説明

人体の部位別の質量および重心の測定方法

【課題】個人ごとの部位別の質量および重心を測定する方法を提供する。
【解決手段】被測定者の部位に測定点を設定する第1ステップと、測定点の基準姿勢からの変位xiと、任意の点周りのモーメントMとを、測定点を設定した部位のみ姿勢を変化させながら断続的に測定する第2ステップと、M/g=Σmixi+m’x’の式を用いて、部位の測定点の質量miを重回帰分析により推定する第3ステップと、測定点の質量miの総和から部位の質量を求める第4ステップと、測定点の質量miと位置とから部位の重心を求める第5ステップとを順に行う人体の部位別の質量および重心の測定方法である。被測定者の部位の質量および重心を直接測定することができるので、統計的データに頼ることなく正確に、個人ごとの部位別の質量および重心を測定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人体の部位別の質量および重心の測定方法に関する。さらに詳しくは、統計データに頼ることなく個人ごとに測定できる人体の部位別の質量および重心の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医療分野やスポーツ運動学分野などにおいて、運動時に人体の関節に働くモーメント(関節モーメント)を推定することは非常に重要となっている。例えば、推定された関節モーメントから、筋骨格モデルを用いて筋張力を推定することなどが行われている。
関節モーメントを推定するためには、人体の部位別の質量、重心および慣性モーメント
を測定することが必要である。測定した質量などと、運動時に人体の各部位に働く加速度および関節まわりの角加速度とから関節モーメントを推定することができるからである。
従来、人体の部位別の質量、重心および慣性モーメントを測定するには、個人ごとに測定する方法がないため、解剖などから得られた統計的なデータを用いて推定していた。
しかるに、人体の部位別の質量などは個体差があるため、本来は個人ごとに測定すべきであり、統計的なデータを用いると、個人ごとの正確な関節モーメントを推定することができないという問題がある。
【0003】
これに対して、人体の部位別の質量を個人ごとに測定する従来技術として特許文献1がある。特許文献1の測定方法は、頭部、体幹部、左右の各腕部、左右の各脚部の6つの部位の各々の質量を測定する部位別質量測定方法であって、各部位の位置に対応するように板状の質量測定装置を床に配置し、その上に被測定者が仰臥位または伏臥位で横たわり、各部位の質量を測定するものである。
【0004】
しかるに、特許文献1の測定方法では、各部位が関節で繋がっている他の部位の影響を受け、関節に力が入っている時などに、各部位の質量を正確に測定することができないという問題がある。
また、部位ごとに測定装置を用意する必要があるため、小さい部位の質量を測定することが困難であるという問題がある。
さらに、各部位の重心や慣性モーメントを測定できず、これのみでは関節モーメントを推定することができないという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−212411号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記事情に鑑み、個人ごとの部位別の質量および重心を測定する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
第1発明の人体の部位別の質量および重心の測定方法は、被測定者の部位に、該部位の質量が集中していると仮定する測定点を設定する第1ステップと、前記測定点の基準姿勢からの変位xi(iは測定点の番号を示す。)と、任意の点周りの被測定者の体全体により加えられるモーメントMとを、前記測定点を設定した部位のみ姿勢を変化させながら断続的に測定する第2ステップと、
M/g=Σmixi+m’x’
(gは重力加速度、miは測定点の質量、m’は測定点以外の被測定者の質量、x’はm’の重心の前記任意の点からの距離、Σは測定点の総和を示す。)
の式を用いて、前記第2ステップにより得られたデータから、前記部位の測定点における質量miを、M/gを従属変数、xiを独立変数、miを偏回帰変数とした重回帰分析により推定する第3ステップと、前記測定点の質量miの総和から前記部位の質量を求める第4ステップと、前記測定点の質量miと位置とから前記部位の重心を求める第5ステップとを順に行うことを特徴とする。
第2発明の人体の部位別の質量および重心の測定方法は、第1発明において、前記第1ステップにおいて、1つの部位に対して2つの測定点を設定することを特徴とする。
第3発明の人体の部位別の質量および重心の測定方法は、第1発明において、前記第1ステップにおいて、1つの部位に対して3つの測定点を設定することを特徴とする。
第4発明の人体の部位別の質量および重心の測定方法は、第1発明において、前記第1ステップにおいて、1つの部位に対して4つ以上の測定点を同一平面上にならないように設定することを特徴とする。
第5発明の人体の部位別の質量および重心の測定方法は、第1発明において、前記第1ステップにおいて、1つの部位にのみ測定点を設定することを特徴とする。
第6発明の人体の部位別の質量および重心の測定方法は、第1発明において、前記第1ステップにおいて、複数の部位に測定点を設定することを特徴とする。
