。さらに冷却後、脱圧し、テトラドデカン1%、Brij97 5mMを含む乳化物を得た。
この乳化物の動的光散乱の測定により、テトラデカンが平均直径89nmの油滴として分散されていることが分かった。
【0053】
参考例6:テトラデカン/水乳化物の調製
実施例5と同様にしてテトラデカンと水と20mMのBrij97を含む水を0.2:5.0:5.0の割合で、23℃、25MPaで混合した。次に圧力を保ったままで、混合物と水を、10.2:9.8の割合で混合後、脱圧し、テトラドデカン1%、Brij97 5mMを含む乳化物を得た。
この乳化物の動的光散乱の測定により、テトラデカン液滴の平均直径は620nmであった。
【0054】
参考例7:テトラデカン/水乳化物の調製
実施例5と同様にして、テトラデカンと水と20mMのBrij97を含む水を0.2:5.0:5.0の割合で、244℃、25MPaで混合した後、244〜215℃の温度で約3.0秒間加熱した。圧力を保ったまま、混合物と水を、10.2:9.8の割合で混合し、混合物を約1.3秒間で36℃にまで冷却した。さらに冷却後、脱圧し、テトラドデカン1%、Brij97 5mMを含む乳化物を得た。
この乳化物の動的光散乱の測定により、テトラデカン液滴の平均直径は334nmであった。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明は、乳化物に関する全ての分野において有用であり、例えば、医薬品、化粧品、食品、インキや塗料などの製造において有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)水の気/液臨界点近傍の温度及び圧力条件下で、乳化対象の水不溶性物質と水とを相溶させる工程、
(2)前記水不溶性物質と水からなる相溶物を界面活性剤の存在下で冷却して、前記水不溶性物質が水に分散した液、または水が前記水不溶性物質に分散した液を得る工程
を含む、乳化物の製造方法。
【請求項2】
水の気/液臨界点近傍の温度条件は、300℃以上の温度であり、かつ圧力条件は、20 MPa以上の圧力である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
乳化対象の水不溶性物質と水とを相溶させる工程は、水と水不溶性物質とを両者が相溶する温度及び圧力条件下で混合し、次いで水と水不溶性物質とが相溶する温度及び圧力条件で保持することで実施する、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
保持時間は、0.01〜90秒間の範囲である請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
界面活性剤は、水不溶性物質と水からなる相溶物に混合することで、前記水不溶性物質と水からなる相溶物に存在させる、請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
界面活性剤は、水不溶性物質を水と相溶させる際に、水不溶性物質とともに水に添加することで、前記水不溶性物質と水からなる相溶物に存在させる、請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
界面活性剤の存在下での前記水不溶性物質と水からなる相溶物の冷却は10℃/秒以上の冷却速度にて、少なくとも100℃の温度まで行う、請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法。

【図1−1】
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【図1−2】
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【図1−3】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6−1】
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【図6−2】
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【図7−1】
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【図7−2】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−39547(P2013−39547A)
【公開日】平成25年2月28日(2013.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−179679(P2011−179679)
【出願日】平成23年8月19日(2011.8.19)
【出願人】(504194878)独立行政法人海洋研究開発機構 (110)
【Fターム(参考)】