作物病害の抑止方法および作物病害抑止剤
【課題】ラルストリア(Ralstonia)属、フザリウム(Fusarium)属、ピシウム(Pythium)属あるいはリゾクトニア(Rhizoctonia)属に属する作物病害菌が原因で起こる作物病害を抑制するあるいは作物病害による被害を軽減するのに簡便かつ有効な手段であって、しかも有機性廃棄物を有効に利用でき、かつ環境への負荷を低減できる方法について提案する。
【解決手段】メタン発酵の高温発酵消化液を固液分離して得られた固形物部分を、土壌あるいは軽石に施用処理する。
【解決手段】メタン発酵の高温発酵消化液を固液分離して得られた固形物部分を、土壌あるいは軽石に施用処理する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の作物病害の抑止方法に関するものであり、メタン発酵消化液およびメタン発酵消化液を固液分離して得られた固形物部分を土壌や軽石などの栽培培地に施用処理することによって、土壌、河川その他の環境を汚染することなく作物病害菌を抑止できるだけでなく、従来浄化処理に高エネルギーを要していたメタン発酵消化液を有効利用するものであって、農業の技術分野のほか、環境問題にも寄与するものである。
【背景技術】
【0002】
農業生産、中でも収益性の高い野菜作では、単一作物を同じ土壌で連続して栽培する、連作が増加している。この単一作物を連作する際、病原菌の集積に起因した連作障害が問題となっている。細菌Ralstonia solanacearum 、Fusarium oxysporumの様な病原菌は連作障害の主要因であり、深刻な「土壌病害」をもたらしている。また水耕栽培では糸状菌Pythium ultimum やRhizoctonia solani、による病害が問題視されている。したがって、これらの作物病害に対する対策は食糧生産上の必須課題であると言える。
【0003】
従来これの発生抑制の方法として、遮根シートを用いて植物根を汚染土壌から隔離させる方法(非特許文献1参照)や、拮抗菌による生物的防除(非特許文献2参照)、太陽熱を利用した土壌消毒(非特許文献3参照)、クロルピクリン(非特許文献4参照)や臭化メチル(非特許文献5参照)などの薬剤による土壌燻蒸などが多く行われてきた。特に、臭化メチル剤等の化学農薬が多く利用されてきたが、臭化メチルは2005年に全廃された。
【0004】
これら従来の作物病害の抑止技術、中でも化学農薬に依存すれば、薬害耐性・薬剤抵抗のある病原菌が出現したり、作用が非選択的であるために作物病害菌以外の有用土壌微生物へ多大な影響を与え土壌の肥沃度の低下をもひきおこす。また、過剰な農薬の使用は、生産された作物に農薬が残存する可能性も十分あるため、消費者にとっても不安であり、作物の摂食による人体への影響も計り知れない。
【0005】
中でもよく使用される臭化メチルは、強力なオゾン層破壊物質であることから全廃され、その代替薬剤や代替技術が求められている。そこで、臭化メチルの代替品としてクロルピクリンの利用が最近増加しているが、これは容易にガス化し、催涙を伴う強い刺激臭があるため、取り扱いに注意を払う必要がある。さらに、使用後の容器も産業廃棄物として捨てる必要があり、管理が難しいため、適切な取り扱いを徹底する必要がある。
【0006】
特にクロルピクリンなどの土壌消毒剤が利用されることが多い作物として、トマト、イチゴ、メロン、キュウリ、ショウガ、キクなどがあり、これらが罹病する作物病害の抑止に最適な方法を見出すことが望まれている。
【0007】
「循環型社会白書 平成17年度版」によると、平成14年現在1年間に5.8億トンもの廃棄物が排出された。その54%にあたる3.1億トンは有機性汚泥やし尿、家畜排泄物、動植物性の残渣と言ったバイオマス系に由来していた。そのうち家畜糞尿の一部や稲わらなど0.83億トンは肥料として農耕地に還元された。堆肥には(1)窒素肥料としての効果、(2)微生物への栄養供給による団粒形成促進、(3)腐植物質などによる物理性改善の効果が指摘されている。そのため農耕地における「有機物施用」は土壌改良剤として古くより農業での土作りにおいて堆肥などが施用され続けてきた。有機性廃棄物の新たな利用方法として家畜糞尿や生ごみ、下水汚泥を原料とした「メタン発酵」が注目されている。この発酵過程では、発酵の産物として生成されるメタンガスがエネルギーとして用いられる一方で、消化液が発生する。この消化液は廃水処理設備で処理してから河川等に放流する必要があり、消化液を有効利用する方法が求められている。メタン消化液は炭素、アンモニア態窒素、有機態窒素、リン、およびカリウムといった肥料成分を含有しているため、農業地帯では消化液を液肥として利用することが検討されている。特に、高温メタン発酵消化液は大腸菌などに対する殺菌性能を有するほか、雑草種子の発芽を抑えるなど有機肥料として有効利用でき、液肥としての利用に適している。なお、消化液を加熱・濃縮してアンモニアストリッピングさせ、濃縮アンモニア水を液肥として有効利用する方法(特許文献1参照)や、消化液からアンモニアストリッピングによりNH3およびCO2を分離した後、逆浸透膜を用いて浄水を分離した残液を酸性にし、析出する有機物を肥効促進剤として従来周知の粉末肥料や液体肥料に添加し有効利用する方法(特許文献2参照)があるがいずれも農業面で利用するには、費用がかかりすぎ、コスト面に難点がある。
【0008】
有機物施用の副次的効果として「病害抑制効果」が示唆されている(非特許文献6参照)。家畜排泄物が土壌施用により病害抑制を示す事は、例えば牛糞バーク堆肥施用(非特許文献7参照)によるトマト青枯病(病原菌:Ralstonia solanacearum)などの例により示されている。さらに有機性廃棄物に関しても、下水汚泥コンポストによるPythiumやRhizoctonia病害抑止の例が知られている。またコルクやブドウ絞りかすやマツの樹皮や園芸廃棄物とコーヒー堆肥の混合物によるFusarium病害に対する抑制効果が認められた。これらの例から、有機性廃棄物は土壌病害抑制資材としての可能性が期待される。だが有機物それぞれの病害抑制効果が異なる事が指摘されている。例えば、防除効果は、作物別ではキュウリ>トマト>ダイコン,ナガイモ,ジャガイモの順に現れやすく、被害は病害別ではそうか病(Streptomyces scabies),粉状そうか病(Spongospora subterrnea)根こぶ病(Plasmodiophora brassicae)、菌類(Phytophthora, Pythium, Aphanomyces)による病害>フザリウム病(Fusarium spp.)>リゾクトニア病(Rhizoctonia spp.),紫紋羽病(Helicobasidium mompa),白紋羽病(Rosselinia necatrix)の順に軽減しにくい(非特許文献6参照)。
【0009】
【特許文献1】特開2003−117593
【特許文献2】特開2003−002775
