光スイッチ
【目的】 交差部の屈折率または透過率を高速かつ低電圧で変化させることができる光スイッチを提供する。
【構成】 基板1上の複数の光導波路の交差部40に、歪量子井戸層を複数層積層した多重歪量子井戸構造41を形成し、該歪量子井戸層は、格子定数が基板と等しいかわずかに大きい第一の半導体層42と、該第一の半導体層の両面に形成され格子定数が基板より小さい第二の半導体層43と、前記第一及び第二の半導体層により形成された積層体の両面に形成され、格子定数が基板と等しい第三の半導体層8とを備えている。
【構成】 基板1上の複数の光導波路の交差部40に、歪量子井戸層を複数層積層した多重歪量子井戸構造41を形成し、該歪量子井戸層は、格子定数が基板と等しいかわずかに大きい第一の半導体層42と、該第一の半導体層の両面に形成され格子定数が基板より小さい第二の半導体層43と、前記第一及び第二の半導体層により形成された積層体の両面に形成され、格子定数が基板と等しい第三の半導体層8とを備えている。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】この発明は、光通信、光情報処理分野における光信号の光スイッチに係り、特に多重歪量子井戸構造の半導体多層薄膜を用いた光スイッチに関するものである。
【0002】
【従来の技術】半導体極薄膜の両側を、エネルギーギャップの大きな別の半導体ではさんだ量子井戸構造は、通常のバルク半導体には見られない様々な新しい性質を有しており、光デバイスへの応用が期待されている。例えば、量子井戸構造に電界を印加したときに、量子閉じこめシュタルク効果(Quantum Confined Stark Effect 、以下QCSEと呼ぶ)によって引き起こされる屈折率変化は通常のバルク半導体に比べてかなり大きいことが理論及び実験により示されており、この効果を利用した光スイッチは、小型かつ高速動作が期待されるため、実用化を目指した研究が活発に行なわれている。
【0003】図6は、例えば「固体物理」24巻 11号(1989)pp158〜164に示された従来の2×2光マトリクススイッチの構成図であり、図6において、1はInP基板、2はInGaAsP光ガイド層、3はInPクラッド層、4,5は電極、6,6aおよび6bは光入出射口、7はInGaAsP/InP多重量子井戸構造、8は多重量子井戸構造7を構成するInPバリア層、9はInPバリア層8により上下から囲まれたInGaAsP井戸層である。図7は多重量子井戸構造7のバンドダイアグラムである。図7において、(a)は無電界時、(b)に電界E印加時のものである。なおInGaAsP井戸層9の組成はInPバリア層8に格子整合している。
【0004】図6における光導波路はリッジ型光導波路と呼ばれ、入射光は主として、InGaAsP光ガイド層2の部分を進行する。同図において、2本の光導波路は適当な交差角で交差しており、交差部10にInGaAsP/InP多重量子井戸構造7が形成されている。入射光は入射口6から上記交差部に入り、出射口6aまたは6bから出射される。
【0005】次に動作について説明する。光の伝搬行路は以下のようにして切り換えることができる。すなわち多重量子井戸構造7に部分的に適当な電圧を加えると、電圧の加わった部分は屈折率が低下するので、導波光はその界面で全反射を起こし出射口6bから出射される。多重量子井戸構造7に電界を印加しない時は、光の全反射条件が満たされないので入射光は出射口6aから出射される。
【0006】次に、印加電界の制御により多重量子井戸構造7の屈折率が変化することを説明する。無電界時には、図7(a)に示すように、伝導帯の電子及び価電子帯のホールの各準位に伴う波動関数は、井戸の中心に関して対称である。ここで図7(b)の矢印のように、井戸層面に垂直な電界Eを印加すると、伝導帯の波動関数は中心より左側に、価電子帯の波動関数は中心より右側に移動する。
【0007】波動関数が変形する結果として、準位間の光学遷移に関与する振動子強度は変化する。その変化は、(1)式に示すような行列要素Mijを計算することで、見積ることができる。但し、(1)式において、Fie(z)は電子のi番目のサブバンドの波動関数、Fjh(z)はホールのj番目のサブバンドの波動関数である。
【0008】
【数1】
【0009】またこの時、伝導帯の量子化準位が低下し、価電子帯の量子化準位が上昇するので、印加電界強度の増大と共に、実効エネルギーギャップは減少する。従って入射光に対する吸収係数のピーク波長は、低エネルギー側にシフトする。このような実効エネルギーギャップ及び振動子強度の変化の結果、光吸収係数の波長依存性が変化する。
【0010】上記のような井戸面内の自由キャリアの準位間遷移の他に、励起子に関連した光学遷移をも考える必要がある。電界印加時には、図7(b)のように励起子を構成している電子とホールは分極するので、両者の間に働くクーロン引力が低下する。したがって、励起子の結合エネルギーは減少し、井戸面内でのボーア半径が増大する。その結果、さきに説明した振動子強度の変化はさらに助長される。また量子井戸内では、100kV/cm程度の強電界のもとでも、励起子は安定に存在し得る。従って、電界印加時にも、励起子の吸収スペクトル形状そのものは大きく変化せず、そのピーク波長が低エネルギー側にシフトするだけであるため、特に励起子の吸収波長付近では電界の有無により吸収係数は大きく変化する。
【0011】一方、屈折率と吸収係数の間には、クラマース・クローニッヒの関係があるので、多重量子井戸構造7に適当な電界を印加することにより、吸収係数が変化すると、特定の波長を持つ入射光に対して屈折率を同時に変化させることができる。
【0012】例えば、入射光の波長が1500nm、印加電界が100kV/cmのとき、屈折率変化はおよそ1%である。このとき、2本の光導波路の交差角を3°以下になるように設計しておくと、入射口6から入射した光に対して、交差部10において全反射条件が満たされて、入射光は出射口6bから出射される。このように多重量子井戸構造7の印加電界を制御することにより、入射光のスイッチングを行なうことができる。
【0013】一方、入射光に対する光透過率を変化させて光のスイッチングを行なうp−i−nダイオード構造のSEED型光スイッチも提案されている。
【0014】図8は、例えば雑誌アイ・イー・イー・イー・ジャーナル オブ クオンタムエレクトロニクスの1989年、第21巻、9号、pp1462−1476(IEEE JOURNAL OF QUANTUM ELECTRONICS, VOL. QE-21, NO.9, 1989, pp1462-1476)に示された従来のSEED(self-electro-optic device)型光スイッチの断面側面図である。図8において、13は定電圧電源、14は外部抵抗、15はp−AIGaAs層、16は光吸収層(i層)、17は多重量子井戸構造、18はAlGaAsバリア層、19はGaAs井戸層、20はn−AlGaAs層、21は入力光、22は出力光である。
