説明

乳酸菌培養基材

【課題】廃棄物処理にも貢献でき、かつ、乳酸菌の培養に好適に用いられる酵母菌体残渣を利用した微生物培養基材、特にペプトン等に代わる有機窒素源を提供する。
【解決手段】乳酸菌培養の培地に用いる窒素源として、高価なペプトン等の代わりに、酵母菌体残渣および/または酵母菌体残渣酵素処理物を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵母菌体残渣あるいは酵母菌体残渣酵素処理物を使用する乳酸菌の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
乳酸菌はヨーグルトやチーズなどの乳製品の他、味噌、醤油、キムチなどの製造に利用されている微生物である。さらに乳酸菌自体も整腸作用等の生理活性作用を持つことから、健康食品など幅広い分野で使用されている。従来、このような乳酸菌を生産するための培養では、窒素源となる培地として酵母エキスやペプトンが使用されているが、いずれも高価であるため、安価な培養方法が課題であった。このような課題を解決するため、これまでに酒粕または蛋白質分解酵素を作用させた酒粕の水抽出物を使用する方法(特許文献1)、海洋性微細藻類から抽出した成分を乳酸菌培養に用いる方法(特許文献2)、豆腐の製造工程で得られる豆乳をエンド型プロテアーゼ及びエキソ型プロテアーゼ共存水系下で水解した醗酵促進剤(特許文献3)および脂質と蛋白質の複合体を培地に添加して乳酸菌を培養する方法(特許文献4)などの発明がある。
【特許文献1】特開平5−15366号公報
【特許文献2】特開平7−51057号公報
【特許文献3】特開平8−238066号公報
【特許文献4】特開2006−230259号公報
【0003】
一方、酵母菌体から菌体中のエキス、例えば酵母エキス等を抽出した残渣である酵母菌体残渣は、なおタンパク質・繊維等が含まれていることから、これらを有効利用する方法も提案されてきた。例えば、酵母菌体残渣等を加熱・加圧して木質生分解材とする方法(特許文献5)、酵母菌体残渣等を炭化させてガス吸着材あるいは植物栽培用培地とする方法(特許文献6)、酵母菌体残渣に溶菌酵素を生産する特殊な菌を培養させて可溶化させたのち嫌気的処理する方法(特許文献7)、酵母菌体残渣に特殊な菌を作用させて高度不飽和脂肪酸を富化した動物飼料とする方法(特許文献8)等が報告されている。
しかしながらこれらの方法は、処理が煩雑であったり、特殊な菌を作用させなければならいという欠点があり、更に有利な利用方法が求められていた。
【特許文献5】特開平7−285108号公報、特開2003−231108号公報
【特許文献6】特開2000−264615号公報、同2003−325044号公報
【特許文献7】特開平7−184640号公報
【特許文献8】特開2004−298123号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、食品工業等から排出される酵母菌体残渣の有効利用を図るとともに、乳酸菌を培養する際の窒素源として、高価なペプトン等にかわる安価な微生物培養基材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、かかる課題を解決すべく研究の結果、酵母菌体残渣やその酵素処理物が乳酸菌培養の窒素源として有用であることを見出し、本発明に到達した。すなわち本発明は、
(1)培地として酵母菌体残渣または酵母菌体残渣酵素処理物を用いる乳酸菌の培養方法。
(2)前記酵母がキャンディダ属酵母である、上記(1)の培養方法。
