説明

保護被膜材

【課題】歯科用補綴材表面に容易に塗布可能であり、硬化後の表面が滑沢で且つ無色透明な硬化表面となり、耐久性,耐摩耗性,防汚性、う蝕防止性等にも優れた皮膜を形成することが可能な保護被膜材を提供すること。
【解決手段】 下記式(1)で示される、チタンを有するリン酸系化合物よりなる歯科用補綴材の保護被膜材。
Ti(OR)(HPO4 (1)
(ここで、Rは水素または炭素数1〜6のアルキル基であり、a=0〜3、b=1〜4、s=0〜3、a+(3−s)×b=4である。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯冠修復材,歯科用充填材,義歯・義歯床用材料等の歯科用材料に用いられるレジン材料、ポーセレン材料乃至は金属材料の表面に適用される保護被膜材であり、それらの耐摩耗性、防汚性、う蝕防止性等を向上乃至は付与し、漂白剤乃至は消毒剤を遮断する透過防止する一方で漂白剤乃至は消毒剤の作用を促進させる活性化させるものである。
更には、歯科用器具の保護被膜材や歯質の保護被膜材として、あるいは歯科用処理材に含有される成分に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の歯科治療では、インレー,アンレー,クラウン等の歯冠修復物や歯牙欠損部への充填材料及び義歯床用材料に有機系の歯科用レジン材料、ポーセレン材料乃至は金属材料などが用いられている。この歯科用材料は、口腔内に露出する材料の表面が可能な限り平滑なことが望ましいので、入念な研磨作業が必要とされている。その結果、充分な表面平滑性を得るために研磨に多大な時間を費やさなければならないという問題があった。また、口腔内の過酷な環境下で使用されるため、歯科用レジン材料の表面の劣化による着色,汚染が発生するという点も問題であった。これらの問題点を解決するために特に歯科用レジン材料の場合では、表面を平滑に研磨した後、重合性モノマーを主成分とする比較的硬度の高い歯科用コーティング材で歯科用レジン材料表面を被覆し保護することが行われている。従来、歯科用コーティング材には、紫外線重合型インク等の分野で多用されるアクリル系ハードコート技術を流用した、光重合性オリゴマーと反応性モノマーと紫外線感応型重合開始剤とから成る紫外線重合性歯科用コーティング組成物が使用されていた。しかし、紫外線重合性歯科用コーティング組成物は重合時に生体為害性のある紫外線を使用することから、より安全な可視光線を使用する歯科用コーティング材が望まれていた。そこで、可視光重合性歯科用コーティング組成物として、(メタ)アクリレート系モノマーと光重合開始剤とを含有する種々の組成物が提案されており、歯科用レジン材料用等多岐に亘る分野で使用されている。
【0003】
しかし、(メタ)アクリレート系モノマーを主成分とする光重合性歯科用コーティング組成物に光を照射すると、ラジカル重合連鎖反応が開始され重合反応が起こるが、このとき空気中の酸素が重合阻害因子として作用するため重合硬化した歯科用コーティング材の表面に未重合の(メタ)アクリレート系モノマーが残存してしまう。そのため、硬化した歯科用コーティング材の表面は滑沢性に欠け、甚だしい場合には硬化することなくいつまでもべとつくといった問題があり、この問題は紫外線よりも可視光線による光重合の場合の方が特に著しいものであった。
【0004】
更に、歯科用コーティング材として特許文献1には、ジペンタエリスリトールアクリレート系単量体と、該単量体の揮発性溶剤と、重合開始剤とを主成分とする可視光重合硬化性組成物が提案されており、光重合開始剤としてカンファーキノンが記載されている。しかし、歯科分野で広く使用されている光重合開始剤であるカンファーキノンは物質本来の色として黄色を呈しているため、それを含む組成物も黄色みが強く、また可視光線の照射により得られた硬化膜の色も黄色味が残存することがあるため、審美性において劣るという欠点があった。この問題を解決する提案として、特許文献2には可視光重合硬化性組成物が、また特許文献3には光重合性歯科用表面被覆材が提案されているが、いずれも耐着色性や耐汚染性に劣るといった問題があった。
【0005】
一方、生活用品などに用いられる従来の抗菌剤、消臭剤、防カビ剤としては、酸化チタンが注目されている。
