説明

低真空走査電子顕微鏡

【課題】 試料室圧力が高い状態において、5kV以下の低加速電圧で高分解能観察を実現する。
【解決手段】 1試料室を二重構造とし、高真空の外側試料室10b内に低真空を保持するための内側試料室10aを設ける。外側試料室10bと内側試料室10a間には、試料直前で電子を減速するための比較的高い負電圧、例えば−1〜−9kV、を印加し、入射電子線7が対物レンズ9を通過する際に高いエネルギーを保持して収差の小さい細い電子線を形成し、その電子線を試料11の直前で減速させることにより低加速電圧で高い分解能を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料室内部を鏡体部よりも低真空に維持し、絶縁物試料のチャージアップを軽減するとともに前処理を省略して含水試料の迅速観察を行う低真空走査電子顕微鏡に関する。
【背景技術】
【0002】
低真空走査電子顕微鏡において、試料室内部を他の部分より高い圧力(たとえば1〜300Pa程度)に保った状態で観察を行う場合、一般的には反射電子を検出して像形成を行っている。しかし高い圧力に保たれた試料室では、試料室圧力が高くなるにつれて入射電子と試料室内の残留ガス分子の衝突する確率が高くなるため、入射電子の平均自由行程が短かくなり散乱を生じる。そのため、低真空走査電子顕微鏡による観察において、像のS/N劣化や分解能低下を引き起こす問題がある。
【0003】
また、最近では試料表面で発生した二次電子を上部に配置した正バイアス電極により加速させ、試料室中に残存するガス分子に衝突させて発生したイオンを試料台を介して吸収電流として検出し、二次電子像を得る方式が普及している。しかし、特に低い加速電圧において高い分解能およびS/Nを得ることが困難なため、試料の表面構造を忠実に捉えることは依然として困難である。
【0004】
【特許文献1】特開平5−325859号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
現状の低真空二次電子検出法では、加速電圧5kV以下の観察において、試料室内のガス分子との衝突による散乱のため信号量が極端に少なくなり、像を形成することが困難となる。特に生物体など有機物で構成されている試料は、発生する二次電子信号が少なく、加速電圧7kV以下での像形成は殆ど困難である。そのため、前処理を省略して本来の構造を捉えようとしても、現状の加速電圧では試料最表面の情報を捉えることが出来ない。また、低真空低加速電圧での分解能の向上も課題となる。
【0006】
図1は、ショットキーエミッション電子銃を搭載した高分解能低真空SEMを用いて、従来行なわれている前処理(固定・脱水・乾燥・Os蒸着)を行った黄色ブドウ球菌を、像の比較のために高真空二次電子像(加速電圧7kVおよび2kV)と低真空二次電子像(加速電圧7kV)で観察した例である。加速電圧2kVの高真空二次電子像では試料表面の微細な凹凸構造を確認することが可能である。現状の低真空二次電子像では高倍率観察ではS/Nおよび分解能ともに加速電圧7kVが限界であり、試料表面の微細な凹凸構造を確認することは不可能である。
【0007】
また、図2にコリネ型細菌の観察例を示す。高真空観察用試料は従来行なわれている前処理(固定・脱水・乾燥・Pt蒸着)を行なった後、観察を行い、低真空観察用試料は固定後、洗浄を行いそのまま観察した。高真空2kVの像では試料表面に帯状構造体が明瞭に確認できるが高真空10kVと低真空10kVでは確認することは困難である。
【0008】
本発明の目的は、試料室圧力が高い状態においても5kV以下の低加速電圧で高分解能観察を実現できる低真空走査電子顕微鏡を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明は、試料室圧力を1Pa以上に保持して試料に電子線を照射し、発生するイオンを検出して像を表示する低真空走査電子顕微鏡において、試料室を二重構造とし、高真空試料室(第1の試料室とする)内に低真空を保持するための第2の試料室を設ける。
【0010】
第2の試料室と試料間に正電圧(たとえば0〜300V)を印加することにより試料表面で発生した二次電子を加速し、試料室中に残存するガス分子に衝突させカスケード的にイオン化現象が生じさせ、その際に生じた生じた+イオンを吸収電流として検出することにより像を形成する。第1の試料室と第2の試料室間には、試料直前で電子を減速するための比較的高い負電圧、例えば−0.5〜−9kVを印加する。入射電子線が対物レンズを通過する際には高いエネルギーを保持してレンズ収差の小さい条件で細い電子線を形成し、試料直前で減速させることにより低加速電圧で高い分解能が得られるようにする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、試料室圧力が高い状態においても5kV以下の低加速電圧で高分解能観察を実現するための減速電界観察可能な可変圧力型走査電子顕微鏡を提供できる。これによって、一般的な走査電子顕微鏡観察に必要な前処理を一切省略し、あらゆる試料表面の迅速で簡便な高分解能観察が実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
