説明

人体用エアバッグ装置

【課題】転倒以外の動作によるエアバッグの作動を少なくすることのできる人体用エアバッグ装置を提供する。
【解決手段】記憶部に記憶されていた角速度値を最新の検出時から所定範囲だけ前まで積分し、その積分値が所定の値よりも大きい場合にエアバッグ1が膨張することから、実際の転倒のように角速度が徐々に増加する場合と、転倒以外の急激な姿勢の変化のように角速度が瞬間的に増加する場合とを角速度の積分値に基づいて精度良く判別することができる。この場合、加速度及び角速度の大きさに基づく判定条件を満たす場合でも、角速度が増加傾向にある場合のみ転倒と判定されることから、例えば下り斜面に対して後ろ向きに転倒した場合のように角速度が増加傾向になる転倒動作と、例えば前屈みの状態から勢いよく起き上がった場合のように角速度が減少傾向になる非転倒動作とを判別することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に転倒事故による衝撃から人体を保護するための人体用エアバッグ装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、建設工事等の各種作業現場における転倒事故が増加しており、労働現場での作業者の安全性を確保する必要性が高まっている。また、日常生活においても、例えば歩行中につまずいて転倒したり、或いは急な発病により転倒する場合もある。
【0003】
そこで、このような転倒事故から人体を保護するものとして、加速度センサによって検出した加速度が所定の加速度よりも小さく、角速度センサによって検出した角速度が所定の角速度よりも大きくなると、エアバッグを膨張させて人体への衝撃を吸収するようにした人体用エアバッグ装置が知られている(例えば、特許文献1参照。)。
【0004】
このエアバッグ装置では、人体が転倒により自由落下と同等の状態になると、加速度センサによって検出される加速度が所定の加速度よりも小さくなるが、これだけで転倒したと判定すると、飛び跳ねた場合や僅かな段差を飛び越えたときなど、転倒以外の動作によって加速度が所定の加速度よりも小さくなることがある。このため、加速度に基づく判定条件に加え、転倒時に何れかの方向に角速度が生じ、角速度センサによって検出される角速度が所定の角速度よりも大きくなった場合のみエアバッグを膨張させるようにしている。この場合、急激な姿勢の変化により瞬間的に角速度が所定の角速度よりも大きくなる場合もあるため、前記転倒の判定条件が所定時間以上連続した場合のみ転倒したと判定するようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−22943号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前述のように判定時間を意図的に遅らせるようにした場合は、エアバッグが膨張するまでの作動時間が常に所定の設定時間に固定されるため、作動時間を長く設定すると、エアバッグを瞬時に作動させることができず、転倒までに間に合わなくなる場合がある。また、作動時間を短く設定すると、転倒以外の瞬間的な動作を判別するための時間を十分に確保することができず、実際の転倒以外の動作によってもエアバッグが作動しやすくなる。従って、多様な転倒動作に対応させようとした場合には、エアバッグを作動させるまでの時間の設定が困難であった。
【0007】
また、例えば斜面での作業時に下り斜面に対して後ろ向きに転倒した場合には、後方への角速度が大きくなるため、加速度及び角速度の大きさに基づく判定条件を満たせば、エアバッグが作動する。しかしながら、例えば前屈みの状態から勢いよく起き上がった場合にも後方への角速度が大きくなるため、角速度に基づく判定条件を角速度の大きさのみとしたのでは、実際の転倒以外の動作によってもエアバッグが作動するおそれがあった。
【0008】