かかる酸化チタンを主体とする無機系被膜は有機系被膜よりも硬度が高いだけでなく、優れた防汚性や防菌性も有していることが知られている。
しかしながら、一般に、酸化チタンを基材の上に担持させるために、シリコン系バインダー、有機質バインダーなどのバインダーが必要とされ、膜表面に均一に酸化チタンを担持しなければ活性が低く、かつ、活酸化チタンの触媒効果によるバインダーの損傷が生じる。また、容易に脱落しやすいという問題がある。
また、酸化チタンは、光(紫外線)の照射なしでは活性効果を発揮せず、したがって、暗室では効果を発揮しない。これを解決する手段として、酸化チタンに、暗室でも効果を示す銀や金を併用するという方法があるが、環境問題や人体への影響が懸念されている。
【特許文献1】特開昭63−183904号公報
【特許文献2】特開平4−366113号公報
【特許文献3】特開平4−29910号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで本発明は、歯冠修復材,歯科用充填材,義歯・義歯床用材料等の歯科用材料に用いられるレジン材料、ポーセレン材料乃至は金属材料の表面に容易に塗布可能であり、硬化後の表面が滑沢で且つ無色透明な硬化表面となり、耐久性,耐摩耗性,防汚性、う蝕防止性等にも優れた皮膜を形成することが可能な保護被膜材を提供することを課題とする。
更には、漂白剤乃至は消毒剤を遮断する透過防止する一方で漂白剤乃至は消毒剤の作用を促進させる活性化させる保護被膜材を提供することを課題とする。
更には、歯科用器具の保護被膜材や歯質の保護被膜材として、あるいは歯科用処理材に含有される成分を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは前述の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、
下記式(1)で示される、チタンを有するリン酸系化合物よりなることを特徴とする歯科用補綴材の保護被膜材により、前記課題を解決することが可能であることを究明して本発明を完成した。
Ti(OR)(HPO4 (1)
(ここで、Rは水素または炭素数1〜6のアルキル基であり、a=0〜3、b=1〜4、s=0〜3、a+(3−s)×b=4である。)
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明においては、下記式(1)で示される、チタンを有するリン酸系化合物が用いられる。
Ti(OR)(HPO4 (1)
(ここで、Rは水素または炭素数1〜6のアルキル基であり、a=0〜3、b=1〜4、s=0〜3、a+(3−s)×b=4である。)
Rは水素又は炭素数1〜6のアルキル基であり、好ましくは炭素数2〜4のアルキル基である。炭素数が少なすぎると塗布液の粘度が低くなり、十分な厚みの保護被膜が得られず、本発明の効果が低くなり、炭素数が多すぎると、塗布液の粘度が高くなり、保護被膜が厚くなりすぎて、剥離しやすくなるので、何れも好ましくない。Rとしてはエチル基またはイソプロピル基が特に好ましい。a=0〜3であり、好ましくは1〜2である。aが2または3のとき、OHとアルコキシ基を両方有していても良いし、少なくともいずれか一方を1つ以上有していても良い。OHとアルコキシ基を両方有している方が好ましい。
【0009】
リン酸基(HPO)については、s=0〜2であり、即ち、1価のHPO、2価のHPO、3価のPO、の3種があり、何れであってもよい。bは1〜4であり、2〜4のときには、2種以上有していても良く、同種を1つ以上有していても良い。前記の選択は、b=1〜4の数値範囲内において、自由に選ぶことが出来る。
さらには、前記チタンを有するリン酸系化合物が1種類以上について、混合及び/又は縮合されていてもよい。そのような場合には、式(1)のパラメータの数字は小数点を有する非整数にて表されることもあり得る。
【0010】
前記チタンを有するリン酸系化合物としては、たとえば、Ti(OH)(HPO(OR)、Ti(OH)(PO)、Ti(OH)(HPO)(OR)、Ti(OH)(HPO)(HPO)、Ti(OH)(HPO)(OR)、Ti(OH)2(HPO、Ti(OH)(HPO)などが好ましい。
