説明

人孔溜水の処理方法

【課題】人体に悪影響を及ぼすことなく取扱性に優れ、しかも環境に害を及ぼさずに低コストにて溜水を処理することができる人孔溜水の処理方法を提供する。
【解決手段】人孔1内に溜水4が存在し、この溜水4がアルカリ性である場合に、中和剤としてのクエン酸5を注入することにより、溜水4とクエン酸5とを反応させて、pHを低下させるものである。これにより、溜水4は排水基準を満たすことになって、排水処理が可能なものとなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人孔内に存在するアルカリ性の溜水を処理する人孔溜水の処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人孔(マンホール)内には雨や地下水等の溜水が存在する。人孔周囲の地盤には、地盤改良材が使用され、軟弱度を固化処理して地盤が改良されている。この地盤改良材は、一般的にはセメント系、石灰材料が用いられる。地盤改良材が人孔内に入り込んで、地盤改良材に含まれるカルシウムが溜水に浸入すると、溜水が高アルカリとなる。
【0003】
ところで、溜水を排水する場合、排水可能な水素イオン濃度(pH)は所定範囲内(例えば、pH5.8〜8.6)に定められており、溜水の水素イオン濃度がこの範囲外である場合には、溜水を排水することができない。このため、高アルカリである溜水のpH濃度は、通常排水可能なpH範囲よりも高く、溜水のpHを下げる処理を行わなければ排水処理することができない。
【0004】
そこで、溜水を処理する方法として、溜水をバキュームで吸引し、バキューム車等の搬送手段により産業廃棄物処理場にまで運搬して産業廃棄物として処理する方法がある。また、人孔の近傍に中和装置を設置して、この中和装置へ溜水を吸い上げて炭酸ガスにより中和した後、下水道へ排水する方法がある。さらには、人孔内の溜水に、硫酸バンド(硫酸アルミニウム)等の薬剤を注入して中和した後、下水道へ排水する方法がある(特許文献1)。
【特許文献1】特開2004−211411号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
産業廃棄物として処理する方法は、溜水を人孔から産業廃棄物処理場にまで運搬することが必要となり、手間や時間を要する。しかも、バキューム車等の搬送手段を使用するため、コスト高になるという問題がある。人孔近傍に中和装置を設置して処理する方法も、溜水を中和装置にまで吸い上げることが必要となり、手間や時間を要する。しかも、中和装置を使用するため、コスト高になるという問題がある。溜水に薬剤を注入して中和する方法では、特に特許文献1で用いられる硫酸バンド等の強酸を用いると、薬剤が人体に触れると危険であり、取扱に難しい。しかも、有害液体であるため、溜水に注入することは環境面で好ましくないという問題や、カルシウムと反応して硫酸カルシウム(石膏)が沈殿するという問題がある。
【0006】
そこで、本発明は、上記課題に鑑みて、人体に悪影響を及ぼすことなく取扱性に優れ、しかも環境に害を及ぼさずに低コストにて溜水を処理することができる人孔溜水の処理方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の人孔溜水の処理方法は、人孔内のアルカリ性の溜水に、中和剤としてのクエン酸を注入して、溜水とクエン酸とを反応させて溜水のpHを排水可能な範囲とするものである。
【0008】
本発明の人孔溜水の処理方法では、人孔内の溜水にクエン酸を注入すると、クエン酸から放出される水素イオンが、溜水内の水酸化物イオンと反応してpHを低下させることができる。そして、pHが排水可能な範囲となるように、クエン酸の注入量を調節する。クエン酸(化学式C687)は柑橘類などに含まれる有機化合物で、ヒドロキシ酸の一つである。カルボキシ基を3個有する弱酸で、酸味を持つことから食品添加物として多用されている。
【0009】
溜水の排水可能な範囲はpH5.8〜8.6の範囲内とすることができる。これにより、溜水を中性又はその近傍とすることができる。また、クエン酸は3段階で電離するものであり、1段階目の電離は、pHが6.5前後で行われ、2段階目の電離は、pHが5.0前後で行われ、3段階目の電離は、pHが4.0前後で行われる。そして、3段階目まで電離が終わると、溜水の無機イオン(例えば、カルシウムイオン)と反応する。これにより、pHが5.8〜8.6の範囲では、クエン酸は1段階目の電離しか行われず、溜水の無機イオンとは反応しない。このため、クエン酸は溜水の無機イオンとは未反応の状態を維持することができ、クエン酸はイオンの状態で存在することになる。
