説明

低融点銀ろう材

【課題】
液相線が約600℃以下であり,硬度が低く,延性を有して室温での塑性変形が可能で,大きな接合強さを有するろう付継手を作製でき,カドミウムを含有しない銀ろう材を提供する。
【解決手段】
この銀ろうは,銀(Ag),銅(Cu),亜鉛(Zn),錫(Sn),インジウム(In)を主成分とし,Ag:52〜54wt%,Cu:21〜23wt%,Zn:10〜13wt%,Sn:9〜12wt%,In:1〜5wt%を含み,さらに、残部の不可避不純物を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,液相線(融点)が約600℃以下で,かつ,冷間あるいは温間にて塑性加工が可能な延性を有し,さらに,大きな接合強さを有するろう付継手を作製するためのAg−Cu−Zn−Sn−In系ろう材に関する。
【背景技術】
【0002】
銀ろうは,現在ではアルミニウムやマグネシウム以外の鉄鋼材料や銅やニッケルおよびその合金などのほとんどの金属・合金やセラミックス,黒鉛等のろう付に汎用されている。そのため,国内外で規格化されており,日本では,JIS Z3261として規定されている。
【0003】
銀ろうは,各種の組成が知られているが,最も基本的な銀ろうは,銀―銅共晶組成をベースとする銀ろう(Ag:71〜73wt%―Cu:27〜29wt%,JIS名称BAg−8)である。この銀ろうの融点は高く,約780℃であり,これに種々の元素を添加することによって融点の降下を図っている。
【0004】
銀ろうの融点が低いほど,ろう付工程における被接合材の加熱温度が低下して,作業能率や経済性に優れ,被接合材の性質劣化も低減する。したがって,可能な限り低融点を有する銀ろうを提供することは重要である。
【0005】
JIS規格の中で最低融点の銀ろうはBAg−1であり,約620℃である。このBAg−1銀ろうの組成は,Ag:44〜46wt%−Cu:14〜26wt%−Zn:14〜18wt%−Cd:23〜25wt%であり,カドミニウム(Cd)を約24wt%も含有しており,人体や環境に悪影響を及ぼしている。JIS規格の銀ろうの中で,カドミニウムを含有しない最低融点の銀ろうはBAg−7であり,約650℃である。その組成は,Ag:55〜57wt%−Cu:21〜23wt%―Zn:15〜19wt%−Sn:4.5〜5.5wt%である。
【0006】
JIS規格以外では,例えば,特許文献1に記載の,Ag:50〜60wt%−Cu:15〜25wt%−Zn:15〜25wt%−Ge:3〜7wt%の組成範囲のAg−Cu−Zn−Ge系ろう材がある。また,Ag:50〜60wt%―Cu:15〜39wt%−Zn:10〜20wt%−Sn:5〜15wt%の組成範囲のAg−Cu−Zn−Sn系ろう材がある。
【0007】
しかし,Ag−Cu−Zn−Ge系ろう材の融点は,約625℃以上であり,継手の接合強さは,曲げ試験による4段階評価では,4を最高として,1の最低評価となっている。また,Ag−Cu−Zn−Sn系ろう材における実施例に於いて,最適組成のろう材においてさえも融点は約630℃であり,継手の接合強さも曲げ試験による4段段階評価で2の準最低評価となっている。(近い組成合金分析結果:620~625C)
【特許文献1】特開平10−29087
【0008】
カドミウムを含まないで融点がBAg−1の融点(約620℃)より低い銀ろうもいくつか知られている。
【0009】
例えば,特許文献2に記載された銀ろうの固相線は473℃で液相線は600℃であり,組成は,Ag:18〜60wt%,Cu:20〜50wt%,Sn:18〜35wt%,Ge:1〜5wt%である。しかし,この銀ろうは,硬くてビッカース硬さでHV308であり,非常に脆い。実施例には実際のろう付継手の接合強さは記載されていないが,非常に小さく脆いことが経験的に知られている。
【特許文献2】特開平5−132369
【0010】
特許文献3に記載された銀ろうの組成は,Ag:25〜65wt%,Cu:15〜45wt%およびIn,Snのいずれか一種または二種を20〜40wt%を含有しており,液相線は563℃〜595℃である。確かに,融点は600℃以下であるが,この組成の合金を溶製して調べた結果,非常に脆くて,ろう材としては不適切であることが判明した。また,この特許文献にはろう付継手の接合強さの結果は記載されていないことからも,継手の接合強さは小さく,脆いことが予想される。
【特許文献3】特開平5−294744
【0011】
特許文献4,5,6に記載された銀ろうは,Ag−Cu−Ga―In―Sn系,Ag−Cu−Ga―Zn−In―Sn系であり,融点はいずれも600℃以下となっている。しかし,ろう材自体の硬さのデータは記載されていなく,また,ろう付継手の接合強さのデータが記載されていないことから,ろう付継手の強さは小さくて脆いことが予想される。
