説明

伝搬路状態評価装置及び方法

【課題】MIMOにおいて、問題の原因が伝搬路にあるか否かを容易に評価できるようにする。
【解決手段】MIMOにおける伝搬路での雑音は、復調行列の成分gi,j,kの絶対値の総和に比例して増減する。そこで、全ての受信アンテナ(j=1からN)についてgi,j,kの二乗和の平方根を求め、これを送信アンテナiからのサブキャリアkの雑音増幅率NAi,kとする。更に、その逆数を伝搬路の伝達効率TEi,kとする。そして、サブキャリア番号を横軸とするグラフに伝達効率TEi,kを表示すれば、伝搬路に問題がある場合、低い値が示される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の送受信アンテナによる無線通信において、伝搬路の状態を容易に評価できるようにするための装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
無線によるディジタル通信を行う機器の開発、設置、メンテナンス等において、受信信号の品質の評価は重要な測定項目の1つである。もし信号品質の劣化があった場合には、その原因の調査のために、機器自身の評価とは別に、マルチパス伝搬路である空間の状態を評価することも必要となる。従来のSISO(Single-Input, Single-Output)による通信の場合は、伝達関数や遅延プロファイルを測定することで伝搬路の評価が行われていた。
【0003】
ワイヤレスLANの標準規格の1つであるIEEE802.11nでは、MIMO(Multiple-Input, Multiple-Output)のSDM(Space Division Multiplexing)を用いることで、転送レートの向上を図っている。MIMOによる通信では、複数の送信アンテナから異なるデータを送信し、複数のアンテナで受信を行う。受信機は各送信アンテナから受信アンテナまでの伝搬路の伝達関数が異なることを利用して、データを復調する。N×NのMIMOの場合、送受信アンテナ間の伝達関数はN×N個となり、1つの送信アンテナからのデータを復調するためには、それらすべての伝達関数を使っての演算が必要となる。このため、伝達関数や遅延プロファイルの測定結果を見ただけで伝搬路の良否を判断するのは難しい。また、受信信号の品質は、従来のSISOの通信に比べて伝搬路の状態に大きく影響される。
【0004】
図1は、IEEE802.11nの2×2MIMO−OFDMの試験信号を受信して、1データ・シンボルを復調し、信号品質を評価した例である。図1Aの「EVM vs SC(サブキャリア)」のグラフを見ると、EVM(Error Vector Magnitude)の値が70%以上になるサブキャリア(サブキャリア番号7)があることがわかる(ここでは、その位置に四角のマーカ10を配置している)。これは復調後の信号品質として非常に悪い値である。EVMには、通信機器と伝搬路を含めた状態が現れるので、この品質劣化の原因を調査するためには、通信機器の評価とは別に、伝搬路の状態を知ることが重要となる。従来のSISO通信の場合では、伝搬路の評価は伝達関数を求めることで可能であった。これに習い、図1B及び図1Cでは、4つのパス(Tx1-Rx1, Tx2-Rx1, Tx1-Rx2, Tx2-Rx2)の振幅、また、図1D及び図1Eでは、同じ4つのパスの位相の伝達関数がTransfer Func.(Amp)とTransfer Func.(Ph)として表示し、サブキャリア番号7に対応する位置にマーカ12乃至18を示している。しかし、図1B乃至図1Eのグラフでは、マーカに示す位置のグラフ形状に他の部分と異なる特徴が見られないため、これらによって伝搬路を評価し、品質劣化の原因となっているか否かを判断するのは非常に難しい。
【0005】
【特許文献1】特開2006−211566号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
マルチパス伝搬路におけるディジタル通信の受信信号の品質劣化を調査するため、伝搬路の状態を評価して原因を分離することは有効な手段である。従来のSISOによる通信の場合、伝搬路の状態は伝達関数を見ることで比較的容易に評価が可能であった。しかしながら、MIMOによる通信の場合、信号の復調には複数の伝達関数を使って複雑な演算をする必要があり、伝搬路の状態を評価するのは容易ではない。また、それを評価するための適切な測定項目を持つ測定器もない。このため、MIMOの如きマルチパス伝搬路を評価するための装置及び方法が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明では、MIMO通信のマルチパス伝搬路を評価するための新しい測定指標を用い、それを演算し表示する伝搬路状態評価装置及び方法を提供する。それにより、受信信号の品質劣化の原因究明を容易にし、MIMO技術を用いた無線(RF)ディジタル通信機器の開発、設置、メンテナンス等の作業の効率化を図る。
