説明

亜鉛系めっき鋼材用の表面処理剤および表面処理亜鉛系めっき鋼板

【課題】安定した表面処理が可能であり、かつ優れた耐食性、導電性及び加工性を有するクロムフリー表面処理亜鉛系めっき鋼板が得られる表面処理剤を提供する。
【解決手段】(a)Al、Mn、Mg、V、Znの中から選ばれる1種以上の金属イオン、(b)リン酸、(c)有機樹脂、及び(d)アミンおよびその誘導体、アミノポリカルボン酸、アミノ酸の中から選ばれる1種以上、を所定の割合で含有し、pHが1〜4、遊離酸度が0.1規定水酸化ナトリウム換算で3〜20である水溶液である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、亜鉛系めっき鋼材に優れた耐食性を付与することができるクロムフリーの表面処理剤と、この表面処理剤により処理された表面処理亜鉛系めっき鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
亜鉛系めっき鋼板は、建材、自動車、家電製品、事務用機器など様々な用途に幅広く利用されている。特に、耐食性が必要な自動車、家電製品、事務用機器およびその内部に使用するモータ製品には、亜鉛系めっき鋼板にクロメート処理を施した表面処理鋼板が広く用いられてきた。クロメートには、自己修復作用により亜鉛系めっき鋼板の耐食性を向上させる効果がある。しかし、クロメート処理を行うには、水質汚染防止法に規定される特別な排水処理が必要であり、製造コストが上昇する要因となる。このためクロムやクロム化合物を用いることなく、亜鉛系めっき鋼板の耐食性を確保することができる表面処理技術が求められている。
【0003】
また、近年、パソコンや複写機などの事務用機器、エアコンなどの家電製品およびこれらに使用されるモータなどの部品については、皮膜中にクロムを含有することなく良好な耐食性を有するとともに、表面電気抵抗の小さい表面処理鋼板が求められている。これは、表面電気抵抗が小さい鋼板、すなわち導電性が良好な鋼板は、電磁波によるノイズの漏洩を防止する効果があるためである。したがって、このような用途においては、表面処理鋼板の耐食性と導電性とを両立させることが重要である。
【0004】
このような観点から、クロムやクロム化合物を用いない(クロムフリー)表面処理技術が数多く提案されている。
例えば、特許文献1には、(a)少なくとも4個のフッ素原子と、チタンやジルコニウムなどの元素とからなる陰イオン成分(例えば、TiF2−で示されるフルオロチタン酸)、(b)コバルト、マグネシウムなどの陽イオン成分、(c)pH調整のための遊離酸、および(d)有機樹脂を含有する組成物による表面処理技術が提案されている。
特許文献2には、(a)Alのリン酸化合物、(b)Mn、Mg、CaおよびSr化合物のうちの1種以上、(c)SiOのゾル、および(d)水系有機樹脂エマルジョンを含有する表面処理組成物が提案されている。
【0005】
特許文献3には、(a)ポリヒドロキシエーテルセグメントと不飽和単量体の共重合体セグメントとを有する樹脂、(b)リン酸、および(c)カルシウム、コバルト、鉄、マンガン、亜鉛などの金属のリン酸塩を含有する表面処理組成物が提案されている。
特許文献4には、(a)Al(C)、V(C)、VO(C)、Zn(C)、Zr(C)のうちの1種以上の金属アセチルアセネート、(b)水溶性無機チタン化合物、水溶性無機ジルコニウム化合物のうちの1種以上の化合物を含有する表面処理液が提案されている。
【0006】
これらの提案によれば、いずれも金属板に十分な付着量の表面処理剤(被覆剤、コーティング剤)を被覆した場合、すなわち、十分な厚さの皮膜を形成した場合には、まずまずの耐食性が得られる。しかし、金属板の凸部などの一部が露出するような皮膜が形成されたり、膜厚が薄過ぎたりした場合には、耐食性は極めて不十分なものとなる。つまり、金属板に対する表面処理剤の被覆率が100%の場合にのみ耐食性が発揮されるが、被覆率が100%未満の場合には十分な耐食性は得られない。また、これら表面処理剤には導電性物質が含まれていないため、これを全面的に厚く被覆すると導電性が低下するという不利がある。一方、この導電性を高めようとして皮膜の膜厚を薄くすると、耐食性が劣化してしまう。
【0007】
特許文献5には、特定の水性有機樹脂を含むコーティング剤であって、(a)チオカルボニル基含有化合物、(b)リン酸イオン、(c)水分散性シリカ、(d)シランカップリング剤またはその加水分解縮合物を含有する水性防錆コーティング剤を亜鉛被覆鋼にコーティングする方法が提案されている。この方法で用いられるチオカルボニル基含有化合物のような硫化物は、亜鉛などの金属表面に吸着しやすい性質があり、さらにその互変異性体であるチオール基イオンは、リン酸イオンとの相乗作用により、コーティング時に活性な亜鉛表面のサイトに吸着されて防錆効果を発揮する。この表面処理方法で得られた亜鉛系めっき鋼板は、表面を−NCS、−OCS基を有する層により被覆されると高耐食性を有するが、この層は導電性がないことが問題である。また、導電性を確保するために、皮膜の膜厚を薄くすると、チオカルボニル基含有化合物で被覆されていない部分が出現し、発錆の原因になる。すなわち、この方法でも耐食性と導電性を両立させることは難しい。
【0008】
また、上述した5つの従来技術は、いずれも金属表面と表面処理剤が形成する皮膜とをそれらの界面で強固に付着(密着)させるという発想に基づく技術である。しかし、微視的に捉えると金属表面と皮膜とは完全には密着し得ないため、付着性向上には限界がある。亜鉛系めっき鋼板のクロムフリーの表面処理技術では、耐食性の向上には、表面処理皮膜の付着性ではなく皮膜の緻密性の向上が重要であると考えられるが、上記した従来の表面処理技術では、その点は何ら考慮されていない。