【非特許文献1】農業及び園芸、63巻、1305−1309(1988)
【非特許文献2】土と微生物、41巻、25−29(1993)
【非特許文献3】関西病虫研報、39巻、45−46(1997)
【非特許文献4】関東病虫研報、30巻、37−38(1983)
【非特許文献5】植物防疫、48巻、139−140(1994)
【非特許文献6】植物防疫、35巻、108−114(1981)
【非特許文献7】日本土壌肥料学会誌、69巻、1号、76−78(1998)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は植物の作物病害の抑止に有効な手段であって、しかも土壌、河川その他の環境を汚染することなくラルストリア(Ralstonia)属、フザリウム(Fusarium)属、ピシウム(Pythium)属あるいはリゾクトニア(Rhizoctonia)属に属する作物病害菌が原因で起こる作物病害菌を抑止できるだけでなく、従来浄化処理に高エネルギーを要していたメタン発酵消化液を有効利用するものであって、農業の技術分野のほか、環境問題を解決した、ラルストリア(Ralstonia)属、フザリウム(Fusarium)属、ピシウム(Pythium)属あるいはリゾクトニア(Rhizoctonia)属に属する作物病害菌が原因で起こる作物病害の抑止方法について提案することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は上記した要望に応えるためになされたものであって、本発明者らは、環境を汚染しないよう化学農薬ではなく有機物由来の防除材を開発すること、土壌中には数多くの病害菌が棲息しているところから、特定の病害菌のみでなく複数の病害菌に対して有効な防除、換言すれば、ラルストリア(Ralstonia)属、フザリウム(Fusarium)属、ピシウム(Pythium)属あるいはリゾクトニア(Rhizoctonia)属に属する作物病害菌が原因で起こる作物病害菌に対して広範な抗菌スペクトルを有する防除材を開発すること、そして当然のことながら、作物病害菌に対する抑制作用にすぐれる一方作物に対しては薬害を生じない防除材を開発することを目的として鋭意研究を行った。
【0012】
家畜ふん尿のメタン発酵施設は全国で増加の傾向にあるが、メタン発酵処理技術はバイオガスをエネルギーとして利用できるという利点がある反面、消化液を排水基準値にまで処理する必要があった。そこで本発明者らは上記メタン発酵の高温発酵消化液に注目し、土壌や軽石などの栽培培地に施用処理したところ、ラルストニア(Ralstonia)属、フザリウム(Fusarium)属、ピシウム(Pythium)属あるいはリゾクトニア(Rhizoctonia)属に属する作物病害菌が原因で起こる作物病害の抑止効果があること、とりわけ、上記メタン発酵の高温発酵消化液を固形分離して得られる固形物部分に上記作物病害の抑止効果があることをはじめて見出した。
【0013】
すなわち、本発明の要旨は、次に示すとおりである。
(1)メタン発酵消化液を固液分離して得られた固形物部分を土壌や軽石などの栽培培地に施用処理することにより、ラルストリア(Ralstoni)属、フザリウム(Fusarium)属、ピシウム(Pythium)属又はリゾクトニア(Rhizoctonia)属に属する作物病害菌を原因とする作物病害を抑止する方法。
(2)(1)において、前記メタン発酵消化液が高温発酵消化液であることを特徴とする作物病害の抑止方法。
(3)(1)又は(2)において、メタン発酵消化液が牛糞を高温メタン発酵することにより得られたものであることを特徴とする作物病害の抑止方法。
(4)(1)、(2)又は(3)において、前記作物病害がナス科植物青枯病、レタス根腐病、サラダナ苗立枯病あるいはサラダナ・ホウレンソウ立枯病であることを特徴とする作物病害の抑止方法。
(5)メタン発酵消化液を固液分離して得られた固形物部分を有効成分とする作物病害抑止剤。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、メタン発酵の高温発酵消化液を土壌や軽石などの栽培培地に施用するだけで、ラルストリア(Ralstonia)属、フザリウム(Fusarium)属、ピシウム(Pythium)属あるいはリゾクトニア(Rhizoctonia)属に属する作物病害菌の発病程度の低下をもたらすことが可能であり、かつ安価に実現するという実用上の問題点をも解決することが出来た、さらに、とりわけメタン発酵の高温発酵消化液を固形分離して得られた固形物部分に、作物病害の抑制効果があることを見出した。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
次に、本発明を導くに至った実験結果について、詳しく説明する。
【実施例1】
【0016】
<土壌でのトマト青枯病の発病試験>
トマト青枯病助長土壌である名古屋大学農学部付属農場(愛知県東郷町)化学肥料連用圃場より作土0-10cmを採取した。2 mmのふるいを通した後、実験に供試するまで10℃で保存した。水分含量を最大容水量の40%に調整した乾土換算70gの土壌にメタン発酵の高温発酵消化液(原料:牛糞、組成:有機態炭素4430 mg L-1、アンモニア態窒素1680 mg L-1、全リン726 mg L-1、酢酸1880 mg L-1、プロピオン酸161 mg L-1、乳酸147 mg L-1、吉草酸86 mg L-1)を湿重で2、5、10%となるように混合し、このとき、青枯病菌Ralstonia solanacearum YU1Rif43株を乾土1g当たり1×105 cfuとなるように接種した。病原菌を接種、混合した土壌は直径6.2cm、高さ5.5cmのアグリポットに充填した。病原菌を接種直後に、あらかじめ28℃で2日間催芽したトマト‘桃太郎’の種子を1ポットにつき6粒播種した。各処理区につき3反復を設けた。栽培には人工気象器(BIOTRON LPH200、日本医化器械、明期12h、光量子束密度285 mmol m-2 s-1)を使用し、30℃で30日間栽培した。水は1日2回蒸留水にて行った。施肥は大塚ハウスA処方(養分濃度[mg L-1]:窒素260、リン120、カリウム405、カルシウム230、マグネシウム60、マンガン1.5、ホウ素1.5、鉄2.7、銅0.03、亜鉛0.09、モリブデン0.03)を毎週5ml添加することで行った。発病調査は2日ごとに行い、各個体の病徴を、 0:病徴なし、1:萎凋程度が植物体全体の1-25%、2:26-50%、3:51-75%、4:76-100%あるいは枯死の5段階とした。1ポット6個体の平均値を求め、さらに各処理3ポットの平均値±標準誤差を算出した(図1)。さらに、上記メタン発酵の高温発酵消化液を高分子凝集剤を用いてスクリュープレス式で固液分離し、得られた固形物部分と液体部分を、トマト青枯病菌を接種した土壌に200mg-N/kg-土壌の割合で添加後、病原菌の生存率を測定した(図2)。