第7発明の人体の部位別の質量および重心の測定方法は、第1発明において、前記第2ステップにおいて、鉛直床反力を測定し、前記第3ステップにおいて、前記鉛直床反力が基準値よりも大きいもしくは小さい場合は、重回帰分析に用いるデータから取り除くことを特徴とする。
第8発明の人体の部位別の質量および重心の測定方法は、第1発明において、前記第2ステップにおいて、モーメントMを、前記基準姿勢の被測定者の床反力の重心位置を基準点とし、該基準点周りの被測定者の体全体により加えられるモーメントとし、前記第3ステップにおいて、
M/g=Σmixi
の式を用いて、前記部位の測定点における質量miを推定することを特徴とする。
第9発明の人体の部位別の質量および重心の測定方法は、第1発明において、前記第3ステップにおいて、
(dM/dt)/g=Σmi(dxi/dt)
(dM/dtはモーメントMの時間微分、dxi/dtは変位xiの時間微分を示す。)
の式を用いて、前記部位の測定点における質量miを推定することを特徴とする。
第10発明の人体の部位別の質量および重心の測定方法は、第1発明において、前記第1ステップにおいて、被測定者の全ての部位に前記測定点を設定し、前記第3ステップにおいて
M/g=Σmixi+(Fz-Σmi)xN
(FZは鉛直床反力、Nは測定点の数、ΣはN番目の測定点以外の測定点の総和を示す。)
の式を用いて、前記部位の測定点における質量miを推定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
第1発明によれば、被測定者の部位の質量および重心を直接測定することができるので、統計的データに頼ることなく正確に、個人ごとの部位別の質量および重心を測定することができる。
第2発明によれば、1つの部位に対して2つの測定点が設定されているので、測定点の質量の測定結果から、2つの測定点を結ぶ線上のどの位置に重心があるかを求めることができる。
第3発明によれば、1つの部位に対して3つの測定点が設定されているので、測定点の質量の測定結果から、3つの測定点からなる平面上のどの位置に重心があるかを求めることができる。
第4発明によれば、1つの部位に対して4つ以上の測定点が設定されているので、測定点の質量の測定結果から、3次元空間上のどの位置に重心があるかを求めることができる。
第5発明によれば、1つの部位にのみ測定点が設定されているので、測定装置が単純となり、測定データから質量および重心を求めることも容易となる。
第6発明によれば、複数の部位に測定点が設定されているので、短時間で多数の部位の質量および重心を求めることができる。
第7発明によれば、被測定者が十分静的でない場合の測定データを重回帰分析から取り除くことができるので、より正確に測定点の質量を推定することができる。
第8発明によれば、Mを基準点周りの被測定者の体全体により加えられるモーメントとすることで、偏回帰変数を1つ消去することができるので、重回帰分析の精度を向上させることができる。
第9発明によれば、微分することにより測定点以外の被測定者の質量m’の項を消去することができ、偏回帰変数を1つ消去することができるので、重回帰分析の精度を向上させることができる。
第10発明によれば、mNの項を消去することにより、偏回帰変数を1つ消去することができるので、重回帰分析の精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明に係る測定方法に用いる代表的な測定装置の説明図である。
【図2】前腕にマーカーを取り付ける際の説明図である。
【図3】手掌にマーカーを取り付ける際の説明図である。
【図4】頭部にマーカーを取り付ける際の説明図である。
【図5】本発明に係る測定方法の説明図である。
【図6】同測定方法の説明図である。測定部位以外の人体を省略している。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(測定装置)
つぎに、本発明に係る測定方法に用いる代表的な測定装置について図面に基づき説明する。
図1に示すように、本発明に係る測定方法に用いる代表的な測定装置は、主に床反力計と3次元動作解析装置とで構成される。
【0011】
床反力計は、ひずみゲージや圧電素子などで構成されており、床反力計の上に被測定者が乗ると、被測定者に加わる床反力の大きさや向き、あるいはその床反力の重心(加重中心)を測定することができる荷重センサである。床反力計には、鉛直、前後、左右方向の床反力を測定することができるものもあるが、本発明に用いる床反力計は、少なくとも鉛直方向の床反力と加重中心を測定することができるものであればよい。
ここで、床反力とは人体が床から受ける力を意味し、静止時の力の大きさはその人体が体重により床を押す力の大きさと等しくなる。また、床反力は床と人体との接触面に分布を有するが、その床反力の分布の重心が加重中心である。
【0012】
3次元動作解析装置は、主に3次元動作解析カメラと画像解析を行う電子計算機とからなり、被測定者の体に取り付けたマーカーの3次元位置を測定する3次元位置測定装置である。一般的には、複数台の3次元動作解析カメラでマーカーを取り付けた被測定者の動作を撮影し、その動画を電子計算機に組み込まれたソフトウェアで解析することで各マーカーの位置、速度、加速度などを求めるものである。
