低閾値有機逆過飽和吸収材料
【課題】常温大気中で1W/cm2以下、数mW/cm2オーダーというLEDや半導体レーザ、太陽光などの弱い定常光によって、材料の吸光度が大きく増加し、大面積の媒体が形成可能なような材料、低閾値有機過飽和吸収材料を提供する。
【解決手段】常温で拡散係数が10-15cm2/s未満であり、かつ無秩序状態を形成するマトリックス内に、項間交差効率が50%以上であり、室温における燐光量子収率が0.1秒以上である光増感剤と77Kの剛性媒体中で燐光寿命が0.3秒以上の寿命を有する長励起状態寿命色素とを含有する材料であって、
光増感剤の最低励起三重項エネルギーが長励起状態寿命色素の最低励起三重項エネルギーよりも大きく、かつ
400〜600nmの波長における光増感剤の基底状態の吸光係数よりも長励起状態寿命色素の励起三重項状態の過度吸収の吸光係数が大きいことを特徴とする逆過飽和吸収材料である。
【解決手段】常温で拡散係数が10-15cm2/s未満であり、かつ無秩序状態を形成するマトリックス内に、項間交差効率が50%以上であり、室温における燐光量子収率が0.1秒以上である光増感剤と77Kの剛性媒体中で燐光寿命が0.3秒以上の寿命を有する長励起状態寿命色素とを含有する材料であって、
光増感剤の最低励起三重項エネルギーが長励起状態寿命色素の最低励起三重項エネルギーよりも大きく、かつ
400〜600nmの波長における光増感剤の基底状態の吸光係数よりも長励起状態寿命色素の励起三重項状態の過度吸収の吸光係数が大きいことを特徴とする逆過飽和吸収材料である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、定常光に応答して材料の透過率が減少する有機逆過飽和吸収体に関する。さらに詳しくは数mW/cm2程度の弱い定常光に対しても応答する低閾値有機逆過飽和吸収体に関する。
【背景技術】
【0002】
逆過飽和吸収現象(光制限効果ともいう)とは、光の強度の増加と共に材料の吸光度が増加する現象である。その原理は光照射の際に材料の励起子が蓄積された場合、蓄積された励起子の吸光係数が元々の基底状態のものよりも大きい際に観測される現象である。その原理の応用先としては、主として光スイッチ、光制限素子、調光素子、セキュリティー材料などが挙げられる。この現象は、有機物においては常温大気中では瞬時強度の強いYAGレーザやフェムト秒レーザのような瞬時強度の強い光照射においてのみ瞬間的に生じる現象であり、1W/cm2以下という数mW/cm2程度のような弱い定常光においては観測されるものではなかった。
【0003】
無機化合物においても、逆過飽和吸収特性を示す材料としてCdS、CdSe、CdSxSe1-xなどの半導体、Mn3O4、Fe2O3、Co3O4およびCuO、TiO2、RuO2、Sb2O3、Ta2O5、Re2O7、OsO2またはIrO2などの金属酸化物からなる材料および半導体微粒子を透明物質中に分散含有させた材料が、主として研究開発されてきた(非特許文献1および特許文献1)。しかし、結晶性である半導体および金属酸化物からなる多結晶媒体や半導体微粒子をガラス中に分散させた媒体の場合、光散乱が顕著に生じ光の透過性を阻害してしまうといった問題点が挙げられる。また単結晶においては、大きな単結晶を得ることができず、素子の大面積化が困難である。このためコストが高くなるとともに、大面積用途への応用化は困難である。また、逆過飽和吸収特性の閾値自体もkW/cm2オーダー以上と非常に大きな光強度を必要とするものであった。
【0004】
また、有機化合物にも逆過飽和吸収現象を示す化合物が存在する。非特許文献2や3には、YAGレーザにおいてこれまでの報告で最も良好に逆過飽和吸収現象を示す有機材料系としてフタロシアニン誘導体が示されている。また非特許文献4には、同様に良好に逆過飽和吸収現象を示す化合物として白金錯体が示されている。しかし、このような材料の、逆過飽和吸収現象発現のための入射光の閾値は、ナノ秒パルスのYAGレーザにおいて10-2J/cm2程度であり、定常光で同様の現象を生じさせる場合には、kW/cm2オーダー以上の高パワーを必要とし、大きな透過率変化を生み出すためにはkW/cm2オーダーの強度を必要とする。このため上記のような従来の有機材料系においては、定常的な光照射の場合や、定常光レーザのような瞬間的に大きな光強度を有する光照射ではない場合には、逆過飽和吸収現象を全く生じない。
【0005】
低閾値の逆過飽和吸収を達成するためには、(i)励起状態寿命が室温大気中で長いこと、(ii)過度吸収の吸光度が基底状態の吸光度よりも十分大きいこと、の二つ条件を同時に両立する必要がある。これまで、非特許文献2、3及び4のような材料系では(ii)の条件は達成されているものの、励起状態寿命がマイクロ秒オーダーと短いために、逆過飽和吸収特性を示す材料の閾値は1kW/cm2以上という高パワーの光を原理上必要としていた。仮にこのような強い定常光の照射しして逆飽和吸収機能を発現させようとしても、有機材料は瞬時に光分解してしまうといった問題があり、また、このような有機物を大面積に成膜し逆過飽和吸収媒体を作成しても、YAGレーザなどのスポット光で、瞬間的にしか現象が生じないために、大面積の機能を有効的に活用することはできなかった。さらに、YAGレーザなどの大型の光源を必要とするため、小型化が要求されるような用途には用いることができなかった。このため、LEDや半導体レーザなどの1W/cm2以下、数mW/cm2オーダーという低パワーの光照射により、大きな逆過飽和吸収特性を示し、媒体の大面積化も可能にするような材料の開発が望まれていた。
【0006】
室温大気中で励起状態寿命の長い有機材料としては、特許文献2に、無秩序状態のステロイド媒体にドナー置換された芳香族炭化水素を少量添加することで数秒オーダーの励起状態寿命が室温大気中で達成されることが記載されている。しかし、特許文献2には、光の逆過飽和吸収特性に関する記載は一切ない。また、無秩序状態のステロイド媒体にドナー置換された芳香族炭化水素を少量添加した材料においては、室温大気中において励起状態寿命は長いが、過度吸収の吸光度が基底状態の吸光度よりも十分大きくないため、光強度を強めた際の吸光度の増加はわずかである。
【0007】
また、特許文献2には、常温で無秩序状態を形成するステロイド媒体に、有機金属錯体および芳香族化合物の2種をドープする材料が記載され、この材料では、効率よく常温大気中で蓄光発光が達成されることが述べられている。しかし、光の逆過飽和吸収特性に関する記述や示唆は一切ない。また、特許文献2に開示される材料設計では、過度吸収の吸光度が基底状態の吸光度よりも十分大きくないため、光強度を強めた際の吸光度の増加はわずかである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2003−248254号公報
【特許文献2】国際公開第2009/069790号パンフレット
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】安藤昌儀,「化学と工業」,社団法人 日本化学会,1997年,第50巻,第4号,p.621
【非特許文献2】Joseph.W.Perry,外5名,Opt.Lett.,1994,vol.19,pp.625
【非特許文献3】Joseph.W.Perry,外11名,Science,1996,vol.273,pp.1533
【非特許文献4】Guijiang Zhou,外4名,Adv.Funct.Mater.,2009,vol.19,pp.531
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記のような従来技術の問題点に鑑みてなされたもので、常温大気中で1W/cm2以下、数mW/cm2オーダーというLEDや半導体レーザ、太陽光などの弱い定常光によって、材料の吸光度が大きく増加し、大面積の媒体が形成可能なような材料、低閾値有機過飽和吸収材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意研究を重ねた結果、常温で無秩序状態を形成し、拡散係数が小さいマトリックス内に、所定の性状を有する光増感剤及び色素の2種をドープする材料において、下記の発明により、常温大気中での任意の波長において光の強度が1μW/cm2以下の光強度における透過率(線形透過率)は、10%以上、好ましく50%以上であるが、1W/cm2の定常光照射では、透過率が線形透過率の90%以下、好ましくは半分以下になる有機材料、すなわち低閾値有機逆過飽和吸収材料、および該材料を用いた媒体の開発に成功し、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本発明は、下記の低閾値有機逆過飽和吸収材料及び該材料を用いた逆過飽和吸収媒体を提供するものである。
1.常温で拡散係数が10-15cm2/s未満であり、かつ無秩序状態を形成するマトリックス内に、項間交差効率が50%以上であり、室温における燐光量子収率が10%以上である光増感剤と77Kの剛性媒体中で励起三重項寿命が0.3秒以上の寿命を有する長励起状態寿命色素とを含有する材料であって、光増感剤の最低励起三重項エネルギーが長励起状態寿命色素の最低励起三重項エネルギーよりも大きく、400〜600nmの波長における光増感剤の基底状態の吸光係数よりも長励起状態寿命色素の励起三重項状態の過度吸収の吸光係数が大きく、かつ長励起状態寿命色素の基底状態の紫外可視領域吸収波長における吸光係数のピークトップが、光増感剤の紫外可視領域吸収波長帯よりも短波長側にあることを特徴とする逆過飽和吸収材料。
2.前記マトリックスが、シクロ環とOH基とを各々少なくとも一つ有する縮合多環式化合物である前記1に記載の逆過飽和吸収材料。
3.前記縮合多環式化合物が、ステロイド系アルコールである前記2に記載の逆化飽和吸収材料。
4.光増感剤が、有機金属錯体である前記1〜3のいずれかに記載の逆過飽和吸収材料。
5.所定の波長の光を照射した際の長励起状態寿命色素における励起三重項状態形成の量子収率(φ)と励起三重項状態寿命(τ)との積(φτ)が0.01以上である前記1〜4に記載の逆過飽和吸収材料。
6.長励起状態寿命色素が、その最低励起三重項状態がππ*遷移からなる色素であり、かつ原子番号9以上の原子を分子内に含有しないものである前記1〜5のいずれかに記載の逆過飽和吸収材料。
7.長励起状態寿命色素が、芳香環を有し、該芳香環が重水素置換されていることを特徴とする前記1〜6のいずれかに記載の逆過飽和吸収材料。
8.1μW/cm2の光強度における線形透過率が50%以上である前記1〜7のいずれかに記載の逆過飽和吸収材料。
9.前記1〜8のいずれかに記載の逆過飽和吸収材料が用いられることを特徴とする逆過飽和吸収媒体。
10.逆化飽和吸収材料が基板上に設けられることを特徴とする前記9に記載の逆過飽和吸収媒体。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、常温大気中で1W/cm2以下、数mW/cm2オーダーのLEDや半導体レーザ、太陽光などの弱い定常光によって、材料の吸光度が大きく増加し、透過率が減少し、大面積の媒体が形成可能なような材料、すなわち低閾値有機過飽和吸収材料を提供することができる。また、本発明の有機逆過飽和吸収材料は、LEDや半導体レーザや低パワーの光源により光スイッチなどの機能が発現されるので、光システムの小型化薄膜化などを可能にするものである。さらに、本発明の有機逆過飽和吸収材料は、無機の逆過飽和吸収材料では困難な、高透明性や、大面積素子の形成を可能にするものである。
【0014】
ここで、低閾値逆過飽和吸収材料が有する特性としては、光照射の強度が1μW/cm2の十分弱い際の透過率(線形透過率)が10%以上、好ましくは50%以上を満たし、かつ1W/cm2のようなLEDやCW半導体レーザなどで実現可能な強い光強度における透過率(飽和透過率)が線形透過率の90%以下、好ましくは半分以下に減少するような材料と定義する。また、本明細書において、逆過飽和吸収特性の閾値(FI値)は、線形透過率が10%以下となる光照射強度であると定義する。
【0015】
上記1に規定される逆過飽和吸収材料は、400〜600nmの波長の光照射によって光増感剤からの励起三重項エネルギー移動により長励起状態寿命色素の三重項励起子が効率よく蓄積され、その三重項励起子の吸光係数が光増感剤の基底状態の吸光係数よりも十分大きいため、低閾値、かつ大きな逆過飽和吸収現象の発現を可能とする。
また、上記1に規定される逆過飽和吸収材料において、長励起状態寿命色素の基底状態の紫外可視吸収波長は、光増感剤の紫外可視吸収波長よりも短波長側に存在する。このことにより、光増感剤による光励起三重項の増感により長励起状態寿命色素の励起三重項状態を形成する際に、長励起状態寿命色素の光吸収が光増感剤の光吸収を阻害しなくなるため、効率よい長励起状態寿命色素の励起三重項状態の形成が可能になる。一方、長励起状態寿命色素を直接光励起した場合は、項間交差効率が悪いために、効率よく長励起状態寿命色素の励起三重項状態を形成することができないので、長励起状態寿命色素の光吸収は、長励起状態寿命色素の励起三重項状態の蓄積によって生み出される逆過飽和吸収特性には阻害要因となってしまう。
【0016】
上記2及び3に規定される逆過飽和吸収材料においては、固体中のマトリックスの小さな拡散運動、大きな励起三重項エネルギー、非晶性に由来した色素の高分散特性、及びマトリックスの低酸素透過性により、長励起状態寿命色素の励起三重項状態が、室温大気中でも安定化される。そして、光増感剤を介して長励起状態寿命色素の励起三重項状態が形成された場合、励起子が長時間安定化されるので、入射光の強度が弱くても長励起状態寿命色素の三重項励起子が蓄積されるようになる。これにより、上記2及び3に規定される逆過飽和吸収材料は、逆過飽和吸収特性の低閾値化を可能とする。
【0017】
上記4に規定される逆過飽和吸収材料は、金属錯体を用いることで、吸光係数の小さなMLCT吸収帯を光増感剤の吸収に用いることが可能になる。ここで、MLCT吸収とは、電子遷移(Metal to Ligand Charge Transfer(MLCT)遷移)に基づく吸収のことをいう。逆過飽和吸収材料においては、基底状態の吸光度よりも、励起状態の吸光度が十分大きくなることが重要であるが、この金属錯体の基底状態における小さなMLCTの吸光係数は、長励起状態寿命色素の励起三重項状態の大きな過度吸収の吸光係数との差を大きくし、逆過飽和吸収材料における、大きな透過率の減少を生み出すのに好適である。
【0018】
上記5に規定される逆過飽和吸収材料は、所定の波長の光を照射した際の長励起状態寿命色素における励起三重項状態の形成の量子収率(φ)と励起三重項状態寿命(τ)との積(φτ)を0.01以上という従来よりも大きいものとすることで、逆過飽和吸収特性の低閾値化を可能とする。
【0019】
上記6に規定される逆過飽和吸収材料は、長励起状態寿命色素のππ*の励起三重項状態から基底状態に失活する速度が遅い傾向があるので、光増感剤からの光増感で形成された長励起状態寿命色素の三重項励起子が蓄積されやすく、逆過飽和吸収現象の低閾値化を達成することができる。
【0020】
上記7に規定される逆過飽和吸収材料は、C−Hの赤外振動エネルギーがそれよりも低いC−Dの赤外振動エネルギーに変換されるので、長励起状態寿命色素の励起三重項状態における熱失活速度を遅らすことができる。そのため、長励起状態寿命色素の励起三重項寿命が長くなり、長励起状態寿命色素の三重項励起子がさらに蓄積されやすくなり、更なる逆過飽和吸収現象の低閾値化が達成される。
【0021】
上記8に規定される逆過飽和吸収材料は、その線形透過率を50%以上とすることで、弱い光が照射された際には無駄なく光を透過し、一方で強い光が照射された際には効率よく隠光することが可能となる。
【0022】
また、上記9及び上記10に規定される本発明の逆過飽和吸収材料を用いた媒体は、上記1〜8の特徴を同時に有し、LEDや半導体レーザなどの光強度で、大きく透過率が減少する。さらに、マトリックスの高密度の水素結合に由来して、ガラス転移温度が上昇し、ガラス転移温度以下での結晶化速度が低下するので、室温でも安定な光学的な非晶状態を形成し、光の透過性を阻害しないものである。以上により、本発明の逆過飽和吸収材料を用いた逆過飽和吸収媒体は、光スイッチや、光制限素子、調光素子として好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】従来の有機系マトリックス内に分散された長い励起状態寿命を有する色素の長い三重項励起子がマトリックスの影響によってクエンチされる要因を説明する概念図である。
【図2】ステロール系化合物からなるマトリックス中に分散された長い励起状態寿命を有する色素の長い三重項励起子がクエンチされにくいことを説明する概念図である。
【図3】本発明の低閾値有機逆過飽和吸収材料において、光の強い照射強度に対する大幅な透過率現象のメカニズムを光増感剤及び長励起状態寿命色素のエネルギー状態図を用いて示す概念図である。
【図4】本発明の低閾値有機逆過飽和吸収材料において、光の照射による長励起状態寿命色素の励起三重項の増感を説明する概念図である。
【図5】本発明の低閾値有機逆過飽和吸収材料において、光増感剤と長励起状態寿命色素の吸光係数の度合いの比較を説明する概念図である。
【図6】本発明の低閾値有機逆過飽和吸収材料において、照射光量の増加に伴う、吸光度の上昇及び透過率の減少を説明する概念図である。
【図7】図6の説明図に従って本発明の低閾値有機逆過飽和吸収材料の透過率が減少していくことを説明する図である。
【図8】実施例および比較例に用いられる光増感剤と長励起状態寿命色素の吸光係数を示す概念図である。
【図9】実施例および比較例に用いられる光増感剤と長励起状態寿命色素の燐光スペクトルを示す図である。
【図10】実施例1の材料において低閾値有機逆過飽和吸収特性が発現するメカニズムを説明する図である。
【図11】実施例および比較例の材料において、低閾値有機逆過飽和吸収特性を示す図である。
【図12】実施例4の材料において、445nmの光における低閾値有機逆過飽和吸収特性示す説明する図である。
【図13】実施例4の材料において、時間0秒で445nmの光を照射した場合の各波長における透過光強度の変化率、及び色素(4)の燐光強度変化を示す図である。
【図14】実施例1、比較例10、11及び14の材料において、低閾値有機逆過飽和吸収特性示す説明する図である。(a)405nmの光の入射光パワーに対する透過率変化を示す図である。(b)媒体中での色素(1)及び色素(15)の室温における励起三重項寿命を示す図である。
【図15】実施例1の材料において、化学式2の色素濃度を変化させた場合の入射光パワーに対する透過率変化を示す図である。(a)化学式2の色素濃度を変化させたときの405nmの光に対するφ、τ及びφτの変化を示す図である。(b)触媒中での色素濃度を変化させた場合の入射光パワーの対する透過率変化を示す図である。透過率測定に用いた光の波長は405nmである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明を実施するための最良の形態について説明する。
本発明の低閾値有機逆過飽和吸収材料は、常温で拡散係数が10-15cm2/s未満であり、かつ無秩序状態を形成するマトリックス内に、項間交差効率が50%以上であり、室温における燐光量子収率が10%以上である光増感剤と77Kの剛性媒体中で励起三重項寿命が0.3秒以上の寿命を有する長励起状態寿命色素とを含有する材料において、光増感剤の最低励起三重項エネルギーが長励起状態寿命色素の最低励起三重項エネルギーよりも大きく、400〜600nm、好ましくは400〜500nmの波長における光増感剤の基底状態の吸光係数よりも長励起状態寿命色素の励起三重項状態の過度吸収の吸光係数が大きく、かつ長励起状態寿命色素の基底状態の紫外可視領域吸収波長における吸光係数のピークトップが、光増感剤の紫外可視領域吸収波長帯よりも短波長側にあることを特徴とするものである。
【0025】
ここで、本発明の低閾値有機逆過飽和吸収材料が低パワーの光照射により吸光度が増加し、その波長の光の透過率が減少するメカニズムについて、図1と図2に基づいて説明する。
【0026】