【0009】
また、クロメート処理液を含めて、表面処理用の処理液がリン酸などを含んでいて低pHの場合、ロールコート法や浸漬法による塗布処理を連続して行った場合、処理液中にスラッジが発生する。このスラッジは鋼板表面に付着して鋼板の外観不良を引き起こし、さらには微視的に不連続な皮膜になるため、一次防錆性も低下する。特にロールコート法の場合には、塗布ロールにスラッジが付着することで鋼板外観不良や性能不良が生じやすい。スラッジ発生の防止策としては、処理液に対するZnの溶解限を引上げるために液pHを低下させることも考えられるが、液pHを低下させると逆にZnのエッチング速度が増加し、却ってスラッジ発生量を増加させてしまう。加えて、皮膜形成時にZnが溶解する際に発生する水素気泡の存在によって皮膜の連続性が低下し、一次防錆性をはじめとする諸特性が低下することがある。
【0010】
【特許文献1】特開平5−195244号公報
【特許文献2】特開平11−350157号公報
【特許文献3】特開平11−50010号公報
【特許文献4】特開2000−199077号公報
【特許文献5】特開2001−164182号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
したがって本発明の目的は、連続処理してもスラッジを発生させることなく、亜鉛系めっき鋼板の安定した表面処理が可能であるとともに、汎用用途のクロメート処理亜鉛系めっき鋼板に匹敵する、優れた耐食性(平板部耐食性、加工後耐食性)、導電性および加工性を有するクロムフリー表面処理亜鉛系めっき鋼板を得ることができる表面処理剤を提供することにある。
また、本発明の他の目的は、そのような表面処理剤で処理された耐食性(平板部耐食性、加工後耐食性)、導電性および加工性に優れたクロムフリー表面処理亜鉛系めっき鋼板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、特定の金属イオン、リン酸イオン、有機樹脂および特定のキレート化剤を含有し、且つpHと遊離酸度が調整されたクロムフリーの表面処理剤で亜鉛系めっき鋼板を処理することにより、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明の要旨は以下のとおりである。
[1]下記(a)〜(d)の成分を含有する水溶液であって、pHが1〜4、遊離酸度が0.1規定水酸化ナトリウム換算で3〜20であることを特徴とする亜鉛系めっき鋼材用の表面処理剤。
(a)Al、Mn、Mg、V、Znの中から選ばれる1種以上の金属イオン
(b)リン酸:前記(a)の金属イオン100質量部(固形分)に対して300〜1500質量部(固形分)
(c)有機樹脂:前記(a)の金属イオン100質量部(固形分)に対して5〜100質量部(固形分)
(d)アミンおよびその誘導体、アミノポリカルボン酸、アミノ酸の中から選ばれる1種以上:前記(a)の金属イオン100質量部(固形分)に対して10〜300質量部(固形分)
【0013】
[2]上記[1]の表面処理剤において、有機樹脂の少なくとも一部が水分散性樹脂であることを特徴とする亜鉛系めっき鋼材用の表面処理剤。
[3]上記[1]または[2]の表面処理剤において、さらに、固形潤滑剤を含有することを特徴とする亜鉛系めっき鋼材用の表面処理剤。
[4]亜鉛系めっき鋼板の表面に、上記[1]〜[3]のいずれかの表面処理剤を塗布し、乾燥することにより形成された表面処理皮膜を有し、該表面処理皮膜は、めっき層に接して、リン酸イオンとめっき金属との反応物(i)と、Al、Mn、Mg、V、Znの中から選ばれる1種以上の金属を含む金属塩(ii)とを主体とし、且つ有機樹脂(iii)を含有する厚さが0.02〜3μmの下層部を有することを特徴とする表面処理亜鉛系めっき鋼板。
[5]亜鉛系めっき鋼板の表面に、上記[1]〜[3]のいずれかの表面処理剤を固形分付着量が0.05〜3.0g/mとなるように塗布し、乾燥することにより表面処理皮膜を形成することを特徴とする表面処理亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の表面処理剤は、連続処理してもスラッジを発生させることなく、亜鉛系めっき鋼板の安定した表面処理が可能であるとともに、クロムフリーでありながら、汎用用途のクロメート処理亜鉛系めっき鋼板に匹敵する優れた耐食性(平板部耐食性、加工後耐食性)を有し、また、導電性および加工性にも優れたクロムフリー表面処理亜鉛系めっき鋼板を得ることができる。
したがって、このような表面処理剤で処理された本発明の表面処理亜鉛系めっき鋼板は、クロムフリーでありながら、優れた耐食性(平板部耐食性、加工後耐食性)を有し、また、導電性および加工性にも優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の亜鉛系めっき鋼材用表面処理剤について説明する。
本発明の表面処理剤は、下記(a)〜(d)の成分を含有する水溶液であって、pHが1〜4、遊離酸度が0.1規定水酸化ナトリウム換算で3〜20の表面処理剤である。この表面処理剤はクロムを含有しない。
(a)Al、Mn、Mg、V、Znの中から選ばれる1種以上の金属イオン
(b)リン酸:前記(a)の金属イオン100質量部(固形分)に対して300〜1500質量部(固形分)