【0015】次に動作について説明する。SEED型光スイッチには様々な動作モードがあり、それぞれ応用が考えられているが、ここでは入力光強度に対する出力光の光双安定動作について説明する。量子井戸内のn=1の重い正孔の励起子の吸収ピーク波長よりやや長波長側の入射光をデバイスに照射したときの光電流と逆バイアス電圧の関係について述べる。逆バイアス電圧を増大させると、量子井戸層にかかる電界が増加し、励起子吸収ピーク波長は長波長側に移動する。n=1の重い正孔の励起子の吸収ピーク波長が入力波長と一致すると、入力光21は図8のGaAs井戸層19で大きな吸収を受け、外部回路に大きな光電流が流れる。さらに逆バイアス電圧を増大させると、n=1の重い正孔の励起子の吸収ピーク波長が長波長側に移動し、入力光21の吸収が減少するので光電流の吸収も減少する。続いてさらに逆バイアス電圧を増大させると、n=1の軽い正孔の励起子の吸収ピーク波長が入力波長と一致するので、入力光21は図8のGaAs井戸層19で大きな吸収を受け、再び外部回路に大きな光電流が流れる。以上の結果を総合すると光電流と逆バイアス電圧の関係は図9(a)の曲線24で与えられる。
【0016】従って入力光の強度を一定とすると、外部負荷直線は直線23で与えられるので、動作点は25,26,27となる。この内で安定な動作点は25,27だけである。同様にして入力光21の強度を変化させた時の動作点の位置を調べることにより、図9(b)に示したような光入力に対する、光出力の光双安定動作が理解できる。このようにSEED型光スイッチは、負荷の電流電圧特性に対して、入力光21の強度を変えることによってスイッチングを行うことができる。
【0017】一方、SEED型光スイッチのように、逆バイアスされた量子井戸構造を持つ素子は基本的にはキャパシタとして働く。従って充電に要する時間は入力光強度と逆比例の関係にある。しかしキャリアが量子井戸から出ていく速さは有限であるため、量子井戸内部にキャリアの蓄積が起こり、その結果、あるキャリアの蓄積レベルで励起子が飽和して吸収ピークの、励起子に起因した急峻性が損なわれる。したがって、量子井戸構造の吸収率の変化を光のスイッチングに用いる上で入力光強度に上限があった。
【0018】上記の問題点を解決するためには、量子井戸のバリアを低くして、キャリアの脱離を促進すればよい。このような考えに基づいた試みとして、例えば1990年発行の雑誌アプライド・フィジックス・レターズ57巻、24号のpp2582−2584(Applied Physics Letters, vol. 57, No.24, 1990, pp2582-2584)に示されているように、GaAs/AlGaAs系材料でAlの組成x(従ってGaの組成l−x)が0.02から0.06のバリアの低い量子井戸を用いて、SEED型光スイッチを構成した例がある。
【0019】以下、図を用いてその構成を簡単に説明する。図10において、28はGaAsキャップ層、29はn−GaAs基板、30は電極、31は50周期の量子井戸層、32はAlの組成xが0.02から0.06のAlGaAsバリア層である。入力光21は図10のようにGaAsキャップ層28を通過してAlGaAsバリア層32とGaAs井戸層19からなる50周期の量子井戸層31に入射し、素子の逆バイアス電圧の値に応じた吸収を受けた後に、n−AlGaAs層20を透過して図10の下方に出射する。この時n−GaAs基板29によって出力光22が吸収されないように、n−AlGaAs層20に達するまでn−GaAs基板29をエッチングで除去する必要がある。なお簡単のため図8R>8では省略したが、実際の素子の作製プロセスにおいては、同様にGaAs基板をエッチングで除去する必要がある。
【0020】次に動作について説明する。図11はAlの組成xが0.02のAlGaAsバリア層32を含み、従ってGaAs井戸層19に対する全バンドオフセットが室温の熱エネルギーと同程度の、量子井戸層を有するサンプルに対する、入力光の透過率の波長依存性を表す。図11において、33と34は各々、逆バイアス電圧0Vと−2Vにおける入力光の透過率の波長依存性を表す曲線である。逆バイアス電圧0Vにおいては、曲線33のように強い励起子吸収が見られる。電場をかけると励起子は容易にイオン化し、吸収ピーク波長が長波長側に移動し、逆バイアス電圧−2Vでは励起子の吸収ピークがほとんど見られなくなる。数値例として、逆バイアス電圧を1Vから−3Vまで変化させると、透過率は29%から47%まで変化する。
【0021】このように量子井戸のバリアを低くすることにより、入力光の飽和強度が大きく、小さなバイアス電圧で大きな透過率変化を得られるSEED型光スイッチを構成することができる。
【0022】
【発明が解決しようとする課題】従来の2×2光マトリクススイッチは以上のように構成されているので、大きな屈折率変化を得るためには大きな電圧を電極4,5間に印加する必要があり、消費電力が大きくなるなどの問題点があった。また、従来のSEED型光スイッチは以上のように構成されているので、入力光に対する大きな吸収係数の変化を得るためには電極30,30a間の印加電圧を大きくする必要があり、消費電力が大きくなるなどの問題点があった。
【0023】この発明は上記のような問題点を解消するためになされたもので、交差部の屈折率または透過率を高速かつ低電圧で変化させることができ、したがって、低電圧で動作させることができ、消費電力を小さくすることができる光スイッチを提供することを目的とする。
【0024】
【課題を解決するための手段】請求項1の発明に係る光スイッチは、基板上に形成された複数の光導波路の交差部に部分的に電界を印加することにより、該交差部の屈折率を変化させ、該交差部により入射光を全反射させて光の伝搬する行路を切り換える全反射型の光スイッチであり、前記交差部に、歪量子井戸層を複数層積層した多重歪量子井戸構造を形成し、前記歪量子井戸層は、格子定数が前記基板の格子定数と等しいかまたはわずかに大きいとした1つ以上の第一の半導体層と、該第一の半導体層の両面に形成され、格子定数が前記基板の格子定数より小さく、かつバンドギャップが前記基板のバンドギャップより小さい第二の半導体層と、前記第一及び第二の半導体層により形成された積層体の両面に形成され、その格子定数が前記基板の格子定数と等しい第三の半導体層と、を備えたものである。
【0025】請求項2の発明に係る光スイッチは、前記第二の半導体層の格子定数を、該第二の半導体層の価電子帯頂上のエネルギー準位が前記第一の半導体層の価電子帯頂上のエネルギー準位と等しいかまたは同程度のエネルギー準位となるように設定し、かつ、前記第一の半導体層と第二の半導体層のそれぞれの伝導体のバンドギャップの差を、電界印加時に電子の波動関数が前記第二の半導体層にしみ出すことが可能な程度に十分小さく設定したものである。
【0026】請求項3の発明に係る光スイッチは、前記第三の半導体層の格子定数を前記第二の半導体層の格子定数より小さく、かつ、この第三の半導体層のバンドギャップを前記基板のバンドギャップより小さく設定したものである。
【0027】請求項4の発明に係る光スイッチは、真性層に量子井戸構造を含むp−i−n構造を有し、前記量子井戸構造に電界を印加することにより該量子井戸構造の入射光に対する光透過率を変化させ光のスイッチングを行なうSEED型の光スイッチであり、前記量子井戸構造を請求項3記載の多重歪量子井戸構造としたものである。
