説明

信号処理装置及び信号処理方法

【課題】搬送ライン上に順次搬送される物品の動的な重量測定に有効な信号処理を行う。
【解決手段】計量部2からの物品の計量信号は、A/D変換部3でA/D変換され、データ正規化処理部4で全体として正のデータにシフトして正規化される。正規化されたデータに対し、対数変換部5で対数変換を施し、その対数値を計測目標とする精度の単位で量子化する。PDF演算部6aは、量子化された計量信号の振幅の離散値を確率変数とし、確率変数軸上に生成されるヒストグラムの所定の測定期間の確率密度関数を算出する。APD演算部6bは、確率密度関数を累積加算して累積確率分布を算出する。推定値算出部7は、算出された確率密度関数が存在する確率変数の下限値と上限値の中間値、又は確率変数の期待値を物品の重量値の推定値として算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、搬送ラインに順次搬送される物品(測定対象物)の重量を動的に測定するにあたって有効な信号処理が行える信号処理装置及び信号処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
測定対象物である物品を搬送させた状態でその物品の重量を計量する計量装置は、例えば下記特許文献1に開示されるように、物品の搬送ライン中に計量コンベアを挿入する形態で重量選別機等に従来から多用されている。この種の計量装置は、通常、前段コンベア及び後段コンベアの間に位置する計量コンベアを計量器に支持させている。そして、この種の計量装置では、搬送ラインに順次搬送される物品が計量コンベア上を通過する度に、その物品の重量を計量コンベアの重量と共に計量器に負荷させ、計量器の出力信号から計量コンベアの重量分を減算する処理を行うことにより、搬送ラインに順次搬送される物品の重量を測定期間中に動的に計量している。
【0003】
上述した従来の計量装置は、一般的に生産ラインに組み込まれて設置されるため、他の生産設備等により起こる床振動や計量コンベアのローラやベルトによる低周期振動成分などが雑音成分として計量器の出力信号に重畳し計量精度の悪化を招く。
【0004】
このため、搬送ラインに順次搬送される物品の重量を計量装置によって動的に測定する場合には、ロードセルなどの計量器の出力信号から雑音成分を除去し、より真の値に近い物品の重量測定が行え、高精度高速化が図れる動的重量計測手法が要望されている。ソフトウェアの観点では、計量装置により計量され、計量装置を構成するセンサ測定系の固有振動や、床振動環境下での計量搬送系の振動雑音などに乱された計測データから、いかに物品の重量を効率よく正確に推定するかという研究課題として捉えることができる。
【0005】
ここで、関連する動的重量計測分野の研究としては、例えば、ハカリ系を線形の状態空間表現でモデル化し質量の状態推定問題に帰着した研究、ロードセルの出力信号に含まれる雑音信号を除去した信号に対して線形システム理論とシステム同定法を適用した研究、加速度センサとカルマンフィルタを組み合わせた研究報告などがある。
【0006】
さらに、本体セルとは別に補償セルを付加して床振動除去を対象に相対補償原理を適用した研究がある。
【0007】
一方、振動雑音発生の事前知識を用いた研究例として、多連秤での計量測定にロードセルなどの計量器の出力信号をA/D変換して低域通過フィルタ(FIR型LPF)によるフィルタ処理を振動雑音抑圧除去に適用した報告もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−268068号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このように、計量器の出力信号から振動雑音成分を除去して、真の質量成分を高速高精度に抽出する研究が従来から行われてきたが、その計算手法は主に線形演算によるものであった。この線形演算を用いた信号処理として、一般的に多用されている低域通過フィルタLPFでは、LPFの遮断周波数幅を低く設定することで低い周波数の雑音成分まで除去することが可能になる。
【0010】
しかしながら、このような線形演算を用いた信号処理では、解析や評価の手順が一意的に決まる半面、処理遅延時間や時間周波数の不確定性に基づくフィルタの応答時間等には原理的な制約が伴う。具体的には、LPFの遮断周波数を低く設定した場合、センシング期間を長くする必要があり、その分だけ応答速度が遅くなるという問題があった。また、LPFの遮断周波数を制限することでLPF自らが人工雑音を発生し、計量器からの出力信号に人工雑音が重畳され、測定結果に信頼性を欠くという問題があった。そして、計量能力の限界に設定されたLPFの遮断周波数より低い周波数の雑音成分については除去することができなかった。
【0011】
このため、上記制約を取り払うひとつの考え方に、遭遇する物理現象の事前知識を有効活用する手段がある。例えば、カルマンフィルタなどは信号生成の事前知識を利用した推定手法と考えられる。
【0012】
しかしながら、信号生成の数理モデリングを確実に実態と合致させるには、初期条件の設定や突発的事象の発生などの不確定要素があり、極めて困難な作業であった。
【0013】
そこで、本発明は上記問題点に鑑みてなされたものであって、搬送ラインに順次搬送される物品の重量を動的に測定するにあたって有効な信号処理が行える信号処理装置及び信号処理方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するため、本発明の請求項1に記載された信号処理装置は、搬送ラインに搬送される物品Wの重量値を含む計量信号を処理する信号処理装置1において、
前記物品の重量値を含む計量信号をA/D変換するA/D変換部3と、
前記A/D変換部でA/D変換された計量信号の振幅の離散値を確率変数とし、この確率変数軸上に生成されるヒストグラムの所定の測定期間の確率密度関数を算出するデータ処理部6とを備えたことを特徴とする。
【0015】
請求項2に記載された信号処理装置は、請求項1の信号処理装置において、
前記データ処理部6で算出された前記測定期間の確率密度関数が存在する確率変数の下限値と上限値の中間値、又は前記測定期間の確率変数の期待値を前記物品Wの重量値の推定値として算出する推定値算出部7と、
前記推定値算出部が算出した推定値に重畳されている振動振幅の交流成分を抽出する交流成分抽出部8と、
前記交流成分抽出部が抽出した交流成分の平均値を演算し、この演算値を前記推定値から差し引いて補正推定値を算出する補正差分演算処理部9とを更に備えたことを特徴とする。
【0016】
請求項3に記載された信号処理方法は、搬送ラインに搬送される物品Wの重量値を含む計量信号を処理する信号処理方法において、
前記物品の重量値を含む計量信号をA/D変換するステップと、
前記A/D変換された計量信号の振幅の離散値を確率変数とし、この確率変数軸上に生成されるヒストグラムの所定の測定期間の確率密度関数を算出するステップとを含むことを特徴とする。
【0017】
請求項4に記載された信号処理方法は、請求項3の信号処理方法において、
前記測定期間の確率密度関数が存在する確率変数の下限値と上限値の中間値、又は前記測定期間の確率変数の期待値を前記物品Wの重量値の推定値として算出するステップと、
前記推定値に重畳されている振動振幅の交流成分を抽出するステップと、
前記抽出した交流成分の平均値を演算し、この演算値を前記推定値から差し引いて補正推定値を算出するステップとを更に含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、重量計測過程の振幅変動を確率過程とみなし、計量信号の測定期間だけを選択してリアルタイム処理で推定誤差の少ない物品の重量値の推定値を求めることができ、物品の重量を動的に測定するにあたって有効な信号処理を行うことができる。また、従来のような専門知識による難しい理論の数理モデルを必要とせず、物品の真の重量値を得るのに有効な信号処理が行え、搬送ラインに搬送される物品の重量測定の高精度高速化が図れる動的重量計測手法として有効である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に係る信号処理装置の概略構成を示すブロック図である。
【図2】搬送ライン上での重量計測形態の一例を示す図であって、本発明に係る信号処理装置を含む物品計量システムの概略構成及び各部の信号波形図である。