【0013】
なお、3次元位置の座標は任意に設定すればよいが、説明を簡単にするため、以下では床反力計の表面を基準として、その表面に水平にx軸、y軸を、垂直にz軸を設定する。原点は3次元位置測定装置にあわせて任意に設定すればよく、例えば床反力計の角などに設定すればよい。
【0014】
本発明に係る測定方法では、床反力計と3次元動作解析装置とから同じタイミングで断続的にデータを取得する必要がある。これは後述するように、被測定者の1つの姿勢に対して床反力と3次元位置とを測定する必要があり、また、複数の姿勢で測定する必要があるからである。
そのため、床反力計および3次元動作解析装置を制御し、データを収集する制御装置(図示せず)と、収集したデータを後述する方法で解析する電子計算機(図示せず)などが、必要に応じて用いられる。
【0015】
(1つの部位の測定方法)
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
1つの部位の質量および重心を測定する方法が基本となるので、はじめにその実施形態について説明する。
【0016】
[第1ステップ マーカーの設定]
まず、被測定者の測定する1つの部位に3次元動作解析装置用のマーカーを取り付ける。後述するように、このマーカーの位置にその部位の質量が集中していると仮定して、各マーカー位置の質量を測定し、各マーカー位置の質量の総和からその部位の質量を、各マーカー位置の質量の分布からその部位の重心を求めるのである。
本実施形態において、マーカー位置は特許請求の範囲に記載の「測定点」に相当する。
【0017】
部位の重心を求めるためには、1つの部位に対して少なくとも2つのマーカーを取り付けることが必要である。
図2に示すように、例えば前腕を測定する場合、前腕は梁状の部材であり、その重心は梁の軸上にあると予想されるので、肘付近と手首付近の2か所にマーカーを取り付ければよい。マーカー位置の質量の測定結果から、2つのマーカーを結ぶ線上のどの位置に重心があるかを求めることができる。
【0018】
また、図3に示すように、手掌のような平面状の部位を測定する場合、その重心は平面上にあると予想されるので、マーカーを3か所取り付ければよい。マーカー位置の質量の測定結果から、3つのマーカーからなる平面上のどの位置に重心があるかを求めることができる。
【0019】
あるいは、図4に示すように、頭部のような立体的な形状の部位を測定する場合、マーカーを少なくとも4か所、同一平面上にならないように取り付ければよい。マーカーを4か所取り付けることにより、マーカー位置の質量の測定結果から、3次元空間上のどの位置に重心があるかを求めることができる。
【0020】
もちろん、梁状あるいは平面状の部位に対してマーカーを4か所取り付けてもよい。また、1つの部位に対して4か所以上マーカーを取り付けてもよい。
【0021】
なお、マーカーを3か所取り付け、測定回数を2回にすることでも3次元空間上の重心位置を求めることができる。この場合、まず測定する部位にマーカーを3か所取り付け、その3つのマーカーからなる平面上(例えば鉛直面)の重心位置を求める。つぎに、マーカーの位置を変更して、再度、3つのマーカーからなる新たな平面上(例えば水平面)の重心位置を求める。1回目に求めた重心位置と2回目に求めた重心位置から3次元空間上の重心を求めることが可能である。
つまり、平面状の部位に限らずとも、立体的な形状の部位に対して3つのマーカーを取り付けて、3次元空間上の重心位置を求めることも可能である。
【0022】
測定する部位によって、適したマーカーの数や位置は異なるので、質量および重心の測定精度を考慮し、各部位に対して最適なマーカーの取り付け方を選択すればよい。
【0023】
[第2ステップ マーカー位置およびモーメントの測定]
つぎに、被測定者が床反力計の上に乗り、加速度が重力加速度に比べて十分小さくなるようにマーカーを取り付けた部位のみをゆっくり動かし、同時にマーカーの位置を3次元動作解析装置で、床反力を床反力計により測定する。マーカーの位置と床反力の測定データは、部位の姿勢を変えながら断続的に収集する。すなわち、測定したい部位の姿勢を様々に変化させ、各姿勢に対する床反力とマーカーの位置を測定するのである。
【0024】
なお、図1に示すように被測定者は測定中、床反力計の上で椅子に座った状態でもよいし、立った状態でもよい。
【0025】
[第3ステップ マーカー位置の質量の推定]
つぎに、収集した測定データから各マーカー位置の質量を推定する。
図5および図6に示すように、測定する部位の測定開始時の姿勢を基準姿勢とし、その基準姿勢での被測定者の床反力の重心位置(加重中心)を基準点とする。なお、基準姿勢は測定開始時の姿勢とする必要はなく、測定の都合に合わせて任意のタイミングに測定した任意の姿勢に設定してもよい。後述するとおり、基準姿勢からのマーカー位置の変位、基準点からの加重中心の変位が測定できればよいからである。特許請求の範囲に記載の「基準姿勢」は、任意の基準となる姿勢を意味する。
【0026】
姿勢が変化したときの加重中心の、基準点からのx軸方向の変位をxG、y軸方向の変位をyGとし、そのときの鉛直床反力をFzとすると、基準点まわりの被測定者の体全体により加えられるモーメントのx成分Mx、y成分Myは次式で与えられる。
【数1】

