説明

低中重合度ε−ポリ−L−リジンを生産する菌株及びそれを用いた低中重合度ε−ポリ−L−リジンの製造方法

【課題】食品添加物として使用する際に苦みが少ない重合度10〜33のε−ポリ−L−リジンを高い分率で含有する低中重合度ε−ポリ−L−リジンを著量に生産する新規な菌株、及び該菌株を用いた発酵法による低中重合度ε−ポリ−L−リジンの製造方法を提供する。
【解決手段】ストレプトマイセス・セルロフラヴス(Streptomyces celluloflavus)USE−31株(FERM P−19960)またはその変異株である菌株、及びこれらの菌株を用いた重合度10〜33のε−ポリ−L−リジンを高い分率で含有する低中重合度ε−ポリ−L−リジンの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、低中重合度ε−ポリ−L−リジンを生産する菌株及びそれを用いた低中重合度ε−ポリ−L−リジンを著量に生産しうる製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ε−ポリ−L−リジンは、L−リジンのε位のアミノ基が、隣り合うL−リジンのカルボン酸基とアミド結合で結合したイソペプチドである。ε−ポリ−L−リジンは、必須アミノ酸であるL−リジンのポリマーであるため、安全性が高く、また、カチオン含量が高いので特異な物性を有する。したがってトイレタリー用品、化粧品、飼料添加物、医薬、農薬、食品添加物、電子材料等の用途が期待できる。特に、食品添加物の分野では、天然物系の添加物として注目されている。
【0003】
ε−ポリ−L−リジンの製造方法としては、ε−ポリ−L−リジンを生産する菌株を培地にて培養し、得られた培養物からε−ポリ−L−リジンを採取する方法が知られている。このような方法に使用される菌株としては、ストレプトマイセス・アルブラス・サブスピーシズ・リジノポリメラス(Streptomyces albulus subsp. Lysinopolymerus)No.346−D株(微工研菌寄第3834号)(以下、No.346−D株という。)(例えば特許文献1参照)、No.346−D株のS−アミノエチル−L−システイン耐性変異株である11011A−1株(微工研条寄第1109号)(例えば、特許文献2参照)、No.346−D株のプラスミド増幅変異株である50833株(微工研条寄第1110号)(例えば、特許文献3及び4参照)、高濃度のS−アミノエチル−L−システインに対して耐性を有する、11011A−1株の変異株であるB21021株(FERM BP−5926)(例えば、特許文献5参照)、ストレプトマイセス・ノールセイ(Streptomyces noursei)に属する菌株(FERM P−9797)(例えば、特許文献6参照)、ストレプトマイセス・スピーシズ(Streptomyces sp.)SP−72株(FERM P−16810)(以下SP−72株という。)(例えば、特許文献7参照)、ストレプトマイセス・スピーシズ(Streptomyces sp.)SP−66株(FERM P−17223)(例えば、特許文献7参照)、ストレプトマイセス・ヘルバリカラー(Streptomyces herbaricolor)SP−13株(FERM P−17845)(例えば、特許文献9参照)、ストレプトマイセス・アルブルス・サブスピーシズ(Streptomyces albulus subsp.)SP−25株(FERM P−17988)(例えば、特許文献10参照)、ストレプトマイセス・ラベンデュラエ(Streptomyces lavendulae)USE−53株(FERM P−18305)(例えば、特許文献11参照)、ストレプトマイセス・スピーシズ(Streptomyces sp.)USE−54株(FERM P−18561)(例えば、特許文献12参照)、ストレプトマイセス・スピーシズ(Streptomyces sp.)USE−13株(FERM P−18562)(例えば、特許文献13参照)が知られている。
【0004】
しかしながら前述の菌株を用いて生産したε−ポリ−L−リジンを食品添加物として使用する際、使用量に応じて苦みが増す傾向があった。そこで苦みを低減できる重合度8、9から20余程度のε−ポリ−L−リジンが好まれ、そうしたε−ポリ−L−リジンを生産する菌株及びそれを用いた製造法が知られている。(例えば、特許文献8、9及び特許文献12参照)また、重合度10〜10余のε−ポリ−L−リジンを高い分率で含有する低中重合度のε−ポリ−L−リジンを生産する菌株及びそれを用いた低中重合度ε−ポリ−L−リジンの製造方法も報告されている(例えば、特許文献10参照)。しかし、これらの菌株のε−ポリ−L−リジン生産量は、同一の培養条件で比較した場合、重合度13〜35程度(数平均分子量約3500)のε−ポリ−L−リジンを生産するSP−72株(例えば、特許文献7参照)やUSE−13株(例えば、特許文献13参照)の生産量よりも相当低い。そこで、重合度13〜35程度のε−ポリ−L−リジンの生産菌と同程度の著量の低中重合度ε−ポリ−L−リジンを生産する菌株及びε−ポリ−L−リジンの製造方法が望まれている。