(c)有機樹脂:前記(a)の金属イオン100質量部(固形分)に対して5〜100質量部(固形分)
(d)アミンおよびその誘導体、アミノポリカルボン酸、アミノ酸の中から選ばれる1種以上:前記(a)の金属イオン100質量部(固形分)に対して10〜300質量部(固形分)
【0016】
前記(a)の成分である、Al、Mn、Mg、V、Znの中から選ばれる1種以上の金属イオンは、処理剤中に添加される金属塩または/および金属水酸化物を由来とする成分である。この金属塩、金属水酸化物としては、Al、Mn、Mg、V、Znの中から選ばれる1種以上の金属を含むリン酸塩、硝酸塩、炭酸塩、硫酸塩、酢酸塩、水酸化物などが挙げられ、これらの中から選ばれる1種以上を用いることができる。また、これらの中でも、耐食性の確保という観点からは、Mn、Mg、Vの中から選ばれる1種以上の金属の無機酸塩とZnの無機酸塩とを併用すること、或いはMn、Mg、Vの中から選ばれる1種以上の金属の水酸化物とZnの水酸化物とを併用することが特に好ましい。
【0017】
前記リン酸塩は、処理剤中においてリン酸イオンが遊離し得る塩であればいかなるものでもよい。そのリン酸成分としては、ポリリン酸、次亜リン酸、ピロリン酸、トリポリリン酸、へキサメタリン酸、第一リン酸、第二リン酸、第三リン酸などを挙げることができる。リン酸塩を用いた場合には、前記(b)の成分であるリン酸の供給源ともなる。
前記(a)の成分である金属イオンは、皮膜中でリン酸イオンと結合してリン酸塩化することにより耐食性の向上に寄与するとともに、皮膜に導電性を付与する。
【0018】
前記(b)の成分であるリン酸は、オルトリン酸、ポリリン酸、次亜リン酸、ピロリン酸、トリポリリン酸、へキサメタリン酸、第一リン酸、第二リン酸、第三リン酸などのリン酸として添加してもよいし、上述したようなリン酸塩として添加してもよい。
表面処理剤中のリン酸は、表面処理剤をめっき面に接触させた際に処理剤中に溶解するめっき金属と反応し、この反応物は、前記(a)の成分である金属イオンによる金属塩とともに、めっき面との界面近傍においてめっき面に対して強固に結合した耐食性に富む薄層(後述する下層部x)を形成する。
前記(b)の成分であるリン酸の表面処理剤中での配合量は、前記(a)の成分である金属イオン100質量部(固形分)に対して300〜1500質量部(固形分)とする。金属イオン100質量部に対するリン酸の配合量が300質量部未満では、前記(a)の成分が液中に安定して存在できず、液保管中に沈殿が生じてしまう。一方、1500質量部を超えると皮膜中にフリーなリン酸が多く残存してしまうことになるので、耐食性が低下する。
【0019】
前記(c)の成分である有機樹脂としては水溶性樹脂または/および水分散性樹脂を用いる。また、耐食性だけでなく潤滑性を考慮した場合には、一部または全部が水分散性樹脂であることが好ましい。水溶性樹脂としては、特に、カルボキシル基含有単量体の重合体、水酸基含有単量体とカルボキシル基含有単量体との共重合体などが好ましく、これらの1種以上を用いることができる。また、これらの1種以上と水分散性樹脂を併用することがより好ましい。
前記カルボキシル基含有単量体としては、エチレン性不飽和カルボン酸とその誘導体を挙げることができる。エチレン性不飽和カルボン酸としては、例えば、アクリル酸、メタアクリル酸、クロトン酸などのモノカルボン酸、イタコン酸、マレイン酸、フマル酸などのジカルボン酸が挙げられる。また、誘導体としては、アリカリ金属塩、アンモニウム塩、有機アミン塩などが代表例である。好ましいのはアクリル酸、メタアクリル酸である。これらのカルボキシル基含有単量体は、1種または2種以上を用いることができる。
【0020】
前記水酸基含有単量体としては、(メタ)アクリル酸ヒドロキシエチル、(メタ)アクリル酸ヒドロキシプロピル、(メタ)アクリル酸−3−ヒドロキシブチル、アクリル酸−2,2−ビス(ヒドロキシメチル)エチル、(メタ)アクリル酸−2,3−ジヒドロキシプロピル、(メタ)アクリル酸−3−クロル2−ヒドロキシプロピルなどの(メタ)アクリル酸ヒドロキシエステル類、アリルアルコール類、N−メチロールアクリルアミド、N−ブトキシメチロール(メタ)アクリルアミドなどの水酸基含有アクリルアミド類のような、還元性水酸基を有する単量体を挙げることができる。特に好ましいのは、アクリル酸ヒドロキシエチル、メタアクリル酸ヒドロキシエチルである。これらの水酸基含有単量体は、1種または2種以上を用いることができる。
なお、水酸基含有単量体とカルボキシル基含有単量体との共重合体は、この発明で期待する表面処理皮膜の特性を維持する範囲内であれば、他の重合性単量体をさらに共重合したものであってもよい。好適な単量体としては、例えばスチレン類あるいはメタアクリル酸メチルなどの(メタ)アクリル酸エステル類を挙げることができる。
【0021】
上述した有機樹脂は、さらに水分散性樹脂を含有することにより、加工性、加工後耐食性をより良好なものとすることができる。水分散性樹脂としては、特に、低pH酸性水溶液(pH:1〜4)中で安定であり、均一分散し得るものが好ましい。そのようなものとして、カルボキシル基または水酸基を含有する単量体以外の不飽和単量体を、カルボキシル基を含有する単量体と共重合してなるものが挙げられる。前者の好適な単量体としては、スチレン、メタアクリル酸ブチル、メタアクリル酸メチルなどのメタアクリル酸のアルキルエステルが挙げられる。pH1〜4の酸性水溶液中で安定であり、均一に分散することができる水分散性樹脂としては、例えば、従来金属材料の表面処理に使用されているポリエステル系、アクリル系、ウレタン系が挙げられる。これらは2種以上併用することもできる。