【図3】累積確率分布APD(Amplitude Probability Distribution)の説明図である。
【図4】図2の物品計量システムの計量部に3個の物品(測定対象物)が搬送されたときの計量部の出力信号を示す波形図である。
【図5】本発明に係る信号処理装置及び信号処理方法によって求めた累積確率分布APDと確率密度関数PDFの測定結果を示す図である。
【図6】計量部の出力信号に重畳される雑音成分の一例を示す図である。
【図7】所定の測定期間毎に算出される累積確率分布APDの時間推移特性を示す図である。
【図8】所定の測定期間における確率密度関数PDF及び累積確率分布APDの特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための形態について図面を参照しながら具体的に説明する。図1は本発明に係る信号処理装置の概略構成を示すブロック図、図2は搬送ライン上での重量計測形態の一例を示す図であって、本発明に係る信号処理装置を含む物品計量システムの概略構成及び各部の信号波形図、図3は累積確率分布APDの説明図、図4は図2の物品計量システムの計量部に3個の物品(測定対象物)が搬送されたときの計量部の出力信号を示す波形図、図5は本発明に係る信号処理装置及び信号処理方法によって求めた累積確率分布APDと確率密度関数PDFの測定結果を示す図、図6は計量部の出力信号に重畳される雑音成分の一例を示す図、図7は所定の測定期間毎に算出される累積確率分布APDの時間推移特性を示す図、図8は所定の測定期間における確率密度関数PDF及び累積確率分布APDの特性を示す図である。
【0021】
本発明に係る信号処理装置及び信号処理方法は、秤測定の知識を利用する情報処理であるが、計量部の出力信号(センシング信号)が持つ振幅変動の時間特性に着目し、時間で径路つけた確率過程を利用する動的計測手法を提供するものである。
【0022】
まず、本発明で用いられる累積確率分布APD及び確率密度関数PDFについて簡単に説明する。
【0023】
累積確率分布APDは、図3に示すように、「信号振幅の包絡線信号がある閾値レベルを超える時間確率」と定義される。下記式(1)はその定義式であり、信号振幅r(t)を対象にすると、信号振幅の離散値xi を確率変数として採用した場合、測定時間Tに対して、信号振幅が振幅閾値Rを維持する時間Wi (xk )が確率密度関数PDFとなり、その累積加算値がxi におけるAPD値となる。
【0024】
【数1】

【0025】
連続値xを確率変数にすると、積分変数をy、その確率密度関数をp(y)とすると、APDは下記式(2)で定義される。信号振幅xのAPD確率分布は、確率密度関数PDFをxから+∞方向に積分する。
【0026】
【数2】

【0027】
尚、計量部の出力信号(センシング信号)の振幅確率密度関数PDFとその累積確率分布APDは、センサ系の過去からの情報を含む統計的情報であるが、高速高精度化と測定値の確からしさを含む測定として有効な手法である。
【0028】
上述した手法を採用した本例の信号処理装置1は、例えば図2に示すような物品計量システム21の一部として構成される。物品計量システム21は、前段コンベア22、計量コンベア23、後段コンベア24からなる搬送部25を備えており、前段コンベア22には上流側で計量対象となる物品Wが順次投入され積載される。計量コンベア23は、前段コンベア22から所定の投入間隔で搬送ラインに順次投入して物品Wを個々に搬送するとともに、後段コンベア24に搬出する。後段コンベア24には、選別手段26が装着されており、物品Wの計量結果に応じて、例えば正常重量の良品と重量の過不足がある不良品とに選別されて搬送先が振り分けられる。
【0029】
搬送部25を構成する各コンベア22,23,24は、搬送方向の前後に配置されたローラに巻回された無端状の搬送ベルトで物品Wを搬送している。不図示の搬送駆動機構により同期してローラが回転駆動し、物品Wが前段コンベア22から計量コンベア23に所定の投入間隔で順次投入され、計量コンベア23から後段コンベア24に搬出される。
【0030】