【0005】
【特許文献1】特公昭59−20359号公報
【特許文献2】特公平3−42070号公報
【特許文献3】特公平3−42075号公報
【特許文献4】特公平6−75501号公報
【特許文献5】特開平9−173057号公報
【特許文献6】特開平1−187090号公報
【特許文献7】特開2000−069988号公報
【特許文献8】特開2001−017159号公報
【特許文献9】特開2002−95466号公報
【特許文献10】特開2002−95467号公報
【特許文献11】特開2003−52358号公報
【特許文献12】特開2005−6561号公報
【特許文献13】特開2005−6562号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、例えば、食品添加物として使用する際に苦みが少ない重合度10〜33のε−ポリ−L−リジンを高い分率で含有する低中重合度ε−ポリ−L−リジンを著量に生産する新規な菌株、及び該菌株を用いた発酵法による低中重合度ε−ポリ−L−リジンの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は前述の従来技術の問題点に鑑み、鋭意研究を重ねた。その結果、ストレプトマイセス・セルロフラヴス(Streptomyces celluloflavus)USE−31株(FERM P−19960)及びその変異株であれば、重合度10〜33のε−ポリ−L−リジンを高い分率で含有する低中重合度ε−ポリ−L−リジンを生産することを見出し、この知見に基づいて本発明を完成させた。
【0008】
本発明は下記の(1)〜(4)の構成を有する。
(1)低中重合度ε−ポリ−L−リジンを生産する性質を有するストレプトマイセス・セルロフラヴス(Streptomyces celluloflavus)USE−31株(FERM P−19960)。
【0009】
(2)低中重合度ε−ポリ−L−リジンを生産する性質を有するストレプトマイセス・セルロフラヴス(Streptomyces celluloflavus)USE−31株(FERM P−19960)の変異株。
【0010】
(3)低中重合度ε−ポリ−L−リジンが、重合度10〜33のε−ポリ−L−リジンを90%以上の高い分率で含有することを特徴とする前記(1)または(2)項記載の菌株。
【0011】
(4)前記(1)〜(3)項のいずれか1項記載の菌株を液体培地中で培養し、培養液中に生成蓄積した低中重合度ε−ポリ−L−リジンを採取することを特徴とする低中重合度ε−ポリ−L−リジンの製造方法。
【0012】
(5)低中重合度ε−ポリ−L−リジンが、重合度10〜33のε−ポリ−L−リジンを90%以上の高い分率で含有することを特徴とする前記(4)項記載の低中重合度ε−ポリ−L−リジンの製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の菌株を用いれば、重合度10〜33、特に重合度15〜30のε−ポリ−L−リジンを高い分率で含有する低中重合度ε−ポリ−L−リジンを著量に生産することができる。該菌株を用いた本発明の製造方法であれば、著量の低中重合度ε−ポリ−L−リジンを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
<1>本発明の菌株
本発明の菌株は、ストレプトマイセス・セルロフラヴス(Streptomyces celluloflavus)USE−31株(FERM P−19960)またはその変異株であり、重合度10〜33のε−ポリ−L−リジン、特に重合度15〜30のε−ポリ−L−リジンを高い分率で含有する低中重合度ε−ポリ−L−リジンを著量に生産する性質を有する。低中重合度ε−ポリ−L−リジンを生産するとは、採取可能な量の低中重合度ε−ポリ−L−リジンを生産することを意味し、著量に生産するとは、ここでは少なくとも1g/l以上のε−ポリ−L−リジンを培養液中に生成することを意味する。
【0015】
