説明

体内動態判定方法及びそれを使用する体内動態の良好な化合物のライブラリーの作製方法

【課題】医薬品開発の探索研究段階で多くの労力や哺乳類による動物実験を必要とせずに被検対象物の哺乳類における体内動態の面からの薬としての可能性を効率よく判定できる方法を提供し、その方法による体内動態の良好な化合物で構成される体内動態の良好な化合物ライブラリーの作製方法と該化合物ライブラリーを提供すること。
【解決手段】完全変態型昆虫の幼虫に被検対象物を投与し、該被検対象物中の化合物又は該被検対象物中の化合物が体内で化学変化を受けて生成した物質の、完全変態型昆虫の幼虫における体内動態を評価し、その評価結果から、該被検対象物中の化合物又は該被検対象物中の化合物が体内で化学変化を受けて生成した物質の哺乳類における体内動態の良否を判定することを特徴とする体内動態判定方法、及び、その体内動態判定方法を使用することによって、上記被検対象物中の化合物を選択してその構成要素とするライブラリーの作製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規医薬品開発のための効率の良い化合物又は物質の哺乳類における体内動態の判定方法に関し、また、その判定方法で見出される体内動態の良好な化合物又は物質を構成要素とするライブラリーの作製方法、その作製方法によって作製されたライブラリーに関する。
【背景技術】
【0002】
医薬品開発において、その上流工程である医薬品候補化合物(リード化合物)の探索研究段階は、医薬品開発全体のボトルネックとなり易い。それは、探索研究段階で不適切なリード化合物が選定された場合やその絞込みが不十分な場合には、下流工程において、マウス等の哺乳類を用いて行われる薬物の体内動態、例えば、吸収A・分布D・代謝M・排泄E(以下、「ADME」と略記する)等の確認に伴う損失が多大となってしまい、成果に結びつく前に開発自体が頓挫してしまうことが多いからである。
【0003】
しかしながら、探索研究段階で哺乳類を用いて体内動態等まで検討してリード化合物を選定することは、多大な負荷となりボトルネックを発生させることとなる。従って、探索研究段階で、体内動態等の医薬品として必ずクリアしなければならない問題点を効率よく検討することができ、より適切なリード化合物の選定を可能とする方法を確立することが創薬上重要である。それが可能であれば、開発期間の短縮や開発コストの低減、労働集約的な作業の軽減等、将来的に下流工程で生じる損失を大きく減じることができ、医薬品開発のボトルネックの克服に繋がるからである。
【0004】
しかしながら、体内動態の良いものを先ず選択するということに着目した技術は殆どなく、体内動態が良好な化合物ライブラリーという概念自体も明確にはなかった。
【0005】
ただ、探索研究段階において、薬効だけでなく体内動態等も効率よく同時に調べる方法は提案されている。例えば、特許文献1には、探索研究段階で、生理活性試験とリード化合物選別試験、そしてヒト由来のチトクロームP450酵素を用いた酵素反応試験による体内動態評価試験の3種類の試験を実施することで下流工程の負荷を軽減することができるリード化合物のスクリーニング方法が提案されている。
【0006】
一方、一般に探索研究段階そのものの効率化を図る方法として、市販の化合物ライブラリーを活用したスクリーニング(例えば特許文献2)やコンビナトリアルケミストリー(コンビケム)による化合物ライブラリーを用いたスクリーニングがよく行われている。しかしながら、基となるライブラリーを構成する化合物の構造上の多様性が低いことと、化合物自体は薬効情報等の付帯情報をほとんど持たないために期待された成果は得られない場合があった。
【0007】
そこで、より目的に沿った確度の高いリード化合物を効率よく選定するために、複雑な構造を有する各種の化合物ライブラリーの作製方法やその方法によって作製された化合物ライブラリーが各種提案されている。例えば、特許文献3には、複雑な化合物の合成に不向きな化学合成法の欠点と、複雑な構造を有する化合物は得やすいが基質特異性が高く多様な反応生成物を得にくい酵素によるバイオ変換法の欠点とを解消するために、複数の酵素種を用いることを特徴とするバイオコンビケムを用いた化合物ライブラリーを作製する方法が報告されている。この方法は複雑で多種多様な化合物を含む天然物ライブラリーの作製に応用することができる方法として提案されたものである。
【0008】
特に天然物由来の化合物は、進化の過程で獲得した生物学的に意味を持つ多彩な構造を有する化合物が多く、薬理活性に繋がる有益な生物活性を持つ可能性が高いと考えられている。実際、今日有効に使われている漢方薬や伝承薬は天然物を原料とするものである。従って、天然物由来の化合物等のライブラリーは、ランダムに合成された合成化合物ライブラリーよりも創薬に適したライブラリーとなり得るものである。それにも係わらず、天然物由来の化合物は、サンプル調製が煩雑、活性確認に工夫を要する、誘導体を得にくい等の理由からライブラリー化しにくいとされている。そのため、天然物のライブラリーは、それ自体が価値の高いものとして商取引の重要な対象ともなっている。
【0009】
そこで、特許文献4には、天然物由来の化合物だけでなくその誘導体も効率よくライブラリー化する方法が記載されている。その方法は、有機化合物を生産する微生物の培養液に各種の反応試薬を加えて反応させ、微生物の生産する有機化合物と反応試薬とを含む培養液と、反応試薬を加えていない培養液とを比較分析し、反応試薬を加えていない培養液には含まれていない化合物を同定して回収し、化合物ライブラリーの構成化合物にすることによって、天然物由来の化合物やその誘導体のライブラリー化を容易にしたというものである。
【0010】
しかしながら、天然物由来の化合物のライブラリーで有用なものは少なく、特に体内動態に着目して、天然物由来の化合物のライブラリーを作製する技術は殆どなかった。
【0011】
一方、本発明者は、完全変態型昆虫の幼虫であるカイコガの幼虫(カイコ)が、病原微生物に対し抗菌活性を有する化合物をスクリーニングする方法に用いること等、種々の場面で哺乳類を代替する実験動物として用いることができることを報告している(例えば、特許文献5)。しかしながら、本発明者の報告も含め、体内動態に関し、完全変態型昆虫の幼虫と哺乳類との相関を見て、ライブラリー化に結び付けたものはなかった。
【0012】
【特許文献1】特開2004−313101号公報
【特許文献2】特表2001−518053号公報
【特許文献3】特開2006−129836号公報
【特許文献4】特開2006−087392号公報
【特許文献5】特開2007−327964号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特許文献1の体内動態評価方法は、評価対象の体内動態に関する一定の情報を与えることができるが、その情報はあくまでもヒト由来チトクロームP450酵素を用いた限定的な体内動態評価のモデル系で得られた情報であり、哺乳類による動物実験で評価された場合の体内動態についての情報と比べるとその情報は不十分なものである。また、特許文献3や4の方法は、従来の方法ではライブラリー化しにくい化合物をライブラリーに加えることができるという利点があるものの、体内動態を評価して体内動態が良い化合物や物質としての評価はされていない。
