説明

二酸化炭素を使用した表面処理法

【課題】シラン化合物を溶解した高圧二酸化炭素を使用した固体物質の表面処理技術を提供する。
【解決手段】シラン化合物を高圧二酸化炭素に溶解させて、被処理物である固体物質の表面を処理することからなる固体物質の表面処理方法、シラン化合物を高圧二酸化炭素に溶解させて、被処理物である固体物質の表面を処理することで、固体物質の表面の濡れ性を改善することからなる固体物質の表面の濡れ性改善方法、被処理物である固体物質の表面にシラン化合物を付加してその濡れ性を改善した濡れ性を向上させた固体物質、シラン化合物を高圧二酸化炭素に溶解した組成物からなる固体物質の表面の濡れ性改善剤、及び、高圧二酸化炭素供給手段と、表面処理剤導入手段と、被処理物を表面処理するための圧力容器とを具備する固体物質の表面処理装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高圧二酸化炭素を使用した固体物質の表面処理方法及びその装置に関するものであり、更に詳しくは、シラン化合物を高圧二酸化炭素に溶解させてプラスチックや金属表面に付着させることで、表面の脱脂とシラン化合物付加による表面処理を同時に行い、それらの表面の濡れ性を向上させ、それにより、塗装や接着剤ののりを良好にすることを可能とする表面処理技術に関するものである。本発明は、環境低負荷型のプロセスによる新しい表面処理技術、固体物質の表面の濡れ性を向上させる方法及び該方法で処理した高濡れ性製品に関する新技術・新製品を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、固体物質の表面における、塗装や接着の強度の向上や、仕上がり品質の向上のためには、塗装・接着対象の油分の除去及び炎や薬剤による表面処理が不可欠である。これらのうち、油分の除去には、通常は、アルコール洗浄が用いられており、また、表面処理には、炎を当てて表面を荒くするフレーム処理及びコロナ処理や、シラン系の化合物を燃やして二酸化シランを表面に付着させるイトロ処理などが用いられている。
【0003】
これらの表面処理法は、開放雰囲気下での炎を伴う処理であり、塗装や接着など溶剤を大量に使用する工場では、出来るだけ回避したい処理でもある。また、熱に弱いプラスチックを処理するために、この種の表面処理法に代わる新しい炎を用いない表面処理法が求められていた。
【0004】
これらの表面処理法として、先行文献には、例えば、固体物質の表面改質方法として、沸点が10〜100℃である改質剤化合物を含む燃料ガスの火炎を、固体物質の表面に対して、全体又は部分的に吹き付け処理することからなる固体物質の表面改質方法が提案されている(特許文献1参照)。
【0005】
また、例えば、プラスチックの表面エネルギーを制御して表面を改質する方法として、フッ素化合物あるいは他の種々の気体の混合ガスを用いて、プラスチック表面をプラズマ処理あるいはコロナ処理することにより、プラスチックの表面エネルギーを制御する方法が提案されている(特許文献2参照)。
【0006】
更に、例えば、接着性フィルムにより被着体を処理する方法として、特定のエチレン系樹脂組成物を用いてなるフィルムであって、そのフィルムの表面の少なくとも片面がコロナ放電処理、フレーム処理、プラズマ処理等で酸化処理されている接着性フィルムの酸化処理面を基材に熱圧着する方法が提案されている(特許文献3参照)。
【0007】
しかし、これらの表面改質方法では、燃料ガスの火炎を吹きつけるための格別の装置、プラズマ処理やコロナ処理のための特別の装置が必要であり、高額な装置と複雑なプロセスが不可欠であることから、当技術分野においては、プラスチックや金属表面に適用可能で、環境低負荷型のプロセスで、低コストで、簡便な操作手段と装置により固体物質の表面を表面処理することが可能な新しい表面処理技術の開発が強く求められていた。
【0008】
【特許文献1】特開2003−238710号公報
【特許文献2】特開平06−41337号公報