【0017】
図1の結果からわかるように、メタン消化液を土壌に施用したトマトの発病試験では、播種後30日目には無施用区での発病程度は平均3.3であった。それに対し、メタン消化液2%施用区では平均2.8、5%施用区では平均1.0、そして10%施用区では平均0.2とメタン消化液の施用量に応じて無施用区に対する発病程度の低下が見られた。
また、図2からわかるように、このメタン消化液施用によるトマト青枯病抑制効果は、青枯病菌のより速やかな死滅に関係する。また、土壌1g当たりの青枯病菌数は、消化液無添加の場合と比較して、消化液添加で3割程度、消化液の固形物部分添加で5割程度低減し、トマト青枯病菌の死滅促進は、メタン消化液を固液分離し、固形物部分のみを添加することで増すことが明らかになった。
【実施例2】
【0018】
<レタス根腐病の発病試験>
長野県塩尻市の中信農業試験場において採集した黒ボク土壌を2mmのふるいにより篩別したものを供試した。乾土換算で50g相当の土壌に対し湿重で10%また20% (乾燥重量にして0.5gまたは1g)のメタン発酵の高温発酵消化液を施用した。消化液は原料:牛糞、発酵形式:高温発酵、有機態炭素4430mg L-1、アンモニア態窒素1680 mg L-1、全リン726mg L-1、酢酸1880 mg L-1、プロピオン酸161mg L-1乳酸147mg L-1、吉草酸86mg L-1のものを用いた。土壌水分を最大容水量の50%に調整し、約28℃条件で2週間、暗所培養した。なお、対照として消化液無施用の土壌も同様に培養した。培養後、乾土換算で50g相当の土壌をアグリポット(直径:61.6mm、高さ55.5mm)に充填し、化学肥料(窒素、リン酸、カリウムを100g当たりそれぞれ8g含む化成肥料)をポットあたり0.050g添加した。またCzapek液体培地により5日間培養後、F. oxysporum f. sp. lactucaeのnit変異株(FOLa-nit)の分生胞子を分離した。胞子を接種し、乾土換算で1g相当の土壌での病原菌密度を105また106に調節した。その後に1日間催芽したレタス種子(品種:パトリオット、日東農産)を1ポットあたり6株移植した。栽培は人工気象器内(BIOTRON LPH200, 日本医化器械, 明期12h, 光量子束密度50μmol m-2 s-1)で日中30度、夜間25℃条件で栽培した。栽培時の土壌水分は最大容水量の60%に調整した。発病程度は株ごとに記録した発病段階を3ポットの平均値とした。図3a,bにこのメタン消化液施用土壌におけるレタス根腐病の発病程度の結果を示す。10%(a)は2回、20%(b)は6回の平均(±標準誤差)である。また、発病段階を1:茎・葉一部変色、2:下葉変色、3:上葉変色、4:萎凋、枯死としている。
【0019】
図3a,bの結果からわかるように、メタン消化液を土壌に施用し、2週間培養後に実施したレタスの発病試験では、播種後36日目には無施用区での発病程度の平均は2.7であった。メタン消化液10%施用区では平均1.3、またメタン消化液20%施用区では平均1.4と、無施用区に対するメタン消化液施用区での有意な発病程度低下が見られた( p<0.01)。
【実施例3】
【0020】
<軽石での栽培試験>
養液栽培へのメタン消化液施用を検定する為、軽石(商品名エコポラス, 荏原製作所)120gをビニールポット(直径:90.0mm、高さ75.0mm)に充填し、大塚ハウスA処方の液肥(窒素260 mgL-1、リン酸120 mgL-1、カリウム405 mgL-1、カルシウム230 mgL-1、マグネシウム60 mgL-1)、またはメタン消化液(原料:牛糞、発酵形式:高温発酵、組成:有機態炭素6800mg L-1、全窒素1500 mg L-1、アンモニア態窒素1100 mg L-1、硝酸態窒素25 mg L-1、リン酸21mg L-1、カリウム1500 mg L-1、カルシウム590 mg L-1、マグネシウム210 mg L-1、酢酸700 mg L-1、プロピオン酸2571mg L-1のものを水道水で希釈し、濃度が窒素260 mgL-1、リン酸100 mgL-1、カリウム214 mgL-1、カルシウム100 mgL-1、マグネシウム40 mgL-1になるように調整したもの)をpF=2になる様に施用した後、pH調節のため炭酸カルシウム粉末をそれぞれ1.8g施用した。軽石には病原菌としてCzapek液体培地により5日間培養後分離したF. oxysporum f. sp. lactucaeの野生株(FOLa)の分生胞子を接種した。その後大塚液肥、メタン消化液を軽石のpF=2条件で毎日施用し、FOLa胞子接種1週後に1日間催芽したサラダナ種子(品種:レッドファイヤー)を定植した。図4にサラダナの根腐病発病程度を示す。3ポットの発病程度の平均(±標準誤差)であり、発病段階を1:茎・葉一部変色、2:下葉変色、3:上葉変色、4:萎凋・枯死としている。
【0021】
軽石60gをビニールポット(直径:72.0mm、高さ65.0mm)に充填し、[0017]と同様の方法で大塚液肥、または水道水で希釈したメタン消化液をpF=2になる様に施用した。なおpH調節のため炭酸カルシウム粉末を0.9g施用した。P. ultimum Trow Var. OPU407株(以後P. ultimum OPU407株)、またはR. solani Izu0614株を接種した。その後大塚液肥、メタン消化液を軽石のpF=2条件で毎日施用し、P. ultimum OPU407株接種後3日後に1日間催芽したサラダナ種子(品種:レッドファイヤー)を(図5a)、R. solani Izu0614株接種5日後に1日間催芽したサラダナ種子(品種:レッドファイヤー)を(図5b)、5〜6日間催芽したホウレンソウ種子(品種:プリウス)を(図5c)定植し、人工気象器内で栽培し、地上部病徴による発病株率を算出した。
【0022】
図4の結果からわかるように、土壌ではメタン消化液を施用した1週後に病原菌胞子発芽率の低下が見られた。そのため軽石に施用した後に1週間の期間を設け、その後にサラダナを播種した。発病試験では、播種後20日目には無施用区での発病程度の平均2.5であった。それに対しメタン消化液施用区では平均0.7とメタン消化液施用区では無施用区に比べ発病程度の有意な低下が見られた(P<0.05)。しかし栽培30日目以降には発病程度の差が見られなくなった。
【0023】
図5a,b,cより、P. ultimum OPU407株接種後の3日間培養後に軽石にサラダナを定植した場合、大塚液肥施用区では2日目より茎における褐色変化が見られ始めた。メタン消化液施用区でも同様の褐色変化が認められたが、播種後12日目の発病株率は大塚液肥施用区の89%に比べてメタン消化液区では56%と有意に低かった(図5a.P<0.01)。R. solani Izu0614株接種5日後に軽石にサラダナを定植した場合、大塚液肥施用区では2日目に茎における褐色変化が見られ始めた。播種後14日目には無施用区では発病程度が83%であったのに対し、メタン消化液施用区では発病程度が10%と発病は殆ど見られなかった(図5b.P<0.01)。同じくR. solani Izu0614株接種5日後に軽石にホウレンソウ(品種:プリウス)を定植した場合、大塚液肥施用区では2日目に茎における褐色変化が見られ始めた。メタン消化液施用区でも発病が見られたが、3日目以降は発病株率の増加は見られず、8日目の発病程度は無施用区で87%であるのに対し、メタン消化液施用区では30%と有意に低かった(P<0.01%)。