【0014】
薬が作用を発現するまでに体内でどのような動きをしているかが評価され、体内動態が悪いということで、下流工程で弾かれてしまうことのない化合物を構成要素とするライブラリーがあり、そのライブラリーを利用してリード化合物のスクリーニングを行うことができるならば、下流工程で発生する損失を大幅に減じることができる。特に、ライブラリー化しにくい天然物由来の化合物を構成要素とするライブラリーにおいて体内動態に関する評価が行われていれば、その利用価値は非常に高いものと考えられる。
【0015】
しかしながら、前記したように、体内動態に関する評価に必要な哺乳類による動物実験はその実施に負荷が高すぎ、また、良い結果が得られなかった場合の損失が大きすぎるために、哺乳類において体内動態の良い化合物や物質として評価されている化合物や物質を構成要素とするライブラリーは、化学合成品、天然物由来の別なく事実上提供されていなかった。
【0016】
本発明は、上記背景技術に鑑みてなされたものであり、その課題は、医薬品開発の上流工程である探索研究段階で多くの労力や哺乳類による動物実験を必要とせずにADMEに代表される被検対象物、特に天然物由来の被検対象物の哺乳類における体内動態の面からの薬としての可能性を判定できる方法を提供し、併せてその方法による体内動態の良好な化合物又は物質から構成される体内動態の良好な化合物又は物質ライブラリーの作製方法とライブラリーを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者は、上記課題の解決のために鋭意検討を行った結果、哺乳動物の体内動態モデル薬物である7−ヒドロキシ−4−メチルクマリンが、カイコ体内でチトクロームP450酵素による脱エトキシ化を受け、その後グルコース抱合反応を経て哺乳類と同様の代謝経路、代謝機構により排泄されていることを見出した。また、薬剤の治療効果と体内動態の良否とがよく相関していること等も見出した。
【0018】
そこで、カイコに天然物からの抽出物を投与して、一定時間経過後にカイコ体液中での抽出物の体内動態を検討したところ、カイコ体液中で安定な化合物等を抽出物自体の分析結果と比較する等して検出・同定することで、「被検対象物中の化合物」(以下、単に「化合物」と略記することがある)又は「被検対象物中の化合物がカイコ体内で化学変化して安定化した物質」(以下、単に「物質」と略記することがある)の体内動態の良否を判定することができることを見出した。
【0019】
また、上記の化合物や物質を比較的容易にカイコ体液中から回収し精製し同定することが可能なことも確認し、体内動態が安定で良好な化合物や物質の新規なライブラリーの作製に利用できることを見出した。これらの結果と先の哺乳類における薬剤の体内動態とカイコにおけるそれら薬剤の体内動態とがよく一致している等との知見から、本発明の「被検対象物の哺乳類における体内動態判定方法」、「体内動態の良好な化合物又は物質のライブラリーの作製方法」、「体内動態の良好な化合物又は物質ライブラリー」を完成するに至った。
【0020】
すなわち、本発明は、
1)完全変態型昆虫の幼虫に被検対象物を投与し、該被検対象物中の化合物又は該被検対象物中の化合物が体内で化学変化を受けて生成した物質の、完全変態型昆虫の幼虫における体内動態を評価し、その評価結果から、該被検対象物中の化合物又は該被検対象物中の化合物が体内で化学変化を受けて生成した物質の哺乳類における体内動態の良否を判定することを特徴とする体内動態判定方法。
【0021】
2)以下の工程、
(a)完全変態型昆虫の幼虫に被検対象物を投与する工程、
(b)時間を経過させる工程、
(c)該完全変態型昆虫の幼虫の体液を採取する工程、
(d)(c)で採取された体液中の物質を特定する工程、
を含む1)記載の体内動態判定方法。
【0022】
3)以下の工程、
(x)被検対象物中の化合物を特定する工程、
(a)完全変態型昆虫の幼虫に被検対象物を投与する工程、
(b)時間を経過させる工程、
(c)該完全変態型昆虫の幼虫の体液を採取する工程、
(d)(c)で採取された体液中の物質を特定する工程、
(e)(x)で特定された被検対象物中の化合物と(d)で特定された体液中の物質とを比較する工程、
を含む1)又は2)に記載の体内動態判定方法。
【0023】
4)完全変態型昆虫の幼虫がカイコである1)ないし3)の何れかに記載の体内動態判定方法。
【0024】
5)被検対象物が天然物である1)ないし4)の何れかに記載の体内動態判定方法。
【0025】
6)哺乳類において体内動態が良好な化合物のライブラリーの作製方法であって、1)ないし5)の何れかに記載の体内動態判定方法を使用することによって、完全変態型昆虫の幼虫の体内で安定である又は完全変態型昆虫の幼虫の体内で化学変化を受けて安定となる上記被検対象物中の化合物を選択してその構成要素とすることを特徴とするライブラリーの作製方法。
【0026】
7)哺乳類において体内動態が良好な化合物のライブラリーの作製方法であって、以下の工程、
(x)被検対象物中の化合物を特定する工程、
(a)完全変態型昆虫の幼虫に被検対象物を投与する工程、
(b)時間を経過させる工程、
(c)該完全変態型昆虫の幼虫の体液を採取する工程、
(d)(c)で採取された体液中の物質を特定する工程、
(e)(x)で特定された被検対象物中の化合物と(d)で特定された体液中の物質とを比較する工程、
(f)(x)で特定された該被検対象物中の化合物の中から、完全変態型昆虫の幼虫の体内で安定である又は完全変態型昆虫の幼虫の体内で化学変化を受けて安定となる化合物を選択してその構成要素とする6)に記載のライブラリーの作製方法。
【0027】
8)哺乳類において体内動態が良好な物質のライブラリーの作製方法であって、1)ないし5)の何れかに記載の体内動態判定方法を使用することによって、完全変態型昆虫の幼虫の体内で安定に存在する上記体液中の物質を選択してその構成要素とすることを特徴とするライブラリーの作製方法。
【0028】
9)6)又は7)に記載のライブラリーの作製方法を用いて作製された哺乳類において体内動態が良好な化合物のライブラリー。
【0029】
10)8)に記載のライブラリーの作製方法を用いて作製された哺乳類において体内動態が良好な物質のライブラリー。
等に関するものである。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、医薬品開発の上流工程である探索研究段階における多くの労力や、倫理的にも問題がある哺乳類による動物実験を必要とせずに、哺乳類におけるADMEに代表される体内動態の面から、被検対象物、特に天然物由来の被検対象物の、薬としての可能性を判断できる方法を提供することができる。