所定の波長において、低閾値の逆過飽和吸収特性、より具体的には所定の波長における光照射の強度が1μW/cm2の十分弱い際の透過率(線形透過率)が10%以上、好ましくは50%以上を満たし、かつ1W/cm2の光照射の強度では、飽和透過率が線形透過率の90%以下、好ましくは半分以下となる特性を得るためには、所定の波長の光励起により効率よく励起子が蓄積され、蓄積された励起子がその波長の光を強く吸収する必要がある。このために必要な条件として二つが挙げられる。第一に、効率よく寿命の長い励起子が形成される必要があり、これは低閾値化の度合いを決定する。低閾値化の度合いは、所定の波長の光を照射した際の長励起状態寿命色素における励起三重項状態の形成の量子収率(φ)および励起三重項状態寿命τの積(φτ、以下単にφτということがある。)によって理論的に決定される。第二に、大きな逆過飽和吸収特性を得るには、所定の波長の光励起により形成された励起子の吸光係数σ2は基底状態の吸光係数σ1よりも大きい必要がある。すなわち、σ2/σ1(以下、単にσということがある。)が大きい必要があり、好ましくは2以上、より好ましくは10以上である。
【0027】
光スイッチや、光制限素子、調光素子といった数多くのデバイスは通常室温大気下で用いられ、このような環境下で逆過飽和吸収特性発現の低閾値化を図るためには、φτの値を大きくする必要がある。とりわけ、有機化合物においては、室温大気中で励起状態寿命の長い材料は困難であるため、τの小ささが逆過飽和吸収特性発現の低閾値化の妨げになっていた。
【0028】
通常77Kで長い励起三重項寿命を有する色素を、ビニルポリマーを中心とする非晶マトリックスに分散した場合、図1の(b)に示されるように、マトリックスを構成する化合物が室温領域でも局所的に分子拡散運動を行っているため、仮に長励起状態寿命色素を励起しても長くてもミリ秒程度で色素にマトリックスが衝突し、その励起エネルギーを奪ってしまう(Kazuyuki Horie,外1名,Chem.Phys.Lett.,1982,vol.93,pp.61を参照)。その結果、長励起状態寿命色素常温大気下において秒オーダーの長い励起状態寿命を得ることはできず、低閾値の逆過飽和吸収特性を得ることはできない。
【0029】
ビニルポリマーのような動きやすいポリマーではなく、ポリイミドなどの剛直な部位だけからなる高分子マトリックスは、若干の電子ドナー性やアクセプター性を有している。ここに長励起状態寿命色素を分散させても、色素の励起エネルギーもしくは電子が奪われたり、供与したりする結果、室温下では秒オーダーのような長い励起状態を得ることはできない(G.J.Kavarnos,“Fundamentals of Photoinduced Elevtron Transfer”,VCH Publishers,1993、あるいはJ.A.Barltrop,J.D.Coyle,“Principles of Photochemistry”,Wiley,1978を参照)。そのため、低閾値の逆過飽和吸収特性を得ることはできない。(図1(d)参照)。
【0030】
剛直な部位だけからなる材料は、結晶化しやすく色素が均一に分散されず、周囲の結晶化により排除された長励起状態寿命色素同士が凝集する結果、濃度消光が起こり、秒オーダーのような長い励起状態を得ることはできず、低閾値の逆過飽和吸収特性を得ることはできない(図1(a)参照)。また、一部低分子化合物で剛直な材料でも室温で安定した非晶を形成する化合物が存在する。しかし、この材料においても分子同士の束縛力はファンデスワールス力の弱い力なので、分子振動などは抑えることができず、長励起状態寿命色素を分散させて励起しても、秒オーダーのような長い励起状態を得ることはできず、低閾値の逆過飽和吸収特性を得ることはできない。
【0031】
さらに、通常のマトリックスは大気中でマトリックス中に酸素を蓄えており、この酸素を取り除くのが困難である。酸素が存在すると長励起状態寿命色素の長い励起状態のエネルギーを酸素が衝突して奪う効果により、長励起状態寿命色素の励起子が失活してしまう(Jacobus Kuijt,外3名,Anal.Chem.Acta.,2003,vol.488,pp.135参照)。通常の高分子非晶マトリックスはガラス転移温度(Tg)以上に加熱しながら真空脱気を行うことで酸素を取り除くことが可能であるが、再び大気中に放置すると即座に酸素が系中に浸透拡散してしまうので、この酸素の影響で大気下では長励起状態寿命色素の長い励起状態は達成されない(図1(c)参照)。
【0032】
図2のように、好ましくはシクロ環とOH基(ヒドロキシル基)とを各々少なくとも一つ有する縮合多環式化合物、より好ましくはステロイド系アルコールから構成されるマトリックスは、塊状分子からなり、該塊状分子は、回転できないように分子間に強い束縛力が働く場合、分子の回転運動は通常より弱くなる。このような塊状分子は室温で結晶化しやすいが、マトリックス中にヒドロキシル基とフェノール基を含むような化合物もしくは化合物の混合体は、分子間水素結合の影響で結晶化速度が遅くなる傾向がある。そして、該塊状分子は、マトリックスを融解した状態からTg以下まで急冷する際に、Tg以上融点以下の温度領域を短い時間通過するが、その数秒程度の時間では結晶化が生じないので、室温で安定な非晶を形成することができる。この非晶マトリックスのTg以下では、塊状分子は無秩序な状態ではあるが、3次元的な水素結合ネットワークにより安定化し、室温では結晶化しにくくなるとともに、マトリックスは微小な原子間の伸縮運動を行うだけなので、塊状分子の回転運動が禁止され色素への衝突確率が激減する。
【0033】
より好ましくはステロイド系アルコールからなるマトリックスは、融点以上に加熱することで酸素が系外に放出され、その後室温まで急冷すると酸素が系中に存在しない状況で非晶化する。さらにマトリックスは、シクロ環由来が大半であり、このため多少なりともドナー部位やアクセプター部位を含まないので、色素の励起エネルギーを奪うような効果は弱い。このマトリックスに、77Kで0.3秒以上という長い励起三重項寿命を有する色素(長励起状態寿命色素)を分散させ励起すると、長励起状態寿命色素は、熱振動による失活や酸素による失活やマトリックスへの電子移動やマトリックスからの電子移動などによる失活が生じないために、マトリックスの影響を受けずに、長励起状態寿命色素の励起三重項状態寿命が安定化され、秒オーダーの励起三重項寿命が室温大気中で達成される。
【0034】
上記したように、有機材料においては、室温大気中における励起状態寿命の短さが逆過飽和吸収特性発現の低閾値化の妨げになっていた。そこで、ステロイド系アルコールのような拡散係数が小さく、酸素のガスバリア性に優れ、電子ドナー性やアクセプター性が小さく、長励起状態寿命色素の濃度消光を誘発しないような化合物をマトリックスに用いることが好ましく、逆過飽和吸収特性発現の低閾値化のための重要な要素となる。
【0035】
好ましくは常温大気中で拡散係数が10-15cm2/sより小さく、無秩序状態を形成するステロイド系アルコールのような化合物で形成されたマトリックス内に、長励起状態寿命色素が分散された系に、さらに光増感剤が添加された系においては、まず光増感剤が光を吸収する(図3及び図4の(i)参照)。ここで、基底状態の長励起状態寿命色素はλの波長の光は全く吸収しない(図5参照)。この光増感剤による光吸収は、光増感剤に金属錯体を用いた場合は基底状態準位(S0準位)から最低励起一重項準位(S1準位)の場合やS0準位から最低励起三重項準位(T1準位)の場合がある。仮にS1準位に励起された場合であっても、重原子効果により項間交差効率が50%以上であるため、効率よく光増感剤のT1準位が形成される(図3及び図4の(ii)参照)。ここで、光増感剤の燐光量子収率は10%以上ある場合、光増感剤からの最低励起三重項状態は比較的安定化されT1状態でのエネルギーの失活が防がれる。
【0036】
次に、長励起状態寿命色素のT1エネルギーが光増感剤のエネルギーよりも小さいので、長励起状態寿命色素を選択すれば効率よく三重項−三重項エネルギー移動が生じ、効率よく長励起状態寿命色素の三重項励起子が形成され、φが大きくなる(図3及び図4の(iii)参照)。
【0037】
また、長励起状態寿命色素は、常温大気中で拡散係数が10-15cm2/sより小さく、無秩序状態を形成するステロイド系アルコールのような化合物から形成された、酸素含有率が少ないマトリックス内に分散されているので、その励起三重項寿命が秒オーダーと長くなる(τが大きくなる)。この室温大気中での長励起状態寿命色素の長い励起三重項寿命のために、長励起状態寿命色素のT1励起子が蓄積されていく(図6参照)。この長励起状態寿命色素の蓄積は、入射するλの波長の光度に依存して多くなる(図6(1)〜(4)を参照)。形成された長励起状態寿命色素のT1励起子は、λの波長に対するσ2はππ*遷移の特性を有するため104cm-1M-1と大きく、光増感剤のMLCT吸収に由来する吸光係数σ1の105cm-1M-1の値よりも10倍以上大きい(図5を参照)。このため、λの波長光を光増感剤よりも強く吸収する(図3、図4の(iv)および図5参照)。結果として、媒体のλの波長に対する光の透過率は光強度の増大につれて減少していく(図5及び図7(1)〜(4)を参照)。結果として、入射光強度が増加すると、媒体の吸光度が増加し、透過率が減少するといった逆過飽和吸収特性が発現する。
【0038】
本発明においてマトリックスを形成するマトリックス成分としては、比較的側鎖などの運動性が大きい部位を含まない、複数のシクロ環同士連結した塊状の分子が好適であり、シクロ環とOH基とを各々少なくとも一つ有する縮合多環式化合物であることが好ましく、少なくとも塊状部位に直結する形でOH基を含む官能基、好ましくはヒドロキシル基、カルボキシル基やリン酸基などを有する化合物が好適であり、ステロイド系アルコールがより好ましい。ここで、複数のシクロ環同士が連結した塊状の分子からなる化合物とは、別の言葉で言えば、縮合多環式炭化水素を基本骨格とし、それに置換基が結合した化合物ともいえる。
【0039】
本発明の逆過飽和吸収材料のマトリックスに用いられる好適なマトリックス成分としては、ステロイド骨格のように円柱状に近く嵩高い分子骨格を有したアルコール基を含有する化合物、すなわちステロイド系アルコールが好ましく、より具体的にはコレステロール、ステグマステロール、プレグネノロン、メチルアンドロステンジオール、エストラジオールベンゾエート、エピアンドロステン、ステノロン、β−シトステロール、プレグネノロンアセテート、β−コレスタロール、5,16−プレグナディエン−3β−オール−20−ワン、5α−プレグネン−3β−オール−20−ワン、5−プレグネン−3β,17−ジオール−20−ワン−21−アセテート、5−プレグネン−3β,17−ジオール−20−ワン−17−アセテート、5−プレグネン−3β,21−ジオール−20−ワン−21−アセテート、5−プレグネン−3β,17−ジオールジアセテート、ロコゲニン、チゴゲニン、エスミラゲニン、ヘコゲニン、ジオスゲニン及びそれらの誘導体、及びそれらを含む混合物などが挙げられる。
【0040】
複数のシクロ環同士連結した塊状の分子の他の例としては、ロイコトール、ピリエスホルモシド、エストリオール、エストラジオール、エストロン、エキリングリコール、14‐ヒドロキシジヒドロモルフィン、エストロン、ヘキサコサヒドロヘキサセン、イクセレニルアセタート、ベルチシン、コルセベラミン、エベイエジン、(3aα,6aα,9aα,9bβ)−ドデカヒドロ−1H−フェナレン−2α,5α,8α−トリオール、ヘプタシクロ[8.4.0.02,7.03,5.04,8.09,13.012,14]テトラデカン−1,9−ジオールなどが好ましく挙げられる。
【0041】
本発明の逆過飽和吸収材料のマトリックス成分には、ステロイド系アルコールの光学的な非晶状態を安定化させる非晶安定化化合物として、少なくとも剛直な部位に2つ以上のヒドロキシル基を含む化合物を適量添加してもよい。具体的には、1,1,1−トリス(4−ヒドロキシフェニル)エタン、1,1'−メチレンジ−2−ナフトール、1,1−ビス(3−シクロヘキシル−4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサン、1,1−ビス(4−ヒドロキシ−3−メチルフェニル)シクロヘキサン、1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサン、1,3−ビス[2−(4−ヒドロキシフェニル)−2−プロピル]ベンゼン、1−ナフトール、2,2'−ビフェノール、2,2−ビス(2−ヒドロキシ−5−ビフェニルイル)プロパン、2,2−ビス(3−シクロヘキシル−4−ヒドロキシフェニル)プロパン、2,2−ビス(3−sec−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−ヒドロキシ−3−イソプロピルフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−ヒドロキシ−3−メチルフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパン、2,3,4−トリヒドロキシジフェニルメタン、2−ナフトール、4,4'−(1,3−ジメチルブチリデン)ジフェノール、4,4'−(2−エチルヘキシリデン)ジフェノール、4,4'−(2−ヒドロキシベンジリデン)ビス(2,3,6−トリメチルフェノール)、4,4'−ビフェノール、4,4'−ジヒドロキシジフェニルエーテル、4,4'−ジヒドロキシジフェニルメタン、4,4'−エチリデンビスフェノール、4,4'−メチレンビス(2−メチルフェノール)、4−(1,1,3,3−テトラメチルブチル)フェノール、4−フェニルフェノール、4−tert−ブチルフェノール、9,9−ビス(4−ヒドロキシフェニル)フルオレン、α,α'−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−1,4−ジイソプロピルベンゼン、α,α,α'−トリス(4−ヒドロキシフェニル)−1−エチル−4−イソプロピルベンゼン、4−ヒドロキシ安息香酸ベンジル、ビス(4−ヒドロキシフェニル)スルフィド、ビス(4−ヒドロキシフェニル)スルホン、4−ヒドロキシ安息香酸メチル、レソルシノール、テトラブロモビスフェノールAなどが好ましく挙げられる。
【0042】
このようなる非晶安定化化合物の配合量としては、上記マトリックス成分に対して3〜15質量%が好ましい。3質量%以上であれば、マトリックス成分の結晶化速度が速くなりすぎず、マトリックス成分の融点から室温に急冷する際に該成分が結晶化することがない。一方、15質量%以下であれば、非晶安定化剤自体が結晶化することがなく、マトリックス成分と相分離状態にならないので、製膜後の素子が白濁することがない。
【0043】
また、非晶安定化剤を導入することなしに非晶を形成したい場合、上記のステロイド系アルコール化合物も非晶を形成するが、複数のシクロ環同士連結した塊状の分子に、少なくとも塊状部位に直結する形で少なくとも1つ以上のヒドロキシル基とフェノール基を有する化合物が好適である。このような化合物としてはβ−エスタジオールやエストラトリオールなどが好ましく挙げられる。
【0044】
本発明の逆過飽和吸収材料に用いられる光増感剤としては、ステロール化合物中で項間交差効率が0.5以上であり、室温での燐光量子収率が10%以上であることを要する。また、燐光量子収率は、30%以上が好ましく、50%以上がより好ましい。
さらに、光増感剤としては、(i)その最低励起三重項エネルギーが、長励起状態寿命色素の最低励起三重項エネルギーよりも大きいこと、(ii)400〜600nmの波長における光増感剤の基底状態の吸光係数よりも長励起状態寿命色素の励起三重項状態の過度吸収の吸光係数が大きいこと、かつ(iii)長励起状態寿命色素の基底状態の紫外可視領域吸収は腸における吸光係数のピークトップが光増感剤の紫外可視領域吸収波長帯よりも短波長側にあること、が必要となる。このような光増感剤を添加することにより、大きな透過率の減少を低パワーの光照射により達成することが可能になる。そして、上記(i)〜(iii)の要件を満たすことで、光増感剤が効率よく励起三重項励起状態を形成し、そこから長励起状態寿命色素へ効率よくエネルギー移動することで励起三重項状態の寿命が長い長励起状態寿命色素の励起三重項励起状態を効率よく形成させることができるようになる。
【0045】
このような光増感剤としては、有機金属錯体が好ましく挙げられ、より具体的には、Platinum(III)[2(4,6−difluorophenyl)pyridinato−N,C2)−(acetyl−acetonate)、Iridium(III)、bis(2−(4,6−difluorephenyl)pyridinato−N,C2)、Tris(2−(2,4−difluorophenyl)pyridine)iridium(III)、Tris(2−phenylpyridine)iridium(III)、Iridium(III)tris(2−(4−totyl)pyridinato−N,C2)、Bis(2−(9,9−dihexylfluorenyl)−1−pyridine)(acetylacetonate)iridium(III)などが好ましく挙げられる。なお、上記の具体例は一例であり、上記要件を満たすものであれば、これに限定するものではない。
【0046】
このような光増感剤の配合量は、マトリックス成分に対して0.05〜10質量%が好ましく、0.05〜7.5質量%がより好ましく、0.5〜5質量%がさらに好ましい。0.5質量%以上であれば、光増感のための十分な吸収を得ることができ、透過率の減少の閾値が上昇することはない。一方、10質量%以下であれば、色素が凝集しにくく、マトリックス成分を結晶化させやすくすることがない。
【0047】
本発明の逆過飽和吸収材料に用いられる色素は、77Kの剛性媒体中で励起三重項寿命が0.3秒以上の寿命を有する長励起状態寿命色素であることを要する。そして、該長励起状態寿命色素は、光増感剤との間で、上記した(i)〜(iii)の相関関係を有するものである。
このような長励起状態寿命色素は、所定の波長の光を照射した際の長励起状態寿命色素における励起三重項状態形成の量子収率(φ)と長励起状態寿命色素の励起三重項状態寿命(τ)との積(φτ)が0.01以上であることが好ましく、0.1以上であることがより好ましい。φτが、従来よりも1000倍以上大きいものを選択することで、逆過飽和吸収特性の低閾値化が可能となる。
また、長励起状態寿命色素としては、三重項最低励起状態がππ*遷移からなる色素であり、かつ原子番号9以上の原紙を分子内に含有しない色素であることが好ましい。このような色素であると、光増感剤からの光三重項増感により効率よく光増感された際の長励起状態寿命色素の励起三重項寿命が長くなり、より低パワーで大きな逆過飽和吸収特性を得て、透過率を減少させるので、好ましい。
【0048】
このような長励起状態寿命色素としては、フェナントレン、クリセン、ピレン、ぺリレン、アントラセン、テトラセン、ペンタセン、コロネン、ベンゾeピレン、ベンゾg,h,iぺリレン、ベンゾアントラセン、ベンゾc,qクリセン、ヘキサベンゾコロネン、2−ジメチルアミノトリフェニレン、2−ジフェニルアミノトリフェニレン、2−ジエチルアミノフルオレン、2−ジプロピルアミノフルオレン、3−アミノ−2−ジメチルフルオレン、2,7−ビス(N−フェニル−N−(4'−N,N−ジフェニルアミノ−ビフェニル−4−イル))−9,9−ジメチル−フルオレン、9,9−ジメチル−N,N'−ジフェニル−N,N'−ジ−m−トリルフルオレン−2、7−ジアミン、2,7−ビス[フェニル(mトリル)アミノ]−9,9'−スピロフルオレン、N,N,N',N'−テトラフェニルベンジジン、N,N'−ジフェニル−N,N'−ジ(m−トリル)−ベンジジン、3,3',5,5'−テトラメチル−ベンジジン、4,4'−ビス[ジ(3,5−キシリル)アミノ]−4''−フェニルトリフェニルアミン、N,N,N',N'−テトラキス(p−トリル)ベンジジン、4,4'−ビス[N−(1−ナフチル)−N−フェニルアミノ]−4''−フェニルトリフェニルアミン、N−フェニル−2ナフチルアミン、N,N'−ジフェニル−ベンジジン、(フェナントレン−9−イル)−フェニル−アミン、N−フェニル−N−ピレン−3−イル−アミン、ジエチル−ピレン−1−イル−アミンなどが好ましく挙げられる。
【0049】
この長励起状態寿命色素を用いることにより、マトリックス成分中での長い三重項励起状態寿命が達成されるので、光増感剤からの光増感により、効率よく励起子が蓄積されるようになる。本発明においては、光増感剤と長励起状態寿命色素との組み合わせが重要となり、これらの長励起状態寿命色素の励起三重項の過度吸収帯にMLCT吸収波長帯を有する光増感剤を選択することが重要となる。この組み合わせが達成される系においては、長励起状態寿命色素の励起三重項状態の過度吸収の吸光係数は、ππ*遷移に由来して金属錯体のMLCT吸収よりも大きくなるので、励起子の蓄積に伴い材料の吸光度が大きく上昇し、大きな透過率の減少が生じる。