前段コンベア22から計量コンベア23に物品Wが受け渡されて投入される位置、すなわち、前段コンベア22と計量コンベア23との間には、計量コンベア23に投入される物品Wを順次検知する投入検知センサ(物品検知手段)27が設置されている。投入検知センサ27は、計量コンベア23上に物品Wが存在するか否かを判断している。
【0031】
そして、上記物品計量システム21の一部である信号処理装置1は、図1に示すように、計量部2、A/D変換部3、データ正規化処理部4、対数変換部5、データ処理部6、推定値算出部7、交流成分抽出部8、補正差分演算処理部9、重量値換算部10を備えて概略構成される。
【0032】
計量部2は、例えば公知の歪ゲージロードセル、差動トランス式や電磁平衡式の秤で構成され、計量コンベア23の重量と計量コンベア23上に投入された物品Wの重量が負荷される。計量部2は、投入検知センサ(物品検知手段)26で検知された物品Wの重量を計量コンベア23の重量とともに計量し、その重量に応じた計量信号を出力している。
【0033】
ここで、計量部2の出力信号(計量信号)の振幅変動は、時間で経路つけた確率過程と解釈できる。本発明では、この確率過程の信号振幅を確率変数として定義している。この確率変数は、計量対象荷重信号、計量系の非線形振動、搬送系(コンベヤベルトなど)の振動雑音、システム系の振動雑音や設置条件で決まる床振動雑音などがセンシングされた結果の信号振幅である。
【0034】
図2に示すような物品計量システム21における高速計量の技術課題は、測定対象物である物品Wが計量部2に搬送され、物品Wの重量情報をいかに速やかに計量するかという課題である。図2の物品計量システム21における前提条件として、計量部2に物品Wが少なくとも一定時間は安定に荷重される時間があり、完全に高速高精度に短時間で計量できれば、この安定にセンシングする時間を短縮すること、つまり、一定時間に測定できる物品Wの数量を増すことができる。
【0035】
A/D変換部3は、物品Wの重量値を含む計量部2からの計量信号を所定のサンプリング周期でA/D変換している。
【0036】
データ正規化処理部4は、A/D変換部3でA/D変換されたデータにおいて、負のデータなどが生じたときに、全体として正のデータにシフトし、データを正規化処理している。
【0037】
対数変換部5は、データ正規化処理部4で正規化処理されたデータに対して対数変換を施し、その対数値を計測目標とする精度の単位で量子化している。なお、対数変換部5は、多数のデータの処理を円滑にするためであり、この構成を省くこともできる。
【0038】
データ処理部6は、対数変換部5により量子化されたデータを処理するもので、PDF演算部6aとAPD演算部6bを有する。PDF演算部6aは、対数変換部5で量子化された計量信号の振幅の離散値を確率変数とし、この確率変数軸上に生成されるヒストグラムの所定の測定期間の確率密度関数PDFを算出している。さらに説明すると、PDF演算部6aは、対数変換部5による量子化精度をアドレス間の単位とするアドレス値カウンタを有している。このPDF演算部6aは、実際の重量計測での所定の測定期間において、出現した対数値に対応するアドレス値を参照する毎に、該当するアドレス値カウンタの値を+1加算している。PDF演算部6aのアドレスは、確率変数値に対応しているため、範囲分けした確率変数軸上のヒストグラムが生成される。そして、PDF演算部6aは、ヒストグラムを生成した一定時間のデータ総数で割る演算処理により、正規化された確率密度関数PDFを算出している。
【0039】
APD演算部6bは、PDF演算部6aで算出された確率密度関数PDFを所定の測定期間で累積加算して累積確率分布APDを算出している。尚、確率密度関数PDFと累積確率分布APDは、継続して求めても良く、測定期間として1箇所又は複数箇所、さらに回数として1回又は複数回を任意に選択することができる。また、測定期間としては、雑音成分の振動周波数の1周期が好ましい。
【0040】
ここで、累積確率分布APDを算出するのに必要なサンプリング数は、現象を把握する上で大きいほどよいが、計算面からはその逆である。このため、計量部2の出力信号の帯域が有する最大周波数の10倍以上の時間でサンプリングしたデータを用いる。
【0041】