本発明は前記課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、転倒以外の動作によるエアバッグの作動を少なくすることのできる人体用エアバッグ装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は前記目的を達成するために、人体の所定部位に対応するように設けられたエアバッグと、エアバッグを膨張させる膨張手段とを備えた人体用エアバッグ装置において、加速度を検出する加速度センサと、角速度を検出する角速度センサと、角速度センサによって検出された角速度値を記憶する角速度記憶手段と、加速度センサによって検出される加速度の絶対値が所定の値よりも小さくなり、且つ角速度センサによって検出される角速度の絶対値が所定の値よりも大きくなった場合に、角速度記憶手段によって記憶されていた角速度値を最新の検出時から所定範囲だけ前の検出時まで積分し、その積分値の絶対値が所定の値よりも大きく、且つ角速度が増加傾向にある場合にエアバッグを膨張させる制御手段とを備えている。
【0010】
これにより、記憶部に記憶されていた角速度値を最新の検出時から所定範囲だけ前まで積分し、その積分値が所定の値よりも大きい場合にエアバッグが膨張することから、実際の転倒のように角速度が徐々に増加する場合と、転倒以外の急激な姿勢の変化のように角速度が瞬間的に増加する場合とを角速度の積分値に基づいて精度良く判別することができるとともに、誤作動防止のために判定時間を意図的に遅らせる必要もない。この場合、加速度及び角速度の大きさに基づく判定条件を満たす場合でも、角速度が増加傾向にある場合のみ転倒と判定されることから、例えば下り斜面に対して後ろ向きに転倒した場合のように角速度が増加傾向になる転倒動作と、例えば前屈みの状態から勢いよく起き上がった場合のように角速度が減少傾向になる非転倒動作とを判別することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の人体用エアバッグ装置によれば、実際の転倒のように角速度が徐々に増加する場合と、転倒以外の急激な姿勢の変化のように角速度が瞬間的に増加する場合とを精度良く判別することができるので、実際の転倒以外の動作によるエアバッグの作動を少なくすることができる。また、誤作動防止のために判定時間を意図的に遅らせる必要もないので、エアバッグを瞬時に膨張させることができる。更に、例えば下り斜面に対して後ろ向きに転倒した場合のように角速度が増加傾向になる転倒動作と、例えば前屈みの状態から勢いよく起き上がった場合のように角速度が減少傾向になる非転倒動作とを的確に判別することができるので、転倒以外の動作による作動をより少なくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の第1の実施形態を示す人体用エアバッグ装置の正面図
【図2】人体用エアバッグ装置の背面図
【図3】膨張状態のエアバッグを示す斜視図
【図4】人体への装着状態を示すエアバッグの側面図
【図5】制御系を示すブロック図
【図6】加速度の方向を示す概略図
【図7】角速度の方向を示す概略図
【図8】転倒時の動作を示す概略図
【図9】転倒時の動作を示す概略図
【図10】制御部の動作を示すフローチャート
【図11】角速度の記憶範囲を示す図
【図12】角速度の変化の一例を示す図
【図13】角速度の変化の他の例を示す図
【図14】増加傾向の角速度の変化を示す図
【図15】減少傾向の角速度の変化を示す図
【図16】角速度の増加傾向及び減少傾向の判定方法を示す図
【図17】本発明の他の制御例における角速度の変化の一例を示す図
【図18】本発明の第2の実施形態を示す制御系のブロック図
【図19】エアバッグの概略平面図
【図20】制御部の動作を示すフローチャート
【図21】制御部の動作を示すフローチャート
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1乃至図17は本発明の第1の実施形態を示すもので、人体に着用して使用される人体用エアバッグ装置に関するものである。
【0014】
本実施形態の人体用エアバッグ装置は、人体の頭部、背中及び腰部に対応するように膨張可能なエアバッグ1と、エアバッグ1が設けられた着用体2と、エアバッグ1を膨張させる膨張手段としての一対のインフレータ3と、加速度を検出する加速度センサ4と、角速度を検出する角速度センサ5と、角速度センサ5によって検出された角速度値を記憶する角速度記憶手段としての記憶部6と、各センサ4,5の検出信号及び記憶部6の加速度値に基づいて各インフレータ3を作動させる制御部7とから構成されている。
【0015】