図3は、本発明にもとづく低真空走査電子顕微鏡の一実施例を示す模式図である。この走査電子顕微鏡は試料室1、その上段の鏡体部2ならびに試料室1および鏡体部2の内部をそれぞれ排気する排気系3を含み、鏡体部2はさらに電子銃部4およびレンズ系(電子光学系)部5を含む。試料室1は、それぞれ独立して排気可能な内側試料室10aと外側試料室10bの二重構造を有する。
【0013】
電子銃部4には、熱電子銃やショットキーエミッション形電子銃などの電子銃6が設けられている。電子銃6から放出され加速された電子線7は、レンズ系部5のコンデンサレンズ8および対物レンズ9によって細く収束され、内側試料室10a内に配置された試料11に照射される。電子線7は、レンズ系部5に設けられた図示しない偏向用の走査コイルによって二次元的に偏向され、それによって収束された電子線7は試料11の表面を二次元的に走査する。試料11が電子線7で走査されると、その表面からは二次電子や反射電子等が発生する。
【0014】
導電性のある試料は試料室圧力が低い状態(高真空)、例えば、10-4Pa程度で観察を行い、導電性の無い試料を無蒸着で観察する場合は試料室圧力が高い状態(低真空)、例えば、1〜300Pa程度で観察を行う。内側試料室10a内は1〜300Pa程度の圧力に、鏡体部2内は10-4Pa程度の高真空にそれぞれ維持するため、内側試料室10a上部にオリフィス12と呼ばれる直径が数百μmの絞りが設けられており、排気系3によって差動排気される。電子線7は、オリフィス12を通って内側試料室10a内に位置する試料11に照射される。なお、外側試料室10b内は排気系3によって10-4Pa程度の高真空に排気されている。
【0015】
排気系3は、内側の試料室10a内及び鏡体部2内を同じ10-4Pa程度の高真空に排気する場合は、次のように動作する。まず、バルブ13及び14を開き、予備排気用ロータリポンプ15により排気路16及び17〜22を介して鏡体部2並びに内側試料室10a及び外側試料室10bの内部を予備排気(粗引き排気)する。またそのとき、バルブ23を開いて、高真空用油拡散ポンプ又はターボ分子ポンプ24などの排気路25は排気用ロータリポンプ26により排気している。
【0016】
次いで、鏡体部2の電子銃部4及びレンズ系部5並びに内側試料室10a、外側試料室10bの内部が所定の圧力(約10Pa)になったら、バルブ13を閉じ、バルブ27を開いて、油拡散ポンプ又はターボ分子ポンプ24により排気路18〜22を介して鏡体部2並びに試料室10a、10bの内部を10-4Paの真空に排気する。
【0017】
一方、この状態で鏡体部2の電子銃部4及びレンズ系部5の内部並びに外側試料室10bを10-4Paの高真空に維持し、内側試料室10a内を1〜300Pa程度の低真空に排気し、維持するためには、排気系3は次のように動作する。まず、バルブ14を閉じ、バルブ28を開いて、ロータリーポンプ15により内側試料室10a内を排気路17及び29を介して排気する。次いでバルブ30を開いて、低真空用コントロ−ルバルブ31により内側試料室10a内の真空を1〜300Pa程度の任意に設定された圧力に調整する。内側試料室10a内の圧力は真空計32で計測され、リアルタイム圧力フィードバックコントローラ33で設定値との差が自動的に調整される。これによって、内側試料室10a内は1〜300Paの任意の圧力に排気され、維持されると共に、鏡体部2の電子銃部4及びレンズ系部5の内部、外側試料室10bは10-4Paの真空に排気され、オリフィス12によって真空は維持される。
【0018】
試料室圧力が低い状態(高真空)、例えば、10-4Pa程度で観察を行う場合、試料11から発生した二次電子や反射電子は、図示していないが、二次電子検出器や反射電子検出器で検出され、増幅器により増幅された後、輝度変調信号として表示装置に導入される。その表示装置の表示面は試料11の二次元的走査と同期して走査されるため、表示装置の表示面には試料11から発生した二次電子や反射電子のもたらす像が表示される。
【0019】
試料室圧力が高い状態(低真空)、例えば、1〜300Pa程度では、電子線7は試料11に照射される前に試料室に残存するガス分子と衝突し、そのガス分子をイオン化する。試料11に照射された電子線7は、試料11の表面に帯電する現象を生じるが、電子線7の衝突によりイオン化したガス分子が試料11の表面に帯電した電子を中和することにより、試料11表面の帯電現象を低減できる。
【0020】
