説明

人工骨又は骨セメント材料組成物

【課題】患者への侵襲を抑えながら、光化学療法により骨又は軟骨腫瘍を効果的に消失させることができる人工骨又は骨セメント材料組成物を提供する。
【解決手段】人工骨又は骨セメント材料と、アクリジンオレンジとを含む人工骨又は骨セメント材料組成物。アクリジンオレンジの含有量は、組成物の全体に対して、0.005〜0.1重量%とすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、骨腫瘍を切除した後の欠損部に埋め込まれ、光化学療法に供される人工骨又は骨セメント材料組成物、及びこの組成物を用いた人工骨又は骨セメントに関する。
【背景技術】
【0002】
光化学療法は、ガン患者にあらかじめ、ガン親和性の光感受性物質を投与し、この物質がガンに集積した頃を見計らって、放射線やレーザー光を照射することでガン細胞を選択的に死滅させる治療法である。光化学療法は、正常組織へのダメージを最小限に抑えることができるため、有用なガン治療法である。
従来、骨の腫瘍の場合、腫瘍を摘出した後に、光感受性物質を塗布して、放射線を照射し、さらに骨欠損部に人工骨材料や骨セメント材料を充填する方法が行われている。しかし、この方法は、腫瘍の再発や転移を防止するために、腫瘍周囲の正常組織も併せて切除する必要があり、患者への侵襲が大きい。また、この方法は、実用上十分な治療効果が得られない。
ここで、アクリジンオレンジは、血管内投与すると腫瘍に集積する性質を有する。また、光照射により励起一重項状態に励起し、さらに、エネルギーレベルが三重項状態に低下する際に活性酸素を生成させる性質を有する。活性酸素は細胞に損傷を与えることから、アクリジンオレンジは、ガン治療のための光化学療法の光感受性物質として使用されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、患者への侵襲を抑えながら、光化学療法により骨腫瘍を効果的に消失させることができる人工骨又は骨セメント材料組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
上記課題を解決するために本発明者は研究を重ね、以下の治験を得た。
(i) アクリジンオレンジを添加した人工骨材料又は骨セメント材料を、骨の腫瘍摘出部に充填し、硬化させて得られる人工骨又は骨セメントは、光化学療法により腫瘍を消失させることができるだけの長期間にわたり、必要濃度でアクリジンオレンジを放出する。
(ii) アクリジンオレンジを含む人工骨又は骨セメントは、骨の代替材料として十分な強度を有する。
【0005】
本発明は、上記知見に基づき完成されたものであり、以下の人工骨又は骨セメント材料組成物を提供する。
項1. 人工骨又は骨セメント材料と、アクリジンオレンジとを含む人工骨又は骨セメント材料組成物。
項2. アクリジンオレンジの含有量が、組成物の全体に対して0.005〜0.1重量%である項1に記載の組成物。
項3. 人工骨又は骨セメント材料が、少なくとも1種のリン酸カルシウム化合物を含む材料である項1又は2に記載の組成物。
項4. 光化学療法用の項1〜3の何れかに記載の組成物。
項5. 項1〜3の何れかに記載の組成物を硬化させることにより得られる人工骨又は骨セメント。
項6. 項1〜3の何れかに記載の組成物を骨腫瘍切除後の骨欠損部に充填する工程と、この組成物を硬化させる工程と、骨欠損部の周辺の骨に放射線又はレーザー光を照射する工程とを含む、骨腫瘍の再発又は転移の抑制方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明の人工骨又は骨セメント材料組成物は、骨腫瘍の切除後の欠損部に充填することにより、腫瘍の再発又は転移を光化学療法により十分に抑制できるだけの濃度及び期間、アクリジンオレンジを周囲の組織中に徐放する。
また、本発明の人工骨又は骨セメント材料組成物は、硬化により形成される人工骨又は骨セメントが人の身体を支えるのに十分な強度を有している。このため、欠損部に人工骨又は骨セメント材料組成物を充填し、放射線などの照射を行うという簡単な方法で、切除組織を補強すると同時に、腫瘍の再発又は転移を抑制することができる。このように、少ない工程で済むことから、患者負担を抑えることができる。
【0007】