エアバッグ1は、気密性及び耐久性の高い生地(例えば、全芳香族ポリエステル)からなり、このような生地を縫製または熱融着することによって袋状に形成されている。エアバッグ1は、人体Aの頭部を後方から両側方に亘って覆う第1のエアバッグ部1aと、人体Aの腰部を後方から両側方に亘って覆う第2のエアバッグ部1bと、人体Aの背中を頭部から腰部に亘って覆う第3のエアバッグ部1cとからなる。各エアバッグ部1a,1b,1cは互いに一体に形成され、第1及び第2のエアバッグ部1a,1bは第3のエアバッグ部1cを介して連通している。この場合、第1及び第2のエアバッグ部1a,1bは人体を囲むように湾曲した形状をなし、第3のエアバッグ部1cは上下方向に延びる柱状に形成されている。
【0016】
着用体2は人体の上半身に着用されるように形成され、収縮状態のエアバッグ1を収納している。この場合、折り畳まれた収縮状態のエアバッグ1が着用体2の表面材によって覆われ、エアバッグ1が膨張すると、エアバッグ1が表面材の外部に膨出するようになっている。また、着用体1は、人体の背面側から腰の周囲に沿って前面側に延びる胴部2aと、胴部2aの背面側中央から人体の首側まで延びる背面部2bと、背面部2bから人体の両肩に沿って胸側に延びる肩部2cと、肩部2cからそれぞれ人体の両脇を介して胴部の背面側まで延びる帯状部2dと、胴部2aを人体の前面側で結合する第1ベルト2eと、各帯状部2dの上端側を人体の胸側で結合する第2ベルト2fとから形成されている。第1ベルト2eには着脱自在に結合する周知構造のバックル2gが取り付けられ、その内部にはバックル2gの結合及び結合解除に連動してオン・オフするスイッチ2hが設けられている。
【0017】
各インフレータ3は、例えば圧縮流体を封入したボンベを火薬の爆発によって開封する周知の構成からなり、それぞれ第2のエアバッグ部1bの幅方向両側に接続されている。各インフレータ3はバッテリ8の電力により火薬に着火するようになっており、バッテリ8は第1ベルト2eに取り付けられている。
【0018】
加速度センサ4は、例えば周知の3軸加速度センサからなり、人体Aの前後方向(X軸)、左右方向(Y軸)及び上下方向(Z軸)の加速度をそれぞれ検出するようになっている。
【0019】
角速度センサ5は、例えば周知の3軸角速度センサからなり、人体Aの前後方向(X軸)、左右方向(Y軸)及び上下方向(Z軸)の軸周りの角速度をそれぞれ検出するようになっている。
【0020】
記憶部6は制御部7を介して角速度センサ5に接続され、最新の角速度検出時から所定時間T前までに検出した角速度値のみを記憶するようになっている。即ち、記憶部6では、図11に示すように所定時間T内(例えば1秒間)に検出される角速度値を記憶し、最新の角速度値を記憶すると、最も古い角速度値(図中破線部分の検出値)を消去するようになっている。
【0021】
制御部7はマイクロコンピュータによって構成され、各インフレータ3、加速度センサ4、角速度センサ5、記憶部6及びバッテリ8に接続されている。制御部7を構成する回路基板や電装部品及び各センサ4,5は制御ユニット7aに収納され、制御ユニット7aは着用体2の背面側に収納されている。また、制御ユニット7aは電力供給用のリード線(図示せず)を介して各インフレータ3に接続されている。
【0022】
以上のように構成された人体用エアバッグ装置は、着用体2を使用者の人体Aに着用して使用される。その際、使用者が転倒した場合には、各インフレータ3が作動し、エアバッグ1が瞬時に膨張する。これにより、人体Aの頭部、腰部及び背中がエアバッグ1によって覆われる。その際、使用者が後方に転倒した場合には、図8に示すように人体Aの腰部への衝撃が第2のエアバッグ部1bによって吸収され、図9に示すように人体Aの頭部及び背中への衝撃が第1及び第3のエアバッグ部1a,1cによって吸収される。
【0023】
次に、図10のフローチャートを参照し、制御部7の動作について説明する。まず、バックル2gのスイッチ2hがオンにされると(S1)、加速度センサ4によって加速度Gx ,Gy ,Gz を検出するとともに(S2)、角速度センサ5によって角速度Ωx ,Ωy ,Ωz を検出し(S3)、角速度Ωx ,Ωy ,Ωz を記憶部6に記憶する(S4)。その際、最新の角速度値を記憶部6に記憶すると、最も古い角速度値を記憶部6から消去する。次に、加速度Gx ,Gy ,Gz の全ての絶対値|Gxyz |が所定の基準値Gi よりも小さくなった場合は(S5)、所定時間t(例えば0.01秒)だけ時間待ちした後(S6)、カウンタ値N(初期値=0)に「1」を加える(S7)。