【実施例4】
【0024】
<病原糸状菌に対する培地上でのメタン消化液の効果>
消化液のR. solani Izu0614やP. ultimum OPU407の抑制効果を定量的に判断する為、またFOLaへのメタン消化液の直接効果を検定するために、素寒天平板上での病原糸状菌の菌糸成育を比較した。糸状菌を培養するための素寒天培地にはメタン消化液(原料:牛糞、発酵形式:高温発酵、組成:有機態炭素6800mg L-1、全窒素1500 mg L-1、アンモニア態窒素1100 mg L-1、硝酸態窒素25 mg L-1、リン酸21mg L-1、カリウム1500 mg L-1、カルシウム590 mg L-1、マグネシウム210 mg L-1、酢酸700 mg L-1、プロピオン酸2571mg L-1)を20%w/w混和した。一方の培地にはオートクレーブ前に消化液を混合し、もう一方の培地にはオートクレーブ終了後、培地をペトリ皿に流し込む際にメタン消化液を混釈した。R. solani Izu0614株やP. ultimum OPU407株、FOLa株を素寒天平板培地上に植菌し、菌糸サイズを測定した。図6にR. solani菌糸の成育結果を示す。試験1(a)、試験2(b)ともに4日目の菌糸サイズを測定し、エラーバーは標準誤差である。また、図7にP.ultimum菌糸の成育結果を示す。2回の試験の結果であり、試験1(a)では4日目、試験2(b)では2日目に測定。エラーバーは標準誤差である。
【0025】
図6,7より、素寒天培地ではR. solani Izu0614の菌糸長が4日後には3.9cmであった。またオートクレーブ後に消化液を混合した素寒天培地では4日後にも菌糸成育が認められなかった。2回目の試験で4日後は菌糸生育が1.9cmであったのに対し、オートクレーブ後に消化液を混合した素寒天培地では0.1cm以下であった。それに対し、オートクレーブ前に消化液を混合した素寒天培地では4日後には3.3cmであった。(図6. P<0.01)。P. ultimum OPU407の菌糸長が2日後には2.2cmまたは2.3cmであった。それに対しオートクレーブ後に消化液を混合した素寒天培地では2日後にも菌糸成育が認められなかった(図7)。さらにFOLaの菌糸生長は4日後には素寒天では1.9cmであった。それに対しオートクレーブ後に消化液を混合した素寒天培地では4日後にも菌糸成育が認められなかった。また、オートクレーブ前に消化液を混合した素寒天培地では1.4cmであった。
【0026】
[0020]に記載のメタン消化液を遠心分離(15000rpm、10分)して得られた上清および沈殿物(消化液の固形物部分に相当)を、1/10バレイショ―ブドウ糖寒天培地に混和し、予め培養したR. solani Izu0614株を培地上に移植し、菌糸の成育を比較した(図8)。
【0027】
図8の結果からわかるようにR. solani Izu0614株の菌糸の成育は、消化液無施用では7日後で3.9cmであった。これに対し、沈殿物施用では1.2cmであり、沈殿物施用により著しい阻害を受けた。なお、上清施用では菌糸の成育阻害はなかった。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】2〜10%メタン消化液施用土壌における播種後日数とトマト青枯病の発病程度との関係を示す図である。
【図2】メタン消化液にはトマト青枯病死滅促進効果があること、この効果は固液分離で、残渣部分を集めると、その効果が増すことを示す図である。
【図3a】メタン消化液施用土壌における播種後日数とレタス根腐病の発病程度との関係を示す図である。
【図3b】メタン消化液施用土壌における播種後日数とレタス根腐病の発病程度との関係を示す図である。
【図4】軽石に液肥(メタン発酵消化液、大塚液肥病原菌)を施用後、FOLa胞子播種1週間後に定植したサラダナの根腐病発病程度を示す図である。
【図5a】病原菌と液肥(大塚液肥、メタン消化液)を施用した軽石での立枯病の発病株率を示す図である。OPU407株播種後、3日後に定植したサラダナの発病株率(3連の平均)である。
【図5b】病原菌と液肥(大塚液肥、メタン消化液)を施用した軽石での立枯病の発病株率を示す図である。Izu0614株播種後、5日後に定植したサラダナの発病株率(5連の平均)である。
【図5c】病原菌と液肥(大塚液肥、メタン消化液)を施用した軽石での立枯病の発病株率を示す図である。Izu0614株播種後、5日後に定植したホウレンソウ発病株率(5連の平均)である。
【図6a】メタン消化液混合培地上でのR.solani菌糸の成育。
【図6b】メタン消化液混合培地上でのR.solani菌糸の成育。
【図7a】メタン消化液混合培地上でのP.ultimum菌糸の成育。
【図7b】メタン消化液混合培地上でのP.ultimum菌糸の成育。
【図8】メタン消化液混合培地上(上清、沈殿物)でのR.solani菌糸の成育。
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の作物病害の抑止方法に関するものであり、メタン発酵消化液およびメタン発酵消化液を固液分離して得られた固形物部分を土壌や軽石などの栽培培地に施用処理することによって、土壌、河川その他の環境を汚染することなく作物病害菌を抑止できるだけでなく、従来浄化処理に高エネルギーを要していたメタン発酵消化液を有効利用するものであって、農業の技術分野のほか、環境問題にも寄与するものである。
【背景技術】
【0002】
農業生産、中でも収益性の高い野菜作では、単一作物を同じ土壌で連続して栽培する、連作が増加している。この単一作物を連作する際、病原菌の集積に起因した連作障害が問題となっている。細菌Ralstonia solanacearum 、Fusarium oxysporumの様な病原菌は連作障害の主要因であり、深刻な「土壌病害」をもたらしている。また水耕栽培では糸状菌Pythium ultimum やRhizoctonia solani、による病害が問題視されている。したがって、これらの作物病害に対する対策は食糧生産上の必須課題であると言える。
【0003】
従来これの発生抑制の方法として、遮根シートを用いて植物根を汚染土壌から隔離させる方法(非特許文献1参照)や、拮抗菌による生物的防除(非特許文献2参照)、太陽熱を利用した土壌消毒(非特許文献3参照)、クロルピクリン(非特許文献4参照)や臭化メチル(非特許文献5参照)などの薬剤による土壌燻蒸などが多く行われてきた。特に、臭化メチル剤等の化学農薬が多く利用されてきたが、臭化メチルは2005年に全廃された。