また、従来の光化学療法では、腫瘍の再発や転移を防止するために、腫瘍周囲の正常組織も併せて切除する必要があり、患者への侵襲が大きいが、本発明の材料を用いて光化学療法を行う場合は、周囲の正常組織を切除しなくても、又は殆ど切除しなくても、腫瘍の再発や転移が起こり難い。従って、患者への侵襲が小さい。
さらに、従来の光化学療法では、例えば放射線では30〜50Gyもの高い線量を照射する必要があったが、本発明の材料を用いて光化学療法を行う場合は、放射線の出力を低く抑えることができる。従って、放射線が患者に与える影響を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】アクリジンオレンジを0.01重量%含む人工骨からのアクリジンオレンジの放出性を示す図である。
【図2】アクリジンオレンジを0.1重量%含む人工骨からのアクリジンオレンジの放出性を示す図である。
【図3】アクリジンオレンジを0.01重量%又は0.1重量%含む人工骨の圧縮強度を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
(I)人工骨・骨セメント材料組成物
本発明の人工骨又は骨セメント材料組成物は、人工骨又は骨セメント材料とアクリジンオレンジを含む組成物である。
人工骨材料
本発明では、骨の欠損部に充填して硬化させることにより、骨を代替できる、公知の人工骨材料を制限無く使用できる。
人工骨材料は、人工骨前駆体とそれを硬化させるための成分を含む2成分以上の材料であってもよく、1成分からなっていてもよい。
人工骨の前駆体としては、硬化してハイドロキシアパタイトになり得るリン酸カルシウム化合物、例えば、リン酸三カルシウム、リン酸四カルシウム、リン酸水素カルシウム、リン酸水素カルシウムの水和物、リン酸八カルシウム、非晶質リン酸カルシウム等が挙げられる。中でも、リン酸三カルシウムが好ましい。
人工骨前駆体化合物は、1種を単独で、又は2種以上を組み合わせて使用できる。
人工骨前駆体を硬化させるための成分としては、水や、水に水溶性無機塩、無機酸、有機酸などの反応促進剤を添加したものが挙げられる。反応促進剤としては、リン酸、コハク酸、リンゴ酸、酢酸、疑似体液、リン酸バッファー、生理食塩水、リンゲル液などが挙げられる。
本発明において、人工骨材料が人工骨前駆体とこれを硬化させるための成分とを含む2成分以上からなる場合、これらの成分を合わせて人工骨材料と称する。また、1成分だけで硬化して人工骨を形成できる場合は、この成分を人工骨材料と称する。
人工骨材料は、三菱マテリアル社、PENTAX社、Zimmer社、Dupay社、Striker社などからの市販品を購入できる。
【0010】
骨セメント材料
骨セメント材料は、組成が人の骨又は軟骨とは異なるものである。本発明では、骨の欠損部に充填して硬化させることにより、骨を代替できる、公知の骨セメント材料を制限無く使用できる。
骨セメント材料は、骨セメント前駆体とそれを硬化させるための成分を含む2成分以上の材料であってもよく、1成分からなっていてもよい。
骨セメントの前駆体としては、メチルメタクリレートや、メチルメタクリレートとスチレンなどのビニルモノマーとの混合物などが挙げられる。骨セメント前駆体化合物は、1種を単独で、又は2種以上を組み合わせて使用できる。なお、骨セメント材料には、ポリメチルメタクリレートなどのポリマーが含まれていてもよい。
骨セメント前駆体を硬化させるための成分としては、重合開始剤、又は重合開始剤と重合促進剤との混合物が挙げられる。
本発明において、骨セメント材料が骨セメント前駆体とこれを硬化させるための成分とを含む2成分以上からなる場合、これらの成分を合わせて骨セメント材料と称する。また、1成分だけで硬化して骨セメントを形成できる場合は、この成分を骨セメント材料と称する。
骨セメント材料は、Tecres社、Striker社などからの市販品を購入できる。
【0011】
アクリジンオレンジ
アクリジンオレンジは、下記構造を有する化合物であり、前述したように、ガン治療のための光化学療法の光感受性物質として使用されている。
【化1】

アクリジンオレンジは、キシダ化学社、Sigma-aldrich社、和光社などからの市販品を購入できる。