【0028】
【作用】請求項1の発明における光スイッチは、前記交差部に、第一ないし第三の半導体層により構成される多重歪量子井戸構造を形成することにより、歪量子井戸内にある電子が空間的に閉じ込められている領域より、正孔が空間的に閉じ込められている領域の方が広くなり、低い電界を印加した時にも十分な屈折率変化が生じ、低電圧での動作が可能となり、消費電力を小さくする。
【0029】請求項2の発明における光スイッチは、伝導体のバンドギャップの差を、電界印加時に電子の波動関数が第二の半導体層にしみ出すことが可能な程度に十分小さく設定したことにより、電子の波動関数が歪バリア層である第二の半導体層に容易に大きくしみ出し、低い電界を印加した時にも十分な屈折率変化が生じ、より低い電圧での動作が可能となり、消費電力をさらに小さくする。
【0030】請求項3の発明における光スイッチは、前記第三の半導体層の格子定数を第二の半導体層の格子定数より小さく、かつ、そのバンドギャップを前記基板のバンドギャップより小さく設定したことにより、屈折率変化がさらに大きくなり、より低い電圧での動作が可能となり、消費電力をさらに小さくする。
【0031】請求項4の発明における光スイッチは、前記量子井戸構造を請求項3記載の多重歪量子井戸構造としたことにより、該多重歪量子井戸構造の透過光強度が大きく変化し、低電圧での動作が可能となり、消費電力を小さくする。
【0032】
【実施例】
実施例1.以下、この発明の一実施例を図について説明する。図1は2×2光マトリクススイッチの構成図である。図において、1はInp(基板)、2はInGaAsP光ガイド層(光導波路)、3はInPクラッド層(光導波路)、41はInP基板と光ガイド層2およびクラッド層3で構成された2本の光導波路の交差部40に形成されたInGaAs/InP多重歪量子井戸構造、42は多重歪量子井戸構造41を構成するInGaAs井戸層(第一の半導体層)、43はInGaAs歪バリア層(第二の半導体層)、8はInPバリア層(第三の半導体層)、4,5は電極6,6aおよび6bは光入出射口である。また、図2は多重歪量子井戸構造41のバンドダイヤグラムであり、図2において、(a)は無電界時、(b)は電界印加時のものである。なおInGaAsP層の組成はInPに格子整合している。
【0033】次に動作について説明する。まずInGaAs歪バリア層43のInの組成x(したがってGaの組成 1−x)について述べる。InPとこれに格子整合するInGaAsの価電子帯では、ガンマ点においてヘビーホール準位とライトホール準位が縮退している。いまこれら結晶薄膜の(001)面内に二軸性の引っ張り応力が加わると、ガンマ点においてライトホール準位はヘビーホール準位に比べて高エネルギー側にシフトする。
【0034】InGaAs/InP多重歪量子井戸構造41では、InGaAs歪バリア層43にのみ歪が加わるようにすることができる。これにより、InGaAs井戸層42の価電子帯のガンマ点におけるヘビーホール準位およびライトホール準位と、InGaAs歪バリア層43のライトホール準位を等しくさせることができる。なおInGaAs井戸層42のヘビーホール準位とライトホール準位が量子井戸構造にも関わらず縮退するのは、InGaAs歪バリア層43のライトホール準位がエネルギー的に近づくことにより、InGaAs井戸層42のホールを閉じこめるポテンシャルバリアがなくなるためである。
【0035】このような系の候補として例えばInGaAs歪バリア層43のInの組成xをInPに格子整合する値である0.53よりも小さくするとよい。InGaAs井戸層42のInの組成xは0.53に等しいか、わずかに大きくする。この場合InGaAs歪バリア層43の格子定数はInGaAs井戸層42やInPバリア層8の格子定数よりも小さくなるため、InGaAs歪バリア層43には界面に平行方向に引っ張り応力を受ける。InPバリア層8で挟まれたInGaAs井戸層42とInGaAs歪バリア層43のトータルの厚みは、界面での格子不整合によりミスフィット転位が生じる臨界膜厚よりも小さくなるように選ぶものとする。従って上で説明した状況がこの系について成立する。
【0036】次に、多重歪量子井戸構造41に電界を印加することにより、この部分の屈折率変化を起こさせるメカニズムについて図2に基づき説明する。図2において、InGaAs井戸層42及びInGaAs歪バリア層43からなり、InPバリア層8で挟まれている部分(以下、簡単のためにこの部分を歪多層井戸と呼ぶ)の膜厚はホールに対する量子井戸としての2次元的な閉じ込めが成立し、かつミスフィット転位が生じる臨界膜厚よりも小さくなる程度に設定されている。図2では井戸数が2の場合の具体例について示したが上記条件が満たされていれば井戸数が異なる場合においても当然成立する。図2(a)に示したように無電界時には電子はInGaAs井戸層42に、ホールは歪多層井戸全体に閉じこめられている。電界を印加すると、図2(b)に示すように電子の波動関数は、InGaAs歪バリア層43へ容易に滲み出す。その結果励起子はイオン化し、無電界時と比較すると入射光に対する屈折率は大きく変化する。屈折率変化を入射光の行路切り替えに用いるのは従来例と同様であるが、以下の点で本実施例は従来例と比較して優れた特性を有する。
【0037】式(1)からわかるように、伝導帯と価電子帯の量子化準位間の光学的遷移の振動子強度は、電子とホールの波動関数の重なり積分に比例する。電界により電子とホールは互いに逆方向に変位するので、この波動関数の重なり積分の値は、電子とホールの波動関数の変位量が大きいほど小さくなる傾向を示す。従来例における多重量子井戸構造7では、図7に示すように電界が印加されたとき、電子とホールは同じ量子井戸内で互いに逆方向に変位する。一方、本実施例における多重歪量子井戸構造41では、図2に示すように電界が印加されたとき、電子の波動関数はINGaAs井戸層42からInGaAs歪バリア層43に大きくしみだし、又ホールの波動関数は、ホールに対するポテンシャルバリアがないためにInGaAs歪バリア層43まで電子とは反対方向に変位することができる。従って波動関数の重なり積分の値は、従来例と比べて、より小さな印加電界で大きく変化し、励起子もイオン化するので大きな屈折率変化が得られることになる。
【0038】実施例2.上記実施例1では、多重歪量子井戸構造41において、複数のInGaAs井戸層42及びInGaAs歪バリア層43により構成される歪多層井戸が、InPバリア層8で挟まれている場合について示したが、図3に示すようにInPバリア層8の代わりにIn組成0.52でInP基板に格子整合するIn0.52Al0.48Asバリア層(第三の半導体層)51で挟まれる多重歪量子井戸構造52の場合にも同様な効果がある。この構造では、多重歪量子井戸構造52を結晶成長させる際に、上記実施例1ではAsとPの二種類の5族元素が必要となるのに対して、本実施例では一種類の5族元素Asだけが必要なので、ヘテロ界面での5族元素の切り替えを行なう必要がなくなり、より容易である。
