説明

二次加工性および耐Cr蒸発性に優れたフェライト系ステンレス鋼

【目的】
フェライト系ステンレス鋼の二次加工脆性および耐Cr蒸発性を改善する
【構成】
質量%で、C:0.03%以下,Si:0.3〜2.0%以下,Mn:1.0%以下,P:0.04%以下,S:0.01%以下,Ni:0.2%以下,Cr:16〜20%,N:0.03%以下,Al:0.8〜2.0%未満,Nb:8(C+N)〜0.6%以下,B:0.0005〜0.01未満を含有し,残部Feおよび不可避的不純物からなり、落重試験での遷移温度が−20℃以下を満足し、かつ下記(1)式を満足する、二次加工性および耐Cr蒸発性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
24≦Cr質量%+1.5×Si質量%+6×Al質量%<30・・・・・・(1)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、600℃以上の高温で1%以上の酸素と5%以上の水蒸気に曝される環境、例えば熱をエネルギーに利用するシステムである固体酸化物型燃料電池、燃料電池の高温改質装置、マイクロガスエンジン、マイクロガスタービン、排ガス発電およびその他のコージェネシステムや各種高温燃焼機器および自動車などの排ガス流路部位に使用される材料で、雰囲気中に蒸発する6価クロムの量を劇的に減少させる環境対応型フェライト系ステンレス鋼であり、その中でも特に二次加工の要求が厳しい部材に好適な、二次加工脆性および耐Cr蒸発性に優れたフェライト系ステンレス鋼に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、石油を代表とする化石燃料の枯渇化,CO排出による地球温暖化現象等の問題から、従来の発電システムに替わる新しいシステムの実用化が求められている。新しい発電システム、分散電源あるいは自動車などの動力源として、高温で使用される様々な省エネルギーシステムが実用化されつつある。
【0003】
また、従来よりガスバーナーの燃焼筒や自動車の燃焼部位、およびこれらの排ガス雰囲気に高温で曝される部位など、600℃以上の高温で酸素と水蒸気を含む雰囲気にさらされる機器および部位などは広範囲にわたっている。
【0004】
一般にガスバーナー、エンジンなどの燃焼では、燃料を酸素で燃焼させ、多量の水蒸気が発生するのが普通である。また、これらの燃焼機器の排ガス流路に当たる部材は、燃焼により生成したがガスが通過するため、600℃以上の酸素と水蒸気が混在する雰囲気となる。
通常、このような部材にはフェライト系またはオーステナイト系のステンレス鋼または高合金が使用され、装置および機器の耐久性という面から考えた場合、適正なステンレス鋼を選定することはさして困難な問題ではなかった。
【0005】
近年、これらの燃焼排ガスを検討した結果、これらの排ガス中に存在する水蒸気中にごくわずかながら6価のクロムが存在すること、その原因としてステンレス中の合金成分に含まれるクロムの一部が過度に酸化され蒸発するためであることが明らかになってきた。この問題を解決する鋼として、特開2009−167443号公報にて、Cr:11〜22質量%,C:0.03質量%以下,N:0.03質量%以下,Mn:1.5質量%以下,S:0.008質量%以下,Si:2質量%以下,Al:1.0〜6.0質量%以下でかつCr質量%+1.5×Si質量%+6×Al質量%≧30となるAl含有フェライト系ステンレス鋼が開示されている。
【0006】
しかしながら、自動車の排ガス経路部材や各種燃焼器、また燃料電池を構成する部位には、構造や製品形状が非常に複雑な場合が多く、特にこのような部位で使用される温度センサーなどは伸び、張り出し性、二次加工性、特に冬場の低温時の加工でも割れを起こさないことが重要である。この点、上記のような部位を製造するにあたり、特開2009−167443号公報に記載の鋼では特に二次加工性の面で必ずしも満足するものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−167443号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼の二次加工脆性および耐Cr蒸発性を改善するためになされてものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、600℃以上の高温で1%以上の酸素と5%以上の水蒸気に曝される環境における耐Cr蒸発性に優れ、かつ二次加工脆性に優れるFe−Cr−Al−Siフェライト系ステンレス鋼を提供することを特徴とする。
