説明

健側情報フィードバック型歩行補助装置

【課題】脳卒中による片麻痺患者を対象とし、健側下肢の関節角度情報を取得し、患側下肢の関節に時間遅れを与えて健側の角度情報をフィードバックして患側下肢の関節角度を位置制御することによって健常者に近い歩容、かつ個人に合った歩容による訓練を可能とする健側情報フィードバック型歩行補助装具を提供すること。
【解決手段】屈曲と伸展とを判断する閾値をあらかじめ設定し、膝関節用角度検出器11Bで検出した膝関節角度が閾値を下回った時刻から、所定の位相だけ遅らせてスレーブ機構20の駆動源21A、21Bを動作させて屈曲を開始させることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、健側下肢の股・膝関節角度情報を基にして、患側のアクチュエータを駆動し、患側下肢の各関節角度を同期して位置制御する健側情報フィードバック型歩行補助装置に関する。
【背景技術】
【0002】
脳血管障害(Cerebral Vascular accident)とは、脳を灌流する血管または血行動態が病的に変化することによって、頭蓋内で虚血や出血をきたし脳に影響を及ぼす疾患の総称である。特に急激に発症する脳の神経徴候を主体とした症候群を脳卒中(Stroke)と言い、脳梗塞、脳出血、クモ膜下出血などに分類される。そして、脳梗塞(Cerebral infarction:脳動脈閉塞による脳実質の液化壊死を生じる状態)、脳出血(Cerebral hemorrhage:脳内動脈の破綻によって起こる出血)、クモ膜下出血(Subarachnoid hemorrhage:脳底部の動脈瘤の破綻によるクモ膜下腔における出血)、一過性脳虚血、高血圧性脳症などがある。
一般的に脳卒中は片側上下肢の運動麻痺、視野の半分が認識できなくなる半側空間無視などの知覚障害を伴うことが多く、高次機能障害(失言症、失行症、失認症)、精神損傷を有することもある。脳卒中片麻痺の回復過程は経時的であり、発症直後は弛緩性麻痺であるが、経時的変化によって痙性麻痺に移行する場合が多い。
【0003】
脳は、部位によって機能が異なり、運動を司る運動野では機能局在(functional localization)がある。くも膜下出血では、頭痛や意識障害を起こしやすい。また、脳梗塞や、脳出血では、ダメージを受けた脳の部分に応じて、動きにくくなる部分や程度は異なる。片麻痺は、原則としては脳の病変と反対側の上肢と下肢に起こる。麻痺は、下肢より上肢に強く見られることが多いと知られており、中心から近い部分よりも遠い部分の方が強く起こる。
運動麻痺は、運動中枢から筋繊維までの経路のどこかに障害があって、随意的な運動ができない状態である。本質的に全く異なる中枢性麻痺(上位運動ニューロ障害)、末梢性麻痺(下位運動ニューロ障害)がある。
末梢性麻痺は、脊髄の前角細胞から神経筋接合部に至る下位運動ニューロの経路が障害されて起こる。前角細胞の病変であるポリオや、炎症や圧迫・外傷などによる神経根・神経叢・末梢神経障害が原因となる。
中枢性麻痺は、脊髄の前角細胞から神経筋接合部に至る下位運動ニューロには直接的な変化はなく、大脳皮質を中心とする上位の運動統御中枢から前角細胞に至るまでの複雑な運動統合システムのどこかに起こる。脳血管障害による片麻痺は中枢性麻痺にあたる。
【0004】
脳卒中による片麻痺の発生直後は、弛緩性麻痺が起こり、後に痙性麻痺に移行することが多い。関節を曲げる時に与えられた外力の抵抗が通常より小さい場合を弛緩と言い、大きい場合を痙性と言い、痙性によって反張膝や、内反尖足が起こることがある。反張膝とは、立つ時に膝が通常と反対側に曲がってしまうような状態をいう。また、内反とは、足底が内側にねじれる状態を言い、尖足とは、足首がつっぱり指先しかつかない状態で歩行するような状態をいう。
脳卒中による麻痺は、力が弱くなるのではなく、動かそうとしたときに、特有の収縮パターンが起こることが特徴的である。ある一部の筋肉を動かそうとしても、同時にさまざまな筋肉が動いてしまうことによる特有の運動パターンが麻痺の回復過程で見られ、これを共同運動と言う。また、体のある部位を無理に動かそうと努力しすぎると、ほかの部位にも不随意に姿勢反射が起こることが多く、これは連合運動と呼ばれる。
麻痺側の歩行における遊脚期では足関節に下垂足が見られる。下垂足とは、思うように背屈ができなくなる状態である。また、麻痺側下肢を半円形に振り出すぶん回し歩行が見られる。健側の股・膝関節を補償的に動作することもあり、左右非対称な歩行になる。
【0005】
過度な安静にしてしまうと、2次的合併症として、褥瘡(床ずれ)や筋萎縮、骨密度の低下などの廃用症候群を発症する。いずれも日常生活動作(Activities of Daily Living:ADL)に支障をきたす。発症する患者は高齢者が多く、高齢者は一般的に体力が低下し、回復力及び回復への意欲などが劣る。このために、必要以上の寝たきりになることによって廃用症候群が発症し、更なる長期的な寝たきり患者となると言った悪循環に陥る。そのため、廃用症候群の予防には、身の回りのことはできるだけ自分で積極的に行うようにすることが必要となる。
ネコやイヌなどの四足歩行を行う脊髄動物では、足踏み反射が見られ、脳幹や脊髄などに存在する中枢パターン発生器(Central pattern generator:CPG)が関係していることが知られている。CPGとは、感覚情報なしに周期的な運動パターンを生成する神経回路網のことをいう。人の歩行に関しても、脊髄回路網にCPGが存在することが示唆されている。CPGを動員するためには、股関節の屈曲、伸展と、足底からの荷重情報が必要である。また、対側脚からの求心性刺激を与えることで脊髄神経回路が賦活し、歩行運動出力の発現に寄与すると考えられている。そのため、非麻痺足(以後、健側)から麻痺足(以後、患側)、もしくは患側から健側へ適切な神経情報入力を与えることで、より円滑な神経出力を誘発できる可能性がある。
【0006】