【0022】
水分散性樹脂は、そのガラス転移温度(Tg)が20〜120℃のものが特に好ましい。ガラス転移温度が20℃以上である方が乾燥後の皮膜が耐ブロッキング性にも優れたものとなる。一方、ガラス転移温度が120℃以下である方が、加工時の鋼板変形に皮膜が追従し易いために皮膜破壊が発生し難いので、加工後耐食性が向上する。
また、水分散性樹脂は粒子径が0.1〜2.0μmのものが好ましい。水分散性樹脂の粒子径が0.1μm以上である方がプレス成形性が向上する。一方、粒子径が2.0μm以下である方が、後述する下層部xの連続性が維持され易く、耐食性、プレス成形性、加工後耐食性のいずれも向上する。
【0023】
前記(c)の成分である有機樹脂の表面処理剤中での配合量は、前記(a)である金属イオン100質量部(固形分)に対して5〜100質量部(固形分)とする。金属イオン100質量部(固形分)に対する有機樹脂の配合量が5質量部未満では耐食性が劣り、また、潤滑性も劣るためプレス成形時に黒色異物が発生したり、型かじりが生じ易くなる。一方、100質量部を超えると、耐食性は向上する方向にあるものの、プレス成形時に剥離が生じ、黒色異物が生成して加工後外観が劣化し易くなり、さらに、導電性も低下する。
【0024】
前記(d)の成分である、アミンおよびその誘導体、アミノポリカルボン酸、アミノ酸の中から選ばれる1種以上は、めっき面から溶解した金属イオン(めっき金属)に対するキレート化剤として添加されるものである。
表面処理剤を亜鉛系めっき鋼板に塗布する方法としては、一般に浸漬法やロールコーティング法などが採られる。この場合、表面処理剤が低pHであると、塗布した表面処理剤にめっき金属(通常、Zn)が溶解してpHが上昇する。その結果、表面処理剤中の金属成分の溶解安定pH以上となることで析出物が生成し、この析出物が表面処理剤中のスラッジとなる。このような表面処理剤中のスラッジは、直接またはコーターロールを介して被処理鋼板に付着して外観不良や性能不良を生じさせ、さらにはコーターパン内に蓄積して連続生産が不能となる場合もある。
【0025】
上記のような問題を防止するには、表面処理剤のpHを上げることでめっき金属の溶解を極力防ぎ、一方において、表面処理剤に対するめっき金属の溶解限(pH上限)を引上げるためpHを低下させる、という相反する事象を達成させる必要があり、従来の技術では達成不可能であった。そこで鋭意検討した結果、表面処理剤中にアミンおよびその誘導体、アミノポリカルボン酸、アミノ酸の中から選ばれる1種以上を適量添加した場合、この成分がめっき面に先行吸着することでめっき金属の過剰エッチングが防止され、さらに、同成分が表面処理剤中でキレート化剤として作用し、めっき面から溶解した金属イオン(めっき金属)をキレート化して表面処理剤の安定性を効果的に向上させることを見出した。
【0026】
このような効果を発現する前記(d)の成分としては、エチレンジアミン、N−メチルエチレンジアミン、N−エチルエチレンジアミン、N−n−プロピルエチレンジアミン、N−イソプロピルエチレンジアミン、N−(2−ヒドロキシエチル)エチレンジアミン、N,Nジメチルエチレンジアミン、N,N′ジメチルエチレンジアミン、N,N′−ジメチルエチレンジアミン、N,N′−ジ(2−ヒドロキシエチル)エチレンジアミン、N,N,N′,N′−テトラメチルエチレンジアミン、1,2−ジアミノプロパン、meso−2,3ジアミノブタン、rac−2,3−ジアミノブタン、トリメチレンジアミン、テトラメチレンジアミン、ペンタメチレンジアミン、cis−1,2−ジアミノシクロヘキサン、trans−1,2−ジアミノシクロヘキサン、トリエチレンジアミン、1,2,3トリアミノプロパン、1,3−ジアミノ−2−アミノメチルプロパン、ジエチレントリアミン、3,3′−ジアミノジプロピルアミン、トリエチレンテトラアミン、2,2′,2″−トリアミノトリエチレンアミン、2−ヒドロキシエチルアミン、2−メトキシエチルアミン、2,2′−ジヒドロキシジエチルアミン、2,2′,2″−トリヒドロキシトリエチルアミン、ジ(2−アミノエチル)エーテル、ピリジン、2−アミノメチルピリジン、2,2′−アミノエチルピリジン、ピリジン−2−カルボン酸、ピリジン−2,3ジカルボン酸、ピリジン−2,4−ジカルボン酸、ピリジン−2,6−ジカルボン酸、ニコチン酸ヒドラジン、イソニコチン酸ヒドラジド、ピリドキサミン、ピペリジン、ピペリジン−2,6ジカルボン酸、イミダゾール、ヒスタミン、3−メチルヒスタミンなどのアミンおよびその誘導体、イミノジ酢酸、イミノジプロピオン酸、N−メチルイミノジ酢酸、N−(3,3′−ジメチルブチル)イミノジ酢酸、フェニルイミノジ酢酸、ヒドロキシエチルイミノジ酢酸、ヒドロキシエチルイミノジプロピオン酸、ヒドロキシプロピルイミノジ酢酸、2−ヒドロキシシクロヘキシルイミノジ酢酸、メトキシエチルイミノジ酢酸、2−ヒドロキシベンジルイミノジ酢酸、N−(o−カルボキシフェニル)イミノジ酢酸、N−(m−カルボキシフェニル)イミノジ酢酸、N−(p−カルボキシフェニル)イミノジ酢酸、N−(カルバモイルメチル)イミノジ酢酸、シアノメチルイミノジ酢酸、アミノエチルイミノジ酢酸、2−エトキシカルボニルアミノエチルイミノジ酢酸、ホスホノメチルイミノジ酢酸、ホスホエチルイミノジ酢酸、ニトリロトリ酢酸、カルボキシエチルイミノジ酢酸、カルボキシメチルイミノジプロピオン酸、ニトリロトリプロピオン酸、N,N′−エチレンジアミンジ酢酸、エチレンジアミン−N,N′ジプロピオン酸、N,N′−ジ(ヒドロキシエチル)エチレンジアミンジ酢酸、N−n−ブチルエチレンジアミントリ酢酸、N−シクロヘキシルエチレンジアミントリ酢酸、N−(o−ヒドロキシシクロヘキシル)エチレンジアミントリ酢酸、N′−ヒドロキシエチル−N,N,N′−トリ酢酸、ベンジルエチレンジアミントリ酢酸、エチレンジアミンテトラ酢酸、エチレンジアミン−N,N′−ジ酢酸N,N′−ジプロピオン酸、エチレンジアミン−N,N′−ジ酢酸N,N′−ジ(2−プロピオン酸)、エチレンジアミンテトラプロピオン酸、1,2−プロピオンジアミンテトラ酢酸、トリメチレンジアミンテトラ酢酸、テトラメチレンジアミンテトラ酢酸、ペンタメチレンジアミンテトラ酢酸、ヘキサメチレンジアミンテトラ酢酸、trans−シクロヘキサン−1,2−ジアミンテトラ酢酸、1,3,5−トリアミノシクロヘキサンヘキサ酢酸、エチルエーテルジアミンテトラ酢酸、ジエチルトリアミンペンタ酢酸、グリコールエーテルジアミンテトラ酢酸などのアミノポリカルボン酸、グリシン、ザルコシン、グリシンメチルエステル、アラニン、バリン、ノルロイシン、ロイシン、フェニルアラニン、チロシン、セリン、スレオニン、システィン、メチオニン、アスパラギン酸、アスパラギン、グルタミン酸、1,2−ジアミノプロピオン酸、オルニチン、リジン、アルギニン、プロリン、ヒスチジン、N−エチルグリシン、グリシルアラニン、還元型グルタチオンなどのアミノ酸とその誘導体があげられる。これらの成分は1種または2種以上を用いることができる。
【0027】
前記(d)の成分である、アミンおよびその誘導体、アミノポリカルボン酸、アミノ酸の中から選ばれる1種以上の表面処理剤中での配合量は、前記(a)の成分である金属イオン100質量部(固形分)に対して10〜300質量部(固形分)とする。金属イオン100質量部(固形分)に対する前記(d)の成分の配合量が10質量部未満ではめっき面への先行吸着や薬液安定性が十分に得られず、一方、300質量部を超えると(d)の成分が皮膜中に大量に残存し、耐食性を低下させることがある。
【0028】
さらに、表面処理剤には、プレス成形性の向上を目的として固形潤滑剤を含有させてもよい。
固形潤滑剤としては、例えば、ポリオレフィンワックス(例えば、ポリエチレンワックス)、パラフィンワックス(例えば、合成パラフィン、天然パラフィンなど)、フッ素樹脂系ワックス(例えば、ポリテトラフルオロエチレンなど)、脂肪酸アミド系化合物(例えば、ステアリン酸アミド、パルミチン酸アミドなど)、金属石けん類(例えば、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸鉛など)、金属硫化物(例えば、二硫化モリブデン、二硫化タングステンなど)、グラファイト、フッ化黒鉛、窒化ホウ素、ポリアルキレングリコール、アルカリ金属硫酸塩などの1種または2種以上を用いることができるが、なかでも、ポリエチレンワックス、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)等のフッ素樹脂系ワックスが特に好ましい。また、固形潤滑剤としては、低pH安定性を有し且つ軟化温度が100℃以上のものが好ましく、この観点からはポリオレフィンワックスや金属石けん類が好ましい。
この固形潤滑剤の表面処理剤中での配合量は、前記(a)の成分である金属イオン100質量部(固形分)に対して5〜50質量部(固形分)とする。金属イオン100質量部(固形分)に対する前記固形潤滑剤の配合量が5質量部未満では潤滑性とプレス成形性の向上効果が十分に得られず、一方、50質量部を超えると皮膜が軟弱となり、加工後外観が悪化する。
【0029】
表面処理剤(処理液)が水分散性樹脂や固形潤滑剤を含有する場合、これらは液中に分散しているため、処理剤とめっき面との接触により形成される表面処理皮膜の下層部x(めっき層に接する層部分であって、リン酸イオンとめっき金属との反応物(i)と、Al、Mn、Mg、V、Znの中から選ばれる1種以上の金属を含む金属塩(ii)とを主体とし、且つ有機樹脂(iii)を含有する下層部)中にも同様に分散して含有される。このため水分散性樹脂の含有により、下層部xの深さ方向でいかなる部位においても均一の潤滑性が確保できる。また、固形潤滑剤の含有により潤滑性がさらに高められる。そして、これらの作用によって、プレス成形性および加工後耐食性が確保される。したがって、表面処理剤は、(1)含有する有機樹脂の少なくとも一部(好ましくは全部)が水分散性樹脂であること、または、(2)固形潤滑剤を含有すること、特に望ましくは、(3)有機樹脂の少なくとも一部(好ましくは全部)が水分散性樹脂であり且つ固形潤滑剤を含有すること、が好ましい。
【0030】
表面処理剤には、被処理面(亜鉛系めっき鋼板表面)への適用時の発泡防止や処理液安定性の観点から、界面活性剤を含有させてもよい。界面活性剤としてはpH1〜4の環境下で安定なものであればよく、例えば、ノニオン型界面活性剤が挙げられる。
また、その他性能を付与するために、表面処理剤に通常の表面処理で使用される各種添加剤を含有させてもよい。
【0031】
本発明の表面処理剤は、上述した各成分を溶媒である水に溶解または分散させることにより得られるものであり、通常、固形分濃度が5〜25mass%程度の水溶液である。固形分濃度が低すぎると亜鉛系めっき鋼板などに塗布する際に付着量を確保しにくくなり、一方、固形分濃度が高すぎると処理液安定性が劣る傾向がある。