また、前記式(1)にて示されるチタンを有するリン酸系化合物の縮合物も本発明の材料に用いることが可能である。縮合物の形態としては、同一構造のチタンを有するリン酸系化合物同士の縮合物であっても良いし、2種以上の異なる構造の化合物の縮合物であってもよい。又、縮合の形態も脱水、脱アルコール、脱エーテルの何れであっても良い。あるいは、チタンを有するリン酸系化合物に水、アルコール、或いはリン酸が縮合したものであってもよい。このような縮合物は式(1)に付記されたパラメータa、b、sの数値条件を外れる場合がある。
【0011】
前記チタンを有するリン酸系化合物またはその縮合物の製造方法は特に限定されるものではなく、例えば、次の方法によって得られる。
まず、四塩化チタンを水および/またはアルコールと常温にて反応させてチタンの水和および/またはアルコキシ物(Ti(OH)(OR)4−a(R:炭素数1〜6のアルキル))を得る。この際、好ましくは、水/アルコール混合溶液(体積比率30:70〜70:30)100重量部に対して四塩化チタン5〜20重量部にて処方する。
【0012】
つぎに、前記反応溶液を、好ましくは水および/またはアルコールにて20〜200倍程度に希釈してから、前記反応溶液に対する体積比にして0.08〜4倍量のリン酸と反応させて、本発明のチタンを有するリン酸系化合物(Ti(OR)(HPO4)が得られる。
反応生成物は、そのまま、または、pHを中性に調整したり、水で希釈したり、或いは不純物を精製して、溶液または分散液の状態にて使用することができる。
また、本発明のチタンを有するリン酸系化合物またはその縮合物は、その原子団の少なくとも一部がフッ素に置換されていてもよい。硬化した保護被覆膜中に好ましくは0.1〜33(好ましくは0.3〜10)重量%含まれる。これにより、周辺歯質にフッ素が供給されて、う蝕が抑制される。フッ素が含まれる保護被覆膜を作成するには、本発明のチタンを有するリン酸系化合物の合成段階にて、フッ化リン酸塩等のフッ素を含有する原料や溶媒を用いるても良いし、反応生成溶液にフッ化剤を添加しても良いし、場合によっては、保護被膜塗布直後乃至は硬化後にフッ化剤を与えても良い。
使用方法は、塗布対象物に対して、前記溶液および/または分散液を噴霧、塗布、浸漬するなど、特に限定されるものではない。乾燥膜厚は0.05〜0.5μmとなるように調整することが好ましい。膜厚が0.05μm未満では効果が小さく、0.5μmをこえると剥離が生じやすい。
【0013】
本発明の保護被膜材は、レジン材料、ポーセレン材料乃至は金属材料よりなる、歯冠修復材,歯科用充填材,義歯・義歯床等の歯科用補綴材などに適用することができる。
こうして、前記補綴材に対して、耐摩耗性被膜が形成できる。即ち、歯質に対して相対的に硬度の低いレジン材の摩耗・擦過などの樹脂劣化を抑制する。
また、前記補綴材に対して、防汚性被膜が形成できる。これにより、歯垢や歯石、煙草の脂などのステインの形成/付着を抑制することが可能となる。
更に、前記補綴材に対して、う蝕防止性被膜が形成できる。即ち、う蝕はう蝕原因菌という微生物学的要因、更にはそれらの付着・繁殖、プラーク形成という微生物生態学的要因、う蝕原因菌の産生する乳酸等のう蝕原因酸性物質などの化学的要因、う蝕原因菌やう蝕原因物質の象牙細管への侵入や歯質への浸透などの歯質組織学的要因など、様々な要因が複雑に絡んである複合的現象であるが、本発明の保護被膜材にて形成されるう蝕防止性被膜は、その要因のいくつかに対して効果的な作用を発現して、結果として周辺歯質等がう蝕に蚕食されるのを抑制する。
【0014】
或いは、前記補綴材に対して、漂白剤乃至は消毒剤を遮断する透過防止被膜が形成できる。レジン材料のみではなく、ある種の卑金属材料よりなる補綴材も、歯科用漂白剤や消毒剤により変質する場合がある。特に、取り外し自在なタイプの部分入れ歯、義歯、義歯床などは、日常的に体外で生体に非接触にて漂白・消毒出来るため、人体に触れると差し障りがあるほど強力な薬剤が用いられるケースがしばしばあり、こういった補綴材は過酷な漂白・消毒の条件下に曝されることがある。これに対して、本発明の保護被膜材は、漂白剤乃至は消毒剤を遮断する透過防止被膜を形成してかかる成分が補綴材に到達するのを遮断するものである。また、膜表面近辺にてチタンの触媒作用により前記成分を分解することでも、遮断しているものである。
