乾湿式用紡糸口金およびフィラメント糸の製造方法
【課題】フィラメント糸を製造する際に、紡糸安定性に優れ、フィラメント糸間の太さ斑が無く、強度・伸度等の品質良好なフィラメント糸を得るために顕著な効果を発揮する乾湿式用紡糸口金を提供すること。
【解決手段】本発明は、複数のノズル孔から高分子重合体を含むポリマ溶液を気体中に紡出する乾湿式用紡糸口金であって、ノズル孔が穿孔された口金面と、前記口金面の少なくとも一部に配置され、前記口金面から前記ポリマ溶液の紡出方向に延在している通流可能な液面引上げ部材とを有することを特徴とする。
【解決手段】本発明は、複数のノズル孔から高分子重合体を含むポリマ溶液を気体中に紡出する乾湿式用紡糸口金であって、ノズル孔が穿孔された口金面と、前記口金面の少なくとも一部に配置され、前記口金面から前記ポリマ溶液の紡出方向に延在している通流可能な液面引上げ部材とを有することを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乾湿式用紡糸口金およびフィラメント糸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アクリル繊維等、ポリアクリロニトリル等から構成されるフィラメント糸は、一般に溶液紡糸法、即ち、ポリアクリロニトリル等のポリマを溶媒に溶解させ、ポリマ溶液として紡糸パックに供給し、紡糸パックに装備された紡糸口金からフィラメント糸として凝固浴に紡出し、固化させた後、必要に応じ、水洗や延伸、乾燥、あるいは油剤付与等を施した後に、巻き取る等の過程を経て製造される。なお、紡糸口金からフィラメント糸を凝固浴に紡出させ、固化させる方法としては、上記の様に、フィラメント糸を、直接、凝固浴に紡出して固化させる方法と、紡糸口金からフィラメント糸を、一旦、気体中に紡出し、次いで、凝固浴を通過させて固化させる方法とが知られており、一般に、前者は湿式紡糸法、後者は乾湿式紡糸法と呼ばれている。
【0003】
また、セルロース、ポリスルホン、ポリエーテルイミド等から構成される多孔質中空糸膜の製造には、上記の様に、乾湿式紡糸法が採用されており、ポリスルホン等を溶媒に溶解させたポリマ溶液を乾湿式用紡糸口金から、中空糸膜として気体中に紡出し、温度、湿度雰囲気を制御した気体中において、中空糸膜の外表面に多孔質部を形成し、次いで、凝固浴を通過することで固化させて、多孔質中空糸膜を形成させる。なお、本明細書においては、以下、説明の簡略化のため、多孔質中空糸膜も含めて、フィラメント糸として総称することにする。
【0004】
ここで、乾湿式紡糸法とは、乾湿式用紡糸口金と凝固浴漕との間に形成された気体中(空気等)に吐出した後、液体(凝固液等)に導くために、フィラメント糸の製糸速度を容易に上げやすく、高速化に対応し易い等の特徴が挙げられる。その反面、課題としては、本発明者らの知見によれば、紡出直後のフィラメント糸同士の接触が懸念されるため、ノズル孔のピッチに制約があり、ノズル孔の集密化、即ち、多ホール化が困難な場合がある。また、乾湿式用紡糸口金から気体中に紡出されたフィラメント糸が、凝固液面より浸漬し、その後、引き取りローラにて引き取られる凝固浴漕において、フィラメント糸の走行に伴って随伴流が発生する。この随伴流により、凝固浴漕を大きく循環する循環流が形成され、その結果、フィラメント糸が不安定化し、糸切れ等の発生に繋がり、操業性悪化等の問題になっていた。特に、フィラメント糸が凝固液に浸漬する箇所では、フィラメント糸に引っ張れられた随伴流を補うために、凝固液面の外周側からフィラメント糸に向かう液流が発生し、この流れの影響を受けて、フィラメント糸が不安定となり、糸切れが発生していた。また、ポリマ溶液で構成される溶媒の蒸気や、凝固浴にて蒸気が発生し、口金面が結露し、ノズル孔を塞ぐこと等が問題となっていた。そこで、上記の課題に対して、安定的にフィラメント糸を製造するためには、凝固液流れを整流化させる狙いとしての整流筒が、重要な装置として、一般に認識されており、従来から様々な開発がなされてきた。
【0005】
例えば、特許文献1では、図9に示した整流筒が提案されている。図9は、特許文献1の整流筒の概略断面図である。図中、1は乾湿式用紡糸口金、4はフィラメント糸、5は凝固浴漕、6は凝固液面、8は折り返しガイド、10は凝固液、11は口金面、33は整流筒を示す。以下、各図面において、説明済みの図に対応する部材が存在する場合は、同じ参照符号を用いて説明を省略することがある。特許文献1は、多孔質材からなる筒状部材で構成された整流筒33が、整流筒33の上端部が凝固液面6の上に露出して配設することで、フィラメント糸4が凝固液10に導入される際に受ける液流の影響を低減し、フィラメント糸4の乱れが無い、安定した紡糸が実現できることが記載されている。更には、図9に記載のように、整流筒33の長さLと、凝固液面6と整流筒33の上端部までの距離Dを規定範囲の寸法とすることで、走行するフィラメント糸4に与える液抵抗を低減し、高品質のフィラメント糸4を得ることが記載されている。
【0006】
しかしながら、本発明者らの知見によれば、整流筒33が乾湿式用紡糸口金1の外周側に配置されていることから、整流筒33の外周側からフィラメント糸4に向かう凝固液10の整流化には、一定の効果を有するが、凝固液面6がフィラメント糸4に引っ張られて低下し、凝固液面6に高低差が発生することは避けられない。この凝固液面6の低下により、凝固液面6が不安定となり、液面変動が発生する場合があり、この液面変動の影響を受けて、フィラメント糸同士が接触し、糸切れ等が発生する場合があった。更に、本発明者らの知見によると、局所的に凝固液面6が低下することから、例えば、複数のフィラメント糸4が紡出される乾湿式用紡糸口金1の中央と外周において、口金面11から凝固液面6までの距離(以降は、エアギャップ長と総称する)に高低差が発生し、フィラメント糸4の太さ斑等の品質斑が発生する場合があった。また、本発明者らの知見によれば、このエアギャップ長は、多孔質中空糸膜の分野では、中空糸膜の外表面に多孔質部を形成する区間であることから、中空糸膜の品位・品質を決定し、また、アクリル繊維等の分野では、上記の様に、フィラメント糸の品質や、操業性を決定付ける極めて重要な長さとして考えられている。
【0007】
そこで、凝固液面6の低下を抑制し、高低差を無くすために、特許文献2の乾湿式用紡糸口金が提案されている。図10は、特許文献2の乾湿式用紡糸口金の概略平面図である。図中、2はノズル孔、31は穿孔領域、32は非穿孔領域をそれぞれ示す。特許文献2は、安定した凝固液面6を維持し、フィラメント糸4の太さ斑等の品質斑の抑制や、糸切れを低減させるために、ノズル孔2が配列されている長方形の穿孔領域31において、長方形領域の中央部の領域のノズル孔2の密度に対して、長方形領域の長手方向(長辺方向)の端部の領域のノズル孔2の密度を低くなるように配置することで、端部の穿孔領域31から吐出されるフィラメント糸4の密度を局所的に減少させて、凝固液面6が局所的に低下する領域を小さくし、凝固液面6の高低差を無くすことが記載されている。
【0008】
また、特許文献2と類似した構造として、図11に示したような乾湿式用紡糸口金が提案されている。図11は、特許文献3の乾湿式用紡糸口金の概略平面図である。特許文献3は、ノズル孔2が配置される長方形の穿孔領域31において、長方形領域の中央部の領域のノズル孔2の密度に対して、外周部の領域のノズル孔2の密度が低くなるように配置することで、外周部のノズル孔2から吐出されるフィラメント糸4の密度を局所的に減少させて、凝固液面6が局所的に低下する領域を小さくし、凝固液面6の高低差を無くすことが記載されている。
【0009】
しかしながら、本発明者らの知見によれば、上記のような乾湿式用紡糸口金1を用いると、フィラメント糸4の外周側の部分的な液面低下を抑制し、凝固液面6の高低差を低減できるため、一定の効果を有するが、フィラメント糸4の束全体、即ち、乾湿式用紡糸口金1に対面する凝固液面6の大きな液面低下を抑制できない場合がある。
【0010】
また、近年は、生産性向上を狙いとした、紡糸速度の高速化や、一つの乾湿式用紡糸口金から複数のフィラメント糸4を紡出させる多フィラメント化、更には、フィラメント糸の小径化、また、多孔質中空糸膜の分野では、薄膜化等が行われている。更に最近では、市場にニーズが多様化してきており、薄膜化・小径化、多フィラメント・小径化等の、複数の機能を組み合わせて付与する試みが盛んに行われ始めており、紡糸が極めて難しい難紡糸品種が多くなってきている。このような状況下で、凝固液の整流化と、凝固液面の低下を抑制することが困難となってきており、延いては、高い生産性の下で、高品位のフィラメント糸や、多孔質中空糸膜を製造することが極めて難しくなってきている。