本発明でいう低中重合度ε−ポリ−L−リジン(以下、「低中重合度ポリリジン」ともいう)とは、No.346−D株やSP−72株を生産培地(2.0%(w/v)グリセロール、2.0%(w/v)クエン酸・HO(pH4.5)、1.0%(w/v)(NHSO、0.2%(w/v)L−リジン・HCl)を用い、30℃で培養してえられたε−ポリ−L−リジンの重合度(13〜35程度)よりやや低く、重合度10〜33のε−ポリ−L−リジンを高い分率で含有する。
本発明の低中重合度ポリリジンは、重合度10〜33のε−ポリ−L−リジンを90%以上の分率で含有することが好ましく、更に重合度15〜30のε−ポリ−L−リジンを70%以上の高い分率で含有することが好ましい。ここで、該分率は高性能液体クロマトグラフィー(HPLC)のチャートから求めた面積%である。
また、本発明の低中重合度ポリリジンは、数平均分子量が3000から3500(高性能液体クロマトグラフィー(HPLC)のチャートから算出)であることが好ましい。上記の分率や数平均分子量が上記の範囲であれば、該ポリリジンを食品添加物として使用する際に苦みが少ない。
【0016】
ε−ポリ−L−リジンを食品添加物として食品に添加した際の苦みの低減については、通常ε−ポリ−L−リジンの生産菌として用いられるNo.346−D株が生産するε−ポリ−L−リジン(重合度13〜35)よりも低い重合度のε−ポリ−L−リジンを著量に含めば、苦み低減の効果が認められる。
【0017】
本発明の菌株は培養条件の操作により、重合度10〜33、更に重合度15〜30のε−ポリ−L−リジンを高い分率で含有する低中重合度ポリリジンを著量に生産することができる。その結果、本菌株が生産する低中重合度ポリリジンはNo.346−D株やSP−72株が生産するε−ポリ−L−リジンよりも平均重合度がやや低い。
培養液中の低中重合度ポリリジンは、後記実施例1(1)(c)に記載した方法により測定することができる。
【0018】
本発明菌株のうち、低中重合度ポリリジンを生産するストレプトマイセス・セルロフラヴスUSE−31株(Streptomyces celluloflavus)(以下、USE−31株という)は、後記実施例1に示すスクリーニングによって低中重合度ポリリジンの生産性を指標として土壌から単離されたものである。
【0019】
国際ストレプトマイセス プロジェクト(ISP)基準に基づいて調査したUSE−31株の菌学的性質は以下の通りである。尚、%は特に断りのない限り%(w/v)である。
(1)形態学的性質
酵母エキス・麦芽エキス寒天培地(ISP Medium 2)上で28℃、1〜2週間生育したUSE−31株の気菌糸及び基生菌糸を顕微鏡で観察した結果を次に示す。
胞子形成菌糸の分枝法及び形態:らせん(渦巻き)状。
【0020】
(2)各種培地における気菌糸、基生菌糸の色と溶解生色素の生産
下記表1に示す3種の培地における28℃で2週間培養後の観察結果である。また、これらの培地において淡黄色の溶解性色素の産出が見られた。
【0021】
【表1】

【0022】
イースト・麦芽寒天(ISP 2)
1.0% バクト・麦芽エキス(Bacto Malt Extract)
0.4% バクト・酵母エキス(Bacto Yeast Extract)
0.4% グルコース(Glucose)
2.0% バクト・アガー(Bacto Agar)
pH 7.0
【0023】
オートミール寒天(ISP 3)
2.4% バクト・オートミールアガー、脱水品
(Bacto Oatmeal Agar,Dehydrated)
0.0001% FeSO・7H
0.0001% MnCl・4H
1.4% バクト・アガー(Bacto Agar Difco社製)
pH 6.0±0.2
【0024】
スターチ・無機塩寒天(ISP 4)
1.0% バクト・可溶性澱粉(Bacto Soluble Starch)
0.2% CaCO
0.2% (NHSO
0.1% KHPO
0.1% MgSO・7H
0.1% NaCl
0.0001% FeSO・7H
0.0001% MnCl・4H
0.0001% ZnSO・7H
2.0% バクト・アガー(Bacto Agar)
pH 7.0
【0025】
(3)生理的性質
i)細胞壁組成:細胞壁組成成分中のジアミノピメリン酸の型についてスタネック(Staneck)らの方法(アプライド・マイクロバイオロジー(Applied Microbiology)第28巻第226頁(1974年)参照)により分析した結果、L,L型であった。
【0026】
ii)9種炭素源の同化性をキュスター(Kuester)の方法(インターナショナル・ジャーナル・オブ・システマチック・バクテリオロジー(Int.J.Syst.Bacteriol.)第22巻 第139頁(1972)参照)により調べた結果を表2に示した。