上記累積確率分布APDの測定例として、図2の物品計量システム21の計量部2の出力信号に対し、図1の信号処理装置1を用いて求めた累積確率分布APDと確率密度関数PDFの測定結果を図5に示す。
【0042】
図4は図2の計量コンベア23に3個の物品W(測定対象物)が搬送されたときの計量部2の出力信号であり、物品Wの重量値に振動雑音が重畳している。尚、図4において、横軸の単位は時間、縦軸はグラムである。
【0043】
図5の横軸は対数振幅レベル値(dB)、縦軸が確率を示す。PDF値は10倍して表示している。累積確率分布APDと確率密度関数PDF値の算出には、図4の1.05秒から1.1秒の間の計量部2の出力信号を使用している。
【0044】
測定対象物である物品Wの真の重量値(直流成分)は累積確率分布APD値が0−1の間にある対数振幅値のどこかに存在するはずである。このように、振幅雑音(交流成分)がある場合において、累積確率分布APD値による真の重量値を求める動的計量を行うには、重量値の推定を行う必要が生じる。
【0045】
推定値算出部7は、上記重量値の推定を行うにあたって、PDF演算部6aで算出された所定の測定期間の確率密度関数PDFが存在する確率変数の下限値と上限値の中間値、又は所定の測定期間の確率変数xの期待値を物品Wの重量値の推定値として算出している。
【0046】
交流成分抽出部8は、一次差分フィルタで構成され、推定値算出部7が算出した所定の測定期間の推定値に重畳されている振動振幅の交流成分を抽出している。
【0047】
補正差分演算処理部9は、推定値算出部7で算出された物品Wの重量値の推定値に重畳されている振動振幅の交流成分による偏りを補正するべく、交流成分抽出部8が抽出した交流成分の平均値を演算し、この演算値を推定値算出部7が算出した物品Wの重量値の推定値から差し引いた補正推定値(dB値)を算出している。なお、交流成分の平均値は、交流成分抽出部8で演算してもよい。
【0048】
重量値換算部10は、補正差分演算処理部9からの補正推定値(dB値)を物品Wの重量値(g値)に換算している。
【0049】
次に、上述した本例の信号処理装置1による重量値の推定手法について説明する。測定対象を明確にして推定値を評価するために、図2の計量部2の出力信号をもとにシミュレーションを行った。使用した模擬データは計量部2として1自由度バネマスダンパ系に1秒周期の0.8秒の矩形波を入力した応答波形で、固有振動周波数は約30Hz程度で、真値は65535/2である(図6参照)。図7,図8はPDF演算部6aが算出した確率密度関数PDF及びAPD演算部6bが算出した累積確率分布APD値を示している。図7は250msecから100msec毎、50msec間の累積確率分布APDの時間推移特性を示している。図8は250−300msec間の確率密度関数PDF値を示している。
【0050】
図2の物品計量システム21のように、測定対象物である物品Wを搬送させながら計量部2に搭載する搬送系では、計量部2への物品Wの搭載時に物品Wの重量以外の荷重等が生み出す再現性のない不確定な物理現象が現れる。その時間帯は測定対象期間から除外する。その後に現れる安定期間内で、計量部2の出力信号に重畳する非線形振動や床振動などを含む信号雑音環境において真の重量値を推定することになる。
【0051】
この推定手法として、真の重量値に計量部2の出力信号に重畳する雑音の確率統計的性質に応じて最適な推定法を考える必要がある。例えば、累積確率分布APD値の時間推移に、もしも一定のトレンドがあり、最終の目標値(重量値が状態として定義できれば)に収束するようなモデル推移式が定められる場合は、状態推定問題などに帰着させることができる。
【0052】
図7は累積確率分布APD値の時間推移特性で、横軸はdBで表された重量値、縦軸は確率である。固有振動雑音が無い場合は、図7のように、縦軸に垂直な直線、すなわち、一定の重量値に収束するが、垂直線に収束するまでの規則性は単純に見定められず、状態推定モデルを定式化するためには、現象を構成する要因を絞る前処理が必要で、時間を要することから、測定時間が長くなるために困難となる。
【0053】