【0011】
上記の問題を、乾湿式紡糸法の分野において、紡糸速度を高速化した場合を例に説明する。本発明者らの知見によれば、一般的に、紡糸速度を増加させると、凝固浴漕において、凝固液の随伴流が増加することから、凝固浴漕を循環する循環流量が増加し、また、凝固液面の低下が増大し、その結果、フィラメント糸の品質斑の悪化や、糸切れ等の操業性悪化が発生する場合がある。
【0012】
また、多フィラメント化した場合においても、上記と同様の問題が発生する。これは、本発明者らの知見によれば、多フィラメント化、即ち、一つの乾湿式用紡糸口金から吐出されるフィラメント糸の本数を増加させることは、紡糸速度を増加したのと同様に、凝固液の随伴流が増加することから、凝固浴漕を循環する循環流量が増加し、更には、凝固液面の低下量が増大するため、フィラメント糸の品質斑や、糸切れ等の発生に繋がっていた。
【0013】
以上の様に、凝固浴槽の凝固液流を整流化し、且つ、凝固液面の低下を抑制することにより、乾湿式用紡糸口金から紡出されるフィラメント糸の太さ斑等の品質斑を抑制し、更に、紡糸安定性を向上することは、フィラメント糸製造の生産性向上の上で、極めて重要な要素であるが、上記した様に、種々な問題が残されており、フィラメント糸製造の生産性向上の妨げとなっている。従って、この操業性の向上、品質斑の抑制に纏わる問題を解決することは、工業上、重要な意味を有するのである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開平2−19508号公報
【特許文献2】特開2009−235643号公報
【特許文献3】特開2009−263805号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
そこで、本発明の目的は、糸切れ等が無く、紡糸安定性に優れると共に、フィラメント糸間の太さ斑が無く、強度・伸度等の品質良好なフィラメント条を得るために顕著な効果を発揮する乾湿式用紡糸口金およびフィラメント糸の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するための本発明の乾湿式用紡糸口金は以下の構成を有する。すなわち、本発明は、複数のノズル孔から高分子重合体を含むポリマ溶液を気体中に紡出する乾湿式用紡糸口金であって、ノズル孔が穿孔された口金面と、前記口金面の少なくとも一部に配設され、前記口金面から前記ポリマ溶液の紡出方向に延在している通流可能な液面引上げ部材とを有することを特徴とする。
【0017】
また、前記通流可能な液面引上げ部材が、隣接する2つの前記ノズル孔の中心を結ぶ線分を半径とする仮想円に囲まれる領域内の少なくとも一部に配置されていることを特徴とする。
【0018】
また、前記通流可能な液面引上げ部材が、前記ノズル孔が穿孔された穿孔領域を相似形とする、前記穿孔領域の50〜95%の範囲となる領域の少なくとも一部に配置されていることを特徴とする。
【0019】
また、前記口金面には、前記ノズル孔が穿孔され、1または複数の孔群を形成する穿孔領域と、前記ノズル孔が穿孔されていない非穿孔領域とから構成され、前記通流可能な液面引上げ部材が、前記非穿孔領域の少なくとも一部に配置されていることを特徴とする。
【0020】
また、本発明のフィラメント糸の製造方法は、複数のノズル孔が穿孔された口金面から構成される乾湿式用紡糸口金より、高分子重合体を含むポリマ溶液を気体部に紡出した後、前記口金面の下方に前記気体部を介して配設された凝固浴漕の凝固液に導く、フィラメント糸の製造方法において、通流可能な液面引上げ部材の少なくとも一部が、前記口金面から前記凝固浴漕の液面まで延在して配置されていることを特徴とする。
【0021】
また、本発明のフィラメント糸の製造装置は、本発明の乾湿式用紡糸口金と、前記乾湿式用紡糸口金の下方に気体部を介して配設された凝固浴漕から構成されたことを特徴とする。
【0022】
本発明において、「口金面からポリマ溶液の紡出方向に延在している通流可能な液面引上げ部材」とは、口金面からポリマ溶液の紡出方向に延在した部材であって、口金面に平行な方向には気体や液体の流れの少なくとも一部を遮らない部材をいう。例えば、この通流可能な液面引上げ部材が配置された乾湿式用紡糸口金をフィラメント糸の製造に用いた場合、口金面と凝固浴漕とに挟まれた空間において、気体の少なくとも一部を妨げずに貫通させ、凝固浴漕において、凝固液の少なくとも一部を妨げずに貫通させ、凝固液面を口金面に向かって、上昇させる部材などが挙げられる。
【0023】
本発明において、「隣接する2つのノズル孔」とは、複数のノズル孔が配列されている孔群において、ノズル孔の中心を結ぶ線分の距離が最短な二つのノズル孔をいう。
【0024】
本発明において、「ノズル孔が穿孔され、1または複数の孔群を形成する穿孔領域」とは、口金面にノズル孔が孔群を形成して穿孔されている領域であり、ノズル孔が複数の孔群を形成する場合には、その孔群毎に穿孔されている領域をいう。ここで言う「孔群」とは、複数のノズル孔が、1または2種類の周期で並んで配列されている孔群をいう。
【0025】
本発明において、「ノズル孔が穿孔されていない非穿孔領域」とは、口金面にノズル孔が孔群を形成して穿孔されていない領域をいう。
【発明の効果】
【0026】
本発明の乾湿式用紡糸口金およびフィラメント糸の製造方法によれば、糸切れ等が無く、紡糸安定性に優れると共に、フィラメント糸間の太さ斑が無く、強度・伸度等の品質良好なフィラメント条を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金の概略断面図である。
【図2】本発明の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金の概略平面図である。
【図3】本発明の別の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金の概略平面図である。
【図4】本発明の別の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金の概略平面図である。
【図5】本発明の別の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金の概略平面図である。
【図6】本発明の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金、凝固浴漕周辺の概略断面図である。
【図7】図2の本発明の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金を適用した際の、凝固浴漕の凝固液面を説明する部分断面拡大図である。
【図8】図5の本発明の別の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金を適用した際の、凝固浴漕の凝固液面を説明する部分断面拡大図である。
【図9】従来例の凝固浴漕の概略断面図である。
【図10】従来例の乾湿式用紡糸口金の概略平面図である。
【図11】従来例の乾湿式用紡糸口金の概略平面図である。
【図12】従来例の凝固浴漕の凝固液面を説明する部分断面拡大図である。
【図13】従来例の凝固浴漕の凝固液面を説明する部分断面拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、図面を参照しながら、本発明の乾湿式用紡糸口金の実施形態について詳細に説明する。図1は、本発明の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金の概略断面図であり、図2は、本発明の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金の概略平面図であり、図3、図4、図5は、本発明の別の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金の概略平面図であり、図6は、本発明の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金、凝固浴漕周辺の概略断面図である。図中、3は液面引上げ部材、9は引き取りローラ、12はポリマ溶液供給部をそれぞれ示す。なお、これらは、本発明の要点を正確に伝えるための概念図であり、図を簡略化しており、本発明の乾湿式用紡糸口金は特に制限されるものでなく、寸法比は実施の形態に合わせて変更可能なものとする。
【0029】