【0027】
【表2】

注)+:同化する、−:同化しない。
【0028】
iii)メラニン様色素の生成(ペプトン・イースト鉄寒天(ISP Medium 6):なし、チロシン寒天培地(ISP Medium 7):なし。)
【0029】
ペプトン・イースト鉄寒天(ISP Medium 6)
1.5% バクト・ペプトン(Bacto Peptone)
0.5% バクト・プロテオーゼ・ペプトン
(Bacto Proteose Peptone)
0.1% KHPO
0.1% バクト・酵母エキス(Bacto Yeast Extract)
0.05% クエン酸アンモニウム鉄(III)−褐色
(Ammonium Iron(III)Citrate,Brown)
0.0126% Na・5H
1.5% バクト・アガー(Bacto Agar)
pH 7.2
【0030】
チロシン寒天 (ISP Medium 7)
1.5% グリセロール(Glycerol)
0.05% L−チロシン(L-Tyrosine)
0.114% L−アスパラギン・HO(L-asparagine・HO)
0.05% KHPO
0.05% MgSO・H
0.05% NaCl
0.001136% FeSO・7H
0.000285% HBO
0.00018% MnCl・4H
0.00021% (+)−酒石酸ナトリウム2水和物
(Sodium(+)-tartrate・2HO)
0.000004% CoCl・6H
0.0000027% CuCl・2H
0.0000025% NaMo・2H
0.000002% ZnCl
2.0% バクト・アガー(Bacto Agar Difco社製)
pH 7.2
【0031】
上記の菌学的性質、特に形態学的性質及び細胞壁のジアミノピメリン酸の型等から、USE−31株はストレプトマイセス属に属すると判定される。E.キュスター(E.Kuester)のインターナショナル・ジャーナル・オブ・システマティック・バクテリオロジー(Intern. J. Syst. Bacteriol.)第22巻第139頁−148頁(1972年)及びP.ケムファー(P.K舂pher)らのジャーナル・オブ・ゼネラル・マイクロバイオロジー(J.Gen.Microbiol.)第137巻第1831頁−第1891頁(1991年)を参照して類縁菌種を検索し、更にバージェイズ・マニュアル・オブ・システマティック・バクテリオロジー(Bergey's Manual of Systematic Bacteriology)第2452頁−第2492頁並びにE.B.シーリング(E. B. Shirling)及びD.ゴットリーブ(D. Gottlieb)のインターナショナル・ジャーナル・オブ・システマティック・バクテリオロジー(Intern. J. Syst. Bacteriol.)第22巻第271頁−第273頁(1972年)を参照して類縁菌種を検索したところ、本発明菌株は、ストレプトマイセス・セルロフラヴス(Streptomyces celluloflavus)あるいはストレプトマイセス・カスガエンシス(Streptomyces kasugaensis)に属すると同定されたが、そのどちらであるのかは菌学的性質からだけでは決定が困難であった。
【0032】
そこで本発明菌株の16S rRNAの部分遺伝子配列を分析した。すなわち、本発明菌株の16S rRNAをPCRで増幅し、初めから500番目までの塩基配列を決定した。次いでドイツの菌株保存・分譲機関DSMZ(Deutsche Sammlung von Mikroorganismen und Zellkulturen GmbH)のストレプトマイセス・セルロフラヴス(Streptomyces celluloflavus)のタイプカルチャーであるDSM 40839 及び同ストレプトマイセス・カスガエンシス(Streptomyces kasugaensis)のタイプカルチャーであるDSM 40819の16S rRNAの500塩基までの部分遺伝子配列と比較した。
【0033】
その結果、ストレプトマイセス・セルロフラヴス(Streptomyces celluloflavus)のタイプカルチャーとは100%の相同性を示し、同ストレプトマイセス・カスガエンシス(Streptomyces kasugaensis)のタイプカルチャーとも100%の相同性を示した。ストレプトマイセス属の場合は他の多くの細菌の場合と異なり、この方法で種のレベルまで同定することは不可能であることが知られている。本発明菌株の場合もそうであると思われる。
【0034】