【0031】
また、上記の体内動態の良否を判定する方法によって良と判定された「哺乳類における体内動態が良好な化合物又は物質」から構成される化合物又は物質のライブラリーの作製方法提供することができ、該化合物又は該物質のライブラリーを利用することで、従来に比べて効率的で損失の少ない医薬品開発を行うことができる。本発明の体内動態が良好な化合物又は物質のライブラリーは、医薬品開発において、上流工程の探索研究段階で効率よく体内動態が良好なリード化合物や物質をスクリーニングすることを可能とし、そのため下流工程で生じていた多くの損失を軽減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下、本発明について説明するが、本発明は以下の具体的形態に限定されるものではなく、本発明の技術的範囲内で任意に変形することができる。
【0033】
本発明に用いられる完全変態型昆虫とは、卵、幼虫、蛹、成虫の成長過程を経る昆虫をいう。完全変態型昆虫としては、例えば、鱗翅目(チョウ、ガ等)、双翅目(ハエ等)、膜翅目(ハチ、アリ等)、甲虫目(カブトムシ等)等に属する昆虫が挙げられる。本発明においては、これらの完全変態型昆虫の幼虫が試験動物として用いられる。
【0034】
かかる幼虫の種類としては特に制限はなく、試験目的に応じて適宜選択することができるが、いもむし形態をしており、注射等による正確な薬物投与、臓器の取り出し、糞の分析を容易とする大きさを有するものが好ましい。ガ、チョウ、カブトムシ等の幼虫はそのような要請に適した大きさを有するものが多い点で好ましい。
【0035】
更に、かかる幼虫としては、以下の点から、カイコガの幼虫(以下、「カイコ」と略記する)が特に好ましい。
(1)入手が容易である。
(2)飼育する方法が既に確立されており、更に飼育に利便性がある。
(3)ヒト等の哺乳類の内臓・器官と類似する性質が、これまでの研究である程度分かっている。
(4)遺伝系統が確立されており、遺伝的均一性の維持ができている。
(5)比較的大型で、動きが緩慢であり、実質上無毛なので、定量的に注射できる等、薬物の投与が容易であり、血液等の採取も容易である。
(6)比較的大型の臓器を有しており、臓器を取り出して、含有する物質の定量が可能である。
(7)マウス、ラット等に比べると安価で、狭いスペースで多数の個体を飼育でき、倫理的な問題も少ない。
(8)被検対象物質が少量しかない場合でも評価を行うことができる。
(9)個体の齢や質量を揃える等、同じ状態の個体を揃えることが容易である。
【0036】
以上のうち、(5)以降は完全変態型昆虫の幼虫全般にいえる特性となっており、カイコに限らず完全変態型昆虫の幼虫が実験動物として優れていることは明らかである。
【0037】
完全変態型昆虫は、幼虫時にはイモムシに代表される栄養補給に特化した単純な形態をしており、何回かの脱皮による明確な区切りのある齢期を有している。そのため、齢期を揃えることで、試験に用いる個体の生育状態を正確に揃えることが可能であり、目的に応じて最も適切な齢期を選択することもできる。また動きも緩慢であるため育て易く、薬剤等の注射も容易という試験動物として多くの優れた特徴を持っている。これに対し、カマキリやバッタ等に代表される不完全変態型昆虫は、幼虫の時から注射には適していない成虫と同じ形態をしており、生育状態を揃えることが難しいことや、動きも活発で注射による定量的な投与が難しく分析に供する血液も少ない等欠点が多く、本発明には事実上使用することができない。
【0038】
本発明においては、上記幼虫の大きさや齢数は、幼虫の種類、幼虫の形態、投与方法、用いる器具、操作上の観点等から選択されればよく、特に限定はないが、被検対象物の投与がし易く、体内動態の検討に必要な血液、臓器、糞等の採取のし易い大きさを有するものが好ましい。ただし、好ましい大きさは、被検対象物の投与方法や試験の目的等によって異なってくる。例えば、餌に混ぜて投与する場合には、カイコであれば1齢幼虫の大きさでも投与自体は可能であることから、卵から育てた場合、すぐに試験が開始できるという点で1齢幼虫は好ましい。しかしながら、注射器等を用いての被検対象物の投与、臓器の取り出し、血液の採取、糞等の分析等を考慮すると3齢以上の幼虫を用いることが好ましい。この場合、4齢〜5齢の幼虫がより好ましく、最終齢である5齢の幼虫が特に好ましい。
【0039】
試験動物として用いる完全変態型昆虫の幼虫の大きさは特に限定はないが、被検対象物質の投与、臓器の取り出し、血液の採取、糞等の分析等の容易さの観点から、体長が1cm以上である幼虫が好ましく、1.5cm以上15cm以下がより好ましく、2cm以上10cm以下が特に好ましい。
【0040】
被検対象物の投与試料調製方法、投与方法、投与経路等の選択は、哺乳類の場合と同様に行えばよいが、完全変態型昆虫の幼虫は開放血管系で、体液と血液の区別がないため、哺乳類で、静脈内、皮下、腹腔内等への投与により体内動態を検討している場合は、完全変態型昆虫の幼虫では、特段の事情がない限り血液内投与で行うことが好ましい。血液内投与は、例えば、第一腹脚部等への注射により行うことができる。
【0041】
また、哺乳類で経口投与による体内動態が検討されている場合等は、完全変態型昆虫の幼虫では腸管内投与を行えばよい。経口投与により薬理作用を発揮する薬剤は患者の負担が少ないことから有用性が高い。従って、腸管内投与により消化管から吸収された被検対象物の体内動態を簡便に検討できることは本発明の利点の一つである。また場合により腸管内投与だけでなく被検対象物を飼料に混ぜて経口投与することも可能である。
【0042】
血液内投与の場合でも腸管内投与の場合でも、被検対象物を溶解又は分散させる媒体としては通常哺乳類への投与に用いられるものを用いることができ、例えば対象物が水溶性の場合は、純水、生理食塩水等を、油溶性の場合はオリーブ油等の植物油等を用いることが好ましい。
【0043】
本発明においては、どのような検討を行う場合であっても、簡便で場所を取らずに低コストで検討ができ、また倫理的な問題も少ないので、医薬品開発の上流工程である探索研究段階において、被検対象物の体内動態についての実験を、哺乳類では事実上実施できない程多くの被検対象物で、また多くの条件で検討を行うことができる。
【0044】
また、完全変態型昆虫の幼虫で体内動態の良否が既に判定されているモデル化合物をコントロールとして、被検対象物の体内動態を判定すると同時にモデル化合物の体内動態を判定することで、判定試験毎の体内動態判定方法の信頼度を確認することができる。このような確認試験を、哺乳動物を実験動物として用いて行うことは、操作の煩雑さ、コスト上の問題等の資源上の問題が大きいだけでなく、倫理上の問題も大きい。しかしながら、本発明では、そのような問題が何れも少ないため、これまでは実質的に実施することができなかった「信頼度の確認試験」等を実施することも可能になる。
【0045】