本発明の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金1は、図1に示すように、ポリマ溶液供給部12と、ポリマ溶液供給部12に連通し、口金面11まで貫通した流路を形成するノズル孔2と、口金面11の少なくとも一部に配設された液面引上げ部材3とから構成される。この乾湿式用紡糸口金1が、図6に示すように、濾過材、多孔板と共にパックケース内に固定され(図では省略)、凝固液10が満たされた凝固浴漕5の上方に、凝固液面6から一定の気体空間を有して配設され、更には、口金面11に配設された液面引上げ部材3が凝固液面6に浸漬するまで延在して構成されている。そこで、ポリマ溶液供給部12に供給されたポリマ溶液は、ノズル孔2より気体空間に吐出され、凝固液10に浸漬した後、折り返しガイド8を経て、その後、フィラメント糸4として、引き取りローラ9より引き取られる。そこで、フィラメント糸4が、折り返しガイド8に向かい集束した形態であれば、液面引上げ部材3もフィラメント糸4の走行経路方向に従い、集束した形態となる。その場合には、フィラメント糸4同士の距離が短くなるため、液面引上げ部材3は、口金面11からポリマ溶液の紡出経路方向に向かって断面積を漸減した棒状とするのが好適であり、これにより、フィラメント糸4が液面引上げ部材3へ接触するのを回避できる。
【0030】
なお、図6では省略したが、口金面11と凝固液面6との間の空間には、空気、蒸気等を供給、または排気する給排気装置が配設されていてもよい。この給排気装置は、ノズル孔2が、1または複数列で環状に配置されている場合、その外周を囲うように配設され、外周から内向きに気流が給気、または外向きに排気されるのがよく、ノズル孔2が千鳥、格子状に配置されている場合、一方向から気流を供給し、対向する側から気流を排気できるように配設されるのがよい。それにより、給排気装置から供給、または排気された気流がフィラメント糸4の間を通過し易くなり、フィラメント糸間の糸の太さ斑や、糸物性斑等を低減させることができる。
【0031】
まず始めに、上述の実施形態の構成を取ることにより、乾湿式用紡糸口金1より紡出されるフィラメント糸間の太さ斑と、紡糸不安定化による糸切れ発生の問題を解消できる原理を説明する。上述の問題の発生要因として、一つは、凝固液10において、フィラメント糸4の随伴流に伴う循環流等の液流に起因するものと、もう一つは、凝固液面6の低下や、液面変動に起因するものが挙げられる。なお、前者は、背景技術にて記載した通り、整流筒を配設し、凝固液10の液流れを整流化することで、一定の効果が確認されている。従って、凝固液面6の低下や、液面変動によるフィラメント糸間の太さ斑を抑制し、糸切れ等の発生を抑制することが重要である。
【0032】
図7、および図12は、本発明と、従来例の実施形態の乾湿式紡糸用口金1と凝固液面6の部分断面拡大図を表したものである。ここで、従来例の実施形態では、フィラメント糸4の走行に伴い、近傍の凝固液面6が下方に引き込まれることで、凝固液面6に高低差が発生する。これにより、ポリマ溶液の吐出前に設定したエアギャップ長AGが長くなるため、フィラメント糸4の揺れ幅が大きくなり、フィラメント糸間で接触が発生し、糸切れに繋がる場合がある。また、乾湿式用紡糸口金1の中心と外周側において、エアギャップ長AGに差が発生するため、フィラメント糸4の太さ斑等の品質斑となる場合がある。そこで、ポリマ溶液の吐出後に、長くなったエアギャップ長AGを短縮しようと、口金面11と凝固液面6を近接させることは可能であるが、凝固液面6の液面変動が大きいために、凝固液10の口金面11への付着が発生し、一度、凝固液10が口金面11に付着すると、口金面11の修正作業が必要となり、最悪の場合は、フィラメント糸4の生産を中断し、乾湿式紡糸用口金1の交換が必要となる。
【0033】
そこで、本発明者らは、上記の問題を解決するために、凝固液10と凝固液面6を観察し、鋭意検討することで、従来の技術では、何の配慮もなされていなかった、凝固液面6の低下を抑制しつつ、凝固液10の液流れを妨げない技術を見出すに至った。即ち、上記の様な凝固液面6を引き込む力に対抗するために、本発明の乾湿式紡糸用口金1では、液面引上げ部材3を、口金面11からポリマ溶液の紡出経路方向に向かって、凝固液面6にまで延在させ、凝固液10に浸漬して配設させる。それにより、凝固液10の表面張力が作用し、液面引上げ部材3を沿って凝固液面6が上方に向かって上昇するため、凝固液面6を引き上げることができる。また、凝固液面6を引き上げたことで、凝固液面6の液面変動が抑制され、エアギャップ長AGを可能な限りに短縮することができることから、更に、凝固液面6を安定化できる。
【0034】
更に、本発明の重要なポイントは、液面引上げ部材3が、気体と液体を通流可能、即ち、口金面11から凝固浴漕5に挟まれた気体空間において、気体の少なくとも一部を妨げずに貫通させ、また、凝固浴漕5において、凝固液10の少なくとも一部を妨げずに貫通させることである。これにより、凝固液面6の近傍の凝固液10の液流れを妨げることが無いために、液流乱れを抑制し、糸切れ等の発生を防止できる。更には、口金面11と凝固浴漕5とに挟まれた空間における、ポリマ溶液で構成される溶媒の蒸気や、凝固浴10の蒸気発生により、口金面11が結露し、ノズル孔2を塞ぐ等の問題も併せて抑制することができる。
【0035】
次に、本発明の液面引上げ部材3を口金面11に配置する実施形態について、図2にて、また、本発明と同様の効果を有する他の実施形態を図3、図4、図5、図8を用いて説明する。図2に示すように、口金面11にノズル孔2が穿孔され、1または複数の孔群を形成する穿孔領域31(図中の点線内)において、隣接する2つのノズル孔2の中心を結ぶ線分を半径とする仮想円に囲まれる領域内の少なくとも一部に、液面引上げ部材3が配置されていてもよい。具体的には、あるノズル孔2を基準とし、その基準のノズル孔2に最も短い中心間距離で隣接するノズル孔2をノズル孔2aとしたとき、ノズル孔2とノズル孔2aの中心を結ぶ線分を半径とする仮想円に囲まれる領域の少なくとも一部に、液面引上げ部材3が配置されることで、穿孔領域31に配設されたノズル孔2から吐出された全てのフィラメント糸4に対して、液面引上げ部材3を近接した位置に配置できるため、凝固液面6の全体を引き上げることが可能となる。
【0036】
ここで、穿孔領域31とは、口金面11にノズル孔2が、1または複数の孔群を形成して穿孔されている領域であり、ノズル孔2が複数の孔群を形成する場合には、その孔群毎に穿孔されている個々の領域をいう。それに対して、非穿孔領域32とは、口金面11にノズル孔2が孔群を形成して穿孔されていない領域をいう。また、孔群とは、複数のノズル孔2が、1または2種類の周期で並んで配列されているノズル孔2の集合体をいう。具体例として、図2の本発明の実施形態では、2つの孔群(右の一つの孔群は途中で省略)を形成し、その孔群に対応して、2つの穿孔領域31(右の一つの穿孔領域31は途中で省略)を形成し、口金面11において、2つの穿孔領域31以外の領域を非穿孔領域32という。また、他の具体例として、図11の従来例の実施形態では、矩形の乾湿式用紡糸口金1の中心から外周側にかけて5つの孔群を形成し、それらを合わせて一つの穿孔領域31となり、その外周に非穿孔領域32を形成している。
【0037】
また、図4に示すように、口金面11には、ノズル孔2が穿孔された穿孔領域31と、ノズル孔2が穿孔されていない非穿孔領域32とから構成され、液面引上げ部材3が、非穿孔領域32の少なくとも一部に配置されていてもよい。このように、非穿孔領域32に、液面引上げ部材3を配設することで、穿孔領域31のノズル孔2の孔間ピッチを小さくできるため、穿孔領域31の単位面積当たりのノズル孔数(以降、ノズル孔充填密度と呼ぶ)を大きくできることから、多フィラメント化が可能となる。
【0038】
また、図3に示すように、液面引上げ部材3が、穿孔領域31の外周形状を相似形とする、穿孔領域31の50〜95%の範囲となる領域の少なくとも一部に配置されていてもよい。口金面11に、複数の穿孔領域31がある場合には、それらを統合して、一つの穿孔領域31と見なし、複数の穿孔領域31を全て取り囲む外周形状を相似形とし、その外周形状の50〜95%の範囲となる領域の少なくとも一部に、液面引上げ部材3が配置される。また、外周形状の50〜95%の範囲となる領域内に、非穿孔領域32が含まれる場合においても、適宜、液面引上げ部材3が配置されていてもよく、配置されていなくてもよい。(図3は、非穿孔領域32に、液面引上げ部材3が配置されていない場合を示す。)