【0015】
これとは反対に、前記補綴材に対して、漂白剤乃至は消毒剤の作用を促進させる活性化被膜が形成できる。即ち、前記成分の分解を促進することにより、その作用が皮膜表面では寧ろ活発化することにより補綴材表面部での漂白や消毒はより効率高く進行する。
更には、本発明の保護被膜材は、歯科用器具にも適用することが出来る。特に歯科用器具は、極めて過酷な殺菌消毒処理を受けるものであるが、本発明の保護被膜材にて形成された被膜はこれらの処理にも良く耐え、チタンの触媒作用にて殺菌消毒処理の効果向上に寄与したり、当該処理後、患者に対して使用されるまでの間、微生物に汚染されるのを抑制するのにも効果を発揮する。
【0016】
或いは、本発明の保護被膜材は、補綴物ではなく、直接歯質に塗布することにより、特に前述のう蝕抑制を効果高く発揮することが可能となる。
又は、本発明の保護被膜材は、根管充填の前処理や消毒処理に際して用いる当該処理液に含有させることも出来る。
【実施例】
【0017】
以下に実施例を例示して具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例によって限定されるものではない。
【0018】
<チタンを有するリン酸系化合物の合成>
イソプロピルアルコール/水(体積比率50/50)溶液100mlに、室温にて攪拌しながら四塩化チタン10mlを混合したのち、精製水で100倍に希釈した。これに室温にて85%リン酸水溶液10mlを加えた。得られたチタンを有するリン酸系化合物を含む溶液を焼成して元素組成分析したところ、Ti23であった。前記溶液を精製水にて更に体積にして5倍に希釈して、保護被膜材形成溶液とした。
【0019】
<耐摩耗性試験方法>
耐摩耗試験は表面の硬さを評価した。試験はJIS規格K5400−1990の鉛筆引っかき試験に従った。
【0020】
実施例1
義歯床用レジン(商品名:アクロン,ジーシー社製)にて作製した円板状の硬化体(直径15mm、高さ1.5mm)上に、硬化膜厚が0.1μmとなるように塗布した。
乾燥後、鉛筆引っかき試験を行ったところ、鉛筆硬度は3Hであった。
【0021】
実施例2
硬化膜厚が0.15μmとなるように塗布した以外は実施例1と同様にした結果鉛筆硬度は3Hであった。
【0022】
実施例3
硬化膜厚が0.2μmとなるように塗布した以外は実施例1と同様にした結果鉛筆硬度は3Hであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で示される、チタンを有するリン酸系化合物よりなることを特徴とする歯科用補綴材の保護被膜材。
Ti(OR)(HPO4 (1)
(ここで、Rは水素または炭素数1〜6のアルキル基であり、a=0〜3、b=1〜4、s=0〜3、a+(3−s)×b=4である。)
【請求項2】
請求項1に記載の式(1)で示される、チタンを有するリン酸系化合物の縮合物よりなることを特徴とする歯科用補綴材の保護被膜材。
【請求項3】
該チタンを有するリン酸系化合物の原子団の少なくとも一部がフッ素に置換されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の歯科用補綴材の保護被膜材。
【請求項4】
耐摩耗性被膜である請求項1〜3のいずれかに記載の歯科用補綴材の保護被膜材。
【請求項5】
防汚性被膜である請求項1〜4のいずれかに記載の歯科用補綴材の保護被膜材。
【請求項6】
う蝕防止性被膜である請求項1〜4のいずれかに記載の歯科用補綴材の保護被膜材。
【請求項7】
漂白剤乃至は消毒剤を遮断する透過防止被膜である請求項1〜4のいずれかに記載の歯科用補綴材の保護被膜材。
【請求項8】
漂白剤乃至は消毒剤の作用を促進させる活性化被膜である請求項1〜4のいずれかに記載の歯科用補綴材の保護被膜材。
【請求項9】
請求項1に記載の式(1)で示される、チタンを有するリン酸系化合物よりなることを特徴とする歯科用器具の保護被膜材。
【請求項10】
請求項1に記載の式(1)で示される、チタンを有するリン酸系化合物よりなることを特徴とする歯質の保護被膜材。
【請求項11】
請求項1に記載の式(1)で示される、チタンを有するリン酸系化合物を含有することを特徴とする歯科用処理材。