以下、カイコを基準として、完全変態型昆虫の幼虫を用いた哺乳類の体内動態判定方法につき説明するが、他の完全変態型昆虫の幼虫を使用する場合も基本的な実施の形態に違いはなく、カイコの場合を参考とし同様又は類似の方法を行うことで各項目の実施が可能である。
【0046】
本発明の体内動態判定方法に用いるカイコの品種は特に限定されないが、例えば、交雑種Hu・Yo x Tukuba・Ne等を用いることができる。また、多くの品種があるので、試験の内容に合わせて適切な品種を選択することもできる。また、カイコは試験の内容に応じて受精卵から育てて用いてもよいし、必要な齢の幼虫を入手して試験を実施してもよい。
【0047】
カイコを用いて被検対象物の体内動態を判定する場合には、前記したように、体の大きな5齢幼虫を用いることが好ましい。しかしながら、卵から育てた場合等、より早く試験に供する幼虫を確保したい場合には3齢や4齢幼虫を用いることも可能である。
【0048】
本発明の体内動態判定方法において、カイコに投与する被検対象物には、既に構造の確認された単一化合物、確認されていない単一化合物、及び、それらの混合物等が含まれる。かかる混合物としては特に限定はなく、合成化合物の混合物、天然物由来の混合物等を挙げることができる。
【0049】
かかる天然物をより具体的に記すと、花、葉、根、茎、種、芽、花粉、それらの乾燥物等の植物体からの抽出物;微生物・菌体抽出物;動物の血液、尿、臓器等からの抽出物;植物、微生物、各種細胞の培養上清からの抽出物;鉱物、石油、土壌等からの抽出物等が挙げられる。また、それらの抽出物をクロマトグラフィー等で分離した際の分画等、精製途中の混合物も含まれる。
【0050】
また、本発明の体内動態判定方法に用いられる被検対象物は、上記抽出物に、エステル化、加水分解、水素化、アルキル化、発酵処理、酵素分解処理等の更なる人為的処理を加えたものも含まれる。
【0051】
本発明の体内動態判定方法の判定対象は、投与した被検対象物中の化合物だけではなく、それらがカイコ体内で化学変化を受けた後の物質も含まれる。ここで「化合物」とは、投与する被検対象物中に元から含有されているものを意味し、「物質」とは、被検対象物中の化合物がカイコ中で化学変化を受けて安定化等したものを意味する。化合物と物質は特定されているものであることが必要であるが、ここで「特定されている」とは、ある条件下で再現性よく回収することができることが確認された化合物又は物質を意味し、化学構造が明確となった単一の化合物だけを意味するものではない。例えば、一定条件下でのクロマトグラフィーの一定の保持時間を示す分画中の化合物や、一定の分画パターンを示すタンパク質等の高分子物質も含まれる。
【0052】
また、本発明の上記した2)に示す被検対象物等の哺乳類における体内動態判定方法は、カイコに被検対象物を投与し、投与後に時間を経過させることによってカイコ体内で体内動態が良好か否かをスクリーニングさせ、その結果を哺乳類における体内動態判定結果として評価するものである。従って、被検対象物をカイコに投与後に体内での消長を確認するための時間を経過させることが重要である。その後に体液を採取し、体液中に存在する物質を分析し特定する工程を行うことで、「被検対象物中の化合物の哺乳類における体内動態」又は「被検対象物中の化合物がカイコの体内で化学変化を受けて生成した物質の哺乳類における体内動態」の良否を判定することができる。
【0053】
各工程の具体的態様は、カイコに被検対象物を(a)工程で投与後、体内動態が安定か否かを確認するために、(b)工程として、(要すれば絶食状態で、)一定時間を経過させる。投与後の経過時間は特に限定はないが、血液内投与、腸管内投与共に、4時間から24時間の範囲が好ましく、5時間から14時間の範囲がより好ましく、6時間から10時間の範囲が特に好ましい。時間経過が短過ぎると、カイコ体内での被検対象物のADMEが不完全となり、非特異的な化合物や物質が特定される場合があり、一方、時間経過が長過ぎると、カイコ体内での被検対象物が、全て排泄等により採取できない場合があり、ただカイコの維持管理や状態の把握等に気を配る必要性が増大するだけで特にその必要性がない場合がある。
【0054】
抗生物質を用いた検討では、哺乳動物で治療効果を示さない薬剤はカイコでも治療効果を示さず、また、カイコにおいて治療効果を示した薬剤について体内動態が良好で血中半減期が6時間以上となるものが確認されている(試験例1、2、表1、図9、図10参照)。これらの結果は、体内動態が良好であることは薬理作用を示す上で極めて重要なファクターであることを示している。
【0055】
上記一定時間経過後に(c)工程でカイコの体液を採取する。採取した体液は必要に応じて除タンパク処理等、分析対象物と分析方法に応じた公知の前処理を行い、(d)工程の体液中の物質を特定するための成分分析に供する。
【0056】
(d)工程「該体液中の物質を特定する工程」において、その手段は特に限定はなく、公知の方法を用いて行う。例えば、具体的には、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、薄層クロマトグラフィー(TLC)、ゲルろ過クロマトグラフィー等が挙げられる。例えば、クロマトグラフィー等で、展開条件、時間、位置等を決めればその物質が特定でき、再現性もある場合は、その物質の化学構造式が不明でも、その物質を特定できたとする。化学構造の決定方法も特に限定はないが、上記手段を用いて化合物や物質を分画、精製後、各種のマススペクトル;UV、可視、赤外吸収スペクトル;核磁気共鳴スペクトル等の機器分析方法を用いることができる。
【0057】
また、本発明の上記した3)に示す被検対象物等の哺乳類における体内動態判定方法は、予め被検対象物に(x)工程としてクロマトグラフィー等の種々の分析・同定手段を施して被検対象物中の化合物を特定して被検対象物中の化合物についての情報を整えた状態にしてからカイコに被検対象物を投与する態様である。この場合も、工程(a)、(b)、(c)、(d)を行い、投与後に時間を経過させてから体液を採取し、体液中の物質を種々の分析・同定手段によって特定する。この体液中の物質に関するクロマトデータ等の情報と先の被検対象物中の化合物に関する情報を(e)工程として比較分析することで体内動態を判定する方法である。
【0058】
具体的に、以下に例を挙げて説明する。例えば、被検対象物中にA、B、C及びD化合物が含まれていることが、(x)工程によって特定された場合、カイコの体液中から見出された物質と先の被検対象物中の化合物(A、B、C及びD)との相互の各種分析・同定結果を比較することによって、カイコの体液中から、B’(Bが体内で化学変化したと確認できる物質)及びDが安定な物質として特定され、AとCはカイコの体液中から見いだされないか明確に存在量が減少していた場合には、BとDは体内動態が良好の化合物と判定し、AとCは体内動態が不良の化合物と判定する。なお、B’を体内動態が良好の物質と判定する。
【0059】