ここで、上述の液面引上げ部材3の配置の効果を説明するために、従来例の実施形態の乾湿式紡糸用口金1と凝固液面6の部分断面拡大図を図13に示す。本発明者らの知見によれば、紡糸速度を高速化していくと、口金面11に配置されたノズル孔2から吐出されたフィラメント糸4の束(糸条)が凝固液10に浸漬する際、糸条の外周近傍の凝固液面6が局所的に大きく低下し、糸条の中央の液面低下が小さくなることが分かっている。そこで、本発明者らは、この凝固液面6と、凝固液10の流れ形態を詳細に観察することで、この原因を究明し、本発明の実施形態を考案するに至った。
【0039】
つまり、糸条の外周近傍の凝固液面6は、フィラメント糸4の随伴に伴い、乾湿式用紡糸口金1の外側から糸条に向かう凝固液10を引き込むために、フィラメント糸4の走行速度と、凝固液10の液流との速度差(相対速度)は大きく、その結果、液抵抗が大きくなる(液抵抗は相対速度の2乗に比例する)ため、凝固液面6が大きく低下する。それに対して、糸条の中央の凝固液面6は、その外側の凝固液10は、フィラメント糸4の随伴により、下方に比較的に高流速で流れているため、フィラメント糸4の走行速度と、凝固液10の液流との速度差(相対速度)が小さく、液抵抗が小さいことから、凝固液面6の低下は、糸条の外周近傍よりも小さくなる。そして、この凝固液面10が最も低下する領域が、穿孔領域31の外周形状を相似形とした50〜95%の範囲となることを見出した。よって、凝固液面6の低下が大きな領域、即ち、穿孔領域31の外周形状を相似形とした50〜95%に範囲となる領域の少なくとも一部に、液面引上げ部材3を配設することで、効果的に凝固液面6を引き上げることができる。
【0040】
ここで、穿孔領域31の外周形状を相似形とした50%以下の領域に、液面引上げ部材3を配設した場合には、図2の本発明の実施形態で示したように、隣接する二つのノズル孔2間に囲まれる領域に配置した場合との優位差が無くなり、また、紡糸条件によっては、糸条の中央部での液面の引上げ効果が大きくなる過ぎる場合がある。その場合には、液面引上げ部材3の棒状の断面積を、穿孔領域31の中央で小さく、外周側で大きくすることで、表面張力を適宜調整すればよく、また、外周側の液面引き上げ部材3にのみ親水性の表面処理を施してもよい。また、95%以上の領域に、液面引上げ部材3を配設する場合には、凝固液面6の低下が最も大きな領域において、液面引上げ部材3による液面引上げ効果が低減する場合がある。
【0041】
また、図5、図8に示すように、通流可能な液面引上げ部材3の形状が、一部あるいは全面に開孔部を有する板状であってもよい。板状が凝固液10に浸漬することから、面状に表面張力が働き、面上に液面を引き上げることができる。但し、穿孔領域31の単位面積当たりに配置した棒状と比較して、凝固液面6に浸漬する面積が小さくなるため、表面張力が小さくなる場合がある。ここで、本発明に用いられる一部あるいは全面に開孔部を有する板状とは、多孔性部材であり、通流効果を得るためには流路開口率が20〜60%のパンチングメタルが好適であるが、スリット流路を持つ積層構造体でもよく、多孔質セラミックであってもよく、金網であってもよく、ハニカム構造体あってもよく、更には、金属粒子、金属繊維を高温圧縮成形したものであってもよい。
【0042】
次に、図2に示した本発明の実施形態と、図3、図4、図5に示した本発明の他の実施形態の乾湿式用紡糸口金1に共通した各部材の材質や、形状について詳細に説明する。
【0043】
本発明に用いられる液面引上げ部材3のポリマ溶液の紡出経路方向に垂直な断面形状は、円形状が好適であるが、楕円であってもよく、四角形であってもよく、多角形であってもよく、特に断面形状には限定されない。
【0044】
また、本発明に用いられる液面引上げ部材3の表面には、親水性の処理が施されているのが好ましい。親水性を施すために、表面に機械的、または化学的な処理を施して粗面化してもよく、親水性基で金属表面を被覆してもよい。また、凝固液10との接触面積を増やすために、液面引上げ部材3の表面に微細な凸凹加工が施されていてもよい。
【0045】
また、本発明に用いられる液面引上げ部材3は、口金面11との一体成型品であってもよく、接着材等で固定してあってもよいが、口金面11にネジ等にて固定可能とし、紡糸条件等により変更できる様に、脱着可能であるのが好適である。
【0046】
また、本発明に用いられる乾湿式用紡糸口金1は、矩形に限定されず、多角形であってもよく、円形であってもよい。乾湿式用紡糸口金1におけるノズル孔2の配列としては、乾湿式用紡糸口金1が矩形の場合には、穿孔領域31は、1または複数個の孔群が矩形であり、1または複数個の孔群全体を一つの穿孔領域31と見なし、その外周形状が矩形であるのが好ましい。また、乾湿式用紡糸口金1が円形状であれば、穿孔領域31は、1または複数個の孔群全体を一つの穿孔領域31と見なし、その外周形状が円形であるのが好適である。更に、その場合には、チーズ状の穿孔領域31が周方向に等間隔に配列した形状が好適である。
【0047】
また、本発明に用いられるノズル孔2の配列は、穿孔領域31の一つの孔群において、1または2種類の周期で配列されていればよく、例えば、穿孔領域31が矩形であれば、千鳥配列、格子配列等が好適であり、円形であれば、円周状配列が好適である。
【0048】
また、本発明に用いられるノズル孔2は、ポリマの紡出経路方向に垂直な方向の断面は丸形状が好適であるが、楕円や、多角形と言った異形断面形状であってもよく、中空断面状であってもよい。
【0049】
また、本発明に用いられるポリマ溶液は、単一成分で構成しても、複数成分で構成してもよく、複数成分の場合には、例えば、芯鞘、サイドバイサイド等の構成が挙げられる。また、フィラメント糸の断面形状は、丸、三角、扁平等の異形状や中空であってもよい。
【0050】
本発明は、極めて汎用性の高い発明であり、乾湿式用紡糸口金、およびフィラメント糸の製造方法によって得られる全てのフィラメント糸に好適である。従って、フィラメント糸の単糸繊度により特に限られるものではない。単糸繊度が小さければ小さいほど、従来の技術との差異が明確となる。また、フィラメント糸の単糸数により特に限られるものではなく、フィラメント糸の単糸数が多ければ多いほど、従来の技術との差異が明確となる。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明は、多孔質中空糸膜や、炭素繊維前駆体繊維束の製造においても用いられる乾湿式用紡糸口金に限らず、あらゆる乾湿式紡糸法において応用することができるが、その応用範囲が、これらに限られるものではない。
【符号の説明】
【0052】
1 乾湿式紡糸用口金
2 ノズル孔
2a 基準のノズル孔と隣接するノズル孔
3 液面引上げ部材
4 フィラメント糸
5 凝固浴漕
6 凝固液面
7 空気層
8 折り返しガイド
9 引き取りローラ
10 凝固液
11 口金面
12 ポリマ溶液供給部
31 穿孔領域
32 非穿孔領域
33 整流筒
AG エアギャップ長
【技術分野】
【0001】
本発明は、乾湿式用紡糸口金およびフィラメント糸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アクリル繊維等、ポリアクリロニトリル等から構成されるフィラメント糸は、一般に溶液紡糸法、即ち、ポリアクリロニトリル等のポリマを溶媒に溶解させ、ポリマ溶液として紡糸パックに供給し、紡糸パックに装備された紡糸口金からフィラメント糸として凝固浴に紡出し、固化させた後、必要に応じ、水洗や延伸、乾燥、あるいは油剤付与等を施した後に、巻き取る等の過程を経て製造される。なお、紡糸口金からフィラメント糸を凝固浴に紡出させ、固化させる方法としては、上記の様に、フィラメント糸を、直接、凝固浴に紡出して固化させる方法と、紡糸口金からフィラメント糸を、一旦、気体中に紡出し、次いで、凝固浴を通過させて固化させる方法とが知られており、一般に、前者は湿式紡糸法、後者は乾湿式紡糸法と呼ばれている。
【0003】
また、セルロース、ポリスルホン、ポリエーテルイミド等から構成される多孔質中空糸膜の製造には、上記の様に、乾湿式紡糸法が採用されており、ポリスルホン等を溶媒に溶解させたポリマ溶液を乾湿式用紡糸口金から、中空糸膜として気体中に紡出し、温度、湿度雰囲気を制御した気体中において、中空糸膜の外表面に多孔質部を形成し、次いで、凝固浴を通過することで固化させて、多孔質中空糸膜を形成させる。なお、本明細書においては、以下、説明の簡略化のため、多孔質中空糸膜も含めて、フィラメント糸として総称することにする。
【0004】