ここで、カウンタ値Nが所定の設定値N1 に達しておらず(S8)、角速度Ωx ,Ωy ,Ωz の何れかの絶対値|Ωxyz |が所定の基準値Ωa よりも大きくなった場合は(S9)、記憶部9に記憶されている角速度値を最新の角速度検出時から所定時間Tだけ前まで積分した積分値ΣΩx ,ΣΩy ,ΣΩz を算出し、その何れかの絶対値|ΣΩxyz |が所定の基準値Ωi よりも大きく(S10)、且つその角速度が増加傾向にある場合は(S11)、人体が転倒したものと判定し、各インフレータ3を作動してエアバッグ1を膨張させる(S12)。また、ステップS9において角速度Ωx ,Ωy ,Ωz の何れの絶対値|Ωxyz |も基準値Ωa 以下の場合、またはステップS10において角速度の積分値ΣΩx ,ΣΩy ,ΣΩz の何れの絶対値|ΣΩxyz |も基準値Ωi 以下の場合、或いはステップS11において角速度が増加傾向でない場合は、ステップS2に戻ってステップS2〜S11の動作を繰り返す。その際、ステップS5において絶対値|Gxyz |の少なくとも一つが所定の基準値Gi 以上になった場合は、カウンタ値Nを「0」にリセットし(S12)、ステップS2に戻る。また、ステップS8においてカウンタ値Nが設定値N1 に達した場合(|Gxyz |<Gi の状態が所定時間以上継続した場合)には、例えば人体が直立状態で落下した場合など、体の傾きを伴わずに墜落したものと判定し、エアバッグ1を膨張させる(S13)。
【0024】
前記加速度の基準値Gi は重力加速度以下の値に設定されており、人体Aが転倒等により自由落下と同等の状態になると、全ての検出値の絶対値|Gxyz |が基準値Gi よりも小さくなる。これだけで転倒したと判定すると、飛び跳ねた場合や僅かな段差を飛び越えたときなど、転倒以外の動作によって加速度が基準値Gi よりも小さくなることもある。そこで、転倒時には何れかの方向に角速度が生ずるため、加速度の絶対値が基準値Gi よりも小さく、且つ角速度の絶対値が基準値Ωa よりも大きい場合のみ転倒したと判定することにより、転倒以外の動作による作動が少なくなる。
【0025】
また、このような場合でも、急激な姿勢の変化により瞬間的に前述の判定条件を満たす場合もあるため、角速度値を最新の角速度検出時から所定時間Tだけ前まで積分して傾斜角度に相当する積分値を算出し、その絶対値|ΣΩxyz |が所定の基準値Ωi よりも大きい場合のみ転倒したと判定することにより、転倒以外の動作による作動がより少なくなる。即ち、実際に転倒した場合は、図12に示すように角速度が基準値Ω1 よりも大きくなる前から角速度値が徐々に増加するが、転倒以外の急激な姿勢の変化では、図13に示すように角速度値が基準値Ωa よりも大きくなる直前に瞬間的に増加するため、角速度値の積分値を判定条件に加えることにより、転倒と転倒以外の動作との判別精度が高まる。この場合、最新の角速度検出時から所定時間Tだけ過去の角速度値を積分した積分値に基づいて作動条件が判定されることから、判定時間を意図的に遅らせる必要がなく、加速度及び角速度が判定条件を満たせばエアバッグ1が瞬時に膨張する。
【0026】
尚、角速度の積分によって角度を求める場合は、角速度センサ5のオフセット成分が加算され、角度変化がないにも拘わらず積分値が大きくなる場合があるが、本実施形態では積分範囲を所定時間Tのみとし、最新の角速度値を記憶するごとに最も古い角速度値を消去していくため、角速度センサ5のオフセット成分は一定の値となり、静止状態でも積分値が増大することがない。
【0027】
更に、本実施形態では、前述のように加速度及び角速度の大きさに基づく判定条件を満たす場合でも、角速度が増加傾向にある場合のみ転倒と判定される。例えば、斜面での作業時に下り斜面に対して後ろ向きに転倒した場合は、後方への角速度が大きくなるとともに、後方へ倒れようとする動作が継続しているため、判定時の角速度は増加傾向になる。即ち、図14に示すように、P時点において加速度が基準値Gi よりも小さくなった後、角速度が基準値Ωa に達したときにも角速度は増加傾向であるため、転倒と判定される。一方、転倒以外の動作として、例えば前屈みの状態から勢いよく起き上がった場合にも後方への角速度が大きくなるが、立ち上がった後は後方へ倒れようとする動作は継続しないため、判定時の角速度は減少傾向となる。即ち、図15に示すように、加速度が基準値Gi よりも小さくなる前に角速度が基準値Ωa に達した後、角速度が増加傾向から減少傾向に変わり、P時点において加速度が基準値Gi よりも小さくなるとともに、その時点での角速度が基準値Ωa よりも大きい場合には、角速度は減少傾向にあるため、転倒とは判定されない。