被検対象物投与後の体液中の体内動態の良好な物質の判定方法のより具体的な方法は、例えば、(イ)「生理食塩液等の陰性コントロールをカイコに投与し、一定時間経過後に採取したカイコ体液からの抽出物の分画操作」と(ロ)「被検対象物を投与し、一定時間経過後に採取したカイコ体液からの抽出物の分画操作」をそれぞれ行い、それら(イ)(ロ)の結果、及び、(ハ)「被検対象物自体の分画操作」により得られた分画パターンを相互比較することで行うことができる。
【0060】
この場合、被検対象物中の化合物の体内動態を判定できると共に、被検対象物中の化合物がカイコ体内でなんらかの化学変化を受けて安定化した化合物についてもその体内動態を判定することができる。例えば上記の例で、化合物Bは、カイコの体液中には見出せなくなっているが、B’(Bが体内で化学変化したと確認できる物質)としてカイコの体液中に見出せるので、本発明においては、化合物Bは体内動態が良好の化合物と判定される。
【0061】
一方、被検対象物自体の分画パターン中には存在し、被検対象物を投与して一定時間経過後に採取したカイコ体液からの抽出物の分画パターン中には認められないか非常に弱くなったピークは、体液中で不安定な化合物のものであることが確認できる。このような被検対象物中の化合物は体内動態が良好でないと判定することができる。
【0062】
以上の本発明の被検対象物等の哺乳類における体内動態判定方法によって、カイコ体内で安定であるとして体内動態が良好と判定された被検対象物中の化合物、又は、被検対象物中の化合物がカイコの体液中で化学変化を受けて安定となり体内動態が良好と判定された化合物は、その何れも、前記6)に示した発明である、哺乳類において体内動態が良好な化合物ライブラリーの作製方法によって作製されるライブラリーの構成要素とすることができる。その結果、探索研究段階という医薬品開発の初期段階で、これまでにない有効なリード化合物の選定を可能とする、「哺乳類における体内動態が良好である化合物ライブラリーの作製方法」を提供することができる。
【0063】
また、前記7)に示した方法は、前記3)の発明と同様に(x)から(e)までの工程を行い、被検対象物中の化合物の分析・同定結果と体液中の物質の分析・同定結果を相互に比較してそれぞれで特定された化合物や物質の体内動態を判定し、(f)工程として、(x)で特定された被検対象物中の化合物中、カイコ体内で安定であるか又はカイコ体内で化学変化を受けて安定となって、それぞれ体内動態が良好と判定された化合物を選択して、「哺乳類において体内動態が良好な化合物ライブラリー」の構成要素とすることができるというものであり、この方法も「哺乳類において体内動態が良好な化合物ライブラリー」の作製方法となる。
【0064】
以上の方法は、被検対象物中の化合物を分離・同定し、被検対象物中から先の化合物を回収して本発明の化合物ライブラリーの構成要素とするものである。それに対し、前記8)に示す方法は、カイコ体液中から体内動態の良好な物質として分離・同定し、回収した物質を哺乳類において体内動態が良好な物質のライブラリーの構成要素とすることを特徴とする、物質ライブラリーの作製方法である。
【0065】
以上に示した、体内動態が良好な化合物又は物質ライブラリーの作製方法の重要な特徴は、被検対象物をカイコ体内に投与して時間を経過させることで、被検対象物中の化合物等がカイコ体内で哺乳類の体内における体内動態と同様の代謝、吸収等のADMAを受けるという新しい発見に基づいていることである。
【0066】
通常、医薬品開発に用いられる化合物ライブラリーには一次ライブラリーと二次ライブラリーがあり、一次ライブラリーは探索研究段階に用いられるスクリーニングを受けていないコンビケム等により創生された化合物混合物や天然物抽出物等を構成要素とするものであり、二次ライブラリーは、一次ライブラリーの中から創薬に適した各種の性状を指標としてスクリーニングを受けて選別された化合物を構成要素とするものである。従って、二次ライブラリーは、哺乳動物実験等による多大な手間、コスト、時間を費やすことで作製される。中でも天然物については、それを評価するために抽出操作や精製操作が合成物よりも煩雑となるものが多い等の理由のため、一次ライブラリーの作製も困難であることから、天然物抽出物等を構成要素とする二次ライブラリーはほとんど提供されていない。
【0067】
しかしながら、本発明の哺乳類において体内動態が良好な化合物又は物質ライブラリーの作製方法によれば、化合物や物質の体内動態の判定を従来の方法に比べて大幅に手間、コスト、時間を節約した状態で行うことができ、対象が天然物であっても容易に上記の二次ライブラリーと同様の価値を有するライブラリーを作製することが可能となる。また、前述したように、本発明では特段の前処理を行うことなく被検対象物を体内動態の判定対象とすることができるので、培養細胞等を用いた系では結果に影響を与える可能性の高い夾雑物を含み易い天然物からの抽出物も問題なく被検対象物とすることができる。
【0068】
通常の医薬品開発に用いられるライブラリー特に天然物ライブラリーは、ほとんどが一次ライブラリーであるため、先の体内動態が良好でない化合物等も構成要素として多く含んでいる。体内動態の確認は、通常哺乳類を用いた動物実験で行われており、無駄や損失を防ぐため、比較的下流の探索研究段階で行われることが多い。しかしながら、下流工程で体内動態が良好でないことが判明したために医薬品開発の候補から排除されることは、それまでの労力が無駄になる等の多くの損失を生み、医薬品開発全体のボトルネックの原因ともなる。本発明を使用して作製されたライブラリーは、以上の損失の発生を抑える効果を有している。従って、本発明の被検対象物としては、天然物からの抽出物が特に好ましい被検対象物といえる。
【0069】
先の本発明の体内動態判定方法により体内動態が安定であることが確認された被検対象物中の化合物は被検対象物から、また、体液中で化学変化を受けて安定化した物質は被検対象物投与後一定時間経過後のカイコの体液から、公知の方法により、回収・精製・同定することができる。具体的には、例えば、先の被検対象物や体液を、水、アセトン、酢酸エチル、メタノール、ヘキサン、エーテル、ジクロロメタン、超臨界流体等の抽出用溶媒で抽出処理後に抽出用溶媒を取り除き、分取HPLC等の分種クロマトグラフィー等やその他の各種の方法を組み合わせて、分取・精製することで、体内動態が良好な化合物又は物質を得、各種の分析や用途に供することができる。
【0070】
こうして得られた化合物又は物質は保存することができ、本発明の「哺乳類において体内動態が良好な化合物又は物質ライブラリーの構成化合物又は構成物質」とすることができる。また、実際の化合物や物質が試料として存在しておらず、また化学構造も不明であっても、前記した意味でその化合物や物質が特定さえされていれば、そのライブラリーを入手した人は、上記方法でその化合物や物質を得ることができて利用できるので、そのような場合も本発明のライブラリーに含まれる。
【0071】