そこで次に、本発明菌株のリボソームのRNAをコードしている遺伝子の制限酵素による切断パターン(リボプリント)を比較検討した。その結果、本発明菌株はストレプトマイセス・セルロフラヴス(Streptomyces celluloflavus)と0.71という高い相関性を有していた。同ストレプトマイセス・ヘルバリカラー(Streptomyces herbaricolor)との相関性は0.49という低い値であった。以上全ての結果を総合して、本発明菌株はストレプトマイセス・セルロフラヴス(Streptomyces celluloflavus)と同定し、ストレプトマイセス・セルロフラヴス(Streptomyces celluloflavus)USE−31株と命名した。ストレプトマイセス・セルロフラヴス(Streptomyces celluloflavus)USE−31株は、独立行政法人 産業技術総合研究所に2004年2月2日に寄託され、受託番号FERMP−19960が付与されている。
【0035】
また、本発明菌株にはUSE−31株と同等以上に低中重合度ポリリジンを生産する性質(好ましくは本発明菌株の上記の好ましい性質)を有する限り、USE−31株の変異株も包含される。USE−31株の変異株とは、USE−31株に変異処理をして誘導することのできる低中重合度ポリリジン生産性変異株またはUSE−31株の自然突然変異株を意味する。
【0036】
USE−31株の変異株は、USE−31株の細胞を変異誘発処理することによって得られる変異株やUSE−31株の自然突然変異株を、ε−ポリ−L−リジン(以下「ポリリジン」ということがある。)を生産する性質等を指標としてスクリーニングすることによって得られる。変異誘発処理としては、紫外線照射やN−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン等の変異誘発物質による処理が挙げられる。ポリリジンを生産する性質等を指標とするスクリーニングは、例えば、後記実施例1に記載された方法によって行うことができる。
【0037】
<2>本発明の製造方法
本発明製造方法は、本発明菌株を液体培地中で培養し、培養液中に生成蓄積した低中重合度ポリリジンを採取することを特徴とする。本発明菌株は、好ましくは、USE−31株である。
【0038】
液体培地は、炭素源、窒素源、無機塩及びその他の栄養物が含まれていれば、いかなるものでもよい。炭素源としては、グルコース、フラクトース、グリセロール、スターチ等が挙げられ、その含有量は0.1〜10%(w/v)が好ましい。窒素源としては、酵母エキス、ペプトン、カゼイン加水分解物、アミノ酸等の有機化合物や、硫酸アンモニウム等の無機アンモニウム塩等が挙げられ、その含有量は0.1〜5%(w/v)が好ましい。液体培地は、好ましくは炭素源としてブドウ糖またはグリセロールを含み、窒素源として硫酸アンモニウムまたは酵母エキスもしくはペプトンを含むものである。無機塩としては、リン酸イオン、カリウムイオン、ナトリウムイオン、マグネシウムイオン、亜鉛イオン、鉄イオン、マンガンイオン、ニッケルイオン、硫酸イオン等を与えるものが挙げられる。
【0039】
培養は、好気的条件下で振とう培養、攪拌培養等により行うことができる。培養温度は20〜40℃が好ましい。培地のpHは3〜8が好ましい。培養期間は、通常には、1〜10日であるが、本発明菌株では、それ以上の期間、培養を続けることができる。培養途中で、炭素源、窒素源を逐次添加してもよい。また、L−リジンを液体培地に添加することが好ましく、その量は通常0.1〜2%(w/v)である。また、クエン酸、リンゴ酸を添加することは好ましく、その量は通常0.1〜5%(w/v)である。このような培養により、培養液中に低中重合度ポリリジンが生成蓄積する。
【0040】
培養液中に著量生成蓄積した低中重合度ポリリジンの採取は、培養液から遠心分離やフィルター濾過で菌体を除き、得られる菌体除去液から公知の方法により低中重合度ポリリジンを単離することによって行うことができる。具体的には、例えば、菌体除去液をアニオン交換樹脂のカラムを通して不純物の大部分を除き、更にカチオン交換樹脂のカラムを通して精製し、濃縮する。得られる濃縮液からアセトン、エタノール等の有機溶媒で晶析することにより低中重合度ポリリジンが得られる。
【実施例】
【0041】
以下、実施例にて本発明を具体的に説明する。
実施例1
(低中重合度のポリリジン生産菌の取得)
(1) 低中重合度ポリリジン生産菌のスクリーニング
(a) 土壌からの分離方法
土壌1g(湿重量)を滅菌した生理食塩水(10ml)に懸濁し、30℃で振とう(200rpmで10分間)、静置(30分間)後、上澄液を生理食塩水で希釈し、この希釈液を放線菌分離用培地(培地1)に塗布した。これを28℃で2週間程度培養し、生育した放線菌のコロニーを酵母エキス−麦芽エキス寒天培地(培地2)に植継ぎ、単離、保存した。