【数2】

また、各マーカー位置の質量をmi、各マーカーの基準姿勢からのx軸方向の変位をxi、y軸方向の変位をyiとすると次式も成り立つ。
【数3】

【数4】

ここでiは部位におけるマーカーの番号であり、その部位にNか所のマーカーを取り付けた場合、i=1,2,・・・,Nである。また、gは重力加速度である。
【0027】
式3、式4においてMx、Myは床反力計の測定データ、すなわちxG、yG、Fzより得られ、xi、yiは3次元動作解析装置の測定データより得られる。したがって、Mx/g、My/gを従属変数、xi、yiを独立変数、miを偏回帰係数とすれば、重回帰分析により各マーカー位置の質量miを推定することができる。
【0028】
ここで重回帰分析とは、独立変数Xi(i=1,2,・・・,N N:独立変数の数)と従属変数Yとの間に次式の関係が成り立つと予想される場合に、
【数5】

Yの実測値yk(k=1,2,・・・,n n:測定データ数)と、Xiの実測値から式5で与えられる予測値Yk(k=1,2,・・・,n n:測定データ数)との差(残差)ekの二乗和Qが最小になるような偏回帰係数biを求める方法である。
【数6】

【数7】

また、重回帰分析で求められた偏回帰係数の確からしさは、重相関係数などの値で表わされる。
【0029】
式3、式4からは重回帰分析によりそれぞれ独立に各マーカー位置の質量miを推定するため、1つのマーカー位置の質量に対して、式3から推定された値と、式4から推定された値の2つが存在することになる。理想的には、式3の推定値と式4の推定値は一致するはずであるが、実際には、一致することはあまりない。そのため、式3の重回帰分析と式4の重回帰分析で得られる残差の二乗和Qを比較し、Qが小さい方の式で得られた推定値miをマーカー位置の質量として採用すればよい。また、重相関係数などの指標から、どちらの式で得られた推定値miを採用するかを判断してもよい。
【0030】
あるいは、床反力計の加重位置の測定がx軸方向のみ可能であり、3次元動作解析装置がx軸方向のみ測定可能な場合であれば式4を用い、逆に、床反力計の加重位置の測定がy軸方向のみ可能であり、3次元動作解析装置がy軸方向のみ測定可能な場合であれば式3を用いるというように、測定装置の制限により用いる式を選択してもよい。
【0031】
また、式3、式4を独立に重回帰分析を行うのではなく、式3、式4合わせて重回帰分析を行ってもよい。
すなわち式3の残差を
【数8】