【0008】
具体的には、演算手段が複数の送信アンテナが送信するOFDM信号を複数の受信アンテナで受信して得られる受信信号のデータから複数の信号パスに関する伝達関数を算出し、続いて受信信号の所望サブキャリアに関する受信ベクトルから送信ベクトルを復調するための復調行列を伝達関数から算出し、所望の送信アンテナに関する受信アンテナについての復調行列の成分の2乗和の平方根を雑音増幅率として算出する。表示手段は、この雑音増幅率又はその逆数を表示する。
【0009】
このとき、演算手段は複数のサブキャリアの雑音増幅率又はその逆数を算出しても良く、表示手段は、サブキャリアに関する軸と、雑音増幅率又はその逆数に関する軸を有するグラフを用いて雑音増幅率又はその逆数を表示するようにしても良い。また、演算手段が複数のサブキャリアの雑音増幅率を算出したときに、これら複数の雑音増幅率又はその逆数に関して平均値又はRMS又は最小値を算出して数値又はグラフとして表示手段が表示するようにしても良い。
【0010】
本発明を別の観点からみれば、伝搬路状態評価方法であって、次のステップから構成される。最初のステップでは、複数の送信アンテナが送信するOFDM信号を複数の受信アンテナで受信して得られる受信信号のデータから複数の信号パスに関する伝達関数を算出する。次のステップでは、受信信号の所望サブキャリアに関する受信ベクトルから送信ベクトルを復調するための復調行列を伝達関数から算出する。その次に、所望の送信アンテナに関する受信アンテナについての復調行列の成分の2乗和の平方根を雑音増幅率として算出し、続いて雑音増幅率又はその逆数を表示する。
【0011】
こうした本発明によれば、機器の状態と切り離して、伝搬路の状態について評価を容易に行うことが可能になる。よって、不具合がある場合に、どこに原因があるかの発見が容易に行えるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
図2は、本発明による伝搬路状態評価装置の一例のブロック図である。また、図3は、本発明による伝搬路状態評価における演算処理の流れを示すフローチャートである。本発明では、送信アンテナにTx1〜TxNのN個、受信アンテナにRx1〜RxNのN個を用いたN×NのMIMOであり、各送信アンテナからの送信信号はOFDM変調されている。受信アンテナRx1〜RxNは受信回路も含み、受信した受信信号が復調/演算処理回路20に供給される。復調/演算処理回路20は、受信信号のパケットからデータを抽出し、シンボル同期の確定、周波数、位相の補正を行い、OFDMシンボル毎に分離して、その中からLTF(Long Training Field)を抽出する。LTFは1つのパケットの先頭部にある既知の固定パターンのOFDMシンボルで、これを使ってN×N個の伝達関数が求められる(図3のステップ32)。
【0013】
ところで、後述の本発明による新しい測定項目である伝達効率は、復調/演算処理回路20により、N×N個の伝達関数から算出される。算出された伝達効率は、表示装置22において、数値やグラフとして表示される。操作パネル24は、複数のボタンや回転ノブを有し、表示装置22と連動して、伝搬路状態評価装置に対してユーザが所望の設定を行うのに使用される。こうした処理に適した既存の装置の一例としては、スペクトラム・アナライザの如き信号分析装置がある。また、復調/演算処理は、受信信号のデータがあれば良いので、複数のアンテナと受信回路から得られた受信信号のデータをパソコンなどに別途コピーすることで、パソコンで行うこともできる。
【0014】
次に復調/演算処理回路20は、OFDMデータ・シンボルのサブキャリア数をMとして、送信アンテナi(i=1,2,…,N)から受信アンテナj(j=1,2,…,N)への伝達関数から1本のサブキャリアk(k=1,2,…,M)の複素成分を求めてhi,j,kとすると、受信機が推定するサブキャリアkについてのチャネル行列は数1のようになる。
【0015】
【数1】

