説明

低カリウム含有量葉菜およびその栽培方法

【課題】ホウレンソウリーフレタス,サンチュ,コマツナの可食部の生育を維持しながらカリウム含有量を従来のものの30%から40%に抑える。
【解決手段】水耕法によって葉菜を栽培し,培地のカリウム含有量を調節しながら栽培することにより,カリウム含有量の少ない葉菜類を栽培する。栽培期間のうち,最初の期間は水耕液中のカリウム含有量を減らさずカリウム(KNO3)を加えて栽培し,その後収穫までの7から10日間を,水耕液中のカリウム要素であるKNO3の代わりに同濃度のNaNO3を加えた水耕液に交換する。さらに栽培期間を通して水耕液のpHを,NaOHを用いて6.0-6.5に調節する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,葉菜類農産物,具体的にはリーフレタス,サンチュ,コマツナにおけるカリウム含有量が低い栽培方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
腎臓病透析患者数は2004年末で約25万人であり1990年の約2.5倍にあたり,その数は急激に増加している。腎臓病は自覚症状が少ないため,その予備群を含めると数百万人いると推測され今後透析患者の更なる増加が推測される。さらには,透析に至る原疾患の第一位が日本人に非常に多い糖尿病であることを鑑みると,今後も日本の透析患者数が増加することは容易に想像される。(非特許文献1)
【0003】
腎臓病透析患者は体内のカリウムを十分に排出することができないために,カリウムの摂取制限を行なわないと不整脈により心不全を起こす可能性がある。そのため,腎臓病透析患者は1日のカリウム摂取量を1500〜2000mgに制限されている。日常で私たちが食べている野菜にも多くのカリウムが含まれているため,腎臓病透析患者は,野菜を生食できずに,水にさらしたり茹でたりしてカリウムを除去することにより,摂取する必要がある。(非特許文献2)
【0004】
このような腎臓病透析患者の食生活を踏まえると,一定新鮮重に含まれるカリウム含有量のできる限り少ない野菜が望まれる。一方で,カリウムは植物の必須元素の一つであり,カリウムの生理的機能は,細胞内で物質代謝が正常に行なわれるための原形質構造の維持や,pH,浸透圧調節にカリウムイオンとして作用していると考えられている。(非特許文献3)したがって,植物体内のカリウムを過剰に減少させることは,植物体内の恒常性の維持が不可能になり,生育障害を起こすと考えられる。
【0005】
これまでに,植物体内の恒常性を維持しながら,カリウム欠乏による生育障害を起こすことなく,通常栽培と同じ生育を示しながら,かつ従来の栽培方法で栽培したものの1/3から1/4である新鮮重1gあたり2300μgから1800μgに抑えたホウレンソウの栽培方法が報告されている。(特許文献1,非特許文献4)
【0006】
一般に農産物の機能性を変化させる手法としては,交雑育種や遺伝子組み換え技術が挙げられるが,いずれの方法も機能性を変化させるまでには時間がかかり,また遺伝子組み換え作物については,安全性に対する不安から消費者に受け入れられていないのが現状である。本発明は,それら現状の方法とは異なり,栽培環境を制御することにより,カリウム含有量の制御を行う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許公開2008−61587
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】日本透析医学会2005,図説わが国の慢性透析療法の現状,2004年12月31日現在,社団法人日本透析医学会統計調査委員会,東京,3−12。
【非特許文献2】出浦照國2002,腎不全が分かる本−食事療法で透析を遅らせる,株式会社日本評論社,東京。
【非特許文献3】山崎耕宇・杉山達夫・高橋英一・茅野充男・但野利秋・麻生昇平1993,植物栄養・肥料学,朝倉書店,東京,73-101。
【非特許文献4】小川敦史・田口悟・川島長治(2007)腎臓病透析患者のための低カリウム含有量ホウレンソウの栽培方法の確立 日本作物学会紀事76: 232-237.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
腎臓病患者はカリウムの摂取が制限されている。日常で私たちが食べている野菜にも多くのカリウムが含まれているため,腎臓病透析患者は,野菜を生食できずに,水にさらしたり茹でたりしてカリウムを除去することにより,摂取する必要がある。しかしながら,野菜を水にさらすまたは茹でる方法を用いると,新鮮重あたりのカリウム含有量を減少させることはできるが,カリウムを完全に溶脱できるわけではなく,一部のカリウムを除去できる程度である。さらに,カリウム以外の養分や栄養分が溶脱や分解してしまうことも考えられる。腎臓病透析患者の食生活を踏まえると,一定新鮮重に含まれるカリウム含有量のできる限り少ない野菜が望まれる。