脳血管障害による片麻痺患者のリハビリテーションでは日常生活動作を自立的に行えるように訓練を行う。日常生活動作には食事動作、トイレ動作、整容動作、更衣動作、入浴動作、コミュニケーション動作、移動動作があり、更に生活関連動作としては、調理、洗濯、掃除などの動作がある。その中でも移動動作はそれ自体に意味はないが、他の動作を行う上で必要不可欠な動作である。歩行訓練では下肢の振り出し、体重の支持、重心の移動と言った歩行における一連の動作を杖や歩行装具を用いて訓練するが、運動麻痺によって生じる問題から必要に応じて療法士の介助や装具によるサポートが必要となる。片麻痺者の歩行には、健側による補償動作が起きる。神経系の可塑性により、健側は補償動作を行うような神経系が形成され、患側は減退していき筋委縮や骨密度減少を誘引する。
【0007】
片麻痺者の歩行訓練に焦点をあてた研究においてWernigらによると、杖や歩行器を使用することでかろうじて自立歩行が可能な片麻痺者33名を対象に免荷式歩行訓練BWSTT(Body Weight Support Treadmill Training)を行うことによって、実に25名がこれら歩行補助装具を使用することのない自立歩行を再獲得できたと報告されている。
片麻痺回復促進のための運動療法として、麻痺側の足を理学療法士(PT:Physical Therapist)の手で動かすことで運動を誘発する促通手技と言う方法がある。その中で、成人の脳卒中片麻痺患者に対しては、「ボバース概念に基づく治療(神経学的リハビリテーション)(Neurological rehabilitation based upon the BOBATH concept)」と言う治療法がある。反復時間と人手が必要になるが、軽度であれば促通手技を行ったことで、歩行の左右対称性だけでなく、脳の運動野の活動の左右対称性の向上にも役立った可能性がある。
【0008】
以上のことより、左右対称に足を動かすように歩行訓練して、股関節を屈曲・伸展させ、足底からの荷重情報を与えることは有効であると考えられる。
脳血管障害による片麻痺に対する治療法の一つに装具療法がある。これは歩行や日常生活活動の向上を図るために早期から運動療法にとり入れられているもので、片麻痺のリハビリテーションにおいては歩行能力の獲得と改善がその大きな目標である。また、装具を利用しながら運動療法を行うことで、運動機能の促進・回復向上につなげることが可能となる。
脳卒中片麻痺の回復過程は弛緩性麻痺から痙性麻痺に移行し、運動パターンは共同運動に支配され歩行障害となる。そのために下肢装具の果たす役割は大きい。
片麻痺患者などにおいて、非麻痺側の正常な機能を用いて、麻痺側のリハビリテーションを行うと言う、いわゆる「マスタスレーブ方式リハビリテーションシステム」は、既に提案されている(例えば特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平11−164860号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、生体信号にはゆらぎが見られる。心拍と同様に、連続する歩行周期のリズムにも変動(ゆらぎ)が見られる。このゆらぎは、単なるランダムノイズ(熱ゆらぎ)ととらえないで、決定論的に挙動を説明できるカオスとしてとらえられてきており、脊髄のCPGのリズム発生機構にフラクタル(自己相似階層構造)的性質が見られることが知られている。Housedorfらによると、長時間の健常者の歩行において、歩行周期(重複歩時間)に1/fゆらぎが見られる。1/fゆらぎとは、スペクトル解析した結果(パワースペクトル)の両対数グラフの傾きが右下がりとなるゆらぎである。
ゆらぎを応用した例としては、適当なゆらぎを与えた学習過程は学習効果が得られたと言う報告がある。リハビリテーションに1/fゆらぎを取り入れることの効果が期待される。
片麻痺患者の歩行訓練は、健常者歩行の模倣となるが、独特の歩行形態を呈すため、健側の補償動作を伴い、患側の機能減退につながる恐れがある。また、免荷式歩行訓練用ロボットを用いたリハビリテーションも行われている。しかし、一定の入力による訓練を行っていては、受動的な訓練となってしまうために、訓練者本人の積極性を引き出すことが重要である。さらに、個人によって歩行時の関節角度変化や左右の足を振り出すタイミング、歩行速度は異なる。
以上より、健常者に近い歩容、かつ個人に合った歩容による歩行訓練を行うことができる健側情報フィードバック型歩行補助装置の開発が望まれる。
また、個人によって歩行速度が異なり、歩行周期にはゆらぎが含まれると考えられるため、歩行周期に合わせて時間遅れを調整する必要がある。
【0011】
そこで本発明は、脳卒中による片麻痺患者を対象とし、健側下肢の関節角度情報を取得し、患側下肢の関節に時間遅れを与えて健側の角度情報をフィードバックして患側下肢の関節角度を位置制御することによって健常者に近い歩容、かつ個人に合った歩容による訓練を可能とする健側情報フィードバック型歩行補助装具を提供することを目的とする。
具体的には、マスタに対してスレーブを一定時間遅れで追従させる場合は、歩行周期に対して時間遅れが短すぎた場合に単脚支持期中のスレーブの各関節を屈曲開始させ、バランスを崩してしまう恐れがある。そのため、マスタの歩行周期に合わせて時間遅れを調整することを目的とする。また、歩行では適切な歩行周期、左右の時間遅れにスレーブの調整をすることが必要である。マスタの動作は常に一定ではなく変化すると考えられるため、スレーブが指令角度に追従できる必要がある。マスタの股・膝関節の動作に対してスレーブの各関節角度を同期して位置制御し追従させることで、マスタ側の動作周期に変化を与えた際のスレーブの応答を調べ、スレーブの動作周期にマスタの動作周期を伝達することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1記載の本発明の健側情報フィードバック型歩行補助装置は、健側としてのマスタ機構と、患側としてのスレーブ機構とを有し、前記マスタ機構には、股関節部に取り付けられた股関節用角度検出器と膝関節部に取り付けられた膝関節用角度検出器とを備え、前記スレーブ機構は、股関節部を駆動するスレーブ股関節機構部と、膝関節部を駆動するスレーブ膝関節機構部とから構成され、前記スレーブ股関節機構部及び前記スレーブ膝関節機構部は、それぞれ駆動源及び駆動機構を備えた健側情報フィードバック型歩行補助装置であって、屈曲と伸展とを判断する閾値をあらかじめ設定し、前記膝関節用角度検出器で検出した膝関節角度が前記閾値を下回った時刻から、所定の位相だけ遅らせて前記スレーブ機構の前記駆動源を動作させて屈曲を開始させることを特徴とする。