【0039】実施例3.上記実施例2では、InGaAsの歪多層井戸をIn0.52Al0.48Asバリア層51で挟まれる場合について示したが、図4に示すようにInGaAsだけで構成される多重歪量子井戸構造61の場合にも同様な効果がある。この構造は、上記歪多層井戸が、InAlAsバリア層51の代わりに、In組成y(従ってGa組成1−y)がInGaAs歪バリア層43のIn組成xよりもさらに小さい、別のInGaAs歪バリア層(第三の半導体層)62によって挟まれたもので、実施例1で説明したバンドギャップに対する歪の効果を引き出すためには、歪多層井戸の膜厚を転位の発生が起こり始める臨界膜厚以下に設定すべきことはいうまでもない。この場合にも上記と同様に一種類の5族元素Asだけを用いて多重歪量子井戸構造61を結晶成長をさせることが可能なので、ヘテロ界面での5族元素の切り替えが不要な点が利点である。
【0040】実施例4.上記実施例3で説明したInGaAsだけで多重歪量子井戸構造61を構成した場合には、実施例1で説明した全反射型スイッチだけでなく、透過型の光スイッチを構成することが可能となる。以下、本実施例を図にしたがって簡単に説明する。図5において、71はp−InGaAsPキャップ層、72はp−InP層、73はn−InP層、74はn−InP基板である。この実施例では実施例3で説明したInGaAs多重歪量子井戸構造61が光吸収層として素子中に図5のように作り込まれている。
【0041】次に動作について説明する。図4において、(a)は無電界時のバンドダイアグラムである。電界を印加すると、(b)に示すようにInGaAs井戸層42に閉じこめられた電子の波動関数はInGaAs歪バリア層43に大きくしみだし、一方ホールの波動関数は電子と反対方向にInGaAs歪バリア層43まで大きくしみだして、励起子はイオン化する。従って、実施例1で説明したように無電界時と有電界時では、InGaAs井戸層42、InGaAs歪バリア層43,62からなる多重歪量子井戸部分の、入力光に対する大きな吸収係数の変化が起こり、透過光強度が大きく変化するので入力光21のスイッチングが可能となる。
【0042】このように本実施例では、InP系材料で、InGaAs多重歪量子井戸構造61を用いて透過型の光スイッチを構成したので、低電圧で動作が可能であり、かつInP基板は入力光に対して透明であるために、GaAs系材料による従来例と比較すると基板をエッチングする必要がなく、素子作製プロセスが簡単になるという効果がある。
【0043】
【発明の効果】以上のように、請求項1の発明によれば、前記交差部に歪量子井戸層を複数層積層した多重歪量子井戸構造を形成するように構成したので、低い電界を印加した場合においても十分な屈折率変化を生じさせることができ、したがって、低電圧で動作させることができ、消費電力を小さくする効果がある。
【0044】また、請求項2の発明によれば、伝導体のバンドギャップの差を、電界印加時に電子の波動関数が第二の半導体層にしみ出すことが可能な程度に十分小さく設定するように構成したので、該波動関数を第二の半導体層に容易に大きくしみ出させることができ、したがって、より低電圧で動作させることができ、消費電力をさらに小さくする効果がある。
【0045】また、請求項3の発明によれば、前記第三の半導体層の格子定数を第二の半導体層の格子定数より小さく、かつ、そのバンドギャップを前記基板のバンドギャップより小さく設定するように構成したので、交差部の屈折率変化をさらに大きくすることができ、したがって、より低電圧で動作させることができ、消費電力をさらに小さくする効果がある。
【0046】また、請求項4の発明によれば、前記量子井戸構造を請求項3記載の多重歪量子井戸構造とするように構成したので、素子の透過光強度を大きく変化させることができ、したがって、低電圧で動作させることができ、消費電力をさらに小さくする効果がある。
【図面の簡単な説明】
【図1】この発明の一実施例による全反射型光スイッチを示す斜視図である。
【図2】この発明の一実施例による光スイッチの動作原理を説明するための歪量子井戸層のバンドダイアグラムを示す図である。
【図3】この発明の他の実施例における歪量子井戸層のバンドダイアグラムを示す図である。
【図4】この発明の他の実施例における歪量子井戸層のバンドダイアグラムを示す図である。
【図5】この発明の一実施例による透過型光スイッチの構成を示す断面側面図である。
【図6】従来の全反射型光スイッチを示す斜視図である。
【図7】従来の光スイッチの動作原理を説明するための量子井戸層のバンドダイアグラムを示す図である。
【図8】従来のSEEDの構成を示す断面側面図である。
【図9】従来のSEEDの動作原理および特性を示す説明図である。
【図10】従来の(AlGaAs/GaAs系での)改良型SEEDの構成を示す断面側面図である。
【図11】従来の改良型SEEDの透過率の波長依存性を示す図である。
【符号の説明】
1 InP基板(基板)
2 InGaAsP光ガイド層(光導波路)
3 InPクラッド層(光導波路)
8 InPバリア層(第三の半導体層)
40 交差部
41 InGaAs/InP多重歪量子井戸構造(多重歪量子井戸構造)
42 InGaAs井戸層(第一の半導体層)
43 InGaAs歪バリア層(第二の半導体層)
51 In0.52Al0.48Asバリア層(第三の半導体層)
52 多重歪量子井戸構造
61 多重歪量子井戸構造
62 InGaAs歪バリア層(第三の半導体層)
71 p−InGaAsPキャップ層
72 p−InP層
73 n−InP層
74 n−InP基板
【0001】
【産業上の利用分野】この発明は、光通信、光情報処理分野における光信号の光スイッチに係り、特に多重歪量子井戸構造の半導体多層薄膜を用いた光スイッチに関するものである。
【0002】
【従来の技術】半導体極薄膜の両側を、エネルギーギャップの大きな別の半導体ではさんだ量子井戸構造は、通常のバルク半導体には見られない様々な新しい性質を有しており、光デバイスへの応用が期待されている。例えば、量子井戸構造に電界を印加したときに、量子閉じこめシュタルク効果(Quantum Confined Stark Effect 、以下QCSEと呼ぶ)によって引き起こされる屈折率変化は通常のバルク半導体に比べてかなり大きいことが理論及び実験により示されており、この効果を利用した光スイッチは、小型かつ高速動作が期待されるため、実用化を目指した研究が活発に行なわれている。
【0003】図6は、例えば「固体物理」24巻 11号(1989)pp158〜164に示された従来の2×2光マトリクススイッチの構成図であり、図6において、1はInP基板、2はInGaAsP光ガイド層、3はInPクラッド層、4,5は電極、6,6aおよび6bは光入出射口、7はInGaAsP/InP多重量子井戸構造、8は多重量子井戸構造7を構成するInPバリア層、9はInPバリア層8により上下から囲まれたInGaAsP井戸層である。図7は多重量子井戸構造7のバンドダイアグラムである。図7において、(a)は無電界時、(b)に電界E印加時のものである。なおInGaAsP井戸層9の組成はInPバリア層8に格子整合している。
【0004】図6における光導波路はリッジ型光導波路と呼ばれ、入射光は主として、InGaAsP光ガイド層2の部分を進行する。同図において、2本の光導波路は適当な交差角で交差しており、交差部10にInGaAsP/InP多重量子井戸構造7が形成されている。入射光は入射口6から上記交差部に入り、出射口6aまたは6bから出射される。