(3)酵母菌体残渣または酵母菌体残渣酵素処理物を含有する、乳酸菌培養用の培養基材。
を提供するものである。
【発明の効果】
【0006】
本発明によると、多量排出されている酵母菌体残渣を微生物培養基材、特に、高価なペプトンなどの代わりに安価な窒素源として活用でき、かつ、廃棄物処理にも貢献することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、乳酸菌の培養の際に、培地として酵母菌体残渣または酵母菌体残渣酵素処理物を用いるものである。
【0008】
本発明のいう酵母菌体残渣とは、酵母菌体から抽出処理、例えば、熱水抽出、アルカリ抽出等の簡単な処理により、酵母菌体中の有用物、例えば酵母エキス等を抽出した残渣であり、タンパク質とグルカン、マンナン等の細胞壁成分を主とするものである。
用いられる酵母は、酵母エキス等を生産するための酵母であればいずれでもよく、例えば、サッカロミセス属酵母、キャンディダ属酵母等を例示することができるが、中でもキャンディダ属酵母が好ましい。
【0009】
酵母菌体残渣酵素処理物とは、上記の酵母菌体残渣に酵素処理を行ったもので、使用する酵素は細胞壁溶解酵素あるいはプロテアーゼが好ましい。
【0010】
前記酵素は、使用する酵素によって添加量が異なるが、酵母菌体残渣(乾燥重量)に対して0.1〜5%、好ましくは0.5〜1.0%添加される。
反応条件は使用する酵素の種類、使用量等によって異なるが、pH3.0〜11.0の範囲、好ましくはpH6.0〜9.0の範囲とし、反応温度は30〜80℃、望ましくは35〜70℃とし、反応時間は1〜10時間程度で十分である。
【0011】
反応終了後、例えば、ドラムドライヤーで乾燥し次いで粉砕機で粉砕することにより、容易に、酵母菌体残渣酵素処理物を粉末として取得することができる。
【0012】
培養に使用する酵母菌体残渣及び酵母菌体残渣酵素処理物は乾燥品、未乾燥品のどちらでもよいが、保存性、取扱いのしやすさを考えると乾燥品が望ましい。以下に記す酵母菌体残渣及び酵母菌体残渣酵素処理物の重量は、乾燥品の重量とする。
【0013】
本発明においては、一般的に乳酸菌培養に用いられている培地中のペプトンの全部または一部を、酵母菌体残渣および/または酵母菌体残渣酵素処理物に置き換えることができる。ペプトンの全部を置き換える場合、酵母菌体残渣および/または酵母菌体残渣酵素処理物を乾燥重量で0.5〜2.0%、培地に添加するのが望ましい。これら以外の培養基材については、一般的に乳酸菌培養に用いられている培地と同じでよく、例えばグルコース0.5〜1.5%、酵母エキス0.1〜1.0%、塩化ナトリウム0.1〜1.0%を含む培地が挙げられる。
【0014】
調製した培地について、121℃で10〜30分間殺菌を行い、冷却後に乳酸菌を接種して培養を開始する。培養条件は、培養温度25〜40℃、培養pH5〜7.5、培養時間は12〜24時間が望ましい。また、乳酸菌の生育とともに乳酸が生成されるためpHが低下し、乳酸菌の生育に影響が出るため、本培養の際にはpHが下がりすぎないよう制御して培養を行うのが望ましい。フラスコスケールでは特に撹拌の有無は問わないが、ジャーファーメンタースケールでは低速の撹拌が望ましい。
【実施例】
【0015】
以下、製造例と実施例を挙げて本発明を詳細に説明する。
【0016】
製造例1
キャンディダ・ユティリスAHU3053株を常法により培養し集菌することにより酵母菌体を得た。該菌体からエキス分を熱水抽出し、該熱水可溶性成分(エキス分)を分離・除去することにより、酵母菌体残渣を得た。
得られた酵母菌体残渣の組成を表1に示す。
【0017】
【表1】