【0010】
溜水に粉末状のクエン酸を注入することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の人孔溜水の処理方法によれば、クエン酸は溜水と反応して溜水のpHを低下させて排水可能な範囲とできるため、溜水を排水処理することができる。クエン酸は安全性に富むため、人体に悪影響を及ぼすことなく取扱性に優れ、しかも環境に害を及ぼさずに低コストにて溜水を処理することができる。
【0012】
溜水を中性又はその近傍とすると、排水基準を満たした水素イオン濃度とすることができ、確実に溜水を排水することができる。また、溜水の無機イオンとは未反応の状態を維持することができるため、クエン酸はイオンの状態で存在することになり、沈殿物が発生しない。
【0013】
溜水に粉末状のクエン酸を注入すると、一層取扱性・作業性に優れ、効率よく溜水を処理することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための最良の形態について説明する。
【0015】
本発明の人孔溜水の処理方法は、人孔内に存在するアルカリ性の溜水を処理するものである。図1に示す人孔1にクエン酸5を注入する場合について説明する。
【0016】
人孔1は、地面3の下部に設けられ、2箇所の開口部2を介して地面3に連通するものである。人孔1には溜水4が存在し、この溜水4は、地盤改良材に含まれるカルシウムを多く含んでいる。これにより、溜水4は高アルカリ性となっている。
【0017】
開口部2を介して、この溜水4に粉末状のクエン酸5を注入する。クエン酸5(化学式C687)は柑橘類などに含まれる有機化合物で、ヒドロキシ酸の一つである。カルボキシ基を3個有する弱酸で、酸味を持つことから食品添加物として多用されているものである。これにより、溜水4にクエン酸5を注入すると、図2に示すようにクエン酸5が中和剤となって、クエン酸5から放出される水素イオンは、溜水内の水酸化物イオンと反応してpHを低下させることができる。
【0018】
溜水4にクエン酸5を注入すると、クエン酸5は図3の範囲A〜Cに示すように、3段階で電離が行われる(水素イオンを3回放出する)。すなわち、範囲Aに示す1段階目の電離は、pHが6.5前後で行われ、範囲Bに示す2段階目の電離は、pHが5.0前後で行われ、範囲Cに示す3段階目の電離は、pHが4.0前後で行われることになる。クエン酸5は、3段階目の電離が終わった段階で、化1に示すように、溜水4の無機イオン(カルシウムイオン)と反応する。
【0019】
【化1】

【0020】
本発明では、クエン酸注入後の溜水4のpHが5.8〜8.6の範囲内となるようにクエン酸5の注入量を調節する。これにより、溜水4を中性とすることができて、排水基準を満たした水素イオン濃度となる。また、中性の段階では、クエン酸5は図3の範囲Aで示す1段階目の電離しか行われていない。クエン酸は、3段階目の電離が行われた後、溜水のカルシウムイオンと反応するため、中性では、化1のCa3(C6572(クエン酸カルシウム)は生成されていない。従って、溜水4のカルシウムイオンとは未反応の状態を維持することができ、図2に示すように、注入されたクエン酸5はイオン6の状態で存在することになる。
【0021】
このように、本発明の人孔溜水の処理方法は、クエン酸5が溜水4と反応して溜水のpHを低下させて排水可能な範囲とできるため、溜水4を排水処理することができる。クエン酸5は安全性に富むため、人体に悪影響を及ぼすことなく取扱性に優れ、しかも環境に害を及ぼさずに低コストにて溜水を処理することができる。
【0022】
溜水4を中性又はその近傍とすると、排水基準を満たした水素イオン濃度とすることができ、確実に溜水4を排水することができる。また、溜水4の無機イオンとは未反応の状態を維持することができるため、クエン酸5はイオンの状態で存在することになり、沈殿物が発生しない。
【0023】