【0050】
長励起状態寿命色素は、芳香環を有し、該芳香環が重水素置換されていることが好ましい。本発明においては、全てが重水素置換されている必要はないが、形成された励起三重項状態の寿命を長くし、できるだけ低パワーの光照射で逆過飽和吸収特性得る観点から、全てが重水素置換されていることが好ましい。
重水素置換の手法としては、例えば、一度色素の骨格を合成した後Pd/CやPt/Cなどの触媒を用いて重水中で200℃以上の温度で、場合によっては水素雰囲気下で数時間から数十時間処理して合成する手法が挙げられる。これによって十分に重水素化されない部位がある場合は、原料段階からPd/CやPt/Cなどの触媒を用いて重水中で200℃以上の温度で、場合によっては水素雰囲気下で数時間から数十時間処理することで、重水素化したものから合成して芳香族化合物の骨格を形成することもできる。
【0051】
このような長励起状態寿命色素の配合量としては、マトリックス成分に対して0.05〜15質量%であることが好ましく、0.1〜7.5質量%がより好ましく、1〜5質量%がさらに好ましい。0.05質量%以上であれば、光増感剤からの励起三重項エネルギー移動の効率が良好となり、十分に長励起状態寿命色素の三重項励起子を蓄積することができ、逆過飽和吸収特性の低閾値化を実現することができる。一方、15質量%以下であれば、長励起状態寿命色素同士の濃度消光による、長励起状態寿命色素の励起三重項状態寿命の短縮を抑制し、十分に長励起状態寿命色素の励起子を蓄積することができるので、逆過飽和吸収特性の低閾値化を実現できる。またマトリックス成分の結晶化を促進することがないので、高透明性の媒体が実現できる。
【0052】
次に、本発明の逆過飽和吸収材料を用いた媒体について説明する。
本発明の逆過飽和吸収媒体は、本発明の逆過飽和吸収材料を用いてなるものであり、該材料を単独で媒体として使用することもできるし、基材上に設けて使用することもできる。用途にもよるが、基材上に設けて使用する方が汎用性に富むため好ましい。
本発明の逆過飽和吸収材料を基材上に設ける態様としては、単に基材上に設ける態様のほか、複数の基材の間に該材料を注入する態様などが挙げられる。基材としては、例えば紙、合成紙、プラスチックフィルム、ガラス基板などが好ましく挙げられる。また、逆過飽和吸収材料を基材上に設けたり、基材間に注入する場合には、必要に応じてバインダー樹脂などを用いて保持することができる。
【0053】
本発明の逆過飽和吸収材料を基材上に設けた場合、さらに保護層を設けてガスバリア性、耐薬品性、耐水性、耐摩耗性、耐光性などを付与することができる。保護層としては、水溶性高分子、疎水性化合物の水性エマルジョン、樹脂などにより形成された被膜などが好ましく挙げられる。逆過飽和吸収材料を、あらかじめギャップをあけて形成された複数枚の基材間に注入した場合には、逆過飽和吸収材料をインク化せずに、記録媒体を作成することができる。
【0054】
また、本発明の逆過飽和吸収材料を用いた逆過飽和吸収媒体は、例えば、該材料を多孔質膜に設けることにより作成することもできる。これにより、逆過飽和吸収材料をインク化させずに、媒体を作成することができる。多孔質膜としては、これらに限定されるわけではないが、例えば、紙、合成紙、多孔性高分子膜などが好ましく挙げられる。また、多孔質膜として、可視光領域に吸収を持たない高分子膜や、可視光領域に吸収を持たない酸化物微粒子を焼結させた多孔質膜を用いることができる。多孔質膜として紙を用いた場合には、曲げることができ、かつ安価な媒体が作成可能である。
【0055】
また、本発明の異なる逆過飽和吸収材料を成膜した媒体を積層化することで、さまざまな波長に対して逆過飽和吸収特性を付与することも可能である。
【0056】
このようにして得られた逆過飽和吸収媒体は、光スイッチ、光制限素子、調光素子、セキュリティー材料、光記録媒体のほか、窓の光制御などにも応用が可能である。
【実施例】
【0057】
次に、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこの例によって何ら限定されるものではない。
【0058】
(光増感剤の吸収波長と長励起状態色素の過度吸収の波長との重なりの違いの逆過飽和吸収特性への影響について)
【0059】
実施例1
光増感剤として下記化学式1の構造を有する金属錯体(1)を1.0質量部、長励起状態寿命色素として下記化学式2の構造を有する色素(1)を5.0質量部、マトリックスとして下記化学式3の構造を有するステロール化合物(1)を94.0質量部配合して粉末試料を得た。そして、得られた粉末試料を一度200℃まで加熱してマトリックスを融解させることで、他の化合物をマトリックス中に溶解させた。次いで、この試料を200℃の液体状態で、ギャップ100ミクロンの2枚のガラスプレートの間に毛細管現象により注入し、その後室温まで急冷し非晶化させることで、2枚のガラス基板に挟まれた状態の逆過飽和吸収媒体を得た。この媒体に、405nmのCW半導体レーザ光(B&WTEK社製)を低強度から照射していき、各々の強度において媒体を透過する405nmの光透過率の透過率を測定した。
【0060】
【化1】
【0061】
【化2】
【0062】
【化3】
【0063】
実施例2
実施例1において、長励起状態寿命色素として下記化学式4の構造を有する色素(2)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0064】
【化4】
【0065】
実施例3
実施例1において、光増感剤として下記化学式5の構造を有する金属錯体(2)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0066】
【化5】
【0067】
実施例4
実施例3において、長励起状態寿命色素として上記化学式4の構造を有する色素(2)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0068】
実施例5
実施例1において、光増感剤として下記化学式6の構造を有する金属錯体(3)を、長励起状態寿命色素として下記化学式7の構造を有する色素(3)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0069】
【化6】
【0070】
【化7】
【0071】
実施例6
実施例1において、長励起状態寿命色素として下記化学式8の構造を有する色素(4)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0072】
【化8】
【0073】
実施例7
実施例1において、長励起状態寿命色素として上記化学式7の構造を有する色素(3)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0074】
実施例8
実施例1において、長励起状態寿命色素として下記化学式9の構造を有する色素(5)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0075】
【化9】
【0076】
図8には、実施例1〜8に記載される材料中に含有される、光増感剤及び長励起状態寿命色素の吸収スペクトルおよび長励起状態寿命色素のT1準位からの過度吸収スペクトルを示す。また図9には、実施例1〜8に記載される材料中に含有される、光増感剤及び長励起状態寿命色素の燐光スペクトルを示す。
この中の図8及び図9の記載のスペクトルの中から、実施例1について、図10を用いて説明する。
405nmの光は化学式1の光増感剤のMLCTの小さな吸光係数に依存して吸収される(図10の(i))。化学式1(図中、化1と略記する。他の化学式も同様。)の光増感剤のMLCTの小さな吸光係数のために、実施例1の媒体の線形透過率は厚さ1mmであっても51%と大きい。一方、405nmの波長帯には、化学式2の長励起状態寿命色素の吸収は全くない(図10の(ii))。光増感剤の光吸収の後、化学式2の長励起状態寿命色素のT1エネルギーは化学式1のエネルギーよりも0.5eV以上小さいため、効率よく三重項−三重項エネルギー移動が生じ、化学式2のT1状態が形成される(図10の(iii))。表1のように、この化学式1の励起T1状態の燐光量子収率φPは0.13であり、長励起状態寿命色素へのエネルギー移動効率φETは0.3であるので、吸収された光のエネルギーのφ=φPφETである0.039、つまり3.9%が、化学式2のT1状態を形成するのに使用される。この化学式2のT1状態は、化学式3のステロイド系アルコールからなるマトリックス中では安定化され、平均0.46秒の長い寿命を有する。結果として、φτの値が大きいので化学式2のT1状態が効率よく蓄積されていく。この化学式2のT1状態は405nmの光に対して、化学式1の基底状態のおよそ14倍の吸光係数を有するために(図10の(iv))、より強く405nmの光を吸収する。結果として、図11における実施例1の透過率変化のように、光強度を強めていくと、吸光度が増加するため、透過率が減少していく。
【0077】
実施例1〜5に記載される材料においては、表1中に記載の各々の波長の光に対して、φτの値が大きく、効率よく光増感剤の吸収によって、長励起状態寿命色素のT1準位が蓄積される。結果として、逆過飽和吸収特性の閾値(FI)がmW/cm2レベルと小さくなる。さらに、その長励起状態寿命色素のT1準位の過度吸収が光増感剤の基底状態の吸収よりも大きいためにσが10以上と大きく、長励起状態寿命色素のT1状態の励起子の蓄積により、透過率が大きく減少していく。結果として、1W/cm2程度の光強度の照射により、透過率が好ましくは線形透過率の半分以下(表中、Ts/Tlが0.5以下)に減少する。例えば、実施例1のTs/Tlは0.33であり、透過率が線形透過率の0.33倍、すなわち半分以下になっている。結果として、数mWから数10mW/cm2の領域に閾値があり、線形透過率50%以上、1W/cm2における透過率が線形透過率の半分以下になる。
【0078】
図12には、実施例4における445nmの光強度を変化させた場合の透過率の変化が示されている。実施例4の材料においては、図13のように445nmの透過率変化は、化学式4の燐光発光のシグナルと同じ時間スケールで変化する。このことは、この透過率変化が化学式4のT1状態に依存していることを示している。また、543nmの透過率変化や633nmの透過率変化が445nmの光のものよりも小さいことは、図8における化学式4の励起三重項における過度吸収スペクトルからわかる。このことから、光照射により長寿命励起色素の励起三重項状態が効率よく蓄積されたことによって、透過率が減少している。なおここで、図13の○、□、△、●、■、▲、及び▼は、図12の各入射光強度のものに対応している。
【0079】
また、実施例6〜8の場合には、表1記載の波長においてφτの値は大きく、光照射により効率よく長励起状態寿命色素のT1励起子が蓄積されていくが、長励起状態寿命色素の励起子の過度吸光係数σ2が表1記載の波長の領域において2.5〜5.7程度であるため(図8参照)、図12のように照射光強度を強めていった際の透過率減少が0.75〜0.89程度となっている。結果として線形透過率は大きいが、1W/cm2における透過率の減少が0.75〜0.89程度のため、優れているとはいえないまでも、実用上は十分な性能を示しているといえる。
【0080】
以上のように、本発明においては、400〜600nm、好ましくは400〜500nmの波長における光増感剤の基底状態の吸光係数σ1よりも長励起状態寿命色素の励起三重項状態の過度吸収の吸光係数σ2が大きいという本発明の要件が、低閾値かつ良好な逆過飽和吸収特性を得るために重要な要素となることがわかる。
【0081】
【表1】
【0082】
(マトリックスの違いによる逆過飽和吸収特性の違いについて)
【0083】
実施例9
光増感剤として上記化学式1の構造を有する金属錯体(1)を1.0質量部、長励起状態寿命色素として上記化学式2の構造を有する色素(1)を5.0質量部、マトリックスとして下記化学式10の構造を有するステロール化合物(2)を85.0質量部、非晶安定化剤として、下記化学式11の構造を有する化合物(1)9.0質量部を配合して粉末試料を得た。そして、得られた粉末試料を一度180℃まで加熱してマトリックスを融解させることで、他の化合物をマトリックス中に溶解させた。そして、この試料を180℃の液体状態で、ギャップ1cmの2枚のガラスプレートの間に毛細管現象により注入し、その後室温まで急冷し非晶化させることで、2枚のガラス基板に挟まれた状態の逆過飽和吸収媒体を得た。この媒体に、405nmのCW半導体レーザ光(B&WTEK社製)を低強度から照射していき、各々の強度において媒体を透過する405nmの光透過率の透過率を測定した。
【0084】
【化10】
【0085】
【化11】
【0086】
実施例10
光増感剤として上記化学式1の構造を有する金属錯体(1)を1.0質量部、長励起状態寿命色素として上記化学式2の構造を有する色素(1)を5.0質量部、マトリックスとして下記化学式12の構造を有するステロール化合物(3)を85.0質量部、非晶安定化剤として、化11の構造を有する化合物(1)9.0質量部を配合して粉末試料を得た。そして、得られた粉末試料を一度230℃まで加熱してマトリックスを融解させることで、他の化合物をマトリックス中に溶解させた。そして、この試料を230℃の液体状態で、ギャップ1cmの2枚のガラスプレートの間に毛細管現象により注入し、その後室温まで急冷し非晶化させることで、2枚のガラス基板に挟まれた状態の逆過飽和吸収媒体を得た。この媒体に、405nmのCW半導体レーザ光(B&WTEK社製)を低強度から照射していき、各々の強度において媒体を透過する405nmの光透過率の透過率を測定した。
【0087】
【化12】
【0088】
比較例1
光増感剤として上記化学式1の構造を有する金属錯体(1)を10.0質量部、長励起状態寿命色素として上記化学式2の構造を有する色素(1)を5.0質量部、マトリックスとしてポリメチルメタクリレート(以下「PMMA」という)94.0質量部をジクロロエタンに溶解させ、スピンコート法にて厚み約10μmの薄膜をガラス基板上に形成した。この媒体に、405nmのCW半導体レーザ光(B&WTEK社製)を低強度から照射していき、各々の強度において媒体を透過する405nmの光透過率の透過率を測定した。
【0089】
比較例2
比較例1のPMMAをポリ塩化ビニル−酢酸ビニル共重合体(塩化ビニル部位:酢酸ビニル部位=9:1(質量比))(以下「PVC−PVAc」という)にした以外は、比較例1と同様に資料を調整し、測定を行った。
【0090】
比較例3
比較例1の媒体を、透過測定が可能な石英窓がついた真空中容器中に封入し、十分真空ポンプで脱気した条件で測定を行った。
【0091】
比較例4
光増感剤として上記化学式1の構造を有する金属錯体(1)を1.0質量部、長励起状態寿命色素として上記化学式2の構造を有する色素(1)を5.0質量部、N,N−Dimethylformamide(以下「DMF」という)94.0質量部に溶解させ、この溶液を、真空脱気を5回行った後、大気中に出さない状況で厚さ1mmの石英セルに注入し、405nmのCW半導体レーザ光(B&WTEK社製)を低強度から照射していき、各々の強度において1mmの厚さの溶液を透過する405nmの光透過率の透過率を測定した。
【0092】
比較例1及び3においては、表2に記載の通り、化学式2の長励起状態寿命色素のT1準位における励起三重項寿命(τ)が著しく短いために、1W/cm2レベルの光強度では透過率の減少が観測されない。これは、通常の高分子マトリックスでは、酸素や局所的な拡散運動が化2の長い励起子をクエンチさせてしまうためである。比較例3のように高真空化で酸素を取り除いた条件においても、そのクエンチは顕著に生じ、結果として逆過飽和吸収特性の閾値であるFI値を増加させてしまう。マトリックス中に酸素濃度は真空脱気下と大気中での燐光寿命を比較することにより測定可能であり、比較例1や2の通常の高分子非結晶マトリックスでは、10-5から10-4Mであった。非特許文献5では、PMMAの室温における拡散係数は、側鎖の回転運動を意味するβ緩和や主鎖の局所的な運動を意味するα`緩和によって決定され、6×10-14cm2/sという値を示す。
つまり、室温で少なくとも10-15cm2/s以上の拡散係数を持つマトリックスを用いた場合では、0.3秒以上といった長い励起状態寿命を得ることが困難であるために、目的となる低閾値の逆過飽和吸収特性を得ることができない。通常の電子ドナー性やアクセプター性が大きい高分子マトリックスにおいては、室温における拡散係数が1015cm2/sと大きくなるために、0.3秒以上といった長い励起状態寿命を得ることができない(J.E.Guillet,外2名,Macromolecules,1974,vol.7,No.2,pp.233−244を参照)。よって、低閾値の逆過飽和吸収特性を得ることができない。
【0093】
また、比較例4においてはDMF溶媒を液体マトリックスとした状態で、逆過飽和吸収特性を評価すると、化学式2の著しく小さいτのために、真空下で酸素を取り除いた環境でも、逆過飽和吸収特性は観測されない。これは、液体状態であるDMFの10-5cm2/sの大きな拡散係数が化学式2の三重項励起子を100マイクロ秒以内にクエンチしてしまうことで、φτの値が著しく小さくなってしまい、化学式2の励起子が全く蓄積されないためである。
【0094】
一方、実施例1で得られた材料は、前記の通り無秩序性が高く、酸素濃度が低く、拡散係数の小さいステロイド系アルコールによるマトリックス中で化学式2の励起三重項状態が安定化されるので、低閾値の逆過飽和吸収特性が観測される。実施例1の室温におけるマトリックスの拡散係数は、非特許文献2に記載の燐光寿命のマルチディケイによって解析する手法では計測不可能であった。これは、室温域では実施例1で獲られた材料は、室温域では燐光寿命のマルチディケイが全く観測されないからである。その値は少なくともPMMAのものよりは小さいということができる。また、酸素濃度は大気下と高真空下での励起三重項寿命の長さを測定することにより得られ、10-12〜10-11Mであった。
【0095】
また、実施例1に記載の化学式3のステロイド系アルコールからなるマトリックスだけではなく、実施例9や10のように化学式10や化学式12などの他のステロイド系アルコールからなるマトリックスにおいても、良好な低閾値の逆過飽和吸収特性が室温大気中で観測される。拡散係数は、非特許文献2記載の手法では、燐光寿命のマルチディケイが観測されないことから計測不可能であり、少なくともPMMAの室温における6×10-14cm2/sよりは十分小さいということができる。また、酸素濃度は大気下と高真空下での励起三重項寿命の長さを測定することにより得られ、10-1〜100Mであった。ここでフェノール誘導体である化学式11は、水素結合密度を増加して拡散係数を小さくする効果と、マトリックスの無秩序性を増加させる目的で添加されている。
【0096】
以上のように、本発明の材料において、拡散係数が10-15cm2/sより小さく、無秩序状態を形成するマトリックスとして、少なくとも一つ以上のステロイド系アルコールを用いることが、低閾値の過飽和吸収材料を達成する一つの要件となることが分かる。
【0097】
【表2】
【0098】
(光増感剤と長励起状態寿命色素の吸収波長の重なりが逆過飽和吸収特性へ与える影響について)
【0099】
比較例5
実施例1において、長励起状態寿命色素として下記化学式13の構造を有する色素(6)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0100】
【化13】
【0101】
比較例6
実施例1において、長励起状態寿命色素として下記化学式14の構造を有する色素(7)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し各種値の測定を行った。
【0102】
【化14】
【0103】
比較例7
実施例1において、長励起状態寿命色素として下記化学式15の構造を有する色素(8)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0104】
【化15】
【0105】
比較例8
実施例1において、長励起状態寿命色素として下記化学式16の構造を有する色素(9)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0106】