本発明の表面処理剤は、そのpHを1〜4、遊離酸度を0.1規定水酸化ナトリウム換算で3〜20とする必要がある。表面処理剤のpHが1未満ではめっき金属が過剰に溶解してめっき層の薄膜化を生じたり、めっき金属とリン酸イオンとの反応物の再溶解が発生してしまい、耐食性向上が得られない場合がある。一方、pHが4を超えると、めっき金属とリン酸イオンとの反応物が形成されなくなり、耐食性が著しく低下する。よって、表面処理剤のpHは1〜4とする。表面処理剤のpHを1〜4に調整するには、NaOHやKOHのような水酸化物、アミンなどを中和剤として用いることができる。
【0032】
本発明における「0.1規定水酸化ナトリウム換算の遊離酸度」とは、表面処理剤10mLにブロムフェノールブルー3滴を滴下し、呈色が黄色から青色へ変色するのに要する0.1規定水酸化ナトリウム水溶液の量(mL)のことであり、無名数として標記した。
上記のように、表面処理剤のpHを1〜4の範囲に調整しても、遊離酸度が0.1規定水酸化ナトリウム換算で3〜20の範囲を外れると耐食性が低下する。すなわち、遊離酸度が3未満では表面処理皮膜の下層部xの厚さが薄くなり過ぎる。一方、遊離酸度が20を超えると前記下層部xの連続性が阻害される。このような観点から、より好ましい0.1規定水酸化ナトリウム換算の遊離酸度は5〜15である。なお、同一pHの場合、遊離酸度を低下させるにはピロリン酸の使用が有効である。
【0033】
以下、本発明の表面処理亜鉛系めっき鋼板について、詳細に説明する。
本発明の表面処理亜鉛系めっき鋼板は、亜鉛系めっき鋼板の表面に、上述した表面処理剤を塗布し、乾燥することにより形成された表面処理皮膜を有する。
本発明で用いる亜鉛系めっき鋼板の種類に特別な制限はないが、例えば、亜鉛めっき鋼板、Zn−Ni合金めっき鋼板、Zn−Fe合金めっき鋼板(電気めっき鋼板、合金化溶融亜鉛めっき鋼板)、Zn−Cr合金めっき鋼板、Zn−Mn合金めっき鋼板、Zn−Co合金めっき鋼板、Zn−Co−Cr合金めっき鋼板、Zn−Cr−Ni合金めっき鋼板、Zn−Cr−Fe合金めっき鋼板、Zn−Al合金めっき鋼板(例えば、Zn−5%Al合金めっき鋼板、Zn−55%Al合金めっき鋼板)、Zn−Mg合金めっき鋼板、Zn−Al−Mg合金めっき鋼板(例えば、Zn−6%Al−3%Mg合金めっき鋼板、Zn−11%Al−3%Mg合金めっき鋼板)、さらには、これらのめっき鋼板のめっき皮膜中に金属酸化物、ポリマーなどを分散した亜鉛系複合めっき鋼板(例えば、Zn−SiO分散めっき鋼板)などを用いることができる。
【0034】
また、上記のようなめっきのうち、同種または異種のものを2層以上めっきした複層めっき鋼板を用いることもできる。
また、めっき鋼板としては、鋼板面に予めNiなどの薄目付めっきを施し、その上に上記のような各種めっきを施したものであってもよい。
めっき方法としては、電解法(水溶液中での電解または非水溶媒中での電解)、溶融法、気相法のうち、実施可能ないずれの方法を採用することもできる。
さらに、めっきの黒変を防止する目的で、めっき皮膜中にNi,Co,Feの1種以上の微量元素を1〜2000ppm程度析出させたり、或いはめっき皮膜表面にNi,Co,Feの1種以上を含むアルカリ性水溶液または酸性水溶液による表面調整処理を施し、これらの元素を析出させるようにしてもよい。
【0035】
亜鉛系めっき鋼板の表面に形成された表面処理皮膜は、めっき層に接して、リン酸イオンとめっき金属との反応物(i)と、Al、Mn、Mg、V、Znの中から選ばれる1種以上の金属を含む金属塩(ii)とを主体とし、且つ有機樹脂(iii)を含有する厚さが0.02〜3μmの下層部xを有する。
【0036】
この下層部xは、次のように定義される。
反応物(i)と金属塩(ii)を主体とする下層部xは、めっき面から溶解して表面処理剤中に拡散した金属イオン(めっき金属)と表面処理剤中のリン酸イオンとが反応し、且つ表面処理剤中に元々含まれる金属イオン(上述した(a)の成分)がリン酸イオンなどと反応することにより形成されるから、その厚さは、グロー放電分光法(以下、GDSという)による皮膜厚さ方向での金属成分の分析により測定することができる。
【0037】
図1は、金属イオンとしてMg,Mnを含有させた表面処理剤を塗布・乾燥することにより得られた本発明の表面処理亜鉛系めっき鋼板について、GDSによる表面処理皮膜厚さ方向の成分分析結果の一例を示すものである。このGDSでは、理学社製「RF−GDS3860」(商品名)を用い、アノード径4mm、20W、Arガス流量300cc/分の条件で測定を行った。図1において、鉄換算のスパッター速度を基に、スパッタリング時間と皮膜の深さ(厚さ)方向位置とを対応づけることができ、且つこの皮膜の深さ(厚さ)方向位置での各元素の信号強度によりその存在量を知ることができる。図1において、スパッタリング時間0秒が皮膜最表面であり、この皮膜最表面から下層部xにわたる深さ領域においては、表面処理剤由来の金属成分(Mg,Mn)がめっき金属(Zn)と共存していることが判る。また、この深さ領域において有機樹脂の炭素成分(C)ピークは金属成分(Mg,Mn)のピークよりも表層側に存在するものの、金属成分(Mg,Mn)とも共存している。
【0038】
ここで、本発明における表面処理皮膜の「下層部x」とは、図1に示すようなGDSの測定結果において、表面処理剤由来の金属成分(上述した(a)の成分,図1ではMg,Mn)の信号強度がピークとなる深さ位置P1から、同信号強度が前記ピーク値の1/10となる深さ位置P2(概ね、この深さ位置P2がめっき面との界面であると考えられる)までとする。前記深さ位置P1以深の領域は、リン酸イオンとめっき金属との反応物(i)と金属塩(ii)を主体とし、且つ有機樹脂が共存している層であり、この層が耐食性や潤滑性に大きく寄与すると考えられるからである。