【0010】
一般に農産物の機能性を変化させる手法としては,交雑育種や遺伝子組み換え技術が挙げられるが,市場では受け入れられていないのが現状である。
【0011】
本発明は,このような現状に鑑みてなされたものであり,栽培段階においてカリウム施肥量を調節することで,葉菜類の可食部の生育に影響を与えることなく,葉菜類の可食部のカリウム含有量を減少させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
発明者は,以上のことを解決するために鋭意研究を行い,葉菜類の中のリーフレタス,サンチュ,コマツナにおいて,栽培期間中の培地のカリウム濃度を調節することにより,収穫時に従来の手法で栽培したものと比較して,カリウム制限による生長障害は起こらないが,収穫時の可食部における単位新鮮重あたりのカリウム含有量を30%から40%に抑えた栽培方法を確立するに至った。
【0013】
すなわち,本発明は次の手順により課題を解決した。
(1)カリウム欠乏障害を起こすことなく,可食部の生長を維持しつつ,収穫時のカリウム含有量が少ないリーフレタス,サンチュ,コマツナを栽培する方法
(2)栽培を培地中の養分組成を容易に変更できる水耕栽培により行い,水耕液中のカリウム要素であるKNO3の代わりに同濃度のNaNO3を加え,NaOHを用いてpHを6.0-6.5に調節することにより,(1)記載のリーフレタス,サンチュ,コマツナを栽培する方法
(3)リーフレタス,サンチュ,コマツナの生育を維持しつつ効率的に収穫時のカリウム含有量を減らすために,栽培期間のうち,最初の栽培期間は水耕液中のカリウム含有量を減らさずKNO3を加えて栽培し,収穫前7から10日間KNO3の代わりに同濃度のHNO3を加えた水耕液に交換し,水耕液中のカリウム含有量を減らすことにより,カリウム含有量を従来の栽培方法で栽培したものの30%から40%に抑え,(1)記載のリーフレタス,サンチュ,コマツナを栽培する方法
【発明の効果】
【0014】
本発明によって,カリウム含有量の少ない葉菜類を栽培することで,腎臓病透析患者の食生活の改善に大いに貢献する。すなわち,腎臓病透析患者は体内のカリウムを十分に排出することができないために,カリウムの摂取制限を行なわないと不整脈により心不全を起こす可能性がある。そのため,腎臓病透析患者は1日のカリウム摂取量を1500〜2000mgに制限されている。日常で私たちが食べている葉菜類にも多くのカリウムが含まれているため,腎臓病透析患者は,生食できずに,水にさらしたり茹でたりしてカリウムを除去することにより,摂取する必要がある。葉菜類はビタミン類を主とした多くの栄養成分を含んでおり,水にさらしたり茹でたりすることで,それら栄養素の中には溶質や分解するものも含まれている。また水にさらしたり茹でたりすることだけではカリウムを完全に溶脱できるわけではなく,一部のカリウムを除去できる程度である。本発明によって,収穫時における可食部の単位新鮮重あたりのカリウム含有量が従来の栽培方法で栽培したものの30%から40%に減少できることにより,腎臓病透析患者であっても従来より多くの葉菜類の摂取が可能になり,また生食できることで栄養分を効率的に摂取することが可能になると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】低カリウム処理が,リーフレタスにおける収穫時の可食部新鮮重に与える影響。各値は、収穫時の1個体当たりの可食部の新鮮重の平均値±標準誤差を示す(n=8)。***はt検定で、対照区と比較して0.1%水準で有意差があることを示す。
【図2】低カリウム処理が,サンチュにおける収穫時の可食部新鮮重に与える影響。各値は、収穫時の1個体当たりの可食部の新鮮重の平均値±標準誤差を示す(n=8)。***はt検定で、対照区と比較して0.1%水準で有意差があることを示す。
【図3】低カリウム処理が,コマツナにおける収穫時の可食部新鮮重に与える影響。各値は、収穫時の1個体当たりの可食部の新鮮重の平均値±標準誤差を示す(n=7)。***はt検定で、対照区と比較して0.1%水準で有意差があることを示す。
【図4】低カリウム処理が,リーフレタスにおける収穫時のカリウム含有量に与える影響。各値は、収穫時の新鮮重1gあたりに含まれるカリウム含有量の平均値±標準誤差を示す(n=8)。***はt検定で、対照区と比較して0.1%水準で有意差があることを示す。