以上の本発明の、哺乳類における体内動態の良否を判定する体内動態判定方法、哺乳類において体内動態が良好な化合物又は物質のライブラリーの作製方法、該ライブラリーの作製方法を用いて作製された哺乳類において体内動態が良好な化合物又は物質のライブラリーは、医薬品開発において、上流工程の探索研究段階で効率よく体内動態が良好なリード化合物や物質をスクリーニングすることを可能とし、そのため下流工程で生じていた多くの損失を軽減することができる。また、本発明は経口投与による評価が可能であり、餌に混じる等の食餌的な投与による被検対象物の投与も可能なので、医薬品開発に留まらず、体内動態の良好な機能性食品成分の開発にも用いることが可能である。
【実施例】
【0072】
以下、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、これらの実施例に限定されるものではない。
【0073】
<カイコの種類、飼育条件>
カイコの受精卵(交雑種、Hu・Yo x Tukuba・Ne)は、愛媛蚕種株式会社から購入した。孵化した幼虫は室温で人工飼料シルクメイト2S(日本農産工業株式会社製)を与えて5齢幼虫まで育てた。飼育容器は卵から2齢幼虫までを角型2号シャーレ(栄研器材製)、それ以降をディスポーザブルのプラスチック製フードパック(フードパックFD 大深、中央化学株式会社製)を用いた。飼育温度は27℃とした。
【0074】
実施例1
<夏みかん葉抽出物由来の体内動態の良い化合物の単離・精製>
(1)被検対象物の投与用試料・精製用試料の調製
夏みかん葉100gを粉砕後、アセトンで抽出を行い、抽出液を真空濃縮後に水で抽出を行った。その水抽出液を、ポアサイズ0.45μmのフィルターで濾過し、カイコへの投与用試料、HPLC分析用試料、分取HPLC用試料とした。
【0075】
(2)カイコへの夏みかん葉抽出物の投与
5齢カイコを1日絶食の後、上記の投与用試料を生理食塩水で50mg/mLに希釈し、その0.05mLをカイコ体液中に、血中内投与することによって投与した。投与後、絶食状態で8時間経過させた後にカイコ体液を採取した。カイコは、1条件に2匹用いた。
【0076】
(3)被検対象物投与後のカイコ体液からのHPLC分析用試料の調製
上記(2)で採取した体液0.1mLに対して、等量のアセトンを加えてアセトン抽出を行い、遠心後、抽出上清を乾固し、0.05mLの生理食塩水を加えて、HPLC分析用試料を調製した。また、生理食塩水を投与し、同様に時間を経過させたカイコの体液からも同様にしてHPLC分析用試料を調製した。
【0077】
(4)HPLC分析
HPLC分析は、PEGASIL ODS 4.6mmφX250mmカラムを用い、分析条件は、10%アセトニトリル アイソクラティック15分 10%−100%アセトニトリル リニアグラジュエント20分 100%アセトニトリル洗浄20分 流速1mL/分 サンプル1mg/mL 注入量5μL 測定波長215nm、254nm、360nmで実施した。
【0078】
その結果、フラクション2化合物UV:283.4nm、329.9nm、フラクション4化合物UV:252.6nm、347.9nm、を体内動態が良い(安定な)化合物として確認した。図1〜図3参照。
【0079】
(5)分取HPLCの実施
<粗精製画分の調製>
(1)の濾過済み試料115mLを以下の条件で分取HPLCにて粗精製し、275.7mgの粗精製画分(図2におけるフラクション3)を得た。
PEGASIL ODS 2mmφX250mmカラム 精製条件;10%アセトニトリル アイソクラティック15分 10%−100%アセトニトリル リニアグラジュエント20分 流速9mL/分 100%アセトニトリル洗浄20分。
【0080】
<粗精製画分(図2におけるフラクション3)の分取HPLCによる再精製>
PEGASIL ODS 2φX25cmカラム 精製条件;15%アセトニトリル アイソクラティック185分 流速9mL/分 100%アセトニトリル洗浄20分。
フラクション1〜フラクション7を分画し、フラクションパターンの比較検討によりフラクション2とフラクション4を体内動態が良好(安定)と判定し、以降の分取TLCによる精製工程に供した。図4参照。
【0081】
(6)分取TLCの実施
<フラクション2、フラクション4の精製>
フラクション2(12.02mg)、フラクション4(6.38mg)を分取TLC(シリカゲル60F254 メルク社)、展開溶媒クロロホルム/メタノール=2/1にて精製し、フラクション2化合物6.38mg、フラクション4化合物3.98mgを得た。図5参照。
【0082】
実施例2
<腸管内投与による体内動態判定・ライブラリー化のモデル生薬を用いた検討>
スクリーニングの結果から腸管内投与により体内動態の安定な化合物の存在することが示唆された生薬の青皮をモデルとして、本発明の腸管内投与により体内に吸収された被検対象物中の化合物等の体内動態の判定方法と体内動態の安定な化合物等のライブラリーの作製方法の検証を行った。青皮(Citrus reticulata Blanco)は、ポンカンやウンシュウミカンの青い未成熟果皮を基源とする生薬で、健胃作用のあることが知られているものである。
【0083】
(1)投与用試料・精製用試料の調製
青皮100gを2Lの50%アセトンで抽出処理し、アセトンを除去して得られた画分の一部を投与用試料とし、残り1Lを等量のn−ヘキサンで溶媒抽出を行い精製用試料とした。
【0084】
(2)カイコへの青皮抽出物の投与
上記の青皮アセトン抽出物500μLをカイコ腸管内に注射により投与した。投与後、6時間置いた後、体液を採取し、実施例1の(3)と同様にHPLC分析用試料の調製を行った。また、生理食塩水を投与したカイコの体液からも、同様にHPLC分析用試料の調製を行った。
【0085】
(3)HPLC分析
PEGASIL ODS 4.5φX250mmカラムを用い、分析条件は、10%アセトニトリル アイソクラティック15分 10%−100%アセトニトリル リニアグラジュエント20分 100%アセトニトリル洗浄15分 流速1mL/分 サンプル1mg/mL 注入量5μL 測定波長215nm、254nm、360nmで実施した。図6参照。
【0086】
(4)分取HPLCによる粗精製画分の取得
以下の条件で分取HPLCを実施し、粗精製画分Aを11.6mg、Bを21.1mg、Cを23.5mg得た。分取条件:PEGASIL ODS 20φX250mmカラム 40%アセトニトリル アイソクラティック 流速 9mL/分。
【0087】
(5)各粗精製画分の分取TLCによる精製
分取TLC(25HPTLCプレートRP−18F254S メルク社)、展開溶媒n−ヘキサン/酢酸エチル=3/1を用いて、(3)で得られた各画分を精製し、精製画分A8.5mg、B16.3mg、C19.1mgを得た。この各画分を更に分取TLC(シリカゲル60F254 メルク社)、展開溶媒クロロホルム/メタノール=10/1により精製し、最終精製品として、腸管から吸収され体内動態が安定な化合物Aを5.8mg、化合物Bを10.2mg、化合物Cを17.2mg得た。実施例2の操作の流れを図7に示す。