【0005】次に動作について説明する。光の伝搬行路は以下のようにして切り換えることができる。すなわち多重量子井戸構造7に部分的に適当な電圧を加えると、電圧の加わった部分は屈折率が低下するので、導波光はその界面で全反射を起こし出射口6bから出射される。多重量子井戸構造7に電界を印加しない時は、光の全反射条件が満たされないので入射光は出射口6aから出射される。
【0006】次に、印加電界の制御により多重量子井戸構造7の屈折率が変化することを説明する。無電界時には、図7(a)に示すように、伝導帯の電子及び価電子帯のホールの各準位に伴う波動関数は、井戸の中心に関して対称である。ここで図7(b)の矢印のように、井戸層面に垂直な電界Eを印加すると、伝導帯の波動関数は中心より左側に、価電子帯の波動関数は中心より右側に移動する。
【0007】波動関数が変形する結果として、準位間の光学遷移に関与する振動子強度は変化する。その変化は、(1)式に示すような行列要素Mijを計算することで、見積ることができる。但し、(1)式において、Fie(z)は電子のi番目のサブバンドの波動関数、Fjh(z)はホールのj番目のサブバンドの波動関数である。
【0008】
【数1】
【0009】またこの時、伝導帯の量子化準位が低下し、価電子帯の量子化準位が上昇するので、印加電界強度の増大と共に、実効エネルギーギャップは減少する。従って入射光に対する吸収係数のピーク波長は、低エネルギー側にシフトする。このような実効エネルギーギャップ及び振動子強度の変化の結果、光吸収係数の波長依存性が変化する。
【0010】上記のような井戸面内の自由キャリアの準位間遷移の他に、励起子に関連した光学遷移をも考える必要がある。電界印加時には、図7(b)のように励起子を構成している電子とホールは分極するので、両者の間に働くクーロン引力が低下する。したがって、励起子の結合エネルギーは減少し、井戸面内でのボーア半径が増大する。その結果、さきに説明した振動子強度の変化はさらに助長される。また量子井戸内では、100kV/cm程度の強電界のもとでも、励起子は安定に存在し得る。従って、電界印加時にも、励起子の吸収スペクトル形状そのものは大きく変化せず、そのピーク波長が低エネルギー側にシフトするだけであるため、特に励起子の吸収波長付近では電界の有無により吸収係数は大きく変化する。
【0011】一方、屈折率と吸収係数の間には、クラマース・クローニッヒの関係があるので、多重量子井戸構造7に適当な電界を印加することにより、吸収係数が変化すると、特定の波長を持つ入射光に対して屈折率を同時に変化させることができる。
【0012】例えば、入射光の波長が1500nm、印加電界が100kV/cmのとき、屈折率変化はおよそ1%である。このとき、2本の光導波路の交差角を3°以下になるように設計しておくと、入射口6から入射した光に対して、交差部10において全反射条件が満たされて、入射光は出射口6bから出射される。このように多重量子井戸構造7の印加電界を制御することにより、入射光のスイッチングを行なうことができる。
【0013】一方、入射光に対する光透過率を変化させて光のスイッチングを行なうp−i−nダイオード構造のSEED型光スイッチも提案されている。
【0014】図8は、例えば雑誌アイ・イー・イー・イー・ジャーナル オブ クオンタムエレクトロニクスの1989年、第21巻、9号、pp1462−1476(IEEE JOURNAL OF QUANTUM ELECTRONICS, VOL. QE-21, NO.9, 1989, pp1462-1476)に示された従来のSEED(self-electro-optic device)型光スイッチの断面側面図である。図8において、13は定電圧電源、14は外部抵抗、15はp−AIGaAs層、16は光吸収層(i層)、17は多重量子井戸構造、18はAlGaAsバリア層、19はGaAs井戸層、20はn−AlGaAs層、21は入力光、22は出力光である。
【0015】次に動作について説明する。SEED型光スイッチには様々な動作モードがあり、それぞれ応用が考えられているが、ここでは入力光強度に対する出力光の光双安定動作について説明する。量子井戸内のn=1の重い正孔の励起子の吸収ピーク波長よりやや長波長側の入射光をデバイスに照射したときの光電流と逆バイアス電圧の関係について述べる。逆バイアス電圧を増大させると、量子井戸層にかかる電界が増加し、励起子吸収ピーク波長は長波長側に移動する。n=1の重い正孔の励起子の吸収ピーク波長が入力波長と一致すると、入力光21は図8のGaAs井戸層19で大きな吸収を受け、外部回路に大きな光電流が流れる。さらに逆バイアス電圧を増大させると、n=1の重い正孔の励起子の吸収ピーク波長が長波長側に移動し、入力光21の吸収が減少するので光電流の吸収も減少する。続いてさらに逆バイアス電圧を増大させると、n=1の軽い正孔の励起子の吸収ピーク波長が入力波長と一致するので、入力光21は図8のGaAs井戸層19で大きな吸収を受け、再び外部回路に大きな光電流が流れる。以上の結果を総合すると光電流と逆バイアス電圧の関係は図9(a)の曲線24で与えられる。
【0016】従って入力光の強度を一定とすると、外部負荷直線は直線23で与えられるので、動作点は25,26,27となる。この内で安定な動作点は25,27だけである。同様にして入力光21の強度を変化させた時の動作点の位置を調べることにより、図9(b)に示したような光入力に対する、光出力の光双安定動作が理解できる。このようにSEED型光スイッチは、負荷の電流電圧特性に対して、入力光21の強度を変えることによってスイッチングを行うことができる。
【0017】一方、SEED型光スイッチのように、逆バイアスされた量子井戸構造を持つ素子は基本的にはキャパシタとして働く。従って充電に要する時間は入力光強度と逆比例の関係にある。しかしキャリアが量子井戸から出ていく速さは有限であるため、量子井戸内部にキャリアの蓄積が起こり、その結果、あるキャリアの蓄積レベルで励起子が飽和して吸収ピークの、励起子に起因した急峻性が損なわれる。したがって、量子井戸構造の吸収率の変化を光のスイッチングに用いる上で入力光強度に上限があった。
【0018】上記の問題点を解決するためには、量子井戸のバリアを低くして、キャリアの脱離を促進すればよい。このような考えに基づいた試みとして、例えば1990年発行の雑誌アプライド・フィジックス・レターズ57巻、24号のpp2582−2584(Applied Physics Letters, vol. 57, No.24, 1990, pp2582-2584)に示されているように、GaAs/AlGaAs系材料でAlの組成x(従ってGaの組成l−x)が0.02から0.06のバリアの低い量子井戸を用いて、SEED型光スイッチを構成した例がある。