【0042】
(b)低中重合度ポリリジンの生産
分離・取得した放線菌について、まず生育培地(培地3)で菌体を十分に生育させた(30℃、42時間)後、遠心分離で無菌的に培地を除き菌体を回収した。次に、回収した菌体を生産培地(培地4)に懸濁し、30℃で振とう培養した。
【0043】
(c)低中重合度ポリリジンの検出・測定
分離・取得株を生産培地(培地4)を用い、30℃で6日間培養後、培養液を遠心分離して菌体を除いた上澄液について、ポリリジンの検出・測定を行った。ポリリジンの検出はイツアキ(Itzhaki)(アナリティカル・バイオケミストリー(Analytical Biochemistry)第50巻第569頁)の方法によった。すなわち、培養上澄液0.5mlと1mM(mmol/l)メチルオレンジ及び50mMNaHPO−NaHPO(pH7.0)の水溶液2mlとを混合し、室温で30分間放置後、生じたポリリジン−メチルオレンジコンプレックスを遠心分離により除き、その上澄水の吸光度(470nm)を測定して、既知濃度のポリリジン溶液を用いて作成した標準曲線より培養液中のポリリジン量を求めた。
【0044】
上記培地1〜4の組成を下記に示す。表中、「%」は、%(w/v)である。
培地1 放線菌分離用培地(Glycerol-Czapek培地)
グリセロール 0.3%
NaNO 0.2%
HPO(pH7.0) 0.1%
KCl 0.05%
MgSO・7HO 0.05%
FeSO・7HO 0.001%
寒天 1.5%
シクロヘキシミド 50μg/ml
ナイスタチン 50μg/ml
【0045】
培地2 酵母エキス−麦芽エキス寒天培地(ISP Mediumu 2)
酵母エキス 0.4%
麦芽エキス 1.0%
グルコース 0.4%
寒天 1.5%
pH 7.2
【0046】
培地3 生育培地
グリセロール 2.0%
酵母エキス 0.5%
MgSO・7HO 0.05%
KHPO−NaHPO(pH6.8) 1/50M
【0047】
培地4 生産培地
グリセロール 3.0%
クエン酸・HO(pH4.5) 1.0%
(NHSO 1.0%
L−リジン・HCl 0.2%
【0048】
上記の検出方法によりポリリジン生産菌を土壌よりスクリーニングした結果、滋賀県神崎郡山地の土壌より、低中重合度ポリリジンを生産するポリリジン生産菌を分離・取得した。
【0049】
(2)取得株の菌学的性質
分離・取得株の形態学的性質、各種培地上における生育状態及び生理的性質を調べたところ、上述のような性質が認められた。
本菌株は、形態学的特徴や細胞壁のジアミノピメリン酸タイプ等からストレプトマイセス属と判定された。次いで、ストレプトマイセス属の種に関する既知の同定法に従い、上記の如く、種々の試験を行い、本発明菌株はストレプトマイセス・セルロフラヴス(Streptomyces celluloflavus)と同定した。本菌株は、ストレプトマイセス・セルロフラヴス(Streptomyces celluloflavus)USE−31株と命名され、独立行政法人 産業技術総合研究所に2004年2月2日に寄託され、受託番号FERM P−19960が付与されている。
【0050】
(3)USE−31株の生産物の確認
USE−31株を生産培地(培地4)を用い、30℃で6日間培養後、培養ろ液をメタノール:アセトン(3:1)の混合液で沈殿させ回収した(40〜67%画分)。次に回収したメタノール:アセトン(3:1)の混合液沈殿画分を陽イオン交換カラム(TSKgel CM−5PW)を用いて精製し、精製物が電気泳動的に均一になることを確認した。次に、この精製物を6M塩酸で加水分解し、加水分解物についてアミノ酸分析を行った。アミノ酸分析の方法は、加水分解物のアミノ基を前もってDABS(dimethylaminoazobenzenesulfonyl-)化し、液体クロマトグラフィー(アミノクロームアミノ酸分析システム)を用いて分析を行った。
【0051】
アミノ酸分析の結果、USE−31株の生産物はリジンを唯一の構成アミノ酸とするポリペプチドすなわちポリリジンであることが確認された。
また、該ポリリジンの重合度を高性能液体クロマトグラフィー(HPLC)のイオン会合クロマトグラフィー法によって逆相カラム(TSKgel ODS−80Ts)を用いて、非水溶媒としてアセトニトリルを用いてグラジエントをかけながら測定した。その結果、該ポリリジンは、重合度が従来の13〜35程度よりやや低く、重合度10〜33のポリリジンを97.8%、重合度15〜30のポリリジンを76.8%の高い分率で含有する低中重合度ポリリジンであった。重合度検定の基準とするために化学合成して得た重合度5及び10のε−ポリ−L−リジンのピーク位置を基準にしてX軸(横軸)を定めた結果を図1に示す。図1より数平均分子量は3000と算出された。