請求項2記載の本発明は、請求項1に記載の健側情報フィードバック型歩行補助装置において、前記閾値を越えている時間を屈曲時間として、前記膝関節用角度検出器で検出する膝関節角度から前記屈曲時間を取得し、前記屈曲時間と、前記股関節部及び前記膝関節部の最大角度とから前記スレーブ機構を動作させる角速度を決定し、前記膝関節角度が前記閾値を下回った後に前記スレーブ機構をフィードバック制御で屈曲・伸展させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、スレーブ側の脚の各関節の屈曲が開始される時刻をマスタの最小屈曲角度となる時刻に近づけることができ、マスタの歩行周期に合わせて時間遅れを調整することができる。
また、本発明によれば、マスタの股・膝関節の動作に対してスレーブの各関節角度を同期して追従させることで、マスタ側の動作周期が変化しても、スレーブの動作周期にマスタの動作周期を伝達させることができる。
これらのことから、本発明によれば、リハビリテーションに1/fゆらぎを取り入れることが可能となり、歩行訓練の効果が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一実施例による健側情報フィードバック型歩行補助装置の外観図
【図2】同装置のシステム構成図
【図3】同装置の長下肢装具の正面図
【図4】同長下肢装具の側面図
【図5】装具股関節部の最大屈曲時、最大伸展時における状態を示す図
【図6】装具股関節部の最大屈曲時、最大伸展時における状態を示す図
【図7】装具膝関節部の最大屈曲時、最大伸展時における状態を示す図
【図8】装具膝関節部の最大屈曲時、最大伸展時における状態を示す図
【図9】本実施例によるスレーブ股関節機構部を示す側面図
【図10】最大屈曲時における図9の要部拡大図
【図11】同機構部の機構モデル図
【図12】同機構部のモータユニットの外観図
【図13】本実施例によるスレーブ膝関節機構部の側面図
【図14】最大屈曲時における図9の要部拡大図
【図15】同機構部の機構モデル図
【図16】リニアサーボコントローラの供給電源の設定値を示す図
【図17】リニアサーボコントローラの最大電流設定値を示す図
【図18】股関節のマスタに対してスレーブを一定時間遅れで追従させたときの関節角度変化を表すグラフ
【図19】膝関節のマスタに対してスレーブを一定時間遅れで追従させたときの関節角度変化を表すグラフ
【図20】実験結果を示す図
【図21】長下肢装具の左側各関節への取り付け方法を示す図
【図22】計測した各関節角度変化の一例を表すグラフ
【図23】歩行時の左右の膝関節角度の関係を表すグラフ
【図24】各関節の最大屈曲角度の平均値と標準偏差を示す図
【図25】各関節の最大屈曲角度の平均値と標準偏差を表すグラフ
【図26】時間遅れ調整手法によってマスタ関節角度情報からスレーブ指令角度を生成する方法の模式図
【図27】時間遅れ調整手法による動作のフローチャート
【図28】各関節での追従動作を表すグラフ
【図29】各関節での追従動作を表すグラフ
【図30】マスタとスレーブの動作周期と時間遅れ、入力に対するスレーブの最大屈曲角度を示す図
【図31】本発明の他の実施例による健側情報フィードバック型歩行補助装具の外観図
【図32】角度変数θにおけるアクチュエータの長さ計算を説明する図
【図33】実験モデルの外観を示す図
【図34】実験モデルのシステム構成図
【図35】入出力波形図
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の第1の実施の形態による健側情報フィードバック型歩行補助装置は、屈曲と伸展とを判断する閾値をあらかじめ設定し、膝関節用角度検出器で検出した膝関節角度が閾値を下回った時刻から、所定の位相だけ遅らせてスレーブ機構の駆動源を動作させて屈曲を開始させるものである。本実施の形態によれば、スレーブ側の脚の各関節の屈曲が開始される時刻をマスタの最小屈曲角度となる時刻に近づけることができ、マスタの歩行周期に合わせて時間遅れを調整することができる。
【0016】
本発明の第2の実施の形態は、第1の実施の形態による健側情報フィードバック型歩行補助装置において、閾値を越えている時間を屈曲時間として、膝関節用角度検出器で検出する膝関節角度から屈曲時間を取得し、屈曲時間と、股関節部及び膝関節部の最大角度とからスレーブ機構を動作させる角速度を決定し、膝関節角度が閾値を下回った後にスレーブ機構をフィードバック制御で屈曲・伸展させるものである。本実施の形態によれば、マスタの股・膝関節の動作に対してスレーブの各関節角度を同期して追従させることで、マスタ側の動作周期が変化しても、スレーブの動作周期にマスタの動作周期を伝達させることができる。
【実施例】
【0017】
以下本発明の一実施例による健側情報フィードバック型歩行補助装置について説明する。
図1は本実施例による健側情報フィードバック型歩行補助装具の外観図、図2は同装置のシステム構成図である。
右足を健側としてのマスタ機構10、左足を患側としてのスレーブ機構20とする。マスタ機構10には、股関節部に取り付けられた股関節用角度検出器(ポテンショメータ)11Aと膝関節部に取り付けられた膝関節用角度検出器(ポテンショメータ)11Bとから角度情報を取得する。スレーブ機構20は、股関節部を駆動するスレーブ股関節機構部20Aと、膝関節部を駆動するスレーブ膝関節機構部20Bとから構成される。スレーブ股関節機構部20Aは、駆動源(DCモータ)21A及び駆動機構(ボールねじとL型リンク)22Aを備え、スレーブ膝関節機構部20Bは駆動源(DCモータ)21B及び駆動機構(ボールねじとL型リンク)22Bを備えている。スレーブ機構20には、リニアサーボコントローラ31、エンコーダ32A、32B、パルスカウンタボード33、及びAD/DAボード34がつながっている。