【特許文献4】特開平6−182583
【特許文献5】特開平6−182584
【特許文献6】特開平6−190587
【0012】
また,融点は低いが脆いAg−Cu−In系銀ろうに常温加工性を付与するために,InマトリックスにAgとCuの合金を分散,あるいは,Ag相とCu相を分散させたろう材が特許文献7に記載されている。この銀ろうは確かに室温加工性には優れているが,当然の事ながら,溶解凝固後の合金は非常に硬くて脆くなることが記載されている。したがって,ろう付継手の接合強さは非常に小さくて脆いこと容易に予想される。
【特許文献7】特開2002−160090
【0013】
さらに,特許文献8には,Ag−Cu−Zn−Ga―Sn―In系銀ろうが記載されている。実施例では,Ag:56wt%―Cu:19wt%―Zn:17wt%−Sn:6wt%−Ga:2wt%組成のろう材のろう付作業温度が最低で,605℃と記載されている。他の実施例のろう付作業温度は610℃〜620℃となっている。ここでいう,ろう付作業温度とは,ろう材の液相線(融点)を意味せずに,固相線と液相線の間の温度で,固相と液相が共存する温度のことである。したがって,ろう付作業温度はろう材の液相線以下の温度を意味している。
【0014】
そこで,実施例にある,Ag:56wt%―Cu:19wt%―Zn:17wt%−Sn:6wt%−Ga:2wt%組成の合金を溶製してみたところ,このろう材は非常に脆くて塑性加工性が全くないことが判明した。また,特許文献7には,実施ろう材の硬さデータは記載されて無く,また,ろう付継手の接合強さのデータも記載されていないことから,接合強さの小さい脆い継手しか提供されないと判断される。
【特許文献8】特許3357184
【0015】
また,特許文献9には,Ag:40〜60wt%−In:5〜45wt%−Sn:15〜55wt%のAg−In−Sn系合金,あるいは,これにCuを10wt%以下含有したAg−In−Sn−Cu系合金がセラミックスのメタライズ用ろう材として記載されている。これらろう材の融点はいずれも600℃より低いが,ろう材自体の強さは極端に低く,したがって,ろう付継手の接合強さも極端に低いものとなっている。
【特許文献9】特開平8−57692
【0016】
このように,カドミウムを含まないで融点がBAg−1の融点(約620℃)より低い銀ろうもいくつか知られているが,いずれの銀ろうも,非常に脆くて,室温での延性が乏しくて線材や板材への塑性加工が非常に困難である。また,特許文献1以外の実施例には,実施ろう材の硬度の測定データの記載はなく,さらに,特許文献1も含めたいずれの実施例においても,ろう付継手の接合強さのデータは一切記載されていないことから,接合強さは非常に小さいことを示唆している。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明の課題は,液相線(融点)が約600℃以下であり,硬度が低く,延性を有して室温での塑性変形が可能で,大きな接合強さを有するろう付継手を提供でき,カドミウムを含有しない銀ろう合金を開発することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
発明者は,前記目的を達成するために,JISに規格化されている銀ろうおよび多くの文献を調査した結果,実用化されている多くの銀ろうの基本組成が,Ag−Cu−Zn−Sn系であることから,この四元系銀基合金において,硬度が低く,室温での塑性変形が可能で,600℃近傍の融点を有する合金の組成範囲を,最新の熱力学データを用いた状態図計算プログラムを用いて特定した。これは,従来の多くの文献に記載されている銀基ろう材のAg,Cu,ZnとSnの組成範囲は非常に広くとられており,低硬度で低融点を有する適切な組成範囲を特定していないためである。
【0019】
図1は,例えば,Ag量を53wt%一定にして,CuとZnとSn量を変化させたときの液相線(融点)の等温線を計算して,Cu−Zn−Sn三元系組成図上に示した図である。600℃等温線近傍の組成を有する約50種類の合金を試作溶解して調べた結果,硬度が低く,室温での塑性変形が可能なAg基合金の組成範囲が,図1中の斜線で示す領域にほぼ収まることを見出した。Sn量を9wt%〜12wt%の範囲に限定した理由は,9wt%より少量であると融点降下が小さく,12wt%より多いと硬くて脆い合金になるからである。
【0020】