試料室圧力が高い状態で観察する場合、一般的には、図示していないが、試料11から発生した反射電子を上部に配置した反射電子検出器により取得し、反射電子検出器の信号を増幅器により増幅した後、輝度変調信号として表示装置に導入する。一方、試料11表面から発生した二次電子は、保有エネルギーが小さいため、残存するガス分子に阻害され、二次電子検出器まで到達できず二次電子情報を得ることができない。
【0021】
図4は、本発明による走査電子顕微鏡の試料室付近の構造例を示す拡大断面である。二次電子情報を取得するため、内側試料室10aの壁面にバイアス電源34によって正電圧、例えば0〜400Vを印加することにより試料11の表面から発生した二次電子を加速し、試料室中に残存するガス分子に衝突させることによりイオンを発生させる。発生したイオンは、試料11と内側試料室10aの壁面間に形成された電界により試料側へ移動し、導電性の試料台35又は導電性の試料ステージ36より試料吸収電流として検出され、前置増幅器(電流−電圧変換器)37により信号電圧に変換される。前置増幅器によって電圧に変換された二次電子信号は、次に電圧−周波数変換器38により周波数信号に変換された後、フォトカップラー39によって光信号に変換されて送受信され、高電圧を遮断した状態で二次電子信号のみが輝度変調信号として表示装置40に導入される。
【0022】
一般に低加速電圧における高分解能観察手法として、高加速電子線に対して試料直前で減速するためのリターディング電圧を試料に印加する方法がある。この手法を用いると、対物レンズの色収差を最小限に抑えられるので分解能が改善される。しかし、試料室圧力が高い状態(低真空)で高電圧をかけると放電現象が発生し、リターディング法を用いた観察は不可能である。
【0023】
そこで、本発明では試料室1を二重構造とし、内側試料室10aを例えば1〜300Pa程度の試料室圧力に設定可能な試料室とし、内側試料室10aを包囲する外側試料室10bは常に10-4Pa程度の高真空に保持する構造を採用した。試料ステージ制御部42から伸びて試料ステージ36を駆動する試料ステージ駆動体52は、途中に絶縁体ジョイント43を設け、さらに絶縁物44,45によって内側の試料室10aと外側の試料室10bとも絶縁している。内側の試料室10a上部には耐電圧の高い(例えば数10kV以上)絶縁体46を設け、対物レンズ9と密着させる。低真空の内側の試料室10aは、直径数百μmのオリフィス12を介して高真空の外側の試料室10bと連通している。内側試料室10aと排気パイプ18は、絶縁体パイプ50によって電気的に絶縁される。
【0024】
図6は、内側試料室10aと排気パイプ18の電気絶縁に係る詳細図である。内側試料室10aは、絶縁体パイプ50及びフレキシブル真空パイプ51を介して排気パイプ18と接続され、外側試料室10bに対する電気絶縁を確保した状態で排気パイプ18によって低真空雰囲気に排気される。
【0025】
このような構造の採用により、内側試料室10a並びに試料台35に電源41からリターディング電圧、例えば−0.5〜−9kV、を印加しても放電が起こらず、試料室圧力が高い状態(低真空)でも観察が可能となる。その結果、加速電圧10kV、リターディング電圧を−9kVとした時、加速電圧1kVの観察が可能となるが、1kVで対物レンズを通過したときよりもレンズ収差を大幅に小さくでき、高い分解能が期待できる。
【0026】
さらに内側試料室10aの上部に設けた絶縁物46の厚さを薄く(例えば1mm)してワーキングディスタンスを短くすることにより、電子線7や、試料11から発生する反射電子や二次電子が残留ガス分子と衝突するときに生じる散乱を減少させることができるため、S/Nおよび分解能の向上が期待できる。
【0027】
図5は、本発明による走査電子顕微鏡の試料ステージ装着時の様子を示す断面図である。二枚のフランジ47,48を連動させて圧力の異なる試料室に試料を挿入する手段を設けることにより、従来同様、簡単に試料交換をすることが可能である。外側試料室用のフランジ48に固定された試料ステージ制御部42から伸びる試料ステージ駆動体52は、先端に試料ステージ36が固定され、外側試料室用のフランジ48と試料ステージ36の間に内側試料室用のフランジ47が取り付けられている。試料台35上に試料11を保持した試料ステージ36、内側試料室用のフランジ47及び外側試料室用のフランジ48は、試料ステージ制御部42と共に一体として試料室1に着脱可能になっている。フランジ47,48が試料室と接する面にはそれぞれ真空シール用のOリング配設されている。フランジ47とフランジ48を内側試料室10aの試料挿入用開口部と外側試料室10bの試料挿入用開口部にそれぞれ押し付けた状態で試料室10a,10b内を真空排気することで、外側試料室10b及び内側試料室10aをそれぞれフランジ47,48によって封止することができる。
【0028】