【0018】
製造例2
製造例1で得た酵母菌体残渣22.5kg(乾燥重量)を水127.5Lに懸濁しpHを6.5に調製した。本懸濁液に、ツニカーゼ(大和化成製)225gを水に溶解した溶液を0.22μmのフィルターを通して添加した。添加終了後、35〜40℃で攪拌下4時間酵素反応を行った。
反応終了後、反応液をドラムドライヤーを用いて150℃で乾燥を行い、次いで粉砕器で粉砕し、酵母菌体残渣酵素処理物18kgを得た。
得られた酵母菌体残渣酵素処理物の組成を表2に示す。
【0019】
【表2】

【0020】
実施例1
微生物としてLactobacillus reuteriを用い、1000ml容の三角フラスコにロゴサ培地(表3の組成)200mlを調製し殺菌した後、乳酸菌を接種して培養温度37℃で12時間静置培養し前培養液を得た。本培養培地として、グルコース1%、酵母エキス0.5%、塩化ナトリウム0.5%、市販のポリペプトン(日本製薬製)0.5%を添加した培地を基準培地とし、基準培地のポリペプトンの代わりに製造例1で得られた酵母菌体残渣0.75%を添加した培地をA培地とし、基準培地のポリペプトンの代わりに製造例2で得られた酵母菌体残渣酵素処理物0.75%を添加した培地をB培地とした。前記の基準培地、A培地、B培地をそれぞれ、30Lジャーファーメンターに15Lずつ調製し、121℃、30分間オートクレーブ殺菌を行った。冷却後の各培地に、ロゴサ培地で作成した前培養液全量を無菌的に接種し、撹拌回転数100rpm、培養温度37℃、pH5.2以下にならないように制御を行いながら24時間培養を行った。培養液中の生菌数の測定のために、ロゴサ培地(表3の組成)に寒天を2%加えたものを調製し殺菌し、シャーレに平板培地を作成した。該平板培地に無菌的に採取した培養液を塗布して培養温度37℃で24時間静置培養し、生菌数を測定した。各培養液中の生菌数の測定結果を表4に示す。基準培地と比較して、A培地ならびにB培地を用いた培養液の生菌数は同等の値を示しており、酵母菌体残渣および酵母菌体残渣酵素処理物が十分にペプトンの代替として使用できることが確認された。
【0021】
【表3】

【0022】
【表4】

【0023】
実施例2
微生物としてEnterococcus faecalisを用い、1000ml容の三角フラスコにロゴサ培地(表3の組成)200mlを調製し殺菌した後、乳酸菌を接種して培養温度37℃で12時間静置培養し前培養液を得た。本培養培地として、グルコース1%、酵母エキス0.5%、塩化ナトリウム0.5%、市販のポリペプトン(日本製薬製)0.5%を添加した培地を基準培地とし、基準培地のポリペプトンの代わりに製造例1で得られた酵母菌体残渣0.75%を添加した培地をA培地とし、基準培地のポリペプトンの代わりに製造例2で得られた酵母菌体残渣酵素処理物0.75%を添加した培地をB培地とした。前記の基準培地、A培地、B培地をそれぞれ、30Lジャーファーメンターに15Lずつ調製し、121℃、30分間オートクレーブ殺菌を行った。冷却後の各培地に、ロゴサ培地で作成した前培養液全量を無菌的に接種し、撹拌回転数100rpm、培養温度37℃、pH5.2以下にならないように制御を行いながら24時間培養を行った。培養液中の生菌数の測定のために、ロゴサ培地(表3の組成)に寒天を2%加えたものを調製し殺菌し、シャーレに平板培地を作成した。該平板培地に無菌的に採取した培養液を塗布して培養温度37℃で24時間静置培養し、生菌数を測定した。各培養液中の生菌数の測定結果を表5に示す。基準培地と比較して、A培地ならびにB培地を用いた培養液の生菌数は同等の値を示しており、酵母菌体残渣および酵母菌体残渣酵素処理物が十分にペプトンの代替として使用できることが確認された。
【0024】
【表5】

【産業上の利用可能性】
【0025】
以上述べてきたように、本発明によると、多量排出されている酵母菌体残渣を微生物培養基材、特に、高価なペプトンなどの代わりに安価な窒素源として乳酸菌の培養に活用でき、かつ、廃棄物処理にも貢献することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
培地として酵母菌体残渣または酵母菌体残渣酵素処理物を用いる乳酸菌の培養方法。
【請求項2】
前記酵母がキャンディダ属酵母である、請求項1記載の培養方法。
【請求項3】
酵母菌体残渣または酵母菌体残渣酵素処理物を含有する、乳酸菌培養用の培養基材。