【図5】低カリウム処理が,サンチュにおける収穫時のカリウム含有量に与える影響。各値は、収穫時の新鮮重1gあたりに含まれるカリウム含有量の平均値±標準誤差を示す(n=8)。***はt検定で、対照区と比較して0.1%水準で有意差があることを示す。
【図6】低カリウム処理が,コマツナにおける収穫時のカリウム含有量に与える影響。各値は、収穫時の新鮮重1gあたりに含まれるカリウム含有量の平均値±標準誤差を示す(n=7)。***はt検定で、対照区と比較して0.1%水準で有意差があることを示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明では,栽培期間中の培地の養分組成を容易に変更できる水耕法を用いて栽培することが適している。すなわち,本発明において使用される葉菜類農産物の栽培施設は,栽培環境が完全に制御できる植物(野菜)工場施設といえるものである。
【0017】
リーフレタス,サンチュ,コマツナの種子を催芽させた後,水耕栽培によって栽培する。収穫7から10日前までは,生育にカリウムを必要とするため表1で示すカリウムを含む水耕液で栽培し,収穫前7から10日間は水耕液組成中のKNO3を同濃度のNaNO3に変えカリウムを含まない水耕液に変更して栽培を行う。水耕液のpHは,0.1N NaOHを用いてpHを6.0から6.5に調整する。
【0018】
【表1】

【実施例】
【0019】
以下,実施例によって本発明を詳細に説明するが,これらは本発明を限定することを意図するものではない。
【0020】
(1)方法
1)栽培条件
供試材料としてリーフレタス,サンチュ,コマツナを用いた。種子を立方体型のスポンジ内に埋め込み,20oC,暗黒条件の恒温器内で10日間催芽処理を行った。催芽処理期間中に,種子根は約30mm伸長した。
【0021】
水耕液が26L入ったアクアファーム(モトーレSタイプ,株式会社浅間製作所製)の各穴に,催芽した立方体型のスポンジで包み,移植した。栽培は自然光形グロースキャビネット(2S-153A,小糸工業株式会社)内で行い,湿度70%,日中24℃,夜間20℃に設定した。水耕液には十分に通気を行った。定植時には各植物9個体植え付けた。移植後21日目まで表1に示すカリウムを含む水耕液で栽培し,その後カリウムを減らすため,その後7日間(サンチュ,コマツナ)または10日間(リーフレタス)はカリウムを含まない水耕液に置換して栽培した。
【0022】
移植後21日間の水耕液の組成は,3.00mM KNO3,2.00mM Ca(NO3)24H2O,0.50mM NH4H2PO4,1.00mM MgSO47H2O,26.9μM EDTA-Fe,4.55μM MnCl24H2O,23.1μM H3BO3,0.38μM ZnSO47H2O,0.16μM CuSO45H2O,0.015μM (NH4)6Mo7O244H2Oとし,0.1N NaOHを用いてpH6.5に調節したものを用いた(表1)。移植後22日目より,水耕液中のカリウム濃度を減らすためにKNO3の代わりにNaNO3を加え,0.1N NaOHを用いてpHを6.5に調節した水耕液に置換した(低カリウム区)。
【0023】
2)測定項目および測定方法
移植後28日目(サンチュ,コマツナ)および31日目(リーフレタス)に収穫し,新鮮重を測定し,80℃の乾燥機内で72時間以上乾燥させた後,乾物重を測定し,含水率を求めた。乾物を粉砕した後,乾式灰化によって抽出を行い,原子吸光計(AA-6800,島津製作所)を用いカリウム,マグネシウム,カルシウム,ナトリウム含有量を測定した。
【0024】
(試験結果)
図1から図3に,収穫時の各処理区における新鮮重を示した。リーフレタス(図1),サンチュ(図2),コマツナ(図3)の各植物において,対照区と比較して低カリウム区では,新鮮重に有意差が認められなかった。
【0025】
図4から図6に,収穫時の各処理区におけるカリウム含有量を示した。本研究では収穫後,食事などによって人体に摂取されるカリウムの量を減少させることを目的としているため,新鮮重1gあたりのカリウム含有量について比較した。リーフレタス(図4),サンチュ(図5),コマツナ(図6)の各植物において,対照区では新鮮重1gあたりそれぞれ3.93mg,3.71mg,4.23mgであったカリウム含有量が,低カリウム区ではそれぞれ1.03mg,1.54mg,1.32mgと有意に減少し,それぞれ対照区の28%,42%,31%に減少していた。
【0026】
表2に収穫時におけるマグネシウム,カルシウム,ナトリウム含有量を示した。低カリウム処理に伴い,リーフレタスおよびサンチュのマグネシウム含有量,全植物のナトリウム含有量が有意に増加した。特にナトリウム含有量は顕著な増加を示した。新鮮重1gあたりのナトリウム含有量はリーフレタスの対照区で0.08mgであったものが低カリウム区で1.03mgと13.4倍に,サンチュでは対照区で0.04mgであったものが低カリウム区で0.48mgと12.6倍に,コマツナは対照区で0.14mgであったものが低カリウム区で1.70mgと12.2倍に増加した。