【0004】
これら従来の作物病害の抑止技術、中でも化学農薬に依存すれば、薬害耐性・薬剤抵抗のある病原菌が出現したり、作用が非選択的であるために作物病害菌以外の有用土壌微生物へ多大な影響を与え土壌の肥沃度の低下をもひきおこす。また、過剰な農薬の使用は、生産された作物に農薬が残存する可能性も十分あるため、消費者にとっても不安であり、作物の摂食による人体への影響も計り知れない。
【0005】
中でもよく使用される臭化メチルは、強力なオゾン層破壊物質であることから全廃され、その代替薬剤や代替技術が求められている。そこで、臭化メチルの代替品としてクロルピクリンの利用が最近増加しているが、これは容易にガス化し、催涙を伴う強い刺激臭があるため、取り扱いに注意を払う必要がある。さらに、使用後の容器も産業廃棄物として捨てる必要があり、管理が難しいため、適切な取り扱いを徹底する必要がある。
【0006】
特にクロルピクリンなどの土壌消毒剤が利用されることが多い作物として、トマト、イチゴ、メロン、キュウリ、ショウガ、キクなどがあり、これらが罹病する作物病害の抑止に最適な方法を見出すことが望まれている。
【0007】
「循環型社会白書 平成17年度版」によると、平成14年現在1年間に5.8億トンもの廃棄物が排出された。その54%にあたる3.1億トンは有機性汚泥やし尿、家畜排泄物、動植物性の残渣と言ったバイオマス系に由来していた。そのうち家畜糞尿の一部や稲わらなど0.83億トンは肥料として農耕地に還元された。堆肥には(1)窒素肥料としての効果、(2)微生物への栄養供給による団粒形成促進、(3)腐植物質などによる物理性改善の効果が指摘されている。そのため農耕地における「有機物施用」は土壌改良剤として古くより農業での土作りにおいて堆肥などが施用され続けてきた。有機性廃棄物の新たな利用方法として家畜糞尿や生ごみ、下水汚泥を原料とした「メタン発酵」が注目されている。この発酵過程では、発酵の産物として生成されるメタンガスがエネルギーとして用いられる一方で、消化液が発生する。この消化液は廃水処理設備で処理してから河川等に放流する必要があり、消化液を有効利用する方法が求められている。メタン消化液は炭素、アンモニア態窒素、有機態窒素、リン、およびカリウムといった肥料成分を含有しているため、農業地帯では消化液を液肥として利用することが検討されている。特に、高温メタン発酵消化液は大腸菌などに対する殺菌性能を有するほか、雑草種子の発芽を抑えるなど有機肥料として有効利用でき、液肥としての利用に適している。なお、消化液を加熱・濃縮してアンモニアストリッピングさせ、濃縮アンモニア水を液肥として有効利用する方法(特許文献1参照)や、消化液からアンモニアストリッピングによりNH3およびCO2を分離した後、逆浸透膜を用いて浄水を分離した残液を酸性にし、析出する有機物を肥効促進剤として従来周知の粉末肥料や液体肥料に添加し有効利用する方法(特許文献2参照)があるがいずれも農業面で利用するには、費用がかかりすぎ、コスト面に難点がある。
【0008】
有機物施用の副次的効果として「病害抑制効果」が示唆されている(非特許文献6参照)。家畜排泄物が土壌施用により病害抑制を示す事は、例えば牛糞バーク堆肥施用(非特許文献7参照)によるトマト青枯病(病原菌:Ralstonia solanacearum)などの例により示されている。さらに有機性廃棄物に関しても、下水汚泥コンポストによるPythiumやRhizoctonia病害抑止の例が知られている。またコルクやブドウ絞りかすやマツの樹皮や園芸廃棄物とコーヒー堆肥の混合物によるFusarium病害に対する抑制効果が認められた。これらの例から、有機性廃棄物は土壌病害抑制資材としての可能性が期待される。だが有機物それぞれの病害抑制効果が異なる事が指摘されている。例えば、防除効果は、作物別ではキュウリ>トマト>ダイコン,ナガイモ,ジャガイモの順に現れやすく、被害は病害別ではそうか病(Streptomyces scabies),粉状そうか病(Spongospora subterrnea)根こぶ病(Plasmodiophora brassicae)、菌類(Phytophthora, Pythium, Aphanomyces)による病害>フザリウム病(Fusarium spp.)>リゾクトニア病(Rhizoctonia spp.),紫紋羽病(Helicobasidium mompa),白紋羽病(Rosselinia necatrix)の順に軽減しにくい(非特許文献6参照)。
【0009】
【特許文献1】特開2003−117593
【特許文献2】特開2003−002775
【非特許文献1】農業及び園芸、63巻、1305−1309(1988)
【非特許文献2】土と微生物、41巻、25−29(1993)
【非特許文献3】関西病虫研報、39巻、45−46(1997)
【非特許文献4】関東病虫研報、30巻、37−38(1983)
【非特許文献5】植物防疫、48巻、139−140(1994)
【非特許文献6】植物防疫、35巻、108−114(1981)
【非特許文献7】日本土壌肥料学会誌、69巻、1号、76−78(1998)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は植物の作物病害の抑止に有効な手段であって、しかも土壌、河川その他の環境を汚染することなくラルストリア(Ralstonia)属、フザリウム(Fusarium)属、ピシウム(Pythium)属あるいはリゾクトニア(Rhizoctonia)属に属する作物病害菌が原因で起こる作物病害菌を抑止できるだけでなく、従来浄化処理に高エネルギーを要していたメタン発酵消化液を有効利用するものであって、農業の技術分野のほか、環境問題を解決した、ラルストリア(Ralstonia)属、フザリウム(Fusarium)属、ピシウム(Pythium)属あるいはリゾクトニア(Rhizoctonia)属に属する作物病害菌が原因で起こる作物病害の抑止方法について提案することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は上記した要望に応えるためになされたものであって、本発明者らは、環境を汚染しないよう化学農薬ではなく有機物由来の防除材を開発すること、土壌中には数多くの病害菌が棲息しているところから、特定の病害菌のみでなく複数の病害菌に対して有効な防除、換言すれば、ラルストリア(Ralstonia)属、フザリウム(Fusarium)属、ピシウム(Pythium)属あるいはリゾクトニア(Rhizoctonia)属に属する作物病害菌が原因で起こる作物病害菌に対して広範な抗菌スペクトルを有する防除材を開発すること、そして当然のことながら、作物病害菌に対する抑制作用にすぐれる一方作物に対しては薬害を生じない防除材を開発することを目的として鋭意研究を行った。