【化16】
【0107】
実施例1と比較例5〜8とを比較すると、比較例5〜8は光増感剤の吸収波長端付近に、長励起状態寿命色素の基底状態の吸収が存在するため(図8参照)、σ2/σ1が小さくなる(表3参照)。結果的に、線形透過率が著しく減少するが、1W/cm2における透過率の減少は小さい。このことは、通常光増感剤のみが光を吸収して、そのエネルギーが効率よく長励起状態寿命色素の長寿命の三重項励起子の形成にのみ用いられることが望ましいが、長励起状態寿命色素の光吸収が光増感剤の吸収領域に存在するため、色素の三重項励起子の形成を阻害してしまっていることを示している(図8参照)。また、長励起状態寿命色素が光を吸収した場合は、項間交差効率が小さいので、長励起状態寿命色素の長寿命の三重項励起子は形成されにくく効率が悪くなる。
このように、本発明の材料において、長励起状態寿命色素の基底状態の紫外可視領域吸収波長における吸光係数のピークトップが、光増感剤の紫外可視領域吸収波長帯よりも短波長側にあるという要件が重要であることがわかる。
【0108】
【表3】
【0109】
(光増感剤の違いによる逆過飽和吸収特性の違い)
【0110】
比較例9
実施例1において、光増感剤として下記化学式17の構造を有する光増感色素(4)を、長励起状態寿命色素として色素(1)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0111】
【化17】
【0112】
比較例9のように、金属錯体ではない光増感剤を用いた場合は、線形透過率は大きいが、1W/cm2以下の光強度における透過率の減少は著しく小さい。比較例9の場合、燐光量子収率が0.09と小さく、また通常の光増感剤の可視光の領域における光の吸光係数は、101cm-1M-1レベルと非常に小さく可視域に吸収のある材料も限定される。このため、φτが大きくても、増感剤自体の光の吸収効率が悪いために十分な光増感が生じない。このことは表4における厚さ1mmの媒体における大きな線形透過率からもわかる。
【0113】
一方で、実施例1〜5の場合のように、金属錯体は中心金属と配位子間の電子遷移(Metal to Ligand Charge Transfer(MLCT)遷移)に基づく吸収を幅広く可視域に持つ材料が多い。このMLCT吸収の吸収係数σ1は、通常の有機色素の吸収係数σ1よりは小さいが、金属錯体以外の増感剤の可視光域の吸収係数σ1よりも十分大きい。この適度な金属錯体の吸収係数は、線形透過率を大きく維持するのに好適である。一方、小さすぎもせず、十分な光増感のための吸収を得ることが可能である。その吸収係数の値は103cm-1M-1以下であるために、長励起状態色素の励起三重項における過度吸収の吸光係数の値の104cm-1M-1以上であり、長励起状態色素の励起三重項における過度吸収波長帯が金属錯体のMLCTの吸収帯と一致していれば大きなσに寄与する。結果的に励起子が蓄積された際に、大きな透過率の減少を生み出し、1W/cm2程度の光照射で、線形透過率の90%以下、好ましくは半分以下に透過率が減少する。このように本発明の材料において、光増感剤が有機金属錯体であるという条件が、低閾値の逆過飽和吸収特性を生み出す好ましい要件の一つであることが分かる。
【0114】
【表4】
【0115】
(光増感剤から長励起状態寿命色素への励起三重項エネルギー移動のしやすさの度合いが逆過飽和吸収特性に与える影響について)
【0116】
実施例11
実施例1において、光増感剤として上記化学式5の構造を有する光増感色素(2)を、長励起状態寿命色素として下記化学式18の構造を有する色素(10)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0117】
【化18】
【0118】
実施例12
実施例1において、光増感剤として上記化学式5の構造を有する光増感色素(2)を、長励起状態寿命色素として下記化学式19の構造を有する色素(11)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0119】
【化19】
【0120】
実施例13
実施例1において、光増感剤として下記化学式20の構造を有する光増感色素(5)を、長励起状態寿命色素として上記化学式4の構造を有する色素(2)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0121】
【化20】
【0122】
実施例11〜13は、光増感剤と長励起状態寿命色素の最低励起三重項準位(T1準位)の差ΔEが小さい材料である。この場合、表5に示されるように、逆過飽和吸収特性を示す閾値が高く、結果的に1W/cm2以下の光照射では、透過率は線形透過率の0.84〜0.89倍程度のため、優れているとはいえないまでも、実用上は十分な性能を示しているといえる。この場合、光増感度剤から励起三重項エネルギー移動効率(φ)が小さいために、φτが0.012程度以下となり、結果的に透過率減少の閾値を増加させるので、1W/cm2レベルの光強度では、線形透過率の半分以下までは透過率を減少させることができないことが分かる。
【0123】
一方、実施例1〜5の場合は、ΔEが大きい材料であり、光増感度剤から励起三重項エネルギー移動効率(φ)が大きい。このためφτが大きくなり、結果的に透過率減少の閾値を減少させ、1mW/cm2レベルの光照射で透過率の減少が起こり始め、1W/cm2レベルの光強度では、線形透過率の半分以下に透過率を減少させることが可能になる。このように、本発明の材料において、光増感剤のT1準位が長励起状態寿命色素のT1準位よりも大きいという、本発明の要件が低閾値の逆過飽和吸収特性を生み出す重要な要件の一つであることが分かる。
【0124】
【表5】
【0125】
(従来の良好な逆可飽和吸収特性を示す有機材料との比較)
【0126】
比較例10
実施例1において、光増感剤や長励起状態寿命色素を用いる代わりに、下記化学式21の構造を有する色素(12)を1.0質量部用いること以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0127】
【化21】
【0128】
比較例11
実施例1において、光増感剤や長励起状態寿命色素を用いる代わりに、上記化学式5の構造を有する光増感色素(2)を1.0質量部用いること以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0129】
比較例10及び11の場合は、図14(a)のように透過率の減少は全く観測されない。これは、表6のように励起三重項寿命が短くφτが著しく小さくなるため、光照射時に励起三重項が蓄えられにくくなり、透過率減少の閾値が増加してしまっているからである。比較例10で用いられる色素(21)は、非特許文献3及び4で紹介されるYAGレーザの照射時に透過率の減少が瞬間的に生じる材料として紹介されている化合物である。理論的にはφτが、実施例の100000倍以上大きいために、1kW/cm2程度のパワーの光を定常的に照射しないと、透過率の減少は観測されない計算になる。このように、本発明に規定されるように、室温大気中における長励起状態寿命色素の励起三重項状態寿命が長いことが、閾値の逆過飽和吸収特性を生み出す重要な要件の一つであることが分かる。
【0130】
【表6】
【0131】
(長励起状態寿命色素の三重項励起寿命の違いによる逆過飽和吸収特性の違い)
【0132】
比較例12
実施例1において、光増感剤として上記化学式5の構造を有する光増感色素(2)を、長励起状態寿命色素として下記化学式22の構造を有する色素(13)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0133】
【化22】
【0134】
比較例13
実施例1において、光増感剤として上記化学式5の構造を有する光増感色素(2)を、長励起状態寿命色素として下記化学式23の構造を有する色素(14)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0135】
【化23】
【0136】
比較例14
実施例1において、光増感剤として上記化学式5の構造を有する光増感色素(2)を、長励起状態寿命色素として下記化学式24の構造を有する色素(15)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0137】
【化24】
【0138】
実施例1〜5の場合は、長励起状態寿命色素の三重項励起状態の寿命がステロイド系アルコール系化合物中で0.3秒以上有しτが大きい。結果としてφτが大きくなり、逆過飽和吸収特性を示す閾値が1mW/cm2程度まで小さくなる。
【0139】
一方で、表7に示されるように比較例12〜16の場合は、長励起状態寿命色素の三重項励起状態の寿命がステロイド系アルコール中で0.3秒以下であり、結果としてφτが小さくなる。結果として、逆過飽和吸収特性を示す閾値が上昇し、1W/cm2以下の透過率変化が小さくなる。
【0140】
実施例1と比較例12及び13とを比較すると、長励起状態寿命色素が重水素置換されてあるものを用いた場合は、基本的に長励起状態寿命色素の励起三重項寿命が長くなり、逆過飽和吸収特性の閾値を低くするが、長励起状態寿命色素が重水素置換されてあるものを用いた場合においても、長励起状態寿命色素の励起三重項寿命(τ)が0.3秒以下と小さくなる色素も存在する。その結果φτも小さくなり逆過飽和吸収特性の閾値が大きくなる。結果として線形透過率は大きく維持できるが、1W/cm2以下の光照射における、線形透過率からの減少が小さいままであり、良好な逆過飽和吸収特性を示さない。このように、本発明の材料において、長励起状態寿命色素の励起三重項寿命が0.3秒以上であるという要件が、良好な低閾値の逆過飽和吸収特性を示す基本的な条件の一つであることが分かる。
【0141】
一方、表7に示されるように、実施例1と比較例14とを比較した場合は、重水素置換された、長励起状態寿命色素の三重項励起状態の寿命(τ)の値が10倍程度大きくなる(図14(b))。実施例1では、長励起状態寿命色素である前記化学式24の重水素置換物である化学式2が用いられており、この重水素置換によるτの上昇がφτの値を大きくし、逆過飽和吸収特性の閾値を下げていることがわかる。このように、本発明の材料系において、長励起状態寿命色素が、最低励起三重項状態がππ*遷移からなる色素であり、芳香環が重水素置換されていることが好ましいことが分かる。
【0142】
【表7】
【0143】
(光増感剤の配合量の違いの検討)
【0144】
実施例14
実施例1において、金属錯体(1)の配合量を0.5質量部とする以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0145】
実施例15
実施例1において、金属錯体(1)の配合量を5.0質量部とし、スペーサーの厚さを約100μmにし、媒体の厚みを100μmにする以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0146】
実施例16
実施例1において、金属錯体(1)の配合量を0.1質量部とする以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0147】
表8に示されるように、実施例14及び15と実施例16とを比較すると、実施例16のように光増感剤濃度が薄い場合には、φτの値が大きく、σの値が大きくても、実施例14及び15ほどの良好な透過率の減少は示さないものの、実用上は十分な性能を示しているといえる。これは、光増感剤濃度が薄すぎるために、媒体の1mmの光学長さでは光増感剤の光吸収自体が弱くなりすぎているためである。このことは線形透過率が大きいことからもわかる。
【0148】
一方、実施例14及び15の場合は、表8に示されるように、光増感剤の濃度が適切であり、素子の結晶化は生じない。またφτが大きくσが大きいことに由来して、逆過飽和吸収特性の閾値が低く、0.1mW/cm2の弱いパワーの光照射における高い線形透過率と、1W/cm2の定常光における小さな透過率の両立が実現でき、すなわち低閾値かつ良好な逆過飽和吸収特性が発現する。
【0149】
【表8】
【0150】
(長励起状態寿命色素の配合量の違いの検討)
【0151】
実施例17
実施例1において、長励起状態寿命色素として上記化学式2の構造を有する色素(1)の配合量を3.0質量部とする以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0152】
実施例18
実施例1において、長励起状態寿命色素として上記化学式2の構造を有する色素(1)の配合量を0.5質量部とする以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0153】
実施例19
実施例1において、長励起状態寿命色素として上記化学式2の構造を有する色素(1)の配合量を1.0質量部とする以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0154】
実施例20
実施例1において、長励起状態寿命色素として上記化学式2の構造を有する色素(1)の配合量を10.0質量部とする以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0155】
表9に示されるように、実施例1及び17は、光増感剤が長励起状態寿命色素と隣接する確率が増大し、光増感剤から長励起状態寿命色素への励起三重項エネルギー移動が効率よく生じ(φETが大きく)、結果としてφτが大きくなり、効率よく長励起状態寿命色素の長寿命三重項励起子が蓄積されやすくなる。結果として、光照射時の大きな透過率減少につながり、図15のように線形透過率を50%以上に保ちつつ、1W/cm2の光照射時の透過率が線形透過率の半分以下に減少する。
【0156】
一方、実施例18及び19は、長励起状態寿命色素が少ないために光増感剤から長励起状態寿命色素への励起三重項エネルギー移動効率が十分ではなく(φETが小さく)、φτが小さくなる。それゆえ、長励起状態寿命色素の長寿命三重項励起子の蓄積されやすさが十分ではなく、図15のように線形透過率は50%以上を確保することが可能であるが、1W/cm2の光照射による透過率の減少度が実施例1や17といった程度の良好な透過率の減少は示さないものの、実用上は十分な性能を示しているといえる。
【0157】
また、実施例20は、長励起状態寿命色素が少ないために光増感剤から長励起状態寿命色素への励起三重項エネルギー移動効率は大きい(φETは大きい)が、長励起状態寿命色素の会合体の影響で、励起三重項寿命が短くなり(τが小さくなり)、φが小さくなる。それゆえ、長励起状態寿命色素の長寿命三重項励起子の蓄積されやすさが十分ではなく、線形透過率は50%以上を確保可能であるが、1W/cm2の光照射による透過率の減少度が実施例1や17といった程度の良好な透過率の減少は示さないものの、実用上は十分な性能を示しているといえる。
【0158】
【表9】
【0159】
(光増感剤の有無による逆過飽和吸収特性への影響について)
【0160】
比較例15
比較例5において、光増感剤を用いないとする以外は、比較例5と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0161】
表10記載の通り、比較例15の場合においては、色素の励起三重項寿命は、秒オーダーと長い(τは大きい)。405nmの波長域において、図11のように吸光係数が小さく、励起三重項の過度吸収の吸光係数は、405nmの波長域で大きいのでσは大きい。しかし、材料の項間交差効率が小さく、φが小さくなる。結果としてφτは十分大きくなく、励起子の蓄積能力が十分ではない。その結果、1W/m2の光強度における透過率の減少率が小さい。
【0162】
【表10】
【産業上の利用可能性】
【0163】
本発明の低閾値有機逆過飽和吸収材料および媒体は、可視光域の光に対して高透明性を有し、厚さ1mmの媒体においても光散乱しないために光学的なガラス材料としての特性を有している。その一方で、強い光が照射された時のみ材料の吸光度が瞬間的に増加するといった特徴を有する。この強い光のパワーとはLEDや半導体レーザのような数mW/cm2〜数W/cm2レベルの光である。光強度が弱い際の光の透過率は10%以上、好ましくは50%以上を満たし、かつ1W/cm2の光照射の強度では、飽和透過率が線形透過率の90%以下、好ましくは半分以下に減少させうる。媒体はキャスト法や液晶素子のように基材に挟み込むことで活用可能である。
【0164】
本発明の低閾値有機逆過飽和吸収材料の応答の閾値は、本来の有機物のものと比較して少なくとも10の7乗分の1レベルと低いものである。このため、従来の有機逆過飽和吸収材料は、瞬時強度の強いパルスの大型でコストの高いYAGレーザにおいてのみ瞬間的に応答するものであったが、本発明の材料はLEDや半導体レーザ、比較的強い太陽光にも応答する材料である。
【0165】
一方、その低閾値は、無機化合物の逆過飽和吸収材料と比較しても十分小さい。さらに無機化合物では困難であった逆過飽和吸収媒体の大面積化も容易に可能である。
【0166】
このように、本発明の材料は大型で高額なパルスレーザーを用いなくとも逆過飽和吸収特性を制御できることから、小型で安価な光源を用いた小型の高速光スイッチ用材料、高速光論理演算素子などの光学システムに用いることが可能である。また、大面積の逆過飽和吸収体を形成可能なことから、調光素子やセキュリティー素子のストラテジーにも応用可能である。さらに、非コヒーレントの光を用いて大面積での逆過飽和吸収機能を制御することが可能であることから、新たなストラテジーを有するディスプレイや表示体など、レーザのスポット光源では、制御するのが困難な光システムを構築することが可能な材料となる。以上の如く本低閾値有機逆過飽和吸収材料およびその媒体は、さまざまな分野への応用が期待される。
【技術分野】
【0001】
本発明は、定常光に応答して材料の透過率が減少する有機逆過飽和吸収体に関する。さらに詳しくは数mW/cm2程度の弱い定常光に対しても応答する低閾値有機逆過飽和吸収体に関する。
【背景技術】
【0002】
逆過飽和吸収現象(光制限効果ともいう)とは、光の強度の増加と共に材料の吸光度が増加する現象である。その原理は光照射の際に材料の励起子が蓄積された場合、蓄積された励起子の吸光係数が元々の基底状態のものよりも大きい際に観測される現象である。その原理の応用先としては、主として光スイッチ、光制限素子、調光素子、セキュリティー材料などが挙げられる。この現象は、有機物においては常温大気中では瞬時強度の強いYAGレーザやフェムト秒レーザのような瞬時強度の強い光照射においてのみ瞬間的に生じる現象であり、1W/cm2以下という数mW/cm2程度のような弱い定常光においては観測されるものではなかった。
【0003】
無機化合物においても、逆過飽和吸収特性を示す材料としてCdS、CdSe、CdSxSe1-xなどの半導体、Mn3O4、Fe2O3、Co3O4およびCuO、TiO2、RuO2、Sb2O3、Ta2O5、Re2O7、OsO2またはIrO2などの金属酸化物からなる材料および半導体微粒子を透明物質中に分散含有させた材料が、主として研究開発されてきた(非特許文献1および特許文献1)。しかし、結晶性である半導体および金属酸化物からなる多結晶媒体や半導体微粒子をガラス中に分散させた媒体の場合、光散乱が顕著に生じ光の透過性を阻害してしまうといった問題点が挙げられる。また単結晶においては、大きな単結晶を得ることができず、素子の大面積化が困難である。このためコストが高くなるとともに、大面積用途への応用化は困難である。また、逆過飽和吸収特性の閾値自体もkW/cm2オーダー以上と非常に大きな光強度を必要とするものであった。
【0004】
また、有機化合物にも逆過飽和吸収現象を示す化合物が存在する。非特許文献2や3には、YAGレーザにおいてこれまでの報告で最も良好に逆過飽和吸収現象を示す有機材料系としてフタロシアニン誘導体が示されている。また非特許文献4には、同様に良好に逆過飽和吸収現象を示す化合物として白金錯体が示されている。しかし、このような材料の、逆過飽和吸収現象発現のための入射光の閾値は、ナノ秒パルスのYAGレーザにおいて10-2J/cm2程度であり、定常光で同様の現象を生じさせる場合には、kW/cm2オーダー以上の高パワーを必要とし、大きな透過率変化を生み出すためにはkW/cm2オーダーの強度を必要とする。このため上記のような従来の有機材料系においては、定常的な光照射の場合や、定常光レーザのような瞬間的に大きな光強度を有する光照射ではない場合には、逆過飽和吸収現象を全く生じない。