【0019】以下、図を用いてその構成を簡単に説明する。図10において、28はGaAsキャップ層、29はn−GaAs基板、30は電極、31は50周期の量子井戸層、32はAlの組成xが0.02から0.06のAlGaAsバリア層である。入力光21は図10のようにGaAsキャップ層28を通過してAlGaAsバリア層32とGaAs井戸層19からなる50周期の量子井戸層31に入射し、素子の逆バイアス電圧の値に応じた吸収を受けた後に、n−AlGaAs層20を透過して図10の下方に出射する。この時n−GaAs基板29によって出力光22が吸収されないように、n−AlGaAs層20に達するまでn−GaAs基板29をエッチングで除去する必要がある。なお簡単のため図8R>8では省略したが、実際の素子の作製プロセスにおいては、同様にGaAs基板をエッチングで除去する必要がある。
【0020】次に動作について説明する。図11はAlの組成xが0.02のAlGaAsバリア層32を含み、従ってGaAs井戸層19に対する全バンドオフセットが室温の熱エネルギーと同程度の、量子井戸層を有するサンプルに対する、入力光の透過率の波長依存性を表す。図11において、33と34は各々、逆バイアス電圧0Vと−2Vにおける入力光の透過率の波長依存性を表す曲線である。逆バイアス電圧0Vにおいては、曲線33のように強い励起子吸収が見られる。電場をかけると励起子は容易にイオン化し、吸収ピーク波長が長波長側に移動し、逆バイアス電圧−2Vでは励起子の吸収ピークがほとんど見られなくなる。数値例として、逆バイアス電圧を1Vから−3Vまで変化させると、透過率は29%から47%まで変化する。
【0021】このように量子井戸のバリアを低くすることにより、入力光の飽和強度が大きく、小さなバイアス電圧で大きな透過率変化を得られるSEED型光スイッチを構成することができる。
【0022】
【発明が解決しようとする課題】従来の2×2光マトリクススイッチは以上のように構成されているので、大きな屈折率変化を得るためには大きな電圧を電極4,5間に印加する必要があり、消費電力が大きくなるなどの問題点があった。また、従来のSEED型光スイッチは以上のように構成されているので、入力光に対する大きな吸収係数の変化を得るためには電極30,30a間の印加電圧を大きくする必要があり、消費電力が大きくなるなどの問題点があった。
【0023】この発明は上記のような問題点を解消するためになされたもので、交差部の屈折率または透過率を高速かつ低電圧で変化させることができ、したがって、低電圧で動作させることができ、消費電力を小さくすることができる光スイッチを提供することを目的とする。
【0024】
【課題を解決するための手段】請求項1の発明に係る光スイッチは、基板上に形成された複数の光導波路の交差部に部分的に電界を印加することにより、該交差部の屈折率を変化させ、該交差部により入射光を全反射させて光の伝搬する行路を切り換える全反射型の光スイッチであり、前記交差部に、歪量子井戸層を複数層積層した多重歪量子井戸構造を形成し、前記歪量子井戸層は、格子定数が前記基板の格子定数と等しいかまたはわずかに大きいとした1つ以上の第一の半導体層と、該第一の半導体層の両面に形成され、格子定数が前記基板の格子定数より小さく、かつバンドギャップが前記基板のバンドギャップより小さい第二の半導体層と、前記第一及び第二の半導体層により形成された積層体の両面に形成され、その格子定数が前記基板の格子定数と等しい第三の半導体層と、を備えたものである。
【0025】請求項2の発明に係る光スイッチは、前記第二の半導体層の格子定数を、該第二の半導体層の価電子帯頂上のエネルギー準位が前記第一の半導体層の価電子帯頂上のエネルギー準位と等しいかまたは同程度のエネルギー準位となるように設定し、かつ、前記第一の半導体層と第二の半導体層のそれぞれの伝導体のバンドギャップの差を、電界印加時に電子の波動関数が前記第二の半導体層にしみ出すことが可能な程度に十分小さく設定したものである。
【0026】請求項3の発明に係る光スイッチは、前記第三の半導体層の格子定数を前記第二の半導体層の格子定数より小さく、かつ、この第三の半導体層のバンドギャップを前記基板のバンドギャップより小さく設定したものである。
【0027】請求項4の発明に係る光スイッチは、真性層に量子井戸構造を含むp−i−n構造を有し、前記量子井戸構造に電界を印加することにより該量子井戸構造の入射光に対する光透過率を変化させ光のスイッチングを行なうSEED型の光スイッチであり、前記量子井戸構造を請求項3記載の多重歪量子井戸構造としたものである。
【0028】
【作用】請求項1の発明における光スイッチは、前記交差部に、第一ないし第三の半導体層により構成される多重歪量子井戸構造を形成することにより、歪量子井戸内にある電子が空間的に閉じ込められている領域より、正孔が空間的に閉じ込められている領域の方が広くなり、低い電界を印加した時にも十分な屈折率変化が生じ、低電圧での動作が可能となり、消費電力を小さくする。
【0029】請求項2の発明における光スイッチは、伝導体のバンドギャップの差を、電界印加時に電子の波動関数が第二の半導体層にしみ出すことが可能な程度に十分小さく設定したことにより、電子の波動関数が歪バリア層である第二の半導体層に容易に大きくしみ出し、低い電界を印加した時にも十分な屈折率変化が生じ、より低い電圧での動作が可能となり、消費電力をさらに小さくする。
【0030】請求項3の発明における光スイッチは、前記第三の半導体層の格子定数を第二の半導体層の格子定数より小さく、かつ、そのバンドギャップを前記基板のバンドギャップより小さく設定したことにより、屈折率変化がさらに大きくなり、より低い電圧での動作が可能となり、消費電力をさらに小さくする。
【0031】請求項4の発明における光スイッチは、前記量子井戸構造を請求項3記載の多重歪量子井戸構造としたことにより、該多重歪量子井戸構造の透過光強度が大きく変化し、低電圧での動作が可能となり、消費電力を小さくする。
【0032】
【実施例】
実施例1.以下、この発明の一実施例を図について説明する。図1は2×2光マトリクススイッチの構成図である。図において、1はInp(基板)、2はInGaAsP光ガイド層(光導波路)、3はInPクラッド層(光導波路)、41はInP基板と光ガイド層2およびクラッド層3で構成された2本の光導波路の交差部40に形成されたInGaAs/InP多重歪量子井戸構造、42は多重歪量子井戸構造41を構成するInGaAs井戸層(第一の半導体層)、43はInGaAs歪バリア層(第二の半導体層)、8はInPバリア層(第三の半導体層)、4,5は電極6,6aおよび6bは光入出射口である。また、図2は多重歪量子井戸構造41のバンドダイヤグラムであり、図2において、(a)は無電界時、(b)は電界印加時のものである。なおInGaAsP層の組成はInPに格子整合している。
【0033】次に動作について説明する。まずInGaAs歪バリア層43のInの組成x(したがってGaの組成 1−x)について述べる。InPとこれに格子整合するInGaAsの価電子帯では、ガンマ点においてヘビーホール準位とライトホール準位が縮退している。いまこれら結晶薄膜の(001)面内に二軸性の引っ張り応力が加わると、ガンマ点においてライトホール準位はヘビーホール準位に比べて高エネルギー側にシフトする。