ここで、乾湿式紡糸法とは、乾湿式用紡糸口金と凝固浴漕との間に形成された気体中(空気等)に吐出した後、液体(凝固液等)に導くために、フィラメント糸の製糸速度を容易に上げやすく、高速化に対応し易い等の特徴が挙げられる。その反面、課題としては、本発明者らの知見によれば、紡出直後のフィラメント糸同士の接触が懸念されるため、ノズル孔のピッチに制約があり、ノズル孔の集密化、即ち、多ホール化が困難な場合がある。また、乾湿式用紡糸口金から気体中に紡出されたフィラメント糸が、凝固液面より浸漬し、その後、引き取りローラにて引き取られる凝固浴漕において、フィラメント糸の走行に伴って随伴流が発生する。この随伴流により、凝固浴漕を大きく循環する循環流が形成され、その結果、フィラメント糸が不安定化し、糸切れ等の発生に繋がり、操業性悪化等の問題になっていた。特に、フィラメント糸が凝固液に浸漬する箇所では、フィラメント糸に引っ張れられた随伴流を補うために、凝固液面の外周側からフィラメント糸に向かう液流が発生し、この流れの影響を受けて、フィラメント糸が不安定となり、糸切れが発生していた。また、ポリマ溶液で構成される溶媒の蒸気や、凝固浴にて蒸気が発生し、口金面が結露し、ノズル孔を塞ぐこと等が問題となっていた。そこで、上記の課題に対して、安定的にフィラメント糸を製造するためには、凝固液流れを整流化させる狙いとしての整流筒が、重要な装置として、一般に認識されており、従来から様々な開発がなされてきた。
【0005】
例えば、特許文献1では、図9に示した整流筒が提案されている。図9は、特許文献1の整流筒の概略断面図である。図中、1は乾湿式用紡糸口金、4はフィラメント糸、5は凝固浴漕、6は凝固液面、8は折り返しガイド、10は凝固液、11は口金面、33は整流筒を示す。以下、各図面において、説明済みの図に対応する部材が存在する場合は、同じ参照符号を用いて説明を省略することがある。特許文献1は、多孔質材からなる筒状部材で構成された整流筒33が、整流筒33の上端部が凝固液面6の上に露出して配設することで、フィラメント糸4が凝固液10に導入される際に受ける液流の影響を低減し、フィラメント糸4の乱れが無い、安定した紡糸が実現できることが記載されている。更には、図9に記載のように、整流筒33の長さLと、凝固液面6と整流筒33の上端部までの距離Dを規定範囲の寸法とすることで、走行するフィラメント糸4に与える液抵抗を低減し、高品質のフィラメント糸4を得ることが記載されている。
【0006】
しかしながら、本発明者らの知見によれば、整流筒33が乾湿式用紡糸口金1の外周側に配置されていることから、整流筒33の外周側からフィラメント糸4に向かう凝固液10の整流化には、一定の効果を有するが、凝固液面6がフィラメント糸4に引っ張られて低下し、凝固液面6に高低差が発生することは避けられない。この凝固液面6の低下により、凝固液面6が不安定となり、液面変動が発生する場合があり、この液面変動の影響を受けて、フィラメント糸同士が接触し、糸切れ等が発生する場合があった。更に、本発明者らの知見によると、局所的に凝固液面6が低下することから、例えば、複数のフィラメント糸4が紡出される乾湿式用紡糸口金1の中央と外周において、口金面11から凝固液面6までの距離(以降は、エアギャップ長と総称する)に高低差が発生し、フィラメント糸4の太さ斑等の品質斑が発生する場合があった。また、本発明者らの知見によれば、このエアギャップ長は、多孔質中空糸膜の分野では、中空糸膜の外表面に多孔質部を形成する区間であることから、中空糸膜の品位・品質を決定し、また、アクリル繊維等の分野では、上記の様に、フィラメント糸の品質や、操業性を決定付ける極めて重要な長さとして考えられている。
【0007】
そこで、凝固液面6の低下を抑制し、高低差を無くすために、特許文献2の乾湿式用紡糸口金が提案されている。図10は、特許文献2の乾湿式用紡糸口金の概略平面図である。図中、2はノズル孔、31は穿孔領域、32は非穿孔領域をそれぞれ示す。特許文献2は、安定した凝固液面6を維持し、フィラメント糸4の太さ斑等の品質斑の抑制や、糸切れを低減させるために、ノズル孔2が配列されている長方形の穿孔領域31において、長方形領域の中央部の領域のノズル孔2の密度に対して、長方形領域の長手方向(長辺方向)の端部の領域のノズル孔2の密度を低くなるように配置することで、端部の穿孔領域31から吐出されるフィラメント糸4の密度を局所的に減少させて、凝固液面6が局所的に低下する領域を小さくし、凝固液面6の高低差を無くすことが記載されている。
【0008】
また、特許文献2と類似した構造として、図11に示したような乾湿式用紡糸口金が提案されている。図11は、特許文献3の乾湿式用紡糸口金の概略平面図である。特許文献3は、ノズル孔2が配置される長方形の穿孔領域31において、長方形領域の中央部の領域のノズル孔2の密度に対して、外周部の領域のノズル孔2の密度が低くなるように配置することで、外周部のノズル孔2から吐出されるフィラメント糸4の密度を局所的に減少させて、凝固液面6が局所的に低下する領域を小さくし、凝固液面6の高低差を無くすことが記載されている。
【0009】
しかしながら、本発明者らの知見によれば、上記のような乾湿式用紡糸口金1を用いると、フィラメント糸4の外周側の部分的な液面低下を抑制し、凝固液面6の高低差を低減できるため、一定の効果を有するが、フィラメント糸4の束全体、即ち、乾湿式用紡糸口金1に対面する凝固液面6の大きな液面低下を抑制できない場合がある。
【0010】
また、近年は、生産性向上を狙いとした、紡糸速度の高速化や、一つの乾湿式用紡糸口金から複数のフィラメント糸4を紡出させる多フィラメント化、更には、フィラメント糸の小径化、また、多孔質中空糸膜の分野では、薄膜化等が行われている。更に最近では、市場にニーズが多様化してきており、薄膜化・小径化、多フィラメント・小径化等の、複数の機能を組み合わせて付与する試みが盛んに行われ始めており、紡糸が極めて難しい難紡糸品種が多くなってきている。このような状況下で、凝固液の整流化と、凝固液面の低下を抑制することが困難となってきており、延いては、高い生産性の下で、高品位のフィラメント糸や、多孔質中空糸膜を製造することが極めて難しくなってきている。
【0011】
上記の問題を、乾湿式紡糸法の分野において、紡糸速度を高速化した場合を例に説明する。本発明者らの知見によれば、一般的に、紡糸速度を増加させると、凝固浴漕において、凝固液の随伴流が増加することから、凝固浴漕を循環する循環流量が増加し、また、凝固液面の低下が増大し、その結果、フィラメント糸の品質斑の悪化や、糸切れ等の操業性悪化が発生する場合がある。
【0012】
また、多フィラメント化した場合においても、上記と同様の問題が発生する。これは、本発明者らの知見によれば、多フィラメント化、即ち、一つの乾湿式用紡糸口金から吐出されるフィラメント糸の本数を増加させることは、紡糸速度を増加したのと同様に、凝固液の随伴流が増加することから、凝固浴漕を循環する循環流量が増加し、更には、凝固液面の低下量が増大するため、フィラメント糸の品質斑や、糸切れ等の発生に繋がっていた。
【0013】
以上の様に、凝固浴槽の凝固液流を整流化し、且つ、凝固液面の低下を抑制することにより、乾湿式用紡糸口金から紡出されるフィラメント糸の太さ斑等の品質斑を抑制し、更に、紡糸安定性を向上することは、フィラメント糸製造の生産性向上の上で、極めて重要な要素であるが、上記した様に、種々な問題が残されており、フィラメント糸製造の生産性向上の妨げとなっている。従って、この操業性の向上、品質斑の抑制に纏わる問題を解決することは、工業上、重要な意味を有するのである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開平2−19508号公報
【特許文献2】特開2009−235643号公報
【特許文献3】特開2009−263805号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
そこで、本発明の目的は、糸切れ等が無く、紡糸安定性に優れると共に、フィラメント糸間の太さ斑が無く、強度・伸度等の品質良好なフィラメント条を得るために顕著な効果を発揮する乾湿式用紡糸口金およびフィラメント糸の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するための本発明の乾湿式用紡糸口金は以下の構成を有する。すなわち、本発明は、複数のノズル孔から高分子重合体を含むポリマ溶液を気体中に紡出する乾湿式用紡糸口金であって、ノズル孔が穿孔された口金面と、前記口金面の少なくとも一部に配設され、前記口金面から前記ポリマ溶液の紡出方向に延在している通流可能な液面引上げ部材とを有することを特徴とする。
【0017】
また、前記通流可能な液面引上げ部材が、隣接する2つの前記ノズル孔の中心を結ぶ線分を半径とする仮想円に囲まれる領域内の少なくとも一部に配置されていることを特徴とする。
【0018】