【0028】
また、角速度が増加傾向にあるか否かの判定は、図16に示すように、角速度値を最新の検出時mから所定の第1の範囲R1 だけ前の第1の検出時aまで積分した値と、角速度値を第1の検出時aから所定の第2の範囲R2 だけ前の第2の検出時bまで積分した値とを比較することにより行う。即ち、前後方向の角速度Ωyを検出する場合、角速度の保存データΩy(m)から過去の2区間の積分値、即ち第1の範囲R1 の積分値ΣΩy(m-a)と、第2の範囲R2 の積分値ΣΩy(a-b)との差を算出し、その差がプラスの値かマイナスの値かを判定する(例えば、aを0.1秒前の時刻とし、bを0.2秒前の時刻とする)。この場合、aとbの値を第1の範囲R1 と第2の範囲R2 が同じになるように設定すると、ΣΩy(m-a)とΣΩy(a-b)の差の符号とΣΩy(m)の値により、体の傾きの傾向が増加傾向であるのか、減少傾向であるのかを判別することが可能となる。例えば、ΣΩy(m)<−Ωiyの場合は体の変化が後方向に傾いていることがわかり、ΣΩy(m-a)−ΣΩy(a-b)<0の場合は、その傾く速度(Y軸周りの角速度)が増加傾向であることがわかる。一方、同じくΣΩy(m)<−Ωiyの場合に、ΣΩy(m-a)−ΣΩy(a-b)>0であった場合は、後方向の傾く速度(Y軸周りの角速度)が減少傾向であることがわかる。尚、X軸周りの角速度Ωx を検出する場合も前述と同様である。
【0029】
このように、本実施形態によれば、人体Aの3軸方向の加速度を検出する加速度センサ4と、人体Aの3軸周りの角速度を検出する角速度センサ5とを備えているので、多方向への転倒を確実に検知することができる。例えば、土木工事現場の法面や山間部の傾斜面における作業者の転倒事故、または高齢者の歩行中における転倒事故、或いは癲癇の患者が発作により意識を失って転倒した場合など、エアバッグ1によって不慮の転倒事故から人体Aを効果的に保護することができる。
【0030】
この場合、加速度センサ4によって検出される加速度の絶対値が所定の値よりも小さくなり、且つ角速度センサ5によって検出される角速度の絶対値が所定の値よりも大きくなった場合に、記憶部6に記憶されていた角速度値を最新の検出時から所定範囲だけ前(所定時間Tだけ前)の検出時まで積分し、その積分値の絶対値が所定の値よりも大きく、且つ角速度が増加傾向にある場合にエアバッグ1を膨張させるようにしたので、実際の転倒のように角速度が徐々に増加する場合と、転倒以外の急激な姿勢の変化のように角速度が瞬間的に増加する場合とを角速度の積分値に基づいて精度良く判別することができ、転倒以外の動作による作動を少なくする上で極めて効果的である。また、転倒以外の動作による作動を防止するために判定時間を意図的に遅らせる必要もないので、エアバッグ1を瞬時に膨張させることができ、多様な転倒状況に的確に対応することができる。
【0031】
この場合、最新の角速度検出時から所定時間T前までに検出した角速度値のみを記憶部6に記憶するようにしたので、記憶部6の容量を小さくすることができ、構造の簡素化及び低コスト化を図ることができる。
【0032】
更に、加速度及び角速度の大きさに基づく判定条件を満たす場合でも、角速度が増加傾向にある場合のみ転倒と判定するようにしたので、例えば斜面での作業時に下り斜面に対して後ろ向きに転倒した場合のように角速度が増加傾向になる転倒動作と、例えば前屈みの状態から勢いよく起き上がった場合のように角速度が減少傾向になる非転倒動作とを的確に判別することができ、転倒以外の動作による作動をより少なくすることができる。
【0033】
この場合、角速度値を最新の検出時mから所定の第1の範囲R1 だけ前の第1の検出時aまで積分した値と、角速度値を第1の検出時aから所定の第2の範囲R2 だけ前の第2の検出時bまで積分した値とを比較することにより、角速度が増加傾向にあるか否かを判定するようにしたので、角速度の瞬間的な変化による判定精度の低下を防止することができるとともに、記憶部6に記憶されていた角速度値のデータを角速度の増加傾向と減少傾向の判定に用いることができ、制御プログラムの簡素化を図ることもできる。
【0034】