【0012】
家畜ふん尿のメタン発酵施設は全国で増加の傾向にあるが、メタン発酵処理技術はバイオガスをエネルギーとして利用できるという利点がある反面、消化液を排水基準値にまで処理する必要があった。そこで本発明者らは上記メタン発酵の高温発酵消化液に注目し、土壌や軽石などの栽培培地に施用処理したところ、ラルストニア(Ralstonia)属、フザリウム(Fusarium)属、ピシウム(Pythium)属あるいはリゾクトニア(Rhizoctonia)属に属する作物病害菌が原因で起こる作物病害の抑止効果があること、とりわけ、上記メタン発酵の高温発酵消化液を固形分離して得られる固形物部分に上記作物病害の抑止効果があることをはじめて見出した。
【0013】
すなわち、本発明の要旨は、次に示すとおりである。
(1)メタン発酵消化液を固液分離して得られた固形物部分を土壌や軽石などの栽培培地に施用処理することにより、ラルストリア(Ralstoni)属、フザリウム(Fusarium)属、ピシウム(Pythium)属又はリゾクトニア(Rhizoctonia)属に属する作物病害菌を原因とする作物病害を抑止する方法。
(2)(1)において、前記メタン発酵消化液が高温発酵消化液であることを特徴とする作物病害の抑止方法。
(3)(1)又は(2)において、メタン発酵消化液が牛糞を高温メタン発酵することにより得られたものであることを特徴とする作物病害の抑止方法。
(4)(1)、(2)又は(3)において、前記作物病害がナス科植物青枯病、レタス根腐病、サラダナ苗立枯病あるいはサラダナ・ホウレンソウ立枯病であることを特徴とする作物病害の抑止方法。
(5)メタン発酵消化液を固液分離して得られた固形物部分を有効成分とする作物病害抑止剤。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、メタン発酵の高温発酵消化液を土壌や軽石などの栽培培地に施用するだけで、ラルストリア(Ralstonia)属、フザリウム(Fusarium)属、ピシウム(Pythium)属あるいはリゾクトニア(Rhizoctonia)属に属する作物病害菌の発病程度の低下をもたらすことが可能であり、かつ安価に実現するという実用上の問題点をも解決することが出来た、さらに、とりわけメタン発酵の高温発酵消化液を固形分離して得られた固形物部分に、作物病害の抑制効果があることを見出した。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
次に、本発明を導くに至った実験結果について、詳しく説明する。
【実施例1】
【0016】
<土壌でのトマト青枯病の発病試験>
トマト青枯病助長土壌である名古屋大学農学部付属農場(愛知県東郷町)化学肥料連用圃場より作土0-10cmを採取した。2 mmのふるいを通した後、実験に供試するまで10℃で保存した。水分含量を最大容水量の40%に調整した乾土換算70gの土壌にメタン発酵の高温発酵消化液(原料:牛糞、組成:有機態炭素4430 mg L-1、アンモニア態窒素1680 mg L-1、全リン726 mg L-1、酢酸1880 mg L-1、プロピオン酸161 mg L-1、乳酸147 mg L-1、吉草酸86 mg L-1)を湿重で2、5、10%となるように混合し、このとき、青枯病菌Ralstonia solanacearum YU1Rif43株を乾土1g当たり1×105 cfuとなるように接種した。病原菌を接種、混合した土壌は直径6.2cm、高さ5.5cmのアグリポットに充填した。病原菌を接種直後に、あらかじめ28℃で2日間催芽したトマト‘桃太郎’の種子を1ポットにつき6粒播種した。各処理区につき3反復を設けた。栽培には人工気象器(BIOTRON LPH200、日本医化器械、明期12h、光量子束密度285 mmol m-2 s-1)を使用し、30℃で30日間栽培した。水は1日2回蒸留水にて行った。施肥は大塚ハウスA処方(養分濃度[mg L-1]:窒素260、リン120、カリウム405、カルシウム230、マグネシウム60、マンガン1.5、ホウ素1.5、鉄2.7、銅0.03、亜鉛0.09、モリブデン0.03)を毎週5ml添加することで行った。発病調査は2日ごとに行い、各個体の病徴を、 0:病徴なし、1:萎凋程度が植物体全体の1-25%、2:26-50%、3:51-75%、4:76-100%あるいは枯死の5段階とした。1ポット6個体の平均値を求め、さらに各処理3ポットの平均値±標準誤差を算出した(図1)。さらに、上記メタン発酵の高温発酵消化液を高分子凝集剤を用いてスクリュープレス式で固液分離し、得られた固形物部分と液体部分を、トマト青枯病菌を接種した土壌に200mg-N/kg-土壌の割合で添加後、病原菌の生存率を測定した(図2)。
【0017】
図1の結果からわかるように、メタン消化液を土壌に施用したトマトの発病試験では、播種後30日目には無施用区での発病程度は平均3.3であった。それに対し、メタン消化液2%施用区では平均2.8、5%施用区では平均1.0、そして10%施用区では平均0.2とメタン消化液の施用量に応じて無施用区に対する発病程度の低下が見られた。
また、図2からわかるように、このメタン消化液施用によるトマト青枯病抑制効果は、青枯病菌のより速やかな死滅に関係する。また、土壌1g当たりの青枯病菌数は、消化液無添加の場合と比較して、消化液添加で3割程度、消化液の固形物部分添加で5割程度低減し、トマト青枯病菌の死滅促進は、メタン消化液を固液分離し、固形物部分のみを添加することで増すことが明らかになった。
【実施例2】
【0018】
<レタス根腐病の発病試験>
長野県塩尻市の中信農業試験場において採集した黒ボク土壌を2mmのふるいにより篩別したものを供試した。乾土換算で50g相当の土壌に対し湿重で10%また20% (乾燥重量にして0.5gまたは1g)のメタン発酵の高温発酵消化液を施用した。消化液は原料:牛糞、発酵形式:高温発酵、有機態炭素4430mg L-1、アンモニア態窒素1680 mg L-1、全リン726mg L-1、酢酸1880 mg L-1、プロピオン酸161mg L-1乳酸147mg L-1、吉草酸86mg L-1のものを用いた。土壌水分を最大容水量の50%に調整し、約28℃条件で2週間、暗所培養した。なお、対照として消化液無施用の土壌も同様に培養した。培養後、乾土換算で50g相当の土壌をアグリポット(直径:61.6mm、高さ55.5mm)に充填し、化学肥料(窒素、リン酸、カリウムを100g当たりそれぞれ8g含む化成肥料)をポットあたり0.050g添加した。またCzapek液体培地により5日間培養後、F. oxysporum f. sp. lactucaeのnit変異株(FOLa-nit)の分生胞子を分離した。胞子を接種し、乾土換算で1g相当の土壌での病原菌密度を105また106に調節した。その後に1日間催芽したレタス種子(品種:パトリオット、日東農産)を1ポットあたり6株移植した。栽培は人工気象器内(BIOTRON LPH200, 日本医化器械, 明期12h, 光量子束密度50μmol m-2 s-1)で日中30度、夜間25℃条件で栽培した。栽培時の土壌水分は最大容水量の60%に調整した。発病程度は株ごとに記録した発病段階を3ポットの平均値とした。図3a,bにこのメタン消化液施用土壌におけるレタス根腐病の発病程度の結果を示す。10%(a)は2回、20%(b)は6回の平均(±標準誤差)である。また、発病段階を1:茎・葉一部変色、2:下葉変色、3:上葉変色、4:萎凋、枯死としている。