硬化により得られる人工骨又は骨セメントからのアクリジンオレンジの放出性や人工骨又は骨セメントの強度には、人工骨又は骨セメント中のアクリジンオレンジの濃度が影響を与える。従って、本発明の組成物中のアクリジンオレンジの含有量は、組成物の全体に対して、約0.005〜0.1重量%が好ましく、約0.01〜0.1重量%がより好ましく、約0.01〜0.5重量%がさらにより好ましい。
上記範囲であれば、光化学療法による十分な効果が得られる程度の濃度及び期間、アクリジンオレンジが放出される。また、上記範囲であれば、アクリジンオレンジの放出濃度に経時的なバラツキがなく、安定してアクリジンオレンジが徐放され、またアクリジンオレンジ添加による人工骨又は骨セメントの強度の低下が抑制される。
人工骨又は骨セメント材料が2成分以上の組み合わせである場合、アクリジンオレンジは、何れかの成分と混合されていてもよい。また、人工骨又は骨セメント材料とは別個に組成物に含まれて、硬化させる際に、全ての成分を混合するものであってもよい。
【0012】
その他の成分
本発明の組成物には、骨形成やその他の生体機能を強化するために、本発明の効果を阻害しない範囲で、その他の成分を含ませることができる。人工骨又は骨セメント材料が2成分以上の組み合わせである場合、その他の成分は、何れかの成分と混合されていてもよいし、人工骨又は骨セメント材料とは別個に組成物に含まれて、硬化させる際に、全ての成分を混合するものであってもよい。
このような成分として、抗生剤、抗ガン剤、抗炎症剤、骨代謝改善薬、タンパク性骨増殖因子、抗リウマチ薬、免疫抑制剤、通風治療薬、糖尿病治療薬、ホルモン剤などが挙げられる。
その他の成分は1種を単独で、又は2種以上を組み合わせて使用できる。
【0013】
(II)人工骨又は骨セメント
本発明の人工骨又は骨セメント材料組成物は、全ての成分を混練または混和し、骨欠損部に充填し、その組成物に適した方法で、例えば、人工骨又は骨セメント材料の添付マニュアルに従い、硬化させればよい。
全成分の混和とそれに続く硬化により人工骨又は骨セメントが得られるので、形成された人工骨又は骨セメント中には、アクリジンオレンジが、人工骨又は骨セメント材料組成物中の濃度と同濃度で含まれる。
【0014】
(III)光化学療法
人工骨又は骨セメントを形成して約2時間後から、周囲の組織にアクリジンオレンジが放出され始めるので、周囲の組織に放射線又はレーザー光を照射することができる。
<放射線>
放射線の波長は、アクリジンオレンジを用いた光化学療法に通常用いられる波長であればよく、例えば約400〜500nm、好ましくは、約460nmとすることができる。
また、放射線の吸収線量は、例えば約2〜5Gyとすることができる。上記吸収線量の範囲であれば、十分にガンの再発や転移を抑制できると共に、放射線照射による患者の身体のダメージを抑えることができる。
【0015】
<レーザー光>
レーザー光は、光化学療法に通常用いられるものであればよく、例えば、アルゴンレーザー、ダイレーザー、Ti:サファイヤレーザー、Ga:Asダイオードレーザーのような半導体レーザー、CO2レーザー、Er:YAGレーザー、Ho:YAGレーザー、ルビーレーザー、Nd:YAGレーザーなどが挙げられる。
レーザー光線の波長は、アクリジンオレンジを用いた光化学療法に通常用いられる波長であればよく、例えば約450〜700nm、好ましくは約490〜630nmとすることができる。
また、レーザー光線の出力は、例えば約10〜60W/cm、好ましくは約15〜45W/cmとすることができる。上記吸収線量の範囲であれば、十分にガンの再発や転移を抑制できると共に、レーザー光照射による患者の身体のダメージを抑えることができる。
光化学療法の対象となるのは、通常、骨腫瘍の患者である。
【実施例】
【0016】
以下、実施例及び試験例を示して本発明をより詳細に説明するが、本発明は、これらに限定されるものではない。
(1)アクリジンオレンジの徐放性の評価
人工骨材料として、バイオペツクスR-R (6 ml) (Pentax社) を本実験に用いた。人工骨ペーストの硬化方法は、基本的にPentax社マニュアルに従った。粉剤 (12 g) にアクリジンオレンジ粉末 (Sigma-Aldrich社 Cat.#)を10 mg 又は100 mg、それぞれ添加し、乳鉢にて十分に混和させた。その後、専用練和液 (2.6 ml) を投与し、専用ヘラを用いて十分に攪拌し、ペースト状にした。1〜2分程度放置し、手袋に付着しない程度の粘性になった時点で、ペースト状人工骨をプラティック性円柱形型(内径 7 mm、長さ 14 mm)に充填させた。10分以上放置し、固形化のちに、人工骨を円柱形型より取り出した。これにより固形化したアクリジンオレンジ含有人工骨を作製した。得られた人工骨中のアクリジンオレンジ濃度は、1重量%、及び0.1重量%である。