【0018】
マスタ機構10に取り付けた股関節用角度検出器11A、膝関節用角度検出器11Bからのアナログ関節角度情報を、AD/DAボード34にてAD変換して、制御部(PC)35に取り込み、制御部35にて時間遅れを与えて、AD/DAボード34にてDA変換した情報をリニアサーボコントローラ31に送り、駆動源21A、21Bと一体となったエンコーダ32A、32Bによってスレーブ関節角度情報をフィードバックして角度制御する。
【0019】
本実施例による健側情報フィードバック型歩行補助装置は、一般的な長下肢装具を土台としている。図3はこの種の長下肢装具の正面図、図4はに同長下肢装具の側面図である。本実施例に使用した長下肢装具は、材質をジュラルミンとし、外径寸法1200×420×150mm、重量が3kgである。
長下肢装具の各関節部の可動範囲は、装着者の関節の可動範囲を阻害しない構造となっている。装具股関節部では、屈曲方向140°、伸展方向20°、装具膝関節部では、屈曲方向150°、伸展方向0°となっている。しかし、人が装着した場合の各関節の可動範囲は個人の体格などによって変化する。
【0020】
装具股関節部の最大屈曲時、最大伸展時における状態を図5及び図6に示す。装具膝関節部の最大屈曲時、最大伸展時における状態を図7及び図8に示す。
股関節用角度検出器11A、膝関節用角度検出器11Bには、接触型ポテンショメータ(株式会社緑測器製)を使用した。
【0021】
図9は本実施例によるスレーブ股関節機構部の側面図、図10は最大屈曲時における図9の要部拡大図、図11は同機構部の機構モデル図である。
図11において、股関節屈曲角度をθ、股関節BのボールねじCの位置をXとする。ボールねじCをモータユニットで回転させることによってXを移動させ、股関節屈曲角度θを制御する。しかし、点Aが上下に約10mm滑ることによる遊びと、点A’が点Aを中心に回転することによる遊びがあるため、ボールねじCの位置を固定しても外力を与えると股関節屈曲角度θは、最大30°程度変化する。スレーブ角度は、モータの回転角度についてのエンコーダパルス信号から股関節屈曲角度を線形変換で取得しているため、装着者の能動的な動作や自重の影響によって誤差が変動する。しかし、この遊びがあることで装着者の負担を軽減することが可能である。
【0022】
図12に股関節のモータユニットを示す。図に示すように、股関節のモータユニットには、モータとギアヘッドとエンコーダ32A、32Bとを組み合わせたものを使用している。本実施例では、モータ(maxon社製、RE25、φ25mm、グラファイトブラシ、18W)に、減速比14のギアヘッドとロータリエンコーダを組み付けたものを使用している。エンコーダ32A、32Bは分解能512pulse/rev.であるmaxon社製のエンコーダMR Type MLである。
【0023】
図13は本実施例によるスレーブ膝関節機構部を示す側面図、図14は最大屈曲時における図9の要部拡大図、図15は同機構部の機構モデル図である。
図15において、膝関節屈曲角度をθk1、膝関節EのボールねじDの位置をXとする。膝関節機構ではリンクF、Gが回転する遊びがあるため、ボールねじDの位置を固定しても膝関節屈曲角度θk1は外力を与えると、最大30°程度変化する。この遊びは、装着者への負担を軽減すると考えられるが、制御可能角度は65°である。
膝関節機構部のモータユニットには、モータ(maxon社製、RE26、φ26mm、グラファイトブラシ、18W)に、減速比3、8のギアヘッドとロータリエンコーダを組み付けたものを使用している。
【0024】
本実施例において、健側の角度情報の取得に今回はポテンショメータ11A、11Bを使用して電圧値を取得する。ポテンショメータ11A、11Bの電圧値取得及び、アクチュエータユニットへのD/A出力にはAD/DAボード(Interface株式会社製、PCI−3523A)を使用した。
DCモータの出力軸に配置したエンコーダによる動作角度の取得にはパルスカウンタボード(Interface株式会社製、PCI−6204)を使用した。
シングルエンド入力で2チャンネル使用し1逓倍の位相差パルスカウントを行う。
PC35からD/Aボードより送られた指令信号を処理し、股・膝関節を駆動するモータを制御するため、4象限リニアサーボコントローラ(maxon社製、4−Q−DC Servo Control LSC 30/2)を各モータに対して1つずつ使用した。本ドライバはlxR補正(回転数制御)制御モード、可変電圧制御モード、デジタル・エンコーダ回転数制御モード、DCタコ回転数制御制御モード、電流制御モードの5系統の制御を備えているが、本発明では電流制御モードを使用した。
【0025】
以下に、本実施例による健側情報フィードバック型歩行補助装置における一定時間遅れ動作確認実験について説明する。
実際の歩行補助動作を行う際に重要であると考えられる時間遅れ、振幅比、動作周期比について評価するため、一定時間遅れでマスタにスレーブを追従させる動作の動作確認実験を行った。
実験装置には、健側情報フィードバック型歩行補助装具(長下肢装置)、ポテンショメータ(関節角度評価用POT)(東京コスモス電機株式会社製)、ブレッドボード(サンハヤト製、SRH−53)、安定化直流電源1(菊水電子工業製、PMC18−3)、安定化直流電源2(高砂製作所製、LXO18−2B)、安定化直流電源3(菊水電子工業製、PMC35−2)を使用した。
【0026】
図16に使用した安定化直流電源の設定値、図17にリニアサーボコントローラの設定値を示す。モータの最大連続電流よりリニアサーボアンプ用安定化直流電源の最大電流設定値を決定した。また、制御入力を算出する比例制御式をVset=K(θ−θ)と定めた。Vsetはリニアサーボアンプに与える制御入力(±10Vで飽和)、Kは比例ゲイン(股関節では0、5、膝関節では2、0とした)、θはマスタの関節角度、θはスレーブの関節角度である。