【0034】InGaAs/InP多重歪量子井戸構造41では、InGaAs歪バリア層43にのみ歪が加わるようにすることができる。これにより、InGaAs井戸層42の価電子帯のガンマ点におけるヘビーホール準位およびライトホール準位と、InGaAs歪バリア層43のライトホール準位を等しくさせることができる。なおInGaAs井戸層42のヘビーホール準位とライトホール準位が量子井戸構造にも関わらず縮退するのは、InGaAs歪バリア層43のライトホール準位がエネルギー的に近づくことにより、InGaAs井戸層42のホールを閉じこめるポテンシャルバリアがなくなるためである。
【0035】このような系の候補として例えばInGaAs歪バリア層43のInの組成xをInPに格子整合する値である0.53よりも小さくするとよい。InGaAs井戸層42のInの組成xは0.53に等しいか、わずかに大きくする。この場合InGaAs歪バリア層43の格子定数はInGaAs井戸層42やInPバリア層8の格子定数よりも小さくなるため、InGaAs歪バリア層43には界面に平行方向に引っ張り応力を受ける。InPバリア層8で挟まれたInGaAs井戸層42とInGaAs歪バリア層43のトータルの厚みは、界面での格子不整合によりミスフィット転位が生じる臨界膜厚よりも小さくなるように選ぶものとする。従って上で説明した状況がこの系について成立する。
【0036】次に、多重歪量子井戸構造41に電界を印加することにより、この部分の屈折率変化を起こさせるメカニズムについて図2に基づき説明する。図2において、InGaAs井戸層42及びInGaAs歪バリア層43からなり、InPバリア層8で挟まれている部分(以下、簡単のためにこの部分を歪多層井戸と呼ぶ)の膜厚はホールに対する量子井戸としての2次元的な閉じ込めが成立し、かつミスフィット転位が生じる臨界膜厚よりも小さくなる程度に設定されている。図2では井戸数が2の場合の具体例について示したが上記条件が満たされていれば井戸数が異なる場合においても当然成立する。図2(a)に示したように無電界時には電子はInGaAs井戸層42に、ホールは歪多層井戸全体に閉じこめられている。電界を印加すると、図2(b)に示すように電子の波動関数は、InGaAs歪バリア層43へ容易に滲み出す。その結果励起子はイオン化し、無電界時と比較すると入射光に対する屈折率は大きく変化する。屈折率変化を入射光の行路切り替えに用いるのは従来例と同様であるが、以下の点で本実施例は従来例と比較して優れた特性を有する。
【0037】式(1)からわかるように、伝導帯と価電子帯の量子化準位間の光学的遷移の振動子強度は、電子とホールの波動関数の重なり積分に比例する。電界により電子とホールは互いに逆方向に変位するので、この波動関数の重なり積分の値は、電子とホールの波動関数の変位量が大きいほど小さくなる傾向を示す。従来例における多重量子井戸構造7では、図7に示すように電界が印加されたとき、電子とホールは同じ量子井戸内で互いに逆方向に変位する。一方、本実施例における多重歪量子井戸構造41では、図2に示すように電界が印加されたとき、電子の波動関数はINGaAs井戸層42からInGaAs歪バリア層43に大きくしみだし、又ホールの波動関数は、ホールに対するポテンシャルバリアがないためにInGaAs歪バリア層43まで電子とは反対方向に変位することができる。従って波動関数の重なり積分の値は、従来例と比べて、より小さな印加電界で大きく変化し、励起子もイオン化するので大きな屈折率変化が得られることになる。
【0038】実施例2.上記実施例1では、多重歪量子井戸構造41において、複数のInGaAs井戸層42及びInGaAs歪バリア層43により構成される歪多層井戸が、InPバリア層8で挟まれている場合について示したが、図3に示すようにInPバリア層8の代わりにIn組成0.52でInP基板に格子整合するIn0.52Al0.48Asバリア層(第三の半導体層)51で挟まれる多重歪量子井戸構造52の場合にも同様な効果がある。この構造では、多重歪量子井戸構造52を結晶成長させる際に、上記実施例1ではAsとPの二種類の5族元素が必要となるのに対して、本実施例では一種類の5族元素Asだけが必要なので、ヘテロ界面での5族元素の切り替えを行なう必要がなくなり、より容易である。
【0039】実施例3.上記実施例2では、InGaAsの歪多層井戸をIn0.52Al0.48Asバリア層51で挟まれる場合について示したが、図4に示すようにInGaAsだけで構成される多重歪量子井戸構造61の場合にも同様な効果がある。この構造は、上記歪多層井戸が、InAlAsバリア層51の代わりに、In組成y(従ってGa組成1−y)がInGaAs歪バリア層43のIn組成xよりもさらに小さい、別のInGaAs歪バリア層(第三の半導体層)62によって挟まれたもので、実施例1で説明したバンドギャップに対する歪の効果を引き出すためには、歪多層井戸の膜厚を転位の発生が起こり始める臨界膜厚以下に設定すべきことはいうまでもない。この場合にも上記と同様に一種類の5族元素Asだけを用いて多重歪量子井戸構造61を結晶成長をさせることが可能なので、ヘテロ界面での5族元素の切り替えが不要な点が利点である。
【0040】実施例4.上記実施例3で説明したInGaAsだけで多重歪量子井戸構造61を構成した場合には、実施例1で説明した全反射型スイッチだけでなく、透過型の光スイッチを構成することが可能となる。以下、本実施例を図にしたがって簡単に説明する。図5において、71はp−InGaAsPキャップ層、72はp−InP層、73はn−InP層、74はn−InP基板である。この実施例では実施例3で説明したInGaAs多重歪量子井戸構造61が光吸収層として素子中に図5のように作り込まれている。
【0041】次に動作について説明する。図4において、(a)は無電界時のバンドダイアグラムである。電界を印加すると、(b)に示すようにInGaAs井戸層42に閉じこめられた電子の波動関数はInGaAs歪バリア層43に大きくしみだし、一方ホールの波動関数は電子と反対方向にInGaAs歪バリア層43まで大きくしみだして、励起子はイオン化する。従って、実施例1で説明したように無電界時と有電界時では、InGaAs井戸層42、InGaAs歪バリア層43,62からなる多重歪量子井戸部分の、入力光に対する大きな吸収係数の変化が起こり、透過光強度が大きく変化するので入力光21のスイッチングが可能となる。
【0042】このように本実施例では、InP系材料で、InGaAs多重歪量子井戸構造61を用いて透過型の光スイッチを構成したので、低電圧で動作が可能であり、かつInP基板は入力光に対して透明であるために、GaAs系材料による従来例と比較すると基板をエッチングする必要がなく、素子作製プロセスが簡単になるという効果がある。
【0043】
【発明の効果】以上のように、請求項1の発明によれば、前記交差部に歪量子井戸層を複数層積層した多重歪量子井戸構造を形成するように構成したので、低い電界を印加した場合においても十分な屈折率変化を生じさせることができ、したがって、低電圧で動作させることができ、消費電力を小さくする効果がある。
【0044】また、請求項2の発明によれば、伝導体のバンドギャップの差を、電界印加時に電子の波動関数が第二の半導体層にしみ出すことが可能な程度に十分小さく設定するように構成したので、該波動関数を第二の半導体層に容易に大きくしみ出させることができ、したがって、より低電圧で動作させることができ、消費電力をさらに小さくする効果がある。