本発明の具体的な構成は次のとおりである。
質量%で、C:0.03%以下,Si:0.3〜2.0%以下,Mn:1.0%以下,P:0.04%以下,S:0.01%以下,Ni:0.2%以下,Cr:16〜20%,N:0.03%以下,Al:0.8〜2.0%未満,Nb:8(C+N)〜0.6%以下,B:0.001〜0.01未満であり,かつ下記(1)式を満たす二次加工性および耐Cr蒸発性に優れたフェライト系ステンレス鋼である。
24≦Cr質量%+1.5×Si質量%+6×Al質量%≦30・・・・・・(1)
この鋼は必要に応じてTi:0.05以下,Mo:0.05〜0.5%,Cu:0.05〜0.5%,V:0.05〜0.5%,Zr:0.05〜0.5%の1種または2種以上を含み,残部Feおよび不可避的不純物からなり、また、さらに必要に応じて表層よりWDSもしくはEDXにて分析した際の酸化物層中のクロム濃度が5質量%以下である酸化物層が表層に形成されている。
【発明の効果】
【0010】
本発明のフェライト系ステンレス鋼は、所定量以上のCr,AlおよびSiを添加し、好ましくは表層に生成する酸化物のCr濃度を5質量%以下に抑制することにより、鋼からの6価クロムの蒸発を著しく抑制することができる。これに加え本鋼では従来のAl含有鋼の課題であった二次加工性が大幅に改善されている。従い、この材料は各種エネルギー供給システム,燃焼システムやコージェネシステム、自動車排ガス系等の高温部位に対し、従来よりもさらに広範で複雑な形状の部位に適用することが可能となり、そのことにより、よりクリーンな燃焼排ガス環境が得られるものと期待される。
【発明を実施するための形態】
【0011】
クロムを11質量%以上含むステンレス鋼は、生成する酸化皮膜の成長が遅く、高温での材料劣化が少ない金属材料である。しかし、600℃以上の燃焼排ガス雰囲気のような、酸素と水蒸気に曝される環境では、鋼表面に生成するクロム酸化物と酸素および水蒸気との反応により、例えば以下の反応式に従って鋼中のクロムが6価で生成し、水蒸気とともに蒸発してしまう。
Cr(固体) + 2HO + 1.50 → 2CrO(OH)(ガス)
この反応を抑制させるには、クロム系の酸化物を極力表層に生成させないようにし、雰囲気とクロムまたはクロム酸化物とを遮断することが最も効果的である。このメカニズムおよび効果については特開2009−167443公報に記載の通りである。
【0012】
Alは非常に緻密なAlの皮膜を鋼材表層に形成するため、迅速にアルミナ皮膜を形成させることで、耐高温酸化性の向上のみでなく、酸化の初期の段階でCr蒸発を抑制することができる。また、異常酸化の発生の抑制や酸化皮膜の剥離防止等の効果のほか、赤熱性の改善効果がある。しかしながら、過剰なAlやSiの添加は、素材の靭性を非常に劣化させ製造性および加工性の観点から、劣化が現れない量に限定する必要がある。
【0013】
本発明では、NbとBを複合で添加し、かつTiの添加を抑制することにより、二次加工性を低下させるAlやSiの添加量を低減させた状態でも、良好な耐Cr蒸発性が確保できることを見いだした。この理由はまだ明らかにできていないが、Bの効果のひとつとして、Al皮膜の形成を阻害するPやSよりも優先的に粒界に拡散偏析することで、耐酸化性や二次加工性に有害なPやSの粒界への拡散を抑制できるものと推察される。このため二次加工性のみならず、耐酸化性も大幅に改善しているものと考えられる。さらに、クロムよりも若干酸素との親和力が高く、アルミよりは親和力の低いNbを添加することで、同様な効果をもたらすSiの添加量を必要最小限に抑えつつ、酸化の初期段階でCr酸化物が表層に形成されるのを抑制することが可能となる。その一方で、酸素との親和力がAlに近いTiを添加すると、今度はアルミナの形成がTiの酸化物形成と競合してしまい、相対的にアルミナ皮膜の形成が阻害されてしまうため、酸化の初期段階で若干のCrの酸化物が形成されてしまい、耐クロム蒸発性を劣化してしまうことがわかった。この知見をもとに各元素の適正範囲を検討した結果、NbとBを複合添加し、かつTiの添加量を制限することで、特開2009−167443公報よりもより小さな値、すなわち24≦Cr質量%+1.5×Si質量%+6×Al質量%<30に規制することでクロム蒸発が十分に抑制されることを見いだし、本発明に至った。以下に各元素の限定理由を述べる。
【0014】