実験は、以下の手順で行った。
まず、マスタ側の各関節を手動で、歩行動作に近くなるように約4秒周期で20回の屈曲・伸展させる。次に、30点移動平均フィルタにかけたマスタ側の各関節の角度情報を基に、固定時間遅れでスレーブ側の各関節をフィードバック制御した。最後に、各関節角度を、サンプリング周波数20Hzで計測した。
【0027】
実験結果および考察を以下に示す。
図18に股関節、図19に膝関節それぞれのマスタに対してスレーブを一定時間遅れで追従させたときの各関節角度変化を示す。時間遅れは、マスタが最大屈曲してからスレーブが最大屈曲するまでの時間とした。追従誤差の評価のために、マスタ角度とスレーブ角度の股・膝関節それぞれに対して最大屈曲角度と最小屈曲角度の差を振幅として算出した。また、マスタとスレーブの周期の変動を評価するため、関節ごとに最大屈曲する間隔を動作周期として求めた。スレーブの角度情報としては、ポテンショメータとエンコーダからの角度情報の差が最大でも10°以内に収まっていたため、どちらの角度情報を使用しても差がないと考え、ポテンショメータからの角度情報を使用した。
【0028】
図20に実験結果を示す。膝関節はマスタに比べてスレーブの振幅が平均で0.6になり、ばらつきが大きい。これは、膝関節屈曲開始時に股関節が20°程度曲がっていなければ、機構的な問題により動作が遅くなる事が見られたことと、マスタ動作範囲がスレーブの制御可能範囲より大きい入力を与えてしまったことに起因していると考えられる。しかし、周期に対しては、マスタとスレーブの比が1.0であるため、スレーブで再現可能であると考えられる。屈曲動作回数が異なるが、膝関節で周期比がわずかに向上した。
【0029】
以下に、本実施例による健側情報フィードバック型歩行補助装置における装具装着時の下肢関節角度変化計測の基礎実験結果について説明する。
一定時間遅れでは歩行周期の変化に対応できないため、マスタの歩行周期に合わせてスレーブ動作の時間遅れを調節する必要がある。その際、マスタの信号から動作指令を計算するためのパラメータを以下のように設定し、スレーブ各関節装置への入力を生成する際の歩行周期、各関節の最大屈曲角度、マスタ側に対するスレーブ動作の時間遅れを決定するために、歩行時の関節角度計測を行う。
実験装置には、長下肢装具、ポテンショメータ(東京コスモス電機株式会社製)を使用した。長下肢装具は、スレーブ(左側)の機構を取り外した。
【0030】
図21に長下肢装具の左側各関節への取り付け方法を示す。図に示すように健側情報フィードバック型歩行補助装具の土台になっている骨盤帯つき長下肢装具の両足の股関節、膝関節にポテンショメータを取り付けた。
被験者は健常な20代の男性5名である。被験者に長下肢装具を装着し、直線距離を往復した時の関節角度変化を20Hzで計測した。歩行距離を3mに限定し、歩行の速度に差をつけるために往路では歩数を10歩程度と指定したときの歩行、復路では自由な歩行として計測した。
【0031】
実験結果および考察を以下に示す。
図22に計測した各関節角度変化の一例を示す。
股関節角度変化を見ると、屈曲と伸展を交互に繰り返しており、屈曲の方が伸展に比べて急な変化となる傾向があった。左右の股関節角度変化の関係を大局的に見ると、ほぼ逆位相であると言える。そのため、股関節に対しては片側が屈曲した時に対側を伸展させる相反動作をさせることが考えられる。しかし、被験者によっては屈曲時と伸展時で動作速度に差があるため、対側の関節角度変化を上下反転した指令角度に位置制御すると実際の運動と異なる可能性がある。
膝関節角度変化を見ると、2重膝作用はあまり見られず、股関節と比較して屈曲時間が短い。これは、長下肢装具を付けたことによる抵抗や計測している角度が長下肢装具の回転軸であり、人体の各関節の回転軸と一致しないことが影響していると考えられる。左右の膝関節角度変化の関係を大域的に見ると、膝関節が大きく屈曲・伸展動作を行った後に対側脚の各関節の大きな屈曲・伸展動作が開始され、グラフ上では左右交互に山が見られる。これは片方の足が立脚相となり伸展状態を維持している間に、対側脚を振り出していることを表していると考えられる。この関係が崩れて、速いタイミングで動作を行わせるとバランスを崩す恐れがある。同時刻における左右の膝関節角度の関係を表すグラフを図23に示す。
【0032】
また股関節と膝関節の動作の連動を見ると、足を振り出すために各関節の屈曲がほぼ同時に開始している。膝関節の屈曲・伸展動作にかかる時間は、大まかに見て股関節の屈曲・伸展動作にかかる時間の半分となっている。
膝関節において左右交互に大きな屈曲・伸展動作が見られる点と、大きな屈曲・伸展を1回ずつ行うのにかかる時間は股関節動作が膝関節動作の約2倍である点、屈曲を開始する時間が股関節と膝関節でほぼ同時である点に着目して、マスタの膝関節が伸展動作を行った後に、スレーブの動作を開始させることを考えた。このことによって歩行周期に合わせて時間遅れを変化させることができると考えられる。
【0033】
その際、マスタから1歩行周期にかかる時間と各関節の最大屈曲角度を基にして、スレーブ側への指令角度を生成する方法を考える。
各周期中の最大屈曲角度とその周期を取得する方法として、角速度に注目する方法と角度に注目する方法がある。
角速度に注目する方法とは、角速度が連続して正のとき屈曲動作、連続して負のとき伸展動作を行っていると判断するものである。しかし、この方法では角度情報の微分を含むため、ノイズの影響で条件設定が容易でない。角度に注目する方法とは、角度がある値より大きくなった場合に屈曲、それ以下で伸展と判断するものである。ノイズの影響を受けにくいと考えられる。
そこで、角度に注目する方法を採用した。具体的には、膝関節が屈曲している時間(屈曲時間)からスレーブ各関節の屈曲・伸展動作にかかる時間を決定する。また、屈曲している間に最大角度を取得し、伸展するごとに最大角度を更新する。
【0034】