【特許文献3】特開2004−352747号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このような状況の中で、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、上記フレーム処理、イトロ処理及びイトロ処理による従来の表面処理技術に代替可能で、環境負荷の低い、低コストのプロセスで、固体物質の表面処理を行うことが可能な新しい表面処理技術を開発することを目標として鋭意研究を重ねた結果、シラン化合物を高圧二酸化炭素に溶解させてプラスチックや金属表面に付着させることで、表面の脱脂とシラン化合物付加による表面処理を同時に行うことができること、及びそれにより、塗装や接着剤ののりを良好にし得ることを見出し、更に研究を重ねて、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明は、簡便な操作手段及び装置により、環境低負荷型のプロセスで、室温よりやや高い約30℃から処理が可能であり、炎を用いず、低コストで、安全性の高い固体物質の表面処理方法及びその装置を提供することを目的とするものである。また、本発明は、上記表面処理方法で処理して、被処理物である固体物質の表面にシラン化合物を付加してその濡れ性を改善して濡れ性を向上させた固体物質を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するための本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(1)シラン化合物を高圧二酸化炭素に溶解させて、被処理物である固体物質の表面を処理することを特徴とする固体物質の表面処理方法。
(2)シラン化合物が、トリメチルシラノール、トリメチルメトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシランをはじめとするシラノール類、アルコキシシラン類などの酸素原子を含有するシラン化合物である前記(1)に記載の方法。
(3)高圧二酸化炭素が、温度範囲30〜200℃、圧力範囲1〜40MPaの超臨界二酸化炭素である前記(1)に記載の方法。
(4)被処理物である固体表面の脱脂とシラン化合物付加による表面処理を同時に行う前記(1)に記載の方法。
(5)高圧二酸化炭素を導入した密閉容器内で被処理物である固体物質の表面処理を行う前記(1)に記載の方法。
(6)シラン化合物を二酸化炭素と混合した状態で密閉容器内に導入する前記(4)に記載の方法。
(7)シラン化合物を密閉容器内に入れておいた状態で二酸化炭素を導入する前記(1)に記載の方法。
(8)シラン化合物を高圧二酸化炭素に溶解させて、被処理物である固体物質の表面を処理することで、固体物質の表面の濡れ性を改善することを特徴とする固体物質の表面の濡れ性改善方法。
(9)被処理物である固体物質の表面にシラン化合物を付加してその濡れ性を改善したことを特徴とする濡れ性を向上させた固体物質。
(10)シラン化合物を高圧二酸化炭素に溶解した組成物からなることを特徴とする固体物質の表面の濡れ性改善剤。
(11)高圧二酸化炭素供給手段と、表面処理剤導入手段と、被処理物を表面処理するための圧力容器とを具備することを特徴とする固体物質の表面処理装置。
【0012】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明は、シラン化合物を高圧二酸化炭素に溶解させて、被処理物である固体物質の表面を処理することにより表面の脱脂とシラン化合物付加による表面処理を同時に行い、それらの表面の濡れ性を向上させ、それによって、固体表面における塗装や接着剤や他の物質ののりを良好にすることを特徴とするものである。
【0013】
本発明では、トリメチルシラノール、トリメチルメトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシランをはじめとするシラノール類、アルコキシシラン類などの酸素原子を含有するシラン化合物を表面処理剤として使用し、これらの表面処理剤を高圧二酸化炭素に溶解させ、処理対象物である固体物質をその中に浸すことによって、表面の脱脂とシラン化合物付加による表面処理が同時に行われる。
【0014】
本処理は、室温よりやや高い30℃から行うことが出来、炎を用いず、また、不燃性の二酸化炭素が充填された密閉用器内で処理が行われるため、環境低負荷のプロセスによる安全な処理方法として期待される。本発明で使用される実際の装置としては、例えば、図1のような表面処理剤をあらかじめ二酸化炭素と混合した状態で容器内の処理対象物に導入する方式と、図2のような表面処理剤を容器内に入れておいた状態で二酸化炭素を導入する方式などが例示されるが、これらに制限されるものではなく、任意の方式を採用することが出来る。
【0015】
本発明では、高圧二酸化炭素として、温度範囲が30〜200℃、圧力範囲が1〜40MPaの超臨界二酸化炭素を使用することが好ましい。本発明による固体物質の表面処理は、表面処理剤として、上記シラン化合物を使用し、これを高圧二酸化炭素に溶解させ、処理対象物をその中に浸すことによって実施される。