【0039】
本発明における表面処理皮膜は、強力なイオン結合によって生じた反応物(i)と金属塩(ii)を主体とする下層部xが亜鉛系めっき層との間で強固な密着状態を形成する結果、優れた耐食性を発現すると考えられる。このような強固な密着状態を達成するために、前記下層部xは0.02〜3μmの厚さを有する必要がある。この下層部xの厚さが0.02μm未満であると、めっき層と表面処理皮膜との結合が不十分になって耐食性が劣化する。一方、3μmを超えると、曲げ加工などの加工を行った際に下層部xの剥離が生じ易くなり、表面処理皮膜の密着性が劣化してプレス成形性が悪化する。また、その結果、加工後の外観も低下する。以上の観点から、下層部xのより好ましい厚さは0.1〜1.5μmである。後述するように、この下層部xの厚さは表面処理剤の塗布量により調整することができる。
【0040】
次に、表面処理亜鉛系めっき鋼板の製造方法について説明する。
本発明の表面処理亜鉛系めっき鋼板は、亜鉛系めっき鋼板の表面に上述した表面処理剤を固形分付着量が0.05〜3.0g/mとなるように塗布し、乾燥し、表面処理皮膜を形成することにより製造することができる。
通常、表面処理剤はロールコート、スプレー塗装、刷毛塗り、カーテンフローなどの塗装方式で亜鉛系めっき鋼板の表面に塗布される。ここで、表面処理剤を固形分付着量が0.05〜3.0g/mとなるよう塗布することにより、下層部xの厚さを0.02〜3μmとすることができる。また、下層部xの厚さを0.1〜1.5μmとするには、表面処理剤を固形分付着量が0.3〜1.5g/mとなるよう塗布することが好ましい。
【0041】
このような表面処理剤を塗布した後、これを乾燥させるが、この乾燥工程では鋼板を50〜100℃に加熱して表面処理剤を乾燥させるのが好ましい。加熱温度(鋼板温度)が50℃以上であれば皮膜中の水分が残存し難くなるので、耐食性が向上する。一方、加熱温度(鋼板温度)が100℃以下であれば、リン酸のオルソ化が抑制されるため、表面処理剤の遊離酸度が維持され易く、やはり耐食性が向上する。加熱手段としては、熱風炉、ドライヤー、高周波加熱炉、赤外線加熱炉などを用いることができる。
【実施例】
【0042】
表1および表3に示す金属種からなる金属塩または金属水酸化物、下記(1)に示す有機樹脂(いずれも水分散性樹脂)、同じく(2)に示すリン酸、同じく(3)に示すキレート化剤、同じく(4)に示す固形潤滑剤を適宜配合して水系表面処理剤を調整し、この表面処理剤を下記(5)に示す亜鉛系めっき鋼板表面にスプレー塗布・リンガーロール絞りにより塗布した。その後、5秒で到達板温が60℃となるように加熱して表面処理皮膜を形成した。
(1)有機樹脂(Tg=ガラス転移温度)
・樹脂A:ウレタン樹脂エマルジョン(Tg:80℃、分散粒子径:0.2〜0.4μm)
・樹脂B:アクリル樹脂エマルジョン(Tg:100℃、分散粒子径:0.3〜0.4μm)
・樹脂C:ポリエチレン樹脂エマルジョン(Tg:80℃、分散粒子径:0.1〜0.2μm)
・樹脂D:アクリル樹脂エマルジョン(Tg:30℃、分散粒子径:0.1〜0.2μm)
【0043】
(2)リン酸
・リン酸I:ポリリン酸
・リン酸II:ピロリン酸
・リン酸III:トリポリリン酸
・リン酸IV:次亜リン酸
(3)キレート化剤
・キレート化剤I:N−メチルイミノジ酢酸
・キレート化剤II:イミノジ酢酸
・キレート化剤III:8−ヒドロキシキノリン
・キレート化剤IV:1,2−ジアミノシクロヘキサン
・キレート化剤V:L−アルギニン
・キレート化剤VI:L−プロリン
(4)固形潤滑剤
・固形潤滑剤E:ポリエチレンワックス(軟化温度:110℃)
・固形潤滑剤F:フッ素系ワックス(PTFE)(軟化温度:160℃)
【0044】
(5)亜鉛系めっき鋼板
・めっき鋼板a:電気亜鉛めっき鋼板(板厚:1mm、めっき付着量:20g/m
・めっき鋼板b:電気亜鉛−ニッケルめっき鋼板(板厚:1mm、めっき付着量:20g/m、Ni:12mass%)
・めっき鋼板c:溶融亜鉛めっき鋼板(板厚:1mm、めっき付着量:60g/m
・めっき鋼板d:合金化溶融亜鉛めっき鋼板(板厚:1mm、めっき付着量:60g/m、Fe:10mass%)
・めっき鋼板e:亜鉛−5%アルミニウムめっき鋼板(板厚:1mm、めっき付着量:60g/m、Al:5mass%)
・めっき鋼板f:亜鉛−55%アルミニウムめっき鋼板(板厚:1mm、めっき付着量:60g/m、Al:55mass%)
【0045】
得られた各実施例の表面処理鋼板について、表面処理皮膜の下層部xの厚さをGDSにより測定した。測定装置としては理学社製「RF−GDS3860」(商品名)を用い、アノード径4mm、20W、Arガス流量300cc/分の条件にて測定した。
各実施例について、表面処理剤の亜鉛溶解抑制特性と薬液安定性、表面処理鋼板の平板導電性、平面部耐食性、加工後耐食性、加工性を以下の試験方法で評価した。なお、表面処理剤の亜鉛溶解抑制特性の評価については、純亜鉛電気めっき鋼板を用いて行った。
【0046】
(1)亜鉛溶解抑制特性
50mm×100mmの純亜鉛電気めっき鋼板を各実施例の表面処理剤(固形分15〜20mass%、温度20℃)中に5秒間浸漬し、めっき鋼板の浸漬前後の重量変化を測定した。重量変化をg/mに換算し、以下の評価基準にしたがって評価した。
○:0.1g/m未満
△:0.1g/m以上、0.2g/m未満
×:0.2g/m以上
(2)高pH化時の薬液安定性