とし、式4の残差を
【数9】

としたときに、exkの二乗和とeykの二乗和Qが最小になるような偏回帰係数miを求めてもよい。
【数10】

この場合は、一意にマーカー位置の質量miを推定することができる。
【0032】
ところで、鉛直床反力Fzは被測定者が加速度運動をしない限り以下の式を満たす。
【数11】

ここでm’は測定する部位以外の被測定者の質量である。被測定者が十分静的であればFzは、被測定者の体重により床を押す力の大きさと等しくなり一定のはずである。Fzは被測定者の体重により得られるので、例えば事前に測定した被測定者の体重の±1%を基準値として、Fzの値がその基準値よりも大きいもしくは小さい測定データに関しては、被測定者が十分静的でないとして、前記の重回帰分析に使用するデータから取り除くという操作をしてもよい。この操作により、より正確にマーカー位置の質量miを推定することができる。
特許請求の範囲に記載の「基準値」は、被測定者が十分静的でない場合の測定データを取り除くための、鉛直床反力Fzに対する任意の値を意味する。
【0033】
なお、本実施形態では、Mx、Myを基準点まわりの被測定者の体全体により加えられるモーメントとしたが、この代わりに、Mx、Myを任意の点周りの被測定者の体全体により加えられるモーメントとしてもよい。この任意の点には、例えば床反力計の角に設定した3次元座標の原点などを用いることができる。
この場合、式3、式4には、測定する部位以外の被測定者の質量m’の項が現れ、
【数12】

【数13】

となる。ここで、x’、y’は測定する部位以外の被測定者の質量m’の前記任意の点からの距離である。被測定者は測定する部位のみ動かし、測定する部位以外の部分は動かさない。つまり、x’、y’は一定のはずである。したがってm’x’、m’y’を式5におけるb0として式12および式13を用いて重回帰分析をすれば、マーカー位置の質量miを推定することができる。
【0034】
しかし、この場合偏回帰係数の数が式3、式4に比べて1つずつ増えるので、重回帰分析の精度が悪くなる可能性がある。この点、Mx、Myを基準点まわりのモーメントとすることで、式5におけるb0の項を消去した式3、式4を用いるほうが好ましい。
【0035】
あるいは、m’x’、m’y’が一定であることから、式12および式13を時間で微分し、
【数14】

【数15】

として、m’の影響を排除した式を用いて重回帰分析を行ってもよい。式14、式15では式3、式4と同様にb0に相当する項が消去されるので偏回帰係数の数を少なくすることができ、重回帰分析に好適である。
【0036】
なお、式14、式15は、荷重センサや3次元位置測定装置で直接測定される値が、時間で微分したものである場合にも好適である。それらの測定値を積分する必要なく重回帰分析を行うことができるためである。
【0037】
以上の式3、式4、式12、式13、式14、式15は測定に用いる測定装置などの種々の測定条件によって適した式を選択すればよい。
【0038】
[第4ステップ 部位の質量の推定]
つぎに、推定されたマーカー位置の質量miから、マーカーを取り付けた部位の質量mを求める。部位の質量mはマーカー位置の質量miの総和で求められる。
【数16】

【0039】
[第5ステップ 部位の重心の推定]
つぎに、マーカー位置の質量miとマーカー位置とから、その部位の重心xg、yg,、zgを求める。重心は以下の式で与えられる。
【数17】