また、エアバッグ1の第1、第2及び第3のエアバッグ部1a,1b,1cによって人体Aの頭部、腰部及び背中を覆うようにしたので、尻餅をつくような転倒の場合は勿論のこと、頭まで打つような転倒にも効果的である。
【0035】
更に、角速度Ωx ,Ωy ,Ωz の絶対値|Ωxyz |の全てが基準値Ωa 以下の場合であっても、加速度Gx ,Gy ,Gz の絶対値|Gxyz |が全て所定の基準値Gi よりも小さくなった状態が所定時間以上継続した場合にはエアバッグ1を膨張させるようにしたので、例えば人体が直立状態で落下した場合など、体の傾きを伴わない墜落の場合にもエアバッグ1を膨張させることができる。従って、例えば工事現場等の高所作業者が着用することにより、転倒時のみらならず、高所から落下した際の衝撃から人体を保護する場合にも極めて有利である。
【0036】
また、人体Aに着用可能な着用体2にエアバッグ1を設けたので、衣服を着るように容易に装着することができ、実用化に際して極めて有利である。
【0037】
尚、前記実施形態では、加速度センサ4に3軸加速度センサを用いるとともに、角速度センサ5に3軸角速度センサを用いたものを示したが、2軸のセンサや複数の1軸センサを用いたり、或いは3軸センサを複数ずつ設け、より多軸のセンサを構成するようにしてもよい。
【0038】
また、前記実施形態では、人体Aの頭部、腰部及び背中を覆うエアバッグ部1a,1b,1cを一体に形成したエアバッグ1を示したが、これらのエアバッグ部を互いに別体に形成したり、或いはその一部のみを備えるようにしてもよい。この場合、頭部の前方を覆うエアバッグ部を設けるようにすれば、前方に転倒した場合など、顔面への衝撃を吸収することができる。
【0039】
更に、前記実施形態では、角速度値を最新の検出時から所定時間T前までを所定範囲として積分するようにしたものを示したが、図17に示すように、角速度値を最新の検出時から所定の検出回数m(例えば1000回)だけ前までを所定範囲として積分するようにしてもよい。即ち、n番目(n=1,2,3,…)に検出された角速度値をΩn とすると、n−m番目の角速度値Ωn-m から最新の角速度値Ωn までを積分するようになっている。この場合、記憶部6を、所定の検出回数mだけ角速度値を記憶し、最新の角速度値を記憶すると、最も古い角速度値を消去するようにしてもよい。
【0040】
図18乃至図21は本発明の第2の実施形態を示すもので、前記実施形態と同等の構成部分には同一の符号を付して示す。
【0041】
本実施形態では、人体Aの前側に配置される前側エアバッグ9と、人体Aの後側に配置される後側エアバッグ10と、人体Aの左側に配置される左側エアバッグ11と、人体Aの右側に配置される右側エアバッグ12とを備え、他の構成は第1の実施形態と同様である。
【0042】
各エアバッグ9,10,11,12は、第1の実施形態と同様の着用体2に設けられており、前側エアバッグ9は主に人体Aの顔面及び胸部を覆うように形成されている。後側エアバッグ10は、人体Aの後頭部、背中及び腰部を覆うように形成され、左側エアバッグ11及び右側エアバッグ12は、人体Aの側面を覆うように形成されている。各エアバッグ9,10,11,12はそれぞれ専用のインフレータ3によって膨張するようになっており、各インフレータ3は制御部7に接続されている。
【0043】
ここで、図20及び図21のフローチャートを参照し、制御部7の動作について説明する。尚、図20及び図21では、各図の同一番号でフローチャートが連続するものとする。また、以下のX軸周りの角速度は、図6において人体の前方から見て時計回り(人体の右方傾斜)をプラス値、反時計回り(人体の左方傾斜)をマイナス値とし、Y軸周りの角速度は、図6における反時計回り(人体の前方傾斜)をプラス値、時計回り(人体の後方傾斜)をマイナス値とする。
【0044】