【0019】
図3a,bの結果からわかるように、メタン消化液を土壌に施用し、2週間培養後に実施したレタスの発病試験では、播種後36日目には無施用区での発病程度の平均は2.7であった。メタン消化液10%施用区では平均1.3、またメタン消化液20%施用区では平均1.4と、無施用区に対するメタン消化液施用区での有意な発病程度低下が見られた( p<0.01)。
【実施例3】
【0020】
<軽石での栽培試験>
養液栽培へのメタン消化液施用を検定する為、軽石(商品名エコポラス, 荏原製作所)120gをビニールポット(直径:90.0mm、高さ75.0mm)に充填し、大塚ハウスA処方の液肥(窒素260 mgL-1、リン酸120 mgL-1、カリウム405 mgL-1、カルシウム230 mgL-1、マグネシウム60 mgL-1)、またはメタン消化液(原料:牛糞、発酵形式:高温発酵、組成:有機態炭素6800mg L-1、全窒素1500 mg L-1、アンモニア態窒素1100 mg L-1、硝酸態窒素25 mg L-1、リン酸21mg L-1、カリウム1500 mg L-1、カルシウム590 mg L-1、マグネシウム210 mg L-1、酢酸700 mg L-1、プロピオン酸2571mg L-1のものを水道水で希釈し、濃度が窒素260 mgL-1、リン酸100 mgL-1、カリウム214 mgL-1、カルシウム100 mgL-1、マグネシウム40 mgL-1になるように調整したもの)をpF=2になる様に施用した後、pH調節のため炭酸カルシウム粉末をそれぞれ1.8g施用した。軽石には病原菌としてCzapek液体培地により5日間培養後分離したF. oxysporum f. sp. lactucaeの野生株(FOLa)の分生胞子を接種した。その後大塚液肥、メタン消化液を軽石のpF=2条件で毎日施用し、FOLa胞子接種1週後に1日間催芽したサラダナ種子(品種:レッドファイヤー)を定植した。図4にサラダナの根腐病発病程度を示す。3ポットの発病程度の平均(±標準誤差)であり、発病段階を1:茎・葉一部変色、2:下葉変色、3:上葉変色、4:萎凋・枯死としている。
【0021】
軽石60gをビニールポット(直径:72.0mm、高さ65.0mm)に充填し、[0017]と同様の方法で大塚液肥、または水道水で希釈したメタン消化液をpF=2になる様に施用した。なおpH調節のため炭酸カルシウム粉末を0.9g施用した。P. ultimum Trow Var. OPU407株(以後P. ultimum OPU407株)、またはR. solani Izu0614株を接種した。その後大塚液肥、メタン消化液を軽石のpF=2条件で毎日施用し、P. ultimum OPU407株接種後3日後に1日間催芽したサラダナ種子(品種:レッドファイヤー)を(図5a)、R. solani Izu0614株接種5日後に1日間催芽したサラダナ種子(品種:レッドファイヤー)を(図5b)、5〜6日間催芽したホウレンソウ種子(品種:プリウス)を(図5c)定植し、人工気象器内で栽培し、地上部病徴による発病株率を算出した。
【0022】
図4の結果からわかるように、土壌ではメタン消化液を施用した1週後に病原菌胞子発芽率の低下が見られた。そのため軽石に施用した後に1週間の期間を設け、その後にサラダナを播種した。発病試験では、播種後20日目には無施用区での発病程度の平均2.5であった。それに対しメタン消化液施用区では平均0.7とメタン消化液施用区では無施用区に比べ発病程度の有意な低下が見られた(P<0.05)。しかし栽培30日目以降には発病程度の差が見られなくなった。
【0023】
図5a,b,cより、P. ultimum OPU407株接種後の3日間培養後に軽石にサラダナを定植した場合、大塚液肥施用区では2日目より茎における褐色変化が見られ始めた。メタン消化液施用区でも同様の褐色変化が認められたが、播種後12日目の発病株率は大塚液肥施用区の89%に比べてメタン消化液区では56%と有意に低かった(図5a.P<0.01)。R. solani Izu0614株接種5日後に軽石にサラダナを定植した場合、大塚液肥施用区では2日目に茎における褐色変化が見られ始めた。播種後14日目には無施用区では発病程度が83%であったのに対し、メタン消化液施用区では発病程度が10%と発病は殆ど見られなかった(図5b.P<0.01)。同じくR. solani Izu0614株接種5日後に軽石にホウレンソウ(品種:プリウス)を定植した場合、大塚液肥施用区では2日目に茎における褐色変化が見られ始めた。メタン消化液施用区でも発病が見られたが、3日目以降は発病株率の増加は見られず、8日目の発病程度は無施用区で87%であるのに対し、メタン消化液施用区では30%と有意に低かった(P<0.01%)。
【実施例4】
【0024】
<病原糸状菌に対する培地上でのメタン消化液の効果>
消化液のR. solani Izu0614やP. ultimum OPU407の抑制効果を定量的に判断する為、またFOLaへのメタン消化液の直接効果を検定するために、素寒天平板上での病原糸状菌の菌糸成育を比較した。糸状菌を培養するための素寒天培地にはメタン消化液(原料:牛糞、発酵形式:高温発酵、組成:有機態炭素6800mg L-1、全窒素1500 mg L-1、アンモニア態窒素1100 mg L-1、硝酸態窒素25 mg L-1、リン酸21mg L-1、カリウム1500 mg L-1、カルシウム590 mg L-1、マグネシウム210 mg L-1、酢酸700 mg L-1、プロピオン酸2571mg L-1)を20%w/w混和した。一方の培地にはオートクレーブ前に消化液を混合し、もう一方の培地にはオートクレーブ終了後、培地をペトリ皿に流し込む際にメタン消化液を混釈した。R. solani Izu0614株やP. ultimum OPU407株、FOLa株を素寒天平板培地上に植菌し、菌糸サイズを測定した。図6にR. solani菌糸の成育結果を示す。試験1(a)、試験2(b)ともに4日目の菌糸サイズを測定し、エラーバーは標準誤差である。また、図7にP.ultimum菌糸の成育結果を示す。2回の試験の結果であり、試験1(a)では4日目、試験2(b)では2日目に測定。エラーバーは標準誤差である。
【0025】