【0016】
このとき、受信機が受信信号のLTFから伝達関数を推定する場合、送信電力が不明なので、振幅利得は後述のようにaとし、チャネル行列については利得が0dBになるよう正規化されているとする。
【0017】
続いて、1つのOFDMデータ・シンボルの1本のサブキャリアkについて、1つの送信アンテナiからの送信信号の複素成分をxi,kとして送信ベクトルをX、1つの受信アンテナjの受信信号の複素成分をyj,kとして受信ベクトルをY、1つの受信アンテナjに加わる雑音成分をnj,kとして雑音ベクトルをnとすると、これらの関係は次の数2〜数5で示される。ただし、復調/演算処理回路20の推定する伝達関数は正しいものとする。
【0018】
【数2】

【0019】
【数3】

【0020】
【数4】

【0021】
【数5】

【0022】
ここで、aは送信アンテナから受信アンテナまでの振幅利得である。送信アンテナiからの送信電力をPt、受信アンテナjの受信電力をPrとすると、aは数8で表せる。なお、数6及び数7は、共役複素数同士の掛け算をkに関して1からMまで和をとるものである。
【0023】
【数6】

【0024】
【数7】

【0025】
【数8】

【0026】
受信側で復調して得られる復調ベクトルzを求めるには、Hの逆行列H−1を求めれば良く(図3のステップ34)、これを用いて数10のように求められる。
【0027】
【数9】

【0028】
【数10】

【0029】
数10は、復調ベクトルzが、送信ベクトルに振幅利得aをかけたものに、熱雑音項であるH−1を加えたものであることを示す。ここで、復調行列H−1をGと置くと、
【0030】
【数11】

【0031】
【数12】

【0032】
【数13】

【0033】
ここで、サブキャリアkについての雑音の電力をNPとすると、
【0034】
【数14】

【0035】
なお、まずは簡単のため、数15に示すように、各受信アンテナに加わる雑音の電力は同じと仮定すると、数16が得られる。
【0036】
【数15】

【0037】
【数16】

【0038】
数16は、受信アンテナに加わった雑音が復調行列の成分gi,j,kの絶対値の総和に比例して増減することを示す。そこで、数17に示すように、全ての受信アンテナ(j=1からN)についてgi,j,kの2乗和の平方根を求め(図3のステップ36)、これを送信アンテナiからのサブキャリアkの雑音増幅率NAi,kと呼ぶことにする。
【0039】
【数17】

【0040】
さらにこのNAi,kの逆数を求め(図3のステップ38)、これを伝搬路の伝達効率TEi,kと呼ぶことにする。
【0041】
【数18】

【0042】
以上はすべての受信アンテナに加わる雑音成分の電力が等しい場合であるが、雑音電力が受信電力に比例すると仮定した場合の雑音増幅率NA’i,k、伝達効率TE’i,kは、受信電力Prを用いた以下の数19及び数20で定義する。なお、Hの逆行列が存在しない場合は、TEi,k=TE’i,k=0とする。
【0043】
【数19】