【数18】

【数19】

xi、yi、ziは3次元動作解析装置で測定した値を用いてもよいし、被測定者の部位を基準としてマーカーを取り付けた位置を別途測定した値を用いてもよい。
【0040】
以上の手順で、1つの部位の質量と重心を測定することができる。 被測定者の部位の質量および重心を直接測定することができるので、統計的データに頼ることなく正確に、個人ごとの部位別の質量および重心を測定することができる。
また、1つの部位のみの測定では、測定装置が単純となり、測定データから質量および重心を求めることも容易となる。
他の部位の質量を測定するためには、マーカーを付け替えて以上の方法を繰り返すことで測定することもできる。
【0041】
(複数の部位の測定方法)
つぎに、複数の部位の質量および重心を同時に測定する方法について説明する。
【0042】
[第1ステップ マーカーの設定]
まず、被測定者の複数の部位に3次元動作解析装置用のマーカーを取り付ける。被測定者の体のすべての部位にマーカーを取り付け、すべての部位を同時に測定することも可能であるが、マーカーの数が多いと、マーカー位置の質量の測定精度が落ちるため、上腕と前腕、大腿と下腿というように、部位を限定する方が好ましい。各部位のマーカーの取り付け方は前述の方法と同様である。
【0043】
[第2ステップ マーカー位置およびモーメントの測定]
前述の方法と同様に、被測定者が床反力計の上に乗り、加速度が重力加速度に比べて十分小さくなるようにマーカーを取り付けた部位のみをゆっくり動かし、同時にマーカーの位置を3次元動作解析装置で、床反力を床反力計により測定する。マーカーの位置と床反力の測定データは、部位の姿勢を変えながら断続的に収集する。
【0044】
[第3ステップ マーカー位置の質量の推定]
つぎに、収集した測定データから各マーカー位置の質量を推定する。
複数の部位にマーカーが取り付けられているので、前記の式3、式4の代わりに次式を用いる。
【数20】

【数21】

ここでjはマーカーを取り付けた部位の番号であり、Mか所の部位にマーカーを取り付けた場合、j=1,2,・・・,Mである。すなわち、mjiはj番目部位のi番目のマーカー位置の質量を意味し、xji、yjiはj番目部位のi番目マーカーの基準姿勢からのx方向の変位およびy方向の変位を意味する。式20、式21を用いて前述と同様の方法で重回帰分析を行うことにより、各マーカー位置の質量mjiを推定することができる。
【0045】
もちろん、式12、式13、式14、式15についても同様に変換し、その式を用いて重回帰分析を行うことにより、各マーカー位置の質量mjiを推定することもできる。
【0046】
なお、被測定者の全ての部位に3次元動作解析装置用のマーカーを取り付ける場合、式11において、測定する部位以外の被測定者の質量m’がなくなり、
【数22】