【0045】また、請求項3の発明によれば、前記第三の半導体層の格子定数を第二の半導体層の格子定数より小さく、かつ、そのバンドギャップを前記基板のバンドギャップより小さく設定するように構成したので、交差部の屈折率変化をさらに大きくすることができ、したがって、より低電圧で動作させることができ、消費電力をさらに小さくする効果がある。
【0046】また、請求項4の発明によれば、前記量子井戸構造を請求項3記載の多重歪量子井戸構造とするように構成したので、素子の透過光強度を大きく変化させることができ、したがって、低電圧で動作させることができ、消費電力をさらに小さくする効果がある。
【図面の簡単な説明】
【図1】この発明の一実施例による全反射型光スイッチを示す斜視図である。
【図2】この発明の一実施例による光スイッチの動作原理を説明するための歪量子井戸層のバンドダイアグラムを示す図である。
【図3】この発明の他の実施例における歪量子井戸層のバンドダイアグラムを示す図である。
【図4】この発明の他の実施例における歪量子井戸層のバンドダイアグラムを示す図である。
【図5】この発明の一実施例による透過型光スイッチの構成を示す断面側面図である。
【図6】従来の全反射型光スイッチを示す斜視図である。
【図7】従来の光スイッチの動作原理を説明するための量子井戸層のバンドダイアグラムを示す図である。
【図8】従来のSEEDの構成を示す断面側面図である。
【図9】従来のSEEDの動作原理および特性を示す説明図である。
【図10】従来の(AlGaAs/GaAs系での)改良型SEEDの構成を示す断面側面図である。
【図11】従来の改良型SEEDの透過率の波長依存性を示す図である。
【符号の説明】
1 InP基板(基板)
2 InGaAsP光ガイド層(光導波路)
3 InPクラッド層(光導波路)
8 InPバリア層(第三の半導体層)
40 交差部
41 InGaAs/InP多重歪量子井戸構造(多重歪量子井戸構造)
42 InGaAs井戸層(第一の半導体層)
43 InGaAs歪バリア層(第二の半導体層)
51 In0.52Al0.48Asバリア層(第三の半導体層)
52 多重歪量子井戸構造
61 多重歪量子井戸構造
62 InGaAs歪バリア層(第三の半導体層)
71 p−InGaAsPキャップ層
72 p−InP層
73 n−InP層
74 n−InP基板
【特許請求の範囲】
【請求項1】 基板上に形成された複数の光導波路の交差部に電界を印加することにより、該交差部の屈折率を変化させ入射光を全反射させて光の伝搬する行路を切り換える全反射型の光スイッチにおいて、前記交差部に、歪量子井戸層を複数層積層した多重歪量子井戸構造を形成し、前記歪量子井戸層は、格子定数が前記基板の格子定数と等しいかまたはわずかに大きい1つ以上の第一の半導体層と、該第一の半導体層の両面に形成され、格子定数が前記基板の格子定数より小さく、かつバンドギャップが前記基板のバンドギャップより小さい第二の半導体層と、前記第一及び第二の半導体層により形成された積層体の両面に形成され、格子定数が前記基板の格子定数を等しい第三の半導体層とを備えたことを特徴とする光スイッチ。
【請求項2】 前記第二の半導体層の格子定数を、該第二の半導体層の価電子帯頂上のエネルギー準位が前記第一の半導体層の価電子帯頂上のエネルギー準位と等しいかまたは同程度となるように設定し、かつ前記第一の半導体層と第二の半導体層の伝導体のバンドギャップの差を、電界印加時に電子の波動関数が前記第二の半導体層にしみ出すことが可能な程度に十分小さく設定したことを特徴とする請求項1記載の光スイッチ。
【請求項3】 前記第三の半導体層は、その格子定数を前記第二の半導体層の格子定数より小さく、かつ、そのバンドギャップを前記基板のバンドギャップより小さく設定したことを特徴とする請求項1または2に記載の光スイッチ。
【請求項4】 真性層に量子井戸構造を含むp−i−n構造を有し、前記量子井戸構造に電界を印加することにより該量子井戸構造の入射光に対する光透過率を変化させ光のスイッチングを行うSEED型の光スイッチにおいて、前記量子井戸構造を、請求項3記載の多重歪量子井戸構造としたことを特徴とする光スイッチ。
【請求項1】 基板上に形成された複数の光導波路の交差部に電界を印加することにより、該交差部の屈折率を変化させ入射光を全反射させて光の伝搬する行路を切り換える全反射型の光スイッチにおいて、前記交差部に、歪量子井戸層を複数層積層した多重歪量子井戸構造を形成し、前記歪量子井戸層は、格子定数が前記基板の格子定数と等しいかまたはわずかに大きい1つ以上の第一の半導体層と、該第一の半導体層の両面に形成され、格子定数が前記基板の格子定数より小さく、かつバンドギャップが前記基板のバンドギャップより小さい第二の半導体層と、前記第一及び第二の半導体層により形成された積層体の両面に形成され、格子定数が前記基板の格子定数を等しい第三の半導体層とを備えたことを特徴とする光スイッチ。
【請求項2】 前記第二の半導体層の格子定数を、該第二の半導体層の価電子帯頂上のエネルギー準位が前記第一の半導体層の価電子帯頂上のエネルギー準位と等しいかまたは同程度となるように設定し、かつ前記第一の半導体層と第二の半導体層の伝導体のバンドギャップの差を、電界印加時に電子の波動関数が前記第二の半導体層にしみ出すことが可能な程度に十分小さく設定したことを特徴とする請求項1記載の光スイッチ。
【請求項3】 前記第三の半導体層は、その格子定数を前記第二の半導体層の格子定数より小さく、かつ、そのバンドギャップを前記基板のバンドギャップより小さく設定したことを特徴とする請求項1または2に記載の光スイッチ。
【請求項4】 真性層に量子井戸構造を含むp−i−n構造を有し、前記量子井戸構造に電界を印加することにより該量子井戸構造の入射光に対する光透過率を変化させ光のスイッチングを行うSEED型の光スイッチにおいて、前記量子井戸構造を、請求項3記載の多重歪量子井戸構造としたことを特徴とする光スイッチ。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図9】
【図6】
【図7】
【図8】
【図10】
【図11】
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【図10】
【図11】
【公開番号】特開平6−289339
【公開日】平成6年(1994)10月18日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平5−95078
【出願日】平成5年(1993)3月31日
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【公開日】平成6年(1994)10月18日
【国際特許分類】
【出願日】平成5年(1993)3月31日
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
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