【0016】
本発明において、シラン化合物の種類、濃度、高圧二酸化炭素の温度及び圧力条件、処理時間等については、表面処理の目的、処理対象物の種類等に応じて任意に設定することが出来る。また、本処理は、上記高圧二酸化炭素を充填した密閉容器内で行われるが、本発明は、該密閉容器の構造、二酸化炭素の導入方法、処理対象物の導入方法等は特に制限されるものではなく、適宜の構造及び方法が用いられる。
【0017】
本発明では、シラン化合物を高圧二酸化炭素に溶解させ、被処理物である固体物質の表面を処理することで、被処理物である固体物質の表面の濡れ性を改善することが可能であり、本発明により、濡れ性改善方法及びシラン化合物を高圧二酸化炭素に溶解してなる濡れ性改善剤を提供することが出来る。
【0018】
また、本発明では、固体物質の表面処理装置として、高圧二酸化炭素供給手段と、表面処理剤導入手段と、高圧二酸化炭素を導入して被処理物を処理するための圧力容器とを構成要素として含む表面処理装置を構築し、提供することが出来る。これらの装置及び手段の形状、構造、大きさ及び方式等は、特に制限されるものではなく、任意に設計することが出来る。また、本発明では、これらの装置及び手段と同等ないし類似のものであれば同様に使用することが可能であり、更に、上記装置の運転に必要とされる任意の手段を適宜付加することが出来る。
【0019】
また、本発明の表面処理技術が好適に適用される固体物質の部材としては、例えば、携帯電話、電子手帳、FAX、時計、カメラ、ビデオカメラ、オーディオ機器などの電子機器類のボディや部品、楽器のボディや部品、ドアミラー、バンパーなどの輸送機器のボディや部品、ヘルメット、ゴルフクラブ、スキー板、釣り竿などのレジャー用品のボディや部品が例示される。しかし、これらに制限されるものではなく、これらと同等ないし類似の固体物質ないし部材であれば本発明の適用範囲に含まれる。
【0020】
更に、本発明では、被処理物の表面にシラン化合物を付加して濡れ性を改善した高濡れ性処理物である濡れ性を向上させた固体物質を提供することができる。本発明において、上記高濡れ性処理物としては、シラン化合物を付加して濡れ性を向上させたプラスチック、ガラス、金属、ゴム、エラストマー、セラミクス、石材等が例示されるが、これらに制限されるものではなく、これらと同等もしくは類似の処理物であれば、本発明の範囲に含まれる。本発明は、固体物質の平坦な表面部分だけではなく、複雑形状及び構造の部材の非平坦な表面部分の表面処理技術としても好適に使用することが可能である。
【0021】
従来、シラン系の化合物を使用し、これに炎を当てて被処理物の表面に二酸化シランを付着させて表面処理することが行われていたが、この種の表面処理方法は、塗装や接着のための溶剤を大量に使用する工場では危険性が高く、しかも、熱に弱いプラスチックの表面処理には使用できないという問題点があった。これに対して、本発明では、シラン化合物を高圧二酸化炭素に溶解して、密閉容器内で被処理物の表面を処理することで、表面の脱脂とシラン化合物付加による表面処理を同時に行うことを可能とするとともに、表面の濡れ性を向上させた高濡れ性処理物を提供することを可能とするものであり、しかも、複雑形状及び構造の部材の非平坦な表面部分の表面処理技術としても好適に使用出来る等の、従来法では達成し得ない格別の作用効果を奏するものである。
【発明の効果】
【0022】
本発明により、次のような効果が奏される。
(1)プラスチックや金属等の固体物質の表面の脱脂とシラン化合物付加による表面処理を同時に行うことができる固体物質の新しい表面処理技術を提供できる。
(2)シラン化合物を高圧二酸化炭素に溶解した組成物からなる濡れ性改善剤を用いた新しい表面処理法を提供できる。
(3)本発明の方法は、不燃性の二酸化炭素が充填された密閉容器内の密閉系で固体物質の表面処理を行うことが可能であり、安全で、環境低負荷型のプロセスによる処理方法である。
(4)本発明の方法により、例えば、塗装が難しいポリプロピレンの濡れ性を接触角で約20減少させることが出来る。
(5)本発明は、ポリエチレン、ポリプロピレン、PET樹脂、ABS樹脂、アクリル樹脂、塩化ビニル樹脂、ポリカーボネイト、フェノール樹脂、メラミン樹脂などのプラスチック類、鉄、ステンレス、アルミ、ニッケル、銅、真鍮などの金属類の濡れ性を向上させることが出来る。
(6)本発明により、例えば、ステンレスの濡れ性を接触角で約15減少させることが出来る。
(7)本発明により処理された固体物質は、塗装したときの塗膜強度を向上させることが出来る。