合金の一例として,Ag:53wt%−Cu:22wt%−Zn:14wt%−Sn:11wt%組成の合金を溶製した。その融点は約609℃であり,ビッカース硬さは約HV176で,室温での塑性変形が可能であった。最新の熱力学的データを用いた状態図計算プログラムを用いて,低硬度で低液相線(融点)を有する銀基ろうの最適組成範囲を計算することができた。
【0021】
さらに,融点を降下させるために,上記の銀ろうの組成を基本組成として,これにインジウム(In)を添加してその融点降下への効果を調べた。Inを選択した理由は,InはAgに約20wt%固溶して,融点降下能も大きく,また,CuおよびSnへの固溶度も大きく,さらに,Znとは金属間化合物を形成しないからである。
【0022】
Inの添加量は,1〜5wt%が望ましい。添加量がこれより多くなると,融点や硬度が上昇し,また,継手強度も低下するためである。さらに,Inは高価な元素であることからできるだけ少量がよい。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係る銀ろうは,状態図計算プログラムを用いて特定した組成範囲を有するAg−Cu−Zn−Sn系合金にInを添加することによって,液相線(融点)を約600℃以下にすることができて,従来の銀ろうで最低融点であったCd含有BAg−1銀ろうよりも低い。また,室温での塑性加工性も有しており,ぬれ性も十分であり,本発明に係る銀ろうを用いることによって,実施例にも示したように接合強度も十分なろう付継手が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下,表および図面を参照してこの発明の実施例を説明する。
【実施例】
【0025】
表1に,この発明におけるAg量が53wt%の場合の銀基ろうの実施例を示す。ろう材の溶製は,銀ろう付用フラックスを用いて大気中でセラッミクス坩堝内で行った。表1には,比較のためにBAg−1についての結果も示す。
【表1】

【0026】
溶製した鋳塊から切り出した試片について,示差熱分析法によって,その固相線と液相線(融点)を測定し,さらに,ビッカース硬度を測定した。図2に,In含有量と液相線(融点)とビッカース硬度の変化を示す。銀ろうの液相線(融点)は,In含有量が4wt%まではその添加量とともに低下するが,それより多くなると上昇することや,また,硬度も高くなることから,In添加量は5wt%以下が望ましい。
【0027】
ろう付用試験片は,長さ45mmで直径6mmのステンレス鋼丸棒2本を付き合わせて,接合面に表1の薄片状のろうとフラックスを挿入して高周波誘導加熱によって各ろう材の液相線(融点)より約50℃高い温度でろう付した。接合間隙は0.1mmと一定にした。ろう付後,継手を引張試験して接合強さを求めた。
【0028】
継手の接合強さを表1および図3に示した。Inを2wt%〜4wt%含有したNo.3〜5の銀ろうによる継手の引張強さは,現用で最低融点のBAg−1銀ろうによるそれの約85%であり,十分な引張強さを有する継手を作製できることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】この発明の低融点銀ろう材のAg−Cu−Zn−Sn四元系合金における液相線(融点)が約600℃になる組成を示す図で,Agが53wt%の例である。
【図2】インジウム含有量とろう材の融点とビッカース硬さの関係を示す図である。
【図3】インジウム含有量と突き合わせ継手の引張強さの関係を示す図である。参考のために,BAg−1銀ろうを用いた継手の引張強さも示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銀(Ag),銅(Cu),亜鉛(Zn),錫(Sn),インジウム(In)を主成分とし,Ag:52〜54wt%,Cu:21〜23wt%,Zn:10〜13wt%,Sn:9〜12wt%,In:1〜5wt%から成る,液相線(融点)が約600℃以下で,室温での塑性変形が可能で,高い接合強度を有するろう付継手を提供できることを特徴とする低融点銀基ろう材。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2009−61475(P2009−61475A)
【公開日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−231941(P2007−231941)
【出願日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【特許番号】特許第4093322号(P4093322)
【特許公報発行日】平成20年6月4日(2008.6.4)
【出願人】(802000019)株式会社新潟TLO (27)