図6,7より、素寒天培地ではR. solani Izu0614の菌糸長が4日後には3.9cmであった。またオートクレーブ後に消化液を混合した素寒天培地では4日後にも菌糸成育が認められなかった。2回目の試験で4日後は菌糸生育が1.9cmであったのに対し、オートクレーブ後に消化液を混合した素寒天培地では0.1cm以下であった。それに対し、オートクレーブ前に消化液を混合した素寒天培地では4日後には3.3cmであった。(図6. P<0.01)。P. ultimum OPU407の菌糸長が2日後には2.2cmまたは2.3cmであった。それに対しオートクレーブ後に消化液を混合した素寒天培地では2日後にも菌糸成育が認められなかった(図7)。さらにFOLaの菌糸生長は4日後には素寒天では1.9cmであった。それに対しオートクレーブ後に消化液を混合した素寒天培地では4日後にも菌糸成育が認められなかった。また、オートクレーブ前に消化液を混合した素寒天培地では1.4cmであった。
【0026】
[0020]に記載のメタン消化液を遠心分離(15000rpm、10分)して得られた上清および沈殿物(消化液の固形物部分に相当)を、1/10バレイショ―ブドウ糖寒天培地に混和し、予め培養したR. solani Izu0614株を培地上に移植し、菌糸の成育を比較した(図8)。
【0027】
図8の結果からわかるようにR. solani Izu0614株の菌糸の成育は、消化液無施用では7日後で3.9cmであった。これに対し、沈殿物施用では1.2cmであり、沈殿物施用により著しい阻害を受けた。なお、上清施用では菌糸の成育阻害はなかった。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】2〜10%メタン消化液施用土壌における播種後日数とトマト青枯病の発病程度との関係を示す図である。
【図2】メタン消化液にはトマト青枯病死滅促進効果があること、この効果は固液分離で、残渣部分を集めると、その効果が増すことを示す図である。
【図3a】メタン消化液施用土壌における播種後日数とレタス根腐病の発病程度との関係を示す図である。
【図3b】メタン消化液施用土壌における播種後日数とレタス根腐病の発病程度との関係を示す図である。
【図4】軽石に液肥(メタン発酵消化液、大塚液肥病原菌)を施用後、FOLa胞子播種1週間後に定植したサラダナの根腐病発病程度を示す図である。
【図5a】病原菌と液肥(大塚液肥、メタン消化液)を施用した軽石での立枯病の発病株率を示す図である。OPU407株播種後、3日後に定植したサラダナの発病株率(3連の平均)である。
【図5b】病原菌と液肥(大塚液肥、メタン消化液)を施用した軽石での立枯病の発病株率を示す図である。Izu0614株播種後、5日後に定植したサラダナの発病株率(5連の平均)である。
【図5c】病原菌と液肥(大塚液肥、メタン消化液)を施用した軽石での立枯病の発病株率を示す図である。Izu0614株播種後、5日後に定植したホウレンソウ発病株率(5連の平均)である。
【図6a】メタン消化液混合培地上でのR.solani菌糸の成育。
【図6b】メタン消化液混合培地上でのR.solani菌糸の成育。
【図7a】メタン消化液混合培地上でのP.ultimum菌糸の成育。
【図7b】メタン消化液混合培地上でのP.ultimum菌糸の成育。
【図8】メタン消化液混合培地上(上清、沈殿物)でのR.solani菌糸の成育。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
メタン発酵消化液を固液分離して得られた固形物部分を土壌や軽石などの栽培培地に施用処理することにより、ラルストリア(Ralstoni)属、フザリウム(Fusarium)属、ピシウム(Pythium)属又はリゾクトニア(Rhizoctonia)属に属する作物病害菌を原因とする作物病害を抑止する方法。
【請求項2】
前記メタン発酵消化液が高温発酵消化液であることを特徴とする請求項1に記載の作物病害の抑止方法。
【請求項3】
請求項1又は2において、メタン発酵消化液が牛糞を高温メタン発酵することにより得られたものであることを特徴とする作物病害の抑止方法。
【請求項4】
前記作物病害がナス科植物青枯病、レタス根腐病、サラダナ苗立枯病あるいはサラダナ・ホウレンソウ立枯病であることを特徴とする請求項1~3に記載の作物病害の抑止方法。
【請求項5】
メタン発酵消化液を固液分離して得られた固形物部分を有効成分とする作物病害抑止剤。
【請求項1】
メタン発酵消化液を固液分離して得られた固形物部分を土壌や軽石などの栽培培地に施用処理することにより、ラルストリア(Ralstoni)属、フザリウム(Fusarium)属、ピシウム(Pythium)属又はリゾクトニア(Rhizoctonia)属に属する作物病害菌を原因とする作物病害を抑止する方法。
【請求項2】
前記メタン発酵消化液が高温発酵消化液であることを特徴とする請求項1に記載の作物病害の抑止方法。
【請求項3】
請求項1又は2において、メタン発酵消化液が牛糞を高温メタン発酵することにより得られたものであることを特徴とする作物病害の抑止方法。
【請求項4】
前記作物病害がナス科植物青枯病、レタス根腐病、サラダナ苗立枯病あるいはサラダナ・ホウレンソウ立枯病であることを特徴とする請求項1~3に記載の作物病害の抑止方法。
【請求項5】
メタン発酵消化液を固液分離して得られた固形物部分を有効成分とする作物病害抑止剤。
【図1】
【図2】
【図3a】
【図3b】
【図4】
【図5a】
【図5b】
【図5c】
【図6a】
【図6b】
【図7a】
【図7b】
【図8】
【図2】
【図3a】
【図3b】
【図4】
【図5a】
【図5b】
【図5c】
【図6a】
【図6b】
【図7a】
【図7b】
【図8】
【公開番号】特開2008−214282(P2008−214282A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−54904(P2007−54904)
【出願日】平成19年3月5日(2007.3.5)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団邦人 日本土壌肥料学会、講演要旨集、第52集、平成18年9月5日発行
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【出願人】(000000239)株式会社荏原製作所 (1,477)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年3月5日(2007.3.5)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団邦人 日本土壌肥料学会、講演要旨集、第52集、平成18年9月5日発行
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【出願人】(000000239)株式会社荏原製作所 (1,477)
【Fターム(参考)】
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