【0005】
低閾値の逆過飽和吸収を達成するためには、(i)励起状態寿命が室温大気中で長いこと、(ii)過度吸収の吸光度が基底状態の吸光度よりも十分大きいこと、の二つ条件を同時に両立する必要がある。これまで、非特許文献2、3及び4のような材料系では(ii)の条件は達成されているものの、励起状態寿命がマイクロ秒オーダーと短いために、逆過飽和吸収特性を示す材料の閾値は1kW/cm2以上という高パワーの光を原理上必要としていた。仮にこのような強い定常光の照射しして逆飽和吸収機能を発現させようとしても、有機材料は瞬時に光分解してしまうといった問題があり、また、このような有機物を大面積に成膜し逆過飽和吸収媒体を作成しても、YAGレーザなどのスポット光で、瞬間的にしか現象が生じないために、大面積の機能を有効的に活用することはできなかった。さらに、YAGレーザなどの大型の光源を必要とするため、小型化が要求されるような用途には用いることができなかった。このため、LEDや半導体レーザなどの1W/cm2以下、数mW/cm2オーダーという低パワーの光照射により、大きな逆過飽和吸収特性を示し、媒体の大面積化も可能にするような材料の開発が望まれていた。
【0006】
室温大気中で励起状態寿命の長い有機材料としては、特許文献2に、無秩序状態のステロイド媒体にドナー置換された芳香族炭化水素を少量添加することで数秒オーダーの励起状態寿命が室温大気中で達成されることが記載されている。しかし、特許文献2には、光の逆過飽和吸収特性に関する記載は一切ない。また、無秩序状態のステロイド媒体にドナー置換された芳香族炭化水素を少量添加した材料においては、室温大気中において励起状態寿命は長いが、過度吸収の吸光度が基底状態の吸光度よりも十分大きくないため、光強度を強めた際の吸光度の増加はわずかである。
【0007】
また、特許文献2には、常温で無秩序状態を形成するステロイド媒体に、有機金属錯体および芳香族化合物の2種をドープする材料が記載され、この材料では、効率よく常温大気中で蓄光発光が達成されることが述べられている。しかし、光の逆過飽和吸収特性に関する記述や示唆は一切ない。また、特許文献2に開示される材料設計では、過度吸収の吸光度が基底状態の吸光度よりも十分大きくないため、光強度を強めた際の吸光度の増加はわずかである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2003−248254号公報
【特許文献2】国際公開第2009/069790号パンフレット
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】安藤昌儀,「化学と工業」,社団法人 日本化学会,1997年,第50巻,第4号,p.621
【非特許文献2】Joseph.W.Perry,外5名,Opt.Lett.,1994,vol.19,pp.625
【非特許文献3】Joseph.W.Perry,外11名,Science,1996,vol.273,pp.1533
【非特許文献4】Guijiang Zhou,外4名,Adv.Funct.Mater.,2009,vol.19,pp.531
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記のような従来技術の問題点に鑑みてなされたもので、常温大気中で1W/cm2以下、数mW/cm2オーダーというLEDや半導体レーザ、太陽光などの弱い定常光によって、材料の吸光度が大きく増加し、大面積の媒体が形成可能なような材料、低閾値有機過飽和吸収材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意研究を重ねた結果、常温で無秩序状態を形成し、拡散係数が小さいマトリックス内に、所定の性状を有する光増感剤及び色素の2種をドープする材料において、下記の発明により、常温大気中での任意の波長において光の強度が1μW/cm2以下の光強度における透過率(線形透過率)は、10%以上、好ましく50%以上であるが、1W/cm2の定常光照射では、透過率が線形透過率の90%以下、好ましくは半分以下になる有機材料、すなわち低閾値有機逆過飽和吸収材料、および該材料を用いた媒体の開発に成功し、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本発明は、下記の低閾値有機逆過飽和吸収材料及び該材料を用いた逆過飽和吸収媒体を提供するものである。
1.常温で拡散係数が10-15cm2/s未満であり、かつ無秩序状態を形成するマトリックス内に、項間交差効率が50%以上であり、室温における燐光量子収率が10%以上である光増感剤と77Kの剛性媒体中で励起三重項寿命が0.3秒以上の寿命を有する長励起状態寿命色素とを含有する材料であって、光増感剤の最低励起三重項エネルギーが長励起状態寿命色素の最低励起三重項エネルギーよりも大きく、400〜600nmの波長における光増感剤の基底状態の吸光係数よりも長励起状態寿命色素の励起三重項状態の過度吸収の吸光係数が大きく、かつ長励起状態寿命色素の基底状態の紫外可視領域吸収波長における吸光係数のピークトップが、光増感剤の紫外可視領域吸収波長帯よりも短波長側にあることを特徴とする逆過飽和吸収材料。
2.前記マトリックスが、シクロ環とOH基とを各々少なくとも一つ有する縮合多環式化合物である前記1に記載の逆過飽和吸収材料。
3.前記縮合多環式化合物が、ステロイド系アルコールである前記2に記載の逆化飽和吸収材料。
4.光増感剤が、有機金属錯体である前記1〜3のいずれかに記載の逆過飽和吸収材料。
5.所定の波長の光を照射した際の長励起状態寿命色素における励起三重項状態形成の量子収率(φ)と励起三重項状態寿命(τ)との積(φτ)が0.01以上である前記1〜4に記載の逆過飽和吸収材料。
6.長励起状態寿命色素が、その最低励起三重項状態がππ*遷移からなる色素であり、かつ原子番号9以上の原子を分子内に含有しないものである前記1〜5のいずれかに記載の逆過飽和吸収材料。
7.長励起状態寿命色素が、芳香環を有し、該芳香環が重水素置換されていることを特徴とする前記1〜6のいずれかに記載の逆過飽和吸収材料。
8.1μW/cm2の光強度における線形透過率が50%以上である前記1〜7のいずれかに記載の逆過飽和吸収材料。
9.前記1〜8のいずれかに記載の逆過飽和吸収材料が用いられることを特徴とする逆過飽和吸収媒体。
10.逆化飽和吸収材料が基板上に設けられることを特徴とする前記9に記載の逆過飽和吸収媒体。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、常温大気中で1W/cm2以下、数mW/cm2オーダーのLEDや半導体レーザ、太陽光などの弱い定常光によって、材料の吸光度が大きく増加し、透過率が減少し、大面積の媒体が形成可能なような材料、すなわち低閾値有機過飽和吸収材料を提供することができる。また、本発明の有機逆過飽和吸収材料は、LEDや半導体レーザや低パワーの光源により光スイッチなどの機能が発現されるので、光システムの小型化薄膜化などを可能にするものである。さらに、本発明の有機逆過飽和吸収材料は、無機の逆過飽和吸収材料では困難な、高透明性や、大面積素子の形成を可能にするものである。
【0014】
ここで、低閾値逆過飽和吸収材料が有する特性としては、光照射の強度が1μW/cm2の十分弱い際の透過率(線形透過率)が10%以上、好ましくは50%以上を満たし、かつ1W/cm2のようなLEDやCW半導体レーザなどで実現可能な強い光強度における透過率(飽和透過率)が線形透過率の90%以下、好ましくは半分以下に減少するような材料と定義する。また、本明細書において、逆過飽和吸収特性の閾値(FI値)は、線形透過率が10%以下となる光照射強度であると定義する。
【0015】
上記1に規定される逆過飽和吸収材料は、400〜600nmの波長の光照射によって光増感剤からの励起三重項エネルギー移動により長励起状態寿命色素の三重項励起子が効率よく蓄積され、その三重項励起子の吸光係数が光増感剤の基底状態の吸光係数よりも十分大きいため、低閾値、かつ大きな逆過飽和吸収現象の発現を可能とする。
また、上記1に規定される逆過飽和吸収材料において、長励起状態寿命色素の基底状態の紫外可視吸収波長は、光増感剤の紫外可視吸収波長よりも短波長側に存在する。このことにより、光増感剤による光励起三重項の増感により長励起状態寿命色素の励起三重項状態を形成する際に、長励起状態寿命色素の光吸収が光増感剤の光吸収を阻害しなくなるため、効率よい長励起状態寿命色素の励起三重項状態の形成が可能になる。一方、長励起状態寿命色素を直接光励起した場合は、項間交差効率が悪いために、効率よく長励起状態寿命色素の励起三重項状態を形成することができないので、長励起状態寿命色素の光吸収は、長励起状態寿命色素の励起三重項状態の蓄積によって生み出される逆過飽和吸収特性には阻害要因となってしまう。
【0016】
上記2及び3に規定される逆過飽和吸収材料においては、固体中のマトリックスの小さな拡散運動、大きな励起三重項エネルギー、非晶性に由来した色素の高分散特性、及びマトリックスの低酸素透過性により、長励起状態寿命色素の励起三重項状態が、室温大気中でも安定化される。そして、光増感剤を介して長励起状態寿命色素の励起三重項状態が形成された場合、励起子が長時間安定化されるので、入射光の強度が弱くても長励起状態寿命色素の三重項励起子が蓄積されるようになる。これにより、上記2及び3に規定される逆過飽和吸収材料は、逆過飽和吸収特性の低閾値化を可能とする。
【0017】
上記4に規定される逆過飽和吸収材料は、金属錯体を用いることで、吸光係数の小さなMLCT吸収帯を光増感剤の吸収に用いることが可能になる。ここで、MLCT吸収とは、電子遷移(Metal to Ligand Charge Transfer(MLCT)遷移)に基づく吸収のことをいう。逆過飽和吸収材料においては、基底状態の吸光度よりも、励起状態の吸光度が十分大きくなることが重要であるが、この金属錯体の基底状態における小さなMLCTの吸光係数は、長励起状態寿命色素の励起三重項状態の大きな過度吸収の吸光係数との差を大きくし、逆過飽和吸収材料における、大きな透過率の減少を生み出すのに好適である。
【0018】
上記5に規定される逆過飽和吸収材料は、所定の波長の光を照射した際の長励起状態寿命色素における励起三重項状態の形成の量子収率(φ)と励起三重項状態寿命(τ)との積(φτ)を0.01以上という従来よりも大きいものとすることで、逆過飽和吸収特性の低閾値化を可能とする。
【0019】
上記6に規定される逆過飽和吸収材料は、長励起状態寿命色素のππ*の励起三重項状態から基底状態に失活する速度が遅い傾向があるので、光増感剤からの光増感で形成された長励起状態寿命色素の三重項励起子が蓄積されやすく、逆過飽和吸収現象の低閾値化を達成することができる。
【0020】
上記7に規定される逆過飽和吸収材料は、C−Hの赤外振動エネルギーがそれよりも低いC−Dの赤外振動エネルギーに変換されるので、長励起状態寿命色素の励起三重項状態における熱失活速度を遅らすことができる。そのため、長励起状態寿命色素の励起三重項寿命が長くなり、長励起状態寿命色素の三重項励起子がさらに蓄積されやすくなり、更なる逆過飽和吸収現象の低閾値化が達成される。
【0021】
上記8に規定される逆過飽和吸収材料は、その線形透過率を50%以上とすることで、弱い光が照射された際には無駄なく光を透過し、一方で強い光が照射された際には効率よく隠光することが可能となる。
【0022】
また、上記9及び上記10に規定される本発明の逆過飽和吸収材料を用いた媒体は、上記1〜8の特徴を同時に有し、LEDや半導体レーザなどの光強度で、大きく透過率が減少する。さらに、マトリックスの高密度の水素結合に由来して、ガラス転移温度が上昇し、ガラス転移温度以下での結晶化速度が低下するので、室温でも安定な光学的な非晶状態を形成し、光の透過性を阻害しないものである。以上により、本発明の逆過飽和吸収材料を用いた逆過飽和吸収媒体は、光スイッチや、光制限素子、調光素子として好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】従来の有機系マトリックス内に分散された長い励起状態寿命を有する色素の長い三重項励起子がマトリックスの影響によってクエンチされる要因を説明する概念図である。
【図2】ステロール系化合物からなるマトリックス中に分散された長い励起状態寿命を有する色素の長い三重項励起子がクエンチされにくいことを説明する概念図である。
【図3】本発明の低閾値有機逆過飽和吸収材料において、光の強い照射強度に対する大幅な透過率現象のメカニズムを光増感剤及び長励起状態寿命色素のエネルギー状態図を用いて示す概念図である。
【図4】本発明の低閾値有機逆過飽和吸収材料において、光の照射による長励起状態寿命色素の励起三重項の増感を説明する概念図である。
【図5】本発明の低閾値有機逆過飽和吸収材料において、光増感剤と長励起状態寿命色素の吸光係数の度合いの比較を説明する概念図である。
【図6】本発明の低閾値有機逆過飽和吸収材料において、照射光量の増加に伴う、吸光度の上昇及び透過率の減少を説明する概念図である。
【図7】図6の説明図に従って本発明の低閾値有機逆過飽和吸収材料の透過率が減少していくことを説明する図である。
【図8】実施例および比較例に用いられる光増感剤と長励起状態寿命色素の吸光係数を示す概念図である。
【図9】実施例および比較例に用いられる光増感剤と長励起状態寿命色素の燐光スペクトルを示す図である。
【図10】実施例1の材料において低閾値有機逆過飽和吸収特性が発現するメカニズムを説明する図である。
【図11】実施例および比較例の材料において、低閾値有機逆過飽和吸収特性を示す図である。
【図12】実施例4の材料において、445nmの光における低閾値有機逆過飽和吸収特性示す説明する図である。
【図13】実施例4の材料において、時間0秒で445nmの光を照射した場合の各波長における透過光強度の変化率、及び色素(4)の燐光強度変化を示す図である。
【図14】実施例1、比較例10、11及び14の材料において、低閾値有機逆過飽和吸収特性示す説明する図である。(a)405nmの光の入射光パワーに対する透過率変化を示す図である。(b)媒体中での色素(1)及び色素(15)の室温における励起三重項寿命を示す図である。
【図15】実施例1の材料において、化学式2の色素濃度を変化させた場合の入射光パワーに対する透過率変化を示す図である。(a)化学式2の色素濃度を変化させたときの405nmの光に対するφ、τ及びφτの変化を示す図である。(b)触媒中での色素濃度を変化させた場合の入射光パワーの対する透過率変化を示す図である。透過率測定に用いた光の波長は405nmである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明を実施するための最良の形態について説明する。
本発明の低閾値有機逆過飽和吸収材料は、常温で拡散係数が10-15cm2/s未満であり、かつ無秩序状態を形成するマトリックス内に、項間交差効率が50%以上であり、室温における燐光量子収率が10%以上である光増感剤と77Kの剛性媒体中で励起三重項寿命が0.3秒以上の寿命を有する長励起状態寿命色素とを含有する材料において、光増感剤の最低励起三重項エネルギーが長励起状態寿命色素の最低励起三重項エネルギーよりも大きく、400〜600nm、好ましくは400〜500nmの波長における光増感剤の基底状態の吸光係数よりも長励起状態寿命色素の励起三重項状態の過度吸収の吸光係数が大きく、かつ長励起状態寿命色素の基底状態の紫外可視領域吸収波長における吸光係数のピークトップが、光増感剤の紫外可視領域吸収波長帯よりも短波長側にあることを特徴とするものである。
【0025】
ここで、本発明の低閾値有機逆過飽和吸収材料が低パワーの光照射により吸光度が増加し、その波長の光の透過率が減少するメカニズムについて、図1と図2に基づいて説明する。
【0026】
所定の波長において、低閾値の逆過飽和吸収特性、より具体的には所定の波長における光照射の強度が1μW/cm2の十分弱い際の透過率(線形透過率)が10%以上、好ましくは50%以上を満たし、かつ1W/cm2の光照射の強度では、飽和透過率が線形透過率の90%以下、好ましくは半分以下となる特性を得るためには、所定の波長の光励起により効率よく励起子が蓄積され、蓄積された励起子がその波長の光を強く吸収する必要がある。このために必要な条件として二つが挙げられる。第一に、効率よく寿命の長い励起子が形成される必要があり、これは低閾値化の度合いを決定する。低閾値化の度合いは、所定の波長の光を照射した際の長励起状態寿命色素における励起三重項状態の形成の量子収率(φ)および励起三重項状態寿命τの積(φτ、以下単にφτということがある。)によって理論的に決定される。第二に、大きな逆過飽和吸収特性を得るには、所定の波長の光励起により形成された励起子の吸光係数σ2は基底状態の吸光係数σ1よりも大きい必要がある。すなわち、σ2/σ1(以下、単にσということがある。)が大きい必要があり、好ましくは2以上、より好ましくは10以上である。
【0027】
光スイッチや、光制限素子、調光素子といった数多くのデバイスは通常室温大気下で用いられ、このような環境下で逆過飽和吸収特性発現の低閾値化を図るためには、φτの値を大きくする必要がある。とりわけ、有機化合物においては、室温大気中で励起状態寿命の長い材料は困難であるため、τの小ささが逆過飽和吸収特性発現の低閾値化の妨げになっていた。
【0028】
通常77Kで長い励起三重項寿命を有する色素を、ビニルポリマーを中心とする非晶マトリックスに分散した場合、図1の(b)に示されるように、マトリックスを構成する化合物が室温領域でも局所的に分子拡散運動を行っているため、仮に長励起状態寿命色素を励起しても長くてもミリ秒程度で色素にマトリックスが衝突し、その励起エネルギーを奪ってしまう(Kazuyuki Horie,外1名,Chem.Phys.Lett.,1982,vol.93,pp.61を参照)。その結果、長励起状態寿命色素常温大気下において秒オーダーの長い励起状態寿命を得ることはできず、低閾値の逆過飽和吸収特性を得ることはできない。
【0029】
ビニルポリマーのような動きやすいポリマーではなく、ポリイミドなどの剛直な部位だけからなる高分子マトリックスは、若干の電子ドナー性やアクセプター性を有している。ここに長励起状態寿命色素を分散させても、色素の励起エネルギーもしくは電子が奪われたり、供与したりする結果、室温下では秒オーダーのような長い励起状態を得ることはできない(G.J.Kavarnos,“Fundamentals of Photoinduced Elevtron Transfer”,VCH Publishers,1993、あるいはJ.A.Barltrop,J.D.Coyle,“Principles of Photochemistry”,Wiley,1978を参照)。そのため、低閾値の逆過飽和吸収特性を得ることはできない。(図1(d)参照)。
【0030】
剛直な部位だけからなる材料は、結晶化しやすく色素が均一に分散されず、周囲の結晶化により排除された長励起状態寿命色素同士が凝集する結果、濃度消光が起こり、秒オーダーのような長い励起状態を得ることはできず、低閾値の逆過飽和吸収特性を得ることはできない(図1(a)参照)。また、一部低分子化合物で剛直な材料でも室温で安定した非晶を形成する化合物が存在する。しかし、この材料においても分子同士の束縛力はファンデスワールス力の弱い力なので、分子振動などは抑えることができず、長励起状態寿命色素を分散させて励起しても、秒オーダーのような長い励起状態を得ることはできず、低閾値の逆過飽和吸収特性を得ることはできない。
【0031】
さらに、通常のマトリックスは大気中でマトリックス中に酸素を蓄えており、この酸素を取り除くのが困難である。酸素が存在すると長励起状態寿命色素の長い励起状態のエネルギーを酸素が衝突して奪う効果により、長励起状態寿命色素の励起子が失活してしまう(Jacobus Kuijt,外3名,Anal.Chem.Acta.,2003,vol.488,pp.135参照)。通常の高分子非晶マトリックスはガラス転移温度(Tg)以上に加熱しながら真空脱気を行うことで酸素を取り除くことが可能であるが、再び大気中に放置すると即座に酸素が系中に浸透拡散してしまうので、この酸素の影響で大気下では長励起状態寿命色素の長い励起状態は達成されない(図1(c)参照)。
【0032】