屈曲と伸展を判別するための閾値を決定するため、各関節の最大角度について説明する。図24、図25に各関節の最大屈曲角度の平均値と標準偏差を示す。左右を比較すると、有意な差は見られなかったため、片側の最大角度を対側の動作に利用することに問題はないと考えられる。2重膝作用の大きさも考慮すると、膝関節の最大屈曲角度と重なるため、歩行動作を検知するために十分ではないが、屈曲と伸展を判断するための閾値を仮に膝関節30°、股関節10°として設定した。図22、図23から個人によってはこの値は適切でないため、実際は調整が必要となると考えられる。
【0035】
以下に、本実施例による健側情報フィードバック型歩行補助装置における時間遅れ調整手法について説明する。
マスタの遊脚期にスレーブを動作させると歩行バランスを崩す恐れがある。そのため、マスタ関節角度情報を使用して、立脚したかどうかを判断し、立脚後にスレーブを動作させることを考える。そのため、マスタ各関節の角度変化に対して固定時間遅れでスレーブを追従させる以外の方法を考える。歩行周期に対して時間遅れが短すぎた場合に単脚支持期中のスレーブの各関節を屈曲開始させると、バランスを崩してしまう恐れがある。マスタ信号をパラメータ化し、マスタ膝関節が伸展した後にスレーブ側の足を振り出させて歩行補助することを考える。
【0036】
図26に時間遅れ調整手法によってマスタ関節角度情報からスレーブ指令角度を生成する方法の模式図を示す。実際の制御では、逐次パラメータを更新するが、関節角度変化の個人差やオフセットは構造的なガタがあり、制御の精度には限界があると考えられるため無視する。
図26では、膝関節については、屈曲と伸展を判断するための閾値を30°としており、閾値の30°を越える場合には屈曲時間、30°を下回る場合には伸展時間となる。図26に示す膝関節については、0.2秒付近から0.8秒付近の間がマスタ膝関節の屈曲時間となり、マスタ膝関節角度が閾値30°を下回った0.8秒付近から次にマスタ膝関節角度が閾値30°を越えた1.8秒付近の間がマスタ膝関節の伸展時間となる。
スレーブ動作の開始は、マスタ膝関節の屈曲時間終了時(0.8秒付近)の検出によって行うが、あらかじめ設定した位相(π/4)だけ遅らせているため、スレーブ動作開始はマスタ膝関節の屈曲時間終了時よりも遅延する。
図26において、初回のスレーブ動作(0.8秒付近〜1.9秒付近)は、マスタ膝関節の屈曲時間終了時(0.8秒付近)までに検出した、屈曲時間T(0.2秒付近〜0.8秒付近)、マスタ膝関節の最大角度、マスタ膝関節の最小角度、マスタ股関節の最大角度、及びマスタ股関節の最小角度のデータで決定する。次のスレーブ動作(2.4秒付近〜)は、屈曲時間T(1.8秒付近〜2.4秒付近)、マスタ膝関節の屈曲時間終了時(2.4秒付近)までに検出してデータ更新された、マスタ膝関節の最大角度、マスタ膝関節の最小角度、マスタ股関節の最大角度、及びマスタ股関節の最小角度のデータで決定する。
以上のように、膝関節角度が30°を下回った時刻より位相をπ/4だけ遅らせることによってスレーブ側の脚の各関節の屈曲が開始される時刻をマスタの最小屈曲角度となる時刻に近づけている。
【0037】
図27に時間遅れ調整手法のフローチャートを示す。
マスタ角度情報を取得すると、まずマスタ膝関節が屈曲しているか否かを判断する。ここでマスタ膝関節角度が閾値を越えている場合には、屈曲動作と判断し(Yes)、伸展時間Teを「0」とすることでスレーブへの伸展動作の指示を停止する。屈曲動作と判断している間は、マスタ膝関節の最大角度を更新し、屈曲時間Tfを計算する。
マスタ膝関節角度が閾値を越えていない場合には、屈曲動作でないと判断し(No)、屈曲時間Tfが「0」であるか否かを判断する。屈曲時間Tfが「0」である場合(No)には、本装置を装着した後の第1歩(図26における0秒〜0.2秒付近)であると判断し、屈曲時間Tfが「0」でない場合(Yes)には、既に得られている直前の屈曲時間からスレーブ指令の周期を計算する。1周期は屈曲時間Tfを元に決定する。例えば閾値を30°とした事前検証では、1周期をTfの4倍とすることが好ましい結果となっているが、閾値の設定によって1周期時間を設定する必要がある。例えば、スレーブ指令の周期をTfの3倍として計算する。
屈曲時間Tfが「0」でない場合(Yes)には、スレーブ指令の周期を計算し、屈曲時間Tfを「0」とすることでスレーブへの屈曲動作の指示を停止する。伸展動作と判断している間は、マスタ膝関節の最小角度を更新し、伸展時間Teを計算する。
伸展時間が1周期の時間よりも長いと判断した場合(Yes)には、装着者が歩行動作を停止したと判断して股と膝の指令角度を「0」とすることでスレーブへの屈曲伸展動作の指示を停止する。
伸展時間が1周期の時間よりも長くないと判断した場合(No)には、マスタ股関節が屈曲しているか否かを判断する。ここでマスタ股関節角度が閾値を越えている場合には、屈曲動作と判断し(Yes)、屈曲動作と判断している間は、マスタ股関節の最大角度を更新する。また、マスタ股関節角度が閾値を下回っている場合には、屈曲動作でないと判断し(No)、伸展動作と判断している間は、マスタ股関節の最小角度を更新する。
以上のようにして得た、屈曲時間、膝関節最大角度、膝関節最小角度、股関節最大角度、及び股関節最小角度からスレーブ膝関節及びスレーブ股関節への指令角度を計算して出力する。ここで、スレーブ膝関節及びスレーブ股関節への指令角度は、1歩単位で計算されて出力される。
ある閾値を超えると屈曲と判断し、マスタ膝関節の屈曲している時間T秒と各関節の最大動作角度A°(股関節最大角度と股関節最小角度の差)、A°(膝関節最大角度と膝関節最小角度の差)を取得する。取得した情報を基にしてスレーブを動作させる角速度ωrad/sを式1で決定し、スレーブ各関節への指令θ°、θ°をそれぞれ式2、式3によって算出し、マスタ膝関節伸展後にスレーブ各関節をフィードバック制御で屈曲・伸展させる。ただし、時刻t秒は伸展直後を0秒とする。本実施例では、マスタの膝関節角度情報から屈曲時間Tを計算し、この屈曲時間Tを4倍した値を周期として決定する。スレーブ股関節は屈曲時間を計測して周期を決定するのではなく、スレーブ膝関節の動作と連動させる。