また、前記通流可能な液面引上げ部材が、前記ノズル孔が穿孔された穿孔領域を相似形とする、前記穿孔領域の50〜95%の範囲となる領域の少なくとも一部に配置されていることを特徴とする。
【0019】
また、前記口金面には、前記ノズル孔が穿孔され、1または複数の孔群を形成する穿孔領域と、前記ノズル孔が穿孔されていない非穿孔領域とから構成され、前記通流可能な液面引上げ部材が、前記非穿孔領域の少なくとも一部に配置されていることを特徴とする。
【0020】
また、本発明のフィラメント糸の製造方法は、複数のノズル孔が穿孔された口金面から構成される乾湿式用紡糸口金より、高分子重合体を含むポリマ溶液を気体部に紡出した後、前記口金面の下方に前記気体部を介して配設された凝固浴漕の凝固液に導く、フィラメント糸の製造方法において、通流可能な液面引上げ部材の少なくとも一部が、前記口金面から前記凝固浴漕の液面まで延在して配置されていることを特徴とする。
【0021】
また、本発明のフィラメント糸の製造装置は、本発明の乾湿式用紡糸口金と、前記乾湿式用紡糸口金の下方に気体部を介して配設された凝固浴漕から構成されたことを特徴とする。
【0022】
本発明において、「口金面からポリマ溶液の紡出方向に延在している通流可能な液面引上げ部材」とは、口金面からポリマ溶液の紡出方向に延在した部材であって、口金面に平行な方向には気体や液体の流れの少なくとも一部を遮らない部材をいう。例えば、この通流可能な液面引上げ部材が配置された乾湿式用紡糸口金をフィラメント糸の製造に用いた場合、口金面と凝固浴漕とに挟まれた空間において、気体の少なくとも一部を妨げずに貫通させ、凝固浴漕において、凝固液の少なくとも一部を妨げずに貫通させ、凝固液面を口金面に向かって、上昇させる部材などが挙げられる。
【0023】
本発明において、「隣接する2つのノズル孔」とは、複数のノズル孔が配列されている孔群において、ノズル孔の中心を結ぶ線分の距離が最短な二つのノズル孔をいう。
【0024】
本発明において、「ノズル孔が穿孔され、1または複数の孔群を形成する穿孔領域」とは、口金面にノズル孔が孔群を形成して穿孔されている領域であり、ノズル孔が複数の孔群を形成する場合には、その孔群毎に穿孔されている領域をいう。ここで言う「孔群」とは、複数のノズル孔が、1または2種類の周期で並んで配列されている孔群をいう。
【0025】
本発明において、「ノズル孔が穿孔されていない非穿孔領域」とは、口金面にノズル孔が孔群を形成して穿孔されていない領域をいう。
【発明の効果】
【0026】
本発明の乾湿式用紡糸口金およびフィラメント糸の製造方法によれば、糸切れ等が無く、紡糸安定性に優れると共に、フィラメント糸間の太さ斑が無く、強度・伸度等の品質良好なフィラメント条を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金の概略断面図である。
【図2】本発明の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金の概略平面図である。
【図3】本発明の別の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金の概略平面図である。
【図4】本発明の別の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金の概略平面図である。
【図5】本発明の別の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金の概略平面図である。
【図6】本発明の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金、凝固浴漕周辺の概略断面図である。
【図7】図2の本発明の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金を適用した際の、凝固浴漕の凝固液面を説明する部分断面拡大図である。
【図8】図5の本発明の別の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金を適用した際の、凝固浴漕の凝固液面を説明する部分断面拡大図である。
【図9】従来例の凝固浴漕の概略断面図である。
【図10】従来例の乾湿式用紡糸口金の概略平面図である。
【図11】従来例の乾湿式用紡糸口金の概略平面図である。
【図12】従来例の凝固浴漕の凝固液面を説明する部分断面拡大図である。
【図13】従来例の凝固浴漕の凝固液面を説明する部分断面拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、図面を参照しながら、本発明の乾湿式用紡糸口金の実施形態について詳細に説明する。図1は、本発明の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金の概略断面図であり、図2は、本発明の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金の概略平面図であり、図3、図4、図5は、本発明の別の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金の概略平面図であり、図6は、本発明の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金、凝固浴漕周辺の概略断面図である。図中、3は液面引上げ部材、9は引き取りローラ、12はポリマ溶液供給部をそれぞれ示す。なお、これらは、本発明の要点を正確に伝えるための概念図であり、図を簡略化しており、本発明の乾湿式用紡糸口金は特に制限されるものでなく、寸法比は実施の形態に合わせて変更可能なものとする。
【0029】
本発明の実施形態に用いられる乾湿式用紡糸口金1は、図1に示すように、ポリマ溶液供給部12と、ポリマ溶液供給部12に連通し、口金面11まで貫通した流路を形成するノズル孔2と、口金面11の少なくとも一部に配設された液面引上げ部材3とから構成される。この乾湿式用紡糸口金1が、図6に示すように、濾過材、多孔板と共にパックケース内に固定され(図では省略)、凝固液10が満たされた凝固浴漕5の上方に、凝固液面6から一定の気体空間を有して配設され、更には、口金面11に配設された液面引上げ部材3が凝固液面6に浸漬するまで延在して構成されている。そこで、ポリマ溶液供給部12に供給されたポリマ溶液は、ノズル孔2より気体空間に吐出され、凝固液10に浸漬した後、折り返しガイド8を経て、その後、フィラメント糸4として、引き取りローラ9より引き取られる。そこで、フィラメント糸4が、折り返しガイド8に向かい集束した形態であれば、液面引上げ部材3もフィラメント糸4の走行経路方向に従い、集束した形態となる。その場合には、フィラメント糸4同士の距離が短くなるため、液面引上げ部材3は、口金面11からポリマ溶液の紡出経路方向に向かって断面積を漸減した棒状とするのが好適であり、これにより、フィラメント糸4が液面引上げ部材3へ接触するのを回避できる。
【0030】
なお、図6では省略したが、口金面11と凝固液面6との間の空間には、空気、蒸気等を供給、または排気する給排気装置が配設されていてもよい。この給排気装置は、ノズル孔2が、1または複数列で環状に配置されている場合、その外周を囲うように配設され、外周から内向きに気流が給気、または外向きに排気されるのがよく、ノズル孔2が千鳥、格子状に配置されている場合、一方向から気流を供給し、対向する側から気流を排気できるように配設されるのがよい。それにより、給排気装置から供給、または排気された気流がフィラメント糸4の間を通過し易くなり、フィラメント糸間の糸の太さ斑や、糸物性斑等を低減させることができる。
【0031】
まず始めに、上述の実施形態の構成を取ることにより、乾湿式用紡糸口金1より紡出されるフィラメント糸間の太さ斑と、紡糸不安定化による糸切れ発生の問題を解消できる原理を説明する。上述の問題の発生要因として、一つは、凝固液10において、フィラメント糸4の随伴流に伴う循環流等の液流に起因するものと、もう一つは、凝固液面6の低下や、液面変動に起因するものが挙げられる。なお、前者は、背景技術にて記載した通り、整流筒を配設し、凝固液10の液流れを整流化することで、一定の効果が確認されている。従って、凝固液面6の低下や、液面変動によるフィラメント糸間の太さ斑を抑制し、糸切れ等の発生を抑制することが重要である。
【0032】