そこで、PDF演算部6aが算出した図8のPDF特性を利用する。振動雑音が白色性な雑音であれば周波数軸上では一様分布とみなせる。有色性の雑音とした場合は振動系では正弦波状の雑音と仮定できる。これらの2種類の雑音が重畳した場合、数学的には連続関数と仮定すると、下記式(3)のように、その結合確率密度関数は個々の確率密度関数p1,p2の畳み込み積分として記述される。
【0054】
【数3】

【0055】
確率密度関数PDFの分布は、図8に示すように、真の重量振幅値の周りに発生する一様な雑音分布とみなされるので、下記式(4)のように、確率密度関数PDFが存在する確率変数の下限値と上限値の中間値を推定値とする。
【0056】
【数4】

【0057】
また、下記式(5)のように、連続関数の表現であるが、確率変数xの期待値を推定値とする。
【0058】
【数5】

【0059】
そして、この推定値の確からしさは、APD演算部6bが算出した累積確率分布APD値を使用すると、選択した推定値の推定精度の範囲で下記式(6)から計算できる。確率変数x1>x2の間の推定値が、本測定期間における測定値の確からしさを示していると考えられる。
【0060】
【数6】

【0061】
以上の推定手法をもとに、図4に示す計量部2の出力信号に対して、推定式(4),(5)を適用計算した結果が下記表1である。表1において、時間は出力信号の横軸の時間と同じであり、その時間までの50msec間のデータを用いた確率密度関数PDF値を利用し計算している。測定時間の50msecは、固有振動周波数30Hzの一周期分を包含する時間として設定している。
【0062】
【表1】

【0063】
式(4)の推定法をInterval、式(5)の推定法をExpectedの欄に示し、重量値はdB表示を用いている。
【0064】
両者の推定式間の差はほとんどないが、Expectedの方が真の重量値90.3088dBにより近い。
【0065】
ここで、Expectedと真値との推定誤差を見ると、0.008dBの差が1/1000の精度に相当していることも含め、実用的には、振動雑音振幅の減衰が少ない期間帯でも更なる精度向上を図ることが望まれる。
【0066】
式(5)の推定式は、測定時間内の重畳振幅の平均値の推定であり、推定誤差が不偏推定量となっていないということを意味している。これは、図8の真の重量値を軸にしてみると、振幅確率分布が左右対称でなく偏っているためである。この振幅分布の偏りの補正は、振幅雑音のパターンが減衰振動であることから生じる偏りであるので、振動振幅の交流成分を交流成分抽出部8で抽出し、その偏りを補正差分演算処理部9で補正すればよい。
【0067】
ここで、表1のUnbiased欄は、上述した偏りの補正を施した補正推定値の結果であり、測定時間250msecの時点で、1/1000精度以内の推定値が得られている。追加した補正処理の遅延時間は7.5msecであった。また、表1のError欄はUnbiased欄と真値との推定誤差を示している。この結果はExpected推定の測定時間600msecあたりの推定誤差に相当している。補正処理による不偏推定値化により、測定時間の短縮化を図ったことになる。
【0068】
このように、本例の信号処理装置1は、図2の物品計量システム21に採用し、計量部2の出力信号の振幅変動を確率過程とみた場合に、モデリングを意識せずとも、確率変数に対する統計的性質が得られる。そして、図2において、測定時間をTとすると、T時間の毎の確率密度関数PDFとそれを累積した確率分布APDの計算を実行すれば、それぞれ短期的、長期的な確率変数の統計的性質を把握できる。その際、計量部2の出力信号の振幅範囲や周波数帯域などの累積確率分布APDを計算するのに必要な事前知識だけでよく、詳細なモデリングを準備する必要がない。
【0069】
すなわち、本例の信号処理装置1によれば、計量信号の測定期間だけを選択してリアルタイム処理で測定推定処理が可能であり、従来のような専門知識による難しい理論の数理モデルを必要とせず、物品の真の重量値を得るのに有効な信号処理が行え、搬送ラインに順次搬送される物品の重量測定の高精度高速化が図れる動的重量計測手法として有効である。
【0070】