【0088】
(6)A、B、C、各化合物の構造解析
<分子量>
各精製化合物に対して、FAB−MSスペクトルメトリー(positive mode)を実施し分子量を測定した。その結果、化合物Aは分子量402、化合物Bは分子量432、化合物Cは分子量372と決定した。
【0089】
<構造解析>
H及び13C−NMRスペクトルによる構造解析を行い、特徴的なメトキシ基由来の水素と炭素の存在、そして芳香環由来の水素と炭素の存在を示すスペクトルがそれぞれの化合物で観測された。
【0090】
以上の結果から、化合物A、B、C共に既知化合物であり、化合物Aは分子式C2122のノビレチン(Nobiletin)、化合物Bは分子式C2224のヘプタメトキシフラボン(Heptamethoxyflavone)、化合物Cは分子式C2020のタンゲレチン(Tangeretin)とそれぞれ同定した。同定された化合物の化学構造式を図8に示す。
【0091】
<実施例1、実施例2の結果の考察>
実施例1と実施例2の結果から、今回の被検対象物である生物抽出物をカイコの血中(体液中)又は腸管内に投与し、一定時間経過後にカイコ体液中の物質を生物抽出物自体等と比較分析することで、被検対象物中の化合物等の体内動態の良否を判定できることが確認された。また、体内動態が良く安定であることが確認された分画から該当する化合物を精製し、構造解析を行って化合物を同定することも可能であることが確認された。従って、これらの化合物は、本発明によって体内動態が良い(安定である)化合物ライブラリーの構成化合物となることが確認されたことになる。
【0092】
ここで、実施例2で得られた3つの化合物は、何れもフラボノイド骨格を有するポリメトキシフラボン類であり(図8参照)、これら一群の化合物は、抗炎症作用、抗酸化作用、抗腫瘍効果等の薬理活性が報告されている。更に、その多様な生理活性を有することから、その薬物動態が注目されており、ノビレチンやタンゲレチンにおいては、哺乳動物のラットでの体内動態を評価する研究がいくつか報告されている(例えば、Murakami A., Kawahara S., Takahashi Y. et al., Biosci Biotechnol Biochem. 2001, 65, 194−7)。そして、この文献には、ノビレチンの血中半減期は24時間以上であることが示唆されている。
【0093】
実施例2で得られた、カイコに投与後6時間置いた後、体液中に確認された物質の結果は、上記ラットで報告されているノビレチンやタンゲレチンの体内動態が良い(安定である)という報告と一致するものであり、本発明の完全変態型昆虫の幼虫を用いる方法が、哺乳類における体内動態を判定する方法となり得ることの証拠となるものである。
【0094】
以上の結果は生物抽出物又は天然物の体内動態を検討したものである。生物抽出物はライブラリー化することが難しく、本発明の利点を明らかにし易い点等ことから検討したものであり、コンビケム等により得られた合成化合物の体内動態も本発明で同様に判定できることは言うまでもないことである。そして、本発明の体内動態の判定結果を基とした体内動態の良好な化合物等のライブラリー化も、あらゆる被検対象物に適用できるものである。
【0095】
以下に、完全変態型昆虫の幼虫の一つであるカイコを用いて得られる体内動態の判定結果が哺乳類において得られる体内動態の判定結果を代替できるものであることを示すために、哺乳類とカイコの抗生物質の体内動態を比較し、治療効果と体内動態との関係を検討した試験結果について記す。
【0096】
試験例1
<カイコに治療効果を示さない(外用を除く)抗生物質の体内動態の検討>
[目的]
哺乳動物において外用に用いた場合は治療効果を示すが血中投与では治療効果を示さない抗生物質3種が、カイコに対しても治療効果を示さないことが確認された(下記表1参照)。
【0097】
【表1】

【0098】
そこで、哺乳動物の体内に投与した場合に治療効果を示さない抗生物質が、カイコ体液(血液)内から消失し易いか否かを検討した。
【0099】
[方法]
5齢2日目のカイコ(体重1.8g〜2.0g)に、薬剤溶液50μL、100μL(フシジン酸Naの場合)を血中投与し、経時的に体液を採取した。体液と等量のアセトン又はメタノールを加えて薬物を抽出した。抽出液を乾固し、採取した体液と等量の50%メタノールに溶解後、HPLC分析を行い、体液中の薬剤濃度を決定した。投与後の経過時間と薬剤濃度から体液内濃度推移をグラフにし、各薬剤の体内動態パラメーターを算出した。
【0100】
<投与量:検討薬剤>
100μg/カイコ:フシジン酸ナトリウム
【0101】
<HPLC分析条件>
カラム:PEGASIL ODS R1251
移動層:アセトニトリル/メタノール/10mMリン酸=5/2/3
検出 :235nmの吸収
【0102】
[結果]
フシジン酸ナトリウムは、カイコ体中の半減期が短かった。フシジン酸ナトリウムの血中半減期を15分と算出したグラフを図9に示す。
【0103】
試験例2
<カイコに治療効果を示す抗生物質の体内動態の検討>
[目的]
試験例1とは反対に、哺乳動物で治療効果を示す抗生物質はカイコに対しても治療効果を示すことが確認されている(表1のバンコマイシン、アムホテリシンB)。そこで、治療有効な抗生物質がカイコ体液(血液)内に安定に存在するか否かを検討した。
【0104】
[方法]
薬剤の投与、体液内濃度推移、体内動態パラメーター算出は、試験例1と同様に行った。
【0105】
<投与量:検討薬剤>
100μg/カイコ:バンコマイシン、テトラサイクリン、クロラムフェニコール
50μg/カイコ:フルコナゾール
【0106】
<HPLC分析条件>
カラム:PEGASIL ODS R1251
移動層:アセトニトリル/50mMリン酸ナトリウム=8/92 バンコマイシン
メタノール/5mMEDTA=3/7 テトラサイクリン
メタノール/20mMリン酸カリウム=35/65 クロラムフェニコール
アセトニトリル/25mM酢酸緩衝液(pH5)=1/4 フルコナゾール
【0107】
[結果]
結果を表2に示す。カイコと哺乳類において分布容積(Vdss)の値はよく一致していた。また、血中半減期は、カイコ、哺乳類共に長く6時間以上であった。検討した薬剤中、バンコマイシンとクロラムフェニコールのカイコ体内での血中濃度の推移をプロットしたグラフを図10に示す。
【0108】
【表2】

【0109】
<試験例1、試験例2の結果の考察>
ビホナゾール、クロトリマゾール及びフシジン酸Naは、哺乳類において外用薬としては有効であることから、哺乳類において体液(血液)内からの消失が速いことが考えられるが、実際、哺乳類においてそうであり、またカイコにおいても消失が速いことが認められた。一方、外用薬以外に治療効果が認められるバンコマイシン等の薬剤は、哺乳類において体内に安定に存在するが、カイコにおいても体液(血液)中に安定に存在した。