図7、および図12は、本発明と、従来例の実施形態の乾湿式紡糸用口金1と凝固液面6の部分断面拡大図を表したものである。ここで、従来例の実施形態では、フィラメント糸4の走行に伴い、近傍の凝固液面6が下方に引き込まれることで、凝固液面6に高低差が発生する。これにより、ポリマ溶液の吐出前に設定したエアギャップ長AGが長くなるため、フィラメント糸4の揺れ幅が大きくなり、フィラメント糸間で接触が発生し、糸切れに繋がる場合がある。また、乾湿式用紡糸口金1の中心と外周側において、エアギャップ長AGに差が発生するため、フィラメント糸4の太さ斑等の品質斑となる場合がある。そこで、ポリマ溶液の吐出後に、長くなったエアギャップ長AGを短縮しようと、口金面11と凝固液面6を近接させることは可能であるが、凝固液面6の液面変動が大きいために、凝固液10の口金面11への付着が発生し、一度、凝固液10が口金面11に付着すると、口金面11の修正作業が必要となり、最悪の場合は、フィラメント糸4の生産を中断し、乾湿式紡糸用口金1の交換が必要となる。
【0033】
そこで、本発明者らは、上記の問題を解決するために、凝固液10と凝固液面6を観察し、鋭意検討することで、従来の技術では、何の配慮もなされていなかった、凝固液面6の低下を抑制しつつ、凝固液10の液流れを妨げない技術を見出すに至った。即ち、上記の様な凝固液面6を引き込む力に対抗するために、本発明の乾湿式紡糸用口金1では、液面引上げ部材3を、口金面11からポリマ溶液の紡出経路方向に向かって、凝固液面6にまで延在させ、凝固液10に浸漬して配設させる。それにより、凝固液10の表面張力が作用し、液面引上げ部材3を沿って凝固液面6が上方に向かって上昇するため、凝固液面6を引き上げることができる。また、凝固液面6を引き上げたことで、凝固液面6の液面変動が抑制され、エアギャップ長AGを可能な限りに短縮することができることから、更に、凝固液面6を安定化できる。
【0034】
更に、本発明の重要なポイントは、液面引上げ部材3が、気体と液体を通流可能、即ち、口金面11から凝固浴漕5に挟まれた気体空間において、気体の少なくとも一部を妨げずに貫通させ、また、凝固浴漕5において、凝固液10の少なくとも一部を妨げずに貫通させることである。これにより、凝固液面6の近傍の凝固液10の液流れを妨げることが無いために、液流乱れを抑制し、糸切れ等の発生を防止できる。更には、口金面11と凝固浴漕5とに挟まれた空間における、ポリマ溶液で構成される溶媒の蒸気や、凝固浴10の蒸気発生により、口金面11が結露し、ノズル孔2を塞ぐ等の問題も併せて抑制することができる。
【0035】
次に、本発明の液面引上げ部材3を口金面11に配置する実施形態について、図2にて、また、本発明と同様の効果を有する他の実施形態を図3、図4、図5、図8を用いて説明する。図2に示すように、口金面11にノズル孔2が穿孔され、1または複数の孔群を形成する穿孔領域31(図中の点線内)において、隣接する2つのノズル孔2の中心を結ぶ線分を半径とする仮想円に囲まれる領域内の少なくとも一部に、液面引上げ部材3が配置されていてもよい。具体的には、あるノズル孔2を基準とし、その基準のノズル孔2に最も短い中心間距離で隣接するノズル孔2をノズル孔2aとしたとき、ノズル孔2とノズル孔2aの中心を結ぶ線分を半径とする仮想円に囲まれる領域の少なくとも一部に、液面引上げ部材3が配置されることで、穿孔領域31に配設されたノズル孔2から吐出された全てのフィラメント糸4に対して、液面引上げ部材3を近接した位置に配置できるため、凝固液面6の全体を引き上げることが可能となる。
【0036】
ここで、穿孔領域31とは、口金面11にノズル孔2が、1または複数の孔群を形成して穿孔されている領域であり、ノズル孔2が複数の孔群を形成する場合には、その孔群毎に穿孔されている個々の領域をいう。それに対して、非穿孔領域32とは、口金面11にノズル孔2が孔群を形成して穿孔されていない領域をいう。また、孔群とは、複数のノズル孔2が、1または2種類の周期で並んで配列されているノズル孔2の集合体をいう。具体例として、図2の本発明の実施形態では、2つの孔群(右の一つの孔群は途中で省略)を形成し、その孔群に対応して、2つの穿孔領域31(右の一つの穿孔領域31は途中で省略)を形成し、口金面11において、2つの穿孔領域31以外の領域を非穿孔領域32という。また、他の具体例として、図11の従来例の実施形態では、矩形の乾湿式用紡糸口金1の中心から外周側にかけて5つの孔群を形成し、それらを合わせて一つの穿孔領域31となり、その外周に非穿孔領域32を形成している。
【0037】
また、図4に示すように、口金面11には、ノズル孔2が穿孔された穿孔領域31と、ノズル孔2が穿孔されていない非穿孔領域32とから構成され、液面引上げ部材3が、非穿孔領域32の少なくとも一部に配置されていてもよい。このように、非穿孔領域32に、液面引上げ部材3を配設することで、穿孔領域31のノズル孔2の孔間ピッチを小さくできるため、穿孔領域31の単位面積当たりのノズル孔数(以降、ノズル孔充填密度と呼ぶ)を大きくできることから、多フィラメント化が可能となる。
【0038】
また、図3に示すように、液面引上げ部材3が、穿孔領域31の外周形状を相似形とする、穿孔領域31の50〜95%の範囲となる領域の少なくとも一部に配置されていてもよい。口金面11に、複数の穿孔領域31がある場合には、それらを統合して、一つの穿孔領域31と見なし、複数の穿孔領域31を全て取り囲む外周形状を相似形とし、その外周形状の50〜95%の範囲となる領域の少なくとも一部に、液面引上げ部材3が配置される。また、外周形状の50〜95%の範囲となる領域内に、非穿孔領域32が含まれる場合においても、適宜、液面引上げ部材3が配置されていてもよく、配置されていなくてもよい。(図3は、非穿孔領域32に、液面引上げ部材3が配置されていない場合を示す。)
ここで、上述の液面引上げ部材3の配置の効果を説明するために、従来例の実施形態の乾湿式紡糸用口金1と凝固液面6の部分断面拡大図を図13に示す。本発明者らの知見によれば、紡糸速度を高速化していくと、口金面11に配置されたノズル孔2から吐出されたフィラメント糸4の束(糸条)が凝固液10に浸漬する際、糸条の外周近傍の凝固液面6が局所的に大きく低下し、糸条の中央の液面低下が小さくなることが分かっている。そこで、本発明者らは、この凝固液面6と、凝固液10の流れ形態を詳細に観察することで、この原因を究明し、本発明の実施形態を考案するに至った。
【0039】
つまり、糸条の外周近傍の凝固液面6は、フィラメント糸4の随伴に伴い、乾湿式用紡糸口金1の外側から糸条に向かう凝固液10を引き込むために、フィラメント糸4の走行速度と、凝固液10の液流との速度差(相対速度)は大きく、その結果、液抵抗が大きくなる(液抵抗は相対速度の2乗に比例する)ため、凝固液面6が大きく低下する。それに対して、糸条の中央の凝固液面6は、その外側の凝固液10は、フィラメント糸4の随伴により、下方に比較的に高流速で流れているため、フィラメント糸4の走行速度と、凝固液10の液流との速度差(相対速度)が小さく、液抵抗が小さいことから、凝固液面6の低下は、糸条の外周近傍よりも小さくなる。そして、この凝固液面10が最も低下する領域が、穿孔領域31の外周形状を相似形とした50〜95%の範囲となることを見出した。よって、凝固液面6の低下が大きな領域、即ち、穿孔領域31の外周形状を相似形とした50〜95%に範囲となる領域の少なくとも一部に、液面引上げ部材3を配設することで、効果的に凝固液面6を引き上げることができる。
【0040】
ここで、穿孔領域31の外周形状を相似形とした50%以下の領域に、液面引上げ部材3を配設した場合には、図2の本発明の実施形態で示したように、隣接する二つのノズル孔2間に囲まれる領域に配置した場合との優位差が無くなり、また、紡糸条件によっては、糸条の中央部での液面の引上げ効果が大きくなる過ぎる場合がある。その場合には、液面引上げ部材3の棒状の断面積を、穿孔領域31の中央で小さく、外周側で大きくすることで、表面張力を適宜調整すればよく、また、外周側の液面引き上げ部材3にのみ親水性の表面処理を施してもよい。また、95%以上の領域に、液面引上げ部材3を配設する場合には、凝固液面6の低下が最も大きな領域において、液面引上げ部材3による液面引上げ効果が低減する場合がある。
【0041】
また、図5、図8に示すように、通流可能な液面引上げ部材3の形状が、一部あるいは全面に開孔部を有する板状であってもよい。板状が凝固液10に浸漬することから、面状に表面張力が働き、面上に液面を引き上げることができる。但し、穿孔領域31の単位面積当たりに配置した棒状と比較して、凝固液面6に浸漬する面積が小さくなるため、表面張力が小さくなる場合がある。ここで、本発明に用いられる一部あるいは全面に開孔部を有する板状とは、多孔性部材であり、通流効果を得るためには流路開口率が20〜60%のパンチングメタルが好適であるが、スリット流路を持つ積層構造体でもよく、多孔質セラミックであってもよく、金網であってもよく、ハニカム構造体あってもよく、更には、金属粒子、金属繊維を高温圧縮成形したものであってもよい。