【0027】
【表2】

【0028】
(結果のまとめ)
リーフレタス,サンチュ,コマツナは水耕法を用いて栽培し,栽培期間のうち最初の期間は水耕液中のカリウム含有量を減らさず栽培し,その後収穫までの7から10日間を,カリウムの施肥量を減らすことで,生育を維持しつつ(図1から図3),カリウム含有量が減少した(図4から図6)。低カリウム区における可食部のカリウム含有量は,対照区の30%から40%に減少した。
【0029】
カリウム含有量が大幅に減少したにもかかわらず生育は維持され,このときナトリウムとマグネシウムの含有量に増加が認められたことから(表2),増加したこれらの元素がカリウムの減少を補い,浸透圧調節に働いたのではないかと考えられた。特にナトリウムの増加が顕著であった。
【0030】
カリウム含有量の減少にともないナトリウム含有量が増加していたが,腎臓病透析患者はナトリウムイオンを充分排泄できないために,ナトリウムイオンの増加は高血圧や浮腫の原因となり,腎臓病透析患者にとって好ましいものではない。そこで,本研究で明らかにしたカリウム含有量の減少による利益と,それに伴うナトリウムイオンの増加による弊害とどちらが大きいかについて検討する必要がある。腎臓病透析患者は1日のカリウム摂取量を1500〜2000mgに制限されている。一方,1日の食塩摂取量は5000〜8000mgに制限されており,これをナトリウム量に換算すると約2000〜3200mgになる。したがって,1日のカリウム摂取制限量とナトリウム摂取制限量を比較すると,ナトリウム摂取量の方が1.3倍から1.6倍多い。また,本発明では,対照区と比較して低カリウム区においてカリウム含有量は新鮮重1gあたりリーフレタスで2.90mg(図4)サンチュで2.17mg(図5),コマツナで2.69mg(図6)減少していた。この時,ナトリウム含有量は,新鮮重1gあたりリーフレタスで0.95mg,サンチュで0.44mg,コマツナで1.66mg増加していた(表2)。したがって,各植物ともカリウムの減少量のほうが大きく,効率的にカリウム制限ができると考えられる。さらにカリウム摂取量は,摂取する食品によってのみ決定されるので,カリウム制限のためには含有量の少ない食品を摂取するという方法しかないが,ナトリウム摂取制限ではナトリウム含有量の少ない食品を摂取するという方法よりも,塩分(NaCl)制限という有効的な手段がある。これらのことを考慮に入れると,ナトリウムイオンの増加による弊害よりもカリウム含有量の減少による利益のほうが大きく,本発明で得られた知見は腎臓病透析患者の食生活の改善に有益であると考えられる。
なお、以上リーフレタス,サンチュ,コマツナの実施例を挙げたが,この実施例は他の葉菜にも当てはめることができる。
【産業上の利用可能性】
【0031】
植物工場などの大規模なレベルで安定的に恒常的に生産することで,腎臓病透析患者に向けた葉菜類の生産が可能になり,食品関連企業との事業の創設が可能になると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カリウム欠乏障害を起こすことなく,可食部の生長を維持しつつ,収穫時カリウム含有量を,従来の栽培方法で栽培したものの30%から40%に抑えた葉菜の栽培方法。
【請求項2】
カリウム欠乏障害を起こすことなく,可食部の生長を維持しつつ,収穫時カリウム含有量を,従来の栽培方法で栽培したものの30%から40%に抑えたリーフレタス,サンチュ,コマツナの栽培方法。
【請求項3】
水耕栽培法を用いてリーフレタス,サンチュ,コマツナを栽培する。栽培期間のうち,最初の期間は水耕液中のカリウム含有量を減らさずカリウム(KNO3)を加えて栽培し,その後収穫までの7から10日間を,水耕液中のカリウム要素であるKNO3の代わりに同濃度のNaNO3を加えた水耕液に交換する。栽培期間を通して水耕液のpHを,NaOHを用いて6.0-6.5に調節することにより,請求項2記載のリーフレタス,サンチュ,コマツナを栽培する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−36226(P2011−36226A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−189373(P2009−189373)
【出願日】平成21年8月18日(2009.8.18)
【出願人】(306024148)公立大学法人秋田県立大学 (74)
【Fターム(参考)】