各実施例の表面処理剤(固形分15〜20mass%、温度20℃)をビーカーに25g秤量し、表面処理剤を攪拌しながら、1規定のNaOHを用いて滴定し、析出物が発生した段階でのpHを測定し、以下の評価基準にしたがって評価した。
○:pH4以上
△:pH3以上、pH4未満
×:pH3未満
【0047】
(3)平板導電性
各実施例の表面処理鋼板から175mm×100mmの大きさの試験片を切り出し、この試験片について、4端子4深針式表面抵抗計(三菱化学株式会社製の商品名「ロレスタ」)を用いて10点測定した表面抵抗値の平均値を、以下の評価基準にしたがって評価した。
◎:0.1mΩ未満
○:0.1mΩ以上、0.5mΩ未満
△:0.5mΩ以上、1.0mΩ未満
×:0.1mΩ以上
(4)平面部耐食性
各実施例の表面処理鋼板から70mm×150mmの大きさの試験片を切り出し、この試験片の端面部をシールし、塩水噴霧試験(JIS−Z−2371)に供した。各試験片表面の面積の5%に白錆が発生するまでに要した時間を測定し、以下の評価基準にしたがって評価した。
◎:72時間以上
○:48時間以上、72時間未満
△:24時間以上、48時間未満
×:24時間以下
【0048】
(5)加工性
各実施例の表面処理鋼板について、エリクセンカップ試験機を用いて次の条件でプレス成形を行い、その際の成形可否(○:可、×:不可)と成形荷重を評価した。
<加工条件>
ポンチ径:33mm
ブランク径:66mm
絞りダイス肩曲率:3mmR
絞り速度:60mm/s
しわ押さえ荷重:1ton
速乾油塗油(1.5g/m
さらに、加工後の外観の評価として、加工後に表面処理皮膜の剥離し易さを評価した。すなわち、上記のエリクセンカップ試験機を用いたプレス成形を行った成形品の側壁部に「セロハンテープ」(登録商標)を密着させた後、これを剥がしてCu板に貼付し、これについて蛍光X線によりZnカウントを測定した。そして、そのカウント値により、以下の基準で判定を行った。
○:10kcps以下
△:10kcps超〜15kcps
×:15kcps超
【0049】
(6)加工後耐食性
各実施例の表面処理鋼板について、上記条件で円筒成形を行った後、その成形体の端面部をシールし、塩水噴霧試験(JIS−Z−2371)に供した。各成形体表面の面積の5%に白錆が発生するまでに要する時間を、以下の評価基準にしたがって評価した。
◎:12時間以上
○:6時間以上、12時間未満
△:3時間以上、6時間未満
×:3時間以下
【0050】
以上の試験結果を、表面処理剤の組成、表面処理皮膜の構成とともに表1〜表4に示す。
表1〜表4に示されるように、本発明例はいずれも表面処理剤の亜鉛溶解抑制特性と薬液安定性に優れ、また、この表面処理剤による表面処理皮膜が形成されためっき鋼板は、導電性、耐食性(平坦部耐食性及び加工後耐食性)、加工性のいずれにも優れている。
【0051】
【表1】

【0052】
【表2】

【0053】
【表3】

【0054】
【表4】

【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明の表面処理亜鉛系めっき鋼板について、GDSによる表面処理皮膜厚さ方向の成分分析結果の一例を示すグラフ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a)〜(d)の成分を含有する水溶液であって、pHが1〜4、遊離酸度が0.1規定水酸化ナトリウム換算で3〜20であることを特徴とする亜鉛系めっき鋼材用の表面処理剤。
(a)Al、Mn、Mg、V、Znの中から選ばれる1種以上の金属イオン
(b)リン酸:前記(a)の金属イオン100質量部(固形分)に対して300〜1500質量部(固形分)
(c)有機樹脂:前記(a)の金属イオン100質量部(固形分)に対して5〜100質量部(固形分)
(d)アミンおよびその誘導体、アミノポリカルボン酸、アミノ酸の中から選ばれる1種以上:前記(a)の金属イオン100質量部(固形分)に対して10〜300質量部(固形分)
【請求項2】
有機樹脂の少なくとも一部が水分散性樹脂であることを特徴とする請求項1に記載の亜鉛系めっき鋼材用の表面処理剤。
【請求項3】
さらに、固形潤滑剤を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の亜鉛系めっき鋼材用の表面処理剤。
【請求項4】
亜鉛系めっき鋼板の表面に、請求項1〜3のいずれかに記載の表面処理剤を塗布し、乾燥することにより形成された表面処理皮膜を有し、該表面処理皮膜は、めっき層に接して、リン酸イオンとめっき金属との反応物(i)と、Al、Mn、Mg、V、Znの中から選ばれる1種以上の金属を含む金属塩(ii)とを主体とし、且つ有機樹脂(iii)を含有する厚さが0.02〜3μmの下層部を有することを特徴とする表面処理亜鉛系めっき鋼板。
【請求項5】
亜鉛系めっき鋼板の表面に、請求項1〜3のいずれかに記載の表面処理剤を固形分付着量が0.05〜3.0g/mとなるように塗布し、乾燥することにより表面処理皮膜を形成することを特徴とする表面処理亜鉛系めっき鋼板の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−284710(P2007−284710A)
【公開日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−110357(P2006−110357)
【出願日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】