C:0.03質量%以下
C含有量が高いと、異常酸化が発生しやすくなる。また、高Al含有フェライト系ステンレス鋼においては、C含有量が高くなると、スラブやホットコイルの靱性が劣化し、製造性が劣化する。したがって、C含有量の上限を0.03質量%以下に限定する。
【0015】
Si:0.3〜2.0質量%
Siは、フェライト系ステンレス鋼の赤スケール生成を抑制する効果がある。そのため、Si含有量は0.3%以上の添加が必要である。しかし、過剰の添加は、靭性、加工性を劣化させる。したがって、Si添加量は0.3〜2.0質量%以下に限定する。
【0016】
Mn:0.5質量%未満
Mnは、Mn系酸化物を生成して、緻密なAl酸化物層の形成を阻害し、耐高温酸化特性に悪影響を及ぼす。したがって、耐高温酸化特性を維持するために、Mnの含有量を0.5%以下に限定する。好ましくは、0.5質量%未満である。
【0017】
P:0.04質量%以下
Pは、耐高温酸化性および熱延板の靱性に悪影響を及ぼすので、その含有量を0.04質量%以下に限定する。
【0018】
S:0.005質量%以下
Sは、鋼中に不可避的に含まれる成分であり、Al皮膜の形成を著しく阻害する。したがって、S含有量は0.005質量%以下に限定する。
【0019】
Cr:16〜20質量%
Crは、耐高温酸化性を向上させる元素として基本的かつ有効な元素であり、良好な耐高温酸化性を得るためには16%以上の添加が必要である。しかし、過剰の添加はスラブやホットコイルの靱性を劣化させる。したがって、Cr含有量は16〜20質量%に限定する。
【0020】
N:0.03質量%以下
Nは、鋼中のAlと結合してAlNを形成して、異常酸化の起点となる。したがって、耐高温酸化性の向上のため、N含有量は0.03質量%以下に限定する。
【0021】
Al:2.0質量%未満
Alは、Crと同様、耐高温酸化性およびCr蒸発を抑制するために最も重要な元素であるがを過剰に含有させるとスラブやホットコイルの靱性劣化や製品加工時の二次加工脆性温度を上昇させるため、上限を2.0%未満に限定する。優れた耐高温酸化性は、0.8%以上の添加により鋼の表面に形成される緻密なAl酸化物によって得られるので、好ましくは、0.8質量%以上2.0%未満である。
【0022】
Nb:0.6質量%以下
Nbは、鋼中のCやNと結合して靱性を著しく改善する効果がある。また、Nbを添加すると鋼の高温強度が上がるとともに、前述の理由によりアルミナ皮膜の形成を促進するとともに、酸化皮膜が成長する過程で生じる応力を緩和させて、材料の変形を防止する。これらNb添加の効果を得るためには、Nbを8(C+N)以上を越えて添加する必要がある。ただし、過剰に添加すると鋼の靱性が劣化するので、上限を0.6%に限定する。
【0023】
Ti:0.05質量%以下
Tiは前述の理由により添加量は極力抑制することが望ましい。ただし、Tiはその一方で鋼中の固溶C、Nを炭化物として固定して延性、加工性を向上させる元素でもある。また、Cr炭化物の粒界析出を抑制し、耐食性を改善する効果も期待できる。これらの効果を得るため、必要に応じTi添加量は0.05質量%以下、好ましくは0.03質量%未満の添加が許容される。
【0024】
希土類元素:0.10質量%以下
希土類元素:これら元素は、耐高温酸化性を改善する重要な元素である。La、Ce等の希土類元素は、表面に形成されるAl酸化皮膜を安定化させ、また、マトリックスと酸化皮膜との密着性を改善することにより、耐高温酸化性を向上させると考えられている。この効果は、希土類元素を0.01質量%以上添加するときに有効に現れる。しかし、過剰に添加すると、熱間加工性や靱性を劣化させたり、異常酸化の起点となる介在物が生成しやすくなって、耐高温酸化性が低下したりする。したがって、添加量上限を0.10質量%とする。
【実施例】
【0025】
表1に供試材の化学成分値を示す。表1に示す鋼を真空溶解し、熱間圧延を施した後、焼鈍および冷間圧延を繰り返して、厚さ0.5mmの板材を作製した。得られた板材を用いて、耐高温酸化特性および耐Cr蒸発性について調査した。また、耐Cr蒸発性は耐高温酸化と同様の試験片寸法にて、20%HOを含む空気が300ml/minの流量で流れる雰囲気にて900℃×50hの酸化試験を施し、特開2009−167443号に記載された方法に準じて凝縮水中の6価Cr濃度を測定し、900℃×50h後の6価クロム(Cr6+)の蒸発量が凝縮水中の濃度で0.6mg/l以下となるものを良好(○),そうでないものを不良(×)とした。二次加工脆性用の評価サンプルは、酸化試験片の作製と同様に溶解、熱延を施した後、焼鈍および冷間圧延を繰り返し0.6mmの板材を作製した。得られた板材から、ブランクサイズをφ40mmで切り出し、絞り比2.25で絞り加工を施した。その後、その1次絞り品を用いて種々温度を変化させ落重試験を行った。落重試験は、分銅重量を3kg、分銅高さを100mmで行い、割れが発生した時の温度を遷移温度とした。