【0110】
以上の試験例により、カイコを用いた抗生物質の体内動態は、哺乳類の体内動態とよく一致することが分かった。また、その外用薬としてではない治療効果は、カイコと哺乳類の両者において、共に体内動態の状況を良く反映したものであることが確認された。
【0111】
また、実施例2で得られた生薬である青皮抽出物中の薬理作用を有する化合物のカイコにおける体内動態は、哺乳類の体内動態と一致していた。従って、完全変態型昆虫の幼虫の一つであるカイコを用いた薬剤の体内動態の判定方法は、哺乳類における体内動態を代替でき、哺乳類における体内動態の判定方法として用いることができる。
【産業上の利用可能性】
【0112】
本発明の完全変態型昆虫の幼虫を用いた被検対象物の体内動態判定方法は、哺乳類における被検対象物の体内動態の判定に用いることができ、簡便であり、コスト上、倫理上の問題点が少ないため、従来の医薬品開発の探索研究段階では行われることのなかった、哺乳類における被検対象物の体内動態の判定試験とすることができる。また、本発明の体内動態の判定方法は、哺乳類における体内動態の良い化合物又は物質のライブラリーの作製方法として利用することができ、医薬品開発の分野に対して、体内動態の良い化合物又は物質のライブラリーを提供するものとして広く利用されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0113】
【図1】夏みかん葉抽出物、生理食塩液投与カイコの体液抽出物、夏みかん葉抽出物投与カイコの体液抽出物の、それぞれのHPLCパターンを比較した図である。
【図2】夏みかん葉抽出物、夏みかん葉抽出物投与カイコ体液抽出物のHPLCパターン比較図で、カイコ体液中で安定と考えられる化合物、不安定と考えられる化合物の示すピークを示す図である。
【図3】夏みかん葉抽出物、夏みかん葉抽出物投与カイコ体液抽出物のHPLCパターンを比較することで、カイコ体液中で安定な物質と不安定な物質のフラクションを検討した図である。
【図4】粗精製分画の分取HPLCにより分画された7つのフラクションを、夏みかん葉抽出物、夏みかん葉抽出物投与カイコ体液抽出物の間で比較した図である。
【図5】夏みかん葉由来であり、カイコ体液中で安定と判断された2つの物質の示すクロマトグラムを示す図である。
【図6】実施例2において、生薬の青皮抽出物を投与したカイコ体液抽出物の示すHPLCパターンと、生理食塩液投与カイコ体液抽出物の示すHPLCパターンとを比較した図である。
【図7】実施例2の操作の流れを示す図である。
【図8】実施例2において体内動態が良好と判定され、構造解析によって同定された3つの化合物の化学構造式を示す図である。
【図9】試験例1において体内動態を検討したフシジン酸ナトリウムのカイコ体液(血液)中での半減期を決定した際のデータを示す図である。
【図10】哺乳類に対して治療効果を示すバンコマイシンとクロラムフェニコールのカイコ体液(血液)中での半減期を決定した際のデータを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
完全変態型昆虫の幼虫に被検対象物を投与し、該被検対象物中の化合物又は該被検対象物中の化合物が体内で化学変化を受けて生成した物質の、完全変態型昆虫の幼虫における体内動態を評価し、その評価結果から、該被検対象物中の化合物又は該被検対象物中の化合物が体内で化学変化を受けて生成した物質の哺乳類における体内動態の良否を判定することを特徴とする体内動態判定方法。
【請求項2】
以下の工程、
(a)完全変態型昆虫の幼虫に被検対象物を投与する工程、
(b)時間を経過させる工程、
(c)該完全変態型昆虫の幼虫の体液を採取する工程、
(d)(c)で採取された体液中の物質を特定する工程、
を含む請求項1記載の体内動態判定方法。
【請求項3】
以下の工程、
(x)被検対象物中の化合物を特定する工程、
(a)完全変態型昆虫の幼虫に被検対象物を投与する工程、
(b)時間を経過させる工程、
(c)該完全変態型昆虫の幼虫の体液を採取する工程、
(d)(c)で採取された体液中の物質を特定する工程、
(e)(x)で特定された被検対象物中の化合物と(d)で特定された体液中の物質とを比較する工程、
を含む請求項1又は請求項2に記載の体内動態判定方法。
【請求項4】
上記完全変態型昆虫の幼虫がカイコである請求項1ないし請求項3の何れかの請求項に記載の体内動態判定方法。
【請求項5】
上記被検対象物が天然物である請求項1ないし請求項4の何れかの請求項に記載の体内動態判定方法。
【請求項6】
哺乳類において体内動態が良好な化合物のライブラリーの作製方法であって、請求項1ないし請求項5の何れかの請求項に記載の体内動態判定方法を使用することによって、完全変態型昆虫の幼虫の体内で安定である又は完全変態型昆虫の幼虫の体内で化学変化を受けて安定となる上記被検対象物中の化合物を選択してその構成要素とすることを特徴とするライブラリーの作製方法。
【請求項7】
哺乳類において体内動態が良好な化合物のライブラリーの作製方法であって、以下の工程、
(x)被検対象物中の化合物を特定する工程、
(a)完全変態型昆虫の幼虫に被検対象物を投与する工程、
(b)時間を経過させる工程、
(c)該完全変態型昆虫の幼虫の体液を採取する工程、
(d)(c)で採取された体液中の物質を特定する工程、
(e)(x)で特定された被検対象物中の化合物と(d)で特定された体液中の物質とを比較する工程、
(f)(x)で特定された該被検対象物中の化合物の中から、完全変態型昆虫の幼虫の体内で安定である又は完全変態型昆虫の幼虫の体内で化学変化を受けて安定となる化合物を選択してその構成要素とする請求項6に記載のライブラリーの作製方法。
【請求項8】
哺乳類において体内動態が良好な物質のライブラリーの作製方法であって、請求項1ないし請求項5の何れかの請求項に記載の体内動態判定方法を使用することによって、完全変態型昆虫の幼虫の体内で安定に存在する上記体液中の物質を選択してその構成要素とすることを特徴とするライブラリーの作製方法。
【請求項9】
請求項6又は請求項7に記載のライブラリーの作製方法を用いて作製された哺乳類において体内動態が良好な化合物のライブラリー。
【請求項10】
請求項8に記載のライブラリーの作製方法を用いて作製された哺乳類において体内動態が良好な物質のライブラリー。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2010−145113(P2010−145113A)
【公開日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−319566(P2008−319566)
【出願日】平成20年12月16日(2008.12.16)
【出願人】(501481492)株式会社ゲノム創薬研究所 (25)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】