まず、バックル2gのスイッチ2hがオンにされると(S20)、加速度センサ4によって加速度Gx ,Gy ,Gz を検出するとともに(S21)、角速度センサ5によって角速度Ωx ,Ωy ,Ωz を検出し(S22)、角速度Ωx ,Ωy ,Ωz を記憶部6に記憶する(S23)。その際、最新の角速度値を記憶部6に記憶すると、最も古い角速度値を記憶部6から消去する。次に、加速度Gx ,Gy ,Gz の全ての絶対値|Gxyz |が所定の基準値Gi よりも小さくなった場合は(S24)、所定時間t(例えば0.01秒)だけ時間待ちした後(S25)、カウンタ値N(初期値=0)に「1」を加える(S26)。ここで、カウンタ値Nが所定の設定値N1 に達しておらず(S27)、角速度Ωx ,Ωy ,Ωz の何れかの絶対値|Ωxyz |が所定の基準値Ωa よりも大きくなった場合は(S28)、記憶部9に記憶されている角速度値を最新の角速度検出時から所定時間Tだけ前まで積分した積分値ΣΩx ,ΣΩy ,ΣΩz を算出する。その際、何れかの積分値の絶対値|ΣΩxyz |が所定の基準値Ωi よりも大きい場合に(S29)、X軸周りの角速度の積分値ΣΩx が基準値Ωixのマイナス値よりも小さく(S30)、且つその角速度がマイナス側に増加傾向にある場合(ΣΩx <−Ωixである場合)は(S31)、人体Aが左方に転倒したものと判定し、左側エアバッグ11を膨張させる(S32)。また、ステップS30においてX軸周りの角速度の積分値ΣΩx が基準値Ωixのマイナス値以上であり、X軸周りの角速度の積分値ΣΩx が基準値Ωixのプラス値よりも大きく(S33)、且つその角速度がプラス側に増加傾向にある場合(ΣΩx >Ωixである場合)は(S34)、人体Aが右方に転倒したものと判定し、右側エアバッグ12を膨張させる(S35)。一方、ステップS33においてX軸周りの角速度の積分値ΣΩx が基準値Ωixのプラス値以下であり、Y軸周りの角速度の積分値ΣΩy が基準値Ωiyのマイナス値よりも小さく(S36)、且つその角速度がマイナス側に増加傾向にある場合(ΣΩy <−Ωiyである場合)は(S37)、人体Aが後方に転倒したものと判定し、後側エアバッグ10を膨張させる(S38)。また、ステップS36においてY軸周りの角速度の積分値ΣΩy が基準値Ωiyのマイナス値以上であり、Y軸周りの角速度の積分値ΣΩy が基準値Ωiyのプラス値よりも大きく(S39)、且つその角速度がプラス側に増加傾向にある場合(ΣΩy >Ωiyである場合)は(S40)、人体Aが前方に転倒したものと判定し、前側エアバッグ9を膨張させる(S41)。一方、ステップS28において角速度Ωx ,Ωy ,Ωz の何れの絶対値|Ωxyz |も基準値Ωa 以下の場合、ステップS29において角速度の積分値ΣΩx ,ΣΩy ,ΣΩz の何れの絶対値|ΣΩxyz |も基準値Ωi 以下の場合、ステップS39においてY軸周りの角速度の積分値ΣΩy が基準値Ωiyのプラス値以下の場合、またはステップS31,S33,S36,S39において角速度が増加傾向でない場合は、ステップS21に戻ってステップS21〜S40(ステップS32,S35,S38を除く)の動作を繰り返す。その際、ステップS24において絶対値|Gxyz |の少なくとも一つが所定の基準値Gi 以上になった場合は、カウンタ値Nを「0」にリセットし(S42)、ステップS21に戻る。また、ステップS27においてカウンタ値Nが設定値N1 に達した場合(|Gxyz |<Gi の状態が所定時間以上継続した場合)、例えば人体が直立状態で落下した場合など、体の傾きを伴わずに墜落したものと判定し、全てのエアバッグ1を膨張させる(S43)。
【0045】
このように、本実施形態によれば、人体の前後左右の各方向にそれぞれ対応する前側、後側、左側及び右側エアバッグ9,10,11,12を備えているので、人体が前後左右の何れかの方向に転倒した場合には、転倒した方向に対応するエアバッグのみを膨張させることができる。即ち、エアバッグが膨張した使用後のエアバッグ装置は、インフレータ3を交換すれば再利用することができるが、本実施形態では転倒した方向に対応するエアバッグのみが膨張するので、各エアバッグ9,10,11,12のうち膨張したエアバッグのインフレータ3のみを交換すればよく、再利用する際のメンテナンス費用を安価にすることができる。
【0046】
尚、前記第2の実施形態では、角速度センサ5の検出方向に対する角速度値の積分値ΣΩy が基準値Ωiyのプラス値よりも大きい場合と、積分値ΣΩy が基準値Ωiyのマイナス値よりも小さい場合に、エアバッグを膨張させるようにしているが、この条件は、角速度センサ5の検出方向に対する角速度値の積分値ΣΩy の「絶対値」が基準値Ωiyよりも大きくなった場合と同じことである。即ち、他の制御例として、角速度値の積分値ΣΩy の絶対値が所定の基準値Ωiyよりも大きくなった場合に、積分値ΣΩy がプラス値かマイナス値かを判定し、プラス値の場合は前側エアバッグ9を膨張させ、マイナス値の場合は後側エアバッグ10を膨張させるようにしてもよい。