図2のように、好ましくはシクロ環とOH基(ヒドロキシル基)とを各々少なくとも一つ有する縮合多環式化合物、より好ましくはステロイド系アルコールから構成されるマトリックスは、塊状分子からなり、該塊状分子は、回転できないように分子間に強い束縛力が働く場合、分子の回転運動は通常より弱くなる。このような塊状分子は室温で結晶化しやすいが、マトリックス中にヒドロキシル基とフェノール基を含むような化合物もしくは化合物の混合体は、分子間水素結合の影響で結晶化速度が遅くなる傾向がある。そして、該塊状分子は、マトリックスを融解した状態からTg以下まで急冷する際に、Tg以上融点以下の温度領域を短い時間通過するが、その数秒程度の時間では結晶化が生じないので、室温で安定な非晶を形成することができる。この非晶マトリックスのTg以下では、塊状分子は無秩序な状態ではあるが、3次元的な水素結合ネットワークにより安定化し、室温では結晶化しにくくなるとともに、マトリックスは微小な原子間の伸縮運動を行うだけなので、塊状分子の回転運動が禁止され色素への衝突確率が激減する。
【0033】
より好ましくはステロイド系アルコールからなるマトリックスは、融点以上に加熱することで酸素が系外に放出され、その後室温まで急冷すると酸素が系中に存在しない状況で非晶化する。さらにマトリックスは、シクロ環由来が大半であり、このため多少なりともドナー部位やアクセプター部位を含まないので、色素の励起エネルギーを奪うような効果は弱い。このマトリックスに、77Kで0.3秒以上という長い励起三重項寿命を有する色素(長励起状態寿命色素)を分散させ励起すると、長励起状態寿命色素は、熱振動による失活や酸素による失活やマトリックスへの電子移動やマトリックスからの電子移動などによる失活が生じないために、マトリックスの影響を受けずに、長励起状態寿命色素の励起三重項状態寿命が安定化され、秒オーダーの励起三重項寿命が室温大気中で達成される。
【0034】
上記したように、有機材料においては、室温大気中における励起状態寿命の短さが逆過飽和吸収特性発現の低閾値化の妨げになっていた。そこで、ステロイド系アルコールのような拡散係数が小さく、酸素のガスバリア性に優れ、電子ドナー性やアクセプター性が小さく、長励起状態寿命色素の濃度消光を誘発しないような化合物をマトリックスに用いることが好ましく、逆過飽和吸収特性発現の低閾値化のための重要な要素となる。
【0035】
好ましくは常温大気中で拡散係数が10-15cm2/sより小さく、無秩序状態を形成するステロイド系アルコールのような化合物で形成されたマトリックス内に、長励起状態寿命色素が分散された系に、さらに光増感剤が添加された系においては、まず光増感剤が光を吸収する(図3及び図4の(i)参照)。ここで、基底状態の長励起状態寿命色素はλの波長の光は全く吸収しない(図5参照)。この光増感剤による光吸収は、光増感剤に金属錯体を用いた場合は基底状態準位(S0準位)から最低励起一重項準位(S1準位)の場合やS0準位から最低励起三重項準位(T1準位)の場合がある。仮にS1準位に励起された場合であっても、重原子効果により項間交差効率が50%以上であるため、効率よく光増感剤のT1準位が形成される(図3及び図4の(ii)参照)。ここで、光増感剤の燐光量子収率は10%以上ある場合、光増感剤からの最低励起三重項状態は比較的安定化されT1状態でのエネルギーの失活が防がれる。
【0036】
次に、長励起状態寿命色素のT1エネルギーが光増感剤のエネルギーよりも小さいので、長励起状態寿命色素を選択すれば効率よく三重項−三重項エネルギー移動が生じ、効率よく長励起状態寿命色素の三重項励起子が形成され、φが大きくなる(図3及び図4の(iii)参照)。
【0037】
また、長励起状態寿命色素は、常温大気中で拡散係数が10-15cm2/sより小さく、無秩序状態を形成するステロイド系アルコールのような化合物から形成された、酸素含有率が少ないマトリックス内に分散されているので、その励起三重項寿命が秒オーダーと長くなる(τが大きくなる)。この室温大気中での長励起状態寿命色素の長い励起三重項寿命のために、長励起状態寿命色素のT1励起子が蓄積されていく(図6参照)。この長励起状態寿命色素の蓄積は、入射するλの波長の光度に依存して多くなる(図6(1)〜(4)を参照)。形成された長励起状態寿命色素のT1励起子は、λの波長に対するσ2はππ*遷移の特性を有するため104cm-1M-1と大きく、光増感剤のMLCT吸収に由来する吸光係数σ1の105cm-1M-1の値よりも10倍以上大きい(図5を参照)。このため、λの波長光を光増感剤よりも強く吸収する(図3、図4の(iv)および図5参照)。結果として、媒体のλの波長に対する光の透過率は光強度の増大につれて減少していく(図5及び図7(1)〜(4)を参照)。結果として、入射光強度が増加すると、媒体の吸光度が増加し、透過率が減少するといった逆過飽和吸収特性が発現する。
【0038】
本発明においてマトリックスを形成するマトリックス成分としては、比較的側鎖などの運動性が大きい部位を含まない、複数のシクロ環同士連結した塊状の分子が好適であり、シクロ環とOH基とを各々少なくとも一つ有する縮合多環式化合物であることが好ましく、少なくとも塊状部位に直結する形でOH基を含む官能基、好ましくはヒドロキシル基、カルボキシル基やリン酸基などを有する化合物が好適であり、ステロイド系アルコールがより好ましい。ここで、複数のシクロ環同士が連結した塊状の分子からなる化合物とは、別の言葉で言えば、縮合多環式炭化水素を基本骨格とし、それに置換基が結合した化合物ともいえる。
【0039】
本発明の逆過飽和吸収材料のマトリックスに用いられる好適なマトリックス成分としては、ステロイド骨格のように円柱状に近く嵩高い分子骨格を有したアルコール基を含有する化合物、すなわちステロイド系アルコールが好ましく、より具体的にはコレステロール、ステグマステロール、プレグネノロン、メチルアンドロステンジオール、エストラジオールベンゾエート、エピアンドロステン、ステノロン、β−シトステロール、プレグネノロンアセテート、β−コレスタロール、5,16−プレグナディエン−3β−オール−20−ワン、5α−プレグネン−3β−オール−20−ワン、5−プレグネン−3β,17−ジオール−20−ワン−21−アセテート、5−プレグネン−3β,17−ジオール−20−ワン−17−アセテート、5−プレグネン−3β,21−ジオール−20−ワン−21−アセテート、5−プレグネン−3β,17−ジオールジアセテート、ロコゲニン、チゴゲニン、エスミラゲニン、ヘコゲニン、ジオスゲニン及びそれらの誘導体、及びそれらを含む混合物などが挙げられる。
【0040】
複数のシクロ環同士連結した塊状の分子の他の例としては、ロイコトール、ピリエスホルモシド、エストリオール、エストラジオール、エストロン、エキリングリコール、14‐ヒドロキシジヒドロモルフィン、エストロン、ヘキサコサヒドロヘキサセン、イクセレニルアセタート、ベルチシン、コルセベラミン、エベイエジン、(3aα,6aα,9aα,9bβ)−ドデカヒドロ−1H−フェナレン−2α,5α,8α−トリオール、ヘプタシクロ[8.4.0.02,7.03,5.04,8.09,13.012,14]テトラデカン−1,9−ジオールなどが好ましく挙げられる。
【0041】
本発明の逆過飽和吸収材料のマトリックス成分には、ステロイド系アルコールの光学的な非晶状態を安定化させる非晶安定化化合物として、少なくとも剛直な部位に2つ以上のヒドロキシル基を含む化合物を適量添加してもよい。具体的には、1,1,1−トリス(4−ヒドロキシフェニル)エタン、1,1'−メチレンジ−2−ナフトール、1,1−ビス(3−シクロヘキシル−4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサン、1,1−ビス(4−ヒドロキシ−3−メチルフェニル)シクロヘキサン、1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサン、1,3−ビス[2−(4−ヒドロキシフェニル)−2−プロピル]ベンゼン、1−ナフトール、2,2'−ビフェノール、2,2−ビス(2−ヒドロキシ−5−ビフェニルイル)プロパン、2,2−ビス(3−シクロヘキシル−4−ヒドロキシフェニル)プロパン、2,2−ビス(3−sec−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−ヒドロキシ−3−イソプロピルフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−ヒドロキシ−3−メチルフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパン、2,3,4−トリヒドロキシジフェニルメタン、2−ナフトール、4,4'−(1,3−ジメチルブチリデン)ジフェノール、4,4'−(2−エチルヘキシリデン)ジフェノール、4,4'−(2−ヒドロキシベンジリデン)ビス(2,3,6−トリメチルフェノール)、4,4'−ビフェノール、4,4'−ジヒドロキシジフェニルエーテル、4,4'−ジヒドロキシジフェニルメタン、4,4'−エチリデンビスフェノール、4,4'−メチレンビス(2−メチルフェノール)、4−(1,1,3,3−テトラメチルブチル)フェノール、4−フェニルフェノール、4−tert−ブチルフェノール、9,9−ビス(4−ヒドロキシフェニル)フルオレン、α,α'−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−1,4−ジイソプロピルベンゼン、α,α,α'−トリス(4−ヒドロキシフェニル)−1−エチル−4−イソプロピルベンゼン、4−ヒドロキシ安息香酸ベンジル、ビス(4−ヒドロキシフェニル)スルフィド、ビス(4−ヒドロキシフェニル)スルホン、4−ヒドロキシ安息香酸メチル、レソルシノール、テトラブロモビスフェノールAなどが好ましく挙げられる。
【0042】
このようなる非晶安定化化合物の配合量としては、上記マトリックス成分に対して3〜15質量%が好ましい。3質量%以上であれば、マトリックス成分の結晶化速度が速くなりすぎず、マトリックス成分の融点から室温に急冷する際に該成分が結晶化することがない。一方、15質量%以下であれば、非晶安定化剤自体が結晶化することがなく、マトリックス成分と相分離状態にならないので、製膜後の素子が白濁することがない。
【0043】
また、非晶安定化剤を導入することなしに非晶を形成したい場合、上記のステロイド系アルコール化合物も非晶を形成するが、複数のシクロ環同士連結した塊状の分子に、少なくとも塊状部位に直結する形で少なくとも1つ以上のヒドロキシル基とフェノール基を有する化合物が好適である。このような化合物としてはβ−エスタジオールやエストラトリオールなどが好ましく挙げられる。
【0044】
本発明の逆過飽和吸収材料に用いられる光増感剤としては、ステロール化合物中で項間交差効率が0.5以上であり、室温での燐光量子収率が10%以上であることを要する。また、燐光量子収率は、30%以上が好ましく、50%以上がより好ましい。
さらに、光増感剤としては、(i)その最低励起三重項エネルギーが、長励起状態寿命色素の最低励起三重項エネルギーよりも大きいこと、(ii)400〜600nmの波長における光増感剤の基底状態の吸光係数よりも長励起状態寿命色素の励起三重項状態の過度吸収の吸光係数が大きいこと、かつ(iii)長励起状態寿命色素の基底状態の紫外可視領域吸収は腸における吸光係数のピークトップが光増感剤の紫外可視領域吸収波長帯よりも短波長側にあること、が必要となる。このような光増感剤を添加することにより、大きな透過率の減少を低パワーの光照射により達成することが可能になる。そして、上記(i)〜(iii)の要件を満たすことで、光増感剤が効率よく励起三重項励起状態を形成し、そこから長励起状態寿命色素へ効率よくエネルギー移動することで励起三重項状態の寿命が長い長励起状態寿命色素の励起三重項励起状態を効率よく形成させることができるようになる。
【0045】
このような光増感剤としては、有機金属錯体が好ましく挙げられ、より具体的には、Platinum(III)[2(4,6−difluorophenyl)pyridinato−N,C2)−(acetyl−acetonate)、Iridium(III)、bis(2−(4,6−difluorephenyl)pyridinato−N,C2)、Tris(2−(2,4−difluorophenyl)pyridine)iridium(III)、Tris(2−phenylpyridine)iridium(III)、Iridium(III)tris(2−(4−totyl)pyridinato−N,C2)、Bis(2−(9,9−dihexylfluorenyl)−1−pyridine)(acetylacetonate)iridium(III)などが好ましく挙げられる。なお、上記の具体例は一例であり、上記要件を満たすものであれば、これに限定するものではない。
【0046】
このような光増感剤の配合量は、マトリックス成分に対して0.05〜10質量%が好ましく、0.05〜7.5質量%がより好ましく、0.5〜5質量%がさらに好ましい。0.5質量%以上であれば、光増感のための十分な吸収を得ることができ、透過率の減少の閾値が上昇することはない。一方、10質量%以下であれば、色素が凝集しにくく、マトリックス成分を結晶化させやすくすることがない。
【0047】
本発明の逆過飽和吸収材料に用いられる色素は、77Kの剛性媒体中で励起三重項寿命が0.3秒以上の寿命を有する長励起状態寿命色素であることを要する。そして、該長励起状態寿命色素は、光増感剤との間で、上記した(i)〜(iii)の相関関係を有するものである。
このような長励起状態寿命色素は、所定の波長の光を照射した際の長励起状態寿命色素における励起三重項状態形成の量子収率(φ)と長励起状態寿命色素の励起三重項状態寿命(τ)との積(φτ)が0.01以上であることが好ましく、0.1以上であることがより好ましい。φτが、従来よりも1000倍以上大きいものを選択することで、逆過飽和吸収特性の低閾値化が可能となる。
また、長励起状態寿命色素としては、三重項最低励起状態がππ*遷移からなる色素であり、かつ原子番号9以上の原紙を分子内に含有しない色素であることが好ましい。このような色素であると、光増感剤からの光三重項増感により効率よく光増感された際の長励起状態寿命色素の励起三重項寿命が長くなり、より低パワーで大きな逆過飽和吸収特性を得て、透過率を減少させるので、好ましい。
【0048】
このような長励起状態寿命色素としては、フェナントレン、クリセン、ピレン、ぺリレン、アントラセン、テトラセン、ペンタセン、コロネン、ベンゾeピレン、ベンゾg,h,iぺリレン、ベンゾアントラセン、ベンゾc,qクリセン、ヘキサベンゾコロネン、2−ジメチルアミノトリフェニレン、2−ジフェニルアミノトリフェニレン、2−ジエチルアミノフルオレン、2−ジプロピルアミノフルオレン、3−アミノ−2−ジメチルフルオレン、2,7−ビス(N−フェニル−N−(4'−N,N−ジフェニルアミノ−ビフェニル−4−イル))−9,9−ジメチル−フルオレン、9,9−ジメチル−N,N'−ジフェニル−N,N'−ジ−m−トリルフルオレン−2、7−ジアミン、2,7−ビス[フェニル(mトリル)アミノ]−9,9'−スピロフルオレン、N,N,N',N'−テトラフェニルベンジジン、N,N'−ジフェニル−N,N'−ジ(m−トリル)−ベンジジン、3,3',5,5'−テトラメチル−ベンジジン、4,4'−ビス[ジ(3,5−キシリル)アミノ]−4''−フェニルトリフェニルアミン、N,N,N',N'−テトラキス(p−トリル)ベンジジン、4,4'−ビス[N−(1−ナフチル)−N−フェニルアミノ]−4''−フェニルトリフェニルアミン、N−フェニル−2ナフチルアミン、N,N'−ジフェニル−ベンジジン、(フェナントレン−9−イル)−フェニル−アミン、N−フェニル−N−ピレン−3−イル−アミン、ジエチル−ピレン−1−イル−アミンなどが好ましく挙げられる。
【0049】
この長励起状態寿命色素を用いることにより、マトリックス成分中での長い三重項励起状態寿命が達成されるので、光増感剤からの光増感により、効率よく励起子が蓄積されるようになる。本発明においては、光増感剤と長励起状態寿命色素との組み合わせが重要となり、これらの長励起状態寿命色素の励起三重項の過度吸収帯にMLCT吸収波長帯を有する光増感剤を選択することが重要となる。この組み合わせが達成される系においては、長励起状態寿命色素の励起三重項状態の過度吸収の吸光係数は、ππ*遷移に由来して金属錯体のMLCT吸収よりも大きくなるので、励起子の蓄積に伴い材料の吸光度が大きく上昇し、大きな透過率の減少が生じる。
【0050】
長励起状態寿命色素は、芳香環を有し、該芳香環が重水素置換されていることが好ましい。本発明においては、全てが重水素置換されている必要はないが、形成された励起三重項状態の寿命を長くし、できるだけ低パワーの光照射で逆過飽和吸収特性得る観点から、全てが重水素置換されていることが好ましい。
重水素置換の手法としては、例えば、一度色素の骨格を合成した後Pd/CやPt/Cなどの触媒を用いて重水中で200℃以上の温度で、場合によっては水素雰囲気下で数時間から数十時間処理して合成する手法が挙げられる。これによって十分に重水素化されない部位がある場合は、原料段階からPd/CやPt/Cなどの触媒を用いて重水中で200℃以上の温度で、場合によっては水素雰囲気下で数時間から数十時間処理することで、重水素化したものから合成して芳香族化合物の骨格を形成することもできる。
【0051】
このような長励起状態寿命色素の配合量としては、マトリックス成分に対して0.05〜15質量%であることが好ましく、0.1〜7.5質量%がより好ましく、1〜5質量%がさらに好ましい。0.05質量%以上であれば、光増感剤からの励起三重項エネルギー移動の効率が良好となり、十分に長励起状態寿命色素の三重項励起子を蓄積することができ、逆過飽和吸収特性の低閾値化を実現することができる。一方、15質量%以下であれば、長励起状態寿命色素同士の濃度消光による、長励起状態寿命色素の励起三重項状態寿命の短縮を抑制し、十分に長励起状態寿命色素の励起子を蓄積することができるので、逆過飽和吸収特性の低閾値化を実現できる。またマトリックス成分の結晶化を促進することがないので、高透明性の媒体が実現できる。
【0052】
次に、本発明の逆過飽和吸収材料を用いた媒体について説明する。
本発明の逆過飽和吸収媒体は、本発明の逆過飽和吸収材料を用いてなるものであり、該材料を単独で媒体として使用することもできるし、基材上に設けて使用することもできる。用途にもよるが、基材上に設けて使用する方が汎用性に富むため好ましい。
本発明の逆過飽和吸収材料を基材上に設ける態様としては、単に基材上に設ける態様のほか、複数の基材の間に該材料を注入する態様などが挙げられる。基材としては、例えば紙、合成紙、プラスチックフィルム、ガラス基板などが好ましく挙げられる。また、逆過飽和吸収材料を基材上に設けたり、基材間に注入する場合には、必要に応じてバインダー樹脂などを用いて保持することができる。
【0053】
本発明の逆過飽和吸収材料を基材上に設けた場合、さらに保護層を設けてガスバリア性、耐薬品性、耐水性、耐摩耗性、耐光性などを付与することができる。保護層としては、水溶性高分子、疎水性化合物の水性エマルジョン、樹脂などにより形成された被膜などが好ましく挙げられる。逆過飽和吸収材料を、あらかじめギャップをあけて形成された複数枚の基材間に注入した場合には、逆過飽和吸収材料をインク化せずに、記録媒体を作成することができる。
【0054】
また、本発明の逆過飽和吸収材料を用いた逆過飽和吸収媒体は、例えば、該材料を多孔質膜に設けることにより作成することもできる。これにより、逆過飽和吸収材料をインク化させずに、媒体を作成することができる。多孔質膜としては、これらに限定されるわけではないが、例えば、紙、合成紙、多孔性高分子膜などが好ましく挙げられる。また、多孔質膜として、可視光領域に吸収を持たない高分子膜や、可視光領域に吸収を持たない酸化物微粒子を焼結させた多孔質膜を用いることができる。多孔質膜として紙を用いた場合には、曲げることができ、かつ安価な媒体が作成可能である。
【0055】
また、本発明の異なる逆過飽和吸収材料を成膜した媒体を積層化することで、さまざまな波長に対して逆過飽和吸収特性を付与することも可能である。
【0056】
このようにして得られた逆過飽和吸収媒体は、光スイッチ、光制限素子、調光素子、セキュリティー材料、光記録媒体のほか、窓の光制御などにも応用が可能である。
【実施例】
【0057】
次に、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこの例によって何ら限定されるものではない。
【0058】