【0038】
【数1】

・・・(式1)


・・・(式2)


・・・(式3)
【0039】
マスタ膝関節が、一旦閾値を超え(0.2秒付近)、閾値を下回る(0.8秒付近)ことで屈曲時間が設定され、この屈曲時間を元に、(式1)によって角速度が決定する。
一方、時刻0での角度を最大・最小と仮定し、マスタ膝関節及びマスタ股関節の角度を常に計測しつづけることで、それぞれの最大角度、最小角度を更新し、更新された最新のデータを基に(式2)(式3)でスレーブ動作を決定する。
以下に、本実施例による健側情報フィードバック型歩行補助装置における時間遅れ調整手法の動作確認の実験結果を説明する。
上記の時間遅れ調整手法の実現性を確認するため、マスタを手動で屈曲・伸展した時のスレーブの応答について評価する。
スレーブ股関節にも45°の位相遅れを与えて実験を行った。まず、装置をパイプハンガーにS字フックで吊り下げ、骨盤帯の部分を垂直に固定する。次に、マスタ側各関節を5回屈曲・伸展させ、スレーブ側を既に説明した時間遅れ調整手法を適用して動作させる。
【0040】
実験結果および考察を以下に示す。
図28、図29に各関節での追従動作のグラフを示す。図29からマスタの膝関節が閾値30°を下回った後にスレーブ側の屈曲動作が始まっていることが確認できる。マスタ膝関節角度の屈曲が約27°と閾値を超えなかった34秒付近の後ではスレーブ関節指令角度の変化がないことを確認できる。
【0041】
図30にマスタとスレーブの動作周期と時間遅れ、入力に対するスレーブの最大屈曲角度を示す。ただし、マスタ膝関節が閾値である30°を超えた5回分の動作について平均値と標準偏差を示した。膝関節についてはマスタ膝関節屈曲時間と時間遅れの比は、ばらつきはあるものの約1倍となっていることから、大まかな動作は実現できていると考えられる。時間遅れはマスタ角度とエンコーダによるスレーブ角度の屈曲開始時間の差として求めた。
入力に対するスレーブの最大屈曲角度比は、股関節では、ほぼ1であるため、遅い入力であったこともあり高い追従結果が得られた。膝関節では、股関節に比べると0.9程度であるため劣るが、入力に追従できていると考えられる。これは、膝関節に与えた遊びの10°が影響していると考えられる。
【0042】
本発明では、片麻痺患者の歩行訓練に焦点を当て、健常者に近い歩容、かつ個人に合った歩容での歩行訓練を可能とするため、健側下肢関節角度情報を基にして患側下肢関節を駆動させる健側情報フィードバック型歩行補助装具の開発を行った結果、遊びを制限するためにスレーブの膝関節機構部を修正し、ステップ応答実験より片麻痺者の歩行では十分な応答速度を有することが示唆された。
また、マスタの股・膝関節の動作に対してスレーブを追従させることによって、マスタ側の動作周期の変化がスレーブ側で再現可能であることを確認した。
また、屈曲中に取得した屈曲時間と最大角度の情報を基にして、マスタ膝関節の伸展後にスレーブの各関節を屈曲・伸展させる手法を開発した。この手法により、健側の歩行周期に対応して時間遅れを調整することが可能であることを確認した。
【0043】
以上のことから、時間遅れを調整可能な健側情報フィードバック型歩行補助装具の実現を確認することができた。
今後は、過去の健側の関節角度変化と近い動作指令の生成方法を開発し、スレーブ動作の時間遅れを調整する方法の健常者による評価実験を行う必要がある。具体的には、時間遅れが歩行を妨げていないか、歩行周期の変動は通常の歩行との差異がないかなどの点に焦点を当てて調査をしていく必要がある。
さらに、廃用症候群予防やQOL向上のため、健康・体力の向上を支援する装置に拡張することも考えられる。具体的には、体重を免荷し、トレッドミルを使用して歩行から6.0km/s程度までの走行時の下肢関節の動作が可能なシステムを構築することが考えられる。その場合には、膝関節を接地の瞬間から垂直の位置まで支持脚の膝が曲がる機構に修正すること、転倒を防止し、体を支えるための免荷装置をシステムに取り入れることが必要となると考えられる。また、装具は椅子に腰かけて装着することになるが、起立時に必要な各関節の可動域として、股関節120°、膝関節100°程度が必要であると考えられる。
【0044】
次に、本発明の他の実施例による健側情報フィードバック型歩行補助装置について説明する。
図31は本発明の他の実施例による健側情報フィードバック型歩行補助装具の外観図である。
本実施例では、空気圧駆動による健側情報フィードバック型歩行補助装置を使用した。図に示すように、体幹付き長下肢装具を基本とし、動力にMcKibben型アクチュエータを4本使用した。
なお、動力にMcKibben型アクチュエータを用いた機構とした点以外は、上記実施例と同様である。すなわち、本実施例においても、健側をマスタ、患側をスレーブとするマスタスレーブ型健側フィードバック型歩行補助装置である。
【0045】
本実施例は、マスタスレーブ型であることから、自発的な運動が必要かつ左右脚振り出しにおける位相差を歩行速度に応じて決定する必要があるのでリアルタイム性は重視せず、ある時間遅れ要素を持つフィードバック制御系が望ましい。よって、自発的な運動によってもたらされる健側の関節角度情報をある一定時間の遅れを持ったフィードバック制御をする機能を持たせている。自発的な運動を誘起し、訓練を行うことでヒトの神経制御系を積極的に動員することが可能になる。現段階では、PCを使用した開回路によって作動している。
McKibben型アクチュエータは収縮運動を行う空気圧アクチュエータとしてよく知られており、空気圧式人工筋肉とも呼ばれている。このアクチュエータは、軽量で出力密度が高く、出力が大きい。また、漏れが発生した場合にも、引火・感電・汚染の危険性がない。また、水中で使用可能であるなど、耐環境性に優れている。また、柔軟性があり、人間の筋特性と同様の特性を持っている。更に、材料費が安価である。
本発明では、神田通信工業社製のアクチュエータを使用する。
【0046】
ここで、アクチュエータへの供給圧力の算出について説明する。