溜水4に粉末状のクエン酸5を注入すると、一層取扱性・作業性に優れ、効率よく溜水を処理することができる。
【0024】
以上、本発明の実施形態につき説明したが、本発明は前記実施形態に限定されることなく種々の変形が可能であって、例えば、クエン酸5を溜水4に注入する場合、複数の段階に分けて注入しても、1回で注入してもよい。クエン酸5の注入量はpHが5.8〜8.6の範囲内であれば、溜水の量によって変更することができる。
【実施例】
【0025】
まず、高アルカリ性溜水のサンプル(pH11.6、水溶液量1.1リットル)に、クエン酸を注入した。クエン酸量とpHの関係を図4に示す。これにより、クエン酸量が0.92gのときpHが約7.0となって、クエン酸により高アルカリ性溜水の中和が可能であることが分かった。
【0026】
また、模擬人孔(幅0.54m、奥行き0.21m、深さ0.3m)に63.2リットルの水道水を循環させ、この水道水にクエン酸を注入してpH測定地点A、及びpH測定地点Bの2箇所でpHを測定した。時間と、pH測定地点A、及びpH測定地点BにおけるpHとの関係を図5に示す。これにより、pH測定地点A及びpH測定地点Bの両方で、270秒後にpHが約3.2となっている。従って、水道水を循環させることで、クエン酸が拡散し、pHが均一になることが分かった。
【0027】
次に、高アルカリ性溜水のサンプルを用い、溜水にクエン酸を注入した後、沈殿物(クエン酸塩)が発生するか否かを確認した。その結果を表1に示す。使用容器No.3及びNo.4について実験前に存在する沈殿物は、溜水のカルシウムと大気中の二酸化炭素が反応してできた炭酸カルシウムである。表1より、いずれのサンプルにおいても、クエン酸注入後で沈殿物が存在しないことがわかった。
【0028】
【表1】

【0029】
実際の人孔内の溜水にクエン酸を注入してpHの測定を行った。溜水はpHが10.7、溜水量(床面積26.95m2×水位0.76m、溜水量20.4m3)であり、注入クエン酸量は2.15kgである。人孔の溜水を循環させ、pH測定地点A、及びpH測定地点Bの2箇所で溜水のpHを測定した。時間と、pH測定地点A、及びpH測定地点BにおけるpHとの関係を図6に示す。これにより、pH測定地点A及びpH測定地点Bの両方で、19分後にpHが約7.0となっている。従って、実際の人孔においても、クエン酸による中和の有効性と、循環により溜水のpHが均一になることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】人孔にクエン酸を注入する前の説明図である。
【図2】人孔にクエン酸を注入した後の説明図である。
【図3】高アルカリ性溜水にクエン酸を注入した場合のクエン酸量とpHの関係を示すグラフ図である。
【図4】高アルカリ性溜水のサンプル(pH11.6、水溶液量1.1リットル)にクエン酸を注入した実験のクエン酸量とpHの関係を示すグラフ図である。
【図5】模擬人孔において、時間と、pH測定地点A、及びpH測定地点BにおけるpHとの関係を示すグラフ図である。
【図6】実際の人孔において、時間と、pH測定地点A、及びpH測定地点BにおけるpHとの関係を示すグラフ図である。
【符号の説明】
【0031】
1 人孔
2 開口部
4 溜水
5 クエン酸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
人孔内のアルカリ性の溜水に、中和剤としてのクエン酸を注入して、溜水とクエン酸とを反応させて溜水のpHを排水可能な範囲とすることを特徴とする人孔溜水の処理方法。
【請求項2】
溜水の排水可能な範囲はpHが5.8〜8.6の範囲内であることを特徴とする請求項1の人孔溜水の処理方法。
【請求項3】
溜水に粉末状のクエン酸を注入することを特徴とする請求項1又は請求項2の人孔溜水の処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−104914(P2010−104914A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−279830(P2008−279830)
【出願日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【出願人】(000156938)関西電力株式会社 (1,442)