【0052】
更に、該ポリリジンは、ε−ポリ−L−リジンを加水分解するタンパク質分解酵素(Aspergillus oryzae由来のプロテアーゼA;天野製薬)により分解された。一方、α−ポリアミド結合したα−ポリ−L−リジンを加水分解する酵素トリプシンでは加水分解されなかった。
【0053】
該ポリリジンの抗菌活性をペーパーディスク法で調べたところ、グラム陽性細菌であるBacillus brevis(IFO 3331)及びグラム陰性細菌であるEscherichia coli K−12(IFO 3301)に対してStreptomyces albulus No.346−D株やSP−72株由来のポリリジンと同程度の抗菌活性を有していた。
【0054】
実施例2
USE−31株の低中重合度ポリリジン生産性
USE−31株を生育培地(培地3)で坂口フラスコ(100ml培地/500ml容)を用いて30℃で40時間培養した後、遠心分離で菌体を回収した。回収した菌体を生理的食塩水で1回洗浄後、生産培地(培地4)に移し、坂口フラスコ(100ml培地/500ml容)を用いて30℃で培養した。この培養中に採取した培養上澄液の低中重合度ポリリジン濃度を前記の方法により測定した。
7日間の培養では、USE−31株は1.50g/lの生産性を示した。
【0055】
実施例3
ジャーファーメンターでのUSE−31株による低中重合度ポリリジンの生産
USE−31株を5L容のジャーファーメンターで培養し、ポリリジンを生産させた。すなわち、USE−31株を実施例1記載の培地2(ISP Medium 2)で3週間培養後、プレート3枚分を2Lの培地2(ISP Medium 2)を有する5L容ジャーファーメンターで、回転数200rpm、通気量2l/min、30℃において培養した。培地のpHが4に下がった時点でクエン酸を加え、pHを4に保ち、通気量を4.5l/minに上げ、6日間、回転数と温度をそれぞれ、200rpmと30℃に保ちながら培養を続けた。6日後、遠心分離(7000rpm、15min、4℃)により、菌体を除去しメチルオレンジ法でポリマーの生成量を求めた。結果は4.2g/lであった。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明の低中重合度ポリリジンは、苦みが少ないため食品添加物として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】USE−31株が生産する低中重合度ポリリジンのイオン会合クロマトグラムの結果。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
低中重合度ε−ポリ−L−リジンを生産する性質を有するストレプトマイセス・セルロフラヴス(Streptomyces celluloflavus)USE−31株(FERM P−19960)。
【請求項2】
低中重合度ε−ポリ−L−リジンを生産する性質を有するストレプトマイセス・セルロフラヴス(Streptomyces celluloflavus)USE−31株(FERM P−19960)の変異株。
【請求項3】
低中重合度ε−ポリ−L−リジンが、重合度10〜33のε−ポリ−L−リジンを90%以上の高い分率で含有することを特徴とする請求項1または請求項2の菌株。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載の菌株を液体培地中で培養し、培養液中に生成蓄積した低中重合度ε−ポリ−L−リジンを採取することを特徴とする低中重合度ε−ポリ−L−リジンの製造方法。
【請求項5】
低中重合度ε−ポリ−L−リジンが、重合度10〜33のε−ポリ−L−リジンを90%以上の高い分率で含有することを特徴とする請求項4記載の低中重合度ε−ポリ−L−リジンの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−296305(P2006−296305A)
【公開日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−123268(P2005−123268)
【出願日】平成17年4月21日(2005.4.21)
【出願人】(000002071)チッソ株式会社 (658)
【出願人】(598117986)
【Fターム(参考)】