(光増感剤の吸収波長と長励起状態色素の過度吸収の波長との重なりの違いの逆過飽和吸収特性への影響について)
【0059】
実施例1
光増感剤として下記化学式1の構造を有する金属錯体(1)を1.0質量部、長励起状態寿命色素として下記化学式2の構造を有する色素(1)を5.0質量部、マトリックスとして下記化学式3の構造を有するステロール化合物(1)を94.0質量部配合して粉末試料を得た。そして、得られた粉末試料を一度200℃まで加熱してマトリックスを融解させることで、他の化合物をマトリックス中に溶解させた。次いで、この試料を200℃の液体状態で、ギャップ100ミクロンの2枚のガラスプレートの間に毛細管現象により注入し、その後室温まで急冷し非晶化させることで、2枚のガラス基板に挟まれた状態の逆過飽和吸収媒体を得た。この媒体に、405nmのCW半導体レーザ光(B&WTEK社製)を低強度から照射していき、各々の強度において媒体を透過する405nmの光透過率の透過率を測定した。
【0060】
【化1】
【0061】
【化2】
【0062】
【化3】
【0063】
実施例2
実施例1において、長励起状態寿命色素として下記化学式4の構造を有する色素(2)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0064】
【化4】
【0065】
実施例3
実施例1において、光増感剤として下記化学式5の構造を有する金属錯体(2)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0066】
【化5】
【0067】
実施例4
実施例3において、長励起状態寿命色素として上記化学式4の構造を有する色素(2)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0068】
実施例5
実施例1において、光増感剤として下記化学式6の構造を有する金属錯体(3)を、長励起状態寿命色素として下記化学式7の構造を有する色素(3)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0069】
【化6】
【0070】
【化7】
【0071】
実施例6
実施例1において、長励起状態寿命色素として下記化学式8の構造を有する色素(4)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0072】
【化8】
【0073】
実施例7
実施例1において、長励起状態寿命色素として上記化学式7の構造を有する色素(3)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0074】
実施例8
実施例1において、長励起状態寿命色素として下記化学式9の構造を有する色素(5)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0075】
【化9】
【0076】
図8には、実施例1〜8に記載される材料中に含有される、光増感剤及び長励起状態寿命色素の吸収スペクトルおよび長励起状態寿命色素のT1準位からの過度吸収スペクトルを示す。また図9には、実施例1〜8に記載される材料中に含有される、光増感剤及び長励起状態寿命色素の燐光スペクトルを示す。
この中の図8及び図9の記載のスペクトルの中から、実施例1について、図10を用いて説明する。
405nmの光は化学式1の光増感剤のMLCTの小さな吸光係数に依存して吸収される(図10の(i))。化学式1(図中、化1と略記する。他の化学式も同様。)の光増感剤のMLCTの小さな吸光係数のために、実施例1の媒体の線形透過率は厚さ1mmであっても51%と大きい。一方、405nmの波長帯には、化学式2の長励起状態寿命色素の吸収は全くない(図10の(ii))。光増感剤の光吸収の後、化学式2の長励起状態寿命色素のT1エネルギーは化学式1のエネルギーよりも0.5eV以上小さいため、効率よく三重項−三重項エネルギー移動が生じ、化学式2のT1状態が形成される(図10の(iii))。表1のように、この化学式1の励起T1状態の燐光量子収率φPは0.13であり、長励起状態寿命色素へのエネルギー移動効率φETは0.3であるので、吸収された光のエネルギーのφ=φPφETである0.039、つまり3.9%が、化学式2のT1状態を形成するのに使用される。この化学式2のT1状態は、化学式3のステロイド系アルコールからなるマトリックス中では安定化され、平均0.46秒の長い寿命を有する。結果として、φτの値が大きいので化学式2のT1状態が効率よく蓄積されていく。この化学式2のT1状態は405nmの光に対して、化学式1の基底状態のおよそ14倍の吸光係数を有するために(図10の(iv))、より強く405nmの光を吸収する。結果として、図11における実施例1の透過率変化のように、光強度を強めていくと、吸光度が増加するため、透過率が減少していく。
【0077】
実施例1〜5に記載される材料においては、表1中に記載の各々の波長の光に対して、φτの値が大きく、効率よく光増感剤の吸収によって、長励起状態寿命色素のT1準位が蓄積される。結果として、逆過飽和吸収特性の閾値(FI)がmW/cm2レベルと小さくなる。さらに、その長励起状態寿命色素のT1準位の過度吸収が光増感剤の基底状態の吸収よりも大きいためにσが10以上と大きく、長励起状態寿命色素のT1状態の励起子の蓄積により、透過率が大きく減少していく。結果として、1W/cm2程度の光強度の照射により、透過率が好ましくは線形透過率の半分以下(表中、Ts/Tlが0.5以下)に減少する。例えば、実施例1のTs/Tlは0.33であり、透過率が線形透過率の0.33倍、すなわち半分以下になっている。結果として、数mWから数10mW/cm2の領域に閾値があり、線形透過率50%以上、1W/cm2における透過率が線形透過率の半分以下になる。
【0078】
図12には、実施例4における445nmの光強度を変化させた場合の透過率の変化が示されている。実施例4の材料においては、図13のように445nmの透過率変化は、化学式4の燐光発光のシグナルと同じ時間スケールで変化する。このことは、この透過率変化が化学式4のT1状態に依存していることを示している。また、543nmの透過率変化や633nmの透過率変化が445nmの光のものよりも小さいことは、図8における化学式4の励起三重項における過度吸収スペクトルからわかる。このことから、光照射により長寿命励起色素の励起三重項状態が効率よく蓄積されたことによって、透過率が減少している。なおここで、図13の○、□、△、●、■、▲、及び▼は、図12の各入射光強度のものに対応している。
【0079】
また、実施例6〜8の場合には、表1記載の波長においてφτの値は大きく、光照射により効率よく長励起状態寿命色素のT1励起子が蓄積されていくが、長励起状態寿命色素の励起子の過度吸光係数σ2が表1記載の波長の領域において2.5〜5.7程度であるため(図8参照)、図12のように照射光強度を強めていった際の透過率減少が0.75〜0.89程度となっている。結果として線形透過率は大きいが、1W/cm2における透過率の減少が0.75〜0.89程度のため、優れているとはいえないまでも、実用上は十分な性能を示しているといえる。
【0080】
以上のように、本発明においては、400〜600nm、好ましくは400〜500nmの波長における光増感剤の基底状態の吸光係数σ1よりも長励起状態寿命色素の励起三重項状態の過度吸収の吸光係数σ2が大きいという本発明の要件が、低閾値かつ良好な逆過飽和吸収特性を得るために重要な要素となることがわかる。
【0081】
【表1】
【0082】
(マトリックスの違いによる逆過飽和吸収特性の違いについて)
【0083】
実施例9
光増感剤として上記化学式1の構造を有する金属錯体(1)を1.0質量部、長励起状態寿命色素として上記化学式2の構造を有する色素(1)を5.0質量部、マトリックスとして下記化学式10の構造を有するステロール化合物(2)を85.0質量部、非晶安定化剤として、下記化学式11の構造を有する化合物(1)9.0質量部を配合して粉末試料を得た。そして、得られた粉末試料を一度180℃まで加熱してマトリックスを融解させることで、他の化合物をマトリックス中に溶解させた。そして、この試料を180℃の液体状態で、ギャップ1cmの2枚のガラスプレートの間に毛細管現象により注入し、その後室温まで急冷し非晶化させることで、2枚のガラス基板に挟まれた状態の逆過飽和吸収媒体を得た。この媒体に、405nmのCW半導体レーザ光(B&WTEK社製)を低強度から照射していき、各々の強度において媒体を透過する405nmの光透過率の透過率を測定した。
【0084】
【化10】
【0085】
【化11】
【0086】
実施例10
光増感剤として上記化学式1の構造を有する金属錯体(1)を1.0質量部、長励起状態寿命色素として上記化学式2の構造を有する色素(1)を5.0質量部、マトリックスとして下記化学式12の構造を有するステロール化合物(3)を85.0質量部、非晶安定化剤として、化11の構造を有する化合物(1)9.0質量部を配合して粉末試料を得た。そして、得られた粉末試料を一度230℃まで加熱してマトリックスを融解させることで、他の化合物をマトリックス中に溶解させた。そして、この試料を230℃の液体状態で、ギャップ1cmの2枚のガラスプレートの間に毛細管現象により注入し、その後室温まで急冷し非晶化させることで、2枚のガラス基板に挟まれた状態の逆過飽和吸収媒体を得た。この媒体に、405nmのCW半導体レーザ光(B&WTEK社製)を低強度から照射していき、各々の強度において媒体を透過する405nmの光透過率の透過率を測定した。
【0087】
【化12】
【0088】
比較例1
光増感剤として上記化学式1の構造を有する金属錯体(1)を10.0質量部、長励起状態寿命色素として上記化学式2の構造を有する色素(1)を5.0質量部、マトリックスとしてポリメチルメタクリレート(以下「PMMA」という)94.0質量部をジクロロエタンに溶解させ、スピンコート法にて厚み約10μmの薄膜をガラス基板上に形成した。この媒体に、405nmのCW半導体レーザ光(B&WTEK社製)を低強度から照射していき、各々の強度において媒体を透過する405nmの光透過率の透過率を測定した。
【0089】
比較例2
比較例1のPMMAをポリ塩化ビニル−酢酸ビニル共重合体(塩化ビニル部位:酢酸ビニル部位=9:1(質量比))(以下「PVC−PVAc」という)にした以外は、比較例1と同様に資料を調整し、測定を行った。
【0090】
比較例3
比較例1の媒体を、透過測定が可能な石英窓がついた真空中容器中に封入し、十分真空ポンプで脱気した条件で測定を行った。
【0091】
比較例4
光増感剤として上記化学式1の構造を有する金属錯体(1)を1.0質量部、長励起状態寿命色素として上記化学式2の構造を有する色素(1)を5.0質量部、N,N−Dimethylformamide(以下「DMF」という)94.0質量部に溶解させ、この溶液を、真空脱気を5回行った後、大気中に出さない状況で厚さ1mmの石英セルに注入し、405nmのCW半導体レーザ光(B&WTEK社製)を低強度から照射していき、各々の強度において1mmの厚さの溶液を透過する405nmの光透過率の透過率を測定した。
【0092】
比較例1及び3においては、表2に記載の通り、化学式2の長励起状態寿命色素のT1準位における励起三重項寿命(τ)が著しく短いために、1W/cm2レベルの光強度では透過率の減少が観測されない。これは、通常の高分子マトリックスでは、酸素や局所的な拡散運動が化2の長い励起子をクエンチさせてしまうためである。比較例3のように高真空化で酸素を取り除いた条件においても、そのクエンチは顕著に生じ、結果として逆過飽和吸収特性の閾値であるFI値を増加させてしまう。マトリックス中に酸素濃度は真空脱気下と大気中での燐光寿命を比較することにより測定可能であり、比較例1や2の通常の高分子非結晶マトリックスでは、10-5から10-4Mであった。非特許文献5では、PMMAの室温における拡散係数は、側鎖の回転運動を意味するβ緩和や主鎖の局所的な運動を意味するα`緩和によって決定され、6×10-14cm2/sという値を示す。
つまり、室温で少なくとも10-15cm2/s以上の拡散係数を持つマトリックスを用いた場合では、0.3秒以上といった長い励起状態寿命を得ることが困難であるために、目的となる低閾値の逆過飽和吸収特性を得ることができない。通常の電子ドナー性やアクセプター性が大きい高分子マトリックスにおいては、室温における拡散係数が1015cm2/sと大きくなるために、0.3秒以上といった長い励起状態寿命を得ることができない(J.E.Guillet,外2名,Macromolecules,1974,vol.7,No.2,pp.233−244を参照)。よって、低閾値の逆過飽和吸収特性を得ることができない。
【0093】
また、比較例4においてはDMF溶媒を液体マトリックスとした状態で、逆過飽和吸収特性を評価すると、化学式2の著しく小さいτのために、真空下で酸素を取り除いた環境でも、逆過飽和吸収特性は観測されない。これは、液体状態であるDMFの10-5cm2/sの大きな拡散係数が化学式2の三重項励起子を100マイクロ秒以内にクエンチしてしまうことで、φτの値が著しく小さくなってしまい、化学式2の励起子が全く蓄積されないためである。
【0094】
一方、実施例1で得られた材料は、前記の通り無秩序性が高く、酸素濃度が低く、拡散係数の小さいステロイド系アルコールによるマトリックス中で化学式2の励起三重項状態が安定化されるので、低閾値の逆過飽和吸収特性が観測される。実施例1の室温におけるマトリックスの拡散係数は、非特許文献2に記載の燐光寿命のマルチディケイによって解析する手法では計測不可能であった。これは、室温域では実施例1で獲られた材料は、室温域では燐光寿命のマルチディケイが全く観測されないからである。その値は少なくともPMMAのものよりは小さいということができる。また、酸素濃度は大気下と高真空下での励起三重項寿命の長さを測定することにより得られ、10-12〜10-11Mであった。
【0095】
また、実施例1に記載の化学式3のステロイド系アルコールからなるマトリックスだけではなく、実施例9や10のように化学式10や化学式12などの他のステロイド系アルコールからなるマトリックスにおいても、良好な低閾値の逆過飽和吸収特性が室温大気中で観測される。拡散係数は、非特許文献2記載の手法では、燐光寿命のマルチディケイが観測されないことから計測不可能であり、少なくともPMMAの室温における6×10-14cm2/sよりは十分小さいということができる。また、酸素濃度は大気下と高真空下での励起三重項寿命の長さを測定することにより得られ、10-1〜100Mであった。ここでフェノール誘導体である化学式11は、水素結合密度を増加して拡散係数を小さくする効果と、マトリックスの無秩序性を増加させる目的で添加されている。
【0096】
以上のように、本発明の材料において、拡散係数が10-15cm2/sより小さく、無秩序状態を形成するマトリックスとして、少なくとも一つ以上のステロイド系アルコールを用いることが、低閾値の過飽和吸収材料を達成する一つの要件となることが分かる。
【0097】
【表2】
【0098】
(光増感剤と長励起状態寿命色素の吸収波長の重なりが逆過飽和吸収特性へ与える影響について)
【0099】
比較例5
実施例1において、長励起状態寿命色素として下記化学式13の構造を有する色素(6)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0100】
【化13】
【0101】
比較例6
実施例1において、長励起状態寿命色素として下記化学式14の構造を有する色素(7)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し各種値の測定を行った。
【0102】
【化14】
【0103】
比較例7
実施例1において、長励起状態寿命色素として下記化学式15の構造を有する色素(8)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0104】
【化15】
【0105】
比較例8
実施例1において、長励起状態寿命色素として下記化学式16の構造を有する色素(9)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0106】
【化16】
【0107】
実施例1と比較例5〜8とを比較すると、比較例5〜8は光増感剤の吸収波長端付近に、長励起状態寿命色素の基底状態の吸収が存在するため(図8参照)、σ2/σ1が小さくなる(表3参照)。結果的に、線形透過率が著しく減少するが、1W/cm2における透過率の減少は小さい。このことは、通常光増感剤のみが光を吸収して、そのエネルギーが効率よく長励起状態寿命色素の長寿命の三重項励起子の形成にのみ用いられることが望ましいが、長励起状態寿命色素の光吸収が光増感剤の吸収領域に存在するため、色素の三重項励起子の形成を阻害してしまっていることを示している(図8参照)。また、長励起状態寿命色素が光を吸収した場合は、項間交差効率が小さいので、長励起状態寿命色素の長寿命の三重項励起子は形成されにくく効率が悪くなる。
このように、本発明の材料において、長励起状態寿命色素の基底状態の紫外可視領域吸収波長における吸光係数のピークトップが、光増感剤の紫外可視領域吸収波長帯よりも短波長側にあるという要件が重要であることがわかる。
【0108】
【表3】
【0109】
(光増感剤の違いによる逆過飽和吸収特性の違い)
【0110】
比較例9
実施例1において、光増感剤として下記化学式17の構造を有する光増感色素(4)を、長励起状態寿命色素として色素(1)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0111】
【化17】
【0112】
比較例9のように、金属錯体ではない光増感剤を用いた場合は、線形透過率は大きいが、1W/cm2以下の光強度における透過率の減少は著しく小さい。比較例9の場合、燐光量子収率が0.09と小さく、また通常の光増感剤の可視光の領域における光の吸光係数は、101cm-1M-1レベルと非常に小さく可視域に吸収のある材料も限定される。このため、φτが大きくても、増感剤自体の光の吸収効率が悪いために十分な光増感が生じない。このことは表4における厚さ1mmの媒体における大きな線形透過率からもわかる。
【0113】
一方で、実施例1〜5の場合のように、金属錯体は中心金属と配位子間の電子遷移(Metal to Ligand Charge Transfer(MLCT)遷移)に基づく吸収を幅広く可視域に持つ材料が多い。このMLCT吸収の吸収係数σ1は、通常の有機色素の吸収係数σ1よりは小さいが、金属錯体以外の増感剤の可視光域の吸収係数σ1よりも十分大きい。この適度な金属錯体の吸収係数は、線形透過率を大きく維持するのに好適である。一方、小さすぎもせず、十分な光増感のための吸収を得ることが可能である。その吸収係数の値は103cm-1M-1以下であるために、長励起状態色素の励起三重項における過度吸収の吸光係数の値の104cm-1M-1以上であり、長励起状態色素の励起三重項における過度吸収波長帯が金属錯体のMLCTの吸収帯と一致していれば大きなσに寄与する。結果的に励起子が蓄積された際に、大きな透過率の減少を生み出し、1W/cm2程度の光照射で、線形透過率の90%以下、好ましくは半分以下に透過率が減少する。このように本発明の材料において、光増感剤が有機金属錯体であるという条件が、低閾値の逆過飽和吸収特性を生み出す好ましい要件の一つであることが分かる。
【0114】
【表4】
【0115】
(光増感剤から長励起状態寿命色素への励起三重項エネルギー移動のしやすさの度合いが逆過飽和吸収特性に与える影響について)
【0116】
実施例11
実施例1において、光増感剤として上記化学式5の構造を有する光増感色素(2)を、長励起状態寿命色素として下記化学式18の構造を有する色素(10)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0117】
【化18】
【0118】
実施例12
実施例1において、光増感剤として上記化学式5の構造を有する光増感色素(2)を、長励起状態寿命色素として下記化学式19の構造を有する色素(11)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0119】
【化19】
【0120】
実施例13
実施例1において、光増感剤として下記化学式20の構造を有する光増感色素(5)を、長励起状態寿命色素として上記化学式4の構造を有する色素(2)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0121】