【0042】
次に、図2に示した本発明の実施形態と、図3、図4、図5に示した本発明の他の実施形態の乾湿式用紡糸口金1に共通した各部材の材質や、形状について詳細に説明する。
【0043】
本発明に用いられる液面引上げ部材3のポリマ溶液の紡出経路方向に垂直な断面形状は、円形状が好適であるが、楕円であってもよく、四角形であってもよく、多角形であってもよく、特に断面形状には限定されない。
【0044】
また、本発明に用いられる液面引上げ部材3の表面には、親水性の処理が施されているのが好ましい。親水性を施すために、表面に機械的、または化学的な処理を施して粗面化してもよく、親水性基で金属表面を被覆してもよい。また、凝固液10との接触面積を増やすために、液面引上げ部材3の表面に微細な凸凹加工が施されていてもよい。
【0045】
また、本発明に用いられる液面引上げ部材3は、口金面11との一体成型品であってもよく、接着材等で固定してあってもよいが、口金面11にネジ等にて固定可能とし、紡糸条件等により変更できる様に、脱着可能であるのが好適である。
【0046】
また、本発明に用いられる乾湿式用紡糸口金1は、矩形に限定されず、多角形であってもよく、円形であってもよい。乾湿式用紡糸口金1におけるノズル孔2の配列としては、乾湿式用紡糸口金1が矩形の場合には、穿孔領域31は、1または複数個の孔群が矩形であり、1または複数個の孔群全体を一つの穿孔領域31と見なし、その外周形状が矩形であるのが好ましい。また、乾湿式用紡糸口金1が円形状であれば、穿孔領域31は、1または複数個の孔群全体を一つの穿孔領域31と見なし、その外周形状が円形であるのが好適である。更に、その場合には、チーズ状の穿孔領域31が周方向に等間隔に配列した形状が好適である。
【0047】
また、本発明に用いられるノズル孔2の配列は、穿孔領域31の一つの孔群において、1または2種類の周期で配列されていればよく、例えば、穿孔領域31が矩形であれば、千鳥配列、格子配列等が好適であり、円形であれば、円周状配列が好適である。
【0048】
また、本発明に用いられるノズル孔2は、ポリマの紡出経路方向に垂直な方向の断面は丸形状が好適であるが、楕円や、多角形と言った異形断面形状であってもよく、中空断面状であってもよい。
【0049】
また、本発明に用いられるポリマ溶液は、単一成分で構成しても、複数成分で構成してもよく、複数成分の場合には、例えば、芯鞘、サイドバイサイド等の構成が挙げられる。また、フィラメント糸の断面形状は、丸、三角、扁平等の異形状や中空であってもよい。
【0050】
本発明は、極めて汎用性の高い発明であり、乾湿式用紡糸口金、およびフィラメント糸の製造方法によって得られる全てのフィラメント糸に好適である。従って、フィラメント糸の単糸繊度により特に限られるものではない。単糸繊度が小さければ小さいほど、従来の技術との差異が明確となる。また、フィラメント糸の単糸数により特に限られるものではなく、フィラメント糸の単糸数が多ければ多いほど、従来の技術との差異が明確となる。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明は、多孔質中空糸膜や、炭素繊維前駆体繊維束の製造においても用いられる乾湿式用紡糸口金に限らず、あらゆる乾湿式紡糸法において応用することができるが、その応用範囲が、これらに限られるものではない。
【符号の説明】
【0052】
1 乾湿式紡糸用口金
2 ノズル孔
2a 基準のノズル孔と隣接するノズル孔
3 液面引上げ部材
4 フィラメント糸
5 凝固浴漕
6 凝固液面
7 空気層
8 折り返しガイド
9 引き取りローラ
10 凝固液
11 口金面
12 ポリマ溶液供給部
31 穿孔領域
32 非穿孔領域
33 整流筒
AG エアギャップ長
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のノズル孔から高分子重合体を含むポリマ溶液を気体中に紡出する乾湿式用紡糸口金であって、ノズル孔が穿孔された口金面と、前記口金面の少なくとも一部に配置され、前記口金面から前記ポリマ溶液の紡出方向に延在している通流可能な液面引上げ部材とを有することを特徴とする乾湿式用紡糸口金。
【請求項2】
前記通流可能な液面引上げ部材が、隣接する2つの前記ノズル孔の中心を結ぶ線分を半径とする仮想円に囲まれる領域内の少なくとも一部に配置されていることを特徴とする請求項1に記載の乾湿式用紡糸口金。
【請求項3】
前記通流可能な液面引上げ部材が、前記ノズル孔が穿孔された穿孔領域を相似形とする、前記穿孔領域の50〜95%の範囲となる領域の少なくとも一部に配置されていることを特徴とする請求項1に記載の乾湿式用紡糸口金。
【請求項4】
前記口金面には、前記ノズル孔が穿孔され、1または複数の孔群を形成する穿孔領域と、前記ノズル孔が穿孔されていない非穿孔領域とから構成され、前記通流可能な液面引上げ部材が、前記非穿孔領域の少なくとも一部に配置されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の乾湿式用紡糸口金。
【請求項5】
複数のノズル孔が穿孔された口金面から構成される乾湿式用紡糸口金より、高分子重合体を含むポリマ溶液を気体部に紡出した後、前記口金面の下方に前記気体部を介して配設された凝固浴漕の凝固液に導く、フィラメント糸の製造方法において、通流可能な液面引上げ部材の少なくとも一部が、前記口金面から前記凝固浴漕の液面まで延在して配置されていることを特徴とするフィラメント糸の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかの乾湿式用紡糸口金と、前記乾湿式用紡糸口金の下方に気体部を介して配設された凝固浴漕から構成されたことを特徴とするフィラメント糸の製造装置。
【請求項1】
複数のノズル孔から高分子重合体を含むポリマ溶液を気体中に紡出する乾湿式用紡糸口金であって、ノズル孔が穿孔された口金面と、前記口金面の少なくとも一部に配置され、前記口金面から前記ポリマ溶液の紡出方向に延在している通流可能な液面引上げ部材とを有することを特徴とする乾湿式用紡糸口金。
【請求項2】
前記通流可能な液面引上げ部材が、隣接する2つの前記ノズル孔の中心を結ぶ線分を半径とする仮想円に囲まれる領域内の少なくとも一部に配置されていることを特徴とする請求項1に記載の乾湿式用紡糸口金。
【請求項3】
前記通流可能な液面引上げ部材が、前記ノズル孔が穿孔された穿孔領域を相似形とする、前記穿孔領域の50〜95%の範囲となる領域の少なくとも一部に配置されていることを特徴とする請求項1に記載の乾湿式用紡糸口金。
【請求項4】
前記口金面には、前記ノズル孔が穿孔され、1または複数の孔群を形成する穿孔領域と、前記ノズル孔が穿孔されていない非穿孔領域とから構成され、前記通流可能な液面引上げ部材が、前記非穿孔領域の少なくとも一部に配置されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の乾湿式用紡糸口金。
【請求項5】
複数のノズル孔が穿孔された口金面から構成される乾湿式用紡糸口金より、高分子重合体を含むポリマ溶液を気体部に紡出した後、前記口金面の下方に前記気体部を介して配設された凝固浴漕の凝固液に導く、フィラメント糸の製造方法において、通流可能な液面引上げ部材の少なくとも一部が、前記口金面から前記凝固浴漕の液面まで延在して配置されていることを特徴とするフィラメント糸の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかの乾湿式用紡糸口金と、前記乾湿式用紡糸口金の下方に気体部を介して配設された凝固浴漕から構成されたことを特徴とするフィラメント糸の製造装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2012−72511(P2012−72511A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−216628(P2010−216628)
【出願日】平成22年9月28日(2010.9.28)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年9月28日(2010.9.28)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】
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