そして、本例の信号処理装置及び信号処理方法を図2の物品計量システム21のような物品の重量測定に採用することにより、数理モデルが陽に必要なく、重量計測過程の振幅変動を確率過程とみなすことで、振幅確率密度関数PDFと振幅確率分布APDから推定誤差の少ない物品の重量値の推定値が求められ、その推定値の確からしさを示す確率値も付与できる利点がある。
【0071】
ところで、本例の信号処理装置1は、図1の構成に限定されるものではない。特に図示はしないが、対数変換部5の後段に対し、対数変換部5で量子化された計量信号の振幅の離散値を確率変数とし、この確率変数軸上に生成されるヒストグラムの所定の測定期間の確率密度関数PDFを演算するPDF演算部6aと、対数変換部5で量子化された計量信号の交流成分を抽出する交流成分抽出部8とを分岐して設け、交流成分抽出部8で抽出された交流成分の確率密度関数PDFを演算するPDF演算部を交流成分抽出部8の後段に別途設け、さらにPDF演算部で演算された交流成分の確率密度関数PDFを平均処理する平均処理部をPDF演算部の後段に設ける構成とすることもできる。
【0072】
また、上述した信号処理の構成及び手法による推定法の手順や考え方に関しては、振動雑音の異なる動的計測にも適用可能である。
【符号の説明】
【0073】
1 信号処理装置
2 計量部
3 A/D変換部
4 データ正規化処理部
5 対数変換部
6 データ処理部
6a PDF計算部
6b APD演算部
7 推定値算出部
8 交流成分抽出部
9 補正差分演算処理部
10 重量値換算部
21 物品計量システム
22 前段コンベア
23 計量コンベア
24 後段コンベア
25 搬送部
26 選別手段
27 投入検知センサ(物品検知手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
搬送ラインに搬送される物品(W)の重量値を含む計量信号を処理する信号処理装置(1)において、
前記物品の重量値を含む計量信号をA/D変換するA/D変換部(3)と、
前記A/D変換部でA/D変換された計量信号の振幅の離散値を確率変数とし、この確率変数軸上に生成されるヒストグラムの所定の測定期間の確率密度関数を算出するデータ処理部(6)とを備えたことを特徴とする信号処理装置。
【請求項2】
前記データ処理部(6)で算出された前記測定期間の確率密度関数が存在する確率変数の下限値と上限値の中間値、又は前記測定期間の確率変数の期待値を前記物品(W)の重量値の推定値として算出する推定値算出部(7)と、
前記推定値算出部が算出した推定値に重畳されている振動振幅の交流成分を抽出する交流成分抽出部(8)と、
前記交流成分抽出部が抽出した交流成分の平均値を演算し、この演算値を前記推定値から差し引いて補正推定値を算出する差分演算処理部(9)とを更に備えたことを特徴とする請求項1記載の信号処理装置。
【請求項3】
搬送ラインに搬送される物品(W)の重量値を含む計量信号を処理する信号処理方法において、
前記物品の重量値を含む計量信号をA/D変換するステップと、
前記A/D変換された計量信号の振幅の離散値を確率変数とし、この確率変数軸上に生成されるヒストグラムの所定の測定期間の確率密度関数を算出するステップとを含むことを特徴とする信号処理方法。
【請求項4】
前記測定期間の確率密度関数が存在する確率変数の下限値と上限値の中間値、又は前記測定期間の確率変数の期待値を前記物品(W)の重量値の推定値として算出するステップと、
前記推定値に重畳されている振動振幅の交流成分を抽出するステップと、
前記抽出した交流成分の平均値を演算し、この演算値を前記推定値から差し引いて補正推定値を算出するステップとを更に含むことを特徴とする請求項3記載の信号処理方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図6】
image rotate

【図5】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2012−68099(P2012−68099A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−212366(P2010−212366)
【出願日】平成22年9月22日(2010.9.22)
【出願人】(000000572)アンリツ株式会社 (838)