【化20】
【0122】
実施例11〜13は、光増感剤と長励起状態寿命色素の最低励起三重項準位(T1準位)の差ΔEが小さい材料である。この場合、表5に示されるように、逆過飽和吸収特性を示す閾値が高く、結果的に1W/cm2以下の光照射では、透過率は線形透過率の0.84〜0.89倍程度のため、優れているとはいえないまでも、実用上は十分な性能を示しているといえる。この場合、光増感度剤から励起三重項エネルギー移動効率(φ)が小さいために、φτが0.012程度以下となり、結果的に透過率減少の閾値を増加させるので、1W/cm2レベルの光強度では、線形透過率の半分以下までは透過率を減少させることができないことが分かる。
【0123】
一方、実施例1〜5の場合は、ΔEが大きい材料であり、光増感度剤から励起三重項エネルギー移動効率(φ)が大きい。このためφτが大きくなり、結果的に透過率減少の閾値を減少させ、1mW/cm2レベルの光照射で透過率の減少が起こり始め、1W/cm2レベルの光強度では、線形透過率の半分以下に透過率を減少させることが可能になる。このように、本発明の材料において、光増感剤のT1準位が長励起状態寿命色素のT1準位よりも大きいという、本発明の要件が低閾値の逆過飽和吸収特性を生み出す重要な要件の一つであることが分かる。
【0124】
【表5】
【0125】
(従来の良好な逆可飽和吸収特性を示す有機材料との比較)
【0126】
比較例10
実施例1において、光増感剤や長励起状態寿命色素を用いる代わりに、下記化学式21の構造を有する色素(12)を1.0質量部用いること以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0127】
【化21】
【0128】
比較例11
実施例1において、光増感剤や長励起状態寿命色素を用いる代わりに、上記化学式5の構造を有する光増感色素(2)を1.0質量部用いること以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0129】
比較例10及び11の場合は、図14(a)のように透過率の減少は全く観測されない。これは、表6のように励起三重項寿命が短くφτが著しく小さくなるため、光照射時に励起三重項が蓄えられにくくなり、透過率減少の閾値が増加してしまっているからである。比較例10で用いられる色素(21)は、非特許文献3及び4で紹介されるYAGレーザの照射時に透過率の減少が瞬間的に生じる材料として紹介されている化合物である。理論的にはφτが、実施例の100000倍以上大きいために、1kW/cm2程度のパワーの光を定常的に照射しないと、透過率の減少は観測されない計算になる。このように、本発明に規定されるように、室温大気中における長励起状態寿命色素の励起三重項状態寿命が長いことが、閾値の逆過飽和吸収特性を生み出す重要な要件の一つであることが分かる。
【0130】
【表6】
【0131】
(長励起状態寿命色素の三重項励起寿命の違いによる逆過飽和吸収特性の違い)
【0132】
比較例12
実施例1において、光増感剤として上記化学式5の構造を有する光増感色素(2)を、長励起状態寿命色素として下記化学式22の構造を有する色素(13)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0133】
【化22】
【0134】
比較例13
実施例1において、光増感剤として上記化学式5の構造を有する光増感色素(2)を、長励起状態寿命色素として下記化学式23の構造を有する色素(14)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0135】
【化23】
【0136】
比較例14
実施例1において、光増感剤として上記化学式5の構造を有する光増感色素(2)を、長励起状態寿命色素として下記化学式24の構造を有する色素(15)を用いる以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0137】
【化24】
【0138】
実施例1〜5の場合は、長励起状態寿命色素の三重項励起状態の寿命がステロイド系アルコール系化合物中で0.3秒以上有しτが大きい。結果としてφτが大きくなり、逆過飽和吸収特性を示す閾値が1mW/cm2程度まで小さくなる。
【0139】
一方で、表7に示されるように比較例12〜16の場合は、長励起状態寿命色素の三重項励起状態の寿命がステロイド系アルコール中で0.3秒以下であり、結果としてφτが小さくなる。結果として、逆過飽和吸収特性を示す閾値が上昇し、1W/cm2以下の透過率変化が小さくなる。
【0140】
実施例1と比較例12及び13とを比較すると、長励起状態寿命色素が重水素置換されてあるものを用いた場合は、基本的に長励起状態寿命色素の励起三重項寿命が長くなり、逆過飽和吸収特性の閾値を低くするが、長励起状態寿命色素が重水素置換されてあるものを用いた場合においても、長励起状態寿命色素の励起三重項寿命(τ)が0.3秒以下と小さくなる色素も存在する。その結果φτも小さくなり逆過飽和吸収特性の閾値が大きくなる。結果として線形透過率は大きく維持できるが、1W/cm2以下の光照射における、線形透過率からの減少が小さいままであり、良好な逆過飽和吸収特性を示さない。このように、本発明の材料において、長励起状態寿命色素の励起三重項寿命が0.3秒以上であるという要件が、良好な低閾値の逆過飽和吸収特性を示す基本的な条件の一つであることが分かる。
【0141】
一方、表7に示されるように、実施例1と比較例14とを比較した場合は、重水素置換された、長励起状態寿命色素の三重項励起状態の寿命(τ)の値が10倍程度大きくなる(図14(b))。実施例1では、長励起状態寿命色素である前記化学式24の重水素置換物である化学式2が用いられており、この重水素置換によるτの上昇がφτの値を大きくし、逆過飽和吸収特性の閾値を下げていることがわかる。このように、本発明の材料系において、長励起状態寿命色素が、最低励起三重項状態がππ*遷移からなる色素であり、芳香環が重水素置換されていることが好ましいことが分かる。
【0142】
【表7】
【0143】
(光増感剤の配合量の違いの検討)
【0144】
実施例14
実施例1において、金属錯体(1)の配合量を0.5質量部とする以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0145】
実施例15
実施例1において、金属錯体(1)の配合量を5.0質量部とし、スペーサーの厚さを約100μmにし、媒体の厚みを100μmにする以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0146】
実施例16
実施例1において、金属錯体(1)の配合量を0.1質量部とする以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0147】
表8に示されるように、実施例14及び15と実施例16とを比較すると、実施例16のように光増感剤濃度が薄い場合には、φτの値が大きく、σの値が大きくても、実施例14及び15ほどの良好な透過率の減少は示さないものの、実用上は十分な性能を示しているといえる。これは、光増感剤濃度が薄すぎるために、媒体の1mmの光学長さでは光増感剤の光吸収自体が弱くなりすぎているためである。このことは線形透過率が大きいことからもわかる。
【0148】
一方、実施例14及び15の場合は、表8に示されるように、光増感剤の濃度が適切であり、素子の結晶化は生じない。またφτが大きくσが大きいことに由来して、逆過飽和吸収特性の閾値が低く、0.1mW/cm2の弱いパワーの光照射における高い線形透過率と、1W/cm2の定常光における小さな透過率の両立が実現でき、すなわち低閾値かつ良好な逆過飽和吸収特性が発現する。
【0149】
【表8】
【0150】
(長励起状態寿命色素の配合量の違いの検討)
【0151】
実施例17
実施例1において、長励起状態寿命色素として上記化学式2の構造を有する色素(1)の配合量を3.0質量部とする以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0152】
実施例18
実施例1において、長励起状態寿命色素として上記化学式2の構造を有する色素(1)の配合量を0.5質量部とする以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0153】
実施例19
実施例1において、長励起状態寿命色素として上記化学式2の構造を有する色素(1)の配合量を1.0質量部とする以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0154】
実施例20
実施例1において、長励起状態寿命色素として上記化学式2の構造を有する色素(1)の配合量を10.0質量部とする以外は、実施例1と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0155】
表9に示されるように、実施例1及び17は、光増感剤が長励起状態寿命色素と隣接する確率が増大し、光増感剤から長励起状態寿命色素への励起三重項エネルギー移動が効率よく生じ(φETが大きく)、結果としてφτが大きくなり、効率よく長励起状態寿命色素の長寿命三重項励起子が蓄積されやすくなる。結果として、光照射時の大きな透過率減少につながり、図15のように線形透過率を50%以上に保ちつつ、1W/cm2の光照射時の透過率が線形透過率の半分以下に減少する。
【0156】
一方、実施例18及び19は、長励起状態寿命色素が少ないために光増感剤から長励起状態寿命色素への励起三重項エネルギー移動効率が十分ではなく(φETが小さく)、φτが小さくなる。それゆえ、長励起状態寿命色素の長寿命三重項励起子の蓄積されやすさが十分ではなく、図15のように線形透過率は50%以上を確保することが可能であるが、1W/cm2の光照射による透過率の減少度が実施例1や17といった程度の良好な透過率の減少は示さないものの、実用上は十分な性能を示しているといえる。
【0157】
また、実施例20は、長励起状態寿命色素が少ないために光増感剤から長励起状態寿命色素への励起三重項エネルギー移動効率は大きい(φETは大きい)が、長励起状態寿命色素の会合体の影響で、励起三重項寿命が短くなり(τが小さくなり)、φが小さくなる。それゆえ、長励起状態寿命色素の長寿命三重項励起子の蓄積されやすさが十分ではなく、線形透過率は50%以上を確保可能であるが、1W/cm2の光照射による透過率の減少度が実施例1や17といった程度の良好な透過率の減少は示さないものの、実用上は十分な性能を示しているといえる。
【0158】
【表9】
【0159】
(光増感剤の有無による逆過飽和吸収特性への影響について)
【0160】
比較例15
比較例5において、光増感剤を用いないとする以外は、比較例5と同様に試料を作成し、各種値の測定を行った。
【0161】
表10記載の通り、比較例15の場合においては、色素の励起三重項寿命は、秒オーダーと長い(τは大きい)。405nmの波長域において、図11のように吸光係数が小さく、励起三重項の過度吸収の吸光係数は、405nmの波長域で大きいのでσは大きい。しかし、材料の項間交差効率が小さく、φが小さくなる。結果としてφτは十分大きくなく、励起子の蓄積能力が十分ではない。その結果、1W/m2の光強度における透過率の減少率が小さい。
【0162】
【表10】
【産業上の利用可能性】
【0163】
本発明の低閾値有機逆過飽和吸収材料および媒体は、可視光域の光に対して高透明性を有し、厚さ1mmの媒体においても光散乱しないために光学的なガラス材料としての特性を有している。その一方で、強い光が照射された時のみ材料の吸光度が瞬間的に増加するといった特徴を有する。この強い光のパワーとはLEDや半導体レーザのような数mW/cm2〜数W/cm2レベルの光である。光強度が弱い際の光の透過率は10%以上、好ましくは50%以上を満たし、かつ1W/cm2の光照射の強度では、飽和透過率が線形透過率の90%以下、好ましくは半分以下に減少させうる。媒体はキャスト法や液晶素子のように基材に挟み込むことで活用可能である。
【0164】
本発明の低閾値有機逆過飽和吸収材料の応答の閾値は、本来の有機物のものと比較して少なくとも10の7乗分の1レベルと低いものである。このため、従来の有機逆過飽和吸収材料は、瞬時強度の強いパルスの大型でコストの高いYAGレーザにおいてのみ瞬間的に応答するものであったが、本発明の材料はLEDや半導体レーザ、比較的強い太陽光にも応答する材料である。
【0165】
一方、その低閾値は、無機化合物の逆過飽和吸収材料と比較しても十分小さい。さらに無機化合物では困難であった逆過飽和吸収媒体の大面積化も容易に可能である。
【0166】
このように、本発明の材料は大型で高額なパルスレーザーを用いなくとも逆過飽和吸収特性を制御できることから、小型で安価な光源を用いた小型の高速光スイッチ用材料、高速光論理演算素子などの光学システムに用いることが可能である。また、大面積の逆過飽和吸収体を形成可能なことから、調光素子やセキュリティー素子のストラテジーにも応用可能である。さらに、非コヒーレントの光を用いて大面積での逆過飽和吸収機能を制御することが可能であることから、新たなストラテジーを有するディスプレイや表示体など、レーザのスポット光源では、制御するのが困難な光システムを構築することが可能な材料となる。以上の如く本低閾値有機逆過飽和吸収材料およびその媒体は、さまざまな分野への応用が期待される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
常温で拡散係数が10-15cm2/s未満であり、かつ無秩序状態を形成するマトリックス内に、項間交差効率が50%以上であり、室温における燐光量子収率が10%以上である光増感剤と77Kの剛性媒体中で励起三重項寿命が0.3秒以上の寿命を有する長励起状態寿命色素とを含有する材料であって、
光増感剤の最低励起三重項エネルギーが長励起状態寿命色素の最低励起三重項エネルギーよりも大きく、
400〜600nmの波長における光増感剤の基底状態の吸光係数よりも長励起状態寿命色素の励起三重項状態の過度吸収の吸光係数が大きく、かつ
長励起状態寿命色素の基底状態の紫外可視領域吸収波長における吸光係数のピークトップが、光増感剤の紫外可視領域吸収波長帯よりも短波長側にあることを特徴とする逆過飽和吸収材料。
【請求項2】
前記マトリックスが、シクロ環とOH基とを各々少なくとも一つ有する縮合多環式化合物である請求項1に記載の逆過飽和吸収材料。
【請求項3】
前記縮合多環式化合物が、ステロイド系アルコールである請求項2に記載の逆化飽和吸収材料。
【請求項4】
光増感剤が、有機金属錯体である請求項1〜3のいずれかに記載の逆過飽和吸収材料。
【請求項5】
所定の波長の光を照射した際の長励起状態寿命色素における励起三重項状態の形成の量子収率(φ)と励起三重項状態寿命(τ)との積(φτ)が0.01以上である請求項1〜4に記載の逆過飽和吸収材料。
【請求項6】
長励起状態寿命色素が、その最低励起三重項状態がππ*遷移からなる色素であり、かつ原子番号9以上の原子を分子内に含有しないものである請求項1〜5のいずれかに記載の逆過飽和吸収材料。
【請求項7】
長励起状態寿命色素が、芳香環を有し、該芳香環が重水素置換されていることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の逆過飽和吸収材料。
【請求項8】
1μW/cm2の光強度における線形透過率が50%以上である請求項1〜7のいずれかに記載の逆過飽和吸収材料。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の逆過飽和吸収材料が用いられることを特徴とする逆過飽和吸収媒体。
【請求項10】
逆化飽和吸収材料が基板上に設けられることを特徴とする請求項9に記載の逆過飽和吸収媒体。
【請求項1】
常温で拡散係数が10-15cm2/s未満であり、かつ無秩序状態を形成するマトリックス内に、項間交差効率が50%以上であり、室温における燐光量子収率が10%以上である光増感剤と77Kの剛性媒体中で励起三重項寿命が0.3秒以上の寿命を有する長励起状態寿命色素とを含有する材料であって、
光増感剤の最低励起三重項エネルギーが長励起状態寿命色素の最低励起三重項エネルギーよりも大きく、
400〜600nmの波長における光増感剤の基底状態の吸光係数よりも長励起状態寿命色素の励起三重項状態の過度吸収の吸光係数が大きく、かつ
長励起状態寿命色素の基底状態の紫外可視領域吸収波長における吸光係数のピークトップが、光増感剤の紫外可視領域吸収波長帯よりも短波長側にあることを特徴とする逆過飽和吸収材料。
【請求項2】
前記マトリックスが、シクロ環とOH基とを各々少なくとも一つ有する縮合多環式化合物である請求項1に記載の逆過飽和吸収材料。
【請求項3】
前記縮合多環式化合物が、ステロイド系アルコールである請求項2に記載の逆化飽和吸収材料。
【請求項4】
光増感剤が、有機金属錯体である請求項1〜3のいずれかに記載の逆過飽和吸収材料。
【請求項5】
所定の波長の光を照射した際の長励起状態寿命色素における励起三重項状態の形成の量子収率(φ)と励起三重項状態寿命(τ)との積(φτ)が0.01以上である請求項1〜4に記載の逆過飽和吸収材料。
【請求項6】
長励起状態寿命色素が、その最低励起三重項状態がππ*遷移からなる色素であり、かつ原子番号9以上の原子を分子内に含有しないものである請求項1〜5のいずれかに記載の逆過飽和吸収材料。
【請求項7】
長励起状態寿命色素が、芳香環を有し、該芳香環が重水素置換されていることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の逆過飽和吸収材料。
【請求項8】
1μW/cm2の光強度における線形透過率が50%以上である請求項1〜7のいずれかに記載の逆過飽和吸収材料。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の逆過飽和吸収材料が用いられることを特徴とする逆過飽和吸収媒体。
【請求項10】
逆化飽和吸収材料が基板上に設けられることを特徴とする請求項9に記載の逆過飽和吸収媒体。
【図7】
【図10】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図8】
【図9】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図10】
【図1】
【図2】
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【図4】
【図5】
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【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2011−118172(P2011−118172A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−275813(P2009−275813)
【出願日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(ロボット・新技術イノベーションプログラム)、「異分野融合型次世代デバイス製造技術開発・プロジェクト」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(509130000)技術研究組合BEANS研究所 (13)
【出願人】(000102980)リンテック株式会社 (1,750)
【出願人】(000005832)パナソニック電工株式会社 (17,916)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(ロボット・新技術イノベーションプログラム)、「異分野融合型次世代デバイス製造技術開発・プロジェクト」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(509130000)技術研究組合BEANS研究所 (13)
【出願人】(000102980)リンテック株式会社 (1,750)
【出願人】(000005832)パナソニック電工株式会社 (17,916)
【Fターム(参考)】
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