表2の試験結果にみられるように、本発明例1〜13の鋼種は、いずれも耐高温酸化性、二次加工性および耐Cr蒸発性に優れている。
【0026】
【表1】

【0027】
【表2】

【0028】
比較例No.14〜27の場合では、いずれも二次加工脆性および/または耐Cr蒸発性を満足していない。鋼種No.14〜16およびNo.23は、二次加工脆性、耐Cr蒸発性のいずれも満足できていない。No.17〜20、25、26および28は二次加工性が不十分であり、No.21、22、24および27は耐Cr蒸発性が不十分である。特筆すべきは、No.14、15のような、特開2009−167443公報では耐Cr蒸発性の点で充分と考えられた成分系でもNGとなるような厳しい試験条件設定にもかかわらず、Nb、Bを複合添加し、かつTiを低減した場合は、No.2のようにAl,Siをそれぞれ1質量%程度まで低減しても今回の試験条件をクリアしている点である。なお、試験後の皮膜を特開2009−167443公報に準じて調査したが、その結果はCr蒸発量と完全に対応しており、耐Cr蒸発性が良好であったものは全て酸化皮膜中のCr濃度が5%以下、不良であったものは酸化皮膜中のCr濃度が5%を越えていた。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明に係るフェライト系ステンレス鋼は6価クロムの蒸発を著しく抑制することができる。これに加え本鋼では従来のAl含有鋼の課題であった二次加工性が大幅に改善されている。そのため、この材料は各種エネルギー供給システム,燃焼システムやコージェネシステム、自動車排ガス系等の高温部位に対し、従来よりもさらに広範で複雑な形状の部位に適用することが可能となり、そのことにより、よりクリーンな燃焼排ガス環境が得られるものと期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.03%以下,Si:0.3〜2.0%以下,Mn:1.0%以下,P:0.04%以下,S:0.01%以下,Ni:0.2%以下,Cr:16〜20%,N:0.03%以下,Al:0.8〜2.0%未満,Nb:8(C+N)〜0.6%以下,B:0.0005〜0.01未満を含有し,残部Feおよび不可避的不純物からなり、落重試験での遷移温度が−20℃以下を満足し、かつ下記(1)式を満足する、二次加工性および耐Cr蒸発性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
24≦Cr質量%+1.5×Si質量%+6×Al質量%<30・・・・・・(1)
【請求項2】
質量%でTi:0.05以下,Mo:0.05〜0.5%,Cu:0.05〜0.5%,V:0.05〜0.5%,Zr:0.05〜0.5%の1種または2種以上を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる請求項1記載の耐高温酸化性、二次加工性および耐Cr蒸発性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
【請求項3】
更に、REM(希土類元素):0.001〜0.05%、Ca:0.001〜0.01%の1種または2種以上を含む、請求項1または2に記載の二次加工性および耐Cr蒸発性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
【請求項4】
表層に酸化物層が形成されており、表層よりWDSもしくはEDXにて分析した際の酸化物層中のクロム濃度が5質量%以下であることを特徴とする、請求項1〜3に記載のフェライト系ステンレス鋼。

【公開番号】特開2012−211379(P2012−211379A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−78321(P2011−78321)
【出願日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)