(8)本発明により処理された固体物質は、塗装したときの塗膜の均一性を向上させることが出来る。
(9)本発明により処理された固体物質は、接着したときの接着強度を向上させることが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0024】
本実施例では、プラスチック類からなる固体物質である処理対象物の表面処理を行って、その効果の確認を行った。本発明の効果を確認するために、図2に示すように、シラン化合物と処理対象物を高圧容器内に封入し、二酸化炭素を加えて、45℃、150kg/cmの条件で10分間処理した。処理結果を接触角測定で評価し、濡れ性の改善の効果を確認した。
【0025】
その結果を表1に示す。表1に示されるように、塗装が難しいポリプロピレンの濡れ性が接触角測定で約20減少するなど、ポリプロピレンやアクリルなどのプラスチック類、ステンレスやニッケルなどの金属類に濡れ性が向上する効果が得られたことを観測した。
【0026】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0027】
以上詳述したように、本発明は、シラン化合物を溶解した高圧二酸化炭素を使用した固体物質の表面処理法に係るものであり、本発明により、プラスチックや金属等の固体物質の表面の脱脂とシラン化合物付加による表面処理を同時に行うことができる固体物質の新しい表面処理技術を提供できる。また、シラン化合物を高圧二酸化炭素に溶解した組成物からなる濡れ性改善剤を用いた新しい表面処理法を提供できる。本発明は、環境低負荷型のプロセスで、シラン化合物を高圧二酸化炭素に溶解した濡れ性改善剤を用いた新しい表面処理技術及びその処理製品に関する新技術・新製品を提供することを可能とするものとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の固体物質の表面処理装置の一例を示す概念図である。
【図2】本発明の固体物質の表面処理装置の他の一例を示す概念図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シラン化合物を高圧二酸化炭素に溶解させて、被処理物である固体物質の表面を処理することを特徴とする固体物質の表面処理方法。
【請求項2】
シラン化合物が、トリメチルシラノール、トリメチルメトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシランをはじめとするシラノール類、アルコキシシラン類などの酸素原子を含有するシラン化合物である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
高圧二酸化炭素が、温度範囲30〜200℃、圧力範囲1〜40MPaの超臨界二酸化炭素である請求項1に記載の方法。
【請求項4】
被処理物である固体表面の脱脂とシラン化合物付加による表面処理を同時に行う請求項1に記載の方法。
【請求項5】
高圧二酸化炭素を導入した密閉容器内で被処理物である固体物質の表面処理を行う請求項1に記載の方法。
【請求項6】
シラン化合物を二酸化炭素と混合した状態で密閉容器内に導入する請求項4に記載の方法。
【請求項7】
シラン化合物を密閉容器内に入れておいた状態で二酸化炭素を導入する請求項1に記載の方法。
【請求項8】
シラン化合物を高圧二酸化炭素に溶解させて、被処理物である固体物質の表面を処理することで、固体物質の表面の濡れ性を改善することを特徴とする固体物質の表面の濡れ性改善方法。
【請求項9】
被処理物である固体物質の表面にシラン化合物を付加してその濡れ性を改善したことを特徴とする濡れ性を向上させた固体物質。
【請求項10】
シラン化合物を高圧二酸化炭素に溶解した組成物からなることを特徴とする固体物質の表面の濡れ性改善剤。
【請求項11】
高圧二酸化炭素供給手段と、表面処理剤導入手段と、被処理物を表面処理するための圧力容器とを具備することを特徴とする固体物質の表面処理装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−51186(P2007−51186A)
【公開日】平成19年3月1日(2007.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−235931(P2005−235931)
【出願日】平成17年8月16日(2005.8.16)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(592115836)加美電子工業株式会社 (6)
【Fターム(参考)】