次に、作製したサンプルを生理食塩水 (10 ml) の入ったチューブ (15 ml ポリエチレン コニカルチューブ, BD Falcon) 内に沈降させ、チューブに蓋をして気密にした後に、CO2インキュベーター内 (37℃)にて放置した。実験開始より14日間は、生食を毎日交換し、以降、61日目までは週2回生食を交換した。交換した生食は4℃冷蔵庫(暗室)にて保管した。
保存した生食サンプルを、96穴プレート内に100 μl注入し、プレートリーダー (Multiskan JX, Thermo Labsystems) にて吸光度(波長460 nmフィルター)を測定することによりアクリジンオレンジ濃度を評価した。スタンダードとしては、アクリジンオレンジを生食に溶解し、希釈したものを用いた(1-1000 μg/ml)。
【0017】
結果を図1及び図2に示す。図1及び図2において、横軸は、人工骨サンプルの生理食塩水中での保存日数を示し、縦軸は、生理食塩水中でのアクリジンオレンジ濃度の相対値を示す。
図1から、アクリジンオレンジの組成物中濃度が0.1重量%である場合、骨セメントの形成後60日間もの長期にわたり、安定して周囲の組織にアクリジンオレンジが放出されたことが分かる。光化学療法は通常約14〜28日間にわたり光照射を行うため、本実施例の骨セメントは光化学療法に有用である。
また、周囲組織におけるアクリジンオレンジ濃度は、光化学療法によるガン細胞の死滅効果を得る上で十分な濃度であった。
また、図2から明らかなように、アクリジンオレンジの組成物中濃度が1重量%である場合、周囲組織中のアクリジンオレンジ濃度は高かったが、経時的に濃度がばらついた。
【0018】
(2)硬化物の強度の評価
上記のアクリジンオレンジ徐放性試験を終了した後の円柱形の人工骨サンプルを、試験液剤より取り出し、ガーゼにて液を拭き取り、円柱の上下面が平行になるように上下面を切削した。このサンプルについて、インストロン社性33UG4466型試験機を用いて、クロスヘッドスピード0.5mm/分にて圧縮強度を測定した。
結果を図3に示す。人工骨又は骨セメントは、50MPa以上の圧縮強度があれば実用できる。図3から、アクリジンオレンジ(AO)の含有量が0.1重量%の場合、実用できるだけの強度を備えることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明の人工骨又は骨セメント材料組成物は、ガン治療のための光化学療法に好適に使用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
人工骨又は骨セメント材料と、アクリジンオレンジとを含む人工骨又は骨セメント材料組成物。
【請求項2】
アクリジンオレンジの含有量が、組成物の全体に対して、0.005〜0.1重量%である請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
人工骨又は骨セメント材料が、少なくとも1種のリン酸カルシウム化合物を含む材料である請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
光化学療法用の請求項1〜3の何れかに記載の組成物。
【請求項5】
請求項1〜3の何れかに記載の組成物を硬化させることにより得られる人工骨又は骨セメント。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−130492(P2012−130492A)
【公開日】平成24年7月12日(2012.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−284368(P2010−284368)
【出願日】平成22年12月21日(2010.12.21)
【出願人】(304026696)国立大学法人三重大学 (270)
【Fターム(参考)】