【0047】
また、前記第2の実施形態では、人体の前後左右の各方向にそれぞれ対応するエアバッグ9,10,11,12を備えたものを示したが、例えば人体の前側及び後側に対応するエアバッグのみを備えたものであってもよい。
【符号の説明】
【0048】
1…エアバッグ、2…着用体、3…インフレータ、4…加速度センサ、5…角速度センサ、6…記憶部、7…制御部、9…前側エアバッグ、10…後側エアバッグ、11…左側エアバッグ、12…右側エアバッグ、A…人体。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
人体の所定部位に対応するように設けられたエアバッグと、エアバッグを膨張させる膨張手段とを備えた人体用エアバッグ装置において、
加速度を検出する加速度センサと、
角速度を検出する角速度センサと、
角速度センサによって検出された角速度値を記憶する角速度記憶手段と、
加速度センサによって検出される加速度の絶対値が所定の値よりも小さくなり、且つ角速度センサによって検出される角速度の絶対値が所定の値よりも大きくなった場合に、角速度記憶手段によって記憶されていた角速度値を最新の検出時から所定範囲だけ前の検出時まで積分し、その積分値の絶対値が所定の値よりも大きく、且つ角速度が増加傾向にある場合にエアバッグを膨張させる制御手段とを備えた
ことを特徴とする人体用エアバッグ装置。
【請求項2】
前記制御手段を、角速度値を最新の検出時から所定の第1の範囲だけ前の第1の検出時まで積分した値と、角速度値を第1の検出時から所定の第2の範囲だけ前の第2の検出時まで積分した値とを比較することにより、角速度が増加傾向にあるか否かを判定するように構成した
ことを特徴とする請求項1記載の人体用エアバッグ装置。
【請求項3】
前記制御手段を、加速度センサによって検出される加速度の絶対値が所定の値よりも小さい状態が所定時間以上継続した場合には、前記角速度値の積分値の絶対値が前記所定の値以下の場合であってもエアバッグを膨張させるように構成した
ことを特徴とする請求項1または2記載の人体用エアバッグ装置。
【請求項4】
前記エアバッグ、膨張手段及び角速度センサを人体の前後左右のうち少なくとも二方向に対応するように設け、
前記制御手段を、前記角速度値の積分値の絶対値が所定の値よりも大きくなった方向に対応するエアバッグを膨張させるように構成した
ことを特徴とする請求項1または2記載の人体用エアバッグ装置。
【請求項5】
前記エアバッグ、膨張手段及び角速度センサを人体の前後左右のうち少なくとも二方向に対応するように設け、
前記制御手段を、前記角速度値の積分値の絶対値が所定の値よりも大きくなった方向に対応するエアバッグを膨張させ、加速度センサによって検出される加速度の絶対値が所定の値よりも小さい状態が所定時間以上継続した場合には、全ての方向に対応するエアバッグを膨張させるように構成した
ことを特徴とする請求項3記載の人体用エアバッグ装置。
【請求項6】
前記角速度記憶手段を、最新の検出時から前記所定範囲だけ前の検出時までに検出した角速度値のみを記憶するように構成した
ことを特徴とする請求項1、2、3、4または5記載の人体用エアバッグ装置。
【請求項7】
前記加速度センサに、少なくとも3軸方向の加速度を検出する加速度センサを用いた
ことを特徴とする請求項1、2、3、4、5または6記載の人体用エアバッグ装置。
【請求項8】
前記角速度センサに、少なくとも3軸方向の角速度を検出する角速度センサを用いた
ことを特徴とする請求項1、2、3、4、5、6または7記載の人体用エアバッグ装置。
【請求項9】
人体に着用可能な着用体を備え、着用体に前記エアバッグを設けた
ことを特徴とする請求項1、2、3、4、5、6、7または8記載の人体用エアバッグ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【公開番号】特開2012−239490(P2012−239490A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−109245(P2011−109245)
【出願日】平成23年5月16日(2011.5.16)
【出願人】(591199741)株式会社プロップ (26)
【出願人】(000242644)北陸電力株式会社 (112)
【Fターム(参考)】