となる。式22は以下のように変形できるので、
【数23】

式23を式20、式21に代入して
【数24】

【数25】

とすることができる。すなわち、mMNを消去することで偏回帰係数mjiを1つ少なくすることができ、重回帰分析の精度を向上させることができるのである。
式24、式25を用いて重回帰分析を行った後、mMN以外の質量の推定値mjiを用いて式23からmMNを求めることができる。
【0047】
[第4、第5ステップ 部位の質量および重心の推定]
式20、式21もしくは式24、式25を用いて推定された各マーカー位置の質量mjiから、各部位の質量および重心を求める。その方法は前述と同様であるので説明を省略する。
【0048】
以上の手順で、複数の部位の質量および重心を同時に測定することができる。被測定者の部位の質量および重心を直接測定することができるので、統計的データに頼ることなく正確に、個人ごとの部位別の質量および重心を測定することができる。
また、複数の部位の質量および重心を同時に測定することができるので、短時間で多数の部位の質量および重心を求めることができる。
【0049】
(他の測定装置)
以上の実施形態では、荷重センサとして床反力計を用い、3次元位置測定装置として3次元動作解析装置を用いたが、これに代わる装置を用いてもよい。
3次元位置測定装置としては、例えば、被測定者の各関節にゴニオメーターを取り付け関節の角度を測定し、その測定値と事前に測定した被測定者の各部位の長さとから各部位の3次元位置を計算して求めてもよい。この場合、床と接触する足から質量などを測定する部位までの各部位の長さと、各関節の角度を測定することが必要である。
あるいは、ジャイロ,加速度計,地磁気センサを組み合わせたセンサを被測定者が身に着け、その測定値から地球を基準とした3次元位置を求めてもよい。
いずれの3次元位置測定装置の場合においても、3次元位置の測定方法以外は、本発明に係る測定方法は同じである。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明に係る人体の部位別の質量および重心の測定方法は、医療分野やスポーツ運動学分野などにおいて利用される。例えば、本発明の測定方法により得られた部位別の質量および重心は、個人ごとに関節モーメントを求める際のパラメータとして利用され、ひいては筋骨格モデルを用いて個人ごとの筋張力を推定することなどに利用される。
また、人体をモデル化して運動をシミュレーションすることが様々な分野で行われているが、本発明の測定方法により得られた部位別の質量および重心は、個人ごとの運動をシミュレーションする際のパラメータとしても利用される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定者の部位に、該部位の質量が集中していると仮定する測定点を設定する第1ステップと、
前記測定点の基準姿勢からの変位xi(iは測定点の番号を示す。)と、
任意の点周りの被測定者の体全体により加えられるモーメントMとを、
前記測定点を設定した部位のみ姿勢を変化させながら断続的に測定する第2ステップと、
M/g=Σmixi+m’x’
(gは重力加速度、miは測定点の質量、m’は測定点以外の被測定者の質量、x’はm’の重心の前記任意の点からの距離、Σは測定点の総和を示す。)
の式を用いて、前記第2ステップにより得られたデータから、前記部位の測定点における質量miを、M/gを従属変数、xiを独立変数、miを偏回帰変数とした重回帰分析により推定する第3ステップと、
前記測定点の質量miの総和から前記部位の質量を求める第4ステップと、
前記測定点の質量miと位置とから前記部位の重心を求める第5ステップとを順に行う
ことを特徴とする人体の部位別の質量および重心の測定方法。
【請求項2】
前記第1ステップにおいて、
1つの部位に対して2つの測定点を設定する
ことを特徴とする請求項1記載の人体の部位別の質量および重心の測定方法。
【請求項3】
前記第1ステップにおいて、
1つの部位に対して3つの測定点を設定する
ことを特徴とする請求項1記載の人体の部位別の質量および重心の測定方法。
【請求項4】
前記第1ステップにおいて、
1つの部位に対して4つ以上の測定点を同一平面上にならないように設定する
ことを特徴とする請求項1記載の人体の部位別の質量および重心の測定方法。
【請求項5】
前記第1ステップにおいて、
1つの部位にのみ測定点を設定する
ことを特徴とする請求項1記載の人体の部位別の質量および重心の測定方法。
【請求項6】
前記第1ステップにおいて、
複数の部位に測定点を設定する
ことを特徴とする請求項1記載の人体の部位別の質量および重心の測定方法。
【請求項7】
前記第2ステップにおいて、
鉛直床反力を測定し、
前記第3ステップにおいて、
前記鉛直床反力が基準値よりも大きいもしくは小さい場合は、重回帰分析に用いるデータから取り除く
ことを特徴とする請求項1記載の人体の部位別の質量および重心の測定方法。
【請求項8】
前記第2ステップにおいて、
モーメントMを、前記基準姿勢の被測定者の床反力の重心位置を基準点とし、該基準点周りの被測定者の体全体により加えられるモーメントとし、
前記第3ステップにおいて、
M/g=Σmixi
の式を用いて、前記部位の測定点における質量miを推定する
ことを特徴とする請求項1記載の人体の部位別の質量および重心の測定方法。
【請求項9】
前記第3ステップにおいて、
(dM/dt)/g=Σmi(dxi/dt)
(dM/dtはモーメントMの時間微分、dxi/dtは変位xiの時間微分を示す。)
の式を用いて、前記部位の測定点における質量miを推定する
ことを特徴とする請求項1記載の人体の部位別の質量および重心の測定方法。
【請求項10】
前記第1ステップにおいて、
被測定者の全ての部位に前記測定点を設定し、
前記第3ステップにおいて
M/g=Σmixi+(Fz-Σmi)xN
(FZは鉛直床反力、Nは測定点の数、ΣはN番目の測定点以外の測定点の総和を示す。)
の式を用いて、前記部位の測定点における質量miを推定する
ことを特徴とする請求項1記載の人体の部位別の質量および重心の測定方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2010−193977(P2010−193977A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−39884(P2009−39884)
【出願日】平成21年2月23日(2009.2.23)
【出願人】(509093026)公立大学法人高知工科大学 (95)
【Fターム(参考)】