本発明によれば、試料室を二重構造とし、内側の試料室を圧力が高い状態(低真空)に設定可能な試料室、その内側の試料室を包囲する外側の試料室を高真空にすることにより、試料室圧力が高い状態においても減速電界観察が可能となり、5kV以下の低加速電圧でも像を形成し、無蒸着で試料表面の微細な構造を高分解能で観察することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】蒸着の有無による高真空/低真空二次電子像の比較図(黄色ブドウ球菌の観察例)。
【図2】蒸着の有無による高真空/低真空二次電子像の比較図(コリネ型細菌の観察例)。
【図3】本発明による走査電子顕微鏡の全体構成例を示す概念図。
【図4】試料室付近の拡大断面図。
【図5】試料ステージ装着時の試料室内断面図。
【図6】低真空排気パイプの詳細図。
【符号の説明】
【0030】
1:試料室、2:鏡体部、3:排気系、4:電子銃部、5:レンズ系部、6:電子銃、7:電子線、8:コンデンサレンズ、9:対物レンズ、10a:内側試料室、10b:外側試料室、11:試料、12:オリフィス、13,14,23,27,28,30:バルブ、15:予備排気用ロータリポンプ、16〜22,25,29:排気路、24:高真空用油拡散ポンプ又はターボ分子ポンプ、26:油拡散ポンプ排気用ロータリポンプ、31:低真空用コントロールバルブ、32:真空計、33:リアルタイム圧力フィードバックコントローラ、34:バイアス電源、35:試料台、36:試料ステージ、37:前置増幅器(電流−電圧変換器)、38:電圧−周波数変換器、39:フォトカップラー、40:表示装置、41:リターディング電圧、42:試料ステージ制御部、43,44,45,46:絶縁物、47,48:フランジ、50:絶縁パイプ、51:フレキシブル真空パイプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子線源と、試料室と、前記電子線源から放出された電子線を前記試料室に収容された試料上に細く絞って走査する電子光学系とを含む走査電子顕微鏡において、
前記試料室は外側試料室と前記外側試料室内に当該外側試料室から電気的に絶縁して配置された内側試料室とを備え、
前記外側試料室と内側試料室は各々独立した排気系を有し、
前記内側試料室は前記電子線を通過させるオリフィスを介して前記外側試料室と連通していることを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項2】
請求項1記載の走査電子顕微鏡において、前記内側試料室を低真空に維持し、前記外側試料室を高真空に維持することを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項3】
請求項1又は2記載の走査電子顕微鏡において、前記内側試料室は前記電子光学系の対物レンズに絶縁物を介して固定されていることを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項4】
請求項1〜3記載の走査電子顕微鏡において、前記外側試料室及び内側試料室はそれぞれ試料挿入用の開口部を有し、前記外側試料室の試料挿入用開口部を封止するフランジと前記内側試料室の試料挿入用開口部を封止するフランジを連動して駆動する手段を備えることを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項記載の走査電子顕微鏡において、前記内側試料室に位置して試料を保持する試料台に負電位を印加して電子線を減速させる手段を備えることを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項記載の走査電子顕微鏡において、前記内側試料室内に収容された試料に対して前記内側試料室に正のバイアス電圧を印加する手段を備えていることを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項記載の走査電子顕微鏡において、試料に吸収されるイオン電流を検出する電流検出手段を備え、前記電流検出手段は前記イオン電流を電圧に変換する電流−電圧変換器と、電流−電圧変換器の出力電圧を周波数に変換する電圧−周波数変換器と、前記電圧−周波数変換器の出力を光信号に変換して送受信するフォトカップラとを備えることを特徴とする走査電子顕微鏡。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−32011(P2006−32011A)
【公開日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−206108(P2004−206108)
【出願日】平成16年7月13日(2004.7.13)
【出願人】(000233550)株式会社日立サイエンスシステムズ (112)
【Fターム(参考)】