【0044】
【数20】

【0045】
伝達効率の値が1(100%)のとき、その伝搬路はSISOで通信した場合とほぼ同等の品質でMIMO通信ができることになる。また、値が大きいほど伝搬路はMIMO通信に適した状態であると言える。
【0046】
図4Bは、本発明による伝達効率の表示例である。これは、横軸をサブキャリア番号(または周波数)、縦軸を伝達効率としており、IEEE802.11nのMIMOの場合を表示している(図3のステップ40)。図4Aは、従来のEVMによる表示であり、EVMの値が悪い部分にマーカ10を配置し、図4Bではこれと対応する位置にマーカ11を配置している。マーカ11における伝達効率の値が示すように、図1B〜図1Eと比較すると、図4Bでは特性の悪い部分が低い値として現れ、一目でわかる。これによって、復調信号の品質劣化の原因が、機器によるものでなく、伝搬路の状態によるものであると容易に判断できる。なお、矢印13に示す部分も低い値を示しているが、これは単にサブキャリアが規格上存在しない部分である。
【0047】
図4Bの表示例では、ユーザが所望の送信アンテナについてのサブキャリア毎の伝搬路の伝達効率を示している。しかし、全サブキャリアの伝達効率の平均値又はRMS(Root Mean Square)及び最小値を表示するのも、伝搬路の品質評価の指標として有効である。これは、全ての送信アンテナに関してでも、送信アンテナ毎でも良い。
【0048】
以上のように、本発明によれば、従来の測定項目では難しかったMIMO伝搬路の評価が、新しい測定項目である伝達効率によって容易に評価可能になる。なお、上述の例では、伝達効率の値をグラフで表示したが、雑音増幅率を同様にグラフ表示しても良い。また、チャネル行列Hが正方行列でない場合は、エルミート共役な行列Hを利用し、(H×H−1×Hを復調行列として扱えば良い。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】MIMO−OFDMの試験信号を受信して、1データ・シンボルを復調し、信号品質を評価した従来例である。
【図2】本発明による伝搬路状態評価装置の一例のブロック図である。
【図3】本発明による伝搬路状態評価における演算処理の流れを示すフローチャートである。
【図4】従来の表示例(EVM)と比較した本発明による表示例を示す図である。
【符号の説明】
【0050】
20 復調/演算処理回路
22 表示装置
24 操作パネル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の送信アンテナが送信するOFDM信号を複数の受信アンテナで受信して得られる受信信号のデータから複数の信号パスに関する伝達関数を算出し、上記受信信号の所望サブキャリアに関する受信ベクトルから送信ベクトルを復調するための復調行列を上記伝達関数から算出し、所望の上記送信アンテナに関する上記受信アンテナについての上記復調行列の成分の2乗和の平方根を雑音増幅率として算出する演算手段と、
上記雑音増幅率又はその逆数を表示する表示手段と
を具える伝搬路状態評価装置。
【請求項2】
上記演算手段が複数の上記サブキャリアの上記雑音増幅率又はその逆数を算出し、上記表示手段がサブキャリアに関する軸と、上記雑音増幅率又はその逆数に関する軸を有するグラフを用いて上記雑音増幅率又はその逆数を表示することを特徴とする請求項1記載の伝搬路状態評価装置。
【請求項3】
上記演算手段が複数の上記サブキャリアの上記雑音増幅率又はその逆数を算出し、複数の上記雑音増幅率又はその逆数に関する平均値又はRMSを算出して数値又はグラフとして上記表示手段が表示することを特徴とする請求項1記載の伝搬路状態評価装置。
【請求項4】
複数の送信アンテナが送信するOFDM信号を複数の受信アンテナで受信して得られる受信信号のデータから複数の信号パスに関する伝達関数を算出するステップと、
上記受信信号の所望サブキャリアに関する受信ベクトルから送信ベクトルを復調するための復調行列を上記伝達関数から算出するステップと、
所望の上記送信アンテナに関する上記受信アンテナについての上記復調行列の成分の2乗和の平方根を雑音増幅率として算出するステップと、
上記雑音増幅率又はその逆数を表示するステップと
を具える伝搬路状態評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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