図32は、角度変数θにおけるアクチュエータの長さ計算を説明する図である。本システムでは、患側の関節角度を出力変数とした位置制御を達成する。アクチュエータは、供給圧力によって収縮率が変化する。図に示すアクチュエータ長Lは、供給圧力の関数と見なされ、Lは関節角度とリンクとの幾何学的な配置によって、次式(式4)によって決定される。
【0047】
【数2】

・・・(式4)

【0048】
a、b、c、dをリンク長、Lをアクチュエータ長とする。これを使用して、任意の角度になるような電圧値を入力することで、入力の角度と同一角度を再現する。
【0049】
次に、実験モデルについて説明する。
図33は実験モデルの外観である。
本発明では、片麻痺者を対象としており、今回は健側の股関節角度の代わりに入力器から入力角度を与え、患側の股関節角度を実験モデルとする。実験モデルは、先行研究で使用した装具を基に、股関節を模倣した1自由度である。仕様は、アクチュエータとして、φ30mm、L=430mm、ポテンショメータとして10kΩ、部材にはアルミニウムを使用している。
実験モデルは、アクチュエータを両側に備え、ワイヤーが取り付けられている。実験モデルの可動範囲は式4を使用して導出した結果、±45°である。
実験モデルは、その回転中心を回転軸の中心(関節軸)として、屈曲・伸展運動を行う。回転軸に取り付けたポテンショメータによって動作角度を取得する。
【0050】
図34に実験モデルのシステム構成図を示す。
実験モデルは、組み込み制御であることからPC35を使用しない構成である。
健側ポテンショメータから得られた情報は組み込み系を介して、レギュレータで圧縮空気を調整し、実験モデルに配置したアクチュエータに空気が供給され、アクチュエータを作動させる流れになっている。
入出力の動作角度は各ポテンショメータから得る。
【0051】
次に、制御プログラムについて説明する。
本システムが健側の角度情報を患側の指令値としてフィードバックすることから、歩行運動特有の左右脚間における時間差(位相差)が必要となる。そこで、健側からの角度入力に対し、1.0秒間の時間遅れを生じるようアルゴリズムを構築する。また、出力に1.0秒の時間遅れをPICマイコンによって作製する。1.0秒間の時間遅れは、健常者の歩行であれば、時速2、0km/hの歩行運動に相当する。時速2、0km/hは歩行訓練において十分な速さであると言える。
実験モデルの関節角度を動作させるためには、2本のアクチュエータと2つのサーボバルブが必要である。これらは人間の筋特性と同様である主動筋・拮抗筋に相当する。
本発明は、閾値制御により主導・拮抗の動作を再現させるものである。図35に入出力波形を示す。
入力電圧に対して閾値を2.5Vとして、出力電圧を入力電圧の2.5V以上と以下での2つに分割する。このときに2.5V以下の電圧波形は反転して出力を行う。2つに分割することで、主動動作と拮抗動作を作成する。
なお、本実施例では、片麻痺患者に対する装置として説明したが、健側が軽負荷、患側が重負荷となる作業者に対するアシスト方法として本装置を用いることもできる。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明は、片麻痺患者に対して用いることができるが、一方の下肢に大きな負担が加わる作業者に対するアシスト装置にも用いることができる。
【符号の説明】
【0053】
10 マスタ機構
20 スレーブ機構
11A 股関節用角度検出器(ポテンショメータ)
11B 膝関節用角度検出器(ポテンショメータ)
20A スレーブ股関節機構部
20B スレーブ膝関節機構部
21A 駆動源(DCモータ)
21B 駆動源(DCモータ)
22A 駆動機構(ボールねじとL型リンク)
22B 駆動機構(ボールねじとL型リンク)
31 リニアサーボコントローラ
32A、32B エンコーダ
33 パルスカウンタボード
34 AD/DAボード

【特許請求の範囲】
【請求項1】
健側としてのマスタ機構と、患側としてのスレーブ機構とを有し、
前記マスタ機構には、股関節部に取り付けられた股関節用角度検出器と膝関節部に取り付けられた膝関節用角度検出器とを備え、
前記スレーブ機構は、股関節部を駆動するスレーブ股関節機構部と、膝関節部を駆動するスレーブ膝関節機構部とから構成され、
前記スレーブ股関節機構部及び前記スレーブ膝関節機構部は、それぞれ駆動源及び駆動機構を備えた健側情報フィードバック型歩行補助装置であって、
屈曲と伸展とを判断する閾値をあらかじめ設定し、
前記膝関節用角度検出器で検出した膝関節角度が前記閾値を下回った時刻から、所定の位相だけ遅らせて前記スレーブ機構の前記駆動源を動作させて屈曲を開始させることを特徴とする健側情報フィードバック型歩行補助装置。
【請求項2】
前記閾値を越えている時間を屈曲時間として、前記膝関節用角度検出器で検出する膝関節角度から前記屈曲時間を取得し、
前記屈曲時間と、前記股関節部及び前記膝関節部の最大角度とから前記スレーブ機構を動作させる角速度を決定し、前記膝関節角度が前記閾値を下回った後に前記スレーブ機構をフィードバック制御で屈曲・伸展させることを特徴とする請求項1に記載の健側情報フィードバック型歩行補助装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【図35】
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【公開番号】特開2013−13579(P2013−13579A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−148686(P2011−148686)
【出願日】平成23年7月4日(2011.7.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人日本機械学会が2011年(平成23年)1月7日に発行した、第23回バイオエンジニアリング講演論文集にて発表
【出願人】(504165591)国立大学法人岩手大学 (222)
【Fターム(参考)】